――ヒミツの恋の育て方 2――
- 1 名前:kai 投稿日:2004/06/27(日) 22:56
- 同板―岡女物語の続きものでございます。
(うっかりバイト数が超えてしまい、お話の途中ですが、お引越し
となりました。)
矢口さんメインのお話と、安倍さんが微妙に絡んでます。
弱冠エロなお話も含みますが(苦笑)
それでは、どうぞ、お楽しみください。
- 2 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/06/27(日) 23:04
-
彼女のことを考えると、いまでも、泣けてくるよ。
どうして、なっちのセンセイは、ここにいないんだろう。って。
なっちは、なんで、こんなところに来ちゃったんだろう。って。
ヤグチとなっちは、どこがチガウの?
彼女と逢えなくなってから、4ヶ月が経つ。
たった4ヶ月しか経っていないのに、なっちに取っては、4年間ぶん
くらいに思えるほど長かった・・。
アタシに向けられた彼女の言葉が、顔が、昨日のことのように鮮明に
蘇ってくる。
アタシは、あの人が、好きだ。
まだ、大好きなんだ・・。
なっちだって、彼女に逢いたいよー・・・。
なっちだって、ヤグチみたいにしあわせになりたいよー・・。
- 3 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/06/27(日) 23:06
-
ヤグチがリモコンを操作する。
すぐに、メロディが流れて、照明が落ちた。
スピーカーから流れる軽快なリズム。
マイクを握り締める音。
口ずさみ始めた彼女の瞳は、モニターを追っていた。
しばらくは、戻ってこないだろう。
だから、気兼ねすることなく、涙を落とすことができた。
ポタポタと膝を濡らす。
室内が暗いのも、ちょうどよかった。
なのに、場違いなほど明るいテンポのBGMで、なっちは、泣きながら
笑ってしまうんだ。
なんで、いま、この歌なんだよー。
でも、それは。
「もっと、泣いてもいいんだよ。」
やさしい親友に、そう、言われてる気がして。
「がんばれ」と、励まされているような気がして。
砂浜で抱きしめてくれたちいさな胸の感触を思い出した。
- 4 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/06/27(日) 23:10
-
思い出が、走馬灯のように蘇る。もう、止められなかった。
アタシは、タンバリンで誤魔化して、ひさしぶりに彼女の名前を呼ん
でいた。
彼女の名前を口にするのは、4ヶ月ぶりだった。
「・・っ、・・せんせぇ・・っ、どこに、いるの・・ナツせんせっ・・・。」
彼女に、もう逢うことはない。
二度と逢ってはくれないだろう。
逢えるのは、お布団のなかだけ・・・・。
そして、アタシは今夜も、夢をみる―――。
- 5 名前:kai 投稿日:2004/06/27(日) 23:16
- う〜〜、やっちゃいました。(汗
うっかりというか、(バイト)忘れてた。<おい
なんだか勢いで青板にしてしまいましたが、スレを埋められるの
だろうか・・・少し心配です。
ま、だいじょうぶだろうけど。w
読みにくくなりまして、ホントスミマセンでした。
これからも、どうぞ、お付き合いくださいませ。
- 6 名前:kai 投稿日:2004/06/27(日) 23:21
- レス、ありがとうございます。
前板で、書ききれなくてすみません。なので、こちらで。
>マコトさん・・リアルでありがとうございまーす。
ほ〜、やぐちゅーは癒し効果があるのか。w
あっちゃん&みっちゃんコンビは楽しいので、これからも登場させ
ていきたいです♪
>600さん・・大漁旗かかげちゃってください〜♪
今までの中でも、一番大漁だったんじゃないかな・・・とか。(汗
大漁すぎて、こんな目に。(遠い目)
あ、・・・でも、今日のは、そうでもないっか。
>ゆちぃさん・・お仕事早いのに、恐縮でございます。w
これからも、意外な人を登場させてビックリさせていきたいなぁ〜。
シリアスは、どこまで挑戦できるか分からないですが。
とりあえず、愉しんでます。自分が。<おい
>652さん・・≫なんだか、学校中に知れ渡るのも時間の問題の
ようなきがしてきたw
ですね〜。てか、ほんとだよ!
でも、この二人ならば許されちゃうような気がしなくもないですけどねぇ〜♪
てか、なんで、デンマークなのか?(笑)
- 7 名前:kai 投稿日:2004/06/27(日) 23:28
- 慣れないことを始めたから・・・。(苦笑)
というわけで、初めてのやぐちゅーじゃないお話です。
なにせ、初ものなので、なっちさんの北海道弁に悪戦苦闘している
わけなのですが。
こんなしゃべり方しないよ〜とか、思っても大目に見てやってください。
ハロモニ研究中なんですけど。てか、やっぱ、可愛いわ、このひと。(笑)
そして、過去のお相手はこの方でした。
超ド級のマイナーカップリングです。私的に、見たことないけど
あるのかなぁ〜?
“いずまり”よりもありえないと思うんだけど、これは、なにって
言うのでしょうかね?(苦笑)
しばらくは、なっちさんのお話が続きそうです・・。
- 8 名前:マコト 投稿日:2004/06/28(月) 18:57
- 更新お疲れ様です♪
今日見に来たとき2スレ目がたっててちょっとびっくりしました。
でも早いですね、この話が連載され始めてからもう半年以上経ってるんですよね・・。
それでもここのお二人は甘々で・・・嬉しい限りです。
これからも頑張ってくださいね♪
- 9 名前:ゆちぃ 投稿日:2004/06/29(火) 01:29
- 昨日、見失ったと思ってたら、新スレが!!!(w。
まさか、先生が、あの人だったなんて・・・ってなかんじで、
口ぽかーんでした(w。
なっちも幸せになぁ〜れvvv
kaiさんが楽しむのが1番ですよ(w
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/30(水) 18:05
- 新スレおめでとうございます。
なっちの相手が…だとは全く予想外でした。
初見のカップルなんで、どんな感じになるか楽しみです。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/06/30(水) 20:31
- 紅い爪の由来で泣いて以来
はまっている私です
もう、ここが気になってどきどきです
- 12 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:04
-
自分が、フツーじゃないと気づいたのはいつごろだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
ちいさなキッチンで、スパゲティを茹でているとき、妹の麻美がダン
ボールを抱えてやってきた。
「お姉ちゃん、お母さんからだよー。」
アタシたちは、週に一度やって来る、宅配便のお兄さんのことを心待
ちにするようになっていた。
でも残念ながら、お兄さんが目あてなわけではなかった。
そのお兄さんが、いつも大事そうに抱えてきたもの。
それは、ナスやトマトといったスーパーで貰ってきたようないつも
ヨレヨレのダンボールだったけど。
宝箱を開けるかのように、アタシと妹は、膝を突き合わせる。
「うわー、メロンだぁー!」
「もう、こんなにたくさん送ってきたって、二人じゃ食べきれない
っしょ!」
みかん箱いっぱいに敷き詰められたメロン。
麻美は両手叩いて素直に喜び。
アタシは、苦笑いしながら肩をあげた。
メロンの上には、白い封書が置かれていた。
「お隣さんにお裾分けしなさい」と、書かれた手紙を読みながら、
「フー」と息を吐く。
- 13 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:07
-
お母さんは、東京の生活事情をあまり知らない。
東京は、北海道と違って進んで近所づきあいをするほうではないのだ。
もちろん、会えば挨拶くらいはするけど、少なくともメロンを受け
渡しするような間柄ではなかった。
箱の中には他にもいろいろ入っていた。
冷凍された魚の干物に。庭で取れた新鮮な野菜や果物。
お母さん手作りの食パン。北海道限定の夕張メロンポッキーに。
新聞屋さんから貰ったのだろう。同じ洗剤が3つも入っていた。
箱の中身はいつもそんな感じだった。
それでも、アタシたちは、今回は、なにが入っているのかといつも
ワクワクしながらガムテープを剥がす。
そして必ず一番上に、3通の手紙が添えられている。
お父さん青い封筒、お母さんは白。お姉ちゃんはいつもカラフルな
可愛いものだった。
アタシたちは、変わりばんこにそれを読む。
内容は、いつも代わり映えしないものだった。
「困ったことはないか?」とか、「元気にしてるのか?」とか。
達筆な文字で書かれていて、だけどアタシは、その度にジーンと胸が
熱くなった。
お姉ちゃんからの可愛らしい便箋の間には、5000円札が二枚入っ
ていた。
「臨時収入入ったから。」と、妹たちにお小遣いをくれたんだ。
- 14 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:09
-
麻美が、ポッキーを咥えながら室蘭に電話を掛ける。
アタシは、受話器から筒抜けしてくる懐かしいお母さんの声を聞き
ながら、不覚にも涙が零れてしまってた。
最近、情緒が不安定だ。
ちょっとしたことでも、すぐ泣けてくる。
よく眠れない日々が続く。
こんな姿を、感のいい妹だけには絶対に見られてはいけない。
お父さんとお母さんが心配して飛んできちゃうから・・。
東京の生活は、日々が目まぐるしくて、北海道ののんびりとした生活
がひどく懐かしかった。
帰りたいとは思わないけど、家族には会いたいと思う。
いつもは、気を張ってるからこんなことないけど、宅配便が届くと
どうしても弱くなる。
アタシは、麻美にバレないように袖で涙を拭って、茹ったスパゲティ
をザルに移した。
――ちゃんと、勉強はしているのかい?
「やってるよー。あんねー、東京は、宿題がないんだよー。」
ウソだー。いつも、お姉ちゃんを頼るくせにー。
――お姉ちゃんの言うこと、ちゃんと聞いてるかい?
「うん♪ いまも、一緒に夕飯作ってる。」
それもウソ。アンタ、ドラマの再放送見てたっしょ!
――お姉ちゃんは、元気なんかい?
そう聞こえてきた声に、「元気だよー」と、声をあげた。
- 15 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:11
- トマトソースの缶をフライパンに開けると、ジュっと焼け付く音がする。
狭い室内に、たちまちいい匂いが立ち込めた。
麻美は、二言三言、お母さんになにか言ってから電話を切った。
もっと話したいのはお互い様だけど、電話代が高いから。
それが、いつもの日常だった。
「ほら、出来たよー。テーブル片して。拭いてー。」
ヒョィと投げた布巾をナイスキャッチで受け取る。
アタシは、トマトソースとツナ缶を混ぜたソースをスパゲテイに絡める
と、粉チーズをふりかけた。
ダンボールに入っていたレタスときゅうりを洗って刻んでお皿に盛る。
夕食は、いつもこんな感じだった。
きっと、北海道では、お母さんの手の込んだ料理を食べているのだろう。
両親は共働きだったけど、お母さんは決して、子育てを手抜きをする
ような人ではなかった。
アタシたちは、小さい頃から冷凍食品やレトルトものは食べた記憶がない。
だから、コンビニのお弁当は、いまでも苦手だ。
東京は、北海道に比べると野菜は格段に高かったけど、アタシは、な
るだけ料理するようにしていた。
それは、お母さんの言いつけでもあったから。
- 16 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:13
-
「ちょっと、お姉ちゃん、なにしてんのー?」
「ん〜〜?」
ダンボールに顔を突っ込んで、いっぱいに息を吸いこんだ。
懐かしい故郷の匂いが嗅げるような気がして。
だけど、残念ながらメロンとお魚の匂いしかしなかった。
どうして、こうなっちゃったんだろう。
ついこないだまでは、狭いけど温かいあのおウチで、みんなでご飯を
食べていたはずなのに。
いつもは明るいけど、怒ると、とっても怖いお父さん。
料理上手で、笑うとなっちによく似ている可愛いお母さん。
年の離れたお姉ちゃんは、美人でしっかりもので、アタシたちの憧れ
だった。4月から大企業でOLさんを始めた。
ひとつ違いの妹の麻美は、末っ子特有の甘えんぼだったけど。ちい
さな頃から歌手になることを夢見て、いまもがんばっている。
温かい両親と、仲良し3姉妹。
- 17 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:15
-
夏にはみんなで海水浴に行くような。
冬にはスキーに行くような。
クリスマスには、友達のパーティーよりも家族を優先する。
それは、どこにでもあるごくごくフツウの家族だった。
その中で、アタシだけがフツウじゃなかったんだ。
アタシのせいで、あんなに仲良しだった家族がバラバラになってしまった。
そう考えると胸がキューっ痛んで苦しくなる。
ダンボールを抱えながら、アタシは、遠い遠い北海道のことを思い出
していた。
◇ ◇ ◇ ◇
- 18 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:17
- 自分が、人とちょっとチガウなって気がついたのは、小学生の頃だった。
みんなが、上半身裸で歌って踊る少年グループに魅了されてるとき、
なっちは、フリフリのドレスを着て歌う女の子に夢中だった。
赤いランドセルがくたびれかけてきた頃、とても気になる人ができた。
その人は、みんなのようにスポーツの出来るカッコいい男の子では
なかった。
もっと、ずっとオトナの人だ。
結婚したばかりの若い担任のセンセイ。女の人だった。
安倍の“あ”だから、なっちは、いつも一番前の窓際の席でセンセイ
の机の向かい側だった。
給食を食べるときに、話しかけられるのがうれしかった。
なにか用事を頼まれるのも、いつもなっちの役目だった。
その頃、ニックネームをつけるのが流行っていて。
センセイが、なつみだから「なっち」がいいんじゃないって、つけ
てくれた。
なっちは、それが、すっごくうれしくて。
だからその日から、自分のことを「わたし」じゃなく「なっち」って
呼ぶようになっていた。
- 19 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:19
-
センセイに見つめられるとうれしくて、センセイとしゃべると、その
ことを日記に付けるようになった。
いまなら、センセイに恋してたんだなって思えるけど、なっちは、
その頃は、全く気づいていなくて。
だって、センセイは結婚していたし、お腹に赤ちゃんがいたから。
でも、もしかしたら、無意識に「好き」という気持ちを我慢していた
のかもしれない。
- 20 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:21
-
次に好きになった人も、やっぱりセンセイだった。
このときは、はっきり「好きだ」という気持ちを自分の中で自覚して
いた。
その人は、選択科目の音楽のセンセイで。やっぱり、オンナの人だった。
それは、中学2年生のとき。
その頃、なっちは、理不尽なことでイジメにあっていて。
クラスメイトの女の子が、一つ上の彼氏にフラれたことが最初の発端
だった。
別れたい理由が「好きな人が出来た」ということだったらしく。
その相手が「なっち」であると言ったもんだから、話はややこしく
なってしまったんだ。
彼女のなかで、どう解釈したらそうなるのか、いつのまにか「なっち
が、彼氏を取った」ということになっていて。
なっちは、ドラマなどでたまに耳にすることのあった「泥棒ネコ」
になってしまった。
彼のことは、名前も知らなければ顔も知らないっていうのに。
まだ、告られたとかなら話は判るけど、しゃべったこともなかった。
そう彼女に訴えても、恋する女の子には、どうでもよかったみたい。
やりきれない感情を、誰かにぶつけたかったのかもしれない。
なっちにとっては、いい迷惑だったけど・・・。
- 21 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:23
-
友達が一人減り、二人減りと、離れていった。
最初は、無視から始まり、それから、椅子に画鋲や、上履きを隠さ
れるなどの古典的なことをされ始めるようになった。
そして、少数の犯行が徐々に人数が増えていった。
それでも、毎日、学校には行っていた。
親に心配させたくなかったのと。学校を休んだら負けだと思ったから。
だって、なっちはなにも悪いことなんてしていない。
悪くないのだから逃げる必要なんてない。
だけど、一人ぼっちで移動教室に向かうときだけはひどく淋しかった。
そんなときだ。
静かなピアノの音色が聞こえてきたのは。
ガラガラと、音のなる教室を空けると、黒い服を身に纏ったセンセイ
が鍵盤の前に座っていた。
弾むような指先。しなやかな後姿。洋ナシのようなお尻。
なっちは、夢中でその音に聞き入った。
- 22 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:25
-
選択教科を音楽にしていたから、彼女のピアノを聴いたことがなか
ったわけではないけれど。
本格的な演奏を聴いたのはこれが、初めてだった。
その頃は、バンドブームとか言われていて、なっちはジュディマリとか
ラルクとか、ロックばっかり聴いていたから、その滑らかな音色は
ひどく新鮮だったんだ。
「・・・・・・・安倍?」
いつのまにか、ピアノの音は止んでいた。
センセイが、なっちに気づいて振り返る。
アタシは、夢中で拍手を送っていた。
センセイは、大きな瞳をさらに大きく見開いてこっちを見ていた。
それは、なっちが涙を零していたからだろう。
後から後から滝のように滴り落ちて、上履きを濡らしていた。
「なんていう曲ですか?」
ハンカチで拭って尋ねると、彼女は「summer」だよと教えてくれた。
「ふ〜ん。夏か・・。うん、ぴったり。めっちゃいい曲ですね?」
- 23 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:27
-
ギラギラした太陽や、騒がしい蝉の音ではなくて。
夏休みに家族で海に行ったときに聞いた静かな波音のような。
昼間というよりもオレンジ色に染まる夕暮れの涼しくなったころに
線香花火をしながら聞いてた夏の感じがよく現れた曲だった。
センセイは、なにも言わずにふふっとうれしそうに笑った。
そのときの、なっちは、彼女の笑顔にしばし呆然と見蕩れてしまって
いたんだ。
センセイは、学校でも、とびきりの有名人だった。
いつでも全身に黒い服を身に纏い、それは夏でも冬でも一環していた。
だからと言って、清潔感がないとかそんなんじゃない。
長身にストレートの黒髪を下げて、いつも背筋のピンとした人だった。
クールという表現が近いのか。
でも、どこか女らしい顔立ちをしていて、美人の部類だったように思う。
ちょうど、スッとすましたときのカオリによく似ていた。
笑ったらきっと可愛いだろうに、彼女は一度も笑顔を見せなたことが
ないと評判だった。
だからあの時、なっちは、初めて彼女の笑顔をみてしまったんだ。
あの笑顔にやられたんだと思う。
- 24 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:29
-
帰宅部のなっちは、暇さえあれば、音楽室に脚を運ぶようになっていた。
センセイは、放課後もここでピアノのレッスンをしていることが多か
ったから。
別に会話らしい会話を交わすわけではない。
彼女の弾くピアノに耳を傾けるだけ。
センセイは、乗り出すと何曲も立て続けに弾くことがあったから
遅くなると何も言わずにそのまま帰ることもあった。
それでも、たまには、会話を交わすこともある。
「安倍は、いつも熱心だけど、ピアノが好きなの?」
そう聞かれたとき、なにも答えることが出来なかった。
たしかに最初の頃は、ただ純粋にピアノの音色だけを聴きに来ていた
のだと思う。
だけどいつの日か、ピアノを弾くアナタに逢いに来ていたように思った
から。
俯いて、モジモジと指と指を絡み合わせた。
「センセイは、どうしてあんまり笑わないの?」
- 25 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:30
-
そうぶしつけに聞いたとき、彼女は、しにかるに唇を曲げながら。
「安倍はいつも笑ってるね。」
と、返答にならない言葉で返された。
イジメを受けている話をしたこともあった。
彼女は黙ってアタシの話を聞き入ってから、立ち上がってそっと頬を
撫でると。
「そんな顔をしないで。前を向いていなさい。笑っていなさい。」と、
念仏を唱えるみたいに言ってくれた。
そして、「辛くなったらいつでも、ここにおいで」と、やさしく髪を
撫でてくれたんだ。
フツウのセンセイならば、担任に言うとか、なにかしらの方法を打ち
立てようとするだろうに。
センセイは、そんなときこそ、アタシのピアノを聴きに来なさいと
言った。
アナタのためだけにピアノを弾いてあげると。
恋に落ちるのは簡単だった。
- 26 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:33
-
それは、雷が落ちてくるような、車に衝突するようなそんな感じなん
だと思う。
あっという間の出来事だった。
だけど、この切ない胸のうちを明かすわけにはいかない。
なぜなら、アタシは女の子で、彼女は女の人だったから。
それは、センセイと生徒という壁よりもはるかに高いもののよう思えた。
まだ、自分が男の子だったら多少の望みがあったのかもしれないと思う
と歯軋りを噛むくらい悔しかった。
なっちは、この事実に直面したとき、「好きだ」という気持ちも伝え
られないのかと途方にくれてしまっていた。
その片思いは、恋する特有の甘ったるさも持ち合わせていたけれど、
実際は、苦しくて痛いものだったように思う。
彼女に恋していることを自覚すると、それは、辛く苦しい日々の始ま
りでもあった。
彼女の一挙一動に目を奪われるようになった。
ちょっとしたことに過敏になって、彼女の言葉に、赤くなったり青く
なったり。
親しくなればなるほど辛かった。
だって、彼女は、何も知らないんだ。
なっちのちいさな胸に熱く秘めた、恋心の正体なんて。
- 27 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:34
-
センセイの前ではいつも笑っていたけど、ココロの中では日に日に
笑顔になれなくなっていた。
なっちだって、フツーにお年頃だったから、キスにも興味あるし、
セックスという言葉の意味も知っていた。
だけど、そんなことは夢のまた夢であって。
彼女は、最後までピアノを愛し、純粋に自分を慕ってくる生徒だと
思っていたみたいだ。
そんな苦しい片思いは、一年半の時を終えてすべての幕を下ろした。
アタシが、中学校を卒業したからだ。
最後まで、「好きだ」とは、言えなかった。
卒業式の日に、センセイに贈られたピアノの演奏はいまでもココロの
奥に響いている。
いつも見てきた華奢な背中をじっと眺めながら。
もう、こんなふうに彼女のピアノを聴くことはないのだと思うと。
胸が八つ裂きにされたように、激しく痛んだ。
- 28 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:36
-
終わってしまう。アタシだけに向けられたあの笑顔も。言葉も。
やすらぎも。ぜんぶ終わってしまう。
なっちは、泣いた。ボロボロと涙を零した。
卒業式なんだからそれは不自然な行為ではなかったのだろうけど。
隣に座っていた友達に心配されるほど、しゃくりあげて泣いていた。
それは、彼女への恋心と、決別するための涙でもあったから。
桜の木の下で、彼女は、黒い筒を持った集団に囲まれていた。
意外と人気のある先生だったみたい。
なっちは、遠くから見つめるだけで、彼女に挨拶には行かなかった。
だって、こんな、ぐしょぐしょの汚い顔を見せるわけにはいかなか
ったから。
ちょっとでもしゃべってしまったら、泣いて縋りつきそうだったから。
センセイは、いつも「笑いなさい」と、言ってくれた。
だから、彼女には、そんな生徒もいたなと思ってもらえたらそれでいい。
ときどき、なっちの笑顔を思いだしてくれたらそれだけで・・・。
センセイは、いまも元気にしているのかな。
- 29 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:39
-
◇ ◇ ◇ ◇
最近、なんだか昔の話をすることが多くなってきたなー。
それは、「年を取った証拠だよー」と、ちいさな親友は茶化すけど。
確かに、そうなのかもしんない。
「そういえばさー、なっちって昔から、センセイに弱かったんだよねー。」
そう、告白すると、彼女はあからさまに眉を潜めた。
「ええー!! ちょ、ちょっと、オイラのゆうちゃんは、取んない
でよねー!」
「あはっ。それは、大丈夫だよー。だって、なっち、ゆうちゃんは、
ぜんぜんタイプじゃないもん。」
「むきーー!! なんか、それはそれで、ムカツクぅー!!」
彼女は、お猿さんのように、キーキー騒ぎ立てる。
そんな親友をよしよしと慰めながら、ケラケラと笑った。
彼女の顔は、いまはもう、おぼろげだ。
あんなに恋焦がれていたのに、現実なんてこんなものなのかと少し
だけ切なくなる。
- 30 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:40
-
センセイのことを思い出すとき、きまってアタマの中に浮かぶのは、
黒い服に、黒い髪。凛とした後姿。そして、やさしいピアノの音色だった。
辛く苦しい片思いだったけど、なっちは、一生懸命だったから。
だから、後悔はしていない。
- 31 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/05(月) 21:43
-
それから、次に新しい恋を見つけたのは。
満開の桜も綻びかけ、真新しい制服がようやく馴染んだころの。
北海道では、短い夏のはじまりの季節のことだった。
その人とは、生まれて初めて相思相愛の関係になった。
だけど、過去形。もう、なっちの前にはいない。
一生分の恋心を使い果たすような大恋愛だった。
今でも、あの人の顔を思い浮かべただけで、涙が止まらなくなる。
そして、この世から、消えてしまいたくなる。
あの人のことが好き。
いまも、大好き。
だけど、アタシは、酷いことをした。許されないことをしてしまった。
その人も、センセイだった。
そして、また、オンナの人だったんだ・・・。
- 32 名前:kai 投稿日:2004/07/05(月) 21:44
- 本日の更新はここまでです。
- 33 名前:kai 投稿日:2004/07/05(月) 21:47
-
>マコトさん・・半年。えっ、そんな経ってましたか・・・。
いったい、いつ終わるのーって感じだよ!(w
やぐちゅーは、もうしばらくのお待ちを。とびきりのエロを温存して
おりやす。w
>ゆちぃさん・・そうなんですよー。新スレには自分でもビックリw
そして、口ぽーかんの反応は、毎度うれしい限りですww
いま、私生活がズタボロなんで、暗い話がドンドン書けちゃうんです
よねー。(苦笑)
>10さん・・ありがとうございます。
やっぱり、初見のカップリングなんですねー。
それにはちょっと自信あったけど。(苦笑)
自分でもなんかうれしくて。それを愉しみと言われると無性にうれし
くなっちゃいます。
>11さん・・はまってると言われると、素直にうれしいな〜♪
それでは、毎回ドキドキさせられるようにと、日々精進してまい
ります。(笑)
- 34 名前:kai 投稿日:2004/07/05(月) 21:49
-
というわけで、どういうわけなのか、なかなかごっつぁんを登場させ
られないんですが・・・。(苦笑)
スレがたくさん余ってしまうのもなんなんで、ちょっとイロイロ膨ら
ましています。
また、ENDマークが遠のきますが、懲りずにチェックしていただけた
らうれしいです。
あぁ、大阪弁と横浜弁(?)の掛け合いが懐かしや。(苦笑)
あー、ハロモニ心理テスト。
やっぱ、矢口は裕ちゃんなんだなぁ〜とにんまりしちゃいました。
(山登りのやつです)
そんなときでも裕子の名前を書くアナタが好き☆
- 35 名前:ゆちぃ 投稿日:2004/07/05(月) 23:47
- おつかれさまです。
とーってもいいとこで止めましたねぇ・・・。
もう、ムキー!!!ってかんじですよ(w。
なっちの泣いてるシーンと同じところで、涙がでました。
まぁ、しばらく上を向いてて堪えちゃったんですけど(爆。
せつないよ!!!kai素敵です!!!
- 36 名前:マコト 投稿日:2004/07/07(水) 10:10
- 更新お疲れ様です!!
いいとこできらないで下さいよkaiさん!!
めっちゃきになります・・・。
安倍さん切ないっすねぇ、自分ももらい泣きしそうでしたよ。
ENDマークが遠のくのは全然OKです♪
とびっきりのエロも楽しみにしてますよ!!
- 37 名前:やぐちゅー中毒者セーラム 投稿日:2004/07/19(月) 01:11
- お疲れ様です。そしてお久しぶりです。イッキに読みました。
相変わらずの更新量にビックリです。これからもひっそりと見に来ます。
- 38 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 12:44
- 「……いいよねー、なっちは、悩み事とかなさそうでぇ。」
カランと涼しげな氷の音を響かせながら、彼女は、グラスに残るオレンジ色の液体を
一気に煽った。
生温かい微風が、頬をゆるやかに撫でさする。
さっきまで振り続けていた雨は、ようやくあがったようだ。
アタシは、彼女に気づかれないよう俯き加減に、「ふぅ」と嘆息してから、
そのままベットに両脚を投げだした。
悩み事という名の惚気話を延々と聞かされて、もう、ぐったりだ。
そんななっちの様子になんて気にも止めない目の前の恋する乙女は、『はぁ』と、
甘い溜息を込めながら、はるか遠くの方を見つめいた。
「はあぁ。いいなー。なっちが、うらやましいよ。」
おい、まだいうかい!
なにがいいっていうの? うらやましいって、人の気も知らないでずいぶん簡単に
言ってくれるよね。
そんなの心外だぞー、とばかりに見えない拳を握り締めるけど。
いつものように、なっちスマイルで「へへへっ」と、笑ってみせた。
最近、愛想笑いが巧くなったなぁ。
- 39 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 12:46
-
中学のときからずっと付き合っていた彼氏に困っているという親友のはなしを。
最初のうちは神妙に聞いていたのだけど。
そのうち聞いているのが、ばからしくなってきた。
最近、デートもそこそこに、たびたび家に誘われるのだという。
『彼が、カラダばかり求めてきて困るの…』と、口調は悩んでいるようでいて、
でも、その瞳はうるうる。ピンク色の頬は、しまりなく緩んでいた。
はあぁ…。
なんだよー、結局は、自慢したいだけなんじゃないかい!
そもそも、そんな悩みを相談する相手を間違っているっしょ!!
この世に悩み事のない人間なんているわけがない。
こんなアタシにだってね、一応、悩みゴトくらいあるよ。
あるにはあるけど……。
でも、なっちのそれは、とても、アナタのように気軽に口にできないような。。
もっとずっと重たいものなんだ…。
- 40 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 12:51
-
一年前のちょうど今頃の季節に、なっちに、生まれて初めてコイビトができた。
それと同時に、アタシのちいさな胸の中には、大きなヒミツが生まれたんだ。
好きな人ができたならば、すぐにでも紹介しあうような仲良し家族だったけど。
コイビトのことは、家族にも内緒にしていた。
家族にまでウソをつかなければいけないその状態は、ひどく心苦しい、辛いもの
だった。
それでも、この気持ちを抑えることなんて、できなくて。
恋は、キレイで、楽しいことばかりじゃないよ。
それ以上に苦しいことや辛いことがたくさん待っている。
そっちのほうが、はるかに多いんじゃないかって思うくらいだ。
そう身をもって教えてくれたアタシのコイビトの職業は、教師だった…。
そしてその人は、…一回り以上も年の離れたオンナの人だったんだ……。
◇ ◇ ◇ ◇
- 41 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 12:53
-
「ふへー。“レズ”が女子校なんてさ、なっち、ウハウハじゃんかぁ!」
クーラーのかび臭さの残るちいさな箱の一室で、隣に座るチビデビルが、ケケケと、
高笑いした。
チカチカと青い光を発しながら、目の前のモニターが、新曲情報を延々とスクロー
ルしている。
なっちは、それを横目にしながら、ナイフで胸を刺されたようなフリをした。
「……うっ。ちょ、“レズ”は止めてよー。なんか、グサッとくるっしょ!」
苦笑しながら、クッションの悪いソファに凭れ掛かる。
「えーー、だって、なっち、レズじゃんかー」
「そうゆー、ヤグチだって、レズじゃんかー」
彼女の声色を真似て唇を尖らすと、ふたりは、見つめ合って「プー」と噴出した。
今日も、カラオケボックスに来ていた。
- 42 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 12:55
- 一時期、友達のことなんてほっぽいて、自宅方向とは明らかに違う電車に乗って
どこかに出かけていた彼女は、わずか一週間足らずで、何も言わずにアタシたち
のもとへ戻ってきた。
それからしばらくは、ひどく落ち込んだ様子を見せていたこの友人を。
圭ちゃんは、あの人に、なにか言われたんじゃない? と、憶測してたけど。
ヤグチは、それでもまっすぐ帰るのがイヤなのか、こうして、たびたびに誘いを
かけてくる。
なっちもなっちで、日当たりは抜群だけど、この時期、蒸し風呂のようなあの
部屋に帰るのは、少しばかり躊躇われた。
それに、誰もいない部屋にひとりぼっちでいるのも、なんか、イヤだったし。
……妹の麻美は、いまごろ、渋谷でボーカルレッスンに励んでいる。
マンガ喫茶に、ゲームセンター。
たま〜に、お台場のお店を冷やかし半分歩くこともあるけど。
でも、たいていお決まりのコースは、いつものカラオケボックスだった。
繁華街の駅前から程近い行きつけのここは、いまどきこれ…と、言いたくなる
ような趣味の悪い内装が、
『なんか、昔のラブホみたいだね。』って、ヤグチは言うけど。
(…ていうか、行ったことあるんかい?)
- 43 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 12:59
- お店の女の子たちにちゃんとお給料払えてるの? って、こっちが心配したく
なっちゃうほどの安さが魅力で。
だからなのか、客層はほとんど学生のようだった。
隣の部屋から洩れてくる聞き覚えのあるCMソングに耳を傾けながら、ブクブクと
グラスの中に泡を作った。
『一度でいいから、手を繋いで遊園地を歩きたかった』
あの頃の気持ちをそう口にしたとき、隣に座るちいさな友人は、驚いたように
長い睫毛を何度も瞬いてから。
「うんうん。判るよ。それ。」
と、アーモンド形の眼をウルウルと滲ませて、アタシの手をギュッと握り締め
てきた。
…そんなこと。
フツーの恋人同士からしたらば、「はぁ?」とか言いたくなっちゃうような他愛も
ない話だろう。
だけど、アタシたちに取ってそれは、七夕には短冊を作っちゃうような。
神様に必死で手を合わせたくなっちゃうような。
それくらいの切実なものなんだ……。
- 44 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:02
-
『センセイ』と、付き合うということは、そういうことだった。
人目ばかりを気にして、デートらしいデートなんて出来やしない。
ドラマの主人公のようだと喜んでいられたのは、せいぜい最初の一月くらいな
ものだった。
恋が実った至福と同時に、重たい十字架を否応なく背負わされる。
ずっしりと細い肩にかかったそれは、まだほんの子供でしかなかったアタシには、
酷なものだった。
それでも、なっちは、彼女のことが好きで好きで大好きで。
だから、そんなことにも、ひたすら我慢していた。
あの頃のことを思い出すのは、辛いことのほうが多すぎて胸がひどく苦しくなる。
まだぜんぜん癒えてないよ。
なっちのココロの上に、やっとできた瘡蓋を無理矢理剥がすようなものなのかも
しれないと思うんだ。
剥がした瘡蓋の痕からは、いったい何色の血が出るのだろうと思うと身がすくむ
けど。
アタシはヤグチに彼女とのことを話すことにした。
いま、ヤグチも、あの頃のなっちと同じように苦しんでいるのが判るから。
……いや、ヤグチは、どこかそんな境遇を愉しんでいるようにもみえるけどね。
- 45 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:07
-
ヤグチはなっちの恩人なんだ。
だからヤグチには、なっちのような思いをしてほしくない。
ゆうちゃんと、ずっとシアワセになってほしい。
ヤグチに出遭えたことに、すごく感謝してる。
だって、なっちはいま、こんなに楽に息をしていられることを感じれるから。
ウソで作られた笑顔のはずが、いつのまにか本物になっていることに最近、気づいた。
これもみんな、ヤグチのおかげなんだよ?
ずっと、なっちのココロの奥底に閉まっといたものを、すべて吐き出すように
ゆっくりと言葉を紡いでいった。
ちいさな友人は、ときどきこんなふうに冗談を交えながら、それでも親身に、
耳を傾けてくれたんだ…。
『ここに来る前にいた室蘭の高校も、岡女並のマンモス女子高だった…。』
そう口にしたら、彼女がからかうように言ってきた。
「ウハウハ」って、なんかオジサンみたいでヤダなぁ。
てか、久しぶりに聞いたぞ、それ。(笑)
でもね、ヤグチ。
なっちは、そんな理由であの高校を受けたわけじゃなかったよ?
全然、そんなんじゃなかった。
中学のときの片思いで懲りたわけでは、なかったけれど。
もしも、男の子と付合えるのならば、なっちだって、そのほうがいいって思って
いた。
周りの友達と同じように。
フツーに男の子と恋をして。フツーに結婚をして。子供を生んで。フツーに老後を
迎えて一生を終えることを、しあわせっていうんだって。
いや、どんなものが、『フツー』の人生なのかは、よくは判らなかったけど。
それでも、お父さんやお母さんたちのように、年を取っても仲良しで、ウチ
みたいに賑やかな家庭が築ければ、そんな穏やかな人生を送れればいいなと、
なっちは、小さい頃からずっとそう思っていたんだ。
だから、第一志望校は、共学校にしていた。
- 46 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:09
-
だけど、残念ながら本命の受験には失敗してしまった。
かろうじて引っかかったのは、室蘭にある私立の女子高だった。
そこで、アタシはあの人と出会ってしまった。
なっちの人生が180度変わってしまったと言ったら大げさかな。
彼女と出逢ったあの高校での数ヶ月間を、一生忘れることはないだろう。
なっちは短い時間だったけど、そこで、一生懸命恋していた。
瞼をそっと閉じると、彼女の少ししゃがれた甘い声が、耳の奥にこだまする。
警笛の音。汗の匂い。まだ、カラダに染み付いている。
自然と、指先が震えてくるのがわかった。
『逢いたい』
はっきりと、気持ちが、そう自覚する。
自分を抱きしめるように手をクロスして、キリリと唇を噛み締めた。
逢いたいよ…。ねぇ、センセイ……いま、どこにいるの…?
◇ ◇ ◇ ◇
- 47 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:12
-
アタシが、4月から通いはじめた高校は、家から自転車で40分くらいのところに
ある私立の女子高だった。
去年モデルチェンジしたばかりのブレザーは、紺色の生地の胸元には、やたらと
誇張された校章のエンブレムが施されていて。
赤いチェック柄のシャツに、小豆色のネクタイを合わせる。
そんな、とても可愛くて、おしゃれな制服だった。
なんとかっていう有名なデザイナーさんがデザインしたとかって、このへんの
女の子たちには、すっかり羨望の的にになっていたんだ。
家の近くからもバスが通っていたのだけど。
入学祝いにお父さんに買ってもらった赤い自転車がうれしくて。
なっちは、雨と雪の日以外は、もっぱら自転車通学というスタンスを一年間
ずっと通していた。
…と、言っても、後半は、ほとんどバス通だったけど。
4月とはいえ、まだまだ春は遠い。
東京に比べると、北海道の桜の開花は一ヶ月以上も遅いようだった。
- 48 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:16
-
一学年は、なんと12クラスもあるマンモス校で。
クラスには、中学のときに知る顔ぶれはひとりもいなかった。
グランドは3面もあって。おまけに、体育館は大・中・小の3つもあるような、
一学年2クラスしかなかった中学校に通っていたなっちとしては、かなりビック
リな高校だったんだ。
大きめな体育館が、ゾロゾロと人で溢れかえる。
しかもそれは見事に、オンナ、オンナ、オンナばっかりで。(当たり前だけど…)
同じ制服を身に纏った人波に、なっちは、すっかり唖然となっていた。
生まれて初めてこんなにたくさんの女の子をみた。
女子高ってスゴイなぁ。まさに、圧倒。
あちこちから広がるフローラルな香りにすっかり酔いしれながら、センセイの
号令に従って、腰に手を当てた。
…そう。
なっちとヤグチにはこんな共通点もあったんだ。
なっちは、ちいさな頃からずっとチビで。前習えのとき、手を伸ばしたことが
一度もない。
聞けば、ヤグチもずっとそうだったらしく。なっちは、初めてヤグチを見たとき
自分よりもこんなに小さい子がいたなんて、ビックリしたのと同時にすごく
うれしかったんだ。
室蘭の高校は、整列のときはたしか、名前の順だったはずなのだけど、それでも、
安倍の「あ」だったから、やっぱり先頭で。
だから、なっちは岡女に来てはじめて、ヤグチのおかげで、手を伸ばすことが
出来たんだ。
これを言うと彼女は、すぐにむくれちゃうんだけどね…。(笑)
- 49 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:19
-
それから、どこの学校でもかったる〜い校長先生の話のあと、新任のセンセイが
紹介された。
だけど、なっちの記憶のなかには、この時のものがまったくといっていいほど
残っていない。
たしかに、あの人が教壇に立って、自己紹介したはずなのに……。
そうなんだ。
中学のときの恋心が、ジェットコースターのような瞬発的ものだったのに比べれば、
彼女への恋は、トロッコ列車のように、ひどくゆったりとしたものだった…。
だから、のんびり屋のなっちは、自分の気持ちをなかなか気がつくことができなかっ
た。
…それなのに、ここまで大恋愛に発展しちゃうんだから、恋とは不思議なもん
だよねぇ。
彼女を好きになったきっかけもひどく曖昧だった…。
もともと、センセイはかなりきつい性格で。
「怒るとチョー怖い先生」って、みんなにはかなり恐れられた存在だった。
なっち自身も何度となく怒鳴られたこともあったし。そういう感情を持って
いたことも否定できない。
だけど、「ほんとうはやさしい人なんだ」って、なっちは、ずっと思っていた。
そう思いあったった根拠はいくつかあった。
- 50 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:22
- なっちは、ちいさい頃からスポーツが苦手で、スポーツ万能の妹の麻美とは対照
的に、体育の通信簿は、いっつも『アヒル』が泳いでいた。
特に、大の苦手だったのが持久走。
今日は、マラソンがあるのかと思うだけで、朝ご飯も喉を通らなくらい憂鬱な
もので。
それでも、逃げるほどの勇気は持っておらず。イヤイヤながらも授業には出ていた。
その日も、なっちは、いつものように一番最後尾をちんたらと走っていた。
自分では、がんばっているつもりだけど、息はあがるし、脚は思うように動いて
はくれない。
終いには一周遅れでトップのコに追い抜かさて、ドンドンドンドン抜かされて
いくしで、「もうヤダー」って、半泣きになったとき、センセイは、なにも言わ
ずにアタシの横にきて一緒に走ってくれた。
そして、息も切れ切れにゴールラインを踏みしめると、あまり人には見せない
満面の笑顔で「がんばったな」と、ボソリと言って、髪をポンと撫でてくれたんだ。
クラスマッチでバレーに出場することになったときも、そんなことがあった。
みんなに迷惑が掛からないよう。せめて、サーブくらいはきちんと入れられる
ようにと放課後に一人残って苦手なサーブの練習にせっせと勤しんでいると、
いつのまにかセンセイが隣にいて、打ち方とか、基本動作を延々と遅くまで
指導してくれた。
そういえば、センセイは気配を隠すのがうまいんだ。
いつのまにかそこにいて、気づいたら「うわっ」なんてことも多かったな…。
- 51 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:24
-
試合の当日は、なっちはあまり出番はなかったのだけど。それでも、ちょこっと
だけ出させてもらったとき、練習の成果もあってか、なんとか敵地にサーブを
入れられることができた。
彼女は審判のくせして、すっかり笛を鳴らすのも忘れてしまうくらい手放しで
いっぱい喜んでくれたんだ…。
それでも、その頃はまだ、アタシのなかで彼女の存在は、意外と面倒見のいい
先生なんだなー、という印象でしかなかった。
だって、褒められることなんて稀で、怒られることのほうが断然多かったし。
彼女に、そうされているのは、なっちだけではなかったというのも大きい。
そう、センセイは、いい加減な態度を示す生徒にはすごく厳しいけれど、反面、
がんばっている生徒には、必ず褒めてくれるところがあった。
そんなこんなで、彼女への恋心をまったく自覚せぬまま。
決定的なあの日がきたんだ。
- 52 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:27
- その週の体育は、『創作ダンス』というのがテーマだった。
数人のグループを作って、自分達の選んだ曲で、自分達で考えたダンスを披露
するというはじめての授業で。
なっちは、ダンスなんてしたことがなかったし、ようやく苦手な陸上の授業が
終わってホッとしていたところだったのだけど。
彼女は一通りザッと説明したあと、「じゃ、見本ね」と言って、ひとりで踊り
はじめたんだ。
あまり聞き覚えのない洋楽のリズムが狭い体育館を響かせる。
軽快な曲に合わせて、舞台を所狭しと動きまわる。
さっきまでザワザワしていたちいさめな第二体育館は、シーンと静まり返っていた。
(…なんか、鳥、みたい………)
しなやかな指先、やわらかな肢体。流れるように動くその様子にすっかり魅せ
られた。
踊りがすごいだけじゃない。表情も雰囲気も。
すべてが、彼女への羨望の視線を引き付けて離させないでいる。
みんなが口をポカンと開けながら、そんな彼女の姿にすっかり釘付けになっていた。
- 53 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:30
-
曲が終わると、爪先立ちしたセンセイは、小さい頃にお父さんに連れられて見に
行ったミュージカルのカーテンコールでみたときと同じように、アタシたちの
ほうに向かって、大仰に手を振りかざしながら、一礼する。
その瞬間、割れるような喝采が起きた。
「チョー、すごーい!!」
「夏センセー、カッコいい!!!」
飛び交う黄色い声の賛辞に、彼女は、シニカルに唇を曲げた。
日に焼けた褐色の肌が、色褪せた紺色のポロシャツにピタリと張り付いて。
キラキラと宝石のような汗の玉が、細い首筋に滴り落ちた。
化粧気のない、とても美人とは言いがたいセンセイだけど、それでも、なっちの
ちいさな胸は激しく鼓動を立てていた。
(うっ、………カッコいい…。)
ゴクンと喉がなった。
あぁ、ヤバイっしょ。ヤバイっしょ。こんなの見せられたら…。
なんども、ココロのなかでかぶりを振るけど、一度、感じてしまったこの気持ちを
もう止められそうにはなかった。
ドキドキは、さらに激しくなり、胸の奥が甘く疼きはじめる。
アタシの瞳のなかは、きっと昔の漫画みたいに、ハートマークが浮かんでいるの
だろう。
隣で拍手を送る友人たちとは、あきらかにチガウ感情を、そのとき、なっちは持ち合わせ
ていた。
- 54 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:37
- そんな自分のココロの動きに、自分が一番ビックリしていた。
だって、褒められることよりも、むしろ怒られた回数のほうが遥かに多いセン
セイだよ。
昔のアタシだったら、なるだけ係わり合いのないよう避けていたタイプだぞ。
だけど、なっちは、どうしても彼女がことが気になって気になってしかたが
なくって。
その気持ちに気づいたときには、すでに後戻りができない状況になっていた。
人は、自分にはないものを求めるという。
たしかに、そうなのかもしれないと、彼女への恋心を自覚してみて改めて思った。
なっちには、そなわない強靭な力強さや、やさしさを持つオトナな部分に、強く
魅かれる。
なっちは、一人じゃ札幌の繁華街にもいけないようなところがあるけれど。
彼女は、危険なニューヨークにでも、いや、アフリカのサバンナへでさえ、
リュック一つで平気で行ってしまいそうな。そんな感じがあった。
一度この気持ちに気づいてしまったら、あとは、流れに身を任すしかなかった。
ゲンキンななっちは、あれだけ苦手意識を持っていた体育の授業が待ち遠しくなり。
彼女に一声掛けてもらえるのが、愉しみになっていた。
センセイのことを意識すればするほど、彼女の一挙一投足が気になりはじめ、
センセイに気楽に声を掛ける生徒のことが疎ましく思えた。
授業のない日は、一日がひどく憂鬱で。
そう、他の教科と違って、体育は、教室を使わないため、センセイに偶然に
廊下で出会う確立なんて、極端に低い。
だから、用もないのに、職員室の前を行ったり来たりしてみたり。
席が窓際だったおかげで、授業中、コッソリ盗み見ていたりしていた。
そして、なっちは、好きな人の情報をひたすらかき集めたんだ。
- 55 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:40
-
1962年生まれ。
神奈川県出身。高校のときにイギリスに留学して、そこで、ダンスに目覚める。
それから、大学では自らサークルを作って、公演活動なんかしていた。
ニューヨークの有名なバレエ団に3年在籍したけど、怪我をしてやめ、その後、
日本に戻って大学時代になんとなく取得していた教師免許で、この道を選んだのだという。
動物占いは、ライオン。
あ、なっちといっしょだ。こんな些細なことが、無性にうれしい。
だけど、どんなに彼女のことばかり想っていても、最後に行き当たるのはまたし
ても分厚い壁だった。
中学のときに、さんざん懲りたはずなのに、なっちは、ちっとも学習していない。
どんなに好きになっても、告白なんてできやしないのにね。
早く諦めてしまわなければいけないというのは判っている。
アタマでは、判っているけど、そう簡単に、気持ちを切り離すことなんてでき
ないよ。
前よりも、もっといろいろな話をするようになってくると、そんな彼女のことを
知るたびに、ますます気持ちは、いけない方向に向かっていった。
卒業の日までには、あまりにも長すぎるよ。
だって、入学したばっかりだ。
あのときと同じように、このあと3年間もまた、あの辛い日々を続けなければ
いけないのかと思うと、ゾッとするのと同時に、目の前が真っ暗になった。
- 56 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:45
- どうして、女の人なの?
どうして、自分はいつも実らない恋ばかりを選ぶのだろう。
なっちは、こうして一生片思いを続けながら、ひとりぼっちで生きていかなくちゃ
いけないのかな。
誰にも吐き出せないフラストレーションが、日に日に溜っていくのを感じた。
そして、終いには。
なっちが、男の子だったらよかったんだ。
どうして、女の子になんか生まれちゃったんだよぉ。
そんな両親が聞いたら、悲しむようなことまで考えるようになっていた。
そんなどうにもならないようなことを卑下しはじめていたころ、なにげなく
トイレの中で聞いた噂話に、なっちは、耳を疑った。
『ねぇねぇ、知ってる〜? 夏センセが、レズなんだってはなし……』
『…ウ、ウソぉ〜〜〜!!!!』
(!!…えっ。えっっ?!………)
- 57 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 13:54
-
顔の見えない軽蔑の色を含むその声音に、ズキリと胸の奥が疼いた。
自分が、あまり人にはいえない人種なんだってことに、うすうす気づいていた。
もう、だいぶ前から、ドキドキする相手は、いつも同性だった。
初めてレコードを買った歌手もそうだし、初めて恋をした相手もオンナの先生だ。
カップルが街を歩いていれば、視線を止めるのはいつも女の人のほうなのも…。
そして、男の人には、なんの魅力も感じないことをなんとなくだけど感じていた。
だけど、なっちはそんな自分のことを認めるのが、すごく怖くて…
そう、なっちは、ドアの向こうの見知らぬ彼女の言った特殊な枠組みに、当て
はまる人間だったんだ…。
彼女に言われて、改めて気づいた。
そして、そのこと以上に、なっちの想いの人もそうなのかもしれないという
淡い期待のほうが、大きく鼓動を高鳴らせた。
もしも、センセイが…そうならば、なっちのこの気持ちを受け止てくれるかも
しれない。
オトコのコじゃなくてもいいの?
真っ暗闇だった視界の中に、一筋の希望の光がみえた。
なにかに、ドンと、背中を押されるように後押しされた気がした。
なっちは、慌ててパンツを上げて、出掛かっていた尿意のことなどすっかり
忘れて、夢中で廊下に飛び出した。
- 58 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/07/27(火) 14:01
-
好きなものは、好き。
欲しいものを、どうしていつも諦めなくちゃいけないの?
諦めたくなんてないよ。絶対に。
なっちだって、しあわせになりたい。
体育の授業では決して見せないくらいの猛スピードで、長い廊下をひたすら駆け
抜けた。
途中、バケツを転がしてものすごい音がしたけど、怒鳴る先生の声に、ごめんなさ
いと、ココロの中で呟いて、両手を合わせた。
なんだか、背中に羽を背負ってるみたいにカラダが軽かった。
ねぇ、言ってもいいの?
もう、我慢しなくてもいいの?
アタシは、アナタに、“好きだ”って、…伝えてもいいんですか……?
- 59 名前:kai 投稿日:2004/07/27(火) 14:07
- というわけで久しぶりの更新でした。
意外に難しいなっち視点に、悪戦苦闘しているわけなんですが。(苦笑)
回想くらいに留めとこうと思っていた夏センセイとのお話を、ちょこっと
加筆しております。珍しげに読んでいただけたら幸いです。w
あれ、辻加護ちゃんの卒業には、終わらせているはずの予定だったのにな…。
というわけで、飯田さんの頃までにはなんとか。<オイ
- 60 名前:kai 投稿日:2004/07/27(火) 14:21
- レスありがとうございます。
>ゆちぃさん…変なところで止めてしまったのに、こんなにお待たせしまして
申し訳ないですぅ。(反省)
ナツ×なち(?)は、どうも切な系になってしまうようです。
逆に、ごまなちは、アホなんですけどね。w
今度こそ涙してもらえるように、ガンバロー。(笑)
>マコトさん…かなりの加筆気味で、ENDが見えない状況なんですよー。(汗
でも、初めての試みはすごく新鮮で、マコトさんにも喜んでもらえたらなと
思ってます。うっ、…エロか、…早くあげたいよ〜。ww
>やぐちゅー中毒者セーラムさん…お久しぶりでございます。
更新量だけが自慢のスレでありますが、読んでいただいて光栄です。
これからも、ひっそりと覗いてやってください。(ぺこ)
- 61 名前:kai 投稿日:2004/07/27(火) 14:28
- ほぉ、そうか、そうか。
初花火を裕ちゃんと二人でみたのか。<7/25ラジオにて。
…なんだか、いろいろと妄想が膨らんでしまいます。(笑)
やっぱ、やぐちゅーはいいなぁ〜♪<しみじみと。
- 62 名前:ゆちぃ 投稿日:2004/07/28(水) 03:06
- 今回もおつかれさまでした。
なんなんでしょう・・・・本当に好みです!!!(爆。
せつないかんじがたまらなく好きなので、
ナツ×なちはビンゴです(w。
なっち、走って彼女の元に行ったんですよね・・・?
この先がすっごい楽しみです。
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/30(金) 00:16
- なっちには幸せになって欲しいな〜と思いつつ
なっちは切ないのがよく似合う…
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/01(日) 13:48
- うわさだけで突っ走っちゃって大丈夫なのかと…
ひょっとして、おっちょこちょいですか?(w
- 65 名前:マコト 投稿日:2004/08/03(火) 21:08
- 更新お疲れ様です!!
安倍さん今回も切ないですね…
この先ナツ先生とどうなって行くのか楽しみにしてます!!
>初めての試みはすごく新鮮で、マコトさんにも喜んでもらえたらなと
思ってます
はい、めっちゃ喜んでます(笑)矢口さんもいいけど安倍さんも・・・(w
ENDマークはどんどん、どんどん延ばしちゃってください。
ではでは、次回更新もお待ちしています!
- 66 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 12:42
- じっとしているだけで、じとりと不快な汗が頬を伝う。
今日の気温はこの夏、最高記録なんだって、今朝、お天気お姉さんがいってた。
なんか、毎日のように、そう言っている気もするけど…。
「はあぁん。んあー、もう、東京のこの暑さだけはどーしても慣れないよー。」
机に両手を突っ伏しながら、そう嘆いたら。
「てか、アタシらだって体験したことない暑さだよ。」圭ちゃんが、苦笑いし
ながら、下敷きでパタパタと仰いでくれた。
生温かい空気がフワリと漂う。
はあぁ。そうなの?
したら、毎年毎年暑くなってるって言うのかい?
もう、こんなんでこの先、地球はだいじょうぶなのかなー。
そんな大規模なことを考えてみる。
あれだけ鬱陶しいと思っていた雨が恋しいだなんて思うなっちは、勝手なもの
だよね。
てか、このくそ暑ぃ〜のに、アタシったらなにをやってんだかって…。
「お〜い、矢口ー! もう、用意できたよ〜!!」
「……あっ、ちょっ、シー。なっち、シー!!」
包丁を持ったまま振り返ると、つやつやの唇の上に人差し指を当てている彼女が
いた。
そして、その腕の中には…。
◇ ◇ ◇ ◇
- 67 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 12:51
-
今日は、土曜日。
ヒーヒー言いながら、(いや、ほんとに…) この暑い最中、午前中
だけ授業を受けて、買い物袋を提げながら、矢口と連れ立って帰宅した。
妹の麻美はいつものように、学校からそのまま渋谷のスタジオに通っ
ている。
なっちは、最近、アルバイトを始めたんだ。
月・水・金の午後6時から9時までの3時間と。
土曜日は、お昼から午後の9時までの9時間。
ここのアパートの大家さんの娘さんのベビーシッターがおもな仕事。
いや、大家さんと言ったって、ウチらとそんなに変わらない22歳
なんだけどね。
彼女――彩っぺは、なっちのお母さんの5人姉妹の一番下の年の離れた
妹。つまりは、なっちの叔母さんってわけ。
小さい頃は、わりと近くに住んでいて、3人ともよく遊んでもらってた。
だから、叔母さんというよりは、お姉ちゃんに近い感じかな。
彼女は、高校卒業と同時に上京して、デザイン学校に通いはじめた
のだけど。それからすぐに出来ちゃった結婚したって聞いたときは
ホント、ビックリだった。
一年間、休学していた学校に、復学したばかりだ。
彩っぺがいなかったら、なっちは、東京になんて怖くて出られなか
ったかもしれない。
彼女は、こっちでの親代わりであると同時に、なっちの良き理解者
でもある…。
シッター代は、そんなに高くないけど。
アタシは、この仕事を気に入っている。
- 68 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:01
- 「ごめんごめん。寝た?」
「…うん。ようやくね。」
「ふぅ」と汗を拭うフリをして。
彼女のピンク色の爪先が、ぷくぷくしたほっぺをツンツンする。
腕の中のちいさな子は、「クピー」と安らかな寝息を立てながら眠っ
ていた。
起きている間は、片時も目が離せないで怪獣みたいだなって思って
たけど。
こうして見ると天使みたいに可愛いっ♪
アタシは、矢口からそっとその子を預かると、シングルベットの上
へ沈ませた。
「大丈夫かなぁ? 落っこちたりとかしないの?」
「平気だよ。このコ、寝相いいみたい。あんまり寝返りとか打たないし。」
「ふ〜ん。」
ずっと抱いていたせいか、矢口は、少し寂しそうな目をしながら、
じっとベットの上を見つめている。
「…ていうか、ほら、準備できたよ!」
「あぁ、うん♪」
今日の午後は、料理教室だ。
講師は、なっち。生徒は、矢口。
彼女は準備万端にプーさんの可愛らしいエプロンなんか着けながら、
「よっし!」と胸の上で握りこぶしを作った。
- 69 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:03
-
こんな格好で、こんな可愛い女の子に手料理食べさせられるのならば、
どんな料理出されたって男の子は堪らないだろうに。
…と頬を緩ませて、はたと思い直した。
そうだよ。
矢口のコイビトは男の子じゃなかったっけ。
よく知っているその人の顔を思い浮かべて矢口にバレないように
「くくくっ」と苦笑する。
さっきの授業で、さんざんなっちを困らせてくれた数学教師のニヤケ
顔が、なんとなく想像できたから。
いつもは、キリリと整えた目尻を下げる姿が…
「なになになに?」
目の前のテーブルに置かれた食材を見ながら彼女は、ランランと瞳を
輝かせた。
実は矢口は、お父さんと二人暮しをしていて、自炊は手馴れたもの
らしいのだけど。
そんな庶民的な味じゃなく、「コイビトも、あっと、驚かすメニューを
考えて!」という催促のもと、なっち先生は、こうして献立を考えた。
- 70 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:06
- 「まずは、揚げ出し豆腐に、冬瓜のさっぱりスープでしょ。メインは、
スパニッシュオムレツなんて、どう?」
「うっ…。なんかチョー難しそうだけど、オイラに作れるかな?」
「ていうか、チョー簡単だよ。あー、なんとなくお酒のおつまみみ
たいになっちゃうけどさ。でも、裕ちゃんなら、こんな感じかと思って。」
「うんうん。だね。」
外でなら結構食べられそうだけど、あんまり家では作らないようなもの。
そんなに懲りすぎず、でも、見た目は華やかで。しかも、簡単に出来ちゃ
う料理。
なっちの声を矢口は、逐一、ルーズリーフに書き留める。
授業中には決して見せないその真剣な表情をみて、自然と目尻も下がっ
ちゃう。
好きな人のために一生懸命になる姿は、どんな女の子でも可愛い。
普段があんなだからなのか、そんな親友をギュっと抱きしめたくなるよ。
- 71 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:08
- 「…なっち?」
「あ、あぁ、ごめん。豆腐は絹ごしじゃなくて、木綿のがいいかな。
あ、ほら、ちゃんと水切らないとー。揚げたとき玉になっちゃって
大変だよ。余分な粉はパタパタ叩くー。…そっと入れてね。お箸で
サイコロみたいに転がすように。でないと、中で固まっちゃうんだ。」
「うんうん。」
あちぃ〜な。
さすがに揚げ物は。換気扇を回した。
「これが終わったらオムレツの中に入れるジャガイモを揚げるよ。
あ、ジャガイモたくさん送って来たから、少し持ってきなよ。」
「わー。ありがと。」
隣のコンロでは、冬瓜がグツグツと煮込まれている。
実家のそれに比べると、ミニチュアみたいなキッチン。
チビ同士のウチらでも、さすがに二人でいるには狭い。
汗が顎を伝っていくのをTシャツの袖で拭った。
- 72 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:10
- 30分くらいで3品すべてが出揃った。
もう一品くらい増やしてみても良さそうだったけど。
素人には、これくらいのほうがちょうどいいだろう。
殺風景なテーブルにランチョンマットを敷いて並べると、うん。
見た目にもいいんでないかい?
「どう?」
「すげぇ。わー、絶対、ゆうちゃん喜びそうだよ。さっすが、
なっち、ありがとー!」
ギュって抱きつかれた。
無防備な笑顔がなんか、仔犬みたい。
もう、ベットの支柱が背中に当たって痛いってー。ああっ!!
「わわっ!…矢口っ、赤ちゃん起きちゃうってばっ、矢口!!」
ちいさなカラダを慌てて離すと、同時に振り返って肩をあげる。
「はあぁぁ…」
「はあぁぁ…」
あぶないあぶない。もう!
