夏の迷い人

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/25(水) 22:42
辻、吉澤、松浦。と、後ほどのお楽しみ。
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/25(水) 22:42
夏休みなんて大嫌いだ。やっぱ嘘、大好きだ。だけど夏休みの宿題とか言う奴は死んでも良いと思う。
大体なんで高校生にもなって「宿題」なんて物があるんだ、という様な事を小さい頃から仲良しのよっちゃんに言ったら、
「お前は馬鹿だからしょうがないよ」と、もの凄く悲しそうな顔をして言われた。
よっちゃんはのんの事をバカだとか言うけど、よっちゃんも大して変わらないと思う。
のんの一つ上に亜弥ちゃんって人がいるんだけど、よっちゃんは亜弥ちゃんにいつもバカだとかアホだとか変態だとか言われて殴られてた。のんはバカだとかアホだとか言われるけど、変態だなんて言われた事はないからよっちゃんよりはマシだと思ってその時は笑っておいた。
話が逸れちゃったな、そうだ、宿題だ。
夏休みは三日前くらいに終わっちゃった。のんは夏休みをエンジョイした。
よっちゃんとサッカーしたり亜弥ちゃんとお買い物に行ったり学校の友達と海に行ったり。
毎日が楽しくて、ずっと夏休みだったら良いのにな、なんて思ってた。
だからすっかり忘れてたんだ、宿題の事。
気がついたら秋の匂いがすぐ近くで香り始めてて、山のような宿題は部屋の隅に放り出されたまんま。
一ヶ月前と比べると随分黒くなった腕を組んでのんは考えた。この宿題、どうしよう。
2,3秒くらい考えたけど、どうしようも出来ないって事くらい最初から分かってた。だから何も手をつけずにそのまま始業式。
登校したら案の定、怒られた。これでもか!ってくらい、こってこてに絞られた。元から怖い顔のケメちゃんが怒ると半端無い。
だからのんは一週間でやってきます!なんて出来もしない事を約束してそそくさと職員室を後にした。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/25(水) 22:43

で、今。
のんは山のような宿題を目の前にして頭がパンクしそう。
もう、後五分もしたら耳の穴や鼻の穴からプスプス煙が出てきそうなくらいに。ショート寸前だ。
とりあえず一休みしようと思ってシャーペンを放り出した。カラカラ転がって机から落ちちゃったけど気にしない。
うーんと身体を伸ばしていると、音が聞こえた。コン、コン。腕を伸ばしたまま固まって、もう一度耳を澄ます。コン、コン。
やっぱり、空耳なんかじゃない。これは合図だ。勢いよく椅子から立ち上がって、コンコン鳴っていた窓を開ける。

「おーっす、のの」

右手を上げて左手はポケットに突っ込んで、金色の髪がキラキラ眩しいよっちゃんが立っていた。


4 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/25(水) 22:44
のんは高校の部活でバレーボールをやってる。だけど最近はサボりがち。何でかって?それはよっちゃんのせいなんだ。
よっちゃんとのんは小さい頃から仲が良かった。
家が近かったから、一緒に遊んでたんだ(今はちょっと離れちゃったけどそれでもやっぱりよく遊んでる)
そんなよっちゃんは今大学一年生。小学校も中学校も高校だって一緒だった。
学校も一緒で、そして部活も一緒だった。一緒って言うかのんが真似してただけなんだけど。
そ、だから去年までのんとよっちゃんは一緒にバレーボールをやってたの。
よっちゃんはバレーがすんごい上手くて、きっとプロになるんだろうなって皆思ってた。のんだってそう思ってた。
だけどよっちゃんはバレーを辞めてしまった。
「何で辞めちゃったの?」ってのんが聞いたらよっちゃんはカッコよく笑って「他にやりたい事見つけたんだ」と言った。
それがフットサルだ。
のんはそれがスポーツだなんて知らなくて、よっちゃんに「今度試合やるから見に来い」って言われて見に行って、
そこで初めてフットサルというスポーツを知った。その瞬間、のんは一目惚れしてしまったんだ、そのフットサルに。
だって凄く楽しそうだった。
というかフットサルをしているよっちゃんがもの凄くカッコよかった。
そりゃ元から顔は良いし、バレーしてる時だってカッコよかったんだけど何かが違ってた。
フットサルをしている時のよっちゃんはカッコよくてキラキラしててもの凄く輝いてた。
だからその日の帰り、のんはよっちゃんに言った。「のんもフットサルやりたい」って。よっちゃんは快くOKしてくれた。
大学の友達とやっているらしくて、だからよっちゃんの友達なんて似たようなものだ。
のんはすぐに皆と仲良くなって、練習にもいっぱい参加した。
そのおかげでどんどん上手になって今は『ゴレイロ』っていう、サッカーでいうとゴールキーパーポジションの二番手だ。
レギュラーにはまだなれてない。だけど時々試合に出してもらえる。皆と一緒に戦うのが楽しい。
だから早くレギュラーになりたいんだ。そんな訳で今はバレーボールよりフットサルなんだ。
そして宿題なんかより、よっちゃんなんだ。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/25(水) 22:44

「何かよーおー?」

「おー、遊ぼうぜー!!」

外、窓の下でニコニコ笑うよっちゃん。
困った。ヒジョーに困った。
遊びには行きたい。もの凄く。だけどどうしようか、この宿題。
ケメちゃんに一週間で終わらせるって約束しちゃったんだ。その一週間まで今日を入れて後四日。
宿題はまだ半分も終わってない。っていうか全然終わってない。
困ってしまって黙ったまんまののんによっちゃんは下から大きな声で話しかけてくる。

「どしたぁ?何か変なもん食べた?どーせアイスの食べすぎなんだろー!」

ケラケラケラ。笑い声がムカつく。
よっちゃんのバカ。大きな声でそんな事言うな。恥ずかしいよ。

「遊びたいけど遊べないよー」

のんの声は泣きそうだった。よっちゃんは大きな目を更に大きくして「何で!!」って叫んでる。
二階から目薬を差しても大丈夫そうだ。国語の問題集を閉じる。
ご近所さんに丸聞こえな大きい声で話すのは恥ずかしかったので、部屋に上がってもらって事情を説明した。

「お前やっぱりアホだな」

よっちゃんは問題集をくるっと丸めてのんの頭をポコポコ叩く。お返しにスネを蹴ってやった。

「っつ!!!い、いいじゃん、とりあえず遊ぼうぜ」

よっちゃんはスネを押さえて目に涙を浮かべてる。はは、良い気味だ。

「お前覚えてる?十日後試合だよ?」

その言葉でのんの頭から「宿題」の二文字は吹っ飛んでいった。代わりに入ってきたのは「試合」の二文字。

「よし、よっちゃん行くよ!」

「お?おう!それでこそのの!!」

俄然元気になったのんはよっちゃんを後ろに連れてドカドカと階段を下りる。
玄関を出る前にお母さんが「宿題は?」と聞いてきたけれど「今はそれどころじゃないんだ」と深刻ぶって答えると、
お母さんは真面目な顔で「何があったのか知らないけど応援してるわ」と言ってくれた。
ほんと、のんのお母さんがこの人で良かった。家を出た瞬間、よっちゃんが爆笑したので殴った。
のんのお母さんをバカにする奴は罰を食らうのだ。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/25(水) 22:45

外にはよっちゃんの自転車が止めてあった。カゴの中にはフットサル用のボール。

「今日どっち?」

「んー、河川敷行こう。今日は公園人多いよ」

のん達はいつも近くの公園かちょっと離れた河川敷で練習する。
公園は広いけど人がいっぱいいるからのんはあまり好きじゃない。
比べて河川敷はちょっと遠いけど人はいないし、ちょっとした隠れ家みたいで、のんとよっちゃんはお気に入りだ。
それにちょっと遠いなんていうけど自転車漕ぐのはいつもよっちゃんなんだ。

「ののよー、お前ちょっとは先輩を労われよー」

よっちゃんは毎回ブツブツ言うけど結局は「ちゃんとつかまってんだぞ?」って言ってペダルを漕いでくれる。そんなトコが好き。


7 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/25(水) 22:45
夏休みは終わってしまったけどまだまだ夏だ。真上から照らす太陽はジリジリ暑い。
よっちゃんはさっきからずっとあぢーあぢーと言っている。それでもギィギィペダルを漕いで自転車は進んでく。

「お前最近部活出てないんだってな」

住宅地を抜けて川へと向かう長い下り坂を下りながらよっちゃんは言った。

「なんで知ってんの」

「ん?亜弥が言ってた」

ちくしょう亜弥ちゃんめ。そいうや亜弥ちゃんとよっちゃんは従姉妹同士だったっけ。
亜弥ちゃんはバスケ部のクセにちょくちょくバレー部に顔を出してくる。そのせいかな?

「ちゃんと部活出なきゃダメだろ」

よっちゃんは前を見たまま言った。そんな背中にべったり張り付く。
あっついから離れろ、なんて言葉は無視。

「今はフットサルが楽しいもん」

そう言うとよっちゃんは暫く黙って、やがて小さな声で「次、勝とうな」と言った。
何だか元気が無い感じだったので思いっきり背中を叩いてやった。自転車がグラグラ揺れて転びそうになる。

「当たり前じゃん、勝つよ!!」

のんは大きな声で言った。何とかバランスを持ち直した自転車のハンドルを握ってよっちゃんも、おう!と力強く言った。
下り坂、スピードはどんどん上がってく。過ぎてく風が心地好かった。



8 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/25(水) 22:47
名前欄変えてなかった
基本週一更新で
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/26(木) 00:29
いいね。読んでてワクワクした。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 22:55

家を出て15分位で河川敷に着く。自転車を横に倒して斜面を下りる。川の水面は太陽を反射してキラキラ眩しい。
裸足になって水を蹴り上げた。キラキラの水滴は見事よっちゃんに命中。
よっちゃんが「コノヤロー」と悪戯に目を光らせたらそれがスタートの合図。暫くの水遊びタイムだ。火照った身体に気持ち良い。
五分も経つと水遊びにも飽きる。もうそんな子供じゃないのだ。大体、目的があるのだから。
よっちゃんがボールを持ってきてポンポンとリフティングを始めた。
のんはフットサル、ど素人に近いから上手いか下手かなんてよく分からないけどよっちゃんはとても上手だと思う。
ウソかホントか知らないけど雑誌に載った、なんて噂もあるし。
とりあえずのんはよっちゃんの事、スポーツの面ではソンケーしてる。
だけど中々ボールを落とさないからよっちゃんがリフティングを始めるとのんはとても暇だ。
パスしてよ。シュート練習しようよ。のんは思うけどよっちゃんがボールを落とすまで黙ってる。

11 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 22:55

「だぁー!!!140!!くっそー、調子悪いなぁ」

トンボを追いかけてたらよっちゃんの絶叫が聞こえた。どうやらボールを落としてしまったみたいだ。
声がしたほうへ戻ると頭を掻き毟るよっちゃんがいた。

「よし。のの、パスすっぞ」

よっちゃんの言葉に、パンと手を叩いて応える。待ってました。

よっちゃんのパスは正確だ。足の裏で一旦止めて、そして内側で蹴り返す。それをテンポ良く。
黙々とボールを蹴る。フットサルをしている時のよっちゃんは真剣だ。少し笑えてしまうくらい。
15分くらいボールをパスしあって、ちょっと休憩。よっちゃんが斜面に寝転んだので真似してその隣に寝転んだ。
眩しくて目を閉じる。あぁ、なんだか本当に眠ってしまいそうだ。


12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 22:56


本当に眠ってしまいそうだった。きっと慣れない事(あの忌々しい宿題とか言う奴!)をしたせいで疲れてたんだろう。
だけど後一歩ってところでよっちゃんに起こされた。

「おい、ちょっとアソコ」

眠たい目を擦ってよっちゃんの指差す方を見る。鉄橋の足元。いつもシュート練習してる場所だ。
それがどうかしたの?

