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REVERSE

1 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時20分22秒
 
『過去は永遠に変えられない。 でも、未来は変えられる。』

誰かが言っていたのを思い出した。

過去とは必然性であり、決して変えることはできないもの。
未来とは可能性であり、自分の判断によって常に変化しているもの。
ずっとそう信じてきた。

でも、あたしには定められた未来しかなかった。

あたしには決められた未来しかないけれど、過去は変わり続けている。
目の前に並べられた選択肢によって、あたしの過去は決まる。

今、この瞬間を境に、あたしは運命を逆行する。
 
2 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時20分54秒
 
2002年9月23日。
あたしは『モーニング娘。』を卒業する。
 
3 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時21分45秒
 
この3年間は、あたしにとって幸福な時間だった。
なに不自由の無い恵まれた環境で、
与えられた物を無難にこなすだけでよかった。
それだけで誰だってあたしを褒めてくれた。
優しくしてくれた。

でも、何かが違う。

どうしようもなく空しさを感じてしまう。
何かが足りない。
必死にあがいても、決して届かない何か。

きっと、一番に認めて欲しい人の声が聞こえなかったから。

今日あたしは卒業する。
あの人と同じになる。
 
4 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時22分18秒
卒業の日、仲間は別れを惜しんでくれた。
愛されていた事が、本当に嬉しかった。
あたしの門出を応援してくれた。

『自分で決めた未来だ!! パーっといけぇ!』
『しっかりやるんだよ。 もう、ごっちんの後ろを支える人はいないんだから。』
『卒業しても、あたし達はずっと仲間だからね。』
『ソロ、頑張ってください。 応援してます。』

みんなの声があたしに勇気をくれる。
みんなの涙があたしを優しさで満たしてくれる。

でも、一番欲しい物は手に入らなかった。
 
5 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時22分51秒
 
『いちーちゃん。 ごとーね、卒業したんだよ。』
『これで、いちーちゃんと一緒だね。』
『ソロってたいへん? 一人だとやっぱり寂しいのかなぁ?』
『いちーちゃん。 今何してるの?』 
『いちーちゃん。 会いたいよ。』
『いちーちゃん。 どうして返事してくれないの?』
『いちーちゃん。』
『いちーちゃん。』
『ねぇ、いちーちゃんってばぁ。』
 
6 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時23分29秒
 
ソロになっても何も変わらない。
ううん、以前よりも冷たくなった気がする。
いちーちゃんの瞳には、あたしは映ってないんだ。

仕事が忙しいのは救いだった。
働いている間は何も考えないですむから。
あたしが独りだって事を忘れさせてくれるから。

あたしは独りだ。
 
7 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時24分13秒
 
『そっかぁ。 あたしがソロになったから、
 それがいちーちゃんは面白くないんだ。
 だったらあたし、ソロになるの止める。
 ソロで活動するのは夢だったけど、でもいーんだ。
 だって、あたしはいちーちゃんのごとーでいたいもん。』
 
8 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時25分01秒
 
今日は特別な日だ。

9月23日、あたしの誕生日。
夏のコンサートの最終日。
そして、いちーちゃんに会える日だ。

あたしはいちーちゃんにコンサートのチケットを送った。
いちーちゃんはきっと来てくれる。
あたしがモーニング娘。で頑張ってる所を見てもらんだ。

本当の事を言うと、一時期ソロで活動しないかと話が持ち上がってたんだ。
だけどあたしは断った。
一人は寂しくて不安だし、あたしにはモーニング娘。があったから。
モーニング娘。があたしの居る場所だって思うから。
 
9 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時26分28秒
 
コンサートが終わってもいちーちゃんは来なかった。
だからあたしは探した。
真っ直ぐ会場のステージの方に向った。
直感があったんだ、いちーちゃんはそこにいるって。

いちーちゃんはそこにいた。

「いちーちゃーん。 見ーつけたっ」
「……後藤。 コンサートお疲れさん、凄かったよ」
「うへへぇ。 ありがとー、そんなに凄かった?」
「うん、凄すぎて、行かなきゃ良かったって思ったよ。 なんだかさ、疲れた」
「ふーん。 まぁいいや! あたしね、明日オフなんだ。 ねぇ、どっかいこーよ」
「後藤は元気だね」
「そぉ? ごとーは変わんないよ?」
「変わらないか……あたしは変わったよ、何もかも。 もう、どうでも良いくらい」
「……いちーちゃん。 元気ないよ? なんだか心配だよぉ」
「色々あったからね。 ごめん後藤、今日は帰るよ」

そう言って、見送るいちーちゃんの後姿はどこか寂しげだった。
あたしは、どうしてあの時追いかけなかったのだろう。
 
10 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時27分10秒
翌日の昼頃に、あたしはいちーちゃんの自宅を訪ねた。
その時に初めて、いちーちゃんが入院した事を聞かされた。
おばさんの話では、風邪と疲労が重なって倒れだだけで大した事はないらしく、
直ぐにでも退院できるとのことだった。