二人は見つめ合って「プー」と、噴出した。
- 73 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:13
-
それから、試食タイムが始まったんだ。
「これって、冬瓜? オイラ初めて食べるけど・・・・おっ、ウマイ。」
「結構、あっさり目っしょ? 裕ちゃん関西人だから、薄味のほうが
いいかと思って。」
「うん。揚げ出しも・・・あひ、あひひいひっ。」
「もう、ゆっくり食べなよー。…あんかけってさー、なんかちょっと
食欲そそるものないかい? 矢口、“あん”は、弱火でコトコトだよ。
煮詰めすぎたら絶対ダメだからね。」
「うん。うまっ。」
ホント、犬だなー。(笑)
「あ、そうだ。グリンピースとか散らすと、いいっかも?」
「えーっ、オイラ、グリンピースきら〜い。」
「んじゃ、カイワレとか? なんでもいいから。緑のチラッと置く
といいよ。」
「おっけー。」
親指と人差し指で丸を作った。
「うわっ、これもウマイは。オムレツに揚げジャガってサイコー。
なに、なっちって、なんなの? 天才? なんでこんなに料理上手なの?」
そんな矢口の声に、「ふふっ」と口の端を上げながら、アタシはまた
センセイの顔を思い浮かべていた。
- 74 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:14
- なっちが料理上手になれたのならば、きっと、あの人のおかげだから。
アタシの料理を「おいしいおいしい」と食べてくれたコイビトの顔が
蘇る。
なっちは立ち上がって、冷凍庫から、昨日、作り置きしておいた
オレンジのシャーベットをデザートに出した。
涙が零れそうになるのを堪えるように、矢口に笑いかける。
「で、明日は、どっか行くの?」
「ん〜?」
彼女は先週の日曜日、静岡のほうまでドライブしてきたらしい。
高速インター近くの遊園地を満喫してきたと笑ってた。
なにもそんな遠くまでいかなくても遊園地なら東京にもたくさんある
のにね…。
矢口は、そんなこと気にも留めていないみたいだ。
- 75 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:17
-
「てか、車ってスゴイよねー。そ−いえばオイラ、車持っている人と
付き合ったことなかったから。結構、新鮮だったなー。ゆうちゃん、
チョースピード狂で、怖いけどさー。(笑)」
「あはっ。そんな感じだね。」
なんか、目に浮かぶよ。
「オイラ、静岡とかってチョー遠いとこって思ってたんだけど、でも、
高速で行けば、一時間くらいで行っちゃうの。んま、スピードがあぁ
だったからなのかもしんないんだけどね。」
アイスをペロンと一舐めしながら、ふふっと笑う。
「なんかさ、思ったよ。ウチらは、みんなみたいなデートは出来ないけ
ど。でも、出来ないなら出来ないなりに、楽しいことを探せればいい
んだな、って。…ねぇ、なっちぃ、箱根って、すっごい遠いとこって
感じしない?」
箱根?…って、あのよくテレビとかで紹介されるところっしょ?
「…う、うん。」
「オイラもなんだけどね。でも、表示みたら、チョ―近くてビックリ
しちゃったよ!」
矢口は、夏休みに温泉に行く約束をしたそうだ。
夏に温泉なんて…って思ったけど、うれしそうな顔をみてたら、
言葉も消えちゃうよ。
- 76 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:21
-
「ねーねー。見てみてみてみてーー。」
彼女は、引き寄せたカバンから、大事そうに封筒にいれた紙をなっち
の前に差し出す。
「じゃじゃーん♪」
「へ〜。ゆうちゃん、意外とジーパン似合う〜♪」
いつもは、ビシッとスーツ姿しか見たことなかったから。
「ふへっ? あぁ、うん。…あの人、普段はいっつもこんな感じだよ?」
矢口の口から洩れた声に、少しだけ驚いた。
「あの人」だってさ…。
そこには、ジーンズとTシャツといったラフな格好をした二人が映って
いた。
なんか、初めて二人がホントに恋人同士なんだってて目の辺りにした
気分だよ。
顔をくっつけるように撮られたプリクラの上には、『アホゆうこ』と
『ちび矢口』と白いペンで書きなぐられている。
二人の仲の良ささが見て取れて、なんとなくうれしくなる。
矢口の頬は、さっきから締まりなくデレっと緩みっぱなしだった。
「それがさー、聞いてよなっちぃー!!」
「んっ?」
赤ちゃんの様子を気にしながら、首を傾けた。
「ゆうちゃんたらね、全身撮れるプリクラのこと知んなかったんだよー。
文字書くときにもいちいち「ほー」とか、「ふへー」って驚いてさー。」
「あはっ。」
- 77 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:23
-
最近のプリクラはすごいんだ。いろんなことが出来ちゃうんだから。
カラーのバリエーションも豊富だし。
プリントもチョーキレイ。毛穴まで映っちゃいそうで怖いくらいだよ。
それに、東京には、プリクラ専門のゲーセンとかあって、なっちは
それにもビックリだった。
あぁ、これも、年の差のせいなのかな。
そんなふうに思いながら、そしてまた、センセイの顔がちらついてきた。
それから矢口は、その日のデートの詳細を詳しく語り始めた。
なっちは、寝息を立てるたびに膨らむ赤ちゃんのお腹をトントンし
ながら、そんな彼女の楽しい話に耳を傾ける。
センセイは休みの日はあんまり外に出歩かない人だった。
意外に読書家で、なっちもその横で、本を読んだりするのが好きだった。
彼女と同じ場所で同じ空気を吸っていられるだけで、なっちはシアワセ
だったんだ。
- 78 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:27
- そういえば、一度だけ水族館に連れていってもらったことがあった。
なっちは、すっごく楽しみで、前の日なんて知恵熱出しちゃったく
らいだった。
小学校の遠足の前の日にも、そういう状態になったことを思い出して、
全然成長してないなーって、一人で苦笑したっけ。
その日のことは、いまでも鮮明に覚えてるよ。
彼女の服装も、お昼ご飯をなに食べたのかも。イルカのショーみて
二人で大はしゃぎしたことも。
そうそう、センセイが帰りに、「なんかお刺身食べたくなった」って
言ったことにお腹を抱えて笑ったことも…。
なっちはそんな、彼女との休日には特に不満もなかったし、デート
なんてはじめから出来ないものだと諦めていたけど、こうしていま
矢口の話を聞いてみると、なっちも、もっといろいろ出掛けていれ
ば、少しくらい我侭を言っちゃってもよかったのかなってちょっぴり
思った…。
だって、唯一の二人の思い出の場所が水族館だけなんて、ちょっと
淋しすぎるよ。
「ねぇ、ねえ、なっちぃ。なっちのはないの〜?」
「へっ?」
「オイラ、なっちのセンセイの顔みてみたいんだけどー。」
矢口のこういうとこはスゴイと思う。
フツウなら遠慮して言えないところだ。
そんな親友の姿に惚れ惚れしながら、コクンと頷いてみせた。
- 79 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:30
-
「うん♪ あるよ。なっちのも。」
カバンから携帯を取り出して引っくり返すと、バッテリーの部分を
「パカッ」と、外した。
久しぶりに見た彼女の顔に、胸がギューって苦しくなった。
セピア色なのは、指定したわけじゃなく、時がそうさせただけ…。
バーコードの上には、二人で撮ったちいさなプリクラが張られていた。
…そう、たぶん、ゆうちゃんが知っているであろう、あの頃のプリクラ
だ。
たった一度だけ撮った写真。
これだって、嫌がるセンセイに、無理矢理頼み込んだんだ。
「センセイ、写真キライだからさー、なっちが、持ってるのって、
これ一枚だけなんだよ。」
「ふ〜ん。…あ、でもなんか、想像してたのと全然チガウ!!」
『全然』のところを、やたら力を込めて言うのに苦笑する。
「もう、どんなの想像したんだい。映りがいまいちだけどね、実物は
もっと綺麗だよ。」
「おーおー、ノロケかよう! うわっ、なっちも若〜い。髪も黒い。
うん。ほら、二人ともシアワセそーだね。」
「……うん。」
シアワセ…だったよ。すっごくね。
- 80 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:33
- センセイは、こんなに細いカラダをしていて、意外と大食漢だった。
なっちは、彼女のためにいっぱい料理を勉強した。本を買うおこづかい
は、なかったから、料理番組を片っ端からビデオ予約して、なんでも
作れるようになった。
日々、上達していく腕。
それなのに、アナタのためにこの力が発揮できないのが、悔しくて
寂しいよ…。
このメニューも、彼女のお気に入りだった。
そばにいたい。
笑ってほしい。
「おいしいよ」そう、一言いってもらえるだけで、なっちは、天にも
昇る気持ちになった。
「でもさー、なんで携帯の中になんて貼っとくの?」
矢口は、どこまでも能天気に聞いてくる。
アタシは、前髪を持ち上げて微笑んだ。
- 81 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:36
-
あの頃ね、なっちのクラスの間で、彼氏と撮ったプリクラを携帯に
貼るっていうのが流行っていたんだ。
なっちは、それが、どーしてもしたくって。
センセイに無理を言って、街からだいぶ離れたゲームセンターまで
わざわざ撮りに行った。
だけど、当たり前だけど、みんなのように貼ることなんて出来ない
っしょ?
だから、誰にも見られることはない内側に貼ったんだ…。
その行為は、いまなら、少し悲しいって思えるけど…。
指先で、そっと彼女の顔の辺りをなぞってみる。
「……そっかぁ。ねぇ、もしかしてなっちが携帯変えないのって……。」
「うん。そうだよー。」
そっと、瞼を落とす。
奥歯をキリリと噛み締めた。
アタシの機種はだいぶ古い。
カオリにも、「いまどき写メールのヤツにしなよー」って、笑われた
けど、「まだ、使えるから」と言って、なっちは、耳を貸さなかった。
- 82 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:40
-
捨てられるわけがないっしょ。
この中には、まだ、彼女のアドレスが入っている。
もう、繋がることはないのは知ってはいても…。
なっちは、ときどき思い出したようにそれを眺めて、切なくなるんだ。
あぁ、とっくに別れたのにいつまでも縋っているだなんて、なっちっ
たら、女々しいのかなぁ。
彼女は、どうしたのだろうか。
ふと、そんなことが気になった。
あの時、その場で鋏で切って、半ば無理矢理持たせた半分を。
センセイは、「こんなものと」と言いながら、でも、どこかうれし
そうにカバンのなかに閉まっていた。
きっと、捨てたよね…。
彼女は、こんなふうに、なっちのことを思い出すこともないのかも
しれない…。
もう、隣には新しいコがいるのかもしれない。
そんな、しんみりモードに包まれたとき、矢口が、パグのように鼻を
フガフガさせた。
- 83 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:43
-
「あ、ねぇ、…なんかさ、変な臭いしない?」
「…ふへっ?」
矢口がスプーンを置いて、キョロキョロする。
そして、二人同時に「あっ」と、後ろを振り返ったんだ。
「あっ、ウソ。おしっこかも。……んん? いや、ウンチだー!!」
「ええぇーー!!!!」
慌ててオムツを外すと鼻が曲がるような臭いが充満した。
「んなっ、くっせーよ。くせー。チョーくせー! もう、なんで
こんな臭いの〜!!」
「な、なんでって、そりゃ、ウンチだからっしょ。もう、そんなこと
いいから早く紙オムツ取ってよ〜!」
矢口が騒ぐのを制して、なっちは、手早く処理をした。
さっき、ようやく寝付かせたばかりなのにまた、グズグズと泣かれ
たら面倒だ。眠っているうちに何とかしたかった。
- 84 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:47
-
慌てて始末をするなっちをよそに、矢口は、赤ちゃんのアソコをじっと
みながら、「へー、ちゃんと女の子の形してるんだー」と、変なとこ
ろに関心していた。
ちょっと、もう、こんなときに、なに言ってるんだい!
まったくぅ!!!
うっ、…でも、ホントだね…なんか……。
そんなアタシたちのことなんてなにも知らない彼女は、「スウスウ」
と、規則正しい寝息を立てている。
すべてが終わって袖で汗を拭うころには、しんみり空気も薄れていて。
なにを話していたのかも、すっかり忘れてしまってた。
どっと疲れがきて、肩をあげる。それは、矢口も同じだったみたい。
同時に「はぁ」と溜息をつくと、見つめ合ってまた「プー」と噴出した。
おだやかな風が入って、クリーム色のカーテンがひらひらと広がった。
実家から送られた扇風機が右へ左へと、忙しなく首を振っている。
なっちは、洗濯したばかりのバスタオルを彼女の上にそっと掛けた。
赤ちゃんの寝顔は、見ているだけで癒されるよ。
赤ちゃん特有のミルクの香りが、鼻をやさしくくすぐった。
なっちは、もう進路を決めているんだ。
- 85 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:53
-
岡女を卒業したら、どこか短大の保育科に進学したいと思っている。
働くお母さんたちのシッターさんになりたい。ちゃんと資格を取りたい。
なっちがセンセイと付き合うようになって、一番、ショックだった
ことは、愛する人の赤ちゃんのママにはなれない、ということだった。
こんなにも好きで好きで大好きな人との間には、どーしても出来ない
ことが存在するんだってことを教えられた…。
その事実は辛かったし、すごく悲しかった。
諦めることばかりの人生に、絶望もした。
それでも、しょうがないことなんだと、なっちは泣く泣く受け止めた。
だから、少しでも子供の側にいる環境で暮らしたいと思った。
できれば、大好きな赤ちゃんの面倒が見れる職業に就きたいと…。
矢口は、どう思っているのかと聞こうとしたけど、やっぱり口を噤む。
彼女はまだ、そこまで気がついていないのかもしれないと思ったから…。
ゆくゆくは直面するであろうその問題を、いまの、シアワセな矢口に
ぶつけるのは酷だと思った。
- 86 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 13:56
- アナタには、ずっと笑っていてほしい。なっちのぶんまで…。
あぁ、神様は、不公平だよ。
ほんとにいるのかどうか判らない人に向かって、そう、毒付いてみる。
どうして、センセイに恋をしちゃいけないの?
どうして、女の子同士が恋愛しちゃいけないの?
どうして、こんなに好きあっているのに、子供を持たしてはくれ
ないの?
日の落ちた窓の外で、『カナカナカナ』と、蜩が鳴いていた。
その音色を耳にしながら、ふと、あの日のことを思い出す。
彼女に、「好きだ」と告げた体育教務室の外でも、同じ虫が奏でていた。
それはまるで、夏の始まりの合図のようだった。
- 87 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/06(金) 14:04
- 薄暗くなった長い廊下をひたすら駆け抜けた。タータンチェックの
スカートがバサリバサリと翻る。
それは、いま思い返してみても「フツフツ」と、笑いがこみ上げてくる。
と、同時に、なっちのちいさな胸にはチクチクと痛みがはしった。
アナタに、一世一代の大告白をしたのも、ちょうどこんな感じだっ
たね。
虫たちの大合唱と。
夜空には、ちらほらと夏の星座が見え始めていた。
そっと、瞼を落として。
記憶はそのまま懐かしい過去へと遡る――。
- 88 名前:kai 投稿日:2004/08/06(金) 14:05
- 今日の更新はここまでです。
- 89 名前:kai 投稿日:2004/08/06(金) 14:19
- レスありがとうございます。
>ゆちぃさん…ナツ×なち ビンゴでしたか?(笑)
あー、よかったです。ドンドンドンドン切なさに深みが増してしまうんですけど
歯止めが効かない。どーしよう。(w
この先も、ゆるーく走りだします。どうぞ、見守ってあげてください。(ペコ)
>63さん…う、…たしかに。(汗
あんまりシアワセななっちのお話を、アタシも読んだ記憶がありません。
なんでなんでしょうねぇ。やっぱ、似合うから?(苦笑)
>64さん…う〜ん。どーなんでしょう。(笑
結構、いろいろ紆余曲折な人生を送ってきたようで、意外となにも考えていない
のかもしれない。(w
おっちょこちょいでは、あると思いますが……(苦笑)
>マコトさん…ホッ。よかったです。
ずっと、やぐちゅーを通してきたので、やぐちゅーらーサマには、どう思われて
いるのかなと、ちょっと思っていたので。w
しかも、思いがけず長くなりそうですし…(汗
ナツ先生とのお話は、次回からボチボチ始動します。どーぞお楽しみください!
- 90 名前:kai 投稿日:2004/08/06(金) 14:26
- 暑いのに、な〜んでこんな暗い話を書いてるんだか、って。w
次回は、早めにがんばりまっす!では…。
- 91 名前:ゆちぃ 投稿日:2004/08/06(金) 19:42
- おつかれさまでした。
もう、せつなさ大歓迎です!!
行くとこまで行っちゃってください!!!な勢いです(爆。
それにしても、ヤグチは幸せそうで・・・(w。
ほんとに正反対ですよね☆
次も待ってますねvvv
ほんと暑くて嫌になるけど、がんばってください♪
- 92 名前:マコト 投稿日:2004/08/16(月) 22:29
- 更新お疲れ様でした!!(遅っ!!)
ナツ先生はそろそろ始動ですか・・・
なつなちがどう展開していくのか楽しみです^^
長くなるとか気にせずに突っ走ってください、止めませんから(爆)
まだまだ暑いですけど、次回更新も楽しみにしてます♪
- 93 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 16:47
-
なっちには、ずっと「もしもおばけ」が付いている。
もしも、なっちが男の子だったら…。
もしも、なっちが、アナタの生徒じゃなかったら…。
もしも、もうちょっと早く生まれていたら…。
もしも、これが、夢であったら……。
それは、自分が苦しみから言い逃れるための唯一の術であった。
こうしていると、気持ちが少し和らいだような気がした。
だけど、もしも、彼女と出逢わなかったらよかったのに…とは、
一度たりとも思ったことはない。
この恋が、世間一般では、決して許されないものであるということは
知っている。
コイビトは、同性であり。
そして、教師であった。
背徳の罪。
それでも、アタシはココロから彼女を愛し。
彼女もまた、アタシを愛してくれた。
もしも、このまま地獄に落ちるのならば、それでもいい。
そのときは、しっかりと手を握り締めて、どこへでも行ってやる。
あの時は、そう思っていた。お互いがそう思ってたはず、なのに…
どうして……。
おばけは、いまも、なっちの中に住み着いている。
- 94 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 16:50
- ◇ ◇ ◇ ◇
(…ハァっ、ハァっ、ハッ、ハァァ………)
自分の吐く息の音が、やけに大きく感じられた。
雑巾がけの行き届いていない古びた廊下を、キュッキュッと上履きで
磨き上げる。
辺りは薄暗い。もう、下校時刻はとっくに過ぎていた。
いまも校内に残っている生徒は、なっちのように委員会の仕事で遅く
なってしまった子か、部活動をしている子達くらいなものだろう。
ふと耳をすませば、グラウンドから、ソフトボール部のカキーンと
金属バットを打つ音が聞こえてきた。
ブラスバンド部のフルートの音色が、やさしく風に乗ってくる。
なっちは、すっかり日も落ちてオレンジ色に染まった夕日を背に浴
びながら、まるで青春ドラマのヒロインのように長い廊下をひたすら
走っていた。
第三体育館を曲がると古ぼけた部室等がある。その最奥でひっそり
と佇むプレハブのような質素な小屋。
辿り着いた扉の前で息を整えることも忘れて、ガラリと開けると、
力尽きて、そのまま倒れこむように膝が地面に付いた。
そのときは、ただ必死になりすぎていて、これからどうしようとか。
なにを言おうかとか。
そんなことは、まったく考えていなかったんだ…。
あの人の顔がみたかった。逢いたかった。
ただ、それだけだった……。
- 95 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 16:53
-
◇ ◇ ◇ ◇
大きな音を立てて勢い開いたドアの先に、同じ制服を身に纏った
3つの背中が見えた。
「…あっ。…し、つれいします……。」
縺れる足取りで右足を踏み入れてから、ようやく自分の失態に気づい
て、忘れてた言葉を慌てて紡ぐ。
6つの業務用机が向かい合うように並べられたちいさな教務室。
我が校の6人の体育教師が待機しているそこは、いつもよりも人が
少ないせいか、やたらと閑散としてみえた。
日当たりの悪い空気の澱んだ部屋だ。煤けた天井に蜘蛛が歩いている
のにゾッとする。蛍光灯にこびり付く黄色いヤニ。
震度4くらいの地震が来たらば、間違いなく崩れちゃうようなところだ。
なのに、なぜか立派なコーヒーメーカーが置いてあって、なっちは
いつも首を傾ける。
その真ん中にデーンとやたらと場所を取っている業務用の大きな暖房
器具が、シートを掛けられて仕舞われていた。
綿埃と同居しているようなそんな狭い教務室で、彼女のことを探すのは
容易かった。
- 96 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 16:55
-
「…あの、夏、センセイ?……」
そう呼ぶと。
先に振り返ったのは、なぜか、3人組のほうだった。
その脇から、ほどよく日に焼けた細い首筋がニョキっと現れる。
アタシの存在を確認すると、キレイに整えられた柳眉が僅かに歪むのが
みえた。
「は〜いはいはい。ホラ、次のお客さんだ。もう、帰った帰った!」
パンパンと両手を叩いて、センセイは、まるで野良犬を追い払うかの
ように目の前の3人組の背中を押した。
「ええーー!!! もっとちゃんと、話聞かせてよー!!」
「あーもう、しつこいっ!!さっきから、知らないって言ってるだろ!
ほら、いいから早く帰んなさい。何時だと思てる!」
「えーー、いいじゃん!!!」
唇を可愛く尖らせてブーブーと文句を言う。そんなブレザー服の軽口に
あからさまに眉を潜めたセンセイは、「はあぁ」と肩を揺らして大げさ
に溜息を零した。
- 97 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 16:57
- 「いいじゃんじゃない。ホラ、帰れっ!!」
なっちよりもはるかに背の高い3人組だ。
夏センセイにこんな口を叩けるなんてすごーい。と、変なところを
関心してしまう。
一体、何年生なんだろうと気になって、何気なしに上履きを覗き見た
ら、その色はブルー。ってことは同級生かい?!!
うわっ、怖いもの知らずって恐ろしいね…。
さんざん悪態を付いて、ドアの前に佇むなっちを一瞥してから、彼女
たちは、扉の向こうへと消えていく。
部屋の中に取り残された制汗スプレーの香り。
アタシは、目の前でバタンと閉められたドアをしばらく呆然と見つめ
ていた。
なんとなく、この部屋に生徒がいることが珍しかったからだ。
「……安倍?」
「…へぃ? …あ、はい。」
低い声でそう呼ぶのに、なっちは、慌てて彼女のほうを振り向いた。
変なふうに声が、裏返る。
- 98 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:00
-
他のセンセイたちは、もう、いないみたい。
すでに帰宅してしまったのか、それとも、職員室のほうへ行ってい
るのか。いや、部活指導に行ったのかもしれない。
って、そんなのはどうでもいいんだけど…。
つまり、ここにいるのは、なっちとセンセイの二人っきりってわけで。
そう改めて確認すると、どーにも緊張してしまってカラダがカチン
コチンに固くなった。
「…安倍。」
もう一度。
センセイはアタシの名前を呼んだ。訝しげな顔を向けて、じっと、
見つめてくる切れ長の瞳。
そのこめかみがピクピクと動いていた。
それは、あんまりよろしくない兆候であるのは、もう知っている。
あぁ、今日は、特に機嫌が悪いみたいだよ…。
なっちは、ココ最近、彼女のは動向ばかり窺っていたから。
その顔色を見ただけで、だいたいの状態を把握できるようになっていた。
いつも愛想のいいセンセイではないけれど、よりいっそう深く刻まれ
た眉間の縦シワが、その本数分だけ、アタシを拒絶していた。
思わず、及び腰になる。
「で、なんか用か?」
彼女は、そっけなく言い放った。
- 99 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:01
- はあぁぁ…。
てか、いまから告白をしようとしている相手に、こんな厭々そうな
顔される人なんているのかなぁ〜?
きっと、なっちくらいだよねぇ…。
その顔をみていれば怖気づいたりもするけど、でも拳を握り締めて、
彼女の前へツカツカと歩み寄った。
怯んじゃダメっしょ。
ちゃんと、言わくちゃさ。
そうやって、また諦めちゃうの?
このまま、好きなひとを作らないで。
一生、ひとりぼっちで、生きてきたい?
自分のココロの奥に言い聞かせるように、そう問いかける。
そして、ブルルと首を振った。
椅子に座る彼女の前まで来ると、さらに心拍数が増徴した。
頭の中が真っ白になって、喉がカラカラに渇いた。
アタシは、舌で唇を湿らせてから、意を決して口を開くのだけど、
出てきたその声は、ひどく弱々しいものになっていた。
「セ、ンセイ………。」
- 100 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:04
- トイレで噂を耳にして勢い任せにここまで来ちゃったけど、実は、
なんにも考えてなかったりして…。
うっ、…どうしよう。
気の利いた言葉なんて、思いつかないよ。
てか、なっちは、告ること自体が、初めてのことなのにさ…。
どうしようと焦る気持ちに、そのまま、唇を結んだ。
あまりの緊張に握り締めていた手のひらがビッショリと汗ばんでいる。
そんな、なっちの様子をみながら、彼女の機嫌は益々悪くなっていく
ようだった。
「…んで、なんか用か? センセイ、忙しいんだけど。」
ガシガシと髪の毛をかきむしるようにしながら、机の引き出しの中から
タバコ取リ出した。
紫色の百円ライターを何度もカチカチさせて、ようやく火が点いた
それをタバコの先に押し付ける。
夏センセイがタバコを吸う人だって知らなくて、なっちは、驚きなが
らもその頭をペコンと下げたんだ。
「…ス、スミマセン。でも、アタシ、あの、…さっき、噂を聞いて、
それで……」
「……ウワサ?」
ますます、眉間が寄る。
なっちは、怖くなって、一歩後ずさった。
- 101 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:08
- シーンと静まり返る狭い室内は、「コチコチ」と時計の秒針を刻む
音だけが、やたらと大きく響いていた。
心臓の鼓動が、バクバクと暴れだす。
向かいに座っている先生に届いちゃうんじゃないかって気が気じゃな
いよ…。
乾いた唇をもう一度舌で湿らせてから、恐る恐るといった感じにその
言葉の先を紡いでいく。
「…センセイが、その、…女の人と、デニーズで喧嘩してたって話を、
聞いて。で、………」
「…でぇ?」
プーって、目の前で煙を吐かれた。
思わず吸ってしまって、ゴッホゴッホと咽びかえる。
それを悪びれようともせずに、彼女は、コテンと首を傾けて無言の
まま続きの言葉を促した。
「で、それで、その、あの、…その人が、センセイの、カノ…ジョって
いうか、コイビトかもって言ってて…。」
フンと、大きな鼻息の音が聞こえてきた。
ゆっくりと顔を上げると、彼女は、面白そうになっちの顔を覗き込ん
でいた。
細い指先の間に挟まれたタバコの先が、ジリリとオレンジ色に燻って
いる。鼻につく厭な臭いに、僅かに息を止めた。
しばらく沈黙が続く。そうして、センセイは、鬱陶しそうに髪の毛
をかきあげた。
シャンプーと僅かに汗の匂いが混じった香りがほんのりと漂よう。
吸い込んだ大好きな人の匂いに、胸が熱くなるのを感じた。
- 102 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:10
-
「…ふぅん。で? だから、なに?」
「……へっ? だ、だからっていうか、えと、それ、ホントなのか
なって…。」
「フンッ。…たとえ、それが事実だとしてさ、どーしてそれを、いち
いち生徒の安倍に報告しなくちゃいけないわけぇ〜?」
「………。」
なっちは、俯いた。それは、ごもっともです。はい。
身も蓋もない言葉に居た堪れなくなる。
握り締めた拳に爪が突き刺さる感触がした。
そんななっちとは反対に、彼女はやけに楽しそうだ。
「ま、いっか…。あぁ、でも、それねぇ〜。ちょっとチガウみたい。
さっきのコらにも言ったんだけどね。その人、別に、アタシの“カノ
ジョ”とか、じゃないしぃ〜…」
「ふ、へっ?」
“カノジョ”というところをやたら含みを持って言う。
なっちは、マヌケに変な声をだして目の前の人を見つめた。
すると、見たこともないくらい怖い顔をして、じっと睨みつけていた。
思わず、背中がブルルと震えだす。
センセイは、もう一度タバコを吸い込んでから、ゆっくりと白い煙を
吐き出した。
- 103 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:13
-
「…カノジョなんかじゃないよ。まぁ、カノジョの前に、“元”が
付くのかな。キミらの言葉で言うと、元カレ…じゃないっか…、オン
ナだから、元カノぉ? あはっ。まあ、そんなのどっちでもいいん
だけどね。もう、とっくに別れてるしぃ……。」
薄い唇を曲げて、ふふっと笑んだ顔がなにを考えているのか判らない。
薄茶色の瞳が、「これで満足?」と無言のまま問いかけてくる。
その微笑に背中が凍りつくような錯覚に陥るけど、なぜか目を奪われ
るんだ。
笑ったときよりも、怒った顔のほうが、数倍もキレイに見える人…。
怖いけれど目が離せないのが不思議。
アタシは、そんなアナタのことも大好きなんだ…。
見蕩れていたのをどうとったのか、彼女の眉間の本数が増していた。
カノジョじゃないけど、元カノジョ。
ってことは、センセイはオンナの人と付き合ってた話はホントウなの?
センセイなのに、生徒にそんなこと言っちゃってもいいの?
さっきの子たちにも、そう話したの?
わざわざ聞きにきといて言葉にすれば、「なんだそれ」と怒らせそう
な疑問が胸を痞えさせた。
- 104 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:15
-
「…でさぁ。安倍はいったいなんの用なわけ? 心配して来てくれた
とか? それとも、さっきの子たちみたいに、事の真相を探りに来た
のか?」
こんな可愛い顔して意外と見上げた根性なんだねと、なっちの顎を
持ち上げてフフンと鼻息を荒くする。
なっちは、なにも応えられないで、ただ俯くだけ。
持たれた顎の先が激しく熱を帯ながら…、泣きそうに、何度も目を
瞬いた。
そんな仕草を、うんざりと言った感じにもう一度睨みつけて、セン
セイは、銀色の灰皿に短くなったタバコの吸殻を乱暴に押し付けた。
その態度と仕草を見て、いったい何人のコがココへ来たのだろうと
想像する。
あまり人気のない図書室付近のトイレで仕入れるくらいの情報だ。
もしかして、『ウワサ』は、想像以上に広まっているのかもしれないと思った。
今日は、もう遅いからもうあれだけど、明日になれば、もっとスゴイ
ことになりそう…。
センセイが、イライラしている原因は、恐らくそういうものなのかも
しれないと思う。
落ち着かなく踵を踏み鳴らしている人を間近で見下ろしながら、
なっちは、ちいさく奥歯を噛み締めた。
- 105 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:18
- アタシは、チガウ。
別にセンセイを好奇な目で見に来たつもりはないし、ていうか、
そういう目的でココへ来たんじゃない。
そんなコたちと一緒にしないでよ。
「なにしに来たんだっけ?」と思いなおして、一歩前へ出た。
「チガイます。そういうんじゃありません。…」
きっぱりと。それは、思っていたよりも大きな声だった。
少し驚いているセンセイを真正面に見据えて、その瞳をじっと見つ
めた。
いつも外にいるせいか、肌はすっかり小麦色になっている彼女。
白いTシャツがよく映えていた。
「じゃぁ、なに?」
彼女も、その挑戦的な鋭い眼差しを崩すことはなかった。
センセイの矢のように鋭い視線が、なっちの胸に突き刺さる。
突然息が苦しくなりだした。心臓がドクンドクンと高鳴って。
指先が勝手に震えだす。
こんな近くにいられるだけで、見つめられるだけで、なっちは、
おかしなくらいドキドキしていた…。
- 106 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:20
-
センセイが好きだよ。こんなに好きなんだよ。
センセイが欲しいよ。
センセイを独り占めしたい。この手で。
さっき、ウワサを聞いたとき、もしかしてセンセイも同じかも…と
思ったらうれしかった。
今まではいくら好きになっても、自分がオンナだからって、諦めなく
ちゃいけなかったのが悔しかった。
なにも出来ない自分がもどかしかった。
でも、センセイとならば、なっちは対等でいられるんだ。
ありのままの自分を。そう、オンナの自分でも愛してもらえるのかも
しれないと思ったら、すっごく、うれしかったんだよ。
―ーーねぇ、センセイ、なっちは、どうすればいいの?
- 107 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:23
- 「…はあぁ。あのさ、恋愛相談とかだったらごめんだよ? オンナ
が好きだからって、すべてのオンナの気持ちを理解してるなんてない
からね…。」
「チガイます!!」
声を荒げてから、もしかして、そういう相談とかもあったのかなと、
ふと思った。
それっきり押し黙るアタシに、彼女は、うんざりといった感じに大きく
溜息を零してケースから3本目のタバコを取り出した。
アタシは、その手に手を重ねる。
皮の薄い、でも思っていたよりも温かい手だった。
ドキンと胸が鳴ったのを隠して。
「タバコは止めて下さい。臭いがキライなんです。」
「……はあぁぁ…。はいはい。…んでなに? もう、忙しいんだって
言ってるだろ!…て、まさか、好きだーとか告白する気じゃないよね?
てか、そっちこそゴメンだけどさ…。」
ふふっと微笑んで、彼女は、手持ち無沙汰に携帯の液晶を見つめ出した。
いきなり図星を突かれて、なっちは、頬がどうしようもなくカーと燃え
たぎるのを感じた。
バッ!と慌てて俯く。
泣きそうになってワナワナと唇を震わせる。体内温度が急上昇だ。
それから、間近で、息を呑む音が聞こえた。
そして、すぐに、ケタケタと笑い声が響く…。
- 108 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:27
-
「あははははっ!! ウっソ、はあぁ。本気? へ〜、そうなの?!!」
そう言って、俯いた顔を脇からあからさまに覗き込まれた。
なっちはいま、死にそうに苦しいのに、カノジョは笑っている。
どうして?
「ふははははっ。いやっ、ホント、ビックリだわ。てか、今日、
告白をしにきたコはさすがに初めてだわ。あははははっ!おっかし
い〜〜!!」
「…もっ、笑わないでよっ!!!」
明らかに嘲笑を含んだ言い回しに、きつく唇を噛み締める。
耐え切れずにそう叫んで、パンと、自分の膝を叩いた。
パチンと思いがけず大きな音に、その場の空気が一瞬止まった。
歯をガタガタ言わせながら見上げると、その笑い声は、一旦は止ま
ったけど、まだ、口元をヒクヒクと引き攣らせている大好きな人の
顔がみえた。
どうして、こうなるの?
ちゃんと告白をさせてもらえなくて、なのに、アタシの気持ちを知
られてしまった。
しかもこんなサイアクな形で。悲しいを通り越してなんだか悔しくなる。
なにが、そんなにおかしいっていうの?
拒絶されるだろうとは、初めから想像していたけど、それでも、
まさかこんなふうに笑われるなんて思ってもみなかったよ…。
- 109 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:31
- センセイは、ひどい。
ずっと堪えていたものが込み上げてくる。
でも、ここで泣いたしまったら、彼女は、ますます怒るだろう。
だって、知ってるもん。そういう人だって。
なっち、泣いちゃだめ!
そう自分に言い聞かせて、必死に我慢するけれど、でもそれは、
なっちの意思に反して、静かに頬を伝っていってしまってた。
「はあぁ? なんで泣いてるのぉ…」
案の定のその声。堪えるように両手で目をギューってする。
「…ッ、ハッ、…っ、……」
「…そういうふうに泣かれても困るんだけど……。」
心底迷惑そうな声が、耳に届いた。
心臓がギュって押しつぶされるように苦しくなる。
- 110 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:34
- ねぇ、どうして、そんなに意地悪なの?
少しくらいやさしい言葉を掛けてくれてもいいのに…。
張り裂けそうに胸が痛んだ。
そう思うとなんだかホントウに痛みだしてきたような気がして、
左胸を押さえ込むように、なっちは、ズルズルと屈みこんだ。
「……っき、…好きです。…でも、好きなんでっす……。」
嗚咽に詰まりながら口にした言葉。
生まれて初めての告白は、こんな情けないものになった。
涙の列が何本も出来上がる。
弱々しく肩を震わせて、追い縋るように彼女の汚れたシューズを見つ
めた。
…それでもセンセイは、その攻撃の手を緩めることはしなかった。
- 111 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:37
-
「フフッ。ねぇ、あのウワサ、ちゃんと聞いてこなかったの? 相手
のオンナのこと言ってたでしょ? 悪いけどね、アタシは、外専で
フケ専の…ついでに、デブ専みたいだわぁ。つまりは、安倍のこと
は全くの論外ってことだ。…レズだけど、オンナなら誰でもいいわけ
じゃないし。てか、高校生のガキなんてまっぴらゴメンだね!!」
早口で捲くし立てるようにそう言われた。
意味の判らない言葉の応酬に戸惑いながら。だけど、聞き取れたニュ
アンスで自分が拒否されたのだということはなんとなく分かった。
どこまでも容赦ない人。
厭になる…。
目撃現場となったデニーズでのその話は、いやに具体的な内容だった。
昨日の夕方。店内で派手な言い争いをしていた二人組みがいたという。
あいにく客入りの少ない時間帯のせいで、かなり目立っていたらしい。
女同士の痴情の縺れなんて田舎町のファミレスでは、かなりショッキ
ングな事件だろう。
- 112 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:39
- そういえば、相手の特徴も言っていた。
ブロンド髪の中年ふう。やたらと大柄な女性だったらしい。
センセイのおっしゃるとおり、なっちとは正反対のタイプってことだ…。
はあぁぁ…。
当たって砕けろって思って勢いつけてここまで来たけど、木っ端微塵に
砕け散っちゃったみたい…。
『オンナならば誰でもいいわけじゃない。』という彼女の言葉が、
鋭い刃のようになっちの胸をグサリと突き刺さった。
自惚れていたとは思いたくないけど、でも、そこまで拒絶されるとは
思っていなかった。
なんか、苦しい。
人に背を向けられるのが、こんなに辛いものだなんて知らなかった。
胸が痛いよぉ。なんだこの痛みは、苦しくて、悲しくて、呼吸が上手く
繋げないんだ…。
―――どうして、アナタなんだろう。
- 113 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:44
- ホ〜ント意地悪で、こんなに泣いているのにやさしい言葉の一つも
掛けてくれない。
もう、どこが好きなのか判らない。いま、ここでキライになれたら
どんなに楽なのかもって思う…。
けれど、アタシの感情は、真っ直ぐにカノジョのほうへ向いていて。
こうして、側にいられるだけで胸がドキドキしてる。
なのに、コイビトにはなれない。
どうして、なっちは、アナタのコイビトになれないの?
だって、こんなに好きなんだよ。大好きなのに。どうしてよ…。
「…センセイが、ッ、スキぃ…、スキなの……スキなんだよぉ……。」
俯いて、綿埃りが転がる床に、ポタポタと水滴を零した。
アタシは、何度も何度も、その言葉をバカみたいに繰り返す。
迷惑そうな溜息は、耳を塞いで聞かないフリをした。
ふと、風が入ったわけでもないのに、髪の毛が揺れていることに
気がついた。
そっと顔を上げると、センセイは、少し困ったように眉を寄せながら、
なっちの髪を撫でている。
もう一度、縋るようにセンセイを見上げた。
「……セ、ンセイ?」
- 114 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:48
- 仔犬でも愛でるように、彼女はアタシを髪を撫でていた。やさしい瞳で。
「…センセイ?」
鼻声の掠れたその声に、ようやく気付いた彼女は、驚いたように睫毛を
瞬いてから、慌てて手を離した。
まだ、髪の毛にはやさしい温もりが残っている。
沈黙。
耐え切れなくなったのは、彼女のほうだった。
じっと、なっちの様子を窺うと、困ったようにハニカミながら。
引き寄せたカバンの中から皮のパスケースを取り出した。
中から一枚のちいさな紙を、「ん」と無言まま、なっちの胸の前に押し
付ける。
それは、名刺だった。
真ん中に大きく書かれた彼女の名前と、学校名。
その下には、ちいさく住所が書き記されていた。
なっちは、濡れた頬を擦っていたその手でそれを受け取った。
手がカッコ悪く震えている。
彼女の意図がまったく見えなくて。唇を結びながら、じっと窺う。
- 115 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:52
- 「そこに、センセイの住所が書いてある。今日はもう遅いから、明日
来て。そうだな、たぶん5時くらいなら帰ってると思う…。」
「……えっ、なん、で? えっ、えっ、…どうしてですか?」
急な展開に戸惑って、縋るように見つめた。
どうして、アタシを家に誘うの?
センセイは、なっちのことが迷惑って思ったんじゃないの?
そして、ほんの僅かの希望の光が見えたような気がした。
もしかして、それは、なっちの想いを汲み取ってくれたということ
なのだろうか。
はやる心、揺れる想い。
そんな杞憂は無駄骨に終わるんだけどね…。
「…フッ。どうしてって決まってるだろ。セックスするんだよ。安倍
は、アタシのことが大好きなんでしょ? 悪いけど、センセイは、こう
みえてオトナだからね。アタシと付き合うということはそういうこと
もあるってことだ。たとえ女同士でもね。それでも、まだ、好きだ
なんて言えるの…?」
「―――一。」
含みのあう言葉尻になっちのココロは冷たく震えた。
- 116 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 17:54
-
「ま、いいや。だから猶予をあげる。一晩よく考えておいで。別に
このまま逃げたっていいんだしね。…んじゃ、もう遅いから気をつ
けて帰んなさい。」
挑むような眼差しを向けて、彼女は立ち上がった。最後に教師らしい
言葉を付け加えて。
椅子がガタンと音をあげた。なっちは、凍りついたまま動けないでいる。
扉が開いた拍子に、突風が舞い込んできて積まれていたプリント用紙
が数枚ヒラヒラと飛んでいった。
目を瞬いて気付いたときには、もう彼女の姿はそこにはなかった。
ひとりぼっちになった部屋で、途方に暮れる。
急な展開すぎてアタマが付いていけないでいる。
それから、どれくらい経ったのだろうか。
肌寒さを覚えて、ブルッと腕を擦った。
ふと気がつくとブラスバンド部の演奏はとっくに終了していて、
今度は、ニギヤカな虫の大合唱が始まっていた。
- 117 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 18:02
- ちいさな窓から空が見えた。
それは、オレンヂ色からすっかりグレー色に変わり、夏の星座がキラ
キラと輝いている。
なっちは、なんだか爆弾を手渡されたように思うちいさな名刺をみつ
めがら、泣きそうに眉を顰めた。
どうしよう。
どうしようもなく力が抜けしまって、立ち上がることが出来ない。
アタマが真っ白になるっていうのは、こういうことなんだと思った。
どうしよう、ねぇ、お母さん。
なっちは、どうしたらいいの?
困ったときには、つい思い浮かべてしまう母親の顔が重たい瞼の上に映る。
こんなことを娘に相談されてもきっと困るだろうにね…。
どうしよう。
彼女の残り香のする机の側で、何度もそう自問自答を繰り返した。
◇ ◇ ◇ ◇
- 118 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 18:06
-
話の途中で、矢口が席を立った。これで、三回目だ。
辺りからは、フワリとトマトソースのいい匂いが立ち込めていた。
お腹の虫がグーって鳴く。
「ドリンクバーって、三回は行かないと損した気分になるよねぇ〜。
ホイなっち。」
渡された茶色い液体の上には、チョコンと輪切りされたレモンが乗って
いる。
矢口の手には、青リンゴ味のスムージーが…。って、なんかそれ、
おいしそうだな。次、なっちもそれにしよう!
「ありがと。」
彼女の声には、特に返事をしないで汗をかいたグラスを受け取った。
さすがに、お腹がタポタポしてくるよ。
矢口は、なかなか吸えないストローを一生懸命チューチュー吸って
いる。
「…はあぁ。でもなんか、カッコいいね。そのセンセイって。てか、
誰かに似てるな…。」
すぐに諦めたのか、ストローでザクザク掻き回しながら、矢口がボソ
っと呟いた。
彼女の言う誰かというのは、聞かなくても判っている…。
だって、なっちもあの人を見たとき、そう思ったから。
顔も体系も年齢もまったくチガウ。いや、全然チガウ。
でも、どこか似てるんだ。
雰囲気というか、体から滲み出る威圧感というか。
- 119 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/08/19(木) 18:11
- なっちは、ゆうちゃんとしゃべるとき、ときどきセンセイと重ねちゃう
時がある。
もしも、ゆうちゃんが矢口と付き合っていると知らなかったら。
もしも、なっちが、センセイのことを今でも想っていなかったら。
もしかしたら、なっちは、ゆうちゃんのことをスキになっていたかも
しれないって思うことがあるんだ…。
タイプなんだと思う。はあぁ…。相変わらずの趣味の悪さだよね。
自分でも少し呆れちゃうよ…。と、一人ほくそ笑んだ。
…でも、このことは、矢口には絶対に言わない。友情のために。
「……で、で、で? それで、なっちはどーしたのさ?」
目の前のちいさな友人が、お尻を持ち上げて興味深げに顔を近づけ
てきた。
おっきな瞳には、長い睫毛を着飾ってる。
「ヤッちゃった?」イタズラっ子の眼差しで。その舌は緑色だった。
なっちは、サーっと、耳たぶが赤くなるのを感じながら、慌てて
グラスを取った。
急激に喉が渇いて、ドリンクを一気に煽る。
あの時、どうやって家に帰れたのか覚えていなかった。
泣き腫らした顔を見て、家族にめっちゃ心配かけたのは覚えている。
あのあと、なっちは、どうしたかっていうと、ね……。
- 120 名前:Kai 投稿日:2004/08/19(木) 18:12
- 本日の更新は、ここまでです。
- 121 名前:Kai 投稿日:2004/08/19(木) 18:25
- レスありがとうございます。
>ゆちぃさん…暑いッスね〜♪
あまりの暑さになかなか更新ペースがあがりません。それだけが、原因じゃない
気もしますが…。(汗
なっちは、昔の自分少しシンクロさせてみたりして。やっぱ切ないのかな。
最近、無性にやぐちゅーが書きたくなってしまいます。これも、反動なのかw
>マコトさん…本編になかなか戻れなくて悪戦苦闘しております。<自分で始め
といてw
はい。ナツなち始動しました。こちらは、もう少しだけ続く予定です。
いやぁ、ナツ先生のキャラが掴めなくて、実は、困ってるんですけどねぇ…。
暑いですが、また読んでいただけたらうれしいです。(ぺこ)
- 122 名前:Kai 投稿日:2004/08/19(木) 18:26
- 近々、更新する予定です。
どうぞ、またチェックしてやってください。
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/08/19(木) 21:36
- いい所でまた…w
夏先生クールですね、なっち切ねー。
- 124 名前:ゆちぃ 投稿日:2004/08/19(木) 23:59
- おつかれさまです。
今は実家からレスしてます(w。
なっちはこの後どーしたんですか?!?!?!
またまためっちゃいいとこなんで、どうしようかと思っちゃいますよ。
なっちのドキドキ感が、すっごくよく伝わりますよね・・・。
夏先生は・・・いじわる〜〜〜〜(w。
ますます気になる展開なので、待ってますねvvv
やぐちゅーかぁ。そろそろ裕ちゃんもみたいですねぇ(w。
- 125 名前:マコト 投稿日:2004/08/23(月) 11:37
- 更新お疲れ様です!!
ナツ先生ほんと誰かさんに似てますね(笑)
安倍さんがこのあとどう動くのか楽しみです♪
ではでは、また見に来ますね!
- 126 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 20:58
-
――「…どうしてって、セックスするんだよ。」
彼女の冷たい声が、何度も脳裏を過ぎる。
あの薄い唇からその言葉を聞いた瞬間、なっちの心臓は、止まるかと思った。
センセイは、どういうつもりであんなこと言ったんだろう。
そうして、なっちは、アタマを抱え込む。
いくら考えても判らない。
スキじゃないのに、そういうことはしてくれるの?
それとも、少しはスキになってくれたの? いや、それは、ありえない。
だって、センセイ、あの時、すっごく怒ってたもん。
じゃ、やっぱり…。
オトナの気持ちなんて判んない。
こんなこと授業では、教えてくれない。
センセイは、センセイのくせに、どうしてこんな難題をぶつけるんだよう!
テスト前なのに、宿題だってやらなくちゃいけないのに、さっきからなにも
手につかないでいる。
なんだか無性に腹立たしくなってきて、ベットの上でゴロゴロと暴れだした。
センセイが考えていることなんて、判らないよ。
- 127 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:00
-
――コンコン
「ちょっと、お姉ちゃんだいじょうぶ〜? ホラ、マキロン持って
きてあげたよ。あと絆創膏も。…って、なにしてんの〜!」
ギシリと、ベットのスプリングが軋んだ。
彼女の重みになっちのお尻が僅かに持ち上がる。
簡単にお礼を言って、妹の手からそれを受け取る。擦りむいた膝に
シュッと噴きかけると、じんわりと傷口が痛んだ。
「…っ、いっ……。」
「はあぁ。バカだねぇ〜。田んぼに落っこちるなんてさー。」
呆れたようにそう呟いた麻美は、そのままアタシのベットに横になっ
て、持ってきた雑誌をペラペラと捲り始めた。
そうなんだ。
なっちは、両親に門限を破った言い訳をする必要はなかったんだ。
膝から血を流し。泥んこの制服姿で、ウサギのように真っ赤に目を
充血させて帰ってきた娘を出迎えた二人は、一様に目玉を大きくさ
せて、玄関先でしばらくは呆然としていた。
田んぼに落っこちたというのは、口から出任せでもなくホントウの話。
ボーっとしながら自転車を走らせていたら、ホントに落ちてしまってた…。
すっかりドロドロになった赤い自転車は、お父さんが井戸水で洗って
くれている。
- 128 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:02
-
手を伸ばしてテーブルからテッシュを数枚抜き取ると、足首の方に
まで滴り落ちてきた液体を慌てて拭った。
血と液の入り混じったピンク色の鮮血が水玉を描く。なんだかキレイ
で見蕩れてしまう。
「てか、なんにもない平坦な道でよく何回も落っこちれるよね…」と、運動神経
そう運動神経抜群の妹はバカにするけど。
なっちは、その言葉に、がっくんと項垂れるだけ…。
なんにも言い返せない。
だって、それも、ほんとうだから。
なっちが、こうして田んぼに落っこちるのも、一度や二度のことじゃ
なかった。
学校からウチまでは、ひたすら田園風景が続くまっすぐな畦道。
そんなところで、度々落ちていたら、そりゃ、自分だってなにしてん
だろって思っちゃうよ。
「そういやさー、自転車を乗れるようになったのも、3人の中でなち姉
が一番遅かったもんね〜。」
「…うっ。」
そうだったかな。
「明日から、バス通にすれば? 一緒に出ようよ。」
「…う〜ん。」
アタシが、田んぼに落ちるたびに毎回のように彼女はそう言う。
でも、なっちは、曖昧に返事して首を振らない。
麻美もそれ以上は、言ってこない。諦めているみたいだ…。
- 129 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:05
-
自転車を乗るのにも、運動神経は関係しているのだろうか。
彼女の声を聞いて、ふと思った。
なっち、そういうのは、お母さんのお腹の中に忘れて来ちゃったから
なぁ。
頭脳系はお姉ちゃんに取られて。取りそこなった運動神経はちゃんと
妹に受け継がれている。
なっちが、二人より優れてるものといったらなんだろう…。
歌、くらいなもん、か…。
そんなバカなことを考えていても、頭の隅では、常にセンセイの言葉
が反芻していた。
そして、今日何度目だかわからない溜息をつく。
あの目は、たぶん、本気だ。
それは、わかるんだ。
もし明日、なっちが彼女の部屋へ行かなかったら、きっと、なっちの
気持ちはそのままなかったことにされてしまうだろう。
絶対に来れないということを判ってて、センセイは、あんなことを
言ったんだって。
そんなことまで、わかってしまうから余計に辛い…。
それになんか、悔しい。だって、スキなのにさ、ホントにホントに
アナタのことがスキなのに。
これじゃ、なんだか、気持ちを試されているみたいじゃないかい。
だからと言って、喜んでセンセイの家に行く気にもなれない。
そこですることを考えたら、どうしても脚が竦んでしまうんだ…。
- 130 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:08
-
唸りながらアタマを抱え込むように蹲ると、バタバタと空気を掻く
足音が聞こえてくる。
麻美が雑誌を捲りながら、陽気な鼻唄を歌っていた。
もう!!
人がこんな思いしてるっていうのに暢気な顔してさっ。
「ねー、そろそろ自分の部屋行きなって。てか、なんでここにいるの!」
「えー、いいじゃん。だって部屋汚いんだもんっ!」
そう言って、得意げに鼻を膨らませる。
勉強するときも、眠るときもなぜかココへくる一つ下の妹。
自分の部屋がちゃんとあるのに、居心地がいいからとか言っちゃってさ。
いつもは、居てもそんなに気にならないけど、今日は、なんだか一人
になりたい気分なんだ。
つーか、ハッキリ言って邪魔なの! 一人にしてよ!!
「もう、自分が片付けないからっしょ。なに、えばってんのさぁ!!」
ムニュムニュっと頬を引っ張ると、大福のように良く伸びた。
「い、…いったいなぁ…んね、それより、お姉ちゃん。今日も、一緒に
寝ていい?」
甘えた声で、下からユサユサと腕を振り回す。
末っ子特有の甘えた。これが、彼女の得意技だ。
この目をされると、アタシはなにも言えなくなる。
それを、判ってやっている。もう、ズルイんだからぁ!!
んま、そうやって今まで甘やかしてきた自分達も悪いんだけどね。
- 131 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:11
- もう、中学3年生になるっていうのに、いつまでも一人寝出来ないだ
なんて困ったもんだ。
彼女は、買い換えてもらったばかりのベットをあまり使っていない。
腕にじゃれ付くそんなコドモの姿をを見ながら、ふと思った。
そういえば、この子には彼氏がいたっしょ! 中一からずっと付き
合っているコが…。
そして、視線は、彼女がいま読んでいる雑誌に目を向けられる。
なっちは、もうとっくに卒業したけど、中学のときにはかなり熱心に
読み耽っていたティーンズ向けの雑誌だった。
その見開いたページには、『夏休みのSEX体験談大特集!』と大きく
銘打っていた。
アタシは、衝撃に後退った。
その拍子に、ゴン!と壁に後頭部をぶつけてしまう。
ドキドキと胸が鳴る。
そのアルファベット3文字がグルングルンとアタマの中を高速回転
している。
どうしようもなく喉が渇いて、音が立つくらい大きく唾液を飲み込んだ。
そりゃさ、いくらなっちだって、そういう行為を全然知らないわけ
じゃないよ。
なっちの友達には、みんな彼氏がいて。
よく話は聞かされているし、そういうビデオを冷やかし半分みんなで
見たことだってある。(ま、オトコとオンナのだけど、ね…。)
だから、それもいつかは、自分の身にも起こりうることなんだよねと
は、漠然とだけど思っていた。
いたにはいたけど、でもそんなの、ずっとずっと先の話だと思って
いたんだ…。
まさか、こんなに早く……だなんて。
- 132 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:13
-
文字にノックアウトされつつも、この子はどうなんだろうと、そんな
不埒な疑問が脳裏に過ぎった。
付き合ってかれこれ2年ちょっと、か。
ふ〜ん。結構、長いんだぁ。…って、まさかっしょ!
この子に限って。だってそんな…そんな、麻美は、まだ中3だよ?
ついこないだまで、ランドセル背負ってたんだから…。って、自分だってその一年前は、
そうだったけどさ…。
まだしてるはずがないとは思いながら、最近、急に大人びた目つきを
するようになってきた妹の背中を、じっと見つめた。
昨日、一緒にお風呂に入ったときにみた彼女の裸体を思い浮かべてみる。
そういえば、ぺったらだった胸もやや膨らみ始めていた。
下の毛が生え始めたのって…。
うをぃ!! すぐにブルブルと首を振って、その思いを一蹴した。
麻美は、まあいいとして。お姉ちゃんはどうなんだろう…。
姉妹の中でも一際おとなしい姉は、彼氏がいるなんて話をあまりし
ない。
でも、妹の目からみてもかなりの美人だし、高校の頃は、男の子から
ちょくちょく電話が掛かってきてたの知っている。
オトナだもん、してるのかな…。
- 133 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:16
-
って、もう、だから、なっちは、なにを考えているんだい!!
あぁ、家族の生々しいものは、あまり考えたくないよね。
それにさ、いくらオープンな家族といったって、こんなこと聞けないし。
ブルブルと激しく首を振ったおかげで、気持ち悪くなっちゃった。
なんだか、船酔いしたみたい。
いくらグタグタ悩んでいても埒が明かないから、こうなったら経験
豊富な親友に相談するしかないかなと思って、携帯をスクロールする。
通話ボタンを押しそうになったところで、慌てて指を離した。
ダ、ダメっしょ! それこそ出来るわけがない。
だって、この気持ちは、誰にもヒミツなのにさ…。
アタマがガンガンして痛いよぉ。もう、どうしたらいいのか判んない!
センセイが変なこと言うからけないんだ。責任転嫁するように大好き
な人の顔を思い浮かべて、なっちの胸は、ギュって締め付けられる
ように痛んだ。
ずっと、子供のままでいたかった。
何も知らない、毎日、自分のことだけを考えていればよかったあの頃
がひどく懐かしい。
こんなふうにオトナになんてなりたくなかったよ…。
けど、告白をしたことを後悔はしていない。
もうずっと持って行き場のなかった感情が、いっぱいいっぱいになっ
ていた。
そりゃ、あのときの告白は、勢い以外の何物でもないのだけど。
それでも、なっちのココロは、爆発寸前だったんだ…。
- 134 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:18
- そっとポッケに、手を忍ばせてみた。
そうして、すっかり汗染みで皺くちゃになってしまった紙を取り出した。
『夏まゆみ』
人差し指で、何度も何度も、彼女の名前の上をなぞった。
そして、祈るようにそれを両手で抱き合わせた。
――もう、知っている。
どんなに悩んだふりをしたって、明日になれば、彼女の部屋の前に
佇む自分の姿を。
――ホントは、判ってる。
さっきから下着をどうしようかとか、無駄毛の処理をしなくちゃとか。
頭の隅ではそんなことばかり考えている自分のことを。
フフッ。
もう、なんだい、結局は、行く気満々なんじゃないかい!
