インデックス / 過去ログ倉庫 / 掲示板

ダンデライオン・ハート。

1 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時27分05秒
「今日はタンポポを卒業する三人でお送りしました」
「「ありがとうございました〜」」
「これからは新タンポポを宜しく願いしま〜す」
「「宜しくお願いしま〜す」」

九月某日、某ラジオ局でタンポポがパーソナリティである、某ラジオ番組の収録を終えた。
ユニット編成後もタンポポに在籍する石川は、この日は生憎取材の仕事が入っていて、
現タンポポ四人で揃って最後の放送をする事は結局出来なかった。
この日の放送で、タンポポ卒業を間近に控える
加護、飯田、矢口の三人のメンバーはこの番組を卒業した。

三人は番組プロデューサーから矢口の上半身がすっぽりと
隠れてしまうほどの大きな花束を受け取ると、
スタッフ達に対し、悲しい表情を一つも見せずに笑顔を振り撒いてスタジオを後にした。

――
2 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時28分37秒
「この花束、デカ過ぎだよ!!」

楽屋に戻る途中、矢口が花束を両手で抱きかかえながら、鬱陶しそうにそう言うと、

「そうかな、私には丁度いいけどね」

飯田が飄々とした口調で言い返す。
いつも見慣れている二人のテンポの良いやりとりを見て、
加護は頬を吊り上げるだけの小さい微笑をした。

「圭織はデカイもんなぁ」
「矢口が小さすぎなんだよ」
「な、何だとぉ?」

加護はそんな二人に対し、リズミカルな相槌を打ってその場を収める。

「♪〜まあまあ。抑えて抑えて」

3 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時31分48秒
楽屋に戻り、三人はさっさと花束をマネージャーに渡すと、飯田と矢口は
間髪いれずにハンガーにかけていた洒落たハットを目深に被り、
置いてあったトートバッグを肩に掛け、手早く携帯の着信を確かめると、
二人で他愛の無い会話をしながらさっさと楽屋を出て行こうとする。

「加護ぉ、置いてくぞ」

矢口が楽屋のドアを閉める際に気だるそうにそう言うと、
加護は先に出て行った二人に追いつくため、チャッチャと素早く身支度をする。
そして勢いよく楽屋を飛び出すと、駆け足で二人の背中を捕まえた。

「ちょっとまってくださーい」
「キャハハ、加護、くっつくなよー」
「加護は元気だねー。やっぱ若さかな」
「ちょっと圭織、オイラもまだ十代なんだけど・・・」
4 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時33分33秒
ラジオ局の閑散とした薄暗くて狭い廊下は、声が反響して必要以上に大きく聞こえた。
味気ない作りの局内は、まだ夜の六時過ぎだというのに人気が無く、
放課後の学校のような、特有の気味悪さがあった。
加護は矢口の腕に絡み付いて、頭を肩に寄せながら、歩幅の短い矢口に合わせて
ゆっくり廊下を歩く。飯田もくっつきながら仲良さげに歩いている
二人を高い位置から見下ろし、優しい微笑を浮かべながらゆっくりと並んで隣を歩いていた。

「なんか今日の放送でオイラやっとタンポポ卒業するんだなあ、って
実感しちゃったよ。って遅すぎるよ!!」
「ははっ自分でツッコムなって。・・そうだね、いろんな事がありすぎて、
タンポポの事は印象薄かったもんね」
「そうですよねえ。飯田さんたちは最初っからずうーっとタンポポですもんね」

加護はタンポポ卒業が間近に迫っている今でもまだ卒業するという実感が湧いていなかった。
後藤と保田の卒業を聞かされた時は、後藤が隣で座っていたからか、
速効で込み上げてくるモノがあり、悲涙を堪える事が出来なかったのだが、
ユニットの編成についてはそこまで特別視していなかった。
5 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時34分26秒
「今からどうするんですか?矢口さんも飯田さんも」
「そうだね〜加護は明日も学校でしょ?それに矢口は今日仕事続きで疲れてるしね」
「ちょっと位なら時間あるよ。何?うちあげでもすんの?」
「いいですね〜。やりましょうよラジオ卒業祝い。加護も少しだけならいいですよ」

それを聞いた飯田は視線を天井に向けて、うん、と高い声を出し、両掌をパチンと合わせた。

「そうだね。じゃあ、場所はここのレストランで」
「いいねえ。もうここに来ることも無くなるもんね」
「そうですね〜。加護もあそこのチョコパフェ食べたいですねえ」

この局内にあるレストランは、リーズナブルな値段で味が良く、
タンポポのメンバーである四人の密かな穴場となっていた。
空腹の三人の足取りは、自ずと弾むように快活になる。

カツ、カツ、カツ、と飯田が履いている、真紅のヒールの音が廊下に響く。
加護はいつか自分もこういう、大人びた靴を履く日が来るんだろうなと
ぼんやり思いながら、隣で携帯を弄っている矢口の脇腹を擽った。
6 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時36分07秒
「キャ、ハハハ、やめろよ!加護ぉ!」
「へへへ、矢口さん脇腹弱いですもんね」
「加護は変わんないねぇ」

