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卒業試合
- 1 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時18分33秒
- 私がその場所に立ち会えたのは単なる偶然でした。
- 2 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時20分27秒
- 後藤さんの卒業試合の当日、加護さんがいなくなってしまったのです。加
護さんだって今更どうにもならない事は知っていたはずです。それでも卒業
試合を取りやめるように哀願する加護さん。もちろん、私だって後藤さんを
尊敬する気持ちは人一倍だと自負しています。でも、加護さんは特別なんで
す、たぶん。
- 3 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時21分14秒
- 後藤さんが困った顔で首を振ると、加護さんは控え室から飛び出して行き
ました。辻さんが慌てて追いかけました。私見ちゃったんです。加護さんが
私の脇を通り過ぎるとき、加護さん……泣いてました。
- 4 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時21分56秒
- とにかく、そんな不測の事態が発生し、偶然近くにいた私が急にセコンド
につくことになりました。後藤さんが私の名前を呼んだときの麻琴っちゃん
と里沙ちゃんの顔、ちょっと怖かった。
- 5 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時22分48秒
- 後藤さんの卒業試合です。セコンドについたのは安倍さん、飯田さん、保
田さん、吉澤さんと一流の選手ばかり。私はひどく場違いな感じがして、何
をして良いのか分からず一人オロオロしていました。タオルを渡すことまで
安倍さんにやらせてしまって……。
たぶん、安倍さんは最後に後藤さんと戦いたかったと思います。でも、ど
ちらが勝っても(と言うかどちらが負けても)事務所的に美味しくないと言
うことで、夢の対決は実現しませんでした。
- 6 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時25分10秒
- 代わりに用意されたのは、ヒール軍団「闘狂美人」との三本勝負です。後
藤さんがリングで待ちかまえていると会場の照明が落ち、禍々しい音楽と共
に闘狂美人の人たちが入場してきます。そのとき、会場から「あっ」と声が
あがりました。入場してきたのは愛ちゃん、石川さん、矢口さん、そして引
退したはずの中澤さんでした。
中澤さんは私が入団する前に引退してしまったので、これまで直接お会い
したことはありませんでした。でも、後藤さんとの因縁の対決は伝説となっ
ています。リングの向こうから後藤さんを見つめる中澤さんの顔は見入って
しまうほど美しかったけど、それは震えるほど冷たい美しさでした。
- 7 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時26分17秒
- 第一試合の対戦者がコールされたとき、会場は騒然としました。
「ブラックエンジェル、チャーミー石ぃぃ川ぁぁぁぁ!」
そうです。最初に呼ばれたのは意外にも石川さんだったのです。石川さん
の後に愛ちゃんが出ることはありません。つまり、第二試合は矢口さん、第
三試合は……。
- 8 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時26分47秒
- ゴングが鳴ると同時に石川さんの猛ラッシュです。石川さんはローキック
で後藤さんの左膝を狙います。何度も、何度も。
「ここで足を貰うわ。次以降あなたは片足で戦うのよ!」
石川さんがそう言うと、後藤さんの顔つきが変わりました。
「私の最後の試合に泥を塗るなぁ!」
後藤さんが本気で怒った顔、初めて見ました。石川さんは恐怖のためか全
然動けなくなってしまいました。後藤さんは石川さんの顎の辺りに掌打を一
発だけ見舞いました。石川さんはそれだけでダウンしました。後藤さんはフ
ォールしようともしません。ただ黙って自分のコーナーに戻ってきました。
石川さんは立ち上がろうとするのですが、前後不覚になって何度も倒れてし
まいます。レフェリーがカウントを始めました。
- 9 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時27分40秒
- 【第一試合】
○後藤真希(2分14秒 KO)チャーミー石川●
屈辱の10カウントKOを喫した石川さん。打倒後藤を切望するあまり道
を誤ってしまった石川さんを責める強さは私にはありません。でも、愛ちゃ
んに支えられながらリングを降りるその背中に後藤さんは言いました。
「ヒールならヒールの誇りを持って。自分から捨て石になる位ならプロレス
辞めなよ」
- 10 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時28分35秒
- 第二試合の選手がリングに上がります。
「空飛ぶかんしゃく玉、矢口真ぁぁ里ぃぃぃぃ!」
矢口さんは待ちきれなかったようにリングに飛び出しました。エプロンサ
イドから差し出されたマイクを矢口さんは投げ捨てました。いつもなら得意
のマイクパフォーマンスで会場を沸かせるところです。その矢口さんが何も
言わずにゴングを要求します。本気だって感じました。
- 11 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時29分08秒
- 矢口さんは試合中も終始無言でした。普段から喋らない後藤さんはともか
く、「口で殺す」とまで言われた矢口さんが一言も発しないなんて……。何故
か会場も水を打ったように静まり返りました。
試合は華麗な空中殺法の応酬でした。自分に正面から向き合った矢口さん
に対して、後藤さんは同じファイトスタイルで応じました。ウラカン・ラナ、
ローリング・セントーン、ラ・ケプラーダ、フランケンシュタイナー……。
矢口さんは一度も反則を使いませんでした。
- 12 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時29分43秒
- 【第二試合】
○後藤真希(18分55秒 体固め)矢口真里●
最後はムーンサルト・プレスでした。
「もっと早くこんな試合ができたら結果は違っていたかもね」
手を差し伸べながら後藤さんが言いました。矢口さんはその手をとって照れ
たように笑いました。
「ハハ。オイラ、不器用だから……ごっつぁんと同じでさ」
- 13 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時30分21秒
- そして……そして第三試合です。それは、私達の誰もが忘れられない試合
になりました。
「宇宙から来た刺客、マスク・ドあいぃぃぼぉぉぉぉん!」
入場口にスポットが当たり、マスク・ドあいぼんが……って覆面つけた加護
さんじゃないですか! 何で?