そう改めて確認すると、なんだかおかしくなってきて、なっちは、声を立てないよう
お腹を震わせながら自分自身を嘲笑った。
とっくに結論は、出ていたんだね…。
ただ、想像するのが恐いから、こうして目を背けていただけ。
- 135 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:20
- ♪〜♪〜♪〜♪
なんの曲だか忘れたけど、どこかで聞いたことのある調子ハズレの
鼻唄が聞こえてきた。
釣られるように、なっちもそれを口ずさむ。
そのまま、甘いシトラスの匂いのする麻美の隣に、横たえると。
妹に気付かれないように背中合わせにしながら、手の中に収まって
いた白い紙にそっと口付けてみる。
――センセイの唇はどんな感じだろう。
想像しただけで、ドクドクと胸が張り裂けそうに高鳴った。
恐い。ホントに怖いけど、決して厭なんかじゃない。
だって、どんな形でさえ、あの人に近づけるのだから…。
ココロの中で、何度も何度もセンセイの名前を囁いて、なっちは、
静かに瞼を落としていく。
目を閉じたところで、今夜は眠れそうにはないのだけれど……。
◇ ◇ ◇ ◇
- 136 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:22
- すっかり寝不足気味に暗い顔をさげながらガラリと教室の扉を開くと、
いつも以上にザワザワと騒がしいのに首を傾けた。
「あっ、なっち、おっはよ。てか、ちょっと聞いたぁ? ナツせんせい
のはなし!!」
人ごみを掻き分けてなんとか自分の席に辿り着くと、挨拶もそこそこ
に言いよってくる親友の声に、なっちは、ビクッと肩を弾ませた。
「おはっ、…えっ、な、なに?」
「ちょっと聞いてよ、それがさーー!!!」
毎日、淡々と過ぎていく女子高生の日常には、そこそこの刺激が必要
らしく。
その話題は、朝のワイドショーで誰と誰が付き合ってるんだってって
話よりも、かなりの盛り上がりを見せた。
身近な人(しかもあの人…)だから、余計になのかもしれない…。
遅刻気味に登校してきたせいか、ほとんど顔ぶれは揃っている教室の
中で。
クラスに飛び交う黄色いその声のほとんどが、自分の好きな人の名前を
連呼するのに、なっちは、生きた心地がしなかった。
- 137 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:24
-
その噂には、尾鰭だけじゃなく背びれまでついて、そのうち、
朝に聞いた話とはまるでチガウ話にまでなっていた。
想像以上の展開に、なっちは、どうしたらいいのか判らなくて。
今すぐにでも、彼女の元へ飛びたい気持ちに駆られたけど、でも、
行ったら行ったで、厭そうに眉を潜めるだろう姿は目に見えているから、
話題が静まるよう、ただただ祈るしかなかった。
しかも生憎だけど、今日は、体育の授業がない。
だから、あれから一度も彼女に逢ってはいない。体育の授業をして
いるところを教室の窓からこっそり覗きみたくらいだ。
そんな噂話も放課後になれば、やや沈下しているように見えたのが
せめてもの救いだった…。
◇ ◇ ◇ ◇
- 138 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:26
-
「1の7の…あ?…あった。ここだぁ。」
もともと方向音痴な上に、初めて来た街ということもあって、きっと
迷うだろうなと思っていたのもつかの間、それらしきアパートは
すぐに発見することができた。
腕時計を見つめると、約束の時間よりも20分も早い。
「…どうしよう。」
どこかで時間を潰そうか、にしてはなんにもないなぁと迷っていると、
隣接する駐車場に彼女の自慢の愛車と同じ車種の車が駐車してある
のに気がついて、なっちの指先がピクンと跳ねた。
その黒いスポーツカーに近寄ってみる。
それは、思ったとおり、センセイの車だった。
ってことは、もう、帰ってるんだ…。
震える胸を落ち着かせようと、何度も何度も、深く深呼吸する。
ふと、キレイにコーティングされたガラス窓に映ったひどくやつれた
顔をした少女の顔が、一瞬誰だろうと思って、それが自分だと判ると、
なっちは、もう苦笑いするしかなかった。
こんなに、ひどい顔して…。
- 139 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:29
-
意を決してその古ぼけたアパートを見つめる。
指先の震えが止まらない。
膝がガクガクする。
決心するまでには、しばらく時間が掛かかりそうだった。
ようやく気合を入れ直して右足を踏み出したとき、時計は、約束の
時間を指していた。
登るだけでミシミシと音がなる階段。
二階建ての木造アパート。旧校舎のように古びた廊下は、すっかり
埃が積もって真っ白になっていた。
脚を踏み出すだけで、ふわりと舞う。
なっちは、忍者みたいに忍び足でそっーと歩いた。
夏なのに光の全く入らない冷たい廊下が、ひどく寒々しい。
センセイは、こんなところで暮らしていたんだ…。
いくつかの似た扉をやり過ごし、その扉の前にちいさな文字で『夏』と
書かれたものを見つけると、なっちは、すっかり脱力して、今日、
何度目だか判らない大きな溜息が口から零れていた。
恐い。逃げ出したい。すぐにそんな想いに駆られる。
だけど、思いとは裏腹になっちの手は、「コンコン」と、ビスケット
のようなドアを叩いていた。
- 140 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:31
-
しばらくしてから、扉の奥で人の動く気配がする。
続いて、「はい、どなた?」と、めんどくさそうに返事する声が届いた。
なっちは、あまりの緊張に言葉を発することが出来なくて、訝しげに
開いた扉の前で、コチコチに固まってしまっていた。
ゆっくりと明かりが零れる。
なっちの存在を見咎めたセンセイは、まるで腐った生ごみでも見つめ
るかのような目をして、なっちを一瞥した。
その顔には、「何しに来たんだ」と判りやすく書いてある。
もう、とことん嫌われてきるんだなーと、悲しさを通り越して、
おかしくなって。
ここまできたらば、笑うしかないよ。涙も出ないってば。
なっちは、不自然に頬をひきつらせていた。
「…入っ、ても…いいですか?」
「……どうぞ。」
冷たい声で促される。
玄関とは呼べないちいさなコンクリートの上に、履き古されたスニー
カーに習って、脱ぎ捨てた靴を並べた。
- 141 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:33
-
部屋に入った瞬間驚いたのは、すごく狭いということだった。
四畳半くらいの和室は、ちいさなキッチンが一緒になっていて、それ
が余計に狭く感じさせていた。
ベットはない。いや、あったらいる場所がなくなっちゃいそうだけど…。
部屋の真ん中に置かれたちいさなガラスのテーブル。小型のテレビから
夕方のニュースが流れている。
出窓には、観葉植物が置かれていた。
とても、三十代の女性の部屋とは思えない殺風景な空間。
やたらキレイに整頓されているのは、別になっちが来るから掃除を
したわけではなくて、極端に物が少ないせいだろうと思われた。
センセイは、もう一度アタシを一瞥すると、いつもの低位置なのか、
その座布団の上にドスンと座り込み、飲みかけのコーヒーカップに
手を伸ばした。
なっちは、どうしたらいいのか判らなくて、立ったままオロオロして
いる。
歓迎を受けていないことが、彼女の態度からヒシヒシと伝わってくる。
ただ、ボーっと突っ立ったままだったアタシに閉口したのか、彼女は、
顎の先で無言のままここに座れと命令した。
なっちは、それにしたがって、座布団のない畳の上に正座したんだ。
テレビを消されると、たちまち、沈黙が支配する。
- 142 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:36
- こんなに近くにいるのに、やたら彼女が遠くのほうに感じられた。
なっちは、手持ち無沙汰に、室内をキョロキョロと見渡した。
そして、自分の失態に気付く。なにか手土産を持って来るべきだっ
たんじゃないかって…。
でも、すぐにそんなもの求める人じゃないことを思い直した。
そうこうしているうちに、近くの国道を車が走る音が響いた。
轟音とともに走り去るトラックの大きな騒音が、部屋をガタガタと
震わせた。
なっちは驚いて思わず、テーブルにしがみつくと、そこでようやく
彼女はクスリと微笑んだ。
「フッ。すごい部屋しょ? 築80年らしいからね。雨漏りはするし、
冬は隙間風が入ってきて、コート着ながら部屋にいるんだ。まったく
やんなっちゃうよ…。」
北海道の建築物は、極寒地のせいか、東京とかに比べると、窓ガラス
や壁の厚みが全然チガウと聞いたことがある。
隙間風が入ってくるなんて、すごそう。
どうして、そんなところに住んでるの? なんて、愚問だろう。
理由なんて聞かなくても明らかだ。
「教師って、そんなに儲からないの?」
そんな言葉がついていた。
彼女は驚いたように目を開けて、それから、器用に片眉だけを上げる。
- 143 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:38
- 「まぁ、一応は、公務員だからね。そんなこともないだろうけど。
でも、割りに合わない商売だよ…。」
「でもさ、夏休みはいっぱいあるっしょ?」
彼女はめずらしく破顔する。
「あのねー、それは生徒だけ。センセイはこれでも忙しいの。部活
指導もやんなくちゃいけないし、交代で学校に詰めてなきゃいけな
いし…。夏休みなんて合ってないようなもんだ。」
「ふ〜ん。」
そうなんだ…。
あれ?…ねぇ、いまなんか、フツウに会話していないかい?
もう、こんなふうにアタシに笑いかけてくれないんじゃないかって
思っていたから、なんかすごくうれしい。
うれしすぎて顔が緩んじゃいそうだよ。
…でもそれも、一瞬のことだった。
会話が途切れると、また長い沈黙が訪れた。
なにか、話さなくちゃアタマの中で必死になる。
それよりも先に、彼女は淡々と言葉を続けた。
- 144 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:41
- 「…給料は安いし。生徒は言うこと聞かないし、そのくせプライベート
なことで余計な詮索はされるし、おまけに教師に告白してくる常識
ハズレのヤツもいるし、な…」
「……。」
めんどくさそうに溜息を込めながら、そう呟いた氷のように冷たい声に。
なっちのココロは、ブルブルと震えだす。
顔が上げられない。いまの、センセイの顔をみたら、なっちはきっと
泣いてしまいそうだから…。
こんななっちのことなんて、気にも留めない彼女は、自分のその発言が
どれだけ相手にダメージを与えているなんて知らない。
平然とコーヒーを口にした。
「センセイこそ。どうして昨日、アタシにだけ、あんなこと言った
んですか…?」
なっちも黙ってはいられなかった。
帰宅するころには、あの噂を口にするひとは、ほとんどいなくなっていた。
わざわざ休み時間を利用して、先生に直接聞きに言った友達がいる。
彼女たちは、怒鳴られておずおずと帰ってきた。
それは、センセイが知らず存ぜぬの一点張りだったからだと、後で
こっそり聞いた。
もともと出所の妖しかったウワサだった。
ウチの学校はバイト禁止で、証言者の名前が明かされなかった。
30歳過ぎた独身女性が、結婚していないから、こんなウワサがたった
のかもということになったらしい…。
なんだい、それ。
- 145 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:44
-
でもセンセイ、昨日、確かにアタシに言ったよね?
ホントウのことを教えてくれたじゃない…。あの人は昔のコイビト
だったと。
喧嘩してたのも、ウワサなんかじゃないんでしょ?
どうして、ねぇ、どうして、アタシにだけ教えてくれたのさ。
あのとき、教務室に来てた子たちには、言わないで、どうして、
ねぇ、どうしてよ。
虚ろな目で、そう問いかけると彼女は困ったように瞳をウロウロさせ
ながらそのまま立ち上がった。
「んなことより、今日は、ヤリに来たんでしょ。んじゃ、布団でも
敷こうか…。」
今日、初めてまともに視線がかちあって、心臓が素手で掴まれたか
のようにドキリとした。
身も蓋もない言葉を告げて離れたセンセイの体から、やさしい匂い
がする。
寒くもないのに、なんだか、背中がゾクゾクした。
手馴れた手つきで、ガラステーブルを端のほうへ避けて、薄汚れた
襖からだされた布団をバサリと広げる。
その上に畳んであったクリーム色のシーツを伸ばした。
なっちは、なにも出来なくて、ただ機敏に動く彼女の背中ばかりを
追っている。
- 146 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:47
-
「ほら、どうした? 早く服脱ぎな。って、それとも脱がせて欲しい
の? あ、シャワー浴びさせてなんてお決まり文句言わないよね?」
ていうか、そんなのないけどと彼女は付け足して自虐的に笑う。
そうなんだ。彼女の部屋にはお風呂がなかった。
玄関を開けるとすぐ横に、トイレがあるだけで、後はそのまま部屋
へ繋がっている。
トイレも(これは、後で知ったんだけど…)、いまどき珍しい和式の
ヤツで、アタマの上に紐があってそれを引っ張ると水が流れるという
仕組みになっていた。昔、おばあちゃんチにあったことを思い出す。
どこまでもレトロチックな部屋だ。
住居や食べ物にはそれほどお金を掛けない。そのくせ、趣味の車や
音楽には惜しまず投資する。
変わっているけどそういう人だということを、これも、後になって
知ったこと。
センセイは畳の上で、地蔵のように動けないでいるなっちを一瞥した。
ムードもへったくれもない誘い方で。
別に、ヤリたくてヤルんじゃないと言わんばかりのその態度がひどく
物悲しい。
愛の言葉を交わすなんてことは、最初から期待していなかったけど。
そんなどーでもいいような顔しなくたっていいじゃないか。
それを、問い詰めることは出来ない。
なぜなら、彼女はアタシを好きじゃないからで。
高校生のガキはタイプじゃないからだ。
そのくせ、セックスだけはしようとするんだね…。
- 147 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:50
- そう改めて置かれた現状を考えると、余計に辛くなってきた。
どうして、なっちはここへ来てしまったんだろう。
たとえ、シタとしても、なっちをスキになってもらえる確証なんて、
どこにもないのに…。
こんなふうに抱かれたら、後悔ばかりが残るだけじゃないの…。
冷たいその声に。
冷たいその瞳に。
なっちの中のなにかが、パチンと破裂した。
気がついたら、着てきたTシャツを乱暴に脱ぎ捨てていた。
薄着だったせいもあって、あっという間にブラと下着一枚になる。
夕方の5時過ぎなんて、外はまだまだ明るい。
明るい日差しの下で、晒した肌にブルブルと震えが止まらない。
脱いだはいいけど、この先はどうしていいのか判らなくて。
両腕を胸の上に交差して、布団の上に膝を立てると、センセイを縋る
ようにじっと見上げた。
なっちの行動に、彼女は少し驚いたような顔をした。
それから、フフっと口元を緩める。
本気でするとは、思っていなかったのかもしれない。
こう言えば逃げ出すだろうと、思っていたという顔だった。
けど、なっちだって、どこかで、そう思っていた。
センセイはアタシとセックスしようと言ったけど、でもきっと、
土壇場になれば止めるだろうとそんなふうに高をくくっていた。
だって、センセイは教師だから。
生徒に手を出すだなんてそんなことを出来るはずがないのだと、
どこかで安心していた。
でも、そんな立派な教職者ではなかったみたい…。
- 148 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:53
-
「…っ、んんっ。…あっ。……」
伸ばされた手のひらが、一瞬、頬を掠めた。それは、想像していた
よりも温かい指先。
それに習って、なっちは、恐々と瞼を落としていく。
なんか、恥ずかしいよ。
すごく恥ずかしくて死にそうだけど、どこかでその手がどう自分に
触れるのかを期待している自分がいた。
なっちは、純粋な女の子なんかじゃない。
センセイとのキスを想像して、いつだって、胸をときめかせてた。
センセイとすることを考えて、布団の中で指を使ったことだってある。
これは、誰でも、一度は通る道なんだ。
そう自分に言い聞かせた。
彼女の一番じゃないのがちょっと悲しいけど。
気持ちが通ってはいないのが、辛いとこだけど、でも、そんな贅沢を
言ってはいけない。
ずっとずっと、想い続けた人に抱かれるんだもん。
こんなシアワセなことなんて、ないじゃないか。
だからさ、お願い、先生。
今だけは、やさしくして?
ひどいことをしないで。意地悪言わないで。
今だけでいいの。お願いだから、お願いします…。
- 149 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:56
- 祈るようなそんななっちの切実な思いも、生温かい吐息とともに
耳元に掛けられた彼女の残虐な声に、なっちは、フリーズしてしまう。
アタシの頬を数回撫でたその手は、そのまま離れていく。
キスされるのかと思ってギュっと瞑っていたその目を恐る恐るこじ開
ける。彼女はニヤリと笑っていた。
「誰がキミにするって言ったのよ? チガウでしょ。安倍がするんだよ、
アタシに。ほら、早く、センセイを気持ちよくして、よ…。」
10センチもの至近距離で、なっちの大好きな人が両手を腰に回して
きた。
まるで娼婦が誘うように濡れた唇を一舐めしてから、そのまま自分の
布団へ沈んでいく。
おかげで、なっちも彼女の上に引き寄せられる形になった。
なっちは、マヌケに口をあんぐりと大きく開かせたまま固まっていた。
そんな姿を楽しそうに眺めながら人の悪い笑みを浮かべた彼女は、
もう一度、誘うように手を伸ばしてきた。
「ほら、早く…ぅ。」
回転の鈍い頭の中で、ようやくセンセイの言葉を理解したとき、
体の力が急激にヘナヘナと抜けていくのを感じた。
頬に感じたさっきまでのやさしい温もりが、跡形もなく消えていく。
ココロが、寒々しく震える。
- 150 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 21:57
-
年上だから。
教師だから。
なっちが初心者だから。
自分は受ける側だって、信じて疑わなかった。
センセイは間違っていない…。
だって、センセイはボーイッシュだけど、れっきとした、オンナの人
だもん。
センセイが“する”人で、なっちが“される”人だなんて。
そんなの決まってなんかないんだ。勘違いも甚だしいって。
耳たぶが燃え滾るほど熱くなっているのを感じる。
でもまさか、こんな展開になろうとは、想像してなかったなぁ。
あぁ、笑っちゃう。
おかしくもないのに笑いながら、なっちは泣いていた。
そうして改めて、自分達は、女同士だったんだってことを思い知った
んだ…。
◇ ◇ ◇ ◇
- 151 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 22:00
- 汗の染み込んだ布団は、なんとなくセンセイの匂いがした。
クリーム色のシーツの上に、軽く折り曲げられたセンセイの指がある。
その上から軽くキュって握ると、手の中がピクリと動いたのを感じた。
なっちは、彼女に覆いかぶさったっきり、どうすることもできないで
いる。
手が動かない。足も動かない。言葉もでない。
たとえそれが、もし、受ける側だったらば、知識が薄くてもどうにか
なったかと思うけど。
自分がする側…ともなれば、話は別だった。
なにをしたらいいのか判らない。
腕立て伏せのまま、肘だけがプルプルと震えていた。
こんなに近くで、好きな人の顔を見つめているのに。
うれしいはずなのに、どうして、歪んでみえるのかなぁ。
なっちは、泣いていた。
ボロボロと涙を流していた。
おかしいよ。
小学生で泣き虫は卒業したはずなのに、中学のとき苛められても涙
なんて出なかったのに。
センセイの前で、なっちは、泣いてばかりいる。
泣いて、喜んで、怒って、悲しんで。
ココロがひどく乱される。感情の起伏が激しすぎて、センセイの前で
いる自分のことがよく判らないんだ。
恋は、もっと楽しいものだと思っていた。
こんなはずじゃなかった。どうしてだろう、ひどく疲れる…。
- 152 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 22:02
-
「…ねぇ、アタシが、いくつだと思ってんの?」
掠れた声で、センセイが聞いてきた。
「…さんじゅう…にさい……。」
鼻水を啜りながら、そう応えた。
「…そうだよ。安倍が生まれたとき、アタシは、ちょうど、いまの
アンタと同じ頃だったんだ…。」
「……。」
「安倍が、小学校に入ったときには、ダンス留学してたかなぁ。」
懐かしそうに遠くをみつめる。
そんな視線の先を探るようになっちも見つめたけど、薄汚れた壁でしか
なかった。
そんなの関係ない。
センセイと過去のことを語れないのは淋しいけど、でも、それならば
未来の話をすればいいことだ。
だって、これからのほうが、センセイと歩く未来のほうがずっと長い
はずだから…。
「フッ。…それじゃぁ、まるでプロポーズじゃないか……。」
なっちの呟きに、彼女が笑った。
ひどく悲しい笑みだった。
センセイが起き上がったので、つられるようにお布団に尻餅をつく。
布団の上に向かい合う形で。
センセイは、そっと手を伸ばして、なっちの頬についた涙を拭う。
- 153 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 22:04
-
「…アタシなんかの、どこがいいのさ…?」
ほんとに判らないというような顔だった。
なっちは考える。
一生懸命考えてみるけど、どこが好きなんだって改めて言われると
どう答えていいのか判らない。
だから、応えられない。
ただの憧れじゃないのかなって、考えてこともあった。
センセイは、なっちが持っていないものをたくさん持っている。
強くなりたい。こういうふうに生きてみたいという、理想だった。
だけど、それはすぐに、チガウと気が付いた。
なっちのこの気持ちが、センセイの言うように恋とか愛とかじゃなか
ったとして、だったら、ギューって締め付けられるようなこの胸の
痛みがなんなのって思う。
ふと、目の前にある顔を見つめた。
そのまま心臓を触ってみる。ほらね、ドクドクとこんなに激しく音を
刻んでいるよ。
ねぇ、センセイ、これを、恋と言わずに、なんていうの?
「…スキです。……」
なっちは、呟いていた――。
- 154 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 22:06
-
困ったような、でも、どこかうれしそうな彼女の顔をみながら、なっち
は思い出した。
入学した当時に掛けられたセンセイの言葉を。
『なんかさ、安倍の笑顔って恐いね……。』
なっちは、いつもヘラヘラ笑っている。
面倒な委員会の仕事を押し付けられたときも。担任からノートの山を
持っていってと頼まれたときも。
ココロの中では、イヤだなとか、面倒だなとか思いながら、そんな
気持ちを隠すように、なっちはいつだって笑っていた。
あの日は、体育委員に頼まれて、授業で使ったリレー用のバトンを
教務室に持って行ったときだった。
センセイが、アタシの顔を見るなり、そう言ったんだ。
この笑顔が自慢だった。
買い物とか行って赤ちゃんの傍に寄ると、真っ先に笑いかけてくれ
るのは、なっちにで。
つねに笑顔でいれば、人に厭われることはない。
それが、中学のときにイジメを受けて、なっちが、学んだことだ。
- 155 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 22:09
- センセイは、そんななっちのココロを見破ったのだと思って恐かった。
ヘラヘラと笑いながら、ほんとは、お腹の中でなにを考えてるのかって。
それ以来だ。センセイのことが、気になって気になってしかたがなく
なったのは。
あの日、ダンスを観たからだけじゃなかったんだ……。
「安倍は、変だよ。…変わってる。こんな子、今までアタシの周りに
はいなかった…。」
「…。」
センセイは、膝立ちでタバコを取って、でも、火を点ける前にそれを
灰皿に押し付けた。
何度も何度も髪を掻き毟る。
その度に、フワリといい匂いが漂った。
「…センセ、イ?」
「アタシが、どんな酷いこと言ってもめげないでさ。すぐ泣くくせに、
強い目で、アタシをじっと、見つめてくる。」
そう言って、じっと見つめ合っていた目を逸らされる。
その肩が少し震えているのに気が付いた。
センセイの仮面が剥がされていくのを、なっちは、ただ、じっと待っ
ている。
「…いつからか、安倍の目が気になっていた。アタシをまっすぐに
見つめてくる大きな瞳が、ずっと、気になっていたんだ…。」
「……。」
それって…。
どういう?
- 156 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 22:11
-
「…でも、判らない。今まで生徒なんて恋愛対象になったことないし、
そういう目で見てきたこともなかった。なのに、安倍のことは気になる。
どうしてか気になるんだ。自分の気持ちが判らないから、ひどく
イライラして。安倍が、そうやって簡単にスキだって言葉を口に
するたび、無性に腹立たしくって…。」
センセイが拳を握り締めた。
なっちはその手に両手を重ねた。
「…それでも、アタシは、センセイのことがスキ…だよ?…」
どこにいても。眠る前にも。いつだって、アナタのことばかり考えて
いる。
アナタを愛したいし、愛されたいと思う。
今まで、簡単に気持ちを伝えてきたんじゃないよ。なっちだって、
必死だったんだ。
どんなに泣かされても、どんな酷い言葉を打ちつけられても、アナタを
キライにはなれなかった。
センセイの言葉を借りると、なっちは、そのたびに強くなれたのかも
しれない。
「…はあぁ…なぁ、もしかして安倍って、マゾなの?」
「もう、センセイ!! こんなところでそんな冗談言わないでよっ!!」
洒落にならないっしょ!
布団の上に佇む二人が、顔を見合わせて苦笑した。
その笑みに、胸がキュって苦しくなる。
- 157 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 22:15
-
「ねぇセンセイ、アタシのこと、好きになって?」
「……。」
センセイは、そのままアタマを抱え込んだ。
その華奢な体に覆いかぶさるように、ギューって包んだ。
どうして、そんなに悩むんだろう。
気持ちは通い合っているって、判っているのに。
なっちが、年下だから?
なっちが、生徒だから?
なっちが、女の子だから?…それは、チガウことは判っている。
そんなことが、センセイに取ったら、アタマを抱えちゃうくらい大きい
ことなんだろうか。
スキだからスキって言いたい。キスしたい。抱き合いたい。
こんなに単純なことだけど、難しい。上手くいかない。
「…ねぇ、スキだよ、センセイ。……そんなふうに言われたら、もう
諦められないよ。我慢なんてできないよ。だから、お願い、センセイ、
アタシのことスキになってよ。あと、3年も経てば高校だって卒業し
ちゃうし。年は、縮まることはないけどさ。でも、若い女の子だって、
きっと、いいかもしれないよ。胸は小さいけど、そのうちに……
あ、あれ、なっちってば、なに言ってんだろ……。」
ふわりと頬に当たる髪の毛がくすぐったい。
気付くと腕の中の人は、小刻みに肩を震わせていた。
泣いてるのかと思ったけど、彼女は、笑っていた。ひさしぶりに見る
晴れた彼女の笑みになっちの胸は、じんわりと温かくなる。
自然に目尻が下がっていた。
- 158 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 22:17
- 「…センセイが、大好きだよ?」
「フフッ。…うれしいけどさ、それ、ちょっと言いすぎだろ!」
そのまま言葉を塞ぐように唇を奪われた。
一瞬、なにが起きたのか判らなくて、キスされているんだと気付くと、
なっちは、呆然となった。
やわらかい感触。
初めて味わう唇。
生まれて初めて、こんなに近くで人の顔をみた。
それが、ずっと恋焦がれていた人だなんて、こんなうれしいことは
ないよね。
そんなに長くはないキスだったけど、なっちは、力が抜けてコテンと
彼女の肩に凭れかかってしまう。
首筋から漂う汗の匂い。それさえも愛しく感じる。
すっかり、軟体動物のようにふにゃふにゃするなっちに、彼女は笑い
ながら、
「…まったく、教えがいのあることで。」
耳元で、そう、イタズラっぽく囁いた。
え、えっ? それって、どういう意味?
聞き出すことは出来なかった。
無性に眠くなってしまい、なっちは、蹲るように彼女の布団の中で
意識を手放していたから。
- 159 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 22:19
- そのことは、後になって彼女に散々からかわれたなぁ…。
それから、ホントウの意味でベット(布団か…)を共にしたのはどれ
くらい経ってからだっただろう。
あの煎餅布団の上で、なっちは、壁の薄い隣の部屋に洩れるんじゃ
ないかって、必死に息を殺しながら、彼女の洗礼を受けた。
苦しくて、恥ずかしくて、でも、生きてきて一番シアワセなときだった。
そのときに、ようやくセンセイのココロを手に入れられたのだと実感
したんだ…。
強くなりたい。
もっともっと、強くなって、センセイと対等に生きてきたい。
あのときは、そう誓ったのに……。
◇ ◇ ◇ ◇
- 160 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 22:21
- ♪〜♪〜♪〜♪
軽快な着メロに、二人してビクっと肩をあげる。
なっちは、追加注文したニューヨークチーズケーキからフォークを
置いて、そのまま、液晶画面を見つめた。
誰からなのかは、想像がついてはいたけど…。
開くのを渋っていると、目の前の親友はコテンと首を傾ける。
なんで、開けなないの?という顔だ。
なっちは、仕方なくボタンを押した。内容を確認すると、顔を顰める。
矢口が見ていることに気がついてはいたけど、眉間の皺を直す余裕は
なかった。
「あ…。あのさ、ごめん矢口、今日はカラオケ、パスしていい?
明日…は、バイトか、んと、明後日なら大丈夫だからさぁ…。」
「ええー!! 今日、新曲入ったのにぃ〜!!」
「ごめん。」
ちいさな友人が、唇を尖らせる。
なっちは、顔の前で、パンと両手を叩いた。
- 161 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 22:23
- 「ちぇ。いいけどさー。親友の誘いを断るなんて誰からのメール
なんだよう!あー、判った。また、ごっつぁんだろ!!」
「……う、ん。まぁ。」
…そうなんだけどね。
「ちぇー。もう、いくら“カノジョ”だからって、最初に約束してた
ほうを断るなんて、なっち、ヒドいぞぉ。そういうことしたらいけ
ないんだからな…!」
口癖の“ちぇー”が一際大きくなる。
そういう矢口だって、ゆうちゃんとラブラブ真っ最中のときは、メール
したって返事なんてくれないくせにさ。
そんな思いはココロの中に閉まって置いた。
矢口に、歯向かうと後々が面倒だったからだ。
「ていうか、どこで遊ぶの? ごっつぁんなら、オイラも行ってもいい?」
彼女たちは、中学の先輩後輩なのだと、この前鉢合わせしたときに
言っていた。
わりと、仲が良かったことも知ってる。
けど、ごめん、矢口。
それだけは、出来ないんだ…。
ごっちんに遭ってなにをするのか、矢口が知ったら、どう思うだろう。
まさか、可愛がってた後輩が、親友にあんなことをしているだなんて……。
- 162 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/11(土) 22:32
-
「ごめんね。今度必ず埋め合わせするから…。」
「ったくよー。つーかさ、二人って、どこで知り合ったわけ?
すっごいナゾなんだけど…」
なっちは、お財布から千円札を一枚抜き取った。
これで、二人分払っていいからの意味だった。
「……ナンパされたんだよ。」
そう言ってテーブルに手を付いて立ち上がると、口をあんぐりと開け
ている彼女に苦笑する。
その隙間から覗く舌は、どぎつい紫色。
矢口の前にあるブルーベリータルトがちょうど半分、残っていた。
なんだか、矢口、カメレオンみたいだよね…。(笑)
「ホントごめんね。ゆっくり食べてってよ…なっちのも分も。じゃね。」
彼女の声を聞く前に立ち去った。
腰がやたらと重く感じる。ホントは、矢口に助けてと叫びたかった…。
アタシがそんな気持ちでレジの前を通り過ぎたとき、
「ありがとうございました!」と、やたらと、明るい声が背中に掛け
られる。
ドアを開けると、熱風にうんざりと肩を落とした。
センセイのことを思い出したからだろうか。
今日は、ホントに行きたくない。したくない。このまま逃げ出したい。
なのに、なっちの両脚は動いていた。泣くまいと顔をあげる。
夏センセイのあの日の笑顔を、なっちは、宝物みたいに、そっと胸の
奥にしまいこんだ。
ときどき、開けては閉じる、まるでタンスのよう。
まだ、記憶は薄れていない。でも、それもあと少しのことだという
ことも知っている……。
- 163 名前:kai 投稿日:2004/09/11(土) 22:34
- 本日の更新は以上です。
もう少し、早くできると思っていたんですけど、仕事が忙しいみたい。
ということで、ナツ×なちでした。(苦笑)
改めて、こんなカップリングないよなぁ。つーか、していいのかなと
か思ってみたり。(汗
自分だけが愉しんでいるような気が……。(苦笑)
- 164 名前:kai 投稿日:2004/09/11(土) 22:43
- レスありがとうございます。
>123さん…いつも中途半端なところで。(汗
ナツ×なちは、オトナななっちが出せればと思ってしたんだけど、なんかチガウ。
なっちは、どうしても切な系になっちゃうんだよなぁ。(ボヤキ)
>ゆちぃさん…お待たせしまして申し訳ありません。(ぺこ)
ドキドキ感、伝わったようでヨカッタです。いままでやぐちゅーばかりだった
から、少しチャレンジャーしてみたくなって。だから、そういう感想が素直
にうれしかったりします。ありがとうございます。
>マコトさん…安倍さんが…っていうよりは、後藤さんが…って感じでしょうか?
(w
思ったよりも回想シーンが長引いて、ようやく時代を戻せそうです。(汗
この先も、読んでいただけたらうれしいです。
- 165 名前:kai 投稿日:2004/09/11(土) 22:48
- なんか勉強不足で。
なちごま…は、ごっちん攻めが多いのか、なっち攻めが多いのか。
疑問なんですけど…。
えと、次回は(たぶん想像通り)、少しエロチックなお話が混じります。
それをふまえて、どーぞ、チェックしてやってくださいませ。(ぺこ)
- 166 名前:ゆちぃ。 投稿日:2004/09/12(日) 02:08
- お疲れさまです。
個人的には、ナツ×なちをもっと読んでみたいんですよ(w。
今回も、意地悪さすごくて、きーっ!!てなかんじで、
ハンカチの端っこを咬んじゃいそうだったんですが、
ちゃんと想いも通じ合って、これから幸せになれそうじゃないですか・・・。
だけど時間が戻って、これからごっちん。。。
なっちに幸せは訪れないんですかねぇ・・・。
なちごまは、ごっちん攻めでいーんじゃないっすかねぇ(爆。
んじゃ、次もがんばってくださいね〜〜。
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/13(月) 20:52
- 1,2と一気に読ませていただきました。
やぐちゅーも、そして初めて見るナツ×なちもすごくいきいきしていて驚きました。
kaiさんの力量に脱帽です。
受け攻めも作者さんの思うようにされるのが読者としても一番面白いのではないかと。
と、言いながらも個人的にはごっちん攻めがみたかったりw
この後のなちごま、やぐちゅーを期待して待ってます。
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/09/16(木) 09:57
- 夏先生、想像できないと思ってたけど
なかなかいいですね、作者さんの文才力ですね
さて、私の一番大好きななちごまですか期待してます。
なっちは受けでしょう相手が誰でも想像できないし見たことあまりないですし
- 169 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:19
- ーーカサカサカサッ。
さっきから、耳元あたりで、なにかいや〜な音がする。
気にしながらも、まだくっつきたがっているなっちの瞼は、言うことを聞いて
くれない。
そのうちに音が激しさを増す。
そうなるとさすがに無視も出来なくなって、仕方なしにようやくこじ開けると。
アパートよりも高く、室蘭の実家よりもやや低めの見慣れない天井がぼんやり
と視界に映った。
「…うっ、……まぶしぃ…。」
無駄に明るい照明のせいで、暗闇から覚ましたばかりのアタシの瞳は、慣れる
までしばらく時間が掛かった。
ーーカサッ、…カサカサカサッ。
うわっ、またあの音だ…。
最近、アパートにやたら出没してくる“黒いヤツ”によく似たその音が、
なっちの背中をぞわっと粟立たせる。
てか、こーしてはいられないってば。早く退治しないと、大変なことになるっしょ!!
…この前、寝てるときに無視していたら、顔の上をモゾモゾと乗っかかれて、
気絶しそうになったんだ…。
- 170 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:23
-
はあぁぁ…。
どーして、キミたちは出てくるのかなぁ。
いつもいつもキレイにお掃除しているっていうのに。
そんなにウチが好きかい?
いい加減に、どっかのおウチに行ってくれないかな…。
悪いのだけどね、なっちは、どうしてもキミたちのことはスキに
なれないんだ……。
助けを求めるために必死に妹の名前を呼ぼうとするのに、なぜか、
声が出ないでいる。
…ていうか、カラダも動かせない。
あれぇ?
なにこれ。なんで?
…もしかして、これが俗に言う“金縛り”ってヤツなの?
「…ん?」
そういえば首が異常にだるいような気がする。それに、アタマの下も、
なんか、ふにゃんてしているの。
なっちは、断然の硬め派だから。ソバ枕じゃなきゃ生きてはいけない
カラダになっているのに。
それに、掛け布団もやたら軽く感じるよ。羽毛は温かいけど、掛けた
気がしないから苦手なんだ。
なんか、おかしい。
- 171 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:26
-
そうなると、いろんなことが気になり出してくる。
たとえば、ゆったりと足の伸ばせるこの広さとか。 固いスプリング
の感触だとか。サラサラのシーツの肌触りとか。見覚えのない天井
だとか。
これは、どういうことだい?
なんてことは、寝起きでもピンとくるって。
そう、ここは、ウチじゃないんだ。………って、えっ!!?
(ガバッ!!)
慌てて起き上がろうとしたけど、やはり動くことはできなかった。
それでも、首だけは、かろうじて動かせることに気が付いて、なんと
か音のなるほうへ振り返る。と、その瞬間、なっちは、目玉をギョっ
とさせるんだ。
「…んぁ?」
白いバスローブから、こんがりと日に焼けた素肌が覗いている。
ベットに胡坐をかきながら、気だるそうな顔をさせて、一心不乱に
パンに齧り付く人。
ていうか、下着がばっちり見えてる。目のやり場に困るんだけど…。
カノジョは、なっちと目が合うと決まり悪そうに苦笑いしてから、
右手に持っていた食べかけのパンをモグモグと咀嚼した。
はあぁ…。な〜んだ。
てっきり、ゴキが出たのかと思ったけど、ごっちんだったのかぁ……。
よかったぁ。
もう、脅かさないでよぉ。
安堵と同時に、アタシの脳は、一気に覚醒める。
そして、急激に体が熱くなった。
(ぜんぜん、よくないってばっ!!!)
- 172 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:28
- 「なんか、運動したらお腹減っちゃってさぁ。」
「……。」
いつもどおりの、どこか気の抜けた声が聞こえてくる。
この場合の、カノジョが言う運動とは…部活動のほうを言うのか、
それとも…を指すのか。
そんなどーでもいいことを頭の中でグルグル考えていると、目の前
の人は、にゃはって微笑みながら、残りのメロンパンを一気に胃袋
の中に収めた。
「…っち、なっちぃ……?」
「ふえ?」
カノジョは口の中いっぱいに頬張ったパンを、ゴクンと飲み込む。
綺麗な喉仏が上下する。
「なっち、だいじょうぶぅ? なんか三日ぶりだったから、ちょっと
激しくしすぎちゃったかなぁ。」
「……。」
悪ぶる様子も見せないで。へへっと、まるで小学生の男の子みたいに、
鼻の下を擦った。
そのまま、カノジョは、アタシの髪の毛をやさしく撫でてくる。
なっちは、掛け布団をなんとか引っ張って、赤くなった顔を見られ
ないように慌てて隠した。
それでも、どーしても視線は、その人を追ってしまうんだ…。
さっから、お尻の辺りが異様に冷たい気がするのは気のせいじゃな
かったみたいだ。身体が、鉛のように重たい。喉もヒリヒリする。
ついでに、さっきまでの行為が、スライドするように一気にフラッ
シュバックを始めて。
なっちは、脳が燃え滾るほど熱くなるのを感じた。
- 173 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:31
-
「んぁ? あぁ、なっちも、パン食べる? んとね、こんがりチーズ
と、マヨコーンがあるよ。」
じっと見つめているのをなにと勘違いしたのか、カノジョは、そう
言って、ベットの下に自慢の長い手を伸ばすと、カバンの中からコ
ンビニの袋を取り出した。
寝起きのときに聞いた、「カサカサ」いうのは、まさにこの音――。
袋を掴んだ両手を前に差し出して、「どっちにする?」とまるで
小学生のように首を傾ける。
なっちは、脱力しながらも、「いらない」と、無言のまま首を振った。
お腹は空いてないよ。てか、そういう問題じゃないってばさぁ。
なんで、この状況でそんなことが出来るのぉ〜。
カノジョは、「そう?」とあまり気にしたふうもなく呟いて、今度は
チーズのほうの新しい袋をパン!と軽快に開けた。
ムシャムシャとひたすらに食べる音が、やけに卑猥に聞こえてくる。
プーンと漂う、香ばしいチーズの匂い。
ベットの上なのにとか、胡坐はお行儀が悪いでしょとか、言いたい
言葉はたくさんあるのに、どれも、声にはならなかった。
あの唇が、あの手が…アタシをなにをしたのかを思うと、なっちは、
唇をギュッて噛み締める。口の中は、なんだか自分のじゃない味が
してる。
それにしても、物を食べている姿がこんなにエロティックだなんて
知らなかったな…。
指先に付いたギラギラした油をペロンと舐める仕草を見て。
なっちは、ハッと息を呑んだ。
- 174 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:34
-
「…あっ。」
思わず声が出てしまってた…。
だ、だってさ…。
まさかと思うけど…その手……。
洗って…ない……とか、ないよね?
「…んぁ?」
くっきりと整った二重瞼が、じっとこっちを窺っている。
びっしりと密集した長い睫毛。睫毛パーマをあてているみたいに綺麗
にカールされてるけど、それは、天然ものなんだって。
整った鼻筋のライン。ちいさな口。
じっと見つめれば、その整った造形に思わず息を呑む。
綺麗な顔立ちなのに、そのくせ、口を開けると子供子供していて、
そのアンバランスさが余計に人を惹きつけているなんてこと、知ら
ないのは本人だけだろう…。
カノジョは、可愛らしく、コテンと首を傾けた。
――アタシの視線は、カノジョがパンを持つ右手に、すっかり釘付けに
なっていた。
だってさ…。
こう見えて、意外とずぼらというか、無頓着なアナタの性格では。
それはたぶん、間違いなくて。
アタシは、恥ずかしさのあまり泣きそうになった。
だって、だって、その手で、さっきまで散々アタシの…を触ったよ。
照明にキラリと光るそれは…なっちの恥ずかしい…液。
- 175 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:37
- やだぁ…恥ずかしいっしょ…。
首を傾けたままの体制で、しばらく考えた込んでいたカノジョは、
なっちの視線の意味にようやく気が付いたのか、目をパチパチして
から、唇を歪めてニヤリと微笑んだ。
ねっとりと絡み合う双眸。
カノジョは、なっちをじっと見つめながら、徐に自分の手首から指先
をペロンと舐めた。
その瞬間、なっちは、絵に描いたように、ピキンと固まってしまう。
それを、面白そうに上から眺めている。人の悪い笑みを浮かべて…。
「ふふっ。これ、おいしいよぉ、チーズパン。なっち風味の限定味だね。」
「ん、やっ!!」
やっと出た声は、掠れ気味。
カーっと、全身が真っ赤に染まってく。
カノジョは不敵な笑みを洩らす。
そして、すぐになにかを思いついたように悪戯っ子のその瞳をラン
ランと輝かせた。
アタシは、それを見て身構えるんだ。
なんだか、すごく厭な予感がするが、気のせいであって欲しいよ。
なのに、相変わらずのカノジョはマイペースな口調で言い放った。
- 176 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:40
- 「んねー、なっちぃ、そーいえばよくチーズってさ、オンナのアソコ
くさいとかって言われてるよね?」
「……ふえっ?」
カノジョは、そう言って、半分残っているパンのチーズの焦げた部分
を犬がするみたいにフガフガと嗅いでみせる。
そして、唸りながら首を曲げた。
「えー、こんな匂いだったかなぁ…。」
「し、知らない。……。」
な、な、なにを言ってるのさぁ。
もう、知らないよ。知らないってば、そんなの。聞いたこともない。
「ん〜〜ぁ。どーかなぁ。やっぱ、比べてみたいと判んないや。
…そいじゃ、ちょっと、なっちで実験してみよっ、実験っ♪」
な、なんで、そんなに楽しそうなの?
てか、えっ……。
「!!!!…っ、えっ、な、なに〜っ?…ちょっ、いやあぁぁっ!!!」
掛け布団がバサリと払われて、そのまま細い体が圧し掛かってくる。
油断していたというか、もともとというか、なっちの反応は恐ろしく
鈍かった。その隙に、膝頭を掴まれて、強引に左右に割られてしまう。
すっかり力の抜けている体では、抵抗らしい抵抗を見せられなくて。
なっちは、煌々と照りつける明かりの元で、大きく脚を開かされて
しまったんだ…。
- 177 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:43
-
「…っ、いやあぁ!!!」
「だめだよ。ほら、じっとしててよ。」
カノジョのちいさなアタマが、脚の間に入ってくる。
なっちは、必死でもがく。
バシバシと茶色いアタマを叩いた。
それでも、止めてくれない。
「い、…やあぁ。や、やだぁ、やめっ、やめてっ!!」
「もう、痛いよぉ。だって、こっちも嗅いでみなくちゃ、判んない
じゃんかぁ!」
さも、自分が正しいみたいにカノジョは言い放つ。
知らない。だったら、自分の嗅げばいいっしょ!
苦し紛れのそれは、声にならなかった。
脚を必死にバタバタするに、押さえているその手が思いのほか力強い
おかげで、なっちの抵抗はそこで、むなしく終わった。
今度は、膝の裏に手を掛けられる。そのまま、顔のほうへ向って強く
押されると。
胃が潰されるような衝撃を受けた。なっちは、「ぐへっ」と変な声を
洩らして、その苦しんでいる隙に、お尻がお布団から持ち上がっちゃう。
下着の着けていないなっちの無防備な下半身が、天井へと向けられた。
見開いた目に映る、自分の性器。
そこに近づいてくるのは、まるでグロスでも塗ったみたいにギトギトと
鈍く光った唇だ。
膝の後ろにあたる髪の毛がワサワサと擽すぐったい。そっと、指先が
皮膚に掛かった。
そのまま指を二つに割られると、生ぬるい空気が内側を刺激した。
- 178 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:47
-
「…うっ、いやぁ……いやあぁ…。」
させられた行為に、最後の抵抗とばかりに足首をもがくようにバタ
バタと蹴り上げた。
それでも、カノジョのバカ力には適わなくて、遠慮知らずに、ドン
ドン顔を近づけてくる。
そして、鼻先が直に擦れるくらいまで寄せると、そのままクンクンと
鼻を潜らせた。
なっちは、ホテルに入ったとたん、ベットに押し倒されていた。
シャワーを浴びる余裕なんてなかった。
それが、いつものことだった。
いま、ごっちんが嗅いでいるのは、一日分の汗と埃にまみれた汚い
身体。そこが、いま、どんな匂いを放つのか自分でも想像しがたい。
カノジョの整った鼻筋がヒクヒクと蠢いた。
「ん…あり? ぜ〜んぜん、そーでもないよ。てか、なっち、なんか
いい匂いするね〜。」
「やあぁ!! ひ、ひどい、こんなのひどいよ…ごっちん……もう、
やあぁ、やめてぇ…。」
「ねぇねぇ、なっちのさ、なんかすっごくいい匂いするよ?なんだろ
これ。お花みたいな匂い。オイラ、どっかで嗅いだことあるなぁ…
どこだろ……。」
「いやあぁぁ!!! そ…んな、近くで見ないでよ!! 痛い、放し
てぇ、もう、許してっ!!!」
こんなのないよぉ…。ひどいよ、ひどすぎるよ…バカごっちん……。
もう、どうして、こんなことまでするの!
ごっちんだって、(一応は)女の子なんだから、それがどんなに恥ず
かしいことかってことくらい判ってるでしょ…。
こんなことされるくらいなら、まだ、さっきみたいなことされていた
ほうがマシだよ。
一人だけ裸で、大きく脚を開かされて、明かりの元に晒されて。
死んじゃいたいくらい恥ずかしい。
ねぇ、どーして、アタシが、こんなに酷いことをされなくちゃいけ
ないの? なっちが、アナタになにをしたのさ…?
恥ずかしくて、苦しくて、年下のオンナの子にいいようにされて、
悔しくて。なっちの瞳から、また、ポタポタと雫が零れ始めた。
さっきも散々泣いたのに、また、泣かされてしまった…。
- 179 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:51
- 「……ごっち…ん…バカぁ…ひっ……っ…」
ひどく呼吸が乱れる。肩を何度もヒクヒクさせて、なっちは、力なく
シーツの上に横たえた。
ふと、顔の前にクロスしたまま置いていた両手を取られた。
防御は簡単に外されてしまう…。
そのまま、じっと覗き込んでくる澄んだ顔。
カノジョは困ったように微笑みながら、なっちの濡れた頬をペロンと
舌で掬った。
「ごめんてば、もう、泣かないでよ、なっち。ちょっと意地悪しすぎ
ちゃったね…。もうしないよ?ごめん。ごめんなさい…。怒んない
でよぉ、なっちぃ…。」
「こんなの……ひどいよぉ…。」
「…うん。ごめんね。もう絶対しない。だから、もう、泣かないで?」
「キライ。もう、大キライだぁ……。」
「…うんうん。ごめんね、なっち。…でも、なっちはどこもおいしい
なぁ。ほら、涙もさ。塩味風味のなっちだよ?」
「…やっ、……っ…。」
頬に軽い口づけを落とされてから、ゆっくりと脚が開放された。
そのままなっちの横に来て、慰めるようにそっと抱きしめてくる。
厭だとどんなに暴れても、離してはくれない。しばらくバタバタと
悪あがきしていたけど、すっかり諦めた。こんなに華奢なくせに、
すっごく力があるんだ。この子は。
なっちは、抵抗するのにも疲れて、されるがままになった。
なんか最近、諦めることに、慣れてしまってる気がする…。
ギュッと後ろから抱きしめられる。
背中を擦る手のひらの感触。子供の頃、泣いたときに、お母さんが
してくれたみたいに何度も何度も上下する。
しばらくすると、なっちの呼吸もだいぶ落ち着いてきた。
ふわりと漂う、女の子の匂いに小さく息を吐きながら。背中にあたる
質感のある胸の感触に眉根を寄せる。
カノジョは、まるで子守唄でも歌うように、「ヨチヨチ」と、なっちの
アタマを撫でていた。
- 180 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:54
-
引き締まった腕に包まれながら、なっちは、奥歯を噛み締める。
どーして、アタシはこんな目に合わされているのだろう…。
太陽の匂いのするやわらかい身体の感触を肌で感じながら、なっちは、
初めて、この少女と遭った日のことを思いだしていた。
きっかけは、…そう、犬だった。
たいして昔の話ではないはずなのに、ずいぶん、経ったような気さえ
するからなんか不思議だ。
ついでに、ついさっきまで会っていたちいさな友人の顔も、脳裏に
浮かんできて。
なっちのココロは、ちょっぴり回復されるんだ。
「もう、矢口が悪いんだぞ…」そう、ココロの中で毒付くと、夢の中
のちいさな女の子は、「それ、ちげーだろ!」と、かなりご立腹し
ている…。
これは、夢なはずなのに、なんだかその口調が妙にリアルで、なっちは、
泣きながら少し哂ってしまうんだ。
あの日、頬に感じた海風は、やさしい匂いを運んできた――。
◇ ◇ ◇ ◇
- 181 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 21:58
-
――なっちは、自分の顔があまり好きではない。
これを言うと、大抵の人は、怒るか騒ぐか、とにかくブーイングさ
れるのが落ちだけど。
だって、そうなんだもん、しょうがないっしょ!!
なっちは、この顔のせいなので。(それとも持って生まれた性分なの
か知らないけど。)
とにかく昔から不憫なことが多かったんだ…。
中学時代は、彼氏を取った取られたとよく因縁つけられたし。
街を歩くと、ナンパの類が多いのにもうんざりする。
そういえば、昨日、変な宗教の人に追いかけ回されて大変だった。
矢口も、いつか、変な壺買わされるねって脅すけど。まさに、そんな
感じだ。
そして、やたらとセンセイに声を掛けられやすいというのも、なっち
をひどく悩ませているひとつだった。
土曜日の午前中授業。
その日も、帰宅途中に偶然通りかかった岡村先生に呼び止められて、
なっちは、修学旅行のしおりを作るというかなりめんどくさい内職を
頼まれてしまった。
(プリントしたのをホッチキスでまとめるだけなんだけど、これが、
意外に大変なんだ…。)
カオリは、最近、スカウトされたとかって言うモデルクラブに行く
とかで先に帰ってしまっていなかったけど。
矢口は、確かに隣にいたはずなのに、持ち前のすばしっこさで、一目
散に走り逃げ…。(…なんか、逃げ足だけは速いんだよねぇ。)
圭ちゃんだけは、「どんくさいわねぇ」とか、ブツブツ言いながらも、
仕方なく付き合ってくれた。
…んでも、この後野暮用があるとかって帰ったので、僅かな残り分
を、なっちが受け持つことになったんだ。
ようやく仕事を終えて校舎を出ると、すっかり日も傾き、なのに、
照りつけていた日差しの残照のせいでかアスファルトが白い息を吐
いてた。
- 182 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:01
- 昔、ここが海だったなんて信じられないくらいの背の高いビルが
立ち並ぶ歓楽街。学校から観覧車が見えるだなんて、ちょっといいよね?
駅のほうへ向って一人で歩いていると、Tシャツ姿の少年が気だる
そうに自転車で走り去っていく…。
「もう、半そでかぁ…。」
思わず、呟いていた。
北海道では、まだまだ、暖房器具を手放せない頃だっていうのに。
距離が違えば、これほど季節も変わるのかと、少し感慨深いものを感
じながら、なっちは、今晩なににしようかなと、すっかり主婦になり
つつある自分に苦笑した。
そんな、めずらしくひとりぼっちの帰り道に。
なっちの視線は反対車線に釘付けになった…。
「あっ!」
…犬だった。
なっちと同じようにやや下を向きながら、てくてくと歩いている
ちいさな犬。顔立ちがやさしいからたぶんメスかなぁ。
白くてモコモコしたその犬は、実家の室蘭で飼っているメロンを思
わせた。
なにしてんだろ。一人で(一匹?)でお散歩しているのかな?
――そこに飼い主らしき人の姿はいない――。
室蘭ならまだしも、東京で野良犬をみるのは珍しくて、なっちは、
なんだかうれしくなる
- 183 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:05
- 中学時代イジメを受けていた頃にやってきたメロンは、マルチーズ
で、ふわふわの白い顔の真ん中に黒飴みたいなコロンとしたお目めが
がポチンと付いているような、とにかく、超カワイイ犬だったんだ。
なっちは、あの子が傍にいるだけですっごく癒された。
メロンのおかげで、あの辛い時期を乗り越えられたのだと思っている
くらいだ。
すっごく可愛がっていたのに、離れ離れになってしまったのは辛かった。
ホントは東京に連れてきたかったけど、アパートはペット禁止だった
から…。
今頃、どうしているのかなぁ…と、ちょうどそんなことを考えていた
ときだったから。
反対車線にいる犬も、マルチーズではないけれど、いろんな犬種が
ミックスされただろうと思われる身なりをしていた。
白いモコモコは、懐かしいメロンを思わせるやさしい風貌。
身体がムズムズする。早く触りに行きたいけれど、でも、わりと車
通りの激しい幹線道路。
しかも、横断歩道まではだいぶある。
犬を気にしながら、ゆっくりと歩を進めていると、なっちの視線に
気付いたのか、彼女が徐に振り返った。
ピタリと脚を止めて、じっとこっちを窺っている。
なっちもうれしくなって、笑顔を向けた。
そのとき、彼女がたしかに笑ったような気がしたんだ。犬が笑うな
んて事ないのかもしれないけど、でも、なっちをみてうれしそうに
笑った。尻尾がワイパーのようにフルフルしてる。
それから、なにを思ったのか、そのコは、こっちに向って走り出して
きた。なっちはビックリして、声を上げる。
けど、犬に人間の言葉が通じるはずがなくて。
危ないから止まってとジェスチャーしたのが、余計にいけなかった
のかもしれない。
彼女はうれしそうに尻尾をビュンビュン振り翳しながら、反対車線
に向ってダッシュしてきた。
- 184 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:06
-
「キャ、イィンッ!!!」
それは、一瞬の出来事だった。
彼女は、大きく弧を描いて、2Mほどさきのコンクリートに叩きつ
けられた。
轢いたのはガソリンを積んでいるような大型車だった。そのトラック
はしばらくして急ブレーキを掛けて停止したものの、運転手が降りて
くる気配もなく、そのまま走り去ってしまった。
誰も轢きたくて轢いたわけじゃないのだから、その人ばかりを責めら
れない。この場合、急に飛び出してきたほうが悪いのだろう。
なっちは、すっかり呆然となっていた。
目の前で起きた信じられない出来事に、アタマがパニックに陥る。
夥しいほどの血痕の痕。熱の篭るアスファルトの上に横たわるちい
さな身体。さっきまで笑っていた、楽しそうにお散歩していたあの子
は、いま、道路の上でピクリとも動かない。
「……ひぅ……っ……。」
悲鳴を飲み込んだ。それは、声がでないほどの衝撃だった。
指先が痙攣し、膝が、ガクガクと震えている。
立っていっれなくなって、そのままズルズルとアスファルトに蹲る。
涙が、後から後から溢れ出る。
命が失われる瞬間を、このとき、なっちは生まれて初めて目の当たり
にしてしまったんだ。
- 185 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:09
- そして、すぐに後悔の念が押し寄せる。
なっちだ。なっちが悪いんだ…。なっちが笑ったからだよ。
あの子はなっちに呼ばれたと思っちゃったんだ……。
なっちが気付かなかったら、彼女はもっともっと、生きられたはずだ。
なっちのせいだよ。なっちが……。
容赦なく涙が零れ落ちる。視界が雨に変わって、あっという間に
彼女の姿が見えなくなった。
「…うっ、……っ……。」
ふと、すさまじい轟き音で覚醒する。
遠くのほうの信号待ちで停止していた車が走り出した音だと気が付いた。
…あぁ、…踏まれちゃうっしょ…。早く助けなきゃ…。早く早く……。
そう思うのに、焦れば焦るほど脚が動いてくれない。
なっちは、いまので、すっかり腰が抜けてしまっていた。
そんな自分の不甲斐なさに憤慨しながら、なっちは、転校してきて
から初めてマリア様に手を合わせた。
(お願いです。助けてあげて…。これ以上、あのコを傷つけないで…)
プワァァーーーー。
大きなクラクションの音で、固く閉じていた瞼を開いた。
風のようにふわりと現れた少女が道路に駆け寄って、仔犬を拾い上
げているところだった。バサリと翻るのは、見覚えのあるセーラーカラー。
その直後、車がものすごい勢いで突進してきて、なっちの前髪が
ふわりと持ち上がった。
今度は彼女が轢かれちゃうんじゃないかって、ハッと息を止める。
でも、彼女の身のこなしは思いのほかスムーズで、仔犬を抱きかか
えながら、あっという間に白いガードレールを飛び越えていた。
- 186 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:10
-
車が通り過ぎる。
長いクレームのようなクラクションが響いたあと、土をいっぱい背
負ったダンプカーから野太い罵声の声が聞こえてきた。
彼女は、それを気にも留めないように、仔犬に向ってなにかブツブツ
言っている…。
「…もう、バカだなぁ。横断歩道じゃないとこ渡っちゃダメだろう…。」
「道路を横切るときには、右左をよーく見なくっちゃ。」
まるで小学生にでも言い聞かせる口調だ。
カノジョは血まみれのその子をギュっと抱きかかえたまま、そう言って
笑いかけた。その笑顔に、なっちの中にあった、なにかがストンと
落ちた気がした。
しばらくしてから視線が遭う。
彼女が、じっとなっちを見ている。
そして…。
「あ、あのさ…もしかして、アナタの犬なの?」
「……。」
声が出なかったから、首を振って否定した。
「だ…だいじょうぶ……?」
アタシの顔が、あまりにもひどいせいだろう。
カノジョが、心配そうに聞いてきた。
なっちは、恐る恐る彼女に近寄った。
思うように脚が動かせなくて、手と足が一緒になる無格好な歩き方で。
ようやく傍まで来ると、意を決して、腕の中の子を見つめる。
- 187 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:12
- 「……ひぃっ!!!!」
さっきの愛らしい姿は跡形もなくなっていた。
オドロオドロしいものが、お腹から飛び出ている。なっちは、悲鳴を
上げながらストンとアスファルトに蹲った。
涙が、滝のように溢れ出る。
ごめんなさい…。
ごめんなさい…。
ごめんなさい…。
なっちは、泣きながら、ナツ先生の声を思い出していた。
アタシの笑顔がなんか怖いと初めて言ったあの人の声が…。
結局、あのときの恐いの意味は教えてもらえなかった。聞くのを忘
れていた。
どういう意味だったのか判らないけど、でもそれは、人の生死に関わ
るほどのことなの…? だとしたら、ホントウに恐いよ。
自分の笑顔が恐くなった。
アタシのせいで…このコは…なっちの顔を見なかったら…。
いろんな感情がごちゃまぜになる。
なにがなんだか、分けが分からなくなって、なっちは、その場でわん
わんと子供のように泣いてしまう。
こんな人の行きかう往来で、声が枯れるまで。ずっと。
悲しみとも苦しみとも言えないグチャグチャの感情が、涙と一緒に
すべて溢れ出た。
- 188 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:14
-
「…だいじょうぶ?」
どれくらい泣いていたのだろうか。
仔犬を抱きかかえたまま、カノジョが、心配そうに声を掛けてきた。
「…あ、……ん。ごめん、ね。……」
呼吸がだいぶ落ち着いてくると、今度は、自分の取った行動が信じ
られなくなって。
下校時間はとっくに過ぎていたから、生徒はあまり通らなかっただ
ろうけど、それでも、幹線道路だから、ポツリポツリと人が通り過
ぎたのは知っている。遠くのほうから、不信そうに見ていくサラリー
マンもいただろう。
すっかり取り乱してしまった自分が、恥ずかしい。
もう一度謝ると、彼女はなにに謝っているんだろうって顔をしながら
首を傾けた。
近くで見るその子の顔が、異常に綺麗なのにビックリする。
そこらへんのアイドルよりも可愛いいって。
でも、彼女が大事そうに抱いている子が視界に入ると、なっちの
瞳から、また、新しい涙が零れ出た。
「…ごめんね。痛かったよね。ごめんねぇ。ごめん、ごめん……。」
涙って、どこに貯蔵しとくんだろう。こんなにあるもんなんだ。
アタシのそれは、止まることを知らない。
「へ?…なんで、謝ってるのさぁ? だって、アナタが悪いわけじゃ
ないでしょ……。」
「…でも、なっちが笑っちゃったからぁ…。なっちに気付いて飛び
出しちゃったの、このコ。だから、なっちが悪かったの……。」
我慢なんて出来ない。
またぶわっと込み上げてくる。
延々と泣きながら変なふうに呼吸を繰り返していると、やわらかい
声が頭上から降ってきた。
- 189 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:16
- 「もう、そんなに泣かないでよ。そんな顔してないでいいんだよ。
それよりさ、この子の顔、ちゃんと見たぁ?」
「…っ、うっ……」
顔をあげる。
女の子は、満面に笑ってた。
「ほら、ちゃんと見てよ。笑ってるでしょ? この子は死ぬ前に
こんなにうれしそうに笑ってたんだよ。なっちに笑いかけられて、
うれしかったんだよ…?」
どうして、アタシのニックネームを知っているのだろうと思って
きょとんてする。でもすぐに、自分が連呼していたのだと気が付いた。
彼女の言葉に、恐々と腕の中を見つめる。
「…笑ってる。」
なっちは、呟きながら、カノジョを見上げる。
カラダは相当重症なのに、仔犬の顔は、奇跡的にほとんど無傷だった。
「…うん。死ぬ前までこの子はシアワセだったんだ。だから、アナタ
が、そんなふうに泣かなくても、いいんだよ。」
彼女は「よしよし」と白い頭を愛しそうに撫で撫でする。
犬を撫でているはずなのに、なっちは、なんだか自分にされたような
錯覚に陥った。
女の子にしては、わりと大きな手。ピンク色の爪がカノジョに合っ
ている。
- 190 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:17
- 「んじゃ、行くよ。」
「ふへっ?」
ズビッと鼻を啜って、アタシは目を丸くして彼女を見つめた。
い、行くって、どこへ…?
