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51 お祭りの夜

1 名前:名無しさん 投稿日:2003年09月22日(月)23時34分46秒
51 お祭りの夜
2 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時35分28秒

「じゃあ、夜が来たら紺野を攫いに行くよ」
3 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時36分16秒

吉澤先輩はそう言って、円陣を組むようにしているあたし達4人の顔を1人1人ゆっくりと見回した。

「いいね、小川」
最後に真剣な眼差しであたしの顔を見つめて頷いてくれたその吉澤先輩の表情を見たとき、凄く頼もしく思えた。
こんな吉澤先輩は初めて見たかもしれない。

学校中でかっこいいと評判の吉澤先輩。
背は高いし、バレー部ではエース。
優しいし、明るいし、面白いし。

緊張感あふれる試合中の表情は、綺麗な顔立ちを際立たせてとてもかっこよかった。
あたしだって、バレー部に入ってしばらくはその評判に騙されていた。

でも、すぐにそれはただの幻想だということがわかった。
その理由は、吉澤先輩の隣にいるこの人のせい。

「や〜ん、よっすぃ〜かっこいい」
「へへっ、そうかなぁ〜」
「うん。もうね、かっこよすぎて、惚れ直しちゃう」
「あ、やっぱりぃ〜?ほらこの角度、すげーかっけーと思ったんだぁ」

最愛の彼女に褒められて、これ以上ないくらいに目じりを下げている、さっきまでかっこよかった吉澤先輩。
その隣で両手を胸の前で握り締めて、目をきらきらさせているのは石川先輩。
うっとりとした目で吉澤先輩を見つめているその姿は、まさに恋する乙女って感じ。
吉澤先輩も、そんな彼女の前で顔は緩みっぱなし。

石川先輩はうちのバレー部のマネージャー。
っていうことは、常に吉澤先輩と一緒にいるわけで、バレー部員はいつもこの緩みきった吉澤先輩を見ているわけで。
これじゃあ、かっこいいって言われても…って思ってしまうのは仕方がない。
4 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時37分01秒
「あ〜、もう、梨華ちゃんウザいから黙ってて」
「ひど〜い、美貴ちゃん」
うっとりと吉澤さんを見つめていた石川先輩を、軽くトンと突き飛ばして睨みつけているのは藤本先輩。

「で、どうすんのさ?紺ちゃん連れ出すなんてできるの?」
不満げな石川先輩を無視して、藤本先輩は吉澤先輩に問いかけた。

今回の作戦、吉澤先輩だけじゃ不安だったけど藤本先輩がついてくれるのはとても心強い。
藤本先輩は吉澤先輩と最高のコンビネーションを組む、うちバレー部のセッター。

藤本先輩が最高のトスを上げれば、吉澤先輩はそれに答えるようなスパイクを決める。
試合において、この二人がいてくれるだけで、チーム内がピリッと引き締まる。
絶対に負けないんじゃないかって思わせてくれる力が、この二人にはあるから。
だからこの二人のコンビネーションがうまく働けば、あさ美ちゃんを連れ出すのも可能にしてくれるように思える。

「それがさぁ…どうしよう?なんかいい方法ないかなぁ」
「えっ?あんだけ格好つけて、なにも考えてないの?
 ったくぅ、梨華ちゃんにいいとこ見せるのはいいけど、ちゃんとその言葉実行してよねぇ」
「へへへっ、怒られちゃったよぉ〜」
呆れたような藤本先輩に、おどけて石川先輩に泣きつくまねをする吉澤先輩。

この二人の会話は、常にこんな感じ。
吉澤先輩のボケた会話に、藤本先輩鋭い突っ込み。
これが普段の姿。
試合になるとそれが豹変するんだから不思議だ。

「じゃあさぁ、すみませーん、紺野さんお借りしまーすって行くのは?」
「却下。それができてたらこんなことで悩まないっつーの」
「じゃあ、紺野の部屋に窓から忍び込む」
「無理。紺ちゃんの部屋3階だもん」
「じゃあ〜、爆弾で入り口ぶっ壊す」
「殴るよ?」
ぐいっとひと睨みきかせると口角をあげて、グーで吉澤先輩を殴るまねをする。
5 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時37分51秒
「ねえ、花火、花火なんてどう?」
それまで黙っていた亜弥ちゃんが思いついたように言った。