飯田が矢口に悪戯をしている加護に、溜息交じりの声でそう言うと、

「加護はかわりませんよぉ」

加護は得意げに、茶目っ気溢れる声色で言い返した。
三人は局内のエレベーターで一階のホールに降りると、ホールの裏側にある
ラジオ局の関係者のみ入る事が出来る、件のレストランに向かった。

「いらっしゃいませ」
「タンポポ三名で」
「は?」

店内は食事時で殆ど満席の状態だった。三人は場所を変えようと相談しかけたのだが、
ウェイターの計らいで、三人は外の様子が窺える
窓沿いで一番奥の、四人用の予約席に誘導された。
7 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時37分40秒
「今日は予約はありませんので」
「すいません、有難う御座います」

飯田が丁寧に頭を下げると、ウェイターは、いえいえ、と恐縮そうに頭を横に振った。

「よかったじゃん、加護」

矢口が肘で加護の脇腹をコツコツ突付くと、

「よかった、よかった」

加護は嬉々とした相槌を打った。

このレストランは鼠色の煉瓦を内壁と床に使用し、
店内全体の装飾も暗色を基調としていて、粛然とした雰囲気が醸されていた。
窓はマジックミラーになっていて、外からは中の様子を窺う事が出来ないように
なっている。

店内に波紋のように広がる囁き声のような小さな喧噪と、
カチャカチャと鉄器の交わる音と、流れている独特の音楽が相まって、
三人の意識の中に、ある種の倦怠感のようなモノをじんわりともたらした。
8 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時44分06秒
飯田が一人で座り、加護は相変わらず矢口の腕に絡まったまま、飯田の向かいに腰掛けた。
飯田と矢口は被っていたハットと、肩に掛けていたトートバッグを席の奥に放り投げると、
ウェイターに慣れた調子でお気に入りのパスタを二人一緒に注文した。
加護は焦った口調で「加護もそれと、あと、チョコパフェ、」と付け足す。

そして注文を終え、一段落すると、飯田は一つ大きな嘆息を吐き、
窓外の景色を見ながら艶めいた微笑を浮かべた。
矢口もそんな飯田の様子を見て、あーあ、と、気の抜けた声を出し、
高い天井を見上げながら伸びをした。
加護は二人の表情が先程よりも幾分大人っぽくなっているのに気付き、
妙な居心地の悪さを俄かに感じた。

「なんだかさ、時間の流れって速いよね」

飯田が感慨深げに窓に写る自分の顔を見ながらそう言うと、「そうだね。」と矢口も
同じような口調で言った。加護は二人の会話の意図を掴む事が出来なかった。

「圭織さあ、ぶっちゃげて、タンポポ卒業、かなりショックでしょ?」
9 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時45分28秒
矢口が探るような口調でそう言うと、飯田は鼻で艶っぽく笑った。

「はは、そう言う矢口はどうなんだよ?」
「オイラは平気だよ。卒業って言っても、モーニングがあるしね」

矢口は平然とした調子でそう言うと、グラスの水をゆっくりと一口飲んだ。

矢口と飯田の会話には、普段は感じることの無い一種の緊張感を孕んでいた。
加護はいつもと雰囲気が違う二人の会話を、
二人の表情を交互に見やりながら黙然と聞き入る。

「タンポポは私にとっては特別な場所だったんだよ。
初めてのユニットで、いつもと違う自分を表現できた」

飯田が水の入ったグラスを目の高さまで持ち上げ、揺れる水面を見ながら
思い起こすようにそう言うと、矢口は飯田の言葉を聞きながら、
視線を木目が浮かぶテーブルに落とし、うんうんと思慮深げに小さく二度頷いた。
10 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時46分16秒
「・・確かに、ね。でも、それで前進できるのなら仕方が無いよ。
モーニングだって、そうやって今まで来たんだから」

矢口は自分に言い聞かすように、頷きながらそう言った。

「上手く言えないけどさ、こうやって矢口と仲良くなったのもそうだけど、
加護とも石川ともさ、仲良くなれたのはやっぱタンポポの御蔭なんだよ」

飯田は強い視線を矢口と加護の二人に向ける。

「・・・へえ、泣かせるねえ、でも、やっぱオイラも正直辞めたくないな。
いくら事務所の都合でも、いくら前進できても、やっぱり、辞めたくない」

矢口はグラスを片手に持ちながら、俯き加減に悄然とそう言った。

加護は二人が思っているよりも重く卒業の事を考えている事に気付いた。
いつも、「仕事多すぎだよ」と泣き言を言っていた矢口がこんなに
思い詰めた顔をしているのを加護はまだ信じられないでいた。
この重苦しい雰囲気を打開しようと、加護は気だるそうに、だらしない声を出した。
11 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時47分01秒
「どうしたんですかぁ?今日はお祝いですよぉ」
「お前は呑気だね。どうなんだよ?タンポポ終わるんだぞ?」
「そうそう、加護だって思い入れ深いでしょ?」
「うーん、どうでしょうねえ、まだ実感湧いてないですねえ」
「こうやって三人で仕事する事も無くなっちゃうんだぞ」
「そうだよ。もうタンポポの曲も歌えなくなる」
「・・・・・」

