25 鈴の啼く声
- 1 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:30
- 25 鈴の啼く声
- 2 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:31
- リーン・・・―――
今日もあそこで鈴が啼く。
透徹したその音は、更に深く人の心へと刻み込む。
絶対服従。歯向かえば、その者には死あるのみ。
それが、この国の掟。
リーン・・・―――
鈴が、啼く。
それは、掟を破った者の末路を報せる、静寂なる合図。
- 3 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:32
- ――*
何時、誰が付けたか、その国の名をデスキングダム。
過去に例を見ない独裁制を敷き、己の悦楽の為だけに人を殺し、
少しでも逆らう者あらば人を殺す、狂った国王。
そして、何の抵抗をする訳でもなく死んでいく人々。
どうしてか。どうして、抵抗をしないのか。
答えは至極簡単。
無駄だと、判りきっているから。
現在の国王が即位してから、間髪いれずに敷かれた現体制。
当然憤激に駆られた国民は抗議をする為、粗末な武装をし、悠然と聳え立つ城へと乗り込んでいき・・・それっきり、彼らは帰ってこなかった。
否、厳密に言えば、帰って来た。
魂の抜けた、脱殻のみが十字の板に貼り付けられ、むざむざと国民の前に晒された。
そして、国王は自らの剣を抜き放ち、板ごと脱殻を切り裂いて厳かに告げた。
―――私に反抗すれば、須らくこいつ等と同じところへ逝くことになる。
まぁ、気まぐれで殺すかもしれないけどね。
国民は震えた。
人を人とも見ない国王の冷笑と、冷酷な言葉に憤り、そして恐怖した。
週休二日制の廃止、毎日20時間労働。収入の3分の2を国王に貢ぐ。
偏りきった規定が公布され、人々の不満は蓄積されていく。
だが、圧倒的な力の前には如何様にも出来ない。
何時しか、国民から笑顔が消え、閑散とした雰囲気しか漂わない、正にデスキングダム――死の王国の名に相応しい場へと、国は姿を変えた。
- 4 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:32
- 無論、逃げ出そうとする者もいた、
我慢の限界を超え、城へと乗り込んでいく者もいた。
その全てが、同士の運命を辿る。
晒される脱殻、国王の冷笑。そして、哭き始めた鈴。
透水の如き鈴の声は、しかし、悲哀の化身。
誰かがまた一人、この世から消失したことを知らしめる。
それにより、国民に更なる恐怖を上乗せする。
完全に縛られた。
自由をもぎ取られた。
国民に選択権は無い。
国王が絶対であり、絶対は国王。
恐怖という名の鎖に束縛されながら、
月日が流れ、デスキングダムは更に荒廃していった。
- 5 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:33
- ―*
…ィーン・・・――――
フラフラと、定まらぬ焦点と足取り。
疲弊しきった脚を引きずり、紺野あさ美は帰路を歩く途中、振り替えった。
雲から這い出た満月の光に照らされ、紺野あさ美は目を細めた。
そして、自嘲を漏らす。
幻聴だと分かったのは、僅かに数秒後。
鈴の声は、一度では終わらない。
二度、三度・・・それは国王の気分次第。
フッと息を吐きつつ、あさ美は重い脚を再び踏み出した。
石畳が敷かれる路頭は、困憊した四肢にはこたえる。
一歩一歩の振動が全身に伝わり、節々の痛みを逆撫でし、睡魔を誘う。
堕ちるが先か、帰還が先か。
「お帰り」
- 6 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:33
- それは後者であり、僅かに安堵した。
扉を開けたとき向けられた声に返答もせず、あさ美はその場に倒れ伏した。
最早これは日常。
故にあさ美の帰りを出迎えた少女も焦ることはせず。
至って冷静に。
悲しげに頬を弛緩させ、ふわりと笑むと、あさ美に肩を貸し起き上がらせた。
俯く顔を覗けば、常の光景。
スースーと規則正しく漏れる、柔らかな寝息。
クシャクシャになった髪の毛をそっと梳かすと、小川麻琴はあさ美と共に寝室に入っていった。
- 7 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:33
- ――*