その言葉で、みんなの視線が一斉に集まる。

「あのですねぇ、実は私のおじいちゃん、花火師なんです」

みんなの頭を寄せてなぜだか小声で話し始めたのは、私のクラスメイトの松浦亜弥ちゃん。
藤本先輩のことが好きで、押して押して押しまくって落としたツワモノだ。
このバレー部に入ったのだって、藤本先輩がいたから。
今回も、「愛しのみきたんが行くならあややも行くっ」と言ってついてきただけ。

別にあさ美ちゃんに興味があるわけではない。
興味があるのは、自分と藤本先輩だけ。

そんな亜弥ちゃんが意見を出すなんて、ここにいるみんなが思ってもいなかっただろう。

「花火を部屋の入り口に仕掛けて、ドーン、パパパパッってなって、
驚いた先生が出てきた隙に連れ出すっていうのはどうでしょう?」
自信ありげに小鼻を膨らませ、更に人差し指を立ててポーズを決める。
どうよ?っていう感じで、みんなの顔を見回す。

「亜弥ちゃん、そんなことしたら寮が火事で遊びに行くどころじゃなくなっちゃうよ?」
「あ…」
「それじゃあ、よっすぃ〜の爆弾と一緒じゃん。却下」
優しく諭してあげる石川先輩に対して、自分の彼女に対してもズバッとダメ出しの藤本先輩。
そんな二人の後ろで「え〜、かっけーと思ったのにぃ」とぶーぶー言っている吉澤先輩は完璧無視。

「ねえ、まこっちゃんは何かないの?行きたいんでしょ?紺ちゃんと一緒にお祭り」
「う〜ん、そうですけどぉ…」
優しくあたしに聞いてくれる藤本先輩。

実は今回のあさ美ちゃんを連れ出すって事、まずこの先輩に相談したことから始まった。
だから、先輩はあたしがどういう理由であさ美ちゃんとお祭りに行きたいのかを良く知っている。
親身になって相談を受けてくれて、本当にうれしいと思っている。

だけど、どうすればいいんだろう?
あたしにはいい考えが思いつかない。
6 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時39分00秒
「ねえ、そもそもさぁ、なんで紺野が監禁されてるんだっけ?」
この状況に少し飽きはじめて、さっきから石川先輩にちょっかい出していた吉澤先輩が、
石川先輩を後ろから抱きしめながら肩越しに顔を出した。

「それはぁ、あさ美ちゃんが中澤先生に『三十路のおばさんは黙っててください』って授業中に言ったからですよぉ」
「違うよ亜弥ちゃん、中澤先生が隠し持っていたワインをネットオークションで売りさばいたからでしょ?ね、小川?」
「違います。それは両方とも、辻さんと加護さんがやったことです」
あたしがそう言うと、亜弥ちゃんも石川先輩も「そうだっけ?」と、首を傾げて顔を見合わせている。
二人とも、そんな仕草が似合っていてかわいらしい。

そんな二人とは違って、こちらの二人はというと、
「え〜、吉澤はぁ、紺野が中澤先生の酔っ払ってベロンベロンになってバレー部員にキスしまくっていた写真を、
 学校中に貼り出したからって聞いたけど?」
「それはよっすぃ〜がやったことでしょ。紺ちゃんも美貴もよっすぃ〜に無理やり手伝わせられただけじゃん。
そうやってすぐ人のせいにするぅ」
「あ、じゃあ、中澤先生の机からお菓子盗んで全部食べちゃった事とか」
「それも、よっすぃ〜が主犯でしょ。って言うか、なんでいつも美貴も共犯にさせられてるの?
 それこそ、梨華ちゃんと一緒にやればいいじゃん」
「は?何言ってんの?そんなこと梨華ちゃんにさせられるわけないじゃん。」
「美貴なら良いってわけ?なにそれぇ〜。美貴だってやだからね。今度から1人でやってよ」
「そんなこと言わないでよ、ミキティ。うちら、コンビじゃん?
 ミキティがいいトス上げてくんないと、よしこだってうまく決められないわけよ」
「ミキティ言うな。だったら最初からそんなことしなきゃいいじゃん。美貴を巻き込まないでよ。
 前から言おうと思ってたんだけどさぁ…」