「ん〜、何?」

「お前見えないの?」

「何がぁ?」

「あれ、人じゃないか?」

よっちゃんはそう言って立ち上がった。草のついたお尻をパンパン叩く。よっちゃんにつられてのんも立ち上がった。
だけどよっちゃんが言う「人」はのんの寝ぼけ眼にはどこにも映らなかった。
「ちょっと見てくる」と言ってよっちゃんは走っていった。ちょっと待ってよ、のんも後を追いかける。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 22:57

ゴォォオオオオオオオオオオオ

橋の上を電車が通る。年中陰になっている鉄橋の下は真夏日の今日でもひんやりと涼しい。
よっちゃんは黙ったまま突っ立っている。のんはその背中に隠れて顔だけ出してる。
のんとよっちゃんの視線の先。
一人の女の人が倒れていた。

オオオオオオオオオオォォォォ・・・・

電車が通り過ぎて静かになった。
弾かれたようによっちゃんが振り向いてガッチリ目が合った。

「のの、お前見えてるよな?これ、人だよな!?」

「う、うん、足もあるし、ユーレイじゃないよ」

「し、死んでるのかな?」

「・・・分かんないよ・・・」
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 22:57
少なくともその女の人はのん達が見つけてから一度も動いていない。って事はやっぱり死んでるのかな?
なんて事をぼんやり思ってたらよっちゃんに背中を押された。

「お前、ちょっと確かめて来い」

「何でよ、よっちゃんが行ってよ!」

「ヤだよ!だってそのー、あー、アレだアレ、死体アレルギーだからムリ」

「は、何それ?」

「だから死体に近づくとそうだな、ジンマシンが出て痙攣して吐き気やら頭痛やらがして鼻血も出ちゃうし体中の穴という穴から変な汁が出るし汗とか止まらないしお花畑見えちゃうし怖いし変な踊りとか踊っty」

「もういいよ黙れバカ。へタレ。ビビリ。アホよっちゃん」

真っ青な顔して泣きそうになって必死で言い訳するよっちゃんが何だか不憫で哀れで可哀相だった。
よっちゃんは大きな身体をこれでもかってぐらいに小さくしてのんのTシャツの裾をしっかり握って背中に隠れてる。
怖いならついてこなければいいのに。やっぱりよっちゃんはバカなんだ。
のんはゆっくりと、その倒れている人に向かっていった。女の人。裸足だ。
つま先でそーっと突っついてみる。反応は無い。ちょっと力を入れてつんつん。やっぱり反応は無い。

「・・・死んでる?」

「かもね」

小さな声で聞いてくるよっちゃん。死体アレルギーはどうしたんだ。
よっちゃんの事は気にせずにその人を調べてみる事にした。だって死んでたら警察を呼ばなくちゃだし、怪我だったら病院だ。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 22:58
注意深く周りを見てみる。血液みたいな物は一つもない。その倒れている人自身、怪我をしているようには見えなかった。
剥き出しの足は白く、汚れ一つ付いていないし、タンクトップから伸びる腕も綺麗だ。まるで眠っているみたい。・・・眠ってる?
のんの背中で怖いだとか早く帰ろうだとかブツブツ言うよっちゃんを黙らせて耳を澄ます。

スー、スー。

おぉ、息してる。

スー、スー。

ほら、やっぱり。

「よっちゃん、この人寝てるよ」

「・・・はぁ?」

「ちゃんと息してる。お昼寝してんだよ、きっと」

「はぁあ!?何それー!!!」

橋の下でよっちゃんの声がぐわんぐわんと響く。
背後でもぞもぞと何かが動く気配がして振り向くと、その女の人が半身を起こしていた。

16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:00
更新できるときに更新

>>9
れすどうもれす
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/30(月) 18:54
面白いです!
よしのの好きだ。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/06(月) 20:23

のんとよっちゃんは動けない。固まったまま、その女の人を見てる。
両目をごしごしと擦ってふわぁと欠伸を一つ。キョロキョロと辺りを見回してパチッ。目が合った。

「お、おはよう?」

さすがよっちゃん。だてにのんよりちょっと多く生きてない。のんの口は縫い付けられたみたいにピクリとも動かない。
その女の人は軽く頭を振って、眉間に皺を寄せた。頭痛いのかな?

「んあー・・・ここ、ドコだ?」

まぁるく、柔らかい声でその人は言った。けれどその言葉にのんとよっちゃんは顔を見合わせてしまった。
その女の人は頭を両側からポンポン叩いたり、ブンブン振ったりしてる。

「自分の名前、分かる?」

よっちゃんは腰を下ろして、その人の目線に合わせる。普段は使わないような優しい優しい声。

「・・・なまえ・・・あなたはだれ?」

その人はよっちゃんを見て、次にのんを見て、そして空を睨んで目を閉じた。
うーだとかむーだとか唸ってる。よっちゃんはその人の肩をポンと叩いた。

「いいよ、分かった。大丈夫だよ」
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/06(月) 20:24

その人は唸るのを止めると再び横になってしまった。
・・・もしかして?
のんもよっちゃんも同じ事、考えてるみたいだった。
よっちゃんが腰を上げる。その顔は真剣だ。さっきまで凄いビビってたくせに。

「・・・記憶喪失?」

「分からない。そうかも知れないし、違うかも知れない。とりあえずけいさ」

「だめ!!!」

よっちゃんの声でものんの声でもない誰かの声が響いてその場が凍りつく。
横になっていたはずの女の人が立ち上がって、肩で息をしていた。

「だめ、ケーサツは・・だめ・・・」

途切れ途切れに言葉を残して、そして崩れるようにして倒れた。
咄嗟によっちゃんが駆け寄って抱かかえ、大丈夫?と問いかけるけど、
その女の人はぐったりしたまま、尋常じゃないくらいに汗を掻いて、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返すだけ。
のんはケータイを取り出した。

「救急車、呼んだほうが良いかな?」

「や、警察がダメって事は救急車もダメだよ、きっと」

よっちゃんは硬い顔をして言った。怖かった。
何だか、今、目の前で起こっている事が現実ではないような気がして思い切り目を瞑って手の甲を抓ってみた。
痛かった。目を開くとよっちゃんが知らない女の人を抱いている。
何だよこれ。泣いてしまいそうだった。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/06(月) 20:24
「辻、このタオル水で濡らしてきて」

よっちゃんからタオルを受け取って川に走る。なんでもない場所で転んで擦り剥いた。
擦り剥いた膝から薄っすらと血が滲む。あぁ、現実だ。夢でもなんでもない。現実なんだ。
濡らしたタオルをよっちゃんに手渡す。よっちゃんはそれを女の人の額に乗せた。
その人の顔を改めて見てみた。
女の人、なんて言ったけど実際そこまで大人ではないみたい。よっちゃんと変わらないくらいだ。
栗色の長い髪、大きな鼻。綺麗な人だ。
荒い呼吸は苦しそう。眉間に皺を寄せて辛そうだ。

「どうすんの?」

「・・・ねぇ、どうすんの?」

大きなよっちゃんの背中に問いかける。

「警察はダメ。救急車もきっとダメ。けどだからって置いていくわけにはいかないよ」

よっちゃんは背中を向けたまんまボソッと言った。
空を見た。真っ青だったはずの空に、いつの間にかうっすらとオレンジが差していた。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/06(月) 20:25

「・・・連れて帰るの?」

「そうかも」

「そうかもって何だよ!」

「じゃあなんだ、お前このまま放っておいていいのか!?」

「そんな事言ってないよ!!けど、けど・・・怖いよ・・・」

「・・・ごめん」

よっちゃんがギュってした。途端に我慢していた涙が溢れて止まらなくなった。
怖かったし、よっちゃんが怖かったし、イライラしてた。
よっちゃんに聞こえたかどうかは分からないけど、のんもゴメン。って言っておいた。よっちゃんは暖かい。
ギュってして、頭を撫でてもらって涙は止まった。

「ゴメンな、ちょっとパニくってた」

手を合わせるよっちゃんの足をガシガシ蹴ってやった。


22 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/06(月) 20:25

ぼーっと立ったまんまののんとよっちゃん。その足下には知らない女の人。
ゴォォオオオオオオオ・・・・・と頭上で音を立てて、また電車が通り過ぎていった。

「どうしよう」

よっちゃんがポツリと呟いた。それはひとり言。のんは黙ったまんま女の人を見てた。

「どうしようね」

のんもひとり言。よっちゃんは爪を噛んで女の人を見てた。

女の人は苦しそうに目を瞑ったまま動かない。
空を見た。青い空はもうどこにもなくて、全部が薄いオレンジになっていた。
犬の鳴く声が聞こえてくる。
女の人の額に乗っていたタオルを取り替えようと手に取った。もの凄く熱い。
触ってみ?とよっちゃんに突き出す。
よっちゃんはタオルを手にとって驚いたように目を開き女の人を見た。川でタオルを濡らしてまた戻る。
よっちゃんが女の人を背負っていた。

「・・・どうすんの?」

「連れて帰るしかないだろ」
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/06(月) 20:26
よっちゃんは地面を睨んでぶっきらぼうに言った。のんはタオルを片手に持ったままボーっとしてるだけだった。
何だか頬っぺたが冷たいな、と思ったら自分でも知らないうちに泣いていた。
悲しいわけでもどこかが痛いわけでもない。怖かったんだ。
よっちゃんは女の人をおぶったままザッザッと歩く。置いてけぼりにされたくなくて走って後を追いかけた。
斜面を上がって一息つく。目の前には横になった自転車が一台。一台。のん達は三人。
ここまできたはいいけれど、ここからどうしようか。2人で顔を見合わせた。
おぶっていた女の人をそっと降ろしてよっちゃんが腰を下ろす。

「あー、どうすっかなー」

手の平を拳でパンパン殴りながらよっちゃんが呟く。
のんは手にしていたタオルを女の人の額にそっと置いた。そしてよっちゃんの隣に座って川の流れを見つめる。あ、ボール。
薄暗い河川敷に白いボールがぽつんと浮いている。

「のん、ボールとってくんね」

よっちゃんに言って一気に斜面を駆け下りた。
のんはこれでもフットサルプレイヤーだ。一応。だからボールは友達。大切にしなきゃなんだ。
ゴメンね、ボールさん。拾い上げたボールを大事に抱えて斜面を上がる。
人が一人、増えていた。それと自転車も。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/06(月) 20:27
>>17
れすどうもです
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/06(月) 22:37
誰が増えてたんだろ?
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/07(火) 07:06
気になる展開。
てか、>>16>>24には突っ込まないのが鉄則なんだろうか?
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/13(月) 04:21
その人と、目が合った。

「やほ」

「あ、亜弥ちゃん?」

新しく増えていた人はよっちゃんの従姉妹でのんの高校の先輩の松浦亜弥ちゃんだった。

「何してんの?」

「予備校帰り」

亜弥ちゃんはニャハッと笑った。そうか、そういえば亜弥ちゃんは受験生だった。
予備校の話、知ってるよ。好きな男の子に振られちゃったって事も。
のんはよっちゃんを見た。よっちゃんは亜弥ちゃんに見られないようにこっそりウィンクしてくる。
分かってる、その話はするなって事でしょ。のん、だてによっちゃんの幼馴染やってないよ?

「んで、どーすんのさ」

亜弥ちゃんは突然言った。
どうやらのんがいない間によっちゃんが事情を説明していたらしい。亜弥ちゃんは女の人をじっと見てる。

「とりあえず、ウチに連れてくよ」

よっちゃんが言う。

「家に連れてくって、アンタ親は」

亜弥ちゃんはどこかイライラしたように言う。

「や、実家じゃなくて一人暮らししてる方の家」

よっちゃんはなんでもないように言った。
そうか、そういえばよっちゃんは大学生になってから一人暮らしを始めてた。
今こっちにいるのは、大学が夏休みだからなんだ。って、言っていた。
そうか、それだったら大人の人に干渉されないで済むね。
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/13(月) 04:21

「つー事で亜弥、お前はののと2ケツだ」

よっちゃんの言葉で亜弥ちゃんはのんを見て、それからもの凄く嫌そうな顔をした。
そしてのんの腕を掴むとサドルに座らせる。ん?のんに漕げって??

「よし、それじゃあ行こうか!」

亜弥ちゃんは明るく言った。
えー、マジで?亜弥ちゃんとはのんが一年生の時によく二人乗りしてたけど、久しぶりだし上手くいくかな?
ギィイ・・・

「うーん、亜弥ちゃん重くなった?」

「黙って漕げ!!」

背中にズシンと頭突きを食らってのんは何も言い返せなくなった。
並んで走るよっちゃんが自転車を漕ぎながらニシシと笑っている。全く嫌な奴らだ。

そして目の前には長い長い上り坂。
流石に亜弥ちゃんもココでは降りて、後ろから押してくれる。お陰で楽に上れた。
だけど可哀相なのはよっちゃんだ。背中に今にも死にそうな人を背負って必死で漕いでる。
のん達はよっちゃんが上ってくるまでずっと待っていた。

「お、お前達、う、後ろから押してあげるとか、無いのか・・・」

やがて辿りついたよっちゃんは後ろの人にも負けないくらいに死にそうになっていた。
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/13(月) 04:22
その後は坂も無く、暫くするとのんの家。辺りはもう真っ暗だ。
空からはオレンジも消えて今は濃い群青色。月が綺麗。

「よっちゃん、大丈夫?」

「ん?ああ、家に一応薬あるし、飲ませてみるよ」

のんんはよっちゃんの後ろの人を見た。心なしかさっきより呼吸は落ち着いているみたいだ。

「また連絡するよ」

よっちゃんの言葉に頷いた。
「じゃ」と片手を上げてよっちゃんは暗闇の中に消えていった。

「ん。じゃあ、あたしも帰るね」

「うん、なんか突然ゴメンね」

「いーのいーの、あのバカの顔も見たかったし」

亜弥ちゃんは綺麗なソプラノで笑った。
亜弥ちゃんはよっちゃんの事をバカだとかアホだとか親父だとか言うけどきっと本当は好きなんだろうな、とのんは思う。

「んじゃ、また学校でね」

「うん、また明日」

バイバイをして、亜弥ちゃんも暗闇に消えていった。
二人を見送って家に入った。
何だか全てが信じられなかった。
何度も何度も確認したけれど、まだやっぱり夢を見ているようで、現実だとは思えなかった。
階段を上がって自分の部屋に入る。
床に落ちたシャーペン、机の上の問題集。
そこはのんが部屋を出たときのまま何も変わっていなくて、やっぱり現実だった。
夢なんかじゃなかった。全部が全部、本当の事だった。
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/13(月) 04:27
少ないけど
まっつーの振られちゃった話→ttp://m-seek.net/cgi-bin/test/read.cgi/dream/1102961917/860-864

>>25
从‘ ∀‘从ノシ

>>26
???突っ込んでいいですよ?

