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リストラ
- 1 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月24日(土)18時47分34秒
- 登場人物たち、いちお芸能界にいるし、現実とよく似た設定にはなってますが、基本的にパラレルワールドです(っていわずもがなですよね)。恋愛感情だけでなく、性格とか仕事とかいろんなとこが微妙に現実と違うと思いますが、小さなことにはこだわらずにさらっと読んでもらえると幸いです。
タイトル『リストラ』の意味は2つで、(1)再構築。(2)リスとトラ。
(2)はどういう意味かというと、受け身側のほうが強いってことです(笑)。
■■■
それはありふれたことで。
気がついたら彼女を見てた。
隣にいられる幸せを感じながら、もっと近くに寄れないかなって思ってた。
風みたいにつかみどころのない彼女は、それでもあたしに優しくてかわいくて、それだけでもよかったのに、どうかするとその手を引いて抱きしめたくなる。
女の子どうし、どうすんだよ、そんなことでって思わないでもなかったけど、行動は理性でコントロールできても、想うことは理性で止められるもんじゃないって、このごろ知った。
- 2 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月24日(土)18時49分05秒
- 「よっすぃ〜、これ飲んでいい?」
楽屋、ウーロン茶が入ったペットボトルをさして、ごっちんが言う。
「ん、いいよー全部飲んじゃっても」
「ありがと」
こく、こく、と白い喉が小さく動いてるのが見える。
なんか、それだけでけっこー困る。妙に心臓が速い動きしてて、顔赤くなんないようにしなきゃ、とか考える。
「さんきゅ」
キャップをしめて渡してくれる。ってこれ。
「空じゃん、ごっちん。自分で捨ててよ〜」
「あはは、いいじゃん。今日もう終わり?」
「え?うん」
「ごとーも終わり。いっしょに帰ろっか」
「うんっ」
うれしい。かわいくて優しいあたしの親友。
そして、あたしの片想いの相手。最愛の人。
- 3 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月24日(土)18時50分34秒
- 「そんで、梨華ちゃん、ぷーとかふくれてんの。笑った」
「それ目に浮かぶねー」
話すことは、他のメンバーについてとか、洋服のこととか、他愛もない世間話。
すっごく楽しくて、ちょっと寂しくなる。
ごっちんにあたしのこと話してほしい。
並んで前向いてるんじゃなくて、向き合って見つめあって話したい。
「よっすぃ〜?」
「え?なに?」
「なんかボーっとしてない?疲れてる?」
見つめてくる瞳にボーっとしちゃうよ、ごっちん。
「そんなことないよー。あー、でもちょっと疲れてるかな」
あたしは喫茶店を視界に入れながら言った。
ごっちんはあたしを気遣うみたいに微笑む。
「そっか。一人で歩いたほうが楽でしょ。このへんでわかれよっか」
えー、そんな!
「え、や、ちょっとさ」
「うん?」
「お茶、してこうよ」
- 4 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月24日(土)18時53分19秒
- ごっちんこそ疲れてるんだろうに、すんなり喫茶店に入ってくれた。
長い指がストローにからんで、アイス・ティーをぐるぐるかきまわしてる。
「どしたの、よっすぃ〜」
アイス・ティーに目を落としたまま急に言う。
どうしたって何。また、あたし見つめすぎてた?
「どしたって、何が」
「なんか最近、元気なくない?」
こういうの、ホントうれしい。気づいてくれてたんだ。気にかけててくれたんだ。
「あ、うん。ちょっと」
「やっぱりね〜。んーで?ごとーでよかったら話していいよー」
話せないよー、そんなの。嫌われちゃうじゃん。
不自然な沈黙。ごっちんは気にしてないみたいでストローを口に含んでる。
何しててもかわいいな〜。って、そんな場合かーと自分ツッコミ入ったとき。
「話さないの?」
さらっとツッコまれる。うー、ごっちんの言葉ってシンプルで逃げにくいよ。
- 5 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月24日(土)18時54分41秒
- ごっちんはグラスから目線をあげて、ドギマギしてるあたしを見た。
「そっか、話したくないね、オッケー」
え?違うよ、本当は話したい。ごっちんに言いたいよ。
「こないだ、宇多田のCDでさぁ」
あたしのために話題の転換を図るごっちんの右手をあたしは思わずつかんでしまった。
「待って」
ごっちんは、『どうしたの?』の意味で首を傾ける。
「あの、話・・・きいてくれる?」
ごっちんは花が開くみたいにふわっと笑った。
「いいよー、どーぞ」
- 6 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月24日(土)18時56分07秒
- ごっちんから手を放して、あたしは膝の上に両手を置いてかしこまった。
「好きな人が・・・できたみたいで」
うわー体温あがってきた。どうしよう、あたし、何言おうとしてるんだろ。
「おお!元気ないのは恋の病でしたか〜」
ごっちんは無邪気に笑う。
「どんな人ー?」
どんなって・・・鏡見ればって言いたいよ。
「えっとね、すっごい優しくて、かわいくて、ちょっとクールっぽい、かな」
「優しくてクールぅ?深いね、なんか」
あなたがね。
- 7 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月24日(土)18時57分05秒
- 「でもさ、向こうはあたしのこと、友達としか思ってないみたいなんだ。だから告白とかできなくてさ」
「あー、そっかー」
ごっちんは、ちょっと考え込むみたいに、またカフェラテをかきまぜた。
そうして一呼吸置いてから言う。
「んーでもさ、それ言わないとしょうがないよー。友達って思ってたら、いくらそれっぽい空気つくっても気づかないよね、たぶん。ちゃんと言って、意識させちゃえー」
考えなしに言ってるんじゃなくて、ごっちんなりにあたしにいいように考えてくれてるのが伝わった。
- 8 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月24日(土)18時58分05秒
- 「そうかな。やっぱり言ったほうがいいのかな」
本当に?ごっちん、言ってもいいの?
「うん。気持ち閉じ込めんの、よくないよ。だいじょうぶ、よっすぃ〜はかわいくていいヤツだし、うまくいくって」
『かわいくていいヤツ』かぁ・・・。ごっちんはさらに言う。
「もしも、ホントにもしもだけど、うまくいかなかったらさー・・・ごとーがなぐさめてあげるよっ」
『ねっ』て笑うごっちん。なぐさめて・・・ってそれ、いや、そんな意味じゃないはず。落ち着け、あたし、落ち着いて。
「ごっちんはさ、好きな人とか、いないの?」
「んあ?あたし?あたしはいないなぁ、そういうの」
ちっとも迷わずに言い切った。喜んでいいのかな、悲しんでいいのかな。
「よっすぃ〜、がんばれー」
がんばるよ、がんばる。
「うん。じゃー言うことにする」
「おお、決断はえーな。今から電話とかしちゃうの?」
「ううん、電話はしないよ。でも・・・今ここで言う」
- 9 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月24日(土)19時00分29秒
- あたしはまっすぐ、ごっちんの瞳を見つめた。ごっちんの目の中に今、あたしがいる。
「よっすぃ〜?」
「ごっちん・・・あたし、あたしさ・・・ごっちんが好きなんだ」
ごっちんは目を丸くして、口を少し開けたまま、あたしを見ている。
「びっくりしたよね?ごめん。でも・・・本気なんだ」
返事はない。ごっちんは口をつぐんで、困ったみたいにうつむいた。
「あー・・・その、なんかのバツゲームとかじゃなくって?」
「なにさバツゲームって。本気だって言ってるのに」
「あ、ごめん・・・」
どうしよう。好きとか言っといて、次に何を言えばいいのか、わかんないよ。『つきあって』とか?でもそんなの・・・今のごっちんの顔見たら答えはもう見えちゃってる。
「ごっちんさー、ごめん、いいよ、忘れて?」
「え?」
「顔見たら、答えわかった。困らせたりしたいわけじゃーないからさ」
「答えって告白の?」
それ以外に何があるんだよー。
「ごとーがわかんないのに、よっすぃ〜にはわかるんだ?」
- 10 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月24日(土)19時03分06秒
- 「わかんないって、なんで」
「よっすぃ〜、今の『好き』はさ、言い捨てなの?その後に言うこととかないの?」
それは。つきあってほしいよ。デートしたいし、キスして抱きしめたい。
「言ったら、よけい困っちゃうじゃん」
「言われないと困るよ。『好き』一言には答えられないもん」
どういう意味だろ、わかんないよ。でも、言っていいってこと?
「じゃー、あえて言うよ。ごっちん、あたしと・・・そういう意味でつきあってほしい」
ごっちんは黙ってる。結局、断るんだから言わせなくてもいいじゃん、バカやろう。
ごっちんはノンキに窓の外を見ていた。ひどいヤツ。と思っていたら。
「・・・いいよ」
「えっ」
- 11 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月24日(土)19時04分40秒
- ごっちんの視線があたしに戻ってくる。
「つきあおっか」
「え、ごっちん、だって」
好きな人いないんだよね?つまり、あたしのことも好きなわけじゃないんだよね?
「んー、だから『好き』への答えを求められても困るけど。そういう形になりたいっていうのには応えられるよ。他につきあってるとかじゃないし。よっすぃ〜がそれでもいいならね」
両思いでつきあえたら、それが一番だけど。
でも・・・理想じゃなくても好きな人の近くにいられる形をとにかく選びたい。
「わかった。ありがと、ごっちん。うちら、つきあおう」
いつか、もらうよ、『好き』の答えもきっと。
- 12 名前:ヒトシズク 投稿日:2002年08月24日(土)20時02分37秒
- 何か面白そうな予感・・・^^
- 13 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月24日(土)22時51分24秒
- おおーなんかここのごっちん好きです!
すごくおもしろそうなので期待してます☆
- 14 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月24日(土)23時37分11秒
- わぁーい!大好きなよしごまだ。受け身のほうが強いってのにひかれます。
- 15 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年08月25日(日)00時25分44秒
- 数時間でレスもらえるんですね。
ありがとうございます。
よしとごまの人気のおかげだなぁ。
更新不定期になりますが、完結させるつもりですので
よろしくおつきあいください。
- 16 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)00時27分08秒
- 次の日もその次の日も時間がとれなくて二人で話せなかった。
今はあの夜から3回目の夜、楽屋であたしは好きな人を待ってる。
なんか、あんまりにも急展開で、夢だったんじゃないかと思ってしまう。
ごっちんが自分の彼女。そんなこと、現実になるなんて思ってもみなかった。
「よおっすぃ〜!」
ぱーんと背中をたたかれた。振り返る前から誰だかわかる。
「ごめん、おまたせっ」
終わりが遅いごっちんを待って、いっしょに帰る約束をしていた。
「待ちましたよー後藤さーん」
声がちょっとうわずってしまった。
昨日の電話のごっちんの言葉が耳に残ってる。
明日(つまり今日ね)いっしょに帰ろうねという話をしてて、またどこかでお茶くらいは飲もうよって言ってみたんだ。そしたら。
『どこかっていうか、うち来れば?一人暮らしだし遠慮いらないよ?』
聞き返そうとしたら、ピコンピコンって高い電子音が聞こえて、『あー電波悪いや。切るね、また明日』の声を最後に通話は切れた。
- 17 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)00時28分35秒
- 歩きながら確かめる。
「今日って、ホントに遊びに行ってもいいの?」
いやらしく聞こえないように、さりげない感じで言ったつもりだ。
ごっちんは、何も気にした様子はなく、
「うん、いいよー。昨日電話切ってから、部屋ちょっと片づけた」
と言って笑った。
「わーい、うれしーな」
からっと調子を合わせて、勢いよく子供っぽく、ごっちんの手を握った。おーてーてーつーないでー♪みたいな雰囲気にまぎれて、ごっちんに触ってたかった。
ごっちんは、前を向いたままで、あたしの手を握り返してくれた。
- 18 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)00時29分55秒
- 「おじゃましまーす」「どうぞー」
ごっちんのマンションは1LDKだった。リビングに通される。
寝室じゃなくて、ちょっと残念だったようなホッとしたような。
染みひとつない白い革張りのソファーに座らせてもらう。
ごっちんはお茶でも入れてくれようとしてるんだろう、キッチンに入った。
「よっすぃ〜、明日、何時からー?」
「あ、午後だよ。○○スタジオが最初」
それは、ごっちんもいっしょの仕事だ。
「そっか。あたし、1コ目は7時入りだ、××スタジオ」
明日の朝の予定を話してくれるのって、どうなんだろう。それって期待してもいいの?
疑問に答えるみたいに、ごっちんが言った。
「泊まってくー?」
- 19 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)00時32分15秒
- 直球ストレートに頭くらくら。
ナイス剛速球の彼女は、コーヒー・カップをふたつ、手に持ってあたしの隣に来た。
「泊めてくれんの?」
きいてみた。ごっちんはカップをテーブルに置いて、リモコンでテレビの電源を入れながら言う。
「だって、もうすぐ終電じゃん。○○スタジオ、うちから近いしね」
「やっさしいねー、ごっちーん」
「そういや誰か、『優しくて、かわいくて、クール』とか言ってたよ、あたしのこと。あは」
うわー意地悪だなぁ、コイツ。
- 20 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)00時33分34秒
- 「あー、こんな時間にコーヒー入れちゃった。よっすぃ〜、カフェインだいじょうぶ?」
もう別の話題かよ、あっさりしてるなぁ、この人は。
「大丈夫だけど、ミルクとかある?」
「入れる人だっけぇ、ごめん。ごとーは入れないから置いてないや。砂糖ならあるよ?」
「あ、いいよ、あれば入れるってぐらいだから」
ごっちんは、コーヒーをブラックで飲むんだ、知らなかった。
テレビは全米の音楽ヒット・チャートを紹介する番組が映ってる。
頬杖ついてるごっちんの横顔。
ごっちんのいろいろがちょっとずつ16より大人っぽく見えるのは、あたしが年よりコドモだからなのかな。
ぼんやり考えていたら、ごっちんはあたしが退屈してると思ったのか、気を使って声をかけてくれた。
「よっすぃ〜、お風呂入る?」
「あ、うん、シャワーだけ浴びさせてもらおうかな」
- 21 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)00時34分58秒
- ごっちんのバス・ルーム。床タイルも壁タイルも真っ白で、けっこう広い。シャンプーとリンス、ボディ・ソープのほかに、トリートメント・パックとか、いろんなボトルが並んでる。シャンプーはどこかの美容院のものみたいで、コンビニなんかでは見ないやつだ。泡立てていると確かにごっちんの髪と同じ香りがした。
急にドキドキする。
さっきの会話が甦る。
『あ、パンツどーしよ、買ってこよっか、コンビニで』
『あ、いちお持ってきてみたんだ、実は』
『んあ?そうなんだ。じゃーこれタオルね』
ごっちんはすんなり聞き流してくれたけど、つまり最初から泊まるつもりでいたのを白状したようなもんだよなぁ。どう思ったんだろ・・・なんとも思わなかったのかな。
ごっちんは今日、どういうつもりでうちに呼んでくれたんだろ。
- 22 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)00時36分19秒
- シャワーからあがってみれば、ごっちんはあたしみたいにヤキモキしてるはずもなくて、アカペラで歌を歌っていた。
「I’m missing you
and it’s making me blue, yeah♪」
目をぴったり閉じて、完全に自分の世界に入ってる。
英語の歌詞はよく聞き取れないし意味がわからないけど、仕事で歌ってるときより、大人びて、ひどく色っぽい声だ。
「I’m missing you
but what can I do
Thousand miles away, from you♪」
歌い終えて、そのキレイな瞳が開かれる。
- 23 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)00時38分03秒
- パチパチ、と本気で拍手を送った。
「いい歌だねぇ、かあっこいいなー」
「うわ、よっすぃ〜、聞いてたの?」
「聴いてたよー、ごっちん、やっぱ歌うまいなぁ」
「・・・ありがと」
あれ?なんか・・・顔が赤いような。
「ごっちん、もしかして照れてる?」
「そんなことないよーう。ごとーもシャワー入ってくるねっ」
言い置いてぱたぱた走っていってしまった。
クールっぽいくせに、たまに急にかわいんだよねぇ、ごっちん。
- 24 名前:駄作屋<今日はここまで> 投稿日:2002年08月25日(日)00時40分28秒
- 「うわーCDいっぱいあるなぁ」
手持ち無沙汰になって、ついCDラックをあさったりなんかしてしまう。
あたしが持ってるのと重なってるのも結構あって、そんなことがうれしい。
宇多田ヒカル、シングルとアルバム両方買ってるんだ、好きなんだなぁ、とか。
ドリカムも好きなのか、結構たくさんあるなぁ、とか。
英語ニガテって言ってるくせに洋楽も聞くんだね、とか。
ごっちんのことちょっとずつわかって楽しい。
早く出てこないかな。
あ、でも・・・出てきたらどうするんだろう、あたし。
なんか、ごっちんを好きになればなるほど、あたしはオロオロしてカッコ悪くなってる気がする。あたしだってクールっぽいのが売りだったんだけどな。
- 25 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月25日(日)04時32分53秒
- どきどき…
- 26 名前:とみこ 投稿日:2002年08月25日(日)10時22分52秒
- おもしろいっ!!よしごまLOVE!!よしごまがあれば何もいりません!!!
- 27 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)20時53分52秒
- 「あがったよーん」
言いながらごっちんが帰ってくる。
頭からバスタオルをかぶって、頬がほんのり桃色。
パジャマの胸元とか裸足とかに、あたしの胸が変なリズムを刻む。
「おかえり」
「ノドかわいたー」
言いながら、カップに残っていたコーヒーを飲み干す。
「あれ、よっすぃ〜、テレビとか見てなかったの?」
テレビもCDもついてないのを不思議に思ったみたいだ。
「うん、ケータイでメール見たりとかしてたから」
ウソをついた。だって、キミの部屋をじろじろ見てました、とは言えないよ。
- 28 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)20時54分28秒
- 「そっか。なんかビデオとか見る?」
背の高いビデオ・ラックの前に立って、おいでおいでをする。
ごっちんの後ろから覗き込んでみた。
いつものあのシャンプーのニオイ。今はあたしと同じニオイ。
心臓の音がバレそうで、何か言わなきゃと思った。
「お、けっこー持ってるねぇ。あー、あたしも『レオン』は好きだったな」
ラックの中はわりとおなじみの映画作品が多かった。下の方に愛がなさそうにうちらのPVとか突っ込んであるのが、ごっちんらしい。
「あれ、これは知らないなぁ」
あたしは、ラックの端に入ってた1本のビデオを指差した。ビデオの背中には『Birdy』って入ってる。
「んあ〜、ちょっと古いやつだし」
ごっちんは興味なさそうに言って、そのビデオをラックから抜こうとはせず、急に「なんか映画って気分でもないか」と言い出して、ラックのドアを閉めてしまった。
- 29 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)20時55分08秒
- いきなり後ろへ歩き出そうとしたごっちんと、後ろで見てたあたしの体がぶつかった。
「あ、ごめ・・・」
反射的にあたしは謝って、一歩引いた。
ごっちんは、あたしの横をすり抜けるとき、ちょっと腕に指を絡ませて、すぐ離した。
『ぶつかってごめん』の代わりみたいなちょっとした仕草。
そんな小さなものまでを、あたしはずっと覚えていたくなる。
どうしようもなく今、この人が好きだ―――――。
ソファーに戻ろうとするごっちんの手首をとった。
「ん?」
振り返ったごっちんとまともに視線が絡む。
- 30 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)20時56分02秒
- つかんでた手首を離して、そっとその手を顔のほうへもっていった。
ごっちんの頬が冷たい。
頬に触れたのを合図に、ごっちんは何も言わずに目を閉じてくれた。
手が震えててカッコ悪いから、早くキスしなくちゃって思った。
ごっちんの唇に自分の唇を斜めに押しつけてみる。
冷たくて柔らかい。
あたしが「冷たい」って感じてるってことは、ごっちんは「温かい」って感じてるのかな。
温度差がなぜか悔しくなって、今度は深く、かみつくようにキスをした。
- 31 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)20時56分53秒
- 舌でごっちんの唇をつついて開かせ、柔らかいところに入った。
中は温かい。
「・・・っん・・・ふ」
ごっちんの甘い声があたしの口の中で聞こえる。
背中に遠慮がちなごっちんの手を感じる。
もっと強く、あたしがしてるみたいに抱いてほしいのに。
舌はそれでもやすやすとつかまえることができた。
と、いうより。
逆に絡めとられてるみたいな、この感覚。
なめらかに動く、愛する彼女の舌。
頭の芯がかすむ。
背中にぞくぞく劣情が走り、今すぐここで裸にしたくなる。
やばい。
「・・・ごっちん」
唇を離した。
ほんの少し、ごっちんの瞳が潤んでいた。
その体をゆるく抱いたままでもう一度、その名前を呼ぶ。
「ごっちん・・・抱きたい」
- 32 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年08月25日(日)20時59分51秒
- とりあえず、ここまで。
今日は後でもっかい更新できるかな。
読んでくださってる方へ。
展開読めてきたと思いますが、この後
ラブ・シーンがありますので、
ニガテな方はご注意ください。
- 33 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)23時28分45秒
- 「くはははー」
ごっちんは笑いながらするりとあたしの腕を抜けた。
「なに、なんだよー」
「よっすぃ〜、すんごいマジメな顔してんだもん」
そう言ってまた笑う。ちょっと、おもしろくない。
「・・・ごっちんは笑ってごまかしたいわけ?」
声が低くなってしまったのが自分でもわかった。
何か言い直そうと思って、咄嗟に言葉が出ない。
ごっちんは、ふっと笑うのをやめた。
「あ〜、そゆんじゃないよー、ごめん、よしこ」
先に謝ってくれたから、あたしも素直になれる。
「うーいや、あたし悪いよ。勝手して、そんなの、さ」
ぐちぐちと言い訳しそうになるあたしの唇にごっちんの人差し指が触った。
くすと笑う。
「かわいーね、よっすぃ〜。なんかいたいけ」
『いたいけ』って。どうも翻弄されてる気がする。
- 34 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)23時29分39秒
- 「ねー、それでさ、ごっちん笑い出す前に言ったことなんだけど」
「んー?なんだっけ」
とぼけてるのか本気で忘れてるのか、表情からはうかがえない。
あたしはその顎を、キスする直前みたいに、ちょっと持ち上げる。
ごっちんの顔を覗き込んで、今度は鼻にシワが寄るくらい笑ってやった。
で、早口にわざとあっさり言う。
「抱いていい?」
ごっちんは今度もやっぱり少し笑ったけど、その笑顔のままで、
「いーよ、ベッド行こっ」
言って、背伸びをしたかと思ったら、あたしの額にキスをくれた。
- 35 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)23時30分19秒
- 寝室に入るなり抱きしめようとしたあたしの頭を、ごっちんはポンポンとたたいた。
「待って、シェイド閉めるねー」
半分くらいしか窓を覆ってなかったシェイドをごっちんは下まできちんと下ろした。
窓際でこっちを振り返って、片手でセミダブルのベッドを示す。
「座りなよー」
「・・・ん」
並んで座る。マットレスがちょっと揺れた。
「ふう」
と声に出して言ってみたら、ごっちんがあたしの顔を覗き込んでくる。
「よっすぃ〜、なんか・・・おもしろい顔してるよ」
「ごっちんは、なんか・・・からかってる顔になってるよ」
「ぷっ」
二人同時に噴き出す。
- 36 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)23時31分21秒
- 笑って、笑いながら、あたしはごっちんを押し倒した。
初めて真下に見る、大好きな人の顔。
同じタイミングであたしたちの顔から笑みが消える。
どこかからの車の走行音だけ、かすかに聞こえてる。
「ごっちん・・・これでいんだよね?」
あたしに恋焦がれてつきあってるわけじゃないごっちん。
本当にこのまま抱いていいのか、ってどこかで警鐘が鳴ってる。
ごっちんはけれど、口の端をにっとあげた。
「痛くしたら怒るからねっ」
胸がきゅんとした。ごっちんが好き。気が狂いそうに好き。
あたしは自信たっぷり余裕しゃくしゃくっぽく言い切る。
「まかせなさい」
- 37 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月25日(日)23時32分37秒
- 経験はあるのに、手順なんて思い出せなかった。
あたしはごっちんの顔じゅうにキスを降らせながらパジャマのボタンをはずした。
鼻の頭、瞼の上、涙堂、耳の近く、顎、それから唇。
首筋に手を置いたら、くすぐったそうに体がはねた。
パジャマの前をはだけたとき、ごっちんの手があたしのTシャツをひっぱった。
「一人で裸はやだよー」
「あ、うん・・・」
あたしはいったん体を起こして、着ていたTシャツもジャージもぽんぽん脱ぎ去った。
ごっちんを愛する行為の途中に、自分の服を脱ぐ間が入るのがイヤだったから、今脱いでおこうと思った。下着もとろうとしたら。
「ムードねぇなー、よしこ」
ごっちんが人差し指を小さく動かす。『おいで』のジェスチャー?
「来なよ、ごとーが脱がせてあげるから」
- 38 名前:駄作屋<今日はここまで> 投稿日:2002年08月25日(日)23時33分22秒
- 恥ずかしくて思わず
「あ、そっすか、すんません、よろしくっす」
なんて、おどける。
ごっちんは屈託なく笑って、あたしの首筋に手をかけて引き寄せた。
鼻にごっちんの柔らかい唇を感じる。
「ん?あ、フロントホックか」
ごっちんもたいがいムードのないことを言いつつ、あたしのブラを静かにはずした。
「うー、よっすぃ〜って肌めっちゃキレイだよねー」
少し悔しそうにさえ言うごっちんがおかしかった。
「っ、あ・・・」
ごっちんの指がやわやわとあたしの乳房の上で動いていた。
「なんかキメこまかいもん」
言いながら、自然な感じで体勢を入れ替えてくる。
『あっかんべー』みたいにちょっと舌を出してみせて、それをそのまま、あたしの胸に下ろす。
「ん・・・あ、ごっち・・・」
舐めながら、目線を向けてくるごっちんが、なんだか猫みたいだと思った。
あんまり気持ちよくて、だから、ごっちんにはこっちの役回りをあげようって思った。
- 39 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月26日(月)10時15分14秒
- うわー激萌え!!
かなり期待してます♪
- 40 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月26日(月)21時09分12秒
- 体勢をもう一度、ちょっと強引に入れ替えた。
さっき、はずそうとしてた淡い紫のブラを手早くはずす。
「やっぱりさ・・・」
乳房の白さがまぶしい。あたしのより豊かなふくらみ、まんなかに薄い桃色。
「ごっちんがキレイだよ」
言われた人はにっこり笑った。かわいくて、最高に。
もっと、いろんな顔させたいと思った。
乳房に吸い寄せられるように手をやると、ごっちんが小さくうめく。
指をゆっくり動かしていく。
「あ・・・んん・・・っ」
高い喘ぎ声。
いつも強い輝きを放っている瞳がとろんとしてくる。
- 41 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月26日(月)21時10分04秒
- 敏感な部分に舌の先で触れた。
ごっちんの体がびくっと動く。
唇で挟んで、舌で転がすと、ごっちんの指があたしの髪に絡むのがわかった。
強く吸って舌でこねる。もう片方の乳首をきゅっとつまんでやる。
「ふ・・・あっ」
目を潤ませて、眉根を寄せてる。
初めて見る、ごっちんの余裕のない顔。
「痛い?」
「ん・・・気持ちい・・・よっ」
駆け引きを打とうとしない彼女。
その体は素直に今あたしに委ねられて、『これでいんだよね』ってあたしは自分に言い聞かせる。
「ごっちん、ごめん」
「ん・・・?」
「もう止まれないや」
- 42 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月26日(月)21時10分54秒
- 乳房から手を下へ下へおろしていく。
じんわり汗をかいてる白い腹がなまめかしい。
へそに口づけながら、パジャマのズボンのゴムに手をかけた。
一気に膝の辺りまで下ろしたら、引き締まった腿と、ブラとおそろいのレースのショーツが目に入った。芸術的にキレイなその脚を左手でなでさすりながら、右手でズボンを足首あたりまで下ろした。
腿に舌を這わせると、ごっちんは脚を少し動かしてうめく。
ぴったり閉じられてた脚の間に手を入れた。
「・・・やっ・・・」
ショーツは濡れていた。
うれしくて、愛しかった。
そのままショーツの上から指で割れ目をなぞる。
「ひあ・・・んっ」
ごっちんが脚を開いてくれないので、やりにくい。
- 43 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月26日(月)21時11分35秒
- 「ごっちん、脚、開いて・・・」
言いながら両手をごっちんの膝に乗せた。
そのとき、ごっちんの手があたしの鎖骨の辺りを軽く押した。
「なに?」
もう、あたしにも余裕はない。
「ごめ、電気・・・」
そういえば電気は煌々と点いたままだった。でも。
「いいじゃん。ごっちんの体、見たいよ・・・」
「あ、ちょっ・・・や」
ごっちんは嫌がったけど、あたしはその膝を大きく割った。
間に体を入れて、ショーツの上から、ごっちんの体のまんなかにキスした。
「やぁっ」
そこを吸うと、ごっちんの体がふるふる震えるのがわかった。
- 44 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月26日(月)21時12分30秒
- ショーツに手をかけたとき、ごっちんがもう一度「電気消そうよ」と言ったけど、聞いてあげられなかった。今、体を離すのがすごくイヤだったから。
ショーツを足首あたりまで下げて、ズボンといっしょにかためておいた。
大人っぽい体つきのわりに茂みが薄くて、背徳を感じた。
4本の指で全体をゆっくりやさしく撫でた。
「・・・はぁ・・・・・・ん・・・」
吐息を漏らすごっちんの顔を見ながら、指で花芯をさぐった。
そこを中指と親指でそっとつまむと、
「んっ」
息をつめるような声をあげてごっちんがのけぞる。
弓なりに反る背中を支えて、そこを指で撫でて、それから揉みこむ。
「ふあ・・・ああんっ・・・」
「かわいい」
- 45 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月26日(月)21時13分08秒
- 脚をM字に開かせて、そこに顔をうずめた。
鼻先にぬるぬるした感触がある。
ごっちんがあたしの愛撫にくれる賞賛のしるし。
「よっすぃ、それ、やだ・・・」
ごっちんの手があたしの肩をつかんだ。
「ちょっとだけ・・・」
あたしはその腕をぎゅっと握って、ごっちんの体の芯に舌を這わせた。
「や・・・っふ、ああ・・・」
先端から窪んだところへ、それからごっちんの奥へ続く入口に舌を忍ばせる。
温かくて柔らかい。そこはひくひく動いてて、ごっちんの指が何か訴えようとしてあたしの髪をつかむ。
舌を抜いて、ごっちんを見た。
苦しそうに息を吐いてる。その眼差しが艶っぽかった。
- 46 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月26日(月)21時13分42秒
- 「入れるね」
反射的に後ろへ逃げようとする腰を片手で支えて、あたしは中指でごっちんに入った。
「いっ―――」
予想したよりずっとそこは狭くて、あたしはそのぶん痛みを感じてるはずのごっちんに精一杯やさしく言った。
「ごめん、ゆっくりやる」
そろそろと中指で内壁をこすりながら、静かに人差し指を加えてみる。
「んっく・・・ふ、あ」
鼻から抜ける甘い声が子猫みたいで、かわいい。
あたしの腕にからむ指はすがりついてるみたいに見えて、愛しさが募る。
- 47 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月26日(月)21時14分31秒
- 中をゆっくりかきまぜながら、あたしはごっちんの顔を覗く。
「痛くない?」
「うん、あ・・・んんっ」
あたしは徐々に指の動きを激しくしていった。
ごっちんの中から温かいものがあとからあとから流れ出して、あたしの指を濡らしていく。
「ね?名前、呼んで」
「あ・・・よっすぃ・・・はぁ」
「ごっちん・・・愛してるよ」
大好きだよ、ごっちん。ごっちんは、あたしのことが好き?
