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ひとりぼっちのマヌーヴァ

1 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)00時56分37秒
「なんで空を飛ぶのかって?」

「自分が飛べないことを知りたくないからだよ」
2 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)00時57分21秒


目の前には透明なキャノピイ。
その向こうにはくすんだ色をしたボンネットが見える。
左右には小さな主翼が頼りなく伸びている。
周囲にはそれ以外何もない。
青い空。
左斜めが眩しかった。

今の部隊に配属されて三年が経った。
もうこの空もすっかり飛び慣れてしまった。
いつも通りの空。
だけど、やっぱり違うんだ。
その理由はわかっていた。
3 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)00時58分16秒
コックピットの中で揺れるメータをチェックして、私は操縦桿を目一杯奥に倒した。
機首が下がり、機体が降下していく。
ループの頂点を過ぎた。
エレベータ、フルアップ。
ラダー、エルロンを右一杯に切った。
スピンが始まる。
空、海、山、森、雲、空、海……
外に広がるパノラマは、ぐるぐる回るメリーゴーラウンド。

シェイクされながら降下するときのこの感覚が私は大好きだ。
ベッドの上なんかより、ずっと気持ちが良い。
色んなものが身体から剥ぎ取られていくような感じだ。
このままずっと堕ち続けていたい……
いつもそんなことを考えてはいたけれど、きっと今日ほどそれを強く願った日はなかっただろう。
とにかく何も考えていたくなかった。
頭が、心が、
回る、回る、まわる。
堕ちていくスパイラル・ダイブだけが、私を優しく慰めてくれていた。
4 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)00時59分21秒


高度1000フィート。
引き起こして、各蛇をセンターに戻す。
空が上。
ようやく自然な状態に戻る。
止めていた息を解放して久しぶりの酸素を味わっていると、イヤフォンから声が聞こえてきた。

「石川! スパイラルは禁止って言ったでしょうが!」
保田さんの声だ。
振り向くと後方の高い位置に2番機の機体が見えた。
「すいませーん。でもコレ好きなんですよ」
「アンタ、他にもっと覚えることあるでしょ! 
 ったく、派手なマヌーヴァ(空戦機動)ばかりやりたがるんだから」

保田さんはそう言って通信を切ると上昇を開始した。
宙返りの頂点の手前でロールを入れて降下体勢。
保田さん得意のインメルマンターンだ。
またたく間に180度の転回を完了すると、保田さんの機体は私の右上方をすれ違って後方に消えた。
5 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時00分11秒
慌てて私も水平旋回に入る。
実は私はインメルマンができない。
というよりは、その必要性を感じないと言ったほうが適切なのかもしれない。
私の機体の旋回半径は保田さんのそれよりもずっと小さい。
つまり、保田さんがインメルマンで転回するのとほぼ同じ早さで、私は水平旋回を完了できるという訳だ。
だから私はインメルマンターンを使ったことがなかった。

さっきの保田さんのセリフは要するに、インメルマンを覚えろ、ということだ。
以前から事あるごとに言われてきたけど、最近はそれが顕著になってきたように思う。
まるで何かに急かされているみたいだ。
何をそんなに焦っているのだろう?
確かにインメルマンを覚えればダンス・ステップのレパートリは格段に増える。
だけどこのご時世、空対空の舞踏会なんてそうそうあるもんじゃない。
もう戦争なんて時代遅れのイベントなのだ。
6 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時02分07秒
ミッションに従って、私たちは北北東に飛んだ。
今回の任務はある工場施設の偵察だった。
要するに、つまらない仕事。
けれど最近は任務のほとんどがこの手のものばかりだ。
それだけ世の中は平和に移行しようとしているということだろうか。
こんな仕事をしていると、世間一般のことに疎くなって仕方がない。
でもそんな事はどうでもいい。
私が考えることじゃないから。

基地を飛び立って一時間が過ぎた。
エメラルド色の湖を越えると、赤茶けた地面が広がっていた。
灰色の道路が右から左に横切っていて、その奥に白い工場が見えた。

「石川、見える?」
「はい、目標確認しました」

私はマッチ箱のような目標を視界に留めたまま、少しだけ上昇した。
エルロンを切って機体を右に傾ける。
広大な大地。
地平線が斜めに傾いていた。
もう一度、目標を見下ろす。
動いているものは確認できなかった。
人も、自動車もない。
無人の工場なのだろうか?
いずれにせよ、この目標には何もないみたいだ。
ここまで近付いても何の攻撃もないことがその証拠である。
7 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時02分50秒
「何もなさそうね」
無線から伝わってきた保田さんの声はなぜか残念そうだった。
私はその声に少しだけ笑った。
今回のような偵察任務では何もないことこそ喜ぶべき結果なのに。
工場の上を大きく旋回する。
白煙が二本、大きなサークルを空に残した。

