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51.　300　minutes　later,non/

1 名前：51. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月22日(月)23時47分50秒

51. 300 minutes later,non/

2 名前：51. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月22日(月)23時49分01秒

「じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ」

3 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月22日(月)23時50分16秒

希美が強い意志に漲った表情で、静かに言う。
小さな声だったが、部屋中に響き渡る。
真っ直ぐ面々を見据える希美に、誰もが緊張を隠せない。

斜めに射すオレンジに浮かんだ彼女の横顔があまりに綺麗で、思わず背筋に寒気が走った。
半開きだった私の口も閉じた。

4 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月22日(月)23時51分59秒

──

2003年夏。
夏と呼んでいい季節なのかわからなかった。

「紺野の格好した人、妙に増えてない？」
ヲタウォッチャーの矢口さんがそう言い、れいなちゃんも同意していた。
季節が捩じれると、人もそれに引きずられてしまうものだ。
加えて、ファンの奇行など今更驚くことではないと、簡単に片付けられた。

5 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月22日(月)23時53分14秒

2004年新春。
安倍さんが娘。から離れた。
それがきっかけだったのだろう、世界が大きく流転した。


紺野の地道な活動が実を結んだ、そんな馬鹿げたことを言ったヲタがいた。
彼は現在、紺野あさ美になっていることだろう。

後藤の抜けた穴が大きかった、会長が言った。
彼も現在、紺野あさ美として活躍中。

保田亡き後、娘。には暗い影が落ちた、大きい方が言い、小さい方が頷いた。
彼らも現在、紺野あさ美として生き、欲している。

6 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月22日(月)23時53分59秒

初めのうちは誰もがコスプレの延長だろうと考え、次々と現れてくるフェイク・紺野あさ美の行き過ぎたパフォーマンスを見て爆笑したものだった。
その偽者の紺野あさ美のファンになる人もいたくらいで、私たち中途半端なそれを紺野あさ美ヲタヲタと呼んでは、やりきれない思いで馬鹿にしては楽しんでいた。

そんなあさ美フィーバーにも飽き、増え続ける偽のあさ美ちゃんの数は尋常ではないと、誰も笑えなくなった時にはもう遅かった。
自らの意志で紺野あさ美になっているのではなく、ある条件を満たすと紺野あさ美に変形するということがわかったのだ。
この発見が遅れたのは、朝起きると紺野あさ美になっていたヲタが喜び勇み、それどころではなかったのは言うまでもない。
これを変形ではなく、進化と呼ぶ人、覚醒と呼ぶ人、回帰、集合、擬態、収束・・・
言葉ばかりでウンザリだった。

7 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月22日(月)23時55分32秒

条件すら解明されていない。
解明しようとする人は、片端から紺野あさ美になってしまうのだから。
私たちも独自に調査を試みたが、膨大な量のケース、そして突拍子のないきっかけや、あちこちに飛ぶ仮説や推測、どこか気違い染みた紺野あさ美になってしまった者の掴み所のない証言に、誰もが根を上げてしまった。

私はあさ美ちゃんの魅力がウィルスのような動きをしているのではないかと解釈している。
誰もが紺野あさ美になりたがり、実際になってしまうのだ。
それは必ずしもあさ美ちゃん自身からだけではなく、あさ美ちゃんになってしまった人からも伝染していく。
人から人へ、恐ろしい速度であさ美は世界を覆っていった。

8 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月22日(月)23時56分49秒

当時、世界一の人気タレントとしてあさ美ちゃんにべったりだったマスコミは掌を返したようにあさ美ちゃんを糾弾し、追い込んだ。
しかし、時既に遅く、どんなに紺野あさ美対策を講じたところで、世界総あさ美化の勢いは衰えるどころか、益々勢いづいていった。
糾弾し、追い込んでいった人たちですら、紺野あさ美になってしまった。

そして、同じメンバーとして一緒にいた私たちだけが残った。
何らかの耐性があったのだとしか考えられない。
まあ、真性のホモや、元々三次元は無視して二次元に生きていた人々、自分以外に興味を持てない方々、鉄の意思で紺野あさ美を拒絶する者などは例外だったが。
そんなあさ美にならない人類は迫害の対象にあったが、私たちはあさ美特権の恩恵を受けている為、外出時には白い目見られることを覚悟しておく程度で済んだ。

9 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月22日(月)23時57分40秒

世界中に紺野あさ美が蔓延し、紺野あさみが満ちた。
上からあさ美、下からあさ美、向こうからあさ美、前後左右からもあさ美。
こんな世の中になった。
理由は誰にもわからない。
様々な憶測が飛び交ったが、どれも信憑性のない荒唐無稽のものだった。
そう、あさ美ちゃんがよくMCで口にしていた、全国１３００何万人の紺野ファンのみなさん、といったような。

人口のほとんどがあさ美ちゃんになったところで、世界にそれほど混乱はなかった。
個人を番号で管理する時代になっていたということが、一番の要因らしい。
それに、誰もが紺野あさ美になって幸福だったのだ。
変わった事といえば、免許証や身分証の証明写真がなくなったくらい。
そして、美の価値基準。
どれだけオリジナルの紺野あさ美に近いか、遠いか。

