インデックス / 過去ログ倉庫

46 泥棒ごっこ

1 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時05分35秒
46 泥棒ごっこ
2 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時06分29秒
「じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ」

3 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時07分28秒
いきなり早口でそんなことを言うから、はじめさゆがなんて言ったのか全然
分からなかった。

「なんて?」
きょとんとした表情で、少し上気して赤くなったさゆの頬を見つめる。彼女は、
一瞬精神離脱をしたような表情で目を瞬かせてから、今度はたどたどしい
小声でさっきのセリフを繰り返した。

「ええと……夜んなったら、紺野……さん、を」
「攫う? さらってくんの?」
うろたえ気味のさゆの様子が可愛らしくて、私は意地悪く笑いながら顔を
覗き込んだ。

どんな会話の流れがあったのかはよく覚えてない。帰りのタクシーの中で、
いつものように内容のあるようなないようなお喋りをしているうちに、誰に
でもあるようなちょっとした悪さの話題になっていたらしい。

私は誰だって小学生のころには盗みの一つや二つや三つや……それくらいは
やってるものだと思って話してたんだけど、育ちのイイさゆにはまったく
信じがたいことだったらしい。さゆが特殊なんだ。

4 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時08分30秒
けど、なにかにつけて負けず嫌いなさゆのこと、私の話についていけないのが
口惜しいらしく、経験者にはすぐ分かるような作り話ばっかりして必死に
ついてこようとしていた。そういう彼女を見ると、ついいじめたくなってしまう。

「そんなら、今度わたしとさゆで、どっちがスゴイもん盗ってくるか勝負する?」
「い、いいよ。れいなになんて絶対負けないもん」

いくらなんでも、芸能人になってからそんなバカげたことなんてするわけない。

「じゃー矢口のメイク道具盗ったろー。あとねー、飯田の持ち歩いてるCDとか
藤本のサイフとかー」
「……」
悪のりして、適当にふかしているだけの私の言葉にも、さゆは心底驚いた
ような反応を表情に示してくれる。わざとらしく先輩さんたちを呼び捨てに
するたびにいちいちギョッとした表情を浮かべるのが面白くて、つい調子に
乗ってしまう。

「あ、それと石川の変な喉スプレー盗ったらおもしろそう。あとね」
「じ、じゃあ」
突然、なんの前触れもなくさゆが早口で割り込んできた。

そこで出て来たのが、どうにもよく分からない言葉だったわけだ。どうも
この子の思考回路は理解しづらいのは、単に付き合いがみじかいせいでは
ないと思う。
5 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時09分12秒
「へぇーへぇーへぇー、すごいんね、さゆはものとかじゃなくて人間盗って
来ちゃうんだ。かっこいー」
ようやくからかわれてるのに気付いたのか、ムッとした顔つきで私を睨み
つけてくる。こうなってしまうと、絶対に引いたりしない。

「うん、さらうもん。れいなにプレゼントしてあげる」
「楽しみー。今夜ね。約束だかんね」

タイミングよく、と言うべきか、私がにたにた笑いながら小指を出してみた
とき、ちょうどタクシーが私のマンションの前に停まった。

「ほんじゃお疲れー」
暇つぶしお終い。私はどうでもいい会話のことなんてアタマから消去して、
さっさとタクシーから降りていってしまった。

よくあることだった。


6 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時09分54秒




その夜、コンビニでだらだらと雑誌を立ち読みした後、パンとタバコを買って
部屋に戻ると、さゆが来ていた。

ほんの二十分も外出はしてなかったはずだけど、カギをしめていかなかったのは
不用心だったかもしれない。というか、それ以前に私は昼間にタクシーで
した会話なんてまるっきり忘れてしまっていたのだ。

「えっ? えっ? さゆ? なにしとう?」
ビニール袋を意味もなく振り回しながら、私は動揺を隠すように捲し立てた。
さゆは妙に落ち着いた態度で、にこにこと笑いながら私に言った。

「れいな、約束どおり、攫ってきたよ」
そう言いながら、ベッドを示す。私が目を向けると、安らかな表情の紺野さんが
ぴくりともせずに横たわっていた。

「ひっ……」
しゃっくりのような声が喉の奥から出た。私は壁に背中をぶつけると尻餅をついた。

「し、し、死んでるの……?」
「死んでないよ。攫ってきただけだもん」
さゆは飄々としたトーンでそんなことを言う。

私は額から吹き出た汗を拭いながら、深呼吸をして立ち上がると恐る恐る
紺野さんの顔を覗き込んだ。確かにただ眠っているだけのようだ。
それにしても……。

7 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時10分28秒
「攫ったって、ど、どうやって……?」
「んー」
口を尖らせて、首を傾げる。妙にかわいらしい仕草なのがムカつく。

「わかんない」
「はぁ?」
「わかんないけど、れいなとの約束だったから」
「……」
冗談を言っている雰囲気ではなかった。私はごちゃごちゃになったアタマを
二、三回叩くと、とりあえずこういうことがあったという現実だけは受け入れ
ようと思った。

