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青い情熱
- 1 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時28分08秒
- 「今日安倍は休みだから。ダンスレッスン12人でがんばってくれ。」
マネージャーからのその声にメンバーは特に不安を抱かなかった。
メンバーがダンスレッスンを休む事は極たまにあることだから。
これと言って不思議がる事じゃなかったから。
けれど、疑問を抱いていたメンバーがたった1人だけいた。
飯田。
デビュー前からずっと今まで一緒にがんばってきた飯田だけは
そのマネージャーの言葉に不安を抱いていた。
いつだってこんな時にはなっちから連絡があった。
『ごめん、今日いけそうにないんだ。今日1日休んで明日からまたがんばるからね。』
たったこれだけのメールが、どんなにキツイ風邪の時だって入っていた。
それなのに、今日はそんなメールはきていない。
飯田はその日、何度も何度も安倍にメールを送った。
その時は全然気がついてはいなかったのだけど。
安倍の命の灯火が消えかかっているだなんて。
- 2 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時28分48秒
- 飯田はレッスンが終わると誰よりも早くスタジオを飛び出した。
「どうしたの?圭織?」
驚いた矢口がかけた言葉は空をきった。
車に急いでもらって安倍のマンションに訪れる。
何度も何度もチャイムを押す。
『病人をせかさないでよ。』
以前、それはまだ東京に慣れていない頃、
風邪で寝込んだ安倍を見舞った時の言葉。
安倍のその言葉が聞きたくて。
何度も諦めそうになりながら押しつづけるチャイムは
まるで安倍を出そうとはしなかった。
安倍の携帯は電源が切られていて、飯田はその場に居る事以外
どうしようもできなかった。
繰り返し押しつづけるチャイムは広いエントランスに響いていた。
「圭織!!」
突然名を呼ばれて振り返る。一台のタクシーがドアを開いて飯田を待っていた。
「なっちの所行くで!!」
なっち、その言葉を聞いた瞬間、飯田はそれに駆け乗った。
- 3 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時29分41秒
- タクシーは飯田を乗せると目的地へ走りだした。
「矢口、裕ちゃん…どういうこと?」
隣に座る矢口と助手席に座っている中澤を見る。
2人とも神妙な顔つきをしていて。
飯田を今以上の不安に落とし入れるには十分だった。
「矢口からなんか圭織がおかしいって聞いてな。あんたがそうなるんは
昔からなっちの事やったから、なっちに電話したんや。ほんなら
つながらへん。マネージャーになっちの様子はどうやったんやって
ちょっときつめに聞いたんや。ほなら居場所がわかった。」
中澤が淡々とそう言葉を繋げた。
「なっちはどこにいるの?」
飯田が前のめりになって中澤にそう聞いた時、
スピードに乗ったタクシーが曲がって、目的地に入っていった。
「ここや。」
そう言葉少なに答えた中澤の声を聞いてから、
飯田は前の建物を見つめた。
総合病院
「なっちは今ここにおるらしい。」
中澤の声は暗く、1度も口を開かない矢口は
隣で小さくなっていた。
- 4 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時30分15秒
- 薄暗い病院を3人は足音など気にせず走り抜けた。
ある病室の前にいたマネージャーが驚いた風な顔をしたのを目にいれつつも、
飯田は何も言わず、ガラガラとその病室のドアを開いた。
「圭織…。」
昨日まで元気だった、まるで何の変化もない安倍の姿がそこにあった。
白い服をまといベッドにもぐる安倍の姿。
「なっち!!一体どうしたの!?」
安倍は何か言おうと口を開いたが、すぐその後に中澤と矢口が部屋に入ってきた
のを見て1度口をつむいだ。
「なっち!!どうしたの?風邪がひどいの?」
安倍は中澤と矢口の顔を見ていてすぐ一番傍にいる飯田を見なかった。
そして、2人にふと笑って頷くと飯田を見上げた。
「もう、手遅れなんだって。」
「へ?」
そうとしか言えなかった。安倍の口からでた言葉が理解できなかった。
「もう治らない、発見が遅すぎて手遅れになっちゃった。」
笑顔でそう話す安倍。
