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DIVE
- 1 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)22時17分30秒
- 私は薄暗い階段を上り、錆ついたドアに手をかけた。
そして、ゆっくりとノブを回す。
開けた瞬間に涼しい風が吹きつけてきた。
屋上は奇麗な夕暮れに染まっていた。
「あぁ〜あ、やっぱりバレちゃったか。」
圭ちゃんは屋上のフェンスに寄りかかって、楽しそうに笑っていた。
その顔を見たら自然に顔が微笑むのが分かる。
でも探した苦労を思い出して、私は怒った演技して言った。
「もう!かなり探したんだからね!」
「そりゃ悪かったよ。」
と圭ちゃんは悪びれた様子も見せずに謝る。
わざとやっているのが分かっているのか、それとも反省する気がないのか。
きっとそんな器用じゃないから後者だと思う。
「本当にそう思ってる?ここだって思いつく前にかなり探したんだからね!」
私は圭ちゃんの横に立つと軽く睨んだ。
「さすが、3年の付き合いは伊達じゃないってとこだね。」
「まぁ・・・・そうだけどさ。」
何だか上手く丸め込まれたみたいで、少し釈然としなかった。
- 2 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)22時23分33秒
- 「それで、どうよ?」
私は圭ちゃんの言葉の意味が分からず聞き返す。
「えっ?一体何が?」
「卒業だよ、卒業。今のあんたにはそれしかないでしょ。」
「圭ちゃんってホントに毒舌だよね。」
私はあまりにストーレートな言い方に思わず苦笑する。
もう慣れたからいいんだけどさ。
圭ちゃんの毒舌にも、この手の質問にもいい加減慣れた。
両方とも慣れてるのはなんか寂しいけどね。
「後藤さん!卒業について一言お願いします。」
圭ちゃんはまるでレポーターのように詰め寄ってくる。
私も悪ノリしてそれに付き合う。
「えっと、娘に入る前からいつかは一人でやっていきたいと思ってたので、
いいチャンスかなと思ってます。」
「では一人になることに何か不安はありますか?」
「そりゃ色々不安ですよ、トークとか話せるかなぁって。それに本当に一人
でやっていけるのかなちょっと不安です。」
「これからの目標は?」
「歌っていくことはもちろんですけど、ドラマとかにも挑戦したいです。」
- 3 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)22時27分30秒
- 不意に圭ちゃんは意地悪そうな笑みを浮かべて質問する。
「それでは・・・・卒業することで恋愛関係に変化はありますか?」
「えっ?あぁ、どうでしょうね。これからのことはまだ分かりません。」
私は少し困ったけど何とか無難に言葉を返す。
予想以上に上手い答えだったのか、圭ちゃんはつまらなそうな顔をされた。
でも急に真剣な眼差しを向けられて言われた。
「では最後の質問です。後藤さん、本当に卒業したいと思ってますか?」
「・・・・・・。」
どうして言葉に詰まってしまったんだろう?
別に後悔なんてしてないし、自分でもちゃんと納得しているつもりだった。
一人でやっていきたいと思ったのはウソじゃない。
なのに、なんで今の質問に答えられなかったんだろう?
「こういう業界だから仕方ないのかもね。」
圭ちゃんはどこか寂しそうに笑って、独り言のように呟いた。
「べ、別に違うよ!そういうんじゃないから!圭ちゃんが思ってるような
ことじゃないよ。」
変に頭が混乱してしまって、上手い言葉が口から出てこなかった。
- 4 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)22時34分12秒
- 「分かってるよ、あんたの言いたいことぐらい。」
圭ちゃんは吹き出すように笑って、私の頭を少し乱暴に撫でた。
「・・・・一人でやりたいと思った。それはウソじゃない、本当に思ってた
ことだよ。だけど、こんな早くになりたくなかった。なりたかったのは
『いつか』で、私はもう少し先の話だと思ってた。もっとみんなといたい!