れすどうもれす!!
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/16(木) 01:58
松浦の話いいね
本編にも期待。
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/20(月) 20:39

翌朝、登校中に亜弥ちゃんとばったり会った。

「おはよ、昨日ぶり」

「んー、おはよぅ」

亜弥ちゃんは朝から元気。シャキシャキハキハキ、新鮮なレタスみたいだ。

「どーした、まだ眠いのかコラー」

あくびをしたら拳でこめかみをグリグリやられた。
ギャーギャー騒いでようやく解放してもらう。朝からひどいよ。
よっちゃんみたいな事をする。さすが従姉妹だ。

「そういやさ、ひーちゃんから連絡あった?」

ひーちゃん。亜弥ちゃんはよっちゃんの事をこう呼ぶ。いつもはバカとかアホとか変態とか親父!とかだけど。
よっちゃんの本名は吉澤ひとみ。
だけどここ2、3年、のんはよっちゃんの事を本名で呼ぶ人を両手で数えるくらいにしか出会った事がない。
まぁそんな事はどうでもいい(よっちゃんもどう呼ばれようがてんで気にしていないみたいだし)

「連絡?何もないよ」

そう、何もなかった。
昨日の夜だって何かあるかも知れないと思って遅くまで起きていたのに、何もなかった(今眠いのはそのせいだ)
朝も朝で、真っ先にチェックしてみたけどメールも電話も、伝言だって何もなかった。
33 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/20(月) 20:40

「亜弥ちゃんは?何かよっちゃんからあった?」

「別に何もー」

亜弥ちゃんはそう言って足下に転がってた石ころを蹴った。
それは綺麗な曲線を描いて結構遠くまで飛んでいった。亜弥ちゃん、フットサルやればいいのに。

「ね、今日の放課後暇?」

「うん、ひ・・・」

途中で口が止まってしまったのは前方にある人を見つけてしまったせい。
亜弥ちゃんが気が付いて、のんと二人でその人を見る。
のん達の視線に気付いてか、ゆっくりとその人が振り返った。

「アラ、松浦に辻。おはよう」

口から漏れそうになる叫び声を両手でしっかり押さえてのん達は3,2,1,GO!でダッシュした。
暫くして「コラーッ!!!」と雄叫びが聞こえてきたけれどその声を振り切ってのん達は全力疾走した。

34 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/20(月) 20:41
校門に辿り着いてようやく立ち止まる。
ハァハァ肩で息をして、2人で目をあわせて、それから笑った。

「ヤバイ、あたし達朝から超頑張ったね!」

「あ、朝からケメちゃんはキツイよー」

そう。あの時のん達の前にいたのはのんの担任、バスケ部の顧問、ケメちゃんこと保田圭先生だったのだ。

「ふ、亜弥ちゃんまた何かやらかしたんでしょ」

「そういうのんちゃんこそ」

2人でまた笑った。呼吸を整えて、ゆっくりと歩き出す。

「ね、それよりさ、放課後。暇?」

「うーん・・・」

さっきまでなら全然暇だよ!と大声で返す事が出来た。
だけどケメちゃんを見つけて、思い出してしまったんだ。山のようにある手付かずの宿題を。
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/20(月) 20:41

「う〜・・・、放課後、何すんの?」

のんの問いに亜弥ちゃんはにやっと笑った。あ、この顔よっちゃんに似てるな。
よっちゃんみたいな顔で笑って亜弥ちゃんは言った。

「ひーちゃんち、行ってみようか」

のんは声を出す事も忘れてカクカク頷いた。
亜弥ちゃんに頭を叩かれてやっと止まる。同時に声を出す事も思い出した。

「行く行く行く!!!てかよっちゃんち知ってるの!!?」

よっちゃんは大の仲良しであるはずののんに一人暮らしの家を教えてくれなかった。「お前はきっと悪戯をするから」って。
そりゃ悪戯する気は満々だったけど、教えてくれないなんて、そんな酷い事しなくても良い。
亜弥ちゃんは従姉妹だから教えてもらったのかな?

「にゃは、この前ストーキングしてやった」

あ、そう。
亜弥ちゃんは両手でピースサインを作ってニコニコ笑っている。その笑顔がちょっと怖かった。
とりあえず放課後にまた会おうって事になって、亜弥ちゃんとは別れた。
何だか不思議な気分だった。
昨日はとっても怖かったのに、今は全然怖くない。
むしろワクワクして楽しいくらいだ。早く放課後にならないかな。
かかとの潰れた上履きを履きながらそう思った。



36 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/20(月) 20:42



そして放課後。
のんはぐったり疲れてた。何でかって?
亜弥ちゃんと別れた後、教室に行こうと思ったら突然肩をガッチリ捉まれた。
なんとなーく嫌な予感がして、そのまま手を振り払って行こうとしたけど、そうは行かなかった。
「つーじー、ちょっと待ちなさいよ!!」って、後ろから恐ろしい声がしたんだ。
その声は予想通りもいいトコで、ぎこちなーく、ゆっくりゆっくり振り返ると、バケモノがいた。
汗で前髪をおでこに張り付かせ、大きな目をギョロギョロ光らせて、耳まで裂けてしまいそうに口をニィッと吊り上げて、ケメちゃんがニタニタ笑ってた。
「ひぃっ・・・」とのんが声を上げるとケメちゃんは「人の顔見て声上げるってなんなの!」と口から唾を飛ばす。
だてしょうがないじゃんか、怖いものは怖いんだもの。
ケメちゃんはのんを掴んだままギタギタベトベト説教をたれる。
きっととてもいい事を言ってたんだろうけどそのお話は右の耳から入って左の耳から抜けていく。
だってそれどころじゃない、早く放してほしい。
のんのせつじつな願いも虚しく、結局その後HR五分前のチャイムが鳴るまでのんはずっとケメちゃんに捉まれてた。
それで解放されたのかって言うと、それもまた違う。だってケメちゃんはのんの担任。
教室まで引っ張られて、そこでもケメちゃんのギラギラスマイルを見せつけられた。
そんなこんなで朝から唐揚げ、ステーキ、ビックマック二つ食べさせられたような気分。
のんはぐったり疲れてた。
だから亜弥ちゃんが現れた時は生き返った気分だった。
「よ、お待たせ」って笑う亜弥ちゃんに「レタス!!」って言っちゃったくらいに。
「レタスってなんだよぅ」って苦笑いする亜弥ちゃんに朝の出来事を話すと「可哀相に・・・」と頭を撫でてくれた。
あぁ、やっぱりレタスはいいなぁ。のんはゴマドレッシングをかけて食べるのが好き。ってそうじゃないよ。

「ね、よっちゃんち、行こ?」

「ん?ああ、そうだね。れっつらごー!!」

高らかに宣言する亜弥ちゃんの後をついていく。何だか楽しい。
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/20(月) 20:43
「ひーちゃんから何か連絡あった?」

しばらく歩いていると亜弥ちゃんが聞いてきた。のんは首を横に振る。
もしかしたら授業中に何かあるかも、と思ってマナーモードにしてポケットに入れておいたけど、よっちゃんからの連絡は一度もなかった。

「亜弥ちゃんは?」

「こっちも何も」

亜弥ちゃんは肩を竦めた。
よっちゃん、大丈夫かな。あの女の人、大丈夫かな?

亜弥ちゃんは駅の方に向かっているみたいだった。
人通りが多くなってきて、静かだったのがだんだんと賑やかになってくる。
駅について電車に乗って二つ目で降りた。よっちゃんは大学の近くにアパートを借りた、なんて言ってたかな。
しばらくして亜弥ちゃんはとあるアパートの前で立ち止まった。
新しくもなく、そこまで古くもない、二階建てのアパート。

「・・・ここ?」

「うん、多分。ひーちゃん、ココ上がってったからさ」

亜弥ちゃんは階段を指差した。その奥に沢山の自転車やらバイクやらが置いてあるのが見える。
あ、よっちゃんの自転車発見!

「ここみたい、よっちゃんの自転車がおいてあるよ」

「どれ?あ、ホントだ」

ピカピカ光る銀色のフレームに、いっつもボールが入ってるカゴ。正真正銘よっちゃんの愛車だ。

「・・・でも部屋は?」

「んー、階段上がってったから二階だとは思うんだけれども」

のんと亜弥ちゃんはそのアパートを見上げた。二階だけで六つの部屋があるみたい。
洗濯物とか干してあればある程度絞られるのに。と思うけど、どの部屋も洗濯物の一枚も干していない。
38 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/20(月) 20:43

「一部屋ずつあたってみる?」

亜弥ちゃんが面倒臭そうに言った。

「それが一番確実だね」

しょうがないね、といった風に2人で頷くとアパートの階段を上がった。

まず、一番手前の部屋。いくよ?と亜弥ちゃんに合図してインターフォンを鳴らした。ピンポーン。反応なし。
もう一度。ピンポーン。やっぱり反応なし。

「留守みたい」

「じゃあ違うね」

2人で肩を竦めて次の部屋。そこには表札がかかってた。よっちゃんとは違う人。
「手間が省けたね」と亜弥ちゃんが言って三番目の部屋の前に来た時だった。
大きな音を立てて一番奥の部屋のドアが勢いよく開き、そこから人が飛び出してきた。

「ちょっと待ってって!!」

遅れて飛び出してきた人と目が合った。

「・・・よっちゃん?」

「・・・のの?と、亜弥?」

訳が分からないといった様子のよっちゃん。
そんなよっちゃんとのん達の間に挟まれている、最初に飛び出してきた人。
その人は、昨日のん達が河川敷で見つけた、あの女の人だった。

39 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/20(月) 20:44
>>31
れすどうもです
40 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/29(水) 22:39

「ったく、来るなら来るで連絡くらいしろよなー」

よっちゃんは自分の分のコーヒーを入れながらブツブツ言っている。

「だってさ、上げてくれないと思って」

亜弥ちゃんは拗ねたように言った。

ひょんな事からあっさりとよっちゃんの部屋を発見したのん達はズカズカと上がりこみ、カルピスをご馳走になっている。
太陽の下を延々と歩き続けてきたのん達には最高のプレゼントだ。
例の女の人はクッションを抱いて窓際にぼーっと座っている。
こんな暑い日なのに湯気の立つコーヒーを持って、よっちゃんが戻ってきた。

「あの人、元気になったの?」

小さな声で聞くとよっちゃんは頷いた。

「ん、とりあえず熱があったからさ、風邪薬飲ませてこれでもかってくらい布団掛けて水飲ませたら朝には元気になってた」

よっちゃんの言葉どおり、その人は昨日とは別人みたいに顔色もよく、元気そうだった。

「名前とか、分かった?」

今度は亜弥ちゃんが聞く。けれどよっちゃんはその問いには首を横に振った。

「んにゃ、何もわからん。名前も歳も、何でアソコにいたのかって事も」

「それは分かってないって事?それとも覚えてない、忘れてるって事?」

真剣な顔で亜弥ちゃんが聞く。よっちゃんは頭を抱えてしまった。

「う゛〜・・・あーもーちょっと疲れた。バトンタッチだ、お前達頼むよ」

よっちゃんは情けない声で言ってもう一つの部屋に引っ込んでしまった。
亜弥ちゃんと目が合って、肩を竦めた。
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/29(水) 22:39


「頼むよって言われてもねー」

カチ、コチ、カチ、コチ。

「バトンタッチなんて言われてもねー」

カチ、コチ、カチ、コチ。

時計が規則正しく時を刻む。のんは亜弥ちゃんと並んで座って膝を抱えてた。亜弥ちゃんも同じく。
そしてのん達の視線の先には、クッションを抱えたまま気持ち良さそうに眠る女の人。

「「どうすればいんだろねー」」

2人同じ事を言って溜息まで被った。

「とりあえず寝てるし、その間にひーちゃんのお部屋チェックでもしようか」

「お、それいいそれいい!!」

「ダーメーだ!!!」

「「ぅおう!?」」

いつの間にかのん達の後ろによっちゃんが立っていた。




42 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/29(水) 22:41
「ったく、だからお前達には教えたくなかったんだよ」

ガシガシ頭を掻きながらよっちゃんは言った。
そしてドスンと腰を下ろして胡座を掻く。

「いいじゃん、荒らされるのが遅いか早いかだけの問題だよ?
ひーちゃんがどんだけ隠そうとしたって、あたしは絶対見つけてたからさ」

亜弥ちゃんはニヤニヤ笑った。のんも大きく頷いた。
全くもって、亜弥ちゃんの言うとおりだ。

よっちゃんは諦めたように大きな溜息を吐くとゴロンと横になった。
そこでのんはよっちゃんちに着いてからずっと気になっていた事を口にした。

「ねぇよっちゃん、この部屋暑くない?」

「あ、そう!この部屋暑いって、むあむあする!」

お、亜弥ちゃんも思ってたみたいだ。

「ここクーラーないから」

よっちゃんは当たり前のように言ってどこからかうちわを持ってくるとパタパタと仰ぎだした。
胡坐掻いて片手にうちわを持つその姿はまるで休日のお父さん、っていうか親父だ。

「扇風機は?」

「そこ」

亜弥ちゃんの問いによっちゃんはダルそうに腕を上げる。

「あ゛ーあ゛ー」

いつの間にか起きていた女の人が楽しそうに扇風機で遊んでいた。

亜弥ちゃんは溜息を吐いて立ち上がった。窓、開けるのかな?
そうだ、窓だ。
なんか暑いと思ったらこの部屋、窓が開いてないよ。こんな暑い日に閉めっぱなしの窓なんて、まるで蒸し風呂だ。
クーラーもなくて扇風機も占領されてるなら窓開ければいいんだ。よっちゃんはバカだ。
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/29(水) 22:42

「あーだめだめ」

亜弥ちゃんが鍵に手を掛けた時、よっちゃんが言った。
亜弥ちゃんはよっちゃんをギロリと睨む。結構怖い。

「何でよ」

「うん、窓開けるとさ、その子飛び出しちゃうんだ。昨日の夜とかマジやばかった」

よっちゃんは扇風機で遊ぶ女の人を指して疲れた様に、申し訳なさそうに言った。

「昨日の夜?」

窓を開けるのを諦めて亜弥ちゃんが再び腰を下ろす。のんはよっちゃんからうちわを奪って亜弥ちゃんに渡してあげた。
よっちゃんはのんを軽く睨んで消えた。そして戻ってきたと思ったらその手にはアイスキャンディがあった。
流石よっちゃん、気が利くよ。のんはよっちゃんの話なんてそっちのけでアイスを食べた。
後から聞いた話によると昨日の夜ってこんな感じ。
家に着いてから薬を飲ませて女の人を寝かせてあげたよっちゃん。
あまりにも暑くて、でも扇風機はおんぼろでカタカタうるさいから窓を開ける事にしたんだって。
そしてよっちゃんがガラって窓を開けた瞬間、あーっ!!!!って、女の人が後ろから飛び掛ってきたんだって。
(この時亜弥ちゃんは突然大きな声を出したので、下手なホラー話より断然怖かった)
よっちゃんもビックリしたって。
だって真っ暗闇の中いきなり背後から飛び掛られて、しかもそれが寝てると思っていた女の人。
女の人はあーあー叫んでよっちゃんを踏み倒して窓から出ようとするからよっちゃんは必死で足にしがみ付いたって。
顔やら身体やらメチャクチャに踏みつけられて、それでも何とか部屋に連れ戻す。
窓に鍵掛けて、カーテンを閉めると、さっきまで暴れてたのがウソみたいに大人しくなったってさ。
「もう寝よう」ってよっちゃんが言うと女の人は黙ったまま頷いて、涙を一滴零したんだって。
これがよっちゃんの昨日の夜の話。

