4 蜜柑色の夕暮れはいつ見ても物哀しく(ry
- 1 名前:4 蜜柑色の夕暮れはいつ見ても物哀しくわたしを誘っているように 投稿日:2004/04/23(金) 01:50
- 4 蜜柑色の夕暮れはいつ見ても物哀しくわたしを誘っているように
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:50
- さゆが一人で帰ってきた。片手にコンビニのビニール袋を提げて、もう片方の
手に赤いリードを握っている。
今日は休日だったが、私の発案でスタジオに集まって、6期の三人で自主
レッスンをしていた。教えてくれているのは高橋さん。本当は藤本さん
にでも頼みたかったんだけど、休日はやっぱりみんな忙しいみたいで……。
「おかえりー」
私はスポーツ新聞から目を上げると手を振った。絵里はマンガに読みふけって
いて気付いていない様子だったが、さゆと一緒に入ってきた生き物の声に
耳ざとく気付いた。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:50
- 「なになに?」
顔を上げると、きゃー可愛いーって甲高い声をあげて駆け寄っていった。
さゆは小さなチワワを連れていた。サラ金のCMでお馴染みの、目と耳の
大きなチワワだった。
「カワイイでしょー」
さゆはまるで自分が言われたみたいに、ドアを開けっ放しでしゃがみ込むと、
嬉しそうな様子でチワワを抱き上げる。
絵里もすぐ横に座り込んで、耳をつまんだりしている。
「ね、れいなも見なよ。カワイイよ」
「うん……」
私はあまり気のない返事を返した。
「あれ、れいな犬ダメだっけ?」
絵里が不思議そうな表情で言うのに私は手を振った。
「そういうわけじゃないよ」
「れいなネコやってるから犬苦手なんだ」
したり顔でいうさゆに、私はさっきから言おうと思っていた疑問をぶつけた?
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:51
- 「あれ、そういえば高橋さんは?」
さゆは高橋さんと一緒にコンビニへ行ったのだ。
「そういえば」
絵里もようやく思い出したようにさゆの顔を見つめる。さゆはとぼけた
表情でクビを傾げると、
「あれ?」
「あれじゃないよ。一緒に行ったんでしょ」
私が問いつめるのに、さゆは、ああ、といった感じでパッと表情を明らめると、
「換えちゃった」
「換えたって?」
さゆの言う意味がよく分からず、重ねて尋ねる。さゆはおとなしく座って
いたチワワを愛おしそうに抱き上げると、
「すっごく可愛くて欲しくなっちゃったから、高橋さんと交換しちゃった」
「え」
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:51
- 「本当に?」
さすがに絵里も呆気に取られたみたいで、さゆの肩を掴んだ。さゆは相変
わらず、なにが問題なのか分かっていないようなきょとんとした表情で、
チワワの平べったいアタマを撫でている。
「だってペットショップの前通りかかったら、こんなつぶらな瞳で見つめて
くるんだもん」
「いや、それでも……まずくない?」
「まずいかなあ」
私もよく分からないが、多分高橋さんと犬を交換しちゃまずいような気がする。
確かに可愛いけども。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:51
- 「まずいよお。だって高橋さん歌う場所いっぱいあるから、コンサートの時
とか困るじゃん」
絵里が言った。なるほど、そういう問題があったか。
「でもお……」
さゆは困ったような顔でチワワを抱きしめた。チワワは苦しげにくうんと
鳴き声をあげてもがいていた。
「ワガママいわないの。ほら、高橋先輩返してもらいにいこ」
私は立ち上がりながら言うと、いやいやをするさゆの手を掴んで無理矢理
立たせた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:52
-
◆
そんなわけで、私たち三人は、さゆがチワワに悩殺されたというペット
ショップまでやってきていた。
ペットショップの店長は、初老の人のよさそうなおじさんだった。ヲタク
っぽい人じゃなくて、ちょっとホッとした。
「そういうわけなんで、ご迷惑かけてすいません」
私はそう言うと、まだ不服そうなさゆのアタマを無理矢理下げさせた。
「それで、チワワはお返しするので、高橋さんを返して欲しいんですけど……」
「それがねえ」
店主は難しい表情でクビを捻ると、デスクの下からごそごそとなにかを
取り出した。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:52
- 「実はねえ、私もこれがつい欲しくなってしまって」
店主が取り出したのは、洒落たデザインの帽子だった。
「うちの常連さんが、たまたま被って来ていたんだけど、一目見て惚れ込んで
しまったんだ。そう、お嬢ちゃんがチワワに魅せられたのと似てるかな」
「ありますよね、そういうこと」
さゆが目を輝かせて言う。私は見えないようにさゆの足を踏んづけた。
「いたーい」
「それで、その帽子と高橋さんを交換しちゃったんですか?」
絵里が訊くのに、店主はすまなそうに頷いた。
「私にも、君たちと同じくらいの娘がいるんだけど、似合うかと思ってね」
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:52
- 「ええと……とりあえず、高橋さんいないと困るんですよ」