翌朝、当然のごとく不思議がる紺野さんに悩みを聞いてもらっていたとか
歌のレッスンをして貰ったとか適当なことを言って、なんとか納得してくれた
ようで助かった。よく考えれば紺野さんから歌のレッスンとかありえなさすぎる
んだけど、なぜかそこは気にしていないようだった。

8 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時11分23秒




「田中」
肩を揺さぶられながら声をかけられて、私はハッと我に返って顔を上げた。
藤本さんが心配そうな表情で私の側に立っていた。
「ん? なんですか……」
「なにボーっとしてるの?」
「や、ちょっと、考えごとです」
「ふーん。珍しいね」

大して興味もなさそうな様子で、藤本さんはおとめの楽屋を出て行ってしまった。
私は溜息をつくと、また肘をついて視線を戻した。

楽屋の隅で、さゆは壁にもたれかかってうとうとと船を漕いでいる。確かに
昨夜は結局一睡も出来なかったから眠いんだろうけど、それにしても。

そう言えば、楽屋が別だからよく分からないけど、紺野さんもあまり気にせずに
いつも通りなんだろうか。私はちょっと二人のマイペースな性格がうらやましく
感じた。こう見えて私は意外に神経質なのだ。

それでも、思いきりのいいところもある。私はごちゃごちゃと考えが纏まらない
まま、周りの誰も見ていないのを確認するとそろそろとさゆの方へ近付いて
行った。

9 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時11分55秒

「ね、さゆ」
「……あ、れいな、おはよう……」
眠そうに目を擦りながら言う。私は小声で、耳元に口を寄せて、
「あんね、私欲しいモノがあるんだけど」
「……うん」
まだ片足を夢の中に突っ込んでいるようすで、ぼんやりと頷く。
「今履いてるクツ、けっこう古くなっちゃったから新しいの欲しいなー。
白いラバーソールがいいんだけど……盗ってきてくれない?」
「んー……」

寝惚けたままこくこくと頷く。オーケーということなのかただ眠いだけなのか
よく分からないけど、小声で念を押しておく。
「お願い。約束だよ」
「うん……約束……」

さゆが鸚鵡返しするのとほぼ同時に、扉があいてぞろぞろと重役出勤の先輩たちが
しゃべりながら入ってきた。私はすっとさゆの側から離れると、慌てて挨拶を
かわした。人の気配から、ようやくさゆも目を覚ましたようだった。

はたしてさっきの約束を覚えていてくれるだろうか。相変わらず気の抜けた
ような表情で目を泳がせているさゆを横目で見ながら、ちょっと心配になった。

10 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時12分39秒





それから一ヶ月後。
私は一本何千円もするらしいやたら長い葉巻をくゆらせながら、自分の倍くらい
ある革張りの椅子に身を埋めて、なんともなしに部屋を見渡してみた。

さゆは、私の頼むものをなんでも盗って来てくれた。紺野さんを攫ったときと
同じように、どこからどうやって手に入れてくるのかは分からないけど、私が
夜中に遊びに出かけて、家に戻ると必ずさゆがいた。私が頼んだものと一緒に。

約束したもん、とさゆはいつもそう言った。そして、私が嬉しそうな顔をすると
さゆもすごく嬉しそうな顔で見つめ返してくれた。普段からなに考えてるのか
さっぱり分からない彼女だけど、こういう表情は好きだった。

特に欲しいモノなんてなかった私だけど、さゆがなんでも盗ってきてくれるのが
面白くて、適当なカタログから高そうな品物を片っ端から盗らせてみた。
さほど広くはないマンションの一室を埋め尽くしている高級品の数々はその結果だ。

11 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時13分08秒
壁一面に聳えているサイドボードを見て、一体どうやってこんな巨大なものを
ここまで持ち込んだのだろう、と考えてみるが、当然分かるはずもなかった。
なにしろ当のさゆ本人が分かっていないのだ。その他、この部屋にあるものと
いえば、薄っぺらく壁に張り付いたテレビであったり、接続がめんどくさい
スピーカーの数々だったり、おしゃれなのかなんなのか分からないクローゼットに
ならんでいるブランドの洋服やら一度も身につけずに無造作に放り込んである
宝飾品だったりとか、ずらりと並んだ高級洋酒の色鮮やかさだったりとか……
私は酒は苦手だから口は付けてないんだけど。

以前事務所で見かけた社長だか会長だかの顔を思い出して、ああいう偉いさん方も
こんな部屋にすんでご満悦の表情で葉巻をくゆらせたりしてるのかな、と思う。
そう考えるとなんともバカみたいだ。手に入れてはじめて、どうでもいいような
ガラクタだって気付いてどうしようっていうんだろう。あるいはずっと気付かずに
自分を騙し続けてるのかもしれない。それはそれでもっとバカだ。

