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手紙 未来
- 1 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時34分01秒
- 『手紙 未来』
- 2 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時34分56秒
- その日、目が覚めると、あたし――加護亜依は、ごっちんだった。
見なれない天井に壁紙。
枕に顔をうずめた。よその家のにおいがした。
ベッドから立ち上がるときに不思議な感覚があった。
なんと言えばいいんだろう?
不思議な感覚。
あたしは立ち上がろうとしていないのに、体が勝手に立ち上がっていた。
そしてそう、見ようとしていないのに勝手に目は時計へ向けられて、
いそがしく着ているもの、ジャージにTシャツを脱いでいた。
クローゼットを開いて、見たこともないような服の中から
ひょいひょいと、簡単に選ぶ。いつものあたしだったらぜったい悩むのに……。
そしてそれを着ると、隣りの姿見に全身を映して見せた。
そこに、ごっちんがいた。
ごっちんしか、いなかった。
鏡の中のごっちんが顔の角度をかえるたびに視界がかわって、
まばたきするたびに、あたしの視界も暗くなった。
あたしはごっちんになっていた。
- 3 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時35分34秒
- けれど、よくよく考えてみるとそれは少し違っていて、
あたしがごっちんである部分はずっとかぎられていた。
見るものと聞こえるもの、あと、におい。
その三つだけが勝手に見えたり、聞こえたりして、
あたしがこうしろとかああしろとか思っても、ぜんぜん体は動かない。
ただ、見えて聞こえるだけだった。
ごっちんが仕事場に向かうころになってようやく、あたしはそれに気がつき、
置かれている状況が飲み込めた。
そしてすぐに、盗み見をしてるみたいでなんだか嫌な気分になった。
家を出るとごっちんは、「あちー」と空を見上げて太陽に手をかざした。
深くかぶった帽子から見えた空は青くて、よく晴れていた。ただ、あたしは
暑さは感じなかった。
ほんの十数センチ高くなっただけだけど、ごっちんの目線は気持ちよかった。
背が高くなるって、いい。すごくいい。
世界がいっぺんにかわったみたいだった。
気分がいいまま街を抜け、仕事場についた。見覚えのある建物、青山劇場。
そっか、まだミュージカルの公演日の途中だったんだ。
ごっちんはいそいで控え室に入っていった。
ちょっと遅刻だ。
- 4 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時36分23秒
- 考えてみると不思議なことがある。山ほどあるけど、その中でも特別で
そしてもっとも疑問なこと。
「今のあたし、加護亜依はいったいどうなっているんだろう」
ということ。
あたしはごっちんになってるわけだから、いなくなっているのかな?
そうなると事件だ、きっと大騒ぎになってる。
そんなあたしの不安と期待をよそに、
入ってみると、控え室はいたっていつも通りだった。
だって、あたしがそこにいたんだから。
あたしはそこにいた。いつも通り、髪をおだんごふたつにして、
よっすぃと何か話していた。
鏡に映った顔しか知らなかったらなんかヘン。あ、抜けてる歯の位置が逆だ。
でも、それじゃどういうことなんだろう? あの子は誰なんだろう?
そしてあたしは誰なんだろう?