私が言うのに、絵里も合わせるように頷くと、
「その人の、住所とかって分かります?」
「ああ、お得意さんだからね。本当はこういうことはいけないんだが、私にも
責任はあるわけだから」
そう言うと、店主は側にあったメモ用紙に住所を書いて渡してくれた。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:52
-
◆
店主から教えてもらった住所のメモと、オシャレな帽子を携えて、私たち
は閑静な住宅街へ向かった。
チワワを手放させられたさゆはずっとむくれていたが、帽子を被せてあげる
と、通りすがりのショーウィンドウで自分の姿を確認して機嫌を直した
みたいだった。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:53
- 住所にある家はびっくりするほどの豪邸だった。インターホンを押すと、
デヴィ夫人みたいな風体のおばさんが顔を出した。ペットショップの店主
からは女の子と聞いていたので、面食らってしまった。
家の奥から、犬の鳴き声が輪唱みたいに聞こえてきていた。
「どなた?」
「あのう」
私がペットショップの名前を告げると、おばさんは警戒を解いた様子で、
「あら、あなたたちもあそこによく行くの?」
「いえ、あのですね……」
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:53
- かくかくしかじか。私の話を一通り聴き終えると、おばさんはちょっと
困ったような表情で、肩を竦めた。
「ごめんなさい、実はねえ、うちももうその高橋さんって子、ついさっき
なんだけど、手放しちゃったのよ」
「ええっ」
私と絵里は示し合わせたように声をあげた。
「もう十分くらいはやく来てくれればよかったんだけど」
十分と言えば、さゆがショーウィンドウの前で自分を見つめてた時間くらい
じゃないか。全く……。
「それで、高橋さんはどうしたんですか?」
絵里が訊くのに、おばさんは太い首に十本ほどは巻き付いているネックレスを
手探りで弄り始めた。やがて、その中で一番地味な一本を探り当てると、
器用に束の中から救出した。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:53
- 「あ、かわいー」
絵里が無邪気な声をあげる。私は睨み付けたが、気付かなかったみたいだ。
「それと交換したんですか……」
私が肩を落とすのに、おばさんは愛おしそうにその地味めなネックレスを
眺めながら、
「娘の同級生がね、さっきまで遊びに来てたんだけど、その子がしてたの。
お店の名前を知りたかったんだけど、渋谷の露天で買ったオリジナルだから
これ一品しかないって聞かされて、急に欲しくなっちゃって……」
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:54
- 「ええと、でも高橋さんはやっぱり必要だと思うんで……」
私はそういうとさゆのアタマから帽子をひったくった。さゆは口を尖らせて、
私を睨んだが、構ってるヒマはない。
絵里はいつの間にかネックレスをつけて、ゴキゲンだった。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:54
-
◆
私たちの高橋先輩を追う旅は、そんな調子で延々と続いていった。
ネックレスはマイナーなバンドのレアグッズに換わり、グッズは古びた
フェリックスキャットのぬいぐるみに換わり、ぬいぐるみはドンキホーテの
商品券に換わり、商品券は珍しい形の石に換わり、石はクロム鍍金のドア
ノブに換わり、ドアノブはアントニオ猪木のキーホルダーに換わり……。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:54
-
◆
郊外の寂れた駅だった。メモを見ながら駅名を確認。間違いないようだ。
無人の改札口を抜けると、都内というのが信じられないような、田圃が
延々と続いている風景の中を三人でとぼとぼと歩いていった。
絵里は相当疲れ果てているようで、歩きながら半分眠っていた。さゆは
ショーウィンドウもクルマの窓ガラスも交通ミラーもない田舎道に、不満
げな様子だった。
小一時間ほどののち、ようやく風景が変わってきた。やがて、荒野みたいな、
だだっ広い工場跡地に到着した。サビだらけのフェンスに、なんとか処理場
とマジックで書かれた鉄板が貼り付けてあったが、とても機能している
ようには見えなかった。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:54
- 周囲には電化製品の残骸が乱雑に散らばったり積み重なったりしていた。
油と錆と炭の入り交じったような匂いが、周囲に漂っていた。私たちは、
燃えさかるドラム缶に古新聞を放り込んでいるおじさんを発見すると、恐る
恐る声をかけた。
「あのー、今日電車で、ボタン電池と女の子交換しませんでした?」
「ああ」
灰色の作業服を着たおじさんは、めんどくさそうに工場裏の空き地を顎で
示した。
「まあ別にいらなかったんだけど、交換だって言うから。向こうにいるから
連れて帰っても構わないよ」
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:55
- 「ありがとうございまーす」
やれやれ。ようやく辿り着いた。私たちはおじさんにボタン電池を返すと、
声を揃えてアタマを下げて、裏の空き地へ向かっていった。
おじさんは、受け取った電池をそのままドラム缶に放り込んでいた。
