スワスワと手をつないで
- 1 名前:名無し飼育さん 投稿日:2015/09/17(木) 20:03
- 「こんなことがあったらいいな」と思って書きました。
- 2 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:04
- 惑星アルファ、もとい、都内某所のスタジオの隅っこの方。
ここは、秋のコンサートツアーを間近に控え、
緊張と不安、そしてライバル心が入り混じる
モーニング娘。’15メンバーたちの心を癒し、
争いを忘れさせるという。
それに憧れ、様々なメンバーが集まって休憩をしている。
かくいう鞘師も、年中コンサートに明け暮れる星、ハロプロの出身、
現つんく♂サウンドプロデューサーに移民を許された身だ・・・。
はいここでメインテーマ。
鞘師は脳内で「トライアングル アルファ」を再生しながら、
隅の方でひとり座って休憩をしていた。
その表情は、17歳のアイドル歌手というよりは、
某惑星の軍人・キリ中尉だった。
そう。わかりやすいほどに、6月の演劇女子部ミュージカル
「TRIANGLE」の余韻をずるずると引きずっていた。
- 3 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:04
- しかしそんなメンバーは鞘師だけではなかった。
感謝祭をやって以降、全員さらに悪化したようだった。
リハーサルの休憩時間、それは唐突に幕を開ける。
「ねえ、ミルク〜、起〜き〜て、」
沈黙の中、歌い出したのは、リーダーのフクちゃんだった。
もちろん、歌いだしたもの勝ちだった。
最近は、ほとんどのメンバーがあの姫の座を奪い合っていた。
争いを忘れさせるはずのこの星で、あってはならないことである。
「朝だよ、嘘だよ、ま〜だ寝〜てて、い〜いよ」
フクちゃんは、あの嫌がらせの歌を、皆に背を向けて、
寝転んでくつろぐ香音ちゃんの体を撫でまわしながら優しく歌い上げる。
「あらスワスワたち?」
そのセリフを言われると、疲れているはずなのに、
素直で従順な12期メンバーたちが、無言ですくっと立ち上がる。
スワスワのような声を出し、スワスワのような動きをしながら、
フクちゃんの方に向かっていく。
新人4人のこの見事な対応力と団結力。
それは、ここ数日間でさらに磨きがかかっていた。
「だめですよスワスワ、こんなところまで来ては」
12期がフクちゃんに近づいていく。
次に待っているのは、やっぱりあの甘いハスキーボイス。
- 4 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:05
- 「サクラ様!」
頭はボサボサ、Tシャツに短パン姿のくどぅー、
もといアサダが、ちょっと離れたところから小走りでやってくる。
絶妙なタイミングだった。ほんま、こいつもようやるわ。
「アサダ!?」
こうなることはわかっていたのに、フクちゃんが驚く。
「こらお前たち、こんなところにいちゃだめだろ!
こら、ちょっと待てお前たち!いい加減にしろ!
