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09 bravery

1 名前:09 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時21分49秒
09 bravery
2 名前:09 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時25分34秒





 今朝、猫の死骸を踏んだ。
 今日も天気がいいなあ、気持ちのいい朝だなあ、なんて思っていると。
 ぐにゃっ、とした奇妙な感覚。
 恐る恐る足元に視線を移すと、ぺらぺらになった猫が虎の絨毯みたいな格好であたしを睨んでいた。
 次の瞬間、頭が真っ白になって。
 よく晴れた青空には似つかわしくない悲鳴を上げてから、あたしは無意識のうちに通学路を逆走してしまった。

 おかげで学校には遅刻し、さらには友人たちに格好の笑い話を提供する羽目になった。
3 名前:09 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時26分40秒

「何かさあ、まこっちゃんらしいよね」
 一時間目の後の休み時間。
 あたしが遅刻した理由をひと通り聞き出してから、愛ちゃんはそんなことを言う。
「はいはい、どうせあたしは小心者で臆病者ですよ」
「見た目はしっかりしてそうなのにねえ」
 またそんなことを言う、みたいな顔をしてみたけれど愛ちゃんはどこ吹く風、って感じで話を先に進めた。まあ、実際あたしももう慣れっこなんだけどさ。
 顔のわりには…ってよく言われる。周りの人間に言わせるとあたしの顔は「強気な顔」らしい。確かにクラス替わりの時には必ずクラス委員に推薦されるし、何かと頼ってくる子とか出て来るんだけど。
 だから本当のあたしを知った人間は、みんながっかりした顔をするのだった。勝手に想像しておいてがっかりもないもんだ。

4 名前:09 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時27分42秒

 あたしと愛ちゃんが他愛もない会話をしているその横で。
 にこにこと静かに笑っている女の子。
「ねえ、あさ美もそう思うでしょ?」
「うん、そうだね」
 愛ちゃんに柔らかく微笑むあさ美ちゃん。気が弱そうで、頼りなさそうに見える。
 けど、あたしは知ってるんだ。
 見た目のか弱い感じの中に、驚くほどの芯の強さを隠し持ってることを。
5 名前:09 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時28分29秒

 それは今年の夏休みに入る直前の出来事。
 その日の掃除当番だったあたしは、適当に掃除を終わらせてから下駄箱に向かっていた。授業自体が終わるのが遅かったから、辺りの景色はすっかり紅く染まっていて。
 だから余計に、その光景が目に付いたのだろう。
 先輩らしき女の人三人に囲まれた、あさ美ちゃんの姿が。
 あさ美ちゃんはうちらのグループの中では特に仲が良かったわけじゃなかったけど、同じグループにいることもあって、あたしは声をかけた。
「どうしたの、あさ美ちゃん?」
 あさ美ちゃんが振り向く。何だか困ってるような顔をしていた。
「もしかして友達? だったらあんたも協力してよ。うちらコレを今日中にさばかないと、結構ヤバいんだよねえ」
 学内でもかなり遊んでると噂の、その先輩が嫌な笑みを浮かべた。
 あたしは、あさ美ちゃんに声をかけたことを後悔した。

6 名前:09 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時29分14秒

 要するに「パーティー券を買ってくれ」とのこと。
 最初に心配していたほどの事態じゃなかったから、あたしは少しだけ安心した。
 2000円。そんなに高い値段じゃない。一ヶ月、大好きなかぼちゃのプリンを我慢すればいいだけの話。そう思って財布を取り出そうとしたあたしを制したのは、あさ美ちゃんだった。
「だから…さっきも言ったじゃないですか。わたしは、買いません。この子も買わないから、他を当たって下さい」
 ゆっくりした口調だけど、そこには確かな形の拒絶があった。
「カタいこと言わないでさあ。あたしたちも困ってんだよ…」
「わたしたちは買いません」
 あさ美ちゃんのことをどちらかと言えば「おどおどした子」みたいに思ってたあたしは、普段は見せない彼女の強気に目を見張る思いだった。
 凛とした表情に、夕陽の赤が挿して。
 そのあさ美ちゃんの表情に、あたしは心を奪われた。

7 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時30分30秒

 結局先輩たちは、ぶちぶちと文句を垂れながら退散していった。
 その日あたしははじめてあさ美ちゃんと一緒に帰った。
 あさ美ちゃんの勇気と。
 夕陽に照らされた綺麗な横顔と。
 あたしの弱さが、心に残った。
 
 勇気が欲しかった。
 自分の弱さを打ち消したかった。
 あたしは、あさ美ちゃんになりたいと思った。

8 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時31分40秒

 あれから特にあさ美ちゃんと親しくなったわけじゃないけど。
 依然として夏のあの日に抱いた想いは、あたしの心を支配し続けてる。
「ねえ、今日学校が終わったらカラオケ行かない?」
 ぼーっとしているといきなり、愛ちゃんの言葉が耳に入ってきた。
「え、カラオケ?」
「そうそう。里沙ものんもアイボンも呼んでさあ、みんなで行こうよ」
「ああ、いいね」
「あさ美も行くでしょ?」
 愛ちゃんがあさ美ちゃんを誘う。彼女は、ゆっくりと頷いた。
 そんな彼女の様子をみて、あたしは嬉しさで思わず跳び上がりそうになった。
9 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時32分26秒

