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紅緋色の花アナザーストーリー 第2章
- 1 名前:作者なのれす。 投稿日:2000年11月17日(金)22時55分41秒
- 白板での連載が終了した「紅緋色の花」の外伝です。
紅緋色の花第1章を原作として原作者とは別人が書いている為、「紅緋色の花」第2章とは舞台・人物設定が大きく異なります。
原作ログ http://members.nbci.com/monaka01/saki/963225497.html
過去ログ http://www.musume2ch.f2s.com/up/files/104.txt
http://www.musume2ch.f2s.com/up/files/105.txt
(原作ログからお読み下さい)
- 2 名前:undefined 投稿日:2000年11月17日(金)22時59分45秒
- 週明けの月曜日、五時限目の事業は化学だった。今日は実験の日である。
ただじっとしているのが苦手な希美は、退屈な授業よりも実技や実験が好きだった。
「はい、それじゃあ教室の横列ごとに班になって座って。」
ろ過の実験。教科書24ページを・・・
希美が昼食後の眠気に襲われていると、同じ班になったユキが話し掛けてきた。
「すごいアクビね。寝てないの?」
「えーっとねえ、昨日お出かけだったの。」
「”おでかけ”ねえ。」
「おいそこ2人。しゃべってないでちゃんと聞け。」
ムードメーカーと言うだけあって、ユウキが班長になって仕切っている。
希美はユウキと食塩水の担当になった。
「ほい、このビーカーに100N水入れて。」
「うん。メスシリンダーっての使うんだよねえ。」
「ああ・・・・・」
ふと手元を休めると、ユウキがこちらに視線を向けていることに気付く。
「なに・・・?」
「ああ・・・髪、きれいだなと思って。」
そう言ってユウキは希美の髪に触れる。
希美はさして気にせずろ紙を濡らして丸めるのに夢中になっている。
「・・・・・・・」
ユウキが椅子を寄せて希美のウナジに触れようとする。」
「やめてよ、くすぐったい。後藤君もやってよ。」
(ユウキ君)と呼ぶと(ののちゃん)と返されるので、希美は(後藤君)と呼び改めている。
「こっちは終わったよ。器具のほうは準備できてる。」
そう言って突然ユウキは希美の肩を強引に引き寄せた。
「えっ、ちょっと何、何がしたいの?」
驚きと警戒した希美の瞳が、間近にあるユウキの瞳に問いかける。
ユウキはすぐには口を開かない。
ユウキは希美の肩を掴んでいる腕に力を入れ、口を開く代わりに、不満をつのらせた希美の唇に重ねてきた。
- 3 名前:作者なのれす。 投稿日:2000年11月17日(金)23時01分34秒
- 一瞬なにがあったのか分からなかった。
さっと唇を離したユウキが気まず気に顔を背ける。
途端実験室全体から歓声が湧く。
「ユウキ、なにやってんだよ。」
「おいおい、そこ場所をわきまえろっての。」
希美達はクラス中の好奇の視線を浴びていたのだった。
となりのユキがニヤついた顔で面白そうにこちらを見ている。
「強引にキスするなんてサイテー。」
「ちょっとー、力づくだなんて。」
一部の女子から非難の声があがる。
「おい、何を騒いでいるんだ。」
騒ぎに気付いた初老の化学教師が準備室から出てくる。
言い付けようとする女子を女ボスの彩が制止する。
「ユウキ、先走り過ぎだよ。なにあせってんの?らしくないよ。」
「・・・・チッ、分かってるよ、ッタク」
彩の警告にユウキはふて腐れたように舌打ちする。
「希美、希美。」
「えっ、ああ、うん。何が?」
「なにがって、、、ショックとか受けてないかなって。」
「別に・・・」
「じゃあ今のキス、希美は受け入れたの?」
「ううん、全然。」
心配して駆け付けてきた明日香にも生返事しかかえせない。
そんな聞こえてくる全ての事にノイズがかかったような錯角におそわれる。
あたまの中まで響いてこないような。
希美自身は周りが驚く程無反応だった。
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月18日(土)22時04分33秒
- 「ほ〜、授業中に男子にキスされたってねえ。」
はれて女子高生になった矢口の携帯に連絡を入れると、待ち合わせ場所に来た矢口は随分と変わっていた。
アイシャドウが濃く塗られ、10B以上あるのだろう厚底サンダルを履いて現れたのである。
ケンタのバイトの面接に落ちたとか、ひとしきり話をした後、希美は矢口に質問をしてみた。
「そいつ真希の弟なんだろ。話し聞いてみたいからちょっと呼んでみよう。」
希美は真剣に相談したつもりだったのに、矢口は完全に面白がっている。
「でさあ、正直なところ希美はそいつのこと好きなの?」
「そんなことないんですけどお」
「どちらかと言えば苦手とか?」
矢口がブルーベリーシェーキに視線を落としながら尋ねる。」
「うーん。秘密を知られてるんだからバラされるのは恐いけど。
別におどされているわけじゃないし。からかわれたりはしたけど。」
「キスされたり。」
「そう、そんなことの・・からかいのけんちょうせんじょうって感じでキスされたって感じで。」
延長線上って言いたかったのでだろうが、矢口も言いたいことはわかったようだ。
「で、その彼は希美にどう接してくるわけ?」
「一応、やさしいのかなあ。からかってきたりはするけど、いろいろ面倒みてくれたりするし。」
「希美の言ってること、ばらばらでよくわかんないなあ。」
すると矢口の携帯(着メロはマライアキャリー)が鳴り出した。
「もしもし。・・・・うん、そう。窓側の席なんだけど。あっ」
どうやら矢口は相手の姿を見つけたようだ。
「お〜い、ここだよー。」
小さい矢口がせいいっぱい手をふって後藤を呼ぶ。
- 5 名前:作者なのれす。 投稿日:2000年11月18日(土)22時05分26秒
- ウェイターがオーダーをとりにくる。
「えーとお、お豆腐サラダときのこのクリームパスタとベルギーチョコレートをケーキセットで・・」
「おいおい、先輩だからっておごらないぞ。」
「大丈夫ですよ。3人でワリカンでしょ」
ワリカンと言っても希美は黒ごまアイスしかたのんでいない。
「そうそう、いちーちゃんも最近おごってくれないの。
前は『ココはオレに払わせろよ』とか言っておごってくれたのに。
これってやっぱり倦怠期かしらあ。」
「ああ、アイツ学校辞めて親に小遣いとめられたらしいよ。
専門学校にも行きたいから今バイトで金ためてるって。」
「ええっ!いちーちゃんそんなことも一言も・・」
「気遣ってもらってんでしょ。まったく愛されてるんだから〜」
「いちーちゃん(感)
よーしこんどひもじいいちーちゃんのために私が腕によりをかけてスペシャルメニューを」
「後藤さんってお料理できるんですか。」
「むっ失礼ねえ。私だって料理くらい・・」
「料理の腕は恋愛経験に比例するって言うけど、後藤の場合、ずっと紗耶香に作らせてたでしょ。」
「う・・・それを言われると・・」
後藤は話につまり、
「そっそれよりさあ、ユウキのことでなんかあったんでしょ。」
「今日そのユウキくんに希美が唇を奪われたんだって。」
「へ〜はやいね。ユウキのどこが良かった?」
「それが結構強引にやられたらしくて。」
「はあ、アイツらしくない。」
「でも希美はなんか眼中にないみたいで」
眼中に無い。たしかにそうかもしれない。
希美にしてみればユウキも含め全ての男子を恋愛対象としてみていないだけなのだが。
「希美はユウキのことどう?」
「いまいちわかんない。」
「一緒にいるとドキドキするとかないの?」
「まったくないです。」
希美がユウキに抱いている感情は決して世間で言う『好き』ではない。
希美は彼に警戒心を抱いているはずなのに、自然と彼に対して無関心になってしまうのだ。
矢口は恋バナにつながらなくていまいち面白くなかったが、希美のことを思うと今はそのほうがいいとも思った。
- 6 名前:作者なのれす 投稿日:2000年11月18日(土)22時06分10秒
- 「あの、ひとつ聞いてもいいですか」
「いーよ。」
「あの、そのユウキ君ってバイだって本当ですか。」
「は!?」
突然希美の口から思ってもみない発言がとびだし、後藤は目を丸くし、そして大笑いしだした。
「はいはいはい、なに?そういう噂があるの?」
「ええ、、、まあ。」
「なになに。かれってそういう人なの?」
「えーと、クラスの友達が前に同じ部の男の子にせまってたって。」
「なにそれ〜。ますます混乱してきたー。
それって結構マジなの?後藤。」
「えーそっちの気がないともー。」
「男つれてきたことないの?」
「あっ、そういえば昔・・
「お待たせいたしました。」
ウェイターが後藤のオーダーしたものを持ってきた。
「わーい。」
早速がっつく後藤。
「ちょっと、そういえば昔、の続きは?」
「はひゃらひゅってひょふゆしゅよ」
「はいはい、ゆっくり食べていいよ。まったくあんたは食うことと寝ることだけなんだから。」
「いひーちゃんのこともー」
「そうだったね。ゆっくり食べていいから。」
「後藤先輩、お昼食べてないんですか。」
「こいつが昼抜きで過ごすわけないじゃん。どうせ夕飯も別腹ってとこでしょ。
ほんと、どうでもいいけど太るよ。」
「えー、だからお豆腐サラダにしてんじゃないですか。」
「豆腐のサラダもドレッシングそれだけかけて、さらにクリームパスタとチョコケーキと一緒に食べてたら意味ないじゃん。」
「えー、お豆腐ってたべるだけでダイエットになるんじゃないのー。」
「・・・・・」
- 7 名前:コテハンってあったほうがいいのかなあ 投稿日:2000年11月19日(日)22時42分44秒
- 「私の見ている限り、心配していた程のイジメはありません。」
2年C組、希美のクラスの担任は都築という男性教諭であった。
「・・ああ、そうですか。安心しました。」
保護者として面談に来ていた平家は一瞬だが間があってそう答えた。
本心を言うとよけいな修飾語無しに「イジメはない」と断言して欲しかったのだが。
「一部に多少の抵抗を感じている生徒もいますが、問題のない範囲です。」
平家の表情を察して都築はさらっと続ける。
「まあクラスの中でリーダーシップをとれる子、いわゆるカリスマ性のある生徒達が中澤さんと親しくしているようですので大丈夫でしょう。」
思春期の子供達を相手にしているだけあって都築は人の心を読むのが得意だ。
この人は夫に少し似ている。平家はそう思った。
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月19日(日)23時09分46秒
- 面白いです!