10 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月22日(月)23時58分15秒

そして一年もしないうちに、世界は紺野あさ美を中心とする一つの国家になってしまった。
画一的になりつつあった地球はあさ美ちゃんの尽力もあり、国境はなくなり、争いは消え、飢えも随分と軽減された。
国民の直接投票で92％の信任を得、言語も日本語に統一された。
その際、国歌は「幸せきょうりゅう音頭（あさ美version）」に決定。
平和を絵に描いたような、不完全なあさ美が闊歩する、誰もが笑顔の気味悪い世界だ。

しかし、自らの意思に反して祭り上げられ、多忙を極め続けていたあさ美ちゃんは激しく衰弱し、現在では手厚い延命措置を取られている。
予測の範囲内だが、あさ美ちゃんはあと１５０年は生き永らえるらしい。
そして、あさ美国家のお偉いさんは、来たるべきあさ美ちゃん没後の混乱を回避すべく、限りなくオリジナルのあさ美ちゃんに近いコピーの製作を検討しているらしい。
あさ美ちゃんそのもののクローンではなく、あくまでもコピー。
あさ美ちゃんは唯一無二の存在として崇められている。

11 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月23日(火)00時06分57秒

「真琴もそれでいいよね？」
緊張と不安でもう何日も寝ていないはずなのに、それでも力強さは消えていない。
希美の毅然とした眼差し、言葉の端々から窺える生命力に、一瞬たじろぐ。

この計画の決定権はリーダーの希美ではなく、私にある。
人を惹きつけ、求心力のある希美に、私が半ば押し付けるような形でリーダーを任せた。
希美のおかげで、私は計画完遂の精度を少しでも上げることに専念することができた。

12 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月23日(火)00時07分47秒

いつの間にか、部屋の空気を和らげていたオレンジは藍の侵食に遠のき、宵をゆっくりと迎え入れようとしている。
かつてない静寂が張り詰め、私の一挙手一投足に２４の瞳が注視している。

大きく息を吐き、選び抜かれた精鋭たちの顔をゆっくり見回す。
中には娘。時代に一緒だった石川、さゆみの顔もある。
他の娘。メンバーもそれぞれに役割を持ち、手筈を万全に整えているはずだ。
あとは、自分と、今日の約束を元に数年前に散り散りになったメンバーを信じるだけ。
ただ、実行隊の私たちが動かなければ、他のメンバーは何食わぬ顔で日常を過ごすことになっている。
あさ美ちゃんのお目付け役である、あゆみと美貴に連絡する必要はあるが。


希美を向き、小さく頷く。
「5時間後、ここに集合。解散」
相変わらず抑えた声だったが、迫力は十分だった。
希美の声に弾かれるように散っていく。

13 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月23日(火)00時09分04秒

急にガランとした室内。
先ほどまでの張り詰めた空気は微塵も感じられない。
二十歳そこそこの女の子がふたりいるだけ。
「マコちゃん、本当にこれでいいんだよね？」
私の手を頼りなく取り、昔の人懐こい笑みでのんちゃんは言う。
「やっべ。のん、すっげー緊張してる」
あまり成長していない胸を右手で押さえ、不安を誤魔化すように八重歯を零して笑う。
この計画を最初にのんちゃんに持ちかけ、賛同者を募り、組織を成してから、それから私たちは一切の甘えを排除した。

14 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月23日(火)00時10分36秒

最後の一瞬の、ほんの空白くらいはいいだろう。

15 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月23日(火)00時11分49秒

私はただ、昔のようにあさ美ちゃんと仲良く遊びたい。
不条理なうねりの中にあっても、みんなで思い切り楽しんでいた頃を取り戻したい。
それだけなんだ。
今の世界に必要なのは、紺野あさ美という偶像だけ。
ここであさ美ちゃんを奪ったところで、お偉方が丁寧に隠蔽するだろう。
それを前提に話を進めてきた。
私には、今の世界を変えようという気はないのだから。

あさ美ちゃんを奪い、飯田グループが用意した瀬戸内海にある孤島まで連れ去る。
恐らく、望んだような平凡で幸福な日常が待っているはずだろう。
そこであさ美ちゃんを奪われてからの数年は報われる。
至ってシンプルで、とても難しいこと。

16 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月23日(火)00時12分33秒

だが、組織の娘。メンバー以外はこうもいかないのではないかと、最近よく思う。
紺野あさ美に侵されず、今のこの体制の在り方に憤りを感じている。
表立って出さないものの、少なからずあさ美ちゃんを利用したいと考える者もいるだろう。
初めから懸念されていたことではあったが、計画が現実味を帯びていくに連れ、この不安も徐々に私の心の隙間を占めていくようになった。

私たちだけでやればよかった。
とは言っても、女十数人だけではどうこうできるレベルではなかった。
目的達成を急ぐあまり、手段を選びきれなかったことを悔いている自分もいる。

17 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月23日(火)00時13分09秒

のんちゃんが不安そうに私を覗きこんでいる。
「大丈夫だよね？」
私の手を強く握り直し、そっと肩に顔を寄せる。
甘えん坊ののんちゃんは何年ぶりになるだろう。

「・・・きっとね」
私はそう言い、のんちゃんの手を強く強く握り返した。

18 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月23日(火)00時13分55秒

　

19 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月23日(火)00時14分52秒

　

20 名前：52. 300 minutes later,non/ 投稿日：2003年09月23日(火)00時15分28秒