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時間
- 1 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時14分45秒
- その日、ついに最後まで彼女が現れることはなかった。
- 2 名前:第九回 投稿日:2002年09月20日(金)01時15分18秒
- 「ちょっとお、後藤はまだ!?」
「ったくあのバカ娘は、最後の最後まで手間かけさせんだからっ」
飯田が叫ぶ。
保田が怒る。
9月23日、横浜アリーナの出演者控え室は、蜂の巣をつっついたような大騒ぎになっていた。
後藤真希の誕生日にして、モーニング娘。卒業コンサート。
その主役が、いつまでたっても姿を現さない。
「マネージャー、家には電話したの?」
半ば怒気を含んだ声で、矢口がマネージャーへと問いかける。
後藤抜きでは、コンサートどころかリハーサルさえままならない。
新入りのマネージャーが、泣きそうになりながら答えた。
「してますよお・・・・・・。ただ、家の人の話だと、朝起きたらいなかったんで、とっくに
こちらへ向かってるとばかり思ってたって・・・・・・」
「あ゛ーっ、何考えてんだあいつはっ」
- 3 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時15分53秒
- 「すいません、これ以上時間押しちゃうと、照明やら音響の調整できなくなるんですけど・・・・・・」
おずおずと舞台監督が口を挟んだ。
安倍が慌てて頭を下げる。
「あ、すいません・・・・・・。あと少し、ほんのちょっとだけ待ってもらえますか」
「いいよ、なっち。始めよう。とりあえずミニモニとタンポポ、先にリハやっちゃおう。
プッチと全体はとりあえず後回しで、後藤が着き次第ってことで。
万が一間に合わなかったときは構成とパート変えるから、みんなそのつもりでね」
飯田が場を仕切る。
加護や辻、五期のメンバーたちは不安の色を隠しきれない。
「・・・・・・本番間に合わなかったら、重しつけて横浜港に沈めてやる」
保田がポツリと呟いた。
- 4 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時16分27秒
- 時間は遡る。
9月22日、夜。
電気を消した部屋の中、後藤はベッドに寝転がりながら天井を眺めていた。
娘。に加入してからの想い出が、くるくると目の前に浮かんでは消えていく。
卒業、かあ。
早いなあ。
明日、ちゃんと歌えるかなあ。
泣きたくないなー。 でも泣いちゃいそうだなー。
いちーちゃんとかゆーちゃんもこんな気持ちだったのかな?
・・・・・・もうちょっと、いたかったな。
- 5 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時16分57秒
- 考えることに疲れた後藤は、その体勢のままゆっくりと目を閉じる。
明日も早い。疲れはたまっているけれど、最後くらいはベストの体調で臨みたい。
起きたらもう明日なんだよなー。
ヤだなあ。アリーナいきたくないなあ。
時間が止まっちゃえばいいのに。
そしたらゴトウも卒業しないですむし、けーちゃんも卒業しないですむし、ゆーちゃんも
ずっと二十代でいられるし、辻加護だってずっとコドモのまんまでいられるのに・・・・・・。
そんなとりとめのないことを考えながら、深い眠りへと落ちていった。
- 6 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時17分31秒
- 「やばっ、寝坊したー!」
後藤がベッドから飛び起きる。 時計は見ていないが、寝坊したことに間違いはない。
後藤の体内時計は、たっぷり15時間は寝たことを彼女に告げていた。
「やっばー、今から行って間に合うかなあ・・・・・・」
慌しく着替えを済まし、準備を整えると慌てて家を出る。
そしてそこで初めて、彼女は異変に気がついた。
部屋のカーテンを閉めたままだったので、それまではまるで気づかなかったこと。
半分寝ぼけていた頭が冴えていくのが、はっきりとわかった。
「・・・・・・あれ?」
東の空に、太陽が半分ほど姿を現していた。
- 7 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時18分01秒
- 夢でも見てるのかな?
後藤は自分の頬をつねってみる。
鈍い痛みが現実だということを教えてくれる。
まだ明け方じゃん。
おっかしーなー、思いっきり寝坊したはずなんだけど・・・・・・。
そこで初めて、後藤は腕にはめた時計に目をやった。
針は午前5時をさしている。
・・・・・・まさか、丸一日寝てた?
しかし日付表示も23日をさしている。
後藤はすっかりわけがわからなくなった。
・・・・・・???
まあいいか。 起きちゃったもんは仕方ないし、横浜行っちゃおっと。
もう電車も動いてる時間だし。
お気楽な後藤は、そのまま横浜へと歩をすすめた。
- 8 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時18分43秒
- しかし歩き出して間もなく、後藤は街の様子がおかしいことに気づく。
動きが遅いのだ。
ビデオをスロー再生したよりももっとゆっくりとした動きで、街の人が動いている。
人だけではない。車も自転車も野良猫も、全てが。
・・・・・・なんだあ? みんな寝ぼけてんの?