亜弥ちゃんはのんに話し終えると、よっちゃんに向き直って言った。

「ねぇ、寝ようかって言ったら頷いたって言ったよね?」

「うん、少なくとも私には頷いたように見えたね」

「って事はさ、あの人、話してる言葉の意味は分かるんじゃない?」

亜弥ちゃんの言葉にのんとよっちゃんは目を合わせ、亜弥ちゃんを見て、それから女の人を見た。
44 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/29(水) 22:42
女の人は扇風機で遊ぶのを止めていた。飽きちゃったのかな?今はぼーっと窓から外の景色を見てる。
のんとよっちゃんは再び目を合わせた。亜弥ちゃんはあんな事言ったけど、実際どうしたらいいの?
よっちゃんも同じ事を思ったみたいで、二人で亜弥ちゃんを見た。
亜弥ちゃんは黙ったままのんとよっちゃんを睨んで「このヘタレ共が」と言った。
のんとよっちゃんは小さくなって「お願いします」としか言えなかった。
亜弥ちゃんははぁあ、と大きな溜息を吐くと、何でもないように、ごく自然に、女の人の隣に座った。
のんとよっちゃんはその様子をじっと見てる。

「外、好き?」

亜弥ちゃんが言った。

「んー?すき」

女の人が答える。「ホラ見ろ」と言いたげな偉そうな顔で亜弥ちゃんが見てきた。さすがあやや様。
亜弥ちゃんはのん達の方へ戻ってくると言った。

「外、好きだって。窓開けると飛び出しちゃうのもそのせいなんじゃない?」

「でもそこまで暴れるかぁ?」

「さぁ。とりあえずあの人のこと何も分かんないんだし、一つでも分かったからいいじゃん」

「・・・下らない事だけどな」

どかっと鈍い音がしてよっちゃんは亜弥ちゃんの右足に潰された。バイオレンスだ。
のんは亜弥ちゃんとよっちゃんに言った。

「ねぇ、外行こうよ」

「お、そうだね、行こう行こう!」

亜弥ちゃんは賛成してくれた。けどよっちゃんは亜弥ちゃんの足の下で「何で」って顔をしかめてる。

「だってひーちゃんち何もないじゃん、つまんない」

あれ、そっち?確かによっちゃんちは何もないみたいだけどさ。
のんだってそれは少し思ったけど、けど女の人が外好きって言うから、皆でお散歩にでも行こうかなぁと思ったんだけど。
亜弥ちゃんとよっちゃんはそんなのんを放ってぎゃーぎゃー言い合ってる。
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/29(水) 22:43

「うるせーな、文句言うならさっさと帰れ」

「ヤダ!何で何もないのよこの家!」

「お金ないからしょうがないだろ!」

「けっ、このビンボー学生が」

「何だと!?」

「何よ?」

あーあーうるさい。全くこの二人は言い争いが大好きだなぁ。
去年、よっちゃんがまだ高校生やってた時もこんな風によく言い争いしてた。結局よっちゃんがいつも負けてたんだけど。
学習してないなぁ。やっぱりよっちゃんはバカなんだ。
亜弥ちゃんに一方的にまくしたてられるよっちゃんをぼーっと見てた。
あぁ暑い。頭がクラクラしてくる。早く外行こうよバカコンビ。

「あー、アナタはいま、あつい。ココは、うるさい。そとに、いきたい?」

ぼんやりしてたら声がした。
よっちゃんと亜弥ちゃんはまだぎゃーぎゃー言い合ってる。
バッと振り返った。

「バカコンビは、あれ?」

のんのすぐ後ろで、女の人がよっちゃんと亜弥ちゃんを指差して笑ってた。



46 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/11(月) 00:14

「よ、よっちゃん!亜弥ちゃん!!」

のんの声にぎゃーぎゃー騒いでた二人はピタリと静かになった。女の人は相変わらずニコニコ笑ってる。

「しゃ、しゃべったよ・・・」

「え、マジ!?」

「そりゃ一応ヒトみたいだし喋るでしょ」

よっちゃんは驚いて、亜弥ちゃんは当たり前、みたく言った。
けど違うよ、のんが言いたいのはそんな事じゃないんだ。
そりゃ暑いのやうるさいのは女の人だって感じてたかもしれない。「外行こうよ」って言ったし、聞いてたのかも。
けどさっきこの人言った。「バカコンビ」って。どうして?のん、頭の中で思っただけなのに。
どうして分かるの?え、エスパーってやつかな?だとしたらちょっと怖いよ。

「・・・んー、だいじょうぶ、こわくない。えすぱーはわからない」

ホラ!!!また!!
よっちゃんと亜弥ちゃんを見た。ようやく二人も何か気が付いてくれたらしい。
さっきまでぎゃーぎゃーうるさかったのがウソみたく静かになった部屋で、のん達三人は少し離れた場所から一列に座って女の人を見た。やっぱりニコニコ笑ってる。

「エスパー?」

「分かんない、のんが亜弥ちゃんたちの事バカコンビだって思ったら、あの人亜弥ちゃん達の事指差して『バカコンビ』って言ったんだ」

「ののテメー誰がバカだ!」

「うるさい黙れバカ。で、エスパーだって思ったらエスパーって?」

「うん、そんな感じ」

亜弥ちゃんはふむふむ頷いて黙ってしまった。よっちゃんは拳をプルプル震わせてる。
のんはずっと女の人を見てた。膝を抱えてニコニコ笑ってる。
「よし」と突然亜弥ちゃんが言った。のんとよっちゃんは亜弥ちゃんに目を向ける。
47 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/11(月) 00:15
「ひーちゃん、自己紹介してきて」

亜弥ちゃんの言葉によっちゃんは「はぁあ?」と顔を歪ませた。
そんなよっちゃんを無視して亜弥ちゃんは「いいからいいから」と背中を押す。

「ずっと頭の中で『私の名前は吉澤ひとみ』って思っとくだけでいいから」

「何だよそれ」

「あ、もしくは『変態バカでーす』とかでもいいよ」

カラカラ笑う亜弥ちゃんをよっちゃんはジロリと一睨みして女の人の前に座った。
よっちゃんの後ろで亜弥ちゃんにそっと聞く。

「何すんの?」

「ん?テスト。のんちゃんの言うとおりなら、多分あの人はひーちゃんの本名を答えられるはず」

亜弥ちゃんは真面目な顔で言った。そういう事か。
のんは黙ってよっちゃんと女の人の成り行きを見守る事にした。

暑い。頭がクラクラする。倒れてしまいそうだ。
さっきからもう五分くらい経ってるはずだ。だけど何もない。
女の人はよっちゃんを見てるだけだし、よっちゃんの背中は動かないし、亜弥ちゃんはあくびしてる。
亜弥ちゃんが大きく開いた口を閉じた時、やっと空気が動いた。

「ごめんなさい、わからない」

女の人が困ったような顔をして言った。
その瞬間、よっちゃんがバッタリ倒れた。
48 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/11(月) 00:16

「だ、だめだ、後十秒もしてたらきっと死んでた」

よっちゃんはゼイゼイ荒い息をした。

「ひーちゃんちゃんとやってたの?ヤラシイ事考えてなかった?」

鬼だ、亜弥ちゃんはよっちゃんのほっぺたを両側からパンパン叩いてる。可哀相に。

「お、お前・・・。やったよ、ずーっと吉澤吉澤言い続けてたって!」

よっちゃんは泣きそうな声で言った。亜弥ちゃんはまたふむふむ頷いて黙ってしまった。
のんは死にそうになっているよっちゃんをうちわでパタパタあおいであげた。
「よし」また亜弥ちゃんが言った。寝転がってるよっちゃんを正座させる。

「作戦変更。お腹空いたってずっと思ってて。それか喉渇いた、でもいいから」

「えーまたぁ?」

「いいからさっさとやる!」

やっぱり亜弥ちゃんは鬼だ。
よっちゃんは小さく返事してまた女の人の前に座りなおした。
のんもまたよっちゃんの後ろに座った。隣では亜弥ちゃんが真剣な表情で女の人を見ている。
よっちゃんの背中は動かない。女の人を見た。大きな目によっちゃんとのん達が映っているのが見える。
女の人は突然ふわぁっと笑った。そしてちょこっとだけ前に出て、言った。

「おなか、すいた?」

その瞬間、よっちゃんちが全部凍ってしまったかのように感じた。
よっちゃんが振り向いて、亜弥ちゃんはがっしり腕を掴んで、三人で目を合わせて、それから女の人をもう一度見た。
ニコニコ、ニコニコ。女の人は膝を抱えて、前後に軽く揺れながら笑っていた。




49 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/11(月) 00:16
「どーゆー事?」

「マジでエスパーなのか!?」

「あたしに言われても分かんないよ!」

女の人を一人残してのん達はよっちゃんの寝室にいた。
のんとよっちゃんはドキドキ、ビクビク。亜弥ちゃんはイライラしてる。
もっかいテストしてみよう、と亜弥ちゃんが言った。

「のんちゃんは頭の中で自己紹介、ひーちゃんは眠い、ってずっと思ってて」

「「イェッサ!!!」」

いつの間にかリーダーになっている亜弥ちゃんの命令にのん達はビシッと敬礼をして女の人の前に座った。
まずはのんからだ。よし、私の名前は『辻希美』、『つじのぞみ』。
女の人は大きな目でのんをじっと見てくる。なのでのんもずっと女の人の目を見た。私の名前は辻希美、つじのぞみ。

ずっと目を開いていたので目が乾いてきた。パチクリ。
瞬きをした瞬間、女の人は悲しそうな顔で、ごめんなさい。と言った。
のんはガックリきて、それでもよっちゃんにバトンタッチした。よっちゃんは何だか本当に眠たそうだ。
ちょっともしない内に女の人はよっちゃんに向かって「ねむたいの?」と言った。
よっちゃんは「うわぁ」と言ってのんを見た。そして2人で亜弥ちゃんを見た。
亜弥ちゃんは何かが解ったみたいにふむふむ頷いて、女の人をまた一人残してのん達を連れて寝室に行った。

「解ったよ、あの人はエスパーなんかじゃない」

「はぁ?何言ってんだお前。見てただろう?私が思ってた事ズバっと当てたぞ?」

「そうだよ、のんだってさっきはダメだったけど、その前は当てられちゃったよ?」

「うるさい黙れバカ共。あやや教授の見解を大人しく聞け!!」

亜弥ちゃんにギロッと睨まれてのん達は黙ってしまった。そしてあやや教授のお話が始まった。
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/11(月) 00:17


いい?人間の目っていうのは言葉以上に本音を語るものなの。そしてその目の表情っていうのは、皆それぞれ似ていないようで、実は殆どが同じなんだ。その思ってる事が皆同じだとするよ?そうすると上辺には皆てんでバラバラな事を考えているように見える。だけど心の奥底、頭の中で思ってる事、その奥の奥の本質は一緒だから実は皆の瞳の奥は同じ表情をしているんだ。
例えば目の青い人、灰色の人、一重の人、男の人、そしてひーちゃんが皆一様に眠いなぁ、と思ったとするでしょ?そうすると皆全然違う目をしているんだけど、眠いなぁっていう感情、欲求は皆同じな訳よ。だから全然違う目、人でもその目の奥の表情は皆一緒なの。だからこれは訓練かなんかすれば分かるようになるものなのね。実際にコレだけの事で『貴方の将来占います
』なんてお金稼いでる人もいるし。簡単なトリックだよ。
将来を占ってもらおうなんて人は大概何かの不安を抱えてて、だから占ってもらおうなんて思うのね。そんな不安なんてのは自分では隠してるつもりでもその手の人には全部まるっとお見通しな訳よ。だって全部その目に映ってるんだから。占い師はその目に映っている事をただ言えばいいだけ。ただそれだけの事なのに、占ってもらってる人はそんな事知らないわけだからこの占い師は凄い!この人の言う事は本当だ!なんて簡単に騙されちゃうんだよね。何で分かるんですか?ってお前がベラベラ喋ってたからだろ、みたいなね。
話が逸れてきた、まぁ占いなんてズルみたいなもんだよって話。
んで、彼女の事だけど。
あたし言ったよね、のんちゃん、ひーちゃんに自己紹介してって。だけどそれには答えられなくて、だけど眠たい、だとかお腹が空いた、だとかの欲求はガンガン当てた。これがどんな事を意味してるかっていうと、あの人はきっと目の表情を読むことが出来る人だっていうこと。それも人の欲求にかけてはスラスラ分かるんじゃないかな?けど特別な訓練を受けてきたようには見えないし、小さいころから人の目を気にしながら、伺いながら、ってやってきたのかもしれない。
ひーちゃん達も時々あるでしょ?相手の目を見てさ、あ、この人今コレして欲しそうだな、とかアレやったらきっと喜ぶだろうな、とか。そういうのと同じだと思うんだよね。ココ大事だよ。〜してほしい、とか〜したい、とか。そういう欲求、感情をあの人は目を見るだけで分かるんだろうと思う。逆に自己紹介ってのはそこに欲求やら感情はない訳でしょ?だからあの人も答えられなかったと思うんだよね。
まぁあんた達何言ってるか訳分かんなさそうな顔してるからガツンと結論言うけど、あの人はエスパーなんかじゃないって事。
あー疲れた。てかあたし今超頭イイ人みたいだね!