あの子は、話し方や仕草、見れば見るほどあたしだった。かたやあたしは、
ごっちんの見るもの聞くもの、ただそれだけをを共有している存在だ。
だんだん「あの子が誰なのか?」という疑問はうすれ、
「あたしの方こそ誰なのか?」「なんなのか?」という疑問が
頭の中をうめつくしていった。
頭もなにもないんだけど……。
- 5 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時36分55秒
- ごっちんはあわててよっすぃの隣りの鏡台に座ると、
持ってきていたバッグをガバッと開いた。
入れるところを見ていたから、その中に何が入ってるのかはもう知っていた。
メーク道具がぎっしりだ。
サングラスをはずすと猛然とメークをはじめるごっちん。
それを鏡ごしに見ていた。
ごっちんがメークするところをこんなに間近で、じっくり見たのは、
これがはじめてだった。
道具の使い方なんかもあたしよりずっと慣れていて、上手で
ごっちんの顔がどんどん出来上がっていく。
その途中できゅうに、控え室があわただしくなった。
一部がもう始まる時間だった。
ごっちんは二部からだから、まだ時間に余裕がある。
突然、あたしじゃないあたし、加護亜依が肩越しににゅっと鏡をのぞきこむと、
「行ってきまーす」ってふざけて言った。
鏡の中のごっちんが笑いながら、「行ってらっしゃーい」ってこたえた。
よっすぃも同じように「行ってきまーす」とふざけて言うと
二人は控え室を出て行った。
年少用の控え室だったから、なんだかきゅうにがらんと、
静かになった。
- 6 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時38分51秒
- それからしばらく経って2部がはじまり、
あたしははじめてそのステージに立った。
ステージの光りの中を駆け回る。
そこでまたひとつ気がついたことがあった。胸の高鳴りだ。
ごっちんがドキドキすると、それは直にあたしにも伝わってきた。
心がむずがゆくなるような、不思議な感触だった。
ミュージカルの他にもいくつか仕事をこなして、ようやく家路についた。
ごっちんの家に着くと、ごっちんのお母さんとユウキくんがいた。
お姉さんもいるはずなんだけど、姿はなかった。
リビングの、テーブルをはさんでお母さんと向かい合うイスに着いた。
ごっちんは今日起こったことを話しのネタにして、
少しだけおしゃべりをしていた。
お母さんはずっと笑って聞いていたし、ごっちんも笑って話していた。
そのあとお風呂に入って、テレビを見て、ぼんやりして、寝る。
ごっちんの一日はそんなふうにして過ぎた。
それからもあたしはずっとごっちんだった。
ごっちんが見るものを見、聞くものを聞く、そいう日々が続いた。
- 7 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時39分33秒
- 何日か経ったある日のことだ。
その日のミュージカルの公演を終え、衣装を着替えていた。そんなとき、
名前を呼ばれて振り向くと、マネージャーさんが控え室の入り口から
こちらへ手招きをしていた。
ごっちんがドキリとするのがわかった。
なんでだろう?
普段は使わないドアをぬけて、ごっちんとマネージャーさんはならんで歩く。
その間もずっとドキドキしていた。マネージャーさんの素振りも
なんだかいつもと違っていたような気がする。
最後に開いたドアの向こうに、社長さんがいた。立っていた。
ごっちんのドキドキは最高潮で、ドンドンって内側から叩くみたいだった。
当たり前だと思う。あたしも社長さんになんてめったに会わないし、
会ったらきっと緊張するだろうから。
ただ、それから二人は、あたしのまったく予想していなかったことを話した。
きっとあたしがごっちんになるずい分前から、
それは決まっていたんだと思う。そういう口ぶりだった。
ごっちんが「娘。」をやめるっていうこと。やめてソロになるっていうこと。
その日がようやく決まりそうだっていうこと。
そんなことを、二人は話したんだ。
- 8 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時40分50秒
- 家に帰って、お母さんにそのことを話したあとも、
ごっちんはいつも通りだった。
お風呂に入って、あがって、テレビを見ていた。
部屋の明かりはしばらく前にもう消していて、テレビ画面が四角くぼうっと
浮かび上がるふうに光っていた。
ボリュームをしぼった小さな音量、そのバラエティ番組の笑い声だけが
ときどき部屋の中に響いた。静かだった。
CMになり、ごっちんがリモコンでパチパチとチャンネルをかえた。
ニュース、スポーツ、NHK、さっきのとは違うバラエティ番組。一周して、
またもとのチャンネルにもどる。
まだCMは明けていなかった。
そのとき、画面がぐにゃってよじれた。水晶の玉が目の前を通ったように、
ぐにゃっとよじれた。
何回まばたきをしてもそれはおさまらなかった。おさまらないどころか、
どんどんひどくなっていった。
目元をごしごし手でこする。でも、とまらない。涙……。
あきらめてベッドに飛び込むと、うつぶせに寝て、ごっちんは泣いていた。
声を上げて泣いていた。
- 9 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時41分24秒
- けれど次の日も、そのまた次の日も、ごっちんは「娘。」をやめることを
メンバーの誰にも言わなかった。
今までも言わなかったのだから、きっとずっと
直前まで言わないでおくのかな?
