今日もポプラは誰かを見送る

1 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:30
15 今日もポプラは誰かを見送る
2 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:31
「K Iidaっと・・・。」

遠くまでひまわり畑の続くキャンバスの右下にサインをする。
絵にサインを書くこと、それは、作品が完成したことの合図でもあり、

また、同時に、

これ以上この絵を良くはできないという、妥協の合図でもある。
3 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:31
出来上がった絵を見て、また絵の向こうに広がる本物のひまわり畑を見て一つため息をつく。

「・・・ついに、帰ってきちゃったんだなあ・・・。」
4 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:32
あの日、昔からの親友のなっちが、一人で駅まで送ってくれた。

「圭織、本当に後悔しないんだね?」
何事も挑戦だよ、と強気に答えたあの頃が懐かしい。
心配そうななっちに向かって、電車内から「行ってくるね」と合図を送った。

描いて、売ってを繰り返す、そんな生活をしてみたかった。
とりあえず、地元の北海道を出て、東京に行く。
そして一度Uターンして北海道に戻り、もう一度将来を考える。
そんな計画だった。

絵で食べていこうとは表立っては考えていなかった。
5 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:34
食事に困ることもあったし、寝る場所が見つからなかったこともあった。
それでも夢中で絵を描いているうちなどは、いつまでもこの時間が続けばいいのにと思った。
それくらい、絵を描いているうちは幸せだった。
絵筆を動かしている間は、時間があっという間に過ぎていった。

けれども、今日ほど時間が早く過ぎていく気がする日はない。
もしも、この絵を最後にするなら、明日・・・いやでも明後日には自分の生まれた家に帰っているはずだ。

東京で何かを得たとは思えないし、何かを見つけたわけでもない。
「このまま、絵を諦めるのかな。」

友人のうちすでに何人もが社会人になったとか。
「自分は結局、何をしたかったんだろう・・・。」
6 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:35
やはり、もう一枚の絵を描くことにした。
目の前の現実に対する、私のささやかな抵抗だ。

「最後は、自分の大好きな場所を描きたいな・・・。」
そう思って向かった先は、静かなポプラ並木。
忘れもしない、出発の前の日、なっちと二人で見にきた場所。

「やっぱりこの角度がいい。」
お気に入りの場所のお気に入りの位置。

ポプラ並木の入り口は立ち入り禁止になっている。
かえってそれがいい。
神聖さを感じることができる。
道が、ポプラ並木の奥へ奥へと広がっている。
希望あるものだけが進む権利のある道。

遠い昔から、誰かがこの道を歩いて・・・。
7 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:36
「この道を歩いていったら、何があるんだろうね。」

私が物心ついたときにはすでに立ち入り禁止のロープが張ってあった。
その道を眺めてなっちとよくそんな会話をした。
「おかしのいえとかかな。」
「今日授業で先生が言ってた桃源郷ってやつじゃない?」
「・・・夢の国だよ。」
何歳になっても、なっちの根本的な考えは変わらなかった。
そして、私もその考えが好きだった。
・・・あの道の奥には、夢がある・・・。

その先にあるものを見たくて、私は生まれ故郷を後にした。
そして、絵の旅に出た。


・・・その先にあったのは、なんの変哲もない普通の道だったのかな。
8 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:36
今、私は目的を喪失している。
できれば絵を描き続けたい。

でも絵を描き続けたとしても、もうこの先自分は何も得られないままだろう。
それがこの4年間で出した答えなのだ。
もう、納得するしかない。
唯一、「断念する」というのが情けなくもあり、辛くもあった。

キャンバスに下書きを始める。
9 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:37
一人の少女が現れたのに気付いた。
突然白いワンピースで、ふらっと現れた。

「どうしたんだろう、私には気付いていないのかな。」
もちろん、いつもなら視界に誰かが入ってくるのは嫌なのだが、
なぜか今日に限ってそんな感情は抱かなかった。

むしろ、彼女の表情にいつのまにか引き込まれていた私・・・。
無意識、という言葉が当てはまる。
10 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:37
彼女は立ち入り禁止のロープの手前で立ち止まった。
そして少し幼いふっくらした顔で、一番手前のポプラの木を眺める・・・。
別れを惜しむような感じで。
ちょうど4年前の私のように・・・。

弱い風が吹き抜けて、彼女の黒髪を揺らす・・・。
なびいた髪を、手で軽く整える。
11 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:38
大きな丸い目は、相変わらずポプラの葉を見ている。

まだ中学生くらいなのかな。
あどけなさが目立つ。
けれども、その中で「頑張ろう!」という思いが表情に浮かぶ。

あの道の果てにあるものを目指す決意。

ちらりと道の奥を見た彼女。
(少女は夢を見ている・・・。)
12 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:39
やがて少女は、小さな声で歌いだした。
曲は分からない。
でも、その表情は複雑で、嬉しいような寂しいような、悲しいような・・・
はたまた、不安でも抱えているような・・・。

言葉では表すことのできない、そう、それこそ絵でも見ない限り分からないような。
手を後ろで組み、歌に合わせて小さな歩幅で進む。

風が抜けるたびに、小枝が揺れて草が奏でる。
その風も8月の暖かさを和らげていた。
13 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:39
決して上手い歌じゃないけれども、その歌にリズムが合っているとは思えないけれども。

でも、彼女は・・・明らかに希望に満ちている。

そこで、私はある構図に気が付いた。
(そうか、私と、ポプラ並木の間にある道、その直線上に彼女がいるんだ。)
私と、見えない未来との間に彼女は立っている。

彼女はあの、未知の世界へ今まさに進もうとしているんだ・・・。
14 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:39
かつて自分が同じ立場だったからだろう、私にはわかる。
少女はきっと近い将来、この北海道を後にするのだと。
思い出に後ろ髪を引かれながら。

