06 希望の箱

1 名前:06 希望の箱 投稿日:2004/04/25(日) 15:58
06 希望の箱
2 名前:06 希望の箱 投稿日:2004/04/25(日) 15:59




彼女がわたしの楽屋にやって来たのは、わたしが受け持つワンコーナーの収録前のことだった。

「元気にしてる?」
彼女はわたしがいつも番組でしているポーズを真似しながら、笑顔でわたしに近づいて来た。
人懐こそうな笑顔。先輩たちがこの人につい甘くなってしまうのもわかる気がする。
ふと、小脇に抱えている小さな木箱に目がいった。

「あれ…どうしたの、それ」
何の気なしに、そう聞いた。けれどきっとそれは聞いちゃいけないことだったのかもしれない。
彼女の表情は、ゆっくりと、静謐なものに変わっていった。
こんな表情をわたしはどこかで見たことがある。
いつもは天真爛漫に表情をくるくると変える、そんな彼女が滅多に見せない表情。
ある時はコンサートの直前に、ある時は沈む夕陽を見ながら、そしてある時は降りしきる雨の中窓に映る自分と向き合って。

「この箱にはね。希望が入ってるんだ」
3 名前:06 希望の箱 投稿日:2004/04/25(日) 16:01
「希望…?」
わたしは間の抜けたオウムのように、彼女の言葉を繰り返した。

「そう。希望」
彼女はわたしのことを見つめながら、短くそう言った。それから小脇に抱えた木箱を、楽屋のテーブルに置く。
ことり、という軽い音がした。
両手にすっぽりと収まってしまいそうな、シンプルな作りの箱。

「希望って、どういう意味?」
「そのままの意味だよ」

彼女ははわたしの質問に答えるために顔を上げ、それから再び俯いた。
わたしはどうしていいかわからない。彼女の意図が、全くと言っていいほどわからないからだ。
今日はハロモニのメインコーナーの収録もないはずだし、彼女がここに来る理由なんて一つもない。

じゃあ、どうして?

わたしの思考は答えを求めるために宙を彷徨い、何も得られぬまま戻ってくる。何て答えればいいんだろう。きっと矢口さんとかだったら機転の利いた言葉を返しているに違いない。いつもそうだ。わたしは答えを導き出すために色々考えるけれど、人を満足させられるような解答を得たことのほうが少ない。きっと目の前に鏡があったら、大きく目を潤ませて唇を尖らせた情けない顔が見ることができるに違いない。
4 名前:06 希望の箱 投稿日:2004/04/25(日) 16:02
そうだ。
取り敢えず、目の前に靄のようにかかっている謎をひとつ、取り払ってみよう。
幸いなことに、そう結論付けるまでに長くはかからなかった。

「この箱・・・何が入ってるの?」
そう言いつつ、箱に手を伸ばして揺すろうとしたその時だ。

「駄目」

収録でいつも彼女が出す、甲高い声じゃなかった。
穏やかだけれど、その分だけはっきりとした、否定。

「お願い。まずは、開けてみて」
「え…」
「でないと、希望が逃げてしまうから」

希望が逃げる、とはどういう意味なのだろう。
直接彼女に聞きたかったけれど、それすら憚られるような雰囲気が今の彼女にはあった。

「直接、箱を開けて中身を確かめて」
5 名前:希望の箱 投稿日:2004/04/25(日) 16:04
彼女が、強い視線でわたしを射る。
CDのジャケット写真で彼女がよくするような、真面目な表情。
わたしがモーニング娘。に加入する前から、どうして彼女はこんな表情ができるんだろう。いつもは気の抜けた表情や困ったような顔ばかりしているのに。どっちが本当の彼女なんだろう。その疑問は今の今まで解けなかったけれど、やっとわかった気がした。

わたしの手が、自然に木箱へと伸びてゆく。掌に伝わる、冷たい感触。木で出来ているはずなのに、まるで鉄の箱に触れているような無機質な感触がそこにはあった。それはきっと箱の中にあるという「希望」を逃がしたくないという、彼女自身の意志の顕れを感じ取ってしまったからなのかもしれない。
木箱の蓋に手をかけようとした時に、彼女が呟くように言った。

「わたしたちは、ずっと二人で一人だった。確かに周りの人たちの意志ではあったけれど、それでもわたしたちは幸せだった。でも、それはきっとそこにはわたしたちしかいなかったから。でも、それは間違いだった」
彼女の言葉の意味が良くわからなくて、真意を確かめるように彼女に目を向けた。手は、箱から離さないまま。

「あなたが入ってから、わたしたちの世界は、二人だけの世界じゃなくなった。わたしが、あなたに出会ってしまったから」
「それって…」
「だけど、大人たちはわたしたちをまた二人だけの世界へと閉じ込めようとしてる。運命、なのかもしれない。でもねあさ美ちゃん。運命って、いい意味にも、悪い意味にも取れるんだよ?」

彼女の瞳には、わたししか映っていなかった。
「だからわたしは、運命を変えた。二人だけの世界が嫌なら、『一人』にすればいい」
ゆっくり微笑む彼女の貌は、何か別の存在へと変わっていた。

外でスタッフさんたちの怒鳴り声が聞こえてくる。
誰かの名前を呼ぶ声。そうだ。その子はいつも、目の前の彼女と一緒にいた。
わたしは今日が彼女たちのデビュー曲の収録日であることを、思い出した。
6 名前:06 希望の箱 投稿日:2004/04/25(日) 16:06




「何で探してるんだろう。みんなおかしいよねえ、あいぼんなら…ここにいるのに」

彼女の声には、温度がなかった。
7 名前:06 希望の箱 投稿日:2004/04/25(日) 16:06
8 名前:06 希望の箱 投稿日:2004/04/25(日) 16:07
9 名前:06 希望の箱 投稿日:2004/04/25(日) 16:07
う〜

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