10 アイ,Zoo
- 1 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/25(土) 23:57
- 10 アイ,Zoo
- 2 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/25(土) 23:58
- *
別に、なんの合図にもきっかけにもならなかった。
ジーンズのお尻のポケットに突っこんであった携帯から、
ロマンチックで浮かれた着メロがやかましく鳴り響いている。
スピーカーの細かな振動がジーンズの生地ごしに伝わってくる。
あたしは動かない。
あたしをかえりみる人もいない。
金網の向こうのゴリラは置物みたいに微動だしない。
平日の昼間。動物園がひとでいっぱいだったら、それはそれで日本の未来が不安だ。
「にいっぽぉーんのみぃーらいはぁ、うぉー、うぉー」
この曲が、大好きだったような気がする。
ブラウン管の中で歌い踊る彼女たちを夢中で見入った。
何度もカラオケで歌った。振り付けも全部覚えた。
いま、あたしがこの曲で歌うパートは、どこだっただろう。
ああ、そうだ。今日はまたフォーメーションの変更があるんだった。
午前9時に集合。時間厳守。
昨日の帰り際、マネージャーさんが念を押していたのを思い出す。
いや、あたしだって別にそのときからバックれようと思ってたわけじゃない。
寝坊しちゃいけないと思って、よっちゃんさんの誘いも断ったし、
目覚ましだって3つセットして布団に入った。
- 3 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/25(土) 23:59
- 部屋を出たところまでは覚えてるんだけど、気がついたらここに来てた。
自分でもびっくりするぐらい無気力な状態でプラプラしてる。
きっかけは、なんだっただろう。水前寺清子さんかもしんない。
ウソですゴメンナサイ。多分ゴリラのせい。や、それもウソか。
「ごりらー、ごりらーあ」
お昼を知らせるチャイムが鳴ったのは、いつだっただろう。
ゴリラがのそのそと立ち上がって、オリの中をうろつき始める。
それもまたすぐに飽きたのか、ぴたりと立ち止まるとどこか哲学的な顔つきで空をながめ始める。
「ごーりら、らっぱ、ぱんつ、つるっぱげ、げんこうよーし」
ゴリラっていうのは20世紀になるまで未確認生命体扱いだったって聞いたことがある。
こうやって間近に見てると、なんかわかるような気がする。
毛むくじゃらで、ばかでかくて、バナナが好きで元世界チャンピオンで
映画で大赤字出す生き物が実在するなんて、なかなか信じられるもんじゃないし。
あれ、違ったっけ? まあいいや。ゴリラはナマズじゃないし。
- 4 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:00
- *
また着メロがやかましく鳴っている。
今度はジーンズからじゃなくて、足元に置きっぱなしのバッグからだ。
プライベート用の携帯まで手が回ったらしい。
家族か、友達か、それともゴリラか。
「ね、いま美貴に電話した?」
柵の向こうにいるのは、いつのまにかゴリラじゃなくてキリンになっていた。
3匹のキリンが突っ立って、なにを噛んでいるのか、くちをもごもごさせている。
「きりんはあかいなあいうえおー」
いや、赤くないか。よく見たら黄色でもない。なんかくすんだ白と茶色のまだら色。
なにが悲しいのか真っ黒な目をうるませて、長い首を揺らしている。
「ていうか、キリンてよく見たらキショいよな」
文句をいってみたら、もうキリンは消えていた。
松の木の上で、2匹のコアラが松の葉っぱをくわえてる。
へえ、日本にコアラっていたんだ。なんか得した気分。
でも、いつの間にオリの前を移動したんだろう。どうも思い出せない。ていうかどうでもいい。
金網に背中を預けたまま、ずるずるとしゃがみこむ。
ズキン、と地面につけた手がわずかに痛んだ。
- 5 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:00
- 見ると、右の拳の部分が赤く腫れていて、わずかにすりむけて血がにじんでいる。
なんだろう。どこかでケンカでもしたかな。覚えがない。
わずかに、白いイメージが頭をよぎる。
白い壁。真っ白なベッド。白いティーカップ。
空を飛ぶ白いマクラ。白い羽毛が飛び散って、床やテーブルに落ちていく。
そういえば喉がちょっとガラガラする。激しく怒鳴った後みたいだ。
でも、なんか、どーでもいいや。
お尻のポケットとバッグから、かわりばんこに着メロが鳴り響く。
うざかったら電源を切ればいいのに、それすらもめんどくさい。
どうして、こんなふうになったんだろう。
きっかけはなんだったのだろう。なにが合図になったのだろう。
コアラが松の葉っぱをお箸にしてしゃくしゃくカキ氷をかきこんでいる。