月に一度、心身の安息。
大抵あさ美はこの日、昼過ぎまで眠ったまま。
しかし、今日に限り何故だか目が冴えてしまった。
日々辛苦の汗を流す重労働で疲弊しきっているはずなのに。
どうしてか、目を瞑り、羊を数えても、麻琴を数えても眠りに落ちていけず。
仕方が無いので、重い身体を起こし、リビングへ赴いた。
「おはよ」
スポーツキャップを斜めに被り、ジーンズに半そでのティーシャツという簡素な風貌をした麻琴が、遅すぎた朝の挨拶をあさ美に向ける。
あさ美は小さく「・・・ぉぁょ」と返しながら、心持首を傾げた。
「どこか行くの?」
家事全般を施し、常にあさ美を支えてくれる麻琴。
他の労働はしていないが、労働者を支援するという意味で麻琴の行動は認められている。
家事全般というのだから、料理も然り。
だから、出かけることなど驚くほどには珍しくは無いはず。
だが、今日は状況が違った。
麻琴の外出は定時であり、必ずその時間に合わせ家を出て行く。
- 8 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:34
- その時刻とは、黄昏時。
必ず、その時間。こんな半端な時刻に外出なんて、出くわしたことも無い。
「ん。ちょっとね」
言ってから、麻琴ははにかむ様に笑い、帽子のつばを掴んで意味もなく僅かに動かした。
深追いはしない。
今日はまた特別な所用でもあるのだろう。
麻琴にだって事情はある、自分にもあるように。
同じ屋根の下、生活を共にしているが、あさ美は彼女と僅かな間を置き接していた。
「気をつけてね」
「うん。―――ねぇ、あさ美ちゃん」
玄関から丸見えの台所で作るココア。
褐色の粉末を入れてから背中にかかる声に振り返ると、麻琴が柔和な微笑を湛えてあさ美を見ていた。
纏う空気は、窮みなく優しく、そして凛然としている。
一度、その姿を視界に納めてから、目が離せなくなった。
「あさ美ちゃんは、この国、好き?」
「嫌い」
しかし、すぐに硬直は解除され。
ふわりと流れた言葉をまるで寄せ付けないように、剣呑な響きを乗せ、あさ美は即座に答えた。
- 9 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:34
- 「大嫌い。国王も、国も。滅べばいいと思ってる」
「・・・そう」
寸分の偽りも無い、あさ美の本心。
あまりにも包み隠さず言うものだから、問うた麻琴も苦笑いを浮かべた。
そして、軽く頷くことだけをすると、身体を反転させ、ドアノブを掴む。
そこで再び動きを止め、今度は向きを変えずに麻琴は再び問うた。
「じゃあ、ここの――あたしを含めた、この国の人は?」
「・・・え?」
僅かに傾いた横顔が、ニッと笑む。
戸惑いを浮かべたあさ美はそれ以外何も言えず、去りゆく麻琴の背中を呆然と見送った。
―――あたしを含めた、この国の人は?
何故躊躇ったのだろう。
何故答えに詰まったのだろう。
今なら言えるのに。はっきりと言えるのに。
「・・・嫌い」
この国という概念、全てが嫌いで。
あさ美は誰にも心を許したことなど無い。それは、同棲している麻琴にも多分に漏れず。
接するときも、気付かれないように距離を置いていたはずだった。
閑寂な笑み。
去り際に見せた、麻琴の表情。
あさ美の心が、グラグラと揺らぎ始めていた。
- 10 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:35
- ――
――――
- 11 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:35
-
リィィン・・・―――
- 12 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:35
- ―――*
処刑された人物の名は、次の日以降に張り出される仕組みとなっている。
それもまた、鈴と同様に、国民の恐怖心を煽るため。
いつもの通り惰性で確認した、路頭の立て札。
生前の顔写真付きで張り出される哀れな被害者の名を見て、あさ美は肩に担いでいた鞄を落とした。
どさりと大仰な音を立て鞄が地面に伏してから、あさ美はその立て札に齧りついた。
信じ難い。寧ろ、信じたくない。
勝手に浮かんでくるそんな思いを乗せ、目を大きく見開いて写真の中の少女を凝視する。
笑顔。
明朗な、活発な、もう随分見慣れた笑顔。
罪状は、『王に歯向かった不届き者』。