「加護……?」
リング上の後藤さんも混乱しているようです。
「ウチは加護やないで。お前を殺しに地獄から来たマスク・ドあいぼんや!」
宇宙から来たんじゃなかったでしょうか? いえ、そんな事より、何で加護
さんが闘狂美人のサイドに行ってしまったのでしょう。そんな疑問を残した
まま、卒業試合最後のゴングが鳴りました。
- 14 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時31分06秒
- 試合はひどく一方的なものでした。後藤さんの激しい攻撃に加護さんは手
も足も出ません。でも、フォールだけは神がかり的な力で回避します。
「もう、いい加減にしなよ」
後藤さんはマットに這いつくばった加護さんを見下ろしながら言いました。
それでも加護さんは後藤さんの脚にしがみつき、這い登りながら言いました。
「今日しか……今日しか師匠を越えるチャンスはないんや!」
加護さんが後藤さんを目標にしていたことは知っています。でも、これほど
強く思っていたとは、正直驚きました。
- 15 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時31分53秒
- 「そう……」
後藤さんは呟くと、加護さんの手を引っぱって強引に立たせました。
「あの技は!」
安倍さんが叫びました。血の気が引くサーッという音が聞こえるようでした。
そう、それは封印された後藤さんのオリジナル・フィニッシュホールド、親
友の市井さんを引退に追い込んだ超必殺技!
「轟沈ドロップ!!」
加護さんの身体を抱えて、後藤さんは天高く舞い、そして稲妻のようにリ
ングに降り立ちました。安倍さんも吉澤さんも思わず目を逸らしたようでし
た。でも、私は目が離せませんでした。何故って、それはあまりに恐ろしく、
そしてあまりに綺麗だったから……。
- 16 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時32分33秒
- 加護さんの頭が半分近くマットに埋まりました。
「担架を!! 早く!」
飯田さんが絶叫しました。吉澤さんは早くもリングに飛び込もうとします。
その腕を保田さんが掴みました。
「見なさい」
保田さんに促されて私もそちらを見ました。
- 17 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時33分28秒
- 加護さんはおぼつかない脚で立ちあがりました。自らマスクを剥ぎ取ると、
焦点の定まらぬ目で後藤さんを睨みます。そして震える手で後藤さんを指さ
しました。
「その技、確かに受けたでぇ……」
それだけ言って加護さんは再び崩れ落ちました。
後藤さんは静かに歩みより、加護さんの身体を抱え、ようやく運び込まれ
た担架にそっと横たえました。運び出される加護さんに対して会場から惜し
みない拍手が送られました。
【第三試合】
○後藤真希(6分40秒 レフェリーストップ)マスク・ドあいぼん●
- 18 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時34分20秒
- 私は後藤さんに渡す花束を持ってリングに上がりました。リング上で後藤
さんと向き合うのは、これが最初で最後でしょう。後藤さんは無表情でした。
先の試合で気力を全部使い果たしてしまったのでしょうか。花束を渡されて
も、特に感じるところはないようです。
「後藤さんは卑怯です」
私がそう言うと、後藤さんは初めて少し驚いたような顔をしました。当たり
前です。言った本人も驚いているのですから。
私のどこからそんな言葉が出たのでしょう。私のどこからそんな勇気が出
たのでしょう。
- 19 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時34分52秒
- 「私たちをこれほどまでに惹きつけておいて、手が届かないままに去ってし
まうなんて……後藤さんは卑怯です!」
私は怒っていました。でも、後でビデオを見ると何故か泣いているんですよ、
不思議なことに。
「私は去らない」
後藤さんの言葉に、会場から当惑の声があがりました。もちろん私もビック
リしました。
「私は去らない。ただ、モー女を卒業するだけ。これからはソロでやってい
く。自信があるならいつでも挑んできなよ」
は? 後藤さん、何を言っているのでしょう。ソロでプロレスなんて……
そんなのアリ?
- 20 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時35分25秒
- つまりそれは、ただひたむきにプロレスだけをやってきたプロレス馬鹿の
話でした。
そしてそれは、新しいプロレス馬鹿の誕生の話でもあるのです。
- 21 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時36分13秒
- 終わりです。
- 22 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時37分18秒
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- 23 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月23日(月)07時37分59秒
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