と、まさに喧嘩が始まりそうな雰囲気。
っていうよりも、一方的に藤本先輩が怒り気味なだけ。
吉澤先輩は全く気にしていないという飄々とした感じで、またも石川先輩にちょっかいを出している。

「ままま、藤本先輩。それより今は、あさ美ちゃんのこと…」
まだ何か言いたげな藤本先輩を抑えて、話を元に戻す。
だって、このままじゃあっという間に夜になっちゃうくらい進展しなさそうだから。
7 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時41分06秒
「あさ美ちゃんが中澤先生に監視されているのは、
 今度の日曜日全国模試を受けるからなんです。
 なんてったって、うちの高校の期待の星ですからね。
 うちの高校で初めて、日本でトップの大学に入れるかもしれない子なんですよぉ。
 凄いですよねぇ」
本当に、あさ美ちゃんは凄い。
頭良いのに、バレー部にも入ってて。
部活も勉強も両立なんて、あたしにはできない。
言葉に出して言うと、改めて凄いなって実感する。

「いや、凄いのはわかるけど、なんで今日だけ監視付?」
「だよねぇ。紺野だったら監視なんてなくても勉強するでしょ?
 勉強好きそうだし」
不思議顔の藤本先輩と石川先輩。
そして藤本先輩とさりげなく手をつないで頷いている亜弥ちゃん。
吉澤先輩は…石川先輩を後ろから抱きしめたまま顔を首元に埋めていて表情がよく見えない。

「それはぁ、今日がお祭りだからですよ。
 あたし達バレー部員が絶対誘いに来るからって、中澤先生が。
 みんな同じ寮に住んでるんだから、誘いに来ないわけ無いって」
「え〜、いいじゃんねぇ、お祭りくらい行かせてあげてもさ。たまには息抜きも必要でしょ」
そう言うと「ねえ?」って亜弥ちゃんに同意を求める藤本先輩。
亜弥ちゃんはとびっきりの笑顔でガクンガクンと大きく頷く。

「それが、たまじゃないんですよ。
 昨日は吉澤先輩の追試の勉強に付き合って、一昨日は亜弥ちゃんにお買い物付合わされて。
 一昨日は、吉澤先輩とスクワット対決して、その前は瓦割り対決。
 その前は…」
「あ〜、もういい。結局原因はよっすぃ〜ってことでしょ。
 っつうかさ、よっすぃ〜なんで後輩に勉強教えてもらってんの?」
「ん?」
藤本先輩の声で、トロンとした顔して顔をあげた吉澤先輩は、
フニャ〜と笑ってこう言った。

「だって、紺野、頭良いんだもん」

はぁ〜……

あたし、こんな人に頼んじゃって良かったんでしょうか?

そもそもこの人達に頼まないで、自分であさ美ちゃんを誘えばよかったのかもしれない。
あたしだったら、もしかしたら中澤先生も許可してくれたかもしれないし。

でも、今更…言えない。
8 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時42分32秒
「…まあ、さ、ほら、とにかく紺ちゃん連れ出さないことには、
 まこっちゃんも告れないわけだし」
「え、あっ」
思いがけない藤本先輩の一言で、みんなの視線が一斉にあたしに集まった。

そりゃないっすよぉ、藤本先輩。
それ内緒にしておいてくださいって言ったのにぃ。

慌てて藤本先輩を見ると、先輩も「あっ」って顔して、ゴメンって手を合わせた。

そう、実はあたし、今日、あさ美ちゃんに告白するつもりだったのだ。
そしてそれは、藤本先輩にしか相談していなかった。

「え〜、何?そういうことなのぉ??
 そういうことなら、吉澤センパイがかわいい小川の為に頑張ってあげましょうっ」
と、急に張り切りだしたのは、吉澤先輩。

「え〜、そうだったんだぁ」
ってあたしの腕をバシバシと叩いてくるのは亜弥ちゃん。
石川先輩もニヤニヤして、人差し指であたしの額をチョンッと触ってくる。
「がんばるんだぞ」とか言ってくれるのは良いけど、ちょっとキショいです…。