揺らぎ続けていた心が、崩れ去る。
立て札を折り、辺りを構わず投げ捨て、同時に鞄を引っ掴む。
片手で持つには十分すぎる重量に、腕の骨が軋んだ気がしたが、意に介せず、あさ美は一心不乱に駆け出した。
仕事場とは全くの反対方向。
威厳を放ちながら聳え立つ、巨大な城。
皆から魂を奪った根源に向かって、あさ美は全く速度を緩めず、疾駆した。
- 13 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:36
- ――*
門の所で警備兵に制止をかけられるより早く、油断しきって無防備になっている頭部を鞄で殴打した。
ボストン並みに大きな鞄の中には、様々な金具が所狭しと押し込められている。
それに遠心力が加わり、直撃した日には、確実に太陽は拝めなくなるだろう。
頭蓋骨が陥没し、血潮と共に眼球まで飛び出した。
予想以上の威力に関心を引かれる素振りも見せず、あさ美は鞄を抱え、入城した。
常では決して見せないような、凄絶な剣幕を貼り付けて。
荒ぶる呼吸も疲労感より、興奮の度合いが高い。
鮮やかな赤の絨毯が敷かれた回廊を進んでいくと、二人の警備兵と出くわした。
しかし、あさ美の脚は緩まない。
走りながら器用に鞄を開け、手をいれ、感触だけで知覚し掴んだ。
30センチほどの棒切れに、鉄の塊をくっ付けた一般的な金槌。
全くの躊躇なく、それを投擲。
突然の侵入者に慌てふためく警備兵の一人が、股間を押さえ、血の泡を吹いて倒れこんだ。
突如として倒れこんだ同僚を見、もう一人が狼狽している隙に、あさ美はそいつに近づき、顔面に鞄を叩き込んだ。
メキっという破滅の音を確認し、あさ美は進む。
顔面を強打されたそいつは、眼球と鼻が窪んでしまっていた。
- 14 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:36
- ――*
随分と軽くなった鞄。
既に血に塗れてしまった鞄。
目立った外傷も付けず、しかし浴びた返り血で所々を紅く染めあさ美は自分の身長の5倍はある扉を目前にし、息を整えていた。
到達するまでは、予想を遥かに裏切られるほど容易だった。
昨今では反乱が起きなかったゆえの、堕落。
それは一般人である少女に、簡単に侵入を許してしまうほど。
フッと、嘲弄の溜息を一つ。
呼吸を沈着させたころ、見計らったように扉が開いた。
しかし、あさ美は眉一つすら動かさず、超然たる面持ちで中へと進む。
アレだけ暴れたのだ。気付かないほうがどうかしている。
「誰?」
そして、あさ美はそいつと対面した。
仰々しい玉座に凛然と腰を落とし、冷酷で無慈悲な眼差しを向けてくる。
自らをミキ帝と名乗るこの王との顔合わせは、初めてのことだった。
- 15 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:37
- 「ご機嫌麗しゅう、ミキ帝様。わたくし、一国民の紺野あさ美と申します」
「ふーん。で、私の僕、殆ど殺してまでの用件は?」
ミキ帝の突き放す様な物言いにも、まるで動揺することなくあさ美は答えた。
自分でも、微かに驚いてしまった。
こいつを目の前にして、こうも落ち着いていられる自分に。
「昨日、処刑されました小川麻琴に関する件なのですが」
「小川?誰、それ」
「覚えてらっしゃらない?今朝立て札に貼り出されていたのですが」
「あぁ、何か今の制度を廃止しろとか言って勝手に入ってきたアレね。」
“アレ”―――ミキ帝にとって、自分以外の人間とはモノと同等。
ピクリと震えた身体を無理やり抑えつけながら、あさ美は淡々と言葉を紡いだ。
色の無い微笑を浮かべたまま。
「で、アレがどうしたの?まさか、敵討ちとか下卑たことは言わないよね?」
「そのまさかです。仇を討ちにきたのですよ」
「馬鹿?」
頬杖を付き、乾いた笑いを漏らすミキ帝。
「あんたの事、実は知ってるよ。紺野あさ美とかいったっけ。
誰にも、何にも興味を示さない、この国でも珍しい機械人間。
希少な存在だから一応少しは目にかけてやってたのに、一体どうしたって言うの?」
- 16 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:37
- 目尻に溜まった涙を指で掬い、ぺろりと一舐め。
冷笑を浮かべながら睥睨してくるミキ帝を見返しながら、あさ美は一つ嘆息した。
「・・・何故でしょうね」
ポツリと呟き、一歩進む。