だけど、いちーちゃんの事を話す時のおばさんは、
どこか判然としない様子で、なんだか急に怖くなった。
だからあたしは、いちーちゃんが入院している病院の場所を聞いた。

駅近くのデパートで籠盛りの果物を買った。
タクシー乗り場には、客待ちのタクシーが数台待機していた。
あたしはタクシーに乗り込むと、行き先を告げた。
 
11 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時27分50秒
 
病室のいちーちゃんは透き通るように透明で、綺麗だった。
左手には、包帯が痛々しく巻かれていた。
いちーちゃんはあたしを見ようとしなかった。

「いちーちゃん。 お見舞いにきたよ」
「りんご剥いてあげるね」
「はい、剥けたよ」
「いちーちゃん。 食べさせてあげるね」
「……ねぇ。どうしてこっち見ないの?」
「いちーちゃん。 ちゃんとあたしを見てよ」
「いちーちゃ……」
「うるさい!」

やっと、あたしを見てくれた。
 
12 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時28分29秒
「いちーちゃん、いちーちゃん、
 いちーちゃん、いちーちゃん。
 もううんざりだよ!
 いい加減にしてよ!
 あたしは、あんたの母親じゃないんだ。
 いつまでこのままなの?
 どうして、こうなったの?
 ねぇ。もういいから。 お願い……」

いちーちゃんは、一瞬だけ視線を移した。
視線の先には、切り分けたりんごが皿に盛られ置かれていた。
次の瞬間、陶器の割れる音が響いた。

「あたしを解放してよ」

いちーちゃんは、真っ直ぐに私を見詰めていた。
鼻水を啜りながら、涙で頬を濡らしていた。
両手で握られた果物ナイフが小刻みに震えていた。

そして、立てかけてあった点滴が音を立てて倒れた。
 
13 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時29分17秒
 
『何がいけなかったの?
 あたし、どこで間違えたのかなぁ?
 あたしがモーニング娘。に入ったから?
 だからいちーちゃんはあたしの事を嫌いになったの?
 だったらあたし、モーニング娘。になんか成らなくていい。
 あたしのいちーちゃんでいてくれるなら。
 何もいらない。』
 
14 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時29分53秒
 
夏休みも今日で終わり、明日からは新学期だ。
塾の夏期講習や学校の宿題で勉強、勉強、勉強。
来年は受験だし覚悟していたけれど、今年は人生最悪の夏休みだった。
モーニング娘。の追っかけをしていたからか、
1学期の成績が最悪だったのだから仕方が無い。
今日もラジオを聞きながら宿題の最後の追い込みをやっていた。
15 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時30分58秒
 
『はい、次は、東京都のごとーさん。』

あっ、あたしが出した葉書きだ。

『いちーちゃん、げんきぃ?
 おう、元気だぞ。
 一学期の成績がちょっと、ていうかだいぶ下がったくらいで、
 今年の夏休みはずーーーっと、勉強ばかり。
 うぇ〜ん。大変だよぉ。
 でも、いちーちゃんの声を聞いてかんばりまっす。
 いちーちゃん、がんばれぇ!
 いちーちゃん大好き!!
 ははっ、なんだか読んでて恥ずかしいぞーっ! 
 そっかぁ、勉強大変だね。がんばれよ。
 いちーも応援してるぞ!!』

いちーちゃんがあたしの葉書きを読んでくれた。
それだけの事なのに、いちーちゃんを凄く近くに感じた。
あたしの声がいちーちゃんにも届くような気がした。

「うん、がんばる!!」
 
16 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時31分47秒
 
それからも、いちーちゃんはときどき葉書きを読んでくれた。
いちーちゃんに名前も覚えてもらった。
いちーちゃんが出る番組は全てチェックした。
いちーちゃんといる時間は、あたしに掛け替えの無い喜びを与えてくれた。

あたしは、もっと葉書きを読んで欲しくてたくさん出した。
ファンレターもいっぱい書いた。
でも、日が経つにつれ読まれる回数は少なくなっていった。
だから、あたしはもっとたくさん葉書きを書いた。
いちーちゃんに読んで欲しいから。

だけど、葉書きは読まれなくなった。
 
17 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時32分24秒
 
『いちーちゃん、どうしてますか?』
『いちーちゃん、葉書きは届いてますか?』
『どうして読んでくれないの?』
『いちーちゃんのいじわる! 嫌い。』
『うそだよ。 いちーちゃん、大好きだよ!』
『ねぇ、いちーちゃん。 怒ってるの?』
『うそうそ、ごめんなさい。 いちーちゃん大好きです。』
『いちーちゃん。 今日は元気が無いみたい。 ごとー心配だよぉ。』
『コンサート行きました。 かっこよかったです。 また行くね。』
『ふふ、ごとーの事探してたでしょ。 ごとーはね、すぐ近くにいたんだよ。』
『ごとーはいちーちゃんのこと、ずっと応援してるからね。』
 
18 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時33分19秒
 
暗闇に覆われた薄暗い公園を、あたしは歩いていた。
ベンチを照らす外灯の傍まで近づいて携帯を取り出すと、
あたしは、最近登録したばかりの番号に電話をかけた。
電話の相手は留守のようで、お決まりの応答メッセージが流れている。

