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紺色夏恋
- 1 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時40分01秒
- 23 紺色夏恋
- 2 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時45分20秒
- 「じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ」
石川さんのその一言からわたし達の計画は始まった。
「そうだよね。このままじゃあ、埒あかないし。」
柴田さんも同意する。わたしも覚悟を決めて、ふたりの顔を見回して同意の意志を目で伝えた。この瞬間にわたし達三人は、一つの目的に向かって固い意志で結ばれた同志となったのだ。
- 3 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時46分06秒
- □ ■ □ ■
「柴田さんのお兄さんって格好いいですよね・・・」
窓の外の景色を見ながら、あさ美ちゃんが柴田さんに話しかけた。
外は、もう夏の景色になっていて目に突き刺さるような太陽の光と深緑色の木々の葉の色に彩られていた。
その風景の中をサッカー部の連中が、漆黒の影を白い地面に落としてグランドを駆けている。
ひんやりとした、新聞部の部室の雰囲気と外の景色の違いが何だか別世界の様に感じられる。
「えっ。お兄さんて、あゆむの事・・・?」
柴田あゆみ先輩には二卵性双生児のお兄さんがいる。
柴田あゆむ先輩。うちらの一学年上のサッカー部所属。
この糞暑い日に、ご苦労にもグランドを駆けずり回っている物好きサッカー部。あさ美ちゃんは、グランドを走っている姿を見て先ほどの発言をしたみたいだった。
柴田さんは、あさ美ちゃんの言葉に何て答えたらいいか、しばし絶句しているみたいで「あゆむねぇ・・・」とだけ言った。
「奴はサッカー馬鹿だよ。頭ん中サッカーばっかりだから。」
柴田さんがちらっと外を見る。あゆむ先輩が、サイレント映画の出演者のように口だけをパクパクさせて何やら手振りを交えながら、回りに指示を送っているのが見えた。
「ねえ。梨華ちゃん。」
と石川さんに同意を求めた。
- 4 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時47分07秒
- 「柴田でしょ。あいつは授業中もずっと教科書を立てて、その陰でサッカー雑誌とか読んでるよね。」
散々な言われようだ。石川さんとあゆむ先輩は同じクラスなのだ。
それにしても、仮にも石川さんも女の子なのだから、せめて柴田君くらい言って上げた方がいいのにな、と思ったが口には出せない。
「そうですか、でも格好いいですよ。」
いつもは控えめなあさ美ちゃんが珍しく食い下がる。
「う〜ん。まあ、わたしに似てルックスはいいけどなぁ。紺ちゃんが期待しているような男じゃない気がするよ。紺ちゃんも、あゆむの事は小さい時から知っているから、今さら言う事じゃないけどさぁ。」
柴田さんは美人だ。
まるでルーマニアとかブルガリアとかの東欧系の血が少し入っているんじゃないかと思わせるような、くっきりとした目鼻立ちをしている。そして、笑うと二本出る前歯もリスみたいで、わたしは可愛いと思う。
あゆむ先輩も、柴田さんに似てくっきりとしたハーフっぽい顔立ちだ。背はそんなに高くないけど、わたしもあゆむ先輩は格好いいと思う。
でも、柴田さんは身近に見ているだけに、そうとは思わないみたいで
「この前もさ、あゆむが親にサッカー見たいからってスカパー入れろって交渉したんだ。衛星放送ね。で、親はそんな物は必要ないって喧嘩になってさ。うちの父親は空手3段でしょ、あゆむは親にちょっと叩かれたら半泣きになってやんの。高二にもなって泣くなよって思ったけど。」
と身内にしか言えない暴露話をニヤニヤしながらあさ美ちゃんにする。