あと「バイ」じゃなくて「ゲイ」では・・・
まちがってたらごめんなさい。
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月21日(火)06時35分28秒
- 部活終了後のサッカー部の部室に1つの人影がある。
今、ドアからもうひとり少年が入ってきた。
「待ってろだなんて、何か用?」
ユウキは入ってきた少年に尋ねた。
「・・・中澤の・・ことだ。」
窓際に立ち、かすかな光に照らされるユウキを、ケンは見やる。
「女のことだなんて、ケン君もずいぶんと男になってきたなあ。」
「女だからじゃない。友達だから
「はたしてそうかな。」
ケンの言葉を遮りユウキは続ける。
「もしオレがお前の友達、男でも女でもアイツ以外のヤツにせまったとしても、お前はここまでするかな。」
ここまで、といっても2人っきりで部室に残るのはなにも珍しいことではない。
ユウキは普段はいつも輪の中心にいるような存在で、とくにケンとは気があった。
2人で軽口を叩きあっているうちに日がとっぷり暮れることも多い。
しかしユウキはある限られた話題においてしつこくすると、目つきを変え、苛立たし気にすることが多い。
家族(特に姉)の事、山の事、そして女の事。
真正面から切り込まなければ多くの場合うまくかわしてくる。
しかし禁句とも言えるこの話題をケンはまともにふっかけていた。
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月21日(火)06時36分10秒
- 「好きなんだろ希美ちゃんのことが。」
ケンは言葉に詰まる。
「おいおい。そこまで言って否定はするなよ。」
「・・・ああ。好きだ。」
「譲ってやろうか。」
ケンはユウキを睨み付ける。ユウキはひるまずに肩をすくめる。
「勘違いするなよ。別にアイツはオレのものってわけじゃない。」
(まだな・・)と言わんばかりのユウキの口調に、ケンは反発を強める。
「親友2人で一人の女争ったって後味悪いだけだろ。
お前のためにオレが手を引こうかっていってるんだよ。」
ユウキの顔には自信と余裕が満ちあふれていた。
「ガタガタ言ってんじゃねえよ。オマエなんかにはぜってー渡さない。」
「宣戦布告か。いいんじゃない。
後に残るのが愛情でも憎悪でも、そんなん気にしないでやろうぜ。」
そう言いながらユウキが近づいてくる。
自分をかわしてドアノブに手をかけるとおもったが、ユウキはその指をケンのい唇に持ってきた。
「まあオレとしてはお前でもOKなんだけど。」
驚いてケンはユウキを振払おうとするが、ユウキはそれをかわしてドアをあける。
「それじゃ鍵よろしく。」
ギィーというドアのしまる音が耳に残るような錯角に陥る。
(宣戦布告だなんて、自分の気持ちを認める気すらなかったのに)
(アイツを希美から遠ざけようとして..ああ、失敗だった)
(にしてもまたあのやり方でユウキにかわされた)
ケンは自分の直情的な性格をあさはかだと呪った。
- 11 名前:作者なのれす。 投稿日:2000年11月21日(火)06時39分07秒
- >>8
ありがとうございます。
一応ユウキはバイセクで描いてます。
ユウキについては口調も統一できてないし、まだ自分自身消化不良なんですが、大目に見て下さい。
- 12 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月22日(水)01時20分51秒
- 水曜日、平日まっただ中だが平家と希美は鴇羽を連れて大阪にきていた。
平家は知人の美容院で働いているので前もって言えばかなり自由に休みをとることができる。
なかなか思うように休むことができない保田にかわって最近では平家が希美の面倒を見ている。
ちなみに希美は週に二、三度は欠席、早退している。
「おお、のんちゃん。ようきたな。」
今日は三ヶ月検診で寺田医院に来ているのだ。
「なんも問題ないな。まあ母親も若いしな。」
寺田は鴇羽の経過の説明を希美にも分かるように説明してくれた。
「わざわざお時間をとっていただいて、ほんにありがとうございました。」
「ええってええって。気にせんといて。
それより、えーと・・・名前なんていうん?」
「私ですか?平家みちよって言います。」
「んじゃ次は6ヶ月検診やから。よろしくな、みちよちゃん。」
裕子から聞いたことはあったがこの年で初対面の人間にちゃんづけで呼ばれるとは思わなかった。
(でも保田さんが信用するくらいだからしっかりしたひとなんだろうな。希美ちゃんもなついているみたいだし。)
「なんかのんちゃん胸大きいなったな。」
「先生のエッチー」
希美とたわむれる寺田を見て、やはり理解できないと平家は思った。
- 13 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月22日(水)20時01分23秒
- 「中澤って胸でかいよな。」
男女それぞれでバレーをしている体育の時間、ラインズマンをしているユウキの周りに集まっていたサッカー部員の一人がつぶやいた。
「あの身長であの胸はヤベーよ」
皆が口々に言うのでケンも希美に目をむける。
休部中とはいえバレー部員だけあってうまくサーブをきめるのだが、なるほど左手でボールを放って右でうつまでにバストラインが強調されるのである。
「Cカップはあるんじゃねえの。」
「いやあれはBだな。」
「流石は後藤先生。目が肥えていらっしゃる。」
ケンハ気付いた。ユウキがコートのボールから目を離していないことに。
『ラインオーバー』
ユウキは声を張り上げ、旗をうえに挙げた。
ケンはユウキの行動の一つ一つが気に触るようになっていた。
- 14 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月24日(金)01時25分23秒
- 「よっしざわせんせ〜い。」
真希が声をひそめながら保健室に入ってきた。
「あっ希美ちゃん。どうしたのー。」
「後藤先輩こんにちは。先生に相談にきたんです。」
真希は先客の隣に腰掛ける。
「後藤さん、どうしんたんです。またつきゆびですか。」
「えーと、希美がきになってー。」
もちろん希美は保健室に行くと真希に言ったわけではない。
「あと数分で終わりますからもう少しまっていて下さい。」
ひとみはワープロに向かっている。
ふと希美のほうをみると、希美は砂時計が落ちるのをぼんやりと見つめている。
「・・・・希美ちゃんって、胸おおきくなったねえ。」
「・・そうですか?」
実はきょう千夏にも(胸が大きい)と言われた。
「先輩のほうが大きいですよ。」
「そんなことないよー。あっでもいちーちゃんよりは大きいかな。
いちーちゃん。最近会ってくれなくて他の人に話さないと心配でしょうがないんだ。」
ここ3日間あっていないと真希は付け加えた。
「中澤さんの乳房が大きくなったのは母乳を与える為ですよ。」
ひとみがコーヒーを手に持って希美達の前に座った。
「でも半年ちょっと前に急に大きくなったんですけど。」
「妊娠すると大きくなるんです。」
「はーい質問。胸を大きくするにはどうすればいいんですか?