周りを見回し、普通どおりのスピードで歩いているのが自分だけと気づいて、後藤は
不安を感じる。
時計を見ると、秒針が信じられないほどの遅さで時を刻んでいた。
言い知れぬ不気味さを感じて、後藤は駅への道を一目散に駆け出した。
- 9 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時19分22秒
- 「後藤はまだ!?」
楽屋で飯田がイライラしながら叫ぶ。
タンポポ、ミニモニのリハも既に終わり、全体のリハもとりあえず後藤抜きで終わらせた。
あとは後藤ソロ、プッチをのリハを残すのみ。なのに後藤は相変わらず姿を見せず、
開場時間だけが刻々と近づいてくる。
「携帯はまだつながんないの?」
「はい、何度もかけてはいるんですが・・・・・・」
いまやマネージャーだけではなく、事務所総出で後藤を探しているものの、まったく
どこへいったのか手がかりさえつかめない。
飯田がため息をついたそのとき、楽屋の外でちょっとした声があがった。
「ん?あの声、何?」
様子を見にいったマネージャーが、戻ってきて告げた。
「なんでもないです、ちょっと勝手に入ってきちゃったヤツがいたみたいで」
「セキュリティ甘いんじゃないの? だから後藤が行方不明になっちゃったりするんだよ」
矢口が呆れたように吐き捨てた。
- 10 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時20分00秒
- 電車に飛び乗ったはいいものの、電車さえも限りなくゆっくりと動いていた。
まるで走った方が速いくらいだ。
後藤は座席に座りながら、この状況について少しばかり足りない頭を振り絞って考えた。
とりあえず、時間が進むのが遅くなってる。
これはたぶん間違いない。 だって、時計の針さえもそうなんだもん。
でも、ゴトウ自身は遅くなってない。
周りの時間の進み方だけ、遅くなってる。
何でだ?
昨日、時間が止まればいいのになんて神様にお願いしたから?
また中途ハンパに願いを叶えてくれたもんだねー。
願い方がたりなかったのかな?
- 11 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時20分32秒
- ついに開場時間が過ぎ、開演時間がやってきた。
しかし後藤はいまだ現れない。
焦りと緊張と不安で楽屋はどんよりと暗くなっている。
「仕方ない、やろう」
保田がそう切り出した。
全員が一斉にそちらを向く。
「だってそうでしょ?うちらはプロ。金払って見に来てる人に、見せるものは見せないと。
あのバカ娘のことは忘れて、今できることをやろうよ」
「・・・・・・そうだね、やろうか」
飯田が何かを諦めたように同意した。
- 12 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時21分02秒
- 走ってこうかなー。
電車よりは早くつけるよなー。
後藤は窓の外に流れるスロー再生な風景を見ながら、ぼんやりと考えていた。
そして、窓に映った自分の姿をみて愕然とする。
着ているものが同じなのだから、間違えようがない。
あれ・・・・・・?あれがゴトウ?
そこには、二十歳も半ばをすぎたであろう妙齢の女性が映っていた。
確かに目鼻立ちは自分のものだし、着ているものも持っているものも一緒だ。
しかし明らかに朝とは顔が違っている。
そこで後藤は気がついた。
そして一つの結論に辿りつく。
それが意味するものに気づいて、後藤の背筋は凍った。
- 13 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時21分36秒
- 周りの時間の進みが遅い。
それはイコール、自分の時間が早く進むということだ。
つまり他人の一秒が、自分の一時間であり一日であり一年に匹敵するということだ。
このままいったら・・・・・・
後藤は恐ろしい想像に頭を抱える。
そして窓を開けると、突然線路へと飛び降りて走り出した。
走ったほうが速いようなスピードだから、飛び降りるのもわけはない。
早く行かなきゃ。
行って何が変わるかはわからなかったが、とにかく後藤はみんなに会えば何とかなると感じていた。
- 14 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時22分22秒
- 主役不在の横浜アリーナに怒号が響く。
それでも娘。たちは懸命に歌い、踊る。
- 15 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時22分57秒
- ・・・・・・ついた。
息はこれ以上ないほどに弾み、脚はもう踊るのが不可能なほどに痛んでいる。
何十キロの道のりを走り抜けてきた後藤は、そこでようやく一息ついた。
目の前にあるのは、あれほど来たくないと思っていた横浜アリーナ。
不思議なことに、横浜に近づけば近づくほど時間の進みは元に戻っているようだった。
まるで、後藤とメンバーが出会えれば全てが元に戻るかのように。
後藤は再び走り出し、まっしぐらに関係者入口へ向かう。
0.8倍速くらいで動く警備員の腕をくぐりぬけると、一目散に楽屋へと駆け出した。
相変わらずのんびり動いている時計は、リハ終了の時間を告げている。
ぶっつけ本番だけど、何とかなる。そう信じて後藤は走った。
- 16 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時23分31秒
- しかしその願いはむなしいものと終わる。
強行突破はまずかった。
館内全てから集まってきたかのような警備員の群れが、走る後藤を取り押さえる。
「ちょっと、通してよ!あたしが誰だかわかってんの!?」
わめき散らしてもどうにもならない。
警備員たちは自分の頭を指でさし、『こいつ、頭おかしいよ』といった素振りを見せる。
もう、すぐそこなのに。
皆に会えれば、元に戻るのに。
「はいはい、もう勝手に入ってこないでね」
そして、後藤は正面ロビーから放り出された。
- 17 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時24分22秒
- サイリウムやらハッピやらが投げ込まれる。
娘。たちの懸命のステージングも、後藤抜きでは何の意味も持たなかった。
暴動寸前の観客たちを置き去りにして、主役なしのステージに幕が降りる。
やがて観客たちがいいしれぬ怒りを抱いて家路につき始めた頃、客席の隅にいつまでも
残っている人間がいた。
その白髪の老婆は、いつまでもいつまでもそこで呟いていた。
「間に合ったのに、もう少しだったのに・・・・・・」
- 18 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時29分35秒
- 翌朝の新聞に、眠るように死んでいた身元不明の老婆のニュースが掲載された。
歯型やDNA鑑定の結果わかったことは、あまりに衝撃的だったため
どのメディアも取り上げるのを自粛した。
FIN
- 19 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時30分05秒
- ・・・・・・
- 20 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時30分43秒
- ・・・・・・
- 21 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月20日(金)01時31分15秒
- ・・・・・・
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