ごっちんが卒業することは、あたしとごっちん、二人だけの秘密になった。
ミュージカルの千秋楽が過ぎ、一段落するまもなく、シャッフルユニット、
それにともなうハロプロのコンサートと、毎日はかわらずいそがしかった。
その日も地方のコンサートで、車にまとめて詰め込まれたごっちんや
あたし――じゃない加護亜依、あと、ののやよっすぃは、そのまま
また年少用の控え室に入った。
ごっちんは鏡台の前に座り、メークをするでもなく
ぼんやりと鏡を見つめていた。
近ごろのごっちんはいつもこんなふうだった。心ここにあらずだ。
「ねえ」というよっすぃの声に、少し遅れて振り向こうとする。それを待たずに
「ごっちん最近ヘンだよ、なんか隠してない?」って小声で言った。
よっすぃはアホっぽいけど、こういう勘はけっこう鋭いんだ。
- 10 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時41分56秒
- けっきょく、ごっちんがそのことを打ち明けた最初のメンバーは
よっすぃになった。
「口では言いにくいから」って、ケータイのメールで送った。
よっすぃの反応はストレートだった。
「はぁ?」って叫んで、ケータイを握りしめたままその場で立ち上がると、
こちらを驚いた目で見つめていた。
「ホント? ホントに?」って口元だけで何度もきいてくる。それに
ごっちんはうなずいてこたえていた。
そのとき、きっとごっちんは真剣な顔をしていたんだと思う。
よっすぃはすぐにあきらめたように悲しい目をすると、またごっちんの
隣りのイスに座った。
目元をぬぐっていたから、もしかしたら泣いていたのかもしれない。
その翌日もコンサートだった。
ごっちんはまた鏡台の前に座って、ぼーっと、鏡の中を見めていた。
肩をちょんちょんとつつかれた。
振り向くより先に、よっすぃがイスを鳴らして隣りにきた。鏡台の前に
二人、並んだ。
「ごっちん、これおそろいの、しない?」
ビニールに入った黄色くて細い――これ、ミサンガだ。それをつつっと
鏡台の上ですべらせた。
- 11 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時42分29秒
- おそろいのミサンガを、ごっちんは右手に、よっすぃは左手につけた。
黄色にオレンジ色を編み込んだ、細くて、ただの紐みたいに見えた。
テレビの収録やPVの撮影で、「はずせ」って言われないかぎり
ごっちんはそれをずっとつけていた。
あたしじゃないあたしが、その二人のミサンガに目をつけたのは、
それからしばらく経ってからのことだ。
「なんで二人おそろいのしてるの?」って、じゃれついたよっすぃの左手の
ミサンガをつまみ上げて言った。
よっすぃがこちらを見て困ったような顔をした。
その視線にこたえるように、
「よっすぃ、これ、もう1コない?」ってごっちんが言った。
ごっちんに右手にミサンガを結んでもらっているあいだ、あたしじゃない
あたしはずっと笑ってそれを見つめていた。満面の笑み。
うれしかったんだと思う。
ごっちんとよっすぃの輪に入れたから。
それまではずっと年少チームにいて、年下あつかいだったから。こんなふうに
おそろいのものを身につけるなんて、はじめてだったから。うれしかったんだ。
- 12 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時43分08秒
- 「お願い事をして、これが切れたらそれがかなうんだよ」
ごっちんにそう言われて、あたしじゃないあたしは何度も首を縦に振っていた。
「それで、なにお願いするの?」というよっすぃの問いに、
ニヒヒと笑って、「ヒ・ミ・ツ」と、唇をとがらせた。
そして右手を蛍光灯にかざすと、その場でぐるぐると回っていた。
有頂天だった。ごっちんの置かれた状況を知りもしないで、のんきで、
バカみたいだった……。
「ごっちん、「娘。」やめたりしないよね?」
あるときふいに、あたしじゃないあたしがごっちんにそうきいてきた。
ごっちんはまだよっすぃにしかそのことを言ってなかったし、
そのよっすぃにも「まだみんなに言わないで」って口止めをしていた。
いったい誰からそんなことをきいたのだろう?