やっぱり胸をもんだりしたほうがいいのかなあ。」
「二人とも放っておいてもまだまだ大きくなるとは思いますが・・・
手っ取り早く大きくするには性交渉ですかね。」
「えーSEXですかあ」
真希は思わず大きい声をあげる。ひとみはそれを目でたしなめる。
「どうしてSEXするといいんですかあ」
「性交渉をする時男性は男性ホルモン、女性は女性ホルモンが分泌されるんです。平たく言うと男性ホルモンは筋肉を、女性ホルモンは脂肪をつけやすくするんです。」
「へえー。」
真希は興味深気に話を聞いている。
(最近の子供はこんな話しをしても顔色ひとつ変えないんだな)
そう思って希美を見ると、希美の視線が自分、それも胸部に向いていることに気付く。
「・・吉澤先生ってかわいい胸してますよね。」
真希が思ったことをそのまま口にだす。
ひとみも胸が全くないわけではない。体格は良いほうだ。だがボディイラインになると肩幅の割に胸は大きくない、いわゆるスレンダータイプなのだ。
(かわいい胸だなんて・・・生徒に言われるとはな)
- 15 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月24日(金)01時27分26秒
- 「そうそう、中澤さん、何か相談があったんじゃないですか。」
ひとみが話題をそらす。いやこっちが本題ではあるのだが。
「えーと鴇羽のことなんですけど・・・
私、鴇羽の前で自分のこと『お母さん』って言っていいと思いますか?」
「今年のはじめでしたでしょうか。前にも一度話してくれたことがありましたよね。
その問題はいつ本当のことを告げるかということに直結してくるとおもうのですが・・」
そうですね・・・とひとみはしばし考えた後、
「私自身の経験で言えば、ある程度成長してからの告白は親にとってつらいものだと思います。
私が事実を告げられたのは中学入学の時でしたが、なぜ今まで黙っていたのかと姉、いえ実母が信じられなくなってしまいました。それにおそらく私の母も騙してきたうしろめたさや名乗りたいという気持ちに苦しんでいたと思います。」
静々と、しかし途切れることなくひとみは語った。
美和のことを母と言ったのはひとみ自身初めてのことだった。
「いつ頃がいいでしょうか?」
「物心つく前でも後でも、利口な子なら言うことを聞いてくれるでしょう。
世間を欺くことは容易くできると思います。
ただ幼児が混乱することは避けられないと思いますが。」
「混乱……ですか。」
「母親が子供を産むことを理解した時。友達の両親を見た時。性交渉と妊娠の仕組みを理解した時。自分の出生について考え、混乱することでしょうね。自分を産んでくれた母親を姉と言わなければならない。自分には父親はいない。自分の出生は普通ではない。これらを子供なりに理解した時、結局は子供を悲しませることになるのかもしれません。」
「どうすればいいと思いますか?」
「私は真実を知った時、もっと早く言ってくれればとも、一生言わないで欲しかったとも思いました。
ただ・・もし子供がうまく真実を整理できないようなら・・隠しておいたほうが
『そんなの間違ってる!』
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月24日(金)01時28分08秒
- 今まで何も口を挟まなかった真希がいきなり大声をあげたので、二人は驚いて真希に目を向ける。
見れば真希は瞳を涙で濡らし、こぶしをギュッと握りしめて震えていた。
「自分のお母さんがウソをついてるなんておかしいよ。お父さんがいないのに、その上お母さんまで近くにいないなんて子供が可哀想だよ。本当のお母さんが近くにいるなら、お姉さんだなんて嘘つかないで本当のこと言わないとダメだよ。さびしさをかみしめるのは子供なんだからあ」
真希は一気にまくしたてると泣き崩れるように床にへたり込んだ。
ひとみはそんな真希を抱え、胸をかして、少し考える素振りをした後、口を開いた。
「後藤さんの言う通り、ですね。あなたは本当のことを言ったほうが良いでしょう。子供にとって嘘をつかれることは嫌なことでしょうし、なによりあなた自身も嘘をつくのがつらいでしょう。
親にとっても子供にとっても、幼年期から真実を告げるのが最善の選択だと思います。」
ひとみは真希の髪をすくうように撫でてから呟くように声をかける。
「あなたも、片親でしたね。」
ひとみは父親の顔も名前も知らない。
真希は幼き日の思いでしか残っていない。
希美は実父に会ったことはなく、義父は愛し自らの手で殺害してしまった。
そして希美自身も片親の子供であり、片親の母だった。
希美もこらえられなくなってひとみに泣きながら抱きついた。
「私ね、おかあさんのこと嫌いだったんだ。」
二人での帰り道、突然真希が語りだした。
「いつも家にいなくて、弟のこと私に押し付けて、私さびしかった。
私は良い子でいるのが嫌でお母さんに反発したの。
でもね、今思うとお母さんがいなかったら私の周りには弟だけでもっと寂しかったんじゃないかって。
私達はヘンゼルとグレーテルより寂しくないんだ。
中学生になって私も弟も家にいる時間が減ってきて、孤独じゃなくなったけど、今でもお母さんには感謝してるんだ。」
とつとつと語りながら真希は空を見上げる。
「弟は(お母さんじゃないと)ってよく言ってた。姉にはできなくて母親にできることってあるんだよ。」
希美に向けた真希の目はまた少し潤んできていた。
希美は裕子のことを思い、鴇羽のことを思った。
- 17 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月24日(金)23時55分06秒
- ここの後藤なんか好きだ。
いちーちゃん一筋って感じで。
- 18 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月25日(土)01時21分40秒
- 「おいっケン。あれ中澤じゃないか。」
そう言われてサッカー部が使用中のグラウンド脇のベンチを見ると確かに希美と明日香がいた。ただし二人はこちらに目を向けているわけではない。
「ケン、希美ちゃんだぞ。行ってこいよ。」
ぞろぞろと同学年の部員がケンの周りに集まってくる。
以前ゲームに負けて好きな女子の名前を叫ばされたことがあるので、ケンが希美に好意を持っていることは皆が知っている。
「ほらほら。はやくしないと後藤先生にかっさわれるぞ。」
思わずケンもユウキを見る。ユウキは笑っている。
「でもユウキも今回ばかりは調子悪いよな。」
「それおれも思った。妙にフェミニストだったり、強引にキスしたり。」
「ユウキらしくないよな。」
「おいおい。俺らしいってどんな人間だよ。」
ユウキは周囲をわかすと意味ありげな目つきでケンに目配せした。
ケンは目を背けるように希美たちのほうにむかって歩き出した。
「よう中澤、福田。」
「ども」
「あっケン君。サッカー部なんだよね。」
挨拶すると二人は教科書から顔をあげて返答した。
「何やってんの?」
「明日香に英語教えてもらってるの。」
明日香は今日返却された英語の小テストを広げている。
ちらっとだけ見えたのだが、右端に大きな丸が書かれている。
「なんでわざわざ外でやってんの?」
「小春日和でお日さまが気持ち良いから」
小春日和ではなくもう春なのだが、あえてつっこまない。
「なんだ。練習見に来てくれたんじゃないのか。」
「ごめんね。」
希美の目はうつろになっている。
「何これ。He eat a bread って。三人称単数現在も不可算名詞もできてないじゃない。」
「さんにん・・・何それ。」
希美はチンプンカンプンといった表情だ。
「じゃ俺練習戻るから。頑張れよ。」
「うん。ケン君も頑張ってねー。」
- 19 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月26日(日)02時47分46秒
- 「ただいまー。」
希美は(kaoru&michiyo)のプレートがかかったドアを開く。
「おかえり、希美ちゃん。遅かったね。」
結局あの後明日香の補習は空が赤くなるまで続けられた。
「友達に勉強見てもらってたの。
あっ、今日はお鍋だね。」
家事は三人で分担しており、今日の夕食当番は薫だ。
「もうすぐ5月だしね。さすがにそろそろタレ使いきらないと。」
茶の間をみるとコタツが片付けられていた。
薫は机に向かって集中しなければ文章が浮かばない質なので。4月の終わりまでコタツが残っていたのは平家がうたた寝するためだった。
「鴇羽、ただいまー。お母さんだよー。」
自分の机に鞄をおき、鴇羽を抱え上げる。
キャッキャッと鴇羽はセーラー服のスカーフを引っ張る。
母乳の催促のようでかわいらしかった。
「あれから・・もう一年以上か・・・。」
「ただいまー。」
平家が帰ってきたようなのでダイニングにリビングに向かう。
「おかえりなさい、充代さん。」
薫が下の名で呼ばせているのに自分だけ(おばさん)は嫌だと、平家も下の名前で呼ぶように希美に言った。
とことん公平にこだわる夫婦なのだ。
「奈良の貴子さんから電話があって、ゴールデンウィークは亜依ちゃん連れてこっちに来るって。」
「えっ、ほんと?」
「うん。三日の午後にこっちついて2泊していくって。
部屋は茶の間でいいと思って今日コタツ片付けたんだけど。」
どうやら以前は、今希美は使っている部屋を客室にしていたらしい。
「お客さま用の布団、一つしかないけど。どうしようか。」
「私と亜依ちゃん一緒のベッドでいいよ。」
「本当にいいの?」
「うん」
希美は春菊をさけて鍋の具をとろうとやっきになっている所だった。
- 20 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月26日(日)09時06分05秒
- 居るな・・・。
春菊さけて取ろうとして取ったらやっぱり春菊入ってるって奴・・・。
- 21 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月26日(日)21時08分25秒
- 「希美、希美、」
6時限目終了後、教室で帰り支度をしている希美を呼ぶ声があった。
聞き覚えのある声だと思いつつ顔をあげると、そこにいたのはなんと中学のセーラー服を着た矢口だった。
「どうしたんですか?矢口先輩。今日学校は?」
「今日は模試だったから午前であがりなの。」
(それにしても・・・)
中学時代とほとんど身長のかわらない矢口だが、濃くなったメイクがあからさまな違和感を放っていた。
「でね、今日は希美に用事があって来たんだけど」
バレー部が練習中の体育館の端で、矢口はコンビニ袋からスナックを取り出し、広げはじめる。
OGの矢口はかまいっこなしで希美にも勧めてきたが、休部中とはいえ現役の希美は他の部員に悪い気がしてスナックに手をのばさなかった。
「用事って、なんですか?」
「あっそうそう。」
矢口は急いで口の中をドリンクで流し込む。途端、目つきが鋭くなる。
「昨日ね、カヲリさんだっけ、あの人が私のところに来たの。」
カヲリ・・・しばらく忘れていた
できることなら思い出したくなかった名前。
「それで、、なに、言ってたんです、か」
希美の声が自然と震える。
「それがね希美と・・・希美の弟さんのこと。」
カヲリは鴇羽の出生の秘密を知っている。
(まさか・・・)希美の不安は消えない。
震えている希美を矢口が抱き締める。
「ごめんね、希美を心配させるために言ったんじゃないの。」
矢口もどうしていいか分からないといった表情だった。
- 22 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月26日(日)21時09分24秒
- 「あのね、矢口は気をつけてって言いたかったんだ。」
希美は徐々に落ち着きを取り戻してきた。
「相談事があったらなんでも言ってね。」
その、矢口じゃたよりないかもしれないけど。」
「そんなことないです。ありがとうございます。」
希美は矢口の心遣いが嬉しかった。
矢口は希美の笑顔を見て安心した。
(とりあえず保田さんに相談かな)
「ようエセ中学生。」
声をかけられて見上げると、そこにいたのは私服の市井と珍しくウェア姿の後藤だった。
「エセってのはなんだよーさやか。」
「そんなケバイ中学生はいないっつーの。」
市井は希美にも会釈して、矢口のスナックをつまむ。
「なんか一言ないのー?」
「真希は食うなよ。それ以上食ったらなっちと同じだぞ。」
なっちとは矢口や市井と同学年のバレー部OGである。(市井はバレー部ではなかったが)
希美もずっと前に桔平のことを相談したことがあった。
「それより最近真希は元気でやってる?」
どうやら隣に本人がいるのに希美に聞いているようだ。
「後藤がバリバリ元気だよ。いちーちゃん。」
そう言って後藤が市井に抱き着く。
「元気みたいですよ。保健室にはよく行くみたいですけど。」
「保健室・・・」
保健室には心あたりがあった。自分が在学中から真希のお気に入りだったひとみ。
「真希ちゃん。」
市井の声に思わず後藤がひきつく。
「あーあの最近部活熱心だから、その、突き指が多くて。」
「去年はバレー部に私が行ってもいないことのほうが多かった真希がねえ」
「ほ、ほんとだよ。」
市井の冷ややかな声に真希は焦りをあらわにする。
「おーい村田あ。」
面白がって矢口がキャプテンを呼びつける。
「後藤って部活でてるの何度目?」
「今学期入って・・・2度目かな。」
部活はほぼ毎日あり、今年ももう5月に入ったところだ。
- 23 名前:名無しさん 投稿日:2000年11月26日(日)21時10分04秒
- 後藤が市井の顔を見ると、彼女は冷ややかな目つきで微笑んだ。
後藤が最も恐れている表情だ。
(あちゃーまずいな)
この程度のことでここまで市井が怒るとは真希は思っていなかった。
市井は後藤がどんな男とつき合おうが嫉妬してくれなかったからである。
(相手が女だからってわけじゃないんだけど・・私なんでここまで腹をたたているんだろう)
市井も自らの言動に違和感を感じているらしい。
市井は常にクールであることを身上としている。自分らしくないともいえる態度をとっている。
今まで嫉妬しなかったのは後藤は根本的に男と長続きするタイプではないからだ。
実際一番後藤が最近ふった男は市井と関係を持ってから5人目の彼氏だった。
(やきもち・・やいてくれてるんだよねえ)
市井はまだ恐い顔をしているが、彼女自信も戸惑っているように見て取れる。
「いちーちゃん、大好きぃ」
そういって後藤は市井にだきつき、二人はキスをする。
「どうしたんですか、二人とも」
しばらく黙りこくって険悪なムードかと思えばいきなり抱き合ってキス・・・
希美には二人の行動が理解できなかった。
「以心伝心ってやつでしょ。」
矢口はこともなげに言い、ため息をついた。
- 24 名前:作者なのれす。 投稿日:2000年11月26日(日)21時12分09秒
- >>17さん
一応いちごまにしてみたのですが・・・
いかがでしょうか
>>20さん
希美を子供っぽくみせようと入れた挿話なのですが、こういう人結構周りにも、、、
- 25 名前:17 投稿日:2000年11月27日(月)07時13分00秒
- いちごまいいっす!