「うあ・・・ああっは・・・ん」
胸中の質問への答えはもちろん聞けなかった。
そして訪れる緊張と、弛緩。
「っく・・・んんっ」
びくびくとそこが脈打って、あたしの指を締め付けた。
- 48 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年08月26日(月)21時15分40秒
- とりあえず、R指定的シーンを送らなくちゃ・・・。
- 49 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年08月26日(月)21時16分43秒
- レスくださった皆さん、ありがとうございます。
今回の更新、エロですんません。
- 50 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年08月26日(月)21時18分21秒
- えーと、今後はそんなやらしい話にはなっていかない予定です。
続けて読んでいただけるとうれしいです。
レス、すごく励みになってます、ありがとうございます。
- 51 名前:名無しさん 投稿日:2002年08月26日(月)23時36分59秒
- エロ好きなのでかなり満足させてもらってます(・∀・)
- 52 名前:なな 投稿日:2002年08月27日(火)00時32分11秒
- よしごまだ〜!
それだけでも嬉しいのに、エロ(w
ただやらしいだけじゃない話の運び方が好きです。
いやー…それにしてもよしごま減るどころか、
どんどん増えてきたような感じがします。
よしごま好きとして嬉しい限りです。
これからも更新頑張って下さい。
- 53 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月27日(火)20時08分15秒
- 「電気消せつったじゃーん」
終わってしばらく無言で抱き合った後、開口一番のごっちんのセリフがそれだった。
「えーいいじゃん、ごっちん、めちゃキレイだったよー」
「うっさい、言うなー!」
さすがに恥ずかしそうな顔してる。かわいいなぁ。
ぎゅっと抱きしめたら、ごっちんが何かに気づいたみたいに「あ」の形に口を開けた。
「ん?」
「よしこ、まだじゃん。ごめん、忘れてたよー」
『まだ』はそっちのことだろうなぁ、たぶん。
「あー、その…いいよ」
「ん?よくないだろー、それは。ごとー、うまくはないけど、だいじょうぶだよっ?」
ノリノリであたしに馬乗りになるごっちん。
- 54 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月27日(火)20時09分48秒
- 「いや、そうじゃなくてさ…もう終わったから、いいよ」
耳が熱い。ごっちんが色っぽすぎるのが悪い、絶対。
「え?おわ………あ、そうなんだ。なら、いっかぁ」
ごっちんはあっさり、あたしの体から降りた。
う〜、なんかカッコ悪いなぁ、恥ずかしいよー。
でも、あんな顔してあんな声は反則だよなあ。
「よかったぁ、ごとーだけ気持ちよかったら悪いもんね」
隣に転がったごっちんが邪気のない声でそう言った。
「あ、気持ちよかった?」
「う………そりゃぁね」
ああ、大人びたりかわいくなったり、このバランスはなんなんだろ。
変な人だ、ごっちんて。
それで、あたしはそういう変なとこがツボだったりするんだけど。
- 55 名前:駄作屋<とりあえずここまで> 投稿日:2002年08月27日(火)20時12分12秒
- 「ごっちん、かわいかったなー」
あたしがさっきまでのいろいろを反芻するような顔をしてみせたら、ごっちんは顔を赤くしながらも
「よっすぃ〜はエロかったよ、やれやれ」
と切り返してきた。
「みもふたもねーな、その言い方………」
ごっちんは耳がくすぐったくなるような声で笑った。
「でも、エロくなかったら、種族がハンエイしないわけでだねぇ」
あたしは冗談ぽく言いながら『しまった』と思った。
自分でツッコむ前にごっちんが言った。
「まー女どうしでしてもハンエイしないけどねー。ははっ」
何も生み出さない愛の行為。
「ごっちんはさ…女の子どうしとかって、抵抗ないの?」
「んー、気持ち悪くなかったら、いんじゃないの」
シンプルだなぁ、この人は、本当に。
何も生み出さない愛の行為。
何も生み出さないはずの愛の行為。
それでも、あたしはキミに何かを渡せたって信じたい。
- 56 名前:とみこ 投稿日:2002年08月27日(火)21時15分15秒
- がんばってくださーい!!!
- 57 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月27日(火)23時02分01秒
- それから数週間で、あたしたちは「恋人」の状態にずいぶん慣れた。
仕事の合間、人の目を盗んで一瞬のキスをしたり、翌日が早くない夜はごっちんのマンションで二人の時間を過ごした。ずっと求めてたものが今、手の中にある、そんな幸せがあたしを満たしていた。
今夜は珍しくまともな時間にあがれたから、これから二人でディナー。こんなとき、同性は楽だ。誰もがあたしたちを親友どうしと信じて疑わない。
「じゃ、おつかれーっす」
「おつかれっしたぁ」
挨拶が飛び交う中で、あたしとごっちんは目線をちょっと交し合う。
『じゃー行こっか』そんな感じ、口にわざわざ出すこともなく、歩き出す。
テレビ局の廊下を走り出したいような気持ちで歩いてたら、
「ねー、よっすぃ〜」
後ろから呼び止められた。アニメの声優みたいなかわいらしい声。
「ん?」
振り返った先には梨華ちゃんがいた。
ちょっと息を弾ませてる。楽屋から急いで出てきたみたいだ。
「晩ごはん、いっしょにどうかな?」
- 58 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月27日(火)23時03分12秒
- 隣にいるごっちんを意識しながら、
「あ、ごめん、今日」
言い終えないうちに、ごっちんが割って入った。
「あ〜、よしこ、ごとー帰るねー。梨華ちゃんもまったねぇ」
「ええ!?」
あたしと梨華ちゃんが同時に声をあげた。
「ごっちんもいっしょに食べようよ」
「そうだよー」
あたしと梨華ちゃんが二人して誘うのを、ごっちんはちょっと不思議そうに見ていたけど、「んーじゃ、3人でなんか、おいしーもん食べよっ! 梨華ちゃん、言い出しっぺだからオゴリね〜」
こだわりのない笑顔を見せて、先に立って歩き出す。
「ええ、そうなの?」
梨華ちゃんがあわてて追いかけて、あたしも続いた。
ごっちん、今帰ろうとしたのって、やきもちなのかな。
そうだったらいいのに。
- 59 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月27日(火)23時04分06秒
- 「オゴリじゃなくていいからさ、そこにしない?」
あたしは小さなメニューの看板を指差した。
『ウニのグラタン』だの『鴨肉のコンフィ』だのがチョークで書き添えられた緑色の独立式看板。一度、連れてきてもらったことがあるだけだけど、ちょっと大人っぽいビストロで客層は中高年が中心だ。
何も彼女の前でカッコつけようとかじゃなくて、確実に中高生がいなくて、若い人も少なそうな店がよかったんだ。あたしたちは、特にごっちんは道歩いてても「ゴマキだ!」って指差されることが多くて、それはゲイノウジンとして喜ぶべきことではあるんだけど、やっぱりちょっと可哀想だったから。
梨華ちゃんも意図がわかるのか、
「いい感じのお店だねー。いんじゃない?ただしワリカンねー」
なんて言ってくれて、あたしたちは店の入口がある地下へ続く階段を今にも降りようとしていた。そのとき。
- 60 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月27日(火)23時05分02秒
- 「やだ………」
ごっちんは小さくうめくように声を出した。
「ごっちん?」
「ごめん、今日あんまり洋食系、やかも。ごめん…」
ごっちんはこんなことで『ごめん』を2回も言った。
夜道で見るせいか、その顔がひどく白っぽい。
「そんなに謝らなくても。あ、じゃー隣は?鳥鍋専門店だって」
ごっちんの様子がおかしいのに梨華ちゃんも気づいたみたいで、すぐに代わりの店を提案してくれた。あたしも取り繕うみたいに調子を合わせた。
「いいねぇ。せっかく3人いるんだし、鍋でもつついとくかー」
ごっちんも気を遣われたのがわかってるんだろう、無理やりみたいに瞬間で笑顔になった。
「わーるいねぇ、ごとー庶民だからさ、ウニとか食べるとおなか壊しそうで」
冗談はそんなにおもしろくなかったけど、あたしたちは大きな声で笑った。
- 61 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月27日(火)23時06分08秒
- 細かく仕切られてる座敷にあがって、つくね焼きとかササミの刺身とか、もちろん鍋とかを頬張りながら、あたしたちはどうだっていいことばっかり話していた。平均睡眠時間を計算してみてギョッとしたとか、もらったファン・レターでおもしろかったのとか、最近買ったCDとか。
あたしの隣にごっちん、正面に梨華ちゃんが座ったんだけど、梨華ちゃんがあたしにばかり話しかけてくるので、それに応えていると、どうしても二人で話してるみたいになってしまう。ごっちんは特に気にしたふうもなく、にこにこ相槌を打ったり笑ったりしている。
そこへ突然の爆弾投下。
「よっすぃ〜って、好きな人とかいるの?」
- 62 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月27日(火)23時08分03秒
- ウーロン茶を噴き出しそうになる。
「梨華ちゃーん、直球っすねぇ」
あたしは平然を装って笑う。
「あはは、ごめーん、どうなのかなぁと思って」
「んーまぁ…いる、かな」
隣に。
「あらら、あっさり白状しますねぇ」
梨華ちゃんが言い、ごっちんまで
「問題はつげーんっ」
なんて盛り上がってる。オマエのことだ、オマエの。
- 63 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月27日(火)23時09分00秒
- もちろん、その後お決まりの質問「どんな人?」がきたけど、それはカンベンしてもらった。梨華ちゃんも深くツッコんではこなかった。ただ「えーショックだなぁ。あたしのよっすぃ〜がー」なんて冗談をくれたせいで、こっちは隣の反応が気になってしかたなかったけど。
「えーじゃ、ごっちんは?」
「んあ〜?」
「好きな人いないのー?」
自分がきかれたときよりドキドキした。なんて答えるんだろ、ごっちん。
「あーいないいない、そんなの」
即答。ばっさり、きっぱり。
「えーそうなのー?」
「うっそ、いっぱいいるよー。よしことか梨華ちゃんとかねっ」
ずき、と胸が痛んだ。だからあたしは笑った。
「うーわ、模範的アイドル発言だよ、かっわいくねー」
「アイドルっすから!あは」
ごっちんはいつだって、そうやって際どい質問をさらっと笑いに溶かしてしまう。
大勢に愛される人だから、それも必要な才覚なんだろうけど。
- 64 名前:駄作屋<本日ここまで> 投稿日:2002年08月27日(火)23時10分08秒
- 「梨華ちゃんは〜…」
ごっちんが今度は梨華ちゃんに話を振ろうとしてるみたいだ。
「いるよね?」
確信もってるみたいなごっちんの言い方。ええ、そうなのか。けっこーあたし仲いいつもりなんだけど聞いてないな。
「ええ?なんで?」
梨華ちゃんは耳まで真っ赤になっていた。
「え、だって…いるでしょ?」
ごっちんは当然みたいに返して、あたしに向かって「ね?」って笑う。
「えー、あたしはきいてないぞー。梨華ちゃーん、どんな人なんだい、相手は〜」
「ええ、もういいよ〜」
「なーに、自分で話題ふっといてー」
「そうだそうだー」
あたしとごっちんはちょっとだけからかったけど、梨華ちゃんが本当に恥ずかしそうだったので、適当で切り上げてあげた。
ごっちんの顔色がよくなってきていたので、あたしはさっきの胸の痛みは思い出さないことにした。今日はこれからいっしょに眠れるはずだ。
- 65 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月28日(水)22時31分56秒
- 梨華ちゃんとわかれた後、ごっちんのマンションであたしたちはいつもみたいに並んで雑誌を見てた。
「これ、よっすぃ〜似合いそう」
「どれえ? あーいいね。これとかは、ごっちんぽいかな。店どこ?」
「んーとね、恵比寿」
「今度のオフ、いっしょに行こーよ」
たしか数日後にオフがもらえるはずだった。
「あ〜、木曜ちょっと用事あるんだ」
「あ……なんだ、そっかぁ」
『用事あるんだ』の後にごっちんは何も付け足さなかった。
きいてもよかったのだろうけど、あたしはうっかりタイミングを逃してしまった。
あたしたちは黙って、それぞれ手に持った雑誌に目を落とした。
- 66 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月28日(水)22時33分08秒
- 数分後、ごっちんを見ないまま、そっと問いかけてみる。
「ごっちん、さっきさー」
「んー?」
ごっちんも雑誌から顔をあげない。
「あのビストロって、なんかマズかったの?」
「…やー、単に洋食がやだったんだよねぇ」
「あーそうなんだ。ワガママだなぁ、ごっちんはー」
「えへへ」
ごっちん、あたしは、ごっちんのことをどこまで知ってるんだろう。
ときどき、すごく遠くなる気がして心臓が痛いよ。
ねぇ、ごっちん。
マジメな話ができないあたしたちは、
それでもいつかどこかに、たどりつくのかな―――。
- 67 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月28日(水)22時34分15秒
- 水曜日。
あたしはごっちんにフラレた明日のオフをどうしようか、楽屋でぼんやり考えてた。ごっちん、用事ってなんなんだろ。誰かといっしょなのかな。
「うりゃぁっ」
声といっしょに首筋、冷たい感触。
「つめたっ」
「へへー」
めちゃくちゃ楽しそうなごっちんの笑顔が真上にあった。
「もーなにすんの、ごっちーん」
「よっすぃ〜も飲む〜?」
あ、れ………ごっちん、まさか。
「ちょっと何飲んでんの!?ダメだよ、ビールなんか!」
ごっちんの手にはビールの缶が握られてる。冷たい感触はこの缶だったのだ。
- 68 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月28日(水)22時35分21秒
- 「あー、ごっつぁん何やってんの〜!」
矢口さんがあわてて、ごっちんの手から缶を取り上げる。
「ほとんど飲んじゃってるじゃん! ちょっと、ごっつぁん、後藤!」
「ふあ〜い」
しまりのない返事。そりゃマズイよ、ごっちん。
「どうしたの、これ! なんで局で飲むの!」
矢口さんが本気で怒ってる。当たり前だ。飲酒や喫煙はアイドルの御法度である前に、うちらの年齢では違法行為。バレたら謹慎、ヘタしたら引退。それがわかってるから、矢口さんはごっちんを厳しく叱る。
「どういうつもりなんだよ!」
ごっちんは、さすがに少し酔いがさめたみたいで、うつむいて黙っている。
- 69 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月28日(水)22時36分55秒
- 「ごっちん、なんか、あったの?」
飯田さんが理由を尋ねる。
ごっちんの目は伏せられたままだ。
「なにも」
「何もなくて、こんなフザケたこと、する?」
「ごめんなさい……」
ごっちんが説明したところによると、どうやら、とある番組収録後、誰だかの出演者の誕生日を軽く祝ってたところへ通りかかって、年配の俳優さんから無理に渡されたものらしい。だけど、それを飲んでしまったのは、ごっちんの罪だ。
「後藤さ」
呼び方を意図的に矢口さんは変えた。
「自覚しなよ。トップ・アイドルなんだよ? 仕事は毎日たくさんあって、待ってる人がたくさんいるんだよ。そんな無責任なことでどうすんだよ」
そのとき、ごっちんは心底から痛そうな顔をした。本当にその言葉に刺されたみたいに辛そうな顔をしたんだ。
- 70 名前:駄作屋<とりあえずここまで> 投稿日:2002年08月28日(水)22時37分43秒
- 「まー、ちょっと軽はずみだったね。ごっちんもストレスとかたまってるんだと思うけどさ、明日お休みなんだし、ちょっと反省してリフレッシュしてさ」
圭ちゃんが取り繕ってあげてる。矢口さんだって好きで厳しいこと言ってるわけじゃないから、その言葉に頷く。
「これはあたしが処分しとくから。ごっつぁんはもうちょっとしてからここ出な。明日はゆっくり休んで、明後日からちゃんとすんだよ? わかった?」
「………はい」
ごっちんはなんだかすごく消耗してるみたいに見えた。
- 71 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月29日(木)02時55分38秒
- 後藤… 今後の展開に期待
「Birdy」はとても好きな映画です。ラストが好き
- 72 名前:すなふきん 投稿日:2002年08月29日(木)03時45分25秒
- ごっちんの謎って一体…。
生々しい感じがすっごいツボです。
頑張ってください♪
- 73 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年08月29日(木)15時17分21秒
- >>71
>>72
レスもらえるって本当にうれしいもんですね。
単純に「がんばろー」と思えます。
これまでレスいただいてる皆さん、ありがとうございます。
他の作者さんみたいに個別にレス返すことはできません
(ついネタバレしそうだし、言い訳したくなるから)が、
本当に励みに思ってます。
スカしたヤツだと思わないで、今後も感想をおきかせ
いただけると、とてもうれしいです。m(_ _)m
- 74 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月29日(木)15時20分05秒
- 「ごっちん」
みんなが帰ってからも、あたしと梨華ちゃんはごっちんの近くにいた。
「ごめんね。も、だいじょぶだからさ」
本人が言うとおり、酔いはさめてるみたいだったけど、精神的には全然『だいじょぶ』ではなさそうだった。
「ごっちん、いっしょに帰ろ」
送っていくつもりだった。梨華ちゃんとわかれてから話をきかせてもらおうと思ったのだ。
だけど、ごっちんは首を横に振った。
「ごめん、今日は一人で帰る。よっすぃ〜、梨華ちゃんと先、帰りなよ、ね」
なんで、あたしと梨華ちゃんが二人で帰れるの、この状況で。
- 75 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月29日(木)15時21分03秒
- 「ごっちん置いて帰れるわけないじゃん」
梨華ちゃんが、ちょっと驚いたみたいにあたしを見た。
「送ってくから」
宣言して、ごっちんの手をとった。横顔に梨華ちゃんの視線を感じる。
バレてもいいと思った。今は優先事項が他にある。
ごっちんのこと、心配だったし、わからなくて不安だった。
なのに、ごっちんは困ったみたいに微笑んだ。
「ほんとに今日はいいよ。よしこ、ありがと、ごめんね」
顔の前で手を合わせるコミカルなポーズ。声を高めに出して。明るい感じで。
また、なんだ。ごっちん。あたしは入れてくれないんだ、そこに。
あたしはごっちんの手を離した。
「わかった。気ぃつけて帰って………」
振り返らずに楽屋を出た。
「え? よっすぃ〜?」
梨華ちゃんが何か言う。でも、あたしは立ち止まらなかった。
- 76 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月29日(木)15時22分18秒
- ―――――眠れない。
ごっちん、あの後どうしたんだろ。梨華ちゃんになぐさめてもらったのかな。
なんで。
怒られてるとき、言っちゃ悪いけど意外なくらい落ち込んだ顔してた。
いつも、わりかし飄々として、お説教もどこ吹く風みたいなとこあるのに。
なんで。
開いたビールの缶を渡されても、いつものごっちんならあんなとこで飲んだりしないよね。それくらいのことはわかってるはず。
なんで。
明日の予定を教えてくれないの。きいたら教えてくれるのかな。
なんで。
あの日のあのビストロに何があるの。
なんで。
あたしのこと近くに行かせてくれないんだろ。
ごっちん、あたしのこと―――――。
- 77 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月29日(木)15時24分00秒
- 結局、あたしはその夜も次の日もごっちんに電話できなかった。
ごっちんからは缶ビール事件の夜のうちに短いメールが入った。
『よっすぃ〜、ごめーん。うう自己嫌悪だー。タイド悪かったし、ホントごめん』
それだけだった。
ごっちん。『ごめん』なんていらないよ。
あたしが欲しいのは、そんなんじゃないのに。
- 78 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月29日(木)15時25分45秒
- 2日後、楽屋で会ったごっちんは、ものすごく普段通りだった。
「よっすぃ〜、おはよっ」
名前を呼んでから挨拶してくれるのも。
すれ違うときには、
「ぱーんちっ」
なんて、ごく軽いスキンシップをとるのも。
ドアを出る直前で振り返って、ちょっと小声。
「おとつい、ごめん」
言い置いて返事もきかずに歩き出すのも、ごっちんお得意のいつものやり方。
抜群のバランス感覚。冷めた優しさ。
- 79 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月29日(木)15時26分36秒
- 「ユウキ、ばかじゃんとか言って。ほんとアイツさぁ」
帰り道、あたしは押し黙っていた。ごっちんが一人でしゃべっている。
「―――とか言うんだよー………って、よっすぃ〜?」
それでも口をきかないでいたら、ごっちんも口をつぐんだ。
あたしがずんずん歩く後をちょこちょこついてくる。
そのまま13歩、14歩。15歩目でごっちんは
「ごめんね」
と言った。
「なんで謝んの?」
「心配かけちゃったかなって思ってさ」
心配したよ、当たり前、そんなの。
「それを謝ったの?」
責めるみたいな口調になってた。
「? そー、だけど」
「ごっちん、なんにもわかってない!」
「ちょっ、声おっきーよ」
道で目立つようなことはしてはいけない。わかってる。
彼女を怒鳴りつけるべきではない。わかってるよ。だけど。
「心配なんか、するよ、当たり前じゃん。あたしがやなのはごっちんが」
みっともない。頼って欲しい、なんて。言葉でお願いしたって意味がない。
- 80 名前:駄作屋<とりあえずここまで> 投稿日:2002年08月29日(木)15時27分42秒
- 「よっすぃ〜?」
「ごっちん、昨日誰といたの?」
「え?」
「おとついは、梨華ちゃんに送ってもらった?」
「よっすぃ〜、ねぇ何言って―――」
ごっちんが不安そうな顔をする。
「答えて」
あたしは立ち止まった。
ごっちんは黙って歩きつづけてあたしを追い抜いた。
数メートル先で立ち止まる。
振り返ったその顔がどんな表情だったのか、近くを行き過ぎる車のライトがまぶしすぎて、わからなかった。ごっちんの声は雑踏の中、小さかったのにはっきり聞こえた。
「よっすぃ〜が何を知りたいのか、わかんないよ」
- 81 名前:Kattyun 投稿日:2002年08月30日(金)10時03分21秒
いいですねぇ…。
- 82 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月30日(金)21時20分32秒
- あたしが何を知りたいか? わかってるくせに。
「なんで……そんなこともわかんないんだろーね、ごっちんは」
あたしは追いついた。
細い手首を強く握りこむ。
「よっすぃ〜、痛いよ」
ごっちんは表情をほとんど変えず、小声で言う。
往来で目立ちたくないからだ。
あたしはそれを利用する。
手を離さないで歩き出す。
「怒るよ?」
「怒りなよ」
あたしの言葉を聞いた途端、ごっちんは力まかせに腕を振り切った。あたしの指はさすがにはずれたけど、はずれる前に強く引っかかってごっちんは相当痛い思いをしたはずだ。かわいい顔がかすかに歪んだ。
「ちょっと、ごっちん」
これには、あたしが焦る。ごっちんの白い手首が赤くなってる。
「だいじょうぶ?」
- 83 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月30日(金)21時21分27秒
- 「なんで?」
ごっちんは自分の手首のことなんか、まったく気にしないそぶりであたしを見つめた。
『なんで』って何?
「なんで、そんなに考えすぎるんだろーね」
『考えすぎ』なんだ。心配したり嫉妬したりは『考えすぎ』でくくられるものなんだ。
「なんでだと思う?」
腹は立ってた。デリカシーのなさすぎる彼女。なつかない猫みたいな女の子。
だけど、頭がしびれるくらい、愛しかった。
「わかんないよ。よしこの考えてること、難しすぎる」
難しいのはごっちんだよ。だけど。
理解しようとしてくれてるんだね。そう信じていいんだよね。
あたしはごっちんを正面から抱きすくめた。
「っダメだよ、人が……っ」
ごっちんが慌ててもがいたけど、強く強く腕の中に閉じ込める。
香水の匂いが鼻腔をくすぐる。オーダーメイドの専門店で作ってもらったって言ってた、イヤミのない花の香り。
「決まってんじゃん。好きだからに、決まってんじゃん」
- 84 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月30日(金)21時22分32秒
- 腕の中で、ごっちんが力を抜いてくれたのがわかった。
逆にあたしの胸に顔を埋める。こうすれば顔が見られないで済むって計算もあるんだろうけど。
「よっすぃ〜………」
あたしの名前しか、言葉が出てこないみたいだった。
「ごっちん、あたしもごめん」
「え?」
好きな人がそばにいるのに素直じゃなくて。
たしかにあたし、考えすぎてたのかもしれない。
こうして、ごっちんに触れてると、もっとシンプルになればいいじゃんって思えてくる。好きな人に素直にやさしくすればいいんだ。つまんない焦りとか嫉妬とか、そんなのいらない。
「ごめんね」
ごっちんは少し身じろぎしてあたしの顔を見上げた。瞳が街灯を映してキラキラ光っている。見とれていたら、見る間にその瞳が近づいてきて、唇に唇を感じた。ふわり、と羽が舞うように柔らかな動きだった。
「ごっちん……」
「気のせいだよ、よっすぃ〜」
『気のせい』?