- 5 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時49分02秒
- 二人のやり取りを側でフンフンと耳をそば立てて聞いていた石川さんが
「でもさ、紺野は柴田の事がスキになっちゃったんだ。」
とオバさんの好奇心丸出しで訊いた。そんな訊き方したら、スキなものもスキと言えないと思うのだが、石川さんにはそういうデリカシーがないらしい。
案の定、あさ美ちゃんは
「いえいえ、違いますよ〜。ただ単に、柴田先輩が格好いいな〜って。」
と顔を真っ赤にして必死になって否定する。
でも、わたしは知っているのだ。あさ美ちゃんがあゆむ先輩を好きな事を。
それも、もう10年越しの片想いであることを。
- 6 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時49分45秒
- あさ美ちゃんと柴田さんの家は、あさ美ちゃんが小学校2年生くらいまではご近所どうしだったらしい。母親が友達だった関係で、年齢や学年は互いに違うけど、三人が小学校に入る前までは本当によく連んで遊んだという話だ。
小学生になり、あゆむ先輩がサッカー少年団に入ったりすると流石にあさ美ちゃんとあゆむ先輩との交流は薄くなったけど、相変わらず柴田さんとあさ美ちゃんは学校の行き帰りや放課後は誘い合って遊ぶ関係だったとか。
そこで、あさ美ちゃんがあゆむ先輩に恋心を抱く事件が発生。
大した事件ではないが、あさ美ちゃんが語るには一目惚れだったらしい。
あゆむ先輩を一人の男として意識したとか。
(まあ、そこまで露骨な言葉では無いけど。)
よくありがちな話だが、ある日のこと、近所の悪ガキがあさ美ちゃんが持っていたオモチャだか人形だかを「俺に貸せよ。」としつこく迫ったらしい。あさ美ちゃんは「嫌っ。」と拒否したが、なおも「貸せ。貸せ。」と力任せに押してきたので、あさ美ちゃんは泣いてしまったらしい。
そこに白馬の王子、あゆむ先輩登場。
「おい。女の子を泣かすなよ。」
と言って、いじめっ子に立ち向かってくれて、見事撃退してくれたという話だ。
小さい頃の話だし、脚色や記憶違いもあるから話を割り引いて聞かねばならないだろうけども、いい話やね。
- 7 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時50分54秒
- 「もう大丈夫。」
とあゆむ先輩が振り向いた瞬間に、あさ美ちゃんはポワワと恋に落ちてしまった。
しかし、初恋は実らない物。
ほどなくして柴田先輩の一家は引っ越して行ってしまった。
引っ越しのトラックの後をいつまでもいつまでも追いかけるあさ美ちゃん。でも、子供の足では所詮は限界がある。
「手紙を書くよ。電話もするよ。きっと忘れないよ君のこと。」
と言い交わして別れる三人。
しかし、柴田さんが引っ越したのが同じ市内というのがミソで、その後も年に数回はお互いに合う機会もあったが、小学生中学生の頃は何だか異性と話すことが妙に躊躇われる時期で、よそよそしい雰囲気があさ美ちゃんとあゆむ先輩の間には流れるばかりだったらしい。
そうして、年月は流れて高校で二人は再会という訳だ。
というか、あさ美ちゃんがあゆむ先輩を追っかけて来たと言うほうが適切かも知れない。あさ美ちゃんの実力なら、もう一ランク上の学校も合格の可能性があったが、あさ美ちゃんは敢えてこの学校を選んだ。
本当ならサッカー部のマネージャーをやりたかったが、今年は募集がなかったのだ。次善の策として、柴田あゆみ先輩のいる、この新聞部に入部したという訳だ。少しでも、あゆむ先輩に近づきたいという乙女心のみが為せることであろう。
- 8 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時51分47秒
- 高校一年生の夏。
一年で最もカップルが出来やすい季節じゃないですか。
不肖、新垣里沙も微力ながら、あさ美ちゃんの恋に協力したいと思います。
「そうか。紺ちゃんはあゆむがスキなのか・・・。」
