インデックス / 過去ログ倉庫
24 見慣れない一文
- 1 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時19分45秒
- 24 見慣れない一文
- 2 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時20分48秒
「じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ」
- 3 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時21分36秒
- 白い化粧台の上に随分ぶっきらぼうにその字達は並んでいた。
ここは毎週私たちが使う控え室。
私たちが使用している化粧台は横に広く、鏡も椅子も何組も並んでいる。
スケジュールと人数の関係上、入れ替わりでここを使うことになっているのだが、
たまたま私が今回一番乗りでここに来ることになった。
まさか、自分が座ろうとしていた席にこんなことが書いてあるなんて。
これは偶然だろうか、それとも……。
驚いた私がしばし考えていると、
「何これ」
辻さんと加護さんが覗き込んでできた。
- 4 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時22分18秒
- 「じゃあ夜が来たら紺野を……次のが読めないや」
「さらいにいくよ、でしょ?」
後ろから続いてやってきたのは矢口さん。
四人で鉛筆のようなもので書かれた机の上の文字を見つめる。
「さらうって紺野ちゃん攫われちゃうの?誘拐予告?」
立ったままの加護さんが心配そうに言った。
確かに、これは誘拐予告に見える。
けれどそれにしては……。私が考えを巡らそうとすると、
「んなわけないっての。加護もちょっとは考えなよ。大体さ、こんなとこに鉛筆書きで誘拐予告する?
それやって何の意味があんのさ。多分、こんなの誰かが冗談で書いたんだよ」
矢口さんが軽くあしらって、席に腰を下ろした。
「そっかあ。そうだよねえ。考えてみれば、ここって私たちしか使わないもんね」
辻さんも頷いて、私の隣りに座る。
それを見て加護さんもその隣りに座った。
- 5 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時23分01秒
- 二人の言葉を聞いて私は少し落ち着きを取り戻していた。
いきなり名指しで『紺野を攫う』と言われたから驚いたけれど、
確かにこんな誘拐予告に意味があるとは思えない。
別に気にしなくてもいいんだ。もうこんなの無視しよう。
そう心の中で自分を言い聞かせるけれど、どうしても気になって再度その文字を見返してしまった。
『 じ ゃ あ 夜 が 来 た ら 紺 野 を 攫 い に 行 く よ 』
白い机の表面の文字に近づいてじっと眺める。
すると文字は不恰好に配置されていて、どうも一人の人間が書いたものとは思えなかった。
わざと筆跡を変えて書いているのだろうか。
そうだとすると、これはもしや冗談なんかではなく、
私に向けたなんらかのメッセージと受け取るべきなんじゃないだろうか。
もしかしたら、とても重要な意味を持っているのかもしれない。
これは、誘拐予告なんかではなく、暗号なのでは……。
- 6 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時23分52秒
- 「紺野? どうした?」
変な格好をして考え込む私を変に思ったのか、矢口さんが声を掛けてきた。
「すみません、どうしても気になるんです」
「やっぱりそうだよねえ。こんな風に書かれたらそりゃ気になるって」
「はい……」
「ねえ、どうせ暇なんだしさ、もっとみんなで考えてみようよ」
辻さんの提案に、加護さんは『いいね、いいね』と言ってメモ帳とボールペンを取り出した。
クイズの答えでも探すみたいに、楽しそうに文字を書き写していく。
やがて書き終えたそのメモを見つめる三人に、私はさっき考えたことを話してみることにした。
「これって、暗号じゃないかと思うんです」
「暗号?」
「多分、辻さんの言う通り、これはメンバーの誰かが書いたものです。
けれどメンバーが私を攫うとは思えませんし、ここに書く意味もありません」
うんうん、と全員が頷いた。そして辻さんが口を開く。
- 7 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時24分40秒
- 「でも、これなんかおかしいよね。冗談にしてはちょっと変な感じする」
やっぱり何かあるのかなあ、と続けて辻さんはメモを逆さまにして首を捻った。
すると一人まだなにやらメモに書き込んでいた加護さんが顔を上げる。
驚くほど真剣な目付き。何か分かったことでもあったのだろうか。
「私たちは、とんでもない思い違いをしていたみたい。……これを見てみて」
「まず『じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ』をローマ字で書いてみるのね」