「なんか噂でね、ごっちんが卒業するって、そういうのきいたから」
泣き出しそうなあたしに、「そんなのうそだよ」って、ごっちんは
笑いながら言った。
それはたぶん、あの子を――つまり、あたしを、子供あつかいしたんだと思う。
泣かさないように、傷つけないように。
わかるよ、わかるけど……。
ただなんだか少しだけ、さびしかった。
- 13 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時43分40秒
- けれど、そのあたしについた嘘は、すぐにばれることになった。
ごっちんが「娘。」をやめる日、卒業する日が、正式に決定したんだ。
あの日から何度かその打ち合わせは行われていて、ようやく決まった。
9月23日、ごっちんの誕生日だった。
そして今度のそれは、よっすぃのときのように
メールで送信、っていうわけにはいかなかった。
マネージャーさんに無理を言って、コンサートのあと、段取りをしてもらい
控え室に「モーニング娘。」のメンバー13人、全員が集まった。
全員が集まるのはひさしぶりのことで、ぎゅうぎゅうの控え室はなんだか
おかしな空気だった。
みんな、「なにかあるんだろうな」って予感していたからだと思う。
あたしじゃないあたしは、よっすぃとおそろいのミサンガを
ののに見せびらかして、自慢していた。
部屋の真ん中に立っていたチーフのマネージャーさんが、
「じゃあ、ちょっといいか?」って切り出して、ごっちんを呼んだ。
みんなの視線の中心を歩くごっちん。
胸がドキドキと、今までで一番強く鳴っていた。
- 14 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時44分14秒
- あたしはぼんやり、奈良の学校を転校した日のことを思い出していた。
あのときも、たぶんこんな感じだった。
みんなの注目の中、ごっちんはマネージャーさんの隣りで立ち止まり、
振り返る。そして全員の顔を見わたした。
よっすぃは「いよいよか」っていう顔をしていたし、勘のいい矢口さんや
梨華ちゃんは、もうなんのことだかわかっていたみたいだった。
あたしはただオロオロして、よっすぃの手をぎゅっと握りしめていた。
静まりかえった控え室に、ごっちんの声だけが響いた。
うつむいているメンバーもいたし、
じっとこちらを見つめているメンバーもいた。みんななにも言わず、
ごっちんの声を聞いていた。
「娘。」をやめること。やめてソロになること。
9月23日が最後なこと。そして、それがもうくつがえらないこと。
ごっちんはすべてを言い終えて、ふーっと、大きなため息をついた。
そしてまたみんなを見わたしてから、
チーフのマネージャーさんの方を見上げた。
「終わりました」
小さくそうつぶやいて、ごっちんのあたしたちへの報告は終わった。
たった、それだけだった……。
- 15 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時44分46秒
- それからごっちんのあとをチーフのマネージャーさんが引き継いで、
今後のことを注意していた。
言っていいこと、悪いこと。ことこまかに指示を出していた。
みんながそれに聞き入っているあいだ、ずっとこちらへ視線を、
にらみつけるような目を向けていたメンバーがいた。
それは、あたしじゃないあたし、加護亜依だった。
その夜から数日、ごっちんと他のメンバーはギクシャクしたままだった。
そして追い打ちをかけるように、タンポポ、プッチモニ、それにミニモニの
ユニット再編、とどめに保田さんの卒業が、事務所から言いわたされた。
なにがなんだかワケもわからないまま、
