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17 有言実行

1 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時25分36秒
17 有言実行
2 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時26分22秒
「じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ」
3 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時27分33秒
 このメールとしばらくにらめっこした。自分の力では無理だと悟ったわたしは、まず誰に相談するべきか迷った。
 マネージャーやつんく♂さん……にはやめておこう。なんだか変なことになっちゃいそうな気がする。
 飯田さん、安倍さん、矢口さん。どうだろう。この人たちに相談して、解決できるのだろうか。失礼だけど、ちょっとあてにならない。
 梨華ちゃん、美貴ちゃん。二人ともかき回すだけかき回しておいて、その結果を気にするタイプじゃないし、ロクなことにならないだろうからやめる。
 高橋以下の年少グループは論外。特に紺野に見せたら、わたしが何かたくらんでるだろうと思うに決まっている(信用がないのだ)。
 じゃあ、中澤さんとか保田さんは? ごっちんは? 三人とも一人で活動している。そんな人たちに余計な心配はかけられない。かと言って、わたしたちと全く関係のない人のところに行くのも危険すぎる。
4 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時28分36秒
「それで、あたしのとこに来たんだ」
「福田さんとか石黒さんとかはよく知らないもので」

 市井さんは深いため息をついた。しばらくお互いの近況を話し合った。プッチモニのことは、余りにも気まずくて話せなかった。だけど、プッチモニは絶対続けるって誓った。そう口にもした。だから、絶対実行するんだ。

「で、吉澤、何が知りたいの?」
「このメールの意味なんですけど」

 市井さんはメールの文章を紙に書き写した。それから斜線を何本もつけ加えた。

「これを見てごらん」
5 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時29分38秒
 じゃあ/夜/が/来たら/紺野/を/攫い/に/行く/よ

「何ですか、この線は?」
「言葉ってさ、それ自体では何の意味も持たないんだ。他の何かの言葉があって、それとの微妙な違いのみによって、やっと意味がつかめる」
「よくわかんないけど、さすがシンガソングライターですね」

 怖い顔でにらまれた。余計な軽口はきかないほうがいいかもしれない。

「だから、文章を切り刻まないといけない。そしてその言葉がどう、他の言葉と違うのかを分析するんだ。いくよ?」

 市井さんはわたしの返事を待たずに、一方的に話し続けた。文句を言う筋合いは当然なかった。
6 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時30分41秒
じゃあ──つまり、何かの前置きが存在する。「では、それならば」の意だから、「AならばB」のAに当たる部分がないといけない。

「でも、何もありませんよ?」
「うん、ない。前提を明かしてないから、このメールの書き手は読み手を混乱させる、あるいは置いてきぼりにすることを目的にしてるということ。そのことで心理的に優位な立場に立とうとしてるんだ」
7 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時31分32秒
夜──昼、または朝の対置語。朝・昼・夜は単にA・not Aの関係に収まらない。「夜の反対語は何?」と聞かれて、「朝」「昼」どちらも正解であり、正解ではない。朝でも昼でもない何か、というものが夜。

が──その前の語が主語であることを示す助詞である。「は」との違いは、話者の積極性の有無。

来たら──来たならば。仮定。

「つまり、どういうことなんですか?」
「太陽の光が出ていない時間に、ってこと」
「そんなこと、最初からわかってますよ」

 口をとがらせて文句を言ったら、ギロっとにらまれた。

「夜が来ることは書き手の意思によるものじゃない。それはしょうがないことだ、ということをにじませながら、それに続く文の意味するものも、話し手がしょうがなくやることなんだよ、という錯誤を読み手に起させようとする狡猾な罠だ」
「そんなのにひっかかる人がいるんですか?」

 またにらまれた。

「だから無意識に訴えてるんだよ。そして書き手の無意識の言い訳ともとれる」
8 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時32分27秒
紺野──世の中に「紺野」はいっぱいいる。「モーニング娘。の紺野」であると特定されるのは、それが同じモーニング娘。に属する吉澤にメールが送られてきたからである。つまり、文章の外に頼った語句。

