07 Zantedeschia aethiopica

1 名前:07 Zantedeschia aethiopica 投稿日:2004/04/25(日) 22:42
07 Zantedeschia aethiopica
2 名前:07 Zantedeschia aethiopica 投稿日:2004/04/25(日) 22:43

「もうすぐで一年だね」
帰り支度をしている時、絵里が言った。
れいなは感慨深そうに頷いたが、さゆみは、
「でも、1月か2月にハロモニ。で一周年企画やんなかった?」
そう首を傾げた。

モーニング娘。に入って一年とはいうものの、その境界は非常に曖昧だ。
いつから一年で、いつからモーニング娘。になったのだろうか、と。
娘。への加入が決まった日なのか、仕事を始めた日なのか、
初めてコンサートに出演した日の事をいうのか、先輩達と合流した日をいうのか。
思い出話を交えつつ、3人はそんな事を話していた。
デビュー前に撮った映画の話になった時、れいなが言った。
「じゃあさっ、今日を記念日にしようよ!モーニング娘。の一周年」
やや勢い込んだれいなに目を丸くさせていた絵里とさゆみだが、笑って頷いた。
3 名前:07 Zantedeschia aethiopica 投稿日:2004/04/25(日) 22:43

せっかくだからということで、3人で遊びに行こうと言うれいな。
それなら東京を満喫したい、と言うさゆみ。
東京出身の絵里は2人の視線を受け、
知る限りの東京名所を指折り数えるが、なかなか決まらない。

渋谷はよく行くし、東京タワーやレインボーブリッジは見飽きている。
六本木ヒルズにしてみても、新曲を出す度に行っている。
浅草は面白くなさそう。
築地は今度飯田さんに連れて行ってもらえばいい。
上野動物園は、仕事帰りのこの時間じゃ閉まってる。
そんな感じで選択肢を消去していく内に、敬遠していた新宿に何となく決定した。
4 名前:07 投稿日:2004/04/25(日) 22:44

3人は地下鉄で新宿まで行き、階段を何度も昇り降りし、ようやく外に出ることができた。
乗換えで何度も来たことはあったが、外に出たのは初めてに近い。
夜の帳が降りているビル郡は、異様な迫力があった。
三者三様にぽかんと口を開け、顔を見合わせる。
交互に絡まりあっていた視線は、やがて絵里に向けられる。
その事に気付いた絵里は、少し拗ねたように顔を伏せ、申し訳なさそうに首を振った。
そして、どこか開き直ったように言う。
「人の流れに任せて行けば、どっかに着くんじゃない?」
5 名前:07 投稿日:2004/04/25(日) 22:45

3人は、はぐれないようにと腕を組み、人の流れている方、人の多い方へと進んでいく。
右にれいな、左にさゆみで、まんなかは絵里といった並びだ。
絵里が2人を引くように歩いている。
人で溢れた緩やかな坂を下り、高架をくぐり、
映画の看板群の脇を通り、待ち合わせの人達でごったがえす広場に着いた。
若い男女のグループとサラリーマンが圧倒的に多く、呼び込みの居酒屋店員が声を張り上げている。

絵里が立ち止まり、建物入り口の看板に目を留めた。
「あれぇ?ここ、新宿じゃない?」
れいなが当たり前だという感じで言う。
「そりゃ、ここ新宿だもん」
「でも、これ駅じゃない?」
「別の改札口に来ちゃったってこと?」
「かもしれない」
6 名前:07 投稿日:2004/04/25(日) 22:45
そんな2人の会話をよそに、さゆみは呼び込みの青年が手にしているメニューを遠目に見ている。
話がまとまったらしく、その青年は若いサラリーマン5人組を連れ、少し身を低くして体の向きを変えた。
さゆみはそれを目で追い、隣の絵里に言う。
「ね、あっちの方が繁華街なんじゃないの?」
このまま渋谷に移動するという話になりかけていただけに、絵里とれいなは難色を示した。
が、さゆみはもう歩き出していた。

7 名前:07 投稿日:2004/04/25(日) 22:46

3人は先程以上に腕をきつく結んでいる。
フルーツ屋の脇を抜け、街頭に並ぶホスト達の香水に眉を顰め、
薄汚れた水色のジャンバーを着たカラオケ店員をやり過ごし、
信号をひとつ超え、頭の悪そうな中年に声を掛けられたが無視し、
噴水を囲んだ映画館街に着いた。
この一帯はネオン街より暗く、路地裏よりも明るい。

