05-BR-
- 1 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/24(土) 02:10
- 05-BR-
- 2 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/24(土) 02:40
- 瀬戸内海の東はずれにある無人島で、モーニング娘。写真集の撮影があったのは撮影があったのは8月初旬のことだ。
古代から人の手が入らず密生するに任せた原生林は、屋久島の赴きにも似た神々しさがある。
樹齢の見当さえもつかない太い幹と、地中では狭すぎるとばかりに突き出し這いめぐった根はもう、区別することさえできない。
それらを覆う緑青色の苔も、幾星霜を経ているのか誰にも想像できないだろう。
自然の絨毯の上で水着姿の少女たちは寝そべったり、身を乗り出したり、戯れていたりした。
遊ぶには危険すぎる密林と、潮流に乗って瀬戸内海のゴミが集まる岩だらけの海岸では、リゾート気分も台無しである。テントはそれなりに快適だし防虫も完璧だったが、退屈な3日間だった。
いったい何枚のフィルムが費やされたのか見当もつかないほどの枚数の撮影が終了し、ようやく本土から連絡船が到着した。
鈍重な連絡船とは違う軽快なフォルムの真っ白なそれ。横には青い色で三本のラインが斜めに走り、その後ろにはJAPAN COAST GURDとペイントされていた。
船体から現れたのは軍隊でも兵隊でもない、制服姿の船員たちだった。上陸した3名は、制服の上から紙製の覆いをかぶり、顔には透過色のマスクを付けている。
悪夢はそんなふうにして始まった。
- 3 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/24(土) 03:17
- ◇
森の奥で、ほぅ、ほぅ、と鳴いているのは梟だろうか。
吉澤ひとみは一度だけ、撮影のときに真っ白な丸い鳥を見た。上からばさりとひとみの目の前に落ち、墜落の直前で思っていたよりも大きな羽を広げてほんの二つ三つ羽ばたいただけで体勢を立て直し、樹々の枝の上に消えた。あの鳥が梟だと言ったのは、足元で荒い息を吐いてうずくまった飯田圭織である。
「苦しいですか?」
「いいえ。冷蔵庫だから」
吉澤の問いに、飯田はもうまともな答えは返さなかった。伏せられた長いまつげの下の目は、巡視船からもらった防疫マニュアルが正しければ、澄んだ藍色になっているはずだ。
「ねぇ、飯田さん? 移動できますか? 目、開けれます?」
その中にある藍色の海を見せてくれませんか。
「あるのはラジオです」
「ラジオ! いいですね。聞かせてください」
「これは6時までです」
会話が成立しないが、吉澤はこの状態がそんなに嫌いではなかった。
防疫マニュアルの最初の1頁に感染者と長く接触しつづけていれば、未成年者でも感染することがあると記載されていた。年齢は高ければ高いほど感染リスクは高く、19歳のひとみはすでに危険領域に属している。
飯田は、うなされたように鼻歌を歌い始めた。松田聖子メドレー。
こういう狂い方なら、感染も、そんなに悪くないかもしれない。
◇
3人は島の地を踏むなり、消毒液を周囲に散布した上に引いた医療用マットの上に『ネプトゥヌス症候群防疫マニュアル』を並べた。一読した撮影スタッフの顔が青ざめた。それは、急拵えの防疫マニュアルだった。添付された新聞記事を見ると彼らがこの島に着いたその日に、日本本土で爆発的に流行し、3日で全人口のおよそ6割が感染し死亡した伝染病『ネプトゥヌス』に関する資料だった。
◇
- 4 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/24(土) 03:31
- 「……あっ、あぁあ……」
安倍なつみが、苦しげな声を上げる。安倍と手をつないで力なく座り込んだ矢口も似たような状態だ。
撮影スタッフたち年配の人間はすぐにぱたぱたと亡くなって、島はすぐにモーニング娘。だけになった。
20歳を超えたばかりの安倍や矢口の症状は、すぐには出なかった。最初は、ただの風邪のようにゆるやかに二人の身体を蝕んでいた。
高橋愛が気づいたときは、安倍も矢口も、もう末期といってもいいような状態だった。
僅かな明かりが当たっただけでのたうつように苦しみ、背中を海老のように反らせ、爪がシーツを破るほど引っかく。