あ〜〜、恥ずかしい…。
絶対、顔赤くなってるよ。
だから、口止めしたのにぃ。
あ〜、こうなったらやけくそだ。

「そうですよ、あさ美ちゃんのこと、好きですよ。いけませんか?」
言い切ったのは良いけど、心臓がバクバクして落ち着かない。
酸素が回ってこなくて、鼻息が荒くなっているのが自分でもわかる。

「いけなくなんかないよ。むしろ、うれしいくらいだね」
グッと親指を立ててそういった吉澤先輩は、さっきまでの緩んだ顔じゃなくなっていた。

「よーし、じゃあ真面目に作戦たてるよっ」
吉澤先輩のその表情を見ると、藤本先輩も笑顔で作戦の組み直しを始めた。
吉澤先輩と二人でああしようこうしようと考えている姿は、
それはまさにバレーの試合のときのようだった。
9 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時44分50秒
□□□

「――ってことなんで、矢口先輩お願いします」
「え〜、なんで矢口なんだよぉ。圭ちゃんでもいいじゃん」
「いやいや、矢口先輩じゃないと…ねえ」
そう言って吉澤先輩と藤本先輩が頭を下げている相手は、バレー部OGの矢口さん。
身長145pなのにバレー部のレギュラーだったという伝説の先輩だ。

こんなに小さい人がって思うけど、当時を知る人たちは口を揃えてこう言った。
「バレーボールをしている時の矢口先輩は、まるで羽が生えているかのようだった」とか、
「あのときの矢口先輩は、そう、まるで180p近くあるように見えた」と。

1年生の時既に矢口先輩と共に活躍していた吉澤先輩は、
「すっげーかっけーかった」
と、日本語とは思えないような台詞を目をキラキラさせて言っていた。
藤本先輩も同じようなことを言っていたから、本当の事なんだろうけど…。

そんな矢口先輩も卒業と同時にバレーをやめてしまい、
今ではたまに遊びに来てくれるくらいでその姿を見ることはできない。
だから、いくらそんな事言われても現役時代を知らないあたし達は
なかなか信じることなんてできない。

「マジ勘弁してよ。久しぶりに来たと思ったらそんな頼みかよ」
「すみません。でも、ちゃんと後で救出に行くんで、お願いしますっ」
「そうそう、2、3時間で良いんで。ね?」
必死で頼み込んでくれている二人の先輩に倣って、あたしも頭を下げる。

「ほら、かわいい後輩のためだと思って。ね?まりっぺ」
「なんだよ、梨華ちゃんもいたのか。相変わらずキッショいなぁ〜」
ピョコッと吉澤先輩の後ろから顔を出した石川先輩に対して、キツイ突込み。
でも、そんなのにはめげないで、「いや〜ん、まりっぺったら照れ屋さん」とか言っている。

「で、小川?どうしても今日じゃなきゃだめなわけ?そんなの別の日にすればいいじゃん」
「いやぁ〜、今日が良いんです」
「なんで?」
みんなの興味津々な目があたしに集まる。

「それはぁ…」
「「「「それは?」」」」
10 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時46分28秒
「わかったぁ!紺ちゃん食べるの好きだもんねぇ。
 お祭り行ってたっくさん食べさせてあげたいんでしょ」
突然亜弥ちゃんが声を上げた。
もう、これ以外ないだろうというような自信満々な顔。
またしても小鼻が膨らんでいる。

ごめん、全然違うよ。
けど、そんな自信満々な顔を見てしまうと何も言えないや。

「あー、松浦、黙れ」
「え〜、なんでですかぁ。絶対あってますよぉ。もう、矢口先輩イジワル…」
「なにおぅ!!そんな事言うなら、オイラ協力できないねっ」
「まままま、ほら亜弥ちゃん、矢口先輩に謝って」
慌てた藤本先輩に言われて、しぶしぶ謝る亜弥ちゃん。
頬を膨らませて「ごめんなさい」って言っているけど、
どこか納得できないって顔している。

「実はですね、紺ちゃんお祭り行った事ないらしいんです。
 今まで勉強ばっかりで。
 この高校に入って、バレー部入って、
 いろんな遊びができてうれしいって喜んでたんですよ。
 だから、今度はお祭り連れて行ってあげたいなって思って」
あたしの言葉ひとつひとつ、真剣に頷いてくれた矢口先輩は
「うーん」って唸った後、小さく「よしっ」って顔を上げた。