51 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/11(月) 00:18


亜弥ちゃんは満足そうに笑ったけどのんとよっちゃんは全く笑えなかった。
亜弥ちゃんの言ってる事は全くもって意味がプー。少しも理解出来ずに頭からプスプス煙が出てたから。
けどこれだけは分かったよ。

「「つまり、占い師はインチキって事?」」

よっちゃんも分かってたんだ。亜弥ちゃんは言葉もなくガックリとその場に崩れ落ちてしまった。

あやや教授の講義が終わって女の人の所に戻った。その人はまた扇風機に向かってあーあー言って遊んでいた。
何だか可愛い人だ。そこでのんの頭にポンと疑問が浮かんだ。

「ねぇねぇ、エスパーだとか何だとか言ってるけどさ、この人、普通にお話できるんじゃないの?」

ポンと浮かんだのんの疑問によっちゃんと亜弥ちゃんはこの世の終わりみたいな顔をした。
そんな二人を見て女の人は笑った。それにつられてのんも笑ってしまった。



52 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 13:36

「誰よ、喋れないなんて言ったの」

亜弥ちゃんは言いながらよっちゃんを睨んだ。

「ちょっと待て、何故私を睨む。喋れないなんて一言も言ってないぞ?」

「だって名前も何も分からないって」

「だからそれはこの子が死んでたからさ、聞けないもんは分からないでしょうが」

うん、よっちゃんの言うとおり。多分のん達が勝手に勘違いしてただけ?
女の人はニコニコ笑ってる。のんはとりあえずお互い睨みあうよっちゃんと亜弥ちゃんを仲直りさせた。
そして三人で女の人の前に並ぶ。

「えっと、自己紹介するね。のんはのんでコレがよっちゃん。んで亜弥ちゃんだよ」

「おいのの、『コレ』ってなんだ『コレ』って」

「って言うか適当すぎるでしょ、絶対分かんないって」

ちくしょうなんだよ。
良かれと思ってやったのによっちゃん達からはブーイングの嵐だ。

「はいはい黙って。私がちゃんとするから。
こっちの小さいバカが辻希美でのの。こっちのでかいバカがひーちゃんで吉澤ひとみ。
んでこのベリベリキュートアンドビューティーなのがあややこと松浦亜弥でぇーす!!」

「「ちょっと待って、間違ってる!」」

「は、何が」

「のんはバカじゃないよ!」

「誰がキュートでビューティーだ、モンキーのまちがいだろぅぐほっっ!!?」

「ど・こ・が!まちがってる?」

「・・・どこも間違ってないです」

よっちゃんを片足で踏んづけて亜弥ちゃんは勝ち誇ったようにフフンと笑った。
半泣きで情けない顔になってるよっちゃんが少し可哀相だった。
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 13:37

「・・・あ、今ので分かった・・・かな?」

踏まれてるよっちゃんと踏んづけてる亜弥ちゃんを交互に見ながらそれでもニコニコしてる女の人に話しかける。
女の人はうんうん頷いて口を開いた。

「あなたはのの。これがひーちゃん。そして、あやちゃん?」

のん達を順番に指差しながら女の人はゆっくり言った。うん、完璧だ。のんと亜弥ちゃんは手を叩いた。
よっちゃんはまだ亜弥ちゃんの下になっていて、「だから何で『コレ』なんだよー」ってぼやいてる。可哀相に。

「ねぇねぇ亜弥ちゃん、よっちゃんは名前聞けなかったって言ったよね」

「そうだね、色々あったみたいだしね」

「今聞いたら分かるかも」

のんが言うと亜弥ちゃんはいきなりデコピンしてきた。ポコンって良い音がした。じゃなくて結構痛い。
おでこを押さえて亜弥ちゃんを睨むと「ゴメンゴメン、いつものクセで」とよっちゃんをつま先で転がした。
何だか本当に可哀相だ。ようやく亜弥ちゃんから解放されたよっちゃんはどっしりと胡坐を掻いてゴホンと咳払いをした。

「よし、それではお主の名前を教えてもらおうか」

「よっちゃんそれ誰?」

「何でアンタが仕切んのよ」

よっちゃんは一気にシュンとなって小さくなってしまった。

「ひーちゃん、だいじょうぶ」

それまで黙ってニコニコしてただけの女の人が口を開いたのでビックリした。というかその発言にビックリした。
亜弥ちゃんもよっちゃんもそうなのか、三人とも固まってしまった。
女の人だけはニコニコしてて、腕を伸ばすとよっちゃんの頭をよしよしといった風に撫ではじめた。
うわぁ、うわぁ。
よっちゃんは石像みたいに動かない。のんと亜弥ちゃんはそれをずっと見てる。
よっちゃんの真っ白な肌がほんのりピンクに染まってく。頬っぺたが真っ赤っかだ。・・・照れてる?

「デレデレすんな変態!!」
54 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 13:38

あ、デレデレしてるのね。
よっちゃんは何か言いたいみたいだった。けどやっぱり動けないみたい。
女の人はしばらくするとよっちゃんの頭を撫でるのをやめてクルッと亜弥ちゃんの方を向いた。

「あやちゃん、ひーちゃんと、仲直り」

突然話しかけられて驚いたのか固まってる亜弥ちゃんの腕を女の人が掴む。
何するのかな、と思って見てたら女の人はよっちゃんの腕も掴んで、そして2人を無理矢理に握手させた。

「はい、仲直り」

握手する2人の手の上に自分の手を重ねて女の人はニコニコ笑った。
よっちゃんと亜弥ちゃんは気まずそうにしてたけどそれは一瞬で、少し恥ずかしそうに笑った。
何だか暖かい人だなと思った。笑顔がほわほわ良い気持ち。
女の人と目が合って笑うとニッコリ笑い返してくれた。うん、良い感じ。

「名前、なんていうの?」

「ん?ごとーはごとーだよ」

女の人はふんわり笑って答えた。




55 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 13:38


「ゴトー・・・ごとうさん?」

「そうだよ、紙とペン、あるかな?」

「紙とペン・・・ちょっと待ってね」

カバンをあさってノートと筆箱を取り出して渡す。ごとうさんは水色のペンを取るとノートにサラサラと何かを書いた。
そして「ん」とノートを見せてくる。そこには可愛らしい字で『後藤真希』と書いてあった。

「ごとうまき?」

「そう、ごとーまき」

「ん、じゃあごっちんだ」

「何その変な呼び方」

「うるさいな、じゃあお前ならどうする?」

「・・・ごっちんでいいんじゃない」

「ほらみろ」

「うっさいな」

「・・・んは、ごっちん」

よっちゃんが発案した『ごっちん』後藤さんは嬉しそうに笑ってごっちんごっちんとはしゃいでいる。
本人が気に入ってるみたいだからいいよね。名前も判らなかった女の人の名前が今分かった。
『ごっちん』という呼び名まで出来た。もう知らない人なんかじゃないよ。
56 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 13:39
そこからは質問タイムになった。まずよっちゃんが「歳は幾つ?」と聞いた。
後藤さんは少し考えるような素振りをして「もうすぐ19になる」と言った。もうすぐ19ってことは、よっちゃんと同い年かな?
よっちゃんは「同い年だ!!」と叫んで後藤さんとガッチリ握手した。すると亜弥ちゃんが横から手を出して「でも今は私と同い年」
と後藤さんの手をよっちゃんから奪って握手した。あーいいなー、のんも握手したいよ。
そんな事をぼんやり思っていると後藤さんと目が合って、ふんわり笑われた。
何だろうと思ったら、手が暖かかった。後藤さんと握手していた。
そうだ、後藤さんは目が読めるんだっけか。うわぁ、何だか恥ずかしい。でも嬉しいや、温かい。

「のんは17才だよ」

のんがそう言うと後藤さんは「せぶんちーんだ」と言って手をブンブンした。可愛い人だなぁ。
それから亜弥ちゃんが「川で何してたの?」と聞いた。すると後藤さんは「お昼寝」と言った。
亜弥ちゃんはそれを聞いて困ったように笑った。そして「何で川でお昼寝してたの?」と聞きなおした。
後藤さんは眉間に小さく皺を寄せて宙を見つめて「・・・気持ちよかったから?」と言った。
亜弥ちゃんを見た。目が合って、亜弥ちゃんはまいったね、と言う風に肩を竦めて見せた。
よっちゃんは目を閉じて何か考え事をしてるみたい。後藤さんはもうにこにこしていなくて、少し俯いていた。
どうしてしまったんだろう。何だか空気が苦しいな。

「ねぇ、お散歩行こうよ」

息が詰まってしまいそうだったので外に行きたかった。後藤さんだって外が好きだって言ってた。
これ以上こんな苦しい場所にいたくないよ。暑いし。

「・・・そうだな、外行くか」

よっちゃんが言った。亜弥ちゃんも頷いた。後藤さんはニコニコしてた。ほら、やっぱり外が好きなんだ。

57 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 13:41

それから四人揃ってよっちゃんの家を出た。
外は晴れてて、いわゆる残暑が厳しい日って奴だったんだけど、サウナみたいなよっちゃんの家に比べると全然涼しかった。
それでも太陽ってのは最強で、10分もすると汗がダラダラ止まらなくなった。
よっちゃんと亜弥ちゃんと三人横一列に並んであぢーあぢー言いながらヘロヘロ歩く。
のん達のちょっと前を後藤さんがぴょんぴょん跳ねながら歩いてく。もの凄く楽しそうだ。暑くないのかな?
よっぽど外が好きみたい。よっちゃんの家にいた時より、昨日川で見つけた時よりも全然元気だ。

「何か理由があるのかな」

突然亜弥ちゃんが言った。
何の話か分からずにのんとよっちゃんは2人で亜弥ちゃんを見る。
亜弥ちゃんは顎に手を添えて、前ではしゃぐ後藤さんを見てる。
「何の話?」とよっちゃんが言った。亜弥ちゃんは前を向いたまま「後藤さん」と言った。
それからクルっと、のんとよっちゃんを見て言う。

「何か、言いたくない、言えない理由があるのかな?川にいた事」

「言いたくない理由?何だそれ」

「分かんないけど。それに警察に連絡しようとしたらダメだって、そう言ったんでしょう?」

「ん?ああ、うん。ダメだって言われた」

「ほら、やっぱり何か訳があるんだよ」

「マジで?訳あり!?」

「うん、多分ね」

「うそー、どうしよう。やっぱ警察に連絡した方がいいのかなぁ」

58 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 13:42

よっちゃんは困った顔をして頭をガシガシ掻いた。亜弥ちゃんはどこか怖い目をして後藤さんを見てる。
何だよ、やめてよ。何で2人ともそんな顔するの。そんな顔しないでよ馬鹿。後藤さんは良い人なんだ。
川でお昼寝してただけなんだ、何でそんな目で見ているの。後藤さんは良い人なんだ、警察になんか、言っちゃダメなんだ。

「やめてよ!!」

「「え?」」

「よっちゃんと亜弥ちゃんのバカ!!後藤さんは良い人だよ!!」

涙が出そうになって、でも泣いてるのを見られるのは嫌だったから走った。
よっちゃんが何か言ったけど聞こえない。後藤さんも追い越して、走って走った。
美味しそうなかき氷を売ってる駄菓子屋さんを見つけたけど、それも無視して全速力で走った。
嫌いだ嫌いだ。よっちゃんも亜弥ちゃんも、大嫌いだ。
よっちゃんと亜弥ちゃんと後藤さんと、三人が小さく見える場所まで走って、ちょっとだけ泣いた。
なんだよ、よっちゃんも亜弥ちゃんもバカだ。きらいだ。
後藤さんは暖かくて優しくて可愛くて良い人なんだ。
それを変な目で見るんだ。ちくしょうばかやろう、だいっきらいだ。




59 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/11(木) 04:47
うう……可愛いめっちゃかわいいぞ辻ちゃん
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/21(日) 20:27

「のの」

声がして顔を上げると、後藤さんがいた。走ってきたのか少し息を切らして、困ったみたいな、悲しそうな顔をしてる。
腕でごしごし目を擦った。泣いてるとこなんて見られたくない。

「のの、ケンカだめだよ」

後藤さんは悲しそうに言った。
だけど。でもだって、よっちゃんと亜弥ちゃんが悪いんだ。よっちゃんと亜弥ちゃんが。

「ごめんなさい」

・・・え?