彼女たちの病状が破傷風に似てると言ったのは紺野あさ美だった。その紺野も今はいない。
このテントには今、高橋と病人二人しかいない。
「安倍さ…」
「ぁああああ」
生ける屍だってここまでひどくはない。四六時中響き渡る悲鳴を聞き続けて、高橋の気はおかしくなりそうだった。
誰かあれを止めて止めてとめてとめてトメテ。
そして高橋は、止めた。
◇
- 5 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/24(土) 03:51
- 食料調達からテントに戻ると、そこは血の海だった。
抱えきれないほどのヤムイモを抱えた辻希美、加護亜依、紺野あさ美、小川麻琴の4人は驚いたように顔を見合わせる。
「……愛ちゃんは?」
紺野の呟いた声に、辻は一歩テントの中へ踏み込んだ。
「だめ! そこはウィルスの巣だから!」
紺野の制止に辻はびくっと身を震わせてぴたりととまった。
「血ってすごくウィルスだらけなんです。接触したら一番感染しやすいんですよ」
「でも…、のの、入っちゃった…。どうしよう?」
ウィルスと接触した自分が戻ってもいいかどうか、辻はそれが不安のようだ。
「はよもどってき。あほ」
早口に関西弁で言った加護の言葉にほっとしたように辻は外に出た。
「誰か、マニュアル持ってた?」
唐突に切り出した紺野に3人は首をかしげた。
「巡視艇のところまでいけばあると思うけど」
小川の言葉に紺野はうなずいた。
紺野「あたし取りに行こってくる。やっぱあれないとまずいと思うし」
小川「じゃあ、一緒にいく」
つじ「ののも」
小川「あ、じゃあ逆に残る」
つじ「まこっちゃんそれどういう意味」
小川「1対3は危ないっていうか…」
加護「離れへんほうがええんちゃう?」
加護は3人を見た。
「よっすぃと飯田さんとガキさんと6期ともっさんは、どこにおんねん?」
「さあ…」
「わかんない」
「狭い島やないのに、なんで会わへんのやと思う? それにさっきかて愛ちゃん行方不明になってもたやん? うちらはばらばらにならんほうがえんんとちゃう?」
◇
- 6 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/24(土) 22:56
- 「なんで…?」
解けた髪を風になびかせて、新垣里沙はつぶやいた。
「理由って、必要かな?」
軽く微笑んで、新垣の上に馬乗りになった亀井絵里が答える。新垣の上半身の下には地面がない。ずるずると身体がずれるのを感じる。今、亀井にその位置を動かれたら、新垣は滑落せざるを得ないだろう。だが、亀井の目的は。
「必要! 激しく必要! ていうかむしろ助けて!」
「だって、ねぇ?」
亀井は背後をちらりと見て、くすくすと笑った。亀井の肩越しに黒い髪が揺れている。道重さゆみだろうか。
「助けてあげたら?」
ああ、この声は道重だ。うわーやだな同期の結束。勘弁してよ。田中れいなや藤本美貴までオマケについてたらどうしよう。新垣はがっくりと首を後ろにのけぞらせ、ずるりとまた身体がずれたのを感じてあわてて背骨を緊張させた。重心はなるべく高く保たなくては。
「ご冗談」
「やっぱりかよ!」
亀井の言葉に新垣はいちいち律儀につっこんだ。腰をくっと曲げ、右手で鋭く、亀井の肩をたたくように。
「あ?」
「あれ」
激しい動きに新垣の身体はずるっと落ちた。
亀井を乗せたまま。
二人はもつれ合うようにして崖下に滑落した。
「……」
道重はゆっくりと崖に近づき、下に変なふうに身体お折り曲げて倒れる二人の少女を確認して、軽く微笑んだ。
◇
- 7 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/24(土) 23:50
- 「こんなことじゃないかと思った」
田中はがっくりしたように肩を落とした。デッキの上ではあの3人が折り重なるようにして倒れていた。さきほど1周して、船内が無人であることはすでに確認している。キャビンにかけてあった新聞は一昨日のもので、田中の知ってることとそう変わらなかった。
「マニュアルなんかあってもね。船と飛行機の運転はできるような気がしないし」
渋い顔で、壁に留めてある銀板の船の見取り図や、分厚くファイリングされた船員訓練用の操縦マニュアルをめくって、ほうりだす。
「せめて地上だったらなぁ…」
