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41 そして、くりかえす

1 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時47分09秒
41 そして、くりかえす
2 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時47分52秒
「じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ」
3 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時48分26秒
飯田さんがそうかけ声をあげると、手下役の田中たちが「おー」とそれにこたえる。
「そうはさせないぞ!」
交番のセットから飛び出してきたヨッスィーがさけぶ。中澤さんと矢口さんもそれに続き、セット全体をつかった追いかけっこがはじまる。

私はカメラの後ろでそのやりとりをながめている。

うんざりだ。
本当に、心底、うんざりだ。

目の前の追いかけっこが架橋に入った。
ヨッスィーが警棒を振り上げる。そう、そして彼女はこのあと大きく足をすべらせて転ぶのだ。立ち上がったときに言う言葉は、いつもの男の子みたいな口調で「いってー」。スタッフから笑いが起こり、撮影はストップせずにそのまま流される。

ため息をついた。
もううんざりなんだよ。
4 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時48分59秒
私はきびすを返すとスタジオの出口へと向かう。
ドアに手をかけたところで――、ドタンという大きな音。

「いってー!」
スタッフの笑い声がそれに続く。

振り返るまでもない。
私はドアを開け、そのまま廊下へと出た。

私――藤本美貴が、この異常な状況におちいったのは、覚えているかぎりで26日前。最初はいったい何が起こっているのかまったく理解できなかった。
昨日起こったことが、今日もまた起きている。同じシチュエーションで、誰もが同じことをしゃべる。
デジャヴ、既視感、そんな生やさしいものじゃない。まったく同じなのだ。新聞の日付も、テレビで放送されるニュースも。何もかもが。

私は今日というこの一日を何度も繰り返している。
そのことを理解し、納得するのに3日近くかかった。3日っていうのもおかしいな言い方かもしれないけど。
5 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時49分32秒
夜の0時をすぎると私は意識を失い、その日の朝の、ベッドの上で目をさます。そしてまた0時になり意識を失う。目が覚める。その繰り返し。

今思えば最初のころは、私も無邪気だった。
繰り返している。自分がしたことがすべてリセットされる。そうわかると、なんでもできるような気がした。何をやっても許される。何をしてもゼロにもどる。毎日の重しから解放されたような気分だった。

そして私は思いつくかぎりのことをした。

仕事を放り出して遊びに行く、なんてことは序の口で、仕事場に行っていきなり石川梨華をひっぱたいたり、口やかましいマネージャーの頭をヨッスィーからうばった警棒で殴りつけたり。
最終的には笑っていいともに素っ裸で乱入するところまでいった。そのころにはもう私も自暴自棄になってたんだと思う。

何をしてもリセットされる。かわらないということは、何をしようが私に明日はやって来ないということなんだ。
6 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時49分59秒
私は絶望し、しだいにあきらめていった。
毎日毎日、同じことを繰り返すようになった。なるべく最初の、一番はじめの日と同じになるように、私は行動するようになった。
今日もそうだ。

スタジオを出ると、私はまっすぐ控え室にもどった。
私の出番まではまだ少し時間がある。あの日もスタジオへ収録の進行ぐあいを見に行ったあと控え室にもどり、お菓子を食べてだらだらとすごした。だから今の私も同じようにする。同じものを食べるのにはもうなれた。

そのあとも台本どおりに私は今日をこなしていった。
終日ハロモニの収録で、すべてが終わるともう夜の9時を少し回っていた。

タクシーを用意してもらってそれに乗り込む。このまま家に到着し、てきとうに時間を潰して寝ればそれで今日は終わる。
そしてたぶん私に明日はやって来ないだろう。
7 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時50分28秒
ぼんやりと窓から車の外を見ていた。
私は滑車に入れられたハムスターと同じだ。
カラカラと同じ場所で同じ道をかけているだけ。何かを考える必要も、自分の意思を持つ必要もない。ただ機械的に動けばいい。それだけなんだ。

じゃあ、死ねばいったいどうなるんだろう?
何度も考えたことだが、それを実行する勇気が私にはなかった。
何より、死んでしまったらこのループ自体が終わってしまうような、そんな予感めいたものがあった。

死んではダメだ。
それだけは、ダメなんだ。

窓の外を見るのをやめた。
私の中で、私がどんどん小さくなっていく。
8 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時51分04秒
ベッドの中で目がさめた。
時計を見るとまだ6時前だ。けれどここでも台本があって、私は二度寝をすることになっている。8時すぎにかかってくるマネージャーからの電話で起きれば十分仕事には間に合うのだ。
私はまた眠りに落ち、そしてかわらない一日がはじまる。