「じゃあ夜が来たらきみを攫いに行くよ」
 今やってる月9のドラマで、主人公の男がヒロインに告白する時の決め台詞。
 こんな言葉があたしにも言えたらなあ、と思う。
 でも、猫の死骸に驚いて逃げ出すような臆病者には口が裂けても言えない台詞。
 勇気が欲しい。
 あさ美ちゃんみたいになりたい。
 欲しいものが手に入らない。
 なりたいものになれないのって、本当に辛い。
 もし、今日のカラオケの時にあさ美ちゃんにドラマの台詞が言えたら。
 言えたら、いいなあ…

10 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時33分10秒

 そんな浅はかな考えは、ボックスの中に入るとすぐに吹き飛んで。
 当たり前の話だけれど、みんなの前でそんなこと、とてもじゃないけど言えない。
 かと言って、カラオケの途中で彼女を連れ出すのも不自然な話だし。
 ましてやそんなこと、小心者のあたしには出来やしない。
 どうしてあたしっていつもこうなんだろう…そんなマイナスの意識がどうどうと巡っているうちにすっかり気分が悪くなってしまう。何かもう、カラオケどころの話じゃなかった。
 辻さんと加護さんがマイクの奪い合いをしているのを尻目に、あたしは狭苦しいボックスを出た。

11 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時33分59秒

「…どうしたの、麻琴?」
 あたしが待合室でへばってると、そんな声。
「あ、あさ美ちゃん」
 急にあたしの体はしゃきっ、ってなった。
「顔色悪いけど、大丈夫?」
「うん…それよりあさ美ちゃん」
 あさ美ちゃん。親しみを込めたものじゃなくて、少し遠慮がちな「あさ美ちゃん」。「紺野さん」じゃあまりに他人行儀だし、みんなが呼んでるような「あさ美」はあたしたちの距離感に相応しくないような気がした。
「何?」
「カラオケ、いいの?」
「私、歌あんまり得意じゃないから…」
 それで会話は途切れてしまった。ボックスから洩れ聞こえる、伴奏と歌声だけが廊下に鳴り響く。
12 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時34分41秒

「あ、あのさ。夏休み前のこと…覚えてる?」
 咄嗟に口を突いて出たのは、あたしたちが唯一共有する出来事。
 首を傾げるあさ美ちゃんを見て、焦りながら補足する。
「廊下で先輩たちに、パー券売りつけられそうになったこと。あの時、あさ美ちゃん凄かったよね」
 すると、やっと「ああ」と言った感じで彼女は眉を上げた。
「…凄かった、って?」
「だってさ、あの怖い先輩たちを言葉で追い返しちゃったじゃん。あさ美ちゃん凄く勇気があるなあ、って」
「そんなこと、ないよ」
「そんなことあるって! あたしだったら絶対断わり切れなかったもん! あたしなんかぜんぜん勇気なくってさ、だからあさ美ちゃんのこと羨ましくて…」
 どんどん言葉が熱っぽくなってゆくあたし。
 でも、あさ美ちゃんは真面目な顔をして、こんなことを言った。
「わたしだって、勇気なんて、持ってないよ」

13 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時35分43秒

 あさ美ちゃんの謙遜。
 そう思ったけれど、違ったんだ。
「麻琴。勇気って、持つものじゃなくて、作るものだと思うんだ。わたしも、小心者だし、臆病者だし。でもね、勇気を持とうって。頑張ろうって。そういう気持ちを持とうって、いつも思ってるんだ」
 真剣な眼差しであたしにそう訴えかけるあさ美ちゃん。何となく、あの暑い夏の日に彼女が見せた表情が重なった。
 ただ、それはあたしにはあまりにも眩し過ぎて。
「それはあさ美ちゃんだからだよ。あたしは、そういう気持ちを持とうって思っても、すぐにへこたれちゃう」
 それでもあさ美ちゃんは、こう言ってくれた。
「作ろうって気持ちがあれば、いつだって勇気は作れるはずだよ」

14 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時36分35秒

 もしあたしにも勇気が作れるのだとすれば。
 あの月9のような台詞がさらりと言えるはずだ。
 もしもあさ美ちゃんの言う通りならば。
 あたしの声帯からは、はっきりとした勇気が形になって現れるはずだ。
「じゃあ夜が来たらあさ美ちゃんを攫いに行くよ」
 これじゃ駄目だ。
 もし本当にあさ美ちゃんに告白するんだったら、あたし自身の言葉でその勇気を示さなきゃ、意味がないんだ。それこそみんなが気軽に使ってる「あさ美」なんて呼び方じゃなくて。
 あたしは肺の隅々まで空気が行き届くように、大きく息を吸った。ないはずの勇気が根付くように。あさ美ちゃんに少しでも、近づけるように。

 世界が、色を変える。
15 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時38分30秒





「じゃあ夜が来たら紺野を攫いに行くよ」



16 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時39分12秒
fin
17 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時40分02秒
最初の番号を間違えて09にしてしまいました
18 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時40分57秒
読者のみなさん09の作者さんごめんなさい
19 名前:10 bravery 投稿日:2003年09月14日(日)10時42分26秒
赤恥

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