「文章の外に頼るって?」
「紺野、と言えばモーニング娘。の紺野だ、という前提がここに隠されている。そんな前提が通じる世界なんか限られてるにもかかわらず。つまり、書き手の甘え、だらしなさ、やる気のなさがここに表れている」

 いや、どうして高橋でも小川でもなく紺野なんですか、と思ったのだが、反論はやめておこう。何か言ったら殴られそうだ。
9 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時33分24秒
を──次に来る動詞の目的格を表す助詞。

攫い──なぜ「さらい」ではないのか。平仮名でも十分通じるはず。「浚い」との混同はありえないから。つまり、漢字を使用することにより、己の正体から遠く離れたところへ導こうとする書き手の意図がある。

「ここが重要なところだ。このメールを送った人間は、自分の正体を隠そうとしている。逆に言えば、そんな漢字を知らなさそうだと思われてる人間が、これを送ったんだ」
「そうとも限らないでしょ。どっちとも言えないんじゃないですか?」
「いや、決定的な証拠がこの後ろにある」
10 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時34分38秒
に──動作の目的を表す助詞。この後ろに「行く」「来る」「帰る」がつく。

行く──「来る」でも「帰る」でもない。つまり、書き手は攫う対象=紺野から遠く離れた人間であることを意味する。

よ──読み手に強く言い聞かせていることを表す助詞。

「行く、つまり、元々は紺野のところにいる人間じゃないんだ。逆に紺野のいる地点から考えれば、戻ってくるでも帰るでもない、遠くから来るんだ。それから最後の『よ』は、書き手が読み手より高い立場にいる、あるいは書き手がそう思っていることを意味している」

 あくびしたら殴られた。なんだかもうどうでもよくなってきた。

「でも、『攫いに来る』とか『攫いに帰る』じゃ意味がまったく変わっちゃいますよ」
「それがどうした」
「だから……これから攫おうとしている人が『攫いに行く』って言うのは当然でしょ」

 市井さんはチッチッと、人差し指を立てて左右に振った。

「『攫いに行く』じゃない。『攫い/に/行く』だよ。語句どうしの結びつきには何の意味もない。最初に言ったろ? その語句が他の語句とどう微妙に違うのかだけが問題だって」
「でも……」
11 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時35分33秒
 まあまあ、と市井さんは意気込むわたしを制した。黙って結論を聞けよ、とドスのある声で脅された。

「このメールを誰が出したか気になるんだろ?」
「まあ、そうです」
「その人間は──モーニング娘。に何らかの形で関わった人間で、しかし、モーニング娘。の紺野に近しい人間じゃない。吉澤より立場が上、そう思っている人間だ。やたら言動が言い訳がましくて、自分勝手で、甘えがあって、そのくせ自分の逃げ道だけはしっかり作っている。そんな人間に心当たりないか?」
12 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時37分44秒
 あごに手をあてて、少し考えた。それから「ああ」と声をもらして、目の前の人を指差した。
 市井さんは自分自身を指差して、やがてゆっくりとうなずいた。「そうか」とつぶやいてから、わたしの頭を何か硬い物で殴りつけた。
 床にうずくまったわたしを置いて、市井さんはどこかへ走り去った。

 もうすぐ日が暮れる。痛む頭をおさえながら、このメールを紺野に転送しようとして、やめた。ジャマしちゃいけない。
 誰があのメールをわたしに送ったのか、なんでわたしなのかよくわからなかったけど、夜が来たら市井さんは紺野を攫いに行くんだろう。そうしなければいけないのだろう。だってメールにそう書いてあるのだから。市井さんがやるしかないのだから。
13 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時38分36秒
(0´〜(;;;
14 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時39分24秒
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15 名前:17 有言実行 投稿日:2003年09月15日(月)14時39分56秒
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