「そういうことならしょうがない。オイラがひと肌脱いであげよう。
 で、裕ちゃんの気を引くのは良いけど、具体的には何すればいいの?」
「さっすが先輩。いや〜吉澤、尊敬します。かっけーっす」
「いや、だから、何すればいいの?藤本」
「それはですねぇ…」
ちょっと言いにくそうな藤本先輩。

そりゃあねぇ、言いにくいかも。
吉澤先輩が考えたこの作戦、一番辛いのは矢口先輩だから。

「えっとですねぇ、ほら、中澤先生お酒好きじゃないですか?」
「そうそう、それとまりっぺのこともね」
「うっさいよ、石川。そんなのカンケーないじゃん」
「いえ、それが関係なくないんですよ」
「えっ、まさか…」
嫌〜な顔して、一歩後ろに下がる矢口先輩。

「そういうこと…なんです。ごめんなさい」
「ごめんなさい、お願いします」
そんな矢口先輩の顔を見て居たたまれなくなってしまい、
あたしも藤本先輩に続いて謝った。
あたしのせいで、みんなに迷惑かけて、ホントすみません…。
11 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時47分25秒
「ってことなんでぇ、矢口先輩よろしくねぇ〜」
そんな重い3人の空気をぶち壊すように、吉澤先輩のノー天気な声。

「まあ、差し入れとか言って中澤先生にお酒持って行くだけで良いんですよ。
 それでひと口飲ませてあげてくれれば。ね?」
ニヤニヤしながら矢口先輩の肩をポンと叩く。

「ちゃんと矢口先輩の分の氷もこっちで用意しますから、お願いします」
「そうそう、行ってちょっとお酒の相手してくれれば良いんで」
「すみません、お願いします」
「まりっぺ、ごめんね」
「ほらぁ、先輩、眉間に皺寄ってますよ?笑顔、笑顔」

そう言って頭を下げるあたしたち5人の顔を一人一人ゆっくりと見た後、
矢口先輩は「はぁ〜」と大きくため息をついた。
それは肩からガックシ落ちていくような、深い深いため息だった。

「しょうがない……な。一度良いって言っちゃったし。
 コレも後輩のためだ、やってやろうじゃないかっ」

言葉の最後はちょっと投げやりだったけど、その言葉、ありがたく頂きます。

「でもさぁ、ほんっと裕ちゃん酒癖悪いんだぞ。後でちゃんと助けに来てよ?」
今にも泣きそうな顔して、あたし達を見る矢口先輩。

あ〜、本当にごめんなさい。

「大丈夫ですって。ちゃんと助けに行きますから。ファイトッ」
顔の前で両手をグーにしてポーズまでつけている石川先輩。
それを見て、また1つため息つく矢口先輩。
まだ何もしていないのに、顔はすっかり疲れている。

「じゃ、夜になったら迎えにきますね」
そう言った吉澤先輩の一言に、言葉無く頷く矢口先輩だった。
12 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時49分25秒
□□□

「おぅ、小川。おかえり〜」
「おかえり」

お祭りが終わった後待ち合わせ場所に行くと、
すでに吉澤先輩と石川先輩が待っていた。
薄いピンクの浴衣を着た石川先輩は、
あたしでもドキッとしてしまうくらいかわいくて色っぽい。
そしてその手を繋いでいる吉澤先輩は、なぜか甚平姿。
どう見ても女の子の着るようなものじゃない。
ま、似合っているから良いけど。

そんな二人はやっぱりお似合いのカップルって感じで、
いつも以上に甘い雰囲気を作り出している。
この、お祭りっていう雰囲気がそうさせているのかもしれない。

「紺野もおかえり」
あたしの隣にいるあさ美ちゃんに、涼しげな瞳でふわっと微笑んだ石川先輩。

こんな素敵な笑顔ができるのは、きっと吉澤先輩がいるからなんだろうなぁ。
あたしもいつかは、あさ美ちゃんにそんな笑顔をさせるとができるのかなぁ?