柴田さんの言葉にあさ美ちゃんは必死で否定するけど、それを手で制して
「うん。お姉さんに任しときな。うまくチャンスを作ってあげるよ。」
なんだか、独り納得したかのように柴田さんはウンウンとうなずいている。
- 9 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時52分54秒
- □ ■ □ ■
夏休みに入って新聞部の最初の集まりの時だった。夏休み明けの九月に行われる文化祭に合わせて、学校新聞を出そうという計画だったが、一学期の間は部室に集まってもお菓子を食べながら、もっぱらお喋りに費やして、結局は夏休みも集合せざる得ない羽目となった。
わたしが部室に行くと石川さんだけが原稿を書いていた。
「お早うございます。今日も暑いですね。」
外からアブラゼミのジージーという声が盛んに聞こえてくる。
「ああ。お早う。」
原稿用紙からちょっと顔を上げて、石川さんが答える。
「柴田さんとあさ美ちゃんは未だですか。」
「うん。まだみたい。ちょっと遅いね。」
そんな会話があって、わたしも自分の担当の四コマ漫画のアイデアを練ったり、ラフスケッチを描いたりしていた。
しばらくすると、バタバタと廊下を駆けてくる足音がしたかと思うと
「ねえ見て見て。これ。」
柴田さんが部室に入ってくるなり、一束のチケットをかざして、わたし達に見せた。
わたし達はいきなりの事でポカーンと柴田さんを見ていたけれども
「柴ちゃん。何それ。」
と石川さんが柴田さんの手からチケットを受け取り、表を見た。
「ふーんすごいじゃん。サマーパラダイスのフリーパス券だぁ。5枚もあるよ。」
サマーパラダイスとは近所にある、屋内プールと遊園地を組み合わせた総合レジャー施設だ。その乗り物乗り放題泳ぎ放題のフリーパスが5枚もある。
この辺りに住んでる子供のとっては、通称サマパラで一日中思い切り遊ぶというのは夏休みにやりたい事のナンバーワンの夢と言っても過言ではない。
- 10 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時54分57秒
- 「へへへ。近所の商店街のお中元セールのくじ引きで当てたんだ。」
柴田さんには珍しく、鼻の下をこすりながら感情を丸出しにして自慢していた。
「わたしと梨華ちゃん新垣ちゃんでしょ。そして紺ちゃんとあゆむの5人で行こう。梨華ちゃんと新垣ちゃんには悪いけど、紺ちゃんに協力してあげてね。」
「もちろんだよ。」
石川さんが気安く請け負う。
わたしも、もちろん協力するつもりだ。
まるでタイミングを計ったかのように、あさ美ちゃんがホヨヨンという効果音がしそうな様子で現れた。
「すみません。遅くなって。バスがなかなか来なくて、汗かいちゃいましたよ〜。」
盛んに額の汗を拭っている。
「ねえ。紺野ちゃん。突然だけど明日とか暇?」
柴田さんが単刀直入に訊いた。
「えええ。何ですか。なんだか気味がわるいなぁ。大丈夫だと思いますけど。」
あさ美ちゃんは少し戸惑い気味に答えた。
その答えを聞いて、柴田さんは一気に畳みかける。
「あのさ、サマーパラダイスのチケットがあるんだけども、みんなで行かない?乗り放題泳ぎ放題だよ。」
サマーパラダイスという言葉を聞いて、あさ美ちゃんの目が輝く。この辺りに住む子にとってはサマパラは魔法の言葉なのだ。
- 11 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時56分13秒
- 「行きます。行きます。」
ぴょんぴょんと軽くその場で飛び跳ねながら、あさ美ちゃんは喜びを体で表現していた。
「それでね・・・あさ美ちゃんには迷惑かも知れないけど、うちのあゆむにその話をしたら、絶対行くって言い出してね。あゆむが一緒について来てもいいよね?」
柴田さんはあさ美ちゃんの反応を探るように、目の奥をのぞき込むようにした。
言うまでもなく、あゆむ先輩を誘ったのは柴田さんの方からであろう。
あさ美ちゃんは、意外な申し出に動揺してしまったみたいだけれども