これからもちょくちょくいれてくれればなおいいです!
- 26 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月14日(木)02時44分07秒
- 「おじゃまします。」
そろそろかな、と思っていた昼過ぎ頃チャイムがなった。
「おひさしぶりです。」
薫が貴子たちに会うのは裕子と桔平の結婚の時以来だった。
「お昼食べましたか?」
「食べてきたんです。お気になさらずに。」
貴子にかわって亜依が大人のような口ぶりで言う。
「亜依ちゃん、久しぶりだね。」
「何言うてんの。しょっちゅう電話してきたくせに。」
そう言えば鴇羽の名前も亜依に相談して考えた。
「ねえ鴇羽君、どこにおるの?」
「こっちだよ」
亜依は「おじゃまします」と充代と薫におじぎをして、二人はドタドタと希美の部屋へ向かった。
「二人とも、とても大人びた子供なんですね。」
「きっと子供でも大人でもないんですよ。」
薫のつぶやきに貴子は笑みとともに答えた。
- 27 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月22日(金)16時47分23秒
- 希美はずっとカヲリのことが気にかかっていた。
あれから保田には相談をしていない。
すべきだということは分かっていても恐怖心がすべての行動を制止した。
カヲリ・・・桔平の弟子であり、桔平に抱かれていた人。
鴇羽の出生の秘密を知り、裕子を追いやった人。
さらに言えば本編では希美の夫を刺した人。
美しくも憎悪に満ちたあの顔を思い出すだけで足がすくむ。
忘れようとしても思い出してしまう。
逃げようとしている人間の心情はえてしてこんなものだ。
「・・・みぃ、ちょっと聞いてるんか、希美。」
「なに?亜依ちゃん?」
亜依は鴇羽を抱いてこちらを心配そうに見つめていた。
「大丈夫?自分さっきから心ここに有らずって感じやからなんかと思て」
「うん、平気だよ。」
「なんか悩みがあるんなら私に話しいな。相談にのるから。」
「あっ全然そんなことないの。心配しなくても大丈夫。」
「それが心配なんやて。「大丈夫」とか「平気」ってのはあんたの得意文句やし。
全然大丈夫じゃなくてもそう言うからな。」
亜依は本当に心配そうな目で希美を見つめている。
「今回は本当に問題ないの。」
また嘘ついちゃった、希美は後ろめたさをひしひしと感じた。
(嘘つくの、いいかげんつかれちゃったな)
- 28 名前:名無しさん 投稿日:2000年12月29日(金)03時51分55秒
- 嘘をつくのはキライ
でも秘密をまもるために嘘をつかなければいけない
じゃあなんで秘密をまもるの?
なんで秘密ができちゃったの?
決して行き着いてはいけない結論にいきつきそうで、希美は鴇羽に懺悔した。
早く眠りたい。
しかしさっき亜依にもらったコーヒー飴のせいかなかなか眠りにつくことができない。
「眠れないの?」
亜依がこちらに顔をむけてたずねる。
さすがに2人とも大きくなって一緒のベットだと狭い。
ふりむくと亜依の顔がちかくにあって少しドキッとした。
「ねえ、なにかあるんやったら言うてえな。」
「・・・ううん。本当になにもないんだ。」
「じゃあなんでそんなに沈んだ顔してんの?希美らしくないよ。」
亜依の心配そうな瞳に見つめられると罪悪感に胸がしめつけられる。
いっそここですべて打ち明けてしまったら。
いまさら事実を知る人が増えても・・・・
それは違う。
もしここで亜依に口を開けば、自分の中で抑制しているなにかが暴走しそうだから。
「・・言いたくないんだったら、いいや。
ゴメン、無理に聞こうとして。」
「ん、、、ううん。ゴメン。今はまだ言えないんだ。」
「いつか・・私にもしゃべってくれる?」
「....それも..」
「いいんだ。それじゃ、もう寝よ。」
亜依は慈愛の表情で希美をみつめ、天井を見上げ、目をつむった。
真実を知る人、保田たちに私はすごく迷惑をかけているのだろう。
そう思うと亜依に言うことはできない。
矢口やひとみに言ったことで自分はとても助かったと思う。
だけどこれからはできるだけ、自立しなけらばならない。
今日は少なくともカヲリのことは忘れていられる夜になりそうだ。
- 29 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)03時33分48秒
- 人間の意志はなんて弱いものだろう。
すぐに周りに影響され、判断を見誤う。
ふりかえって後悔しても、もうことは進んでいる。
誰しもできることならば数時間前に戻りたい、と思ったことがあるでしょう。
事実その数秒後には彼は自分の行いを悔い、やり直したい、10秒前に戻りたいと思ったのです。
いえ、時間を戻すことは出来なくとも、もしかしたら言動を取り消すことはできたかもしれないのです。
「冗談だ」とか、「ああやっぱりいーや」とか。
しかしその場で彼は振り返って思う最良の選択をとることはできませんでした。
彼のとった行動は思い付く範囲で最悪の選択、
『なにもしなかった』のです。
できなかった、というほうが正しいかもしれませんが。
まあなにはともあれ、彼の判断能力を鈍らせた最大の原因は彼の意志の弱さと言うほかないでしょう。
- 30 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)03時34分57秒
- (好きな人の名前を言う)
そんな子供地味た罰ゲーム、という軽い考えがいけなかった。
賭けに負けた彼と勝った一部の友人達の間には一つの秘密ができた。
しかし秘密とは名ばかりにその内容は彼の周りに流出していった。
「おまえ、アイツのこと好きなんだろ。」
美術の時間にテニス部の友人と女子の値踏みをしていて、さらっと言われた言葉にケンは咳き込んだ。
「おまっ、どどうして?」
アイツとはもちろん希美のことである。
「いいよな、あの背丈にあの胸だもんな。
まあ明らかにバカだけど、手がかかるタイプでもなさそうだし。」
見当違いの返答をされて、冷静に問い直す。
「誰にそのこと聞いた?」
彼は怪訝そうな顔で答える。
「うちの部でそういう噂が流れてたからさ。」
「テニス部で?」
「ああ」
秘密、であるはずの内容が外に漏れている。
しかもサッカー部のメンバーからではないとなると、あいつらに秘密という意識はないのだろう。
ケンは焦燥を覚えずにはいられない。
色恋の噂に男女の壁はないのだから。(好きな人の名前を言う)
そんな子供地味た罰ゲーム、という軽い考えがいけなかった。
賭けに負けた彼と勝った一部の友人達の間には一つの秘密ができた。
しかし秘密とは名ばかりにその内容は彼の周りに流出していった。
「おまえ、アイツのこと好きなんだろ。」
美術の時間にテニス部の友人と女子の値踏みをしていて、さらっと言われた言葉にケンは咳き込んだ。
「おまっ、どどうして?」
アイツとはもちろん希美のことである。
「いいよな、あの背丈にあの胸だもんな。
まあ明らかにバカだけど、手がかかるタイプでもなさそうだし。」
見当違いの返答をされて、冷静に問い直す。
「誰にそのこと聞いた?」
彼は怪訝そうな顔で答える。
「うちの部でそういう噂が流れてたからさ。」
「テニス部で?」
「ああ」
秘密、であるはずの内容が外に漏れている。
しかもサッカー部のメンバーからではないとなると、あいつらに秘密という意識はないのだろう。
ケンは焦燥を覚えずにはいられない。
色恋の噂に男女の壁はないのだから。
- 31 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)03時35分31秒
- 朝練終了後同学年の面子に問うと、彼等は笑って互いの顔を見あっていた。
嘲笑といったかんじの雰囲気にケンは警戒心を強めた。
「まあそう恐い顔すんなって。」