『 j y a a y o r u g a k i t a r a k o n n o w o s a r a i n i i k u y o 』
メモ帳にさらさらと文字が書き込まれていく。私たちは加護さんの確信めいた手の動きを追うだけがやっとだ。
「これを逆にすると……」
『 o y u k i i n i a r a s o w o n n o k a r a t i k a g u r o y a a y j 』
少しゆっくりと逆の文字が拾われていく。
横にどんどん広がっていく加護さんのかわいらしい文字。
- 8 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時25分40秒
- 「そしてこれを更に日本語に直すと」
『 お ゆ き い に あ ら そ を ん の か ら ち か ぐ ろ や あ y j 』
まだ私にはそれがどういう意味を成すのかは分からない。
矢口さんも辻さんも首を傾げながら、一方的に進む話についていく。
「今ちょうどアイスが食べたいから末尾に『アイスが食べたい』を加える。
すると、導き出される答えは……」
『 お ゆ き い に あ ら そ を ん の か ら ち か ぐ ろ や あ y j ア イ ス が 食 べ た い 』
「そして、最後の仕上げに意味不明な文字『おゆきいにあらそをんのからちかぐろやあyj』
これはノイズと考えられるので削除し残りの文字を取り出す。
すると出来上がる言葉は『アイスが食べたい』……
つまり!『じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ』とは『アイスが食べたい』を表す言葉だったのだ!!」
「な、なんだってーーーーー!!」
辻さんと矢口さんが一斉に同じセリフを叫んで立ち上がった。
そして加護さんと一緒になって笑い出す。
- 9 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時26分43秒
- 「どう?ねえ、どうだった?今の」
「もうね、最高!」
加護さんと辻さんは本当に楽しそうに笑い転げている。
……あれ? 分かっていないのは、私だけだろうか。
暗号の答えが『アイスが食べたい』で、それでどうして笑いになるんだろう。
加護さんがどう暗号を解読したのかは、少しついていけなかったが、
答えがそうなるということだけは理解できたのに。
「こら、辻加護! 紺野が真剣に考えてるのにMMRごっこで茶化すんじゃないの!」
笑いながら、注意する矢口さん。
「自分だってノリノリだったくせにー」
「だってノらなきゃ仕方ないだろー!?」
辻さんに指摘されて、矢口さんは少し怒る振りをしてみせてまた笑った。
なるほど。何か遊びで誤魔化されてしまった、ということか。
- 10 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時27分21秒
- でも、ローマ字に直すっていうのは考えつかなかった。
確かにコナンや金田一なんかの漫画では暗号を解くときそういうことをしていたような気がする。
『 j y a a y o r u g a k i t a r a k o n n o w o s a r a i n i i k u y o 』
机の上に置きっぱなしになっていたメモを手に取った。
ローマ字に直しただけの部分だけをじっと見て、もう一度考えてみる。
「……あ、分かりました」
さすが、私だ。分かってしまった。暗号の解き方が。
まだ確信はないが、やってみる価値はあるだろう。
いや、絶対いける。間違いない。これで合ってる。
「ねえ、何? 紺野、分かったの?」
「矢口さん、これ、途中までは合ってたんです」
さっきの加護さんよろしく、メモにボールペンを走らせていく。
「ローマ字に直すところまでは合ってるんですよ」
『 j y a a y o r u g a k i t a r a k o n n o w o s a r a i n i i k u y o 』
- 11 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時28分21秒
- 「これを見て何かに気付きませんか?」
「いや何も。 いいから早く教えてよ〜」
間髪いれずに矢口さんが返した。
やっぱりこれに気付いたのは私だけだったのか……。
さすが、私。 わたし、さすがです。
「同じ文字が二つ続くところが三つあります。これをどんどん消していくんです」
『 j y y o r u g a k i t a r a k o o w o s a r a i n k u y o 』
「また同じ文字が続くところが二つできてしまいました。これも同じように消すんです」
『 j o r u g a k i t a r a k w o s a r a i n k u y o 』
「それで、どうするの?」
「じょるがきたらくをさらいんくよ? ……そのまま読んでも意味わかんないね」
辻さんも加護さんも、次にどうするのか分からないらしい。
やっぱり私はさすがなんだ。
やれやれ、といった面持ちで私はバッグからある紙を取り出した。