その途中、3人は誰にもモーニング娘。のメンバーである事に気付かれなかった。
つばの大きな帽子を目深に被り、足元と前行く人の背中を見つめるばかりの3人は、
誰の興味も惹かないばかりか、完全に闇と同化していたから。
8 名前:07 投稿日:2004/04/25(日) 22:47

3人は人目につかないよう、ネオンに背を向け、
噴水のヘリに腰掛けたところで、ようやく腕をほどいた。

「あー、なんか緊張したあ」
胸をおさえ、顔を綻ばせたさゆみは、道中、一度も口を開いていない。

「危ない目にあったら、どうしようかと思ったよ」
意味もなくニコニコしている絵里は、終始俯いていた。

「なんか、東京って感じがする」
満足そうなれいなは、人にぶつかっては謝ってばかりいた。

そんな3人だが、実は何も見ていない。
酔い潰れて歩けなくなったサラリーマンも、脳みそ酒浸りの学生も、
道のまん中で立ち止まって写真を撮る韓国人旅行者も、
発電機の調子を確かめる黒人も、誰にも声を掛けられず道端に佇む中年女も、
諦め疲れきった表情で目だけを光らせている風俗スカウトも、
不夜城の光を受けて闇夜にくっきり浮かぶ雲を退屈そうに眺める浮浪者も、
何も見ていない。
酒と油と汗と汚物と欲望が沈み、淀んでいる足元の空気を見ているだけだった。
9 名前:07 投稿日:2004/04/25(日) 22:48

場の雰囲気に慣れたのか、絵里とさゆみは携帯を取り出し、メールを打ち始めた。
れいなは、ただぼんやりと来た道を見つめている。
「あ、ケンカ」
れいなが指差した先では、どちらも10代だろうか、4人と5人組の少年が言い争っていた。
酒が入っているらしく、その中の何人かはふらついている。
両グループの衝突の隙を見計らうように、ケンカの原因らしき女の2人組が、その場を後にした。
髪を逆立てた背の低い少年が後を追おうとし、別グループの白いジャージを着た少年が止めた。
「逃げんのかよ」
ビリビリ伝わる声に、絵里、さゆみ、れいなは身を縮ませる以外、何もできなかった。
少年達との距離は僅かに数メートル。
動けば、その矛先が3人を向いてしまうのではないかと危惧したからだ。
ケンカは熱を帯び、やがて鈍い音が怒声と共に聞こえ、それがいくつも連鎖した。

やがて人だかりができ、3人とケンカの間に壁ができた。
もう行こう、と絵里が小声でれいなとさゆみに言った、その時だった。
助走をつけた飛び蹴りに、顎の肉が垂れた汚い茶髪の少年が吹っ飛んだ。
瞬時にして人だかりが分かたれ、飛ばされた少年が3人の足元まで転げた。
運悪く、立ち上がりかけていた絵里と、天を仰いだ少年の目が合ってしまった。
「・・・モーニング娘。じゃねぇ?」
少年の呟いた言葉が誰かの耳に届き、それは瞬く間に広がった。
ケンカとは別のざわめきが起こった頃には、3人は走り出していた。
突然の出来事に、後を追おうという者はいなかった。

10 名前:07 投稿日:2004/04/25(日) 22:48


タクシーの中で、れいなが初めて気が付く。
「ここ、なんか、すっごい眩しいんだね。ね?すごくない?」
れいなに言われ、絵里とさゆみも窓の外を見る。
煌々と溢れるネオンの隙間に、人と街がある。
「これ、上から見たら、どんななのかなぁ。綺麗だろうね」
さゆみが小さく言った。

「私達、いつも見てるじゃないの、上から。もっと綺麗できらきらしてるよ」
絵里が得意そうに言う。
少し考え、れいなが、あぁ、と頷く。
さゆみはわかったような、わかっていないような顔だが、興味が失せたらしい。
色とりどりの光が流れる窓ガラスに映る自分の顔を見つめていた。

11 名前:07 投稿日:2004/04/25(日) 22:49
おわり
12 名前:07 Zantedeschia aethiopica 投稿日:2004/04/25(日) 22:49
 
13 名前:07 Zantedeschia aethiopica 投稿日:2004/04/25(日) 22:50
 
14 名前:07 Zantedeschia aethiopica 投稿日:2004/04/25(日) 22:50
 

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