「大丈夫です。全然気にしてないです。大丈夫です。」
と周りの誰もが(大丈夫じゃないだろ。)と突っ込みたくなるほどの慌てぶりを見せて返事した。
その日の一日のあさ美ちゃんの様子は何か見ていて可笑しくなるほどだった。
鼻歌をずっと歌っていたり、普段なら滅多に言わない下らないオヤジギャクというか駄洒落を飛ばしてみたり、おやつのお菓子の量も何故か今日は控えめだ。
石川さんが確信犯的に
「ねえ紺野。この新製品は美味しいよ。いつもみたいに、どんどん食べなよ。」と無理矢理勧めても
「あっ。ありがとうございます。でも今日は、何だか食べる気がしないんですよね。」
などと断っていた。今日一日お菓子を控えてダイエットしたところで効果がある訳はないのに、やらずにいられないのが恋する乙女心なのだろうか。
- 12 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時57分34秒
- 当日の朝、集合場所に現れたあさ美ちゃんを見た、石川さんとわたしは口には出さないが(気合い入っているな〜)と半ば感心、半ばあっけに取られる思いだった。
肩を出したノースリーブで裾が淡い水色の波模様が入った白のワンピースに、少しかかとの高いエナメル材質の白のサンダルを合わせてきていた。
よほど昨日の夜は丁寧にトリートメントしたのだろう。肩まで伸びた天使の輪がキラキラと輝いている髪は艶やかで、濡れ羽色の匂い立つような光を放っている。
薄く控えめなメークは、本当にあさ美ちゃんをどこかの上品なお嬢様の様に見せていた。そのくせ、ワンピースのデザインはあさ美ちゃんの最大の武器である胸の大きさを巧まずして強調しており、清楚の中にも色気を強く感じさせる。
もし、わたしが男の子なら、この姿を見た途端に陥落してしまうだろう。
「あれ、柴田さんと・・・・あゆむ先輩はまだですか。」
あさ美ちゃんが妙に落ち着きのない緊張した様子で尋ねた。
「うん。未だみたい。約束の時間までは、もう少しあるから待ってみよう。」
石川さんは、すでに好奇心で顔が緩んでいる。同じクラスの男子が、後輩の子とデートをするという場面の目撃者になれることで頭が一杯の様子だった。
(石川さん余計な事をしなきゃいいなぁ。)
という漠然とした不安を抱きつつも、柴田さんの兄妹が到着するのを待っていた。天気は晴れ。この上ないデート日和だ。
- 13 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月15日(月)23時59分42秒
- 約束の時間を五分ほど過ぎて、柴田さんが一人だけで現れて、やって来るなり
「ごめん。あゆむは来れなくなった。」
と目の前で手を合わせて謝る仕草をした。
「あの馬鹿。きのうの夜に何か悪い物でも食べたらしくて、食中毒になって吐くわ下痢するわ、まったく大変だった。」
柴田さんの目の下には怒りなのか、疲れなのか少し隈ができていた。
「そうなんですか。」
わたしがあさ美ちゃんの方をそっと盗み見すると、あさ美ちゃんはガックリと肩を落として落胆の感情を全身で表して下を向いていた。
あさ美ちゃんの心中は察して余りある。あんなに気合いを入れてきたのにね。
その日は何だか、お通夜みたいな雰囲気だった。柴田さんもあさ美ちゃんに気を遣って「また、あゆむを誘うから。チャンスはあるよ。」なんて言って慰めていたし、あさ美ちゃんも無理して笑おうとしているんだけど、どこか笑顔がぎこちないというか、引きつっているというか、心の中の感情を整理できてないのが分かって、痛々しく見える。
- 14 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月16日(火)00時00分43秒
- そんな中で石川さん一人だけが
「ねえねえ、みんなパァーと楽しくやろうよ。」
とはしゃいでいたのが救いと言えば救いだった。石川さんの脳天気な明るさは、ウザいと思うことも多いけど、こういう場面では助かる。