「なにやってんのあんた」
コアラはべろりと舌を出す。
- 6 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:01
- * → →
北上川の東岸に築いた砦で、あたしは甲冑に身を固めて座っている。
遠く山の向こうから、見るからに勢いのないノロシが上がっているのが見える。
小川の敗走を教える合図だった。
「美貴ちゃん」
紺野が不安そうな顔であたしを見る。
「紺ちゃん」
ちらりと、目でたしなめた。
仮にも副将である彼女の弱気は、まいやあさみを通じて兵たちの士気にかかわる。
紺野は賢い子だ。小さく頷くと、するりと将の顔を取り戻した。
西岸の朝廷陣からは、相変わらず降伏を促すノロシが上がり続けている。
ふざけるな、と怒りを覚える。
平和に暮らしていたあたしたちの土地に無断で踏み込み、屈辱的な名前をおしつけ、
米を作るからドレイになれなどと臆面もなくいい放つ恥知らずども。
傲慢にもミカドを名乗り、全てを自分の物にしようとする侵略者ども。
なんでも思い通りになると思うな。
「ミキティ」
矢口真里が焦燥にかられた声を出す。
- 7 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:02
- 「気持ちはわかるけど、もう限界だ。
ウチらだってあんたたちを滅ぼしたくはない!」
聞く耳は持たない。
交渉に来たなどといいながら、矢口の背後には剣を持った石川梨華がピタリと張り付いていた。
坂東の無作法者め。
朝廷の懐柔策に乗せられて、寝返って、したり顔で説教か。
いずれあたしたちと同じ運命を辿るのは目に見えているのに、おめでたいことだ。
あたしはずらりと剣を抜き、矢口の鼻先に突きつけた。
「美貴は帝だ。死ぬときはクニと一緒だ。
パチモンの帝の指図は受けない!」
小型犬を思わせる矢口の顔が、ぴくりと引きつる。
なんかそれで、彼女の結末が見えたような気がした。
向こうの軍勢は約2万6千。こちらは約1500。
それでも、勝てると確信した。
- 8 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:03
- ← ← *
別に、前々からチェックしてたわけじゃないんだ。
ロクに学校にも行かずにブラブラしてたある日、
札幌でちょっとしたイベントがあるっていうのを聞いた。
特に興味があったわけじゃない。
ただ他にすることもなかったもんで、冷やかし半分で見物に行った。
それは、まだデビューすらしていないアイドルグループがCDを売るというものだった。
別に、目新しいもんじゃなかった。
似たようなのなら、家族旅行で行く温泉宿や、たまに行く東京でいくらでも目にしてきた。
それなのに、あたしは背筋に走るような衝撃を受けた。
他と、何が違ったんだろう。
とても芸能人とは思えない普通の洋服を着たコたちが、CDを手に笑顔を浮かべていた。
熱気は、人の多さのせいだけじゃなかったと思う。
気がつくとあたしは人ごみの中に飛び込んでいって、CDを手にしていた。
握手をしてもらった。
5人の中でも一際目立つ長身を折り曲げて、あの人は北海道の風にばたばたと翻る
ロングヘアを押さえようともせずにあたしの手を両手で握り締めた。
その手はすごく凍えていて冷たかったけど、
芯に炭でも入ってるんじゃないかと思うくらい、深い熱が宿っていた。
この人のそばにいられたら、どんなに素敵だろうって、あの時思ったんだ。
- 9 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:03
- * → →
やせっぽちなガキが、泣きそうな顔をして剣を振りかぶる。
「みきねえーっ!」
泣くなようっとうしい。お前も王の端くれだろうが。
「降伏してください。みきねえはっ、このクニに必要なんです。
ここで死んじゃあいかんっちゃぁ!」
田中れいな。クマソの末裔が、こんなところで捨て駒扱いされている。
あんたのいってることはわかるよ。あんたの立場もわかってる。
田中の背中にはクマソの民がいる。
民のために、田中は戦い続けなくちゃいけないんだ。
「美貴の戦いは、美貴の民が望んでるんだよ!」
田中の鉄の剣があたしの剣とぶつかる。火花が散る。柄を握る手の中で奇妙な感触がした。
武器の質の差か。あたしの剣が折れるのは時間の問題だ。
あたしは田中を組み伏せて、鉄の剣をもぎ取った。
- 10 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:04
- ← ← *
なにが面白いんだか、ゲイのスキンヘッドをつるつる撫でながら、
保田さんは旨そうに芋焼酎をあおった。
「夢とか希望とかもさ、快楽の一種じゃん」
「は?」
「夢、希望、理想、思想、主義、愛、友情。
ご大層なこといったって、結局は自分が心地よくなるためのお砂糖よ。
