インデックス / 過去ログ倉庫

43 夜が来たらレッツラゴー

1 名前:43夜が来たらレッツラゴー 投稿日:2003年09月21日(日)20時46分59秒
43夜が来たらレッツラゴー
2 名前:43夜が来たらレッツラゴー 投稿日:2003年09月21日(日)20時48分01秒
「じゃあ、夜が来たら紺野を攫いに行くよ」
3 名前:43夜が来たらレッツラゴー 投稿日:2003年09月21日(日)20時48分54秒
 愛ちゃんが突然立ちあがると、握りこぶしを作って高らかに宣言した。細い腕にぽっこり力こぶを作ってる。あれは、そうとう力こめているんじゃないのかな。
「えっ?」
「はっ?」
 里沙ちゃんとあたしの二人は、同時に気の抜けなリアクションをして、お互いに顔を見合わせた。
「えっと愛ちゃん? もしもし?」
 里沙ちゃんは窓の遠くを見つめて自分の世界に浸っちゃってる愛ちゃんの目の前で両手をひらひらさせた。でも愛ちゃんは微動だにしない。
「あのさ、紺野ってあの……もしかしたらあさ美ちゃんのこと、だよね?」
 あたしは確認するように、愛ちゃんに聞いた。愛ちゃんはものすごい勢いでこちらを振りかえった。びっくりした。
「ほうや! 紺野があさ美ちゃんのことやなくてなんやの!」
 なんやの、と言われても……なんでしょう? あたしは助けを求めるように里沙ちゃんを見る。里沙ちゃんは、太い眉毛を思いっきり寄せて困った表情になってていた。あたしたちは合わせたわけでもないのに、二人同時で大きなため息をついた。
4 名前:43夜が来たらレッツラゴー 投稿日:2003年09月21日(日)20時49分42秒
 ここは姫路のホテル。あたしたち3人は和室に座布団だけ並べて車座になっていた。車座ってのは、要するに内に向かい合って輪っかになって座ることなんだけれども。愛ちゃんにつられて、里沙ちゃんもあたしも立ちあがっちゃってる。
 足元に並べられた座布団は4つ。体温のぬくもりが残ってないのは、たったひとつ。あさ美ちゃんだけここにいない。一人だけ家族と人と一緒に別の部屋に泊まってる。