- 12 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時29分19秒
- 「紺野? 何それ」
キーボードの配置が書かれている厚紙。自分で作ったものだ。
「実は今、パソコンの使い方覚えようと思ってこれ持ち歩いているんです。
見ないで打てるようになりたいので、練習してるんですよ」
「ふうん、そうなんだ」
「努力家だね。すごくエライと思う、そういうの」
「はあ、ありがとうございます……」
「それで、それで?」
辻さんが続きを促してくれたおかげで、暗号のことを話していたんだ、と思い出せた。
「いいですか。このJというキーを見てください。その横には『ま』とありますね。
これはかな入力の時に充てられる文字です。先ほどの文にこれを一字ずつ当てはめていくんです」
『 j o r u g a k i t a r a k w o s a r a i n k u y o 』
↓
『 まらすなきちのにかちすちのてらとちすちにみのなんら 』
- 13 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時29分55秒
- 「これでもさっぱり訳分からない文章だよ?」
「もうMMRごっこはナシだからね、紺野」
あんなトンデモ理論とは一緒にしないで下さい、矢口さん。
私は心の中で呟きながら、説明を続けた。
「これはアナグラムです。特別な法則に従って順番を入れ替えていくと、意味がある文章になるんです」
「その特別な法則って何なの?」
「私の勘です」
即答した私に辻さんは、少し驚いた顔をした。
きっとさすがだ、と感じているんだろう。
無理もないことだ、と私は得意になった。
- 14 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時30分43秒
- 『 まらかすなのにきちんとみちす てらにちのちちなのらす 』
「入れ替えるとこのような文章になります。更に分かりやすいようにすると……」
『 マラカスなのにきちんと満ちす 寺に血の父名乗らす 』
「つまり! 『じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ』とは
『マラカスなのにきちんと満ちす 寺に血の父名乗らす』を表す言葉だったのです!!」
「……」
三人は目を見開いたまま何も私に言おうとしなかった。
きっと先ほどの「なんだってー」の十倍くらいのリアクションが
返ってくると思っていた私は、少々拍子抜けしてしまった。
「で、でさあ、その『マラカスなのにきちんと満ちす 寺に血の父名乗らす』ってどういう意味?」
矢口さんもやっと理解してくれたのか、いい質問を投げかけてくれた。
- 15 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時31分34秒
- 「寺というのは場所ではないんです。私たちの身の周りで寺に関係深い人がいますよね……」
「! つ、つんくさんのこと? 本名、寺田だよ」
ビンゴ。
辻さん、勘が冴えてきましたね。
私はにっこりと微笑かけて、話を続けた。
「そうです。つんくさんです。
きっとつんくさんの前で私がマラカスを振ると、愛が満ちて、
つんくさんに血の繋がった父親だと名乗らせることに成功するんです!」
言い切った私に矢口さんは露骨に疲れた表情をしてみせた。
大きく息まで吐いている。
「ちょっと、それなんか変じゃない。有り得ないって……」
「ですから、この暗号文も言っているでしょう。『マラカスなのに』って。
『なのに』は『有り得ないようだが、実際そうなる』ということを差していると思いませんか?」
矢口さんはそれきり何も反論を言おうとしなかった。
完璧だ、と思った。
まさかこんな机で衝撃の事実が分かるなんて……。
ああ、恐ろしい。
自分の完璧な暗号解読能力が恐ろしくてたまらない。
辻さんなんか感心しきりで私が書いたメモを見返している。
加護さんはまだちょっと納得がいかないようだけれど、まあ仕方がないだろう。
- 16 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時32分32秒
- 暗号は解けた。早速、マラカスの調達に行かなければ。
そう思い出口に向おうとした瞬間、ドアが開いた。飯田さんだった。
「何やってんの? みんな座り込んじゃって」
もう解決はしたけれど、飯田さんにも話したかった。
このすごい暗号のことを。
「あのですね、ここに『じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ』っていう文が……」
「ん? どれどれ?」
白い台の上に這っている愛しい文字たちを飯田さんにも紹介した。
すると、その文を見た途端、飯田さんの表情が緩む。
「あ、これ書いたの私となっちだ」
「え?」
もしかして、つんくさんと私の血の繋がりはオリジナルメンバーだけの機密事項だったのか。
一瞬、驚いたが少し考えて納得した。
やはりモーニング娘。を何年も支えてきた人たちだ、と感心もした。