サクラ様から離れろ!」
くどぅーは、スワスワしている牧野中コンビを捕まえる。
「アサダ、スワスワを叱らないで」
「サクラ様、スワスワは危険なんです!」
「お願い、叱らないで」
両手を合わせて、上目づかいで懇願するフクちゃん。
「ま、まったく。サクラ様がそんなにおっしゃるなら」
くどぅーも今日はまんざらでもなさそうだった。
「よし。もう叱らないから、おいで。ホップ、クロエ、カイト・・・」
尾形羽賀コンビもやってきて、12期四人が並ぶ。
と思ったら、暇すぎたのか生田もちゃっかりスワスワ仲間に入っていた。
お前だれだよ。
「アサダには、スワスワたちの見分けがつくのですね」
「当たり前です。私はオメガのスワスワ使いですから」
「私も、見分けられるようになりたいです」
「それじゃあ、ご紹介しましょう!」さわやかにくどぅーが言う。
「この子は牧野まりあ、日ハムファンのスワスワ」
「勝負決める一振り〜血と汗の勲章〜
その手で夢掴め〜さぁ翔け中田〜かっとばせ〜な・か・た!!!」
人が変わったように熱唱するスワスワ牧野。
「わあーきれい」フクちゃんは何事もなかったように牧野に拍手する。
「まりあは日本ハムファイターズを全力で応援します」
- 5 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:05
- 「うーん、そうかそうか。もっと明るい光をつくりたいって?いい子だ!」
くどぅーも何も聞かなかったふりをして、
まりあちゃんをくるっと一回転させ、話を先に進める。
「牧野まりあね。覚えました」
「この子は尾形はるな、大阪弁のスワスワ」
「ドゥッドゥルルッル、ドゥッドゥルルッル・・・もうかりまっか?ぼちぼちでスワ!」
両腕を広げ、ばっちり決めてドヤ顔の尾形。
「この子は野中美希、帰国子女のスワスワ」
「I'm Miki Nonaka. My favorite color is purple! Thank you!」
元気に言って、ついでに身軽にターンを完璧に決める野中。
「ああ、素敵。牧野に尾形、それに野中。
スワスワのみなさんどうぞよろしく」
「ちょっと待てえい!」
フクちゃんとスワスワたちが笑い合っている間に、
生田が無理やり入ってくる。
生田はくどぅーに目配せして、早く、早く、とせかす。
「ああ、この子は生田えりな。10回連続バク転ができるスワスワ」
「ちょっ!10回とかムリムリ!」
「・・・」
強引に仲間に入ってきて、和を乱すスワスワ生田。
ちょっとしらけたムードになり、諦めて助走に入る。
そして、無茶ブリのはずの10回バク転を決めてみせる。
おおーっとその場が自然と拍手に包まれる。
- 6 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:06
- 「どうぞよろしく」
気を取り直して、フクちゃんが羽賀あかねちんに手を差し出す。
「サクラ様!触れてはいけませんよ」
くどぅーはフクちゃんの腕を握る。
2人は至近距離で見つめあう。
「スワスワは、私たちオメガの者以外が触れると」
「感電して、大変なことになるのでしょう?」
「はい。いつも体の中でエレクを作っているので」
近い。今日はいつもよりもっと近い。
そしてくどぅーが本当にまんざらでもなさそう。
「見ててください。いいですか?」
「ああ!すっごい!」
「ねえ、こわいでしょう?」
「いいえ。こわくありません」
見つめあう2人の距離がどんどん近づいている。
「スワスワはこの星の宝ですもの!」
「宝?」
「はい。お母様がいつも言っています」
「女王様が?」
「お母様が子供の頃は、この星の夜は、暗く閉ざされた闇だった。
アサダたちオメガ人がこの星に来て、初めて光がもたらされたって」
「私たちの方こそ、行く当てのない移民に、住む場所を与えてくださって」
「この星に光をつれてきてくれてありがとう」
- 7 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:07
- 「ラクサ〜」牧野がいつものように姫に触ろうとする。
「こらあぶない!」とくどぅーが止める。
「ハァーきれいな手。すきとおるみたい。
いいなあーアサダは、スワスワに触れて」
「サクラ様!」
「ウソです、ウソウソ」
「そんなに、触れてみたいですか?」
通常の舞台本番と同じようなテンションでくどぅーが言う。
あの真剣なまなざし。もしや、みんなこれがやみつきになっているのか。
「え?」
「スワスワに」
「それはもちろん!」
「いいですかサクラ様。他の人には内緒ですよ?」
「なんですか、内緒?なんですか?!」
フクちゃんもサクラ姫というか、サクラ姫のあゆみちゃんを完全コピーしている。
いったい、みんなどこで練習しているんだか。
- 8 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:07
- 「スワスワに触れても、オメガ人の私と手を繋いでいれば、
このアサダが絶縁体になるので、感電することはありません」
「え?本当ですか?触って、いいの?」
くどぅーがさっとフクちゃんの手をとる。
フクちゃんは牧野におそるおそる触る振りをする。
「大丈夫ですよサクラ様。私と手を繋いでいる限り、感電しませんから」
「アサダ」
なにこのフクちゃんのくどぅーを見つめるマジな視線。
「何があっても、離しませんから」
2人は手を握り合って、見つめあって、
まさかここで何かがおっぱじまってしまうのか。
- 9 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:07
- くどぅーの手を握ったまま、フクちゃんは牧野に触る。
「はぁーん、スワスワ、あたたかい!アサダ、わたし」
「はい!」
「スワスワにー触れたあーーー!!!」
- 10 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:08
- フクちゃんがそう叫んだ瞬間、ピアノの軽快なメロディが流れ始める。
音の聞こえる方を見てみると、小田がスマホを持って、
あの曲「スワスワと手をつないで」を流していた。
いつものことながら、こいつら用意周到すぎる。
♪わたし触れた スワスワに触れた 心が浮き上がる
♪アサダと手を繋ぐ たったそれだけのことで スワスワと友達に
フクちゃんが歌いだし、くどぅーと12期と一緒に踊りだして、
一気にミュージカルっぽさが増してくる。
あれ、生田はどこいった?もう飽きた?