 ――ほんの5日前、10月16日の火曜日、あさ美ちゃんは大きな怪我をした。側溝に落ちて右膝の上をざっくり切って、12針も縫ってしまったのだ。
 あさ美ちゃんは、あたしのとなりにいて、血がどんどん流れているのに困ったように笑って「あらー」とだけ言った。まるでボイスレッスンで楽譜を忘れてきちゃった時よりも全然大したことないみたいだった。傷痕は皮がびらっとめくれて――ごめん、これ以上、思い出せない。思い出したくない。思い出しただけで涙出そう。
 騒然となって近寄ってきたスタッフたちによってたかって抱っこされて、あさ美ちゃんは連れていかれた。そのあとマネージャーさんの車で病院に行った。
 実際あさ美ちゃんが、治療が済んで右脚に真っ白い包帯を巻いて「いやー、ごめいわくおかけしましたー」なんて、なにごともなかったかのように戻ってくるまで、あたしも愛ちゃんも里沙ちゃんも三人揃ってびーびー泣いちゃってたんだ――
5 名前:43夜が来たらレッツラゴー 投稿日:2003年09月21日(日)20時50分11秒
「あのさ、愛ちゃん。あたしたち今日さあ、おっきな仕事あるよね?」
 里沙ちゃんが腰に手をあてて、びしっと人差し指をつきつける。
「ほーや?」
「――んで、仕事は9時に終わるよね?」
「うん。夜やよ」
「――夜やよ、って、それからどうするのよ?」
「紺野あさ美を攫いにいく!」
「――っ。誰が?」
「うちらがの。みんなで」
「――どうやって」
「それを今からみんなで考えようかなって」
 愛ちゃんが答えるたびに里沙ちゃんの眉間の皺がいっこずつ増えていくみたいだった。しまいには里沙ちゃん頭を抱えて、あたしのほうをすがるような目で見た。
「――も〜、まこっちゃんも何か言ってよ〜」
「……愛ちゃんの話も、里沙ちゃんの話も、全っ然見えないんだけれども……」
 えへへって曖昧に笑って、頬をぽりぽりかいてみる。今度は愛ちゃんと里沙ちゃんが二人でがっくり肩を落とす番だった。
 え、えっと、あたしなんかいけないこと、したかな……。
6 名前:43夜が来たらレッツラゴー 投稿日:2003年09月21日(日)20時50分40秒
 愛ちゃんは熱弁をふるった。場所は結構近いのに新潟と福井はかなり言葉が違うんだなってしみじみ思った。つまり、その、けっこう訛りキツくて、言ってることの7割ぐらいしかわからなかったんだけれども。落ち付いているときはそうでもないけど、エキサイトしてるときは英語のヒアリングよりも難しい。
「つまり、あれかな? 愛ちゃんはさあ、うちらみんなで……その」
 里沙ちゃんがちらりとあたしを見る。あたしも頷いて、その先を続けた。
「平たく言うと、あさ美ちゃんと一緒に遊びに行こうってこと?」
「ほやの」
 愛ちゃんはズっと音を立てて緑茶をすすった。
 窓の外では、群がる雀の声がやけに綺麗に聞こえた。
「……」
「……」
「あれっ、どうしたの、二人とも怖い顔して……」
「ううん、べつに……」
「ちょっとね。初ライヴ前の貴重な休み時間を、翻訳に費やすことになるとは思ってなかったかなあ、なんて。ねえ? あはは……」
「あっはっは」
 力が抜けたように笑った里沙ちゃんに、ヤケクソ気味で笑うあたし。
「? あはは」
 愛ちゃんもなんだか笑いだして、よくわからないまま、3人で笑った。
7 名前:43夜が来たらレッツラゴー 投稿日:2003年09月21日(日)20時51分04秒
 昼間は小雨だったのに、夜になると一際雨が激しくなった。ステージの床の滑りが異常に良い。この床と衣装のブーツとの相性は、かなり悪い。雨の野外ライヴは危険だ。あたしも3回もこけたけど、靴紐がほどけていた石川さんに比べるとかなりマシだった。何人も何度となくこけまくりるものだから、最初に転んだときの焦りもすっかりどこかに消えちゃって、痛いというよりもなんだか面白くて仕方なかった。
 1人1人の挨拶のときの声援は、先輩たちへのそれに比べるととても小さかった。歓迎されているのかいないのか、ちょっと微妙で、少しだけ怖くなった。だけど、包帯を巻いて挨拶だけにちらっと出て来たあさ美ちゃんのところで一際大きな拍手が起きて、また目頭が熱くなった。
 あさ美ちゃんが悔しそうに、ステージに出れないことを詫びる。
 いいのに。もういいのに。誰も責めてないのに。
 隣を見ると、愛ちゃんも少し目をこすっていて、目が合うとニッって笑った。
「今泣いてたやろ?」
「泣いてないって。愛ちゃんこそ」
「泣いとりゃせんもん」
 雨が降っていて良かったかなって、今日はじめて思った。
8 名前:43夜が来たらレッツラゴー 投稿日:2003年09月21日(日)20時51分27秒
 10月21日23時集合の集合時刻。みんなでホテルのロビーに集まって、あさ美ちゃんを携帯で呼び出した。同じホテルだったから、すぐに来る。あたしたち3人の真ん中にあるものを見て驚いたように呟いた。
「えっと。これ、なにかな?」
「車椅子!」
 三人で声を揃えて答えると、あさ美ちゃんは慌てて両手を振った。
「えっ、いいよぉ。必要ないって」
「いいからいいから。座って座って」
「ホテルに供えてあったの。最近のホテルってホント便利だよねえ」
「親切っていうか、あの、これ外乗ってってもいいの?」
「気にしない、気にしない。いいから座って」
 三人でニコニコしながら「いや気になるし」というあさ美ちゃんを無理矢理車椅子に座らせる。愛ちゃんはニコッって笑ってホテルの外を指差した。
「よーし! レッツラゴー!」
「愛ちゃんそれ何語?」
 里沙ちゃんのツッコミに笑いながら、車椅子を勢いよく押した。 
 笑いながら、この夜がいつまでも続けばいいのにって思った。
 闇の中に青白く浮かび上がった白鷺城は、とても綺麗だった。
9 名前:43夜が来たらレッツラゴー 投稿日:2003年09月21日(日)20時51分39秒
10 名前:43夜が来たらレッツラゴー 投稿日:2003年09月21日(日)20時51分56秒
o
11 名前:43夜が来たらレッツラゴー 投稿日:2003年09月21日(日)20時52分09秒

Converted by dat2html.pl 1.0