「おまえら秘密だってことが分かってんのか。」
「まあまあ落ち着け。」
一人がケンの肩を掴んで、いきり立つケンを静める。
「いいじゃん、どうせじきにコクるんだろ」
「んなっ・・」
ケンは口をつぐむ。
「・・まさかお前見てるだけ、とかいうわけじゃないだろ。」
「・・・・・あ、ああ」
「んじゃあ問題ねーだろ。」
「でもタイミングとか・・」
「いつまでもコクらない位ならあきらめろ。コクるんなら早いほうがいい。」
ピシャっといわれてケンは下を向く。
「お前なら大丈夫だと思うぞ。」
「そうそう、幼なじみなんだろ。」
ほかのメンバーも次々に口を開く。
「・・そう、かな。」
ケンの肩を離して優しく答える。
「自信もてよ。大丈夫だよ。
・・明日にでも中澤希美に声かけろよ。」
「明日ぁ!」
「善は急げ、だよ。」
不安げな瞳のケンにほかのメンバーもはやしたてる。
「一応おまえも女子の評価高いだろ。」
「希美ちゃんのほうも案外おまえのこと気にしてるかもよ。」
「丁度良く今日は最大のライバルが病欠だしさ。」
一瞬部室の空気が止まったような印象をうけた。
「・・今回ばかりは流石の後藤先生にも指をくわえててもらおうぜ。」
「ああそうだよな。」
「ケン、ユウキのいない今日のうちにコクっちゃえよ。」
肩を叩かれ、ケンの小さい返答は始業のチャイムにかきけされた。
「やっべー、1コマ目から移動だよ。」
「オレなんて担任山崎だぜ。」
2年のサッカー部員達は次々に部室を出ていった。
- 32 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)03時36分55秒
- 持ち上げられるままに昼休み、ケンは希美に声をかけた。
「オイっ」
「!」
無骨なかけ声に希美は驚いて振り向き、ケンだということを認識して安堵の表情を見せた。
「なにっ、ケン」
最近やっと敬称無しでよんでもらえるようになった。
バカ丁寧なほどに律儀な希美は幼なじみであろうと、大抵の人間は呼び捨てしない。
いや、今はそんなことどうでもいい。
この時点でケンの心の中には後悔の念が生まれていた。
「ちょっと用があるんだけど、今日の放課後いいかな?」
「私に?」
「そう、希美に。」
希美は不思議そうに目を丸め、(分かった)といって微笑んだ。
その笑みに心からケンは歓喜した。
次の瞬間、周りにいた全ての級友が面白がっているように感じた。
その後どういう風に希美と待ち合わせをしたかは覚えていない。
ケンには周囲の視線だけが強く感じられた。
- 33 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)03時37分29秒
- 二人のやり取りを横で聞いていた明日香はニタついているサッカー部のひとりに声をかけてみる。
「福田も来いよ。こりゃ見物だぜ。」
どうやら回されるなどという心配はないらしい。
適当にリアクションを返し、一応彩達にも声をかけてみる。
「ユウキが欠席の日をねらうなんて、ケンもやってくれんねえ。」
「ヤバイじゃん、このまま彩の一人がちかなあ。」
「ないと思うよ。ユウキとか関係無しに(お友達)じゃないかな。」
「う〜ん、あの娘の考えていることはよめない。」
男子連中より数倍饒舌にことを解説、予想してくれる。
どうやら本当に純粋な『告白』のようだ。
掃除終了後希美についてくるようにと頼まれ、明日香は一瞬驚いた表情をして、その後口を開いた。
「希美ひとりでいきなよ。」
「え〜なんで?」
明日香はその表情のままで戸惑ったように答える。
「希美に用事ってことは、他のひとには聞かれたくないってことなんだからさ。」
「そっかー、じゃあ明日香、また明日。」
「バイバイ。」
希美が手をふりながら歩いていくのを見届けて、明日香はため息をつく。
(まったく、他人に聞かれたくないんなら公衆の面前で呼び出しなんかするなっての。)
- 34 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)04時09分50秒
- 本当は気がすすまなかった。
自分はもともと女子の馴れ合いも肌にあうタイプではない。
彼女達を見下しているつもりはないが、盗み見なんてヤジウマみたいで嫌だった。
じゃあヤジウマではなくなんなのだろう。
自分は希美の親友なのだ。
その特別も意味のないことだとわかる。
もういい。気にしない。
自分は希美が心配で遠くから二人を盗み見るのだ。
彩達と遠目からみるだけで会話は聞こえなかったが、そんなこと気にするひまもないほど一瞬の出来事だった。
先に来て待っていたケンに希美が声をかけるとケンは顔をあげ、なにか希美に言って走り去った。
本当に一言、一瞬のセリフ。
希美の返答待たずに逃げるように走りさった後ろ姿。
そして取り残されたようにたちつくす希美。
周りの女子達の戯れ言に耳を傾けるきにもならず、明日香はひとり教室をでていく。
- 35 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)18時52分32秒
- そもそも愛の告白なんてされるのは初めてだった。
出産は経験していても恋愛経験は0といっても過言ではない。
いや、桔平との愛に溺れていたのはたしかだ。
しかし希美が女として愛する人は現在でも桔平ただひとりなのだ。
この結論には少なからず矛盾が生じる。
つまるところ現在の希美は恋愛などというものとは遠いところにいるのだった。
「誰かに相談したほうがいいのかなあ」
鴇羽のことを相談できる人はむやみに増やせないが、この問題には制限がなくて希美の気は楽だった。
かといって(こう言うとケンが可哀想だが)、別に希美はケンのことを強く意識しているわけでもなかった。
秘密をつくらない、という事実が希美の気分を軽くしているのだった。
だから告白された翌日の日曜日、このことを話題に出したのもなにかを意識してのことではなかったのだが、
「告白されたって・・・えーと例のユウキ君?」
「えーユウキは昨日熱だしてガッコ休んでたよー。」
・・・そうだった。
明日香やひとみのような人間と接していると忘れがちだが、世の多くの女性は色恋の話が大好物。
その上ここにいる二人の先輩、矢口真里と後藤真希はその象徴たる存在だったのだ。
「ユウキ君じゃなくて、幼なじみのケン君って子なんですけど・・」
希美は体面で意識しないとケンのことを呼び捨てることはできない。
「うわっ、希美スゴイじゃん。」
「そっかユウキが先を超されるとは・・・」
「っで、希美はどう返事したの?」
「えー、マジィ。ユウキの友達にもそんな純情な子がいるんだあ。」
「ヴィジュアルはどうなの?げーのーじんで言うと誰?」
「聞いた感じとりあえずキープっしょ」
二人とも好奇心で目を光らせて希美を質問攻めにする。
男からしてみれば自分の告白の話など他の人にされたくないものだろうが、今の希美は秘密をつくることを恐れるかのように洗いざらいしゃべっている。ある意味間をもたせるために話のネタにされていると言っても過言ではない。こうなるとさるも哀れといったところか。
- 36 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)18時53分09秒
- 「結局希美はどうすんのさあ。」
ケンについて各々勝手なイメージができあがったところで矢口が本音を探る。
「・・って言うか・・・恋愛ってわかんない」
希美は頬杖をついて、あらかた飲み干したバニラシェーキをズズズと音をたてながら飲み干す。
「そりゃそうか。希美ちゃんはお子さまだもんねえ。」
「そうかあ。なまじ経験があるだけにお子さまでもフェロモンがこう・・ふわあっとでてるわけか。」
後藤はなぜか後ろ髪を浮かせる仕種をする。
「子供の皮をかぶった大人・・・あ、逆か。大人の香りをただよわす子供....
