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いいわけ

1 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時18分07秒
詳しい事情はよくわかりませんし、また説明するまでもないでしょう。
2 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時19分07秒
要は、安倍さんが、あの安倍さんが、肺ガンだか白血病だかE型肝炎だか、とにかく決して治すことのできない病気で死にそうだということ、死ぬ前に青いバラが見たいと最後のワガママを言っていること、しょうがないのでみんなで探し回っていること、それがなかなか見つからなくて、その代わりに飯田さんが青いバラの絵を書いているということです。

これはたいへん迷惑なことでした。安倍さんと飯田さん両方がです。この忙しい時期にこんなことになった安倍さんについては、不可抗力だからあきらめもつきます。

問題は飯田さんです。安倍さんが復帰不可能とわかると、事務所や残されたわたしたちはその対応に追われ、目が回るくらい忙しくなりました。だというのに飯田さんはリーダーとしての職務を忘れて、自宅にこもって絵を書きつづけていました。
3 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時20分12秒
安倍さんがいなくなったからといって、事情が事情だけに、すぐに補充オーディションを開くわけにはいきませんでした。必然的に安倍さんのパートがわたしたちに振り分けられました。安倍さんのかわりが務まる人間なんてそうそういません。みんなでいろんな曲のメインパートを担当することになりました。コンサートも近いのです。多額の損害金を恐れた事務所には、コンサートを中止することなど思いもよらないことでした。

矢口さんや保田さんがいくら諭しても、飯田さんは絵を書きつづけていました。
事態を憂慮したごっちん、梨華ちゃん、そしてわたしは、とある喫茶店に集まりました。
4 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時20分53秒
「ふう、疲れた」
「ほんと、メインで歌うってたいへんだよね」
「よっすぃ〜はまだいいよ。あたしなんて『ふるさと』だから全部だよ。あたしの東京生まれなのにさ」
「今日も先生に怒られ通しだもん」
「梨華ちゃんに『真夏の光線』はつらいよね」

まずは愚痴から始まりました。わたしたちの怨嗟の声はまず安倍さんに向けられました。子供なので、死というものに向き合ったことがなかったのです。
5 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時21分33秒
やがて非難の的は飯田さんに変わりました。

「だいたいカオリがしっかりしないといけないのに」
「飯田さんねえ。もうちょっと芯の強い人だと思ってたのにがっかり」
「梨華ちゃんもきついこと言うね」
「だいいち絵を書いたからって何になるの。単なるごまかしだよね」
「ほんとほんと」
「エンジェルフェイスだってさ」
「ははは。なっち天使だもんね」
6 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時22分29秒
飯田さんは絵を書いては破り、というのを繰り返していました。絵を書くことについて文句を言ってるのではありません。仕事に支障をきたしていることが不満だったのです。

「さっさと書いて渡しちゃえばいいのに」
「そうだよね。安倍さんだってわかってくれるよね」
「安倍さんの容態がね。今は小康状態だから飯田さんもそんなにはあせってはないみたい」
「ふーん……」

沈黙が訪れました。ここでわたしたちの心の奥底に眠っていた悪魔が、ひょいと顔をのぞかせました。
7 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時23分14秒
「……それってさ……」
「……」
「……もしさ、安倍さんが死んじゃったら、飯田さん、絵を書かなくなるよね……」
「……多分ね。意味ないもんね」
「……」
「……このままじゃ、カオリもモーニング娘。にだめになっちゃうよ」
「……うん」
「……なっちだってさ、これ以上苦しみたくないんじゃないかな」
「……そりゃね。だっていずれ死んじゃうんだから」
8 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時24分28秒
誰が言い出したのか、今でも思い出せません。ただ、なんとかしないといけない、その思いだけがわたしたちを支配していたのです。そして、なんとなく、ほんとになんとなく、計画が立てられ、実行することになったのです。これは天啓です。そうでなければ、わたしたちがこんなことを思いついた理由がありません。

安倍さんの入院している病院は、芸能人や政治家がよく利用するところで、悪い噂もちらほらと流れていました。誰にも知られずこっそりと中に入ることも容易です。

わたしたちは、薬のせいかぐっすりと眠り込んでいる安倍さんのベッドの前に立っていました。鼻やら腕やらに何本かチューブが差し込まれています。安倍さんは信じられないくらい痩せ細っていました。果たして、これを人間と呼んでいいのでしょうか。こんなにまでして生きる必要がどこにあるのでしょうか。
9 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時25分15秒
わたしの腕がチューブに伸びていました。ごっちんと梨華ちゃんが驚いたようにわたしを見ました。悪魔の計画にもっとも消極的だったのがわたしだったからです。何と言われようとも、やらなければいけないと決意しました。これでみんなが救われるのなら。