「ごめんなさい。ケンカ、ごとーのせい」

後藤さんは小さな声で言った。大きな目が伏せられて、長い睫毛がふるふる揺れている。
違う、違うよ。後藤さんのせいなんかじゃない。

「違うよ、よっちゃんと亜弥ちゃんが悪いんだ。後藤さんのせいなんかじゃないよ!だから、だから・・・泣かないで・・・」

のんが言うと同時に、後藤さんの伏せられた大きな目からぽろんと一滴、涙が落ちた。
ああ。悲しい。泣かないで。

61 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/21(日) 20:28

「のの!!」

「のんちゃん!」

「お前走るのはや・・・どうした・・の?」

「・・・あやまれ」

「「は?」」

「の、のんと!のんと、ごどーざんにあやまれバガァ!!!」

息を切らしながらやってきたよっちゃんと亜弥ちゃんを見つけた瞬間、もう止まらなかった。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになって、でも謝らせなきゃダメで、けどそれよりもムカついててよっちゃんをぽかぽか殴ってやった。
よっちゃんも亜弥ちゃんも何が何だか分かっていないような顔をしていたけど、のんが謝れと言うと二人とも妙に素直にごめんなさいと言った。
二人は謝ってくれたけど、のんは後藤さんを泣かせてしまった事がとても悲しくて涙が止まらなかった。だから殴るのを止めてよっちゃんをぎゅってした。よっちゃんは困ったような呆れたような息を吐いて、「ゴメンな」って頭を撫でてくれた。
しょうがないから許してあげる。でもただじゃ許してあげないよ。

「あ゛ーっっ!!!お前鼻水つけたな!!!」

62 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/21(日) 20:29

逃げろ!よっちゃんはきっと『頭グリグリの刑』をお見舞いしてくると思ったので走って逃げた。
思ったとおり、振り返るとよっちゃんは両手を振り回して追いかけてくる。
レモン色のTシャツは胸の辺りだけが濡れて濃い黄色だ。うへへ、ざまーみろ。
いつの間にか後藤さんも一緒になって走ってた。横を向いたら目が合って、だから2人で手を繋いで走った。
のんの涙は引っ込んだ。後藤さんももう泣いてなんかない。
遠く後ろからはよっちゃんの怒ってるけど笑ってるような声と亜弥ちゃんのカラカラ綺麗な笑い声が聞こえる。
はは、なんだか楽しいや。

それからよっちゃんに捕まって頭をポカリと殴られるまでのんと後藤さんはは走って走って走りまくった。
そしてその後随分と遅れてやってきた亜弥ちゃんに「アンタ達、あたしを置いてくなんて、良い度胸してんじゃない」と言われた。
口では笑って目では睨んでと器用な事をしながら腕を組む亜弥ちゃんに三人で「ごめんなさい」と謝った。
それから四人で来た道を戻った。途中で走りながら目をつけてた駄菓子屋さんに寄って、四人でかき氷を食べた。
よっちゃんはあんまりお金を持っていなかったので、四人で一つのかき氷を食べあいっこした。
頭がキンキンして、でも凄く美味しかった。みんなにこにこしてて、のんはそれが嬉しかった。よかった、もう苦しくなんかないよ。
よかった。後藤さんと目が合って、ふんわり笑ってくれた。きっとのんの気持ちを分かってくれたんだ。
なんか、こうゆうの、いいよね。楽しいよね。
後藤さんはニンマリ笑って、大きく頷いた。ほら、分かってくれた。

「これ、おいしい」

・・・うん、それも思ってたけどね。



63 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/21(日) 20:30
それから4人でぶらぶらゆっくりよっちゃんの家まで歩いて帰った。
ギラギラ照りつけてた太陽の光はいつの間にか優しくなっていて、
よっちゃんちに着く頃にはそこら中、みんなの顔も濃いオレンジに染まってた。
アパートの階段をカンカン鳴らして部屋に入ると後藤さんは疲れてしまったのかすぐにゴロンとなってしまった。
のんも真似して寝転ぼうとするとよっちゃんに頭を叩かれた。

「いったぁい!何すんだよ!」

「何すんだよ、じゃない!高校生はさっさと帰る!」

よっちゃんはしっしと追いやる仕草をする。亜弥ちゃんを見た。亜弥ちゃんはしょうがないよ、と目で訴えてきた。
むぅ、しょうがないか。

「じゃあかーえろ」

「おぅ、とっとと帰れ」

「ん。じゃあひーちゃんまた明日」

「はいはいまた明日って何でやねん!!!」

にっこりアイドルみたいに完璧なあややスマイルを浮かべる亜弥ちゃんによっちゃんはヘンテコな関西弁で突っ込む。
だってねー。ねー。よっちゃんに見えないところで亜弥ちゃんとウィンクした。
だってよっちゃんの家、分かっちゃったもん。名前も分からなかった女の人、後藤さん。
後藤さんと仲良しになりたいもん。これっきりでバイバイなんて、そんなバカな話はないよ。

「「じゃ、また明日!!」」

64 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/21(日) 20:30
ドアのトコでよっちゃんはもの凄く嫌そうな顔をしてたけど、そんな事関係ない。
また明日、明日だけじゃなくって明後日だって、明々後日だって、毎日来てやるんだから。
亜弥ちゃんも同じ事考えてたみたいで2人でウフフと笑った。
アパートの二階、一番端っこ。よし、かんぺき。
帰る時にふと見上げてみたらベランダによっちゃんが立っていた。亜弥ちゃんと2人でバイバイと手を振る。
よっちゃんは軽く片手を上げて「気をつけて帰るんだぞ」と言った。
「何よカッコつけちゃって」と亜弥ちゃんがボソッと言った。でもその横顔は嬉しそうだ。
それからアパートが見えなくなる曲がり角に来るまでよっちゃんはずっとベランダに出てた。
見えなくなる最後にもう一度大きく手を振って角を曲がった。駅まではもうスグの距離だ。
それから電車に乗って二つ目で降りて、亜弥ちゃんとは駅でバイバイした。
亜弥ちゃんはこれから予備校に行くそうだ。受験生って大変だ。
別れ際に「また明日よっちゃんち行こうね」と言うと「当たり前じゃん」とデコピンされた。
だからのんはのんでよっちゃんじゃないんだけどなぁ。おでこを押さえて睨むと亜弥ちゃんは綺麗なソプラノで笑って「ゴメンゴメン、じゃあまた明日」とあややスマイルにウィンクを付けて人ごみの中に紛れていってしまった。
さぁ、のんも帰らなくっちゃ。
さっきまで4人だったのに一気に1人だ。なんだか寂しいなぁ。でも心の中はぽかぽか温かい。
今日の夜ご飯はなんだろう。のんの家まではまだまだだ。
悲しかったり楽しかったり。今日一日でおきた色んな事を思い出しながら家に向かった。空の下の方では一番星が輝いてる。

65 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/21(日) 20:31

家に着いた時、辺りはもう真っ暗だった。
4人でお散歩してた時はもの凄く暑かったのに、今はなんだか肌寒い。何だかんだ言ってもう9月。秋が来るんだ。
ただいまー、と言ってドアを開けるとお母さんが立っていた。少し怖い顔をして「何してたの」と聞いてくる。
よっちゃんちに行ってた、と言うとお母さんはわぁと驚いて、お母さんも行きたいわぁと言った。
そう、のんのお母さんは大のよっちゃんファンなんだ。
小さい頃からよっちゃんを知ってるけど、高校生になって、バレーボールの試合を見に来てくれた時、よっちゃんの勇姿に惚れてしまったんだって。今だってフットサルの試合を見に来てくれるけど、実はのんよりよっちゃんの事を応援しているんだこの人は。
実の娘より近所の幼馴染の事が好きだなんて、なんて酷い母親だと思う。けどのんもよっちゃんの事は好きだからいいんだ。ホントだよ?・・・まぁ、たまーにちょっとやきもちしちゃうけど。でもたまに。
「それより」となんだか真面目な顔でお母さんが言った。何を言われるんだろう。

「宿題は終わったの?」

ああ。のんはその場でがっくり膝をつきそうになった。そうだった。朝は覚えてたのに全然忘れてた。
「まだです」と言うとお母さんはよっちゃんと遊ぶのもいいけどちゃんと宿題もやりなさいねと言った。そうですね。貴方の言うとおりです。それからお母さんはご飯出来てるから着替えてきなさいと笑った。お魚を焼いてる匂いがして、のんのお腹がぐぅと鳴った。
自分の部屋に行って服を着替える。机の上には山積みの宿題。あーあ。
またしても楽しかった夢みたいな時間は忌々しい『宿題』という奴によって終わってしまった。ちくしょう。でもしょうがないよな。
ご飯食べたら頑張ろう。そう決めて腹ごしらえをしに下へ降りてった。

66 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/21(日) 20:32
>>59
( *´D`)ノ<ありがちょー
67 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 13:52

疲れてたのとご飯を食べてお腹いっぱいになったのとで眠気はMAX。でも寝ちゃダメだ。決めたんだ、宿題やるって。
顔を叩いて気合を入れて机に向かう。とベッドの上に放り出していた携帯が突然鳴った。
まったく誰だよ、せっかく頑張ろうと思ったところなのに。
はぁと溜息を吐きながら携帯を取って、溜息は吐き終わる前に途中で飲み込んでしまった。よっちゃんからメールだった。
何かあったのかと思って、急いで携帯を開くと『明日来るなら着替えてからおいで。おやすみー』とだけあった。
なんだい、たったそれだけかい。ごとーさんの事で何かあったのかと思って焦っちゃったじゃないか。
途中で飲み込んだままだった溜息を全部吐き出した。はぁあ。
溜息なんかついちゃったけど、でも実際はちょっと嬉しかった。
だってよっちゃん、のん達が「明日また来る」って言ったらもの凄く嫌そうな顔してたけど、こんなメール送ってくれるんだ。
優しいな。のんはよっちゃんがたまーにみせる優しいとこが好き。だからっていっつも意地悪なわけじゃないけど。
『分かったよー。じゃあ明日、学校終わってからいくね!おやすみ(>3<)』
よっちゃんに返信してから、もう一度気合を入れなおして机に向かった。
明日またよっちゃんちに行くんだ。宿題をさっさと終わらせなきゃ。ケメちゃんも怖いし。

それからのんは何度も何度も襲い掛かってくる睡魔と闘ってはギリギリで勝ち、がむしゃらに頑張った。
だけど結局最後に現れた睡魔の大ボスの前によろよろぼろぼろだったのんは力尽きて、時計の短針が11を指した時にベッドに倒れ込んでしまった。今日はいっぱい動いたし勉強だって頑張ったからしょうがないんだ。
明日またやろう。もちろんよっちゃんちに行ってからだけど。後藤さんの名前も分かったし、もっと仲良しになるんだ。
そんな事を思いながらのんはいつの間にか眠ってしまっていた。

68 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 13:53

次の日。外は朝からいい天気。カラッと晴れてて風は少し冷たい。秋晴れってやつかな?
縁側に座ってぼんやり外を見てたら「早く学校行きなさい」とお母さんに殴られた。痛いなぁ、のんをこれ以上馬鹿にしないで。
お母さんに叩かれて家をでて深呼吸した。うん、朝から気持ちがいい。爽やかな気分で学校に向かった。

途中でカオリンと一緒になった。カオリンっていうのはあだ名みたいなもので、本当は飯田圭織先生だ。
先生だけど先生じゃないみたい。友達みたいだ。だからのんはカオリンの事、カオリンって呼ぶんだ。
カオリンは美術の先生。のんは選択で音楽の授業を取ってるからカオリンの授業はないけど、でもとっても仲良しだ。
なんでかって?カオリンは美術の先生だけど、のん達バレーボル部の顧問の先生でもあるんだ。
美術の先生だし、運動なんて出来るのかよ、なんて思うけど、カオリンは「先生はね、学生時代縄跳びは5だったのよ!」
だとか変な自慢話や、去年よっちゃんがまだバレー部にいた時二人でトスしてたりしてたから多分出来るんだろうと思う。
だけどもっぱらのん達の間では「背の高い先生がカオリンしかいないから」っていうのがバレー部顧問飯田圭織先生誕生のお話になってる。
と、まぁ、そんな飯田圭織先生を前方に発見したのだ。ココは捕まえるしかないでしょ。走ってジャンプして大きな背中に飛びついた。

「カーオーリン!!おはよ!!」

69 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 13:54
「きゃっ!つ、辻ぃ〜!?びくっりしたぁ・・・」

「えへへぇ〜」

「えへへじゃないの!心臓止まったらどうするの!」

「えー、悲しい」

「悲しい?」

「うーん、すごーく悲しい」

「・・・はぁ。辻が悲しいとカオも凄く悲しいからもうダメよ?」

「ほいほーい。おはよ」

「はい、おはよう」

カオリンは初めは怒ったみたいな顔をしていたけど最後はちゃんとニッコリしてのんの頭をポフポフした。
カオリンは時々よっちゃんみたい。あ、でもカオリンの方が先に生まれてるからよっちゃんがカオリンみたいなのかな?
まぁどっちでもいいや。言えるのは、のんはよっちゃんもカオリンも2人とも同じくらい大好きだってこと。

学校まではまだもうちょっと。カオリンと一緒に歩く。

「辻ぃー」

「んー?」

「最近部活こないじゃん」

ドキッ。
70 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 13:54

「どうした、バレーボール嫌になっちゃったか?」

カオリンは優しい顔で聞いてくる。何となく目を見れなくて顔をそらした。
するとカオリンはのんの背中をポンポン叩いて笑った。

「なんだぁ元気ないぞ?辻らしくない、何か悩み事か?」

ううん、違うよ。のんはぶんぶん首を横に振った。カオリンが覗き込んでくる。
その顔が困ったみたいな表情だったので、のんはそれが悲しくて俯いてしまった。
するとカオリンはのんの顔を両手で挟んでグイと無理矢理前を向かせた。
目の前にはカオリンの顔があって、大きな目をパッチリ開いて二カット笑う。ちょっと怖いと思ってしまったのは内緒。

「何があったのかは知んないけどさ、皆辻が来なくて寂しがってる。カオだってホントはちょっとさみしーんだ」

カオリンの笑った顔が寂しそうでのんは胸が苦しくなった。
そうだよ、のんは今よっちゃんとそのお友達とフットサルばかりやってるけど、本当は、のんはバレーボール部なんだ。
最近はあまり行ってないけど。カオリンが寂しいって言う。そんな事言われるとのんだってちょっと寂しくなる。
今日行こうかな。あ、でも後藤さん。後藤さんに会いに行きたい。よっちゃんにも行くってメールしちゃったし。どうしよう。
ああそれに。宿題があった。ケメちゃんと約束した一週間がもう過ぎそうだけどまだ終わってないや。どうしよう。
うわー、そうだった。宿題がまだいっぱいあったよ。ああどうしよう。
71 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/30(火) 13:55