どっちにしても罪づくりだよなあ・・」
矢口はコールスローサラダに手をのばす。
- 37 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)18時53分52秒
- 「だって愛してない相手とつき合うって変じゃないですか?」
あまりにも子供扱いが過ぎる気がして希美は提言する。
後藤が口の中のポテトをウーロン茶で流しこんで、口を開く。
「愛するって・・・う〜ん難しい。」
「希美は子供の恋を知らないのに、大人の愛を知っちゃったからなあ」
二人はしばらく眉間にしわをよせ、後藤がポテトに手を延ばしながら口を開く。
「つき合ってみて、本当の愛が芽生えるってのもあると思うよ。」
「希美の理論でいくと本当に相思相愛じゃないと次の段階にすすめなくなっちゃうよね。」
「じゃあ(とりあえずキープ)ってそういうことですか?」
「それもちょっと違うんだよな〜」
矢口は頭を掻いて唸る。後藤も天井を見上げるような仕種をとる。
しばらくコールスローを口に運び、矢口は思案して、しゃべり出した。
「恋に恋するんじゃなくて、相手に恋するってのは正しいと思うんだ。その根本とかも無視して貢がせたり色々使うための男が(とりあえずキープ)って感じかな。
で、本当の彼氏も最初から・・こうなに?ピーンってくるのもあるけど、ある程度接していかないとわかんない場合もあると。」
「私はね、市井ちゃんとはピーンときたんだ。
でも他の男とは直感とかよりも・・一緒にいて面白いヤツってかんじかな。」
「あんたそんなんだから男と長く続かないんだよ。」
「いいもーん。市井ちゃんは私を裏切ったりしないから。」
矢口はタメ息をついて、きらびやかにネイリングされた指を口元に運ぶ。
「私の場合さ、今のカレシとは最初友達だったんだ。で、その期間が割と長くて・・んで付き合いだしてから、お互いのこと分かりあえるようになるのはそんな時間かからなかったなあ。」
「そこだよねえ。友達としてのつきあいと恋人としての付き合いって違うじゃん。」
「恋人ってのはつきあってみないとわかんないしねえ。」
「結論はそれしかでないよねえ。」
二人とも口元を緩めるような仕種であげて、息をつく。
- 38 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)18時54分54秒
- 矢口は化粧直しにいき、後藤と希美は重い息をはきながらもくもくと口を動かしている。
「結局どうすればいいんですかあ・・・」
具体例が提示されているにも関わらず、希美は二人の話を断片的にしか理解することが出来なかった。
「直感で判断するのが一番ラク。だけど感性も磨かなきゃ養われないし、よほど自分に自信がないとダメ。
友達付き合いを深めていいの探すのも手だけどそれだけじゃ見えてこないこともある。
実際つき合ってみるのはいろいろと手間がかかる。
でも友達付き合いにしてもなんにしても、どっかで・・・その、愛が芽生えてくる瞬間ってのがあるとおもうんだよねえ。」
まとめてしゃべってくれてもすぐにかき回すので希美には全く理解することができない。
「ひょっとして後藤さんもわかってないんじゃないですかあ?」
「うう、そう言われると・・・」
後藤がしゃべっている間に矢口は化粧室から戻ってきた。
「もう20分くらいここにとどまるから。」
「え?なんでですか?」
3人ともおおかたオーダーを食べ終えている。
「まあまあ。なんなら追加オーダーしてもいいしさ。」
「えっほんと!」
「後藤まだ食べんの!?まったく胃袋は底なしなんだから。
言っておくけどおごんないかんね。」
- 39 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)18時56分07秒
- オーダーを追加してからもう15分以上たっているが、その間に話題は2転3転さえすることなくずっと後藤のグチが続いている。ふだんは適当にあしらう矢口が熱心に聞き役をしているのだ。
「でね、市井ちゃんたらプレゼントしたパジャマ、柄見ただけで袖通してくれなかったんだよ。」
「アンタよっぽど趣味の悪い選んだんじゃないの?」
「そんなことないよー。パフスリーブのカワイイやつ。」
「うえー、サヤカの柄じゃないね。」
「そんなことないよ。市井ちゃん、女の子らしいカッコもにあうんだから。」
「サヤカの男らしいとこにほれたんじゃなかったの?」
「だから外では男らしくって、二人だけだと私だけに可愛い顔を見せて欲しいの。」
「んな勝手な・・」
「だって市井ちゃんだって女の子なんだよ。いくらボーイッシュって言ったって・・・」
「何がいけないの?」
「市井ちゃんには男っぽい女の子であってほしいの。単に男の子なだけなら他の男でも変わりになるもん。」
一瞬矢口が押し黙ったように思えて、彼女の視線が自分達の後ろにいっていることに希美は気付いた。
振り向くとそこに立っていたのは・・
「だってよ、紗耶香」
思わず後藤の顔が引きつる。おずおずと振り向き、市井の顔をみやる。
するとそこにあったのは仁王のごとく怒りを浮かべた顔ではなく、ぬれた子犬のように泣きそうな表情を浮かべた顔だった。
市井は歯を食いしばるようにして涙を堪えるような仕種をして化粧室へと早足で歩いていった。
その一連の動作に女々しさは全くなく、その全てが少年を思わせるものだった。
残された3人はしばらく行動をおこすことができなかった。
「タイミング悪すぎだね。」
矢口が言うより先に後藤は立ち上がって市井を追いにいった。
二人きりになって矢口は希美にむかって呟いた。
「こういうのを乗り越えられないと本当の愛とは言えないんだよね。
いくら直感があっても絶対にうまくいく保証はないんだから。」
はじめてあった時から本当に仲の良かった二人の関係が崩れていくのを見るのは、希美にとってもとても悲しいことだった。
ほんのちょっぴり矢口がいじわるにも思えた。
- 40 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)18時56分43秒
- 「他の男でも・・・か」
鏡の中の泣き腫らした自分にそう呟く。
「真希にとって私は男じゃないんだよな・・・」
市井紗耶香は性自認障害、俗に言うトランスセクシャルである。
つまり体は女性であるにも関わらず心は男性なのだ。
環境にも左右されるがやはり女性の裸体には欲情し、恋をするのももちろん女性になる。
後藤真希はホモセクシャルではないがゲイ、という恋愛嗜好を持っている。
平たく言うと二刀流。男も女も恋愛対象であること以外は普通の女性と大した差はない。
ともに女性を愛せるのだから一見問題は無いように思えるが、そう単純にはいかない。
市井はトランスセクシャルである以上、自分を男性として扱われることを望む。
しかし後藤は単なるヘテロセクシャルではないので、市井のなかにしばしば女を見てしまう。
市井が後藤の男遊びを止めなかったのは長続きしないからだけではない。
自分に男としての自信を持っていたからだ。
もちろん他の男に目移りすることは男としてのプライドが許すはずはなかったのだが・・・
「惚れちゃったんだよなあ、あの天使のツラした小悪魔に」
仕種はうなだれているようだが、鏡の中の自分は恍惚とした表情を浮かべている。
「しょっちゅう他の男のところに行くし、女のところにも行く。」
真希の要望を満たす男と女が一人ずついれば自分は用済みになる。
「しょっちゅう女であることを求めてくる。」
男としての自信やプライドを損ねさせるような言動にいつも傷付いているのはこっちのほうだ。
「それでも・・・・」
化粧室のドアが軋むような音をたてて開く。
後藤がバツの悪そうな顔をのぞかせる。
女々しい自分は嫌いだ。なにかがふっきれた気がした。
「それでも真希のことを愛しているんだよ。」
- 41 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月04日(木)18時57分28秒
- 紗耶香が自分の額を真希のそれに力一杯押し付けてくる。
乱暴に抱きすくめられた真希の体には力が入らない。
普段なら真希のほうが体格もよくて力もあるはずなのに、見つめられると身体がすくむ。
紗耶香の腕のなかでは真希は猫になる。
他のどんな男の腕でもなく、紗耶香の腕のなかでだけ腰砕けになってしまう。
紗耶香が真希にとって一番の、かけがえのない男性であることを実感する瞬間だ。
「ずるいよ、市井ちゃんこんな時だけ・・・」
「ずるいのはどっちだ。こんな時だけ男を求めてきて・・・」
しばらく二人とも無言で抱き締め会う。
再び先に口を開いたのは真希のほうだった。
「ごめんね、市井ちゃん。
私、わがままだったね。」
ごめんね、と胸のなかで泣き続ける真希を紗耶香は力いっぱい抱き締める。
「ずるいよ、泣かしたこっちが悪いような気にさせるんだから。」
もうしばらく真希の体温を感じていようと思った。
- 42 名前:作者なのれす。 投稿日:2001年01月04日(木)19時00分19秒
- 29-41を昨日一晩で書き上げたのですが、さすがにボロが目立ちますね・・
40-41は無理矢理いちごまです。プロットなしで思い付くままの文章。
またしばらくはカヲリさんで引き延ばすか・・・
- 43 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月07日(日)00時26分11秒
- いちごまに感動
- 44 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月07日(日)04時04分50秒
- ごまはゲイではなく、バイでは…?