ただその日の仕事場へと向かい、それをもくもくとこなす。
実感のない日々が続いた。
気持ちの整理なんてできるはずもなかった。
あの夜以来、あたしはサイテーだった。
仕事場でごっちんと会うたびに無視した。
どんなふうに、なにを言われても無視した。
ごっちんが声をかけようとしたよっすぃを、わざと遠くに引っぱっていったり
そんな子供みたいな嫌がらせをずっと続けていた。
ほんとにサイテーだった。
- 16 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時45分18秒
- よっすぃはアホっぽいけど、勘は鋭い。だから、そんなあたしのイジワルは
すぐに見抜いて、何度も言って聞かされた。
つらいのは加護だけじゃないんだって、
きっと、ごっちんの方がもっとつらいはずだって。
ただそのときのあたしは、そういう言葉に納得することができなかった。
だって、あたしは騙されたんだから、あのとき、嘘をつかれたんだから……。
夏のハロプロのコンサートも最終日をむかえていた。
すぐあとに「娘。」のツアーもひかえていたから、最終日という実感は
あまりなかったけれど、最終日だ。
リハーサルの途中、ごっちんはあわてて誰かをさがしていた。
きっと、あたしのことだ。
そのときあたしは、セットの階段の一番上に座って、ぼんやりと
お客さんの席をながめていた。
「そこ、座ってると怒られるよ」
それをようやく見つけて、ごっちんが隣りに座る。
あたしはまた無視を決めこんでいた。
- 17 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時45分49秒
- スタッフやメンバーが、あわただしくステージの上をかけていく。
あたしとごっちんはなにもしゃべらない。
しばらくして、あたしは両膝を抱きしめて口元をかくした。
「うそつき」って、そう小声で言う。
さぐるように見ると、ごっちんが悲しい顔をしていた。
ごっちんの胸がぎゅっと、しめつけられるように痛むのがわかった。
「みんなごっちんのせい、ぜんぶごっちんのせい。
ごっちんのせいで、あたし、タンポポやめさせられるんだよ?」
ごっちんはなにも言わない。
ただ、胸がズキズキと痛んだ。あたしはひどいことを言ったんだ。
ユニットの再編にごっちんは全然、なにも関係ないのに
全部ごっちんのせいにして……。
「ごめんね、……ほんと、ごめんね」
ごっちんがしぼり出すようにそう言ったとき、目の前のあたしの顔が
涙でゆがんだ。
あたしは、ごっちんがなにも悪くないなんてこと
もうずっと前から知っていた。
よっすぃが言ってたんだ、「ごっちんは転校していく子と同じだ」って。
親の都合で転校していく子に、「行かないで」っていうのは
ワガママで、ひどいことでしょって。
- 18 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時46分27秒
- それでもあたしは意地を張り、無言のまま立ち上がった。
「あ、ちょっと待って」
ごっちんの声が後ろから聞こえる。そのとき、ガクン、と
体のバランスを失った。
ごっちんののばした手が、あたしの服の背中、Tシャツのすそにからまった。
目の前のあたしがバランスをくずし、階段の方へ倒れていく。
照明がくるくると視界で何度も光った。
スローモーションに、あたしの体は階下へと転がっていった。
あたしの記憶があるのはここまでだ。
きっと、転げ落ちたひょうしに気を失ったんだと思う。そして
時間をこえて、ごっちんのもとへ旅立ったんだ。
視界の中のあたしは、倒れたままピクリとも動かなかった。
もうあの子はいってしまったのだろうか?
