3 通信お母さん
- 1 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:51
- 3 通信お母さん
- 2 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:51
- 「おかぁさ〜ん。真里がね、真里がね、なっちのこといじめるのぉぉぉぉ」
狭い部室になつみの幼すぎる声が響き渡った。慣れたおいらは平然としているがそれを初めて見た美貴ちゃん。顔が思いっきり引きつっている。そりゃそうだろう。大学生にもなって腕時計型通信機の真似事をするなつみ。異様だよな。
「か……帰ります!」
美貴ちゃんが勢いよく立ち上がった。
「わっ……ちょっと待って!」
おいらは入り口に立って美貴ちゃんの行く手を遮る。
「どいてくださいちっちゃい人!」
「ちっちゃいって言うな!!」
「だって……だってあの人おかしい……」
美貴ちゃんはおぞましいものでも見るようになっちを見た。当の本人は未だお母さんと通信中。必死に状況報告をしている。
「待って、待って。もうすぐだから」
「……は?」
「なつみがああなっているときはね
合図なの
事件が解決するっていう」
- 3 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:52
- 今から数ヶ月前。
身長伸びないけど、おいら大学生になった。大嫌いな勉強も結構な集中力で乗り切ってやっとこさの思いで入学した。キャンパスには自由の空気が漂っていた。ああ、憧れの大学生!どっか面白いサークル入ってキャンパスライフをエンジョイしまくろう!そう思っていたおいら。
いろいろ珍しそうなサークルを見学した。フットサル部、棒術会、読唇術研究部、勝沼ぶどう郷愛好会、100円均一店研究会、模擬試験荒らし隊……。そんなとき、おいらは一枚のチラシを目にした。
「相談部」
まっしろいB4にでっかく毛筆でそう書いてあった。そして部室の場所。なんだよこれ?相談って相談にのってやる部なの?それとも誰かに相談しまくる部?
これだ!
おいらの好奇心がぐわんぐわんにうずいた。おいらは早速、相談部の部室を訪れたのだった。
部室には1人しかいなかった。
「ようこそ相談部へ。私は部長兼、副部長兼、会計兼、監査兼、広報兼、相談役の安倍なつみっていいます」
「……へ?」
「ちっちゃい人。あなたには部員ナンバー2の部員証を差し上げます」
「えぇ〜〜〜〜〜〜?」
- 4 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:52
- なんとこの部活。部員が安倍という人しかいないのだった。
「あの〜、普段どんな活動なさってるんですか?」
「んとね、たまにね。たま〜に、お客が相談ごとを持ってくるからそれを解決してあげるの。チラシに私のメアド書いてあったでしょ。そこにメールくれる人もいるね」
と部長兼、副部長兼、会計兼……要するに安倍さんがにこぉっとして答えてくれた。
こんな笑顔で対応されたら、相手の警戒心がらがらだろう。
「相談て?」
「恋愛相談、お金の相談、授業の相談に地下鉄の乗り継ぎ相談、何でもあり」
「それを……安倍先輩が1人で解決するんですか」
「やだなぁ、先輩って恥ずかしいべ」
「……べ?」
「いやいや、でも今日からは1人じゃないよ。真里も一緒だからね」
いきなり呼び捨てで微笑みかけられた。おいら心の中では引き返せコールが鳴り響いていたんだけど、結局、前代未聞のプリティスマイルに惹きこまれておいらは部員第2号になった。なってしまった。
変な人。
それがなつみの第一印象。
それから数ヶ月。
なつみはおいらの中で尊敬の対象へと昇格していた。
- 5 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:52
- その日の相談者は美貴ちゃんというコだった。美貴ちゃんの携帯からチラシに書いてあったなつみのメアドに部室の場所がわからないとメールが入ったので、なつみがついさっき返信したばかりだった。だからおいらもなつみもお出迎え体制万端で待っていると、おそるおそるとドアをあけて、相談部ってここですか?と聞く。
「えっと、藤本さんですね?メール届いた?」
「はい」
おいらは椅子と紅茶を用意して美貴ちゃんをご案内。