「ふたりで、ちゃんと葬ってあげようよ…。」
「…うん。」
コクンと頷いた。
落ちていたカバンを拾い上げて、彼女の分も一緒に背負う。
青いビニールのショルダーバックには、岡女の校章と、ローマ字で
「SOCCER CULB」と書かれていた。
同じセーラー服が、海風でバサリと翻る。
なっちは、彼女の影を追うように踏みしめながら、なんとか脚を
前へ動かしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
- 191 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:19
- 到着したのは、5分ほど歩いたところにある海岸だった。
穏やかな波が行ったり来たりを繰り返す。人工的な白い砂浜。
キュッキュッと音を上げながら二人は歩く。人影はなかった。
彼女は、どこからか棒を持ってきて、砂浜に穴を掘り始めた。
「…えっ?」
「…んぁ?」
「こ、ここに埋めるの? いいのかなぁ?」
「う〜ん。そりゃ、よくはないだろうけどさ、でも、ここお台場だし、
土のとこなんてこの辺にないよ? それとも海にでも撒布する?」
撒布っていうのは、焼いてから骨を砕いてするものだろう。
犬の死体がプカプカ浮いていたら、ヨットしている人がビックリ
しちゃうって。
それに、なんか可哀相だし…。
なっちは、声にはしないで一緒に穴を掘り始めることで、カノジョに
答えた。彼女も、棒でせっせと掘り起こす。
砂ということもあってか、子犬が入りそうな穴はそんなに掛からずに
空ける事ができた。
女の子は、大事そうに砂の上に置いていた仔犬を、そっと抱きしめると。
独り言のようにブツブツと繰り返して、その白い額にチュってキス
をした。
その仕草が、なんだか映画のワンシーンを見ているようで、なっちは、
ポーっとなる。
- 192 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:22
-
「ほら、なっちも、ちゃんとお別れしてあげて?」
「…う、うん。」
すっかり、「なっち」になっちゃってるなぁとか思いながら、アタシは、
白いコに視線を向ける。
また涙が零れ落ちてきそうになるのを懸命に堪えて、ココロの中で
もう一度謝りながら、ギュって抱きしめた。
そのあまりの軽さに、胸が痛くなる。
あばらがゴツゴツしてるの。お腹は空かしてなかったのかなぁ…。
もっと生きられたらさ、楽しいことがいっぱいあったかもしれないのに…ね。
おいしいものを食べれたかもしれない。
彼女が砂を被せている間も、ずっとそんなことばかり考えていた。
いつのまにどこから持ってきたのか(たぶん、あそこの花壇から抜いて
きたと思われたが…)こんもりと出来上がった砂の山の上には、色とり
どりの花が添えられた。
彼女が、最後にもう一度手を合わせたので、なっちもそれに習って
目を閉じた。
それから、「ふぅ」と大きな溜息を零してアタシを見た女のコの顔は、
どう表現したらいいのか判らないような、そんな顔をしていた。
すっかり日も傾いて、ちょうど太平洋に夕日が沈んでいくところだった。
その光景がとても綺麗で、二人は、無言のままじっと見つめてしまう。
そして、海のほうを向いたまま、カノジョは、静かな口調で言ったんだ…。
「…だいじょうぶだよ。そんなに苦しそうな顔しなくたって。この子
は、なっちのせいだなんて思ってないよ。そういう運命だったんだ…。
あれは、偶然だったんだ…。」
「…でもさ、あんなになっちゃって、痛かったよ……?」
ひうっと声が洩れた。
どうしても我慢できなくて、自分の腕に雫がポトリと落ちる。
- 193 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:25
- 「…うんん。きっと痛くはなかったよ。痛いって感覚は、もうなか
ったよ。アタシのお父さんもそうだったから判るんだ。お母さんが
そう言ってたから…。」
「ふえっ?」
「アタシが小4のときだったかな。アタシのお父さんも居眠り運転の
車に轢かれて死んじゃったんだ…。」
「……。」
こういうとき、どんな言葉を掛けてあげればいいのか判らない。
なっちは、オロオロしながら、彼女の顔を見つめた。
彼女は、それに気付いて、アタシのほうを向くと二ィっと白い歯を
見せ付けた。
「大丈夫だってばさ。そんなに心配しないでよ、随分前の話だし。
…んでも、アタシもそうだったなぁ。…さっきのなっちみたいにさ、
あの時は、病院でワンワン泣いた……なんか、ちょっと思い出しちゃ
った…。」
その言葉を聞いて、顔が、カーっと熱くなるのを感じた。
さっきした自分の行動を思い出す。なんで、あんなに声を上げて
泣いたのだろう。
自分でも信じられない。だって、アタシは、人前で泣くこと自体
恥ずかしくて出来ない人なのだ。
カノジョは、気にせず言葉を続けた。
「子供だったからかな、お父さんが死んじゃったとか、悲しいとか
そういうのよりもね、お父さん、すごく痛かっただろうなってほう
が強くって、可哀相でさ。アタシ、すごく泣いたんだよね…。」
「……。」
「そしたらね、お母さんが言ったんだ。ぶつかったのはほんの一瞬
で、痛みなんて感じてる余裕はなかったんだって。だから、そんな
ふうに胸を苦しめる必要はないんだって…。」
「……。」
「お父さんさ、その日は給料日で、会社の人と一杯引っ掛けてたんだって。
お寿司とか大好きなビールとかいっぱい飲んで食べて騒いで、いい
気持ちで歩いているところをね…
フッ。お父さんは、そういう運命だったんだよ。だって、お棺の中
のお父さん、すっごくシアワセそうな顔してたもん。
死ぬ間際まできっとほろ酔い気分でシアワセだったんだよ…。」
彼女の声はやたら明るかった。
なっちの涙が乾いていく。
彼女なりのやさしい励まし方が、うれしかった。
- 194 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:28
-
辺りがすっかり色を変えるのにも気にせずに、二人は砂浜に体育座り
のまま、それから、いろんな話をした。
なっちは、今まで自分の周りに起きたことをしゃべっていた。
センセイを好きになったこと。その人が女の人だってこと。
必死になってようやく想いを遂げられたのに、アタシのせいで、
離れ離れになってしまったこと。コイビトと同時に、親友を失ったこと。
こうして、東京に来たけど、ずっとあの人のことを忘れたことがない
ということまで…すべて。
息をつく暇もないくらい、機関銃のように言葉を発する。
それが、初対面の人に、するような内容じゃないのは、判っている。
なんでなのか、自分でも判らない。
東京に転校してきて、友達もいっぱい出来て、うれしかったけど。
でも、矢口やカオリや圭ちゃんには、どうしてもホントウのことを
言えなかった。
なのに、カノジョの前では、すんなりと口にすることが出来た。
そして、なんだか、体が軽くなっていることに気が付いた。
自分のココロの中に深くそれを鬱屈していたのかもしれない。
そう。なっちは、ずっと誰かに聞いて欲しいかったんだ…。
ちいさい胸に抱えた重たい十字架を、誰かに打ち明けたかったのだって。
「…そっかぁ。……そうなんだぁ…。」
- 195 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:30
- 彼女は、頷きながらそればかりを繰り返した。
別に、なにかを言って欲しくて告白したんじゃないし。アタシは、
それを望まない。
「うん…。ごめんね、変なこと言っちゃってさ…。」
「…別に変なことじゃないじゃんかぁ。好きになるのに男も女も
ないよ。」
きっと、このコなら、そう言ってくれると思ってた。
たとえ、それが本心からじゃないとしても、そう言ってもらえる
彼女のやさしさが今のなっちには、うれしかった…。
「…うん、ありがとね。…あ、それより、もうだいぶ暗くなっちゃ
ったね。そろそろ帰ろうかぁ。」
「あ、ほんとだぁ。」
海の向こうのレインボーブリッチがちょうど、ライトアップをはじめた。
電飾に身に纏った屋形船が優雅に東京湾を横断する。
いま、東京に立っているんだということを、否応なく感じさせる。
頬を撫でる生温かい風の感触。
夏が、もうすぐそこまで近づいているのかもしれないね。
それにしても、初めて遭ったというには、彼女はぜんぜんそんな感じ
がしないのが不思議だった。
彼女に周囲に纏うほんわりとした空気が、なんだか心地いい。
名残惜しさを感じながら、なっちは、立ち上がってパンパンとスカー
トの砂を払う。
カノジョもそれに習って、重たい腰をよいしょと持ち上げた。
- 196 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:32
- 「じゃ、今日は、ほんとありがとう。」
そう言って、ちいさくアタマを下げた。
そういう言葉が適切じゃないのかもしれないけど、それしか思い浮
かばなかった。なんだか、どうしようもなく、お礼が云いたい気分
だったんだ。そのままカバンを肩に掛けて、振り返ると。
「あ、待って!」
カノジョが、アタシの腕を、自分のほうへと引き寄せる。
「…あのさぁ。…なっち、前にどっかで遭ったことなかったっけぇ?」
「…へっ?」
急に、どうしたの?
それじゃぁ、まるで、渋谷でナンパしてきた人みたいな男の人の
言い方みたいだよ…。
その後に、ねぇねぇ、カラオケ行こうよォってな具合に。
薄明かりの中、じっとこっちを見つめてくる吸い込まれそうなくらい
強い瞳。なっちは、うっかり蕩けそうになる。
いや、遭ったことは、…ない、と思う。北海道から来たばっかだし、
それになにより、こんな綺麗な顔を、一度、見たら忘れないと思うから…。
「…そっかなぁ。どっかで遭ってると思うんだけどね…。それよりさ、なっちって、
おウチどこ?」
- 197 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:35
- 「へっ?…あぁ、田町だけど…。」
「うおっ。近いじゃん。…あのさー、悪いんだけど、ちょっとお邪魔
してもいいかな? タクシー代持つからさ。」
「ふへ?…なんでタクシーなの?」
目を丸くさせると。
カノジョは自分のお腹のあたりを、ちょんちょんと指を指す。
セーラー服には、赤黒い血がべっとりと付着していた。
「いくらなんでも、これじゃスプラッタじゃん。だめかなぁ?」
きょとんと仔犬のような目で、じっと見つめてくる。
こんな顔をされて、ダメなんていえる人が、果たしているのだろうか。
でも、アタシは躊躇する。
「それに、なんかもっと、なっちと話したいし。…って、初めて
遭ったのに、こうゆうのも変だよね…?」
「うんん。うれしいよ。アタシももっと話したかったし…。」
それも、きっと本心だ。
さっきも行こうとしたとき、後ろ髪を引かれる気分だった。
だけど、アタシは、正直言って、人を家に招くことを歓迎していない。
麻美の友達が遊びに来るのは全然いいのだけれど、自分の友達を
家に上げるのは、別だった。
だから、仲良くなった矢口たちでさえ、まだ遊びに来ていない。
そういう話になったこともあったけど、アタシは、やんわりと断った…。
それは、たぶん、あのことが原因だろう…と自分でも、判っているけどね。
矢口たちのことは大好き。友達だと思っている。けど、今のアタシは、友達という言葉に
どこかナーバスになっていた。
こんな状態で、上辺だけで付き合うのはいけないことだということ
も判っている…。
けど、なっちのココロの傷は、まだ、瘡蓋も出来ていない状態なんだ。
- 198 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:36
-
だから、正直、厭だと思った。
そんなこと思っちゃって、ごめんね。
「おーい、なっち。だいじょうぶ?」
目の前で、綺麗な手のひらがヒラヒラと上下した。
なっちは、驚いて一歩、後図さる。
「…ダメ、かなぁ?」
覗きこんでくる不安そうな声に、首を振って答えた。
「…うんん。いいよ。狭いとこだけどね。」
「よかったぁ。…あ、そうそう、そういえば、なっちって、何さん
っていうの?」
あ、すっかり忘れてたよ。まだ、自己紹介もしてなかった。
なんか、アナタとは初対面て感じがしないから。やっぱ、どっかで
遭ってるのかなぁ…。
「あ、えと、2年C組、出席番号一番の、安倍なつみです。へへっ。なんか、照れるっしょ。」
こうして改まって言うと、緊張しちゃうよ。
ポリポリと頬を掻いていると、カノジョは言った。
「…中二かぁ。ずいぶん、オトナっぽいんだね。」
「んなっ、高二だよう! もう、失礼だなぁ…。」
よーく見てよ! ホラ、同じセーラー服着てるでしょ!!
そりゃ、…高校生に見えないって言われてるけどさぁ…。
- 199 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:37
-
「うえっ、そーなの? …てっきり下かと。んじゃ、なっちセンパイ
じゃん。…えと、オイラの名前は後藤真希。1年E組で、サッカー部
に所属しております。」
「…い、いちねんっ!!」
なっちは、目玉を丸くする。
てっきり、センパイかと思ってた。
だって、ずいぶん、大人っぽいし、落ち着いてるからぁ…。
そして今ので、なっちはカノジョに、急激に親近感を芽生えさせたんだ。
カノジョの声を聞きながら、自分のことを「オイラ」と呼ぶ、
ちいさな友人の顔を思い出していた。
アタシたちは、見つめ合って、プーって噴出した。
二人で作ったお墓に、もう一度手を合わせてから、道路のほうへと
歩きだす。脚が重たいのは、砂のせいだけではないのだろう…。
こうしてカノジョに出逢えたのは、たしかに苦い思いが絡むけれど、でも、ワンちゃんが
いなければ、なっちは、あのことを誰にも言えないで、いつまでもココロを閉ざしたまま
だったかもしれない。
アナタの死はとても悲しく、辛いことだけど、ありがとうって、言ってもいいのかな?
カノジョと結び合わせてくれたことに…。
潮風に混じって、ふわりと甘い匂いが鼻を掠めた――。
- 200 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:41
-
それから、カノジョは部屋に来た――。
なっちの作ったチャーハンを夢中で頬張りながら、喉が何度も上下
するのをじっと見つめる。
なっちはそれを見ながら、眉が八の字にドンドンなっていくのを
感じた。
…チャーハンは、センセイの大好物だった。よく作ってあげた。
カチャリと音を立てて蓮華をお皿の上に置いたカノジョは、アタシの
頬に手を伸ばしてくる。
「…すぐに楽になれる方法があるんだよ。……なっち、教えて欲しい?」
そう言って、ねぎ臭い唇が近づいてくる。
なっちは、触れる寸前まで、その魅惑的な造形をじっと見つめていた。
楽になれる方法なんて、あるわけがない。
たとえ、あったとしても、アタシは、楽になっちゃいけないんだ……。
あの人の顔が浮かぶ。鮮明に思い描く。
逢いたいけど、逢えない。もう、逢わす顔がない…。
このまま、消えちゃえたらいいのにな……。
ピタリと唇が重なる。
2人目のキスの相手もやはりまた、女の子だった。―――。
- 201 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/09/25(土) 22:41
- 多少、長めになりましたが、本日の更新は以上です。
- 202 名前:kai 投稿日:2004/09/25(土) 22:45
-
レス、ありがとうございます。
>ゆちぃさん…なっちは、ホントに可哀相だぁ。(喜)
しっかし、毎回毎回、何度泣かせたら気がすむんだろ。
だけど、あの顔を見てるとつい泣かせたくなっちゃうんですよね〜。(鬼畜)
ナツ×なちは、また、どこかで登場すると思います。
ハンカチ、次回も用意して待っててください!(笑)
>167さん…初めまして。ありがとうございます。
一気されると、ボロが出てないかと心配なんですが…。<いや、
いつも行き当たりバッタリの更新なもんで。(汗
ナツ×なち…初めは自分でもありえないよなと思いながら、書いて
いるうちに楽しくなってしまって…。(おい
オトナになっても、冒険は楽しいものです。意表を付く人をこれから
も出していきたいです。<他に誰がいるんだか…。(汗
>168さん…なちごまは、根強い人気があるようで。がんばって、
なちごまらしくしていきたいです。
てか、やっぱ、なっちは受けだよねぇ〜。アタシもそれしか、考え
られないもんっ。(苦笑)
- 203 名前:絶詠 投稿日:2004/09/25(土) 22:47
- リアルタイムだぁ♪♪
いやぁなちごまサィコーですねっ!
kaiさんの描写には驚かされますよ、ホントに。
とりあえず、ごっちんの優しさに惚れ惚れとしております…。
続き楽しみに待ってますねっ。がんばってください!!
- 204 名前:kai 投稿日:2004/09/25(土) 22:47
-
というわけで、なちごまがようやく始動しました。
エロ書くの大好きなんだけど、今回のは、どーも、抵抗があるようで。
上手い具合に進みませぬ。(苦笑)
やっぱ、なっちさんでエロは、まずいんでしょうかねぇ…。
胸が痛いYO。<でも、アタシは、やる!(爆)
- 205 名前:ゆちぃ。 投稿日:2004/09/26(日) 07:54
- なんか、ばっちりkaiさんマジックにかかってます(w。
今回もぽろぽろ泣いちゃいましたが・・・。
なっちに諦める癖がついちゃってるあたりから、最後まで止まらなかったです。
夏先生にしても、ごっちゃんにしても、どっちもイジワルですねぇ(w。
まぁ、回想のごっちゃんはすっごく優しいですけど。
とにかく、この先が気になります。
次もめっちゃ期待でハンカチ持って待ってます(w。
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/10(日) 16:11
- エロ、賛成の反対の反対(=賛成)!!
- 207 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:02
-
――キスしたあとの唇って、なんでこんなにやらしいんだろう……。
クチュリと、生々しい水音が、無音の室内に木魂する。
カノジョの口の中は、ほんのり温かくって、なっちの身体はバニラアイスの
ようにトロトロに蕩ける。
唇を放す。名残惜しくて、またくっつける。息が続かなくてもう一度、放す。
でも、やっぱりくっつけて。
それを、何回も繰り返した。ようやく重たい瞼をじわりと開けると、二人を結ぶ
銀の糸がぶら下がるように伸びていた。
やらしげなその橋を、なっちは、唇で受け取める。と、そのまま倒れこむように
彼女の首筋に押し付けた。ふわりと漂うコイビトの匂いに、ようやく息をつく。
海で溺れた人みたいに、ハフハフさせて。
顎を休めたのは、ぽっかりと窪んだ、まるでちいさな池のような場所だった。
アタシのために誂えたような、ちょうどいいサイズが、なんだかおかしくて。
鼻腔をくすぐる甘い匂いに、ギュッとシアワセを噛み締めた。
「……ふあぁぁ。…ねぇ、今日は…何点…?」
呼吸を整えてから。
アタシは、いつものように甘えた声で尋ねる。
- 208 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:04
-
「…ん〜〜。……そうだねぇ、今日は、…3点、かな。」
余裕たっぷりにそう言って、コイビトが、ふふっと口元を緩めた。
まだ固いままの胸の先端どうしが軽く擦れあってくすぐったい。
逃れるように肩を捩じらせながら、なっちは、濡れた唇をムぅと、
突き出した。
間近で見つめた唇は、ほんのりと赤く腫れていた。
キラキラと反射するのは、二人分の唾液。いつも見ているはずの
ソレなのに、キスをした後はなんだか、別もののような気がしてく
るから、不思議。
心臓がすごくドキドキするのを慌てて隠して、なっちは、悪態をつく。
「…あーぁ、今日は、がんばったのになぁ。…って、それ、5点満点
だよねぇ?」
弱冠の不服に、眉を寄せながら、それでも、口元はどしようもなく
緩んでいる。
ふと、気が付いてそう確認すると、彼女は薄い唇をシニカルに曲げ
ながらちいさく首を振った。
「うんん。10点満点だよォ〜。」
「そ、そんなぁ〜〜。」
じゃぁ、全然ダメってことじゃない。
力なくがっくりと項垂れていると、やさしく背中を撫でてくる感触
に静かに瞼を落とした。カノジョの首筋は、お日様の匂いがする。
いつからだろう。
センセイが、プライベートでもセンセイになったのは…。
- 209 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:08
-
初めてコイビトの裸をみた日。カノジョは、自分の腕の中でぐったり
力尽きたアタシの背中に向って言ったんだ。
「…いっとくけどさぁ、これは、まだセックスとはいわないからね。」
人肌がこんなに気持ちいいものだなんて、知らなかった。
好きな人の裸を目にするだけで、こんなにも欲情する自分がいたの
もビックリだった。
あの時は、恥ずかしいのと、うれしいのと、気持ちいいのと、とに
かく、いろんな感情がミックスになっていて、それでも、ようやく
結ばれたんだぁと、安堵感いっぱいで、一呼吸ついたあとのその一
言に、なっちは、お布団の上で凍りついた。
すっかり甘い余韻に浸ってまどろみかけていたアタシにそれは、
ピストルで心臓を打ち抜かれたような衝撃だったんだ。
カノジョは、アタシの腕をやさしく擦りながら、それでも、きっぱり
と言い切った。
「…だって、まだ、一方通行でしょ?」
「…う、うん。」
短いその言葉に、センセイの中のすべての想いが凝縮されているの
だと思った。
だから、カノジョの言葉がストンとなっちの中に入ってきた。
…そうだった。
だって、アタシは、まだ、アナタになにもしてあげていない。
アナタを、満足させていない。
アナタの言い分は正しいです。
なっちは、また、あのときの二の舞をするところだったね。
センセイの部屋に初めて行った日のことを思い出す。
この布団の上で、泣きながら告白した日のことを。
- 210 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:11
-
「…ご、ごめんなさい。」
ようやく口から出てきた声は、ひどく掠れていた。
また、独りよがりをするところだった…。
なっちは、いつも、こうなんだ。
自分のことで精一杯になると、舞い上がって、相手の気持ちまで汲み
取れなくなる。
なに、一人で勝手に満足しちゃってんだろうって。まったく…。
たぶん、アタシタチがフツウのカップルだったらば、こんな思いは
しなかったのだろう。
それは、自分が相手に身体を預ければいいだけで、相手は思いを遂
げられるから…。
だけど、アタシタチはチガウ。二つとも同じ身体。
お互いが、同時に満足できるなんてことは、もしかしたら、ないの
かもしれない。
目の前のおでこにキラリと光る汗の結晶をみて、なっちの火照った
顔がまるで信号機のように、赤色から青色に変わっていた。
だからって、いまされたことをしろって言われてもすごく困る。
いや、出来ないよォ、そんなの…。自信ないもん。…それよりも、
今は身体が動かすことさえできないでいる。
自分のあまりの不甲斐なさに唇をギュっと噛み締めていると、カノ
ジョの薄い唇が近づいてきて、なっちのそれと重なった。
「……っ。」
ほんのり濡れた唇を指先で押さえながら。
アタシは、目の前の人を、じっと見つめた。
- 211 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:13
-
「…セ、センセ?」
「あぁ、頼むから、泣かないでよォ。別に、そういうつもりで言っ
た訳じゃないんだからさ…。」
「…うんん。ごめんなさい。…アタシも…してあげたいのに、どう
していいのか分からないんだ。ごめんね、センセイ、なっちには、
出来ないよォ。」
アタシは、すんなりと白旗をあげた。
自分が情けなくて、涙が止まらずに溢れ出す。
どうして、好きな人を愛することが出来ないんだろう。
こんなに好きで好きで、大好きなのに。
そんな気持ちだけじゃなんの役にも立てやしない。
また、唇が近づいてくる。啄ばむだけだった口づけが、それだけじゃ
なくなってくる。
滑らかな舌が入ってきて、咥内をやさしく撫でられた。
丁寧でやさしい口づけが、何度も繰り返される。なっちは、それを、
甘んじて受けるだけ。
「…うん。判ってるよ、そんなことは初めっから。」
チュルンと音を上げながら唇を離すと、彼女は唐突にそう言った。
「…安倍が同じこと出来るとは、センセイだって、思ってないって。」
「……ううっ。」
そうはっきり言われると、それはそれで悔しくって、アタシは、また
唇を噛み締めた。
負けず嫌いが顕著に現れる。
そんな様子を間近で見つめながらカノジョは、ちいさな笑みを口の
端に浮かべるんだ。
- 212 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:17
- 「フッ。大丈夫だって。いくら、アタシでもさ、いまの安倍になにか
してもらおうなんて思ってないよ。…でもね、さすがに、そんな至福
な顔されても困るなァ。これで、お終いと思われてもね…。セックス
は、二人でするものなんだしぃ…。まだまだ、これからなんだから、
ね…。」
「…う、うん。」
そんな、やさしい声に、涙が込み上げる。
センセイが、ちゃんと自分と向き合ってくれているんだってことを
知る。
「いますぐに…とは言わない。でも、そういうのもあることは考え
て欲しい、かな。」
「…うん。」
そんなカノジョの真摯な態度に、なっちは振り子のように何度も
何度も頷いていた。
センセイの指先が肌を滑るように降りてきて、さっきの行為が蘇る。
カノジョの指は、なっちの想像以上に気持ちがよくって雲の上にい
るのかと錯覚した。
アタシの肌に触れたひとつひとつの指の感触がまだ残っている。
唾液の痕が、身体のあちこちに付いている。
さっきは、あんなにもスゴイと思ったのに。こんなのされたら死ん
じゃうって叫んだのに。
まだこの先に、これ以上の未知な世界がまだあるのかと思うと、
なっちの背中は、ブルブルと震えだす思いだった。
されるのは、照れくさいけど、うれしくて、シアワセで。
でも、センセイにするのを想像すると、恥ずかしいけれど、なんか
ドキドキする感じがする。
センセイは、アタシにどんな顔みせてくれるのだろう、どんな声を
聞かせてくれるんだろう。
なんか、心臓が早鐘のように高まっていた。
- 213 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:20
- 身体が、ひどく熱い。
ぜったい、いま、体温計を口の中に差し込んだら、壊れちゃうね。
カノジョの体温は、アタシをすっぽりと包んでいた。
「で、でもさ、センセイ? なっちにも、いつか、センセイみたいに
出来ると思う?」
不安になって上目遣いでそう尋ねると、カノジョは今日一番の笑み
を浮かべた。
「って、安倍さん、…アタシを誰だと思ってるの…?」
「…へ?……えっ、と、センセイは……せんせ、い…?」
素直にそう、答えると。
カノジョのちいさな胸がフルリと揺れる。
「そうだよォ。ま、その道に関しちゃエキスパートだからね。
アタシが付いていれば大丈夫だっ!」
「…って、そんな胸を張られてもぉ…。それに、それ、なんかうれ
しくないよォ〜。」
腕の中で暴れるなっちを、センセイはギュって抱きしめた。
歯向かおうとする気持ちが急激に失われる。
ゆっくりと押し倒されて、カノジョの香りのする枕に沈む。
そのまま、まるで宝物を扱うかのように、センセイは、アタシの顔を
両手で挟んだ。
そのやさしいほほ笑みを、なっちは、ギリギリまでみつめていた。
やさしい口づけが降りてくるまで…。
- 214 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:23
-
それからだった。
えっちのたびに、センセイの講習を受けるようになったのは。
でも、なっちの教習課程は、まだ第一段階のキスで止まったまま。
なっちの覚えが悪すぎるのか、それとも教官が厳しいすぎるのか…、
ま、両方だと思うけどね。
それでも、いつも一生懸命取り組むアタシに、カノジョは頬を緩ま
せて言う。
「…安倍はさ、なんでもがんばる子だよね。授業のマラソンの時も
そうだった。いつもビリでさ、みんなからだいぶ離されても、諦め
なかった。歩く子とかもいたけど、安倍は絶対に歩いたりしないで、
どんなに遅くても一生懸命走ってた。」
なっちの髪を指先で弄びながら、淡々と口にする。
そのとき、なっちは、目から水分が溢れ出そうになって大変だったんだ。
センセイが、ちゃんと自分のことを見ていてくれたのだと知る。
何百人もの生徒の中の一人を。
その言葉に、なっちの胸の奥がキューっと熱くなっていた。
「…さてと、んじゃ次は、アタシの番だ。」
カノジョは、得意そうにアタシの顔をじっと覗き込んできた。
こんな顔を見るのも、ぜんぜん、キライじゃなくて。
そのまま、頬に手が添えられて、顎先をクイッと持ち上げられる。
- 215 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:25
- カノジョの唇を受けていつも思うのは、キスって、なんで、こんなに
気持ちいいんだろうってこと。
センセイの唇がちょっと触れるだけで、なっちは、くたんと力が
抜けていく。
いつまでも経っても慣れなくって、それは、彼女の苦笑を誘うだけ。
その隙に、生温かい舌が滑り込んでくる。
なっちの口の中を余すところなく嘗め尽くす。まるで、魔法のよう
なソレ。目を瞑ったまま、ひたすらカノジョの腕にしがみ付いていた。
だって、そうしてないと、どこかへ飛んで行っちゃいそうだったから。
「ふぅ。…何点?」
特に呼吸を乱すこともなくカノジョが、聞いてきた。
なっちは、息も切れ切れで、そんなチガイにも悔しくて、それでも、
なんとか答える。
「……9。」
センセイは、ニヤリとしながら、でも、不服そうに舌を巻くんだ。
「ふ〜ん。残念。自信あったんだけどな。…んじゃ、一応聞いとこ
うかぁ。んで、その一点のマイナス要因はなに…?」
ゴクンと飲み込んだ唾液は甘さとほんの少しの苦味をもたらす。
- 216 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:29
- 「……タバコ。タバコ臭かったよ。センセ、また吸ったっしょ!
もう、身体に毒だって言ってるのにぃ、何べん、言っても聞いてく
れないんだからぁ!!」
こんな行為のあとなのに、そんなこと言ってる自分にも苦笑するけど。
ファーストキスがレモン味だ、なんてのは、幻想もいいとこだ。
現実は、苦いコーヒー味だったり、さっき食べたラーメンの味だったり。
意外と所帯じみたものだったりする。
センセイは、あの日からアタシの前で吸ったりはしないけど。
ときたま、キスがタバコの味がするのには、なっちは、敏感だった。
でも、言うほどそんなに厭じゃないって思うのも、やっぱりべた惚れ
の弱みだろうか…。
「あはっ。はいはいって、一本だけだよォ。もう、安倍は、目ざとい
なぁー、って、キミは、アタシの風紀委員かっ!」
なっちのおでこをツンツンと突付きながら、カノジョが笑う。
付き合うようになるまで、こんなに豪快に笑う人だとは知らなかった。
でも、そんな姿を見れるのも恋人の特権だと思ったら、やっぱり、
うれしくて、口元が緩んじゃう。
キスの後、抱きしめられるのも、なんかスキ。
呼吸が収まるまで、やさしく背中を擦ってくれるのも、くすぐった
いけどうれしい。
そんなときは、なっちは、決まってその場所に顎を乗せるんだ。
乱れた呼吸も自然と落ち着いてくる。
薄い背中に腕を通すと、細くて折れちゃいそうなのに、裸のまま
抱き合うと、しっかりと筋肉がついているのがよく判る。
アタシを守ってくれているみたいに頼もしい腕。
背中の感触を指先で確認するのも、なんかスキ。
ちょうどいいくらいに重なり合う胸同士。くすぐったくって、なっち
の乳首は少し大きくなっちゃう…。
こんがり日に焼けた肌。冷たいのかと思えば意外と温かくて、なっち
のココロはいつもホカホカになるんだ。
- 217 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:31
-
女の子に生まれてきてよかった。
女の子に生まれて、女のアナタと出逢えて、ホントウによかったよ。
こうして抱き合うと、いつもそんなことばかりを思っている。
そう、あれは、いつだったか、ふざけるように顎をカクカクさせ
ながら、
「ここで、金魚でも飼えそうだよね?」
何気なくそう言ったら、カノジョは珍しく手を叩いて大爆笑した。
もう一度、温かい腕の中で抱きしめられたい。
アナタの声が、聞きたい。
アナタの匂いが、恋しいよ。
ねぇ、センセイ、なっちのアゴが淋しいって泣いているんだ…。
◇ ◇ ◇ ◇
- 218 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:33
- 背中にやわらかな凹凸を感じながら、急にそんなことを思い出していた。
夢から醒めたあとの現実に、なっちのココロは冷たく打ち震える。
さっきから、ボリュームのある質感が、ギュっと押し付けられていた。
首に回された産毛もないようなすべすべの腕。
同じスポーツでもサッカーとバレエでは筋肉の付き方が、全然チガウ
んだってことも、初めて知った。
砂糖菓子のように甘い匂い。
頬をくすぐるサラサラの髪。
それは、すべてがあの人ではないんだと、なんだか、責められている
ようだと思った。
どうして、なっちは、こんなことしているんだろう。
あの日は、どうかしてた。
ただ、体温が欲しかった。抱きしめてくれるやわらかな腕が欲しかった。
アタマではなく、身体がどうしようもなく欲求していた…。
だからなっちは、センセイじゃない人に抱かれてしまったんだ。
だけど、それは一時的なことだった。
終わったら、こうしていつも、虚しさとやりきれなさが残るだけ。
アナタへの想いが強くなって、余計に悲しくなる…。
まさかさ、こんなことになるだなんて、思いもしなかったよ。
なっちは、浅はかだった。
きっと、バチがあたったんだね。
- 219 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:35
-
「…ね、なっちぃ……。ねぇ、寝ちゃったのォ…?」
アタシは、じっと薄汚れた壁の一点だけを見つめていた。
「……ねぇ、ねーってばぁ、もー、起きてるんでしょ?」
ユサユサと揺らされる。
その甘えた口調だけで、カノジョの要求が読めて、うんざりと息を
吐く。
「…なんかさ、さっきのなっち見てたら興奮してきちゃったの。ねぇ、
もう一回してもいい?」
ゴロンと寝返りを打たされて、突き刺すような眩しい明かりに、
パチパチと目を瞬いた。
泣きたいくらい悲しいのに、涙は出ていない。
泣き過ぎて、水分はもう涸れてしまっているのかもしれない。
綺麗な顔が上から、ヒョぃと覗き込んでくる。
にきびも、日焼けも薄い、なめらかな肌だ。
「…いい?」
「………。」
無言で返すと、彼女は、ベットレストの時計を指しながら、
わざわざ言い直す。
「まだ、あと一時間はあるからさ、もう一回してもいい?」
答えられないでいるのをなんと取ったのか、いちいち聞いてくる
カノジョが鬱陶しい。
唇が近づいてくる気配に、なっちは、慌てて顔を逸らした。
- 220 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:37
-
「…やっ、キスはしないで!」
それは、いつもの台詞。
だけど、その度に、なっちはギュっと瞼を閉じる。
カノジョの顔が見られないようにだ。
きっといま、捨てられた仔犬のように泣きそうな顔で、アタシを
見ているのが判るから。胸がキュンと苦しくなる。
自分が、酷いことをしているとさえ思えてくる。
だけど、アタシは、頑なだった。
「…いっ、………。」
強引に片手を取られた。
そのままアタマの上で押さえ込まれる。
右手は、なっちの顎先を掴んで正面に戻した。
「…んっ、やあぁ……。」
濡れた感触。呼吸を塞がれる。
そのひどく熱い感触に、ブルルと背中が震えた。
強引に唇が割られて、そのまま滑り込んでくる舌。
ぬるりと舌先を激しく絡まされて、軽く齧られた。
ピリッとする痛みに、なにをされたのか分からなくて、なっちは、
恐々と瞼を開ける。
見下ろしてくるカノジョが、悲しそうに笑ってた。
- 221 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:39
- 涙が、流れるように耳の中に落ちてくる。
掴まる腕があまりに強くて、だんだん痺れてくる。
口の中をたっぷり犯されて、ようやく放たれた瞬間、なっちは、
忘れていた呼吸を慌てて取り戻した。
頭の上から、薄く哂う声がする。
「…ねぇ、なっちぃ、少しはごとーのこと、好き?」
珍しく弱々しいその声色に、相変わらず返事を返すことはない。
じっと、潤んだ瞳で見つめ返すだけ。
カノジョは、唇を曲げて自虐的に哂った。アナタに、そんな顔は
似合わないのに…。
「もう、正直者なんだからなぁ。でも、ごとーは、なっちのことが
大好きだよォ。」
独り言のようにちいさく呟いて、今度は、やさしいキスの雨を降ら
せた。
それが、動物のようなあの行為の…始まりの合図だったんだ――。
◇ ◇ ◇ ◇
- 222 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:42
- 口づけの嵐と、激しい愛撫に、なっちは、すっかりカノジョの指に
溺れかけていた。
「…だめ。ホラ、もっと、腰あげてよォ…ちゃんと、脚、開いて……!」
「……いっ、…やっ……。」
何度も身体を嬲られて、ぐったりと力尽きた身体を、今度は反転さ
せられる。ベットにうつ伏せになって、アタマを枕に沈ませる。
持たれた腰骨を高々と引き寄せられると、あっという間にあられも
ない格好になった。
あらぬ場所が、外気に晒されて、なっちは、必死に抗った。
「…いやぁ……こんな、カッコ……やだあぁ…。」
抗議の声を無視して、脚が両側に開かされる。
これじゃぁ、見えなくてもいい部分が丸見えになっちゃうよォ。
あまりの羞恥心になのか、血液が逆流しているせいでなのか、
クラクラと眩暈がする。
脚を閉じようと懸命にもがくのに、カノジョの腕は強引だった。
「すごーい。えっちぃ眺めだよォ。なっちのココ、ほら、ぜ〜んぶ
見えちゃってるよ?」
揶揄いまじりの声。
その言葉に反応するかのように、なっちのソコがヒクヒクと痙攣した。
涙が逆流する。恥ずかしくて、歯を食いしばる。口の中は血の味がした。
ふかふかの枕に頬を押し付けたまま、イヤイヤと力なく首を振った。
「…う……っん、くぅ………。」
お尻を撫でる手のひらの感触。片手で器用に指先で大きく開かされ
て陰部が露になる。
別に、気持ちよくなったわけでもないのに、そこから、ツーっと、
雫を垂らしてしまう。
それを見咎めた、カノジョの喜ぶ声が脳にガンガンと響いた。
- 223 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:44
- ベットレストのデジタル時計が、「カチリ」と捲りあがる音がする。
その数字を見て、なっちは気が遠くなる思いがした。
帰りたいよォ。
誰か助けてと、声にならない声で叫ぶ。
誰もくるはずがないのに、いや、喩え大きな声で叫んだとしても、
必要以上の防音設備が、そんなことを許してくれない。
「………なっちぃ…。」
泣き腫れた瞼を開けると、口元に綺麗な人差し指が押し付けられていた。
なっちは、すぐにカノジョの意図を悟った。
そして、泣きそうな目で見上げる。
イヤイヤとちいさく首を振る。
それだけで、自分が、この少女に負けているんだと否応なく思い知った。
いやな汗が全身を纏う。
こめかみ辺りが、ズキズキする。
なのに、カノジョは、アタシの口の中に強引にそれを押し込めた。
口と鼻は直結しているから、その匂いと苦味にまた、ツーと新しい
涙が滴り落ちる。
それは、まぎれもなく自分の味だった。
何度も嗚咽に詰まる。気持ち悪い。
「もう、ちゃんと舌使って舐めるのォ〜!!」
「…っ、くっ、んはっ、……」
- 224 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:46
- ペンペンとお尻を叩かれた。あまりの屈辱に手をグッと握り締める。
悔しかった。年下の女の子に、いいようにされて、なにも言い返せ
ないのが。
そんなカノジョの舌は、赤く腫れたアタシのお尻のほっぺを撫でていた。
むず痒い感触に、なんども逃れようとする。
もちろん、そんなことは許されないのだけど…。
ようやく口の中が解放されると、今度は身体を強張らせた。
カノジョは反対の指先でソコを大きく露見する。
そのまま、自分の口で濡らした唾液まみれの人差し指を、そこに
押し当てた。
枕に頬をつけたまま、いま、まさに、なにをされようとしているの
かが分かった。
なっちは、イヤイヤとお尻を振って逃れる。それが、カノジョを喜
ばせる結果になろうとも知らないで…。
「…お願いぃ、それだけは、ヤダあぁ…ごっちん…ごっちん、やだぁ…。」
「…なっち、力入れちゃだめぇ…入んないでしょ。」
お尻を撫でられる。
だからって、言うことなんて聞けやしない。
「…お願い、しないで、やっ、入れないでぇ…――――――ああぁ…。」
水平に指が入ってくる。
なっちの中を掻き分けるようにして、どんどん奥まで入ってくる。
ガチガチに固まっている身体をほぐすように、もう一つの指は、
なっちの一番弱いところをくすぐっていた。
- 225 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:49
-
「やあぁ…だめ…っ、いやあぁ……」
言葉とは裏腹に、甘い喘ぎをもたらす。
唾液と涙で、白い枕カバーはぐちょぐちょになった。
いつもとはチガウ格好が、余計に不安を煽る。顔をあげて、なにを
されているのか見たい衝動に駆られたけど、もちろん、そんなことは
出来やしない。
まるで、獣のようなそのポーズがなっちをひどく惨めにさせた。
なのに、カノジョは、いつも以上に楽しそうだ。
「うわっ、うわっ。なんか、逆さまだと、なっちのここ別物みた〜い。」
そんな感想なんて入らないのに、わざわざ、口にする。
それに、他意がないから、なっちは怒る気力をいつも失う。
カノジョにあるのは、人一倍の好奇心だけだ。
「なっち、痛いよもう、そんな締め付けちゃだめでしょ。もう、
ごとーの指、折る気ぃ?」
人の気も知らないで、ケラケラと楽しそうに言う。
身体の中に、なにかが入っているという異物感が、たまらなく不快
だった。
どんなに泣きながら懇願しても、カノジョは許してはくれない。
ますます調子に乗って、指を律動させてくる。
なっちは、悲鳴のような声を何度も洩らした。
「…いたっ、痛いよォ……もう、抜いて、っ、苦しいぃ……。」
「なっちの、ほんとにちっちゃい穴だよねぇ…こんなんじゃ、男の子
のなんて入んないよォ!」
- 226 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:53
-
ごっちんの指が胎内で蠢く。
なっちは、奥歯を軋ませながら、その痛みに必死に堪えた。
徐々にいやらしい水音が洩れてくる。耳を塞ぎたかった。
喜んでいるわけじゃないって言いたかった。
センセイは、アタシのそこには一度も触れたことはない。
男の子の…がないセンセイが、アタシを突き破るにはどうするのか、
なっちは知らないわけではなかった。
ネットや、本で勉強したから…。
だけど、センセイは、初めてのとき、それをしようとはしなかった。
「まだ、早いよ」と言って、なっちが、どんなに懇願してもしても
らえなかったんだ。
実際、ウワサで聞いていた痛みも怖かったし、そのときはホッとし
たのも事実だけど。
でも、センセイにすべてを捧げたかったのもホントウ…。
カノジョはアタシを腕に抱きながら。
「…高校を卒業したらね」と、甘くキスをして、そう、誓いを立てた。
それが、センセイなりのケジメだったのかもしれないということは、
なっちは、後になってわかった。
生徒と付き合うことになってしまったことへの……。
誓いはあっという間に破られた。薄い膜と一緒に血となって流された。
年下の女の子の指で……。
アタシは、もう、アナタに顔向けできない身体になってしまったんだね。
いま、流れている涙はなんに対してなんだろう……。
「…なっちぃ、気持ちい?」
「…ううっ、……うううっ、…う…っっ、…」
ココロの中で、センセイの名前を何度も唱える。
下肢を弄ばれながら、込み上げてくる嗚咽は、枕で懸命に押し殺した。
これが、あの人の指ならば、どんなにシアワセだっただろう…。
◇ ◇ ◇ ◇
- 227 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:56
-
ザーザーという激しい水音で、重たい瞼をこじ開ける。
てっきり雨かと思ったそれは、シャワーの音だった。
なっちは、うつ伏せのまま気絶していたみたい。グルリと首を巡らす。
趣味の悪い部屋。いかにもな内装だ。やたらめったらベットが大き
いのは、この部屋に入る人の目的を顕著に表している。
まったく、判りやすいったらありゃしないって。
何人分の体液がこのベットに染み付いているのかと想像すると、
吐き気が込み上げてくるのを押さえられなかった。
喉がカラカラだ。なんだか、砂漠にいるようだと思った。
来た時はまっさらだったシーツは、ビショビショになっている。
汗と涙と涎と…体液とで。なっちの身体から出た水分をすべて吸収
していた。
だけど、憔悴しきった体では、腕を伸ばすことさえ出来ない。
最後の頼みの綱は、いま、鼻唄を陽気に口ずさみながらシャワー中。
そこはなぜか、スケルトンのドアで、アタシの気持ちをますますげん
なりさせる。
丸みえになっているだなんて、カノジョは知っているのだろうか。
いや、たとえ知っていたとしても気にしない子だろうけど…。
なっちは、自分の唾液を飲み込むことで、その場をなんとかやり過ご
した。
いつのまにしたのか、壁には、二つのセーラー服が寄り添うように
掛けられていた。
なんだか、場違いのようなその光景。
高校生が…、いや、それよりも女の子同士が、こんなところに来て
いいのかどうかなっちは、カノジョに疑問をぶつけたことがあった。
そんな、ごっちんは、いつものように、のほほ〜んと、くったくの
ない笑顔でこう言った。
- 228 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 17:59
-
「あはっ。東京はねー、女子高生の“セージジョー”には、“カン
ヨー”なんだよォ!」
まるで、カタカナ英語のような言い回し。
「かんよう」って、漢字で書けるの?って意地悪に質問しようとし
たけどすぐにやめた。なっちも、怪しかったからだ…。
ふと、ガラステーブル上にあるアタシのじゃない携帯をみつけて、
ハッと息を呑む。
無防備に置かれたソレ。
なっちは、きつく唇を噛み締める。
いまがチャンスなのかもと、視線を泳がせる。
シャワーブースと携帯を交互に見つめた。そこに見えるのは、
カノジョの丸いお尻。
こっちの様子になんて、これっぽっちも気付いていない。
これで、ようやくカノジョとの悪夢から解放されるんだ…。
ギリリと唇を噛み締めて、手を伸ばそうとしたけど、どうしてだか、
動けなかった。
無言の涙が頬を伝う。
なっちは、無力だ。
折角のチャンスなのに、あの日のあの声が、なっちに手錠を掛ける。
どうしてよ。
自分の感情が、よく判らない。
ねぇ、イヤイヤ抱かれているんじゃないの。
もう、あんなことされないで、済むんだよ。
なっちは、どうしちゃったっていうの。
- 229 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 18:01
- ――ピピピピピィ……。
突然の電子音に、なっちは、必要以上に身体をビクってさせた。
でも、ソレは、携帯からの音ではなかった。
枕元にある受話器を無意識にあげる。
『…そろそろお時間ですが。延長の場合は……』
受話器越しから、事務的なおばちゃんの声が聞こえてきた。
なっちは、カノジョの料金説明に被せるように帰るという旨を伝える。
おばちゃんは、その声に幼さを含んでいても、なんの感慨も見せな
かった。ホントだ。ごっちんの言うとーりなのかもしれないね。
そのまま受話器を元に戻すと、口元が緩んでいるのが判った。
「…あはっ、なんか、カラオケボックスみたいだぁ。」
実際、この部屋にはレーザーディスクなんてものが置いてあったりする。
わざわざこんなところまで来てそんなの使う人が、果たしているの
だろうか知らないけど。
少なくとも、アタシタチは使ったことがない。
そういえば、ごっちんとカラオケしたこともないなぁ〜。
……だって、逢えば、いつも、えっちばかりしているから。
「……。」
- 230 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 18:04
-
3時間で、2999円だって。
それが、高いのか安いのかさえなっちには、判らない。
でも、とりあえずは、Tシャツは一枚は買える金額なわけだよね…。
なっちは、もちろん払ったことはないけど。
ごっちんだって、バイトもしてないのに、どーやって払えてるの
だろう…。
てかさ、なに、そんな心配してんだよォ、なっち…バカっしょ。
そんな自分に腹を立てながら、天井を見上げているとカチャリと音が
した。カノジョがバスローブ姿のまま、てくてくとやってくる。
髪からは、したしたと水が滴り落ちていて。
濡れた髪は、その人をチガウ印象に与える。
…なのに、口を開けば相変わらずで、なっちは、いつも、肩すかしを
くらうんだ。
「ふぃ〜。…気持ちかったぁ…。」
なんで、この子はいつもこうなんだろう。
なんか、力が抜けるっしょ。
怒りとか言いたいこととか山ほどあるのに、このぽやんとした顔と、
この気の抜けた声のせいで、なっちはいつもタイミングを逃すんだ。
さっきまでのことが、まるでなかったことのように接してくるカノ
ジョになっちは、いつも戸惑っている。
- 231 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 18:06
-
さっき見せた悪魔のような顔と、いま、向けられている天使のよう
な頬笑み。どっちが、ホントウのごっちんなんだろう…。
もしかしたら、二重人格なんじゃないかって、疑ってさえしてる。
これが、ホントに夢であって欲しいと思うけど、現実は、そう都合
よくいくはずがない。なっちは、ぐったりと、枕にアタマを沈めた。
カノジョの重みに、ベットが沈む。
近づいてくる手のひらが、なっちの髪の毛をワサワサとかき混ぜる。
愛しそうに見つめてくる瞳に、胸が掻き立てられる。
どうして、そんなコイビトを見つめるような目で見るの?
「…なっち、シャワーは……?」
返事はしないで、その代わりにちいさく首を振った。
ほんとは、洗い流したい。纏わり付くすべての匂いを、今すぐにでも
消し去りたい。だけど、なっちはしなかった。
いつだったか、麻美に、「今日のお姉ちゃん、うちのとチガウシャン
プーの匂いがする〜」って、言われたことがあったんだ。
そのときは、気のせいだよォと誤魔化したけど、勘のいい妹のこと
だからどこまで信用したのか判らない。ウソの付けないアタシの性格
では、たとえ、帰ってからすぐにもう一度浴びたとしても隠し通せ
る自信がなかった。
- 232 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 18:10
- 「…それより、ごっちん、制服とってよォ!」
こんなふうにしていて、また襲いかかられたら敵わない。
気だるい様子で指を向けると、彼女は渋々と立ち上がった。
カノジョが後ろを向いている隙に、なっちは、ベットの端に丸まっ
ていた下着を穿く。
濡れた感触が不快だったけど、そうも言ってられない。
アタシが、ようやく制服のタイを直している頃、カノジョはブラの
ホックを止めているところだった。
引き締まった綺麗な背中には、蚯蚓腫れのようなピンク色の線が何本
も出来ていた。
なっちは、自分の爪を見つめる。
少し、伸びている爪先を。
ごっちんは、サッカーをしていて少し男勝りなところがあるけれど、
ちゃんとした女の子だ。
アタシやセンセイみたいに、オンナしか愛せない女の子じゃない。
ちゃんと、男の子を好きになれる、どこにでもいるフツーの女の子。
なのに、どうして、なっちにこんなことをするのだろう…。
それに、カノジョは、アタシに一度も触れて欲しいとは言わない。いつだって、
なっちをイかせることだけにいつも全力投球で、それだけで満足
するらしい。
あぁ、判らないよ…。
いくら考えても、この子の頭の中がどーなっているのか判らないんだ。
そのことが、なっちを、ひどく苛立たせている。
カノジョの言う「スキ」が、本気の「スキ」だとは、どーしても思
えない。
- 233 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 18:12
-
「なっちぃ…遅くなったから、送ってくよ?」
「……いい。」
もしかしたら、ごっちんは、男の子になりたいのだろうか…。
んでも、それも、なんかチガウ気がする…。
「おっと、…時間だ。なっち、行こっ!」
カノジョの手に促されるように重たい腰を持ち上げた。
部屋を出て、ヒラヒラのカーテンをくぐる。ひっそりとした場所に
立つホテルだけど、退勤時間にぶつかっているせいでか、自転車で
通り過ぎたスーツ姿のおじさんが、二人の姿を見てギョッと目玉を
開かせた。
ごっちんは、そんなことにも気にせずに、それが、当たり前のように
手を伸ばしてきて、ギュっときつく握られる。
振りほどくような力は、なっちには、もう、残されていなかった。
すっかりオレンジ色に様変わりした夕暮れを、なっちの瞳の中の
キャンパスに描かれる。
この時期の空模様は、綺麗だけど、どこか淋しげだ。
ぶわっと風が吹いて、カノジョの髪から、ふわりと柑橘系の香りが
漂った。
「ねぇ、なっちぃ……ごとーのこと、キライにならないでね…?」
- 234 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/10/11(月) 18:13
-
それは、海風に攫われるくらいのちいさな呟きだった。
なっちは、聞こえなかった振りをする。
カノジョも、それ以上は、なにも言わない。
なにもなかったかのように二人は、前だけを向いて歩き出した。
あのね、ごっちん…。
アナタは、きっと判っていないと思うけどね。
アナタがしていることは、“脅迫”という、立派な犯罪行為なんだよ。
なっちが、お巡りさんに言ったら、アナタは牢屋に入れられちゃうんだ。
ねぇ、ごっちん、アナタは、アタシに、なにを望んでいるの…?
なっちは、どうしても判らないんだ…。
- 235 名前:kai 投稿日:2004/10/11(月) 18:14
- 本日の更新は、ここまでです。
- 236 名前:kai 投稿日:2004/10/11(月) 18:17
- レス、ありがとうございます。
>絶詠さん…初めまして。読んでいただいて恐縮でございます。(w
ごっちんは、まだ、キャラがよく掴めていないのですが、果たして
どーなっていくのか。てか、どーしようみたいな。(汗
なちごま、実は、作者は、かなり愉しんでます。しかし、こんな
なちごま書いていいものかどうか…。(w
>ゆちぃ。さん…えと、今回は、ハンカチよりもティッシュのほう
がぁ…。(コラ)
なっちの心理描写を上手く表したいんだけど、難しいなぁ。
マジックかけたつもりはないけど、今回もかかっていたらうれしいです♪
二人の行く末を温かく見守ってやってください。ww
>206さん…一瞬、迷ってしまいましたが、えと、賛成という
ことで。w
つーか、相変わらずです。はい。いつもより酷いかも、とか。(コラ)
なちごまのエロ、全開で愉しんじゃってます〜♪
どーか、引かないでやってください。w
- 237 名前:kai 投稿日:2004/10/11(月) 18:20
- ラブホ……。
いや、東京の状況はよく知りませんが、ウチのほうにはあるんです
ってば。ホント、チョー格安で、妖しいのが…。(苦笑)
なので、あまり、突っ込まないでやってくださいませ。w
次回も相変わらず不定期でありますが、よかったら、チェックして
やってください。
- 238 名前:ゆちぃ。 投稿日:2004/10/12(火) 02:22
- おつかれさまです。
えーっとぉ、マジックかけてるつもりなかったんですか?!!?
ほんとにびっくりです(w。
完全にkaiさんの魔法にかかってますよ〜♪
やっぱりナツ×なちが好きです。
なんか、ずっと二人が一緒にいられたらよかったのにって思います。
ほんとに、せつないですよ・・・。
ごっちんが何を望んでるか・・・・わかんないです(爆。
つーわけで、次も待ってます。
- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/10/20(水) 11:24
- 作者様・・絶賛、ため息、萌え〜
一回の更新量が多いから読み応えと、満足感が
なちごま好きとしてはこのまま(いや、矢口さんも好きですごめんなさい)
そういえば、後藤さんと夏せんせ雰囲気にてるかも
- 240 名前:ROM読者 投稿日:2004/11/22(月) 23:00
- 1から一気に(と言っても3日程かかりましたが)ここまで追いついて参りました。
切なかったり愛しかったり、恋する乙女達の心模様が巧みに描かれてて結構読み応えがありました。
ネーサンを見るとこのお話の中のネーサンとダブって見えてきてしまう程でした。
いくつか脱字や誤字が気になりましたが表現にも安定感があり、描かれてていない詳細な情景まても連想させる設定や背景描写も素敵だと思います。
これからも更新頑張って下さい。
ちなみに全然関係ないですが、昨日のハロモニで綱引きの時に最前で倒れたヨッシーをミキティがヨシヨシとしてたのがツボってしまいました。
- 241 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:01
-
ごっちんを動物で喩えるなら、目のクリッとしたところが愛らしい
から、『小鹿』じゃないかなって思う。
長い睫毛に縁取られた憂いなその瞳にじっと見つめられたら、きっ
と誰だってドキドキしちゃうよね。
うらやましいくらい長い手足。余分な贅肉のないスラリとした体系
が、どこか草食動物を思わせるんだ。
実際にカノジョは、すごく脚も早かったりする。
ウチのサッカー部のエースストライカーなんだよっ、て矢口に聞い
たときには、ホントに驚いた。
だって、なっちの前では、「部活なんてかったる〜い!」って、いつ
も言ってるからね…。
まぁ、岡女はそれほど強くはないらしいんだけど…。
それでも、一年生でエースだなんて、やっぱりスゴイことなのだろう。
普段は、クールに装っているけど、実は、結構がんばり屋さんなんだ…。
足首をコキコキ回して、両手をブラブラさせる。
「ん〜あぁ〜。」
って、こっちにまで声が届いてきそうなほど、大きな欠伸をした。
じゅるると涎を啜る。……あぁー、んもっ、せっかくの美人が台無し
だぞっ!
きっと、いまもココロの中では、「…かったるいなァ」とか思って
るんだ…。
- 242 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:03
- 背の高い友達に、ちょっかいを掛けられてブーブー怒っている。
反撃とばかりに、そっと後ろから忍び足で近づいて…膝カックンを
かます…大成功!
ふにゃらと気の抜けた定番の笑い方。クククっ。ホントに楽しそうだ。
そんなことをしている間に、彼女たちの番がやってきた。
白線に指を付けてしゃがみこんで。…なっちにも緊張がはしる。
顔を上げて、じっとゴールのほうを見つめる。その瞬間、瞳の色が
変わった気がした。
そこまで見えるはずがないのだから、ホントに気がした…なんだけどォ…。
形のいいお尻を持ち上げる。
「ピー!」
警笛の音が鳴ったと同時に、直線コースを風のように…走る、走る…って。
うわっ、ス、スゴイよォ! 行けー!! やっったぁっ!
ぶっちぎりの一等賞だぁ!!!
「って、コラァーっ!!!」
「…ったぁっ!」
- 243 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:04
- 耳がキーンてなった。
鈍い痛みが頭上を襲う。
そこを擦りながら恐る恐る見上げると、目尻を吊り上げた女教師が、
腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「……あっ。…」
「…はぁん?…なにが「…あ」やっちゅーの! ったくっ、アンタは…。
さっきから、何べんも呼んでんのに、いったい、授業中に、どこを
見てるねんなっ! 」
「ごめっ、…ごめんなさい…。」
尻尾とお耳を下げながら、しゅーんと項垂れる。
顔に飛散った唾が気になったけど、拭いもせずに。
「フンっ!…アタシの授業は、そんなにおもろないかァ〜?」
棘のある口調。胸の辺りがチクチクと痛む。
泣きそうになりながら慌てて首を振ると、ほっぺのお肉も、ついで
にプルプルして。
顔を真っ赤にさせながら怒っていた目の前の顔が、次の瞬間、ふにゃ
りと緩んだ。
そのブルーの瞳の奥がキラリと光ったような気がした。…うぅ……
なんか厭な予感する。
- 244 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:06
-
「…ふ〜ん。ほいでぇ、アタシの授業も聞かぁんとォ、クラスのアイ
ドル様が見蕩ちゃうほどの美女は、いったいどの子なんやろなぁ〜?」
トレードマークのニタニタ笑いを浮かべながら、窓枠に手を置いて、
じっと外を覗き込んだ。
「どれや?」
「いや、あの……あう…っ…。」
なっちは、口ごもりながら、教師のスーツの裾をツンツンと引っ張る。
淡いピンク色のタイトなスカートから伸びた白い太ももがやけに眩し
くて。
最近、一段と赤みがかった髪が日差しに反射して、天使の輪を作って
いた。街を歩いている人に「この人の職業は?」なんて尋ねたら、
きっと、百人中が百人「教師」とは答えられないだろう…そんな人だ。
「ちゃんと前、向いときぃ。」
「…はい。」
なっちの反応に満足したように彼女はクスッと笑う。そして…。
- 245 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:08
- 「…それにぃ、あんな一年のガキなんかよりも、よっぽどええオンナが
近くにいてるやろォがぁ。ん〜?」
俯き加減だったなっちの顎先を、クイっと持ちながら、クククと笑う
意地悪な口元。
頬に息が掛かるくらいの至近距離で、彼女の口から甘い匂いがした。
「どーせなら、アタシに見蕩れてぇや。」
まるで誘うような眼差し。
真っ赤なルージュがオンナらしさを醸し出す。
間近に迫るその顔は、言葉どおり確かに綺麗で…ボッと顔に火が灯る。
うっかりその青い瞳に捕まりそうになるのを思い留まらせたのは、
後ろの席から聞こえてきたガタンという音だった…。
アタシを見つめていたブルーグレーのビー球が僅かに逸らされる。
…と、その口元がピクピクと引きつった。
慌てたように「ゴホン」と一つ咳払いをして、アタシの髪の毛をかき
混ぜてから教壇へと戻っていく華奢な背中。
オトナっぽいフレグランスの香りがふんわりと鼻を掠めた。
クスクスというクラスメートの失笑が洩れる教室で。
なっちは、背中を丸めながらちいさくなる。
教科書に目を向けると。
後ろの席の矢口が、背中をツンツンしてきた。「せっかく教えてあ
げたのに、なっち、バカでぇ」とついでに笑いながら言ってくるのに、
なっちは、居た堪れなくなった。
てかさー、ブスブスって芯のほうで刺さないでよ。さっきから痛い
んだってばぁ。
って、…矢口、なんか怒っているの?
- 246 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:10
- ふいに風が差し込んで、ふわりと木綿のカーテンが膨らんだ。
お昼を食べ終えて、ほどよくお腹も満たしたあとのこんなポカポカ
陽気は、余計に眠気を誘う。そんな教師も、欠伸をかみ殺すように
授業を進めていく。
すっかり火照った顔を冷ますように、手を仰ぐと生ぬるい風ができ
ただけで。さっきのお昼の残り香が、漂った。
最近の学校は、教室のなかにもクーラーが常備されているらしいけど、
この部屋には、そんなものは存在していない。
夏でも窓を開けていれば、こうして、海風が入ってくるからその必
要がないんだ…。
重油の饐えた匂いと砂っぽいのがたまにきずだけど…。
でも、そのおかげで、グラウンドから響く声が丸聞こえになっていた。
キャーキャーと黄色い声援があがる。
外では、一年生が体育の授業をしているところ。
そして、今は100M走の真っ最中で。
ピっ!という教師の警笛のもと、5人くらいの生徒が「ダダダ……」
と、一斉に駆け出した。
半パンから伸びるカモシカのような長い脚。ピョンピョンと弾け飛ぶ
色とりどりの髪の毛。その声が耳に入れば、どうしたって気になっちゃう。
教師が黒板に向っている隙に、なっちは、こっそりと、窓の外に目を
やった。
- 247 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:12
-
「……いっ!!」
口元を両手で押さえながら、慌てて首を戻す。
心臓がドクンドクンと早鐘してる。
……ビ、ビックリしたぁー。
ずっと見ていたの気付かれたかなぁ。
まっさかぁ…だってこんなに遠くだしぃ…。
でも…あの子って、やたら視力はいいんだっけか…。
二つ縛りに髪を結んでいる“バンビ”とバッチリ目が遭ったような
気がしたから。
てか、なにしてんだろ、なっち。
なんで、コソコソ観察してんだかって…。
シャーペンを指先で器用にクルクル回しながら、大きな溜息を零した。
それは、思いのほか大きく響いたようで、数学教師にギロリと睨ま
れて、ピクンと肩をあげる。
彼女の授業は、わりと好きなほうだけど、今日ばかりはどうにも身が
入らないよ。
頭の中ではさっきから、別のことばかりを思い巡らせていた。
- 248 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:14
- 黒板の右端に書いてある日付を見て、またちいさく溜息が零れた。
今日は木曜日だ。そう、ごっちんの部活がお休みな日。
だからきっと、呼び出される。
いつものラブホか、あるいは川崎にあるカノジョのおウチに連れ込て
いかれて、なっちは、またいいようにされてしまうんだ…。
「……っつ!」
下唇をギュって噛み締めると、そこが、ヒリヒリと痛んだ。
口内炎のクスリを塗っているのに、いつまで経っても腫れは引かない。
――どうして、アタシは、あの子を拒めないんだろうか。
何度も何度も同じことを考えては、アタマを抱え込んだ。
乱れた心の中を表すように、髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。
そりゃ、ごっちんは、人よりも力持ちではあるけど、でも所詮は
なっちと同じオンナの子だ。厭だと激しく抗えば、敵わない相手で
はないはず。
たとえメールで呼び出されても無視すればいいこと。
アタシも、律儀に待ってなんていないで、帰っちゃえばいいんだ…。
…そんなこと出来ないよ。
彼女の声には逆らえない。
従順な飼い犬のように、ご主人様に従ってしまう。
どうして?
