37 笑顔の行方
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/02(土) 02:15
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37 笑顔の行方
- 2 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:15
- ねえ、亜弥ちゃん。
あたし、亜弥ちゃんに逢って、人生楽しく思えるようになったんだよ。
もし亜弥ちゃんが初めて逢ったあの時、笑顔を向けてくれてなかったら、
きっと今のあたしはなかったはず。
だから、ありがとう。
あたし、亜弥ちゃんと一緒にいられて幸せだった。
- 3 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:16
- ◇◇
世の中、良いことなんてない。
そう、いつも思っていた。
学校なんてつまらないし、周りの友達と一緒にいても面白くもなんともない。
目先のくだらないことで大騒ぎして、頭がからっぽな奴ばかり。
将来について考えている奴なんていないし、
もちろん夢を持っている奴もいない。
ただ、目の前にある不満ばかりを口にする。
そしてそれは自分自身にも言えることで、
だからこそムカついてしょうがない。
世の中、退屈すぎる。
常にそう思っていた。
なにか楽しいことを求めていたけど、北海道にはそんなものはなかった。
だから、少しでも刺激を求めて東京に行きたかった。
理由なんてなんでもいい。
高校生のあたしが東京に出るための理由が欲しかった。
- 4 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:18
- キャラにもないアイドルのオーディションに応募したのもそのためだった。
それまでテレビで見ても鼻で笑っていた、くっだらないアイドルグループ。
けど、そんなことを気にするよりも、東京へ行きたかった。
ただ、それだけだった。
歌が好きだったし外見にも自信あった。
だから当然、オーディションには受かると思っていた。
受からないはずがない、とまで思っていた。
けれども世の中、そんなに甘くはなかった。
・・・地方予選で落選。
テレビでその様子は放映され、とんだ赤っ恥だった。
学校では女友達はあたしを妬み馬鹿にし、
頭の悪い男どもはあたしに群がった。
それまで以上に何もかもが面白くなくなった。
同年代の馬鹿どもよりも、
まだお姉ちゃんの男友達と遊んでいるほうがマシなくらい。
次第に学校にも行かなくなって、夜な夜な遊び歩いていた。
そんな時だった。
あのアイドルグループが所属する事務所から連絡があったのは。
「とりあえずレッスン生ということで、デビューできるかはなんとも言えないけど」
そんな、先の見通しも何もないものだった。
無料でレッスンが受けられて、事務所の所有するマンションを提供してくれる。
そしてお小遣い程度のお給料。
条件はレッスン生というには良すぎるもので、
あたしは親の意見など聞かずにさっさと北海道を飛び出した。
- 5 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:19
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ねえ、亜弥ちゃん。
亜弥ちゃんに初めて会ったのは、あの日と同じ雨の日だったよね?
- 6 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:20
- 「初めまして。松浦亜弥です。よろしくお願いします」
事務所の人に紹介された時、あたしは時が止まったかと思った。
大抵の初対面の人に怖がられるあたしに、臆すことなく笑顔を向けた彼女。
そんな彼女のキラキラとした笑顔に、あたしは釘付けにされた。
親や友達の愛情をたくさん受けて育った、そんな笑顔だった。
もともと人懐っこい彼女は、あたしの心の中に自然と入り込んできて、
あたしは彼女の魅力にどんどんはまっていったんだ。
一緒にダンスレッスンやボイトレを受けて、あたしたちはどんどん仲良くなっていった。
レッスンだけではなく、プライベートでも一緒に遊びに行ったりお互いの家に行ったり。
時には一緒にお風呂に入ったり、ふざけてキスをしてみたり。
今までの友達とは全然違う、あたしと彼女の距離感。
不思議な感覚だった。
彼女といると素直になれたし、いつも楽しかった。
そして、「この子とずっと一緒にいたい」と思うようになった。
あたしは、彼女と一緒にいたいためにレッスンを頑張った。
今までのあたしには無いような努力。
すでにデビューすることが決まっている彼女と一緒にいるためには、
同じ世界に残っていかなくてはいけない。
そして、同じステージに立てるようにならないと。
彼女のいない世界に再び戻ることを考えると、息が止まりそうな程苦しかった。
だからあたしもデビュー目指して頑張ったんだ。
彼女と同じ世界にいたかったから。
- 7 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:21
- 「みきたん、大好き」
「美貴も亜弥ちゃん大好きだよ」
繰り返し交わされた言葉。
あたしにとっては、彼女の一言一言がキラキラとしていた。
彼女が発する言葉は、あたしにとっては宝物。
その中でも、彼女があたしに向けてくれる笑顔が大好きだった。
その笑顔を曇らせたくなかったから、本当の気持ちを伝えられなかった。
きっと困らせてしまうと思ったから。
- 8 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:21
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だからね、亜弥ちゃん。
亜弥ちゃんが美貴と同じ気持ちでいてくれてたことを知ったとき、
美貴、本当にうれしかったんだよ。
- 9 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:21
- あの頃、彼女と一緒に見たもの全てが輝いて見えた。
たまに実家に帰ると、地元の友達や家族はビックリしてた。
あたしがこんなに楽しそうにしているなんてって。
ホント、北海道にいたころはひどかったからね。あたし。
「私の夢はねぇ・・・」
唄うように語尾を延ばす話し方、最初は嫌いだった。
でも、それを含めて全てが好きになったのはいつだったろう?