石川さんに引きずられるようにして、波の出るプールで泳いだり、流れのあるプールで浮き輪に乗って流されてみたり、ジェットコースターでキャーキャー騒いだりした。
言うまでも無いが、あさ美ちゃんの水着も気合いが入りまくりだった。露出はさほどでもないけど、ピンクの体のラインが割と出るタイプの水着。
「みんなで水着写真を撮ろうよ。」
そんな石川さんの言葉が出る頃には、あさ美ちゃんの顔にも笑顔がだいぶ戻ってきていた。
しかし、間が悪い時は、とことんまで間が悪いものだ。
サマパラの一件があった後も、柴田さんは何とか努力してあさ美ちゃんとあゆむ先輩を結びつけようと努力したけども、あゆむ先輩の部活がない日はあさ美ちゃんの都合が悪く、またあさ美ちゃんの都合のいい日はあゆむ先輩の都合が悪いと、まるで悪魔に取り憑かれているかのように擦れ違いの連続だった。
- 15 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月16日(火)00時01分37秒
- そのうちにあさ美ちゃんも段々と消極的な感じになってきて
「もう。いいんです。無理しなくてもいいんです。」
みたいな事を口にするようになってきた。
そうこうしているうちに、夏休みも半ばを過ぎる。
わたしたちの願いは一つ。あさ美ちゃんの初恋を成就させて上げたいということだけだ。
わたし達の住んでいる町には一つの言い伝えがある。
言い伝えと言っても、ここ最近になって出来たものだと思うが、恋人にまつわるジンクスだ。
その言い伝えとは
「花火大会の最後の落下傘花火の落下傘を二人で協力してキャッチしたカップルは固く結ばれる。」
と言うものだ。落下傘花火と言っても、かなりの大玉の中に100個近い数の落下傘が入っているし、地面に落ちてくる時は半分焼け焦げて、お世辞にも立派なものとは言えないが、その言い伝えを信じているカップルは案外多かった。
だから、カップルによる毎年の落下傘争奪戦は一種の風物詩となっていた。
- 16 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月16日(火)00時02分43秒
- 今日が、その花火大会の夜だ。
「じゃあ夜になったら紺野を攫いに行くよ。」
石川さんがわたし達の決意を確認するかの様にキッパリと断言した。今日は部活はないが、この計画のためにあさ美ちゃんを除く三人が集合していた。
「そうだよね。このままじゃ埒あかないし、強硬手段に出よう。この前に思い切ってあゆむに紺ちゃんのことを、どう思うか訊いてみたのね。サマパラで撮った写真なんかも見せて。あゆむはハッキリとは言わないけど、紺ちゃんが初恋の子っぽい雰囲気だね。けっこう気に入ってると思う。あいつはサッカー馬鹿だから、背中を押してやらないと進まないよ。やろうよ。あゆむはわたしに任せて。ふたりは紺ちゃんをお願い。」
柴田さんも凄く乗り気だった。わたしも異存はない。
しばらく額を付き合わせて、計画を練った。
- 17 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月16日(火)00時04分02秒
- あさ美ちゃんのお家のチャイムを鳴らす。
やや間があって、あさ美ちゃん本人が顔を出した。
「あさ美ちゃん。何も訊かずにわたしについて来て。」
先制パンチを送る。あさ美ちゃんに疑問を抱かしてはいけない。
考える時間を与えずに、攫わなければいけないのだ。
「そのままでいいから。」
あさ美ちゃんの手を引っ張る。
「なになに。」
あさ美ちゃんは案外と素直にわたしにされるがままについてくる。
あたりはもう夕闇の景色だ。昼の熱気が、まだそこかしこに残っており気怠いような空気が満ちていた。でも、今日は花火大会ということもあり、どこか浮き浮きとした表情をした人達の、ちょっとした人混みの中をわたしたちは進む。
「着いたよ。」
あさ美ちゃんの方を振り返ってわたしは言う。ずっと繋いでいた手が汗ばんで少し湿っていた。
「・・・ここって、石川さんのお家?」