「ごとーはバカだからさ。よっすぃ〜があれこれ思うようなこと何も考えてないよ」
すごく近い距離で聞こえる声が、耳にやさしい。
- 85 名前:駄作屋<とりあえずここまで> 投稿日:2002年08月30日(金)21時23分57秒
- 「なんすか、それ」
ごっちんがものを言うときは、考えるより感じとった何かに基づいてることが多い気がする。たぶん、あたしが具体的に何をうじうじ悩んでいるかまではわかってないんだろうに、こうして核心をつくようなことを言う。
「言ったまんまだよ?」
ネオンがちかちかする中でごっちんの笑顔だけまぶしかった。
「まー、いっか……」
なんでもかんでも白黒させなくてもいい。ここにごっちんがいるから、それでいい。
「そのかわりさー」
もう一度、しっかり抱きなおした。
「さっきのもっかいやって?」
ごっちんは目元をほんのり赤くして、すかさず胸元にパンチを寄越した。
あたしたちは、お互いを本当はよく知らない。だけど、たしかに今ここに二人でいる。それだけ。それだけでも、もういいんだと思った。
- 86 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年08月30日(金)21時29分43秒
- >>81
レスありがとうございます。
レスつかないと更新すんの、けっこ勇気いるもんで(へたれだ…)。
長くなっちゃいそうですけど、完結させますんで
これからも読んでやってください。
- 87 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月31日(土)12時40分55秒
- よくはなかった。
ほんの数日後、写真週刊誌の編集者から事務所に電話が入った。
「後藤真希さんと吉澤ひとみさんの同性愛疑惑をネタに記事を書きます」というもの。記事原稿のファックスも流れてきた。
こういうとき、事務所の対応策のひとつに、書かないでくださいお願いしますと言って写真を金その他で買い取るというものがある。「その他」っていうのは、スキャンダルを回収するかわりに、事務所で抱える人気タレントに独占インタビューさせてやるとか、グラビアを撮らせてやるとか、そういうことだ。しかし、プロデューサー、すなわちつんくさんはこの記事を買わない考えを示した。
「ええんやない? 男といちゃいちゃよりファンも安心するかもわからへん」
さらにこうも付け加えたそうだ。
「何より悲恋ていうのがええ。同性愛って社会的にはまだまだ認められてへん。難しい関係でしょ。アイドルの悲しい恋。それはそれで、おもしろい演出になるかもしれへんで」
- 88 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月31日(土)12時42分03秒
- あたしはその話を楽屋できいた。
楽屋にあたしとごっちんとマネージャーの3人にされて、マネージャーから話をきかされたのだ。
「ちがいます!」
あたしは叫んだ。ごっちんの名前に傷がつくのがすごくイヤだった。
「ちがうって言ってもね」
マネージャーの目が記事原稿中の写真にいく。深夜の路上、あたしがごっちんの背中に手をまわして抱いてる。ごっちんは少しだけ背伸びをして、あたしに口づけている。間違いなく、あの金曜日の帰り道の写真だ。粒子の粗い写真だし、夜だし、あたしたちは帽子をかぶってたけど、それでも望遠でとらえた画像にはごっちんのキレイな横顔がはっきりと映っている。
「それ冗談ですよ、そんなの。楽屋でもみんなちょこちょこやってるようなことじゃないですか」
マネージャーはため息をついた。
「吉澤、そういうことは今、問題じゃないんだよ。問題なのは、この写真のネガを週刊誌の記者がもってて記事にするつもりでいるってことだからさ」
- 89 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月31日(土)12時42分52秒
- 「どうすればいいんですか?」
割り込んだごっちんの声は、まるでいつもと変わらなかった。
明日のスケジュールの確認でもするみたいな調子だった。
マネージャーはごっちんの落ち着きぶりに戸惑ったような間を一拍ぶんだけ空けて、それから言った。
「つんくさんも気にしなくていいって言ってるから、基本的にスルーでいこう。質問なんかが出たら、適当に笑って聞き流して。ムキになったりまともに答えないように。発売は来週の金曜になるそうだから」
「みんなに……」
メンバーにも多少なりとも迷惑をかけることになるだろうと思った。頭はパニックだったけど、かろうじて、そういうことは考えた。
マネージャーも頷いて
「うん、そうだね。全員に言ったほうがいいと思うけど」
それを受けて、あたしも比較的、冷静に聞こえる声が出せた。
「呼んでもらえますか?」
- 90 名前:駄作屋 投稿日:2002年08月31日(土)12時44分18秒
- メンバーは基本的にやさしかった。「あらら、ツイてないねー」「冗談に決まってんのにねぇ」「バカなんじゃん、記者が」「気にすることないよー」「だいじょぶだよ、笑ってスルーしとくし」そんな反応。誰も、あたしとごっちんがつきあっているとか、そういう関係であるとは考えないみたいだった。
マネージャーも出て行って、楽屋の話題はもう移っている。
ホッとする。これなら、世間の反応もこんな感じかもしれない。
胸をなでおろすような気持ちでいたとき、梨華ちゃんが近くにきた。
「やっちゃったねぇ、よっすぃ〜」
「んーあはは、ふざけすぎちゃったよ。ごめんね、迷惑かけるけど」
「あー大丈夫だよーたぶん。でも……」
梨華ちゃんはテーブルに置かれた紙コップをぼんやり見つめた。
「ごっちん、どうかしたのかな」
その表情が思いのほか、曇っていることに気がつく。
「どうか……って、なんで?」
- 91 名前:駄作屋<とりあえずここまで> 投稿日:2002年08月31日(土)12時45分11秒
- 「だって、あの写真、ごっちんからキスしてるみたいだったし」
あたしだから、それがわかるんだと思ってたのに。だって体勢としては、あたしがしてるように見えるはずで。
「するどいねー梨華ちゃんて」
「よっすぃ〜がニブイんだったりしてね」
珍しく厳しい切り返しに、あたしは気圧されて黙った。
「ビールのことといい、なんか、どうしたんだろうね、ほんと」
何かが、引っかかる。わからないまま、あたしは言葉をつなげる。
「うーん、あたしにきかれても困っちゃう、かなぁ。ご本人さん、そこにいるよ?」
声は届かなくてもすぐ近いところで、ごっちんは何事もなかったかのように番組の台本を眺めている。
梨華ちゃんもそっちをちらりと見たけど、すぐにあたしに視線を戻した。
「ごっちんのことはよっすぃ〜にきくのがいいのかと思ったんだけど」
「えーなんだよ、それは」
腋下にいやな感じの汗がつたう。
「あはは、いえいえ。了解しました」
梨華ちゃんは何かを勝手に『了解』してあたしのそばから離れていった。
- 92 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月31日(土)14時05分05秒
- オオゴトになってキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
いやぁ面白い。ホントに面白い。
よすぃとごっちんの口調がとてもいいいです。
駄作だなんてとんでもない。
激しく名作のヨカーン
- 93 名前:名無し読者 投稿日:2002年08月31日(土)21時37分39秒
- おぉ〜、そう来ましたか!
何を考えているのかわからんごっちんに萌えです。
あと、梨華ちゃんも・・あやしい。
- 94 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)00時10分49秒
- その日、最後の仕事が別々だったこともあって、ごっちんとはいっしょに帰れなかった。矢口さんに食事に誘われてしまったし。
深夜のファミレス、窓際の一番奥の席で向かい合って、とりあえず、若鶏の唐揚げ定食なんかを食べる。矢口さんはクラブサンドをつまみながら、
「よっすぃ〜、遅くにあんま食うと太るぞ」
と言った。『おごるからたくさん食べな』と20分ほど前に言った同じ口である。そういう人だ。そういうとこ、好きだけど。
「なんで急におごってくれるんですか?」
味噌汁椀を手に持ってきく。
「そんなことわざわざきかれたら、いつも矢口がケチみたいじゃんかよ」
「あはは。いっしょのときはたいがいご馳走になってますよね」
その『いっしょのとき』をわざわざ今日、意図的につくった理由が知りたいんだけど。
- 95 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)00時11分54秒
- 「まー、その。矢口でよきゃ話きくよ、ってことで」
「話、ですか?」
パリ、と乾いた音をたててお新香を噛む。
矢口さんも付け合せのポテトをケチャップにつけながら言う。
「だからさー、今日の写真」
「写真? なんでしたっけ」
一日に何度となくカメラのフラッシュを浴びる商売だから、とぼけても不自然ではないかもしれないけど。いや、やっぱり不自然か。
矢口さんはポテトを縦向きに口に入れながら、下からちょっと強い目線をくれた。
「今日の写真つったらアレしかないっしょ」
「ああ、アレですか」
ポーカーフェイスなら得意。やや微笑み系で表情を固定。最後の唐揚げにたっぷり大根おろしをからめて余裕を演出してみたり。
「よっすぃ〜はさー、写真のことで矢口がにわか好奇心でさぐり入れてるって思ってるだろ、今」
「さぐりって。なんすか、それぇ」
「ちがうよ?」
ピクルスを口にひょいと入れながら言う。
「オイラはよっすぃ〜の好きな人が誰か、ずっと前から知ってたんだ」
- 96 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)00時12分36秒
- 消化に悪い食事になったなぁ。なんてノンキなことを考えてる場合じゃない。
「は? あたしの好きな人、ですか?」
気づかないでしょ、普通。他のメンバーみんな、今日の写真見てもわからないくらいなんだから。
「うん。見ててわかった」
「ええ? そら、すごいなぁ、はは」
ウーロン茶のコップを引き寄せる。切り抜けたい。弱みは見せられない。
矢口さんは紙ナプキンで口元を拭って
「よっすぃ〜さぁ、そんなにガードしなくても大丈夫だよ」
見透かしたようなことを言った。
「いつも気ぃ張ってるよね。それ、大切なときもあるけど、もうちょっとラクにしていいときもあるよ」
アイスティーの中のレモンをストローでつつきながら目はこちらに向ける。
「たとえば今とかね」
一番、ニガテなことを言われてるな、と思った。リラックスするとか、人に心を開くとか。物心ついたころから得意じゃなかった。
- 97 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)00時13分21秒
- 矢口さんは、黙り込んだあたしに構わず話を始めた。
「あんね、心配しなくてもキミのポーカーフェイスはわりとたいしたもんだよ。普通、わかんないと思う。矢口が気づいたのはねぇ、矢口にも経験あるからなんだ」
「経験?」
「うん、女の子を好きになった経験」
ウーロン茶の氷が小さくなって、からんとグラスの底へ落ちる。
『なに言ってるんですかぁ、あたし違いますよぉ』とか何か言えるとは思ったけど、それもあんまり不実な気がした。結局、黙って続きをきくことにした。
「もう別れちゃったけどね。つきあってたことあるんだ。だから、誰の恋愛対象に誰がありえないとかいう偏見がないんだよね。フィルターさえなかったら、よっすぃ〜の気持ちって、けっこーわかりやすかったかも」
顔色を変えないので精一杯で、切り返すのは到底無理だった。
- 98 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)00時14分00秒
- 「やな汗かいてそうだな、よっすぃ〜」
矢口さんはふふっと笑った。
「あのさー誰も人の秘密暴いてどうこうってつもりないんだから。そんな構えられたら人格疑われてるのと同じ感じすんだけど」
「疑うとか、そんな、それはないです」
なんだろう。どうやらあたしが誰を好きか、矢口さんは本当に気づいてる。それをどうするつもりなんだろう。
「矢口が言いたいのはさ、よっすぃ〜怒るかもしんないけど………あの子はやめときなよ、ってことなんだ」
「は?」
怒気を含んだ声になってしまった。矢口さんは気にした様子もなく言い募る。
「あの子はさー、難しいと思うんだよ。恋愛とかやっちゃうと、よっすぃ〜絶対、不安定になるんじゃないかなぁ。『娘。』が恋愛禁止なのは、やっぱその辺の予防だからさ、よっすぃ〜にもツライ恋はしてほしくないし、先輩としては止めたいし」
不安定になんか、とっくになってる、もう遅い。
声には出さなくても顔に出てしまっているのだろう、矢口さんが苦笑いの顔になる。
- 99 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)00時14分43秒
- 「そんなに好きかぁ」
あたしはそれには答えずに尋ねる。
「難しいってなんですか?」
矢口さんは、アイスティーを少し吸い上げてから、いわく。
「まー、あの通り、振り回し気質な人だしさあ」
思わず笑ってしまう。『振り回し気質』、たしかに。
「そんなことですか」
ちょっとホッとした。途端に、あたしの安堵を見てとった矢口さんが苦い顔をした。
「………他に、あるんですね」
矢口さんは黙ってまたストローに口をつけた。
「教えてくださいよ、ツライ恋なんて、回避できるもんなら、あたしだってしたいですから」
後藤真希をキライになれるような『難しい』の中身があるなら、本気で教えてほしかった。キライになれたなら、どんなに心安らぐだろう。
- 100 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)00時15分26秒
- 矢口さんは言おうか言うまいか、しばらく考えていたようだったけど、やがて意を決したみたいに「あのさ」と切り出した。
「いる…みたいだよ、つきあってる人」
何を言われたのか、よくわからなかった。彼女とつきあってる人って、それはあたしのはずだ。
「彼氏がいるってことですか?」
「う、や……彼氏っつーのかな、その」
あたしの前でごっちんに好きな人がいる話をするのが気まずいのは当たり前としても、それだけではない戸惑いが感じられた。
「そっか……男じゃなくて」
女の恋人がいる、と言いたいのだろうと察した。
「わかんないよ? わかんないけど、とりあえず抱き合ってキスしてたからさ。それは、やっぱ……やっぱ、さぁ」
「見たんですね」
「あっや、覗いたとかじゃないよ、忘れ物と―――――」
『しまった』と矢口さんの顔が言った。なんと言ったのか、今、彼女は。『忘れ物』? どこに? 楽屋? ごっちんの『つきあってる人』はあたしの知ってる人………?
- 101 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)00時16分16秒
- 「誰なんですか」
「よっすぃ〜、知らないほうがいいってこともあるよ」
「明日からあたしが血相変えて犯人さがしを始めるよりは、ここで知るほうがいい気がしますけど」
「犯人て、そんな」
あたしの物言いにひるんだように矢口さんの声は小さくなった。それからハッと顔を上げる。
「よっすぃ〜、もしかして、つきあってる、の?」
笑った。自分でも皮肉な笑い方になってるのがわかる。
「『つきあってる人』いるんでしょ? 他に。じゃー、あたしはつきあってないんですよ、たぶん」
「いや……あたしが見たほうは、ちょっとした、あの、一時の間違いとかかもしれないし。浮気っつーか、ホラごっちんもまだ幼くて、そゆの、ついってこともあるだろーし」
名前を伏せることも忘れて、動揺しきりで矢口さんが言う。
「さぁ、どっちが浮気なんだか」
あたしはたいして飲みたくもないウーロン茶をストローでかきまぜた。
- 102 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)00時17分09秒
- 「それで?」
追及を再開する。
「『それで』って、そんな……こうなっちゃったら言えるわけねーじゃんよ。よっすぃ〜、オイラ軽はずみだった、悪かったよ。まだ浅い関係なら引き返したらどうかって言おうと思ったんだけど。タイミング遅すぎって感じだよね」
矢口さんは一息にそこまで言って、深々と頭を下げた。
「頼むからこれ以上きかないで、よっすぃ〜。オイラ、よっすぃ〜とごっちん、まだつきあってないと思ってたんだよ。浮気チクるとか、そういうつもりなかったからさ」
矢口さんがそんな人でないことはよく知ってる。でも問題はそこじゃない。
「矢口さんからきいたとか言いませんから」
「それは違うよ、責任逃れとかしたいわけじゃない。ただ、『娘。』の中でそんなハードなモメゴトはさ」
楽屋で抱き合った女なのだから、相手はメンバーだろうと予想はしたけど、やっぱりか。
考えられるのは………圭ちゃん? 妹みたいにかわいがってるうちに愛情が。とか?
加護? ごっちんが相手にするとは考えにくいけど押し倒されたらあるかな。
それとも、たとえば………
あっ―――――!
- 103 名前:駄作屋<とりあえずここまで> 投稿日:2002年09月01日(日)00時18分45秒
- ふっとその顔が浮かんだ。
確信に近い閃き。
「わかりました、矢口さんは言わなくていいですよ」
「えっ……よっすぃ〜、まさか」
「もうわかりましたから」
確証こそないけど、そう考えれば納得のいくことがたくさんある。ごっちんの不可解なとこはやっぱりわからないけど、彼女の不可解は解けた。たぶん間違いない。
「よっすぃ〜、あの」
「大丈夫ですよ、あたしもそんなに子供じゃないですから。仕事に障るようなやりかたはしません」
言いながら立ち上がった。
「ここ、ごちそうになります」
「あ、うん。あのね、よっすぃ〜」
目線だけ向ける。
「こんなんなってまだ言うかって感じだけどさ………なんかあったら相談してよ。こう見えても、芸能界も人生も、よっすぃ〜よりは長くやってるからさ」
隠さない好意がうれしかったけど、あたしはうまく笑えなかった。ぎこちない笑顔になって「ありがとーございます」とだけ返して、そのまま店を出た。
- 104 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月01日(日)00時23分29秒
- >>92
>>93
ほんとレスもらうの好きだ、顔赤くなるくらいうれしい。
ありがとうございます、心から。
調子に乗って多めに更新してみました。
行間つめて書いてることもあり、読みづらいだけだったり・・・。
やっぱ、ちまちまがいいかなぁ。
- 105 名前:なな 投稿日:2002年09月01日(日)01時13分25秒
- そんなことないですよ!
更新いつも楽しみに待ってます。
更新早くて見習いたいなあ…と思いつつ。
なんか、読んでて話に引き込まれてしまいました。
そうゆう話の作り方、したいんですけどなかなか…(ニガワラ
- 106 名前:Kattyun 投稿日:2002年09月01日(日)13時48分42秒
大量更新、お疲れ様っす。
浮気?相手があのひとだったらいいな…。
- 107 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月01日(日)14時11分03秒
- あわわ・・・
まさかこうなるとは。作者さんウマイっす。
更新されるたびに始めから読み直してしまいます。
よっすぃーはどう出るんでしょう。
振り回し気質ごっちんマンセー!w
- 108 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)17時26分25秒
- 歩きながらケータイの短縮000を押した。
無機質な呼び出し音。単調なはずの音がどんどん大きくなってる気がした。お腹のあたり、落ち着かない感じ。
コール20回で、留守電につなぐという音声ガイダンスが流れた。
電話を切って、すぐに今度は短縮004を押す。
まったく同じ呼び出し音。今度はコール15回。機械的な女性の声が「留守番電話サービスセンターに接続します」と言った。
道端の看板。プラスチック製のカバーがついた四角の看板。これ、思い切り蹴ったら、割れてすごい音がするだろうなと思った。体の中をとてつもない嵐が吹き荒れていた。
あたしはガードレールに片手をついて飛び越えた。
手をあげなくても、車道に寄って目線を送っただけでタクシーは減速した。
- 109 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)17時27分14秒
- 30分後、インターホンごしのごっちんは、突然の訪問の理由もきかずにいつも通りの声を聞かせた。
「今開けるね〜」
声と同時にエントランスの自動ドアが開く。
21階まで駆け上りたい衝動を抑えて、一人のエレベーターで長く息を吐いた。
どうしよう。どうしようとしてる? あたしは今。
すんなり上げるからには多分、もう帰してるんだろう。現場をおさえられないであろうことに、あたしはどこかでホッとしてる。あたしとの約束のない夜に、二人ともつながらない電話。確信してるくせに、否定したがる、あたしの心。
どうする? どうしたらいいんだろ。
問いつめる? 何を?
浮気? 浮気って………何?
迷う間に21の表示灯がともった。扉が開く。考えずに歩いて、角部屋の表札のない部屋のインターホンを鳴らした。
部屋の中に電子音が響くのが聞こえる。
- 110 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)17時27分54秒
- ドアを開けたごっちんは、パジャマを着て頭からタオルをかぶっていた。
「どしたの? よしこ」
言いながら、ドアを片手で支えて、自分の体を後ろへ引く。『どうぞ』の仕草。
「ごめんね、いきなり。あがっていい?」
なんで、あたし、こんな普通っぽい声出してる? 気持ち悪い、嘘つき。
「どーぞー」
ごっちんは意識してカメラに向けるときみたいな笑い方をした。かわいくて、気持ち悪い。嘘つき。
スニーカーの紐をほどきながら、紐に目をやったままで、あたしは言う。
「さっき電話したんだけど」
「んあ? ごめん、ごとー、たぶんシャワーしてたかも」
ごしごし、とタオルで髪を乱暴に撫でながら、ごっちんは先を歩いてリビングに続くドアを開けてくれた。
- 111 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)17時28分40秒
- こざっぱりと片づけられてる。いつもと同じ。何も変わらない。
これまで何度もこの部屋に入ったけど、この部屋にあたしとごっちん以外の誰かが入るところなんて、想像したこともなかった。
「ねーごっちん、部屋いこーよ」
あたしはごっちんの体を簡単に抱き寄せて耳元にささやいた。
「えっ、よっすぃ〜?」
いつものシャンプーの匂いと。
「シャワー出たばっかなのに、香水つけたんだ?」
いつもの香水の匂いが、少し強い。
「あはっ、今ねー玄関出る直前につけたんだよ。よっすぃ〜来たからさ」
普通に聞けば、好きな人に会う前だから、香水をつけた、みたいに聞こえる。
その言葉は嘘ではないかもしれないけど、でも。やっぱり今は嘘でしかないよね、ごっちん。
その嘘―――――、あんまり残酷すぎるよ。
- 112 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)17時29分16秒
- 「うんっ………ちょ、よしこ…」
首筋に口づけて、そのまま舌で耳の付け根まで這い上がる。
抱きすくめるあたしの腕をほどこうとして、ごっちんの指があたしの腕をつかんでくる。
「こんなこと、しにきたの?」
「悪い?」
逃がさないように、瞳を見つめて。
「ね? 部屋いこーよ、ソファよりベッドがいいな、よしこは」
軽い感じの誘い方をさぐって、わざとおどけた一人称。
言われたごっちんは、余裕をなくすのかと思ったけど、少し顔を赤くしただけで微笑んでみせた。
「ごとーも、ベッドのが好き、かな」
「寝る気でしょ」
鼻にキス、腕は背中を撫でて、やめてなんかやらない。
「あはっバレた? だって疲れたよー、明日も早いしさぁ」
「わかった、寝かせてあげるから、いこ?」
あたしはもうごっちんの答えを待たなかった。
- 113 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)17時30分14秒
- 背中にまわしていた腕をほどき、ごっちんの手を引いた。
歩くというほどの距離はない。数歩であたしはドアを開けた。
まるで警察が犯人の立てこもる場所へのドアを開くときみたいに、一息に全開。
精一杯開かれた窓からの強い風が、途中まで下がったシェイドを揺らしていた。それだけがいつもと違う。
ベッドには掛け布団がいつもと同じように、きちんと二つ折りになっていた。
「こんな時間まで窓開けっ放してちゃダメだよ、ごっちん」
言いながら、窓を閉め、シェイドを引き下ろした。
「うん………」
「ごっちん? どうしたの? こっちおいでよ」
あたしはベッドに座って、突っ立ったままのごっちんに言った。
いつかの最初の夜と逆転してる、あたしたち。
- 114 名前:駄作屋<とりあえずここまで> 投稿日:2002年09月01日(日)17時31分01秒
- ごっちんは自分のベッドに申し訳なさそうにちょこんと座った。
「なーに緊張してんの」
あたしはごっちんの顎をつかんでこっちを向かせた。
視線を泳がせなかったのは、相当な精神力のたまものだと思う。本当は、あたしでさえ逃げ出したいのに。
「ごっちん、いい匂いがする」
「? さっき、香水―――――」
「ACQUA DI Gio」
RPGの攻撃の呪文みたいに、有名ブランドの香水の名前を唱えた。あの子がつけてる香水の名前。
ごっちんの体が硬直するのがはっきり見てとれた。
ポーカーフェイスごっこ、終わり。恋愛ごっこも、もう終わり。
あたしは、その名前を口にする。
「梨華ちゃん、もう帰ったんだ?」
- 115 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月01日(日)17時35分33秒
- >>105
>>106
>>107
レスありがとうございます。
書いたものにリアルタイムで反応もらえるって
Webに書く醍醐味だなーと思います。
ホント、ありがとうございます。
あ、もちろんROMの方(いる、よね……?)も
含めて、読んでくださってありがとうございます。
今後も更新がんばります。
- 116 名前:駄作屋<送る> 投稿日:2002年09月01日(日)17時37分17秒
- オチ(ってほどでもないけど)がスクロールで見えてるの
なんとなくイヤなので送ります。
- 117 名前:駄作屋<送る> 投稿日:2002年09月01日(日)17時38分20秒
- 送ります。
- 118 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月01日(日)21時56分21秒
- うわぁ・・・梨華ちゃんかあ・・・
- 119 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月01日(日)21時57分16秒
- やべ
送る。
- 120 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月01日(日)21時57分58秒
- すんません
土下座
- 121 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月01日(日)21時58分52秒
- もう一回
よいしょ
- 122 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月01日(日)22時53分16秒
- >118〜121
気を遣わせてしまって、すみません。
まー、オチってほどのものもないんで、
どーぞ、お気になさらずに。
レスありがとーございました。
気に入るオチじゃなかったかもですが、
また読んでやってください。
- 123 名前:名無し 投稿日:2002年09月02日(月)04時07分57秒
- はい、ROMってます。
帰ってきてぱそ立ち上げてメールチェックしたら
ブックマークのここへ直行。これが最近の日課。
乱立するスレッドの中でこの作品にであえたことに、感謝。がんがってください
- 124 名前:シューヤ 投稿日:2002年09月02日(月)10時50分34秒
- 吉澤さんが、痛いです。
何考えてるんだか分からない後藤さんも、やっぱり痛いんだと思います。
生意気なレスですみません。力一杯応援させて頂いてます。
- 125 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月02日(月)21時02分41秒
- 「よっすぃ〜? なんの」
白を切ろうとして無意識的にあどけなくなってる声をあたしはさえぎった。
「もういいよ、それ。その声かわいいけど、今やめてくんないかな、頭にくる」
二人そろってつながらない電話。かすかに残る梨華ちゃんの香水。それを隠したがるごっちん。否定したくても疑いようのない状況証拠。
ごっちんはふっと口をつぐんで、その顔から急に表情が消えた。
「言い訳してくれないの? ごっちん」
胸がざわつく。あたしのほうが余裕がない。胃がきりきりする。
「いいわけ?」
ごっちんはオウムがえしに問う。本当に心当たりがないかのような言い方。
「普通はするんだよ、浮気したら、恋人に言い訳」
なんで、あたしキレられないんだろ。なに冷静に諭してんの? 気持ち悪い。
「浮気って」
「寝たんでしょ?」
「寝てないよ」
あんまり早い回答。それで、したくなかった確信をする。
「なんでウソつくの? あたしは知ってるんだよ!?」
ごっちんは、困ったみたいに息を吐いた。
「そっか……」
- 126 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月02日(月)21時03分20秒
- 「『そっか』ってそれだけ?」
「……………ごめん、ね」
申し訳なさそうな顔をしている、ように見える。だから、あたしにはごっちんがわからなくなる。
「なんで、『ごめん』て何? 梨華ちゃんのことが好きなの?」
「好きだよ」
微塵も迷わずにごっちんは言った。
あたしの目から無意味な水がこぼれる。
「でも、よっすぃ〜のことも好き」
あたしの頬をぬぐう、やさしい指の腹。
あたしはその手を叩き払った。
「何言ってんの? ごっちん、わけわかんないよ!」
「よしこ、ちょっと聞いて?」
ごっちんは、まるで聞き分けのない子供をあやすような調子で言った。
「ごとーはさ……よっすぃ〜のこと、すごく大切なんだよね。よっすぃ〜が望むことだったら、自分にできることはしてあげたいなぁって思ってた」
ごっちんは何を言ってるんだろう。ごっちんの『大切』って何?
あたしは、ごっちんの何?
- 127 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月02日(月)21時04分02秒
- ごっちんは続ける。
「よっすぃ〜があたしを『好き』って言ってくれたとき、あたしでいいんだったら、あげるよって思ったんだ」
頭が痛い。吹きさらしになってたこの部屋は寒すぎる。頭が熱い。
「だから……抱かれたの? そんなんだったら、あたしのことなんか全然好きじゃないんじゃんか! つきあってて、ちょっとはあたしのこと好きかなってドキドキしてて、そんなん全部、あたしがバカみたいだよ!」
時間が色褪せて、嘘になっていく。デートした日も。キスしてたあのときも。抱いた夜も。
ごっちんは、少し眉根を寄せて辛そうにしながら、それでもあたしの目を見た。
「好きだよ、よっすぃ〜のこと」
「その『好き』じゃないよ!」
悲鳴みたいな、たぶん、あたしの声。ごっちんが切り刻む傷があんまり痛すぎて、悲鳴は自分の声じゃないみたいに金属的に聞こえた。
- 128 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月02日(月)21時04分45秒
- ごっちんは、少し考えてからはっきりと言った。
「そうだね。その意味だったら、好きじゃない」
「っ……」
血がたくさん流れて気を失えたらいいと思った。
「最初から『好き』には応えてあげられないと思ってた」
「それは聞いたよ、知ってる。だけど、あたしは…つきあうって言ってくれたのは、あたしのこと好きになるかもしれないからだって、二人でいてそういう努力をしてくれるんだと思っ―――」
情けなくなった。勝手に期待して勝手に裏切られた気になって。
「ごとーが無責任に期待させちゃったんだね……」
ごっちんは、悲しそうな顔をしてる。何を悲しんでるのか、もう見当もつかないけど。
「……ごっちんの気持ちはどこにあるの?」
あたしと同じ『好き』を、ごっちんは誰にあげるの?