二人もチューブをつかみました。せーの、と小さくかけ声を出すと、一斉に鼻から伸びているチューブを引っぱりました。
10 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時26分42秒
翌朝は大騒動が起きました。号外には「モーニング娘。安倍なつみ急死」の文字が躍りました。新聞によると、夜中に容態が急変してそのまま心臓が停止したそうです。曰くつきの病院ですから、事件になることだけは病院側も避けたかったのでしょう。

葬儀が大々的に行われました。かなりの経済効果があったそうです。テレビでもとある放送局が独占放送し、視聴率を稼ぎました。みっともなく泣き崩れるわたしたちの醜い顔が全国に流れ、茶の間の涙を誘いました。後追い自殺する青少年があとを断ちませんでした。
11 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時27分53秒
安倍さんの急死の報を聞いた飯田さんは、しばらく放心の体だったと聞きました。エンジェルフェイスは結局間に合いませんでした。間に合わない、そんなことは最初から決まっていました。もしかしたら、飯田さんは間に合わせるつもりがなかったのかもしれません。自分がバラの絵を書いている間は安倍さんは死なない、と勝手に思い込んでいたような気がします。

飯田さんは憑き物が落ちたかのように、前の飯田さんに戻りました。わたしたちはちょっとほっとしましたが、胸に残るもやもやしたものは消えません。

飯田さんの書きかけのカンバスは、事務所に飾られることになりました。なんだか忌々しいので、わたしはあまり事務所に寄らないようにしました。ごっちんと梨華ちゃんも同じです。
12 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時28分37秒
やがて「安倍なつみ追悼コンサート」が行われました。事務所の商魂のたくましさはわたしの想像を超えていました。卒業して縁の切れていた元メンバーまで駆りだされていました。

コンサートは異様なほどの盛り上がりを見せました。やがて予定の時間にさしかかろうかという時です。矢口さんと保田さんがステージの前に出ました。これは台本にはありません。

「なっちは花火が大好きでした」
「そこで、安らかになっちを天国に送るために、花火を用意しました」

安倍さんが花火好きだったとは始めて聞きました。花火で死者を弔うというのもふざけた話じゃないでしょうか。
13 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時29分28秒
矢口さんのカウントダウンが始まりました。

「3、2、1、……」

白い煙が天に向かって伸びていきました。その軌道が消え、ぱらぱらと大きな音とともに、青い光が夜空に広がりました。歓声が会場を包みます。
14 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時30分05秒
「あ……」

それはバラでした。安倍さんが執着したエンジェルフェイス。飯田さんが書けなかった青いバラ。
15 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時30分40秒
「なっちは非業の最期を遂げました。でも、なっちは私たちの心にいます。永遠に」

わたしはごっちんと梨華ちゃんのほうを向きました。二人とも蒼ざめています。矢口さんと保田さん。二人はわたしたちがやったことを知っているのです。そうでなければ「非業の最期」なんて言いません。
16 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時31分46秒
この花火は、飯田さんの書こうとした絵と同じです。二人が安倍さんのためになんとかしようと考え抜いて、それがこれだったのでしょう。ごまかしです。本物じゃない。でも、それのどこがいけなかったのでしょうか。わたしたちが決して体験しえない死への道を歩もうとする人間に、それが何だというのでしょうか。

安倍さんだって、本物のエンジェルフェイスを期待していたわけではないのでしょう。安倍さんが欲しかったのは、わたしたちのエンジェルフェイスだったのです。飯田さん、矢口さん、保田さんは懸命にそれに応えようととしました。しかし、わたしたちは安倍さんに悪魔の微笑で報いたのです。
17 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時32分31秒
その後のことを話す必要はないでしょう。あえて言うなら、わたしたちは十字架を背負うことになった、それだけです。
18 名前:名無しさん 投稿日:2002年07月30日(火)23時33分02秒
おしまい
19 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月30日(火)23時33分40秒
……
20 名前:名無し読者 投稿日:2002年07月30日(火)23時34分11秒

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