それからさらに数日が経った。
もちろん依然として私に明日はやって来ない。
私の中の私はもうほんのわずかな存在になってしまっていた。

その日も私はいつもどおりにスタジオ入りし、同じ仕事をこなしていた。
そしてまた、収録の進行状況を確認しようとスタジオへと向かった。その途中、曲がり角で人とぶつかった。

「あれ?」と思う。
ここで人とぶつかるなんて台本になかったはずだ。
私はあわててその人の顔を見た。
9 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時51分29秒
その人はこちらを気にもとめずに行ってしまう。私は動けないでいた。その横顔に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない。

私とぶつかった相手、あれは――、あれは間違いなく私だった。

あわてて立ち上がると、私は彼女のあとを追った。
私がいる。
私がもう一人いる。

いったいどういうことなんだろう?
頭の中でバチバチと何かがスパークする。

わかりかけているんだ。
謎がとけかけてるんだ。

鼓動がはやまる。
もう少しで何もかもがわかりそうな、――そんな予感。

「あっ!」
私は思わず立ち止まった。
10 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時51分52秒
そうか、そういうことなんだ。
頭の中でパズルが完成する。

あれが、前を行く彼女が、本当の私だったんだ。

私は理解する。
私は同じところをぐるぐると、滑車に入れられたハムスターのように回り、繰り返していた。
それはなぜか?
それは、本当の私が今の私に追いつくのを、待っていたからなんだ。

私は現在を繰り返していたんじゃない。
未来を繰り返していたんだ。

だとすると?
そう、私と彼女がひとつになれば、私はこの地獄の日々から解放されるはずだ。
きっとそうなんだ。

私はいてもたってもいられず、彼女を追ってかけ出した。
彼女の姿がハロモニの収録をしているスタジオの中に消える。
あわてて私もドアノブに手をかけた。
11 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時54分32秒
ドアを開く。
遠くにコント用の街のセットがあり、そこだけがライトに照らされている。その中にメンバーがいて、彼女たちを撮っているカメラがあり、その手前にディレクターさんやスタッフさんがいる。そして、さらにその手前、そこに私が立っていた。

「ねえ」
声をかける。
ハッとして彼女が振り返った。

こちらからでは逆光で表情まではわからなかったが、たぶん驚いているのだろう。当たり前だ。自分がもう一人いるんだから。
さあ、ここからが大変だ。どう話せばわかってくれるだろうか?

私があれこれ考えていると、彼女は突然こちらへ体ごとぶつかってきた。わけもわからず私が尻もちをついているうちに、彼女は廊下へと走って出て行ってしまった。
失敗した。
そういえば私はドッペルゲンガーの話しも、それにまつわる伝説も知ってたんだっけ。
12 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時54分53秒
すぐに立ち上がると私も廊下へとかけ出る。
彼女の背中を見つけると、そのあとを追った。

スタッフをよけながらの全力疾走。
私がバテはじめたころ、当然、彼女もバテてたのだろう、女子トイレへと逃げ込んだ。

トイレには私と彼女以外に人の姿はなかった。
奥の壁ぎわに立つ彼女の顔は、引きつっていた。われながらひどいもんだ。
私はとにかく話し合おうと、できるかぎりの笑みを浮かべる。

「ねえ、ちょっと驚くだろうけどさ、話しきいてよ」
「こないで!」
バテてかすれた声で彼女が言う。
私はラチがあかないと、ずんずん歩いて彼女のほんの数十センチ前に立った。

「……お、お願い、こ、殺さないで」
「いや、そんなつもりはぜんぜんないし」
13 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時55分15秒
私と彼女、二人が一人になる方法。
私はそれがなんとなくわかっていた。映画なんかでもある。タイムマシーン、時間移動。同じ人物が同じ空間にいてはいけない。ふれあうと世界が終わる。そういう説だ。

けれど、それは違うんだと思う。
二人がふれあえば、ひとつになる。一人になる。そして私は私になり、この地獄から解放されるんだ。
今だからこそ確信できる。

「来ないで!」
「いやだからだいじょうぶ――」
彼女が最後のあがきで放ったこぶしが、私の肩のあたりに当たった。

――え?