- 249 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:16
- ……だって、それは、脅されているから仕方なくだもん…。
その瞬間、苦い記憶が脳裏を過ぎったけど、首を振って一蹴する。
それこそ、言い訳に過ぎないのは自分が一番よく判っていた。だって、
カノジョは最近、そのことを持ち出してこない。
…うんん。それどころか、まるで、コイビトにするように誘ってくる…。
それが、なっちをひどく動揺させていた。
まだ最初の頃のように無理矢理ならば、――いや、そんなのは絶対に
厭だけど、――でもそれならば、まだ自分の気持ちに納得がいった。
なっちが、カノジョに組み敷かれるのは脅されて仕方がなくで、ホン
トにホントに厭々だけど、でもしなくちゃいけなくって、そしたら、
なっちは、可哀相な悲劇のヒロインになれていたんだ。
「―――………はあぁ。」
ごっちんは、どういうつもりなんだろう…。
いったい、いつまでこんなことさせる気なの?
ねぇ、なっちは、アナタに取ってなんなのさ。
なんで? なんで? なんで?
クエスチョンマークが頭の中をグルグルしてる。
ひどくイライラして、さっき食べたヤキソバパンが逆流してくる。
- 250 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:19
- 最近、初めて逢った日のことばかりを思い出す。
あたしたちは、こんなんじゃなかった…。
もっといっぱい話しとかして、二人でバカみたいに笑ってた…。
ごっちんは、あんな子じゃなかった…。
いつから、変わっちゃったんだろう…。
……チガウね。
ごっちんは、ぜんぜん変わってなんていないよ。
だって、セックスが絡まないときのあの子は、いつだって穏やかだ。
気の抜けたふにゃりとした笑いかたも変わらない。
欲望が弾けて、ベットの中でまどろむとき、彼女は一際やさしくなる。
そう、変わったのは、きっと、アタシ。
あれから、彼女のことをまともに目を合わせられなくなった。
どんな顔していいのか、判らないんだ。
『ゴトウは、なっちのこと好きだよ。大好きだよ…』
――「スキ」ってなに?
彼女が、最近になって頻繁に口にする言葉の意味も判らない。
ベットの中でも。フツウに話ししてるときにさえ言ってくる…。
なんで、そんなこと言うの?
意味判んないよ、ごっちん。
そんな憂いの瞳で熱っぽく迫られたら、誰だって、勘違いしてしちゃうよ。
- 251 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:22
- それが、ベットの中での甘い睦み言だってことは、なっちだって判っ
てるつもり。
そう、ごっちんがそれを言葉にするのに、深い意味はないんだ。
ごっちんは、なっちのことなんてスキじゃない。
いまは、女同士という物珍しい恋愛ごっこを遊んでいるだけ…。
なっちの身体に飽きたら、きっと、すぐにでも男の子へ戻っていく人。
そう判っていても、それを聞かされるたびに、なっちは、ビクって
しちゃう。
甘く細められた瞳に見つめられて、熱っぽい指先で触れられて、
心臓がおかしなくらいドキドキしてる。
そんなはずがない。そんなはずがないんだ、って何度も自分を戒めて
いるのに。
耳元に甘い毒を吹き込まれるだけで、なっちの身体は条件反射のよう
に体中が熱くなっていくの…。
それが、悔しくて堪らないんだ。
だって、これじゃ、まるで自分のほうが、ごっちんを意識している
みたいじゃない…。
はあぁ……。
なんか、もう疲れたよ…。
なっちは、ナツせんせいのことでアタマがいっぱいで、こんなこと
にまで悩ます労力なんて残ってないんだ。ホントは、こうして考え
るのも煩わしい。
けれど、今日も誘われれば、アタシは、ノコノコと着いて行く。
- 252 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:23
- 強引に部屋に連れていかれて、裸にされて、恥ずかしいこといっぱい
させられて、そうして、なっちは、泣きながらカノジョの豊かな胸の
上で、許しを乞うんだ。
奥歯をギシギシと噛み締める。
なっちは、気付いていた。
この前のときで、センセイに抱かれた回数よりも、彼女との行為の
ほうが上回ったことを。
センセイとの大切な思い出が、踏みにじられる。
それが、悔しくて、悲しくて、やばい涙が溢れてきそうだよ…。
爪先をきつく噛んでなんとかその場の感情をやり過ごす。
それでも、胸の痛みはなかなか治まらない。
なっちの爪は、噛みすぎてすっかりザキザキになっていた。
コロコロとルーズリーフの上を転がるシャーペン。
その先にくっついているバンビのちいさなマスコットが、なっちを
じっと見つめていた。
長い睫毛がクルンとなってて、やっぱりちょっと似ている…。
でも、草食動物だって、いつかは牙を向くんだ。
- 253 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:26
-
「ごとーのこと、キライにならないでね?」
最後に遭った日の帰り際に聞いた淋しそうな声が、ふいに浮かんできた。
そのまま、泣いちゃいそうな声色だった。
しっかり耳に届いていたけど、なっちは、聞こえなかった振りをした。
まるで、「好きだ」って言われてるみたいな台詞。
あはっ。
そんな、まさか。
「……。」
でも、ずっと、ココロの奥底でわだかまっていたものが、フツフツと
脳裏を蘇らせる。
そうしたら、最近の彼女の特異な行動や異常な執着に辻褄があうんだ。
もしかして、ごっちんは、なっちのことが好きなの…?
あの「好き」は、ホンキの「好き」の意味なの?
ブルルと首を振る。
だから、そんなはずがないんだって。ないよ……アタシを好きなん
かじゃ、好きになるはずがないっしょ…。
……だって、あの子には、ちゃんと、彼氏がいるのだから―――。
◇ ◇ ◇ ◇
- 254 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:28
-
背中越しに、バタンと黄色いドアが閉まった。
女子高生がタクシーを止めても運転手さんがなにも言わないのは、
さっすが東京らしいなぁとなっちは思ったけど、それを、わざわざ
口にはしなかった。
財布の中に小銭をしまう少女の後姿を見ながら、こっそりと溜息をつく。
駅前のビル街から入り組んだ小道を抜けると、背の高いマンション
がひしめく住宅街がある。
その奥にひっそりと佇む木造の2階建てアパート。それでも、東京ら
しくお洒落な外観だと、なっちは思う。
全室ワンルームの間取りで、入居者のほとんどは近郊の会社に勤める
サラリーマンかOLさんのようだった。
蛍の光のように、ポツリポツリと明かりが点いている。
海岸でしゃべりすぎて、すっかり遅くなってしまっていた。
ミシミシと螺旋の階段を登りながら、目的の二階の角部屋へ連れ立っ
て向う。鍵を差し込みながらノブを回すとカチリと軽い音がした。
ちいさな玄関に砂で少し汚れた靴を脱ぎ捨てて、お客様用のスリッパ
を用意する。
電気をパチリと点けながら部屋に踏み入れると、脱ぎっぱなしのパジ
ャマが、ベットに投げ捨てられていた。慌てて掴んで洗濯籠の中へ
放り投げる。
彼女は玄関先で、バサバサとスカートの砂を落としていた。
- 255 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:30
- 「どーぞ。…って、ホントにホントに汚いよ? 最近、お掃除サボっ
てたからぁ…。」
「あー、もう、ぜんぜんいいって。急にお邪魔しちゃったんだからさ
…なっち、そんなの気にしないで?」
積上げられたマンガ雑誌をラックに入れて、テーブルの上に朝から
置きっ放しの二人分のマグカップをキッチンのシンクの中へ戻した。
掃除機くらい掛けたかったけど、しょうがないよね。
これでも、いつもよりは随分ましなんだよーと思ったそれは、ココロ
の中に閉まっておいた。
そう、…姉妹二人で朝寝坊だから、毎朝毎朝、戦いなんだ……。
冷蔵庫から、水出し麦茶を注いでいると、部屋を興味深げに見渡して
いたカノジョが「…あ」と、ちいさく声をあげた。
「…あ、ねー、もしかして、なっちって、北海道の人だったりする?」
「ふへっ?…う、うん。そーだけど?」
振り返って「コクン」と頷くと、カノジョは、両手をパンパンと大
げさに叩く仕草をする。そして、うれしそうに首をカクカクと動かした。
その姿がどこかケーキ屋さんの店先に立っている人形を思わせて。なんだか可愛いらしくて
なっちは笑みを零す。ごっちんは不思議そうにアタシを見つめながら、
もう一度、微笑んだ。笑顔が、ホントに可愛いいんだぁ…。
- 256 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:32
- ごっちんが手に取っているのは、ガラスのフォトフレームに入った
家族写真だった。
たしか実家を新築したときに、玄関の前でみんなで撮ったもの。
お父さんにお母さん、お姉ちゃんに、アタシと麻美。そして、お父さん
に抱えられたマルチーズのメロンまでいる。
って、んじゃ誰が撮ったんだろう…。もう、忘れちゃったよ…。
家族がバラバラになる前の、シアワセだった頃のひと時。
これを見るたびに、なっちは、ジーンと胸が熱くなって、申し訳ない
気持ちでいっぱいになる。
ホントウは実家のリビングに飾られていたものなのだけど、こっちに
引っ越すときに詰めてきたダンボールの中に、食器と一緒に混じっていた。
「あはっ。やっぱしぃ。じゃさ、妹とかぁ……」
「…うん。」
コクンと頷く。
今日は、友達と出かけてくると行っていたから、帰りは遅くなるだ
ろうけどね…。
「あはっ。なーんだそっか、そっかぁ。どーりでね。オイラ絶対に
どっかで遭ったことあると思ってたんだよォ…あーでも、よかった。
これで、すっきりしたぁー。」
カノジョは、喉仏に刺さった魚の小骨が取れたときのように、爽快な
顔をした。
なっちは、きょとんと首を傾ける。
その形のいい唇の間から紡ぎだされた言葉を聞いて、なっちは顔を
綻ばせながら大きく頷いていた。
- 257 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:34
- そう、さっきのあれは、別にナンパではなかったらしい。
ごっちんは、麻美の隣のクラスなのだそうだ。
4月も中頃になった中途半端な時期に、しかも北海道からの転校生が
来たと、すっかり学年中の話題にのぼっていたようで。
なっちも、最初の頃は、ジロジロ見に来られたから、その気持ちは
よく判った。
それに、隣のクラスならば、移動のときやトイレとかですれ違って
いても不思議じゃないもんね。
カノジョが写真を見ただけで納得するのも無理はない。
だって、なっちと麻美は、「双子?」って見間違えられるほど、家族
の中でも取り分けソックリなのだから…。
右手にグラスを取ると、おいしそうにゴクゴクゴクと喉を振るわせる。
空になったそれに茶色い液体を注ぎ込む。
薄い喉仏が上下するその首筋がやけに綺麗だったので、思わず見蕩れ
てしまう。
部屋の明かりの下で見た女の子の顔は、やっぱりアイドルみたいに
可愛かった。
そのうち、『キュウルル〜』とお腹の虫がなくのに、なっちは、ブッと
噴出した。壁の時計の針は、すっかり夕刻の時間を示している。
そういえば、さっきまで騒がしかった子供の声が聞こえなくなっていた。
近所から、おいしそうなカレーの匂いが漂ってくる。
お菓子を出してあげたいところだけど、あいにく何もなくて。
ポテチがあるにはあるのだけど、麻美のだから、勝手に食べると怒
られる。
そして、カノジョのおなかの虫の声を聞いていたら、それに釣られる
ようになっちの虫たちも起き出してきていた。
- 258 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:36
- あのさ、ご飯作るけど、よかったら食べていく?」
「ふえ? いいの?」
「うん。どーせ今日は一人だし…簡単なものしか出来ないけどォ。……って、ありゃりゃ。」
2ドアのちいさな冷蔵庫を開けると、そこは、いつもよりも、やけに
明るくて。
…そうだったよ。
今日は買い物して帰る予定だったんだ。いろいろありすぎて、すっか
り忘れてた。
…どうしよう。
インスタント物は、買い置きしていないし、こんなときに限って
スパゲティも切らしている。
冷蔵庫の中にあるのは、ハムと玉子とレタスが少々、半欠けの人参に
ピーマン。ジュースと牛乳と、あとは、ほとんどが調味料だ。
今朝、タイマー予約していったから、ご飯は炊けている。
「……チャーハンとか、好き?」
土泥のついた曲がった葱を掴みながら、なっちは、振り返った。
◇ ◇ ◇ ◇
- 259 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:37
-
カチリと蓮華とお皿がぶつかる音がする。
ちいさな溝の中にご飯を乗せたそれが、大きく開いた口の中にせっせ
と運ばれる。モグモグと良く噛んで、ゴックンと飲み込む。
開いてる片手は、牛乳と煮立たせて作ったキャンベルのコーンスープ
を持ちながら、そのままずずずと音が立つくらいに啜りこんだ。
ちいさな喉仏が、上に行ったり下にいったり、忙しなく動いている。
なっちは、その姿に、すっかり魅せられていた。
決してお行儀がいいとは言えない。けど、カノジョはまるで豪華な
料理を頬張るみたいにおいしそうに頬を緩ませながら夢中で食べる。
物を食べるのに、こんなに愉しそうな顔をするひとを、なっちは知
らない。
「ふぇ?…な、なに?」
じっと見ていたのを気付いた彼女が、おもむろに聞いてきた。
口元が、牛乳で白くなっている。
あぁ、もう、可愛いなぁ。なんか、心臓がきゅんてなるよ。
「…うんん。なんでもないよ。」
慌てて首を振って蓮華を口に運ぶと、前歯に当たって、少し鈍い音がした。
- 260 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:40
- 「…こんな簡単なもので、ゴメンね?」
「ふえ、なんで? めちゃ、おいしいよ。…チャーハンってさ、意外
と難しいんだよね? ウチで作るとべちょべちょになっちゃうしぃ。
でもほら、なっちのは、スゴイ。パラっパラ。」
「あはっ。」
チャーハンって、簡単なようでいて、実は、難しかったりするんだよね。
フライパンを煙が出るくらい熱しなきゃだめだとか。スピードも要求
されるし、力もいるし、技もいるから、結構タイヘンなんだ。
これだって、研究に研究を重ねて出来たんだから…。
そう、あの人のために……。
そういえば、麻美以外の人に食べさせるのは何ヶ月ぶりだろう…。
少し前までは、彼女の狭い食卓で、こうして向いながら一緒に食べて
いた。
「…ごっちんも、料理とかするの?」
沈んでいく気分をなんとか変えるように、わざと明るい声で尋ねた。
でも、なんだか意外な感じがして…。
カノジョが、麦茶をゴクンてしながら、イタズラ小僧のように二ヒヒ
と笑う。
「うん。たまーにするよ。結構、気分転換になるからねぇ。料理よりは、
どっちかつったらお菓子作りのがスキだけどォ。それに、ウチは大家族
だから作るのも大変なんだ…。」
「ふえ? 大家族って、そなの……?」
「…うん。てか、ウチは、ちょっとスゴイですよ。…えとねぇ、ママ
でしょ。お姉ちゃんが二人いてぇ、弟が一人。あと、お姉ちゃんの
旦那と子供二人に…お爺ちゃん、お婆ちゃんでしょ。……他は、
誰いたっけなぁ…ん〜〜と、いっぱいいすぎて判んないや。」
それぞれの友達だとか、兄弟の彼氏彼女だとか、とにかく、出たり
入ったりでいろいろとあるのだそうだ。…って、どんなお屋敷に住ん
でるんだい! と、思ったけど、それも口にしなかった。
- 261 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:42
- にゃははと可愛い微笑みに、目を剥いていたなっちも自然と頬を綻ば
せていた。ごっちんといると、なんか元気になる。不思議な子。
「だからさー、ご飯のときは超タイヘンなの。なんでも大皿盛りだし、
うかうかしてると、自分のおかず食べられちゃうんだからぁー…。」
「へ〜。なんか、楽しそうでいいね?」
まるで、テレビで見るような世界だね。
ますます意外な感じがした。
なんとなくだけど、ごっちんは、両親に大事に大事に育てられた一人
っ子のような気がしていたから。
でも、早食いなところは、やっぱりそうなのかなって思わせるけどォ。
「なにを言ってるのさ! ぜんぜん楽しくなんてないよ。ウチの座右の
銘は、『弱肉強食』だかんね。そりゃ、もう血みどろの戦いがぁ……」
「あはっ。」
ん? アレ?? なんか、どっかで聞いた台詞………。
彼女は、決しておしゃべりというわけじゃない。
どっちかって言ったら、なっちのほうがいっぱいしゃべっているかも。
ごっちんが持っているふんわりとした独特の空気が、なっちのココロ
をすっかり和ませていた。
- 262 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:45
-
「んね、なっちんチは?」
「ん〜? ウチはねぇ、5人家族に犬一匹かな。…ウチもわりと多い
ほうだと思ってたけど。さすがに、ごっちんチには負けちゃうねぇ。」
「へ〜、なっち、犬飼ってるんだぁ?」
「うん。マルチーズ。いまは、実家のほうに……」
言いながら、さっきの光景が脳裏に浮かんで心臓がギュってなる。
メロンに似たあの子は、今頃、波音を聞きながらひとりぼっちで眠って
いるんだ…。
「そうなんだぁ。ウチにもいるんだよ。犬はね2匹。ミニチュアダッ
クスフンド。猫は…、あれは別に飼ってるわけじゃないんだけど、
なんかいてぇ。あとね、ごとー爬虫類系もスキでさ、イグアナがぁ……。」
きっと、なっちの顔色が曇ったのを気にしているのだろう。
陽気に話す彼女。なっちの胸の奥に、じわじわと温かいものが込み
上げてくる。
人の出会いって、なんか不思議だ。
あんなことがなかったら、この子とは一生話すことなんてなかった
のかもしれないと思う。
たとえ校内ですれ違ったとしても、気付かなかったかもしれないもんね。
だけど、彼女とはなるべくして遭えたんだって、そう思うんだ。
ごっちんと話せてなんかよかったよ。家に招いてホントによかった
って、今はそう思う。一つ年下だけど、ぜんぜんそう思わせなくて。
下手したら、なっちのほうがコドモっぽくなっちゃってて。
だけどそれは、ごっちんに気負うところがまったくないからなんだと
思う。だから、なっちもこうして自然体でいられる。
もう、友達なんて欲しくないって思ってたけど…。
今日は、やけに人のやさしさが身に染みるなぁ…。
蓮華のご飯粒をじっと見つめながら、なっちは、ちょっぴり泣きそう
になっていた。
- 263 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:47
- ◇ ◇ ◇ ◇
ヒミツを人に話せたことが、こんなに楽に成れるものだなんて知ら
なかった。
憑きものが落ちたように、なっちのココロと身体は軽くなっていた。
麦茶の変わりにアイスティを注ぎながら、二人は、時間も忘れて
堰をきったように話をする。
海でも日が暮れるまで語ったのに、それだけでは物足りないらしい。
そう思うのは、なっちだけじゃないみたいで、どんなに時計の針が
進もうと、彼女が、お尻を持ち上げることはなかった。
「んも〜、なっちばかりじゃなく、ごっちんの話も聞かせてよォ!」
「ん〜〜。」
料理の話からペットの話に、ごっちんの部活動の話しや北海道の話を
して、時間の経過とともに、いつのまにか恋の話に切り替わっていた。
まるで琥珀色の液体の中にはアルコールが混じっていたかのように、
二人は饒舌に語り合う。
なっちがいつも座っている席で。
彼女は、長い脚を絡ませるように胡坐を掻きながら、溶けかけた氷を
カリカリした。
「…ごっちんはさ、彼氏とかいるの?」
なにも小声で聞かなくても誰もいないっしょ!と、自分に突っ込みを
入れながら。
なんだか修学旅行の夜みたいだーと、一人ほくそ笑む。
- 264 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:50
- だってさ、こんなに可愛いんだもんっ。
いないはずがないよねー。だいたい男の子が、こんな子、放っとく
はずがないっしょ。
なっちが男の子だったら、間違いなく告ってるってっ!
こんな美人で、やさしくて明るい彼女がいたらみんなの自慢だよっ。
そんなごっちんをGETしたのは、いったいどんな子なんだと思って口に
したらば、
「んあー。……いるようないないような…んまぁ、一応は、いるのかな?」
「…なにそれ?」
なっちは、眉を顰める。
人のことは根掘り葉掘りと聞くくせに、自分のこととなると、とたん
に歯切れの悪くなるんだからなー。彼女の素振りにフフフと口元を
緩ませた。
ごっちんって、もしかして、照れ屋さんなのかなぁ。
…そんな、なっちの思惑も見事に外れるんだ。
「いやー、中学の同級生でさ。もう一年くらいになるんだけどォ…
高校別々になってから、なんかね……。」
珍しく曇りがちな顔。
そう言って、少なくなったグラスを一気に飲み干す。「ゴックン」と
いう音が、やけに大きく響いていた。
「…上手くいってない、とか?」
グラスにペットボトルを継ぎ足しながら、そう、恐る恐る尋ねると。
ごっちんは長い髪を掻き分けるようにしながら、ゆったりと首を振った。
- 265 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:53
- 「ん〜んっ。別にそーいうわけでもないんだけどねぇ。……なんか…、
アタシって、淡白なのかもしんないの。……あんまさ、そういうの
とかしたいと思えなくて。最近、面倒つーかさ…。」
「――――………はい?」
なにを言われたのかさっぱり判らなくて。
ようやく彼女の言葉の意味に気付いたときには、なっちは目玉をまん
丸く見開いて、口がポカンと開いたまま閉じられなくなった。
顔がトマトように赤く染まっていくのが判る。
それを、じっと間近で見つめながら、そうさせた張本人がクスクスと
苦笑する。
でも……。そんなに驚くことじゃないよね…。
アタシだって、彼女と同じ年に、センセイと出逢っていたもん。
そうなることが、自然なように、なっちは、彼女に身を預けた。
好きな人が出来れば、誰だって、キスしたいと思うし、抱き合いたい
とも思うもので。
だから、別に早いなーと思ったわけじゃない。いや、思わないわけ
でもないけどォ…。
ただ、こんなふうにあからさまに言葉にされるのに、ちょっと引いて
しまった…というか、イロイロと想像してしまったというかぁ……。
- 266 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:54
- 「なっちは? えと、ナツ先生だっけ? もうシタ?」
「え?……あっ、…う、うん。」
お父さんのお酒をちょっぴり舐めたときみたいに、カーっと首の辺り
が熱くなった。
別にそんなに素直に答える必要なんてないのに、なっちは、その微
笑みに釣られるようにいつのまにか頷いていたんだ。
「…でさ、キモチかった?」
「ふぇ…………あ…、えと、う、うん。」
頷いたまま顔が上げられない。
もう、恥ずかしいよォー。
てか、そんなこと聞かないでっ! アナタ、あけすけにもほどがある
っしょ!
「いいなぁ〜。…オイラさ、実はまだ一度もイッたことないんだよねぇ。
なんかあんまキモチいいとか思えなくてぇ…。」
「………。」
その言葉に、ようやく顔を上げると、ごっちんは、形のいい眉を
八の字に曲げていた。
なっちが、口を聞けなくなったことをいいことに、彼女はそのまま
言葉を続ける。
- 267 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:57
-
「まぁ、カレのことが好きだからアタシもすんだけどねぇ。…最初は
いいんだぁ。…でも、段々醒めてくつーのかな。……ねぇさ、アレっ
て最後、トイレにでもされた気分になんない?」
「……???」
「そんなこと思うの、アタシだけなのかなぁ?」
「……ふえ?」
「あれって、ぜったい、男の子のほうがいい思いしてるよね?」
言葉の意味が全く判らなくて首を傾げる。
そんななっちの仕草に、しばらく固まっていたごっちん。
彼女は、ハッと気付いたように、目をシロクロさせて、それから
にんまりと微笑んだ。
「あはっ。そっか、…そーだった。そーだよねぇー。なっちらには、
そういうことは、ないよね?」
「……ふぇ?」
肩をバシバシ叩かれながら。
まだ判らない素振りでいると、グイッと耳たぶを引っ張られて吹き
込まれた答えに、なっちは、彼女の顔をマジマジと見つめた。
そして、自分たちが、フツウだと思っていたことが、人とはチガウん
だってことを改めて思い知る。
カーっと、赤く染まる頬が、沸騰したヤカンみたいに蒸気する。
- 268 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 21:59
- だけど、それが恥ずかしいことだとは、思わないよ。
この世の中は、確かにオトコとオンナだけしかいないけど。
それでも、そのなかにはさまざまな愛の形があるんだ。
自分たちがフツーじゃないのは、百も承知だ。でも、それが異常だと
思ってはいけない。
だって、それぞれのカップルがいれば、それぞれの愛し方があって
いいはずなのだから…。
人とチガウことを恥ずかしいと思わなくていい。恥じる必要なんて
なにもない。堂々と胸を張って、恋をする。
そう教えてくれたのは、他ならぬセンセイだった。
彼女の溜息を聞きながら、なんだか、無性にあの人に逢いたくなって
いた……。
最近、枕元に頻繁に立つ彼女。
もちろん、死んでしまったわけではないから、夢の中の話なんだけど…。
いままで彼女の夢を見ても、泣きながら目覚めることが多かった。
でもそれが最近少しずつ変わってきている。
これは、大きな声ではいえないんだけれど、…なっちは、ときどき、
えっちな夢をみることがあるんだ。
しかも、夢の記憶は起きてからもしっかりと覚えていたりする。
なっちは、しばしば下着を替えなくちゃいけない状態になっていた。
それは、悲しい夢を見るのよりは、ずっとずっといいけど…。
…でも、それもちょっと、辛くもなってきていて…。
- 269 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 22:01
- センセイの指の感触を思い出しながら、唇の熱さを感じながら。
なっちは、どうしようもできない欲求に駆られる。
あの人の指が恋しくて、あの部分を触って欲しくて堪らなくなる。
なんどパジャマの中に手を忍ばせようとしたか判らない。
だけど、なっちは、寸でのところで、いつも思い留まらせていた。
だって、それをしたら、ひどく惨めな気持ちになることが想像出来た
から…。言いようのない後悔に苛まれるのが判るから。
…だから、なっちは、必死で我慢する。
我慢、我慢…ひたすら我慢。……でも、我慢も限界にきてる……。
だって、何ヶ月してないと思っているの…。
あの強烈な快感を思い馳せれば、身体の芯がジクジクと熱くなる。
「…っちぃ…なっちぃ…なっちってばっ!!」
「うわぁっ!!」
目を開けると、いきなりの美少女のドアップに、ビックリして顎を
引いた。
おもむろにピンク色の爪が伸びてきて、おでこの真ん中をツンツンする。
「だいじょうぶ? なっち、いまなに考えてたの?…皺になってたよ、
ここ?」
「な、なんでもないよ……。」
そう言って、2回ほど首を横に振った。
- 270 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 22:04
- 「…んね? もしかして、また思い出しちゃったの? センセイのこと。」
「……う。」
「…そっかぁ。そうなんだぁ…。辛かったんだもんね。なっち、ヨシヨシ。」
そう言って、ポテポテとアタマを撫でられた。
“なっちは、コドモじゃないよォ”って、笑いながらその手を払い
のけることに失敗した。
頬に、ポトリと雫が落ちる。
そのやさしい手のひらの感触が、ささくれ立っていたなっちのココロ
を一気に宥めてくれる。
センセイのことで、泣くだなんてホントはずるいことだと思う。
だって、すべて自分が全部悪いんだから。ホントに泣きたかったのは、
あの人のはずだ…。
なっちには、泣く資格なんてない。だから、いままで、人前で泣く
ことはなかった。
そうは思っても、目の前の子があまりにもやさしい目で見てくれて
いるから、ポロポロとあとからあとから涙が零れる。
「…っく、ごめっ、ごめん、ね……いま、とめっ……とめるからさっ。」
「いいよ。いいから泣いちゃいなよ。アタシの前で我慢なんてしなく
ていい。だって、なっちは、ずっと我慢してきたんでしょ?」
腕が背中に回って、擦られた。トントントンって、赤ちゃんにする
みたいに。
そのやさしい声に。言葉に。止めようにも止められなくなった。
- 271 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 22:07
-
こんなの恥ずかしい。
これじゃ、どっちが年上だか、わからないよ。
どうして、アナタの前だと、みっともないところばかり見せることに
なっちゃうんだろ。
だけど、なっちの涙腺は壊れてしまった。貸してあげたTシャツに
染みが広がる。嗅ぎなれた柔軟材の香りに包まれながら、なんども
なんども嗚咽を洩らす。
どれくらい泣いただろうか。
我にかえると、途端に羞恥心が再然した。
きっとひどい顔をしているだろうと分かって、慌ててティッシュを
手繰り寄せる。照れもあって、わざとチーンと大きく鳴らして鼻を
かんだ。
へへへと赤い鼻を擦りながら、彼女を見上げると、ごっちんは、綺麗な
眉を八の字に浮かべていた。
「もう、なっちぃぃ……。あ、そだ!ゴトーが、いいこと教えてあ
げるよ。辛い恋をしたならばね、すぐに楽になれる方法があるんだ、
ね、ね、聞きたい?」
目の前でピンと立った人差し指の指紋を、じっと見つめる。
はしゃいだような声が、まるで小学生みたいで、なっちは、クスリと
微笑んだ。
なっちの返事も聞かずに、ごっちんは身体を揺らしながら言葉を続ける。
- 272 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 22:10
- 「…そんなの簡単だよォ。……それはね、“新しい恋を見つければ
いいのさ!”…って、これちょっとベタすぎるかなぁ? あはっ。
んもっ、なっち、ぜんぜん、ダメっ?」
「…う〜ん。ちょっとォ。」
言ってる自分が恥ずかしそうに照れている。なんか、ごっちんって
可愛いなぁ。
なっちは、苦笑いを浮かべた。それ、たしかに、どこかで聞いたこと
ある台詞だよね?
もったいぶりながら、なにを言い出すのかと思えば、結局はそんな
もので。大人びてみえて、やっぱりコドモなんだなと、苦笑しながら、
フッと、息を吐いた。
でもね、ごっちん。それは、間違いだよ。そんなことで、楽になれ
るはずがないよ。
だいたい、簡単に言わないで。
アタシたちの恋は、ごっちんたちのように、次から次へと石段を渡る
みたいにピョンピョンなんていけないものなんだ。
相思相愛になれる確率なんて低い。
なっちは、これまで何度も恋をしてきたけど、すべてが実ることなん
てなかった。…うんん。どれどころか、告白することさえできない
で終わることもある。
どんなにその人のことを想ってみても、恋愛対象として認めてさえ
もらえないんだ。
そういうのが、どんなに辛いことか、もどかしいことか、きっとアナ
タには判らないよ。
この世には、なっちみたいに泣いている人が、たくさんいるんだ。
- 273 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 22:13
-
だからさ、それだけ、そういう人と出逢えれば、それはもう運命的な
もので。
15歳で掴んだには、奇跡。好きになった人に、好きになってもらえ
たのは、ホントウに奇跡だよ。
でも、アタシはその手を自分で離してしまったんだ…。
なっちは、もう、センセイ以外の人と、恋なんて、出来ないのかも
しれない…。
…なんか、また涙が出てきそう……淋しくて、悲しくて。
未来が遠いよぉ……。
沈んでいた顔が、ふいに持ち上げられた。
高い鼻梁が、近づいてくる。
甘いに匂いに混じって、ツンとするのは、さっき食べたチャーハンの…葱?
ごっちんの大きな瞳がうるうるしてる。
「…ふえ、な、なに?」
「…黙って。」
思いがけず低い声に、なっちの肩がビクンって跳ね上がった。
な、なんなんだろ急に…。てか、ごっちんの睫毛、チョー長いんだね。
…それって自前なの?
どうでもいいけど、この体制はなに? なんで、いきなり、なっちの
上に乗っかってんの…。
ガラステーブルがごっちんのお尻とぶつかって、お皿と蓮華がカチャ
リと音を鳴らした。彼女が気付いて、それを避けると。
ガチャガチャとガラスの音がした。
- 274 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 22:14
-
そのまま迫ってくる顔が、あまりに綺麗でビックリする。
ニキビもない真っ白い肌。ちいさな顔に。すっとした高い鼻梁。
愛らしいプクプクの口唇。パッチリした目元。それは、羨ましいく
らいすべてが整った造りだった。これぞ、美少女って感じ…?
その薄い色の瞳の中に、見慣れたまぬけ顔が写っていた。
「…なっちぃ……」
甘い声で、アタシを呼ぶ。
すべすべの指先で頬を撫でられて、なっちの鼻先が犬みたいにピク
ピクと痙攣した。
こんな状態で、彼女がなにをしようとしてるかなんて分からないほど、
なっちは、鈍感ではないつもり。
だけど……。
「ごっちん、…なんでぇ……。」
彼女の行動が、理解不能。
伏せていた瞼を、もう一度戻して、じっと瞳孔を窺った。
クルクルとよく動く薄茶色の瞳。
彼女は、ピっと、アタシの唇の上に人差し指を乗せる。
唇が押しつぶされて、これ以上しゃべれなくなった。
- 275 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 22:17
-
「もう、いいじゃん。忘れちゃいなよ、そんな辛い恋なんてさ。
……うんん。そうじゃないっか、こういう場合はぁ……。」
顔を背けてゴホンと咳払いをする。
ドックドックって、なっちの心臓の音かと思ったそれは、チガウ
ところから聞こえてきた。じっと、彼女を見つめる。
「だから、ごとーがさ、忘れさせてあげるから…。うん。…きっと、
こうすれば、なっち、すぐに楽になれるよ?」
「…あっ、……っ!……」
さっき、なっちの作ったチャーハンを食べていたはずの唇が近づい
てきて、そのまま呼吸を塞がれた。
ピクンと、肩を上げたのは両方同時にだった…。
柔らかい感触。懐かしい弾力。少し冷んやりとするけど、それもすぐに
熱くなる。
目を瞑れば、あの人の面影が蘇る。
だけど、チガった。これは、センセイのものじゃない…。
だってセンセイは、舌を絡ませるとき、こんなにオドオドとしていない。
いつだって強引で。それでいて、すごく、やさしい。
身体の芯まで蕩けちゃいそうなほど、すごいキスを、なっちは、何度と
なく受けていた。
何ヶ月経っていても、身体はしっかりと覚えていた。
忘れてなんていなかった……。
- 276 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 22:20
- ポロポロと頬の上を零れ落ちる冷たい雨が、なっちの身体を震えあが
らせる。
唇を塞がれている間中、それを止ませることはできなかった…。
センセイとの思い出が、なんだかこのまま消えてしまうような気がして。
恐くて、悲しくて、イヤイヤと首を振る。
上から零れ落ちるサラサラの髪が、なっちの頬をやさしくくすぐった。
薄目でその様子を窺うと、目の前の頬は赤と白の絵の具を混ぜたよう
な、そんな色に染まっていた。
「…なっち、好きだよ。」
息継ぎの合間に、彼女がちいさく口にした。
そんなはずはないと判っていても、その言葉は、なっちのココロの
中にストンと入ってくる。
なんだか、すべてが矛盾しているよ。
だって、アナタには彼氏がいる。
アタシにも、ここにはいないけど、ちゃんと想いの人がいる。
それなのに、アタシタチは、いま、ピタリと呼吸を共有している。
……なんで?
- 277 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 22:22
-
蛸糸がこんがらがるように、なっちの思考もぐちゃぐちゃになっていた。
アタマが割れそうに痛い。どうして、こんなことになっているの?
ついさっきまでは、ぜんぜんこんなん雰囲気じゃなかったはずなのに……。
それは、気が遠くなるくらい長い口づけだった。
唇を離して、スーっと、息を吹き込むと、その細い首筋から僅かに
汗と石鹸の混じったお日様の匂いがした―――。
そう、あの人と、同じ匂いが…。
その瞬間、なっちの中のなにかが、プチンと破裂した。
全身が震えるほど熱を帯びだして、腰の辺りがムズムズしてくる。
たとえようもない強烈な欲求に駆られる。
理性が失われるのは、簡単だった。身体が勝手に暴走していく――…。
きつく瞼を閉じたまま、追い縋るように彼女の細い背中に腕を通した。
それが合図だったように、少女はアタシの服の中に手のひらを差し
入れる。
いつのまにかフローリングの冷たい板張りに身を預けながら、なっちは
夢中で、彼女の愛撫を受けていた。
- 278 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/11/28(日) 22:25
-
重たくなった瞼を、無理矢理にこじ開ける。
そこは、紛れもなくアタシの部屋で。彼女の背中越しに見える壁は
いつも見られたもののはずなのに、なんだか知らないところに迷い
こんでしまったようなそんな錯覚に陥った。ひどく心細い。
もっと、強くギュっとしてほしくて。もっともっと激しくしてほしくて。
だけど、思いはなかなか伝わらない。なっちは、もどかしく唸り声を
あげるだけ。
それでも、ぎこちない動きに熱が醒めることはなかった。
指が、唇が、なっちの身体を徐々に侵食していく。
だから、もう一度、瞼を落とした。彼女の華奢な背中に腕を回しな
がら、肩口に鼻を埋めてクンクンと匂いを嗅ぐ。
すると、気持ちがスーっと落ち着いてくる。
まるで、あの人に抱かれているみたいに。
そんな想像はこの上なくシアワセで、…そんな自分は、最低な人間
だと思った…。
- 279 名前:kai 投稿日:2004/11/28(日) 22:27
- 忘れられた頃に、ひっそりと更新です。(苦笑)
いやいや、忙しくてなかなか進められませんでした。
ちょっとスランプも入っているのかもしれませんがぁ…。(w
ほらね、やり慣れないことを始めてしまったからぁ…。(墓穴)
んでも、ようやく、なちごまらしくなったでしょうか…。
えと、この辺りのシーンは、もう少しだけ続きます。
- 280 名前:kai 投稿日:2004/11/28(日) 22:31
-
そんなお休みしている間に、リアルなやぐちゅーさんたちが、えらい
ことになっているようでぇ。(苦笑
二人で焼肉して。花火見て。カラオケして。姐さんのおウチでお鍋して。
そのまま、お泊りかよっ!(←はい、そこまでは言ってません。爆)
でも、二人っきりにちょっと緊張してしまった矢口さんが可愛いなぁと
思いました。ww
てか、姐さん! 自分の部屋にはたとえ友達でも呼びたくないとか、
なんかで言ってたような気がしたけどォ…やっぱ、矢口は特別なの?
なにはともあれ、今後のふたりに注目ですね!
- 281 名前:kai 投稿日:2004/11/28(日) 22:35
- レス返し、ホントに遅くなってすみませんです。
>ゆちぃ。さん…ナツ×なち…のほうが、書きやすい自分を発見!(爆)
いやいや、掴み所のないごっちんに四苦八苦しております。また、
感想とかいただけたらうれしいです。
>239さん…ナツせんせいとごっちん、似てますかぁ〜?
えと、どの辺だろう…。長いのは区切るところがよく判んないからで。
でも、読み応えあると言ってもらえるのはうれしいです。(笑)
なちごま、一度書いてみたかったんですけどね…。うぅ、難しいです…。
>ROM読者さん…初めまして。一気に読むと3日はかかるんだなーと。(苦笑)
誤字脱字に関しては、いつも読者さまに甘えているかと思うのですが、
耳が痛いですぅ〜。気をつけているつもりでも、マジ間違いとかも
あって、自分で読み返すと赤面したりもします。
はい、スミマセン、気をつけまーす。(ぺこ)
そして、うれしくなるような感想どうもです。また、読んでやって
くださいね。(ぺこ)
よしみきっすか…。ついつい矢口を追ってしまうアタシなので、
もう一度、気をつけて見てみますね!
次の更新は、そんなに掛からないと思います。
よかったら、またチェックしてやってくださいませ。
- 282 名前:ゆちぃ。 投稿日:2004/11/29(月) 01:41
- 更新おつかれさまです♪
めっちゃ楽しみにしてたので、
ニコニコしながら前回の分から読んじゃいました(w。
なんかセンセイの話がもっと読みたいかんじがします。
かなりセンセイがお気に入りです☆
先生といえば、裕ちゃんも登場してきて、嬉しかったです。
今回もいいとこで止まってるので、次も楽しみにしてますねvvv
現実のやぐちゅーさんの動きも大注目ですよね♪
- 283 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/11/30(火) 00:26
- 更新お疲れ様です、シリアスなお話でもなちごまは癒されますな(*´∀`)
楽しみに続き待ってます
- 284 名前:ROM読者 投稿日:2004/12/02(木) 15:53
- レスありがとうございますm(_ _)m
ごめんなさい、イキナリ指摘めいたことを書いてしまったのにきちんとお返事いただけてちょっと感激しました。
3日というのは多分私があまり長時間モニターを見てられないのもあり、普通に読んだらもっと早いかと思われます。読むの遅くて申し訳…凹。
ヨシミキは私の中で何故かヒットしてしまったので、出来ればこちらでもそんなカプのお話も見てみたいと思いました。
もしこれから新しく誰かを登場させる予定がありましたら、頭の片隅にでも思い浮かべて頂けると嬉しいですvv
なんてこんな新参者がリクエストみたいなことをするなんて不躾で本当に申し訳…凹。
ではまた次の更新を楽しみにしてます☆
寒くなりましたのでお体大切になさってくださいませ♪
- 285 名前:ROM読者 投稿日:2004/12/02(木) 15:56
- あげてしまいましたι
大変申し訳ι
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/03(金) 18:08
- 切な系のなちごまいいっすね〜。
落ち着いたらやぐちゅーもヨロシクです。
- 287 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 19:55
-
火照った頬にひんやりとした風を感じて、なっちは、そっと瞼を開いた。
顎を仰け反らせながらその方向を探ると、クリーム色のカーテンが夜風にさらわ
れるように靡いていた。
クーラーはあまり好きじゃないから、窓を少しだけ開けておいたんだった…。
彼女が動くたびに、やわらかな髪の毛が皮膚を刺激して、くすぐったくて。
置き場所に困った手のひらは、迷ったあげく華奢な背中の上に通した。
そのシャツが、少し汗ばんでいるのがわかる。
どこを見たらいいのか分からなくて、キョロキョロと彷徨わせていた瞳が、ふと、
消えたテレビの画面に、止まった。
グレー色のブラウン管には、肌を露出した少女の上で、長い髪を邪魔くさそうに
押さえながら、重なり合うもう一人の少女のシルエットが映し出されていた。
フツウに考えたら、ひどく異様な光景だろう。
女の子が女の子に襲い掛かる姿だなんて……。
ぼやけた映像が、余計に卑猥に映ってみえる…。
なっちは、画面から目を離せなくてなっていた。それが、まさしく自分たちを映し
ているのだとは頭の片隅で認識しながらも…。
忘れかけていた羞恥心が、ふつふつと込み上げてくる。
「んやあっ、ちょ、ま、……まって、ごっちん!!」
「んあ?」
- 288 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 19:56
- スポンと軽い音を上げて、唇を解放する彼女。
彼女の咥内でさんざん弄られ、遊ばれていたそこは、赤みを帯びながら、
片側だけが、軽くツンと勃ち上がっていた。
なだらかな白い傾斜に立つ濡れた頂が、寒さでブルルと震えているのがみえる。
「どうしたの、なっち?」
言葉に詰まったまま動けないでいるアタシの濡れた前髪をさらりと持ち
上げて、じっと窺ってくる幼げな顔。
なっちは、その瞳に掴まらないよう右往左往させながら、首の方まで
捲り上げられていたシャツとブラのカップを慌てて元に戻した。
木綿に尖った乳首が擦れて、ヒリっとする。
「は……。」
「…は?」
「は…はずかしいよォ…。」
首をひょいと横に向かせながら、震える声でそう口にすると、彼女は、
数回ほど目を瞬かせてから、フフっと笑った。
「カワイイねぇ、なっちぃ。」
「んなっ!…なに言ってるのさー!」
そう言って、よしよしとアタマを撫でられると、子供扱いされたようで
ムッとくる。
- 289 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 19:59
- 「だって、チョーカワイイんだもんっ。もうさ、なっちのこと、ギュー
ってしちゃいたいくらいだよォ〜。」
そう言いながら、ホントにギュって抱きついてきた。
二人の間にあった胸の膨らみ同士が強い圧迫で押しつぶされて。
服の上から乳首が擦れて、なっちの背中に電気が走った。
そんな一瞬の反応にも目ざとく気付いた彼女は、ニヤってしながら、
ますます淫らな動きで押し付けてくる。
「こうするとキモチいね、なっち?」
「……やあっ」
「女の子どうしって、こんなにキモチいんだぁ…。」
「…いやっ、やめぇ……。」
クネクネと卑猥に腰を揺らす。
溜息に近い声が、鼓膜を震わす。
そのまま、パクンと耳たぶを口に含まれた。レロレロと悪戯されながら。
なっちは、堪えるようにキリっと睨みつけると、綺麗な唇が間近に迫って
きていて。
「なっち、スキだよ?」
息がかかるほどの至近距離で彼女は甘く、そう囁いた。
- 290 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:01
-
「………ウソだぁ。」
「なんで、ウソなの?」
口からポロリと零れたなっちの言葉に、彼女はすぐさま反応する。
ちょっと気分を慨したように、少しだけ強い口調で。
だけどその顔には笑顔を浮かべていて。そう、初めてみたときのような、
人好きのするあの笑みで探っている。なっちは、なんだか、からかわ
れているようなそんな心境になった。
「だって……。」
「…だって?」
「なんか……。」
「…なんか?」
鸚鵡返しに問いただされて、むっつりとしたままそれ以上、口にでき
ないでいると。
「なんでさ、ウソじゃないよォ。…スキだよ、なっち。……女の子が
こんなにキモチいなんて、ごとー知らなかったもん。……やわらかい
し、すべすべするし、それに、なっち、なんかいい匂いがする〜。」
そう言って、肩口にクンクンと鼻を擦り付ける。
そんな動物じみた仕草に、なっちは、くすぐったくって、肩を窄ませる。
「アタシが、チュウしただけでカワイイ声あげるなっちも、こんなこと
されて、恥ずかしがって、泣いちゃうなっちも、なんかカワイイよ?」
「……。」
ふいに伸びてきた綺麗な指先が、目尻に溜った雫を救い上げる。
そのまま近づいてきた唇に、チュッて、音が立つくらい口づけられた。
- 291 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:04
- 「スキだよォ。なっち?」
「……んやっ。」
「んじゃ、信じてくれるまで言う。スキ、スキ、スキ……。」
「あー、もう、わかったから。そんな、何回も言わないでいい。」
高い鼻梁が、悪戯に擦るように鼻先を掠めた。
その顔を睨みつけるようにじっと見上げる。潤んだ目でそうしても
あまり効果があるとは、思えないけど…。
じっと見つめ合う二つの瞳。
少し垂れた双眸が、整った彼女の造りをやさしい顔立ちにさせていた。
わざと囁くような低音で、こうんなふうに甘い言葉を掛けられたら、
誰だっておかしくなっちゃうよ。
そうして、あの人の声を思い浮かべるんだ。
意外に照れ屋な年上のコイビトは、なかなかその言葉を口にしてくれ
なかった。なっちは、フッと自称気味に哂った。
好きな人には聞くことの出来なかったその言葉を、こうしてチガウ声で
耳にするのは、なんだかとても複雑な感じがした。
- 292 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:06
- 頬が、温かい手のひらの中に包まれる。
怯えながらも目を向けると、どこか不安そうなカノジョの顔があって。
見覚えのあるその表情は、さっき、初めて唇を奪われる前にみたあの
顔だと気が付いた。
「もう、なっちぃ、またそんな顔する〜」
「…ごめん。なんでもないよ。」
自分の方が迷子のような虚ろな瞳をしているのに。
コドモみたいに問うその口調がやけに可愛く思えて、なっちは、口元
を綻ばせた。
実際に、ごっちんはコドモみたいなところがあった。その風貌は、
どこか、オトナっぽさをかみ合わせているけれど、でも、行動や
仕草は、それ相応の幼さを顕していて。
だからかなのか、いま、なんとなくだけどわかっちゃったよ…。
彼女のスキは、恋とか愛とかを示すものではないんだって。
どちらかと言ったら、さっきご飯を食べながら聞いた、犬がスキ、
爬虫類がスキっていうのに似ている気がする。
この子が口にするその言葉には、きっと、深い意味はない。
だいたい、出逢ったばかりでそんなの信じられるはずがないでしょーが。
それに、ごっちんには、付き合っている彼氏だっているじゃないか。
そう思いたって、ハタと気がついた。
「えっちが巧くいってないんだー」と、悩んでいるふうだった彼女の
声が蘇る。
- 293 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:08
- …もしかして。
なっちは、彼氏の代わりなのかな?
ごっちん、なんか、試そうとかしてる?
でも、それなら、どうなんだろう…。
自分の胸に、手をあてて聞いてみた。
ぜんぜん苦しくないよ。傷ついてもいない。てか、ココロは、なんにも
感じていなかった。むしろ、ホッとしている自分にビックリするくらいだ。
ごっちんが、試そうと思っているのなら、それならそれでよかった。
自分もそうだから…。
カノジョの愛撫を受けながら、さっきから頭の中では、あの人のこと
ばかり浮かべていた。
毎晩毎晩、えっちな夢をみて。だけど、自分じゃどうすることもでき
なくて。もどかしくて。だけど、日に日に溜っていくモヤモヤをどう
にかしたくて。
なっちは、カノジョに、その役割を押し付けようとしていたんだ…。
なっちこそ、卑怯で最低な人間だ。
彼女のやさしい気持ちを、踏みにじろうとしていた。
いまだって、これでおあいこになれるんだと、どこかホッとしている。
ふいに二人の間を冷たい風が通り過ぎた。
近くを通る高速道路の轟音がやけに大きく響いている。
昼間は夏日のように暑くても、夜になると、半袖でいるにはまだまだ
肌寒い季節。
- 294 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:14
-
その沈黙に。
どうしたらいいのか判らなくて、とりあえず起き上がって窓ガラスに
手を掛けた。ついでにカーテンを閉めながら、振り返ろうとする前に
カノジョに後ろから抱きつかれる。
「なっちぃ……。」
冷たい窓ガラスに、身体を押し付けられて。
手をギュっと握り締められた。そのまま振り向かされると、強引に
口づけられる。なんども、たくさんのキスが落ちてくる。
手馴れていない仕草が、やけにホッとする。
最後に啄ばむように口づけてから、赤い唇が離れていくのを、なっちは、
じっと見つめていた。
「なっちが、スキだよォ?」
「……うん。」
その真意はどうあれ。
不思議なもので、こんな状況だとその言葉が、すんなりとココロの中に
落ちてくる。彼女の言葉が、素直にうれしいと感じた。
ムード作りにも、言葉は大切だった。
言ってから、照れくさそうに前髪を掻く彼女が可愛くて、なっちも
自然と微笑みを返していた。
- 295 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:16
-
「んじゃ、続きしても、い〜い?」
「うっ、………うん。」
もう一度、ちいさく頷きながら、「でも…」と口にする。
「なっちだけが裸はイヤダよ。ごっちんも脱いでくれなきゃ……。」
語尾がごにょごにょとなりながらも、思い切ってそう呟くと。
カノジョは少し驚いたように瞳を大きくさせなから、ニッと口の端を
引きつらせた。
薄暗い部屋に、白い歯がやけに際立ってみえる。
そうして、少女は、本日、何度目だか判らない言葉を口にするんだ。
「くぅーー、なっち、カワイイねぇ……。」
◇ ◇ ◇ ◇
- 296 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:19
- ごっちんの言うように、前の恋を忘れるために新しい恋をしろという
ならば、それは、間違いだったよと、今の自分には断言できる。
ていうか、そんなのは、むしろ逆効果だ。
出来ないということを改めて思い知って、一時でもそう思った自分を
嫌悪するだけだった。
だだ、この感触だけは、チガっていた。
身体の熱が高ぶっていけばいくほど、なにも考えられなくなっていく。
その間だけは、頭の中が真っ白になれた。
一時でも忘れたことがなかったあの人のことが、いつの間にか忘れられ
ていたんだ。
決して忘れたかったわけではないけれど、でも、なっちは、少しだけ
楽になりたかった。フツウに呼吸をしたかった…。
今だけ…今だけだから……何度もそう言い聞かせるように心の中で
唱えながら、なっちは、知らない人の愛撫を受けたんだ。
くすぐったい感触に焦れながら瞼を開けると、サラサラの長い髪が
肩口を揺らしていた。
驚くほど白い肌が視界に映る。思っていた以上に張りのある胸。
そこにふさわしいように飾るピンク色の乳首。スラリと引き締まって
はいるけど、ほどよく肉つきもあって。
それはまるで、美術室にあるビーナス像のように、思わず「はあぁ」と
溜息が零れちゃうほどの綺麗な裸体だった。
貧相ななっちは、恥ずかしくって身体を隠したくなっちゃう。
- 297 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:21
-
「……んんっ、……はあぁ…。」
センセイとしたときみたいなジェットコースターのような急激な快感は
ないけれど。その代わりに、じわりじわりと熱くなっていくようななん
ともいえない感触が確かにあって。
なっちは、彼女の愛撫にすっかり溺れかけていた。
指先でギュっとしがみ付いたシーツから、ふわりと嗅ぎなれた匂いがする。
今朝まで、妹と一緒に寝ていたベットの上でアタシは、生まれたままの姿になっていた。
妹に申し訳ないという感情がわかないといったらウソになるけど…。
「ねぇ、なっちぃ……もう少し、力抜いてぇ?」
「…ん、はあぁ…やあぁ、もぉ、恥ずかしいよォ…。」
泣き言を洩らすアタシに、彼女は目尻を下げながら、なにか言いたげに
含み笑いをする。
やんわりと太腿を撫でられて、さっきから頑なに閉じた脚を開かせよう
とするごっちん。なっちは、必死に抵抗していた。
けど、それも限界にきていて…。
彼女のほうが腕力が勝るのは明らかだ。それに加えて、アタシはまるで
力が入らないときてる。
普段どうしたって隠しているところが、人の目の前に晒されるのは、
ひどく耐え難い。ましてや彼女とは出合って間もない間柄だし。
なにより、同世代の女の子だということがなっちの羞恥心に拍車を
かけていた。
コイビトに見せるのさえ恥ずかしいことなのに、それが……。
もう、絶対に厭だよォ〜!