前と横から諭すように言われ、加護は暫し昔の事を顧みた。
最初は自分と石川が加入する事をあからさまに嫌悪していた飯田も、
時間が経つにつれとても優しく振舞ってくれた。
矢口とはミニモ二でも一緒だったが、やはり最初に打ち解けたのはタンポポで仕事を
していた時だ。沈思すればするほど、タンポポでの大切な思い出ばかりが浮かんでくる。
12 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時47分54秒
「・・・ヤバイです、ちょっと、涙がじんわり込み上げてきましたぁ」
「キャハハ、素直になれって、そうやって涙流せるのも今の内だけだぞ?加護ぉ」
「なんで、ですかぁ?」
「それはなぁ、大人になったらわかるよ」
「矢口はまだ十代じゃなかったっけ?」
「・・・・・ほら、パフェ来たぞ、加護」

加護は涙が止まらなくなった。
大切な場所を失ってしまう事を今になって漸く気付いた。
タンポポを卒業するということがどういう事かやっと理解した。
大切な事は失って初めて気付くと言うが、加護は失う一歩手前で気付いた。

加護が矢口や飯田と混じって会話をする事は、
五期メンバーが入ってから、プライベートでは殆ど無かった。
年齢差もあり、価値観も違う。楽屋や収録の合間など、年長メンバーとは
常に距離をおいていた。でも、タンポポでの仕事の時はそんな事を考えることなく、
平然と振舞う事が出来た。タンポポの中では時の流れは止まっていたのだ。
13 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時48分49秒
「いいなあ、子供の頃に戻りたいよ。私は加護みたいに素直に泣けないからさ」
「わかるよ。圭織、それ」
「・・・・加護は、タンポポに入れてよかったです」

加護が鼻水やら涙やら、いろんなオプションをつけたクシャクシャの顔でそう言うと、
飯田と矢口は二人で顔を見合わせ、優しい微笑を浮かべた。
そして、隣の矢口が加護の顔をハンカチで拭ってやった。

「あ、ありがとうございますぅ」
「ああ、手に鼻水付いちゃったよ!」
「はははは」

14 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時49分47秒
暫くして加護が泣き止んでから、三人はタンポポの思い出話に花を咲かせた。
食事をしながら悲しかった事、楽しかった事、色々な事を語り合う。
外は夜の帳が下りていて、様々な色の人口灯が
月の存在を忘れさせるように煌々と輝いていた。
窓外の目前に見える歩道と車道では絶え間なく、人影と車影が流れていく。
加護はぼやけた光を引きずらせながら走る車影を見て、飯田の言った
時間の流れというのを垣間見たような気がしていた。

「加護、そんな悲しくないですよ」

タンポポのメンバー編成が告げられた時、マネージャーにそう言ってから約二ヶ月経った。

―――
15 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時50分32秒
徐に飯田が脱いであったハットを被りなおすと、矢口も悟ったように
テーブルの上に置いていた携帯を鞄にしまい、ハットを目深に被った。
三人でいる時が終わりを告げようとしているのを感じ取った
加護は、形容し難い、一種の疎外感のような感覚を覚えた。
タンポポを卒業したからといって矢口と飯田と会えなくなる訳ではない。
それでも加護は今、二人と別れることがどうしても辛くて不意に止んだ涙が込み上げてきた。

「・・・じゃあ、そろそろ帰ろうか、加護は明日学校なんだろ?」
「はひぃ」
「もう泣くなって。別にオイラ達がいなくなる訳じゃないんだし」
「じゃあ、私、勘定してくるね」
「ゴメン、圭織、この借りは返すよ」
「いいから加護の事頼んだよ」
16 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時51分22秒
飯田が先に席を立ち、レジで支払いをしている間、
矢口は加護の背中を擦りながら、優しく加護の手を掴んで席を立たせた。
そして、涙で俯き加減の加護の頭をクシャクシャ撫でながら店を出る。
勘定を済ませ、店を出てきた飯田は、幾度か瞬きをしながら
加護にニコリと微笑みかけると、悪戯に加護の涙で濡れた頬っぺたを軽く摘んだ。
矢口と飯田の優しさは加護の感傷を促進し、加護は改めてタンポポを卒業する事を悔やんだ。

「加護はぁ、ヒック、飯田さんや矢口さんみたいな大人になりたいですぅ」
「はは、嬉しいなあ、オイラはお前みたいな後輩を持って誇りに思うよ」
「加護は変わんないでよ。私は変わっちゃったけどね」
「ええ?圭織変わったかなぁ?」
「変わったの!」

加護は二人のやりとりを聞いたあと、
涙を流しながら悪戯っぽい笑顔を浮かべ、矢口と飯田から三メートルほど
走って離れると、勢いよく振り返った。


「加護はかわりませんよぉ!!」

                         


                終わり。

Converted by dat2html.pl 1.0