「保田さん、帰りますか?」
「…そうね」
私の提案に保田さんは力無く答えた。
8 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時04分44秒
機首を上げて上昇する。
やがて雲を突き破った。
視界の上半分は透き通るようなブルースカイ。
そして下半分はメレンゲのようなホワイトクラウド。
その隙間、遙か下にコバルトブルーの海が輝いている。
地上よりも少しだけ大きく見える太陽の黄色い光。
その柔らかな陽射しが春の訪れを私に教えてくれた。

「石川、ロール行きまーす」
あまりの気持ち良さに、私はエルロンをフルに切った。
スクリューする機体。
空が海に。海が空に。そして雲が綿飴みたいに回っている。

十秒ほどロールして、私は緩やかに機体を水平に戻した。
止まった瞬間、少しだけ逆方向に身体が揺れる。
私はゴーグルを外して、右手で額の汗を拭った。
やっぱり空を飛んでいるときが一番楽しい。
9 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時05分59秒
「保田さん、今日の夕食、何でしょうね?」
私はゴーグルをかけ直しながらくだらない質問をした。
きっと保田さんは、何言ってんのよ、なんて言って怒るだろう。
今にもその言葉がイヤフォンから聞こえてきそうで、私は思わず口もとを上げた。
もしかしたら私は怒ってもらいたくて、こんな質問をしているのかもしれない。

イヤフォンに信号が届く。
「ごめんね、石川……」
保田さんの答えは、私が期待していたものではなかった。
10 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時07分08秒
「保田さん?」
私は慌てて上空後方を振り向いた。
背面飛行をしていた保田さんの機体が急降下に入る。
インメルマンターンの逆バージョン、スプリットSの軌道だ。
保田さんは機首を振り返すつもりだ。
すぐに私も水平旋回を開始した。

私の機体が旋回を完了したとき、保田さんはすでに上昇体勢に入っていた。
「保田さん! どこ行くんですか!?」
返事はない。
私は操縦桿を思い切り引いた。
左手でスロットルを押し上げる。
エンジンが狂ったように吠えた。
高度計の針がぐんぐんと右に傾いていく。
だけど、保田さんには追いつけない。
「保田さん! 待ってください!」
私はスロットルを押し上げたまま叫んだ。
11 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時08分28秒
その瞬間、エンジンが息継ぎした。
機体が失速してぐらつき始める。
ストールだ。
私は舌打ちすると、目一杯ラダーを切った。
「ほんと、アンタってバカね……」
保田さんの声が聞こえた。
私がストールするのを見ていたのだろうか。
「前に言ったでしょ? そのエンジン、六千あたりで息継ぎするって…」
ぐるんと回転する視界。
正面に海。
なんとかストールターンを決めることができた。
「バイバイ、石川」
お互いが逆向きに加速していく瞬間の中で、保田さんは別れを告げた。

適当に速度がついたところで私はエレベータをアップした。
機首が持ち上がり、水平飛行に復帰する。
私は首を振って上空を見上げた。
真っ青な空。
保田さんの姿はどこにも見えなかった。
12 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時09分03秒


基地に戻った私は寺田さんのオフィスに行き、ミッションの完了を報告した。
報告の最後に保田さんの事を説明すると、寺田さんは
「…そうか」
と、一言呟いてブラインドの隙間から外を眺めただけだった。
「…失礼します」
私は敬礼をしてから、部屋を出た。


宿舎に戻ると入口の横のロビーで、矢口さんが待っていた。
その姿を見て私はため息を小さく漏らす。
飛行機が一機しか戻ってこなかったのだ。
その夜、戻ってきたパイロットに聞く質問なんて一つしかない。

「なんで一人で帰ってきた? 圭ちゃんはどうしたの?」

そのたった一つの質問を矢口さんは口にした。
真っ直ぐな瞳。
照準がピタリと私の眉間を捉えている。
その機銃に撃たれた私はのけぞるようにして天井を仰いだ。
つり下げられた蛍光灯。
その鈍いオレンジ色の光は、雲の上の太陽よりもずっとずっと弱い。
私はもう一つため息をついてソファに腰を沈めると、寺田さんに説明した内容をもう一度繰り返した。
13 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時09分47秒
「そっか…、行っちゃったんだ……」

矢口さんは寂しそうに笑いながら煙草に火をつけた。
私は隅にある冷蔵庫を開けると、中から冷えたビールを取り出した。
基本的にアルコールに強い方ではない。
だけどアルコールが嫌いだというわけではないし、なにより色んなことを忘れる時間が今の私には必要だった。