ごっちんの胸の鼓動がやけに大きく聞こえた。
もうそろそろ帰らなきゃいけないんだ。よけいな心配をかけてしまう。
さよなら、ごっちん……。
ごっちんの鼓動を忘れないように、心に焼きつけて
あたしは目を閉じた。
- 19 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時46分57秒
- 奈良の学校を転校する日、あたしは憂鬱だった。
「モーニング娘。」のオーディションに受かって、有頂天になって
しばらく経ったあとのことだ。
仕事をするには、東京に引っ越さなきゃいけない。転校しなきゃいけない。
友達と別れなきゃいけない。
もういろいろなことが動きはじめてたから、
あたしは「はい」って言うしかなかった。
たぶん、そういうことなんだと思う。
よっすぃに言われてから、あの日、ごっちんがみんなにお別れを告げたあの日
そのことを思い出すまで、あたしはなにもかもを忘れてしまっていた。
転がったときの打ちどころがきっと悪かったんだろうね。
けど、もうみんな思い出せた。
ごっちんに甘えるのは、これでもうおしまいにするんだ。
そうするしかないってことは、最初からわかっていたから。よっすぃなんかに
言われなくたって、わかってたんだから。
さあもう目を覚まそう、ごっちんにあやまりに行かなきゃ……。
- 20 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時47分38秒
- そして目を覚ますと、あたしはあたしだった。正真正銘の加護亜依だ。
やっぱり気を失っていたらしくて、ソファの上に寝かされていた。
体中がピシピシと痛い。
階段から落ちたんだから当たり前か。なにしろ落ちていくところまで
しっかり見てたんだから。
15分ぐらい気を失っていたのかな。
首だけ起こして壁にかかった時計で確認する。
すごく長い、15分間だった。
体をゆっくりと起こす。
テーブルをはさんだ正面のソファに、うつぶせによっすぃが寝ていた。
本気で寝ているみたいだった。
「よっすぃー、起きてー」
頭を両手でつかんでぐりぐりとソファに押しつける。ぶはぁっと、
よっすぃが水にもぐっていたみたいに顔を上げた。
「加ぁ護! あんたね!」って、起きあがっていつも調子でがなる。
やっぱりこうでなくちゃダメだ。
- 21 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時48分11秒
- 「ねえ、頭とか大丈夫なの? あの階段けっこう高かったよ」
あたしの頭のてっぺんあたりをのぞき込みながら、よっすぃが言う。
ぐいぐい指で押すから平気なところまで痛くなってくる。
よっすぃの手をはらうと、「ごっちんは?」ってきいた。
「ステージにいると思うけど、でも、ひどいこと言っちゃだめだよ?」
釘を刺すよっすぃに手をひらひらと振った。
そのとき、「あれ、加護、それミサンガとれてるよ」って言われて、
右の手首を見た。
そこにあるはずのミサンガは、跡形もなくなくなっていた。
きっとあのとき切れたんだ……。
「よっすぃ、ミサンガ新しいのない?」
「あるけど」
ビニールに入った新しいミサンガを手に、部屋のドアノブに手をかけたとき、
「加護さぁ、願い事かなったの?」って、よっすぃがきいてきた。
「ヒ・ミ・ツ」
あたしはそうもったいぶって、ステージをめがけて走り出した。
ごっちんに結んでもらおう。そうすればきっと、また願い事はかなうから。
- 22 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時48分49秒
- それから数日後、ごっちんと保田さんの卒業、ユニットの再編、あと
映画の宣伝、そんないろいろを混ぜた会見があった。
いろんなことが一度に動きはじめた。
もうそれは、あたしがどうしたって止められないんだと思う。だから、
最後に笑って、ごっちんを送ってあげたい。
あたしにできるのは、それぐらいだから。
今日、ごっちんへの手紙を書いた。マネージャーさんは、ファンクラブ用だって
言ってたけど、手紙に種類なんてないよ。
- 23 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時49分24秒
- ごっちんへ ...
ごっちん、あいぼんはごっちんのことが大好き。
いつも二人一緒にいたよね。
ごはん食べるときとか、移動のときも、いつも一緒で。
でもこれからは一緒にいられなくなるのはすごく悲しい。
だけど大好きなごっちんだから、あいぼんガマンします。
ソロになっても頑張ってね、いつまでも「娘。」は「娘。」だよ。
あなたのカワイイ妹より。
愛してる。
加護亜依より。
- 24 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時49分54秒
――おわり
- 25 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月21日(土)23時50分27秒
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