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クライ・ベイビー!クライ・ベイビー!

1 名前:第9回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時22分37秒
思ったより、盛大に行われるモンなのね。
送別会?
壮行会?
祝賀会?
何だかよくわからない盛り上がりかたをしてるパーティ会場内は、とにかく騒がしい。

今夜の宴の主役は、
後藤、そして、あたし。

シャンパン、ワイン、カクテル、ビール、
皆それぞれに様々な色のグラスを持ち上げて、乾杯の時を、今か今かと待ちわびてる。
あたしは愛想笑いを浮かべつつ、
柔らかな泡が浮かぶ、黄金色の液体の入ったグラスを手にとった。
高価そうなシャンパン。
せっかくだし、いっぱい飲んでやるっ!

あたしの本社への異動と、
同じ課のバリバリのエリート後藤の、N.Y支社への転勤が決まったのは、約一ヵ月半前のことだった。
どちらも、めでたく栄転。
ってことで、
お祭り好きの我が『モーニング商事』は、
某ホテルのホールを貸し切り、盛大な送別パーティを開いている。
あたしの意向は、無視されたまま。
2 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時23分58秒
「後藤さん、N.Y支社へ栄転おめでとうございます!保田さんも、おめでとうございます!」
安いマイクを通した司会の声が、会場に響き渡った。
乾杯の前置きは、音が割れてる上に、いささかお座なり。
まあ、それはいいとしても…。
『保田さんも』ってなによ。
『も』って言うな、『も』って。
ついでにくっついて来たオマケじゃあるまいし。

「それでは、乾杯!!」
幹事が必要以上に声を張り上げ、
一同は、待ってましたといわんばかりにグラスを高々と上げる。
あたしは、それよりワンテンポ早めに、グラスの中身を飲み干した。
大好きなお酒も、今日はひどく味気ない。

送別会。
お酒と人と社交辞令。
3 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時24分46秒
ホロ酔いのパーティは、寂しくて、そして、鬱陶しかった。
マジメに働いて、朝から晩まで一生懸命働いて…、
出世祝いは、コレなのね。
なんだかな。

皆が言う。
『おめでとう』
『さよなら、頑張って』
それは、後藤に向けられるばっかりなのよね。
別に、いいのよ。わかってる。
だって、N.Yの方が、何となく響きがいいじゃない?
わかるよ、わかるけどさ。
『保田さんも、頑張って』って…、
ついで、みたく言われるのは、一体どういうことなのよ。

泣くタイミングを、逃しちゃったじゃない。

それが、悔しい、…いや、寂しい。
4 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時25分30秒
『別れは涙で飾るもの 笑えば なおさら惨めになるでしょ』
昔、そんな歌があったけど…、
やっぱり、昔の話みたいね。
今時の『別れ』の美学は、笑顔でさよなら、なのかしら。

泣かせてよ。
泣きたい気分なのよ、あたしは。
送別会まで、『保田さんも』って言われちゃ、たまんないよ。
結局主役は後藤なの?
あたしは…、ついで、オマケ、サブ。
そんな言葉がお似合いなの?
いいけどさ、別に。
それでも、あたしはあたしだし。

でもね、栄転なんて言っても、
新しい場所と仕事への不安は、たくさんたくさんあるのよ。
押し潰されそうなくらいに、たくさんたくさん。
旅立つ寂しさも、いっぱいいっぱいあるのよ。
思いっきり泣きたいくらいに、いっぱいいっぱい。

自ら異動を希望していた後藤とは、違うのよ、あたしの場合は。
勝手に決められて、行かなきゃクビだって言われてて、
そりゃ出世は嬉しいけどさ、そこにあたしの意思はないのよ。
そんなに強くないのよ、あたしは。
5 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時26分32秒
チヤホヤと皆に囲まれる後藤を尻目に、
あたしは、盛り上がる集団から、ひっそり離れた。
会場となってるこのホールは、人数の割りにやたら広い。
端の方にスペースを見つけたあたしは、一人で飲むことにした。

もう帰ろうかなぁ。そう思いつつ、体を伸ばす。
すると、
「保田さん!」
聞き慣れた高い声が、真横から飛んできた。
ああ、来た来た。
しんみりしたい気分には、絶対に似合わない声の持ち主が。