- 11 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:08
- ♪スワスワ嬉しいな サクラ姫がこんなにも 顔を輝かせて
くどぅーと手を繋いで、フクちゃんが幸せそうに笑っている。
まあフクちゃんが幸せならそれで別にいいんだけどさ!
♪この星の宝 スワスワと踊っていると 私まで輝くみたい
くどぅーがまたフクちゃんの手をとる。
「あっ」
「大丈夫ですよサクラ様。何があっても、離しませんから」
くどぅーものごっついイケメンすぎる。
「アサダ・・・」
そしてフクちゃん距離が近い近い。
♪おしゃまなリンディ やんちゃなクロエ 身の軽いルーン
♪スワスワと手を繋ぐ 唯一の絶対条件は
♪アサダと手を繋ぐこと
がしっとくどぅーの手を握りしめながらフクちゃんは熱唱する。
ほう、これが伝説のフクムラロックか。
- 12 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:09
- くどぅーはフクちゃんの両手を握り、至近距離で見つめあう。
みんな多分、ここがやりたくて仕方ないんだろう。
♪離したら大変です サクラ様が感電する
♪この手は離さない
♪この手は離さない
「ほらっ、行くよ」
歌が終わってしまう。くどぅーが12期をどっかに連れて行く。
フクちゃんはくどぅーの背中をうっとり見つめ、
まだお姫様気分に浸っている。
- 13 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:09
- 気が済むまでやるがいいさ、お嬢さん。
最終的にはこのキリが全部持っていっちゃうのだから。
不敵な笑みを浮かべ、キリ、もとい鞘師は立ち上がり、時計を見た。
ちょうど休憩時間が終わるところで、
こんなところまでピッタリなのかとちょっと呆れてしまう。
いつキリの出番が来るのかな。
まさかこのままずっと、
サクラ姫がスワスワに触れた場面をやり続けるのかな。
「キリ中尉」
ふいにクラルスの声がして、鞘師は振り返る。
「クラルス・・・」
「なんちゃってアハハ」
おどけて笑いながら、ジャージ姿の野中が走り去ってゆく。
いったい、ここはどこだ。私は誰だ。
現実か、惑星アルファか。もうわけがわからない。
混乱した鞘師は、その後のレッスンに力が入りすぎ、
ダンスも歌も何もかも全部、キリ中尉になってしまったとさ。
- 14 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:10
-
おしまい
- 15 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:12
-
ノナo’u’o)<フィラメントヴィータ充填しますか!!!
- 16 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:14
-
ノリ*´ー´リ<やれやれ
- 17 名前:スワスワと手をつないで 投稿日:2015/09/17(木) 20:15
-
ノリ*´ー´リ<・・・打てえええええ!!!