全身を包むように受け止めてくれるこの椅子の柔らかさだけは、他のガラクタとは
違い、気に入っていた。


12 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時13分52秒





「あれ? こっちに紺野来てない?」
さくら組の衣装を着た矢口さんが、私たちの楽屋に顔を出した。小川さんは
矢口さんのほうを見ると、ぽかんと口を開けたまま、
「やー、来てないっすよ」
「おかしいなあ。さっきトイレ行くって出てったっきり、戻ってこないんだよ」

私はなんともなしにさゆのほうへ視線を向けた。彼女は、汗照ってる矢口さんの
ことを不思議そうな表情で見つめている。
「辻加護みたいに下らないいたずらなんてしないだろうし……」
ブツブツと言いながら楽屋を訝しげに見回している矢口に、飯田さんが鏡に
向かったまま呑気な口調で言った。
「さっき石川がトイレ行くっていってたからそこで」

そう言いかけたとき、扉の側にいた矢口さんを跳ね飛ばすような勢いで石川さんが
駆け戻ってきた。荒い息を吐いて、ひどく混乱している様子だった。
「い、いま、あっちの、トイレに行く途中の廊下で紺野が、……」
「なんだなんだおい、どうしたよ」
ぶつかられて苛ついている様子で矢口さんが問いつめた。
「なんかいきなり、変な影みたいなのが出て来て、さら、攫われ」
「はぁ?」
「攫われたって?」
石川さんの尋常ではない調子に、ばらばらに時間を潰していたメンバー達も
心配げな様子で寄り集まってくる。

13 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時14分19秒
が、私はじっとさゆのことを見つめ続けていた。石川さんが口にした、攫う、と
いう言葉は、否応なくあの時のタクシーでの会話を思い出させた。

さゆは、あれこれと議論を始めているメンバー達を、まるで珍しい動物でも見る
ような目で、呆気に取られたように見つめていた。私の視線にもまるで気付いて
いない様子だった。

私は喉元まで出かかった言葉を、そんなさゆの表情を見てまた飲み込んだ。
今ここで何を言っても、いたずらにみなを混乱させるだけだろうし、以前にも
言っていたようにさゆ本人はなにも分かっていないんだ。

ただなんとなく、紺野さんは二度とこちらの世界には帰ってこられないような、
そんな気がした。根拠なんかなかったけど。

14 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時15分05秒




夜を貼り付けた透明なガラスに映った自分と向かい合いながら、興味もない雑誌を
読む振りをして、なんとか考えを纏めようとした。

仕事を終えてマンションに戻ると、見慣れているはずなのに妙に懐かしい、
がらんとして殺風景な部屋が拡がっていた。予想はしていたものの、やはり
釈然とはしなかった。

もともと意味もなくランダムにさゆに示しただけのものだからなくなてもそんなに
残念ではなかったけど、はじめに貰ったクツとお気に入りの椅子くらいは残って
いて欲しかったと思った。

ガラスの中で雑誌を広げている自分を見ながら、私は石川さんが言っていた影と
いう言葉を思い出した。ガラスの中で向かい合っているのは、ほんの少し過去の
私で、私の見ることの出来ない未来の影と同じように、無数の自分が薄膜のように
重なり合ってるというような、確かそんな話をどこかで聞いたことがある。

そして多分、さゆにはそれを見て、盗ってくるような力があるんだ。自覚はして
ないのだろうけど、薄膜を一枚剥がすようにして、ある静止した時間の一枚を
剥がして私の部屋まで持ってきてくれていたんだろう。その時間というのが、
今日紺野さんが攫われ、見てはいないけど私の部屋がからっぽになった瞬間
だったんだ。でも、一カ所でも剥がした途端に、影はどこにも映らなくなって、
見えなくなってしまう。……

理解というにはほど遠い解釈だったけど、自分としては少し満足出来た。珍しく
頭を使ったので、ちょっと気分が悪くなった。

15 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時15分36秒
タバコとペットボトルの入ったビニール袋をぶら下げて部屋に戻ると、がらんとした
部屋の真ん中にさゆがちょこんと座っていた。私は驚いて目を見開くと、思わず
睨み付けてしまう。

「えっ、なんで……」
「れいな、さゆのこと好き?」
ゆっくりと立ち上がりながら真顔でそんなことを言う。私はどぎまぎしながら、
何と返すべきなのか分からずに唇を噛んだ。

「さゆはれいなのこと好きだよ。だから、いっぱいいろんなもの攫ってきて
あげたんだから」
「でも……」
無意識に後じさりをしていたようで、壁にアタマをぶつけた。ビニール袋が床に
落ちて中身が転がり出た。

「今度は、れいながさゆにお返ししてくれる番だよ?」
「え、と、それは……」
顎が震えて、うまく言葉が出てこない。

いつも通りのさゆだったのに、それがうっすらとした影のように見えていたのは
気のせいだろうか。

「だからね、夜になったから、今度はれいなを攫いに来たよ」


16 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時16分22秒

17 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時16分31秒
18 名前:46 泥棒ごっこ 投稿日:2003年09月22日(月)19時16分41秒

Converted by dat2html.pl 1.0