一瞬、質問の意味を考えるような間があった。
「ないよ、どこにも」
ごっちんの言い方は、コンビニの店員みたいだった。『すみません、うち切手置いてないんですよ』、少しだけ申し訳なさそうで、どこか冷ややかな、そんな調子だった。
- 129 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月02日(月)21時05分32秒
- 「気持ちがないから、体とか時間とかなら、あげられるかなって思ったんだ」
「ごっちん、自分がどんなに残酷なことしてるかわかってんの?」
ごっちんは安易に答えなかった。
少し黙った後でようやく言葉を紡いだ。
「今は少し、わかる気がする」
「梨華ちゃんにも同じことしたんだ?」
ごっちんは、いたたまれなくなったのか視線を自分の足元に落とした。
あたしは追及をやめられない。
「梨華ちゃんも『ごっちんが好き』って? だから抱かれて『あげた』んだ?」
「よっすぃ〜」
『やめてほしい』と、あたしの名前を呼ぶその声が、あたしの頭の中をめちゃくちゃにする。
「梨華ちゃんも知らないんだ? ごっちんが誰でもいい人なんだってこと。かわいそうだね」
ひどいことを言った自覚があった。でももう止まれない。
「じゃーうちら以外にもいるんだろうね。『つきあって』って言われたら誰にでもついてくんだったら、そんなの…」
ダメだ。言うな。赤信号の点滅が見えてて、だけど止まれずにあたしは。
「そういうの、淫乱っていうんじゃないの?」
ごっちんが顔を上げた。
- 130 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月02日(月)21時06分12秒
- とても傷ついた目をしていた。悲しみの色をした瞳に醜いあたしが映ってる。
ごっちんは泣かなかった。
「よっすぃ〜、ごめん」
ひどいことを言われてるのに、それに対する否定も憤りもごっちんは口にしなかった。
「謝っても、取り戻せないものもあるよ」
これ以上、ごっちんを責める権利が自分にないことを、あたしだけが知ってる。
ごっちんの気持ちが自分にないことは、最初から薄々わかってた。
それでも、『あたしが』そばにいたいから、いた。『あたしが』キスしたいから、した。『あたしが』抱きたいから、抱いた。全部ぜんぶ、自分のいいようにした。ごっちんの気持ちが手に入らないことに不安と不満とたくさんの悲しみを抱えて、それをごっちんに引き取らせたんだ。
「許されたいとか、どうしたいとか、もうわかんないけど」
ごっちんの声が遠い。
「よっすぃ〜、あたし……ほんとにごめん」
好きな人に謝られる痛みが、ごっちんにはきっとわからない。
- 131 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月02日(月)21時07分30秒
- 「約束してよ」
あたしが言い、ごっちんは許すための条件が提示されると思ったのか、かすかにすがるような目であたしを見た。
「もう梨華ちゃんに抱かれないで」
ごっちんの表情が強張る。
「好きでもない他の誰にも抱かれないで」
ごっちんに自分を大切にしてほしいから。
「それから」
ごっちんにはまず自分自身を愛してほしいから。
「あたしに二度と抱かれないで」
抱きしめた。
「よっすぃ〜…」
ごっちんは頷いてはくれなかった。
「ごめんね。約束できないよ」
ウソでも『約束するよ』と言えば、キレイに関係を清算できるかもしれないのに、ごっちんは、そうはしなかった。
「梨華ちゃんは、あたしとよっすぃ〜のこと、知ってる」
「え?」
あたしとごっちんがつきあってることを梨華ちゃんが知ってる。
知ってて、ごっちんと…?
- 132 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月02日(月)21時08分42秒
- 「よっすぃ〜と会わないときに会うのでいいんだって言ってる」
「そんなの…」
「そんなのもあるよ、よっすぃ〜。でも」
ごっちんはあたしの腕をやんわりと、でも確実にはらいのけた。
「それじゃダメなこともあるんだね。全部じゃないとダメな人もいるんだよね。ごとーはもっと友達のこと、よく見てたらよかった。そしたら、よっすぃ〜とは寝なかったよ」
あたしは絶句した。本当にごっちんには自分の意志がないみたいに見えてショックだった。あたしが傷つかない行動をとりたい。梨華ちゃんが望むことをしたい。上手にそうしたい。それだけ。
だとしたら、ごっちんは、ごっちん自身の希望とか衝動はどこにいくんだろう。
何か。何かが決定的に欠けてる、この子には何かが。
- 133 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月02日(月)21時09分17秒
- 「よっすぃ〜? だから、約束はできないよ。よっすぃ〜があたしに対してすることは、あたしが決められない。無視でも、恋愛でも、なんでも。それはよっすぃ〜の感情だから、ごとーには止められない。禁止なんかできない」
ごっちんが言いたいのは、その逆のケースのことだってわかる。
「おんなじことで、ごとーが誰に何するのも、よっすぃ〜が止めるのは無理だよ。っても、よっすぃ〜が嫌がることを、ごとーはよっすぃ〜に絶対したくないけど」
こんなにもすれ違って、気持ちが噛み合わない。
「ごっちん、あたしは…ごっちんに自分の正直な気持ちを見せてほしかった。安く自分を差し出すんじゃなくて、あたしを恋愛対象に見られないなら、突っぱねてほしかった。勝手かもしれないけど、一瞬、あたしは夢を見てた。それで…その夢があんまり幸せだったぶん、今がすごくツライ」
ごっちんは黙ってる。
- 134 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月02日(月)21時09分57秒
- 「こんなのってひどいよ…ごっちん」
嫌いだ、こんなひどいことができる人なんて。
「仕事がなかったら顔も見たくない」
大嫌いだ、人の気持ち踏みにじって。
「『好き』なんて今すぐ取り消す。嫌いだよ、おまえなんか!」
涙でごっちんが見えない。
ごっちんは、あたしの言葉をただ受け止めて、一言だけを返した。
「あたしは…どうすればいいかな?」
『だからそれを自分で考えろよ』。『消えろよ、消えちまえ』。
言いたいことはたくさんあって。
でも、あたしが口にしたのは。
「っく……お願いだからっ…そばにいて―――」
抱きしめた。何かが怖くて、しがみつくみたいに、強く。
「…きだよぉっ」
どこかが壊れたみたいに涙が滝みたいに噴き出した。ごっちんはたぶん困った顔をしてるだろうけど、抱きしめるあたしのぼやけた視界には後頭部しか入らなかった。
そのまま、何秒が経ったのか、背中にためらいがちなごっちんの手を感じた。
- 135 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月02日(月)21時10分49秒
- 泣きながら、ごっちんを抱いた。いつもより乱暴になってしまう自分を止められなかった。無言で服を脱がせて無言で犯した。ごっちんは怖がったし痛がったけど、それでも抵抗しなかった。何も知らなかったほんの数日前の夜みたいに、甘美な声をあげて、あたしの腕の中で果てた。
「ごめん」
あたしはベッドの上、天井を睨みながら謝った。
ごっちんは隣でぐったりしている。
「謝ることないよ」
ごっちんは、あたしが何に対して謝っているのかもきかなかった。
「ただ」
ごっちんは寝返りを打って背中を向けた。
「全部はあげられないよ。なんか、他にも欲しがってる人いるから。だから………適当に切って分けていいよ。ケンカしないでね」
信じられないくらい淡々と言った。
- 136 名前:駄作屋<とりあえずここまで> 投稿日:2002年09月02日(月)21時11分37秒
- 自分のことをモノのように言い捨てて、ごっちんはだるいはずの体を起こした。
もう一度シャワーを浴びに行くんだろう、ベッドを降りる。
あたしは、その裸の背中に言葉を投げつけた。
「ごっちん……自分のこと、どうでもいいの?」
ごっちんの背中がちょっとだけ揺れた。
「そんなことないよー」
いつもの明るい声。
いつもの言い方。
ドアの前で振り返る。
口元に、かすかな笑みさえ浮かべて。
「大嫌いなだけ」
- 137 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月02日(月)21時12分39秒
- うう、なげえ。
読みづらそうだ・・・すみません。
- 138 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月02日(月)21時14分39秒
- >>123
>>124
すごくうれしいお言葉、ありがとうございます。
モチベーション保って更新スピード保てるのも
みなさまのおかげです。
- 139 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月02日(月)21時15分20秒
- 暗い話で恐縮ですが、どうぞ最後までおつきあいください。
- 140 名前:すなふきん 投稿日:2002年09月03日(火)00時18分21秒
- もちろん、そのつもり(w
後藤さんの虚無感にすっかりハマってしまいました。
素晴らしい更新速度にただ、尊敬。頑張ってください♪
- 141 名前:名無し読者。 投稿日:2002年09月03日(火)00時46分18秒
- うわ〜、よしこが痛すぎる!
でも、そこが面白くてすっかりはまりました。
続き、楽しみにしてますね。
- 142 名前:カム 投稿日:2002年09月03日(火)02時17分23秒
初めまして、同じ板で書いてる者です。
連載当初からずっと読ませて頂いてました。
途中でレスするのが申し訳ないくらい素晴らしい作品で
ごっちんの救い様の無い感じに引き込まれています。
毎日更新に、いつも感服しながら読んでます(w。
影ながら応援してますので頑張ってください!!
- 143 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月03日(火)21時22分00秒
- いしごまが好きなもので、よしごまは友情以上に見えないことが多いのですが、
そういうの関係なく、ここの後藤はイイですね。楽しみにしてます。
- 144 名前:名無し読者。。。 投稿日:2002年09月03日(火)21時26分50秒
- 凄く面白いです。
期待してます。
- 145 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月03日(火)22時51分49秒
- 『今日は帰る。また電話します。』
かろうじてメモを残して、あたしはごっちんがシャワーからあがる前に部屋を出た。
顔を合わせるのが怖い、と思った。
『大嫌いなだけ』
言ったときのごっちんの顔。見たことのない顔だった。よく尖った刃物みたいな、温度も色もない冷笑。
梨華ちゃんのことは、もちろん大きな問題ではあるけど、今のあたしには、それ以上にごっちんの冷ややかさが気になった。
彼女の心という球体のうち、あたしが今まで見てきたのは、光があたったごく一部だったのかもしれない。
- 146 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月03日(火)22時52分57秒
- 翌日は珍しくラジオもテレビもない日だった。ダンス・レッスンのほかには、テレビ雑誌の取材があるだけ。写真を撮るとき、「もう少し笑ってくださーい」なんて言われた。他のメンバーが言われるのを横で聞くことはあるけど、自分が言われるのは珍しくて、笑顔はますます苦いものになってしまった。
ダンス・レッスンの途中で、ごっちんは出かけていった。10代向けファッション誌の単独インタビューを受けるんだそうだ。加護が自分のことのように誇らしそうに教えてくれた。
レッスンの合間、短い休憩時間に、パイプ椅子ごと梨華ちゃんはこっちへ近づいてきた。
「よっすぃ〜、なんか元気ないね。体調悪いの?」
ごっちんは梨華ちゃんに、関係がバレたことを話してないのだろうか。昨日のうちに電話なりメールなりしそうなものだ。いや、しないかもしれない、ごっちんなら。そういう人だ。
あたしは黙って流れる汗をタオルに吸い取らせていた。
「だいじょうぶ?」
高くてかわいらしいその声が今は癇に障る。
- 147 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月03日(火)23時00分25秒
- 「梨華ちゃんさー、あたしに話しかけるのって『将を射んと欲せば』ってやつだったんでしょ? もう射たんなら、いんじゃないの」
今なら、わかる。梨華ちゃんが何かとあたしにかまった理由。あたしの隣にはいつだってごっちんがいた。食事に誘うのだって、あたしを誘うふりで、本当はその隣を誘いたかったのだ。この前、食事した夜の「好きな人」の質問、あれは誰の答えが聞きたかったのか、あのときのうろたえぶりは誰が隣にいたせいだったか。昨日の楽屋であたしに何をさぐりにきたか。どこか謎めいてた梨華ちゃんの言動の意図が、今はもう、手にとるようにわかる。
- 148 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月03日(火)23時01分10秒
- 「『将を射んと欲せばまず馬を狙え』だっけ。難しい言葉知ってるねぇ」
梨華ちゃんはすっとぼけた反応を返してきた。
かっとなったあたしは、反射的に切り込む。
「告白は先週の水曜ってとこかな?」
半分ハッタリ。
3人で食事した夜、ごっちんは梨華ちゃんの好きな人をあたしだと思ってるようなふしがあった。この時点では二人は友達だったはずなんだ。
その後、いつのタイミングで梨華ちゃんの告白があったのか、ハッキリとはわからないけど。オフの木曜日にごっちんに予約を入れてたのが梨華ちゃんだとしたら、そのときに告白するつもりだったんじゃないかという気がする。何かの合間にさっと人目を盗んで愛をささやくような器用なタイプには見えないから。
だけど水曜日、ビールを飲んでごっちんが不安定なときに二人になった。梨華ちゃんにとっては絶好のチャンスだったはず。高い確率で、ごっちんは水曜深夜の楽屋で梨華ちゃんの本当の「好きな人」を知ることになったんじゃないか。
- 149 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月03日(火)23時02分05秒
- 推理は正解だったようだ。
梨華ちゃんはさすがに目を丸くした。
「ごっちんから聞いたの?」
「言うわけないよー、ごっちんが。それとも、言ってる?」
あたしがいつどんなふうに愛を語ったか、おもしろおかしく梨華ちゃんに話したりしてるのだろうか。
「まさか。なんにも言わないよ」
目的語を補わなくても梨華ちゃんは質問の意図をすぐに汲んで答えた。
見かけよりはるかに鋭い恋敵の前で、あたしはこれまで無防備だったと気づいて、舌打ちしたくなる。昨日ごっちんが言った『友達をよく見ておけばよかった』は私のセリフだった。
「よっすぃ〜、今日いっしょに帰れないかな?」
「やめようよ、修羅場とかそういうの」
疲れていた。争って勝ったとしても賞品は手に入らない。友達だと信じていた人と無駄に争うのはイヤだった。
「『そういうの』、するつもりはないよ、わたしも。よっすぃ〜と話したいだけ」
梨華ちゃんの印象が変わりつつある。なんていうか、もっとオドオドしたとこのある子だと思ってた。今こうして見る梨華ちゃんは、どこか凛々しい。
なんとなく興味ひかれるものがあって、気がついたら私は「いいよ」と返事をしていた。
- 150 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月03日(火)23時04分21秒
- 「いつ知ったの?」
駅までの道で、梨華ちゃんは短く尋ねてきた。あたしも単語で答える。
「昨日」
「あらら、それは……大変だったね」
「大変だったのは梨華ちゃんでしょ? 電話の後、大急ぎだったんじゃない?」
二人でいる部屋に、突然ごっちんのケータイの着メロが響いて、間をおかずに自分のケータイの着メロが流れて。ディスプレイに吉澤ひとみの名前があったら、それは梨華ちゃんにしたら、かなり背中が寒くなる状況だったんじゃないかと思う。
「なんでバレちゃったのかな、気をつけてたつもりなのに」
悪びれない態度にちょっとカチンとくる。
「楽屋でするのは気をつけてるって言わないんじゃないかな」
「そんなことも知ってるんだ、物知りだね、よっすぃ〜は」
「梨華ちゃんほどじゃないよ。あたしとごっちんのこと、知ってたんでしょ?」
知ってて、ごっちんを抱いた。
- 151 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月03日(火)23時05分05秒
- 梨華ちゃんはあたしの言葉に刺を感じたのだろう、横からあたしの顔をちょっと覗くようにしながら宣言した。
「よっすぃ〜、わたしは謝るつもりないよ? あなたの大切な人に勝手に乱暴したとかだったら、土下座モノだけど。そういうことじゃないから」
『合意の上』だと言いたいのだろう。そんなことは知ってる。
「謝ってもらおうと思ってないよ」
梨華ちゃんの端整な横顔を車のライトが照らしては行き過ぎる。
ごっちんと並べば、とても絵になること、あたしも知ってる。
「でも……あたしは別れないよ」
自分の声が細く聞こえた。
- 152 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月03日(火)23時05分47秒
- 梨華ちゃんは黙っていた。
コンビニの誘蛾灯に虫が入って、ばちっと音をたてる。
「ごっちんがね、『適当に切って分けて』って」
「え?」
「自分のこと、欲しい人で適当に切って分けて、ケンカしないでね、だってさ」
横を見なくても梨華ちゃんが眉をひそめるのがわかる。
「ひどいこと言うよね、たまに」と痛そうにつぶやいた。
「梨華ちゃんは何か知ってる? ごっちんが」
なんと続ければいいかよくわからなかった。ごっちんが『変な』理由? ちがう、変っていうか、なんていうか。答えは梨華ちゃんが口にした。
「自分を憎んでる理由?」
「………うん」
- 153 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月03日(火)23時06分40秒
- 「わたしにもわかんないよ……」
「そうだよね。知ってたとして、あたしに話さないよね、普通」
二人ともごっちんに本当の意味では相手にされてないとはいえ、仮にも恋敵どうしなのだから。手の内を明かしたりするはずはない。
「ううん、そうじゃなくて。本当に知らないの」
梨華ちゃんは思いのほか強く言って、悔しそうに唇を引き結んだ。
あたしは自分をイヤなヤツだなと思った。
「ごめん、今の感じ悪い、あたし」
「ううん、当たり前だし、それ」
愛にかけて謝るわけにいかない梨華ちゃんは、それでもあたしに対して何も感じていないはずがなかった。短い言葉から、あたしはそれを知った。
- 154 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月03日(火)23時07分23秒
- 「なんで、おんなじ人かな」
ぽつり、つぶやいてみる。
「ね、いやになるよね」
「しかも相手、性悪だし」
「けっこー、ひどい人だよね」
「わけわかんないし」
「ほんと、わかんない」
あたしたちは同時に笑い出していた。恋敵といっしょに好きな人の悪口を言い合うなんてバカやってるよね、って軽く自虐的な笑い。
胸のどこかに、温かい痛みを感じた。
- 155 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月03日(火)23時09分08秒
- 駅についた。地下鉄数本が合流する駅、あたしたちは乗る線が違う。
「じゃー、また明日」
「おつかれさま」
当たり前の挨拶を交わして、あたしたちは別々に歩き出す。
恋のために失うものがあることは、想像はしていて、だけど、こんなに劇的に突然、失うことになるとは思わなかった。あたしは階段の手前、なんとなく壁にもたれた。
「よっすぃ〜!」
呼ぶ声。どんな雑踏でも聞き分けられるその声。
「梨華ちゃん」
引き返してきた彼女は、肩で息をしていた。
「どうしたの?」
「………ばろ、ね」
乱れた息の下から言う。
- 156 名前:駄作屋<とりあえずここまで> 投稿日:2002年09月03日(火)23時10分14秒
- 「がんばろーね」
階段の頂上でのことで、背広姿の誰かが、あたしたちを邪魔くさそうに睨んで通り過ぎる。
「なんかそれ変だよ」
あたしは笑った。
「そうだね、変かな」
梨華ちゃんも笑う。
「ま、チャーミーの言うことだから、こんなもんでしょ」
「自分で言うなよ」
「だね」
あたしたちはしばらく黙っていた。
「帰ろ」
あたしは壁から背中を離した。
「うん、じゃー、おやすみなさい」
と梨華ちゃんもまた、反対側の階段へ向き直る。
あたしはその背中にもう一度だけ、声をかけた。
「おやすみ」
おやすみ、梨華ちゃん。
さようなら。
- 157 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月03日(火)23時15分07秒
- 下がりすぎると書きにくい(操作的にです、
精神的には落ち着くんですけど)ので、
ちょっとあげます、すみません。
>>140
>>141
>>142
>>143
>>144
前回更新の後藤さんのラストのセリフは
作者的には思い入れがあったので、
ここでレスがたくさんもらえて
本当にうれしいです。
ありがとうございます。
- 158 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月03日(火)23時16分46秒
- って、あげそこなってるし・・・。
少しずつ更新したいのに、切りようがなくて
長くなってしまいました。
ストックなくなりそうだ、平日だしヤバイ。
- 159 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月03日(火)23時18分19秒
- そういうわけで、明日は更新少ないかもしれません。
せっかく「楽しみ」って言ってもらってるのに、
すみませんです。
- 160 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月04日(水)04時07分35秒
- 今日初めてイッキに読みました。
かなりツボです!
頑張って下さい!
- 161 名前:ヒトシズク 投稿日:2002年09月04日(水)21時51分58秒
- お・・・面白すぎ^^!
かなりハマりましたっ!
ごっちんの嫌な意味気になりますねぇ〜・・・
更新楽しみにしてます!がんばってくださいね!
- 162 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月04日(水)22時25分00秒
- 先がとても気になります。
頑張ってください
めっちゃ楽しみです。
- 163 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月04日(水)23時50分23秒
- 次の日、あたしはごっちんと二人になった。自分から、そうした。
ごっちんと仕事以外で言葉を交わすのはあの夜から二日目にして初めてだった。
テレビ局の階段室。局はエレベーター完備だし、階段もいくつかある。あたしは、ほとんど人が来ないと思われる北階段にごっちんを誘い出した。
鉄の扉を後ろ手に閉めて、グレーの絨毯張りの階段に座る。あたしが最上段に腰かけたら、ごっちんはそこから3段ほど下がった壁際に座った。その斜めの距離にどんな意味があるのか、あたしは知らない。
あたしはごっちんのいる下に向かって、ごっちんは横を向いて、座っている。こういうの、なんていうんだっけ。ねじれの位置? なんか、そんな言葉を急に思い出した。
「元気?」
他に何かあるだろうに、そんな言葉しか出てこなかった。
ごっちんは顔をこちらに向けて、くすと笑った。
「元気だよー、ごとー健康優良児だし」
「そっか」
- 164 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月04日(水)23時52分18秒
- 二人で黙っていると、いろいろ思い出して、また謝りたくなってしまう。
ひどいことを言って傷つけたり。『あたしに抱かれないで』なんてカッコつけた直後に乱暴なことをしたり。いきなり押しかけたくせにいきなり帰ったり。
消しゴムで消したいような行動の数々を、どうか許してと叫び出したくなって困る。
「あのさ……」
「謝らなくていいよ」
言いかけたあたしを、ごっちんは続きを読んだみたいにさえぎった。
「よしこも、梨華ちゃんも、もう謝るの、やめてよ。ごとーが悪いんだからさ」
梨華ちゃんも謝ってるんだ。なんとなく、わかる気もする。
- 165 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月04日(水)23時53分22秒
- 「なんか、なんだろーね。ごとーには難しいよ。いろいろ……難しくなってってる」
疲れを隠さずに微笑んで、ごっちんはまた横を向く。
サラサラの髪の毛、そのつむじが今ここからよく見えて、急にごっちんの幼さを感じる。背中がいかにも細くて頼りない。
「ごっちんは悪くないよ」
小さな背中が、かすかに揺れたように見えた。
「ごっちんは悪くない」
あたしはバカみたいに同じ言葉を繰り返した。
いつも見せないごっちんの弱さが、あたしを動揺させていた。
- 166 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月04日(水)23時54分01秒
- 「悪いよ」
つぶやいて、ごっちんはゆらりと立ち上がった。
うつむいたまま階段を上がってくる。
すれ違いそうになったとき、あたしは座ったまま、ごっちんの腕をつかんだ。
それでごっちんの体が止まって、少し揺れて、その小さな衝撃で、見上げるあたしの顔に雨粒がひとつ、降った。
あたしは立ち上がった。ごっちんは顔を隠したがって下を向いた。栗色の髪がさらりとその顔を覆った。
「ごっちん」
不様にもあたしは、なんと声をかけていいかわからなくて、ただ、ごっちんの両手をぎゅっと握った。子供みたいな、滑稽な仕草だったけど、ごっちんは小さく頷いてくれた。
ちょっと猫ッ毛みたいな細い髪が邪魔をして、ごっちんの顔が見えない。涙を拭ってあげたいと思ったけど、ごっちんはそうされたくないんじゃないかと思って、あたしの手は動かなかった。
- 167 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月04日(水)23時54分47秒
- 「ごとーはね、すごく悪い人間なんだ」
なんとなく、あたしや梨華ちゃんとのことだけを言ってるわけじゃないんだろうと察した。あえて、否定せずに聞く。
「ほんとに悪い人間だから、よっすぃ〜には似合わない」
どんな顔をしてるんだろう、ごっちんは、いま。あたしは言われてる言葉よりも、なぜだか、それが気になった。
「よっすぃ〜はさ、いいヤツだし。よりによって、ごとーなんか選ぶことないよ」
ごっちんなりにあたしを大切にしようとしてくれてるのは、伝わってきた。
だけど―――、ごっちんの理屈が正しいとして、それは最初の告白のときに言うべきセリフだ。
言わなかったのはなぜだろう。こうなるまで言えなかった、ごっちんの理由。
わからないことだらけだけど、そのことだけ、わかる気がする。
- 168 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月04日(水)23時55分38秒
- 「嘘つき」
あたしは静かに言った。
何が足りてないのか、わからない。何に怯えているのかも知らない。だけど、ひとつだけ、ハッキリわかってることがある。
ごっちん、寂しいんだよね?
だから好きでもないヤツの手をとっちゃうんだよね? それが正しくないって本当は知ってたよね?
ごっちんは『嘘つき』の意味を問うように顔を上げた。
髪がさらり、こぼれる。
涙は左目からだった。双眸が潤んでいたけど、滴を落とした跡があるのは左の頬だけ。そんなふうにしか泣けない人が、あたしはどうしても愛しかった。
『助けたい』。
何から、なのかわからないけど、そう思った。
- 169 名前:駄作屋<とりあえずここまで> 投稿日:2002年09月04日(水)23時56分49秒
- 「あたしがして欲しくないこと、あたしにしないんでしょ?」
二日前に彼女が言ったセリフを突きつける。
「だったら、あたしの好きな人の悪口言わないでよ」
ごっちんは、一瞬間、意味を考えて、それから何か言おうとして声をつまらせた。
「ごっちんは大嫌いかもしれないけど……あたしには、誰より大切な人だからさ。お願いだから、もう悪く言わないで」
「……っ、なんで、なんで? なんで、だって………なんで」
うまく言葉が出てこないごっちんの唇にそっと人差し指で触れた。
「それ、あたしが一番知りたい」
苦笑い。笑って、そのまま人差し指と唇、入れ替わりで触れる。
柔らかいものに触れる瞬間、閉じかけたあたしの視界のはし、流れる涙を見た気がした。
- 170 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月04日(水)23時59分15秒
- >>160
>>161
>>162
レス、ありがとうございます。
毎日書いて、毎日読んでくれた人から反応があって
駄文書きとして、こんな幸せなこと、ないです。
- 171 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月05日(木)00時01分42秒
- ただ、今後は毎日更新とはいかなくなる、
かもしれません。
書きためた分が底をついて今、リアルタイム更新に
なってるので。
- 172 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月05日(木)00時05分18秒
- 書き手としては、誤字脱字はイヤだし
(昨日の更新で一人称間違えたとこがあります、すみません)、
最低限、今より質を落とさないで書きたい気持ちもあります。
今後は更新頻度はお約束できませんが、完結はお約束しますので
どうか気長に見守ってやってください。
よろしくお願いします。m(_ _)m
- 173 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)02時36分54秒
- 心情描写がすごくイイです。もう巡回コースに入れさせて頂きました。
作者さんの納得がいくよう、マイペースでがんばって下さい。
- 174 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月05日(木)04時28分05秒
- 例は挙げませんが、細かい描写がすごく上手いですね。
かなり名作の予感!