向かいに座ったのはなつみ。おいらはなつみの隣にちょこんと座る。ここが特等席。相談聞いている間ずっと、なつみの横顔を楽しませてもらえる。いや、自分の仕事もこなしますよちゃんと。
「えっと、どんな相談事ですか?」
「えっと……意味不明のメールについてなんですが……」
美貴ちゃんはそう言って携帯をなつみに差し出した。それを受け取ったなつみは携帯をながめる。
「亜弥ちゃんのなんですけど……」
「亜弥ちゃん?」
「亜弥ちゃんはバイトの後輩なんです。まだ高校生なんだけど出会ったのはそう、半年前。100パーセント輝く笑顔で登場した亜弥ちゃん!それを見た美貴はもう一目惚れ。かっわいいのなんのって……」
「えっと、すみません用件だけ簡潔にお願いできますか」
おいらは言った。この手の人の過去話を聞いていたらいつになるかわからない。
こうやって相談者の話をリードするのもおいらの仕事だ。
「変なメールってのはこの数字?」
「そうです」
- 6 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:52
- 「ふーん。意味わかんないね」
なつみはおいらに「はい」と携帯を差し出した。
「最近、亜弥ちゃんの様子がおかしくって……悩み事とかあるのかなって思ってたらそのメール。どうしたのかなって思って……」
おいらは携帯を見た。今から2週間前の日付になっている。
<53 ・ 14 52 44>
「……」
確かに意味不明だった。数字だけの羅列。一体これはなんだ。
「ねぇ美貴ちゃん」となつみの声が聞こえた。
「その亜弥ちゃんの様子、詳しく聞かせて」
「はい、亜弥ちゃんと美貴が半年前に出会ったっていうのはさっき話しましたよね。しばらく2人、バイトに必要な話以外は全然しなかったんです。なんていうか美貴、見た目で亜弥ちゃんに怖いって思われていたらしくって……」
そう?となつみは聞く。おいらは美貴ちゃんの顔を見た。確かに、気の強そうなところはあるかもしれない。
- 7 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:53
- 「ある日、亜弥ちゃんと美貴で同じシフトだったんですけど、妙にそわそわしてるんです。『どうしたの?』って聞いたら『化学の宿題が全然終わらないんです。明日提出なんだけど……』といって私に見せてきた。美貴、大学受験で化学ちょっとは勉強してたから、一緒に手伝ってあげたんです」
美貴ちゃんはどこか遠くを見るような目になっていた。過去のことを思い出しているのかも知れない。
「その後から2人は一緒にいるようになったんです。家庭教師をしてあげたり、買い物につきあったり……。それが……ここ1週間くらい変なんです。毎日電話掛かってくるんだけど、テンション高いって思ったら急に機嫌悪くなったりして」
話の途中ずっと携帯を見ていたなつみがおいらにまた携帯をパスした。これは今から1週間前のメール。
<19 39 8 92 39 8 52 53 13>
またしても意味不明の暗号メールだ。
携帯のディスプレイに数字の羅列が浮かび上がっている。異様だった。
おいらはカーソルをいじって次のメールも覗いてみる。
次のは普通に日本語で
<キミのことが嫌いになったわけじゃないよ。違うの、誤解しないで>
そう書いてあった。普通といっても、内容はあまり穏当ではない。何か、2人の間にトラブルがあったのだろうか。このメールだけではわからない。続けて次のメールを見た。
<なんか、デートしてもワクワクしない自分がいる。理由はわかんない>
- 8 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:53
- 次のメールも見ようとしたら
美貴ちゃんが話を再開した。そこでおいらはなつみに携帯を渡して美貴ちゃんの方を見た。
「3日前なんですけど、久々にシフトが一緒だったんです。それなのに亜弥ちゃん美貴が声をかけた途端、ぴゅうって休憩室に逃げてっちゃったんです。美貴がノックしても返事しないし。他のコが部屋に入ると普通に会話するみたいなんだけど美貴とだけは目を合わせようともしない。ショックだった。美貴を避けてるみたい」
興奮気味に話す美貴ちゃんの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。亜弥ちゃんに避けられているのが辛いんだろう。ちょっと同情した。