「何か悩んでるならカオに何でも言ってみなさい。いつだって相談乗るよ?これでも先生なんだから」

のんが色々考えているのを何か勘違いしたのかカオリンはそんな事を言ってきた。
うーん、特に悩んではいないけど、のん、カオリンには多分相談しない。だってカオリンの話は難しいもん。難しい話は分からないよ。
だけどそんな事ズバッと言っちゃったらカオリンはきっと落ち込んじゃうだろうからのんはいっぱい笑ってみせた。
カオリンはそんなのんの頭をポンポンすると「校門まで競走!」と言っていきなり走り出した。あ、ずるい。大人のクセに卑怯だ。
遅れてのんも走ったけど、スタートが早かったカオリンの方が先に校門に着いた。「カオの勝ちー」なんて偉そうに威張ってくる。
勝ちなんかじゃないよ、カオリンはずるしたもん。フライングだったもん。でもなんだか楽しい。
何となく落ち込んでた心が少し軽くなって、心の中でカオリンに『ありがとう』って言っておいた。


72 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/25(日) 23:40

カオリンとは靴箱のとこで別れてのんは教室へ。
あーあ。カオリンが担任の先生だったらなぁ。そしたらきっと毎日が楽しいのに。別に今が楽しくないって訳じゃないよ?
でもなぁ、だって。なんでのんの担任はケメちゃんなんだろう。あーあ。

「辻!おはよう!」

「・・・ぎゃっ」

「あ、コラ、ちょっと待ちなさいよ!」

ポンと肩を叩かれて振り向いたらケメちゃんのギラギラスマイルがあった。
何だよ、さっき頭の中にポンと浮かんできたのをやっとこさ追い出したばかりなのに、何で目の前にアップ。
のんは走った。ケメちゃんが「廊下を走るな!」って走りながら追いかけてくる。あーあーうるさいよ。
のんの方が先に教室について、ちょっと息が上がってたけど知らんぷりして机に突っ伏した。
ドタバタ大きな足音が近づいてくる。ガラッ。

「辻!何で逃げる!」

ケメちゃんが教室に入ってくるけど知らんぷり。聞こえない振り。寝たふり寝たふり。
73 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/25(日) 23:41

「・・・さっきまで走り回ってたバカがすぐに寝られるわけがないだろう」

頭をぽかりと殴られてあまりの痛さに頭を押さえて顔を上げた。

「おはよう辻さん」

ケメちゃんはネコみたくニヤって笑った。
アレ、おかしいなぁ、いつもなら人の顔みて逃げ出すな!とか年寄りを労われ!とかブツブツ怒ってくるのに。どうしたのかな。

「お、おはよう?」

いつもキリキリ怒ってるケメちゃんが今日は怒ってなくて、だからそれが不思議でのんは頭を押さえたままずっとケメちゃんを見てた。
やがてケメちゃんは力を抜くみたいにふぅって小さく笑って、のんが押さえてた頭をよしよしとした。
のんはわけがわからないからされるがまま。ケメちゃんはのんの頭から手を下ろすと口を開いた。

「ったく、辻は元気があってこそ辻なんだから、圭織に心配かけさせちゃダメよ」

ケメちゃんはお母さんみたいな顔で笑った。
ああ、そうだ。ケメちゃんとカオリンは仲良しさんだったっけ。カオリン、今朝の事ケメちゃんに話したのかな?

「アンタの担任は私なんだから、心配かけさせるなら私にしときなさい。
アンタはいっつも1人で抱え込むんだから。何かあったなら言ってきていいのよ??

うわ、ケメコのくせに。ちょっと目の奥が熱い。
ケメちゃんは絶対、今日変なもの食べたんだ。絶対そうだ。
だってこんな優しいなんて、ギラギラしてないなんておかしいもん。
ケメコのくせに。
絶対に今日のケメコはニセモノなんだ。

74 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/25(日) 23:42

「・・・辻?」

うわぁ鼻の奥がツーンてするよ。頭がドクドク言ってる。まぶたがピクピク気持ち悪い。
なんか、泣いてしまいそうだ。でも学校だ。我慢するんだ。
ケメコ気持ちわるーいって、何言ってんだよーって、茶化して、ゲラゲラ笑って、いつも通りにするんだ。

「・・・アリガト」

なんでかわからないけど、のんの口から出てきた言葉は言おうと思ってた事とは全然別の言葉だった。
だけど言葉を話したら落ち着いて、頭のドクドクはだんだん収まっていった。大丈夫。もう大丈夫。
ケメちゃんはふーっと息を吐いてから、のんの背中をバンバンと叩いてくる。痛いってば。

「まったくお前は。さっさと宿題やって来い」

うげ。
やっぱ今日のケメコはニセモノなんかじゃなかった。ホンモノだった。
のんが顔をしかめるとケメちゃんはそんなのんの鼻の頭をピンと弾いて、
「提出出来なかったら放課後私と2人きりで居残りお掃除よオホホ」なんて楽しそうに笑う。ちくしょームカツク。
居残りお掃除なんて、しかもケメちゃんと2人きりだなんて絶対に嫌だ。よし、決めた。のんは頑張る。
とりあえず今日の予定を立てよう。
授業が終わったら部活に行こう。でもよっちゃんちにも行きたいから、部活は早退。
そしてよっちゃんちに行く。その時に宿題を持っていくんだ。よっちゃんはバカだからほっといて、亜弥ちゃんだ。
亜弥ちゃんはよっちゃんの従姉妹のクセに何気に頭がいいから亜弥ちゃんに手伝ってもらうんだ。
おお、何コレ完ぺきじゃん!!のんすごいよ!
やったぁ、コレでケメちゃんとお掃除しなくてすむかも!予定通りに上手くいけばだけど。
のんが1人でニヤニヤしてたら「ホームルーム始めるから座りなさい」ってケメちゃんにデコピンされた。
痛かったからケメちゃんの背中に向かってアッカンべーってしてやった。
ごめんねケメちゃん、居残りお掃除は1人でやっておいてください。

75 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/27(火) 14:32
のんちゃん酷いww
76 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/05(月) 09:42

そして放課後。のんは久しぶりに体育館に来てる。
体育館を半分に分けてバスケ部とバレー部が部活動中。
部活に顔を出すのは久しぶりなのでちょっと緊張というか気まずくて、のんは中々体育館の中に入れないでいる。
ボールをつく音や掛け声や笑い声。ああ楽しそう。のんもやりたいよ。
だけど中々最初の一歩が踏み出せないや。あーもう。
こんな時よっちゃんがいたら「のの何してんだ、はよ来い!」ってのんの手を引っ張ってくれるのに。
こんな時亜弥ちゃんがいたら「のんちゃんあーそぼ!」って中に連れてってくれるのに。
よっちゃんは卒業しちゃったし亜弥ちゃんは引退しちゃったしもう誰もいないよ。
どうやって中入ればいいの?

「あ、辻ぃー!!!」

大きな声がしてドタドタ足音がして目の前にカオリンがいた。あーカオリン!

「来たんだ、何してるのそんなトコで。もう皆集まってるよ?」

カオリンに強引に手を引っ張られて体育館の中へ。あ、あ。なんだコレ。こんなに簡単だ。笑っちゃうくらい。
カオリンに連れられてみんなのとこへ。皆ニコニコ。あー懐かしい。久しぶり。

「ホラ辻、挨拶。久しぶりなんだからビシッと!これからはアンタが引っ張ってくのよ」

カオリンに言われて気がついた。そうだった、三年生はもういないんだった。
亜弥ちゃんがバスケ部からいなくなったみたいに、バレー部の三年生も夏休みで引退しちゃってたんだ。
コートの中に集まった顔は今年の初めに見た人数よりぐっと減っちゃってる。
そうだ、のんはまだ二年生だけど、バレー部ではもうしっかりしてなきゃダメなんだ。先輩なんだ。

「みんな!えっと、お久しぶりです。それと、サボっててごめんなさい。
けど!これからはちゃんとくるから!だから、だからまた皆一緒にプレーしよう!」

のんが言うと集まってたチームメイトは皆拍手してくれた。うわぁ、うわぁ。ありがとう。それとごめん。
そうだよ、のんは最近はずーっとよっちゃんとフットサルばかりしてたけど、本当はバレー部なんだ。
バレー部の皆は良い奴ばかりで、楽しくて、それなのにのんはすっかり忘れてたんだ。だめだなぁ。
でもフットサルだって楽しいんだもん。皆にもフットサルを知ってほしいなぁ。
のんの周りでニコニコガヤガヤ笑ってる皆を見てそう思った。

77 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/05(月) 09:42

「はーい注目!!」

パンパンと手を叩く音がして、皆一気に静かになった。その視線の先にはジャージ姿のカオリン。
カオリンってば、いっつもはボーっとしてて何考えてるか分からないのに、ジャージに着替えると一気に熱血なんだもんな。
懐かしいなぁこの感じ。

「・・・ということで、辻には体育館50周を命じたいと思いまーす。賛成の人ー」

え!?え?え、何??
ボーっとしてたらなんか凄く嫌な言葉が聞こえてきたんだけど。ちょっとちょっと、みんな何手上げてるんだよ。

「はい、という事で満場一致により辻、体育館50周!!」

カオリンは嬉しそうに笑うけどのんはさっぱりわけわかめ。
みんなをグルッと見渡してみるけど、みんなもニコニコなにやら嬉しそうに笑うだけ。ちょっと、ちょっとちょっと。

「なに?わけわかんないよ?」

「いーい?辻ちゃん、アナタは部活をサボりすぎたわ。そのせいで皆がとってもさみしい思いをしたの。
笑えるバカがいなくなったから部活中も楽しくない。あなたの事を思って皆涙するばかり。
なので、久しぶりに皆であなたに楽しませてもらおうと思って、罰則として体育館50周なの。わかった?」

「え?わからないし嫌だよ」

「嫌じゃない!さっさとやる!はいスタート!!」

78 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/05(月) 09:43

カオリンにお尻をポーンと叩かれてその勢いで走り出してしまったけれどなんだコレ。
50周って何だよ。何で皆そこで賛成しちゃうんだよ。
ちょっと悲しかったけど、部活ってこんな感じだった。
カオリンが無駄に熱血でわけ分かんなくて、みんな真面目だけどふざける時はふざけてて。
そうだこんな感じだったんだよな、はは、懐かしくて楽しいや。
みんなはコートの中から頑張れーだとか、のんちゃん貸したCDまだ返してくれないからもう1週追加ねーだとか、色々叫んでる。
走ってる途中でカオリンと目が合って、カオリンは嬉しそうに笑ってた。

朝、『さみしいんだ』って言ってたけどもう寂しくなんかないでしょう?のんだってそうだよ。
カオリンが今楽しそうだし、みんなだって変わってなくて楽しくて良い奴ばっかだ。
のんだって、自分勝手かも知んないけど、みんなと会ってなくて寂しかったんだ。
久しぶりに来て、みんな前みたく普通に接してくれるかなって、少し怖かったんだ。
でも、もう大丈夫だよ。怖がってたのは、勝手に壁みたいなの作ってたのはのんだったんだ。
もう崩しちゃったから、もう大丈夫だよ。
ありがとう、みんな。ありがとう、カオリン。
けど50周はキツイから少し手加減して欲しかったけどね。でも、本当にありがとう。



79 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/05(月) 09:44



九月の体育館って窓やら扉やら全部開けてても蒸し暑い。じっとしてても汗がでてくる。
そんな中のんはがむしゃらに走って(最後の方はちょっと歩いちゃったけど)目をグルグル回しながらも50周を完走した。
部活はサボってたけどよっちゃん達とフットサルしてたもん、コレくらいは楽勝なんだ。・・・ホントはちょっぴきつかったけど。
走り終えたのんをみんなは拍手で迎えてくれて、そして何故か胴上げが始まった。うわーうわー、高いよ怖いよ何これ楽しい!!
みんな大好きだよありがとう。のん、汗臭くないかな?楽しいからいいよね!
大の字になってポーンって宙に浮いてそしてのんは思い出した。今日の予定の事を。
そうだ、早くよっちゃんちに行って宿題やらないと、ケメちゃんと居残りお掃除になっちゃう!
ポーンってもう一回宙に浮いて、そこからアクションスターみたいにカッコよく地面に着地した。
カオリンに報告だ。

「カオリン」

「んー、何?」

「あのね、のんね、コノ後ちょっと用事があるから・・・」

「もう帰っちゃう?」

「けどね、だけどね!明日だってまた来るし、のん決めたの。
これからはちゃんと部活出るって。・・・まぁたまに休んじゃうかもだけど・・・」

のんが言うとカオリンは「そっか」と言って小さく笑った。

「辻だっていろいろあるだろうけどさ、今日、久しぶりに来て分かったでしょう?
カオや、部の皆はアンタの事結構必要にしてるんだからね。だから、無理して毎日来い!
なんて言わないけど、来れる時はちゃんと来て、そして皆で汗を流して一緒に健康になろう!ね?」
80 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/05(月) 09:45

あー、カオリンはまた訳わかんないこと言っちゃって。
でものんはカオリンの言いたい事が何となくわかって嬉しくて、だから皆が見てたけどカオリンに抱きついた。
カオリンは「暑いよー」なんて言って、でものんの頭をポンポン優しく叩く。よっちゃんみたい。

「けどサボりすぎるとまた50周だからね」

ああ、ここがよっちゃんとは違うところだ。熱血先生の本領発揮だ。
せめて30周くらいに減らしてくれるとひじょーにありがたいんだけどなぁ。でもありがとう。

それからのんはみんなにサヨナラの挨拶をして部室に戻ってジャージを着替えた。
部室も久しぶりだ。楽しい思い出がいっぱい詰まってる。そのほとんどがよっちゃんと、何故か亜弥ちゃんとの事だけど。
部室には賞状と写真が飾ってある。のんが一年生で、よっちゃんが三年生の時のだ。
よっちゃんは三年生の時、バレー部の部長でエースで凄かったんだ。
それまで弱小だった(らしい)この学校のバレー部を県大会まで連れてったんだよ?
後一つで全国、って時に負けちゃったんだけどね。飾ってあるのはその時の写真と賞状。
ホントよっちゃんは凄い。のんのそんけいする人だ。
でもね、よっちゃん。のんだって負けないよ。
今のチームメイトはみんな楽しくて面白くてバレーだって上手ないいヤツばっかなんだ。だからのん達だって頑張るんだ。
よっちゃん達を超えてみせるよ。いつの時代でもでしはししょーを超えてゆくのだ。ガハハ。
部室の一番高いトコに飾ってある写真にぐっと握り拳を向けてのんは部室を後にした。
さぁ、今からよっちゃんち行くぞ!
けどその前に一旦家だ。宿題があるしよっちゃんに昨日、着替えてから来いって言われた。
よし、それじゃぁまずはのんの家だ!!