ため息を一つついて、その高い声の主を見る。
「何よ、石川」
石川梨華、同じの課の後輩。
『女の子らしい』なんて表現がよく似合って、
動いたり喋ったりしなければ、お人形さんのように可愛らしい。
あくまで、動いたり喋ったりしなければ、の話。
6 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時27分11秒
「あの、あの…」
何かを言おうと、石川はモジモジと俯いた。
「何?」
「保田さん、あの、ちょっと、来てもらえませんか?」
「あぁ?どこに?」
「屋上です」
「あ!?何でまたそんなトコに?」
「いいからいいから」
「ええ!?ちっともよくないよ」
ブツクサ言いながらも、あたしは、とりあえず石川の誘うままに会場を抜け出した。

石川は、ズンズンズンズン階段を上る。
あたしは、その後ろを、戸惑いながらついて行った。
しかし、足が重い。
「ちょっと石川!なんで階段なのよ!エレベーター使おうよ!」
「あたしは、若いから大丈夫です。保田さんはエレベーターでどうぞ」
「どういう意味よ!」
ぜえぜえいいながら、やっとの事で最後の階段上りきって、
なんとか最上階についた。
7 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時27分58秒
重めの鉄製のドアを開け、屋上へと出る。
「おおー、綺麗だねぇ」
あたしは、思わず声を上げた。
見上げた空には、たくさんの星と光が輝いていいる。
そして、車や、ビルや街の明かりが、鮮やかに煌びやかに光って、
夜の闇とのコントラストは、信じられないくらいに美しかった。
女二人で来るには、必要以上にロマンティックな場所。
あたしはため息をつく。
これで隣にいるのがカッコいい男のコだったら、雰囲気に酔っちゃうわね。
でも隣にいるのは…。
「保田さんっ!!あの、あの…」
アニメ声のコレだしねぇ。
その甲高い声じゃ、雰囲気出ないっつーの。

「もう…、なに?こんなトコまで連れて来て。何の用?」

見ると、石川は肩に下げている大き目のバックを何やらゴソゴソ探っていた。

んー?今度は何するつもりよ。
8 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時28分33秒
バッグの中で目的のモノを探り当てたらしい石川の顔は、突然パっと輝く。
「保田さん!コレ、もらって下さいっ!!」
大声と共に差し出されたモノを見て、あたしは、危うく引っくり返るとこだった。
「何よ、コレ!!」
石川があたしの目の前に突き出したモノ。
それはなんと、
真っ赤な真っ赤な薔薇の花束。
頭がクラクラして、足元がふらついた。

夜景、薔薇の花束…。
あのね…、何のつもり?
愛の告白でもやらかすのかしら…。
ってか、一体どんなセンスしてるのよ。古いっつーの。
9 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時29分37秒
「あの、保田さん、あの…」
「何?」
「保田さん、本社に異動しちゃうって…」
「だから何?愛の告白でもしてくれるの?」
「ちっっがいます!!」
石川は、頭をぶんぶん振って、力一杯否定した。
「じゃ、何なのよ」
「あたしが好きなのは、営業二課の吉澤クンなんですぅ。吉澤クン、すっごく男前でぇ、優しくてぇ…」
両手を胸の前で祈るように合わせた石川は、陶酔しきった顔でニヤける。
「誰もそんなこと聞いてないから」
あたしは、一応ツッコミを入れておいた。
10 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時30分51秒
「ひっどいですよぉ!保田さん!吉澤クンはホントにカッコよくてぇ…」
「あんたね、何が言いたいのよ!!
 吉澤クンが男前だろーが焼肉ビビンバ三人前だろーが、
 どうでもいいっつーの!!まったくもう!用ないんだったら帰るわよ!」
「待って下さいっ」
「何よ」
「赤い薔薇の花言葉って、知ってますか?」
「情熱…だっけ?」
「そうです!!なんかギラギラした感じで保田さんに似合うかなと思…」
「帰る」
「あっ!ま、待って下さいよぉ」
石川は、必死の形相であたしの腕にガシッとしがみついた。