おいらの肩をツンツンするので見ると、なつみが携帯を渡そうとしている。受け取って見る。3日前のメール。
<ごめん。こないだ理由わかんないって言ったけど、わかっちゃった。私の気持ちがごちゃごちゃしたままだったのがいけないんだ……。今度、ちゃんと話すからね>
「それで、一昨日も電話が掛かってきたんです。でも声が異常に暗かった。挨拶もそこそこに『美貴たん……あのね……』って言うんです。それで美貴は亜弥ちゃんの次の言葉を待っていたんですけどそれっきり、全然しゃべらない。ただ電話のジーっていう音だけが聞こえてくるんです。不安になった美貴は『どうしたの亜弥ちゃん?』て聞きました。『えっと……聞いて欲しいことがあるんだけど……』て言うから美貴は『何?』て聞いた。そしたら亜弥ちゃんはまた黙り込んでしまったんです」
覚悟した。
美貴ちゃんはそういった。唇を強く結んで俯く。
- 9 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:53
- 「亜弥ちゃんの口からどんな言葉が出ても、受け止めようって思った。でも『ごめんなんでもない。ごめんね、今日のことは気にしなくていいからね』そういって一方的に電話を切っちゃったんです」
メールボックスは昨日のもので最後だった。
<74 85 33 53 28 1 33 92 19 53 11 27 31 53 71 102>
私の手の中にある携帯に残った最後のメッセージ。
だが、何を伝えようとしているのか美貴ちゃんにはさっぱりわからないようだ。
「今日……ついさっきまでバイトで亜弥ちゃんもいたんです。『一昨日の電話何だったの?』って美貴は聞きました。そしたら亜弥ちゃん、下を向いたまま泣き出しちゃったんです。それで美貴、どうしたらいいかわからなくって、しかもよく見たら昨日、亜弥ちゃんが謎のメールを送った。それで携帯……安倍さんに見てもらおうって思って持ってきちゃったんです」
最後の方、美貴ちゃんは声を震わせながら必死に訴えかけるようだった。おかげで説明がごちゃごちゃ。それでも美貴ちゃんの表情を見ていると、とても責める気になんてなれない。
「わけわかんないメール。何の合図なのか美貴にはさっぱりわからない。ねぇ安倍さん、亜弥ちゃんどうしちゃったの?」
美貴ちゃんはついに泣き出してしまった。
不安が一気に飛び出したのだ。
気丈に見える美貴ちゃんのそんな姿は見ていて辛かった。
- 10 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:53
- 「ちょ……ちょっと美貴ちゃん、泣かないでよ。大丈夫、なっちがなんとかするべさ。えーっと、この数字だけど、何かの暗号じゃないのかな?」
そりゃそうだろ……。大丈夫かなつみ?
「この暗号がわかれば、亜弥ちゃんの気持ちもわかるはずだよね」
おっと、おいらも自分の仕事をしなければ。
「だからなつみ!当たり前だってば」
「ううっ……」
なつみは詰まった。おいらの仕事というのはつっこみだ。意味不明の迷推理を展開するなつみに次々とつっこみまくる。
「えーっと数字ってことは、この数字が……なんなんだ?」
なつみはいい感じにテンパりはじめた。
「わかった!ポケベルだ。ポケベルって数字で言葉を表しているでしょ。11でア。12でイ。13でウ。って。それだよ」
「それで……何て読める?」
「えっと……74ってことは『メ』だ。それから85は『ヨ』」
気がついたらすっかり泣きやんだ美貴ちゃん。
眉間にしわを寄せておいらに耳打ちする。
「ねぇ……あの人大丈夫」
「あはっ……あはははは」
おいらは笑ってごまかすしかない。
- 11 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:54
- 「メヨスヌ……、28って何だっけ?えーと」
「なつみ」
「何よ真里!邪魔しないでよ!!」
「あのさ、この暗号『1』とか『102』とかまであるけど?」
「……」
「それにメヨスヌ……って何?意味わかんないから……」
「う……」
なつみは段々泣きそうになっていく。
よし、もう少しだ。もう少しぶっ飛んだ推理が展開したら止めを刺そう。
「そーだ!語呂合わせで読めばいいんだ。
74=梨。85=パーコ。33=サザン。53……53?!」
今だ!