『もしもし、いちーちゃん?
 あたし、ごとーだよ。 ビックリした?
 実はね、この間コンサートが終わって、こっそりタクシーで後をつけたんだ。
 気づかなかったでしょ。 えへへぇ。
 住所がわかるとね、電話番号調べるのも簡単なんだよ。
 ごとーね。 今、近くの公園から電話してるんだ。
 ここから、いちーちゃんのマンションよく見えるよ。
 あっ、今電気消した?
 なんだ、やっぱりいるんだ。
 ねぇ、会いたいよぉ。
 ずっと、待ってまぁーす。
 来てくれないと、風引いちゃうか……』
『ツーッ。ツーッ。』

「あぁーあ、切れちゃった」
 
19 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時34分40秒
 
あたしは携帯を覗き込み、もう一度かけようか考えながら、
外灯の周辺を行ったり来たりしていた。

「よし!」

あたしは立ち止まると、意を決して携帯を操作した。
でも、かけなかった。
遠くの外灯に照らされて、こっちに向かう、いちーちゃんの姿が見えたから。
いちーちゃんは、直ぐあたしに気づいたみたい。
立ち止まってあたしを見ていた。

「いちーちゃ〜ん! とぉっ!!」

あたしは手を振って駆け寄ると、
最後はジャンプをしていちーちゃんの傍で着地した。
いちーちゃんは驚いて一歩引いちゃったけど。

「へへぇ、いちーちゃん。やっと会えた」
「あんた、なんなんだよ」

いちーちゃんの声、震えていた。
20 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時35分44秒
 
「あのね、いち−ちゃ……」
「もう、あたしを付け回すのは止めて。
 これ以上あたしに関わらないで欲しいの。 お願い」
「どうして? どうしてそんなこと言うの? ごとーが嫌い?」
「……どうして、分からないの? もういい加減にしてよ!
 あたし、あんたが怖いよ。 仕事に行くのが怖い。
 葉書きを見るのが怖い。 コンサートに行くのが怖い。
 ファンレターを受け取る度に、あたしはビクビクしてる。
 あたしの傍から、あんたの影を消して!
 お願いだから、もう、終わりにしてよ」

いちーちゃんは、震える手でバックから包丁を取り出した。
最後の方は、涙声になっていた。
小刻みに揺れる切っ先は、真っ直ぐあたしに向けられていた。

そして、あたしとの距離が一気に縮まった。
 
21 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時36分38秒
 
『そっか、いちーちゃん、怖かったんだね。
 また、あたし、間違っちゃった。
 何処で間違ったのかなぁ。
 もう、分かんないよ。
 どうすればいいの? どうすればよかったの?
 あたしには、もう分かんないよ。』
 
22 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時37分34秒
 
 
「それで、その後藤……」
「後藤真希です」
「そう、彼女は意識を?」
「まだです」
「そうか……。 被疑者はもう話したのか?」
「容疑を是認しました。 お話しますか?」
「ああ」
 
 
23 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時38分53秒
 
「はい、あたしが後藤真希をナイフで刺しました」

薄暗い室内で、見知らぬ男性が机を隔ててあたしと向かい合っていた。
あたしが彼の質問に答えると、面白いように眉間に皺が増える。

「動機を話してくれませんか?」
「……刑事さん。メール、読みましたか? あたしの携帯の」
「ああ、拝見している」
「あたし、あのメールを見たとき思ったんです。
 あぁそうか、あたしの未来は決まってたんだ。
 一生、後藤から逃げられないんだって。
 ですから、後藤を刺しました」

あの時のあたしの気持ちは、おそらく誰にも理解できないだろう。
メールを見た時に覚えた感情は、恐怖でも絶望でもなく諦めだった。
だから、あたしは素直に選ぶ事ができた。

「刑事さん。 あたし、思うんですよ。
 過去は変えられないのにどうして未来は変えられるんです?
 過去の行動の結果が現在なら、未来は過去の統計の結果でしかありません。
 天気予想も占いも、結局は過去の情報の蓄積からえられた予測じゃないですか。
 だから、過去を変えられないのに未来を変えるなんて出来っこないんです」
 
それが運命なら。
 
24 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月22日(日)01時39分54秒
 
「あたし、後悔はしていませんよ。
 だって、これでやっとあたしの未来は始まるのだから。
 彼女がいなければあたしは違う道を進んでいた。
 彼女の存在があたしの未来を狂わせたんです。
 だったら、彼女がいなくなればいい。
 未来を変えるには、過去を変えればいいんです。
 あたしは間違ってない」

あのままでいても、あたしは後藤から一生逃れられない。
未来を変えられないのなら、過去を変えればいい。
あたしの過去から後藤真希という存在を無かった事にすればいいんだ。

変えられない運命なら断ち切ってしまえばいい。

それが最良の選択。
そう、あたしは間違ってはいない。

「ねぇ、そうでしょう?」
 

               - END -

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