12 lunatic...
- 1 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 10:58
- 12 lunatic...
- 2 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:00
- 手を伸ばす。
広げた手のひら、親指と人差し指の間にすっぽりと月が入る。
太陽とは違う白い光をまきちらすその天体を暗い部屋の中から見上げる。
窓のガラスに触れた手がひどく、冷たい。
- 3 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:04
- 戦闘、開始。
そびえたつ赤煉瓦の壁を乗り越えて、屋敷の中に入る。
今や訪れる人もまばらな没落した素封家のもと別荘。
その娘二人で住むには広すぎて荒れ放題。
入り込むのは簡単なことだ。
救いたいと思っていた。
幼稚な思いあがり。
笑いより先に吐き気がするほどの。
彼女の首筋に接吻の跡を見つけたときの感情は憤りではなく嫉妬だったと、今となっては分かりすぎるほど分かるのだけれど。
―――ごきげんよう、藤本さん。
色白の彼女がたまにみせたふんわりとした笑顔を取り戻したいとその時は思って、いた。
- 4 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:06
- 山の中は、意外にうるさいものだ。
ひっそりとした山というのは実はありえない。そう言うのは山を知らない街の人間だ。
生命の集合体であり居住地であり、それゆえにひとつの生命でもある山は常にうごめき、音を立てている。
ざわざわ。
ごうごう。
ぎいぎい。
窓の外から注意深く、人の声らしき音を探る。
彼女の声を探す。
- 5 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:08
- ―キン。
突然に耳に入る、異質な音。
鍵盤の音――ピアノか。
一度ならず見た事のあるピアノを弾く彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
弾き終えた後のすこし照れたような笑顔とともに。
――あさ美ちゃん、上手いじゃん。
――そんなこと、ないですよ。
――いや、高校生でこんなに弾けないって…また聞かせてよ。
――…いいですよ。
――約束、約束だよ。
――ええ。…それでは、ごきげんよう、藤本さん。
ざざ。
ざざ。
ざざ。
生い茂った雑草をかき分けて音の方向に進む。
なにかを弾いているのではないことが分かる。乱打と言うのがふさわしい無秩序な音が私を導いた。
- 6 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:12
- 頭の奥からかっ、と熱が湧き出た。
乱打の正体。
鍵盤の上に手をついたまま立ち、身体を蹂躙される彼女の後ろ姿。
黒いグランドピアノとの背徳的なコントラスト。
色白な姉妹の姿が窓の外からでもはっきりと見えた。
細面の彼女の姉が背後から彼女に似合う白いブラウスをはだけて首筋にくちづけるたびにフリルのついたスカートの中にもぐらせた手を太ももに這わせるたびに象牙の琴が音を立てる。
湧き出る熱の命じるままに窓に手をかけ、部屋の中に入ろうとした私は。
その身体を弄ぶ彼女の姉から彼女を救おうと踏み出しかけた私は――――。
ああ。
思い出したくもない。
その時、ふと姉のほうを振り返った彼女と目をあわせてしまった。
- 7 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:15
- その時の目。
幼なかった私にも分かる悦びに溢れた瞳。
その瞳のままで、彼女は私を見つめて。
いつものように笑った。
――ごきげんよう、藤本さん。
いつもの挨拶のように、唇を動かした。
- 8 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:18
- 窓にかけた手が止まる。
止まるだけではない。震える。
震えが全身に及ぶ。立っていられない。ぐらりと身体が揺れて、尻餅をついた。
なぜだ。
なぜ、弄ばれる自分を友人に見られながらいつものように笑える?
月の光が雲で途切れた。
ざわざわ。
ごうごう。
ぎいぎい。
どよめく山の中で、小さい頃から遊び慣れたはずの山の中で私は――絶望的に孤独だった。
わからなかった。
わからなかった。
- 9 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:20
- ―キン。
再び鳴る音。
次の瞬間、私は逃げ出していた。
わからない。
わからない。
ひたすらに、ただひたすらに――怖かった。
足が絡まる。
息があがる。
その夜、私は小さい時のように震えながら眠った。
悪い夢だと思いたかった。
- 10 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:23
- 翌日。
悪い夢だとも思い込めないまま登校した私に、彼女が微笑みかけた。
いつものように。
まったくもって、いつものように。
――ごきげんよう、藤本さん。
私は大声をあげながら、教室を飛び出した。
不審げに出迎えた母が玄関先で私の太ももに血が流れていることに、気づいた。
遅めの初潮だった。
- 11 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:25
- 数年たって。
あの屋敷が全焼したことを知らされた。
お姉さんと、あれ以来話すことはなかった彼女の遺体は、出てこなかったらしい。
身体の芯まで燃え尽きたか。
それとも――
- 12 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:28
- 窓の外の月を見上げる。
窓の格子に囚われた、お月様。
どことなく彼女に似ている。
だから私は月が、
大嫌いだ。
- 13 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:28
- f
- 14 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:29
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- 15 名前:12 lunatic... 投稿日:2004/04/28(水) 11:29
- n.
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