「なつみ」
最後の仕上げに入る。
「なにさ真里ぃ……」
おいらは半目になってすっとなつみを見据えた。
実際視点はなつみの両目よりやや後ろにおいてある。
そうして唇と突き出して
腹の底から
言い放った。
「ばっっっっっかじゃないの?」
おいらがそういうと
なつみの顔がぐしゃぐしゃに歪んだ。
「ひ……ひどいっっっ!!」
- 12 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:54
- なつみはとうとう泣き出した。
「もういいもん!!」
なつみは袖をまくる。
そうして右手の甲を顔に近づけた。
あたかも、そこに何かがあるように。
美貴ちゃんが「何?」と
聞こえるか聞こえないかくらいの声で言う。
なつみは腕時計を見るようなポーズをとると
その、ありもしない腕時計に向かって
「おかぁさ〜ん!」
しゃべり出した。
美貴ちゃんの表情が凍りつく。
「おかぁさ〜ん。真里がね、真里がね、なっちのこといじめるのぉぉぉぉ」
狭い部室になつみの幼すぎる声が響き渡った。慣れたおいらは平然としているがそれを初めて見た美貴ちゃん。顔が思いっきり引きつっている。そりゃそうだろう。大学生にもなって腕時計型通信機の真似事をするなっち。異様だよな。
「か……帰ります!」
美貴ちゃんが勢いよく立ち上がった。
- 13 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:54
- 「わっ……ちょっと待って!」
おいらは入り口に立って美貴ちゃんの行く手を遮る。
「どいてくださいちっちゃい人!」
「ちっちゃいって言うな!!」
「だって……だってあの人おかしい……」
美貴ちゃんはおぞましいものでも見るようになっちを見た。当の本人は未だお母さんと通信中。必死に状況報告をしている。
「待って、待って。もうすぐだから」
「……は?」
「なつみがああなっているときはね
合図なの
事件が解決するっていう」
「はい、送信……。2人ともちょっと待つべさ。お母さんから返事が来るから」
見るとなつみはいつもの笑顔に戻っていた。
「ちょっと矢口さん。なんなんですかあの人?」
さっきまで美貴ちゃんの中でなつみは「安倍さん」だったのに今や「あの人」にまで降格している。
- 14 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:54
- 「ちょっと……変な癖があってね」
「癖?」
「うん。なつみは、精神的に追い詰められると、ああやって空想でお母さんと連絡取るの」
「はぁ……」
「もちろん連絡なんて取れるわけないんだけど、ああやってると落ち着くんだろうね。そうやって心のバランスを取ってるんだよ」
なつみにとって、通信機の向こうのお母さんは、困ったときの頼もしい支えなのだ。
それならそれで、おいらは受け止めてやりたいと思う。
たとえ妄想であっても、それでなつみの笑顔が保たれるなら。
「落ち着いたなつみはすっごく頭いいんだから」
おいらは自信たっぷりにそう言った。
「あ!お母さんから返信が来た」
なっちは今度は腕を耳にくっつける。
「うんうん!さすがお母さん」
なっちはこちらを向いた。
「全部わかったべ」
- 15 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:55
- 「さあ美貴ちゃん座るべさ」
「……」
疑わしげな目をおいらに向けた美貴ちゃんの背中をぐいぐい押して座らせる。
そうしておいらはもう一度、なつみの横にちょこんと座った。
「ねぇ真里?」
「うん?」
「なんかさ、還元反応を起こした金属って恋人奪われた人とおんなじで寂しいのかなぁ?」
「……は?」
「水と二酸化硫黄をぶっかけると錆びた金属がぴっかぴかになるでしょ?あれって酸化物の酸素が二酸化硫黄に浮気をして金属から離れていっちゃうわけね」
なんのはなしだよ……
もう美貴ちゃんは立ち上がる気力もないようだ。
「亜弥ちゃんに、新しく好きな人ができて、元の恋人から離れていく。ね、似てるでしょ?」
「ちょ……ちょっとなつみ!」
おいらは美貴ちゃんを見た。
美貴ちゃんの不安げな表情を見た。
「真里はだまってなさい!高校で化学の勉強しなかったの?そんなんだから亜弥ちゃんのメッセージが読めないんだよ」
「関係ないから……」
「いーや、関係ありますよーだ!」