「いつかこんな日が来るとは思ってたけどね……」
「どういうことですか?」
私はグラスにビールを注ぎながら質問した。
「時代は変わったって事だよ」
「時代?」
「そう。戦争が終わって一年。スカイ・ゲリラの残党との戦闘も今年になって殆ど無くなった。
 もう機銃なんて流行遅れで重たいだけのアクセサリ。それが時代の流れってやつ」

矢口さんはそう言うと、グラスに口をつけてビールを半分ほど飲んだ。
私は手に持っていた瓶の中身を彼女のグラスに注ぎ足した。
14 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時10分39秒
「これからは飛行機の仕事なんて、輸送かサーカス・ショーぐらいしかない。
 ウチの会社も、割りに合わない傭兵稼業なんてそのうち止めちゃうだろうね」
矢口さんの口調は悟りを開いた賢者のように落ち着いていた。

会社がどんな事を考えているのかなんて、私たちのような下級職員にはわからない。
寺田さんなら少しは知ってるのかもしれないけど、それでも多少情報の範囲が広がる程度のことだろう。
どっちにしろ私には興味がなかった。
空さえ飛べるなら、それで良いと思ってた。
だけど、時代ってやつは、私のポリシーなんて無関係に流れていくものらしい。

「空はもうドライバーとピエロの遊び場だ。
 圭ちゃんみたいな根っからのファイター・パイロットが飛べる空なんて、この辺りには残っちゃいないんだよ」

矢口さんはグラスを一気に空にすると、再びビールを注ごうとした。
しかしそれは既に空っぽの瓶だった。
「ちぇっ」
彼女は舌を鳴らすと、吸いかけの煙草を口にくわえてソファから立ち上がった。
15 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時11分34秒
「きっと圭ちゃんは自分が飛ぶことのできる空を探しに行ったんだね」

矢口さんは煙を吐きながら、本棚の上に飾られていた地球儀をカラカラと回した。
その顔はさっきまでとは違い、とても穏やかな表情をしていた。
保田さんがいつか去っていくことを、矢口さんは何となく感じ取っていたんだろう。
私だってパイロットの端くれだ。
保田さんの気持ちがわからないわけじゃない。

だけど、なぜ?
どうして何も言ってくれなかったんだろう?
どうして私を連れていってくれなかったんだろう?

もっともっと、色んな事を教えて欲しかった。
ずっとずっと、一緒に飛び続けていたかった。

心がストールしそうだった。
私はそれを落ち着かせようと、ビールを喉に流し込んだ。
炭酸はあっという間に弾けて消えて、ほろ苦い味だけが喉の奥に残った。
16 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時12分16秒
「そんな暗い顔するなよ、石川。これからはアンタがエースなんだろ? しっかりしろよな」
「え? 私がエース?」
私はグラスを置いて顔を上げた。
「寺田さんから聞いてないの? ……まいったな」
矢口さんはバツが悪そうな顔をして頭を掻いた。
「何の事ですか? 説明してください!」
私が問い詰めると矢口さんは顔を右にそむけて、そして重々しく口を開いた。

「…ヤグチとカオリ、そして加護が、第一小隊から外れることになった」
17 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時13分35秒
第一小隊とは主に近距離の索敵及びパトロールを担当するチームのことで、私もそこに所属している。
保田さんと二人で飛ぶ時以外は、第一小隊のメンバーとして任務をこなすのが殆どだった。
そのチームの私以外のメンバー全員が配属を外れる。矢口さんはそう言った。
まさに青天の霹靂だった。
残ったもう片方の主翼までもぎ取られたような、そんな気分だった。

「…いつ決まったんですか?」
「今日。アンタが圭ちゃんと飛んでた時」
「そんな……」
「大丈夫だって。みんな、この部隊を辞めるわけじゃないんだから」

……そうだ。矢口さんたちは居なくなるわけじゃない。
ただ、ちょっと仕事が変わって、一緒に飛ぶことがちょっぴり少なくなるだけのことだ。
よくあることじゃないか。
そう、よくあることだ。
矢口さんの言葉を聞いて、気分が少しだけ軽くなった。
18 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時15分00秒
「じゃあ矢口さんはどうするんですか?」
なんとか精神状態を水平飛行に復帰させた私は矢口さんに質問した。

「来月からキッズ・スクールの教官をやることになった」
「キッズ・スクール? パイロットの育成機関ですか?」
「そんな立派なもんじゃないよ。
 ほら、デパートの屋上なんかによくあるだろ? コインで動くおもちゃの飛行機がさ」

矢口さんは両手を広げて左右に小さく傾いた。
そのおもちゃの飛行機のジェスチャーのようだ。
私も子供のころ、そのおもちゃに乗った記憶がある。
地面に繋がれた飛行機でも、当時の私にとっては十分満足のいくアトラクションであった。
今乗ったらきっと狭苦しくて仕方がないだろう。
第一、ちっとも面白くないに決まってる。
19 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時15分34秒
「要はそれの実物版だよ。
 お子様たちは本物の飛行機にお手軽に乗れて大はしゃぎ。
 会社はその親から授業料って名目で大金ふんだくってぼろ儲け」