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/09/18(金) 20:31
-
*****
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/09/18(金) 20:31
- 舞踏場のトライアングル。
- 20 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:32
-
一日のリハーサルもようやく終了し、疲労困憊のモーニング娘。‘15。
床に座り込んで休むメンバーもいれば、まだ自主練を続けるメンバーもいた。
こういう状況であっても、それは突然訪れる。
- 21 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:32
- 「サクラ、来なさい」
リーダーの譜久村さんが、小田の肩に触れ、そう言った。
サクラってそっちか。周りのメンバーたちの空気が一瞬で変わる。
「あっ、はい」
小田が普通のテンションで答えて、譜久村さんについていく。
「さあ、来なさい」
譜久村さんは当然のように続ける。
その言葉は、12期メンバー・野中に向けられていた。
- 22 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:33
- 「あっ・・・クラルス!」
尾形にセリフをとられてしまう。しまった。出遅れた。
「ダンスの相手はクラルス?やっぱり噂は本当だったのか?!」
今まで聞いたことのない標準語で、どこかに向かってつぶやく尾形。
こいつ、いつの間に。
「クラルス、さあ、こちらへ」
譜久村さんは有無を言わせぬ迫力で、野中に言う。
野中は複雑な表情で、資料とペンを床に置き、2人のもとへ歩き出す。
「女王陛下、私は軍人です。
社交の場やダンスなどとしゃれた世界とは全く縁が無いもので」
確かにクラルスも軍人だけどさ。
しかしよくもまあこんなに、ぺらぺらとセリフが急に出てくるものだ。
- 23 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:34
- 「クラルス、我が娘。さくらだ」
「はあ」
「さくら、クラルスだ」
「は、はい」
おまえ小田だろ!サクラ違いだろ!
「さくら、クラルス、この女王の目覚め祭で二人を共に踊らせることの意味、
わかっているな?」
「へ?」
「どういうこと?」「え、ひょっとして・・・」牧野と羽賀が不安そうにざわざわしている。
「天のお告げです」
譜久村さんが、優雅に両腕を広げる。
スポットライトは当たってこないが、なんとなく神々しい光が見える気がした。
尾形が、信じられない、という表情でそわそわしている。おいこらお前まさか。
「女王様?」
「さくら様、相手をしていただけますか?」
野中が胸に手をあてて、小田に頭を下げる。
「さくら様、クラルスが苦手で、怖いのでしょう?」尾形が言う。おいこらお前。
- 24 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:34
- 「さくら、踊って」譜久村さんが、小田に言う。そして小田は。
「よろこんで」汗だくのTシャツの裾をつまんで、お辞儀をする。
「ジョンベル、何をしておる。エレクだ。照らせ照らせ」
鞘師さんが突然入ってくる。あーびっくりした。
「し、失礼いたしました!さあ、おまえたち・・・」
鞘師さんに急かされた尾形ジョンベルが、
スワスワらしき牧野羽賀を連れて、どっかに行く。
え、ジョンベルってスワスワ使いだったっけか。
なんか混乱してきた。
- 25 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:35
- と思ったら、情熱的なイントロが始まる。
あゆみんがスマホを操作していた。
まったく、本当にいつ準備してたんだか。
フラメンコみたいな曲が始まり、みんなの注目がクラルスに集まる。
まさか、おまえ、本気で・・・?