彼女の素手のこぶしが、私のノースリーブで露出した素肌の肩に当たった。
二人がふれあった。接触した。
なのに――、

「なんで……」

私は一人にならない。ひとつにならない。
こんなのおかしい。絶対におかしい。
14 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時55分32秒
「なんでだよ!」
彼女の胸ぐらをつかんだ。
「ヒッ」と息をのむ彼女を、そのまま壁にたたきつけた。
私の中で何かが爆発する。

「なんでひとつになんねぇんだよ!」
「いや……、殺さないで……」

苛立った。何もかもに。

「はあ? 意味わかんねえよ、なんだよそれ!」

私はさけぶと彼女のほほを思い切り殴りつけた。
こぶしににぶい痛みが走る。けれどそんなことは関係ない。
倒れ込んだ彼女に馬乗りになると、私は続けざまにその顔を殴りつけた。

ゴッ、ゴッ、ゴッ。

起きあがろうとする彼女の後頭部が、私のこぶしが当たるたびに、トイレの床に打ちつけられる。その音が響く。私の頭の中に反響する。
そしてそれはひとつの言葉に収束する。私はそれを口ずさむ。

「死ね、死ね、死ね……」
15 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時55分53秒
お前なんか死ね、死んじゃえ!
お前が死ねば私は一人に、本当の私になれるんだ。
本当の私になってここから出るんだ。

彼女が抵抗しなくなった。
私はその手をひらき、ゆっくりと彼女の首へまわす。
――細い首。

両手に力を込めた。
「キュッ」と彼女ののど笛が鳴った。

最後にびくんと一度はねたあと、彼女は死んだ。
手を放すと、私が絞めていた部分が青黒く残っていた。
そのまま私は壁ぎわまでふらふらと歩き、背中が当たると座り込んだ。

自分のする呼吸音が今になってようやく聞こえてくる。
体中にじっとりと汗をかいていた。
16 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時56分21秒
死体に変化が起こったのはちょうどそのときだった。
ぼうっとからだ全体が輝きだし、それはしだいに強まり、まばゆく光りはじめた。

耳鳴りがする。
かざした手のすき間からなんとか状況を見る。
手の甲から血の臭いがした。

その光りは最後の一瞬に閃光を残して、何ごともなかったように消えてしまった。
ほんの数十秒の出来事。そのあとには彼女の死体などどこにもなかった。血の跡さえもない。
ただ私の手にはまだべっとりと血はついていたし、むせるような臭いも残っていた。

でもそんなことはどうでもいい。

「イェイ!」
私はパチンと手のひらを合わせて鳴らすと、鏡に向かってピースサインをした。痛くて二本指がガタガタと震えたが、そんなことは関係ない。私は本当の私になれたんだから。

私は本当の私になった。勝ち取った。
繰り返さなくてもいい。これでもう自由だ。これでこんなクソ、クソ、クソくだらない地獄は終わりなんだ。あはは、さまあみろ!
17 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時56分40秒
私は痛む手をおしてその日の仕事を完璧にこなした。いつも以上のテンションで、完璧にこなした。仕事が楽しくてしかたがなかった。

家に帰るとどっと疲れが出てすぐに寝てしまったが、その分、朝早くに目がさめた。けど、ちょうどいい。私にようやくおとずれてくれた明日なのだから。

カーテンを開ける。快晴。ナイス快晴。
さっさと着替えると、意味もなくジョギングをして、シャワーを浴び、仕事場へと向かう。何もかもが新鮮だった。これが待ちに待った私の明日なのだ。

今日のお仕事は昨日に引き続きスタジオでハロモニの収録、ゲームの企画を撮る予定のはずだ。なにしろ数十日前に言われたスケジュールだから、私もあやふやにしか覚えていない。
かなりはやくに到着してしまい、ヒマだからとぐるりとスタジオの周囲をまわって時間をつぶした。
18 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時56分57秒
ようやく定時になってスタジオの建物の中に入る。今日は私は機嫌がいい。スタッフに挨拶でもしようと、そのまま控え室にはよらずスタジオへと向かった。途中、どこかのバカがぶつかってきたけど、気にしない。私は機嫌がいいのだ。

スタジオのドアを開き、閉じる。

「あれ?」

なに、――これ?

眼前に広がる光景を私はまったく理解できない。
見覚えのあるセットが組まれている。街のセットだ。
そしてそこではすでにメンバーがコントをはじめている。あれは飯田さんたちが、みんなで、追いかけっこを――。

背後でドアが開く音が聞こえた。

飯田さんが声を上げる。
19 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時57分20秒
「じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ」
20 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時57分37秒
21 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時57分55秒
22 名前:41 そして、くりかえす 投稿日:2003年09月20日(土)23時58分12秒

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