- 45 名前:作者なのれす。 投稿日:2001年01月09日(火)15時03分09秒
- >>44 さん
そうです。その通りです。
ふだん使わない言葉を調べもしないで書くとこういうミスが・・・
46からはまたカップリング無しの徒然小説に戻ります。
- 46 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月09日(火)15時05分09秒
- 翌週の月曜日、希美の返答は大方の予想通りだった。
『ケンとはお友達でいたいの』
今思い出してもグサっとくる一言。
幸い友人としての関係まで崩れることは無さそうだが、ケンにとってはむしろ辛い結果だった。
互いに意識してしまうことも、それでも良いお友達でなければいけないことも、
そして周りの人間が全てのいきさつを知っていることも全てつらかった。
せめてあの時逃げ出していなければ
せめて周囲の目がなければ
せめてキッパリとふってくれれば
・・・・・・
いや、それは違う。
告白が失敗したからって次の瞬間からまた友達に戻れば良い。
そうだ、それでいいんだ。
今自分がしているのは大人の恋ではないのだから。
そんな風に自分の中で少しずつ結着をつけていたケンの耳に思わしくない噂が伝わった。
「昨日の晩、希美がユウキとあってたんだって。」
ケンには内緒だけど。
その追加伝言がどこで消えたのか。
3日前の自分ならユウキに直接ぶつかっていっただろう。
しかし今の自分はそんな立場にいない。
ちゃかすことはできても決して彼等の間に割って入っていくことはできないのだ。
一番辛いのは、昔の立場と変わってしまったことなのかもしれない。
- 47 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月19日(金)22時46分26秒
- 「おい、ケン」
今一番聞きたくない声。
「今日ヒマか?」
「特に用はないけど」
邪見にするのも変なので冷たく言い放ち、イラダチをあらわにする。
「話があるんだ。」
ケンの気持ちを知ってか知らずか、ユウキは微笑とともに話を続ける。
「話ってなんだよ。オマエと下らねえ話ししてるほどヒマじゃないんだ。」
さっさとコイツから離れたかった。
「希美ちゃんのこと、、、なんだけどさ。」
無神経なのではない。分かってて人の気持ちを逆なでしているのだ。
「なんで・・・なんでオレにそういうこと言うの。
オレがアイツにふられたこと、オマエも知ってんだろ。
それでもお前はおれに昨日のことを報告に来たのか。」
一気にまくしたてたケンに憂いの目を向け、ユウキが言った。
「オレもダメだった」
一瞬、ユウキの言っていることがよく分からなかった。
「とりあえず、部室行かないか。」
ユウキは鞄を背負い直し、先に歩き出した。
- 48 名前:名無しさん 投稿日:2001年01月22日(月)21時49分30秒
- 中間試験前なので部活動はどこも停止している。
部員のいない部室はまえうで生徒のいない学校のようだ。
「部員も生徒なんだから例えとしてはちょっと変かな」
そう言いながらいいながらユウキはパイプ椅子に腰掛ける。
先程からずっとユウキだけがしゃべっている。
ケンも腰をおろし、二人ともしゃべる以外やることがなくなってしまった。
静かな部室がツラくなってなにかしゃべろうとした時、先にユウキが語りはじめた。
「昨日の夜さ、希美ちゃんの家に行ったんだよ。
まあ正確には希美ちゃんが住んでいる家だけど。」
「ああ。」
希美が親戚の家に居候しているらしいことはケンも知っている。
「姉貴からの渡しものだけ渡して帰ろうとしたら、送ってくれるって言われてさ。」
本当は家にあがり、鴇羽をだいたのだが、これは守り通したほうが良い秘密だ。
ケンも(家にあがったか)なんて突っ込んだりはしない。
「駅までの道で、近所の児童公園みたいなところで全部聞いた。
おまえの告白のことも、おれに対する回答も。」
- 49 名前:カキMAX 投稿日:2001年01月23日(火)03時01分29秒
- シヴイっすね〜。
- 50 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月23日(金)00時55分41秒
- ケンの告白のことは真希から聞かされた。
時計は8時を回ろうとしていたが、何も考えずに電車に飛び乗った。
タクシーにのらずとも住所だけですぐにマンションはみつかった。
マンションのそばに書道道具屋をみつけ、半紙を買う。
『近くまできたから』
そんな言い訳が頭に浮かぶ。瞬間、自嘲的な笑みがユウキからこぼれる。
玄関のトビラには(kaoru&michiyo)と彫られていて、マジックかなにかで(nozomi&tokiha)と書き添えられていた。
「ヤブンオソクニモウシワケアリマセン・・・・」
緊張していて、インターホンに出た薫に向かって何を言ったかはっきりとは覚えていないが、たしか姉の名を出した気がする。
希美がでてきてすぐに家に上がるように言ってくれた。
ダイニングにいた平家夫妻には愛想よく接したつもりだが、少々力んでいたかもしれない。
- 51 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月23日(金)18時46分32秒
- 「希美が元気ないからケンも心配してたぜ。」
こちらを睨み付けている平家に(お友達)であることを強調しようとケンの名前を出したら、希美にとても困った顔をされた。
ここじゃちょっと、と部屋に入れてくれたのはいいが、希美はケンに告白されたことを語り出した。
(他の男の話をされるってのは、この場合眼中に入ってないって事だろうなあ)
「ケンとは同じ部なんだけどさ、アイツは友達としてはいい奴だと思うけど。」
「そうなんだよね。とてもいい友達だとは思うんだけど・・・・
恋人って言うか、、、付き合うってのがよく分からないんだ。
ユウキ君って恋愛の達人なんだってね。どう言えばいいと思う?」
それはつまり、ごめんなさいの言葉を考えろということだろうか。」
- 52 名前:名無しさん 投稿日:2001年02月23日(金)18時47分04秒
- 近くによったので、最近元気のない希美を見にきた。
そういう名目である以上長居はできない。
姉の名を出したことをごまかして、帰ろうとすると希美が駅まで送ると言ってくれた。
少し自分を冷静にみようとする。
自分がなぜこんなにも焦ってこんなところまで来たのかわからなかった。
やはり本気でほれているということなのだろうか。
今の自分は、、、自分自身でもよくわからない。
とりあえず焦燥感は、、、そう思うと途端に焦りがでてくる。
家を出てから3分程、希美と全く言葉を交わしていない。
このままではすぐに駅についてしまう。
しかしなにも今何か行動をとらなければいけないのだろうか....
「ねえ、ドリンクおごるからさ、中にはいんない?」
自分の中で意志がまとまっていないのにも関わらず、無意識なのか希美をマックにさそっていた。
沈黙からいきなりの一言に希美は驚いたのだろうか。
すぐには何も言わなかった。
「・・・もう・・夜、遅いもんな。
・・・ゴメン。変なこと言って。」
自分らしくない焦りをあらわにした言動。
最近よく“自分らしくない”と言われる。
Magic of Love ・・・・だなんて男という生き物はなんてロマンチストなんだろう。
そんな風に頭の中がグルグル回っていて、随分長い沈黙があったように思えた。
次に希美が口を開くまで、実際はどれくらいの時間があったのだろう。
「..いいよ。
....あったかい紅茶に..アップルパイもつけて。」
小さい女の子なのに小さい女の子のような声色で希美が言う。
その笑顔をにつられ、自然とユウキの表情にも笑みが浮かぶ。
- 53 名前:作者なのれす。 投稿日:2001年02月23日(金)18時48分35秒
- ↑(52)は日本語がおかしいところが多々ありますが、一応意図してのことです。
沈黙の情景描写は苦手だ...
- 54 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月16日(金)18時18分01秒
- 催促ageしてみたりして
- 55 名前:名無しさん 投稿日:2001年03月30日(金)23時47分02秒
- 「ホットティーとアップルパイ、、えーと、ホットコーヒー
それから、、、ポテトのMを」
「はい。ホットティーのほう、レモンとミルクは」
「レモンで。」
・
「ねえ」
「ん?」
「さっき、なんでユウキ君が答えたの?」
「なんのこと?」
「ミルクかレモンかって、私のオーダーでしょ。」
「ああ、牛乳嫌いなんだろ。」
「そうだけど、、、」
「ミルクティーのほうがよかった?」
「そういうことじゃなくてさ、私が答えたかったの。」
「...ん、なんで?」
「えっ、なんでって言われても、、、、」
「、、まあいいじゃんいいじゃん。
アップルパイにはレモンティー。
俺のオゴリなんだしさ。文句言うなよ。」
ケンの笑みに希美は眉をしかめながら笑ってくれた。
よかった。不機嫌になってしまったらどうしようと内心心配していた。
女といて自信がなくなるなんて自分らしくない。
さっきから何度この言葉を反すうしているだろうか。
- 56 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月01日(日)00時24分44秒
- 自分の中で焦燥感が薄れていくのが自覚できた。
暖色の照明のせいだと思い、天井を見上げる。
「どう、したの?」
「ん、、、なんでもない。」
つい先刻までケンに対してものすごい嫉妬と羨望を抱いていたはずなのに。
告白するだけで満足するはずの自分はどこにもいなかった。
「門限とかある?」
「ん、特にないけどあまり遅くなると心配するかな。」
「そか。」
「・・・・・なにか用があったんじゃないの?」
「..えと、そうだな・・・」
言ってしまったらこの会話は終わってしまう。
合否がはっきりしている入試。
タイムが見えている50メートル走。
順位が分かりきっているレース。
そして返事が分かっている告白。
そんなものを受けたところで決着がつくほど自分の感情はあっさりはしていなかった。
「特に用があったわけじゃないんだ。
もう少し君と話していたかった。」
- 57 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月01日(日)00時25分32秒
- 希美は首をひねる仕種をする。
「私とおしゃべりして楽しい?」
「うん。男友達としゃべってる時とは違う楽しさがある。
楽しい、って言うより嬉しいって言ったほうがいいかな。」
「・・・・・・そう、、、
そうだったら私も嬉しいな。」
「!」
一瞬その言葉の裏をさぐってしまう。
しかし考えてみればその言葉に隠された意図などがあるはずもなかった。
そう、この娘は悪気など全くなしに今まで言動をとってきたのだ。
まあ当たり前と言えば当たり前なのだが。
まったく、小悪魔というのはこういうヤツのことをいうのだろう。
意図せずにこちらを魅了する言葉をかけてくれる天使のような純真な存在。
そんなの男からすれば小悪魔以外の何ものでもない。
自嘲的な笑いとともにユウキはコーヒーを飲み干す。
視界は完全には晴れない。
しかしとりあえず大海原へ漕ぎ出す。
いや、大海などではない。
自分は浅瀬に引っ掛かっていた小舟に過ぎないのだから。
「いこう」
希美がアップルパイを食べ終わるのを見てユウキは告げる。
まだ紅茶は三分の一程残っていたが、そんなことは気にしない。
「えっ、うん。ちょっと待って。」
希美が慌てて紅茶を飲み干す。
- 58 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月01日(日)00時26分17秒
- 「もう遅いし送ってくよ。」
自然と出た言葉だった。
自分がお送りしてもらっているのを完全に忘れていてでたセリフだった。
変なこと言った、と思って希美を見ると希美の視線はあさってを向いていた。
「うん、お願い。」
驚いたことに希美はそのことに突っ込んでこなかった。
・・・・・・・・・・・・
それからきっちり20秒、二人に会話はない。
(何を考えているのだろう)
ユウキが希美の顔を覗き込むと、希美もそれに気付き、口を開いた。
「あのね、ユウキ君と友達になれて良かった。」
「・・・」
「最初ね、ユウキ君って悪い人かと思っていたから。」
「なんで?」
「だって、、鴇羽のことを知ってるだもん。」
「・・・そっか、そうだよな。」
最初自分は“落とす”気でいたのだった。
「でもね、良い人だって事がわかったから。」
「.......うん」
それを聞いてユウキの中に新たなる葛藤が生まれはじめた。
自分はこのまま希美の(良い友達)でいるのだろうか。
告白する勇気を持ったケンへの敗北感がただよう。
しかしふられることがわかっている告白をする勇気は自分にはない。
この関係を崩すことへの恐怖心。
この関係のままでいることへの焦燥感。
自分の中でしばしの葛藤が有り、そして一つの結論がでる。
「あのさ、本当に悪いんだけど、、、
そこの公園よっていかない?
