14 この笛を鳴らしたらあなた
- 1 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:36
- この笛を鳴らしたらあなた
- 2 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:37
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――梨華ちゃん……
――よっすぃ……
――梨華ちゃんにもしものことがあったら、この笛を鳴らしてほしいんだ。
よっすぃはわたしの手を取り、彼女の宝物だった笛を握らせました。
――どこにいても、すぐに駆けつけてあげるから。三秒以内に駆けつけてあげるから。
―― ……うん。
――いじめっことか、ぶっ飛ばしてあげるから。
―― ……うん。
――絶対、絶対助けてあげるから。
―― ……うん。
そして、よっすぃは遠くに引っ越していきました。
あれ以来、まだ笛は使っていません。どんな音色が出るんだろう。
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- 3 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:37
- 「あー、本日の授業も終わりー。ね、梨華。帰りにどっか寄ってかない?」
「ゴメーン、今日わたし用事あるから」
「用事?」
「うん、今日って二千二年の九月二十五日でしょ? 年と月は置いといて、大切なのは二十五日のほうなのよ。
というのも、毎月二十五日は、わたしのお気に入りの雑誌――少しマイナーで、女子高生は普通見向きもしないような
もの――の発売日なのよね。何の雑誌なのかは恥ずかしくって死んでもいえないんだけど、とにかく一刻も早くその雑誌を
手に入れて、家でゆっくりマターリと読みたいの。だから一緒には帰れない」
「あ、そう……。なんか、不自然なほどによくわかった気がするよ……」
あれ、でも今日って確か……、と友達は不思議そうな顔をしていたけど、とりあえずはわたしの事情を理解してくれたようだ。
「……じゃあ、また明日ね」
「うん。バイバイ」
荷物を鞄に詰め込むと、わたし石川梨華(十七歳、高校三年生)は、駅前の本屋に向かって猛然と走り出した。
頭の中は、今月の特集記事のことでいっぱいだった。だから、注意力が散漫になってしまっていたのだろう。
わたしは強面の人とぶつかってしまった。
- 4 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:38
-
ドンッ
「痛ッ、おんどれどこ見て歩いとんねん!」
「あ、すいません」
「嬢ちゃん、すいませんで済んだら警察は要らんねや。もうちょっとで死ぬトコやったやないか」
「はぁ……」
肩と頭がぶつかったぐらいで死にはしないよねとは思ったものの、流石に口にすることは出来なかった。
相手の人は、ぶつけた場所を何度も何度も、それこそ摩擦熱で燃え出すんじゃないかと思うぐらいにさすっていた。
「あの……大丈夫ですか?」
「ほんま痛いわ、これ骨折れたんとちゃうか」
相手の人は苦悶の表情を浮べながら、わたしに物欲しそうな目を向けてきた。相手の隣にいた人も、同じような
目をしてわたしを見ている。どうも厄介なことに巻き込まれてしまったみたいだ。何とかこの場を逃れなきゃ。
「えーっと、それじゃあわたし急ぎますので、ほんとすいませ――」
さり気なく立ち去ろうとしたわたしの腕を、隣にいた人に掴まれてしまった。
「嬢ちゃん、何逃げようとしとんねん。えらい素っ気無いやないか」
「いえ、別に逃げるとかそういうわけじゃ……」
「自分、礼儀がなってないんとちゃうか?」
「あ、あそこに山崎邦生が!」
「何!? どこどこ? ドコにおんの……ってアホか! そんなんどーでもええねん! 自分なめとんか?」
「いえ、決してそういうわけでは――」
「ちょっとツラかせや」
- 5 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:38
- わたしはむりやり路地裏に連れ込まれてしまった。
何とかして逃げようとしたけど、掴んでいる人の握力があまりにも強すぎて歯が立たなかった。
道行く人に助けを求めようとしたが、みんな見て見ぬ振りをしていた。なんて冷たい人達なんだろう。
「で、この落とし前どないしてくれんねん」