- 298 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:25
-
膝の後ろに手を掛けられて、そのまま身体のほうへ押し付けられる。
Mの字にされた両脚の間に、彼女が、少し強引に入ってくる。
すっかりどうしようもなくなった状態に、なっちは唇を噛みしめながら、
視線を逸らした。
「みーせて?」
「やあぁ……。」
軽やかな彼女の口調に反して、消え入りそうなかぼそい声が、自分の
じゃないみたいに響く。
最後の抵抗とばかりに、両手でそこを覆い隠す。そんなの無駄だと
知りながら…。
すでに覚悟を決めたつもりでいたのに、ここへ来て、どうしてもふん
ぎりがつかないでいた。
でも彼女は、焦れるふうでもなくむしろ、楽しそうになっちの反応を
みていた。
「手ぇ離して?」
「やだぁ……。」
「どうして?」
「恥ずかしいもん…。」
「エーッ! オンナ同士じゃん、平気だよ。」
「だから、ヤなのー! 絶対、いやっ!!」
「あはっ。もう、なっちは、困ったコだなぁ……。」
「なっ! なに言って…、コドモ扱いしないでっ!!」
ツンツンと額を突付く手を、パシッと払いのける。
先輩風を吹かして、むきになって抗議をすれば、彼女の笑みはさらに
深くなって。
なんだか、すっかり彼女の手のひらの上で遊ばれているような気がするよ。
聞き分けのない子供のような態度をとる自分が急に恥しくなってきて。
彼女の言葉に操られるように、なっちは、渋々と最後の砦を開け放した。
- 299 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:27
- ごっちんの綺麗な瞳に映る、醜いそこを思い浮かべて、涙が込み上げて
くる。
「フッ」と息が掛かる。陰毛が微かに揺れるのに、お尻をひいた。
「……へぇ〜。知らなかった…。女の子のって、こうなってるんだぁ…。」
なっちは、ブルブルと首を振る。
そんな顔も、ごっちんの視線に見られているような気がして、頑なに
ギュっと目を瞑った。
頬が、異常なほど熱くなっている。
「恥かしいの、なっちぃ…?」
「…恥ずかしいから、もう、やめてぇ……。」
「ふふっ。なにいってるのさー、ダメだよォ。てか、これからでしょ。
それに、なっちだって、このままのほうが辛いんじゃないのォ?」
「…んくふっ、……、もう、やだやだぁ…。」
身体を揺らしながら。
顔の前で両腕をクロスする。
「なっち、いっぱい濡れてるよ?」
「んやっ、だってぇ……。」
「いいのォ。キモチくなってくれたんだぁ?」
「……ん。」
そう、アタシは、センセイの指じゃなくてもキモチよくなれるんだ。
もしかしたら、そういうのを、試したかったのかもしれない。
センセイしか一生駄目なのかもと思っていた。…なっちは、最低だ。
- 300 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:29
- 「……なっちのすごいキレイだよォ。なんか、宝石みたいにキラキラ
してるの。」
彼女は、蕩けるような甘い声で囁く。
そうして、なっちの腕をやんわりと解放した。
チュって、やさしく頬にキスをしてから、クスッと笑う。
目をみることはできないけど、喉の奥がカーと熱くなるようなそんな
感じがして。
「触ってみても、いい?」
「う?……っん。」
ごっちんの動く気配を感じて、呼吸が変なふうに乱れた。
伸びてきた指先がそっと触れる。
くちゅくちゅと淫らな音がたつと同時に、甘酸っぱい匂いが室内に
立ち込めた。
「ふっ、……ふぅん……あっん……。」
ゆっくりと上下される。
線をなぞるように何度も往復していた2本の指が、両側に開かれた。
冷気を感じた瞬間、じゅるると、零れ落ちた蜜が太腿に滴ったのに
気付いて、なっちは、ますます顔を赤くする。
「もう、いい、やめてぇ……。」
そんな思ってもみないことを口にする自分。
身体は、もっともっとと騒いでいるくせに。
懐かしい指の感触。待ち望んでいたように、なっちのソコは喜んでいた。
- 301 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:31
- 「…女の子にしたことないからわかんない。なっち、痛かったら
ちゃんと言うんだよ?」
歯医者さんが言うみたいなことを口にする、ごっちん。
体中にやさしくキスを落としながら、ゆっくりと指の動きを早めていった。
ごっちんの指がなっちの蜜に滑るように動いてくる。
一番反応を示す場所を見つけられると、おもちゃで遊ぶ子供のように
そこばかりを攻めたられて。しきりなしに水溜りに入ったような音が
洩れるのに、なっちは、ますます混乱した。
「…あっ、うぅ……。」
波のように押し寄せる快感が、思考のほうも蕩かしてなんにも考えられ
なくなっていく。
乳首を吸う。舐める。軽く齧られるとあまりの衝撃に背中を仰け反らせる。
指先は、さっきから、ぴちゃぴちゃとひどく卑猥な音を奏でていた。
「ねぇ、なっち、ここにチュウしちゃってもいい?」
「…ふえ?」
視界がぐちゃぐちゃで前が見えない。
ごっちんが、なにを言ってるのかわかんない。
「カレにはしたことないけど、なっちにはしてあげたいの。いいよね?」
太腿をぺロリと撫でられて、ようやく悟って、慌てて首を振る。
- 302 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:34
-
「汚いよォ〜〜。」
「汚くないよ〜。」
「でも、やだ…。」
「じゃ、勝手にする。」
そんな交渉は、すぐに決裂した。
茂みを撫でていた指先に強引に割られて、そのままごっちんの形の
いい頭が沈んでくる。
舌先がちょっと触れただけで、強烈な快感が脳天を刺激した。
チロチロと撫でられ、屹立した突起を軽く咥えられると、あっという間に
頂点まで押し上げられる。
似ているようで、まるでチガウ愛撫の仕方。
恐くなって、必死にしがみつく。
「ああ…あああ……やあぁ…。」
ごっちんのちいさなアタマを抱え込んで、なっちは大きく背中を撓らせる。
舌と指に翻弄され、なにも考えられなくなるくらい反応してしまう。
恐くて堪らないのに、開かされた脚は、もう閉じられなくなっていた。
もう、何度イッちゃったか判らない。
いままで溜め込んでいたものがすべて吐き出されるように、なっちは、
シーツに汗と蜜を染み込ませていった…。
だから、まさか、そんなことになるだなんて全然気付いていなかった。
- 303 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:37
-
「なっちぃ、いい……?」
そのときは、すでに、意識が混沌としていて。
耳元で自分を呼ぶ声にも応答できずにいた。
快楽の海に引きずられていたアタシを取り戻したのは、下半身から
感じる鋭い痛みだった。
うらやましいと思っていたごっちんの綺麗な指先が、なっちの中に
入っているのもみたとき、なっちは、初めて、罪の大きさを認識した。
一時の快楽に負けて、なっちは、タイヘンな過ちを犯してしまった。
目尻から温かいものが込み上げてくる。わけもなく嗚咽が洩れる。
「やあぁ…ひぅっ、…いた…いぃ…やめぇ……。」
痛みと快楽の狭間で。
ふと、あの人の声が脳裏に浮かんでくる。
なっちは、早くオトナになりたかった。
17才という年の差を埋めることは、どうしたって不可能だけど。
せめて、身体や精神だけでも、追いつきたかった。
セックスをすれば、大人になれるのだと、なっちは、思っていたんだ。
アナタの手で早くそうして欲しかったのに、センセイはなかなか首を
立てに振ってくれなくて…。
こんなことで、気付くなんて…。
- 304 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:41
-
センセイは、こんなにもなっちの身体を大切に思ってくれていたんだ。
2年くらい待ってくれると言ってくれた。
『そんなに急がなくても厭でもすぐに年は食うよ…。』
苦笑しながら、アタシの髪を撫でてくれたセンセイの顔が、瞼の裏に
ぼやけて映る。
『…そうだね。んじゃ、最後は、なっちがちゃんと介護して面倒みて
あげるからね…。』
『って、そこまで飛躍するかっ!……てか、それ、リアルすぎて笑え
ないよォ…』
額を叩かれて。
ぷくくと顔を見合わせて笑いあった。
センセイ、ごめんね。ごめんね。
なっちは、アナタのやさしい気持ちを踏みにじってしまった。
矢口のように、願っていれば、いつかあの人が目の前に現れてくれる
のだと、信じていた。
裕ちゃんのように、いつかきっと、迎えにきてくれるんだと思っていた。
矢口は、一年半もあの人を待ち続けたのだ。
ホントウに現れるのかどうも判らない人を、信じたいという一心で。
なっちなんて、まだ半年しか経っていない。それなのに、待てなかった。
一時の快楽に負けてしまった。バカだ…。最低だ……。
もう、こんな身体になってしまっては、遭わす顔がないよ…。
どんな顔して遭いにきてなんて言えるのさ。
きっと、もう、センセイは逢ってくれない…。
そんな夢をみることさえ罪になるんだ……。
- 305 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:43
-
「あっ、ううぅ…くっ、ぃあっ。」
そんなココロとはバラバラに、身体のほうはますます正直になっていく。
いつのまにか2本に増えている指が、なっちのお腹の中をグルグルと
掻きまわす。
ひどい痛みと苦しさ。それ以上の快楽が、なっちの罪悪感を押し流して
しまう。
すでに、自分で自分のことをコントロールできなくなっていた。
口からひきりなしに洩れる、苦痛とはチガウ甘い声がたまらなく厭で。
ごっちんの長い指に揺さぶられて、なっちの腰はいやらしく跳ね上がる。
『センセイ、ごめんね。ごめんなさい、ごめんなさい…』
何度も何度もあの人に手を合わせながら、なっちは、すべてを吐き出した。
こめかみを大量の雫が流れ落ちる。
心臓が苦しくて。息がうまく繋げない。このまま死んでしまうかもしれない。
それならそれでいい。こんな自分なんて、消えていなくなればいい。
なっちは、最低だ。そして汚い。…もう、この世界では生きていたくない。
霞む視界の中で、センセイが、さよなら、と手を振った。
◇ ◇ ◇ ◇
- 306 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:45
- どれくらいの時間が経ったのだろうか。
ひんやりとしていたはずのシーツが、汗と染みで重たく湿っていた。
部屋の空気もまだ二人分の熱気で高まっていたから、そんなには経って
いないのだと思う。
ふいに前髪を揺すられて、腫れぼったくなった瞼を開けると、睫毛の
カールした女の子が、じっとこっちを窺っていた。
「…なっちぃ……。」
泣き過ぎて声がでない。
少女は、困ったように微笑みながら。
「初めてだったんだね……。」
そう呟いて、爪の先に付いた赤く染まったものを目の前にかざした。
「ごめんね。痛かった……?」
「………。」
裸のごっちんが、なっちの横に寝そべって言う。
ベットのスプリング軋んだ。
彼女の髪から、ふわりとシャンプーのいい匂いがする。
- 307 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:47
- 「…でも、ラッキーだったかな。…へへっ。なっちの初めていただい
ちゃったぁ。」
わざと、はしゃぐような声が、脳をガンガンと響かせる。
彼女は、なっちに見せ付けるように血のついた自分の指先をペロンと舐めた。
なっちは、死んだような目で、その光景を呆然と眺めていた。
その間にも、いま起きた行為のことを反芻するように話しかけてくるのを、
黙って聞きとめる。
「あー、なっち、すんごいかわいかったぁ。女の子同士って、なんか
いいね。ごとーこんなの知らなかったよォ〜。オトコするより全然いい
もん。てか、嵌っちゃったかも? また、しようねー、なっちぃ。」
浮かれたように、首を傾けて問いかけてくる。なっちは、ちいさく
首を振る。
「…もう……。」
「…ん〜?」
声が掠れる。喉の奥がヒリヒリと痛む。
「…もう、しない。したくない。」
「どうして……?」
やっと口に出来た言葉を、すぐに切り返された。
ごっちんの大きな瞳が、ジッと、なっちの顔を覗いている。
- 308 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:50
-
「しない…。誰とも、もう、しない。こんなのは、やだぁ…。」
顔の前で腕をクロスする。
だけど、なんなく払いのけられた。
「もー、どうして、そんなこと言うのさー。」
ぷうと膨れたような顔。二人の温度差のチガイを感じた。
「痛かったから?」
「んん。」
首を振る。
きっと、アナタには、なにを言ってもわからないよ。
こんな、なっちの気持ちなんて。
「じゃ、なんでぇ? キモチかったでしょ? だってさ、なっち、
あんなに……。」
「もう、やめてぇ!!」
彼女の声に被せるように大きな声がでた。
でも、もう、それ以上は聞きたくなかった。
両手で耳を塞ぐ。
ずっと溜め込んでいたものが、すっきりして。
なのに、これは、どうだろう。
残ったのは、死にたくなるような彼女へ対しての罪悪感ばかりだった。
こんなことになるの、よく考えればわかっていたはずだったのに。
後悔するくらいなら初めからしなければよかったんだ。
なっちは、いつもしてから失敗する。
そんなことはあの時で、散々懲りたはずなのに。なんの学習もして
いなかった。自分の弱さが許せない。
だから、せめてもの償いに。もう二度とそういうことにならないようにする。
もう、センセイには、遭わせる顔はないけれど、でも、もしも、許して
くれるのならば…。
- 309 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:53
-
「そんなの、ダメだよ!」
思い切って、口にした言葉も。
彼女の強い口調で、断ち切られた。
「そんなのダメだよ。そんなことさせない。なっちは、もう、ごとーの
もんだもん。そうでしょ?」
「…なに言って……いやだっ! 離して!! な、なんでそんなこと
言うのー!」
きつく抱きついてくる腕を、必死で剥がそうとする。
だけど、抱っこちゃん人形のようにビクともしなくて。
揉みあっているうちに彼女は、なっちの上に馬乗りになっていた。
女の子にしては、大きめな手がなっちの顔をすっぽりと包み込む。
そのまま視界が暗くなる。キスしようとしているんだと気が付いて、
なっちは慌てて唇を引き結んだ。
やわらかい感触に呼吸を塞がれる。舌を強引に割り込ませようとする
ごっちん。それでも頑なに拒絶した。
彼女の前髪が目の中に入って、痛くて、涙が滲んでくる。
なんで、ごっちんが、そんなこと言うのかわからない。
二人の関係は、そんなんじゃない。
それに、アナタにはちゃんと彼氏がいる。
どうして、コイビトにするみたいに、独占されなくちゃいけないの?
- 310 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:55
-
いくらごっちんががんばってみても、なっちは絶対に唇を開けなかった。
ようやく諦めたのか、顔が離れていく気配に、「はぁ」と息をつく。
「もう、仕方ないなぁ。こんなことしたくなかったけど。…」
そう前置きしてから、ベットレストに投げ捨てられていた携帯の操作を
するごっちん。
そして、「はい」と見せられた画像に、なっちは息を呑んだ。
「……なっ!!」
「フッ。ぜんぜん気付かないんだもーん、なっち。」
悪びれる様子もみせずに、彼女は滑り込むようになっちの横にきて、
そのまま肩を抱きよせる。
それが、腕枕するような形になっても、抵抗を見せる事はなかった。
二人でちいさな画面をじっと見つめる。
スライドショーで、次々に変わる写真。そこに映しだされていものを、
見間違えるはずがなかった。なんてったって、十六年間も見慣れている
自分の体なのだから…。
徐々に卑猥になっていくのに、目を逸らしたくても逸らすことは許され
ない。
- 311 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 20:59
- 「ククッ。すごいっしょ? あー、こうゆうのって、なんて言うん
だっけかっ…。あぁ、ハメ撮りかぁ?」
「…ハ、…ハメってぇ…。」
それこそ、いろんな角度から撮った猥褻画像。
もちろん、モザイクなんて処理がしてあるはずもなくて。
それは、なっちが、目を伏せたくなるようなものばかりだった。
いつの間にこんなに撮られたのか、次々に映し出される数十枚の画像が
ピタリと止まる。
最後の一枚は、ひどくぐったりしながらも恍惚と顔を紅潮させたアップ
写真。
まさか、イッた後の自分の姿をこうして見せられるとは思っても
みなかった。
はじめてみる自分のそんな姿に、なっちはすっかり毒気が抜かれていた。
「……ごっちん、なんで?」
奥歯をギリリと噛み締めながら睨みつける。…じゃなきゃ泣いてしまいそう
だったから。
「なっちが、厭がるなら、この写真どうしよっかなぁ。友達に送って
もつまんないしなー。そうだ。エロサイトに送っちゃおうか。女子高生
レズビアン画像なんて高くつくかもよ?」
「やっ……。」
「なっちのカワイイの、みんなに見られちゃうね?」
「いやっ……。」
- 312 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 21:01
-
どうして? どうして、こんなことするの?
アナタは、そんなふうに意地悪く笑う子じゃなかったでしょ。
海を見ながら、お父さんのことを淡々と話してくれた声が蘇る。
背中をやさしく撫でる温かい手のひらの感触、いまも覚えているよ。
自分のせいで仔犬が死んで、いつまでも泣いているなっちを一生懸命
慰めてくれた。
あのときのごっちんは、どこへ行っちゃったの?
ねぇ、全部、なっちが悪いの? そんな顔にさせてしまったのはアタシ……。
歯を食いしばっていないと、奥歯がガタガタと音を上げてしまいそうだった。
「んで? どうするのさ、なっちぃ」
パタンと携帯を閉じながら、ごっちんは、あくまで無邪気に問うてくる。
なっちは、泣きそうになりながらも、仕方なくコクンと頷いた。
その瞬間、綺麗な顔は、満面の笑みに変わる。そう、砂浜の月明かり
の下で見たあの笑みに…。
とても、「脅迫」という言葉に相応しくない笑顔だった。
「んじゃ、契約成立だね?」
「け、…消してよ!」
「…だーめ。そんなことしたら、なっち裏切るかもしんないでしょ?」
「やあぁ、やだあぁ……。」
- 313 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 21:03
- そんなものが、人の手にあるのかと思うと……。
なっちは、携帯を取り返そうと必死でもがく。けど、彼女の力には
敵わなかった。
ベットの上で、呆然と佇んでいるなっちに、「んじゃ契約書に判押して?」
と言われて、チュっと、唇を奪われた。
「クフッ。コレ、一度やってみたかったんだぁ…あのドラマの台詞っ♪」
「ごとーは、キムタクだぁ」とケラケラ笑いながら、彼女は、どこまで
も能天気に言ってくる。
なっちは、シーツに包まりながら、そっと裸の自分自身を抱きしめた。
あの人は、愛し合ったあとも、いつまでも抱きしめてくれた。
だから、それが、当たり前のことなのだと、なっちは、ずっと思っていた。
センセイの腕の中で胎児になったように眠る瞬間が一番のシアワセだった。
寒いよ。寒いよ。淋しいよォ。
ごめんね、センセイ。ごめんね。
目尻から温かいものが、ツーと流れ落ちた……。
◇ ◇ ◇ ◇
- 314 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 21:06
- 気だるさに引きづられるように、薄ぼんやりと瞼を開ける。
見慣れない高い天井に、可愛らしい水色の蛍光灯が視界に入って、
なっちは首を傾ける。
でもすぐに、その所在に気がつくと、ボスンと甘い匂いのする固い枕に
頬を沈めた。
いつのまに腕枕なんてされたのか、ぜんぜん気付かなかった。
寝心地がいいとはあまり言えないけれど、ごっちんのふにゃふにゃの
枕よりはずっとマシだったからそのままにしとく。
彼女は、アタシを後ろから抱きしめるようにしながら、なっちの髪で
悪戯していた。
その様子が、毛づくろいするサルの親子みたいで、ちょっと笑える。
最近、ごっちんの愛撫が、少しずつ変わってきている。
初めのころは、なっちの嫌がることばかりしていた彼女が。
ーーそれは、いまも、あるけど。
今日みたいに恋人にするようなやさしい愛撫をされるときもあって。
なっちは、すこし恐くなっていた。
センセイだけしか知らなかった身体が、チガウ喜びを知ろうとしている
のを感じていたから。
目を瞑りながら、思い出すのはセンセイに最後に抱かれた日のことだー。
- 315 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 21:08
- 告白してから別れまでの約2ヶ月間。
センセイとは、トータルにすれば、たいした回数をこなしているわけ
でもなかった。
彼女にべったり逢えるのは休日だけだったし、そんなことを毎回のよう
にしてたわけでもなかったから…。
それなのに、こんなにも覚えているということは、それだけ濃厚な
時間だったと、いうことなんだろう。
ぎこちなかった初めての頃に比べて、回を重ねれば、それなりになっちも、
余裕をみせられるようになっていて。
なのに、その日は、どうしてだか、ひどく甘えたがった。
帰らなければいけない時間になっても、なかなかセンセイの胸から
離れなかった。
苦笑いをしながら、膨れたなっちの頬を突付くあの人。
もしかしたら無意識に気がついていたのかもしれない。
こんなふうに抱き合えるのが、これで最後になるということを…。
- 316 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 21:11
-
「(ドンドンドン)ねぇ〜、真希ちゃん、真希ちゃ〜ん!!」
乱暴にドアを叩く音がする。二人の肩が同時にビクンと上がった。
隣に寝ていたごっちんが、慌てて飛び起きる。
「うわわっ、ダメ、開けちゃダメッ〜〜!!!」
なっちも裸の身体を隠すように、タオルケットに身を包めた。
ノブが回るのをみて、思わず息が止まる。
こんな姿を見られたら、言い訳なんて、できないよ。
その前に、ジャンプして彼女がそれを阻止した。ふぅ。危なかったぁ…。
「…な、なにさ? もう、来ちゃダメって言ったでしょォ〜!!」
「だってぇ……。」
ドアの向こうから聞こえてくる声の主は、ごっちんのお姉さんの子供。
だから、ごっちんに取ったら甥っ子さんってことになるのか。
年も近いせいか、なぜか好かれているんだーと笑っていたのを思い出す。
「ママがアイス買ってきたの。溶けちゃうから呼びにきたんだよ。
たべるでしょ? なっちの分もあるよ〜。」
「うん。後で行くから、冷凍庫に入れといてってママに言って?
わかった?」
「え〜〜、いっしょに食べようよォ〜!」
バタンバタンと床を踏み鳴らす音がする。
- 317 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 21:14
-
「いま、お勉強してるから、だめ。後で食べるよ。」
そんな微笑ましいやりとりを横目でみながら、なっちは目のやり場に
困っていた。
ごっちんの綺麗なお尻をみるのは、久しぶりだった。
って、なっちは、散々見られているのに〜。
「なんのお勉強しているの?」
「……ふぇ?」
小学生相手に、押し黙ってしまった彼女がおかしい。
カレもまさか、大好きなお姉さんが、ドア一枚向こうでは、真っ裸になって
いるだなんて、想像もしていないだろう。
「チョー、焦ったぁ……。もう、この部屋ですんの恐いなぁ。てか、
鍵つけよ。」
やりとりを終えて、ブツブツ言いながら。
すっかり脱力したように肩を窄ませる彼女の姿がおかしくて、なっちは、
身体を丸めてくくくと笑う。
振り向いたごっちんは、驚いたように目をま〜るくしながら、うれし
そうに微笑んだ。
「……なっちの分もあるって、アイス、食べる?」
「んね、なんであの子、なっちって、呼んでるの?」
質問に質問を被せると。
一瞬だけ考えた彼女は、「ああ」と思い出したようにヘラヘラと笑った。
- 318 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 21:16
- 「アタシが、いっつも言ってるから…。ウチでは、みんな、なっちは、
なっちだよ?」
「ふ〜ん。」
気のない返事で、ポスンとシーツにアタマを沈めた。
家族になにを言っているのか問いただしたい気もしたけど、いまは
聞く気にはなれなかった。
腰がひどく重たい。ごっちんの指の感触がリアルに残っている。
「んで、どうする、アイス?」
「ん…。」
「んじゃ、取ってくるから、待ってて。」
一人になりたかったから目だけでそう頷くと、何も知らない彼女は
うれしそうに笑って椅子に掛けてあったシャツをノーブラのまま着込
むと、そのまま、ものすごい勢いで階段を掛け降りていった。
ようやく一人になった部屋で、なっちは、起き上がって、ブラとパンツ
を探す。
セーラー服のタイを結びながら、広い部屋を見渡した
真新しいフローリングは、なっちのアパートの部屋が、スッポリと入って
しまうほどの大きさだ。片付けは苦手なようで、いろんなものがごちゃ
ごちゃと散乱している。
ウチとそう大差ないことに安堵しながら、窓の外に目を向けた。
- 319 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 21:23
- カーテンの隙間から、橙色の夕日が零れていた。
なっちは起き上がって、冷えすぎてたクーラーを止めると、窓ガラスを
全開にした。
大きな一枚ガラスの外から見えるのは、モクモクと立ち上る白い煙に、
密集するちいさな町工場たち。
東京の空気よりも澱んでみえる。独特の饐えた匂いが鼻に付く。
ココへ来るたびになっちは大気汚染について考える。
ごっちんは、こんなところで生まれたんだ……。
水色のカーテンが、風を孕んでふわりと広がった。
お台場の波のように、ゆるやかに、何度も何度も揺らめいた。
カーテンもそうだけど、この部屋にはやたら青いものが多かった。
水色の蛍光灯。ブルーのベットカバー。時計などの小物にいたるまで。
別に、女の子らしくない部屋だというわけではないのだけど。
その色のせいでか、なんか少し寒々しいような気がした。
広すぎるせいかもしれない。
それに、女の子の部屋にしては、なにかが足りない気がする。
なっちの知らない、サッカー選手の大きなポスターがそうさせている
のだろうか。
そういえば、ごっちんの甘い匂いがするこの部屋に来るのは、何度目だろう……。
- 320 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 21:25
-
「……なっちぃ?」
「ふえ?」
いつの間にいたのが、ごっちんが後ろに立っていた。
手にはハーゲンダッツのアイスカップを二つ持っている。
「どうしたの、なっち?」
「な、なにが?」
「うんん。アイス、どっちがいい?」
「ん〜、んじゃ、こっち。」
ラムレーズンを持つ右手のほうを指す。もう一個は、彼女の好きそう
なチョコチップだった。
自分の好みのほうを、少し引いて持っているところが可愛くて、口元が
自然と緩んだ。
ふと、ごっちんがジッとこっちをみているのに気付いて、慌てて引き結ぶ。
「あれ? クーラー消しちゃったの?」
「…ん。だって、寒いんだもん。冷凍庫じゃないんだからさー、冷や
しすぎでしょ!もう夕方なんだしぃ、少しは風をいれたほうがいいよ。」
そう言って、ボスンとベットに座った。
ごっちんも横へ来て、肩がぶつかる距離に腰を下ろす。
こんなに広いんだから、なにもそんなにくっつかなくても…と思った
けど、面倒だから口にはしなかった。
並んでアイスを食べている姿は、さっきまでここでしていた行為の
ことを考えると、少し変な感じがした。
- 321 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 21:27
-
黙々とひたすらアイスを口にしながら、ごっちんは、ぷくくとうれし
そうに笑う。
「どうしたの?」
「…ううん。」
首を振りながら、でも、笑ってるから。
「な、…なにさ?」
「……なっち、最近、ごとーの前で笑ってくれるから。なんか、うれ
しくて。」
「…いま、笑ってた?」
「うんっ♪」
なっちは、下を向いて床の木目を5本ほど数えた。
「………アイスがおいしかったからだよ?」
むっつりと、そう言うと、彼女の笑みはさらに深くなった。
「…いいよ。それでも、ごとーはうれしいから。」
そんな彼女の声に、実は内心、ものすごく焦っていた。
もしかしたら、あまりにもごっちんとするので、なっちの身体は慣れて
きてしまっているのだろうか。
なんか、ココへ来て、二人の関係が変わってきているような気がする。
このままではいけない。いいわけがない。
だって、アタシタチは恋人というわけではないのだから…。
- 322 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 21:29
- そうしてなっちは、ハタと気が付いた。
女の子の部屋に当然あるもので、この部屋には存在していないものが
なにか……。
それは、写真だ。
彼氏の写真が、どこを探してもなかった。
友達なのか、部活の仲間なのか、女の子と写った写真はいっぱい飾ってある。
だけど、その中にあっていいはずの彼氏との2ショットの写真が、一枚も
見当たらなかった。
恋人の写真を部屋に飾らない女の子なんていないだろう…。
あ、そっかぁ。…なっちが、部屋に来るから隠したのかな?
ーーうんん。そんなことする子じゃない。そんなことに気が回るくら
いなら、部屋の片付けくらいしてるっしょ。
そういえば、ずっとこんな関係が続いているのに、出遭ったあの日以来、
彼女の口から彼氏の話を一度も聞いたことはなかった。顔も知らない。
- 323 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/18(土) 21:32
- 一方で、それは、当たり前だよって気持ちにもなっていた。
ごっちんにとって、なっちは、いったいなんなんだろう。
友達でもなければ、恋人でもない関係って……。
愛人?ーーなんかチガウ気がする。
んじゃ、セフレの相手? ーー無きにしも非ずってとこかぁ…。
どっちにしても、フツウじゃない関係だよ。
こんな明るいうちから、セックスしているなんてさ。
なんだか、急におかしさが込み上げてきた。
ただれたアタシタチの関係にはピッタリなネーミングだったから。
はあぁ…。
だけど、どうしてだろう…。胸がチクチクするんだ……。
- 324 名前:kai 投稿日:2004/12/18(土) 21:34
-
本日の更新は以上です。
ーどうでもいい補足ー
ごっちんが台詞を真似たキムタクのドラマは、「プライド」からです。
ちょっと前なので、ビミョーにチガウかも? てか、いま、再放送やってる?(w
あと、なっちの知らないごっちんの部屋に飾ってあるサッカー選手の
ポスターは。
“マイケル・オーウェン”(R・マドリード)です。
なんか、崇拝してるらしいっス。(苦笑)
と、細かいとこは結構あって。
ハイ、どーでもよかったですね。(汗
- 325 名前:kai 投稿日:2004/12/18(土) 21:38
- レス、毎度ありがとうございます。(ぺこ)
>ゆちぃ。さん…センセイ、はい、たびたび登場します。年上攻が
大好物なもんで。(コラ
ゆちぃ。さんのような奇特な(?)方もいらっしゃるんだなぁ〜と、
うれしくなっちゃいますねぇ。(苦笑)
今後の2人にもどーか、注目してやってくださいませ。
>283さん…な〜んか、癒しになってんのかどーか、ビミョーな気も。(w
そう言っていただけると素直にうれしいです。こんなに長たらしくやる
つもりもなかったんですが、本編のやぐちゅー並になってきていて、
実は、結構、焦っていたり。(w
>ROM読者さま…ありがとうございます。そういえば、リクエストとか
いただいたことなかったので、ちょっとドキドキしてしまいました。(w
基本的にアタシは、やぐちゅらーなので、ご希望に添えるかどうかは、
判りませんが、カプじゃなければ、どちらかは、今後、登場させる
予定でいます。
それにしても。はあぁ…時代は、よしみきかぁ……。(遠い目)
>286さん…リアルなやぐちゅーが急接近中なせいでなのか、いま、
無性にやぐちゅーを書きたくなっています。(禁断症状発令中!)
こちらが落ち着いたらまた始動しますので。もうしばらくのお待ちを。(ペコ)
- 326 名前:kai 投稿日:2004/12/18(土) 21:40
- なっちさんが、こんなときに、なちごまをやるのもいかがなものかとも
思うのですが。しかも、エロだなんて!(苦笑)
ハロモニ。ヤバイっす!(笑)
めちゃ、うれしすぎるぜ。裕子の復活っ!
やっぱり、やぐちゅーの血が染み付いているようです。
でも、なっちも好き!(苦)
今年中にもう一度、更新できればなと思ってます。
また、チェックしてやってくださいませ。
- 327 名前:ゆちぃ。 投稿日:2004/12/19(日) 11:11
- 更新おつかれさまです。
私、奇特ですか!?!?(w。
今でも、なっちの前に先生が現れてくれたらいいのにって思うんですよ。
どうなっちゃうか、考えるの怖いですけど。
ごっちんの部屋にはオーウェンくんが飾ってあるんですね☆
まさかここでオーウェンって名前を聞くとは思わなかったです(w。
今年中にあと1回、期待してます。
最近寒いんで、身体に気をつけてくださいね〜。
- 328 名前:ROM読者 投稿日:2004/12/20(月) 19:33
- 更新お疲れ様でした。
こちらこそ前回は不躾に申し訳ないですm(_ _)m
お気遣いありがとうございます。
今回もステキな作品楽しませてもらいました。
次の更新も楽しみにしております。
- 329 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 20:37
- ガヤガヤと活気づく食堂の窓ガラスから、突き刺すような強い日差しが、
なっちを直撃した。
東京の夏は、なっちがこれまで経験してきたものとはまるで違って、
やたら気温も高く、そのくせ、ひどくじめじめしていて。ただでさえ
なくなっている体力を消耗させるには十分だった。
左へ右へと首を巡らせながら、その少女の姿を探す。
あそこまで小さいと街中で探すときには、かえって目立っていいのだ
と言っていた圭ちゃんの声がふと過ぎった。
でも、コレだけの人数で、しかも同じ制服姿ばかりともなれば、それも
厳しいものがあるよ。
だんだん手が痺れて、二の腕辺りがプルプルしてきた頃。
「……なっちぃ、なっちぃ、ココ、ココ〜〜!!」
50M向こうのほうで、金髪の女の子が両手を大きく振って叫んでいた。
よく通る高めの声は、こんなときに役に立つんだね。
なっちは、苦笑しながら、ちいさな親友に向って最上級の笑みを投げかける。
二人分のラーメンの載った重たいトレイを零さぬように運ぶのは至難の業だ。
行きかう人の波を避けるのも必死で。なっちは、トボトボ歩きのまま
ひたすら目的地を目指した。
ぷ〜んと漂ってくる食欲をそそる匂いに、お腹の虫が大合唱を始める。
ようやく付いたテーブルの上にトレイを置くと、「ふぅ」と溜息を
零しながら、額に浮き出た汗を手の甲で拭った。
- 330 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 20:40
- さっすが私立というのか、それとも新設校だからなのか、たかだか
高校の食堂で、こんな立派なものがあるだなんて、なっちはココへ
足を踏み入れるたびにいつも感慨に耽る。
いや、「食堂」という言葉は相応しくないかもしれない。
カフェテリアと言ったほうがしっくりくるような外観。
たとえ、ここにお洒落な外人さんが座って、優雅にコーヒーを飲んで
いたとしても、ぜんぜんおかしくないもん…。
その自慢のテラスでは、容赦ない直射日光にもめげずに一年生が、
食事をとっていた。
メニューも豊富で和洋折衷なんでも揃う。室蘭の高校なんて同じ私立
だったけど、近所のパン屋さんが売りに来るだけだったから。
やっぱり、東京のお洒落な街に佇む学校となれば、特別なんだろう…。
これで、味がいまいちなら「ほらね」ってなるとこだけれど、レス
トランに引けを取らないくらいにおいしかったりして。
しかも、安いし。生徒にも大好評……。のおかげで、いつも混雑していた。
普段うるさいアタシたちが無口になるのは、たぶん、喧嘩してるか、
蟹を食べているか、ラーメンをすすっているときくらいなもんだろう。
ひたすらどんぶりに向って、ハフハフさせていると、目の前に立ちはだ
かる黒い影になっちは、アタマを上げた。
- 331 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 20:43
-
「……あ。」
「ここ、いいっスかぁ?」
視線は、声の主じゃないほうへと向けられる。
やめてよ。
そんな目でみないで。
そんなふうに笑顔を向けられたら、どうしたらいいのか判らなくなる。
「矢口センパイ、ちーす!」
ペコンと大きな身体を折りたたんで、背の高いほうの少女が言った。
彼女のことは、よく知っている。
いっつもごっちんの傍にいるから、厭でも覚えてしまう。
少女漫画に出てきそうなカッコカワイイ男の子みたいと評判なのも
よく耳にしていた。
学校にいるときは、ほとんどジャージ姿で、だからか、余計に男の子
のようだなぁって、思っていたけど、こうして間近で見れば、ちゃん
とした女の子で。
はっきりした目鼻立ちに、にきびもないすべすべのお肌。やけにその
白さが際立って。ちいさな頭。手足が長く、すらっとした体系は見事
なまでの8頭身。
――それは、ごっちんもだけど。
たった一学年の差なのに、どうしてこんなにも違いがでるのだろうと、
矢口と自分を交互に見ながら、ちいさく嘆息した。
ごっちんもかなりの美少女だと思ってたけど、彼女は、また違った
タイプの美少女だった。
しいて言うなら、ごっちんが、男の子にモテル美少女で、彼女は、
女の子にモテル美少女ってところかな?
- 332 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 20:45
- ガタンと椅子を引く音に、なっちは、ビクっと肩を上げた。
ボーッとしている間にいつのまにかごっちんはいなくなっていて、
矢口の向かいの席に、吉澤さんが腰を下ろした。
これだけの人数が一定の時間内に食事を取らなければいけないとなる
と、その席取りも大変で。
ごっちんは、それを彼女に任せて、さっきのなっちのようにあの人だかりの
中へ行ったのだろう。
ってことは、また、戻って来るのかっ……。
「なーんか、矢口さんたちがココに居るのって、珍しくないっスかぁ?」
運動部特有の敬語のようなそうじゃないような口調で、彼女はヘラ
ヘラと笑った。
「あぁ、うん。なんかオイラ、急にこのラーメンが食べたくなっちゃっ
てさー。」
「あはっ。うまいっスよねぇ、ここのラーメン。吉澤も大好物っス。」
- 333 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 20:48
- 黒く濁った醤油ベース。ぎっとりと油が浮いているけど、口にして
みれば思ったほどしつこさもなくて。本場のラーメンに慣れている
なっちでさえ、素直にそのおいしさを認める。
具材はいたってシンプル。
茹でたほうれん草に、メンマに、なると。薄くて大きなチャーシューが
ペロンと一枚置かれてる。葱は、お好みによって自分で調整できるとこ
ろがうれしいんだ。
それは、むかしむかし、おばあちゃんが作ってくれた味に少し似ていた。
4人とも、混んでいるなかでわざわざ食べるのを嫌って、普段はなるべく
教室や、屋上で食べていたのだけど、「ラーメン食べた〜い」と2限目
の終わりに叫んだ矢口は、2時間経ってもその熱が冷める気配はなか
ったようで、なっちは、道ずれのようにずるずると、ここまで引きずら
れて来られた。
今朝、せっせと作ったお弁当は、今頃、カオリの胃袋の中にしっかりと
収まっていることだろう。
でも。
そのおかげで、遭いたくもなかった人に遭ってしまったじゃないかぁ…。
バカ矢口ぃ〜!!
なっちが、半分くらいどんぶりを平らげた頃、ごっちんが両手にトレイを
抱えてやってきた。
- 334 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 20:50
- はあぁぁ……。
もう、なんで、遭っちゃうかなぁ。
いつも、学校で偶然遭うことなんてなかったのにぃ。
別に避けていたわけではなかったけれど、これだけ広いと、校舎の中ですれ違う
こと自体あまりない。
今日に限って……。
彼女は、ポッカリと空いていたなっちの目の前の席に、当たり前の
ようにすとんと腰を下ろした。
なんだか、ジッと見られているような気がして、慌ててラーメンに
集中する。なのに…。
「なんだよォー!」
吉澤さんが素っ頓狂な声を出すもんだから、思わず顔を上げてしまって、
おかげでばっちり目が合ってしまった。
大きな相貌が、やさしくアタシを見つめる。
だから、そんな目で見ないでって。
いまは、ちゃんと服を着ているのに、なんか落ち着かないような、
お尻がムズムズするようなそんな感じがして……。
「なんだよー、なんだよー、なんで、ごっちん、カレーなんだよっ!」
- 335 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 20:53
- 吉澤さんの前に置かれたトレイの上には、A定食のオムライスがゆら
ゆらと白い湯気を立てておいしそうに載っていた。
トマトケチャップじゃなく、ちゃんとデミグラスソースなところが
妙に関心させられるよ。
ごっちんの手元には、カレーの上にでーんとおっきなハンバーグが
盛られたハンバーグカレー。
スパイシーな匂いが辺りに充満する。
この“ハンバーグカレー”は、岡女の名物と言ってもいいくらい人気
メニューの一つでもあって。
吉澤さんの話によると、ごっちんは、B定食のエビフライ定食にしよ
うか、それとも、ラーメンにしようかと、3限目のころから、ずっと
悩んでいたのだそうだ。
食べ物のことになるとそんな優柔不断になる姿も、なんとなく想像でき
るから、ちょっと笑える。
でも、そこまでして食べたがっていたのに、彼女のトレイには、なぜ
かぜんぜん関係ないものが載っていた。
それじゃぁ、彼女が声を荒げたくもなるのは無理もないね。
「ははーん。分かったゾ! こいつ、どーせ、途中で考えんのがめん
どーになって、んで、カレーにしたんだろォ!」
- 336 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 20:55
- 矢口が、濡れた箸の先でごっちんを指しながら、ちびっこ名探偵の
ようにふふんと得意気に笑う。でも、それもビンゴだったらしく、
二人は同時に大きな息を吐いた。
悩んで悩んで、ギリギリまでさんざん悩んだあげく、ふいに、横を
通り過ぎた女の子の物がやたらおいしそうにみえて、思わずそっちを
選んでしまったのだそうだ。
なんだか、それこそ、ごっちんらしくておかしい。
「別に、いいじゃん! カレーもおいしいんだからぁ。」
ぷうと膨れた顔に、3人の口元も自然と緩んだ。
「…そら、別にいいけどォ。…あぁ! そういえば、ごっちん、高校
決めるときもそうだったよねー。近所の共学校にしようか、それとも
バレーの強い東京の女子高にしようかって、散々迷ったあげく、結局、
ちらっとポスターで見た新設校にしちゃってぇー。」
「…お前、進路もかよっ!」
呆れた声で、矢口が唸った。
こうしてポンポン言いあえるのは、彼女たちが同じ中学の出身者で、
しかも、わりと近所に住んでいたからだと言うことは矢口に聞いて
知っていた。
「幼馴染み」という言葉が脳裏を過ぎる。
なっちは、ちょっとした疎外感を感じつつも、彼女たちの話が興味深くて
黙って耳を傾けた。
- 337 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 20:57
- 「う、うるさいなー。ごとーを、んなアホみたいに言わないでよっ!」
「だって、ホントのことじゃんかぁ。あー、それに、部活決めるとき
もそうだった! バレーにしようか、バスケにしようかって悩んだくせに
結局、ぜんぜんやったことのないサッカーにしようとか、突然言い出し
てぇ…。」
「それはー、もう、バレーすんの飽きたしぃ、バスケのセンパイおっか
なそうでヤだったしぃ、したら、新しくサッカー部作るっていうので、
おもしろそうじゃんそういうのォ…」
「ちょっと、ごっちん声大きいよォ。バスケ部のセンパイいたらどーす
んのさー!!」
吉澤さんが大きな身体を丸めて、ごっちんを窘める。
彼女は、そんなことにはおかまえなしにさらに大きな声で、言い切った。
「フン! だって、ホントのことだもん、別にいいじゃんかぁ!」
「はあぁ。もうさー、せっかくバレー続ければいいとこいけたっつー
のに、いっつもこの調子なんスよ〜。」
そう言って、楽しそうにちょんちょんってアタマを突付くのに、なっち
の胸が急に苦しくなった。
アレ? なにこの感じ。なんか変だ。
ごっちんの視線を感じて、なっちは慌てて割り箸を持ち直す。
- 338 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 20:59
- 矢口の話によれば、ごっちんは中学時代、そこそこの名を馳せるような
有名なバレー選手だったのだそうだ。
なのに、高校に入ったとたん、あっさり辞めてしまって、バレーとは
180度違う、今度は脚を使うスポーツに転向してしまった。
でもそれも、生まれながらの運動神経が抜群だったからなのか、その
サッカーでさえ隠れた才能を発揮させて、いまでは、ウチのエース
ストライカー。
あまりスポーツに興味のないなっちでさえ、その凄さはなんとなく
だけどわかった。
なっちなんて、球技ではいつもお荷物のような存在だったから、羨ましい
限りだよ。
「しかも、あんな有名校を蹴って来たんだもんなー。」
どこか呆れたような吉澤さんの声に、矢口が苦笑いした。
バレーをしていた人ならば誰でも憧れる高校の、しかも向こう側から
わざわざスカウトしにやって来たっていうのに、ごっちんは、一時の
気まぐれで蹴ってしまったらしい。
「だって、やだよ、あんな山奥行くのー。たぬきとか、絶対でそうじゃん!」
「でねーよ!」
二人の声がぴたりと揃う。
なっちは、思わず麺を噴出しそうになった。
- 339 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 21:01
- 「おかげで、ほとんど受験勉強してなかったから、試験前に慌ててしてさー。」
吉澤さんは、自分のことのように楽しそうに語る。
きっと、彼女にとって、ごっちんは、自慢の親友なんだろう。
なのに、自分を肴にされているのが面白くないのか。
さっきから、むっつりしながら、ハンバーグの身をひたすらスプーンで
崩している。
なっちは、見たくもないのにどうしようもなく気になってしまって、
チラチラと盗み見るように視線を向けた。
普段にも増して無表情だったから感情が読めなかったけど、鬱陶しそうに
長い髪をかき上げたとき、その耳たぶが赤くなっているのが見えてしまう。
その瞬間、自分の胸が、キュンて音を上げるのを、なっちは聞いた。
って、なにこれー、…なんで変だよ、こんなのー。
なにドキドキしてんのさぁ。
ふえ? ドキドキって……?
「ふふん。バカ校だから、余裕で受かったけどねぇ〜。いいじゃん。
そのおかげで、よっすぃ〜とは、また一緒になれたんだからぁ…。」
イヒヒと笑いながら吉澤さんをみるごっちん。
吉澤さんは、分かりやすいくらい白い肌をカーっと赤く染めながら、
彼女の腕を軽くパンチする。
- 340 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 21:04
- 「んな、失礼なっ!……あんなに勉強して、やっと受かったオレの立場を
考えろよォ〜!!」
「いいからいいから、ほら、ハンバーグお食べ? その代わりオムライ
スちょっとちょうだいねぇ。」
すくったスプーンの肉の固まりを彼女のお皿にチョンと移して、その
カレー風味のスプーンのままオムライスをたんまりとすくった。
半塾タマゴがトロンと蕩けておいしそう。
「ちょぉ待て〜い! そんなに持ってくなよォー。ハンバーグなんて
これっぽっちしかくんねーくせによォ〜!」
「あーヤダヤダ。よっすぃ〜のそういうとこが、みみっちぃってゆーん
だよ。それじゃぁ、女の子にはモテないゾォー!」
「べ、べ、べつに、モテたくなんてねーよ! てーか、オレは、オンナだぁ!!」
掛け合い漫才のような二人に、入り込む余地はない。
仲良さげな二人の様子を、なっちは、呆然と眺めていた。
こんなふうに楽しそうに笑う彼女を初めてみる。
アタシといるときのごっちんは、いつもなに考えているのかわかんなくて。
なっちも、なにされるのか恐くて、いつも、ビクビクしていて。
でも、きっとこれが、普段の彼女の姿なんだろうって思う。
アタシタチもいつか、こんなふうに笑い合えるときが来るのかな…。
- 341 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 21:07
- 「…なっち?」
「ふえ?」
ラーメンの湯気も薄れかけてきた頃、聞き覚えのある声が、アタシを呼んだ。
ベットの中で囁くようなその甘い声に、なっちは、ハッと我に返る。
「…どうしたの? お箸止まってるよ?」
「……あぁ、なんでも……うわっ!」
伸びてくる手に驚いて、思わずグラスに手を掛けてしまいガタンと倒れた。
水はほとんど飲んでしまっていたからテーブルに水滴が零れたくらいで
すんだのだけど。
なんだろう、この感じ。
胸がわさわさと騒いでいるような。息が苦しいような。
「だいじょうぶ?」
「う……うん。」
「てかアレ? なっち、なんか、顔色悪くない?」
そう言って、ごっちんが、腰をあげる。ガタンと椅子を引く音がして。
近づいてくる綺麗な顔。鼻を掠める甘い匂いに、なっちは、ますます
混乱する。
いつもキスされるときのように。
甘く微笑んだ顔が間近に迫ってくる。ただでさえ鈍いいまのアタシは、
逃げることさえできなかった。
驚きすぎて、動けなくなってしまったってほうが正解かもしれない。
- 342 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 21:09
- それでも、目を閉じて覚悟を決めた瞬間、先に触れたのは、唇では
なくおでこだった。
彼女の冷えた感触が、じわりと伝わってくる。
「ふむー。熱はないみたいだけどォ…」
「はぁぁ。てか、なんで、お前は、おでこで測ってんだよっ!」
矢口が呆れたように、なっちの言いたかったことを代弁してくれた。
けど、ごっちんは、そ知らぬ顔で。
お医者さんのように、今度は、ジッとなっちの目を見つめてくる。
「えー、だって、これが、一番いい方法だって、ばーちゃん言ってたもーん。」
「なんだそれ!」
「いいのさ。……でも、どうしたんだろうねぇ。一応、あっちゃんチ行っとく?」
なっちは、ブルルと首を振る。
“あっちゃんチ”というのは、保健室のことだ。
通称ーーあっちゃんこと、稲葉貴子センセイは、我が校唯一の養護校医で。
マンモス岡女を一人で支えている。
大阪弁の楽しいセンセイで、病気だけじゃなく恋の悩みとかその他諸々。
とにかく話のわかるセンセイ。
みんなからは、“あっちゃん”と呼ばれて慕われていた。
「なっちは、暑さに弱いからなぁ。ここんとこ食欲も落ちてるしぃ…。」
「そんなこと……。」
- 343 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 21:12
- ないと、ちいさく呟きながら。
すっかりお箸の止まってしまったどんぶりを前に、あんなにあった
食欲もすっかり失せていた。
そんな矢口の心配そうな声に、自分だけ、なんであんなに強引に誘わ
れたのかが、分かっちゃった。
バイト代入ったから奢ってやる!なんて言ったのはウソだね。
ここのところ猛暑が続いて、お昼もあまり食べていなかったから、きっと
心配して誘ってくれたの……。
彼女はああみえて、意外とやさしいところがあるから。
……でも、ほとんどは、彼女の欲求を満たすためだとは思うけどさ。
「そうなんだー。もう、ダメじゃん、ちゃんと食べなきゃ。はい、なっち、あ〜ん。」
目の前に運ばれてきた鈍く光った銀色のスプーン。
その上には、吉澤さんのお皿の端に載っているのの3倍くらいある
ハンバーグが盛られていた。
もちろん、それは、なっちも大好物なんだけどォ。
いきなり取った彼女の行動に、なっちは、オロオロと視線を泳がせるばかり。
2人が見ている前で、ていうか、そんなの、子供の頃お母さんにされて
以来なくて、どしたらいいのかが分からない。いや、口を開ければいい
だってのは、判ってはいるんだけどね…。
「んん?…どうしたのさ、なっち、ほら?」
なっちが、こんなに困っているっていうのに、ごっちんは、一向に
その手を引っ込めようとしてくれない。
それどころか催促するようにますます近づけてくる。
こんな公共の場所で、いつまでも、こんなことしているわけにも
いかなくて、なっちは、仕方なく口を開けた。
そう、諦めるのは、いつだって自分のほう。
- 344 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 21:14
- 口の中いっぱいに運ばれてきたものを一口で平らげるのはタイヘンで。
だけど、がんばって咀嚼した。
ハンバーグカレーは、その絶妙な味とバランスがやたら好評で、
岡女でナンバー1、2を凌ぐ大人気メニューなだけに、おいしかった。
けど、いつまでも口の中に残しておくのが厭で、慌てて飲み込んだから、
ゆっくり味わうことは出来なかった。
ふわりとカレー風味だけが口の中に残る。
「おいしい?」
「……ん。」
ちいさく頷くと、ごっちんが、うれしそうに笑った。
なっちは、どうしたらいいのかわからなくなって、思わず膝の上を見つめる。
首の辺りがカーっと熱くなっていく。
「あー、やだやだ。やだねぇ、人前でいちゃつくバカっぷるは……
やってらんねーよ。」
矢口が、うんざりしたように声を荒げた。
なっちは、ますます肩を丸めて小さくなる。
「フフッ。いいじゃんかぁ。やぐっつぁん、妬かない妬かない。」
「べ、べつに、妬いてなんかねーよ!」
ごっちんは、矢口の「バカッぷる」という声に否定もせずにニヘラと
笑みを浮かべていた。
- 345 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 21:16
- そんな二人の声にまったく驚いた様子を見せない吉澤さんは、きっと、
アタシタチの関係を知っているのだろう。
ホントウのことは知らないまでも、自慢の親友がそういう相手を持つって
厭じゃないのかなぁと、なっちは、少し心配になっていたけど。
顔を上げたときに、チラッと様子を盗み見たけど、彼女は、相変わらず
ヘラヘラと笑っているだけで、嫌悪感のようなものは一切感じなかった。
室蘭だったら、いくら女子高だからと言ったって、“変態”扱いされ
るのがオチだけど。
東京はそういうところに偏見がないのかなぁと、クラスメートを見な
がらもそう感じる。
きっと、いろんな地方からの寄せ集めだから、アメリカの国のように
おおらかに出来ているのだろう。
「それに、女の子どうしなら、こんなのフツーにしてるじゃん!」
ごっちんの尖った顎を向けた先では、テラスで仲良さげに自分のおかず
を食べさせあう一年生の姿があった。
会話の聞こえない二人の姿をこうして見ていると、親密に見えなくも
ないけど、でも、ごっちんの言うとおり、なっちだって、矢口やカオリ
にしたことある。
だから、そんな姿を見せられたって、仲いいんだなぁって思うくらいで、
眉を顰めるような生徒はいない。
- 346 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 21:19
- 女子高の環境は、そんなのが日常茶飯事に執り行なわれているから、
きっと、みんな慣れちゃっているんだ。
フツウに手を繋いで歩いたり、腕を組んでベタベタしてる子だっている。
おかずを分け与えるのなんて、ジュースを回し飲みするするのと同じ
感覚だよ。
友達同士でふざけて軽くチュウくらいしてる子、いっぱいいるんじゃ
ないかなぁ…。
ただ、なっちは、みんなのようにはできないけどね。
そこに、恋愛感情が絡まってしまうから……。
「バーカ。あんなのはいいんだよ。でも、こいつらが、えっちまで
してるのかと思うと、見てるこっちは、恥ずかしくてやってらんねー
んだっての!」
「や、…矢口ぃ〜!!」
あまりの声に、声が裏返る。
そのおかげで、近くで談笑していた数人の生徒がこっちを振り返った。
それでも矢口は反省する様子をおくびにもみせずに、肩をひょいと
窄ませて、ラーメンをひたすらすする。
「もう、やぐっつぁんやめてよー、なっち、真っ赤になってるじゃんかぁー。」
そう改めて指摘されるとどうしたらいいのか分からなくって、モジモジ
と脚を絡ませながら下を向いた。
はあぁぁ…。
もう、なんで、こんなことになるんだよォ。
なっちは、呼吸を整えるように、その場でちいさく深呼吸する。
ニヤニヤしている3人からは、目を背いた。
- 347 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 21:21
- 胸がドクドクと激しく鼓動を打っていた。
でも、なんのドキドキなのか、いまいちよく分からない。
怒っているからなのか、恥ずかしいからなのか、それともうれしいのか、
困っているのか。
ベットの中でしか見たことのない彼女の笑顔が、昼間の日差しの中で
見ているせいかもしれない。
さっきからソワソワしていて、どうにも落ち着かないんだ。
物を食べる姿をみたことがなかったわけじゃないけど、彼女の舌が
ちらつくたびに、なっちは、どうしようもなく気になってしまう。
気にしないように気にしないようにと意識しているから、余計に気に
なってしまって、なっちの顔はますます、真っ赤っかになっていた。
もう、こんなの変だ。
絶対におかしいって。
いけない。このままじゃ。こんなのなっちじゃないもん。
なんで、ごっちんに感情を乱されなくちゃいけないのさぁ!
どうすればこのモヤモヤを静められるのか、その方法をなっちは、
よく知っていた。
ここ暫く見ることはなかったけれど、今日も、お布団に入れば、また
元のなっちにきっと戻れる。
だって、なっちのココロは、一生あの人のものだから。
ごっちんの入る隙なんて、これっぽっちもないんだから。
だから、今日、センセイに、満タンにしてもらおう。
- 348 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2004/12/30(木) 21:24
- なっちは、吹っ切れたように顔をあげた。
そうして、割り箸を持ち直して、残りの麺をすする。
けれど、冷めてしまったラーメンほどまずいものはなくて、再び箸を
落とした。チャポンと水溜りの音がする。
「はぁ…。」
最近の憂鬱の種は、暑さのせいじゃなかったみたい。
まだドキドキ言っている胸を押さえながら、目の前の少女の顔をジッと見た。
きっと、この子は、なっちがそんな気持ちになっているだなんて
気付いていないのだろう。
なんだか、無性に「ワーッ」って、叫びたくなってきた。
でも、その感情がどうしてなのかも判らないんだ。
また、うだうだと考えるのにもう疲れて、なっちは、考えることを
放棄する。
ちょっと前までは、こんなことなかったのに、アタシタチの関係が
少しずつ変わってきているのを、否応なく実感していた。
矢口や吉澤さんの目には、いったい二人の姿はどう映っているのだろう。
やっぱ、ラブラブなバカッぷる?
ぜんぜん、そんなんじゃないのにぃ〜。
うれしそうにおっきなハンバーグを頬張る少女の姿が、少しだけ、
恨めしかった。
- 349 名前:kai 投稿日:2004/12/30(木) 21:25
- 本日の更新はここまでです。
間に合ってよかったです。(苦笑)
- 350 名前:kai 投稿日:2004/12/30(木) 21:28
- >ゆちぃさん…細かいとことにも気付いてくれてありがとうございます。(苦笑)
オーウェンくん。もしや、ゆちぃさんもファンだったりしますか?(w
はい、十分奇特なお方だと…、それは前々から…。(w
では、次回は、ゆちぃさんのための更新になるかもしれませんねェ。(笑)
>ROM読者さま…毎度、ありがとうございます。(ぺこ)
出す予定のなかった、あの方をちょびっと出してみました。
CPではないですけど、喜んでいただけたらうれしいです。
いただいたレスによって、内容も少しずつ変化したりします。今回のは、
ROM読者さまのレスをいただいて、少し加筆ようなもので。(w
そういうのは、むしろ大歓迎なので。
来年も、また、いただけたらうれしいです。(ぺこ)
- 351 名前:kai 投稿日:2004/12/30(木) 21:30
- 今年最後の更新になりました。
なんだかんだと結構長く続いているなぁーと自分でも関心してしま
うのですが。
来年も懲りずに続くおバカな話に、どうぞお付き合いくださいませ。
- 352 名前:ゆちぃ。 投稿日:2004/12/31(金) 01:58
- 更新、おつかれさまでした〜。
オーウェンくんは、友達がものすごくハマってたので、
一緒に見てて、チェックしちゃってたかんじです。
今でも、オーウェンって聞くと、びくっと反応示します(w。
なっちは、恋に落ち始めてるんですかねぇ・・・。
そんなのダメ〜〜、先生がいるんだから!!って
激しくウィンドウに文句言ってしまいました(w。
次は私のため・・・!?!?って事は、あの人登場なんでしょうか??
めちゃめちゃ楽しみです。
気になりすぎて、年越せない〜なーんて事も言ってられないですね。
今年も一年、お疲れさまでした。
来年も、ついていきますよvvv
では、よいお年を・・・。
- 353 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/31(金) 16:29
- ここのなちごまサイコーです!!
なっちもだんだんごまの魅力に…W
なちごまだいすきなのでこれからも応援してます〜。
- 354 名前:ユラ 投稿日:2005/01/20(木) 17:49
- 一気に読ましてもらいました!
スゴイ面白いです♪♪なちごま最高!!
- 355 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 21:45
-
仄かに香り立つ石鹸の匂いに包まれながら、お気に入りのパジャマに
袖を通した。
もう一度、鍵の施錠を確認してから、部屋の扉をガラリとあける。
室内は、スタンドライトの淡い灯りだけが、ポツリと点いていた。
バスタオルで髪をゴシゴシしながら、ほどよい冷たさのフローリング
の上を裸足でペタペタと歩く。
冷蔵庫から取り出したポカリを一気に飲み干し、ベットを見つめると
頬がふにゃりと緩んだ。
掛け布団が、寝息に合わせてフカフカと浮いていた。
シングルベットに女の子二人というのは、標準身長より低めな姉妹でも、
さすがにちょっと狭い。そこに、ポッカリと空いた自分の場所。
寝相のあまりよろしくないアタシのために設けられた定位置の壁際に
ダイブした。
隣から軽いイビキの音がする。熟睡中の妹を起こさないように、そぉっ
と脚を伸ばすと、お布団の中は、すでにホカホカだった。
両手をお臍の上に重ねて、静かに瞼を落とす。ーーーこれが、いつも
眠るときのポーズだ。
「ふいぃ〜。この瞬間が、一日のなかで一番シアワセェ……」
枕に深く頭を沈めると、おばあちゃん受け売りの言葉が口をついて出た。
年代物の扇風機が、「ギーコギーコ」と、首をフリフリしながら、心地
よい風を送っている。
耳障りに思えたその音もだんだん気にならなくなって…。
深い深い眠りの底に落ちながら。
アタシは、まだか、とせつくような気持ちでそのときを待つんだ。
混沌とする暗闇の中に、あの人の息遣いが帰ってくる――。
- 356 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 21:47
-
――それは、ドラマが始まる前のように、いつも唐突に始まった。
舞台は、四畳半の狭いアパート。――センセイの部屋だ。
背中合わせに本を読み耽っているふたりがいる――。
はあぁ、それにしても…。我ながら凄すぎるって。
もしかして、なっちには、不思議な能力があるのかもしれない。
念じただけで、ホントに現れるなんて…。
これって、チョースゴクない? なっちって、もしかして、エスパー?
……でも、…どうせなら、本物を出してよ!ってすぐに言いたくなっ
ちゃうけど、贅沢は言わないことにする。
こうしてみる夢のほとんどは、以前に遭ったことを再生していることが
多かった。
ビデオテープを巻き戻しするように記憶を手繰らせながら、自然と口元
は緩んでいく。
やっと、逢えたね…。
ずっと、ずっと、逢いたかったよ。
あぁ、このまま、夢の中の世界で生きられたらいいのになぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇
- 357 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 21:50
- 『んあぁ〜〜!!』
って、センセイが大っきい欠伸をした。
「げいん」と潰された胃を押さえながら、なっちは、いったい何事かと、
振り返る。
背中がぐっしょりしていた。
ずっと、くっついたままだったせいでか、重なっていた部分のシャツが
まあるく湿っている。
恋人の“のどちんこ”を下からジッと見上げながら、そういえば、
ずっとしゃべっていなかったなぁ、なんて…。
軽い昼食を済ませてから、センセイが、分厚い本を読み始めたのがちょう
ど一時間前のこと。
カノジョは、本に集中すると、何時間でも読み続けたりするから…。
そういうとき、なっちは、宿題をしたり、持ち込んだマンガ読んだり、
雑誌を眺めていたりしている。
センセイのウチにいると、こういうのは、よくあることだった。
ずっと同じ部屋にいて、お互いの気配を感じながら、各々が好きな
ことをする。
肩は凝らないし。気も使わない。だけど、ドライな関係とも少しチガウ。
『アワワワワワワ………。』
もう一度大きな欠伸をしながら、今度は手のひらを口元においてパタパタ
と叩いている。
なにそれ、…インディアン?(笑)
なっちは、コロコロと笑いながら、つられるように出てきた欠伸をかみ
殺した。
『ん〜〜〜〜っ………あっ!!』
『…ふえ?』
カノジョが息を吸いながら、声を上げた。
そうして、ちょっと低い位置にある、なっちの頭をクンクンと嗅ぐ。
- 358 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 21:53
-
『―――な、なに?』
『ん〜?――いや、安倍の匂いだなぁって。』
はあぁ? んも、なんだいそれ。
なっちは、クンクンと自分の肩口に鼻を押し付けた。
もしかして、汗臭いのかなぁって。
ふいにつむじ辺りに息がかかる。
『――――クーーッ。いいね。女子高生の香りっ♪』
『…………はぁぁ。』
もう…まったくさ…。なんなんだい。溜息もついちゃうって。
せんせー、それじゃ、変態おじさんみたいだよ?
がくうと項垂れていると、髪をクシャってかき混ぜられる。
これも、センセイの癖だ。
なっちは、どうしようもなく緩んでいく顔を見せないように俯き加減
のまま、「やめてよー」と心にもない悪態をついた。
『もう、読み終わったの?』
『ん? ん〜ん。まだ、半分。ちょい疲れた。ちょっと休憩。』
まだ、眠たそうだ。目をガシガシ擦っている。
そうして、興味のそがれた本を乱暴に投げ捨てて、今度はなっちの腰を
グイッと引っ張った。
『…さぁてと、そんじゃ、キスでもしときますっか……!』
『はいぃ〜…?』
- 359 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 21:55
- 声が、思いっきり裏返った。
もう、急になに言い出すんだい! カノジョがジィとなっちの顔を
覗き込んでくる。
なっちは、思う壺のように顔が赤く腫れあがり、心音がおかしなほど
乱れて。ひどく動揺したうつろな瞳が、恋人を直視できないでいた。
そういうことになってから何度も肌を重ねたっていうのに、未だその
手の話に慣れることはなかった。
いつになったら、こんな軽口に立ち向かえるのか。
そんなときが、果たして訪れるのか……。すべてが、初めてのこと
ばかりの、なっちには、知る由もないんだ。
ていうかさ、「キスでも…」って、なんだかなぁ…。
「そんじゃ」って、なに? そんな、ついでみたいに言わないでよ!
あまりの言い草。こんなんじゃ怒りたくても怒れないってェ。
だって、それじゃ「トランプでもしよう!」みたいな言い方じゃない?
この人にムードとか求めるのは無駄だってことは、はじめから諦めて
いたけど…。
でも、こういうのって、乙女としては、ちょっとどーかと思うんだ…。
腑に落ちないで眉を顰めているなっちを見ながら、17才年上の恋人は、
ケタケタと笑っている。
- 360 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 21:58
- 夏休みに入って、ますます日焼けした褐色の肌は、こないだプレゼント
した白いTシャツが、余計に映えてみえた。
「安倍は、Tシャツのセンスがいいね」と、めずらしく褒められた
のがうれしくて、誕生日でもないのに、なっちは、おこづかいをはた
いてプレゼントしたんだ。
ちょっぴり値が張ったけど、でも、先生にはいいもの着て欲しいしぃ…。
うん。やっぱ、センセイは、白が一番似合うね。
チラリと視界に入った、穿き擦れて破れたジーンズから覗く膝小僧。
日光を浴びて茶色く痛んだウルフカットが光に反射して光っている。
普段からそんなに化粧っ気はないけど、今日もノーメークみたいだ。
とても30歳を超えているとは思えない身なり。
それは、いつも、若い子たちに囲まれているせいなのか、それとも
なっちのおかげなのか。
少しざらついた唇を見つめながら、アタシは、どうしようもなく落ち
着かなくなっていた。
凛と背筋を伸ばした姿は、綺麗というよりはカッコいいという表現が
当てはまって。
なんで、こんな人がそばにいるんだろうって、ときどき思っちゃう。
付き合うことになって、ずいぶんと経つけれど、未だにそう思うんだ。
そんな目尻の下がった黒い瞳に掴まったら、まるで魔法を掛けられて
しまったかのように、動けなくなった。
頬を挟む手のひらの感触に、肩がビクンて上がる。
- 361 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:01
-
センセイの身体の中でどこが好きと聞かれたら、なっちは、一番に答える
だろうその部分。そんなに大きくはないけど、思ったよりもあったかくて。
指も、憧れるほどに、長くて…キレイ。
バレイしてるときには、うっとりするほど見蕩れちゃう。
そんな人の手で、身体中を触られたら震えが止まらなくなるのは当然だった。
さっきまで、うるさいくらい鳴いていた蝉の声が聞こえなくなっていた。
その代わりに、なっちの心臓の鼓動の音がだんだん大きくなっていく。
頬をやさしく擦る手のひらの上から軽く押さえながら、この手を繋いで
外を歩いたらどんな感じだろうと、想像する。
別に、デートなんて出来なくたっていいんだ。
映画館になんて行かなくても、おウチでDVDでも借りてくれば十分だよ。
…だけど、手を繋いでお散歩したいなぁって、いつも思っている。
どんなだろうって、想像する。
そんなコドモっぽいこと、絶対に、カノジョには言えないけど…。
そんなの口に出すのも憚るようなちっぽけな願いだけど……。
- 362 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:05
- センセイといっしょにいる時間は、夏の空に浮かぶ雲のようにゆった
りと流れていて。
家族で、一番のおしゃべりのなっちが、気付いたら何時間もなにも
話していないときもザラにあった。
そんな様子は、リタイヤした老年夫婦?