処理場の裏は広大な産業廃棄物の墓場だった。現代では、モノを捨てるの
にもあれこれお金がかかるので、こうして不法投棄された粗大ゴミが回り
回って、ここのような最果ての地に溜まっていくというわけだ。
とりわけ目立っていたのが、無造作に積み重ねられた大量の冷蔵庫だった。
製造工程で原因不明のエラーが起こって、市場に出てこられなくなった
欠陥品たちなのだろう。私たちは、ゾンビのフリーマーケットといった
風景の中をのろのろと歩いていった。そろそろ日が暮れそうだった。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:55
- 一台の、扉がバカになった冷蔵庫の中に、高橋さんはいた。いつも持って
いる赤いタオルをクビから巻いて、膝を抱えて三角座りをしていた。数台
の廃棄冷蔵庫の上に、危なっかしいバランスで斜めに置かれていて、今にも
崩れ落ちそうだった。冷蔵庫は夕日を浴びて、うっすらとオレンジ色に
染まっていた。
「高橋さーん」
私が声をかけると、充血した目を上げたが、すぐにぷいっとそっぽを向いて
しまった。かなりゴキゲン斜めみたいだ。
「さゆ、ほら、ちゃんと謝らないと」
絵里に背中を押されて、さゆも神妙な面もちで頭を下げた。
「ごめんなさい。ついチワワ欲しくなっちゃって……」
「ええって、もう」
捨て鉢な口調で高橋さんが言う。
「さゆも反省してるみたいだし、先輩もあんまり拗ねないで……」
「拗ねてないもん」
高橋さんはそう言うと、タオルを口元までたくし上げて、鼻を啜った。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:55
- 「もう日が暮れますよぉ」
絵里が淡いオレンジに染まった空を見上げて言う。私は冷蔵庫に手を伸ばすと、
「風邪ひいちゃいますよ。先輩、帰ってレッスンの続きしましょうよ」
「どうせ、私なんて必要ないんやよ」
高橋さんはずいぶんと意気消沈しているようだった。赤いタオルで何度も
目を拭ったのか、瞼の端が赤く染まっていた。
「そんなことないですよぉ」
絵里が言う。さゆはなんだかよく分かってなさそうな表情で、うんうんと
頷いた。
「ウソや」
「ウソじゃないですって」
「みんな、高橋さんが必要なんですよ」
私はそう言うと、ちょっと考えてから付け加えた。
「ほら……私たちにとって、高橋さんって、その赤いタオルみたいな感じ
なんです」
「タオル?」
頑なだった高橋さんの表情が、少しほぐれたように見えた。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:56
- 「なんだか側にいてくれると心が落ち着くっていうか……。ね?」
言ってからなんとなくめんどくさくなったので、適当に二人に振ると、慌てて
調子を合わせてくれた。
「そうですよ。高橋さんいると、なんか心強いなー」
「うん」
さゆも雰囲気に合わせるように頷いた。高橋さんはまだ訝しげな表情で
私たちを見下ろして、
「だってみんな私のこといらないって……」
「そんなことないですって。さ、戻りましょう」
そう言うと、私は今一度手を伸ばした。高橋さんはまだ渋っている様子だ
ったが、それでも少し身を乗り出すような仕草を見せた。
と、突然西からの強風が吹いてきて、土煙を舞いあげた。高橋さんが潜り
込んでいた冷蔵庫がガタガタと不安定に揺れた。
「あっ……」
高橋さんが声をあげた。乗り出したカラダにかかっていた赤いタオルが、
風に攫われてオレンジ色の空に舞い上がっていた。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:56
- 「あ」
さゆはぽかんとした表情で、ひらひらと泳ぐタオルを見上げた。私と絵里も、
そんなどこか幻想的な光景を、引き込まれるようにして見上げていた。
突然、バタンという音が鳴り、続いてなにか重たいものが地面に叩き付け
られる鈍い音がした。
私が驚いて振り向くと、さっきまでぐらぐらと揺れていた冷蔵庫が、扉が
閉じたまま正面から地面に落下していた。
冷蔵庫の中から、なにかがじたばたと暴れているような、くぐもった音が
聞こえてきていた。
「……高橋さん?」
冷蔵庫へ駆け寄ると、手をかけて起こそうとした。けど、私一人の力じゃ
到底無理だった。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:57
- 「ねえちょっと手伝」
私が振り返ると、絵里とさゆの二人は、夕日に舞う赤いタオルを追って
廃棄物の森の中を駆けだしていた。
「あいつら……」
私は、ひらひらと舞うタオルと、ガタガタと音を立てている冷蔵庫を見比
べた。
「……」
逡巡したのは一瞬だけだった。私も、二人と一緒に、赤いタオルを追い
かけて行った。
蜜柑色の夕暮れは、とてもキレイだった。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:57
- ||'-' 川............
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:57
- ||'-' 川............
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/23(金) 01:57
- ||'-' 川............
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