マターリ待ってるので、作者さんの納得の行くかたちで仕上げて下さいね。
- 175 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月06日(金)01時48分17秒
- それから、あたしは週に2、3日のペースでごっちんのマンションに通った。
仕事は忙しかったし、例の週刊誌のせいで、いつどこであっても、あたしたちがいっしょにいるだけで無遠慮な視線を投げてくる人はいたけど、気にならなかった。
本当は毎日でもそばにいたかったけど、もしもあたしがそれを口にしたら、ごっちんは「それはできない」を言うためにまた苦しむだろうから、言わなかった。
「好きな女を他のヤツに抱かせて平気なんて、そんな愛はない」と小説の中で誰かが言ってた。
あたしと会わない週4、5日のうち、どれくらいを梨華ちゃんが占めてるのか、あたしは知りたいと思わなかったし、訊かない。『平気』そうな顔なら、あたしだってごっちんに負けず得意だった。
- 176 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月06日(金)01時49分08秒
- その夜、いつものようにごっちんお気に入りの白いソファーに座って、ごっちんがシャワーから上がるのを待っていた。
テレビの電源を入れる。洋画のエンドロールが流れているところだった。23時45分。野球中継でズレたのかなと思いながら、チャンネルを替える。
「あ、市井さん」
思わず独り言を発してしまった。
画面には、外国の風景の中にたたずむ市井さんの姿があった。脱退から約1年、『市井沙耶香、再デビュー』が近いらしい噂は、ここ最近でよく聞くようになった。
番組には誰だったか女優の声でナレーションが入る。
『立ち止まらない人々に焦りを感じる市井さん。それでも、できることは歌うことだけ。またギターを手に取ります』
- 177 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月06日(金)01時49分50秒
- アメリカだろうか、ストリートでギターを抱えて、市井さんは歌っている。
詞のない曲だった。誰にもわからない言葉を市井さんは音に乗せる。英語にも聞こえるし日本語にも、韓国語っぽくも聞こえる。
抑揚の効いた旋律が美しい、ミドル・テンポの音楽。高音を色っぽく震わせるところ、低音をかっこよく響かせるところ、はしばしに豊かな歌心を感じさせる。
「ごっちーん!」
あたしはバス・ルームに向かって叫ぶ。
あたしと市井さんの『娘。』在籍期間はごく短く重なっている。ショートカットの似合う容姿といい、さっぱりした態度といい、小気味いい感じの人だった。
ごっちんも市井さんのことは慕ってた、みたいだ。二人と同じグループにいたのに『みたい』というのもなんだが、あたしが加入した頃、ごっちんは初めての教育係で手一杯だったようで、新メンバー以外といっしょのところはあまり見なかったから。
「んあ〜、どしたの?」
ごっちんはパジャマのボタンをのろのろと留めながら、リビングに入ってきた。
- 178 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月06日(金)01時50分25秒
- 「テレビ、テレビ。市井さん、すげえカッコイイよー」
番組はCMに入ってしまっていたけど、あと10分くらいはやるはずだ。
「いちーちゃん?」
「うん、外国でストリート・ライブやってた。密着番組みたいなやつだよ」
「へえ」
予想に反してごっちんはほとんどなんの反応も見せなかった。信号待ちみたいな顔。なんにも感じてない顔で、濡れた髪の毛をタオルに包む。
「ドライヤー……」
ぼそっと言いながら部屋を出て行こうとする。
「え、見ないの?」
「うん、べつに」
まるで興味がなさそうに言って、ごっちんは洗面所へ歩いていった。
『べつに』を自分の存在そのものに対して言われた気がして、あたしはまた少し胸が痛くなった。
- 179 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月06日(金)01時51分05秒
- ドライヤーの音が大きくて、市井さんが何をしゃべってるのか、よく聞き取れなかった。だけどというか、だからというべきか、意志の強そうな眼差しだけが印象に残った。
番組の最後は、1ヵ月後くらいに発売になるCDの視聴者プレゼントの知らせ。深い緑色背景のジャケット写真、右隅に膝を抱えて目を閉じる市井さんがいる。学芸会の魔女の衣装みたいな、真っ黒なだぶだぶの服を着ていた。不思議なくらい、美しく見えた。
ドライヤーの音がやんでテレビの音声が聞こえ始めたのは「ご覧のスポンサーでお送りしました」からだった。
ぺたぺたと裸足でフローリングの床を歩いてくるごっちんにあたしは文句を言った。
「よく聞こえなかったじゃん、ごっちんのバカ」
「んー? あ〜、まだ見てたんだ」
「まだってさぁ……薄情なヤツだなーもう」
- 180 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月06日(金)01時51分45秒
- まだ文句言いモードのあたしの隣にすとんと座って、ごっちんはリモコンをテレビに向けながら、あたしの顔を下から覗いてくる。
「よしこ、ごとーがシャワーからあがってんのに、いちーちゃんのこと考えてたんだ」
意味なんかまるで通らない無茶な理屈。
試すような視線。テレビの電源が切れる音。
「考えてたとかじゃなくて、普通に楽しくテレビ見てたの!」
「ふーん………あ、そ」
言うなり、こちらに傾けていた体をまっすぐにする。テーブルの上に置いてあった雑誌を手にとって眺め始めた。振り回し気質だ、この人は、本当に。
「ごっちん」
「はあいー?」
もう目線すら寄越さない横暴。
「待ってたんだけど」
「んーなにー?」
「なにじゃなくて。ごっちんがシャワーからあがんの、待ってたって言ってんの」
愚かなあたし、計略にかかってる。悔しいから言わないぞと思うことを、やすやすと引き出されてしまう。
- 181 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月06日(金)01時52分45秒
- ごっちんは雑誌をぽいと投げ出して、あたしの首に腕を回した。
「よしこ、かわいいねぇ」
黒目がちな瞳が、いたずらっぽく光っているのが納得いかないが、同時にそこがかわいいとか思ってしまうあたしは、もう末期症状かもしれない。
ほんの少し、いつもより赤みがかった頬に手をそえる。
間を長くとったら、恥ずかしかったらしいごっちんが、わざとらしく目をきゅっとつむって、「ん〜」なんて、ちょっと唇を突き出した。コドモっぽい仕草なのに、ドキドキさせられる。心臓の音が笑えるくらいに超高速。
「ごっちん」
呼ぶと、ぱちと目を開いて首をかしげる。
「それ効くから、他ですんの禁止でお願いします」
律儀っぽく頭なんか下げて見せたら、ごっちんは笑った。ちっちゃい子みたいな無邪気な笑い声。
だけど2秒後には大人びた目線を流してくる。誘う目つきで、わざとボリューム落として。
「効いてる証拠、見せて」
- 182 名前:駄作屋<とりあえずここまで> 投稿日:2002年09月06日(金)01時55分20秒
- 抱いてると、いつも錯覚する。
切れ切れに息を吐くごっちんの伏し目がちな視線が熱っぽくて、もしかして少しでも、あたしを好きなんじゃないかと期待してしまう。
「……ふ、あ…よっすぃ〜」
甘ったるい声で名前を呼ばれると、気持ちよくて、痛くなる。
彼女の体のどこに彼女の心が入ってるのか、さぐるみたいに撫でて、見つけられず焦り、苛立ちと愛しさ、いつも2つ抱えて中に入る。
「ごっちん……大好きだよ」
あたしは熱に浮かされたみたいに「アイシテル」を繰り返す。
ごっちんは、いつだって、ただあたしの名前を呼ぶ。
「スキ」と「アイシテル」を言わないのが彼女の誠実。
かすれがちな声が高くなって、体が震えるそのときまで、恥ずかしいのか後ろめたいのか目を伏せて。他に言葉を知らないみたいに、名前だけ繰り返す。
最近その瞳に滲むようになった涙が、体の示す反応のうちなのか、そうじゃないのか、あたしにはわからない。
ただ、その顔があんまりキレイで、あたしはいつも泣きたくなるだけ。
泣いてごっちんを苦しめないように、それを我慢するだけ。
あたしは彼女を好きなだけ。
彼女はあたしを好きじゃないだけ。
いつも、どの夜も、それだけだった。
- 183 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月06日(金)01時57分46秒
- >>173
>>174
温かいお言葉、ありがとうございます。
遅くなりましたけど、レスに感謝しつつ更新です。
- 184 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月06日(金)01時59分35秒
- 他の作者さんのを読んでると、
どうしよう、うちの後藤さん、かわいくねぇ…
と思う今日このごろ。
- 185 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月06日(金)02時03分18秒
- やっぱり、かわいい人はかわいい文章を書き
やさしい人はやさしい文章を書くんだろうなぁ。
で、暗いヤツは暗いの書くと。
あ、墓穴。
- 186 名前:名無し読者。 投稿日:2002年09月06日(金)19時15分19秒
- 最後の五行が切なくて泣けました。
そして、こんな奥深い文章を書かれる作者さんも
きっと奥深い人なんだろうと勝手に推測…
- 187 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)00時27分27秒
- 不器用っぽくて可愛くてつかめないここの後藤さんが好きです
- 188 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月07日(土)20時54分27秒
- ■■■
まがりなりにもつきあい始めて3ヶ月近くが経って、会う約束をするのにも慣れてきたのに、偶然、ごっちんに会えたりしたとき、やっぱり特別うれしかったりする。
朝、たまたま楽屋の手前で―――エレベーターとか廊下とか、それくらいのほんの数歩前でも―――ごっちんに会えると、あたしの気持ちはゲンキンに上向く。
しょっちゅう会って抱き合ってるくせに、なんでこんな小さなことで。
心の中でツッコんでみるけど、鼓動が大きくなるのは、止められない。
その朝もそうだったから、あたしはうれしくなって、
「おはよ」
後ろから声をかけたけど、ごっちんはまるで聞こえてないみたいに歩きつづける。
「ごっちん?」
ぽん、と肩をたたくと、びくっと大きく反応して振り返った。
「あ、よしこ〜」
言いながら首を傾けて、アームのないシンプルなイヤホンをはずす。
「めずらしいじゃん、ごとーの後から来るなんて」
「あはは、たまにはね。何聴いてたの?」
カバンに突っ込もうとしてるイヤホンを指して訊いてみる。
- 189 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月07日(土)20時56分09秒
- 「あ〜、なんだっけ……」
「はあ?」
今、ほんの数秒前に聴いてた曲を尋ねたのに、ごっちんときたら思い出せないような顔をする。
「なにボケてんの、ごっちん、だいじょうぶ?」
「なんだよー。『だいじょうぶ』って、失礼だなぁ」
年相応のコドモみたいなふくれっつら。
「だって、一瞬前のこと覚えてないんだよ、やばいじゃん」
「べつに覚えてないわけじゃないもん」
ちょっと唇とがらせるのも、いつもより幼い感じ。
「じゃーなにさ」
「んあ? なにが?」
「……もういいです」
どうでもいいやりとり。誰とでもできそうな、くだらない会話。
そんなものに、たぶん、あたしだけが特別な意味を感じてる。
あたしだけ。それが少し痛いけど、バカ正直にうれしい気持ちも本当で。
ごっちんはいつも、痛みと快さ、両方をあたしにくれる。
- 190 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月07日(土)20時57分28秒
- 「ちーす」
言いながら、二人で開けた楽屋はその日、朝っぱらから盛り上がっていた。
「すごいよねぇ、どんな曲かなぁ」
「う〜楽しみだぁ。今日帰ったらメールしよーっと」
「あ、ごっちーん、ニュース、ニュース! 来週のミュージック・ラッシュ、紗耶香も来るんだって」
ミュージック・ラッシュは来週にあたしたちが出る予定の生の歌番組だ。そこに市井さんもゲストで来る。それで、みんな盛り上がっているのだ。
「んあ〜、そーなんだ」
「感動うっすいな〜、おい」
眠たそうな顔を隠さないごっちんに飯田さんがツッコむけど、ツッコまれてなお、ごっちんはぼんやりしている。
ごっちんを除くみんなの浮き立つような空気に、市井さんの『娘。』内での人望をしみじみ感じる。あの意志の強そうな瞳が、脳裏にちらついた。
- 191 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月07日(土)20時58分37秒
- 「いてっ」
ボーッと入口近くに立ってたあたしは軽くぶつかられて、2、3歩、よろめいた。
「あ、ごめん」
矢口さん。楽屋を出ようとして、あたしがジャマになっちゃってたみたいだ。
「すいません」
謝り返したけど、あたしが言い終わらないうちに、矢口さんは出て行ってしまった。
一瞬だけ視線を交わしたときの顔が、なんていうか夜みたいに深く沈んでて、少し気になった。
「よっすぃ〜? 荷物置けば?」
「あ、うん」
梨華ちゃんが自分の隣のイスを空けてくれる。
あたしたちは、地下鉄の階段でわかれたあの日から、自分の胸のうちを互いに話さなくなっていた。それでも、世間話はできたし、ごっちんと3人で笑いあうこともできた。
ごっちんはあたしのことも梨華ちゃんのことも好きじゃない。
それがわかってる以上、無駄に火花を散らして、ごっちんの気持ちに負担をかけることは避けたかった。
- 192 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月07日(土)20時59分39秒
- 「ビックリしたね、市井さん。まだ海外にいるのかと思ってた」
「ね。でも、あたし先週テレビで見たよ、密着番組みたいなの」
「ああ、誰かも言ってた、それ。かっこよかったみたいねー」
メイク道具を広げながら、仲良く雑談。
ごっちんは、まだ眠いらしく、鏡台には向かわずに畳にあがって寝転がっている。
「ごっちん、メイクいいの? ホントよく寝るよね」
圭ちゃんに軽く足蹴にされたりしている。
精神的にも、これくらいの位置だなぁと思う。
あたしと梨華ちゃんは比較的、理解はしあっていて(感情の部分で許しているかどうかは別として)、だけど、あたしたちは残念ながら、ごっちんからはまだ遠い。
底辺が短めの、二等辺な三角関係。
ちょうど今こうしているみたいに。
- 193 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月07日(土)21時00分44秒
- ■■■
バラエティ番組を2本分まとめて撮って、あたしたちは楽屋に戻った。これから、ある人はラジオ、ある人はレッスン、ある人は5分番組の収録、それぞれ別の仕事に入る。三々五々、「おつかれ」と声をかけあって、楽屋を後にする。
誰もいなくなった楽屋。あたしのこの後の仕事は2時間後だったから、まだ戻らないごっちんを待つことにした。
ごっちんは、先月、ソロとユニットの両方でチャート上位につけたのが評価されて、音楽ランキング番組が主催する月間優秀アーティスト賞をもらったそうで、今、そのコメント録りをしている。
朝、ごっちんが横になっていた辺りに、あたしもごろり、体を投げ出してみる。
みんながいない楽屋は当たり前ながら静かで、睡魔に連れ去られそうになる。
目を閉じかけて、すぐそこにあるごっちんの荷物に気がつく。
Kate Spadeの四角いカバンから、イヤホンのコードがだらしなく垂れ下がっている。
たしか、ここを出る直前まで聴いていて、呼ばれたとき、あわてて放り出していったのだ。
- 194 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月07日(土)21時01分36秒
- 戻してあげるつもりで、コードをつまんで、ふと気が向いてそれを耳につけた。
ごっちんが聴いてる音楽を聴いてみたくなった。
コードについてる操作スティックでMDを再生する。
ノイズが目立つ。正規CDから落としたものではないみたいだ。
5、6秒たってから音が入った。
アコースティック・ギター。
ぎこちない感じで、やさしい雰囲気の前奏を奏ではじめる。
この感じ、なんだろう、知ってる気がする。
思い出そうとして、イヤホンを耳に強く入れなおしたとき、前触れなくドアが開いた。
あわてて、イヤホンをはずして、体を起こす。
「よっすぃ〜?」
少し疲れた顔して戻ってきたごっちんは、チラとあたしを見ただけで、テーブルに置きっぱなしにしていたペットボトルに手をのばす。
飲みながら、自分のカバンのほうへ(つまり、あたしのほうへ)寄ってきて、そこでかすかに眉をひそめる。
あたしはまだ、イヤホンを手に持ったままだった。
- 195 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月07日(土)21時02分23秒
- 「あ、ごめん、これ。カバンから出てたから」
「聴いたの?」
「え? 聴いてないけど」
厳密には最初の20秒くらいを聴いたけど、ごっちんの目がなんとなくいつもと違ってて、それがあたしに嘘をつかせた。
「ふうん」
ごっちんは、それきり黙ってしまった。
もしかして、さっきのはごっちんが自分で作った曲だったんだろうかと思いついた。だから日記を見られたみたいなバツの悪さ、腹立たしさを感じてるのかもしれない。
アイドルの王道をいくようなソロ曲に、ごっちんが本音のところでは不満をもっているのは、なんとなくわかっていた。部屋でギターを見かけた覚えはないけど、ひそかに練習していたとしても、おかしくはない。
「ごっちん、自分で曲とか詞とか作りたいって思う?」
「思わない」
即答だった。硬質な声。
「聴いたんだ?」
「あ……最初の20秒くらい、前奏のはじめのとこだけ」
あたしの言い訳めいた言葉が終わらないうちに、ごっちんはカバンに手をつっこんでゴソゴソやった。かと思うと、その手にMDを握りしめていた。
次の瞬間、青いスケルトンのそのディスクを、ごっちんは物も言わずに叩き割った。
- 196 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月07日(土)21時03分22秒
- 「ちょっ……! 何やってんの!?」
両手の握力にまかせて無茶をするから、割れたディスクでごっちんは手を切っていた。青いディスクに赤い血が滲んだ。ディスクにはラベルが貼ってあるようだったけど、白かったはずのそれは、すぐに赤く染まった。
「いらないもん」
「何言ってんの、ごっちん、それ……手当てしないと」
あたしはごっちんの両腕をつかんで、手のひらを上に向けさせた。ディスクの残骸が畳に落ちた。手のひらや指先、たいした傷ではないようだったけど、血はわりと勢いよく流れ出ていた。
楽屋の隅に備えつけられた洗面台に連れて行く。
二人羽織みたいな格好で、水道水を傷口にあてると、ごっちんがぴく、と体を震わせた。
「痛い?」
「べつに」
痛くないはずがなかったけど、ごっちんはむっつりと言う。
「なに怒ってんの、MD聴いたの、そんなに気に入らなかった?」
ごっちんは答えない。水に血が溶けて、洗面台に赤さがじわり、広がっていく。
「ほんとに最初のとこしか聴いてないよ?」
「もう、いいよ。別にそんなの、こだわってない」
今日のごっちんは『べつに』の使い方がヘタクソすぎる。隠しようのないものを、無理やり遠ざけようとしている。
- 197 名前:駄作屋<とりあえずここまで> 投稿日:2002年09月07日(土)21時05分12秒
- 「そうなんだ。ごめん、的外れで」
なんで、そんなことを言うのか、自分でもわからない。だけど、ごっちんが隠したがっているものを、見ないであげようと思った。無理に暴いたりしたら、ごっちんが壊れてしまう気がして。
傷口からはなかなか血の色が消えない。ごっちんは、おとなしくあたしに体を預けて、傷口を流水にさらしている。
「バンドエイドとか、もらってこないとね」
言い置いて、体を離そうとした。だけど。
「いいよ、行かなくて」
ごっちんは、どこかキリキリした声でそう言うと、目の前の鏡ごしに背中にいるあたしを睨んだ。
「ダメだよ、手当てしないと」
言いながらあたしは、その目に射すくめられて動けなかった。
ごっちんは、そんなあたしに、これも鏡ごしに挑戦的な微笑みを投げかける。
蛇口を閉めて振り返り、水と血に濡れたその両手であたしの顔を挟みこんだ。
ハッとするほど、手が冷たい。血がぬめるような感覚を頬に感じた。
- 198 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月07日(土)21時08分37秒
- >>186
>>187
ありがとうございます。
グチっぽいコメントに応じてくれるようなレスで
とても、うれしかったです。
- 199 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月07日(土)21時11分09秒
- 容量、あと半分だー。
いつ終わるんだろうなぁ、これ……。
- 200 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月07日(土)21時14分13秒
- 今日の更新分から先、まだ一行たりとも書けてないんで、
次の更新は何日かあくと思いますが、
見捨てずに読んでやってください。
よろしくお願いします。
- 201 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月07日(土)21時49分17秒
- 萌え
- 202 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月08日(日)03時10分53秒
- ↑萌えたのかよ!
こえぇ
だな、漏れは。
- 203 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月09日(月)02時00分52秒
- 続きが気になる…。
- 204 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月10日(火)00時40分37秒
- ほんのわずか低い位置から、差し込むような視線。
そのまま、あたしの目に視線を据えたままで、ごっちんは少し首を傾けた。
一瞬後に訪れたそれは、キスというよりは捕食行為に近い感じだった。
ごっちんもあたしも目を見開いたままの、奇妙な口づけ。
舌が入ってきて、あたしはさすがに目を閉じた。
ごっちんの舌は、粘膜の柔らかいところをつついたり、上顎を舐めたり、舌に巻きついてきたり、一瞬も休まずに熱っぽいイタズラをしかけてくる。
唇をあわせたところから熱が生まれて、あたしの公序良俗を司る部分がふやけていく。
手当ての途中に立ったままする種類のキスではなかった。
水と血の混じったものが、ゆっくり頬をつたうのを感じた。
ごっちんが唇を離したので目を開けると、顎にたまる滴を舌で掬うところだった。
生温かい感触が、あたしの背骨に電流を通した。
- 205 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月10日(火)00時41分07秒
- 「ごっちん……」
ごっちんは舌を離し、手を離して
「なんとか族みたい」
と言った。鏡に映る自分を見て、あたしもその意味を理解する。血の赤さがあたしの顔を彩って、どこかの民族の戦闘か祭祀用の化粧みたいだった。
「血、止まってないでしょ。手当て、しなきゃ」
あたしの言葉が、あたしにわかるくらい空ろだった。
ごっちんはからかうような笑い方をした。
「よしこの手当てを先にしてあげるよ」
ごっちんの後ろ、しまりきらない蛇口から水滴が一定の間隔で落ちている。
細くて長い指先が、あたしに伸びてくる。
「楽屋だよ」
間の抜けたことを言った。
ごっちんは笑みを浮かべたまま、端的に訊いた。
「何が怖いの?」
- 206 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月10日(火)00時41分44秒
- 「………べつに」
意趣返しを理解したらしく、ごっちんは「あはは」と声をあげて笑った。
畳にだらしなく座り込んで、投げ出した両脚の間に両手をだらりと垂らす。
血は止まりつつあるようで、その手から血が垂れ落ちることはなかった。
「いいじゃん、畳あるし」
「次の仕事は?」
口にしてしまった後で、自分がそれをどういうつもりで訊いているか気づいて自己嫌悪する。ごっちんはおずおずと畳に膝をつくあたしの首に腕を絡ませた。
「15:30に出れば問題ないよ」
その言葉で時計を見る自分が汚らしいと思った。
ごっちんの腕に誘われるまま、あたしはごっちんに覆い被さる。
血を見たせいか、荒々しい気分になっていた。
ごっちんに動揺させられてオドオドしっぱなしの自分にもイラついていた。
あたしはごっちんの顔の両横に肘をつき、わざと余裕ぶって、ゆったりと微笑んだ。
- 207 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月10日(火)00時42分21秒
- そのとき、口づける寸前で視界に入ったものが、熱くなってた頭に冷水を浴びせた。
叩き割られて床に落とされたきり、青いディスクの残骸。
ごっちんの血に染まったラベルの部分がこちらに向いていた。
素っ気ない黒のボールペンで書かれたらしい文字は血の赤の中に沈んでいたが、筆記体で殴り書きされた言葉がかろうじて読み取れた。
『Dear Maki Goto』。
「よっすぃ〜?」
動きを止めたあたしを訝しむごっちんの声。
ごっちんの不機嫌の理由は、自作曲を聴かれて、詞の内容か、あるいは創作活動をしていることそのものか、とにかく秘密にしておきたいようなことを知られたからなのかと勝手に考えていた。
違う。
ディスクに音を入れた人間が、Maki Gotoではないことを、そのラベルは告げている。
- 208 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月10日(火)00時42分53秒
- 音を入れた人間、曲を作った誰かが、ごっちんのこの不安定のもと。
ごっちんの心を揺らした人間がいる。
そのことは、あたしに大きな動揺を与えた。
自分がどんなにしても辿りつけないところへ、誰かが足を踏み入れている。そのことへの怒り、悲しみ。
見ていてツラくなるくらいの虚無感を抱えていたごっちん、その心が何かに開かれるかもしれないことへの、喜び。
相反する気持ちが胸に渦巻いて、あたしは顔を覆って、ごっちんの上をどいた。
「よしこ? どうしたの、だいじょうぶ?」
ごっちんはあわてて体を起こし、膝と手のひらで、あたしににじり寄る。
さっきまでの妖艶な表情をすっかりどこかに置き忘れて、その瞳にただ、いたわりの色だけを宿している。
「ごめんね、気持ち悪くなった?」
こんなふうに悪くなりきれない彼女だから、あたしは怒りを感じることができない。誰かへの気持ちのはけぐちにしようとしたと言って責めることは、あたしにはできない。
- 209 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月10日(火)00時43分36秒
- 憎めないどころか、愛しさが増していくのは、なぜなんだろう。
四つん這いになって、あたしの顔を覗き込むごっちんを、正面から抱きしめた。
「謝らなくていいよ」
「よっすぃ〜?」
「何があっても、どうしたって」
腕にぐっと力をこめた。
「ごっちんが好きだから」
ごっちんの体にわずかに抗うような力がこもって、でも、それは一瞬で消えた。だから、あたしは気づかないふりで、そのままごっちんを抱きしめた。
忙しいごっちんが、ない時間を割いて聴いてた曲。あたしに知られて思わず叩き壊すくらい、秘密にしておきたかった曲。
それを奏でたのは、たぶん―――――。
- 210 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月10日(火)00時44分16秒
- 「ごっちん」
「うん?」
「ちょっとこのままにしてていい?」
「うん……」
ごっちんは、様子のおかしいあたしにあれこれ尋ねることもなく、黙って腕の中にいてくれた。
途中、「この体勢キツイ」と言って、四つん這いをやめて座りなおしたけど、あたしはごっちんの背中から腕をまわして抱きなおした。
壁にかかった時計の音、ドアの向こうを誰かが走る音、誰かと誰かの慌しいやりとり、そんなものがどれも遠く聞こえていた。
「よっすぃ〜?」
「ん?」
「しないの?」
「うん。しない」
ごっちんは、抱きしめたまま、何も仕掛けてこないあたしに困惑しているようだった。
時計の長針がいくらか進んだころ、困ったように言う。
「しないの?」
「しない」
- 211 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月10日(火)00時45分01秒
- 体の関係が楽なこと、ごっちんは知ってる。行為の最中なら話さなくて済むから。もしかしたら、考えることすら放棄できるかもしれないから。話したくないことを棚上げにして誰かといたいときには、きっと便利な手段。
また数分後、ためらいがちに3度目。
「ねぇ……しないの?」
「したいの?」
「そうでもないけど」
「なら、しなくていいよ」
ちょっと変な言い方になったけど、今のごっちんに言ってあげたい素直な気持ちだった。
ごっちんはいつか言った『気持ちは渡せないから、体や時間くらいはあげる』という考えを今も変えてはいないのだろう。今日に限らず、明らかに疲れているとき、気が乗るはずがないときも、あたしの求めには応じたし、自ら誘ってくることもあった。
あたしはそういう気遣いに乗じておきながら、それがいつも悲しかった。
- 212 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年09月10日(火)00時45分41秒
- ごっちんは『しなくていい』の言葉のニュアンスを考えているのか、少し黙った後で、そのことには結局、触れなかった。
「あのさ……」
前を向いたままで言う声が、少しだけかすれてる。
「ごめん、さっき。なんか…寝不足とかで、イライラしちゃってて。ホントにごめんね」
彼女は健気なくらいの嘘つき。
「うん、疲れてんの知ってるし。だいじょうぶ」
抱きしめる腕にまた少し力をこめながら、あたしは密かに決意する。
ごっちんが100回嘘をつくなら、あたしは100回騙されよう。
ねぇ、ごっちん、安心していいよ。
つきあうから、その嘘に。
終わりまで、あたしがつきあうから。
- 213 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月10日(火)00時47分20秒
- >>201
>>203
ありがとうございます。
あんまり萌えな展開とか書けないですが、
ぼちぼち頑張ります。
- 214 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月10日(火)00時50分37秒
- >>202
すんませんです……。
あんまり読み手さん減らないといいなぁ……(泣)。
- 215 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月10日(火)00時52分02秒
- うえ、今日sageチェック忘れ、3回も。
名前といっしょに覚えてくれるといいのに。
って人のせいにしちゃいけませんね。
- 216 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月10日(火)03時55分41秒
- うぎゃ〜!こんなにおもれぇ小説が在ったのに、今まで気づかんかった!