「いってらっしゃい・・・。」
15 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:40
呟いた時には、少女はもういなかった。
少女がいなくなった後には、一直線に伸びた道があるだけ。

やわらかい風が吹き抜けて、私の髪がなびく。
包むように、風が吹き抜ける。
なんともいえない安堵感だ。

半ば、絵を描いていた事など忘れていたが、我に返り私はキャンバスを見た。
そこには・・・
ほぼ無意識の中で描かれたデッサンがあった。

少女を見ながら私は手を動かしていたらしい。
16 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:41
ついさっきまで、私の前にいた少女が、枠の中にいる。

彼女は動く、動いている。
キャンパスの中で嬉しそうな表情を抱えて、
それは不安そうな表情に変わり、
寂しそうな表情になり、
それでも一生懸命に微笑もうとする。

完璧にはほど遠い少女は、完璧なままにキャンバスの中で動いていた。
そして、絵の中で少女は、ポプラ並木の通りの奥を見た。
17 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:42
今までにない不思議な感覚。
このデッサンを描いた記憶がなければ、これほどまでのデッサンを描いた記憶もない。

写真のように、ただデジタルに瞬間だけを切り取ったのではない、
この左側から歩いてきて、木を眺めて、これから歌いリズムを刻む。
過去も未来も持っている少女が、今をまさに動くように、私には見えた。

「こんな絵が描けるなんて・・・。」
自分が描いたなんて全く信じられない。
18 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:42
結局それから数日、帰る日を延期して、そこに座り描き続けた。

案の定、少女は二度と来なかった。
予想はしていたけれど何か寂しい。
今ごろは、おそるおそる一歩目を踏み出した頃だろうか。
19 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:44
「ダメだ・・・。」
デッサンを元に、色をつけていく。
自分でいうのもなんだが、見事なデッサンだ。

が、塗れば塗るほどに絵は、
私がこの4年間描き続けていた
写真のように無理やり時間の流れから断ち切られた静止画になってしまう。

風が吹いた、その瞬間。
ポプラが揺れた、その瞬間。

呼吸のない絵・・・。
20 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:44
ついに少女に色をつけることはしなかった。
家族は思いがけず温かく迎えてくれた。
疲れと安心したのとで、半日以上寝てしまった。

次の日、なっちにあった。
なっちは少し大人になっていた。
改めて見ると、家の周りもずいぶん変わっていた。

やはり4年間は思った以上に長かった。
21 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:45
「あの場所に、行ってみない?」
こう切り出したのは私。
なっちも「あの場所」ですぐに分かったそうだ。

おそらくこの大木も私たちを見下ろしているのだろう。
4年前の二人とは、きっとかなり違うんだろうな。
樹齢数十年の4年と20年のうちのの4年なのだから・・・。
変わったね、と高齢の木は言っていることだろう。
そう思って、ただただ無言で上を向いていた。

「ねえ・・・。」
なっちが私に将来について聞いてきた。

そんな、2001年の夏の日。
テレビでは、とあるグループが新メンバーを加入したとか言っていた。
22 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:45

また3年、時が流れた。

「もう23か・・・。」
そうなっちにつぶやく。

この3年間では、なっちはあまり変わった気がしない。

私はずいぶん変わった。
まず、しばらく絵筆を持っていない。
結局、あの未完成のキャンパスが最後の作品になってしまった。

未完成?
いや、あれ以上手を加えても、いい作品にはならない。
少女を含む空間だけが木炭のままになっているキャンバスに、私はサインをした。
立派な完成作品というべきだ。
23 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:46
「一生懸命」という言葉が好きになった。
あの4年間は、まだ短いけれども今まで生きてきた中で、最も一生懸命だった。
あの時のような無鉄砲な頑張りはおそらくできないけれど、
一生忘れない・・・。

社会人になったばかりのある日、ふとあの少女が頭をよぎった。
そういえばしばらく忘れていた。
あの少女のことを。
24 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:47
「あの絵、まだ残ってる?」
なっちが突然言う。
むしろなっちのほうが、その体験談を鮮明に覚えていた。
人は自分の言ったことよりも、他人に言われたことを良く覚えているとか。

もちろん捨てたりはしていない。
が、しまい込んでしまったため、どこにあるかも覚えていない。
私も懐かしくなって、家の中を二人で探し回った。


やっと見つかった絵をいすに立てかけて、二人で少し離れて見る。
「本当に、動いてるみたいだね。」
なっちは素直にそう言ってくれた。

相変わらず少女は未来を見続けている。

もう二度とあんな感覚には陥らないだろうから、
私は絵筆を持つのをやめたんだ。
25 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:47
このモデルの少女を見た日から、もう3年が経っている。
諦めることなく一生懸命頑張っている彼女が想像できる。
3年間で、彼女の身の回りもずいぶん変わっただろう。
(元気にしているかな。)

(東京には、慣れたかな。)
東京へ行ったなど根拠はないのだが、不思議と確信があった。
彼女は、キャンパスの枠から出て行くとき、こんな合図を送った気がした。
26 名前:15 今日もポプラは誰かを見送る 投稿日:2004/09/27(月) 00:48
「行ってきます・・・。

          ・・・。

 さようなら・・・。   私の大好きな場所・・・。」



今年もカラマツが、忘れることなく北の大地に秋を告げた。
27 名前:Max 投稿日:Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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