わたしとぶつかった人(仮にAとしておく)が、凄い顔で睨んできた。
「そんなこと言われても……痛ッ」
わたしが言葉を濁すと、隣の人(こちらはNとしておく)に、とても強い力で握られた。
「痛めつけたらアカン。手離したり」
A(仮)の言葉に、N(仮)が渋々といった感じで手を離した。つかまれた部分がヒリヒリして、赤くなっていた。
「な、ウチらも乱暴なことはしたぁないねん。嬢ちゃんもあんなコトとかこんなコトとかされたないやろ」
あんなコトやこんなコトが何を指しているのかは分からなかったけど、きっとあんなコトやこんなコトなんだろう。
そんなコトは絶対イヤだったので、わたしは観念した。
「あの、それじゃあわたしはどうすれば……」
「説明したって」
「へい」
- 6 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:39
-
N(仮)はわたしの目をじっと見つめて、
「おかしかってほしいのれす」
と言った。
- 7 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:40
- 「へ? おかし?」
「へい。おなかへったのれす」
なーんだ、そんなことでいいのか。よかったよかった。そうよね。だってこの子達、まだ小学生ぐらいだもんね。
「えーっと、それじゃあ一人500円ぐらいでいい……のかな?」
「わーい、ごひゃくえんげっとなのれすー」
わたしはホッと胸を撫で下ろしながら、財布からお金を取り出そうとした、が、
914円しかないことに気付いた。
わたしの欲しい雑誌が840円(税込み)だから、残り74円。一人当たり37円しかあげることは出来ない。
梨華とってもピンチ!
「あの……」
「ごっひゃくっえん、ごっひゃくっえん、ごっひゃくっえん♪」
A(仮)とN(仮)は歌いながら、くるくると回っている。
どうしよう、逃げようかな、どうせ他に選択肢ないから逃げるしかないもんね、よし逃げよう。今なら大丈夫。
あの子達歌うのに夢中で、わたしのことは完全無視だし。……なんかそれも腹立つけど。
とにかく、そぉ〜っと、そぉ〜っと、抜き足差し足忍び足――
「あ、ドコ行くねん!」
やばい! 見つかった! わたしは一目散に走り出した。
「待てやコラァ!」「まつのれす!」
路地裏はとても狭かった。それが良かったのか、なんとか彼女達を撒くことが出来た。
ホッとしたのも束の間、そのまま歩いていくと、
「嘘……」
目の前は行き止まりになっていた。
- 8 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:40
- しまった。こんなことならさっさと大通りに出るべきだったなぁ。
わたしが後悔していると、「やっとみつけたのれす」という声が後ろから聞こえた。
振り返るとN(仮)が、そのはるか後ろにA(仮)がいた。
「くれるっていったのに、ろうしてうそつくんれすか! うそつきはろろぼうのはじまりれすよ!」
「ハァハァ、そやで、ハァハァ、最初に500円かける2て、ハァハァ、言うたんかて、ハァハァ、あんたやないか、ハァハァ」
何だか無性に腹が立ってきた。わたしは鎌をかけてみた。
「何よ! あんた達、カツアゲしようとしてたくせに! それにわざと当たりに来たんでしょう!」
「ギクッ!? ハァハァ」
A(仮)は分かりやすいほどに反応した。俄然わたしは強気になった。
「カツアゲするような悪い子なんかに、お金なんかあげません」
「かつあげ? それっておいしーのれすか?」
「ハァハァ、それは言葉が、ハァハァ、悪すぎるで。ハァハァ、恵まれない子供のための、ハァハァ、募金やと思えばエエやないか」
「じゃあとんかつみたいなもんれすか?」
「募金とカツアゲは違うわ」
「とんかつとはちがうのれすか……」
「とにかくわたしは行く所があるからそこを退いてちょうだい」
「アカン! 通して欲しかったら1000円よこせ!」
「かつあげ……あげもの?」
「嫌よ。絶対渡さないわ」
「かつをあげるんれしょうか?」
「あ゛ー、こうなったら腕ずくや。のの、行け!」
「もーわけわかんねーのれす」
- 9 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:50
- N(仮)が首を傾げながら、わたしに向かって突進してきた。わたしの華奢な体だと、どう考えても防ぐことは
出来ない。こうなったら、よっすぃから貰った笛を使うしかない!