それから脚を止めることなく、静謐に語りながらあさ美はリズムよくミキ帝へと近づいていく。
三日月形に細められていた双眸が、薄く開いた。
「友人にも私は心を許したことなど一度もありませんでした。
それは、麻琴にも然りです。唯、淡々と日々を送っていました。
しかし、」
ミキ帝とあさ美の距離は、既に一メートルを切っている。
笑みを消したミキ帝を真正面から見据え、あさ美は立ち止まった。
今や完全に、宝石のような漆黒の瞳が披露されている。
酷薄な微笑を浮かべたあさ美は、何処までも凄惨で、それでいて秀麗だった。
「いらぬ事に気付いてしまったのです。
私は唯強がっていただけ、怖がっていただけ。
人とつながりを持つことで、何時か必ずやって来る失う悲しみを受けない為に、無感情を装っていただけ。
麻琴はそれをわざわざ気付かせてくれて、最期まで私を想っていてくれたようです」
鞄を振り上げる。
悠然と座ったままのミキ帝を、それで撲殺するイメージを脳内で創り出し、決行する。
その瞬間、空気を揺るがすけたたましい炸裂音が響いた。
鞄がミキ帝に触れることすらなく、どさりと落ちる。掴んでいたあさ美の手首ごと。
- 17 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:38
- 手首が熱い。
何が起きたかは見ずとも、明白。
不敵な笑みを浮かべたミキ帝に、不敵に笑い返すと同時に、何処から這い出たのか。
二人の逞しい警備兵に押さえつけられた。
強かに頬を打ちつけられ、口内が切れたようだ。
広がる鉄の味に、キュッと眉を顰める。
ィィン・・・―――
控えめでも美しく、吐き気を催すほど憎い鈴の音。
嘲笑を浮かべたミキ帝が屈んで手に持った鈴を見せ付けると同時に、あさ美の中の憎悪は更に激しく燃え上がった。
それでも、決して顔には出さず。
しかし、和やかな微笑が余計に負の気を醸し出している感じがする。
「怨むんならあの麻琴って子を怨みなね。気付かなければ、死ななくてすんだんだから」
リィーン・・・―――
美麗で透徹した音調が、あさ美の耳を緩やかに刺激する。
フッと自嘲とも取れる嘆息を漏らし、あさ美は饒舌に語った。
「私は今、慙愧の念と共に感謝の念で満たされています。
慙愧は、彼女が伝えてくれるまで気付かなかった私の不甲斐なさに。
そして、感謝は―――」
リィ・・・―――
耳障りな鈴の音を消すと共に、ミキ帝の指を口に含んだ。
そして何が起きたかも悟らせないように素早く、あさ美は渾身の力を込めミキ帝の五指を噛み千切った。
「ぎゃあぁぁぁ!!」
- 18 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:38
- 潰れた家鴨のような声でミキ帝は絶叫する。
第二関節辺りまで千切った五指を、鈴と共に吐き出すと微かに圧力が衰微した。
それを見逃さず、大きく屈強な手から抜け出し、あさ美はミキ帝に肉迫した。
目と鼻の先程まで接近し、薄く、血にぬれた唇で弧を描いた。
「感謝は、私を人として――感情を持った人として死なせてくれる麻琴への、生涯唯一の親友への、ありがとうの気持ちです」
「あああああ!!!」
左手の指も噛み千切る。
甲高い悲鳴を部屋中に響かせ、くずおれた様を見て、あさ美は天を仰いだ。
勿論見つめた先には青空など広がっているわけは無いが、あさ美は至極満たされた。
正に、歓喜に浸る、そんな無邪気な笑みを浮かべていた。
「麻琴・・・鈴の音を、君の笑顔を奪った声を、消してやったよ」
- 19 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:39
-
再度押さえつけられる身体。
先程よりも強い力。
のたうち、もがき苦しむこの国の王。
あさ美の首筋に冷たい感触が降り立った。
しかし、それでもあさ美は微笑を崩さなかった。
- 20 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:39
- ―
- 21 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:39
- ――
- 22 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:39
- ―――
- 23 名前:25 鈴の啼く声 投稿日:2004/09/28(火) 19:40
- 了
Converted by dat2html.pl v0.2