ため息を吐いて、水平線上に見え隠れする本州を見る。もちろん、泳いでいくなんてせいぜい300mぐらいの遠泳経験しか持たない彼女にとっては問題外だった。
田中は考え込むように腕組みしてキャビンとデッキの間を往復する。
「お? おー。いいの、あるじゃん」
キャビンの天井近くにはTVが据えられていた。
リモコンが見つからず、折り畳み椅子の上で背伸びしてようやく手が届くスイッチを押した。
うすらぼやけた町並み。かすかに動く車の陰。TV局の屋上から見えた風景をそのまま映したその画像の上には白い文字で『ニュースは毎正時に放送します』とだけそっけなく書かれていた。
NHKも、民放も大差ない。
「……」
時計を見る。3時5分前。折り畳み椅子をTVを見るのに一番都合が良い場所まで移動させて、田中はしぶい顔で腰掛けた。
◇
「予想通り、って言ってもいいのかな」
「好きにしたら?」
太い幹の反対側にぐったりと凭れ掛かるようにしてつぶやいた藤本美貴の言葉を、同じようにぐったりと凭れ掛かった石川梨華は受け流した。
「あたしたち死ぬのかな?」
「さあ…」
「綺麗事言ってもいい?」
「好きにしたら、って言ってるじゃん」
「こういうところで死ねるなら結構幸せだよね」
「こういうとこって?」
「ずっと昔から生命が続いているような場所」
「ホント、綺麗事だね」
「そだね」
「……」
「もひとつ綺麗事言ってもいい?」
「一緒に死ぬのがあたしでよかったなんて言わないでよ」
◇
- 8 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/25(日) 00:24
- 道重の目の前には、ぐったりと幹とも根ともつかぬ場所に身体を横たえた藤本と石川の姿があった。
「大丈夫ですか?」
「……」
「……」
道重の呼びかけに、二人同時に鼻歌を奏で始めた。途切れ途切れに熱に浮かされたように。
「大丈夫ですか」
少しがっかりしたように道重はつぶやくと、その場を去った。
鼻歌は2曲ほどを奏でて途切れ、二度と再開することはなかった。
◇
「飯田さん飯田さん、月が見えますよ、真っ白ですよ、昼間なのに不思議ですね、そうだごっちんがね、昔言ったこと覚えてます、彼女、昼間の白い月をずっと太陽だと思ってたそうですよ、へんですよね、あんなに暗いのが太陽だなんて思い込むなんて、ねぇ、飯田さん、聞いてますか飯田さん、飯田さん?」
◇
- 9 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/25(日) 00:55
- 『定時ニュースです。本日正午閣議で『非常事態宣言』が承認されました。全日本国民の皆さんは自宅に待機し外出を控えるようにお願いします。食料や日用品に関しては暫く配給制とさせていただきます。政府職員が各家庭を訪問しますが、決して直接接触することのないようお願いします。次は政府広報です』
◇
『まずネプトゥヌス感染の簡易判定方法を説明します。ネプトゥヌスは人類の脳構造を急速に変化を促す酵素を体内で生成するウィルスです。体内にこの酵素があれば、感染は間違いありません。次に検査方法を説明します。すでに各家庭に配布済の薬剤を染み込ませた紙を舌の上に乗せて、色が緑色からオレンジに変われば感染しています。感染者は速やかに指定医療機関に自力で移動をしてください』
『もし試薬がない場合は、簡単な口頭テストで感染を判断することが可能です。ネプオゥヌスが生成された酵素は思考回路に干渉し、思考を破滅方向へ歪めます。加えて質問者との会話が成立しなくなれば、感染だけでなく発症していると見てもまず間違いありません。これから、いくつかのモデル応答をお知らせしますので、参考にしてください』
◇
『周囲に感染者が出たら、なるべく近づかず、速やかに地域の保健所に連絡し、感染者を戸外に出してください。感染者と1時間以上接触すると、接触した者にも感染の危険が発生します。また感染者が使用した箸や歯ブラシの類は焼却処分する必要があります。感染者が暮らした部屋はオキシドールで消毒するまでは封印することが必要です』
『感染したら、速やかに自力で地域の指定病院へ移動してください。自力で移動が困難な方は戸外に出て、政府職員の到着を待ってください。』
『各家庭に配布した生存確認ブザーは6時18時24時の3回、必ず押してください。』
◇
田中はぞっとしたように部屋を見渡した。
この船にはどうして人がいないんだろう?