一人で帰る時は長く感じる帰り道も今日はあっという間だ。
体育館50周も走って疲れてるはずなのに全然疲れてないみたい。
すぐに家について、バーっと着替えて宿題の山をゴソっとカバンに詰めてれっつらごー!!
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/05(月) 09:46

「あら、お出かけ?」

お母さん・・・。

「ちょっとよっちゃんのお家へ・・・」

「しゅーくーだーい」

「あ、あのーよっちゃんちで・・・ホラ!」

のんが宿題のいっぱい詰まったカバンを広げて見せるとお母さんは眉間に皺を寄せた。

「よっすぃーはあまりアタマよくないわよ?」

・・・知ってるよ!誰よりのんが一番よく知ってるよ!
お母さんは本当にガッカリしてるように言う。っていうかなんでお母さんよっちゃんがバカだって事知ってるの?
そしてのんのお母さんにまで知られてるよっちゃんのアホっぷりって一体何?やっぱよっちゃんってすごい。

「いーの、亜弥ちゃんがいるから」

「あら、亜弥ちゃん。ああそれなら大丈夫ね。気をつけて行ってらっしゃい、遅くなるなら電話するのよ」

お母さんはにこやかに笑って手を振った。なんだかなぁ。
でもお母さんからお許しも出たし、もう怖いもの無しだ!
いってきまーす。自転車のカゴにカバンを放り込んで駅までひとっ走り。
早く後藤さんに会いたいな、元気かな?のんの事覚えててくれてるかな?
途中のコンビニでアイスを買ってかじりながら自転車を漕ぐ。あー、アイスが冷たくて気持ちいい。
口の中が冷たくて、だから体も何だか気持ちいい。駅まではもう少しだ、ペダルを漕ぐ足に力を入れた。



82 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/05(月) 09:47
>>75
( `D´)<れすどーもれす
83 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/12(月) 23:47

駅について自転車を止める。もうすぐ亜弥ちゃんが来るはずなんだけどな。
改札からちょっと離れたところで重いカバンを持って亜弥ちゃんを待つ。あ、来た!

「亜弥ちゃん!遅いよー」

「ゴメンゴメン、・・・って、何そのカバン」

「ん、これ?亜弥ちゃんにプレゼントだよ」

「・・・凄く嫌な予感がするんだけど」

「いーからいーから。それより早くいこ、電車来るよ」

水色のTシャツを着た亜弥ちゃんは今日も可愛い。のんのカバンを気にしてるみたいだけどコレはまた後で。
タイミングよくやってきた電車に2人で乗り込んで目指すはよっちゃんち。
ガタゴト電車に揺られて二つ目の駅で降りる。よっちゃんちまでの道はもう完ぺきに覚えてる。
電車を降りて2人でダッシュ。今日は部活に行ってたから時間が惜しいよ。
空はオレンジ。ギラギラだった太陽も今はなんだか柔らかい。

84 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/12(月) 23:47
思いカバンのせいでひーひー言いながらよっちゃんちについた。二階の一番はじっこ。
インターフォンをピンポーンと鳴らして、よっちゃんは出てこなかったけれど、勝手にズカズカ上がりこんだ。

「ひーちゃーん!愛しのハニーがやってきたよー!」

「よっちゃーん!スイートスイートハニーの登場だよー!」

「・・・あやちゃん!のの!」

てっきりよっちゃんがいるものだと思ってふざけながら部屋に入ったらそこによっちゃんはいなくて後藤さんが一人でいた。
にこにこ笑ってひらひら手を振ってる。

「ごとーさん!昨日振り!」

「ひーちゃんは?」

後藤さんに会えたのが嬉しくてのんは思わず後藤さんに抱きついた。うはぁ、やっぱりふわふわしてる。
むわむわ暑いのだって気にならないや。

「ひーちゃんは、ちょっとおでかけ」

後藤さんは楽しそうに言った。
おでかけ?何だよ、のん達よっちゃんちに行くよ!って言ったのに。何でお家いないんだ。
後藤さんから離れて亜弥ちゃんとよっちゃんへの文句をぶーたれる。

「しかし暑いね」

「そーですねえ」

「ったく、ひーちゃんのばかやろう、クーラーぐらいつけてほしいよね」

亜弥ちゃんはぶーぶー言いながらどこからか扇風機を引っ張り出してきてスイッチを入れる。
むわぁっとした空気があたって気持ち良いのか悪いのか微妙なトコだ。
85 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/12(月) 23:48
2人して扇風機の風に当たってたら後藤さんもやってきた。
あー、あー、扇風機の首が回るたんびに声を出して音を震わせてる。
昨日も同じ事やってたなぁ、楽しいんだろうか。
のんも真似してあーと声を出してみた。おお、中々楽しいね。
それからのんと後藤さんはずっとあーあーと言っていた。亜弥ちゃんは耳を塞いでのんをガシガシ蹴ってくる。
何だよ、亜弥ちゃんもやればいいのに。楽しいよ?
それにしてもよっちゃん遅いな。
のんがそう思うと同時に亜弥ちゃんが「あっつい!!!」と叫んで立ち上がり、それと同時に玄関のドアが開く音がした。

「・・・アレ、何でお前たちがいるんだ」

「よっちゃん!遅いよー」

「どこ行ってたの!」

「ばかー」

「あほ!」

「・・・変態!」

「エロ親父!」

「おほほい、最後の方は言いすぎだろう。コンビニ行ってたの、遅くなって悪かったよ」

よっちゃんは言いながら両手に下げてた白いビニール袋を突き出してくる。ん、なんだ?

「わー!!アイス!さすがよっちゃん大好き!!」

「えー、何で抹茶がないのよ、使えない」
86 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/12(月) 23:49

よっちゃんが突き出したビニール袋の中にはアイスが沢山。どうやら抹茶はないみたいだけど。
亜弥ちゃんとよっちゃんがまた言い争いを始めてるけど気にしない。だってよっちゃんより亜弥ちゃんよりアイスアイス。
チョコミントのアイスを探り出してガブリ。んー!!!最高!口の中がひんやり美味しい。
亜弥ちゃんとよっちゃんはまだまだ言い争い中。うるさいなぁもう。
まったく亜弥ちゃんもバカだ、ケンカなんかしてたらもっと暑くなっちゃうじゃないか。さっさとアイス食べちゃえばいいのに。
やっぱりよっちゃんの従姉妹だ。バカコンビだ。

「んー、ひーちゃんとあやちゃんはばか?」

うぉう。
のんがぼーっとよっちゃん達を見てたらいつの間にか後藤さんが隣に来てた。
ちゃっかりストロベリーのアイスを食べちゃってる。

「だってバカだよ、暑いならアイス食べちゃえばいいのに」

のんがそう言うと後藤さんはいきなり立ち上がって自分の持ってたアイスをよっちゃんに「ん」と押し付けた。
そしてのんをグイと引っ張って立ち上がらせると、アイスを持ってた右腕を掴んで亜弥ちゃんの目の前へ。
何するの?と思った瞬間、のんのチョコミントは亜弥ちゃんの口の中。あー!!!

「んは、仲直り?」

後藤さんはのんを見てにこにこにこ。
後藤さんの後ろでよっちゃんは大きな目を更に大きくして、亜弥ちゃんの口にはチョコミントが刺さったまま。
うーん、ちょっと荒っぽいけど静かになったのは間違いないね。

「うん、仲直り!」

のんと後藤さんはニーっと笑って、その後ろでよっちゃんと亜弥ちゃんはまだ固まったままだった。



87 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/16(月) 21:21

それからのん達はよっちゃんが買ってきてくれたアイスをいっぱい食べて、
だから窓を閉めっぱなしのよっちゃんの部屋も暑さは結構マシになった。
4人でごろんと横になって扇風機のぬるい風を浴びる。あー、なんだかいいなぁこうゆーの。眠くなってきちゃったよ。
ごろんと寝返りを打って、そしてその途端に眠気は吹っ飛んだ。
のんの視界に大きなカバンが飛び込んできたのだ。宿題だ。

「あー!!」

思わず叫んで亜弥ちゃんとよっちゃんと2人から同時に頭を叩かれた。痛いよー。

「うるさいぞ辻」

「何よいきなり」

何だよもう、二人して睨まなくたっていいじゃないか。
口を尖がらすとよっちゃんに頭をぐるんぐるんと回された。

「んで、何だ?」

よっちゃんはうっとおしそうに言って頭を掻いた。何だよそんな顔しなくても。
それに別によっちゃんには関係ないもん。フンだ。
88 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/16(月) 21:23

「ねー亜弥ちゃん」

「ん、なぁに?」

「のん、亜弥ちゃんにプレゼントあるって言ったでしょ?」

「あー、言ってたねぇ・・・」

「でしょ?だから、今からあげる。はい」

「いや、いらないわ」

「そんな事言わずに。さぁどーぞ」

「うん、全然欲しくない」

「もらってよ!」

「・・・ひーちゃん、のんちゃんからプレゼントだって。良かったね!」

のんが無理矢理に押し付けたカバンを亜弥ちゃんはよっちゃんに向かって投げつけた。
あ、それいっぱい宿題入ってて重たいのに。

「ふごっ!!?」

よっちゃんは重いカバンを顔面に受けて、変な声を出してバッタリ倒れてしまった。
あーあー、綺麗な顔がひしゃげてなきゃいんだけど。ごしゅーしょー様。

89 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/16(月) 21:24

「・・・で、アレ中身は何なの?」

「んー、宿題」

「宿題?何で?何の?」

けげんな顔をして聞いてくる亜弥ちゃんにのんは夏休みの事からベラベラと話してあげてる。
それを亜弥ちゃんはうっとおしそうな顔でフンフンと頷いていたけど、のんが話し終わるとバッタリと寝転んでしまった。

「あ、亜弥ちゃん!そゆーわけで手伝ってよ!のん、ケメちゃんと2人きりは嫌なの」

「やーだよ。それはのんちゃんが自分でやらなきゃでしょ?ケメちゃんと掃除するのだって楽しいよ。多分」

「一人で出来ないから手伝ってほしーの!それに楽しくなんかないよ絶対」

のんは必死でお願いするけど亜弥ちゃんは目をつぶってしまう。
ちくしょうなんだよもう、のんの計画がおじゃんになってしまうじゃないか。
これじゃあケメちゃんと居残りお掃除コースまっしぐらだ。あうあう。

「つーか何だコレ、すげー重いぞ?」

頭の上にはてなマークをいっぱい浮かべてよっちゃんがやっと生き返った。
体を起こしてのんのカバンを漁ってる。散らかすなよー。

「何だ宿題じゃん、まだ終わってねーの?」

「うっさいなぁ、のんだって忙しいの!」

「何が忙しいんだか。こんなもんちゃっちゃとやってバーっと出せばもう終わりじゃん」
90 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/16(月) 21:26

よっちゃんは問題集をペラペラめくりながら面倒臭そうに言う。
ちゃっちゃと出来なくてバーっと出来ないから終わらないの!よっちゃんが代わりにやってよ。
のんがそう言おうとしたら「ほれ、さっさとやってしまえ」とよっちゃんに問題集を投げつけられてしまった。
むぅ、よっちゃんはのんの心が読めるのか。そしてよっちゃんもごろりと横になってしまう。あー寝ないでよう。
扇風機の前にはよっちゃんと亜弥ちゃんと後藤さんがごろりんこ。のんだけ起きててなんか寂しい。
皆と一緒にねっころがりたいけど宿題やらなきゃ。でも一人じゃ嫌だよ。
よっちゃんは起きなくてもいいからせめて亜弥ちゃんだけでも起きてほしいなぁ。
なのに亜弥ちゃんったら幸せそうな顔で目を閉じて。くそー、ちょっとムカつく。

「それ、みして?」

ん?
のんが亜弥ちゃんの顔にいたずらしようとしてたら聞こえてきた声。後藤さん。あれ、寝てたんじゃなかったの?
後藤さんはむっくり体を起こしてのんが持ってる問題集を指差してくる。
のんは言われるままに、後藤さんに問題集を渡した。

「のの、コレ全部やらなきゃだめなの?」

後藤さんは問題集をペラペラめくって、全部見終わってから聞いてきた。
のんがうなずくと、後藤さんはニンマリ笑った。

「ごとー、あたまいいよ」
91 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/16(月) 21:27

・・・え、本当?

「・・・たぶんね」

あ、さっきのんの心を読んだでしょう。後藤さんはケフンケフンと咳をして、そして立ち上がった。

「あやちゃんと、ひーちゃんがねてる間に終わらせちゃう?」

ん、のんにも手伝えって?
後藤さんは人差し指でのんと後藤さんとをかわりばんこに指差す。

「んあ、だってこれはのののしゅくだい」

・・・そうですよね。のんは後藤さんに頷いた。
それから2人でテーブルに向かい合って座る。お、なんだか楽しくなってきた。
コレならすぐに出来ちゃいそうだ。後藤さんが本当に頭良かったらだけど。
後藤さんを目の前にしてのんは問題集を開いて、鉛筆を握った。




92 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/17(木) 15:02
突然ですが更新を停止します。次回整理時に倉庫へ送ってください。
どうしても続きが気になる方はスレタイでググると何か引っ掛かるかも知れません。
自分勝手で申し訳ありません。今まで読んでくださった方、レスをくれた方、ありがとうございました。

93 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/17(木) 18:03
素晴しい作品を、ありがとうございました。
ググって頑張って見つけます。

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