- 16 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:55
- 傾向として、
お母さんと通信した後のなつみは……幼い。
「酸素ってのは8でしょう?」
「な……なにが?」
「原子番号ですね」
フォローを入れたのは美貴ちゃんだった。
「そうそう!それさ。美貴ちゃんはわかってるね?だから8なら「O」てこと。わかった?」
「……わかんない」
「だーから、原子には電子があるでしょう?で、その電子の数が物質ごとに違っていて、だからそれぞれの元素記号表をみると必ず数字がふってある。水素なら1、ヘリウムなら2。それを原子番号っていう」
「それが……どうかしたの?」
「真里はほんっと鈍いなぁ。だーから1なら水素で「H」なんだってば!」
「……」
「もーいい!実際にメールの読解をしていくからね。まず」
<53 ・ 14 52 44>
「このメールから。原子番号53はヨウ素。元素記号は「I」。それから14はケイ素で「SI」。52はテルルで「Te」。44はルテニウムで「Ru」。どう?」
なつみは何も見ずに、物質名を応えていく。
そう。なつみの脳内には4次元ポケットもかくやと思えるほど膨大な情報が詰め込まれている。一度見たものはすべて格納されている。
しかし
なつみは普段、自分の脳内にあるそれらの知識を取り出すことができない。追い詰められたときだけ閃くように知識が飛び出してくるのだ。なつみはそれを、お母さんが「教えて」くれるのだという。
- 17 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:55
- 「できた」
<I・SITeRu>
「あい・してる」
暗号が、読めた。いとも簡単に。
「すごい!」
「すごいよねー。いくらメールとはいえ愛してるなんて恥ずかしくっていえないべ」
いや、おいらはそこに関心したんじゃないですけど……
「だからきっと暗号にしたんだろうね。メールでも直接愛してるなんて送るのは恥ずかしい。だから、2人の間にしかわからない暗号でもって自分の気持ちを伝えたかったんだよ。亜弥ちゃんて高校生だっけ?それで化学の勉強をしているときにこの暗号を思いついたんじゃないかな?」
2人にしかわからない合図。それなら数字と記号を対応させたもので充分だ。それに元素記号表なら化学の教科書に載っているからすぐに参照できる。
「じゃあ、次のメールは?」
おいらはなつみを催促した。
<19 39 8 92 39 8 52 53 13>
「これね?これはカリウム、イットリウム・酸素……」
なつみはテーブルの上に置いてあったメモ紙にすらすら「KYO」と書き込んでいく。
- 18 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:55
- 「92?わぁアクチノイドだ。えっと92は……ウラン!「U」だべさ。その次がまたイットリウム、酸素、テルル、ヨウ素、アルミニウム」
<KYOUYOTeIAl>
「今日予定ある」
最初は「愛してる」。仲の良い2人。
次は「今日、予定ある」。疑問文ではない。
……徐々に2人の間に距離ができているみたいだ。
「なつみ、最後のは?」
<74 85 33 53 28 1 33 92 19 53 11 27 31 53 71 102>
「長いねぇ。えっとタングステン、アスタチン、ヒ素、ヨウ素、ニッケル、水素、ヒ素、ウラン、カリウム、ヨウ素、ナトリウム、コバルト、ガリウム、ヨウ素、ルテチウム、ノーベリウム……」
またまたすらすらと文章が出来上がっていった。
<WAtAsINiHAsUKINaCoGaILuNo>
「私には好きなコがいるの」
「……」
「……」
「……」
暗号を読んだ。
そうして3人、沈黙した。
- 19 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:56
- 亜弥ちゃんに、好きなコができた。
それで「予定ある」だとか「デートしてもワクワクしない」とか。亜弥ちゃんは気持ちの整理がつかない状態に陥っていたということか。
「じゃあ、なつみ。一昨日かかってきた電話で亜弥ちゃんが話そうとしていたことって……」
「うん、この暗号と関係のある話でしょ」
そっか。
おいらは美貴ちゃんをみた。
その表情からはなにも読み取れなかった。
ちょっと気が強そうに見える美貴ちゃん。悲しみを表出しない意固地があるのかもしれない。
「……美貴ちゃん」