その、、、缶ジュースでも、、オゴるからさ。」
- 59 名前:作者なのれす。 投稿日:2001年04月01日(日)00時27分33秒
- 徒然なるままに展開を考えずに情景描写の流れのみでかいているのでストーリー性ゼロですね。
本当にコイツラ何やってんでしょうか。
>>54 さん
催促ありがとうございます。
けっこうチビチビ書いてたんですが、青にくることがなくて更新を忘れてました。
もしかしていちごまを期待されてたのでしょうか?
だとしたら・・・・すいません。しばらく期待はずれです。
- 60 名前:54 投稿日:2001年04月01日(日)00時33分17秒
- >>59
いや違いますよ
全然更新されてなかったので試しに。
- 61 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月05日(木)01時49分26秒
- ガシャン。
出てきた2ほんのうち1本を希美に差し出す。
「あっ、私ミルクティーはダメなんだ。」
ユウキが差し出したほうの缶を見て希美が答える。
「あっ、、そう、、
んじゃこっちな」
そういってユウキはもう片方のストレートティーを希美に渡す。
「アチッ」
希美は一瞬缶に手を触れ、顔をしかめる。
ユウキは片眉を微妙に挙げて少しバカにするように笑う。
希美はコートの裾に手を入れて缶を受け取り、口をすぼめてユウキの笑いに抗議する。
「……ミルクティーがダメなら、、さっきのは何?」
言った後、少し口調が鋭かったかと思ったが、希美は気にしてないようで答える。
「えーーと、だからさ、さっきも言った通り。」
「さっきもって、、、どういうこと?」
希美は少し顔をふせるようにする。
「だから、、、私が答えたかったの。」
「‥‥‥‥‥そのまま?」
「そのまま」
一瞬沈黙が訪れ、希美はユウキの顔を見上げる。
「また、バカにしてえ」
ユウキはまたあの表情を浮かべていたのだ。
「おれのこと、友達だって言ったよな。」
いきなちマジ顔になってユウキが話題をかえる。
「う、うん」
「なあ、俺ら、恋人にはなれないのかな?」
「えっ」
「俺といたら絶対に絶対に楽しいと思うよ。」
ユウキにみつめられ、希美は顔を真っ赤にしてうつむく。
- 62 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月05日(木)01時50分09秒
- 希美の心臓がいっきに心拍数をあげる。
ユウキはそういう意識の範疇外にあった。
まあケンもそうであり、今の希美の思う範疇桔平以外の人間はいなかった。
めまいがするようだった。
ドラマならさしずめ音楽がなってカメラアングルが回るところだろう、そんなことを考えたりした。
考えは短時間に回っていくようだったが、それでも希美は口を開こうとした。
「………‥‥‥・・・ユウキ君。
あの、その、、、、、ゴメンナサイ、、
私、今彼氏とか、、、」
ユウキが何も言わないので心配になって希美は顔をあげる。
すると、ユウキはまたあの人をバカにした顔でこちらをみていた。
「h-------」
希美は声もでない。
「それはどうも」
「えっ、今の」
「冗談のつもりだからお気になさらずに。」
希美は力がぬけてペタリと座り込んでしまった。
- 63 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月05日(木)01時50分46秒
- これでいい
これでいいのだ
自分は友達という関係を崩すことなく告白をした
卑怯かもしれないが、それが自分のやりかただ
告白を取り消したことにより、ケンに比べて自分は男として意識されにくくなったかもしれない。
それでもいい。
彼女に恋愛話しをするのはかしましい女子たちではなく、もっとも近くにいる男友達の自分なのだ。
しばらくは、その立場に甘えることにしよう。
とりあえずは、恋敵への宣戦布告だ。
- 64 名前:名無しさん 投稿日:2001年04月05日(木)01時51分20秒
- 「そう、か」
放課後のサッカー部室、二人の間にしばしの沈黙が訪れる。
「まっ、お互い頑張ろうや。
そうだな、まずは男として見られることから始めよう。」
ユウキは窓の外を見る。
「そうだな」
ユウキの言葉にケンは決意をこめた笑みを浮かべる。
「もっとも、俺としてはお前も含めた3Pがベストなんだけどな。」
「なっっっ、何だよ。さんぴーって!」
鼻で笑うようなユウキお得意の笑みに、ケンは顔を真っ赤にした。
- 65 名前:名無しさん 投稿日:2001年05月05日(土)13時49分29秒
- あれから、、、
矢口がカヲリのことを伝えに来てからどれほどの日が過ぎていっただろうか。
暦の上では1ヶ月もたっていなくとも、希美の意識から心配が取り去られることは無い。
カヲリは希美と鴇羽の秘密を知っている。
更に言うならば裕子のことも・・・
彼女の精神が不安定なのは明らかだ。
「社会的制裁、、そんなこと考えてたら困るわね。」
10日程前にやっとのこと圭に話したら、彼女は右手を口許に持っていき、思案気にそう言った。
ネイルにはパール、リップには淡いルージュがひかれていた。
圭は裕子と同じ年のはずだから、三十路前ということになるのだろうか。
20代にして服装がハイミスのように気張っているのはキャリア組でない焦りかららしい。
目を閉じて顔をしかめると、自然とマスカラが際立つ。
その美しい仕種からカヲリと圭の剣呑としたやりとりを思い出し、希美はまた背筋に悪寒がはしる。
希美はそんなことを考えたのは、圭と会った場所が梅田だったからだろうか。
そんなことを考えていると、電車は目的の駅についた。
5月下旬の週末、希美は裕子に会いに来たのだった。
- 66 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月15日(金)18時52分56秒
- 電車をおりてしばし歩く。
建物の前まで来ると、本当に来たのだ、と実感する。
魚などの壁が描かれたえんえんと続く長い壁を見ると、刑務所に来たのだと実感するのだ。
「なんや、前に来てから1ヶ月の経ってへんで。
お母さんが恋しうなったのか?」
希美の顔を見るなり、裕子はそう言って笑顔を浮かべた。
「お母さんこそ、娘が恋しくてたまらなかった、って顔してるよ。」
裕子が元気そうだったので、希美も安心して言い返してやる。
「私は大丈夫やって。
刑務所の中いるとな、一緒に生活してる人みんなと仲間意識うまれてきてな。」
裕子は数週間前に来た時より数倍饒舌になっている。
本当に元気になったようだ。
- 67 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月15日(金)18時53分27秒
- 「それより希美のほうはうまくやってんか?」
「うん、充代さんも薫さんも優しくしてくれるし。」
「充代さん・・・・って、もしかして充っちゃんのこと?」
「う、うん。充代さんがそう呼べって。」
「あー、あー。んなの充代おばさん呼んだりや」
裕子は豪快に、本当に楽しそうに笑う。
「んで、育児のほうはどうや?
鴇羽君、病気とかしてへんか?」
裕子は“鴇羽君”と君付け呼ぶが、それに深い意味はない。
「うん、頑張ってやってる。
鴇羽も元気だよ。」
「なんかわからんことあったらお母さんに聞きなや、ね。
こう見えても希美を育てたんやから。」
「知ってるよ〜」
希美も微笑みとともに答える。
「勉強は頑張ってるん?」
「あ〜・・・・・
けっこうヤバイかも。」
「ちゃんと勉強せんといい男捕まえられへんで」
裕子が上から見落とすような体勢でそんなことを言ったので、希美もムキになって言い返す。
「御心配なく。
こう見えても男の子から2人も告白されてんだから。」
「本当かっ!」
裕子は思わず椅子を立ち上がって聞き返す。
「それで、付き合うてんの?」
「ううん、断ってる。」
「あー、はいはい。
つまるところブ男なわけやな。」
嘲るように裕子が言うので、希美も椅子を立って言い返す。
「そんなことないよ。
二人ともサッカー部それなりにモテるほうなんだから!」
希美はそう言って、自分で言ったセリフに赤面してしまった。
こういう時男というのは哀れなもので、別に希美は彼等に対して恥じているわけではない。
矢口達との会話の時同様、話しのたねになっているだけなのだから。
- 68 名前:名無しさん 投稿日:2001年06月15日(金)18時54分05秒
- 裕子が一息ついて椅子に腰掛けたので、希美もしたがう。
「希美・・・男性恐怖症とか、なってんかな?」
「だんせい・・・・」
「男の子なんて嫌い、みたいなの」
「全然、そんなことないよ。」
希美は首をふって否定する。
それは純粋に男友達に悪い気がしたからだ。
それを聞いて、裕子は安心した。
桔平とのことで、希美が男性恐怖症になっていないか、少なからず心配していたのだ。
本人の口から聞いて、何よりその反応を見て、そうでないことを確信できた。
しばし沈黙のち、裕子がボソっと呟いた
「今度は、ちゃんと避妊するんやで。」
「ばっ、、、、」
希美は言葉につまり、顔をまっかにする。
「そんなこと言われなくたって・・・・」
そこまで言って、希美は自分で言ってることを反すうし、更に顔を赤くする。
そんな様子を見て、裕子は母親の感じる娘の愛らしさを味わうのだった。
「もういいっ!
私、帰る!」
恥ずかしさに息をきらしながら、希美は席を立つ。
「元気でな」
「お母さんもねっ!」
つっけんどんに希美は返し、面会室を後にする。
せっかくの面会時間をそうそうに切り上げてしまったのはもったいなかったが、久し振りに希美と母娘の会話をすることができたと思う。
娘にとって母親とは、一番身近にいる“女”の先輩なのだ。
「こうなってから、孫の顔を見るまで早いって言うしなあ」
どうやらここの女囚人達に感化されたのか、ひとりの面会室で裕子はやけに老けたことを呟く。
そういう裕子も、まだ30を過ぎたばかりだと言うのに。
「あっそうか、鴇羽君も孫なんか・・・」
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