「もう、何なのよ、バカにしてんの?」
すっかり呆れたあたしは、肩をすくめてみせる。
すると、石川は急にマジメな顔をして、
背骨が折れたんじゃないと思えるほど深々と、本当に深々と、頭を下げた。
「ありがとうございました!!」
「へ?何が?」
「あたし、保田さんに、いっぱいいっぱいお世話になって、
 本当に本当にお世話になって…、
 でも、あたしは保田さんに何にもお返しできなくて…」
絞り出すように言って、石川は顔を上げる。
11 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時31分33秒
「あたし、保田さんがいたから、今まで頑張ってこれたんです。
 入社したての時、何もわかんなくて、ドジばっかしてるあたしに、
 保田さんは、いっぱいいっぱい、色んな事を根気よく教えてくれて…」

あー、そういえば、
あんたは我が社始まって以来の超大ドジなやつだったわね。

「一番簡単なお茶いれさえもろくにできなくて、中澤部長にめちゃくちゃ怒られて、
 そしたら、保田さんが、『茶柱をたてて持ってくと、部長めちゃくちゃ機嫌よくなるから』
 って教えてくれて…」

あー、そうそう。
あんたはその縁起のいいお茶を、すっ転んで部長の頭からぶっかけたのよね。

「書類とか、報告書とか、作り方ろく知らなくて、
 そしたら、保田さんが、『あたしが教えてやるよ』って笑ってくれて…」

いや、だって、
書き出しが、『ハッピー!』の報告書なんて、ありえないし。
あたしは単純に、おもしろがってただけのような気がするんだけど…。

「その他にも色んな事、たくさん教えてもらって…」

別に、一応先輩なわけだし、当たり前の事をしただけなんだけど。
そうそう。
いい加減、シュレッダーとコピー機間違えるなんて、ベタなボケはやめてよね。
12 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時32分22秒
「保田さん。お世話になりました!ありがとうございました!」
最後をそう締めくくって、石川は、穏やかに笑った。

だけど…、
あたしは、思わず吹き出してしまった。
石川のその顔、
小鼻はピクピクしてて、目は真っ赤っかで、涙が今にも零れ落ちそうに潤んでる。
ハの字に下がりそうな眉毛を、何やら必死に上げているらしい。
物凄く怪しい、ヘン顔。
「あははは、何?その顔。あはは」
「保田さん!あたしは真面目に…」
頬を膨らませる石川。
13 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時33分34秒
もったくもう。ばかな後輩だね。

「石川!よく聞け!あたしが教える事は、これで最後だよ!」
「え?」
キョトンとした石川の前で、あたしは息をすうっと息を大きく吸い込む。
そして……、

「泣きたい時は……、泣けっ!!」

石川の肩を、思いっきり引っ叩いた。

笑顔は、みるみるうちに、ヘニャヘニャの泣き顔に変わる。
石川の瞳からは、信じられないくらいの大粒の涙が、一気に流れ落ちた。

「……う、う、うわぇぇーん、やすださぁん…ひっく…ひっく、嫌です、寂しいですぅ」
「あははは、あんた何泣いてんの?いつでも会えるじゃんか」
「保田さんだってちょっと泣いてるじゃないですかぁ」
「これは心の汗なんだよ!」
「古いですぅ。うぇぇぇん」
「うっさい!」

二人して泣き笑い、すごくヘンな顔になってる。
14 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時34分16秒
そう、泣きたい時は、いつでも泣けばいいんだよ。
寂しいなら、寂しいって言えばいいんだよ。
『これから』に向けての期待と不安を、ごまかさなくてもいいんだよ。
ね、そうでしょ?石川。
そうでしょ?あたし自身。

石川に教えた事。
『泣きたい時は、泣けばいい』
本当は、石川に教えてもらった事。

「保田さん、絶対絶対、頑張って下さいね」
「当ったり前じゃん!社長になってやるってんだ!」
人差し指で斜め四十五度の角度をビシっとさして、キメてやった。
「保田さん、そのポーズ、ヘンです」
「うっさい」
「ダサいです」
「うっさい!」
「あはは」
石川の目には、まだ大粒の涙が溜まってる。
けど、極上の笑顔。
15 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)13時34分52秒
ねぇ、あたしも、イイ顔してんでしょ?
何だか、ふっきれた。
何でだろ。
まあ、とにかく!
ありがとね、石川。

頑張りな。あたしももちろん頑張るからさ。
全ていつか納得できるさ。
それぞれの道で、上を目指して行こう。

そんな気になったのは、あんたのおかげ、…カモね。





     fin.

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