わたしは鞄の中から笛を取り出そうとしたその時、 どかーん とN(仮)がわたしにぶつかり、 どしーん と
N(仮)がわたしの上に乗った。もう少し空気読めと言いたかった。
「やったのれす。ほれ、はやくせんえんよこすのれす」
N(仮)の重みが、わたしの華奢な肋骨にグイグイと食い込んでくる。イテテ、もうちょっと下に乗って下さい。
ボロボロになりながらも、わたしはなんとか掴んでいた笛を口元に持っていった。
よっすぃ、お願い。早く助けに来て! 決して走らず急いで歩いてきてそして早くわたしを助けて、なんて
贅沢は言わないから。走ってきていいから早く来て! そんな願いをこめながら、わたしは笛を吹いた。
フェボー
ピィィ
ヒュボロロ
キュルルル
ヒュゥゥウブボー
シュウゥ
ボピュゥー……ス
「ワーキタナイオトー」「ナンナノレス?」「ナンヤ? イキナリフエフイテ」
- 10 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:51
- 三秒経った。よっすぃは来なかった。十秒経った。やっぱりよっすぃは来なかった。
どうして、どうしてよっすぃは来ないのよぉ! すぐに来て、助けてくれるって言ったじゃないの!
わたしは泣きに泣いた。それこそガキンチョ達が慌てるぐらいに泣いた。
「ちょ、ちょ、どないしてん。なんでそんな泣くねん」
「おろおろ、らいじょーぶれすか? おろおろ」
さらに泣いた。あまりに泣きすぎて、今度はガキンチョ達が引いてしまった。
「……自分何歳やねん」
「……こんなおとなにはなりたくねーのれす」
「こんな、こんな笛なんか、もう……えーっと……、アホー!」
苛立ったわたしは、上手い言葉が見つからないまま、持っていた笛を思いっきりブン投げた。
笛は、
綺麗な弧を描いて、
クルクルと回転しながら、
地面へと落ちていった。
- 11 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:51
-
カン カンカン カンカラコーン
- 12 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:51
- 突然、ズシズシズシズシとものすごい地響きが響き渡りました。
「ん、なんやなんや?」と、A(仮)ことあいぼんさん。
「ろうしたんれしょう?」と、N(仮)ことののたん。
「何? 何が起きてるの?」と、先程まで話し手だった石川。
と、あいぼんさんやののたんが走ってきた方から、おかしな声が聞こえてきました。
「あれ、えーっと、ちょっと待てよ。これは困ったな。壊して行くってのも……あ、そうだ。こうやって、ウンショウンショ」
ズズッ、ズズズッなんていう、まるで布と壁が擦れるような音も聞こえてきました。
「この声はよっすぃの声よ! よっすぃが助けに来てくれたんだわ!」
「よっすぃ? 誰やねんソイツ?」
石川の過去を知らないあいぼんさんとののたんには、石川の言っていることがさっぱり理解できませんでしたので、
むかついた二人は石川の頬っぺたを引っ張りました。
「ひたひ、ひたひっへ。ひょっほふはひほほ、へ、ははひへほ。」
石川の顔が三倍ほどに膨れ上がった時、細い道から腕と足、続いて体と頭、最後にお尻が出てきました。
「吉澤ひとみ、ただいま到着!」
その場の空気が一瞬凍りつきました。ぴゅーっと秋風が吹き、黒い糸の丸まったような変な物体が、カサカサと
四人の間を通り抜けていきます。
「……ほっひぃ? ほっひぃほへ?」
「……梨華ちゃん? 梨華ちゃんだよね? 今助けてあげるからね」
お互いを疑問系で確認しあう吉澤と石川。なぜなら石川の場合は顔が三倍に、それで、吉澤の場合は――、
「なんやこの白豚」
――という、あいぼんさんの一言に全てが集約されているからです。
- 13 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:52
- 「白豚?」
キラーンと吉澤の目が光ったかと思うと、
「吉澤プァ―――ンチ!!」
ぼぐしゃぁ (あいぼんさんが殴られた音)
どさぁ (あいぼんさんが地面に振ってきた音)
ぴくぴく (あいぼんさんの体の痙攣みたいな音)
吉澤のとんでもない巨体――もとい、とんでもないパワーと、体に似合わぬとんでもないスピードが加わった、
それこそとんでもない破壊力の力のパンチによって、あいぼんさんは一発で気絶してしまいました。
口から泡なんかも出ちゃっています。
「あいぼん!」