砂糖は甘い。それ以外になんだって話じゃん」
「太りますよ、砂糖は」
あたしが突っこむと、保田さんは「そうだねえ。困るねえ」とニヤニヤした。
「ケーキが和菓子になってもさ、甘いことには変わりないじゃん?」
「歌手と女優は大分違うと思いますけど」
「欲望よ」
「は?」
「欲望のゼロ点は、いつだって変更できるのよ」
だからってテキーラの焼酎割りにレモンとシューマイぶちこんで飲むのは、
人間としてやっちゃいけないことのような気がした。
「ウメボシ、キライなのよね」
そのあと保田さんはものすごいテーブルマジックをして見せてくれたんだけど、
どういうのだったかはちょっとすご過ぎて思い出せない。
- 11 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:05
- → → *
胆沢城を背中に、高橋愛は意気揚々と剣を抜いた。
「これで最後や。もっさん、降伏せぇ!」
うるせえイナカモン。なにいってんのかわかんねえよ。
亡命してきた果てに最前線に立たされて、コイツは疑問を感じたことがないんだろうか。
きっとないんだろう。
大将軍とかいったところで、コイツは結局単なる役人で、王でも帝でもない。
あたしは剣を抜き払った。兵たちがそれに応え、ときの声をあげる。
すでにこちらの手勢は500ほどしか残っていない。
しかし胆沢城の本隊はあたし等の陽動作戦に引っかかって移動中だ。
互角以上に戦う余地はある。
「あんたを倒せばあとは烏合の衆だって、わかってんのか高橋ぃっ!」
「わっしを倒せると思ってるんか!?」
「は? 歯牙にも引っ掛けてないんだけど!」
多分、これが最後の戦いだ。
「美貴に続けっ!」
剣を取り、脇目もふらず一直線に高橋を狙う。
兵たちがそれに続く。
勝てる、とあたしは確信した。
- 12 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:06
- 「美貴ちゃん!」
紺野の声が聞こえたのは、突然だった。
陽動の任についていたはずの紺野が、早馬に乗って戦場に駆け込んでいた。
高橋が冷笑を浮かべるのが見えた。
すでに高橋はあたしを見ていなかった。
満足そうな顔で腕を組み、あらぬ方向を見つめている。
その視線を追って、あたしは愕然とした。
本陣から、ノロシが上がっている。
ゆらゆらと細く長く雲に吸い込まれるような薄い煙。
それは、あたしたちの降伏を示す合図だった。
「はあっ!?」
「美貴ちゃん!」
馬の上の紺野は、真っ青な顔をしていた。
「御前が…」
あたしは剣を取り落とした。
- 13 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:06
- ← ← *
ぽとんと、地面に滴が落ちて黒い染みを作った。
涙じゃない。情けないことに、鼻水だ。
「大丈夫?」
あいつは苦笑を浮かべてバッグの中をごそごそやると、
あの時と同じように長い体を折り曲げて、あたしの鼻にティッシュをあてがった。
「ほら、チン」
「なんなんだよぉ…」
言葉の最後が、ぐしゃぐしゃになって潰れてしまう。
捕まえるように、目の前の白い手を両手でつかんだ。
飯田の体は相変わらず体温が低くて、そのくせ芯に電熱線が通ってるみたいな奇妙な熱を持っていた。
この感触を、好きだと思った。この感触のそばにいたいと思った。
それなのに、ようやく近づけたと思ったとたんに、彼女は行ってしまうっていう。
「なんで、来たんだよぉ…」
「だって、美貴が来なくてみんな迷惑してるし」
「なんで、行くんだよぉ…」
- 14 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:07
- ムカつくことに、飯田はぴくりともたじろがない。
「そういう、時期だからだよ」
飯田の手がするりとあたしから離れていく。
あたしが鼻かんだティッシュをポイとゴミ箱に捨てると、
飯田はそのままさっさと歩いていってしまう。
いつも、そうだ。
あたしは必死で追いかけるのに、あいつは平然と行ってしまう。
そばにいたかったら追いかけろって、さも当然のように要求する。
時期なんか知らない。合図なんて見たくない。
それなのに、あたしは追っかけずにはいられない。
あいつも、それは知ってるはずなんだ。畜生。
- 15 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:08
- 川‘〜‘)||
- 16 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:09
- 从VvV从
- 17 名前:アイ,Zoo 投稿日:2004/09/26(日) 00:09
- 川‘〜‘)人(VvV从
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