けれど、安倍のそんな笑顔など、今まで見たことがなかった。
「な、何言ってるの?」
震える声で、そう言い返すのが精一杯だった。
死を覚悟した安倍の笑顔。
- 5 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時30分46秒
- 「…だから、奇跡が起きない限り、なっちはもう娘には戻れないんだ。」
飯田は振り返って二人を見た。
俯いて安倍を見ていない二人。
安倍はその場に居る3人に話し掛けていた。
「そんな…治るよ!!なんで?なんでそんな事いうの?」
飯田は安倍にそう叫ぶと後ろの2人にも叫んだ。
「裕ちゃん、矢口!なんでそんな顔してんのさ!」
すんなりその安倍の言葉を聞く二人を信じられないといった顔で。
「圭織、やめてよ。2人とも最初は圭織みたいに言ってくれたよ。
さっき電話で、あっ電話したの内緒ね。携帯だったから。」
悪戯っ子のような顔でそう言って微笑む安倍。
「ありがとう、圭織。裕ちゃんも矢口も。うれしかったよ、
なっちの為に必死になってくれて。」
ずっと安倍は笑っていた。
誰もが見たことのない顔で。
「奇跡は起こらないよ。なっちはもうすぐみんなとお別れだよ。」
「そんな!なんで諦めてんの?なっち!!諦めちゃだめだよ!」
飯田が安倍の肩をつかんで揺さ振った。
「諦めてちゃ、奇跡も起こらないよ!!」
- 6 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時32分47秒
- 安倍の病気は発見がもう少し、もう少しだけでも早ければ治療できた病気だった。
この病気で死ぬ患者は現在少ない。
そんな病気だった。
数日、いやかなり前から体の調子がよくないのはわかっていた。
けれど、単なる疲れがたまっているだけだと思い、病院に行くなど考えても
いなかった。
病気が安倍の知らぬ所で着実に体を蝕んで行き、
手遅れになった所での発見であった。
「なんかね、昨夜すっごく咳が苦しくて、よく手をみたら
血まみれだったんだよね。」
淡々とそう語る安倍の顔はずっと笑っていた。
安倍は医師に延命治療はしないように頼んでいた。
安倍の命はもう長くもたない。
それでも安倍は笑い続けていた。
けれど…
「諦めたら奇跡が起こらないっていったよね。」
そう小さく呟くと、シーツをぎゅっと握り締めて、
「諦めなくても治らないんだよ…。」
笑顔の安倍の目から涙が溢れ出していた。
- 7 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時33分34秒
- 「なっち…。」
中澤は矢口の肩を押して、飯田の隣に並んだ。
「なぁ、諦めんとこぉ!うちらにできることやったらなんでもやるし!!
ほんまに手遅れなんかはわからへんやんか!!治る病気なんやろ?」
「そうだよ、なっち!!諦めないでよ!!」
中澤と矢口の悲痛な叫びは安倍に少しの生きる気力を与えた。
もちろんそれまでの飯田の叫びが大きくそれに役立っていた。
「…じゃぁ、バラ。なっちにバラ見せて。
真っ青な青色のバラを。」
誰もが言葉を発せられなかった。
この世に存在しないバラ。
「わかった。それすぐなっちの前に持ってくるから
なっちはちゃんと治療を受けてね!」
飯田がそう叫んで、扉に向かった。
「絶対持ってくるからね!諦めちゃだめだよ!」
そう言葉を残し、病室から飛び出した飯田を安倍は黙って笑って見送った。
「なっち…。青いバラなんて…」
「それが目の前にあったら、なっちの病気も治るきがするんだ。
奇跡が起こって。」
- 8 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時34分22秒
- 中澤は何も言葉を続けられなかった。
矢口は何もわかっていないのか、二人の顔を見つめている。
「なっち!矢口もそれ持ってくるから!病気治そうね!!」
笑顔でそう言って安倍の手を掴んでいる矢口の顔を
中澤は黙って見つめていた。
けれど言葉にはできなかった。
青いバラがこの世に存在しない物だなんて。
すぐにそれがわかるとしても、今それを言う事はできなかった。
「うちもそれ…探してくる。だからなっち。ちゃんと治療受けてくれるか?」
小さく自分にしか聞こえないため息をついてから、安倍にそう呟く。
安倍はそんな中澤の顔をまっすぐに見つめていた。
あの笑顔は消え、真面目な顔で。
「うん。わかった。わかったよ裕ちゃん。」