野中は期待を裏切らなかった。
小田の差し出した手をとらず、野中はキレッキレに踊り始める。
小田は小田で、腹立つくらい完璧に踊れている。
私は笑い転げそうになり、必死でお腹をおさえる。
なんで、周りのみんなは真顔で見ていられるんだろう。
- 26 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:35
- さくら姫とクラルスのダンスが終わり、拍手が起こる。
「どうして手をとってくださらないのですか?」
「嫌々触れられる身にもなってください」
「はい?」
「ヴィータ人はうとましい」発音が良すぎる野中。
「へえっ?」
「そう思われておりますね」
「クラルス、私の心を読まれたのですか?」
「意味もなくそんなお行儀の悪いことはいたしません。
そのくらいのこと、あなたの目を見ていれば、わかりますよ」
「えっ?」
「さくら様、あなたはずいぶんと心を読まれることを
恐れておられるようですが、読むよりも早く、
心を知る近道がある。それは言葉。
思っていることを、口にすることです」滑らかに演説する野中。
- 27 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:36
- 「思っていることを、口にする?」
「はい。いきますよ。この結婚をうとましく思っている人間は、
あなた一人だけではありませんよ。ここにいる、二人が同じ意見だ。
私だって、あなたのような悲劇のヒロイン気取りのお子様の相手を
するのは気が進まないが、女王陛下の天のお告げにしたがって、
仕方なくお付き合いしていると、そう申し上げたんです」
「な、なんですって?!」
「ですから、どうかご安心を。婚約の儀が成立しても、
私はあなたには指一本、触れたりはしませんから」
「そ、それって、偽装結婚っていうんじゃないですか?」
「おや?よくそんな難しいお言葉ご存知でしたね、おじょーさん?」
野中は、不敵な笑みを浮かべている。
クラルスってこんなにおそろしい奴だったのか。
「おじょう・・・?失礼っ!」
小田も無駄に迫真の演技で、その場から走り去っていく。
そして、ここから出てくるのは、そう、あのオメガのスワスワ使い・・・
- 28 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:36
-
「ハーイ!もう解散!」
トライアングルの世界をぶったぎり、
まーちゃんの甲高い声が響き渡る。
おーい尾形ジョンベル出てこんのかーい。
私はひとりで心の中で突っ込む。
ここからがちょっといいところだったのにな。
- 29 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:37
-
とにかく、今日は12期に出番を奪われるとは。油断した。
くどぅーは一人反省会をしながら、帰宅の準備を始めたとさ。
- 30 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:37
-
おしまい
- 31 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:37
-
ノハ*゚ ゥ ゚)<なんの騒ぎかと思えば原因はお前か・・・
- 32 名前:舞踏場のトライアングル。 投稿日:2015/09/18(金) 20:38
-
ハo´ 。`ル<チーク卿・・・ってハル、ローズウッドじゃねーし!
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/10/07(水) 21:56
-
*****
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/10/07(水) 22:01
-
ここからあらゆる意味で全部ごちゃまぜにします。
行き当たりばったりだらだらと続けていきます。
- 35 名前:One 投稿日:2015/10/07(水) 22:05
-
*****
- 36 名前:One 投稿日:2015/10/07(水) 22:05
-
今度こそ、どうにかしたい。
さかのぼること中学1年生のときから、うえむーはいつもそう思っていた。
ずっと好きな人がいた。ちょっとしたことから始まった、ひとめぼれだった。