◇
- 10 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/25(日) 01:12
- 『次のニュースです。伝染病ネプトゥヌスによる直接的な死者および間接的な死者の数は、推定三千万人を超えました。厚生省によると感染者も一千万人を超えると推定されています。全体的な被害の把握には更なる時間を要するでしょう。WHO国際保健機構は、日本に対する渡航禁止令を発令しました。明日には、小泉首相の要請で招かれたCDC職員が到着する予定です。以上ニュースを終わります』
◇
「……」
直接的な死者はともかく、間接的な死者とは? ニュースは何ていってた? ネプトゥヌスが生成された酵素は思考回路に干渉し、思考を破滅方向へ歪めます? 破滅方向に歪んだ思考をする患者による間接的な死者というのは、つまり……
「れいな」
ふいに声をかけられて、田中はびくっと肩を揺らせた。
道重だった。
「なんだ、さゆみか。びっくりさせないでよ」
「青い鳥は綺麗だった?」
「……は? 何を」
「それとも緑だった?」
道重は感染している。田中の笑顔が引きつった。道重は片手で引きずるようにして折り畳んだ三脚を持っている。撮影で使ったものだ。何に使う気なのか。田中が思いついたのはたったひとつだけだった。
田中は道重に背を向けて走り出した。
追ってくる気配は、なかった。
◇
- 11 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/25(日) 01:33
- 「あ、田中ちゃーん。やほー」
加護、辻、紺野、小川が船から走り去る田中に声を掛けた。
田中は足を止める。
4人。彼女たちはどうしていたんだっけ? ぺこっと挨拶するように会釈した。言葉はまだ通じそうだが、あまり近づきたくはない。
「船に行くんですか?」
「うん。防疫マニュアルをもらいに」
「船に人、いませんでしたよ」
道重以外は。
「うっそ。あの人たちは?」
「もう死……」
田中はその言葉に戦慄する。自分な何時間、船にいたのだろう? 自分ももう感染しているのではないだろうか?
「し?」
「……誰もいませんでした」
「どこいっちゃったんだろ」
「さあ……ところで、ほかの人は? 高橋さんとか、ガキさんとか、飯田さんとか……」
4人は暗い顔で、気まずそうにお互いの見合わせた。
「安倍さんと矢口さんは……死んじゃった……」
「いつ?」
「みんなでごはんを探しにいって、そんで、帰ってきたら、もう……」
「……高橋さんも?」
この4人は大丈夫なのかもしれない。わからない。
「愛ちゃんは、留守番だったんだけど、いなくなってて」
「矢口さんと安倍さんは、病死だったんですか?」
「……」
答えはなかったが4人の顔色で田中は状況を察した。
高橋は感染している。高橋が二人を殺したのだ。
モデル応答集を使わないといけない。この4人のうちの誰かも感染してる可能性だってある。
「あの…」
◇
- 12 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/25(日) 01:55
- 「その人、もう死んでいるみたいやけど?」
「知ってる」
「ずっとそこにいる気ですか?」
「いつかどこかに行くとは思うけど。今じゃなくて」
「飯田さんと同じところにいきたいなら」
「ああ、いいね。いけたらいいね。でも多分、その包丁じゃ無理だと思うよ」
◇
「……」
田中は唇を噛んだ。
一人だけ感染者がいる。確信だった。どうすればいいんだろう? ニュースでは感染者は戸外に出すようにと言っていた。自力で医療機関に行け、というのも奇妙な指示だ。たとえば自衛隊とか警察とかが、感染者を一人一人始末しているのかも。非現実的な妄想だった。やばい、破滅的な思考とはこういうことを言うのだろうか?
「船のなかで、TVニュースを見たんです」
裏を返せば、3人は感染者ではないということだ。田中はゆっくりと、自分の見たニュースのことを語り始めた。
◇
- 13 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/25(日) 02:23
- 道重はスキップするような足取りで船内を歩いた。
点けっぱなしのテレビは、あまり彼女の関心を惹かないようだった。
彼女はいくつかのスナック菓子を見つけ、適当に食い散らかした。
「あった。うん。やっぱあると思ったんだ。ニュースでもやってたし」
道重は上機嫌で調子はずれの鼻歌を歌いながら、船底で見つけたものを引きずりだして、ずるずるとデッキへと持ち上げた。
「これだけで動くのかなー…、まぁ、実際にやってみればわかるよね」
◇
「……つまり、テストの結果、辻さんが感染しています。残りの方はまだ感染していませんが、一緒にいると確実に感染ります。もしかしたら、あたしももう感染してるかもしれません」
すべてを説明したあとで、ようやく田中はそこまで言った。
「そういうことだから、あたしはこれで」
「田中ちゃん、どこ行くの?」
「それは…、これから考えますけど」
田中は片手を上げて、4人から離れた。
離れようとした。
車のエンジンを切る直前の、排気口のような音が数度、した。田中が身をのけぞらせて倒れた。鮮血が散る。
「な……っ」
