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赤い軍旗を掲げ
- 1 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)18時52分30秒
- 祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらはす
奢れる者も久しからず
唯春の夜の夢のごとし
猛き者も遂には亡びぬ
偏に風の前の塵に同じ
- 2 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)18時53分21秒
- 「あたしですねぇ…ちっちゃいころ、自分の名前、好きになれへんくて」
唐突に語り出した平家に、中澤はふと視線を上げる。
「…名前が?」
怪訝そうな顔の中澤を目に、軽く笑って見せて平家は続ける。
「いやぁ、やって子供心にもどう考えたって、源氏の方がカッコええでしょ」
「あぁ…名前て、姓のことか」
「えぇ」
『源氏』という名と対照的に、敗者を連想させるその名前。
それもただの『敗者』ではない。
一度はこの世の栄華を極め、かつその横暴ぶりが世の反感を買い、
あげく源氏に『討伐』され廃れた、とされる一門。
- 3 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)18時54分15秒
- 「まぁ、そんなイメージあるわなぁ…。源氏の方には、色々派手なエピソードもあるし」
「はい。牛若丸と弁慶の話やら…」
「あぁ…それから、馬乗ったまま、崖駆け下りた、とか。なぁ…確かにカッコええわ」
中澤は苦笑しながら、その身体をソファへと投げ出す。
その右手のグラスに少し残るビールが、部屋の照明を受けてゆらゆらと光る。
「でも…最近は、そう単純な話でもないんやろなぁ、思います」
言いながら平家はビールの缶を手に取り、中澤のグラスへと注ぐ。
「ぱぁぁっ咲き誇って、んで、ぱぁぁっ散って。そんなんも、悪くはないかな、とか」
中澤の目が多少鋭くなるけれども、平家はそれを気にも留めずに続ける。
「壇ノ浦の合戦で『水ん中にも都、あるらしいですわ』とか言われて、
なんもわからんまま最後まで『平家』の人間として死なはった小さい天皇さんと」
中澤のグラスを満たすと、残りを自分のグラスに注ぎ足す。
- 4 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)18時55分09秒
- 「『平家』であることを捨てて、都から逃れてった人らと…どっちがどうなんかなぁ、とか」
「みっ…ちゃん?」
中澤が身を乗り出してきて、ソファがギシッと音を立てる。
テーブルを挟んで向かいに座る平家は、琥珀色で満たされたグラスを無言で見つめる。
「姐さん」
その平家が、ふいに顔を上げる。その視線を中澤は静かに受けとめて。
「あたしは…『都落ち』を選びます」
真顔で言い放った平家に、中澤はしばし返す言葉を失う。
「ハロプロから、離れます」
- 5 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)18時55分51秒
ゆっくりとソファから降り、床へと座りこむ中澤。その目は平家からそらされることなく。
「もちろん、都でしかできんこともいっぱいあります。
でも、都におったらできんこと…も、いっぱいあるから」
「あの場所は…あんたにとって、『都』やったんか?」
その質問には答えずにゆっくりとグラスを置く平家の曖昧な表情からは、
その心情の全てをくみ取ることは出来ないけれど。
「アホッ」
「ハァッ?…なんですの、イキナリ」
「アホや。アホやからアホゆぅとるんや、なんが悪い」
その言葉とは裏腹に、中澤の目は穏やかに笑っている。
「そんなんはなぁ…『都落ち』言わんねん。ほんま、アホたれや」
- 6 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)18時56分32秒
- まだ呆けた顔をしている平家を横目に、中澤はぐっと一息にグラスを空ける。
「どっちかっちゅうたら、『Iターン』やろ」
「Iターンて…あの脱サラとかして…」
「そ。そんで、農業とか始めてな…」
「あたし、別にカントリー入ろうとか思ってませんよ」
「わかっとるわ、アホッ」
ひとしきり笑った後に、中澤はおもむろに立ち上がり、収納を開ける。
「なぁ…源平の旗ってぇ、どっちが赤でどっちが白やったかなぁ…」
中澤の話の流れが掴めずに、平家は一瞬怪訝そうな顔をする。
「たしか、源氏が白で、平家が赤やなかったかと思いますけど…」
まだゴソゴソとやっている中澤を座ったまま振りかえり、平家は声をかける。
「姐さん?なんか酔ってはり…」
- 7 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)18時57分23秒
- だが、前触れもなく何かをかぶせられ、続きの言葉を飲みこむ。
ゆっくりと頭を出して、それが赤いバスタオルであることを平家は悟る。
平家の前にしゃがみこみそのタオルを肩にかけてやりながら、中澤は言う。
「あんたは、都を追われるわけやあれへん。あんたの新しい都を、探しに行くんやから」
その言葉を聞きながら、平家はタオルの端をぐっと握り締める。
「やから…堂々と、旗、掲げてったらええねん」
顔をあげれば、そこには中澤の優しい笑顔があって。
小柄な平家の肩から膝元にまで届くタオルに、ポツポツと水滴が落ちては染み込んで。
「ゆう…ちゃ…」
「それ、あんたにやるわ。…あたしからの、はなむけや」
「や…」
「…ん?」
- 8 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)18時58分07秒
- 「…安ッ」
「アホッ」
涙のせいで息が乱れるけれども、どうしようもなく笑いがこみ上げる。
「うそです…。大切に、します…」
今度は自らタオルを手繰り寄せ、しっかりと自分の身体を包む平家。
その泣き笑いの顔を目に、中澤はゆっくりと平家の頭をなでる。
「…切り刻んで、窓拭きに使こても構へんで?」
人が悪そうな笑みで平家をからかう中澤からは、既に先ほどまでの真剣な表情は消え。
それでもそれは、彼女なりの照れ隠しなのだと平家には思える。
「絶対せぇへん。ちゅうかもぅ、洗わんし」
「…や、洗ぉた方がええで。鼻水ついてんもん。キタナッ」
「あはっ…せやなぁ…」
- 9 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)18時58分49秒
- まだ涙の止まらない平家を、中澤はゆっくりと引き寄せて、タオルごと抱きしめる。
中澤の肩先に顔を押し付けられた格好の平家が、くぐもった声で言う。
「姐さん…鼻水、つきまっせ」
「アホッ。…構へん」
「…ありがとう」
返事の代わりに、中澤はぐっと両腕の力を強めた。
- 10 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)18時59分27秒
気の済むまで泣いたなら、その両足で立ち上がれ。
高々と、その旗を掲げて。
あなたには、その色が似合う。
- 11 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)19時00分00秒
灼熱の、赤が。
- 12 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)19時00分39秒
おわり。
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