でもずっと遠くから眺めているだけで、何もできなかった。
せめて同じクラスになれていたら、、、何かできたかもしれない。
顔と名前を覚えてもらって、何か話ができたかもしれない。
もしも会話ができていたら、、、この気持ちを告白できたかもしれない。
なんていったって、万が一告白できたとしても、たぶんふられたんだろうけど。
一度も話したこともない、名前も知らない人がコクったってどうしようもない。
そもそもカノジョとか好きな人がいるかもしれないし、基本的に情報がない。
だからこの恋がうまくいく可能性なんて、ずっとほぼゼロだったのだ。
ほぼというか、ゼロだ。プラスになることなんて今まで全くなかった。
だめだ。今までの自分はいったい何をしていたのだ。
告白するどころか、一度も話しかけられなかった。
なんて意気地なしで、へなちょこな人間なんだろう。
ネガティブな考えは、一度頭をまわりだすとひたすらぐるぐる回り続ける。
うえむーはとりあえず携帯電話を手に取って、親友に電話をかけてみる。
- 37 名前:One 投稿日:2015/10/07(水) 22:06
-
「りんか?」
『うえむー。どうした?』
「いや、べつになんもないんだけどね。ちょっとまたへこんでた」
『また?』
「うん。なんかね、今まで、なんでなにもできなかったんだろうって」
『それはいわゆる、臍(ほぞ)をかむ、ってやつだね』
「へ?ホゾ?」
『でもさ、同じ高校に入って、今年やっと同じクラスになれたんでしょ?中学の時はそれすらなかったんでしょ?』
「そうだけどさ。まだ一回も話したことないし。目も合わないし」
『あっ』
「なに?」
『どうしよう。いいこと思いついちゃった』
「いいこと?」
『その名も、うえむーの片思いを”今度こそ”どうにかしよう、大作戦』
うえむーの親友”りんか”こと、かりんちゃんはパッとひらめいたらしい。
かりんちゃんの幼なじみは一歳上、同じ高校の野球部主将。
うえむーの片思い相手は、野球部のエース。
2つの点が、かりんちゃんの頭の中でパッと線で繋がった、らしい。
さすが優等生は、考えることが違う。
背伸びして必死に勉強して、いつもギリギリの自分とは、頭の回転が、違う。
でも、両親の反対を無理やり押し切って、あの人と同じ高校に行ってよかった。
かりんちゃんとこんな風に親友になれたし、おまけにあの人とは高2になって同じクラスになれて、毎日同じ教室で過ごすことができている。
もしかしたら、今までゼロだったのが、ほんの少しだけ、プラスに変わっているのかもしれない。
- 38 名前:One 投稿日:2015/10/07(水) 22:07
-
「野球部はね、試験前はタケちゃん家で勉強するんだって。
テストの点数が悪いと、野球部のイメージが悪くなるからって」
そう言うかりんちゃんの手には、大きな風呂敷包み。
背の小さなかりんちゃんにはとても似合わない、大きな荷物だった。
うえむーも同じものを持たされて、野球部主将・タケちゃんのお家に向かっている。
中身はよくわからないが、タケちゃんのお母さんにいつもお世話になっている
「かりんちゃんのお母様」から野球部への差し入れということで、
タケちゃん家に潜入するらしい。
なるほど、これなら全く不自然じゃない。よく思いつくもんだ。
「制服か私服か、ちょっと悩んだんだけどさ、
やっぱり私服のほうがいいかなと思ったの」
「でも、なんでワンピースじゃなきゃだめなの?」
「もう、うえむーは可愛いんだから、その可愛さを最高に引き出す
かっこうじゃなきゃだめなの。あ、可愛い、って思われないと」
うえむーは、かりんちゃんの細かい指示に従い、
自分が持ってる中で一番かわいいワンピースを着てきた。
かりんちゃんも清楚なワンピース姿で、
髪型もバッチリ決めて、なんかおしゃれをしている。
まあ、好きな人に会いに行くんだから、
ちゃんとしたかっこうで行かなきゃいけないのはわかる。
髪型も、お化粧も、お母さんとあれこれ言いながら、がんばった。
せっかくかりんちゃんが立ててくれた計画を、無駄になんかできない。
うえむーは、今度こそ、という気持ちで、
野球部員が集まるタケちゃん家に向かって歩いていた。
タケちゃん家は、おばあちゃんが習字教室をやっているらしく、
綺麗で大きな家だった。
ワンピース姿の可愛らしい2人の少女は、
タケちゃんのお母さんに歓迎され、普段は教室になっているという場所に案内される。