もう少しだけ娘でいたかった!」
私は項垂れて全てを吐き出すよう捲し立てた。
気がついたら私は泣いていた。
圭ちゃんは私を優しく抱き寄せて、何回か軽く背中を叩いた。
「でもあんたは後悔してないんでしょ?」
私は喉が詰まって声が出ないから無言のまま頷いた。
「ならいいじゃん。あんたが後悔してないなら、それでいんだよ。」
「・・・・うん。あり・・が・・とう・・・。」
私は何とか声を搾り出して言った。
「たっく、今から泣いてどうするんだよ。」
圭ちゃんは呆れた感じて言ってたけど、その目はすごく優しかった。
- 5 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)22時39分48秒
- しばらくして落ち着くと自分から身を離した。
「ありがとう、圭ちゃん。」
私は照れくさくなって顔を逸らしながら言った。
「ん?それは私のセリフだよ。後藤に会えて本当に良かったから。」
と圭ちゃんはいつものように目を細めて笑う。
「それこそ後藤のセリフだよ。圭ちゃんに会えて本当に良かったもん。」
私もはにかみながら歯を見せて笑った。
そして、私達は顔を見合わせて久しぶりに大声で笑った。
別に何がおもしろいわけじゃなくて、ただそういう気分だった。
そんな良い雰囲気のとき、突然屋上のドアが音をたてて開いた。
そうして一斉に大勢の人が中に入り込んできた。
総勢11名、モーニング娘大集合だった。
- 6 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)22時43分20秒
- 「・・やっぱ・・・ここかぁ〜!」
ヨッスィーが息を切らせながらもなぜか叫ぶ。
「点呼したら二人いないんだもん、マジで焦ったんだからね。それで全員
でテレビ局中を探したんだよ?その大変さ分かる?もしかして自殺したかも
って思ってさ、かなり真剣に探しちゃったよ。それでも何処にもいなくて、
そしたらプッチ魂?ってやつで、ヨッスィーがもしかしたら屋上かも!とか
言うから来てみたら二人とも楽しそうに笑ってるしさぁ、少しはこっちの
苦労とかも考えてほしいんだよね、圭織としては。」
カオリは今までの状況を分かりやすく全部語ってくれた。
「はいはい、ご迷惑おかけしましたね。」
圭ちゃんは苦笑いを浮かべながら素直に謝った。
でもあまり反省してなさそうだった。
- 7 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)22時46分38秒
- 「では、罰として後で全員分のジュースをおごるように。」
「はぁ?なんで私だけなの?後藤には何の罰も与えないわけ?」
圭ちゃんはその罰が気にいらないらしくケチをつける。
「反論は認められません。保田君はちゃんと罰を守ってください。」
カオリはまるで学級委員長みたいな口調で言った。
それが何か妙に自分のツボに入ってしまって、私は腹を抱え笑い出した。
「ふっははは・・・今のって・・・学園ドラマみたいだよ。」
「レベル的にはさわやか3組ぽっいけどね。」
圭ちゃんは罰ゲームのせいなのか、不機嫌な感じでツッコミを入れる。
「せめて中学生日記にしてよ。」
とカオリが変なところに文句をつけた。
「ねぇみんな、もうすぐ時間じゃないかい?」
今まで黙っていたナッチが平然とした顔で言った。
「あぁぁぁぁぁ!そうだよ!こんなミニコントしてる場合じゃなかった。
ダッシュで全員撤収!」
カオリはメンバーを促しながら、慌ただしく屋上から出ていく。
それに従ってみんなも走って行ってしまった。
- 8 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)22時48分52秒
- 私もそれに続こうとしたら、不意に圭ちゃんに肩を叩かれた。
「一人じゃないじゃん。後藤には収録のこと考えないで探してくれる、
バカな奴等が11もいるだから。あっ、私も入れたら12人か。」
その言葉にまた泣きそうになったけど何とか堪える。
「うん!娘はバカばっかりなんだね。」
「ホントにバカばかりで困ったグループだよ。だけど・・・・。」
圭ちゃんの言葉が言いかけて止まった、でも私はその続きを知っていた。
『大好きなんだよね。』
だから二人の声は奇麗にハモっていた。
「っていうか、早く行かないとダメじゃん!ほら、急ぐよ後藤!」
圭ちゃんは私の手を強引に掴んで走り出した。
「わ、分かったからそんなに引っ張らないでよ!」
私は引っ張るような感じで走り出した。
- 9 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)22時51分59秒
- 後藤は本当に一人じゃないんだね。
そうは思ってたけど自信がなかったんだよ。
だけど今日になってようやく分かった。
だってみんなが屋上に入ってきたとき、すごく嬉しそうに笑ってたから。
娘の一人一人が本当に嬉しそうな顔をしてたんだ。
そのとき一人じゃないって分かった。
ちゃんと繋がるんだって思った。
大丈夫、きっと大丈夫、ソロになっても大丈夫だよ。
後藤真希はやっていける。
新しい世界に一人で飛び出しているよ。
心配されないくらい、ぶっ飛ばしていけるから。
だって、こんな最高な仲間が支えてくれるんだもん!
END
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