「田中ちゃん?! え……?!」
再び排気口のような、空気が抜けるような音。
紺野が地面に伏せたので、ほかの3人も紺野に倣う。ぐるっと視線を回転させて、紺野は原因を探す。
「う……あ……」
田中はまだ生きていた。しかしもう死んでいるのも同然だった。かすかに身体を動かす。ありえないほど大量の血がゆっくりと地面に染み込んでいく。
「シゲさん…」
紺野は、船をにらみつけた。長い髪の少女が、船のへりでひらひらと揺れていた。
◇
- 14 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/25(日) 02:45
- 「笑ってる…」
加護も道重を見つめて唇を噛んだ。
紺野も同じように道重をにらんでいる。
小川はまともに銃弾をくらってすでに事切れていた。
辻は。
笑っていた。
◇
田中は安堵していた。自分は死ぬだろう。誰のことも殺さず、気も狂わず、この上なく正気なままで。死ぬのはずっと怖いことだろうと思っていた。平静な気持ちで死ぬとは思っていなかった。しかし。彼女の思考はそこで途切れた。
◇
吉澤は笑っていた。高橋はおびえたように吉澤を見た。
「気でも狂ったんですか?」
「かもね。なんだかすごく楽しくなってきた。ねぇ、高橋って白い太陽を見たことがある?」
高橋はこの上なく正気だった。感染していないことを正気というのなら、高橋は限りなく正気だった。
「白い太陽だよ。今も出てる」
高橋は空を仰いだ。吉澤は、高橋に飛び掛った。
◇
- 15 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/25(日) 03:11
- 「……なんで」
高橋は荒い息を吐いてつぶやいた。
「もう、いってもいいのかなって思ったんだよ」
吉澤の胸からぼたぼたと血が流れた。高橋の手に握られた包丁が、吉澤の胸を貫いていた。
「わけわかんないです」
「残念だね。わかるといいのに」
ごぽっと吉澤の口から大量の血が吐き出された。そしてそのまま力なく倒れ伏す。吉澤の血を全身に浴びて、高橋はなんとかして包丁が吉澤の胸から抜けないものかと四苦八苦し、諦めた。
死んだのは矢口、安倍、飯田、吉澤、それから?
これが映画「バトルロワイアル」なら、死亡者を知らせる放送がかかるのに。
◇
哄笑をあげながら、辻が立ち上がった。
辻は、たちまち集中砲火に遭う。
しかし笑うのをやめなかった。
「ののっ!」
「のんちゃん!」
辻は笑いながら船を目指して走る。
マシンガンの掃射が続く。
どん。
大きな音がして、紺野と加護は顔を見合わせた。船に視線を戻すと、黒っぽい煙があがっている。暴発だった。道重のいたあたりには誰もいない。
おわったのか?
まだ続いている辻の哄笑が、現実のものなのか、記憶のものなのかすでに判然としない。
辻は倒れたまま、笑っていた。
そして息を引き取った。
◇
- 16 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/25(日) 03:31
- 「矢口さん、安倍さん、田中ちゃん、麻琴ちゃん、ののちゃん、シゲさん……6人」
加護が死者の数を指折り数える。
「あたし、加護ちゃん、カメさん、ガキさん、もっさん、石川さん、吉澤さん、飯田さん……8人」
紺野が生きている可能性のある者を指折り数える。
「みんな生きとんのやろか」
「矢口さんと安倍さんがあんな状態だったし、吉澤さんとか飯田さんとか石川さんとかもっさんとかは、もうだめかもしれませんね」
「そやね……なぁ、うちら、友達やんなぁ」
「はい」
「もしうちらのうちのどちらかが…」
加護は途中まで言いかけて、言葉を途切れさせた。紺野は、そのさきの言葉が何か見当がついたが、何も言わない。
しばらく経ってから、加護がのろのろの立ち上がった。
「これからどうする? 田中ちゃんの話やと本土もあぶなそうやけど」
「生きていくしかないでしょう」
紺野も立ち上がって、肩をすくめた。
「そやけど……」
「なんか、食べるもの探しましょうよ。おなかすいちゃった」
「……そやね」
◇
矢口も安倍も、もう死を待つだけだった。だから殺してもかまわないと思った。
では吉澤は? そして高橋は?
生きる者はすべて、いつか死ぬ。僅か数時間も、遥か50年以上先も、それは関係ないのかもしれない。自分は間違ったことをしたのかもしれない。
高橋は吉澤の血を手の甲で拭った。
逆だ。
生命に限りがあるなら、今それを自分が終わらせても、変わらないのだ。
思考が侵食される。
死は永遠の解放であり自由であり、すべての生物の最終到着点なのだ。吉澤の血を浴びた高橋は、たしかに感染しつつあった。
◇
- 17 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/25(日) 03:34
- battle
- 18 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/25(日) 03:34
- route
- 19 名前:05-BR- 投稿日:2004/04/25(日) 03:35
- nowhere
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