うえむーは少し緊張してきたけれど、「大丈夫」とかりんちゃんに勇気づけられる。
よし。かりんちゃんの後に続き、うえむーはガヤガヤとにぎやかなその部屋に入った。
- 39 名前:One 投稿日:2015/10/07(水) 22:09
-
「みんな、宮本さんから差し入れ頂いたよ」
「おおー」
野球部がいっせいに顔を上げる。
「かりんちゃん、ありがとう!」
主将らしく一番先に立ち上がり、タケちゃんが駆け寄ってくる。
突然現れた可愛い女の子たちに、むさ苦しい野球部の集団が一気に色めき立つ。
「お母さんにね、タケちゃん家で野球部が勉強してるって言ったら、
持っていけってうるさくて」
うえむーはかりんちゃんのあまりに自然なウソにびっくりする。
タケちゃんに向かって見事にはにかむ、
かりんちゃんは女優に向いているかもしれない。
「はいこれ、サンドイッチと、こっちはフルーツ」
「やった、おばさんのサンドイッチうまいんだよなあ」
「ほんとに?うれしいなー」
かりんちゃんは、がははーと笑うタケちゃんを少し上目づかいで見つめて、幸せそう。
えっ、なんでかりんちゃんの方が先にうまくいってるんだ。
今日の本当の目的を忘れてるんじゃないか。うえむーはちょっと不安になる。
「こんなところでイチャつかないでくださいよー」
とか他の部員たちにからかわれて、「うるせー」と顔を真っ赤にしているタケちゃん。
かりんちゃんはまんざらでもなさそう。まあ、それはそれでいいんだけど。
うえむーは、こっそりと部屋の中を見渡す。
片思いのあの人は、隅っこの方で一人黙々と勉強を続けていた。
「よーし、とりあえず休憩!差し入れいただきましょう」
主将の合図で、部員たちがかりんちゃんとうえむーの広げた差し入れに群がってくる。
- 40 名前:One 投稿日:2015/10/07(水) 22:10
-
「果物も、どうぞ」
「ありがと。植村さん、だよね?」
「あ、はい」
「かりんちゃんと同じクラス?」
「はい」
「じゃあ鞘師(さやし)と一緒か」
「あっ、ああ、はい」
タケちゃんの口から、何気なくその名前が出てきて、うえむーは動揺する。
「あいつ、休憩だって言ったのにまだやってるよ」
みんながサンドイッチ片手にわいわいやってる中、机から離れないあの人。
「おーい鞘師ー、早く食わねーとなくなるぞー」
タケちゃんがそう声をかけると、うえむーの片思い相手、
鞘師はパッと手を止めて、素早く差し入れに近づいてきた。
「ありがとうございます。いただきます」
何年も片思いしてきて、こんなに近づいたのは初めてだった。
ずっと、ひたすら憧れていた人が、自分の目の前にいる。
「あ、おいしいです」
まるで夢のようで、現実だけど信じられなかった。
うえむーは、サンドイッチをもぐもぐ食べる鞘師をじーっと見つめている。
え?なに?好き?好きなの?
わかりやすいそのまなざしに、タケちゃんはかりんちゃんに目線で尋ねる。
かりんちゃんは大きくうなずいて、(ちょっと何か話してよ)と目配せする。
「お、おまえら、お、おなじクラスなんだろ?」
「うん。ね、うえむー」
「う、うん」
ぎこちなく返事をしたうえむーを、鞘師は見た。
うわっ。目が合った。うえむーは、たまらずうつむいてしまう。
せっかくこの距離まで近づけたのに、緊張しすぎて何も言えない。
ずっとこの瞬間を待っていたのに、まったく何もできる気がしない。
沈黙になって、かりんちゃんとタケちゃんは顔を見合わせる。
それからすぐ鞘師は「ここわからん!」と助けを求めてきた
他の部員の所に行ってしまい、結局一言も会話もできず終わってしまった。
- 41 名前:One 投稿日:2015/10/07(水) 22:11
-
「・・・はあ」
タケちゃん家からの帰り道、うえむーの口からはため息しか出てこなかった。
かりんちゃんも、落ち込むうえむーにかける言葉が見つからないようで、静かに歩いている。
「いやー、やっぱりどうにもならないよね。まいったまいった。
でも、りんかは竹内先輩と話せてよかったね。竹内先輩も喜んでたし、よかったね」
うえむーはわざとらしいくらい明るく笑ってみせる。かりんちゃんは困り顔。
「ごめんね。なんかおせっかいなことしちゃって」
「全然。りんかは悪くないよ。謝らないといけないのはこっちだよ。
りんかと竹内先輩がせっかく話せるチャンスくれたのに、何も話せなかった」
いつもお別れしている場所にたどり着いて、2人は立ち止まる。
