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ただただ真っ直ぐに

1 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)17時24分40秒
最近、カクテルと言うものに嵌っている。
中澤さんの家に来るたび何がしかのカクテルを飲まされていた所為か、今ではすっかりカクテル通だ。
週に一度、中澤さんとプライベートで会うことの出来る日は、カクテルを飲みながら、ゆったりとした濃厚な時間を過ごす事になる。

「ごっちん卒業やってな」

今日もいつもと変わらない、そんな日のはずだった。
中澤さんが、ブラックベルベット片手にそんな事を言いさえしなければ。
2 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)17時26分06秒
「…そうですね」

私は、もっぱらお気に入りのグラスホッパーを飲んでいた。
甘ったるさが堪らなくて、いつも気が付けば飲んでいる。
しかし今日は、甘さの中に鈍い苦味があったような気がして、私は顔を歪めた。

「やっぱり元気無いな…」

中澤さんはブラックベルベットの入ったグラスを置くと、下から私の顔をのぞきこんできた。
ほんのり香るコロンと、綺麗に整えられた睫毛から見え隠れする瞳が、酔いに似た気持ち良さを呼び覚ます。
ごっちん、と言う言葉が無くなった途端、グラスホッパーに感じた些細な苦味も消え去っていた。
3 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)17時26分44秒
「ごっちんいなくなるの、寂しいか?」

それなのに中澤さんはまた、ごっちんの話しをむせ返してきた。
どうしたというのだろう。
私といるときに、私以外の人の話をする事は今まで無かった。
中澤さんにとって、ごっちんの卒業がそこまで大きい出来事だということがとても悲しかった。

「…そんな、ごっちんの話はいいじゃないですか」

私はグラスのそこに残っていたグラスホッパーを一息で飲み干しながら、少し不機嫌に見えるように言った。
少しだけの、初めて見せた中澤さんへの反抗。
今までは私に反抗する余地さえ与えなかった中澤さんだったから、ほんの少し中澤さんを困らせてみたかった。
案の定、中澤さんはすこししどろもどろになりながら、

「あ、いや、怒らせるつもりやなかったんやけど…」

困ったように人差し指で頬を掻きながら言った。
二人きりでははじめて見る中澤さんの困惑顔に、さっきまで私の中で燻っていた子供じみた感情は揮発してしまった。
4 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)17時27分48秒
「怒ったわけじゃあないですよ、ただちょっと悲しいかなって」

子供じみた感情は無くなったくせに、態度を子供じみたものにしてみる私。
少し頬を膨らませ小さく両手をこねくり回していると、中澤さんはいっそう情けない声を出した。

「ああ、ゴメンて、怒らん…じゃなかった、泣かんでや、な」

そう言う中澤さんは堪らなくカワイイ。
派手派手しい部屋の内装の中で、弱い中澤さんはまるで異世界のもののように映った。

「じゃあ、慰めてください」
「ん?」
「中澤さんがごっちんばっかり気にするから、吉澤泣いちゃいそうですよ」
5 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)17時28分25秒
歯が浮く。
とてもじゃないが、中澤さん以外に言えるセリフではない。
馬鹿みたいだ。
でも、中澤さんの前にいる私は常に馬鹿なのだ。

「わかった」

そういうと中澤さんは私の唇に覆い被さりながら、私をソファに押し倒した。
柔らかく跳ね返る背中の感触が気持ち良かった。

「涙流すくらい、慰めてやるわ」

涙流しちゃダメじゃないですか。
そんな言葉は口をついて出てこなかった。
出る暇が無かったんじゃない、忘れちゃったんだ。
中澤さんの二回目のキスで、私の頭の中にあった事柄は全て消し飛んでしまったのだから。
6 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)17時29分11秒

行為が終わって、中澤さんは私の隣でゆっくりと私の髪を鋤いてくれている。
手櫛の感触が気持ちよくて目を閉じると、そこには柔らかな白の世界が広がっていた。
そしてそこに、一つの人影が見えた。

「あ」
「ん?」

突然声を発した私に驚いて、中澤さんは動かしていた手を休めた。
心配そうに顔をのぞきこんできた中澤さんに、私は笑顔で返す。

「何も無いです、ごめんなさい」

私の言う事を信用したのか、中澤さんはまたすぐ手を動かし始めた。
7 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)17時29分57秒
白い世界に見えた人影。
あれは、間違い無くごっちんだった。
ブラウンの長髪、ほっそりとした身体。
けれど、ごっちんの纏っている物はボロボロで、所々素肌がのぞいている。

私はそのごっちんを見て、嫌らしく唇を吊り上げた。
いい気味、見事なまでに負け犬で。
いいなぁごっちんは、レイプされた後みたいな姿まで似合うなんて。

…私の中澤さんを悪く言うから。
だから、そんな格好になっちゃったんだよ。
私がやさしく忠告してあげると、白い世界のごっちんは、何かを言いながらも霞のように消えていった。
8 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)17時30分42秒
「寂しくないですよ」

私は、頭の上にいる中澤さんに言った。

「ん?何が?」

中澤さんは不思議そうに聞く。
けれど、それは本当かどうかわからない。
中澤さんはきっと、私の全てを知っているだろうから。

「ごっちんなんかいなくても、全然寂しくないです」

中澤さんがいますから、という言葉は飲みこんだ。
頭の上の中澤さんは、そうか、といいながら、私の髪にキスをしてくれた。

今日はいつも以上に、中澤さんを感じた夜だった。
9 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)17時31分31秒
終わり

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