ごっちんのキャラ、萌える…
- 217 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月10日(火)23時55分59秒
- ごっちん萌え〜更新速度の速さに驚き〜です。
ひそかに毎日チェックしてます。
- 218 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月11日(水)00時36分59秒
- (・∀・)ワクワク・・・
- 219 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月11日(水)22時19分58秒
- ■■■
ごっちんの手のひらを覆った白い包帯に、週刊誌をはじめとするマスコミが飛びついたけど、「アスファルトの上で転んで手をついたためのケガ」という本人の説明で、いちおう収まりがついた。
『楽屋でビール事件』、『後藤&吉澤スキャンダル』に続いてのケガだけに、メンバーの中には少し物言いたげな人もいたが、ごっちんは例によって飄々とつかめない態度で、心配も説教も寄せつけはしなかった。
ごっちんがケガした翌朝、梨華ちゃんがあたしに物問いたげな視線を向けてきたけど、あたしは曖昧に笑って答える意志がないことを伝えた。
梨華ちゃんは頷くように目を伏せた。
渦中の人はいつもより口数が増えて、明るく見えていた。あたしへのメールと電話も増えた。それから、たぶんセックスも。相変わらず殺人的なスケジュールをこなしながら、あたしと梨華ちゃんのどちらかをほぼ毎日、部屋に迎えている、と思う。あたしが部屋に行かない日がどうなってるか梨華ちゃんやごっちんに聞いたわけではないけど、そういうことはなんとなくわかる。
- 220 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月11日(水)22時20分42秒
- そんなふうな日々の中の、とある深夜。
ごっちんの部屋で目が覚めた。体は疲れてるのに、よけいなことを考えてやまない頭が、あたしを寝かせてくれない。明日も早いのに困ったなと思いながら、隣で寝てるごっちんを起こさないように、そっとベッドを脱け出した。
フローリングの床が足の裏に冷たくて、気持ちがいい。
喉が渇いていたから、キッチンに入って、冷蔵庫を開ける。2ドアの小さな冷蔵庫だが、料理をする人の冷蔵庫らしく、半分になってるタマネギとか、煮物が入ってる容器とか、何に使うんだかよくわからない調味料だとかが、ぎっしり詰まっている。
2リットル入りの水のペットボトルを取り出して、グラスに注いだ。たぷたぷん、とひょうきんな音がする。
- 221 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月11日(水)22時21分16秒
- グラスを手に持ちながら、飲み干した後はどうしようか、と半ば本気で途方に暮れる。
ごっちんが手にケガをしたあの日から、あたしは眠ることが下手になっている。
まんじりと朝を待つのも、それで隣にいるごっちんのかすかな寝息を聞くのも、気が進まなかった。
眠っているとき、ごっちんはたまに涙を流す。目覚めたとき本人は覚えてないし、あたしも気づかないふりをするけれど、あれを見るのがあたしは何よりイヤだった。
かといって、ベッドに戻らないなら、何をしよう。
あたしは、目の前で低いモーター音をあげる冷蔵庫を、じっと見つめた。
- 222 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月11日(水)22時21分59秒
- 「何してんの?」
どれくらいの時間が過ぎたのか、いつのまにか、パジャマ姿のごっちんが背後に立っていた。
「霜」
あたしは短く答えて、手を休めない。
「んあ?」
「霜とってんの、冷えないから」
冷蔵庫の扉の裏側についていた、霜取り用のスコップみたいなヤツで、あたしはざっくざっくと冷蔵庫の霜を掘っていた。煮物やタマネギたちには、一時的に流し台に避難してもらって、わりと本格的に取り組んでいる。
「冷えないから、霜とってるんだ」
ごっちんは目をこすりながら、あたしの言葉を繰り返した。
「ほら、大きいの取れたよ」
氷の塊をごっちんの手に握らせる。
「ん……って、つめたいよ!」
からん、と流しに氷が転がる。
「うん、食べないほうがいいね、お腹こわすから」
「ねぇ、よっすぃ〜、それ……おもしろいの?」
深夜に冷蔵庫の前にしゃがんで熱心に作業するあたし。ごっちんは、出してあった水の2リットル入りペットボトルを片手でつかんで、口から直接飲んでいる。
「わりと。でも、ごっちんは寝なよ」
そう勧めてあげたけど、ごっちんは流し台の端に座って、部屋に戻ろうとはしない。
- 223 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月11日(水)22時22分46秒
- 「流行ってんの?」と、ごっちん。
「霜?」
「流行らないでしょ、霜は。じゃなくて、そういうの」
「どういうの?」
「梨華ちゃんもこないだ、エアコンのフィルター、拭いてたよ、真夜中に。雑巾しぼって」
「ぷっ」
「『ぷ』じゃないよ、なんなんだ、キミたちは。怖いじゃんかー」
そりゃ確かに怖い。いっしょに眠っていた恋人(?)が、深夜に気がつくといなくなっていて、そっと辺りを窺うと、リビングの方から、ざりざりと奇妙な音が。
「……わかんねっす」
ごっちんは、わざと乱暴な調子で言って、うっとうしそうに前髪をかきあげた。
ところが、再び作業に取り掛かりながら
「わかんないんだろうねぇ」
しみじみとあたしが言うと、負けじ魂に火がついたのか、
「別にわかってるけどね」
とひるがえした。
- 224 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月11日(水)22時23分36秒
- 「わかってるんだ?」
背中は向けたままにしておいたけど、声が半トーンくらい低くなった。
ごっちんは無駄に敏感な人だから間違いなくそれに気づいているだろう、長く息を吐いてから
「あたしがだらしないんだよね」
と言った。忙しくて家財道具の手入れにまで手が回らないという意味だけじゃないことは、その口調からわかった。自分が他人に心配をかけてしまっていることを、ごっちんは正しく自覚している。
「気にしてんの?」
自分があたしや梨華ちゃんを悲しませていることを。答えは知っていたが、ごっちんがその通り答えるとは思えなかったので、あえて訊いた。
- 225 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年09月11日(水)22時24分32秒
- 「気にしてないよ。っていうかさ、自分がやったことで自分で落ち込んで同情引くって、ヘンじゃん。ジョウジョウシャクリョウだっけ、そういうのは辞退しとく。シャクリョウしなくていいよ、よしこ」
情状酌量。『悪いと思って反省もしてるんだから』といって罰を軽くしてもらうことを、ごっちんは望まないと、そう言う。『遠慮なく憎んでくれろ』と、優しい声の裏側で冷たく命令する。
冷蔵庫の左側面を大きく掻いた。
霜が弾け飛んで、庫内に氷のしぶきが白く舞う。
スコップを乱暴に動かしながら、あたしは命令に従えずにいる。
仕方がないから、ざっしざっしと霜を掻く。
ごっちんは、あたしの知らない曲を小さな鼻歌で歌った。
背中にいる彼女がどこを見ているかさえ、あたしにはわからなかった。
- 226 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月11日(水)22時28分18秒
- >>216
>>217
>>218
うわい、レスありがとうございまっす。
更新速度のわりに話の展開が異様に遅いんですけども、
レスもらうと、ちゃきちゃきいかな!と気合いが入ります。
- 227 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月11日(水)22時30分03秒
- とかいいつつ、今回も話は遅々として進まず。
読んでくださっている人を飽きさせたり呆れさせたり……。
- 228 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月11日(水)22時32分44秒
- だいたい、うちの吉澤さん、情けなさすぎてるよなぁ。
やっぱ視点の持ち主って、動揺とか丸見えなもんで、
どうしてもカッコ悪くなってしまいます。私が書く場合は。
なんとか、なんとかしたいなぁ……。
- 229 名前:名無し読者。 投稿日:2002年09月12日(木)00時37分40秒
- ここのよっすぃ〜、大好きですよ。
情けなくても、カッコ悪くても、全部ごっちんのことを思っての
ことだから、苦悩する姿もこれまた良い感じで…。
続き、期待してます。
- 230 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月12日(木)23時33分00秒
- この話を読んだ後だったせいか、
先日のMusixの市井、石川、吉澤のトライアングルを見て、
違う意味でドキドキしました。
- 231 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月14日(土)20時47分15秒
- ■■■
数日後。もしも数えるなら、ごっちんのケガから8日後。
あたしたちは、ごっちんの部屋で並んで映画を見ていた。正確には、並んで座って、あたしは映画を見ていて、ごっちんはあたしの肩にもたれて眠っていた。
「疲れてるときに見る映画じゃないんだよねー」と最初からこのDVDを再生したがらなかったごっちんは、再生ボタンを押して10分もしないうちに寝息をたてていた。
映画は戦時中のイタリアを映し出している。
夫が行方不明になって実質、未亡人のようになってしまった美しい女性。
彼女に恋する少年は、彼女がたくさんの男に誘いの手を引かれ、堕ちていくのを何もできず見ている。映像と音楽がとてもキレイで、切なさを増す。
主演女優がまた際立って美しい人で、なんてことはない白のワンピースが、ものすごくゴージャスに見えた。
感嘆のため息をついていたところへ、突然、玄関チャイムが鳴った。
- 232 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月14日(土)20時48分03秒
- 「ごっちん、玄関。誰か来たみたいだよ」
あたしは画面から目を離さないまま、ごっちんの肩をちょっと揺すった。
「んあ?」
ごっちんは、うたた寝の心地よさを奪われて、眉間にひとすじシワを刻んだ。
「玄関。チャイム鳴った、今」
「ん……出る」
ごっちんは、半分覚めきらない様子で、それでもモニターの見えるところへ歩いていった。
「……梨華ちゃん?」
はっとしたようにつぶやくその声に、あたしは思わず振り返った。
ごっちんは、まだ受話器をとらないで、モニターを見つめている。眠気は飛んだようだ。
あたしは、ごっちんの後ろまで歩いていった。
モニターに映ったエントランス・ホール、並外れてかわいい顔をした女の子が立っている。
「なんで……」
ごっちんは、うめいた。
めちゃくちゃな三角関係にも、たったひとつ、ルールがある。
ひとつ、約束した日以外、ごっちんの部屋を訪れないこと。
誰が言い出したんでも明文化したんでもない。自然とそういう決まりになっていた。
- 233 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月14日(土)20時48分57秒
- 突然の違反に、ごっちんはどう対応すべきか迷ってるみたいだった。
「開けてあげたら?」
固まってるごっちんを促した。本意ではないけど、こうして二人で息を殺すようにしてるのは、もっと不本意だから。
ごっちんは頷いて、受話器を取った。
「、はい」
モニターの中の彼女は、テレビで見せるどんな笑顔より華やかな笑みを見せた。
「遅くにごめんね。顔見たくなっちゃったー」
遠近感、凹凸がやけに目だって歪む特有のモニター画像。
「あ、うん……開けるね」
ごっちんが鍵のマークのついたボタンを押し、自動ドアが開くのがモニターの端に映った。
「とりあえず開けちゃったけど……ごめん、ごとー、ちょっと出てくるね。30分くらいお茶とかして帰ってくるから」
ごっちんは言いながら、ノースリーブの上にパーカーを羽織った。
部屋の前で待って、梨華ちゃんをつかまえて場所を替えるつもりみたいだ。
- 234 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月14日(土)20時49分30秒
- 「いいよ、あがってもらいなよ」
「え?」
「部屋に入れなかったら、あたしがいるのはバレバレなんだし。そもそも知ってて来てると思うからさ。あたし映画見てるし。ダイニングでも寝室でも使って話しなよ」
「でも……」
気遣わしそうにあたしを上目遣いに見る。あたしは苦笑した。
「今さらだって。大丈夫だよ」
半分は嘘だ。『今さら』って感覚は本当。だけど、嫉妬とか、そういう心の動きに慣れなんてない。心臓のあたり、ざわざわしている。
玄関チャイム、今度は部屋の真ん前のヤツが鳴った。
ごっちんは、一瞬あたしの目を見て、それから諦めたようにドアへ走った。
あたしもどうせ落ち着いて座ってられないのだから素直に出迎えることにした。
- 235 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月14日(土)20時50分39秒
- 「こんばんはあ、来ちゃいましたぁー」
梨華ちゃんは酔っていた。目がすわってるし、顔はほんのり赤い。唇が紫がかった赤に見えるのは、たぶんワインの色素のせいだろう。
「ちょっと梨華ちゃん、キャッ」
ごっちんが珍しく高い悲鳴をあげた。酔っ払いに、酔っ払い特有の勢いで抱きつかれたからだ。
「梨華ちゃん、重いってー」
ごっちんは文句を言いながら、振り払うことはしなかった。立っていられなかったようで、その場に崩れたごっちんの体に、梨華ちゃんは当然のようにかぶさる。
「うふふ、なーんか、いい体勢じゃない? これって」
言いながら、その両手がごっちんの顔を乱暴に挟んだので、さすがに、あたしも黙ってなかった。
「梨華ちゃんて、お酒キライじゃなかったっけ」
- 236 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月14日(土)20時51分21秒
- 梨華ちゃんはごっちんの体の上で、顔だけをこちらへ向けた。
「よっすぃ〜、来てたんだぁ?」
「とりあえず、ちょっとそこズレて。重たいの、かわいそう」
あたしは梨華ちゃんを押しのけて、ごっちんの手を引いて、立たせた。
それを座り込んで見ていた梨華ちゃんも、ふふっと笑って、壁に手をつきながら立ち上がる。
「どうしたの、梨華ちゃん」
ごっちんは、まるで普段のボケにツッコむような気軽な声を出した。
「どうもしないよー。好きな人に会いたいと思うのって普通でしょぉ?」
言いながら、ごっちんの首に腕をまわす。
「飲みすぎだよ、未成年のくせに。問題になったらどうすんの」
ごっちんは抱きつかれまいとして梨華ちゃんの肩に手を置きながらたしなめる。
たしなめられた梨華ちゃんは、心底おかしそうに笑った。
「ごっちんにそんなお説教されるって、やばいよねぇ」
ごっちんは力なく「ははっ」なんて笑ったけど、あたしは胃のあたりに熱いものを感じた。
「梨華ちゃん、心配してもらってんのに、それはどうかなぁ……」
- 237 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月14日(土)20時51分58秒
- 笑いながら言ったけど不穏な響きは隠せない。
「あ〜、ま……ごとーの普段が普段だしねぇ」
ごっちんがフォローを入れるのも気に入らない。
「そういう問題でもないよね。いいけど」
ついぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「よしこ、ごめんね? やっぱり、ちょっと出てくるね。ほっとけないし、車拾えるとこまで送ってくるから―――――」
ごっちんがなおも気を遣おうとしたとき、梨華ちゃんが言い放った。
「まだ帰るつもりないよ」
ごっちんはわずかに眉をひそめて、それでも梨華ちゃんのために笑顔を作った。
「ダメだよ、今日は」
小さな子供に諭すような、やさしくて力強い言い方をする。
しかし梨華ちゃんは、へらへら笑っていたのが一転、挑むような目でごっちんを見た。
「『今日は』? よっすぃ〜がいるから?」
- 238 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月14日(土)20時52分40秒
- ごっちんも梨華ちゃんにあわせて、表情の温度をふいに下げた。
梨華ちゃんの眼差しをたじろがず受け止めて言う。
「そうだね、それもある。けど、一番大きい理由は、梨華ちゃんが心配だからだよ。そんなに飲んで、その勢いで遊んで、そしたら明日とかキツイに決まってるじゃん。ノドつぶしたり風邪ひいたらどうすんの?」
ちなみに明日は生の歌番組がある。
梨華ちゃんは、しかし、くにゃりと顔を歪めるみたいにして笑った。
「カラダ壊すくらい遊んでみたいな、ごっちんと」
「梨華ちゃん」
あたしは、叱責の意味をこめて、その名前を低く発音した。
視線が絡み合った。
梨華ちゃんは、薄く笑いをたたえながら言った。
「ねぇ、今日は」
嫌な予感がした。続きを聞きたくなかったけど、止める手立てはなかった。
「3人でしない?」
- 239 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月14日(土)20時53分38秒
- あたしは手を振り上げた。怒りじゃなくて、そうしないとマズイというようなことを考えていた。なんかわかんないけど収拾つけなくちゃ、とりあえず。なんて、日和見な激昂。
一瞬後にはあたしの手が梨華ちゃんのキレイな顔にヒットするはずで、だけど、その前にあたしの手は別のものを叩いた。
へちっなんてマヌケな音がして、直後、ごっちんが指で自分の鼻を覆っていた。
「ごっちん……」
あたしと梨華ちゃんに割って入って、頬と鼻あたりにあたしの手を受けてしまったようだ。
鼻血が出かかっているらしく、鼻をぐすんぐすんいわせながら、ごっちんは
「どっちかっていうと」
と言った。血がつまってるのか、鼻詰まりぎみな声だった。
「どっちかっていうと、ごとーが言いそうなことだよね。あはっ」
シャレにならないことを言いながら笑って、それから「あ〜」とかなんとか声を発しながら、前髪をかきあげた。ふっと瞳の色が濃くなったみたいに見えた。
「梨華ちゃんには似合わないから、やめときなよ」
- 240 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月14日(土)20時54分15秒
- だけど、それでホロリとくるには、梨華ちゃんはたぶん酒を飲みすぎていた。
「似合わないってなに?」
高い声が今は神経質っぽく聞こえる。
ごっちんの言葉は梨華ちゃんの中の何かを押し流してしまったみたいだった。
「似合わないってなによ? わたしに似合うってどんなこと? 二股かけられて愛されないのが似合うんだ? それでヘラヘラ笑ってるのがわたしにお似合いなんだ?」
堰を切ったようにたたみかける。
「好きじゃないくせに、心配なんかしないでよ! 愛してないなら、わたしのこと知ってるみたいな言い方しないで!」
胸が痛い。叫んでるのは、梨華ちゃん? だけど、あたしの胸のうちから同じ声が本当は聞こえてる。
「わたしが誰だか知らないくせに。わたしがどんなことにコンプレックスもってるか、なにを悲しんでるか、何も全然わかんないくせに」
「梨華ちゃん……」
ごっちんが何か言おうとするけど、梨華ちゃんはその言葉を待とうとしなかった。
- 241 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月14日(土)20時55分59秒
- 「今日のわたし、おかしい? おかしいよね、おかしいよ。でもそれって……わたしがバランス崩す原因って、誰なのか、わからないとは言わせないよ?」
一息に言われて、ごっちんは苦しそうに声を絞り出した。
「それは、わかってる……わかってるよ」
「ごっちんのバカっ……」
梨華ちゃんは、その大きな瞳から大粒の涙をぽろぽろ、こぼした。
ごっちんは、しばらく黙ってそれを見ていた。
あたしはそういうごっちんを見ていた。
ごっちんはあたしの視線を横顔に受けながら、梨華ちゃんの頬に手をあてた。
ゆっくり、その涙に唇を寄せる。
性的な意味合いからは遠い感じの、動物が仲間の傷を舐めるような仕草に見えた。
響く、やさしい声。
「梨華ちゃん、ごとーを憎んでいいよ。キライって言ってくれたら、ごとーは……我慢する。もう、梨華ちゃんに近づいたりしないから」
ごっちんは梨華ちゃんの頬からゆっくり手を離した。
- 242 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年09月14日(土)20時56分39秒
- 梨華ちゃんの瞳が絵の具を全部混ぜたみたいな灰色に沈んでいく。
「我慢ってなに? 自分のほうが好きみたいな言い方しないでよ」
ごっちんは言われてすぐ何か返そうとして、でも開きかけた唇を噛んで黙った。
数秒たってから口を開く。
「気持ちは秤にかけられないから、どっちがどうとか知らないし、ごとーにはわかんないけど……ごとーはね、梨華ちゃんが大切だよ」
梨華ちゃんは諦めたように気だるい顔をして、息を漏らした。笑ったのだと、一瞬あとで気づいた。
「ずるいよ、ごっちん。そんなこと言われたら、キライなんて言えるわけないじゃない」
「そういうつもりじゃ……ないんだけどな」
言葉がすべて裏返っていくのを、ごっちんはもどかしく思うのだろう、壁に背中を預けてうつむく。
「わかってる」
梨華ちゃんの声が涙のせいで震えている。
「梨華ちゃん」
ごっちんは壁から背を浮かせて、梨華ちゃんに手をのばそうとしたけど、
「今日は帰るから」
梨華ちゃんはそれだけ言って、急に踵を返した。
「送ってく」
「来ないで」
続こうとしたごっちんを、梨華ちゃんの高い声がさえぎった。
ドアが開き、そして閉まった。
- 243 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月14日(土)21時03分55秒
- >>229
>>230
ありがとうございます。
自分の書いてるもののせいで、
モデルにさせていただいてるご本人の印象が
読んでる人の中で悪い方向に変わるようなことが
あったらイヤだなと思ってたので、
お二人のコメントでホッとしました。
本当にありがとうございます。
- 244 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月14日(土)21時05分44秒
- とかいいつつ、今回更新分は
一方的に感じ悪いことになってる人が出てきてしまったり。
- 245 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月14日(土)21時08分01秒
- でも、そのへんは次回更新分も彼女主役でいくので
フォローができるかな、と思ってます。
続けて読んでいただけると、とてもうれしいです。
- 246 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月14日(土)22時31分16秒
- 感じ悪くないです
切ないです
- 247 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月15日(日)00時20分43秒
- かなりいいですよ、梨華ちゃん
3人とも応援してあげたくなるキャラクターです
- 248 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月15日(日)02時56分44秒
- 梨華ちゃんとよっしーは自分の気持ちに正直で切なくて
ごっちんはほっとけない感じで、3人ともいいです。
- 249 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月15日(日)19時13分30秒
- 3人の中では、ごっちんが一番感じ悪いかも(w
でも悪い意味じゃなくて、こうなる理由が何なのか
知りたくて、どんどん話に引き込まれてしまいます。
- 250 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時43分41秒
- ■■■
ごっちんには休むように言って、あたしはマンションを飛び出した。
1階でエレベーターが開くなり、走った。
タクシーが拾える大通り方面へ猛ダッシュ。
なんだって必死になってるのかわからないまま、ひた走った。
標的は意外と簡単に見つかった。
酔っ払ったり泣いたりはノドが渇く。
梨華ちゃんはコンビニから緑茶のペットボトルを持って出てくるところだった。
「梨華ちゃんっ」
呼んで走り寄る。
振り返るとき、梨華ちゃんはほんの一瞬、目を輝かせた気がした。
「よっすぃ〜……」
あたしは、梨華ちゃんの求める人を来させなかったことを、少しだけ後悔した。
- 251 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時44分21秒
- コンビニの前のベンチにあたしたちは座った。
遅い時間、高級住宅街のことだから、人通りはほとんどなかった。
「ごめんね」
梨華ちゃんは座るなり謝った。
「怒ってないよ」
あたしは許すとも許さないとも言えず、ただ事実、今はもう腹を立ててないことだけを告げた。
「わたし、恥ずかしい……」
「うん、なんか恥ずかしいこといっぱい言ってたねえ」
笑い飛ばしてあげた。
「うう、ごめーん。反省してます、ごめんなさいっ」
酔いはまだ残っているようだけど、話す様子はもういつもの梨華ちゃんに近い感じになっている。
「だから、あたしはもういいって言ってるじゃん。後でごっちんに言えば?」
その名前を出した途端、梨華ちゃんの顔が悔しそうに歪む。
「ごっちんは……ごっちんだって悪いもん」
「気持ちはよ〜っくわかるんだけどね、今日はとりあえず、ごっちんがかわいそうだよ。いきなり酔っ払い全開で押し倒されたり、心配してんのを茶化されたり、『3人で』とか言われたり。まーその後のは、ともかくとしてもさ」
「いやー、そんな克明に言わないで〜」
克明に言われたくないようなことをしでかすのが悪いと思ったけど、ちょっとかわいそうになったので、やめた。
- 252 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時45分20秒
- 「で? なんで、そんなに飲んじゃったの?」
芸能界で大人に混じって仕事をしていれば、それはお酒を飲む機会もある。でも梨華ちゃんは誰かにお酒を勧められるとき、決してうれしそうじゃないし、量も飲まない。
「ごっちんに会いたかったから、かなぁ………」
梨華ちゃんは、街灯を見上げながら、ごく素直に言った。
「今日はよっすぃ〜と一緒なんだってわかってたんだけど。でも、どうしても会いたくて。ごっちんの顔見たくなっちゃって」
毎日のように顔を合わせてるのに、とかそういう常識的なことは言う気になれなかった。
「酒の力を借りてルール破ろうって思いついたのかぁ」
責める気にもなれない。恋愛が始まっちゃうと、どうしようもなく判断ミスは増える。それは、あたしも身をもって知ってることだ。
「それも、あるんだけど。でも、一番はなんていうか、自分じゃなくなりたかったの。ごっちんのことでネガティブになって一人で膝抱えて泣いてるみたいなのがイヤだった」
そういう自分がイヤでたまらなかったの、と梨華ちゃんは言った。
- 253 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時45分56秒
- あたしは、かける言葉が見つからなくて、ゆっくり梨華ちゃんの顔にパンチを繰り出す真似をした。『しっかりしろよー、ばかたれ』。もしも言葉にするなら、そんな感じ。でもやっぱりちょっと違うから、ジェスチャーにしておいた。梨華ちゃんには意味が伝わったのか、泣き笑いみたいな顔になった。
「わたし、昔からヒーローみたいな人ばっかり好きになってる」
何を言い出そうとしてるのか、つかめなかったけど、頷いておく。
「強くてカッコよくてみんなに優しい、みたいな人」
「へえ」
強いだけじゃなくて弱さもあわせ持った人だけど、カッコいいのはカッコいいし、基本的に誰にでも優しいかもしれないな、と、梨華ちゃんの好きな人の顔を思い浮かべた。
「そういうのって多分、自分にないものを求めてるのかもしれないね」
夜空に向かって投げられたその言葉には相槌が打てなかった。反論を試みる。
「強さとか優しさとか、別にそれ、『ないもの』じゃないじゃん」
もっとストレートに、君が強い面も持ってること、優しい人だってこと、知ってるよって言えたけど、恥ずかしかったから、いろいろ省略した言葉になった。
それでも、梨華ちゃんはキレイな笑顔を見せてくれた。
- 254 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時46分34秒
- 「ねぇ、よっすぃ〜。知ってる?」
「うん?」
「わたしね、よっすぃ〜のこと好きだったんだよ」
「あー……、えっ?」
あんまり自然に言うので、聞き流しそうになった。
一瞬遅れでリアクションをとるあたしを見て、梨華ちゃんが噴き出す。
「やっぱりねー、気づいてなさそうかなとは思ったけど」
「だって、それ……。え? いつの話?」
「会ってすぐくらいから、ごっちんを好きになるまで」
梨華ちゃんがごっちんを好きになったのがいつだかわからないけど、けっこう長い間想っててもらってたってことだろうか。
「それは……気がつきませんで」
変な挨拶になってしまう。
梨華ちゃんは笑いながら、それでもキッパリ言った。
「気づかれないようにしてたんだもん」
それは、やっぱり、あたしに好きな人がいたから、だろうか。自分の恋愛感情に気づいたのは、数ヶ月前だけど、気づく前から、あたしはきっとごっちんを好きだったから。
- 255 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時47分12秒
- 「なんでまた……あたしなんか」
ほとんど独り言だったけど、梨華ちゃんはそれに応えるようなタイミングで話し始めた。
「わたしって、ボケキャラじゃない?」
「うん」
相槌を打つとちょっと傷ついたような顔をする。自分で言い出したくせに、『ボケキャラ』の事実がプライドを傷つけるらしい。
「今はね、もうそれが半分ウリみたいなものかなって割り切ってるんだけど、前はそういう自分がすごくイヤだったんだ。なんでも上手にやりたかった。誰かに助けられるんじゃなくて、助けてあげる人になりたかった」
そんなこと考えてたのか。あたしは、ごっちんのマンションで梨華ちゃんが叫んだ言葉を思い出していた。『わたしが誰だか知らないくせに。わたしがどんなことにコンプレックスもってるか、なにを悲しんでるか、何も全然わかんないくせに』。
- 256 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時47分53秒
- 「それで、よっすぃ〜の強いところとか、強いから人に優しくできるところとか、すっごく憧れてた。大好きだった」
あたしは自分がそんな上等な人間じゃないことを知ってる。だけど、ここは『梨華ちゃんが想ってくれたあたし』を否定せずにおくことにした。
「だけど、見てたらすぐ気づくでしょ? 好きな人が誰を好きかって。よっすぃ〜は、ごっちんが自分を見てないときを選んで、ごっちんのこと目で追いかけてた。どういう『好き』なのか、それですぐにわかったよ」
もしかしたら、あたしの恋心にあたしより早く梨華ちゃんが気づいてたのかもしれないな、と思った。梨華ちゃんは続ける。
「あー諦めなきゃって思いながら、ごっちんのことキライになりそうだった。仕事もソロやってるし、センターで歌ってるし、それでよっすぃ〜にも愛されてって、そんなのアリ?ってムカついて。嫉妬だよね。わたし、睨むくらいの感じでごっちんのこと見るようになってた」
梨華ちゃんは自嘲的に笑う。誰だって自分より仕事のできる人がうらやましいし、好きな人の意中の相手が妬ましい。あたしは、わかるよ、というように頷いた。
- 257 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時48分29秒
- 「でもね、注意して見てたら、いろんなことがわかった。ごっちんはボーッとしてるようだけど、本当はそうでもなくて。案外、いろんな人に気を遣ってたりするし、努力キライって言いながら、歌もダンスも自分で時間つくって一人で練習してたりするし」
歌をはじめ、一人でする仕事が何かと多いごっちんなりの努力。アピールせずに淡々と当たり前のように遂行される努力だから、偶然目にした人の心を打つんだろう。
「なんか、よっすぃ〜の気持ちもわかるなーって素直に思ったんだ。あのクールな雰囲気はごっちんが自分を守るためのものなんじゃないかなって」
照れ隠しみたいに「考えすぎかもしれないけど」と加えて、梨華ちゃんはそこでペットボトルに口をつけた。二口、三口飲んで、ふーっと息を吐く。
「わたしね、よっすぃ〜の強さってわりと天然かなって思うの。芯からしっかりしてる、そういう、まっすぐな性格なんだと思う」
「そんな、そんなふうに言ってもらえるほど、ちゃんとしてないよ………」
思わず口を挟んでしまった。あんまり買いかぶられてる気がして居心地が悪かった。
- 258 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時49分06秒
- 梨華ちゃんは、いつものやさしい笑い方をした。
