18 Far Beyond The Sun

1 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:14
18 Far Beyond The Sun
2 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:16
目が覚めたあたしの瞳に映ったのは、一面銀色の世界だった。

・・・ここはどこ?
・・・あたしは・・・助かったの?
段々と意識が覚醒していく中で、あたしは10畳くらいの広さの部屋にいる事に気付く。
壁も天井も全てが銀一色の無機質な眺めなので、妙にリアリティーが感じられず少し気味が悪い。
外に何かが飛んでいるのだろうか、時折窓に影が走り、シルバーのカーテンから差し込む日光を遮る。

あたしはその部屋の中央で、カプセルのようなモノの中に横たわっていた。
何かに縛りつけられてる訳ではないが、身体は・・・動かせない。
感覚は確かにあるのだが、手足の先が凍ってるのではないかと思うほど冷たかった。

「誰か、いますか?」
とりあえず声は普通に出せるみたいだ。耳もちゃんと聞こえる。
よし、今度はもう少し大きい声を出してみようと思った瞬間、不意に部屋のドアがノックされた。
期待と不安が入り交じった状態であたしは固唾を呑み込み、はい、と返事をした。
3 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:17

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4 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:18

あたしは心臓に疾患を持っている。
普段のあたしを知る人には信じられないかもしれないが、現在の医学では治療法のない深刻なものらしい。
病名は・・・思い出せない。横文字の長ったらしい名前だったが、何回聞いても覚えられない。
この病気を発見した学者の名前が入っていて、ミドルネームは確かヨハン、だったような気がする。

非常に稀れな病学の中の一つで、全世界でも150例程度しか報告されていないという。
この日本で同じ症状を持つ患者は、あたしの他に3人いただけだ。
一旦発作が起きると、外科手術をしてもあまり意味がないらしい。
たとえ心臓移植をしたとしても、すぐにその健康な心臓が冒されて同じ状態になってしまうとの事だった。

生まれてすぐに発病したあたしは、一ヶ月間生死を彷徨ったと聞かされている。
年をとるにつれて生存率は多少あがるものの、三歳まで生きれる可能性は数パーセントと言われていた。

両親ですら覚悟をしていたという絶望的な状況の中、あたしは生き残った。
奇跡としか言いようがない著しい回復をみせ、幼稚園の頃には走ったりも出来るようになっていた。
小学校に上がっても普通の子達と同じように行動し、特別何かを制限される事もなかった。
むしろ心臓を鍛えるため適度なスポーツは必須と言われ、体育の授業などは得意な方だったと思う。
5 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:19

ただ、全くの健康体になった訳じゃない。
あたしの胸には相変わらず、いつ爆発するか分からない時限爆弾が埋め込まれたままだ。
どんな状況になっても、絶対に無理は出来ない。

その導火線に火がつく、危険な合図というのは単純明快だ。
胸が締め付けられるような状態になった時は黄信号を意味する。
その時何をしていても、どこにいようとも、必ず身体を横たえて安静にしなければならない。

そこで呼吸が乱れた時はレッドゾーン突入のサインである。
常に携帯しているニトロの錠剤を舐め、強制的に血管を広げてやり、心臓への負担を和らげる。
その後一刻も早く病院へ行き、適切な処置が必要になる。
息が吸えなくなるという事は、すなわち雷管の爆発に相当するくらいのダメージがあるらしい。

そんなあたしが、モーニング娘。に入りたいと言った時、意外にも親は応援してくれた。
オーディションに受かる訳がないと思われてたのが大きな理由だが、
もし合格したとしても、いつ途切れてしまうか分からないあたしの人生、
思い出作りのために好きな事をさせてあげようと、母が父を説得してくれたようだ。
6 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:20

念願叶ったあたしはモーニング娘。の中でおもいきり暴れ回った。
経験する事全てが新鮮で、一日一日が充実していた。
好きな事をやっている、というのが心臓にもいい影響を及ぼしてるのかもしれない。
その頃になると通院のペースも緩和され、月一回の検査に行くだけになっていた。