- 17 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時33分10秒
- 「なんで誘拐予告……、もとい暗号なんか?」
矢口さんが問い掛ける。
オリジナルメンバーの心遣いは矢口さんには伝わらなかったのか。
私はその鈍感さに苛立った。
しかし、
「やだー。別に誘拐予告でも暗号でもないんだって。これ」
飯田さんが明るく言い放つ。
『暗号じゃない』、私はその一言に固まった。
「あのね、これ文章じゃないんだよ。こうやって見ると、確かにね、文に見えるね。
『じゃあ夜が来たら紺野を攫いに来るよ』……。
偶然にしてもこんな文章になるなんてねえ。本当ごめん」
「飯田さん、どういうこと?」
「なあに、あいぼん怖い顔しちゃって。うん、そうだね、紛らわしいか。
落書きみたいなもんだから、消しておけばよかったね」
落書き。落書きみたいなもん。
飯田さんの一言一言がやけに刺激的だ。
- 18 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時34分02秒
- 「圭織、詳しくお願い」
「え? あ、分かった……」
真剣な私たちの瞳に少しだけ驚いて、飯田さんは話を始めた。
「これね、隣りになっちと座ってたときにね、ニュースの話してたの。
朝に見てきたニュースの話。それで、誘拐事件の話してたんだ。無事だといいよね、とかなんとか。
そしたらなっちがさあ、『人攫いなんて怖いよねえ』とか言うの。誘拐を人攫いっていうのがもうおかしくって。
それで、しばらくからかったのね。人攫いって今時言わないよ〜って」
飯田さんの冗長すぎる話も今は丁度よかった。
いちいち確認して、話を把握していかないと、頭が受け入れてくれないからだ。
「それからね、攫うってどういう字書くんだっけっていう話になって。
シャーペン持ち出して、二人であれこれ机に書いてたのね。でもやっぱり分からなくって。
それまで書いたやつ全部消したの。机、キレイに使わなくちゃいけないし。
それからさ『あとで紺野に聞こうよ』って話になって、それで紺野って書いたんだ。
その後ね、別の話になって、二人でどっかに食事行こうって話に行こうって話になって。
じゃあ夜が来たら、って私書いたの。ちょうど、紺野って書いた左側。
別に繋げたつもりはなかったんだけど……」
確かに白い表面には少し離れて紺野の文字が配置されていた。
けれど、他の文字もキレイには並んでいなく、
特に『紺野』の文字が浮いているという印象もない。
字自体もお世辞にも綺麗とは……。
そこまで考えて、飯田さんと目が合った。
なんとなく気まずくて目線を逸らすと、話の続きが始まる。
- 19 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時35分19秒
- 「で、なっちに聞いたの。行くでしょ?ってそしたら、なっちが『行くよ』って書いて。
その後に21:30って書いたんだよね。行くよって書いたところの左上の方に。
なっちさあ、その時右手に何か持ってたらしくて左で書いてたんだよね。だから、21:の
『:』がさあ横に伸びて『こ』みたいなかたちになって。
1と合わせると『1こ』で『に』みたいに見えちゃってるんだ。
それでさ、圭織が9時ちょうどにしない?って言ってなっち、指で30のとこ消したの」
9時にお食事の予約……。
メモに書いた文や、キーボードの配置表が頭の中で私をけたけたと笑っている。
「そこでね、亀井が来てさ、亀井の携帯新しいやつで、結構漢字とかに強いらしくて。
で、人攫いって出してもらったの。それで、『人攫いの攫いが分かったよ〜こう書くんだって』
って書いたんだ。机に。『を』もね、多分そんな感じでなっちと話してた時になんか書いちゃったんだと思う。
話してる途中にドライヤー使ったりしてたからさ、所々筆談してたんだよね。……これでいいの、矢口?」
- 20 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時36分33秒
- 話が終わって、矢口さんは額に手を当てた。
「ありがと、圭織。そんなとこだと思ったよ」
「実は加護もそう思ってたんですよお」
「え、辻はあさ美ちゃんの話、信じてた」
三者三様にあっけらかんと楽しげに会話を交していく。
飯田さんは辻さんが言った私の話とやらに興味を示したらしく、三人からその笑い話を聞きだそうとしていた。
私はただ、辻さん達の口からその話が語られるとき、『マラカス』ではなく
せめて『マスカラ』にしておいてくれはしないだろうか、とそればかりを考えていた。
- 21 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時37分03秒
- 22 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時37分54秒
< お わ り >
- 23 名前:見慣れない一文 投稿日:2003年09月16日(火)00時38分56秒
Converted by dat2html.pl 1.0