「わたしには、『ちゃんとして』見えてるよ。強くて優しい人だよ、よっすぃ〜は」
あたしは照れくさくて、「はぁ、どうも」なんてシマらないことをつぶやいた。
梨華ちゃんはふっと笑顔を引っ込めて、続ける。
「ごっちんも強い人だよね。だけど―――」
そこで言いよどんだ。わずかに間があいてから言った。
「強いんだけど………ごっちんの強さはなんか不安なの。硬いんだけど、壊れやすそうっていうか」
「うん………」
柔らかいものなら器用に変形するけど、硬いものはあんまり力がかかると割れてしまう。あたしもごっちんにそんな印象を持っていた。『壊れそう』だと思ったことが何度かあった。
「わたし、ごっちんのそういう脆さと裏腹の輝きみたいなのって、これ、おかしいんだけど、なんていうか……すっごくキレイだなぁって思ったんだ」
『おかしい』とは思わなかった。
あたしも、そういうごっちんをキレイだと思って、もっと近くでずっと見ていたいと思ったから。
「いつのまにか好きになってて、ごっちんがよっすぃ〜とつきあい始めたの、気づいてたのに、どうにもならなくて」
- 259 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時49分45秒
- 「うん」
頷くしかなかった。納得してしまっていた。
あたしは座ったままで両手をあげて伸びをしながら息を吐いた。
「よっすぃ〜?」
「なんか、マイるね。恋敵の気持ちとか理解しちゃってさ」
梨華ちゃんは、意味もなく両手をぱたぱた振った。
「そうだよね、変だよね。ごめん、よっすぃ〜、話聞いてもらっちゃって」
「あ、いや」
梨華ちゃんは一度あたしを見て、それから街灯を浴びて足元にかたまる自分の影を見つめた。
「でも、誰かに話したかったんだ。好きな人のこと、話したかったの」
あたしは柔らかく笑むことができた。
「うん。そういうの、わかる」
「今日は………ホントにごめん。待ってると思うから、もう帰ってあげて?」
「ううん、今日はもういいや。あとでケータイにメール入れとく」
梨華ちゃんのことがなくても、今日はごっちんを一人にしてあげようと思ってた。ごっちんにとって特別な仕事の前夜のはずだから。
- 260 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時50分40秒
- 梨華ちゃんは頬に人差し指をあてて軽く頷く。
「まー明日ゆっくりできるもんね」
「え? 明日って梨華ちゃんじゃないの?」
明日は生の歌番組が終わったら、そのまま解散。明日の夜だけはどうしても一緒にいたいと思ったのに、何日か前、打診を入れたら断られた。
「わたしは約束してないよ。誘ったけど断られたの」
「梨華ちゃんもなんだ………」
珍しく早い時間から自由になる日だから、梨華ちゃんもデートの誘いをかけたんだろうけど、やっぱりごっちんは断っている。
「なんだろうね………」
梨華ちゃんの問いへの答えをあたしは持ってる気がしたけど、黙っていた。
梨華ちゃんの視線を頬のあたりに感じたけれど、それでも黙っていた。
「わかんないことばっかりだぁ。ケガの理由も、矢口さんかまう理由も、明日なんのために空けてるのかも、全然わかんないよ。わたしのほうこそ、ごっちんが『誰だか』知らないね」
- 261 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時51分27秒
- 彼女が誰だか。どんなことにコンプレックスをもち、何を悲しんでいるか。
ごっちんが誰なのか、なんて、あたしも梨華ちゃんも本当は切れ端くらいしかつかんじゃいないのかもしれない。
あの人なら、知ってるんだろうか。
あの人は、どんなごっちんを知ってるんだろう。
考えながら、あたしは別のことを口にする。
「矢口さん、そうだよね。ごっちん、なんか最近いつも以上に気ぃ遣ってるよね」
ごっちんは誰にでも優しい人だけど、特に矢口さんのことは、常に気にかけているように見える。矢口さんはごっちんにとっても先輩だから、こんな言い方はおかしいけど、見守っているというか、そんないたわりの眼差しを向けていることが多い。
「前からそういう感じはあったけど、ここのところは本当に毎日毎日、ちょっかいかけにいくよね」
梨華ちゃんは少し悔しそうだ。気持ちはわからなくもない。最近、少し元気がないみたいに見える矢口さんのことを、ごっちんは見守るだけじゃなく、何かとかまう。からかったり、ジャレついたりして、健気なくらいに道化を演じるごっちんを見ていると、あたしはいつも胸が焦げるような感覚をおぼえる。
- 262 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月16日(月)20時52分13秒
- 「ごっちん、矢口さんのこと」
梨華ちゃんは言いかけてやめた。梨華ちゃんが荒れたのは、そのへんの不安もあったんだなと気づく。
あたしは注意深く言葉を選ぶ。
「少なくとも矢口さんはその気なさそうだけどね」
矢口さんは、あたしと梨華ちゃんが、ごっちんとつきあってることを知ってる。深夜のファミレスで話したきり、個人的な話はしてないけど、元気がないなりにあたしには優しい笑顔を向けてくれる。矢口さんの性格からして、もしもごっちんにそういう興味を持っていたら、あたしの顔をまともに見られるとは思えなかった。
「そう、だよね。ごっちんだって、好きな人ができたら、いくらなんでもあたしたちと別れるって言うだろうし………」
言いながら梨華ちゃん自身が自分の言葉に違和感を持ったように途中で黙り込む。
ごっちんが矢口さんに恋愛感情を持っているかどうかはともかく、あたしも違和感に同感だ。もしも好きな人がいても、ごっちんはそれを誰にも言わないだろう。ごっちんは自分を憎んでる。きっと自分の恋を実らせようとはしないだろう。
- 263 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年09月16日(月)20時53分01秒
もしも、ごっちんが誰かを愛するなら、あたしは。
そのときこそ、本当に強い人間になりたい。
あたしは、誰かのために強くなりたいと、生まれて初めて切実に願った。
- 264 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月16日(月)20時58分05秒
- >>246
>>247
>>248
>>249
レス、ありがとうございます。
励みにさせてもらってます。
前回更新で石川さんがあんまり嫌われなかったみたいで
よかったです。主役にはツッコミ入りましたね。
たしかに、今のところヒドイ人かも。
- 265 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月16日(月)20時59分31秒
- 石川さん語る編、終了。
次回から、話が少しまた動く、と思います。
- 266 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月16日(月)21時01分43秒
- 23日に終われたらいいなと思ってましたが、
まるで全然、無理っぽい。
ぼちぼちで、がんばります。
- 267 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月16日(月)21時21分29秒
- はぁ〜ホントニ85年組は素晴らしい・・・です。
卒業に合わせて終わってしまったら逆に寂しいので
どんどん引っ張ちゃって下さい。
- 268 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月19日(木)00時01分48秒
- ■■■
「昨日、ちゃんと帰れた?」
「2万近くかかっちゃったけどね」
「あ〜、うちも相当かかったよ。都内住みたいよねー」
一夜明けた楽屋。あたしと梨華ちゃんは当たり前に並んで座って、台本を読んでいた。
「謝れた?」
これは小声で訊く。梨華ちゃんも小さく頷いて「電話で」とこれも小声。
あの後すぐ、あたしたちは別べつに車を拾った。
白い後部座席であたしはごっちんにメールを打った。
『梨華ちゃん、無事にご帰還っす。ごっちん、今日はもう考えずに寝なよー。ってもう寝てるかな(笑)』
ごっちんからの返事は30分後。
『いま梨華ちゃんと話した。いろいろ、ごめんねぇ、よしこ。よしこもゆっくり寝てください。また明日♪』
ものすごく普段通りのレス。
そして、さっき遅めに楽屋に入って、やっぱり普段通り。
メンバーにさらっと挨拶だけして、台本を顔にかぶせて現在、睡眠中。
- 269 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月19日(木)00時03分01秒
- 「ランスルー始めまーす、お願いしまーす」
「はぁ〜い」
スタッフの呼びかけにあたしたちは声をそろえて立ち上がる。
ミュージック・ラッシュは古くからある番組で、あたしもデビュー前からよく見ていた。
今日の番組内で発表されるシングルの売上ランキングには、うちらの曲が9位に入ってるそうだ。発売3週目で10位以内が、あたしは率直にうれしい。初登場でどかんと上位につけるより、長くチャートにいるほうが、名前より歌やダンスを認めてもらえてるような気がして誇らしい。
「今日、紗耶香が最初なんだね、すごいよねー」
「だって、いつもと段取り違うよね。いきなり歌入るんでしょ? それだけしてもらえるってすごいよ」
いつもと違う台本に、圭ちゃんたち年配組(っていうと怒られるけど)も興奮を隠せない。
市井さんはあのドキュメンタリー番組を除いては、卒業後初めてのテレビ出演、つまり再デビューがこの番組。発売直前のデビュー曲初披露ということもあって、今日は特別な段取りを組んでもらったみたいだ。
いつもは出演者紹介をやって一組目のトーク、歌と流れていくところを、放送開始0秒で市井さんの歌に入る編成にしてある。
- 270 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月19日(木)00時03分50秒
- 現場も心なし、いつも以上に活気がある。
「こちらで、おねがいしまーす」
「はい、オンタイムでいきます」
「ええ、はい、本番はちょっとスモーク入れて………」
「並びがですね………」
いい感じに気分が昂揚してくるのが自分でわかる。
こういうとき、ああ仕事が好きだ、と実感する。
いろんなことがあるけど、それでもやっぱり。
そう思える。
ゲスト席に座りながら、もうすぐ立つことになるステージを眺めた。
ステージにはすでに市井さんが立っている。
ドラムがいてギター、ベースがいて、その真ん中。
今日は市井さん自身は楽器はやらないらしい。
落ち着いた様子でスタンドマイクの高さを調節している。
「紗耶香だ〜」
ひそひそ声っぽく、けれど結構ボリューム大きめでみんなが騒ぐもんだから、スタッフから「はい、始めますんで、ちょっとお静かにお願いしまーす」なんて言われてしまう。
市井さんは、それに気づいたみたいで、一瞬だけ、こっちを見て笑った。
すぐに前を向く。
キューが出る。
市井さんがマイクに言う。
「市井紗耶香、無色透明ロード」
- 271 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月19日(木)00時04分40秒
- ステージから見えるようになってる巨大なモニターに市井さんのアップと「市井紗耶香『無色透明ロード』」のテロップが映し出される。
そしてギターのオープニング。
やっぱり―――――。
やっぱり2度目になったな、と思った。
もっとも1度目はまだ未熟な腕が弾くアコースティック・ギターで、今日はプロが弾くエレキだけど。間違えるはずがない。
ごっちんが血を流して壊したMDの、あの前奏部分。たった1度聴いただけで忘れられなくなった、あの曲。市井さんの歌だったんだ。やっぱり、そうだった。
衝撃ではない。確信に近い予想を持っていた。驚いてはいない。
あたしは今、表情を変えてない自信がある。
だけど、2つ隣にいるごっちんの顔を窺えるほど冷静ではなかった。
ごっちんが市井さんのMDを叩き壊したことを、どう考えていいのか、わからなかった。考えたくなかった。
ギターが奏でた優しい旋律に、ドラムとベースが加わって、数秒後、市井さんのブレスがかすかに聞こえた。
- 272 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月19日(木)00時05分14秒
- 「『元気で』『また電話する』
まっすぐな背中見せたりして
涙ひとつこぼさず
君ゆずりの意地の張り方」
ミドル・テンポ。Aメロは低く抑えてある。
「要・不要ゴチャマゼで
おなか痛くてギスギスした
怖くなって緊急避難
あたしからすべてが剥がれた」
声の調子がとても穏やかで優しい。
「いらないもの『いらない』って言うのに時間かかった
大事なもの拾いなおすのにも汗をかいたよ」
切ない感じのBメロ。胸が、どうしてだろう、痛い。曲は盛り上がってサビに入る。
「君を想いたくなくて
君のいない場所をさがした
だけど君がいないなら
あたしに言葉がいらないことに気づく
あたしいらないってわかる」
爆発的。抑えていた音量、音程、一息にあがる。
なんて声だろう。市井さんの声質がいいのは知ってた。高音が得意なことも。
だけど、これは知ってるよりはるかに上だ。音の高さという文字通りの意味でも、それから声の美しさという意味でも。
「君が好きで苦しくて
君のいない場所をさがした
だけどひとり見上げたら
空が君まで続いてることに気づく
君まで続くってわかる」
- 273 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月19日(木)00時09分48秒
- 難しいくらいの高音にしたところに、情熱を感じる。そして、難しくはあっても市井さんは確実にそのハードルを超えてる。ひとつも間違わない確かな歌声。初めて聴いても虜になるメロディー。
間奏。市井さんは軽く頭を振りながら少し歩く。振り付けはない。
「いらないもの『いらない』って言うのに時間かかった
大事なもの拾いなおすのにも汗をかいたよ」
長いまばたきみたいに一瞬、瞳を閉じた。
「君を想いたくなくて
君のいない場所をさがした
だけど君がいないなら
あたしに言葉がいらないことに気づく
あたしいらないってわかる」
マイクは少し高い位置。スタンドを抱いて祈るように顔を上向けて歌う。
- 274 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年09月19日(木)00時10分58秒
- 「君が好きで苦しくて
君のいない場所をさがした
だけどひとり見上げたら
空が君まで続いてることに気づく
君まで続くってわかる」
ブレイク。音が消えて2拍、スタジオに声だけ、響く。
「君が好きで愛しくて」
転調した。さらに高く、熱っぽさを伝えてくるボーカル。
「君のいない場所をさがした」
バンドが戻ってくる。
「だけどひとり見上げたら
空が君まで続いてることに気づく
君まで続くってわかる」
声は危なげなく遠くまで伸びる。
「無色透明ロード 君に続いてる
君に会いたいって願う
あたしの気持ち 続いてる」
- 275 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月19日(木)00時15分42秒
- >>267
そう言っていただけると、うれしいです。
ありがとうございます。
アクセス数わからないとこだと、レスないと
このまま続けてていいのかな、とか
迷ったりしちゃいますもんね、やっぱり。
- 276 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月19日(木)00時18分44秒
- 今回は市井さん歌う編でした。
ようやく役者そろいました(おそっ)。
今後もとろとろ展開予定。
- 277 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月19日(木)00時22分02秒
- しかし歌詞って難しいですね。
↑これが理由で更新が少なかったり。
- 278 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月19日(木)17時30分55秒
- 吉澤後藤石川矢口市井ですね
後藤の過去が気になる・・・楽しみに待ってます。
>>アクセス数わからないとこだと、レスないと
更新も早くて面白いからROMの人はかなり多いと思いますよ。
僕も最初はROMしてましたから
- 279 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月21日(土)03時13分42秒
- ■■■
大切なランスルー・リハーサルだったのに、自分がどう歌い踊ったのか記憶がない。頭の芯がしびれたままだった。
いったん楽屋に戻ってなお、あたしは辻をからかって遊びながら、市井さんを考えていた。
歌うのは彼女の仕事、作詞もその範疇。歌詞から市井さん個人の気持ちなんか汲もうとしたって無駄なこと。そう考えたかった。
だけど。
『君が好きで愛しくて 君のいない場所をさがした』
耳から離れないあのリフレイン。
『無色透明ロード 君に続いてる』
空を見上げて、好きな人に続いてる空だと感じる、なんて歌詞は珍しくもないのに、思い出すだけで胸が痛い。
血に染まったMDのラベルが何度も脳裏にフラッシュバックする。
『Dear Maki Goto』
あれを贈るとき、市井さんはごっちんに何を言ったんだろう。郵送だったとしたら、何かメッセージをつけただろうか。
きっと、つけなかったろう。
そんな気がする。十分すぎて、付加すべきものなんてないから。
- 280 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月21日(土)03時14分24秒
- 歌詞の中から抜け出した『君』は今、矢口さんに話しかけている。夕方、部屋の電気を点けたときみたいに、矢口さんの顔が瞬間で明るくなる。ごっちんの冗談にコロコロ軽やかな声をたてて笑う。
振り返ってみれば、『一貫している』ことに気づく。気分屋なごっちんが、矢口さんにだけは一貫して優しい笑顔を見せてきた。
『作為的』とか『意図的』という言葉が頭の中で踊る。
どうして彼女は、そんなに矢口さんを笑顔にしておきたいのだろう。
好きだから? その答えでいいんだろうか。
どうして彼女は、市井さんにもらったディスクを割ったりしたのだろう。
嫌いだから? その答えでいいんだろうか。
考えすぎていて、たぶん叩かれたであろうノックの音や、応じるメンバーの声が耳に入ってなかった。名前がいきなり飛び込んできた。
「紗耶香ー!」
市井さんはみんなに囲まれて笑っていた。
「かっこよかったぁ、さっきのー」
「本番もがんばってねぇ」
市井さんは「がんばるよー」とか、一人ひとりに言葉を返しながら不自然じゃない程度に視線を彷徨わせていた。そして見つける。
- 281 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月21日(土)03時14分59秒
- 「矢口、久しぶりー」
言いながら近寄った市井さんに、矢口さんはちょっと眉の下がった笑顔を向けた。
「紗耶香、歌うまくなったなぁ。あれ、すっごい売れそうじゃん」
「黒い。黒いよ、矢口。売れるとかそゆこと言わないのー」
「あはは、違うよー、そんくらい、みんなが好きになりそうな曲だねつってんの」
「うわ、照れる。でも、ありがとね」
笑顔を返して、ついでみたいに隣に言う。
「後藤は痩せちゃったね、少し」
「食べ盛り終わったからかな」
ごっちんは、愛想よく笑った。そのままポスターにできそうな、明るい笑顔。なのになぜだろう、『作為的』という単語がまた、あたしの頭に溢れる。
「紗耶香、この本番終わったらあがり? いっしょにゴハンとか行こうよ」
飯田さんがメイクを直しながら声をかけて、市井さんはそちらを振り返った。
市井さんの視線がはずれたとき、矢口さんはホッとしたように見えた。
- 282 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月21日(土)03時15分31秒
- 「あー、ごめん、用事あってダメなんだ」
「えーそうなの?」
「また今度、絶対行こうね。メールする」
楽しそうに話し出す市井さんから、ごっちんは視線を切る。
「お邪魔しましたぁ」と陽気に言って市井さんがドアの向こうに消えたとき、ごっちんは「やばい、おなか鳴りそ。梨華ちゃん、アメもってない?」なんて梨華ちゃんの肩に手をかけたところだった。
ごっちんの演技は完璧だった。
好悪のどちらなのかはわからないけど、ごっちんが市井さんにこだわってるのは間違いない。けれど、それを完全に隠し通して見せた。
この人は、あたしが知ってるつもりになってるよりもずっとたくさんのことを考えているのかもしれないなと思った。もちろん答えは知りようもないけど。
「お願いしまーす」
スタッフの声がかかって、あたしは考えるのをやめる。今は仕事。
みんなに気づかれないように深呼吸。
誰かに負けたくないなんて、こんなにも強く思ったことはなかった。
- 283 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月21日(土)03時16分10秒
- ■■■
「おつかれさまでしたー」
「おつかれー」
収録後、飛び交う挨拶の中、ごっちんはあたしを目指して歩いてきた。
「おつかれ。今日、かっこよかったじゃん、よしこ」
「え? そう?」
「うん、なんかキレよかった感じ。横で踊っててわかったもん」
「ありがとうございます、先輩」
気合入ってるとか入ってないとか、あたしの中がどうなってるかなんて、気づく人がいるわけないと思ってた。ポーカーフェイスは得意で、クールぶるのも似合ってると自分で思うのに、ごっちんがあたしを見抜いてくれたことがうれしかった。
けれど一瞬後には、期せずして、だと思う、あの人と視線を交錯させたごっちんの横顔がそこにあった。気がつかなかったみたいに、ごっちんは自然な様子で視線をずらし、市井さんも一瞬遅れでそうした。
「にしても、市井さんの曲かっけーよなぁ」
あたしはかなり勇気を出して地雷を踏みに行った。
「んあ〜? あ、昨日のDVD持ってきたよ。楽屋帰ったら渡すね」
地雷は不発だった。ごっちんは喧騒をいいことに平然と聞こえないふりをする。
あたしに自分を見抜かせてくれるつもりはないみたいだった。
- 284 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月21日(土)03時16分52秒
- ■■■
楽屋でごっちんは着替えもせずに、矢口さんに話しかけていた。
子犬がまとわりつくように、ひっきりなしにジャレついて、「も〜、着替えらんないじゃん」などと邪険にされている。
「ごっちん、着替えないの? 風邪ひくよ」
梨華ちゃんの声が、ほんの少しだけ咎めるような調子になっている。
「んー着替えるよー」
ごっちんは素直に従って、矢口さんの肩を抱いていた腕をあっさりほどいた。
「今日早いし、ごはん食べに行かない?」
梨華ちゃんの声は今度はごく自然な響きを持っていた。彼女も演技派だ。一度誘って断られいてるとは思えない。
だけど、ごっちんはやっぱり首を縦には振らなかった。
「あー、ごめん、ごとーはいいや」
説明しない。ごっちんはいつもそうだ。
- 285 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月21日(土)03時17分28秒
- 何か誘いを受けて断るとき、あたしだったら、断る理由をいっしょに言う。行きたいんだけど行けないんだってことを、その人のために、それから今後の関係のために言う。
ごっちんも多分、そういう計算をできないわけじゃない。できるけど、しないのだ。
だから、みんな、ごっちんのことはそういうもんだと思っている。ごっちんが行かないと言えば、ああそうまたねと引き下がるルールになっている。
梨華ちゃんも今日はルールを破らない。
「そっか、残念。じゃー、お先に」
さっぱりした態度で楽屋を出て行く。
その気のない猫を無理にかまっても引っ掻かれるだけだと判断したのだろう。
ボケキャラだと彼女は自分で言うけれど、タイミングがおかしかったり、天然なところはあるものの、頭は決して悪くない。多分あたしより、よっぽど賢い。
この後、ごっちんと無理にでも二人になろうと考えている愚かなあたしよりは。
- 286 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月21日(土)03時18分10秒
- みんながぞろぞろ出て行く中、あたしはノロノロとカバンの中を整理したりして時間を稼いでいた。ごっちんは、ようやく着替え終えて、髪に櫛を入れている。
虫の羽音みたいな音で、その手が止まった。メンバーがいなくなって静かになった楽屋に、ケータイの震える音が響いていた。ごっちんが出る。
「はい」
声が硬い。聞くべきじゃないと思いながら、あたしはスポーツ飲料のペットボトルを取り出して居座った。
「楽屋」
単語で答えるごっちんの瞳が暗い。
「……行かないって返信したよね?」
おずおずと差し出される言葉。誰かがどこかで待ってるんだろうか。
「もっかい言うけど、行かないから」
言うなり、ごっちんは通話切ボタンらしきものを押した。そのまま親指に力を入れつづける。
電源が切れたらしいケータイをごっちんはカバンに投げ入れた。
梨華ちゃんではない。ごっちんは梨華ちゃんが相手なら、もっと優しい声を聞かせるはずだ。あたしの心当たりは、ただ一人。
「市井さん?」
- 287 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年09月21日(土)03時18分58秒
- ごっちんの目に一瞬、鮮烈な光が立ち現れて、消えた。
違うよともそうだよとも言わないで、思い当たったように言う。
「よっすぃ〜は、MD聴いちゃったんだよね」
それで市井さんにこだわってるんだろう、と確認する言い方だった。
あたしが頷くと、ごっちんはふ〜っとため息をついた。
「いいよ、訊いても。気にして一日じゅう見つめられても照れちゃうしね」
横顔ばかり見せていたくせに、今日のあたしの視線が自分に張りついていたことに、ごっちんは気づいていたらしい。
「なんでもどーぞ。答えられることには答えるよ」
答えにくいことには答えないとハッキリ宣言されてしまったけど、あたしはここで引くわけにはいかない。
「ごっちん」
あたしは、ごっちんをほとんど今日初めて、真正面から見つめた。
ごっちんは沈黙を気にかけず、緊張も見せず、あたしの質問を待っている。
あたしは素直に一番気になったことを訊いた。
「ごっちんは市井さんが好きなの?」
- 288 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月21日(土)03時26分07秒
- >>278
ありがとうございます。
前回のコメント書いた後で、なんかレスくれくれ言ってるみたいで
自分のことながら、うんざり。削除したいほどに。
だけど救いになるようなレスがもらえて、うれしかったです。
ROMが多いかどうかわかりませんけど、
読んでくれてる人は少なからずいて、
好きで書いてんだから、そんでいいじゃねーかと
当たり前のとこに落ち着きました。
今後も当たり前にがんばります。
- 289 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月21日(土)03時30分41秒
- 次回は吉澤さんの後藤さん尋問編、かな。
まだ書いてないけど。
- 290 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月21日(土)03時33分03秒
- 今回、視点の持ち主がかなり傍観者っぽかった。
後藤さん主役の話ではあるけど、吉澤さんにも
もーちょっと、がんばってもらおう。
ってこればっか……。
- 291 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月21日(土)10時43分05秒
- 自分も少し書いてるんですが
吉澤視点から書かれてるのに後藤はじめ他のメンバーの心情が
手にとるようにワカル描写力が羨ましいです
続き楽しみにしてます
- 292 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月21日(土)19時20分58秒
- 初めからROMらせていただいてましたが
面白い、うまい、更新は早いの三拍子揃ってて言う事ありません。
続き楽しみにしてますので頑張って下さい。
- 293 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月22日(日)01時01分41秒
- 予想していた質問だったのだろう、ごっちんは間髪入れずに答えた。
「好きじゃないよ」
『大切な仲間だよ』とか『お姉さんみたいなもんだよ』とか聞こえのいいことは言わなかった。『好き』を体よく『like』に変換することなく、ずばり答えて、やっぱり説明しない。
「でも、MDのことで荒れたり、気にかけてるのは間違いないよね」
「そうかもね」
「それはなんで?」
「好きだったから」
ずき、と鼓動にあわせて心臓が痛んだ。
「『だった』んだ?」
ごっちんは面倒くさそうに頷く。
「つきあってた?」
「そういうんじゃない」
ごっちんが迷わずぽんぽん答えるので、あたしの質問もスピードを増す。
「気持ち、伝えなかったの?」
「言わなくてもわかってたから」
「誰が? 何を?」
「あたしもいちーちゃんも。相手の考えてること、わかってた」
次の質問がすぐに出てこなかった。
『相手の考えがわかる』なんて、そうそう言い切れることじゃない。まして、ごっちんは、軽々しくそういうことを言う人ではない。少なくともかつては、そこに並大抵でない強い絆があったんだとわかる。
- 294 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月22日(日)01時03分43秒
- 「今もわかる?」
「わかんないよ、関係ないし」
ごっちんは淡々と言い放った。よく切れる包丁を使えば力はいらない、そんな感じだった。
「関係、ないんだ」
質問というより独り言だったけど、ごっちんは「ないよ」と繰り返した。
「でも、市井さんの好きな人、知ってるよね?」
ごっちんは、そこで初めて時間をかけた。瞳が気弱に揺れるのを見た。
「そういうの、勝手に想像したくない」
「想像?」
憶測じゃなくて本人があんなに明確に伝えてきている。あたしが怒る筋合いでもないけれど、あの歌をなかったことにするのは許せないと思った。
「想像じゃないじゃん。名前入りでもらったMD、聴かなかったわけ?」
ごっちんも苛立ちを隠さない。
「どうだっていいじゃん、いちーちゃんがどうでも関係ないよ」
らしくないなと思った。子供っぽい逃げ方だ。
ああ、そうか、と急に気がつく。確認するまでもないけど、あたしは質問を口にしていた。
「ごっちん、怖いの?」
何に怯えているのかはわからない。だけど、ごっちんが何かを怖がって余裕をなくしていることはわかる。MDを叩き割ったのも、市井さんを丁寧に無視するのも、質問に答えないのも、何かから逃げるためだと思えた。
- 295 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月22日(日)01時04分21秒
- 「何がそんなに怖いの?」
ごっちんはそっぽを向いた。
「なに言ってんのか、わかんないよ」
あたしは、ごっちんの核心に近づきつつある自覚があった。だけど、そこへ歩いていくことは、あたしにとっても勇気のいることだった。不用意に踏み込んだら、こんなに怖がってるごっちんがどうにかなってしまいそうで。そうなったら、あたしもどうにかなってしまいそうで。
それでも、あたしは立ち止まっていることはできなかった。
「市井さんを好きだったのに、好きじゃなくなったのは、なんで?」
ごっちんは、答えを知らないのか、あるいは知ってるけど言いたくないのか、しばらく黙っていた。あたしは、この質問そのものが成立してないのかもしれないなと思った。『好きだったのに好きじゃなくなった』という前提が、そもそも間違ってるのかもしれない。
「ごっちん、本当は―――――」
最初の質問をもう一度しようとしたとき、コンコンと軽快なノックが聞こえて、返事も待たずにドアが開いた。
「後藤……」
市井さんは肩で息をしていた。
- 296 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月22日(日)01時05分55秒
- 市井さんは、あたしを一瞥して、すぐにごっちんに視線を据えた。
ごっちんは、市井さんに右の横顔を見せたまま、目を合わそうとはしなかった。
呼吸が整うと、市井さんは言った。
「ふざけんな。どんな理由があっても電話を一方的に切るもんじゃないよ。簡単に人を傷つけるなよ」
ごっちんは口を開こうとしない。
「無視すんなよ!」
市井さんが怒鳴って、ごっちんはびく、と身をすくめた。血の気が引いたような白い顔は、どんな表情も浮かべてはいなかった。
「ごめんなさい」
やっとそれだけを言うと、カバンを抱えて立ち上がった。
脱走するつもりなのだとわかった。
けれど、それは許されなかった。
脇を通り抜けようとしたその腕を、市井さんがつかまえる。
「後藤」
声はもう柔らかいものへと変わっていた。けれど、ごっちんは離れたところからでもわかるくらいに震えていて、あたしはなぜか、小学校のとき世話をした野良犬の耳を思い出していた。怖いことをたくさん経験したであろうその子犬の頭に、ぴったりと伏せられていた小さな耳を。
- 297 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月22日(日)01時06分38秒