安倍はその日、初めて2人が知っているいつもの笑顔を浮かべた。
皆が愛するあの笑顔を。
- 9 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時34分55秒
- 「知ってたんか?青いバラは存在しぃひんねん。」
安倍の病室を出て、中澤が携帯電話にそう言うのを隣で矢口は聞いていた。
驚いて中澤を見上げる矢口。
「…探してもないんや。作り出せへん色なんや、バラには。」
絶望的な言葉をはきながら、けれどどこかまだ光はあるような声で
そう喋り続ける中澤を矢口は黙って見ていた。
「圭織…わかっとるんかな?」
そう言って電話を切る中澤を見つめたまま矢口が口を開いた。
「圭織はわかってるよ。圭織はちゃんとわかってる。」
矢口の真剣な眼差しに、中澤は一呼吸置くとそうか、とだけ呟いた。
「青いバラ。探すしかないな。」
「うん。絶対、絶対探し出すよ。」
飯田は一目散に家に帰っていた。
途中中澤からの事実を聞いて心臓がとまるような衝撃を受けた。
けれど、安倍の涙を思いだし、青いバラを安倍に見せる事を実現しようと誓った。
安倍がまったく不可能な事を言う訳がないと思ったから。
あの涙がそう教えてくれた。
安倍は明日への希望をまだ持っている。
- 10 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時35分27秒
- 中澤の言ってた事は事実だった。
青いバラが存在しないというのは事実だった。
じゃぁ、それに変わる、本物と見間違うくらいの青いバラを存在させればいい。
なっちが大好きだと言ってくれた、自分の絵で、力で、
青いバラをこの世に作り出せばいい。
真っ白なキャンパスを目の前に置いた。
ここに生きた青いバラを作りだすんだ。
飯田は持っている全ての青をパレットに捻りだした。
矢口はインターネットでしらみつぶしに探し続けていた。
中澤が知らないだけでもうこの時代どこかで存在しているかもしれない。
絶対あるはずだ。
友達、知り合い全てに連絡をとり見かけた事はないか?聞いたことはないか?
と情報を集め続けていた。
仕事の合間や休憩中、どんな一瞬の暇だって無駄にはしなかった。
娘。全員、いや娘。に関わる全ての人々が
青いバラを手に入れる為だけに1つになった。
- 11 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時35分58秒
- 安倍の病気はそんな娘をあざ笑うかの様に重くなっていった。
「なっち!!大丈夫か!?」
息をするのも苦しいのか、額に汗を浮かべながら頷く安倍の姿は
いつ事切れても不思議ではなかった。
毎日寝ないで絵を描き続ける飯田と、バラを探しつづける矢口は
安倍の病気の進行を侮っていたのかもしれない。
探し出すまで、といって安倍の元には来なかった。
どっちかがその青いバラを手に入れた時には
娘全員で行こう、そう約束をしていた。
「なっち…。」
中澤だけはそんな娘の約束を耳にいれつつも毎日安倍の元へ来ていた。
その分誰よりも安倍の病気の進行を把握していた。
目の前で苦しんでいる安倍。
時間がないのは明らかだった。
「裕ちゃん…青いバラ見つかりそう?」
「あぁ、もうすぐ見せたるからな。後少し待ってな。」
苦しそうにそう聞く安倍に中澤は優しくそう答えた。
- 12 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時36分36秒
- 何かが違った。
飯田はまだ半分しかできてない絵を前に腕を動かす事ができなかった。
目の前にある絵は生きていなかった。
全然本物ではなかった。
何日も塗り替えを繰り返しているが、1度も生きた青を表せなかった。
情熱的な赤いバラから、何よりも熱い青いバラの色は描けなかった。
「こんなんじゃない…こんなんじゃ…。」
思わず絵から目を離して時計を見た。
午前3時すぎ。
いや、飯田の目は時計なんて見ていなかった。
デビュー当時に2人でとった写真。
そこにはこれからがんばろう、誰にも負けない、と青い情熱を燃やしている
安倍の姿があった。
飯田はキャンパスに向かって筆を走らせだした。
深夜。矢口は手にしていた。青いバラを。
いや、正確には青色ではなかった。
けれど、この世にあるバラの中で一番青い物。
数人の手を借りて、今、手にする事ができた。
安倍を救う光を。