矢口さんは煙草を灰皿に押し潰すと、右手の親指と人差し指で丸を作りながら笑った。
その笑顔はどことなく寂しげで、そしてひどく自虐的だった。

「オイラはそこでガキのお守りさ」

飛ぶべき空を見失ったパイロットの悲哀がその言葉には満ちていた。
20 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時16分30秒


高度1000フィート。
引き起こし開始。
各蛇センター。
徐々に収束するスピン。
視界の回転するスピードがだんだんと緩まって、
やがて機体は空を真上に見た状態で安定した。

「梨華ちゃん、すごーい!」
「石川さん、カッコイイ!」
「スパイラル・ダイブですね。石川さん、完璧です」
次々とイヤフォンに入る通信。
第一小隊には矢口さんたちの後任として新たに三名のパイロットが補充された。
今日は新・第一小隊として初めての飛行演習が行われていた。
21 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時17分12秒
スパイラル・ダイブをしたのはあの日以来だった。
だけど、ダイブした後、いつも叱ってくれたあの人はもういない。
とっくの昔にふっ切れていたつもりなのに、なぜか寂しさを感じてしまう。
それはきっと、この空が一人で飛ぶには広すぎるからだろう。

キャノピィの向こう側が滲んで見えた。
私はゴーグルを外して、右手のグローブで瞼をこすった。
22 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時18分19秒
「みんな、インメルマンターンはできる?」

私はゴーグルをかけ直しながら、前を飛ぶ三機に聞いた。

「何ですかそれ?」
「ループの頂点付近でロールを半分だけ入れて180度転回するマヌーヴァだよ、里沙ちゃん。
 パイロット・スクールで習ったでしょ?」
「私も前の部隊にいたときに習ったけど、実際に空でやったことはないな」
「残念ながら私も未経験です」
「里沙もないでーす」

やっぱりか、と私は思った。
今ドキのスクールはインメルマンみたいなマヌーヴァなんて演習しない。
私の時代もそうだった。
生徒に最低限の知識と操縦法だけ詰め込むと、あとは前線へポイ、だ。
そんな風にして育てられたパイロットが今やエースだなんて呼ばれている。
要するに本当のエースなんて、もはや必要ない。そういう事なのだ。
つくづく平和な世の中になったと思う。
23 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時18分54秒
機速を少し上げて前の三機を追い抜いた。
さっきの通信を保田さんが聞いてたらなんて言うかな?
私はそれを想像して、少しだけ笑ってしまった。
あの人ならきっと三年前と同じセリフを言うだろう。

「じゃ、私がお手本見せてあげるわ。しっかり見ててね」

私はあの時の保田さんと同じ言葉を口にした。
もっとも、保田さんはこんなに優しい口調じゃなかったけど。

シートの上で姿勢を正してベルトを締め直すと私は大きく深呼吸した。
大丈夫、きっと上手くいく。
あの日から空に出るたびに、インメルマンターンをこっそりと練習した。
広大な空の中で、ひとりぼっちのマヌーヴァ。
他人に見せるのは今日が初めてだった。
でも、ほんとに見て欲しい人に見せることは、もうできない。

水槽の泡のようにぶくぶくと胸にわき上がる切なさを飲み込んで、私は操縦桿を引いた。
メータをチェックしながら、ゆっくりとスロットルを押し上げる。
機首が上を向いて、機体が上昇を開始する。
そう言えば保田さんを追いかけていた時もこんな風に上っていた。
24 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時19分38秒
あの日、空が下に流れていく空間の中で、私は保田さんの機体を見上げていた。
透明なガラスのレールの上を滑るように上昇していく機影。
その後ろ姿はため息が出るほど美しかった。
どうして上っていくものの後ろ姿はあんなにも綺麗なのだろうか?
きっと「憧れ」という言葉のイメージが、あのアングルなのだろう。

そう、ずっと憧れだった。
そしてきっとこれからも。
私の飛ぶ空がなくなるその日まで、彼女は私の憧れであり続けるだろう。
25 名前:第九回短編バトル 投稿日:2002年09月17日(火)01時20分44秒
機体が地面に対して垂直に立った。
ループの頂点は近い。
キャノピィの外を見ると、輝くようなセルリアンブルーがどこまでも続いていた。
果てしない大空。
きっとこの空のどこかで、彼女はその翼を広げていることだろう。
彼女の華麗なマヌーヴァを想像しながら、私は思い切りエルロンを右に切った。



FIN

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