そんなことを考えながら、ジーッと石川先輩の顔を見ていたら、
あたしの視線に先輩が気づいた。
「どしたの、小川?口開きっぱなしだよ?」
「いえ、なんでもないっす」
あわてて視線を逸らしたあたしを、おかしそうにクスッと笑う。

「おい、あたしの梨華ちゃん、あんま見んなよ」
わざとらしく膨れっ面でそう言った後、ニヤッと笑った吉澤先輩。
その視線の先には、あたしの手元。あさ美ちゃんと繋いだ手。

「その様子だと、うまくいったみたいだね。よかったじゃん」
親指をグッと立てて、バチッとウィンク。

そんなポーズがとてもよく似合っている。
やっぱりかっこいいかも。吉澤先輩って。

「はい。おかげさまで」
あたしも負けずに親指をグッと立ててポーズ。
あさ美ちゃんは顔を真っ赤にして俯いちゃっているけど、
繋いだ手からはあさ美ちゃんの温もりが伝わってくる。
13 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時52分53秒
あたしは今日、あさ美ちゃんに自分の気持ちを伝えた。
「好きです」って。
せっかく先輩達が協力してくれたのだから、
その好意を無駄にはしたくなかった。

あさ美ちゃんはびっくりした顔をした後、凄い勢いで真っ赤な顔になった。
俯いてしまった時にはだめかなって思ったけれども、
その後顔を上げて、「ありがとう」って頬にキスをくれた。

思いがけない出来事でとてもびっくりして、何が起こったのかすぐには理解できなかった。
頭の中が真っ白になるって言うのは、こういう事なんだなって考えちゃったりして。
でも、あさ美ちゃん自身もびっくりしていたようで、
その後顔を真っ赤にしたまま固まってしまっていた。
だからあたしも、その後勇気を振り絞ってギュッて抱きしめた。
心臓がバクバクしていたけど、あさ美ちゃんのドキドキも伝わってきた。
今、こうして一緒にいられるんだなぁって実感できた瞬間だった。

「あ〜、もうみんな戻ってきてるよ。おーい」
おっきな声で遠くから手を振ってこっちに向かってきたのは、
石川先輩よりも濃いピンクの浴衣を着ている亜弥ちゃん。
綺麗な青い浴衣を着た藤本先輩としっかりと手を繋いでいる。
そして、繋いでない方の手には、金魚や綿あめ。
藤本先輩の手にも焼きそばやイカ飯といった食べ物がたくさん。

「ごめぇ〜ん。もう超楽しくってぇ、時間忘れそうになっちゃったよ」
「ごめんね。亜弥ちゃんなかなか帰りたがらなくってさぁ」
悪びれる様子のない亜弥ちゃんと、かなり申し訳なさそうな藤本先輩。

「あ〜、いいよ。うちらも来たばっかだしさぁ。ね、梨華ちゃん」
「うん」
ニコニコほのぼのとした吉澤先輩と石川先輩。

「あ〜、まこっちゃんと紺ちゃん、うまくいったのぉ?」
そこへまたしても大きな声の亜弥ちゃん。

そんな大きな声で言われると恥ずかしいよ。

チラッと横目であさ美ちゃんを見ると、あさ美ちゃんは真っ赤になっている。
そういえば、さっきからずっとあさ美ちゃんの真っ赤な顔しか見てないかも。

「あのぉ、藤本先輩。いろいろありがとうございました」
やっぱり今まで相談に乗ってくれていたから、ここはきちんとお礼を言わないと。

「うん、よかったね、まこっちゃん」
素敵な笑顔を返してくれる藤本先輩。
そんな藤本先輩をみて、うれしそうな亜弥ちゃん。
14 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時54分08秒

みんなの笑顔があたしとあさ美ちゃんを祝福してくれいて、
今までにない幸せな気持ち。
吉澤先輩と石川先輩、藤本先輩と亜弥ちゃん、そしてあたしとあさ美ちゃん。
みんなが幸せで心がポワーってあったかくなる。

素敵な先輩にめぐり合えたこと、そして大切な人と出会えたこと、
今まで出会えた全ての事に感謝したくなる。
今夜は、そんな一生忘れられない夜になった。

15 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時55分34秒

「じゃあ次は、矢口先輩を攫いに行くよ」

吉澤先輩はそう言って、
円陣を組んでいるあたし達5人の顔を1人1人ゆっくりと見回した。
16 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時55分49秒
17 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時56分15秒
18 名前:51 お祭りの夜 投稿日:2003年09月22日(月)23時56分27秒

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