あさ美ちゃんが予想もしてなかったという口調で訊いてきた。
「そう。」
扉を開けて、奥に向かって叫ぶ。
「石川さ〜ん。あさ美ちゃんが来ました。」
二階からけたたましい音を立てて石川さんが降りてきた。
「さあ、二階に上がって。」
あさ美ちゃんは全く訳が分からないという顔をしながらも、石川さんに言われるままに、二階の石川さんの部屋に通される。
- 18 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月16日(火)00時05分02秒
- 「一体、なんなんですか?」
あさ美ちゃんが弱々しい声で抗議するけど完全に石川さんのペースだ。
「新垣。やるよ。」
「がってんだ。」
のかけ声と共に、あさ美ちゃんの着ている物を脱がす。
「心配しなくてもいいよ。この浴衣に着替えてもらうだけだから。」
と石川さんが説得したので、案外にあさ美ちゃんの抵抗は弱い。
石川さんの差し出した浴衣は、紺の地に赤や黒の金魚が染められた涼やかなデザインの物だ。
「紺野は胸が大きいね。ちょっと油断すると前をはだけちゃうかも知れないから注意してね。」
そんなことを言いながら、鮮やかな絞りの石川さんはレモン色の帯を締める。
わたしはメイク担当だ。あさ美ちゃんの髪の毛を梳かして、長い髪をアップにまとめる。ローズピンクのリップを塗り、軽く頬に紅を差した。大きな目が生かせるように少し目の下に縁取り。
いい感じ。あさ美ちゃんはナチュラルメイクをすると生えるな。
- 19 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月16日(火)00時06分36秒
- その時、まるであさ美ちゃんの支度が出来上がるのを見計らっていたかのように、チャイムがなった。
「柴ちゃんが来たかな。」
下に様子を見に行った石川さんが、あさ美ちゃんの名を呼んだ。
わたしとあさ美ちゃんが玄関に降りていくと、柴田さんの後ろに少し緊張した表情のあゆむ先輩が立っていた。あさ美ちゃんを見て、手を腰の辺りまで挙げて挨拶する。
あさ美ちゃんが息を呑むのが隣りにいて分かった。
「なっ・・。」と言葉を出しかけて、それ以上言葉を出せないみたいだった。
「うまくやんなよ。お姉さん方ができるのはここまでだよ。」
柴田さんがあさ美ちゃんの耳元で囁き、お尻をぽんと叩いて送り出した。
「あゆむ。大事な後輩なんだから、変なことすんなよ。」
と言わなくてもいいような釘を刺すのも忘れない。
あゆむ先輩と手をさっそくつないで、夜の暗闇に消えていくあさ美ちゃんの背中は幸福感で一杯だった。
うまくいくといいな。
きっとうまくいくよ。
わたしは一仕事終えた満足感を味わっていた。
- 20 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月16日(火)00時07分41秒
- 「さあ、うちらも行くよ。」
石川さんが宣言する。
「どこへですか?」
「決まってるじゃん。二人を追跡するよ。」
「・・・追跡?」
これって良い話じゃ無いんですか?
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって諺を知っていますか。石川さん。
しかし、今の石川さんにはわたしの、そんな言葉も届かないみたいだった。
もう走り出している石川さんと柴田さんの後をわたしも追いかけていった。
- 21 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月16日(火)00時08分19秒
- 紺色
- 22 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月16日(火)00時08分59秒
- 夏恋
- 23 名前:紺色夏恋 投稿日:2003年09月16日(火)00時10分03秒
- おわり
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