気づいたらその話し方じゃないと落ち着かなくなったんだ。
「歌手になることがずーっとずっーと夢だったの」
その夢が叶ったことを噛みしめるような嬉しそうな横顔、正直うらやましかった。
あたしは夢なんて持ってなかったから。
強いて言えば、亜弥ちゃんと一緒にいることが夢だったかな。
「もうひとつ、ハタチまでに結婚して子供が産みたかったの。
でね、聖子さんみたいにアイドル続けるんだって思ってたんだぁ」
遠くを見るように目を細めて嬉しそうな顔。
それを見て、やっぱり思った。
この子の笑顔、曇らせたくないって。
だからあたしの夢を聞かれたとき、
「美貴の夢は、亜弥ちゃんの夢が叶うことかな」って言ったんだ。
この頃くらいからかな?
あたしたちの関係が微妙に変わってきたんだよね。
自分たちでもわからないくらい少しずつ、ゆっくりと。
- 10 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:22
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ねえ、亜弥ちゃん。
さっきは強がって見せたけど、本当は心の中はぐちゃぐちゃだったんだよ。
- 11 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:22
- 「もうすぐハタチだし、幼馴染の男の子と結婚することにしたの。
ちっちゃい頃からね、結婚するって約束してたんだぁ」
そう、亜弥ちゃんが言ったとき、本当は目の前が真っ白になった。
なのに、あたしは強がって、「良かったね、夢が叶って」なんて言っちゃって。
それで亜弥ちゃんの寂しそうな笑顔から目を逸らしてた。
だって亜弥ちゃんにはいつも夢に向かって進んでもらいたかったから。
あたしのせいで夢をあきらめて欲しくなかったんだ。
そう、自分に言い聞かせてた。
きっとあたしは、今まで自分が強がって言っていた言葉に縛られてたんだ。
「亜弥ちゃんの夢が叶うのが、美貴の夢」って。
だけど、隣で眠ってしまった亜弥ちゃんを見てどんどん決意が鈍っていった。
あたし、亜弥ちゃんと離れたくないよ。
亜弥ちゃんを別の人に渡したくないよ。
また亜弥ちゃんのいない世界になんて戻れないよ。
- 12 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:23
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ねえ、亜弥ちゃん。
さっき言ってたよね?
「結婚しても、子供産んでもずっと仲良しでいよう」って。
無理だよ。
あたし、今までどおりに付き合ってなんていけないよ。
だってあたし、亜弥ちゃんのこと誰にも渡したくないんだ。
でも、夢を叶えるって決めた亜弥ちゃんの意志は、
もうあたしには止められない。
- 13 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:23
- 気づいたら両手を彼女の首にかけていた。
ゆっくりゆっくりと力を入れて。
びっくりしたように目を覚ました彼女。
目を見開いてあたしを見たけど、そのあとフワッと笑顔を見せたんだ。
「……ん」
何かを言おうとして、口から空気が漏れる。
それでもあたしは力を緩めなかった。
「み…きたん」
あたしの名前を呼ぶ、苦しそうだけど大好きな声。
思わず手の力が緩んだ。
それと同時に大きく息をして咳き込んだ彼女。
その姿を見て、あたしは何もすることができずに、ただ呆然としてしまった。
あたし、今、何してたんだ…?ってね。
- 14 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:24
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ねえ、亜弥ちゃん。
「みきたんがやめろって言えば、結婚やめるよ?」
そう亜弥ちゃんが言ってくれた時、本当はすごく嬉しかったんだ。
けどね、もう、元には戻れないんだよ。
あたしはそれだけのひどい事をやってしまったんだから。
- 15 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:24
- 何も言わずに彼女の部屋を出ようとしたあたしの背中に、
今まで欲しくて仕方なかった彼女の言葉が聞こえてきた。
「大好きだよっ。友達とかじゃなくて、好きなの」って。
でも、あたしはもう、その言葉をもらえる資格なんてなかった。
だから立ち止まることなく、彼女の部屋から飛び出したんだ。
大雨の降る中、傘をささずにずぶぬれで走り続けた。
- 16 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:25
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◇◇
ねえ、亜弥ちゃん。
もしあの時、あたしの名前を呼んでくれてなかったら、
あたしはきっと今頃後悔しつづけていただろうね。
朝からテレビでは、亜弥ちゃんの記者会見が流れ続けている。
生まれたばかりなのに、目がパッチリとしたかわいい赤ちゃんを抱いて、
嬉しそうに質問に答えている亜弥ちゃん。
幼馴染の旦那も寄り添って、それはとても幸せそう。
ねえ、亜弥ちゃん。
もし亜弥ちゃんが初めて逢ったあの時、笑顔を向けてくれてなかったら、
今の『歌手・藤本美貴』はいなかったんだよ。
ソロデビューした後にモーニング娘。に入れられて、
それでも頑張ってソロ再デビューを勝ち取れたのは、
亜弥ちゃんと過ごしたあの時期があったからだよ。
だから、ありがとう。
そして復帰したらライバルだよ。
あたし、負ける気ないからね。
- 17 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:25
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〜Fin〜
- 18 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:26
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- 19 名前:笑顔の行方 投稿日:2004/10/02(土) 02:26
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