「なんか空気みたいだよね?」って、言って笑いあった。
でも、好きな人が自分の傍で息をしていると思うだけで、なっちは、
すごくうれしかっし、それにときどき、こんなイタズラを仕掛けてく
るから退屈などしていられないんだ。
『アレ、キスの仕方忘れちゃったかァ? ほら、目ェ閉じるんでしょ……?』
それは、どこまでも意地悪モードに。クククッと低い笑い声が耳にこびり
付く。
あぁ、センセイって、きっと小さい頃は、苛めっ子だったよね?
そんで、なっちは、苛められっ子だったから…。 もしかして、これっ
て、相性ばっちりってことなの?
あっという間に、淫ら色にされてしまった狭い部屋の中で、アタシの
荒い息遣いの音が、やたら大きく響いていた。
両手を畳みに付けながら獲物を捕まえるかのように、ジリジリと詰め
寄ってくる。
下がった目尻は普段はカワイイはずなのに、射抜くよう見つめられると、
ピキンと動けなくなって。
しなやかなその仕草は、オオカミを連想させた。
- 363 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:07
- 顎を掴まれる。
クイッと、爪の先で上に向かされる。フフンと微笑むカノジョの鼻息が
頬をくすぐる。
乾いた唇をペロリと舐めるその仕草は、やはりどこか獣じみていた。
すっかり怯え震えるなっちを、カノジョは、目を細めながら楽しそう
に哂う。
『逃げるな、って………。』
『うっ、………』
捕らわれた子ウサギにでもなったような心境で、なっちは、身体を
ちいさく丸めた。
頬を挟まれる。視界が揺らぐ。産毛がサーっと逆立った。
やがて、カノジョの顔で視界の中がいっぱいになって。
条件反射のように震えの止まらない睫毛を重ねたの瞬間、牙を持た
ない熱い唇が押し付けられていた……――。
◇ ◇ ◇ ◇
- 364 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:09
-
『…んっ………っ。』
ピチャピチャと遠くのほうで水音が聞こえる。
気が遠くなるほど口の中を弄ばれたあとで、ようやく解放されると、
くたんと細い肩口に凭れかかった。横隔膜が変なふうに痙攣する。
酸欠の金魚みたいに、口をパクパクする。
はあぁ…長すぎるってェ……。
もう、死んじゃうかと思った…。
少しは手加減してよ、まったくぅ…。
さっきから動悸が激くなっていた。もう、『救心』が欲しいって感じ。
何度も肩でゼーハーを繰り返す。
なのに、アタシは、殺人未遂容疑者に抱きついたまま離れられないでいる。
そんななっちの背中をやさしく撫でながら、カノジョは、満足そうに
「フフン」と微笑んだ。
唇って、物を食べたり、しゃべったりするためだけにあるんじゃないんだ。
きっと、キスをするために出来たんだと思う。
『まーだだよ?』
『あっ、やあっ、…………っ。』
揶揄うようにそう言った唇がもう一度近づいてこようとする。
なっちは、カブリを振って必死で抵抗した。
それが、ますます彼女を喜ばせているということにまったく気付いていない。
『コラ、逃げるなって!』
『んっ、……うっ…。』
- 365 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:13
- 顎を強く掴まれて、首を直角に向けさせられる。
強引に歯列を割って侵入してきた生温かい舌の感触に、身体の芯が
ずくんと疼いた。
初めは抵抗していたものの、彼女の巧みな技巧のせいで、徐々にそん
な感情も奪われていく。その間にも、彼女の舌はアタシの口の中を自在
に動き回って。
上顎を擦られて、一番弱い部分の歯の裏を撫でられると、それだけで
全身に震えが走った。
二人分の唾液が飲み込めずに、口の端からシタシタと零れていく。
なっちは、ちゃんと起きてられなくて、彼女のシャツを必死で掴んだ。
どれくらいだろう…。絶え間なく続いた口腔内の愛撫。
クチュクチュと、わざと淫猥な音を響かせるのも、彼女の企みの一つだ。
そうやって、抵抗を封じて、あとは自分の思いのままにする。
そんなこと、痛いほど知っているはずなのに、なっちは、いつも騙される…。
与えられるばかりだったキスが、いつのまにか応えるようになっていた。
カノジョの温かい口の中で、ゆったりと舌が絡み合う。
気持ちの通じ合ったときのキスほど、キモチいいものはない。
しまいには、こっちから、「もっと…」とおねだりするように、なっち
は、夢中で縋っていた。
そうして、気付いたら、いつの間にか、彼女の指先が意味ありげに、
身体の上を動き回っていて。息も付かせぬまにぺロリと無防備な首筋
を舐めらる。チロチロと鎖骨の窪みをなぞられて。
そのまま軽く齧られた瞬間、搾られたエキスがじわりと零れて下着を
シタシタと濡らしていく…。
- 366 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:15
- ねぇ、センセイ。…みんなが、アナタのことなんて言ってるか知ってる?
ーー冷血人間だってさ。
それ、確かに…って思わなくもない。
ズケズケと物を言うし、表情に乏しいから、そのぶん誤解もされやすい。
体育の授業のときなんて、『この人、鬼か…』って何度も思ったことある。
だけど、センセイと付き合うようになってみて、その印象は、まるで違った。
確かに、言葉はキツイけど、それは、正直なだけだ。言葉は少ないし、
ぶっきらぼうなとこあるけど、ホントウは照れ屋さん。
なにより心根のやさしい人なんだってわかってきた……。
そういう言葉を聞くたびに、人の恋人に勝手なこと言うなって怒りたく
もなるけど。
ホントの姿は、知られたくない。誰にも教えてなんてやらないって
思っちゃう…。
こうして、二人っきりのときには、いろんな顔をみせてくれるようになった。
それは、ココロを許してくれたってことなんだよね?
恋人として、認めてくれたってことなんだよね?
あぁ、それにしても……。
ただ憧れていた頃は、セクシャルな要素なんてぜんぜん見せてなかった
くせに。こんなにエッチな人だったなんてさ…。
- 367 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:18
-
でも、そんなセンセイは、キライじゃなくて。
むしろ、仮面を被っているのなら、その正体を剥がして欲しいと思っちゃう。
そりゃ怒ると、今でもチョー恐いけどさ。
エッチで、オヤヂで、たらしで、でも、キスが死ぬほど巧くって。
ホントはすごくやさしい人。だいすき。
『ふふっ。あれ、……キスだけじゃ我慢できなくなってきた?』
『あっ、あうぅぅ………。』
トイレを我慢するようにモジモジと脚を擦り合わせていると、揶揄う
ように言ってきた。
忘れてた…。苛めっ子を追加だ。
でも、図星を指されて、頭のてっぺんから、プシューと息が抜けていく。
『ついでだから、…ヤっとく?』
汗で張り付いた前髪を避けられて。
まだお昼すぎなんだけどねェ…と、意地悪く前置きされて言われた言葉に、
なっちは、真っ赤になったまま俯いた。
いい意味で、飾らないこんなセンセイも大好きなんだけど。
でも、やっぱり、ムードは欲しいかも……。
- 368 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:20
- 行き場の失った身体の熱が、さっきからどうにかしてと訴えている。
早く、いつものように抱きしめてって。
セックスばかりが、すべてではないけれど、好きな人とはいつだって
触れ合っていたい。
だって、こんなことが出来るのはこの部屋だけだから。
カーテンさえ閉めちゃえば、照りつける日差しも閉ざされる。
誰も見てないし、誰にも見られない。
たとえ、お日様の下で逢えなくたって…。
たとえ、世界中から祝福されなくたって……。
そこにアナタさえいてくれたら、それだけで、すべてが帳消しになっ
ちゃうよ。
悔しさから歯噛みしながら、それでも、コクンと頷いた。
彼女が、いまどんな顔をしたのかは見られなかったけど、だいたいの
想像は付いた。
唇は、キスするためだけにあるわけじゃないんだ。
もっと色んな使い道があると、妖しく教えてくれたのもセンセイだった。
だから、もっと教えて欲しい。アナタに。
- 369 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:22
-
ねぇ、センセイ?
前に、あまりにも二人の関係が溶け込みすぎていて、なんか空気みたい
だよねって言って笑ったけど、でもそれは、いてもいなくても、一緒
っていう意味じゃないんだよ?
センセイがそばにいてくれないと、なっちは、酸欠で死んじゃうんだ。
もう、アナタなしじゃ生きていられないかもしれない…。
だから、はやく、人工呼吸してくれなくちゃ……。
ねぇ、センセイ、もう一度、キスをして…?
◇ ◇ ◇ ◇
- 370 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:25
- 畳の上に布団が敷かれて、シーツがバサリと広がった。
埃がパーっと宙を舞うのに、なっちは、「ゴホッ」と、一つ堰払いをする。
そんな乱暴なカノジョの振るまいが、アタシをどうしようもなくシアワセ
にさせた。
だって、余裕がなくなっているのは、自分だけじゃないと知るから…。
これって、センセイも、こうすることを求めているってことでしょ?
なっちは、いつも畳の上でモジモジしながら、彼女の背中を視線で追う。
カップラーメンの3分が待てないように、いまにも飛びかからんばかりに。
センセイがくるっと振り返る。と、そのままギュっと抱きしめられた。
そうして、ゆったりと反転させられて頭を枕に沈められる。
深呼吸するようにスーと息を吸い込むと、大好きな人の匂いがした。
もっと深く味わいたくて、カノジョの首筋に鼻を擦り付ける。
もちろん掛け布団なんてものはない。
だって、そんなものは必要ないから…。
「キスして?」ーーと、言おうとしたら、その前に唇が近づいてきた。
なんどもなんども口づけを交わす。飽きるまで貪るように。
舌が引っ張られて、彼女の口の中に運ばれる。
ヌルヌルの粘膜。ビクビクと逃げるなっちの身体を、強く抱きしめてくる。
すぐに身体の力が抜けていき、ぐったりとなった。
舌が痺れてジンジンしてる。動悸がドンドン激しくなっていく。
- 371 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:28
- それはまるで、身体の熱が高まるのを待つかのように永遠に続いた。
なっちの身体は、もう耐え切れないほど熱くなっているっていうのに、
それでも、カノジョは貧欲に求めてくる。
焦れったくなるほど長く感じる口腔内の愛撫。でも、堪らなくキモチ
よくて脳を完全に麻痺させた。
首からTシャツがすっぽりと抜かれる。
あっという間に下着姿にされる。
恐る恐る目を開けると艶然と微笑む恋人の顔を前に。
恥ずかしさからバッと俯くアタシの顎を強引に持ち上げて、また、
唇を奪われた。
パチンと頬を両手でやさしく包み込み、肩口をさらりと撫でて、そのまま
腰骨をキュッと掴まれる。
一連の手馴れた動きに、なっちは、甘い声で泣き続けた。
『やあぁっん……』
口から零れる甘ったれの声が、自分のじゃないみたいに聞こえてくる。
悪戯に這い回る手のひらに逃げ惑うアタシの身体。
どこをどうしたら、どうなってしまうのか、すべてを知っている彼女の
指先。
後ろ手を回されて、ホックを外される。と、締め付けがなくなると同時に
ふぅと息を吐いた。
何も聞こえない静寂の中で、二人の荒い息遣いが部屋一杯に満ちている。
なんだか急に恥ずかしくなってきて、なっちは、カノジョの腕の中に
潜り込んだ。
- 372 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:31
- おでこが、骨ばった鎖骨にゴチンてぶつかる。
『あっ…ん、ね、ナッちゃん……?』
『……ん?』
少し照れたようなちいさな呟きが、頭の上から響いてきた。
最近、そう呼ぶようになったことを、年上の恋人は、少しだけ戸惑って
いた。でも、そんなギャップが無性に可愛くて…。
でも、なっちだって…。
心臓がおかしなくらいドキドキ言って、どうしようもなくなっているんだ。
お願いだから、そんなふうに焦らさないでよ。
『は、はやく………ぅ。』
『ん〜〜?』
悠長な声が鼓膜を擽る。
薄い手のひらがカップを避けて、忍び込んでくる悪戯な指先。
その場所に触れてくることを、ひたすら熱望するのに、カノジョは
辺りを撫でるばかりで、肝心なところを一向に触れてくれない。
苛めっ子なんだから…。
ホントに、このひとは……もう!
分かっているけど、こんなときまでしないでって言いたい。
なっちは、身悶えるようにバタバタと身体を揺らした。
言葉にできない代わりに。威嚇する犬のように「ウ〜〜〜ッ」と唸る。
恋人の口から意地の悪い笑い声が響いてくる。恥ずかしくて、悔しくて、
両手を顔の前で交差する。
- 373 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:33
- 『もう、……意地悪しないでェ……。』
そんな拗ねたようなちいさな呟きを聞きとめた彼女は、満足そうに
喉を鳴らしてから、アタシの髪をクシャっと、掻き混ぜた。
『フッ。ごめんて。……なつみ?』
『もう、やああぁっ!!』
耳元に囁かれたしゃがれた甘い声に、堪らなくなって、じゅわりと
下着を濡らしていく。
まだ、その場所に一度たりとも触れられたわけじゃないのに、アタシの
それはもう使い物にならなくなっている。
あとあとで、脱がされてから揶揄るように掛けられるだろう言葉を想像
すると、込み上げてくる羞恥心に、すでに泣きそうになっていた。
だけど、センセイだって。
普段、どれだけお願いしても、照れちゃって、なかなか名前で呼んでくれ
ないくせに。こんなときだけ口にするじゃないかぁー。
素面では呼べないからって、そういうのズルイよ、ナッちゃん。
ねぇ、わかってるの?
『フッ。もう、意地悪しないから。んね、ここ、なつみ、スキっしょ?』
『う…っ、ん。んんっ、あ…ッ、やああぁ……。』
- 374 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:36
- ようやく胸の突起を抓まれて、ツキリと快感が背中を駆け巡る。
指の腹でぐにゅりと押しつぶして、爪先で弾かれた。
それを両方いっぺんにされると、もう、どうしようもなくなって、
なっちは、甲高い声で泣き続ける。
頬が冷たく感じる。泣きそうだった涙が、ほんとにポロポロと零れていた。
そんなアタシの反応に、最初の頃は、さすがに驚いていたカノジョも、
いまとなっては、フツウにしてくれる。
別にされることが厭なんじゃないんだ。
感じすぎちゃうと、どうしても涙腺が緩んじゃうだけ。
「カワイイ〜」とあまり聞かない甘い声で口づけられると、なっちは、
泣きべそをかくようにへの字にした。
さらりと肌を撫でる爪。
深爪するくらい短いそれは、アタシの身体を傷つけないために。
手馴れた仕草で、なっちの性感帯を隈なく刺激する。
センセイの10本の指がどこを触れても、なっちは、敏感に反応した。
ふいに、閉じていた瞼の裏が明るくなった。
太陽が射したのだと分かった。
薄いカーテンの隙間から明かりが零れてくるから、どうしたって暗闇には
ならない。
外は、まだまだ日も高く、きっと、こんな時間に、こんなことしてるのは、
アタシたちくらいなものだろう…。
明かりの下で、恥ずかしい姿をすべて見られているのかと思ったら、
それだけで、乳首がキュっと固く尖っていくのを感じた。
- 375 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:39
- すごく恥ずかしいけど、でも、このままじゃ辛い。
早く、何とかして欲しい。頭の中は、そんな感情ばかりでいっぱいだった。
目は固く閉ざしたまま開けられないでいる。
目を開けるのがどうしても恐かった。
それは、羞恥心からだけではなく。センセイの指をこんなにも欲しがり、
浅ましくよがり狂っている自分の姿を見られなかったから。
腰の辺りがふいに軽くなる。
ジーンズのボタンが外される。と、わざと含みを持つようにジリジリと
ジッパーを下げられるのに、それに合わせるようになっちの心拍数も
一気に上昇する。汗で張り付いたジーンズがスルリと脱がされる。
太腿がスーってする。
『あはっ。スゴイ、やらしい顔になってんねェ〜。』
もう、煽るようなことばかり言ってくるんだから…。
『やぁだあっ。もう、やだよォ〜〜、そんなふうに言わないでって!』
『いいから、もっと見せて?』
首に絡まっていたブラも、役立たずの下着も、すべて彼女の手によって
取り除かれた。いま身に着けているものは、靴下だけだ。
ふいに、目の前が暗くなった。
センセイが上からジッと覗き込んでいるのがわかった。
堪らない羞恥心に首をブンブンする。
- 376 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:41
- 時々、彼女は、こうしてなにも身に着けていないアタシの裸をじっと
みるときがあった。
どこにも触れずに、なにも言わずに無言のまま、ただ目だけで撫でるんだ。
それは、ほんの少しの間のことなのに、なっちには、ずいぶんと長く感じ
られた。
アタシは、唇をきつく噛み締めながら、早く終わってくれることを願い
続ける……。
だけど……。
『……キレイだね…。』
うっとりするような呟きが耳に入って、なっちは、彼女の服をギュって
掴んだ。
自分だけが脱がされて、自分だけが、こんなに熱くなっている。
耳に入ってくる余裕たっぷりのその声が、悔しい。
お願い、はやくして。
触って欲しい。キスして欲しい。
だけど、彼女はみてるだけで、手をださないんだ。
そういうのは、辛いだけなのに…。
『もう、こんなのいやぁ…恥ずかしいよォ、恥ずかしいってぇ……。』
『いいんだってそれで。だって、恥ずかしいことしてんだからさぁ…』
『んなっ、なにさ、それ! も、ううぅ……。もう、もう!!』
駄々っ子のように身体をバタバタと揺らす。そんな態度は、彼女の笑い
を誘うだけなのに。
…そうなんだ。所詮、カノジョに、なにを言っても初めから無駄なんだ。
どんな言葉を返しても、ヒョイと返されて、歯噛みするのはいつも自分
のほう。なっちは、恨みがましく唸り声をあげるだけ。
彼女の勝ち誇った笑い声が、鼓膜に突き刺さる。
『ここも、よくみせて?』
そう言って、膝が割られた。
- 377 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:43
- 抵抗を見せる暇もなく、太腿をむんずと掴んだ手が、お腹のほうへ
押し上げられる。
ひんやりとした空気を感じるのと同時に、全身が燃え滾るほど熱くなった。
この瞬間が、いまだに一番苦手だ。
『アラララ…、今日はまた、一段と、スゴイことになってるねェ〜。』
『………ゃぁ。』
揶揄るような声。あまりに羞恥心が勝ると、声も出なくなるみたい…。
まだ、触られてもいないのに、見られている場所から、新しい蜜が
滴り落ちる。
『して欲しい?』
『………うっ。』
『して欲しくないんだ……?』
『………うぅ…。』
どっちつかずのアタシの反応に、カノジョは焦れることもなく、むしろ、
愉快そうに尋ねてくる。
『じゃぁ、「せんせーして?」って言ってみ? そしたらしてあげよう。』
『………くっ。』
この、オヤヂめ。
もう、ホントにこの人は……。
知らんぷりを決め込もうと思ったけど、身体のほうはそうは言って
いなかった。
- 378 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:47
- 『…せんせ………。』
腰が、勝手に動く。
溢れ出しそうな熱を、抑えることができない。
汚いところを、押し付けようとする。そんな自分の反応が信じられなくて、
唇を噛み締めたとたん、ポタリと涙が頬に零れ落ちた。
悪意のないイジメはいいけど、こういうのは耐えられないよ。
カノジョが、アタシの頭を抱えこむようにしながら、てっぺんに軽く
口付けると、ちいさく「ごめん」と謝った。
『……あッ…。』
ナッちゃんしか知らないところを、やさしく触れられた。
体中の熱がぐんぐんと上がっていく。沸騰したヤカンのようにグラグラと
熱く沸き立っている。
『あっああぁ……。』
『…キモチい?』
『うっ、…うん。あぁ、やあぁんっ……』
クチュクチュと淫らな音が鳴り響く。その音はドンドン酷くなった。
指は、絶え間なく刺激を送り続ける。
『すごい、すごい、ドンドン溢れてくる。もうトロトロ〜。』
『…ッ、あっ、そ…な、…言わない…で…よォ……。』
そんなふうに改めて言われなくても、その音を聞いていれば、指の滑り
を感じれば、十分だ。
普段は、言葉数が少ないくせに、こういうときになると饒舌になる。
そんな言葉に煽られるように、なっちの身体も異変を見せ始めた。
なんだか変な匂いがしてきたような気がして、目からツーっと涙が
滴り落ちた。
- 379 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:50
- どうしてこんなにキモチいいんだろう。
なんで、センセイは、アタシのいいとこをこんなに知っているのだろう。
センセイにされるこれが、快感というならば、アタシがいままで、ベットの
中で、こっそりしてきたものは、なんだったんだろうって思っちゃう…。
こんなこと覚えちゃったら、もうこの先、自分でなんて出来やしないって。
あまりのキモチよさに、身体がフワフワと浮いていくような感じがした。
『…うわっ、すごいっ、おもしろいように出るねぇ……。』
『……いやだぁ……だめッ…ッ……。』
中から溢れ出てきたものが、シーツの染みを広げていく。
せめてもと、指の感触を浅ましく反応している場所を隠そうと手を
伸ばしたけど、すげなく払われた。
指の動きに同調するように腰も揺れている。
勝手にそうなってしまうのが、あまりにも耐え難くて、仕方なく視界
だけでもきつく閉ざした。顔が熱い。
鼓動がメトロノームの最速のように脈打っている。
それを、見咎めたカノジョが、空いてる手でペチペチと頬を叩いた。
『コォラ!…もう、ダメだってば。目ェ閉じちゃ。目ェ開けててって
いつも言ってるだろっ?』
こういうときになると、いつもよりも数倍やさしくなる彼女の声に。
なっちの体温がますます上昇した。
だけど、そんなの、言うことなんて聞けやしないって。
- 380 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:52
- 『ほら、なつみ? 開けなって……。』
『ぜったい、いやだぁ……。』
アタシは、そう言って、左を向いたまま唇をきつく噛みしめた。
ギュっと頑なに瞑った瞼の裏に、口の端を曲げて薄く哂うカノジョの
顔がみえた。
こんなイヤらしい姿も、イヤらしくなっている場所もすべて見られ
ちゃってるのかと思ったら、ますます心が頑なになっていく……。
それなのに、カノジョは、催促するようになんども頬を擦るんだ。
ナッちゃんの手が冷たく感じるのは、アタシの頬が異常なほど熱くなっているせいだ。
太腿の敏感なトコロに舌が這う。そのまま、あぐりと歯を立てられると、
麻酔がかかったように、動けなくなった。
『…なつみ、なつみ、ほら、なつみってぇ……。』
低めのバリトンが、自分の名前を連呼する。
たかだか名前を呼ばれただけなのに、どうしてこんなにうれしいんだろう。
もっと、聞きたい。ずっと、ずっと、呼んでいて欲しい。
『…恥ずかしいことないって。目ェ開けて? 誰がなつみをキモチよく
すんのか、ちゃんとみてて?』
『………や。』
短い返答、彼女がクスリと微笑した。
- 381 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:54
- 『なつみ? いい子だから。』
『………う。』
悪戯なコドモのような声と、やさしいオトナな声。
そんな同じ二つの声を使い分けられて、なっちは、すっかり翻弄されていく。
『…なつみ!』
気が短い恋人の今度は、少し怒ったような強い声。
反射的に身体が跳ねた。
頬を撫でる手の感触が、冷たくてキモチいい。
大好きなその手を、上から被さるようにギュって握り締めた。
アタシを一番に愛してくれる手の感触。
甘やかされて、ときに叱られて。なっちの胸の中で幸福がひたひたと
満たされる。
そんなふうにすっかり懐柔されて、仕方なしに無言のまま頷くと、
そのご褒美にキスしてくれた。軽くチュって感じの、やさしい口づけ
が落ちてくる。
なっちの顔はふにゃらと、どうしようもなく緩んでいく…。
初めてセンセイに教わった、やさしい抱擁と甘いキスの味。そして
快楽の場所。
それは、自分の身体なはずなのに、なっちよりもセンセイのほうが、
ずっとずっと詳しくて。
両腕を背中に通して、シャツ越しのカノジョの背中の感触を味わった。
綺麗についた筋肉が、ピクピクと痙攣している。
磁石のようにピタリと身体が重なり合い、互いの心音が溶けるように
同調する。
- 382 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 22:57
- 『あったかぁい……。』
『フッ…。そ?』
『ん。ずっとこうしててもいい………。』
『エッ?…それは、困りますケド?』
プフッと噴出した。
センセイの息が掛かり、前髪が持ち上がる。
そうやってしばらく笑いあいながら、色っぽい空気もすっかり忘れそう
になったころ、おでこに感じた濡れた感触に、なっちは、すぐに真顔に
戻った。
そのまま、唇がいろんなところに落ちてくる。頬に。鼻に、唇に、と。
恋人の甘い残り香が、なっちの胸をすっかり熱くした。
くすぐったいのと、ゾクゾクするようなのが同居した感覚に、甘い泣き
声をあげ続ける。
すっかり、ナッちゃんの匂いに包まれながら、最後にきつく瞼に落と
されるのを合図に重たく閉ざしたままだった瞼をゆっくりと開いていった。
すごく厭だったけど、でも、なっちも、いま、恋人がどんな顔をして
自分のことを見てくれているのか知りたかったから……。
- 383 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:00
-
暗闇から、徐々に光が差す。
日差しが眩しくて、睫毛を幾度もパチパチと瞬いた。
カノジョの首筋からふわりと漂うのは、汗混じりの甘い匂い。
それが媚薬のように、なっちの思考をトロトロに蕩けさせていく。
昂ぶる熱。心臓がおかしなくらい騒いでいる。
ついに視界が開ける。
恋人の顔が、なによりも近くでみえるシアワセに。
うつろな瞳の中に映し出された愛する人の笑顔に。
なっちは、金縛りにあったように動けなくなっていた……。
「…………っ!」
口は、笑みの形のまま固まり。
頬には、新しい水流ができる。
どうしてこうなるんだろう………。
- 384 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:02
-
「あはっ。…なっちぃ、ここ、キモチい〜?」
「……いっ、…いやああぁぁあああ〜〜っ!!!」
- 385 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:05
-
ーー自分の悲鳴にガバリと跳ね起きた。
暗闇にぼんやりと灯りが点いていた。
天井を見上げて、あちこちに視線をめぐらせる。
そうして、ここがセンセイのウチではないんだってことを知るんだ。
「フッ。…なぁんだ、夢かぁ……。」
ホッとするのもつかの間、すぐにこんな夢をみてしまった自分を激しく
嫌悪した。
「な、なんでこんな夢みてんのォ……。」
血の気がサーっと引く。自分で自分のしでかしたことが信じられなかった。
口元を押さえる。歯の根が噛み合わなくて、ガタガタと軋んだ。
堪えきれなくなった涙が、ボタボタと掛け布団を濡らす。
驚いたような妹の声が、遠くのほうから聞こえていた。
それでも、アタシの涙は、止まることを忘れてしまった…。
「もう、いやだぁ……。」
髪の毛をグシャグシャと掻き毟る。
血が滲むほどきつく唇を噛み締めた。痛みなんて感じなかった。
ひどい熱を出したときみたいに、どうしようもなく身体が震える。
寒くて寒くて、自分で自分を抱きしめるように腕を通したけど、
その震えは収まらなかった。
「もう、死んじゃいたいよォ………。」
スーっと、あの人の温もりが消えていく。
跡形もなく消えていく…。
大事な大事な思い出といっしょに、ちいさくなって、風船のように
萎んじゃった……。
◇ ◇ ◇ ◇
- 386 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:07
-
やわらかな風が、漂白仕立ての白いタオルをクルクルと回していた。
澄みきった青い空に広がる白い雲が、なにかの動物を形作る。
なんだろうとぼんやりと考えていると、雲は流れるように通り過ぎていった。
ーーー日曜日の昼下がり。
点けっぱなしのテレビから、女の子たちのにぎやかな笑い声が響いている。
「んっ〜〜〜っ。」
ベットにどっしりと腰を下ろして、大きく背伸びをする。
ガランゴロンと大きな音を立てながら、本日、二弾目の洗濯物が、
水の中をキモチよさそうに泳いでいた。
料理は好きだけど、掃除や洗濯はちょっと苦手。
最近、すっかりサボり癖がついて、はみ出るくらいにいっぱいになって
しまった洗濯籠を今日は、朝からせっせと片付けている。
洗濯機は全自動だからボタン一つで楽チンなんだけど、干したり、込ん
だり、畳んだりが、ちょっとだけめんどくさいんだ。
どーせなら、全部やってくれればいいのにさ。
「ふぅ。でも、このぶんだとすぐ乾くかなぁ…。」
サンサンと照りつける太陽を仰ぎ見ながら、もう一度大きく背伸びする
と、伸ばした骨がポキポキと軋んだ。
- 387 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:11
- 今日は、おうちの中にいるのが、もったいないくらいの穏やかな晴天だった。
アスファルトがまだ湿っているのは、久しぶりに降り続いた雨がようやく
今朝方上がったせいだった。
天気が悪いと気分までどんよりしちゃうけど、太陽が出てると、少しは
快復する。
こんな天気のいい日は、気晴らしに、パーっとお出掛けでもしたかった
のだけど……。
なっちは、携帯をパタンと閉じる。
矢口は、裕ちゃんとデートだしー。
カオリは、横浜でファッション誌の撮影中。
圭ちゃんも、バイトで忙しいみたい。
メール打っても、誰からも返って気やしない。
はあぁ……。って、これって、ちょっと淋しくないかい?
閉じた携帯を、ポンとベットに投げて、重たい腰を持ち上げた。
「いいもーんだぁ…。」
こうなったら、なにかおいしいもの食べちゃおう!…って、それ、
作るのは自分か…。
だったら、ピザでも取っちゃおうかなぁ。
それにしても、一人でいると、なんか独り言も多くなる。なっち、
なんかヤバイ人みたい。
そんな自分に苦笑しながら、ヨッシと拳を握り締めて気合を入れた。
家にいれば、することはいくらでもあるんだ。
取りあえずはお布団干しに取り掛かることにする。
「よーし、思い切ってシーツも洗っちゃおう!」
そんな大きな独り言をこぼしたとき。
玄関のチャイムがけたたましくなった……。
◇ ◇ ◇ ◇
- 388 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:13
- 「あっれー、どーしたのさー?」
玄関先に、珍しい人が立っていた。
でも、アタシの視線のレーダーは、彼女の手に下げられている箱へと
一直線に向けられる。
そんなあからさまな態度に気付いた彼女は、苦笑しながら「はい」と
左手を突き出した。両手で受け取ると、にんまりと微笑んで。
「わーい。ありがとォ。ちょうど甘いものが食べたかったんだぁ。
上がって。上がって。」
ときどき、こうして手作りのパンやケーキを携えて遊びに来る。
彼女が作るものを、アタシたち姉妹はとても楽しみにしていた。
それと同時に、お母さんも日曜日になると毎週作ってくれていたことを
思い出して、ちょっとだけしんみりしちゃう。
そっかぁ…。お菓子作りが得意なのも、似るのかなぁ。
彼女は、お母さんの年の離れた妹だった。……顔は、まったく似て
ないけどね。彼女は、お姉ちゃんとそう変わらない年齢だ。
だからか、ちいさな頃から叔母さんという感じはしなかったし、それに、
そうは決して呼ばせてもらえなかった…。ずっと「彩ちゃん」だったの
が、アタシだけいつの間にか「彩っぺ」と呼ぶようになっていた。
彩っぺは、なっちの叔母さんであるのと同時に、この部屋を貸して
くれた大家さんでもあるんだ。
…正確に言うと、大家さんの息子さんのお嫁さんなんだけど……。
- 389 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:15
- なっちが、修学旅行でしか来たことのなかった知らない街に、こうして
住むことになったのも、すべてこの人のおかげだった。
近くに住んでいるからと言って、特に、なにかをしてくれるわけでは
ないのだけれど、ときどき、抜き打ち検査のように顔をみせに来る。
それは、たぶん、お母さんに頼まれているからだと思うんだけどね…。
昨日、アタシの胸で大泣きしてくれた赤ちゃんは、いま、お母さんの
腕の中で、ちいさな手をパチパチと叩きながら、キャッキャッとはしゃ
いでいた。
そんなシアワセそうな笑顔が、なっちにしたら、ゲンキンだなぁって
思っちゃうけど。
でも、どんなにがんばってみても、やっぱり本物のお母さんには敵わ
ないんだと、思うことにする。
「彩っぺ、コーヒーでいい?」
「うんっ♪」
アタシは、キッチンに立って、棚の上からアルミ缶を取り出した。
布巾を被ったミルを用意する。
豆を挽くのはホント久しぶりだ。このミルはスペイン産の骨董品。
渋谷のロフトで目にしたとき、値札を見ずに思わず買ってしまってた。
あれぇ? なんでだろ。おかしいよォ。
コーヒーの香りが立ち登るほどに、たまねぎを刻んだときのように
目がシバシバと痛くなる。
- 390 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:18
- 「あっ、ゴメン。掃除の途中だったァ?」
「うんん。いいよ。どーせ、休憩しようと思ってたトコだったしぃ。」
さっきから、休憩ばっかだけどね。
コトンと湯気の立つマグカップをテーブルに置いて、出しっぱなしに
していた掃除機を、クローゼットの中へ静かにしまった。
彼女が、手を伸ばして優雅に口付けると、目を細めながらフーと息を吐く。
「やっぱ、おいしいわぁ。なんか、自分で淹れるより、ココへ来たく
なるんだよねェ〜。」
「あはっ。ケーキ付きなら、大歓迎さぁ!」
彩っぺは、いつも、アタシが淹れるコーヒーをおいしいおいしいと
褒めてくれた。
「ところでさー。なっち、あの話……。」
「あぁ………。」
そうやって褒めてくれるまでは、よかったんだけど。
最近、「お店出さない?」って誘ってくるから、なっちは少々困惑気味だ。
彩っぺは、この近くに喫茶店を出したいと思っているらしく、なっちに
「共同経営者」にならないかと、執拗に誘ってくる。
昔から、お菓子作りが大得意だった彩っぺ。
このケーキだって、そこいら辺に売ってるものと、引けを取らないくら
いおいしい。
そういえば、コドモの頃から、自分のデザインした服を置いた、ブティッ
ク件喫茶店をやりたいんだぁとか言ってたもんねー。
そういうのに、協力できたらうれしいけど。
なっちはコーヒー自体があまり好きではないから、褒められても正直
わからないんだ。
そして、その事実は、アタシのココロをチクチクと締め付ける。
- 391 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:21
- センセイは、コーヒーが大好きな人だった…。
家にはもちろんのこと、学校の教務室にまで、私物を持ち込むほどに…。
この器械は、センセイの部屋にあったものと同じヤツだ。
それなのに、ピカピカ。あまり使ってはいない。
なっちも麻美もどちらかと言ったら紅茶党だし、だからウチで、これを
飲むのは彩っぺだけ。
そういえば、コーヒーに纏わる喧嘩が一番多かったなぁ。
すごく拘り屋で、頼んでもいないのに、コーヒーの挽き方から、お湯
の温度調整、蒸らし方。豆の保存方法に至るまで。と、とにかく事細
かに教えられた。
こんなの教えられても、何の役にも立たないよとずっと思っていたけど。
これって、役に立ったってことなのかな〜?
センセイが一番好んで飲んでいたのが、“ブルーマウンテン・No1”ってヤツで。
それは、文字通りコーヒーの豆の種類の中でもN01なんだよって、
自分の子供を自慢する親みたいに得意げに言っていた。
そのくせ、カップとかには、さらさら興味がないらしく、ドーナツ
ショップの景品でもらったのとか使っていたしぃ…。
そういうところが、ほーんと、あの人らしいんだよねェ。
猫舌で、苦いのが苦手ななっちは、そこに、たっぷりの砂糖とミルクを
混ぜてコーヒー牛乳のようにしながら飲んでいた。
センセイに「そんなのは邪道だ!」と、プリプリ怒られながら…。
……そんな甘い記憶が、シロップのように、なっちのココロに蕩けていく。
- 392 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:23
-
「…で、どーよ、最近?」
「ん〜〜、ボチボチだねェ〜。」
フォークで生クリームの部分をすくう。
口の中に運ぶと、ちょうどいい甘さにうっとりしちゃう。
「おいしい〜っ♪」
「(クスッ)………ねぇ、心配しているよ?」
この人の、アタシを見る目はすごくやさしいんだ。
普段のネコのようなきつい印象の目元が、ふにゃりと下がる。
「ふえ? 誰がぁ?………あぁ、麻美?」
思い当たる人を浮かべて、なっちの眉が中央に寄った。
「…うん。さっき、出かける前にウチ来てさぁ。……でも、ホントに
今日のなっち、疲れた顔してんねェ〜。しばらく見ない間に、10歳
くらい老けたみたいだよ…?」
「あはっ。んもーっ、失礼だなぁ〜。」
腕に軽くパンチする。
だいたい、しばらくっつったって、おととい遭ったばかりでしょーがぁ。
ケラケラ哂いながら、サイドテーブルの上に飾られたフォットフレーム
に目をやった。たった一枚の家族写真。
アタシの腕を甘えるように絡ませながら、にっこり微笑んでいる一つ
下の妹がいた。
- 393 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:26
- 一緒に上京してからは、歌手になるためにと、自分のことでいっぱい
いっぱいのあの子が、そんなふうに相談していたなんてちょっと、驚き
だった。
そういえば、家事は分担だったはずなのに、いつの間にか、なっちが
全部してる。それに、こっちには、もともと一人で来るはずだったんだ。
それなのに、麻美は、「歌手になるためには、北海道じゃだめだから、
麻美もお姉ちゃんといっしょに行く!」とか、急に言い出して。
家族に大反対されたのにも関わらず、強引に付いて来た。
そんなちゃっかり屋さんな子だけど、でも、ホントは、心根のやさしい
子だってこと知っている。
きっと、麻美は、アタシのことを心配して付いて来てくれたんだよね?
たとえ、彩っぺが近くに住んでいるからと思っても、なっちは心細くて、
毎日、泣いて暮していたかもしれない…。
そう、彼女は昔から、アタシ以上にアタシのことはよく知っていたから…。
「なんかさ、今朝食べた玉子焼きがしょっぱかったんだって…。」
「はあぁ? なにそれ…。」
訝しげに眉を顰める。
そうして、見合うと、ブッと噴出した。
「あはっ、おっかしぃ。………ん、でも、最近、よく眠れてないらしー
じゃないのォ?」
「あぁ、うん。ほら、ここんとこ暑いからねェ〜。やっぱ、東京は暑い
よォ〜。」
言葉に被さるように、ミンミンと耳障りな蝉の声が聞こえてくる。
- 394 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:28
- なんだか北海道の…よりも鳴き声が大きいような気がする。
そういえば、蟻も、ゴキブリもやたら大きいし、カラスを初めて見た
ときは、ホントにビックリした。
「…でもさー、蝉の声聞いてると、暑さも3割り増しになるよねぇ〜。」
誤魔化すように手で仰ぎながら、そう言って湯気の薄れたカップに口づける。
たっぷり砂糖を入れたはずなのに、まだ苦くて、少しだけ砂糖を付け足した。
スプーンでかき混ぜると、キレイなマーブル模様が出来上がる。
波打つ表面をジッと見つめながら、そこに浮かぶのは、あの人の顔……。
涙が零れそうになるのを、なっちは、お腹に力を込めてグッと我慢した。
「ふ〜ん。…でも、それだけじゃぁないんでしょ?」
「ん〜。」
熱い液体が、喉を通って体中に染み渡る。
「おとといさァ………。」
「あーぁ。…………。」
口の端を無理矢理に上げながら、汗で張り付いた前髪に指を通した。
おとといに見た夢のことを思い出すと、わけもなく泣きたくなる。
知らずに、唇をきつく噛みしめていた。
- 395 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:30
-
どうして、あんな夢をみたんだろう…。
こんなの、いままでなかったのに。自分でもよくわからないんだ。
だけど、アレ以来、よく眠れなくなったのも事実で。
ここのところ麻美が心配していたことも知っていた。
夜になることが憂鬱だ。
夢をみるのが恐い。また、あの夢をみるんじゃないかって。
それに、もしかして、もう二度と、センセイの夢を見られなくなるかも
と思ったら、目を瞑ることが出来なくなっていた…。
そうして、考えて考え抜いて出した結論は。
だったら、眠らなければいいということ……。
だって、そうすれば、あんな夢をみなくてもすむから。
「う〜ん。ちょっとだけ疲れてるのかなァ〜。」
友達や家族の前では、絶対に弱音なんて吐けなかったけれど。
この世で、すべてを曝け出せる唯一の人に、なっちは、ちいさく愚痴を
零した。
もしも、同性愛というのが遺伝となんらかの関係があるのだとすれば、
アタシは、間違いなくこの人の血を受け継いだのだろうと思われる。
そう、彩っぺもレズビアンだった。――うんん、少しチガウね。
だって、彩っぺは、結婚だって出来るし、赤ちゃんだっている。
『……実は、彩もそうなんだよ…。』
そう、こっそり教えてくれたのはお母さんだった。
- 396 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:33
- 彩っぺには、高校を入学したときからずっと付き合っていた彼女がいた
そうだ。
東京に出てくるきっかけになったのも、その人とのことがあったからら
しい…。けど、デザイン学校に通い始めて、しばらくしてから彼女とは
別れてしまった。
いまは、その後に知り合った女の子と、ずいぶん長く付き合っているん
だと教えられた。
彩っぺには、中学時代にコスプレまでして熱狂していたバンドのドラマー
と、電撃的な出会い方をして、出来ちゃった結婚までした素敵な旦那様
がいる。それに、こんなにカワイイ赤ちゃんも生まれた……。なのに……。
正直言って、なっちには、彩っぺの気持ちがよくわからない。
男の人も女の人もスキになれるっていうことじゃなくて。
二人も同時に愛せることが果たしてあるのかって、その感覚が……。
だけど、なっちは、それが、いけないことだとは思わないんだ。
世間は、きっと批難めいた声をあげるかもしれないけど…。
だってさ、仕方なかったんだよね?
たとえそれが、不倫だったとしても、同性愛だったとしても、
…教師と生徒の恋愛だったとしても……。
いけないことだということは自分たちが一番よく分かっている。
けど、一度好きになったものを、そんな障害のために撤回することなんて
出来ない…。
お日様の下を歩けないことがどんなに悲しいことか…。
アタシたちのほうが、ずっとずっと傷ついて生きているんだ。
- 397 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:36
- 「…あぁ〜ッ。やっぱし、バレてたか、麻美に…。」
「フフッ。まーね。…だって、これだけ傍にいんだから気付かないはずが
ないでしょ。…あ! そういえば、この隣に空きが入ったから、もう
一部屋貸そうかって、さっき麻美に言ったら、ものすごい勢いで首振っ
てたよォ〜、あのコ。」
彩っぺが、思い出したようにクスクスと微笑んだ。
彼女が笑うと、鼻の下にクシャっと皺が出来る。
子供の頃から変わらないその笑顔に、なっちは、少しだけ安堵する。
ここは、日当たりには申し分ないのだけど、八畳の1Kという間取りが、
さすがに二人だとちょっと手狭だった。
ベットも一つしか置けないし、もともと、単身用のアパートだから
収納だってそんなにあるわけじゃない。
それに、住んでいれば、物はドンドン増えていく。
「てかさー、アンタたち、まだ、いっしょに寝てるんだってェ?」
彩っぺが、背中のベットをポンポンと叩いて、呆れたように呟いた。
なっちは、苦笑いを浮かべつつ、ケーキを口に運ぶ。
ちょっぴりブランデーを入れるせいで、スポンジがしっとりと甘みを
帯びている。彩っぺの味。
- 398 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:39
- でも、それに関しては、別に不自由しているわけでもなかった。
確かに、思い切り手足を伸ばして寝たい気もするけど、麻美は、生ま
れたときから隣で眠っていたし、それは大きくなってからも、それは、
変わらなかった。
彼女は、よくなっちのベットに入ってきてた。
麻美は、人肌があるほうがよく眠れるらしい。
「はあぁ…。…あの子は、むかしっから、お姉ちゃん子だもんねぇ…」
「…そうだねぇ。」
年が近いせいか、妹は、小さな頃からアタシによく懐いていた。
今でこそ、背を追い越されるくらいに大きくなったけど。
それでも、なっちの中で、麻美は、赤いランドセル背負った小学生の
頃のまんま。手が掛かる子供といっしょだ。
彩っぺと、お姉ちゃんと、なっちと、麻美と4人で鬼ごっこしても、
決して、鬼にはさせなかったし、かくれんぼなんてしたら、みんなで
見つかりやすいところに隠れてあげてた。
だって、そうでもしないと、すぐに泣きべそをかくから…。
そんなコドモだったんだ…。
「まだ、甘えんぼだから…ね。」
そう言いながら、お母さんの腕の中でうたたねするれいなのアタマを
撫で撫でする。
サラリした茶色い髪、指を通しただけで、スルリと抜けてしまう。
ふんわりと漂う赤ちゃん特有の甘い匂いに、なっちの目尻も自然と
下がっていく。
- 399 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:43
- 「フッ…。な〜に言ってんだか…。そんなの、ジブンと、一コしか
違わないっしょーがァ!」
「ムムッ。……そうだけどさ。」
でも、無条件に甘えられる存在が近くにいるのは、シアワセなことだと
思うんだ。
中学時代、理不尽な理由でイジメを受けていたとき、ホントに辛かったし、
悔しかったし、何度も挫けそうになったけど、それでも毎日学校に行けて
たのは、家族がいたからだったと思う。
学校で、どんなにひどい目に遭わされても、家に帰れば、いつもと変わら
ない家族の団欒があった。なっちは、無邪気な次女役に徹することができ
たんだ。
でも、ここには、麻美しかいない。
麻美の前では、どうしたってアタシは、お姉ちゃん役になってしまう…。
そうだ。そうだよ。
なっちは、お姉ちゃんなんだから、もっと、しっかりしなくちゃいけ
ないんだ。
こんなことで、妹を心配させてはいけない。
これ以上、家族には迷惑を掛けられない。
だって、アタシは、みんなをあんなにも苦しめてきた。
もう家族を悲しませるようなことはしたくないんだ。ぜったいに。
「あのさー、なっち、なんかちょっと無理してんじゃないのォ?」
少し強めにそう言って、トントンと眉間の辺りを突付かれた。
顔を上げると、シルバーの鼻ピアスが太陽に反射してキラリと光る。
そうして、改めて思った。…やっぱり似ている、と。
この人の笑顔は、どこかお母さんを思い出すんだ。
怒るときに出来る眉間の皺の数もおんなじ…。
厳しいけど温かい瞳に見つめられて、なっちは、無性に泣きたくなっていた。
- 400 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:45
- 「アンタは、ちいさい時から、弱いくせにいきがってみせんだよねェー。」
「………そんなこと。」
ない…と言いかけた声は、喉の奥でちいさく消える。
「…いいからさ。ちょっとは麻美を見習って、素直になんなさいよ!」
「………う。」
「あーもう、グダグダ考えてないで、ガキんちょはガキんちょらしく、
泣けっつってんの!」
「なっ!!!」
なにさ、それ…。
あまりの言い草に、なっちは、目の前の人をギロリと睨みつけた。
でも、彼女は悪ぶれるそぶりも見せずに、外人さんのように肩をすく
めるジェスチャーをする。
そうして、両手を大きく広げて…。
「ホラ、今日だけの特別大サービス。」
ふざけるようにそう言って、「…ママの代わりだよ。」と、ひどく
やさしい声が耳の奥に吹き込まれた。
突然された行動に、なっちはすっかり動揺していた。オロオロと視線を
彷徨わせる。だって、急に、そんな……ね。
視界の端に映った膝の上の子供は、寝息を立てながら夢の世界へ旅立っ
ていた。一度、眠ってしまえばなかなか起きない子だから、ここで
躊躇することもないんだろうけど…。
それでも、さすがに16歳にもなって、ソコへ飛び込むのには、ちょっ
とばかり気が引けた。
けど、そんな思考とは裏腹に、アタシの身体は正直だった。
気が付いたら、迷子になった子供のように胸の中へ追い縋っていた。
- 401 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:48
-
やわらかい温もりが全身をすっぽりと包み込む。
ふわふわの髪の毛が頬をやさしく擽る。
あぁもう、匂いまで、お母さんといっしょなの?
……やばい、泣きそうだ。
なんとか必死で我慢するけど、それも長くは続かなかった。
涙が一粒、ポトリと頬に落ちていく。
一度零れてしまったら、もう、止めることは出来なくなって…。
唇を噛んで我慢したけど、重力には勝てずに、ポタポタと落ちていってしまう。
彩っぺは、ふふっとやわらかい笑みを浮かべながら、なっちのアタマを
抱きかかえた。
頬を押しつぶすのは、昔、知っていたものよりもやたら膨らみのある
胸だった。
ふわりと漂うミルクの匂いに、ここはアタシの場所ではないことを思い知る。
はやく、れいなに解放してあげなければいけない。
だって、この場所は、この子のものなのだから……。
だけどアタシは、温かいこの腕の中が、どうしても離れがたくて。
心の声とは裏腹に、ますますきつく抱きついていた。
泣き止まぬなっちの背中を下から上に擦る手のひらの感触。
手馴れた手つきが、まるで赤ちゃんをあやすように…。
そうされながら、ふいに昔聞いたお母さんの声が浮かんでくる。
- 402 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:50
-
『こうするほうがすぐに楽になれるんだよ。』
姉妹喧嘩して泣くたびに、いつもあったかいやさしい手のひらで背中を
擦ってくれた。
息がしやすいように、下から上へと何度も何度も……。
こんなふうにワンワン泣いたのは久しぶりだ。あの仔犬の死を見届けた以来だった。
さすがに泣きつかれてようやく身体を離そうと決心したとき、背中に
回っていた腕がギュウってする。
なっちの頬は、大きな膨らみに押しつぶされる。
「ねぇ、アタシはさ、…アタシだけは、アンタの見方だよ?」
頭の上に掛けられたやさしい声に、止まりかけてたなっちの涙は、また
込み上げてきた。
あぁ、どうして、なっちの周りには、こんなにやさしい人ばかりいるの
だろう。
矢口といい、彩っぺといい。そして、麻美といい。ホントにもう……。
- 403 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/22(土) 23:53
-
頬に、新しい水流ができあがる。
でも、いま流れているこの涙は、さっきまでのとは、少しチガウと思った。
人のやさしさが身に染みて感じた。みんなの気持ちがうれしかった。
ここのところずっと、死ぬことばかり考えていた…そんなこと言ったら、
みんなどう思うかなぁ……。
死ななくてホントウによかった…。
ありがとう、彩っぺ。ごめんね、麻美。
「フフッ。……それ、キザすぎ、彩っぺ。」
濡れた頬をカノジョのシャツで擦りながら、思わず笑みが零れた。
「…ねぇ、どーでもいいけどさ、泣くのか笑うのかどっちかにしてね…。
不気味だから……。」
そう言って、苦笑する彩っぺに、ますますきつく抱きしめられて、
身体の震えは治まったけれど、涙までは止められなかった。
ごめんね。れいな。
もう少しだけ。もう少しだけでいいからお母さんの胸を貸してね?
◇ ◇ ◇ ◇
- 404 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/23(日) 00:01
- どうして、こういうことになってしまったのか。
なんで、アタシは、泣いてばかりいるのか…。
すべてが上手くいっていたはずだった。
アタシたちは、それはそれは慎ましやかだったけど、あのとき、夢で
見ていたようにあんなにもシアワセだったんだ。
なっちは、そんな小さなココロの灯火が、いつまでも続くのだと信じて
いた。そして、センセイも同じキモチでいると思っていた。
心に黒い影が宿すのと同時に、あの少女の笑顔が浮かんでくる。
そうして、なっちは、きつく唇を噛み締めた。
ねぇ、アナタは、アタシの身体をおもちゃにするだけではすまないの?
アタシが、夢の中で恋人に遭うという、ささやかな願いさえ、許しては
くれないの?
大きくかぶりを振る。
チガウ。それは、チガウ。チガウんだ…。
ごっちんのせいなんかじゃないよ…。
悪いのは、ぜんぶ、なっちだ。なっちのせいなんだ。
こんなふうになったのも、すべて、なっちのココロの弱さが招いた
ことだった。
楽になりたくて、アナタを悪者にしようとしたけど。
人のせいにするだなんて、卑怯だった。
彩っぺの温かい胸の中で、自分の嗚咽の音と、カチカチと時計を
刻む音が同調するように響いていた。
- 405 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/01/23(日) 00:03
-
よく失恋をすると、時間が解決してくれるって言うけど…。
それって、ひどく残酷なことだと思う…。
あんなに恋焦がれ、愛し尽くした人を、いつかは、忘れなくちゃいけな
いの?
好きで好きで好きすぎて、どうしようもないくらい大好きだったあの人
が、いつかは、思い出に変わっちゃうの?
そんなのいやだよ……忘れたくなんてない。
センセイのことを思い出になんてしたくない。
目を固く瞑って、もう一度センセイの感触を思いだそうとする。
ギュッて抱きしめてくる腕。
やわらかくて、いつもお日様の甘酸っぱい匂いがして…。
なのに、いくら考えても分からないんだ。
これが、センセイのものなのか、ごっちんのものなのか…。
「………なんでよッ……。」
彩っぺのTシャツを必死で掴みながら、なっちは、そのまま意識を手放した。
- 406 名前:kai 投稿日:2005/01/23(日) 00:05
-
本日の更新は以上です。
年が明けてもまだ、こんなこと書いている自分が…。はあぁ。
長いことエロいお話を書かせていただいてきましたが、こういう
ものは、もしかしたら書いてはいけないのかもしれませんねェ…。(遠い目)
年の差カップルは、前々から大好物だったんですけど。
年上攻めのほうも大好物だったみたいです。W
- 407 名前:kai 投稿日:2005/01/23(日) 00:09
- レス遅くなりましたー。
>ゆちぃ。さん…ゆちぃさんに捧げたつもりがぁ…ご期待を裏切った
かと。(苦笑)
ナツ×なちは、ちょっとお遊びで書き始めたんですけど、まさか自分
でもここまで書くとはねぇ…。(遠い目)
お一人でも愉しんでいただける人があれば、うれしい限りでございます。w
>353さん…ありがとうございます。なちごまに関してはシロートも
同然なので、ありえねーとか思われるかなと思ってたのですが…。そう言っていただけると励みになります。(w)
今回は、ごまちゃんは少なかったですけど、そのうち、たっぷりと出し
ますので、お楽しみにということで。(苦笑)
>ユラさん…はじめまして、レスありがとうございます。(ペコ)
私も、お正月に自分のを読み返す機会がありまして、一気と言われると、
うれしいやら、赤面やらで…。読みにくくて、ホントすみません。
なちごまを書くようになってから、新しい方に目を通してもらえる
ようになったことが、なによりうれしく思います。
どーぞまた、率直な意見などお聞かせくださいませ。
- 408 名前:kai 投稿日:2005/01/23(日) 00:11
- ヤグチバースデーに間に合わせようと思ったけど、ダメでした…。(残念!)
つーか、ヤグチとぜんぜんチガウこと書いてるしぃ〜。
あぁー、やぐちゅ〜が書きたい。(切実)
なんだか新しい板もできたようですし、短編を平行していきたいなーとか
コッソリ考えています。
やぐちゅーに限らずで。つってもアダルトチームになるかと。w
不定期更新になりがちですが、今年もヨロシクお願いしまっす!
- 409 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/01/23(日) 00:38
- 更新お疲れ様です。
なっちの気持ちが切ないですね。
いつか 大人になるのだとしても
今は 甘えられる人に甘えていて欲しい。
そんな親心にも似た気持ちになってしまいます。
次回の更新お待ちしてます。
- 410 名前:ゆちぃ。 投稿日:2005/01/23(日) 02:59
- おつかれさまです。今年もよろしくお願いします☆
kaiさんとは好物が合う気がします(w。
期待は、いい意味で裏切られちゃいました♪
ナツ×なち、、、なっちの「ナッちゃん」にはぐらっときてしまいました・・・。
彩っぺの一言は、とにかく涙が止まらないですし、、
やっぱり、kaiさんはサイコーです。
次も待ってますねvvv
- 411 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:04
-
こういうのを諺でいうと。
『覆水盆に返らず』
って言うんだって。今日、授業中に岡村センセイが言ってた。
それは、なっちも言葉だけはよく知ってる有名な諺だけど―――。
意味は、そのまんま、読んで字のごとくで、
『零れた水は、元には戻らない』
という。やらかしたものは、取り返しが付かないという…いまのアタシに、
なんてピッタリな諺なのだろう…。
昔の人もこう言っている。
あの時に、あーすればよかった…だなんて、いまさら後悔したってもう遅いんだ…。
もしもこの世に、ネコ型ロボットが存在するならば、なっちは、真っ先に机の引き
出しを開けるだろう…。
たとえそれで、未来が狂ってしまっても、かまわないよ……。
アナタと、もう一度やり直せるためになら、アタシは、どんなことでもする―――。
- 412 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:07
- ◇ ◇ ◇ ◇
「…ひやっ!」
突風が、身体を容赦なく直撃した。
車体が傾くのを、なっちは両脚で踏ん張ってジッと堪え凌ぐ…。
カレンダーが替わるのと比例するように、街の風景も少しずつ移り変わっ
てきていた。
いつの間にか、蝉の声は聞こえなくなり、葉っぱが、ほんのりと色づいて。
「ハァ…」と零れる息も白く濁り、指先が冷んやりするのを感じて、
なっちは、パーカーの袖口を引っ張った。
猛暑とよばれた、北海道の短い夏の季節が終わろうとしている。
舗装のされていないガタボコ道に揺られながら、なっちは、すっかり
変な気持ちになっていた。
センセイのアパートは、なっちの家から学校を挟んで、ちょうど反対側
の街にある。地平線のようにどこまでも続く平坦な道路。…なのに、
帰宅時間は、行きの時間の軽く倍は要した。
……自転車っていうのが、よくないのかもしれない。
沿線にバスは通っているのだけど、センセイのおウチに行くときは、
決まって自転車を使っていた。
車酔いしやすいという理由もあるけど、それよりも、いちいち停車する
のが、なんだか、もどかしくて。
それに、こうしてあの人のことを考えながら風を切って走るのはキライ
じゃないから――。
- 413 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:10
- 「…んゃッ!………。」
さっきからサドルが変なところにあたって、なっちは、その度に、
瞼をギュってする。
つい今しがたまで、恋人にそこをどうされていたかを思い出すと、
頬がカッと熱くなり、ついでに下着のあの部分にじわりと染みが広がった。
「ゃんっ……もッ…。」
センセイの指の感触が生々しく残っている。
重低音で響く意地悪い声が、耳の奥で燻っていて。
だって、今日のナッちゃんは、ホント意地悪だったよ。
何度も「イカせて」と懇願したのに、中々お赦しをもらえなかった。
焦らすのはお得意のことだけど、ああいうのは辛いだけなのに。
なんで、あーいうことばかりするんだろう。
『……いやぁ…もう、お願いぃ………』
脚の間にある膨らんだ木の芽を、カノジョは絶妙なタイミングで弄り
ながら、赤く熟れた耳たぶを舌先で擽る。
『フフッ。あぁー、もうこんなに尖らせてるのォ〜? いやらしい
体だね。』
『いやっ!!!』
もっと触れて欲しくて、もっと激しくして欲しくて。
恋人のキレイな手にその部分を押し付ける。
腰が、いやらしくグラインドする。
シクシクと泣きながら、そんなふうにねだりを乞うその声は、自分の
とは思えないほど甘く掠れていた。
こうして思い出しているだけでも、顔が火照っていく。
今日は、恋人のユビで、なんど、星をみたことかってぇ…。まったく〜。
- 414 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:12
- 「あっ、もっ、やだっ、……。」
車輪が小石を踏むたびに、ただでさえ敏感になっている場所に軽い振動
が伝わる。そのたびに立ち止まっては呼吸を整え、また走り、…そんな
ことを何度も繰り返していたら、部屋を出る頃はまだオレンヂ色だった
空も、すっかり群青色に衣替えしていた。
太陽が沈むと、気温もグッと低くなる。
それは、熱くなった身体に、ちょうどよい心地よさを与えてくれるのだけど…。
おもむろに見上げた夜空は、なんともいえないグラデーションで。
手が届きそうなほどすぐ近くで、たくさんの星が散りばめられていた。
この時期のこの時間の空が一番キレイだと、なっちは思う。
そんな趣味はぜんぜんないのに、思わず筆を取りたくなっちゃうほどだ。
センセイも同じ夜空を見てるかなぁ〜なんて、ロマンチックなことを
言ってみたくなる。
あぁ、ホントはいっしょに観れたらいいのにな…。
いつも暗くなる前に帰されちゃう。それが、ちょっとだけ不満だ。
でも、夜とかだったら、ちょっとくらいは、お外でデートもだいじょう
ぶかなぁ…。
視界いっぱいに広がるのどかな田園風景に。
電信柱に止まっていた雀が、同じ方向に向って一斉に飛び立った。
スーっと息を吸い込むと、近くの家から漂う夕げの匂いにつられるよう
に、なっちのお腹の虫も反応する。
「うわっ、やばっ、遅くなっちゃったよッ……。」
両親の顔を思い出して、急いでペダルを漕いだ。
- 415 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:15
- センセイのウチに行くと、あっという間に時間が過ぎていって。
逢えるのはすごくうれしいことなのなのに、帰りは、その分、ものすごく
辛くなる。
逢えないときには、逢える日のことを思い、逢っているときには、
逢えなくなることを思い続ける。
頭の中は、いつだって、あの人のことでいっぱいだった。
いまごろ、アタシの作ったご飯を食べてくれているんだろうか…。
そんなことを考えていると、口元がどうしようもなく締まりなくなって。
でも、ホントはいっしょに食べたいのになぁ…なんて溜息もでてくる。
はあぁ…もう、おかしいよ。
さっき、逢ったばかりなのに、また逢いたくて堪らなくなっている。
こうして抱き合った日のあとは余計だ。
このまま自転車を反転して、いま来た道を引き返したいくらいに……。
人間って、きっと欲張りに出来ているんだね。
初めは、告白を受け入れてもらえるだけで満足って思っていたのに、
いつの間にか、それだけじゃ物足りなくなっている。
もっと逢いたいとか、もっとキスしてとか、もっと抱いて欲しいとか。
『もっと…』ばかりが付きまとって。
さっきから、浮いたり、沈んだりと、なっちの心は、釣堀の浮きみたい
に忙しい。
口にしたらば、どんな顔されるのか分からないのが恐くて、そんな
キモチはもちろん心の奥底に封印しているけど。
でもそれはいまもずっと、アタシの胸の奥あたりで燻っている感情だった。
そういう思いはすべて自分の中だけで消化しなくてはいけないのが、
ひどく辛いところ。
我侭は言えない。困らせたくはないから。
- 416 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:18
- 「…はあぁ。」
今日、何度目だか判らない溜息が零れていた。
「もう、だめだよ、なっち。シアワセ逃げちゃうってぇ……。」
零れた空気をパクッと飲み込んで、そんな自分の行動に苦笑いする。
あはっ。もう、なにしてんだい。バッカみたいだよ。
……センセイの部屋からの帰り道は、いつもこんな感じだった。
ふと思いついたように、片足を着いて、シャツの首を大きく広げながら、
スーって息を吸い込むとなんとなく落ち着いてくるから不思議だ。
よく知った自分の身体のはずなのに、自分じゃない匂いがした。
雪のように真っ白い肌に、あの人が付けたばかりの赤い斑点が、ポツ
ポツと虫刺されのように付いていた。
シャワーはしていないから、カノジョの唾液の痕がまだ残っているような気がして。
ブラの中身がきゅんて固くなるのを感じて、慌てて顔を上げた。
思い出すのは、さっきの行為。
あんなに恥ずかしい姿を晒して、でも、されてるときって、いつもわけ
がわからなくなっちゃうからすごく困るんだ。
終わったら自分の行動を忘れられたらいいのだけど、それは、はっきり、
くっきりと覚えている。
でも、そんなのすべて忘れちゃうほうがもっと厭かも。
部屋の壁が薄いのもすっかり忘れて、思い切り声を上げてしまってた。
ヤバかったかなぁ…ちょっと心配…。
でも、センセイが悪いんだよっ。
- 417 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:20
-
『……なつみ…』
鼓膜を擽る甘い声に。
組み敷かれたときにしか聞けないそれに、心臓がドクドクと早鐘する。
アタシを見つめるカノジョのやさしい眼差し。
それだけで、体中が燃えるように熱くなる。
「はぁもうっ! あーぁー、でも、ナッちゃんって、ホントに……。」
なんで、あんなに巧いんだろう…。
どこで覚えるんだろう、そういうのって……。
あの人といると、生まれて初めて体験することが多すぎる。
たった数ヶ月の間だけで、自分は、どれほど変わったことだろう…。
こんなえっちな身体になっちゃってさー。
両手でギュっとブレーキをしたまま両脚を地面に付けて、おもむろに
舌を口の中で動かしてみた。
キュっと瞼を落として、帰り際に、玄関先でされた熱い抱擁を思い出す。
センセイのキスって、ヤバイくらいキモチよくて、いつも猫みたいに
ふにゃんと力が抜けちゃうんだ。
- 418 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:22
- 「えと、どうだっけかっ……。」
あの人がいつもするように、粘膜をそっと舌先で擽る。
上顎を。歯の裏とか、あと喉の奥のほうとか、すごく好きでいつもして
くるっけ。
溜ってくる唾液をゴクンて飲みほしながら。……ううっ、ムズムズする〜。
届かない。やっぱ、自分じゃできないって。もどかしいよォ。
よく知っている熱い舌の感触を思い馳せれば、なっちは、ジワジワと
下着を汚してしまう。
てか、こんなとこでなにしてんだろ。これじゃ、危ない人だよう!