- 「後藤、話したいことがたくさん、ある。お願いだから、逃げずに聞いてほしい」
「放して」
声が、かわいそうなくらい震えていた。
「怖がらないで。大丈夫だから」
市井さんは優しく諭すけど、ごっちんの細い体は震えたままだった。
「放してあげてください」
割り込むべきじゃないと思った。だけど見てられなかった。
「吉澤……」
市井さんの目があたしをとらえる。誰何の目。あたしがごっちんの何なのか考えてる目だった。あたしは、それには応えない。今は言うべきを言うだけだ。
「こんなに怖がってるのに、無理に話なんか」
「怖がってるから話したいんだよ」
もどかしそうに言う。あたしには意味がわからなかった。だけど、市井さんが自分勝手な気持ちでごっちんの腕を握っているわけではないことは、なんとなくわかった。
市井さんはごっちんの顔を覗き込む。
「後藤、怖がることないんだよ」
言いながら、緊張で固く握り締めていたごっちんの右手の指を1本1本開かせた。
そして、その右手の手首を両手でつかむ。
- 298 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月22日(日)01時07分30秒
- ごっちんには、それで市井さんが何をしようとしているか、わかったみたいだった。
「や、いや………」
はじかれたように頭を横に振って、腰を引いて逃げようとする。
「後藤」
なだめる市井さんの声もまるで耳に入ってない。
「やだ、いや……やめて、いちーちゃん、おねがいだからっ」
泣き出しそうな顔を見てるのがツラかったけど、市井さんの気持ちを信じることにした。あたしは歯を食いしばってそこに立っていた。
「後藤」
市井さんは安心させるように、何度もごっちんを呼ぶ。
「いち、ちゃっ……おねがい、やめて……っ」
市井さんは叫ぶごっちんの瞳を見つめながら、ごっちんの右手をゆっくり自分の左脇腹あたりに導いた。
薄いTシャツの上から、そこに触れたとき、ごっちんは火がついたように泣き出した。
「いやぁあああっ!」
悲鳴をあげたその体が、市井さんが支えるのも間に合わずに崩れ落ちた。
- 299 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月22日(日)01時08分09秒
- ごっちんは両手を床について、土下座するような格好になっていた。あたしは駆け寄ってその背中に手を置いて顔を覗いたけど、ごっちんの瞳はあたしを映さなかった。
うなされてるみたいにつぶやく。
「ごめ、なさ、なんでもするから……っ、いちーちゃんの近くにいること以外、なんでもするから………」
「後藤」
市井さんは言葉を見つけられないで、ごっちんの背中に触ろうとした。
けれど、ごっちんはその気配を感じて、身をかわし、後ずさりした。
明確な拒絶に、市井さんは傷ついた目をした。
「ご、めんね? いちーちゃん、あたし、あたしが……」
ごっちんは溢れ出す涙を拭おうともしないで、市井さんを見上げていた。あたしの手は彼女の肩に触れていたけど、ごっちんの全神経が市井さんに向いてるのがわかった。
「許してなんて言わない、からっ………あたし、ちゃんと離れてるから……」
とても弱い声で、けれどひたむきに発せられる言葉。
言葉の意味があたしにはまるでわからなかったけど、さっき訊き損なった質問の答えは、もうわかっていた。あたしは泣きたかった。だけど、タイミングがつかめなかった。ごっちんが大変なときに自分が泣くのは、あたし的にNGだと思った。
- 300 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月22日(日)01時08分50秒
- 「ごめ……っう」
ごっちんは謝りながら咳き込んだ。あたしはごっちんと同じ高さにしゃがんで背中を撫でながら、咳き込んだのではなくて嘔吐したのだと知る。
モス・グリーンのフロアに、黄色っぽい液体がわずかに広がっていた。
「ごっちん」「後藤」
ごっちんは空咳をするばかりだった。胃に吐くものが入っていないのだと気づいて、悲しくなった。
彼女が今日、予定を入れなかった理由がわかった気がした。演技をしない一人の時間が切実に必要だと自分でわかっていたんだろうと思う。
あたしは自分のタオルでまず、ごっちんの口元を拭ってやり、それから床を拭いた。
「ごっちん、立てる? もう帰ろうね、送ってくから」
ごっちんの腕をとって自分の首にまわした。
両足を踏ん張って、二人分の体重を支えて立つ。
市井さんにとって、ごっちんのこの反応は予想以上に激しいものだったのだろう、呆然とこちらを見ていた。手を出そうとすれば拒絶され、声をかけるにも言葉がないようだった。
「今日はこれで帰ります。部屋まで送っていきますから。だから今日はもう市井さんも」
帰ったほうがいいと促した。市井さんは青ざめていた。こんなにも弱い顔をする人なんだと初めて知った。
- 301 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年09月22日(日)01時09分50秒
- 「後藤、ごめんね。吉澤もごめん。こんなに傷が深いってわかってたら、もっと………。あたし、ホントごめん」
なんとか、そう言葉を紡いで、うつむいている。
何か言いたかったけど、言うべき言葉が見つからなかった。
黙って会釈をした。ドアは市井さんが開けてくれた。
ごっちんは最後にもう一度「ごめんね」と言った。
それきりで、あたしたちは市井さんを置いて出口を目指した。
背後の気配がまるで動こうとしないのがわかって、心配だったけど、振り返ることはしなかった。
あたしたちの3人が3人とも、何をどうしていいのか、まるでわからなかった。
ごっちんが声を失ったのは、その翌朝のことだった。
- 302 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月22日(日)01時13分04秒
- >>291
>>292
ありがとうございます。
過分にほめていただいて。
レスくださる方はもちろん、
ROMでも読んでくださってる方には
本当に感謝してます。
- 303 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月22日(日)01時15分09秒
- このスレだけで収まりそうもないなぁ。
冗長だ……。全部書き上げてアップするのとは違うから
どうしても作者自身、先が(量も含めて)読めなかったり。
- 304 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月22日(日)01時17分05秒
- 主役が「壊れそう」から「壊れた」に移行しちゃってますが、
次回更新は卒業より後になると思います。
- 305 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月23日(月)15時40分54秒
- 続き待ってます と言わなくてもいい位更新早いですね
後藤と旧メンバーの関係が気になります
卒業sp市井さんが来てましたね 妄想が頭をよぎりましたよ
- 306 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月24日(火)23時55分43秒
- ■■■
翌朝、ごっちんはいつまで経っても楽屋に現れなかった。
代わりに現場担当じゃないはずの事務所スタッフが一人やってきて、マネージャーと何事か打ち合わせて帰っていった。その人を帰した後で、マネージャーは話を切り出した。
その第一声。
「後藤は今日からしばらく休養に入ることになったから」
水を打ったように楽屋が静まり返った。誰もリアクションひとつとらずに、次の言葉を待った。
「体調不良でちょっと休ませないといけないことになった。体のことだから、いついつ復帰というのは言えないけど、本人も復帰するつもりでいるし、みんなもそのつもりで待っててやってほしい」
それは復帰のメドが立たないという意味だろうか。あたしの頭の中が水玉マーブル格子模様に染まった。しっちゃかめっちゃかになった頭で、それでも次の言葉を聞いた。
「今日以降の収録、だいぶ変更が入ってくるから、現場の指示をしっかり聞くように。後藤のことは心配だろうけど、お前たちはお前たちでやるべきことがあるから。そこはしっかりやってくれ」
- 307 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月24日(火)23時56分31秒
- 「病気なんですか? どこが悪いんですか? 入院てことですか?」
飯田さんは矢継ぎ早に問いかけた。あたしたちは、今日の仕事の変更内容よりも、ごっちんのことが気になった。
「病気は病気だな。でも入院はしなくていいそうだ」
マネージャーは言いにくそうに、ぽつぽつと状況説明を始めた。
それでわかったことは。
- 308 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月24日(火)23時57分10秒
- ひとつ。ごっちんは今朝から声が出なくなったこと。
ひとつ。それを俗に失声症といい、詳しくは反回神経麻痺と呼ぶこと。
ひとつ。早ければ1週間ほどで回復するけれど、悪くすると数ヶ月、数年かかること。
ひとつ。マスコミはすでにこの件を嗅ぎつけており、スキャンダル報道は不可避なこと。
ひとつ。事務所では対応としてFAXでマスコミに事実を知らせること。
ひとつ。ただし、失声症の原因については過労とし、精神的なものは匂わせないこと。
ひとつ。ごっちん本人も筆談で「原因に心当たりがない」と話していること。
ひとつ。失声症以外は軽い胃炎が見つかっただけで、体に異常はないこと。
ひとつ。よって明日には退院し、自宅療養とすること。
ひとつ。本人はダンス・レッスンやスチール撮りなどには参加したいと話していること。
ひとつ。過労を理由にしている以上、事務所としてはそれはさせられないこと。
ひとつ。ごっちんから伝言があること。
ひとつ。「心配しないで私の分も頑張ってください。ごめんなさい」がその内容であること。
- 309 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月24日(火)23時57分55秒
- あたしは、昨夜のごっちんを思い出していた。
電車のある時間だったけど、迷わずタクシーに乗って、ごっちんを送った。
ごっちんはロクに食べてない上に泣いて吐いたから、具合が悪そうだった。
胃に何か入れさせようと思ってお粥を作ったけど、食べようとしないので、スプーンで口まで持っていって食べさせた。
ごっちんは迷惑をかけたことを謝るばかりで、言葉らしい言葉を発しなかった。
あたしが思わず抱きしめたときも、やっぱり「ごめんね」と言うばかりだった。
あたしは鼻の奥が痛かったけど、精一杯の笑顔でごっちんに「おやすみ」を言った。
ごっちんは力のない泣き笑いの顔で同じ言葉をあたしに返した。
目が覚めたら声が出なくなっていたと、ごっちんが事務所にメールを入れたのは、その9時間後のことになる。ストレスや精神的ショックが原因で起こることもあるという失声症。事務所の発表では過労によるストレスで説明されるはずだけど、この世で本人を含めて3人だけは、それが偽りであることを知っている。
- 310 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月24日(火)23時58分36秒
- マネージャーの話の後、メンバーのほとんどがそうしたように、あたしもケータイを取り出した。メールを送るためだ。
みんなはきっと、『大丈夫? 早く良くなってね』という主旨のことを書いているだろう。だけど、あたしは良くなるのを待つ気はさらさらなかった。
『ごっちん。あたし、市井さんに会ってもいいかな?』
それだけ書いて送信ボタンを押した。
本当は書きたいことは無数にあった。まず、みんなと同じ『大丈夫? 早く良くなってね』。
それから『あたしが近くにいたのに、こんなことになって、ごめん』。
それから『心細いよね? いっしょにいたい』。
それから『何がどうでも、ごっちんが大好き』。
でも、あたしは知ってる。今、あたしにそれを言われても、ごっちんには負担にしかならないこと。
あたしが市井さんと会うことも、もちろん負担だろうとは思う。だけど、これだけはやらなくちゃならない。ごっちんに声を失うほどの精神的ショックをもたらした人に会って、話を聞きたい。聞いて少しでもごっちんの力になれるなら。
だから、これは確認。『あなたのことを市井さんから聞いてもいいですか』。『一歩深いところへ、踏み込ませてくれますか』。
- 311 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月24日(火)23時59分14秒
- 返信はなかなか来なかった。今日一日は病院にいるはずだから、ケータイが使えないのかもしれない。
仕事の合間合間でディスプレイを眺めては、ため息をつく。
やっと1本来たと思ったら梨華ちゃんからで、『何か知ってる?』という、短いものだった。
あたしは『知ってることもあるけど話せない。知らないことが多すぎて正しいことを言えないと思うから。』と正直に書いた。
梨華ちゃんは今日のバラエティ番組の収録で大量のNGを出していた。ときどき、そのキレイな眉間に皺が入って、辛そうに息を吐き出すのを見た。痛々しいくらいに動揺が丸見えで、あたしはそれでも何も言えずにいた。
梨華ちゃんはそれきりメールを返してこなかった。
愛してる人を守れず、大切な友人を労われず、あたしは悩むしか手立てがなかった。
今日最後の出番が終わって楽屋に戻るなり、やっぱり一番にケータイを見た。
『着信あり』。
履歴を確かめる。
ごっちんじゃない。
声を失ってる彼女が電話をかけてくるはずもないのに、それでも一瞬期待してしまう自分に苦笑いしたい気持ちになった。
でも、がっかりはしない。
ちょうど連絡をとりつけようと思っていた相手の名前がそこにあった。
- 312 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月24日(火)23時59分50秒
- 着替えてテレビ局を出るなり、着信履歴の最後の番号に発信する。
コール4回で市井さんが出た。
「吉澤?」
「はい。あの、電話もらったみたいで」
「うん。さっき知ったんだ、話聞きたくて」
もちろん、ごっちんのことだろう。『ゴマキ失声症』のニュースは正午ごろ、テレビ画面の上部に速報テロップで流れたと聞いている。
「あたしも、訊きたいことあるんで」
「………うん。そっちはもう上がったの?」
「はい。市井さんは、まだお仕事ですか?」
電話の向こう側、かすかに複数の人間の声らしきものが聞こえていた。
「あと少しで終わるんだけどね。吉澤がよかったら、待っててもらえないかな」
「いいですよ。どこにいればいいですか?」
市井さんは「あー……」と声をのばして少し考えてから、
「『ルバート』ってわかるかな?」
と訊いてきた。あたしは、『ルバート』が市井さんの知ってる店だったのだとわかって、不覚にも驚いた。今さら驚くことじゃないだろうと自分に言い聞かせながら、
「○○スタジオの近くのですよね? 先に行ってます」
と返事をした。
- 313 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月25日(水)00時00分31秒
- ■■■
以前、店の前まで来たときには結局下りることのなかった階段を下りて、木製のドアを開けた。夜10時過ぎの『ルバート』はなかなかに混み合っていて、カウンター式の厨房からはバターやニンニクの匂いがした。
ウエイターはあたしを見ても特別な反応は見せずに「いらっしゃいませ、お一人でいらっしゃいますか」と言った。
「あとからもう一人来るんですけど。すみません、ケータイ通じるとこにしてもらえますか」と頼んでみると、ウエイターは「ええ、どちらのお席でも通じますので」と、一番奥の4人がけのテーブルへ案内してくれた。
座って、形ばかりメニューを眺めるあたしの頭の中に、今は聞けないはずのごっちんの声が聞こえていた。
『ごめん、今日あんまり洋食系、やかも。ごめん…』
いつだったか、この店に誘ったとき、断ったごっちんの顔が普段とまるで違って弱々しかったことを思い出す。
「お連れ様がいらっしゃるまで、何かお飲み物をお持ちしますか?」と言われてキールを注文したあたしは弱い人間だ。アルコールを、どうしても今、入れておきたいと思った。
- 314 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月25日(水)00時01分17秒
- 一口だけ、冷たさと甘さを味わってから、ケータイを取り出した。
『ごっちんへ。今、ルバートで市井さんを待ってる。返事待てなくてごめんね。』
事後承諾、あるいは許してもらえなくても、こうするしかなかった。
あたしはケータイをそのままテーブルの端に置いて、グラスを傾けた。
一口飲んだだけで、ケータイが震えた。メールだった。
開く。
『まって。おねがいだから、やめてほしい』
ひらがなだけのメール。ごっちんは、メールを打つのが速くて、顔文字とか記号も上手に入れるし、意味が通りやすいように漢字もそれなりに使う人だ、普段なら。
なりふりかまってられないくらい、あたしと市井さんが会うのを止めたがってるんだとわかる。
『市井さんは昨日のあの後の様子とか知りたいんだろうし、あたしは、ごっちんのこと、知りたい。ごっちんはあたしにどうしても知られたくない?』
レスはまた、ものすごく早かった。
『いちーちゃんは、かばってうそをいうとおもう。どうしてもっていうなら、あたしがはなすから、いちーちゃんにしんどいことさせないで。おねがい、よしこ、おねがい』
- 315 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月25日(水)00時01分58秒
- 『かばってうそをいう』は、市井さんがごっちんを庇ってあたしにウソを言うってことだろう。庇われなくちゃならないどんなことを、ごっちんは―――――。
いつか左目だけで泣いてたごっちんの顔と、そのときの言葉を思い出す。
『ごとーはね、すごく悪い人間なんだ』。
それから昨日、ぼろぼろ涙をこぼした顔と、あの『ごめんね』の繰り返し。
あたしはグラスを置いて、迷いながらも文字を打った。
『わかった。ごっちんが嫌がることはしないから、心配しないで眠って。』
今、ごっちんが気にかけてるのは、市井さんに精神的負担をかけてしまうことで、あたしが気にかけてるのは、ごっちんに精神的負担をかけてしまうこと。だったら、こう答えるしかなかった。
少し経って、ごっちんから返信が来た。
『ありがとう。あした退院する。夕方くらいからマンションにいるよ。』
明日、マンションに来てもいいよってことだろう。
返信を打とうとしたとき、手元が振動した。電話だ。
- 316 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月25日(水)00時02分31秒
- 「はい」
「あー、市井。今ついたんだけど……あ、いたいた」
振り返ると、市井さんが軽く手をあげて歩いてくる。
「さすが体育会系」
「え?」
わからなくて聞き返した。
「手前に座ってる」
「ああ、はい」
目上の人を奥に座らせるのは習慣になっている。
市井さんはすんなり奥の席へ座った。
「後藤だったら絶対、奥座ってるね。てか、アイツはアイツでゴルゴだからな」
今度は意図がわかって笑う。
「入口に背を向けないっていう。ハードボイルドだ、ごっちん」
「動物なだけだったりね」
乾いた笑いを交わして、市井さんはメニューに目を落とす。
「吉澤、ゴハンは?」
「まだです」
「食べない?」
「そうですね」
食べます、の意味だ。とりあえず皿でも並べなければ、息がつまりそうだった。
「頬肉が好きなんだけど、たまには他のにしようかな。吉澤は何おすすめ?」
『牛頬肉の赤ワイン煮込み』あたりに目をやりながら、のんびりと市井さんが言う。店の名前を言っただけでここに来られたあたしのことを常連だと思ったらしかった。
「あ…あたし、今日初めて来たんです」
「え、そうなの?」
- 317 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月25日(水)00時03分04秒
- 「はい」
「あー、市井。今ついたんだけど……あ、いたいた」
振り返ると、市井さんが軽く手をあげて歩いてくる。
「さすが体育会系」
「え?」
わからなくて聞き返した。
「手前に座ってる」
「ああ、はい」
目上の人を奥に座らせるのは習慣になっている。
市井さんはすんなり奥の席へ座った。
「後藤だったら絶対、奥座ってるね。てか、アイツはアイツでゴルゴだからな」
今度は意図がわかって笑う。
「入口に背を向けないっていう。ハードボイルドだ、ごっちん」
「動物なだけだったりね」
乾いた笑いを交わして、市井さんはメニューに目を落とす。
「吉澤、ゴハンは?」
「まだです」
「食べない?」
「そうですね」
食べます、の意味だ。とりあえず皿でも並べなければ、息がつまりそうだった。
「頬肉が好きなんだけど、たまには他のにしようかな。吉澤は何おすすめ?」
『牛頬肉の赤ワイン煮込み』あたりに目をやりながら、のんびりと市井さんが言う。店の名前を言っただけでここに来られたあたしのことを常連だと思ったらしかった。
「あ…あたし、今日初めて来たんです」
「え、そうなの?」
- 318 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月25日(水)00時04分10秒
- 迷ったけど、言うことにした。
「前にごっちんと通りかかって、入ろうって誘ったらイヤだって言われちゃって。それで、なんか印象に残ってたんですよね」
市井さんの目線はメニューに注がれたままで、言葉はワンテンポ遅れた。
「ああ、へえ……」
沈黙が舞い降りた。
市井さんは、口をふう、と尖らせてから言った。
「話、とりあえず待ってね。注文しちゃうから」
「それがいいですね」
市井さんはウエイターを呼んでテキパキと2人分の料理の名前を告げた。最後に「あと、ワインもらおうかな。赤で……んーと、このカベルネ。グラス2つで。いいよね?」と付け加えた。最後の一言はあたしに向けて言ったものだ。あたしはひとつ頭を下げて、ウエイターは厨房のほうへ歩いていった。
「後藤とは何回か来たんだ。アイツ、ここのだったらウニ食べるんだよね。不思議と」
それは単に市井さんの皿から食べたかっただけじゃないかと思ったけど、卑屈な言い方になりそうな気がしたので、やめた。
「それでさ……病状知ってる?」
いきなり本筋に入った。こういう話の運び方はごっちんに似ている。もしかしたら、ごっちんが市井さんに似てるのかもしれないけど。
- 319 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月25日(水)00時05分10秒
- 「あたしもマネージャーから聞いただけで、よく知らないんですけど、声が出ない以外は、軽い胃炎だけだそうです。入院もしなくてよくて、今日は病院泊まってますけど、明日もう退院するって」
「そっか、よかった。いや、全然よくはないんだけど」
不謹慎な意味で『よかった』を言ってないこと、わかっているという意味で、あたしは頷いた。
ウエイターがやってきて、フォークとナイフを下げたり足したり、ワイングラスを置いたり、テーブルを整えていった。
「昨日はほんと、ごめん。あんなことになるなんて思わなくて、なんていうか、不用意だったよ」
お互い黙りこくる。
知りたい、と思った。市井さんのお腹に一瞬だけ触ったごっちんの手。それにどんな意味があって、何がごっちんに声を失うくらいの苦悩を与えたのか。
「吉澤?」
「はい」
「訊かないの?」
訊きたい。だけど。
あたしは黙って、ケータイを手に取った。
さっき届いたばかりのメッセージを呼び出して、ディスプレイを市井さんに向ける。
『いちーちゃんは、かばってうそをいうとおもう。どうしてもっていうなら、あたしがはなすから、いちーちゃんにしんどいことさせないで。おねがい、よしこ、おねがい』。
- 320 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月25日(水)00時05分49秒
- 市井さんは、ほとんど表情を変えなかった。
「なるほど。優しいね」
ごっちんのことだと思って頷こうとしたら、「吉澤は」と言われた。
「そうですか?」
「今すぐ知りたいのに、後藤の気持ちを優先してやるんだろ。エライじゃん」
「ごっちんが自分で話してくれるなら、直接聞いたほうがいいかと思っただけです」
ソムリエらしき人がボトルを両手で胸の前に持って、こちらへやってきた。
流れるような作業で栓が抜かれ、市井さんのグラスにワインが注がれる。少し茶色っぽい赤紫。市井さんは一口飲んで、『らしき人』に「おいしいです」と微笑んだ。
2つのグラスの3分の1ずつを満たして、『らしき人』が行ってしまうと、市井さんはグラスをゆっくりまわしながら、まるで独り言のようにつぶやいた。
「後藤のこと、好きなんだね」
市井さんの目を見た。市井さんはワインの深い色を見つめていた。
「市井さんもですよね」
市井さんは答えなかった。かすかに笑って、その笑みが消えたと思ったら、
「あたしも止めたいな」
と言った。何を、とこちらが訊く前に付け加える。
「後藤に、昔のこと訊かないでやってほしい」
- 321 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月25日(水)00時06分34秒
- あたしは、半分くらい残っていたキールのグラスを一息に空けた。
「ごっちんにも市井さんにも訊けないんじゃ、あたし、なんにも知らないままですね」
ウエイターがパンとバターを持ってきた。
市井さんは彼が席を離れるタイミングで、落としていた視線をあたしの顔まであげた。
「知らないほうがいいこともあると思わない?」
今度はあたしがワインに目を落とした。いい香りだと思った。
「吉澤、昔のことは―――――」
「『知らないほうがいいこともあるよね』とか、そういうので納得した顔して、でも絶対気になってんのに。あたしが気になってるだけならいいけど、ごっちんが今現在ものすごく悩んでるのに、そこを見ないままっていうのは…。そういうの、あたし、できないんで」
市井さんをさえぎって、一息に言葉を投げた。
市井さんは、またグラスを傾ける。グラスには少しワインが残っていたけど、市井さんの腕がボトルに伸びた。あたしが手を出しかけると、
「いいよ、ワインは手酌で」
と、慣れた手つきでグラスを満たした。それが市井さんの主義なのか、一般的なマナーなのか、あたしにはわからなかったけど、脈絡なく、なんだか敵わないと思って、喉元がちくちくした。
- 322 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月25日(水)00時07分15秒
- 「つきあってんだよね?」
『誰と誰は』を省略して尋ねる市井さんの瞳は、今注いだばかりのワインの赤を映していた。
「つきあってるっていうか」
言いよどんでしまう。あたしが知りたいことなのだ、ごっちんとあたしの関係をなんて呼べばいいかなんて。だけど、良くない関係にいい名前なんか、つくわけがない。あたしは結局、言いたくないことを言うだけだった。
「何人かいる中の一人、みたいですけど」
市井さんは初めて驚きを隠せないで、目を見開いた。だけど、それも一瞬のことで、口に出した言葉は「ああ、そうなんだ」だった。
最初の皿が運ばれてきた。
市井さんにラタトゥイユ。あたしに空豆のキッシュ。
「うまそう」
と、ちっとも気持ちのこもらない調子で市井さんが言い、あたしも「いただきます」をぼそぼそ言った。仕方なくナイフとフォークを取り上げる。市井さんはスプーンをとって、トマト色に包まれた野菜たちを口へ運び始める。
流し込むみたいにワインをがぶりと飲んで、グラスを置くタイミングで口を開く。
「ごっちんは」
市井さんがボトルを取ろうとするので、「自分で」と言って、小ぶりなボトルを傾けた。
- 323 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月25日(水)00時08分14秒
- 言い直す。
「ごっちんは、自分のこと大嫌いなんだそうです。だから、好きでもないヤツとつきあうんですよね」
市井さんは苦い顔をした。ラタトゥイユはおいしそうだったけど、まずいものでも食べたみたいに、せわしい仕草でグラスを口へ持っていった。
「吉澤、そういうのはさ」
宥めようとするような空気を感じて、そうされたくなかったので、あたしはまた市井さんをさえぎる。
「あたし、それを利用してます。手を伸ばせば好きな人にさわれるっていう状況で、我慢できるほど人間できてないから」
市井さんは、言いかけた言葉に固執せず、またラタトゥイユをスプーンで掬った。
飲み込んだ後で、「そうでもないと思うよ」と言った。
あたしは空豆を食みながら次の言葉を待った。
「勇気あると思うよ、そういうの。我慢するほうが楽だったりすんだもん、絶対」
市井さんとつきあっていたのかと訊いたとき、ごっちんが「そういうんじゃない」と答えていたことを思い出す。
「楽とったことあるみたいな言い方ですね」
市井さんは、ははっと声をたてて笑った。
「自分で言っといてあれだけど、楽でもなかったな。楽しかったけど……どっか寂しくてさ」
- 324 名前:駄作屋 投稿日:2002年09月25日(水)00時08分58秒
- フォークの先を見ながら、このキッシュは卵の味が濃厚で好みだなと思った。
「怖かったんだよね、いろんなことが」
ぽつりと言って、ワイングラスをまた少し揺らした。グラスの内側をワインが滑らかに舐める。
「形にすると、壊れちゃうと思ったんだ」
グラスを止めて、ワインの揺れが収まっていくのを、市井さんは見ていて、あたしはそうしてる市井さんを見ていた。
「って誰もきいてねーよって話だね」
市井さんは我に返ったみたいに、無理やり話を回収して、ワインを口に含んだ。
「でも、楽とるのやめたんですね」
彼女は時間をかけて決意した。『無色透明ロード』を歩くこと。
市井さんは自嘲的に口を少し歪めた。
「思いっきりフラれたけどね」
市井さんの近くにいること以外だったらなんでもするとごっちんは言った。裏を返せば、市井さんの近くにはいたくない、それだけはできない、ということ。
「なんつーか、あたしって結構、トロイかも。マヌケなんだよね」
見かけほど強い人間でもないのだろう、この人は。私と似ている。竹を割ったような性格に見えて、内実、どろどろしたものを抱えている。そして吐き出せないまま、理解者をさがしてる。
- 325 名前:駄作屋<ここまで> 投稿日:2002年09月25日(水)00時09分50秒
- 「あー、それでさ」
また、ワインを注ぎながら、市井さんは切り出す。
「後藤に訊くのやめてねって、あたしはやっぱり頼みたいんだけど」
「それは、でも―――――」
「あたしが話すから」
「でも、それは―――――」
「ウソは言わない、約束する。あたしから聞いたことは後藤に黙ってればいいじゃん。ね、吉澤、知りたいなら教えるから。その代わり知らんふりしてよ。頼むよ」
すぐに返事はできなくて、キッシュの最後のひとかけを口へ運んだ。バターが効いていておいしい。
市井さんとごっちんの言い分がぶつかるなら、迷わずごっちんの言うことを聞きたいのに。
だけど、それはごっちんの傷をえぐるようなことかもしれなくて。
どうするのが、正しいことなのか、あたしにはわからなくなっていた。
ふうっと息を吐いたら、アルコールの匂いがした。
『ごっちん、ごめん』。心の中で自己満足につぶやいて、口にしたのは別の言葉。
「教えてください」
- 326 名前:駄作屋<レス> 投稿日:2002年09月25日(水)00時13分06秒
- >>305
レスありがとうございます。
あー、更新はね、はやいのは、はやいんですけど。
卒業spは、びっくりでしたね〜。
TFPもSPも、それなりに楽しかったですね、妄想できて(笑)。
- 327 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月25日(水)00時15分09秒
- ageました。10より下だと、ちょっと書くとき面倒で。
お目汚し、ごめんなさい。
さらに。今回更新、途中ダブっちゃいました。
読みにくいですね、すみません。
- 328 名前:駄作屋<コメント> 投稿日:2002年09月25日(水)00時18分48秒
- そろそろ、新しいの、立てさせてもらおうかなぁ…。
もっとギリギリまで使うべきかな。
にしても、門出にふさわしくない話だ。
昨日は自粛してみたけど。
なおも、ふてぶてしく続きます。
- 329 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月25日(水)11時43分13秒
- 続き気になるー!
- 330 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月25日(水)14時53分44秒
- 凄い更新ペースですね。週単位でチェックしてる人は驚くかもしれません。
遂に語られる過去。期待してますよ〜。
- 331 名前:名無し読者 投稿日:2002年09月27日(金)23時46分42秒
- 待ってる
- 332 名前:駄作屋<新スレ案内> 投稿日:2002年09月28日(土)13時35分42秒
- 恐縮ですが次スレを立てさせてもらいました。
http://m-seek.net/cgi-bin/read.cgi/blue/1033186134/
>>329
>>330
>>331
レスありがとうございます。
更新頻度をほめていただいたところで、少し更新が開きました。
市井さん語る編を途中で切りたくなかったので。
長い話になってますが、今後も読んでいただけるとうれしいです。
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