ののたんは石川から降りると、「てめー、いきなりなにするんれすか!」と食ってかかりました。
「ン? こいつがオレのことをホワイトピッグだなんて失礼なこと言うから悪いんだ」
「うるせーよ、このしろぶ「吉澤プァ―――ンチ!!」
ぼぐしゃぁ (ののたんが殴(ry
どさぁ (ののたんが(ry
ぴくぴく (ののたんの(ry
- 14 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:52
- 「よっすぃ……」
石川は腫れてヒリヒリしている頬っぺたを押さえながら、
「梨華ちゃん……」
吉澤はズシズシと足音を響かせながら、二人は路地裏でおおよそ二年半振りの再会を果たしました。
感動の再会です。
「梨華ちゃん、綺麗になったね」
「よっすぃこそ、……その……随分たくましくなったね」
石川は上手い具合に言葉を濁しました。
「うん、実はもーにんぐ・たうん≠チていう所で修行してたんだ」
「あ、そうなんだ、へー」と石川は棒読みで答えました。フットサルやればいいのに、と思いながら。
二人の近況を話し合っていると、何故か唐突に白バイ警官が現れました。
「君達こんな所で何を騒いでいるんだい。おや?」
白バイ警官の視線の先には、気絶しているあいぼんさんとののたんがいました。
「おい、この二人はどうなってるんだ。君達がやったのか?」
「やばい、どうしようよっすぃ」
「任せて梨華ちゃん。吉澤プァ――ンチ!!」
吉澤は、気絶してしまった白バイ警官のヘルメットを眺めると、「これかっけーくない?」と石川に尋ねました。
吉澤の「かっけー」を聞くのも久しぶりだなぁと思っていた石川は、「あ、うん、カッコいいかもしれないね」と
投げやりな感じで答えました。
「だよね。ちょっと被ってみるよ」
吉澤はちょっと小さいかなぁと言いながらも、むりやり被ってしまいました。
- 15 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:52
- キツキツのヘルメットを被った吉澤は、「梨華ちゃん。どぉ?」と尋ねました。
「うん、よく似合うよ」満面の笑みで答える石川。
「やっぱり? だよねー」
喜んでいる吉澤を見て石川は、まるでわざとちっちゃなヘルメット被ってたオマリー(元阪神)みたいと思い、
クスクス笑ってしまいました。
「ちょっと、何笑ってるんだよ」「えー、教えなーい」「教えてよー」「やだー。わたしが、まるでわざとちっちゃな
ヘルメット被ってたオマリー(元阪神)みたい、って思ってたなんて言わないもーん」「いいから教えてよー」
「やだー、絶対教えなーい」「教えてったらー」
アホな二人の会話は、それこそ日が暮れるまで続きました。
「もう暗くなっちゃったね」
「そうだね。あ、一つ聞きたいことがあったんだけど」
「どうしたの梨華ちゃん?」
- 16 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:54
- 石川は、どうして三秒以内に来てくれなかったのかを小一時間問い詰めました。
「え、オレ三秒以内に着いたよ。少なくともその所までは」
吉澤は細い道の先を指差しました。
「うそだー。わたし数えてたんだからね。わたしが笛吹いたあと、十秒以上立ってから来たじゃない」
すると、吉澤は驚いた顔をして言いました。
「 たて笛って、打楽器じゃなかったの?」
~~~~~~~
石川はその場にずっこけました。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ、オレは行くよ。梨華ちゃん達者でね」
そう言って吉澤は二人をかついで行こうとしましたが、それでは色々つっかえて通れなかったので、
あいぼんさんとののたんをポイポイッと向こう側へ投げた後、自らはカニ歩きで去って行きました。
石川はふと我に返って思いました。そういえば、今日は九月十八日だったなぁと。
- 17 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:54
- ぷぴー
- 18 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 15:54
- ぷぴー
- 19 名前:14 投稿日:2004/09/26(日) 16:00
- ズバババババン
ジャジャーン
パラリラパラリラ
ギュゥィィィン
ボヨヨーンボヨヨーン
ファッファー
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