なっちは、知らないから。
センセイのキスしか、わからないから。
わかっているのは、センセイのキスは、いちばんキモチいっていうことだけだ。
アタシの身体を、面白いように蹂躙する恋人の姿は、ちいさな胸の奥を
いつだってもやっとさせる。
普段はあまり気にしないようにしていたけど、17歳という年の差が、
今日は、いたく締め付けてきた。
きっと、センセイは、なっちが思っている以上にいろんな経験をして
るんだ。出合って、恋をして、キスして、セックスして、別れて。
そして、また新しい人と出合って…。
オトナの余裕。上手な誘い方。手馴れた愛撫。
見ていれば分かるそれ。
経験値のないなっちになんか、到底敵わない。
ゴクリとカノジョの味のする唾液を飲み干した。
- 419 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:25
- 今日、初めてカノジョのあの部分に触らせてもらった。
柔らかくて、ヌルヌルしていて、見た目もすごーくいやらしくて、
でも、初めてじっくりとみた恋人のそこは、なっちのとは違って、
やっぱりオトナだった。
向かい合って、脚を大きく広げながら、お互いの性器を指先で擦りあう。
恥ずかしすぎる格好に、それだけで興奮してしまって。
でも、いつの間にか、夢中になっていた。
『……なつみ、なつみ…ッ、なつみ……ッ。』
頬に掛かる甘い吐息。
もう、声にならないアタシは、ココロの中で、カノジョの名前を叫び続ける。
でも、自分だけがキモチよくなってばかりで、拙いアタシの愛撫では、
なっちがいつも出してるような声を出させてあげることはできなかった。
悔しかったんだ…。恋人を満足させられなかったことが…。
それにすごく恐くなった…。
このままじゃ、いつか飽きられて、ポイッと捨てられちゃうような気がして……。
ねぇ、センセイは、いっぱいセックスをしてきたの?
ねぇ、何人にそこを触れさせたの? 見せたの?
あのとき、口から出そうな言葉を、必死で飲み込んでいた。
だって、ズルイよ、そんなの。不公平だよ、ぜったい。
胸の奥のほうがチクチクするのは、生まれて初めて感じる感情で。
たぶんこれが、『嫉妬』って言うヤツなんだろう…。
アタシを抱くときに、センセイの後ろのほうに見え隠れする正体不明の
人物の影に、なっちは、無性に怯えていた。
きっと、センセイが前習えと号令かければ、なっちの前には、何人もの
人の列ができるのだろう。
会ったことはないけど、なっちの前の人がいたことはもう知っているし。
ということは、いま、アタシは、その列の最後尾にいるってことで。
アタシの後ろにも、列は続くってこと……?
- 420 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:28
-
慌てて首を振って、そんな思いを一蹴する。
唇に軽く歯を立てた。
な、なにいってるのさ。
そんなのいや。やだよ、ぜったい。なっちが、ナッちゃんの最後の人
だもんっ。このまま、この恋がずっと続いていくんだ。
明日も、明後日も、一年後も、十年後も、いつまでもアナタの傍に
いられますように。
100M先に、ようやく見慣れたオレンヂ色の屋根が見えてきた。
黄色い壁が、やけに派手で目立っている。
昔風の建物が多いこの界隈で、洋風な佇まいは、それだけで少し浮いて
いた。これは、二人が新婚旅行で行った南仏の新居に憧れて、『自分たち
の家を建てるときには…』と、ずっと決めていたらしい。
いまどき煙突があるおウチは北海道でも珍しいほうだけど、この地区
では割と多い。
暖をとるにはまだ早いけど、でもそれも、もうじき、必要となるだろう。
恋人と迎える新しい季節。
そして、大きなイベントも待っている。
いまから、胸がワクワクするような、脚が浮き足立つようなそんな感じがして。
海風にさらされた木々が、ワサワサと揺れていた。
田んぼからウシガエルの鳴き声が聞こえてくるのに、なっちは、がっくり
と肩を落とす。
でも、そんなどこまでもロマンチックには相応しくな情景が、のぼせ
きった頭を冷やすには、ちょうどよかった。
ヒョぃと、自転車を降りると、そこからは、押して歩くことにした。
- 421 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:32
- 恋人の家に行っていることは、もちろん家族には内緒だ。
本屋さんで、アルバイトしていることになっている。
嘘を付いていることに対しての後ろめたさはあるけど、いくら、一般
家庭よりは、寛容な両親だからといったって、さすがにホントウのこと
を言うわけにはいかなかった。
もしも、アタシたちのことを知ったら、二人がどんなに悲しむか想像
できないから。
手塩に掛けて育てた娘が、オンナの人しか愛せないと分かったらどう
思うのだろう…。
お母さんは、自分を責めるかもしれない。お父さんは、きっと深く
悲しむだろう。だって、娘の結婚式に出るのが生きがいだと憚らず
言っている人なのだから。
だから、絶対に言えない。言えるはずがなかった。
でも、そんなのは建前であって、ホントウのところは、いまの関係を
壊したくはないっていうのが本音だった…。
家族の目を真っ直ぐにみれなくなっても、二人のためには、このまま
ウソを突き通すしかないんだ。
ガレージに自転車をしまいながら、ふと思う。
相手が教師であることと、相手がオンナの人であるということは、
どっちのほうが罪深いことなんだろう…。
玄関の扉をガラリと開けた。
嗅ぎなれた匂いに、少しホッとしながら、恋人の家とは明らかに違う
のに、お忍びデートの終焉を迎えたんだと感慨に耽る。
『あと、一週間したらまた逢えるから。』
自分で自分にそう言い聞かせるように。
それでも、いまのなっちには、とてつもなく長く感じていた。
スーっと深呼吸をしてから。
ちょっぴりの罪悪感とたくさんの幸福感を胸に秘めつつ、いつものよう
に大きな声で。
「ただいまー」
- 422 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:34
- ◇ ◇ ◇ ◇
一番に最初に出迎えてくれたのは、メロンだった。
「タッタッタ…」と、長い廊下を滑るように駆け寄ってきたちいさな
カノジョをギュっと抱きしめながら、濡れた鼻の先に軽くチュってキス
をする。
「メロンたっだいまー。ただいまーって、あれ?」
返事が返ってこない。
アタシの帰りをいつもご飯を食べずに待っていてくれているはずの、
にぎやかな食卓から、やけに静けさを感じて、なっちは首を捻る。
「ただいま………??」
6人掛けの大きなダイニングテーブルの上には、ラップされた二人分の
カレーと、ポテトサラダ、昨日の残りの煮物と、そして、デザートの
イチゴがコンデンスミルクを掛けられて用意されていた。
そういえば、近くの市民会館へコンサートを観に行くんだと、今朝、
お母さんが言ってたことを思い出して。
ついでに食事をしてくるとも言ってたので、この時間じゃまだまだ
帰ってはこないだろう。
冷蔵庫に張られたテレビでよく知った演歌歌手の大きな鼻を、ピンと
人差し指で弾いた。
「なぁんだー、いないのかぁ。だったら、もう少し遅くなってもよか
ったのかも…。」
- 423 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:37
- そう言って、甘いイチゴを摘みながら。
でも、一緒にコンサートなんて、なんかいいよね?
いつまでも仲良しの夫婦に、なっちの頬も自然と緩んでいく。
子育てにようやく一段落つけた二人は、最近、すっかり恋人気分に
戻っているようだった。
二人きりで、よく映画に行ったり、買い物に出掛けたりしている。
そんな両親の姿は、娘の目から見ても、とても微笑ましく感じられる。
いつまで経ってもラブラブで、自分も年を取ったら、こうなりたいと
いう見本だった。
そのとき、なっちの隣にいるだろうあの人の姿を思い浮かべて、口元も
ドンドン緩んでいく。
なっちって、単純だよねェ。
弾むステップのまま。二階へ上がると、自分の部屋に灯りが点いている
ことに、ちいさく嘆息する。
大好きなジュディマリの曲が、扉の奥から洩れていた。
はあぁ。まったく、もう……いつもいつも…。
人が折角いい気分でいるのに、言っても利かないんだからー。
プライベートがあったもんじゃないってェ……。
「こら麻美ーッ! もう、自分の部屋で聴きなさいよッ! てか、
昨日、お姉ちゃんの部屋で……ふえ?」
人のベット上でおかしをポリポリ食べながら漫画のページを捲っている
だろう妹を叱ろうとしたら、思いがけない人がいるのになっちは、変な
声を上げた。
いつもアタシが使っている座布団に座りながら、紅茶をグビッと飲ん
でいる人と目が合うと。
カノジョは、ニタッとしながら、顔の前に手を合わせてパンと叩いた。
- 424 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:39
- 「おかえり〜。ごめ〜ん勝手に…。…もうすぐ帰ってくると思うから
って、麻美ちゃんがさぁ……。」
「あー、うんん、ぜんぜん。…ゴメンね、遅くなっちゃって。待ったぁ?」
そういえば、外に、もう一台自転車が止まっていたことを思い出す。
「んーん。いま来たとこだしぃ…。あっ、麻美ちゃんはね、彼氏から
電話で、いま部屋に行って……。」
「あー…うん。」
テーブルの上に、ほんのり湯気の昇った二人分の紅茶が用意されている。
指で方向指示を出す彼女に微笑みかけながら、ずっと抱きかかえたまま
だったメロンを床に降ろすと、一目散にカノジョへ向って駆け寄っていく。
手馴れた仕草で、犬の背中を撫で下ろすのを見ながら、なっちは、
気付かれないようこっそりと肩で息をついた。
カノジョは、親友だ。
小学校の入学からの6年間、ずっと一緒のクラスだった。
中学こそは学区が違っていたから、別々の学校になっちゃったけど、
高校に入ってヒサぶりに再会してから、また奇跡的に同じクラスに
なっていた。
もともと、近所に住んでいるから、こうしてたびたび訪れるのも珍しい
ことではないのだけどね…。
- 425 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:41
- 着替えることは諦めて、カノジョの隣へ、ストンと腰を下ろす。
正直に言ってしまえば、もうちょっと甘いキモチに浸っていたかった
から、その存在を疎ましく感じていた。
だって、口を開かなくても聞かされる内容は、もう分かっている。
「てかさー、なっち、いつからバイト始めたの〜? なんか、初耳ぃ〜。」
「ふえ? あぁ…えっとォ、2ヶ月くらい前かな。…ちょっと欲しいもの
があってぇ…」
「ふ〜ん。」
心臓が、跳ね上がる。
口から出任せのような声が、すらっとでた。
そうしながら、目を逸らすとベビーピンク色のカーテンがふわりと
膨らむのに、なっちは、立ち上がって、ちょっとだけ開いていた窓を
閉める。見上げたガラス向こうには、夏の星座がキラキラと輝いていた。
その瞬間、サッと流れ星が落ちたような気がしたけど、よく見れば
それは飛行機だったみたい…。
「……欲しいものってぇ?」
背中に掛けられた言葉に、ビクンと肩があがる。
なるだけ気取られないように、注意しながら…。
「……あー、と、ほら、DVD レコーダー? いま、CMでやって
るじゃない? あっれ欲しいんだけどォ、高いんだよねぇ〜。」
シャーと、カーテンを閉める指先が小刻みに震えた。
ウソを付くのには慣れていないから…。
思わず、妹が欲しがってたものを口にしてしまったけど、いまの声、
裏返っていたかなぁ…と心配になる。
- 426 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:43
- 「ふ〜〜ん。」
長い沈黙に、生きた心地がしなかった。
バイト先を聞かれたらどうしようかとか、じゃ今度行くねとか言われ
たら…と思うと気が気じゃなくて。
だけど、それはすべて杞憂に終わった。
「あーッ、それより、聞いてよォ〜!!」
待ってましたと言わんばかりに、少しイラついた、でも、どことなく
甘ったるい声で始まるその会話のほとんどは、付き合って2年目になる
彼氏のコトだ。
ちょっと厭なことがあると、すぐになっちのところにやってくる困った
友人。ついでに、人の話をあまり聞かないのが悪い癖。
なっちは、ホッとしたような、ちょっと肩透かしをくらったような
そんな複雑なキモチになっていた。
最初の頃は真剣に相談に乗っていたこともあったけど、いまは、話半分に
聞いている。長々と愚痴のようなノロケ話を聞かされたその後で、最後には
きまって彼氏の自慢をするのだ。
『そんなに厭なら、とっとと別れればいいじゃない…』
何度も頭の中に沸いてくる冷たい言葉を、ほんのりと湯気のたった紅茶と
一緒にグビッと流し込む。
- 427 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:45
-
…分かっているんだ。
カノジョが聞かせたがりだってことは。
それが、人から見れば痴話喧嘩だという事でも、自分の中では抑えら
れなくて誰かに聞いて欲しくなるんだ。
その適任者が、アタシだったんだろう。
理由は、…なっちに恋人がいないこと。
なぜなら、少しでも相手より優位に立てるからだ。
クドクドと続く話に、いい加減うんざりする。
そして、いつもならば、さらりと受け流せるはずのことが、なぜだか
今日に限ってできなかった。
ついさっきまで、甘いキモチでいたせいかもしれない。
センセイと過ごしたマグマのような熱い塊が、アタシのお腹の中にまだ
熾き火となって残っていた。
一向に止まらない彼女のノロケ話。
「でぇ、アイツって、ホントそういうのさせたがりでさー。もう、
AV見すぎだっつーの!……あッ! ごめーん。…なっちには、まだ
わかんないよねぇ〜?」
どこか見下したような口調に、カチンときた。
知ってるよ!
てか、アタシだって。
アタシなんか。
アタシの方がさ……。
だけど、これは言ってはいけない言葉だから。――お腹の中でそう
呟いて。膝の上の拳をギュって握り締めた。
- 428 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:48
- 話が振り出しに戻って、またセックスの話になる。
もう、いい加減にしてッ!
しかし、よくもまー、それだけ喧嘩する内容があるよね?
でも、そうやって喧嘩して仲直りするのが、長く付き合えるための
バロメーターになっているようだった。
「あー、なっちもさ、早く彼氏作りなよ! いまどき、高校生にもなって
バージンだなんてありえなくない?」
その言葉を聴いた瞬間、僅かに残っていた理性という感情がブチンと切れ
ていた。脳に酸素が回らなくなり、それ以上は危険だと発信する信号機
が、壊れてしまった。
センセイとした誓いが、どこか遠くのほうへ飛んでいく。
「いや、実はそれがさ………。」
「ぜったいに誰にも言わないって約束して……」そう、前置きしてから。
アタシは、ウキウキとカノジョの声に被せるように語り始めた。
その声は、さらりと舌の上に載りながら、スルスルと簡単に零れていった。
バイトといってたのは、実はウソだった。
ホントは、最近、恋人が出来て、いまも、その恋人の家から帰ってきた
んだということ。
実は、身体の関係もあって。いまも、そういうことしてきたんだって。
そして、その相手は、アナタもよ〜く知っている人で…。
実は、なんと、あの、夏まゆみセンセイなんだよ…ってことまで。
浮かれモードのままに、アタシはお腹のなかに隠していたものすべて
を包み隠さず露見しまっていた。そこに、まったく罪悪感はなかった。
『アタシだって、そのくらいはいいよね……』そんな軽い気持ちだった。
- 429 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:50
-
なっちもみんなと同じだったんだ。
自分のシアワセを、誰かに聞いて欲しくてしょうがなかった。
宝くじで一億円当たった人が、どんなにがんばっても内緒にはできない
ように…。
アタシは、カノジョにこれほど愛されていて。愛していると自慢した
かった。
すっかり気が大きくなっていたなっちは、そのとき、部屋の空気が
どんな状態だったかなんて気にも留めていなかった。
話にすっかり夢中になって、カノジョの顔色が、青ざめていたなんて、
まったく見えていなかった。
ーーー結局のところ、なっちは、自分がなにをしでかしてしまったのか、
全然わかっていなかったんだ。
でも、神様はちゃんとみている。
悪いことをしたら、きちんとお釣りが返ってくるんだね。
『…ウソツイタラ、ハリセンボンノーマス…ユビ、キッタッ………』
小さい頃よく歌ったフレーズが、なんども脳裏をリフレーンする。
そんなの、千本の針を飲んだほうが、ずっとずっとマシだったよ…。
まさか、こんなサイアクの形で、ヒミツの恋の終焉を迎えるだなんて。
たとえこれがドラマだったとしても、この結末は、あんまりだ―――。
◇ ◇ ◇ ◇
- 430 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:52
-
いったい、なにが起きたのかわからなかった。
たった一日で、天国と地獄を味わった気分だった。
次の日、学校へ行ったら、クラスメートどころか、学校中に二人のこと
が知れ渡っていた。
なっちは、登校そうそう校長室に連行されて、仕事に出ていた両親も
呼び出された。
初めて入った校長室。
そんなものに気を取られている余裕はない。
『二人は、どういう関係なんだ?』
『夏先生と交際しているというのは、本当なのか?』
『教師と…しかも女同士だということを、お前は分かっているのか?』
ずらりと並んだ教師陣は。
校長、教頭、学年主任に、生活指導、そして、担任と。
取り囲まれるようにオトナたちが、一斉にアタシを見つめる。
矢継ぎ早にそう問われるのに、なっちはすっかり取り乱した。
あまりにもコトが大きくなってしまったことで、パニックに陥って
しまい、教師の前で自分がいったいなにを口にしたのか、あとで、
まったく覚えていなかったくらいの状況だった。
何度も頭を下げる両親を呆然と見つめる。
眉を顰めながら、何かを告げてくる教頭先生の声が、脳まで届いて
こない。
- 431 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:55
- だけどそこには、なぜかもう一人の当事者が現れることはなくて。
拷問のような長い時間が終わりを告げた後で、時計を見ればそれ
ほど経ってはいなかったことを知る。
別室で一人待たされたとき、なっちは、声を殺しながら泣いた。
自分の馬鹿さ加減にホトホト呆れて、センセイのことで頭がいっぱい
になった。
アタシがあんなことを言ったから、こんなことになってしまったんだ。
内緒って約束したのに、守れなかった。
なんてことをしてしまったのだろう……。後悔してもしきれない。
どうしよう……。どうしよう……。どうなっちゃうの、アタシたち。
センセイ、ごめんね。ごめん、ごめんなさい……。
その日のうちに校長センセイから言い渡されたのは、「一週間の停学処分」
だった。なっちは、センセイに逢うことも叶わずにそのまま家に強制送還
させられて、外出禁止令が出された。
反省文の提出と、朝と放課後の決まった時間になると毎日担任から
電話が入る。
両親にウソを付いていたことがバレてしまった。
いや、そんなことよりも、なっちには、もっと気が揉めることがあった。
家に着いてから、一刻も早くやらなければならないこと。
真っ先に思い浮かんだ人の顔が、なっちの胸をギュって鷲掴みする。
センセイに、早く謝らなくちゃ。早く、早く……。
だけど、外出禁止されているから外には出られない。
だから、今日は行けないんだ。じゃ、明日にしよう。明日もダメか…
なら、明後日には……。
- 432 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 22:58
- そんなのいつだって抜け出せるのに。
ずっと監視されているわけではないのだから、しようと思えば簡単なのに。
今日は、雨が降っているから…、今日は、お母さんが仕事を休んだから。
まるで登校拒否児のように、毎日毎日そんな言い訳を繰り返しながら、
その機会を先送りにしていた。
アタシは、どうしてもセンセイに逢うことが出来なかった。
電話で声を聞くことさえ恐かった。
だって、どんな顔していいのかワカラナイ。
どうやって、謝っていいのかワカラナイ。
きっと、センセイは、アタシのことを許してくれない。
恐い、恐い、恐いよォ…。
遭えば、声を聞けば、カノジョが、なにを言うのか、もうその台詞が
分かっている。
あの人の口から、終わりの言葉なんて聞きたくないよッ!
なっちの脚は、部屋から一歩も出ることは出来なくなっていた。
悶々とした一週間は、ベットの中でほとんど寝ずに過ごした。
お布団の中でうだうだしていても、時間は、当たり前のように過ぎていく――。
ーーとうとう一週間後の月曜日。
このまま逃げてばかりはいられない。
覚悟を決めてくぐった校門から真っ直ぐに、体育館裏のプレハブを
目指した。脚が鉛のように重たくて、縺れる足取りで、それでもひた
すら前を向く。
逃げだしたいという気持ちを何度も戒めながら、でも、逢いたいという
キモチと半々で揺れ動く感情の中で、ようやく辿り着いたちいさなドアが
やけに高く感じた。
- 433 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:00
- この時間に、ここに一人でいることは分かっていた。
何度も、ノブに手を掛けては離す…を繰り返す。
身体が小刻みに震える。恐くて恐くて、泣きそうになる。
それでもようやく決心してドアをガラリと開けた瞬間、両手で唇を
押さえたまま、固まった。
書類の山でいつも雑然としていたあの人の机の上が、ウソみたいに
キレイに片付いている。
それがどういうことなのか…なんだかとても厭な予感がした。
無意識のうちに、グルッと辺りを見渡す。
オヤヂみたいなマグカップもない。いつも大事そうに磨かれたダンス
シューズがどこを探しても見当たらない。
あの人の私物が、きれいさっぱりとなくなっていた。
「……ウソッ。…」
手のひらに爪を立てたまま。
アタシは、駆け出した。
見慣れた風景がスライドするように後ろに流れる。
それは、汗なのか涙なのか、雫が飛散る。
スカートがバサリと翻り、太腿が露になる。そんなのも気にならない
ほど夢中で走った。
体力のない自分が、30分もの距離を全力疾走出来たのは、ほとんど
奇跡に近かった。
自転車のほうが早かったかも…と思いついたのは、恋人の家に付く頃だった。
そんなのも忘れちゃうくらい必死だった。
ようやく辿り着いた通いなれた木造アパート。ギシギシと言わせながら、
階段を登る。
「ハアハア」と息を切らせながら着いたその扉の前に、ちいさい紙に書
かれた「夏」という表札が……。
- 434 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:03
-
「…ッ……ないよッ。」
汗だくの額を拭うこともせず、ゴクンて溜った唾を飲み込んでから、
手の踝で2回ほど叩く。
いつもなら、ドアの向こうから聞こえるはずのめんどくさそうな応答
が聞こえてこない。
まるでアタシを拒絶するように「シーン」と静まり返っている。
なっちは、震える手でポッケから骨董ものの鍵を取り出すと、鍵穴に
差し込んでグルリとノブを回した。
帯状の光が零れると同時に、涙がツーっと滴り落ちる。
「や、だぁ……も、……ッ…」
心臓をギュっと掴みながら、畳にカクンと膝が付いた。
すっかり黄ばんだこの畳の上で、なんどもなんども愛し合った。
お布団を敷いたらいっぱいになってしまう狭い部屋が、やけに広く感じる。
その重みでそこだけ色が違うのは、この場所に物が置いてあったという証。
映りの悪いテレビも、壊れかけたラジオも、大事にしていた観葉植物も、
アタシが被服室で作ってあげたカーテンも、時計も、かえるの置物も。
ウソみたいに空っぽだった。
スカートのポケットに入れておいた携帯を取り出した。
短縮番号で一番で呼び出すと、絶望的な気持ちになる。
『アナタノ、オカケニナッタデンワバンゴウワ、ゲンザイ、ツカワレテ
オリマセン……モウイチ……。(ブチッ)』
何度も掛け直す。暗記した番号でもう一度押して。
携帯が、手からスルリと転がり落ちた。
よく考えれば、こうなる可能性もあったはずだった。
カノジョの処分も同じものだなんて、どうして思ったんだろう。
なっちの考えは浅はかだった。
- 435 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:07
- そうして、後悔ばかりが募る。
どうして、あのとき、逢いにいかなかったのか。
どうして、あのとき、デンワの一本もしなかったのか。
アタシがお布団のなかでうだうだしている間に、カノジョはイナクナッ
テイタ……?
止められたかもしれないのに…。間に合ったかもしれないのに…。
精神誠意謝れば許してもらえたかもしれないのに…。
なっちは、弱虫で、臆病者で、いつもこうだよ。
逃げてばかり、後ろを向いてばかり。
きっとセンセイは、そんなアタシに愛想を憑かしてしまったんだね。
謝るどころか、もう、声も聞いてもらえないほど怒っているの…?
手元から、スルリと転がり落ちた部屋の鍵。
誕生日の日にどうしてもと懇願して車で一時間も掛かる水族館に連れて
行ってもらったときに買ったマンボウのキーホルダーが、視界に留まる。
センセイが「く〜、カワイすぎる〜♪」と言って、同じものを二つ買って
くれた。
マンボウも可愛かったけど、そんなふうに悶えるセンセイのほうが、
もっと可愛かった…。
デートできたはいいけど、行きも帰りも人の目が気になって、「なんか
これじゃ不倫しているみたいだよねェ」って、言いながら笑った。
不倫のデート先が、水族館だなんてありえないけど…。
思い出が走馬灯のように蘇る。
ふと視界に入った、一畳もないほどのキッチンとは呼べないキッチン。
ここで、なっちは、自慢のレパートリーを増やした。
おいしいおいしいと笑ってくれた顔が、なっちの胸をギュって締め付ける。
ずっと続くと思ってた。
バカみたいに死ぬまで、あの笑顔が、アタシだけを見てくれると思ってた。
すべて、アタシが壊したんだ…。
誰のせいでもない。悪いのは、アタシ自身。
- 436 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:11
-
「あっ…。」
なにもなくなってしまったと思っていたのに、そこには唯一の残り物
があった。ちいさな流しの端に100円ショップで買ったブルーの三角
コーナーが、ポツンと置き忘れられていた。
なんだか、自分のような気がして笑えない。
「………ッ!」
よく見ると中に濡れてちいさく縮んだタバコの吸殻が入っていた。
なっちは、湿ったそれを両手の中に包んでギュってする。
「……またー、もう、こんなに根元まで吸ってぇ。毒だって言ったのにぃ。」
初めてセンセイに告白したとき、「タバコの匂いが嫌いだ」と言ったら、
彼女は、それ以来あたしの前では、吸わなくなった。
それでも、あの人が、完全に止めたわけではないことは知っている。
部屋に灰皿は転がっているし、服や髪に染み付いた匂いは、なかなか
取れないから。
なっちは、なんとか止めさせたかった。
ただでさえ、センセイのほうが早く死ぬのに、「もし、肺がんにでも
なって、これ以上死期が縮まったらどうするんだ!」と泣きながら
懇願するアタシを、カノジョは、苦笑いしながら抱きしめてくれた。
やさしい胸の温もり。「ありがとう」って、耳元に掛かるくすぐったく
なるくらい甘い声。
何もなくなってしまった畳の上に、ドタンと仰向けに倒れこんだ。
洪水のように溢れる出る涙が、頬から耳へとだらだらと流れ落ちていく。
お父さんは、煙草を吸わない人だったから、その味は、カノジョに教わった
ようなものだ。
きつく舌を吸われながら、口の中をかき回されるとほんのりと感じる
苦味がいつもあって。
抱きしめられると、ふわりと漂ってくる。
それが、臭いから厭だと責めたこともあった。
- 437 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:14
- 両手の中に大切に包んだそれをおでこに合わせる。
カノジョの姿が、おぼろげながら見えてくる。
この部屋を出て行くと決めて、空っぽになった棲家を見渡しながら
吸った最後の一本が、きっとこれだったのだろう……。
そのとき、誰を思いながら、どんな気持ちでそうしたかを考えると、
もう涙は止まらない。
揺れる視界に映る、黄ばんだ壁、黄ばんだ蛍光灯。染み付いた匂い。
ヘビースモーカーだったあの人が、なにも言わずにそうしてくれただけ
で、自分がどれほど大切にされていたかを、思い知るだなんて。
ボタボタと大きくなった粒が、頬を容赦なく叩きつける。
畳みにゴロゴロと転がりながら、終いには、ワンワンと声をあげて泣き
じゃくった。
ごめんね、ナッちゃん。ごめんね…。
今さら、こんなこと言っても、もう遅いけど………。
「…でもね、…ホントは、ホントウは…ぜんぜん厭じゃかったんだよッ。
だって、それも、ぜんぶアナタの匂い、だからぁ……。」
震える声でそう呟く声は、もう、あの人には届かないんだ………。
◇ ◇ ◇ ◇
- 438 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:17
- センセイが姿を消してから、分かったことがある。
あんなことをしでかしたのに、「一週間の停学」という軽い処分で済んだ
ことにはちゃんと理由があった。
校長室に呼ばれた日。
なっちは、支離滅裂で、自分でもなにを言っているのか分からないような
状態だった。別室で事情を聞かれていたセンセイは、アタシと付き合って
いたとすべてを認め、自分から誘ったのだから、安倍にはなんの非はない
と言い切り、すべての責任はアタシにあるからと、その日のうちに退職願
を出したという。
センセイがレズビアンであるということは、周知の事実で、そんな一方的
な言い分が、簡単にまかり通ってしまっていた。
それに、驚いたことにカノジョは、カバンの中に退職願をずっと忍ばせて
おいたそうだ。
それが、どういうことなのか…。
覚悟を決めて、アタシと付き合っていたということなのか。
それとも、こうなることを心のどこかで予測していたのか。
わからないけど。
ただ言えるのは、なにも悪くなかったセンセイが、アタシの罪をすべて
被ったということ。そして、そのおかげで、アタシは、こうして普段通り
に学校へ通うことができているということだ…。
あの日、別室で一人になって、校長先生からの判決文を待っている間に、
センセイは、両親に深々と頭を下げて謝罪したらしいということも、
後で母に聞いて知った。
そんなのアタシが、悪いのに。アタシのせいなのに。センセイが頭を
下げることなんて、ぜんぜんないのにさ。
責めてくれたらよかったんだよ。
引っ叩いてくれたらよかったんだ。
でも、センセイは、なっちにとって、これ以上ないってほどの一番重くて、
残酷な罰を与えてくれた。
それは、
―――なにも告げずに、アタシの前から消えていなくなるということ――。
- 439 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:21
- ◇ ◇ ◇ ◇
カノジョを失った後は、自分が、生きているのか死んでいるのか分か
らないような状態だった。
傍にいないことは現実だけど、二度と会えないとはどうしても思えなくて。
あの人がいなくなってしまったことはすごく悲しくて辛いけど、直接、
別れの言葉を告げられたわけではなかったから、どこか現実味がわいて
こなかった。
なんだか、ヒョッコリと現れるような気がして。
なっちは、それをひたすら待っていた。
あっという間に季節が移り変わり、地面が白いもので深く覆われるように
なっても、あの人からの連絡は一向になかった。
カレンダーが最後のページになるあたりから、街の色が変わりはじめる。
木々は迷惑そうに明るい電飾を身に纏い、テレビではクリスマスの
コマーシャルが多くなる。
――12月24日、そう、クリスマス。
恋人ができて、初めて迎える特別な日だった。
だけど、アタシの隣には、一緒に迎える人は、もういない…。
ちらつく雪を見ながら、その頃になって、ようやく自分は捨てられたん
だと思うようになっていた。
えっちが上手くできなくて捨てられちゃう…だなんて悩んでいたあの頃が
嘘のようだ。
- 440 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:24
- それでも、毎日学校へ行き、食事をし、テレビを見ながら、ベットに
入る…という別れたあとも、なにも変わらない生活を送っていた。
こんなに苦しいのに、それでも、お腹は空くし、トイレにだって行き
たくなるんだ。
なんだか、人間って悲しい。
特に、学校での生活は酷かった。
学校中から白い目でみられ、陰口を叩かれ、誰もアタシに話しかけてく
る人はいない。あんなに仲の良かった親友でさえ、アタシを避けるように
なっていた。
それでも、中学時代のイジメは、もっと陰湿で、もっと過酷なことを
されていたような気がするから、ずいぶんオトナになったってことなん
だろう。
そんなことをされているのに、不思議となんの感情も沸いてこなかった。
そんなことはどうでもよかったんだ。
アタシの心は、完全に壊れてしまっていた。
家族の心配もよそに、暦が新しいものに変わるたびに、もう、あの人が、
戻ってこないことを自覚するようになると、分かりやすく体調に異変が
生じ始めた。
過食症と拒食症を交互に繰り返し、入退院を繰り返す。
学校へは行ったり、行かなかったりと。
中学で苛めを受けていたときは、なにがなんでも行っていたけど、
そんな気力はすでに、残ってはいなかった。
夜に出歩くことが増え始め、――と、言っても繁華街へ行く勇気は
ないから、近くの海岸で、ボッーと海を眺めるだけだけど…。
こんなとき、フツウなら不良になるところなのに。
不良になりたくても、どうしたら不良になれるのか判らない。
そんなふうにいつまでもフラフラと中途半端なまま生きている自分が
堪らなく厭だった。
- 441 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:27
- あの人のことを思い続けたまま、いつの間にか、二人が初めて出逢った
季節を迎えた。
それでも、連絡は一向になかった。
ねぇ、どこにいるの?
どうして、迎えに来てくれないの?
なっちは、家から一歩も出られない状態になっていた。
家族とも口を聞かなくなり、ボーっと一日中部屋の中で過ごす毎日。
カウンセラーの人が、入れ替わりに毎日のようにやってくるけど、
一切拒絶した。
誰とも、話したくなかった…。
ギリギリの単位で学年がひとつ上がることができても、新しい教室に
脚を踏み入れることはなかった。
その頃には、二人のことは、もう記憶の片隅に追いやられていたけど、
アタシには、いつまでも思い出にはならない。
学校は、あの人との思い出があまりにも強すぎて。
教室の窓ガラスからグラウンドを眺めていると、その度にもういないんだ
と実感する。廊下で、偶然すれ違うこともない。風に乗って警笛の音が
耳に入るだけで、なっちの身体は、どうしようもなく震え出した。
こんな状態で、行けるはずがなかった……。
学校へは行けなくても、家族だけはいつでもアタシの傍にいてくれた。
なにもしゃべらくなっても、一人であまり思いつめないようにと、
いろいろとしてくれる。
そういえば家族は、一度もアタシを責めることはしなかった。
アタシの性癖について、あのときに気付いたはずなのに、なにも言って
はこない。だから、なっちからも言わなかった。
- 442 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:30
- 安倍家の家訓で、『食事の時間はみんな一緒に』というのがあるのだけど、
取り留めのない話ばかりで、みんなが、なっちの気に触れないようにと
顔色を窺っているのがわかっていた。
そして、そのときになって、ようやく気付かされた。
このままでは、家族まで不幸にしてしまうことになる。
あんなことになる前までは、こうして囲む食卓もうるさいくらいニギヤカ
だった。
アタシのせいで。アタシがいるから、みんなの『笑顔』まで、奪ってしま
ったんだね…。
室蘭の空気を吸うこと自体に息苦しくなってきた頃、なっちは、「死」
について考え始めるようになっていた。
こんなふうに生きているのか、死んでいるのかワカラナイ状態だったら、
いっそ、命を絶ったほうが楽になれると思った。
死んで、もう一度生まれ変わって、すべてをやり直したい。
センセイは、いくら待っても戻ってこないんだ。
だから、もう、死んじゃおう。でも、どうやって死ぬ?
飛び降り?……顔がぐちゃぐちゃになりそうでなんかイヤ。
手首を切る?……恐くて、出来なさそう…。
じゃ、睡眠薬?……一番、楽そうだけど、どうやって手に入れていいの
か分からない。
頭の中が、そればかりを巡らす。
そう考えているときが、いちばん落ち着いていられた。
そんな、なっちの危険な状態をいち早く察知したのは、お母さんだった。
きっと、気が付いたんだ。
娘が、いま、なにを考えているのか…。
- 443 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:32
-
アタシの部屋でベットに並んで腰を掛けながら、お母さんは、彩っぺの
話をした。そして、東京へ、カノジョの元へ行ってみないかと言ってきた。
それが、苦渋の選択だったということは、お母さんの顔を見ていればよく
わかった。
「ここは、なつみの家だからね。いつでも、帰ってきていいんだからね……。」
やさしく諭すように、アタシの髪を撫でるお母さん。
アタシが、変なふうに解釈しないように、ギュって肩を抱き寄せながら。
久しぶりに感じるお母さんの温もりにホッとした。
なっちは、思うばかりで、恐くて死ぬこともできなかった。
死ななくてよかったって、そう思えた。
室蘭にさえいれば、いつかは、迎えに来てくれると思ってた。
こうして、ずっと待っていたけど。
もう、センセイは戻ってこないんだ…。
それを、認めるのがずっと恐かった。まだ、キモチがアタシに残って
いるのだと信じたかった。
お母さんのピンク色の靴下を見ながら、コクンと頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇
- 444 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:35
-
夜はキライだ。
夜空を見ているだけで、涙が出そうになるから。
星はキライだ。
あの日のことを、思い出すから。
そういえばちいさい頃に、この飛行場へ家族でみんなで遊びに来たこと
があった。あんなに大きな鉛の固まりが空の上を飛んでいるのがすごく
不思議で、麻美のちいさな手をギュっと握りながら、何時間でも、首が
痛くなるまで眺めていた。
背中に皺の入ったスーツ姿のサラリーマンの人垣に混じりながら、
ドラマのワンシーンを思い出す。
でもなっちは、女優じゃないから、こんなときになんて言ったらいい
のか判らない。
複雑そうに顔を顰める家族を前に、下着を詰め込んだカバンをギュって
抱き寄せた。
搭乗のアナウンスが流れる。
みんなの空気が、一瞬にしてピンと張り詰めた。
誰かが、なにかを言おうとするのだけど、どれも声にならなくて。
行きかう人の波に呑まれないよう、徐々に端のほうへ追いやられて。
ギリギリで、もう行かなくてはいけない時間が迫ってくると、アタシは、
ようやく両親に向き合った。
- 445 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:37
-
その言葉は、頭で考えるよりも、口からスルリと零れた感じだった。
「…ッ、お父さんッ、お母さんッ、ゴメンね…ッ…赤ちゃん、…みせ
てッ、あげられなくて、……ゴメン、ゴメンネ…ェ…ッ…。」
涙が、ツーと、白い頬を滴り落ちる。
孫の顔をみせてあげられないなんて、アタシは、なんて親不孝者なん
だろう…。
こんなに大事に育ててくれたのに。いっぱい心配掛けてしまったのに、
なにも返すことが、できなかった。
「なに言ってるのよ、バカっ!!」
どこか怒ったような悲しそうな声で、お母さんがアタシをギュっと抱き
しめる。ふわりとやさしい匂いが、余計に涙を煽る。
お母さんの肩越しにみえたお父さんの瞳の中から、ぶわっと堪った雫が
一気に溢れ出した。
なっちは、生まれて初めて、お父さんが泣いている姿をみた。
また胸がギュって苦しくなる。
ゴメンなさい。ゴメンなさい…。
どうか許してください……。
ちゃんと思い通りに育たなくて、こんな娘に育ってしまったけど、
でも、なっちは、15年間、ふたりのコドモでいられてすごくシアワセでした。
家族は、いつだってアタシを受け入れてくれた。
どんなときにでも味方でいてくれた。
恋人と別れて、死ぬほど辛かったけど、いまもすごく辛いけど、なっちには、
ずっと支えてくれる、どこにいても守ってくれる家族がいるから、一人
じゃないから、不幸じゃないんだ…。
- 446 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:39
-
月は、昼間にも出ているんだということを、なっちは飛行機の中ではじめ
て知った。
小さい頃に、なんかの絵本をみてから、空をジッとみてると月に攫われ
ちゃうような気がしてすごく恐かった。だから、見ないようにしていた。
耳がキーンてなるのが消えたのと同時に、ちいさな小窓の外は地図で見る
ような大陸になっていた。
街も人も、もう見えない。
だけど、この中のどこかにあの人がいるんだと思ったら、なんだか、
もう一度頑張れるような気がした。
◇ ◇ ◇ ◇
- 447 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:41
- 「………んッ…んんっ、…。」
いい匂いにつられるように、ぼんやりと瞼を開いた。
隣に眠っている子供のちいさな頭に、なっちはビクンてなる。
れいなが、ちいさな人差し指を咥えながら、スヤスヤと寝息を立てていた。
「おや、ようやくお目覚めですか……?」
ふへ?…… 誰? あぁ、彩っぺの声だ…。
あれ?……ってことは、いまの夢かぁ…。
だよねェ…。だって、ここ、アパートだし。
その声に、ガバリと飛び起きると、カノジョがクスクスとネコのように
微笑んだ。そうして、おもむろにアタシの目を覗き込んで、「よし!」と
また笑う。
「ようやくクマちゃん2頭も消えてくれたみたいだね。あれじゃ、
せっかくの美人が台無しだぞォ!」
なにも言えずに俯くアタシを見ながら、彼女は、くしゃくしゃとなっちの
髪をかき混ぜる。
いつの間に眠ってしまったのか、思いがけず熟睡してしまって、なっちは、
自分の間抜けさに呆れ返った。
窓の外は、すっかり日が落ちている。
ふかふかのお布団が取り込まれて、ついでに山のような洗濯物もキチンと
畳まれていた。
キッチンから、ふわりとおいしそうな匂いが漂うのに、なっちは、
居た堪れなくなって、シーツをギュって握り締める。
時計をみれば、6時間も過ぎていたことに、またガックリと肩を落とした。
どーりで、頭がすっきりしてると思ったよォ…。
- 448 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:43
- 「……ううっ、…ごめん、彩っぺ。」
恥ずかしい。信じられない。人が来ているのに、勝手に眠るだなんて。しかも6時間も。
ちいさく、そう謝ると彼女はクシャっと顔を歪ませた。
「別にいいって。ずっと寝てなかったんでしょ? よかったじゃん
寝られてさ。なんなら、もっと寝ててもいいんだよ?」
「うんん。もう、だいじょうぶ。」
手渡された麦茶をゴックンて、一気に飲み干した。
「もっと飲む?」と瞳で促されて、なっちは、ちいさく首を振る。
寝起きで、まだ力が入らなくて、落としそうになったグラスをカノ
ジョが支えてくれた。
なんか、いい匂いする。
察するにブリの照り焼きと、蒸し器の中にあるのは、茶碗蒸しかな?
彩っぺの得意料理。なっちの大好物ばかりだ。
カノジョは、アタシがいつも使っているエプロンを外すとくるくると
丸めながら、ベットへ来て、ストンとなっちの隣に腰を下ろした。
伸びてきた長い手が、アタシの背中を上下に擦る。
「…なっち、…なつみ……どうした? なんかあったのォ?」
下から覗き込むようにしながら。
こんなに隈を作るまでしてさ……と、カノジョは心配そうにアタシをみた。
カノジョの笑顔が、夢で見たお母さんの顔とごっちゃになる。
だから、声はすんなりと出ていた。
- 449 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:45
- 「…あのね、恐い夢みたの……すごい恐い夢だったの………恐くて
恐くて、ね…なっちぃ……ッ…。」
声にしてしまえば、高校生にもなってなんでこんなことをと思えるような
ものだ。だけど、彩っぺは笑わずに聞いてくれた。
なっちは、猫の手のまま、ギュっと瞼を覆う。
小刻みに震えるアタシの肩を、自分のほうへグッと抱き寄せて。
「……どんな夢だったの? また、センセイの夢?」
「…うん。でも、ん〜ん。」
首を前にひとつ。
横に大きくふたつ振った。
寝起きで、コドモに戻っちゃったみたいな態度をとっても、カノジョは
手馴れた手つきであやすように、背中をなんども撫であげる。
あの夢のことを思い出すと、なにがなんだか分からなくなるんだ。
この感情を言葉にするのは難しい。
言葉に詰まったまま、なにも話そうとしないでいると、時間ばかりが
過ぎていく。
そのうち匂いにつられるようにお腹の虫もゴロゴロし始めて、カノジョは
クスッと笑いながら、立ち上がった。
「とりあえず、ご飯できたから食べてからにしようっか。ね?」
「う、……うん。」
ちいさく頷きながら、彩っぺの温もりが消えてちょっぴり淋しいと
思ったことは、ココロの中にそっと閉まっておいた――。
◇ ◇ ◇ ◇
- 450 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:49
- テーブルの上に並んだ御馳走は、どれもこれも涎が出ちゃいそうなほど
おいしそうだった。
彩っぺって、やっぱ、主婦なんだよねェー。
「……そういえば、今日は、真矢さん遅いの? 帰らなくてよかったの?」
真矢さんというのは、彩っぺの旦那さんのこと。
昔、バンドブームとか言われていた時代に、なっちもよく知っている
有名なバンドのドラマーをやっていた人なのだけど、いまは、そのバン
ドは解散してしまって、ソロ活動や、スタジオミュージシャンなんての
をしているらしい。
外国や地方にでてることも多いから、留守がちだとは聞いてはいたけど……。
でも、彩っぺも、こうみえても一応は主婦なのだから、こんなに家を
空けていてだいじょうぶなのかなぁって、心配で言うと。
「あぁーいいのいいの。今日は、真矢クン別宅に行っている日だからねぇ〜〜。」
彩っぺが、ヘラヘラとそう言って、キレイに盛り付けたサラダを取り分けた。
「??? 別宅って〜?」
「ん〜?……今日は、彼のウチに泊まるから帰ってこない日なんだぁ。」
「!!!―――エッ?」
なっ、彼って彼氏ぃ〜?
なにさ、どういうことよ?
目を丸くしたアタシにカノジョは、クスッと笑う。
そうして、ふわふわの前髪を持ち上げながら、
「あー、そっかぁ。アタシまだ言ってなかったっけ? 実はさ、真矢
クンもバイなんだよねェ〜。アタシと結婚する前からずっと付き合って
いた彼氏がちゃんといてね。今日は、そっちに行く日なのォ。だから、
帰って来ないからだいじょうぶだよ。」
は、はいィ〜?
だいじょうぶって、なにが?
だってさ、それって、ようするに不倫ってことでしょ?
カレシがいることにも驚きだけど……でも、彩っぺにもカノジョが
いるから、それはいいのか。
- 451 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:51
- そう、彩っぺは、バイセクシャルだから。――つまりは、男の人も
女の人も両方愛せる人で――。
前に、「アタシはさ、オトコだけとか、オンナだけとか、どっちか
一つっていうのは、ダメな人んだよねー、精神的に……」
ってケロリと言ってのけてたのを思い出す。
カノジョの言い分はいまいちよく判らなかったけど、真矢さんのことも、
恋人のことも両方大事にしているんだということはよく判った。
でもさ、これじゃW不倫になっちゃうよ。しかも、男同士だし、女同士
だし……。 公認ならいいの? こういう場合は、どうなの?
なんか、よくわかんないなぁ〜。
すっかり混乱するアタシに、カノジョは追い討ちを掛けるような言葉を
続ける。
「あっ、そういえばアタシ、赤ちゃん出来ちゃったみたいなの………。」
ご飯粒を口に含めたまま、さらりと言うから。
おかげで、一瞬、なんのことだかわからなかった。
「はっ、はあぁ〜?」
なっちは、飲み込んだお魚が口から飛び出しそうになった。
てかさー、そんな、「ドレッシング取って…」の延長線上で言われてもォ。
ようやく飲み込んだ言葉に、目を丸くする。
- 452 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:54
- 言いたいことは山ほどある。
なのに、カノジョの笑顔はとてもシアワセそうで。
彩っぺをみてると、こういう生き方もあるんだなぁ〜って、いつも思うんだ。
それが、羨ましいとかは思わないけど、でも、なっちも、彩っぺみたい
だったら、これほど、お父さんや、お母さんを悲しませることはなかっ
たんだとは思うことはあった。
前に、「バイセクシャルなんて、男の子も女の子も両方愛せて、彩っぺ
みたいに生きられたら人生楽しいよねェ〜」皮肉半分、羨望半分を込め
てそう言ったら、カノジョは、
「その分、悲しみも苦しみもドンと倍にくんだよッ…!」って笑ってた。
そっかぁ…。そうだよね…。
悩みは、人それぞれであって。
でも、みんないろんなこと乗り越えながら、生きているんだ。
なんか、自分だけが、世界一不幸者だと思っていたけど。
そんなの、わからないのにさ…。
「あー、なんかもうさ、彩ッぺの話を聞いていると、自分がこんなに
悩んでいたことが馬鹿らしく思えてくる〜!」
皮肉を交えて口にするのに、彼女は、「そうだそうだ」とカラカラと
笑った。
「もう…笑い事じゃないってぇ。…あ! で、でも、そのことは、
カノジョに報告するの?」
「そりゃ言うさー。どうせ、内緒にしててもそのうちお腹が大きく
なっちゃうしねェ〜。」
肩眉を上げて、愉快そうに笑う。
- 453 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/16(水) 23:58
- 「…で、でもさ…。そんなの、カノジョは、平気なのかな? だいじょう
ぶ? 喧嘩になったりとかしない?」
「ん〜〜。どうだろね。まぁ旦那がいることは初めから知ってるしぃ、
問題ないとは思うけど、…あっ、でも、それで、前のコとはダメになっ
たからなぁ。…こればっかは、判んないわ。」
彩っぺの茶色い瞳が、一瞬だけ曇った。
昔の痛みを思い出すように、渋い顔をつくる。
コドモが出来たということは、その相手とセックスをしたということに
繋がるから。
もしも、付き合っている人がほかの人と抱き合っているのを想像するだけ
で許せないことだと思う。ていうか、なっちはそんなの厭だ。
それとも、彩っぺたちの感覚だと平気なのだろうか。
それは、聞いてみないとわからないけど…。
なっちは、畳み掛けるように問い続ける。
「…じゃ、じゃさ、前のカノジョのことは、いまでも好き? もう、
忘れちゃった?」
よく考えれば失礼な質問だなと思った。
なにも考えずに口からついて出てきた声は、いま、一番センセイに
聞きたい言葉と重なっていて。
カノジョはクスリと微笑みながら、アタシの意図を察したようになっち
の頭を軽くポンって叩いた。
「…うん。好きだよ。忘れてない。キライになって別れたわけじゃない
からね。…ときどき、思い出すよ。どうしてるかなって…。そういう
思いは、ずっとこの中で続いていくんだと思うよ。……アタシは、
いまでも、あのコのことが大好きだよ。」
トンと心臓を叩いた左手が、そのまま伸びてきて、瞼の下を覆った。
冷たい薬指が、頬に触れる。
自分がいま泣いていたことを知る。
- 454 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/17(木) 00:01
- 彩っぺの言葉が、センセイの声に重なって、なんだか、本当にそう思っ
てくれているような気がした。すごくうれしかった……。救われた気が
した……。
ずっと、思い出になってしまうのが恐かったんだ。
でも、いまは、ちゃんと心の片隅にでも置いておいて貰えるのならば、
たとえ、それがカノジョに取っては厭な思い出だったとしても。
それでいいと思える。
まだ、辛いけど。傷は、ぜんぜん癒えていないけど。
「…ありがとう。」
「ん〜? なんで、お礼言われてんのか、わかんないんだけどォ……。」
片眉を器用に上げながら、得意そうにクスッと笑う。
「…なっちも、わかんないんだけどォ。」
二人は見つめ合って、ブッと吹きだした。
自分が少しずつ変わってきている。
それが、いいのか悪いのかよくわかんない。
でも、室蘭を離れたことはよかったのかもしれないと思うんだ。
色んな人に出会って、考え方も少しずつ変わった。
人に甘えてばかりはいられないんだ。なっちも、オトナにならなきゃ、
だよね…。
- 455 名前:ヒミツの恋の育て方 投稿日:2005/02/17(木) 00:04
-
「あーッ、そういえばさっきさ、なっち、オカシな寝言言ってたよ?
“ドラえも〜〜ん”って。んね、なっちぃ、いつからのび太クンに
なったのォ〜!!」
いったい何の夢見てたんだ!と。
カノジョが大口を開けながら、テーブルをバシバシ叩く。
なっちは、苦笑いしながら、おいしいご飯に箸をつけた。
なっちは、のび太くんじゃないから。
どんなに願っても、時間は取り戻せやしないんだ。
あの幸福な時間を巻き戻しすることは、どうやったって無理なんだ。
後悔ばかりが残るけど、それでも、前を向いてがんばって生きてかな
くちゃいけない。じゃないと、あの人に合わせる顔がないからね。
ねぇ、彩っぺ。
なっち、最近、おかしいんだ…。
好きな人がこの中にちゃんといるのに、どうしても、その子のことを
考えちゃうの。だけど、想いを認めるのは悔しくて。
だから、胸がぐちゃぐちゃになって。どうしていいのか分からなくて。
この感情は、なんなのかなぁ?
「……彩っぺ?」
「ん〜〜?」
まだ、手を叩いて爆笑しているカノジョに。
「おめでとう!」
そう言ったら。
カノジョは、きょとんて目を丸くして、それから、猫の目でうれしそう
に笑った。
なっちの胸のなかは、ほっこりと温かくなった。
どんなに好きな人が、この中にいても。
人は人を好きにならずにはいられないんだ。
自分のキモチを大切にしなさい。――カノジョの笑顔からそんな声が
聞こえた気がした。
- 456 名前:kai 投稿日:2005/02/17(木) 00:05
- 本日の更新は以上です。
- 457 名前:kai 投稿日:2005/02/17(木) 00:11
- レス遅くなりまして。
>409さん…高一の頃って、なんかオトナでもない、コドモでも
ない。そんな微妙な感じが、少しでもでていればいいなと思って
いつも書いてます。…といいつつ、年が…ちと、きついのだけどネ。(苦笑)
なっちをイメージするとどうしても切ないお話になってしまいます。
どうしてなんだろう……本人は天然なのにねー。(苦笑)
>ゆちぃ。さん…更新、だいぶ遅くなっちゃいましたー。
ゆっくりマイペースに今年も完結を目指してがんばりまっす!(オイ)
好物…アタシと合う人って、たいがい…な人なんだけど。
ゆちぃさんも? それはそれは、お気の毒にぃ…。(苦笑)
ナツ×なち全快してしまいました。しかし、こんなの書いてるのって、
ホントアタシだけですよねェ〜。(遠い目)
- 458 名前:kai 投稿日:2005/02/17(木) 00:13
- 今回分を校正している間に、なっちさんの復帰会見があったりして、
内容も微妙に変わりました。
そんなにタイヘンだったなんて全然知らなくて。
でも、また笑顔が戻ってよかったなぁってつくづく思います。
これから、ほんとにがんばって欲しいですね。てか、自分もがんばる!(笑)
- 459 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/24(木) 23:16
- 更新おつかれさま。
なっち、がんばれ。
- 460 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/02/25(金) 10:26
- 更新ありがとうございます!今のなっちが今後ごっちんとはどんなふうにな
っていくんでしょうか〜。楽しみ。
- 461 名前:ゆき。 投稿日:2005/02/28(月) 23:20
- 更新お疲れ様です。
もう2月も終わりですね・・・・ってなかんじですが。。
それにしても、苦笑いされてしまった・・・・(汗。まぁまぁ(w。
今回は、、、なっちの友達・・・・なんなんでしょーねぇ、マジで。
やっぱり先生が戻ってきてくれたらって今でも思います。
彩っぺさんは素敵ですよね〜うん。
幸せふってこーい!!!てなわけで、次も楽しみにしてます。
- 462 名前:ゆちぃ。 投稿日:2005/02/28(月) 23:21
- 名前違ってごめんなさい。
ゆちぃ。でした。
- 463 名前:minimamu。 投稿日:2005/03/12(土) 23:40
- 毎回更新楽しみにしてます。
安倍さんの身辺も気になりつつ
【最近、矢中不 足凹】完結しちゃってた??
やぐちゅう の発展にも期待したい所です。
- 464 名前:minimamu。 投稿日:2005/03/12(土) 23:43
- 作者様。。。すみません 間違って
↑あげちゃいました。m( _ _ )m
- 465 名前:名無し読者 投稿日:2005/03/16(水) 11:11
- 自分もそろそろやぐちゅーが気になったり・・・もしや、中澤さんの
過去のお相手はあの人?とも思ったりするんですが。
- 466 名前:kai 投稿日:2005/03/16(水) 13:19
- レスありがとうございます。
>459さん…はい、アタシもがんばりまッス。(w
なっちもがんばれ〜!!
>460さん…更新遅くてすみません。なっちさんにはシアワセにしてあげたい
なぁって思ってるんですけどねぇ〜。(遠い目)
>ゆちぃ。さん…いつも読んでいただいてありがとうございます。
ようやくなちごまのほうもめどがついてきて。(いや。まだ、あるけど…)
シリアスは、やっぱ難しいなぁってつくづく思います。てか、シリアスか?(苦笑)
>minimamuさん。…やぐちゅーは、ぜんぜん完結してませんッ!
すみません。お遊びではじめたほうに夢中になっちゃって。
めちゃくちゃやぐちゅー書いてます。もうしばらく待っててやってください。(ぺこ)
>465さん…過去のお相手…あの人とはどの人だろ…。(苦笑)
でも、たぶん、想像通りに…。(汗)最後の最後に出そうかなとか予定です。
- 467 名前:kai 投稿日:2005/03/16(水) 13:26
- まだ、容量のほうは残っているのですが、また途中で切れちゃうのもあれなの
で。(反省)
同板に新しくスレをたてることにしました。
長らく続きましたこのお話も、これでようやく、最終章を迎えることになると思い
ます。
相変わらずの不定期更新ですが、どーぞ引き続きチェックしてやってくださいませ。
Converted by dat2html.pl v0.2