実を言えば、娘。に入ってから、胸が苦しくなった事が二回ある。
コンサートが終わった後の地方のホテルと、もう一回はハワイに行った時の飛行機の中で。
ただ、そのどちらも症状は軽いもので、ニトログリセリンを舐める事なく乗り切った。

しかし、あたしのキラキラと輝く夢のような日々も、長くは続かない。
突然、モーニング娘。の解散が発表された。
残念だとは思ったが、悲しいという後ろ向きの感想はあたしにはなかった。
決まった事は仕方がない。とりあえず、笑顔でラストステージを締める。それだけがあたしの目標だった。
7 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:21

合図は、最後の公演が始まってすぐにあった。
今までに経験した事のない胸の痛みに突然襲われ、玉のような汗が額に噴き出す。
よりによって、こんな時に。お願い、あと二時間だけ耐えて。
あたしは踊る事を止めなかった。すぐに呼吸が浅くなり、その間隔は異常に短くなる。

薄れゆく意識の中、フルハウスの東京ドームにあたし達のデビュー曲であるシャボン玉が鳴り響く。
けど・・・もう限界だ・・・
大粒の涙が溢れてきて、頬を伝う。
幼い頃から死を意識してきたあたしに、恐怖心はなかった。
解散コンサートをやり遂げた後、ステージで死ねるのは本望だとさえ思った。
ただ、六代目リーダーとして、モーニング娘。を最後まで見届けられなかった事だけが、心残りだった。
8 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:21

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9 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:22

「亀井絵里さん、ですね?」
部屋に入ってきた初老の男性は、あたしの主治医だと名乗った。
「・・・はい。」
「良かった。気分はどうですか?」
「普通・・・です。けど、首から下が全く動かないんですけど。」
「それについては心配ありません。そうですね、あと2~3時間もすれば、徐々に回復すると思います。」

それについては? と言う事は、他に何か心配な事があるんだろうか?
あたしは何も言わず、この頼りなさそうな医者の次の言葉を待った。

「手術は、成功しました。現在のあなたは全くの健康体です。」
「・・・でも・・・あたしの病気って、治療法が無いと聞いてたんですけど・・・」
「えぇ、では、その部分について説明させていただきます。
 すぐには信じられないかもしれませんが、私の話を最後まで聞いて下さい。大丈夫ですか?」
「・・・はい。」

無理に感情を抑え事務的な口調で話すのは、あたしを安心させるためなのか?
とりあえずさっきの頼りなさそうな、というのは保留にしておこう。
あたしなら何を言われても大丈夫。小さい頃から色んな事を聞かされてるんだってば。
10 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:22

医者は小さく咳払いをしてから語り始めた。
「実は、あなたが発作を起こして病院に運ばれた2007年11月8日に、医学界で革命的な発明が成功しました。
 冷凍生命維持装置、FLSSというカプセルです。今、あなたが入っているそれです。」
「・・・は?」
「つまり、その時代では手も足も出なかった不治の病の患者を、仮死状態のまま低温保存をして
 未来の医学に希望を託す、というものです。あなたが登録された第一号の患者ということになります。」
「・・・」
「かなりの時間が経ちましたが、ようやく、あなたの病気の治療法が見つかりました。
 ストックホルムで遺伝子レベルの治療研究をしているグループが学会で発表し、先日私が執刀しました。」
「・・・へ・・・へぇ・・・そうですか・・・」
何と言っていいか分からないので、あたしは適当な相づちをうった。

「信じられない、といった表情をされてますね? しかしこれは紛れもない事実なのです。」
「・・・や、頭では理解してるつもりなんですけど、話が飛躍しすぎてて、正直ちょっと。」
「じゃ、これを見れば少しは分かってもらえますか? あなたの生きていた時代には無かったものです。」

あたしの生きていた時代? 医者はあたしに考える暇を与えず、窓に歩み寄り銀色のカーテンを開けた。
先程から気になっていた影の正体が明らかになる。それは空を飛ぶ車だった。
や、もはや車とは呼ばないのかもしれない。少し神経が麻痺してきたあたしはボンヤリと窓の外を眺めていた。
11 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:23