- 13 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時37分06秒
- 「なっちが!!早よ病院こい!!」
飯田はまるで乾ききらないキャンパスを持ってタクシーに乗った。
矢口は昨夜手に入れたばかりの青に限りなく近いバラを手に
タクシーに乗った。
タクシーが病院についた時、入り口で立ち尽くした中澤が見えた。
「裕ちゃん!!なっちは?なっちは??青いバラ持ってきたんだよ!!」
呆然としている中澤にそう言ってキャンパスを見せる。
中澤はその絵を見て、涙を流した。
「…なっちは…これ見たかったやろなぁ。」
そこには生きているかのような青いバラが描かれていた。
本物と見間違うくらいの。
「裕ちゃん?なっちのとこ行くよ?」
飯田はそのまま中澤の横を走りぬけた。
早く安倍に見せたくて。
病室前には既に娘は皆揃っていた。
「圭織!!」
「矢口!バラ持ってきたよ!青いバラ!」
矢口のバラと飯田のバラが今、娘の前に揃った。
- 14 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時37分41秒
- けれど…
「なっちは…もう見れへんのや。」
後ろから歩いてきた中澤の声に我に返る飯田。
気が付くと娘は全員涙で頬を濡らしていた。
青いバラを持つ矢口の目も。
「いきなりやったんや。病状が悪化したんは。」
飯田は体の力が全て抜けたかのような錯覚を覚えた。
「…え?」
「青いバラ見る事なく、なっちはいってもうた。」
メンバーのすすり泣く声が響く廊下で、飯田は立ち尽くしていた。
「そんな…。」
中澤は病室の前に立つと扉を少しだけ開けた。
「その絵…見せてきたり。なっちはそれ待ってたんやで。」
ベッドに眠る安倍は真っ白な顔をしていた。
ヨロヨロと安倍の顔の横に立つ。
「なっち…なっちぃ…。持ってきたよ?なっちの言ってた青いバラ。
ねぇ、見てよ。ちゃんと目を開けて見てよぉぉ!!!」
永遠の眠りについた安倍にすがって泣き続ける飯田を誰も止める事ができなかった。
- 15 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時38分14秒
- 飯田の描いた青いバラと矢口の持ってきた青いバラは
安倍とお棺の中に入る事となった。
――そして――
あの時中澤が用意したのは美しい真っ青なバラだった。
本物のバラ。
誰もが中澤の手の中のそれを見た時言葉を失った。
誰かが口を開こうとした時、中澤が口を開いた。
「これは偽者や。本物の花やけど、本物の青いバラやない。
普通の赤いバラを、特別な染料で真っ青に染めただけ。
真っ赤な、いや、真っ青な偽者や。」
誰もがそれに目を奪われた。美しくて、まるで偽者じゃない。
「これをなっちに見せようと思ったんや。でもな、できひんかった。
あんたらが必死に本物の青いバラを手に入れようとしてんのに、
これを、この偽者を青いバラやってうちには言えへんかった。」
そう言って、ごめんごめん、と呟いて泣き崩れた中澤を飯田は支えながら言った。
「これだって本物だよ。全然偽者なんかじゃない。染めるなんて圭織には
思いつかなかった。裕ちゃん。これは裕ちゃんが探し出した本物の
青いバラだよ。」
「そうだよ。矢口のだって、本当は青じゃないんだもん。
裕ちゃんのバラ、すっごく綺麗だよ。なっちは偽者なんて言わないよ!!」
- 16 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時38分48秒
- 飯田の描いた青居バラと矢口の持ってきた青いバラは
中澤の青いバラに包まれた安倍と一緒にお棺の中に入ることとなった。
火葬場で一緒に灰になる。
安倍は青いバラを目にする事はできなかったけれども、
共に過ごす事はできた。
- 17 名前:名無しで。 投稿日:2002年07月30日(火)22時39分26秒
- 今でも思い出す。
バラ、そして青を見る度に。
情熱的に駆けぬけたアイドル、安倍なつみの姿を。
そしてあの誰もが引き付けられる笑顔を。
安倍のお墓には矢口の探し出したバラが植えられていて、安倍のご両親によって
世話されている。
誰の行動も無駄ではなかった。
仲間の為に燃やした情熱。
それは青く、どんな炎よりも熱く燃える。
それこそが幻の青いバラ
―ANGEL FACE―
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