おいらは言った。
「元気出して……、負けないでね!」
直後、
美貴ちゃんはぽかんとした表情になった。
「真里なに言ってるべさ!」
「え?」
「あー美貴ちゃん、その携帯、ちゃんと亜弥ちゃんに返しておくんだよ!勝手に持ち出してごめんなさいって」
「はい」
- 20 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:56
- ………………………………………………………………。
「え?」
「ちょっと真里、反応遅いから!」
「これ、亜弥ちゃんの携帯なの?」
「そうです。心配でしょうがなかったから美貴が勝手に……」
「ええ?じゃあ、じゃあメールは?美貴ちゃんが受け取ったものじゃなかったの?」
「よく見なさいって。それ、送信フォルダだべ」
「……あっ。亜弥ちゃんが送ったメールだったんだ」
「そう、元の恋人にね。
おかしいじゃないの、美貴ちゃんに読めない暗号を美貴ちゃんが受け取るなんてさぁ」
そりゃそうだ……
「それに美貴ちゃんの受信フォルダだったら昨日のメールが最後なはずがないでしょう?」
「え?」
「真里見なかったの?一番長い暗号メールでメールボックスは最後だったでしょう。もし真里の見てたのが受信フォルダだったんなら、それ以降メールは受信されてないはず」
「そりゃそうだ……。だから、美貴ちゃんはそれ以降、誰からもメールを受け取ってないのかなって思ったんだけど……」
「さっきなっちが美貴ちゃんに部室の場所をメールで教えたでしょう?」
「あ……」
気がつかなかった。
- 21 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:56
- 「じゃあ、暗号に書いてあった『好きなコ』っていうのは?」
「まず、暗号の『愛してる』てのは美貴ちゃんに宛てられたメッセージではない。これはいいよね?」
「うん」
「それがどうやらその恋人とは上手くいってないらしい。ワクワクしないって書いてあった」
「うん。それもわかる」
「そうして最近、亜弥ちゃんは美貴ちゃんを避けるような行動を取っていたよね。それで電話では何か大事なことを伝えようとしていたのに、それができなかった。つまり……」
そうか!
「美貴ちゃんに告白しようとしてたんだ!」
- 22 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:56
- 「そうだよ、ようやくわかった?」
「はい。わかりました」
「もう、真里はほんっとにちっちゃいんだから」
関係ない。今度こそ関係ない。
「ちっちゃいって言うな!」
おいらはなつみに飛びついた。
キスしてやる!!
「わっ……ちょっとなにするべ!」
「ちっちゃいって言った罰だよ!」
「あのー……」
美貴ちゃんが後ずさりしながら出口に移動していた。
「あ!ごめんごめん美貴ちゃん。あはははははっ」
「あの、今日はありがとうございました!」
「はいな。美貴ちゃん、これからは亜弥ちゃんのこと信用してやりな。もう携帯勝手に覗いちゃだめだよ」
「わかりました」
そうして、
相談部の今日の活動は終わった。
- 23 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:57
- それから1ヵ月たったある日。再び美貴ちゃんがやってきた。
今度は謎のメールは持参していなかった。
そのかわり
かわいいかわいい恋人を連れて来た。
「この間の、お礼を言いたくって」
そう言われるとなつみが照れていた。
それを見て、2人も嬉しそうに目を見合わせた。
話をしている間ずっと、美貴ちゃんは彼女のことばかりを見ていた。
それが
ほほえましかった。
2人はなんども目配せをした。
2人の間に謎の暗号はなくなった。
そのかわり
美貴ちゃんと亜弥ちゃんの間には
2人にしかわからない合図でいっぱいになった。
表情で交わす2人のメッセージ。
それは
おいらにもなつみにも、なつみのお母さんにも
読み取ることはできないんだろう。
そう思った。
おいらはなつみを見る。
なつみもおいらを向いて
にこって軽めに微笑んだ。
言葉はなかったけどなつみの言いたいこと、なんとなくわかった気がした。
- 24 名前:3 通信お母さん 投稿日:2004/09/25(土) 06:57
- ―おわり―
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