「それで・・・今は・・・何年なんですか?」
あたしの問いに、医者は一拍おいた。下を向いたまま、声が小さくなった。

「現在は、西暦2125年です。あなたは、FLSSの中で118年間、眠っていた事になります。」
「ひゃ、118年間!?」
こりゃ愉快だ。まるでマンガじゃないか。突然未来にタイムスリップした映画の主人公のようだ。

「そして・・・残念ながら、あなたと直接関わった方は、今は全て、お亡くなりになってしまっています。」
浮かれかけたあたしに、残酷な現実が突き刺さる。
「・・・か、家族も、仲間も、友達・・・も?」
医者は小さく頷いた。話し辛そうにしている理由はこれだったんだ。
ようやく事態が呑み込めた。流石に脳天気なあたしでも、言葉を失う。

しかし、である。
あたしは生きていかなければならない。車が空を飛ぶような時代を、たった一人で。
何事も前向きに、と言われ続けてきたあたしのポジティブな思考は立ち止まる事すら許さなかった。

「それで、あなたに会いたいという方がいるのですが。」
「・・・は?」 
「実は今日あなたの意識が戻るだろうと思って、すでに来て貰ってます。ちょっと待ってて下さい。」
医者はそう言って部屋を出て行く。
・・・あたしに会いたい人って誰? 色んな展開がありすぎて、もう訳が分からなくなっていた。
12 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:24

「さゆ!」
部屋に入ってきた少女を見て、あたしは堪えきれず叫び声をあげる。
瞳がブルーで、髪の色が金髪になっていたが、それ以外はどう見てもさゆだった。
願わくば、ここで彼女が赤いヘルメットを被り『どっきりカメラ』と書かれた看板を
掲げて欲しかったのだが、そうではないみたいだ。

「道重さゆみは、私のママです。私はさえみっていいます。」
「あ・・・あなた・・・さゆの・・・娘?」
「はい。私ってそんなにママに似てますか?」
「似てるも何も・・・さゆそのものだよ・・・けど、その髪と瞳が・・・」
「私のパパはアメリカ人なの。だから、この色なんです。」
そう言ってさえみは嬉しそうに笑った。外見だけでなく、声も、笑う仕草もさゆにそっくりだった。

ふぅん、さゆってば、アメリカ人と結婚したのか。
ってゆうか! 何故120年も経った今、さゆの娘がこんなに若い状態で存在するのか? 
導き出される答えは一つしかなかった。
13 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:25

「もしかして・・・あなたも・・・?」
「はい。私は血液の病気でした。半年前に生き返ったんです。カプセルには90年くらい入ってたの。
 それにしても、亀井さんって強いんですね。
 私の場合はなかなか現実を受け入れられずに半狂乱になってました。」
「そっか・・・でもね、あたしだって今、死ぬほど混乱してるよ。
 うーん、例えば、カプセルに入って30年くらいで治療法が発見されたとするじゃない? 
 で、出てきた時には、同世代だった友達は50近いおばちゃんになってるでしょ?
 あたしはそっちの方が何となくやだ。
 それよりは、一回生まれ変わった事にして、全くの新しい世界の方がいいと思う。」
「なるほど。そう言われればそうかも。さすがママの親友。亀井さんに会えて良かった。」
「その、亀井さんってゆうの、止めない? 絵里って呼んで。」
「じゃ、えり。私はさえで。」
それからあたし達は暫くの間、笑いながら色んな話をした。

「ね、あたし、前世にやり残した事があるの。手伝ってくれない?」
「いいよ。何するの?」
「一緒にモーニング娘。やろう。22世紀にだって芸能界はあるんでしょ?」

あたしはこの世界で、さゆの娘と共に生きていく。
120年間止まっていたあたしの時計は、今、力強く時を刻み始めた。
14 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:26

おわり。
15 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:26

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16 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:27

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17 名前:18 Far Beyond The Sun 投稿日:2004/09/27(月) 21:27

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