「じゃあ、また、月曜日」
「うん。月曜から試験がんばろうね」
「あっ!」
うえむーはすっかり忘れていたことを思い出し、頭を抱える。
「明日バイトだった!」
野球部のところにのんきに差し入れを持っていってる場合ではなかった。
学費のかかる私立に行く、お小遣いはバイトで稼ぐ、
バイトと勉強を両立させる、という、両親とのお約束があるのだ。
バイトも勉強も、そして初恋も。
全部いっぺんにどうにかしようなんて、自分の実力を考えるとやっぱり無理があったのだ。
「りんか、今日はほんとにありがとう」
「うん」
「試験、がんばろう」
こぶしをにぎり、かりんちゃんに向ける。
かりんちゃんも同じようにして、こつんとあててくる。
今この瞬間はこれで幸せだが、明日、明後日のことを考えると絶望的だ。
うえむーはかりんちゃんとバイバイして、とりあえずダッシュで帰宅した。
でも、急いで走って帰っても、今日の情けなさすぎる後悔と、
明日からのひどい憂鬱は振りきれず、ただ体力的に疲れただけだった。
そこから試験勉強がはかどるわけもない。
テキストを広げた机の上に突っ伏して、朝を迎えることになった。
- 42 名前:Two 投稿日:2015/10/07(水) 22:11
-
黙っていると美人で、ボーっとしていて、何考えているかわからない。
笑うと一気に無邪気になって、可愛くてたまらない。
かなともは、ありがちなギャップにまんまとやられ、うえむーのことを好きになっていた。
同じ高校に通っていて、同じバイトをしていて、メールもするし、時々だけど電話もする。
表向きには仲良しの先輩後輩。実は、後輩にすっかり夢中の先輩。
ここまで誰かに惹かれたのは、生まれて初めてだった。
- 43 名前:Two 投稿日:2015/10/07(水) 22:12
-
「試験勉強?」
バイトのお昼の休憩時間。
いつもはみんなで食事をしているが、今日のうえむーは
離れた所で一人パンをかじりながら、必死で数学の問題を解いていた。
そういえば、数学が一番苦手だと言っていた。
かなともはさり気なく、隣の席に座って、ノートを覗き込む。
「うん、初日から数学でさいあく・・・」
「あ、ここ、間違ってるよ」
「うそ、どこ」
「ここ」
「まじか・・・」
うえむーはかなともが指さした場所を、じっと見つめている。
かなともはそんなうえむーを見つめて、自然と微笑んでしまう。
「貸して?」
うえむーのシャーペンを借りて、かなともはさささっと正しい解答を書いてあげる。
「わかる?」「なるほど・・・」
真剣な顔をして、数式を眺めているうえむーの横顔は、とても美人でみとれてしまう。
あんまり勉強はできなさそうだけど、バイトも休まず、一生懸命がんばっている。
そういう健気なところもまた好きで、こっそり応援したくなる。
いや、こっそり、とかいうとちょっと気持ち悪いか。
「数学、過去問とか持ってる?」
「うん」
「あの先生はいつも過去問どおりだから、それ一通り解ければ、大丈夫だよ」
「いやいや、一通り解ければ、の話でしょ?」
「余裕っしょ」
「いやいやいやいや・・・ありえないから」
「大丈夫だって、明日までまだあと、約20時間あるよ」
「そういうともは、試験勉強しなくて大丈夫なの?」
「だからまだあと約20時間あるから、余裕っしょ」
かなともが軽い感じで言うと、うえむーは顔をしかめて頭を抱えた。
最近やっと敬語もなくなって、「とも」というあだ名で呼んでもらえるようになった。
とても、いい感じの距離感だと思っていた。
- 44 名前:Two 投稿日:2015/10/07(水) 22:13
-
「わたしは、全然余裕なんかない。勉強も、好きな人も、全然だめ」
え?好きな人?唐突にさらっと出てきた言葉に、かなともはびっくりする。
「うえむー、好きな人とか、いたんだ」
落ち着け、落ち着け、と心の中で唱えながら、なんでもない顔をして尋ねる。
「ずっとね、片思いしてるの。中学の時から。
がんばって同じ高校に行って、同じクラスになって、
昨日はりんかが話せるチャンスくれたのに、全然、何もできなかった」
「そっか・・・」
これからだと思っていたうえむーとの関係。
始まる前に、すでに終わっていた?
かなともはさらっと大きなショックを受ける。
「あーだめだ。今は試験に集中しないと。
赤点とったら、お母さんに怒られる。ってもう休憩終わりだ。行かないと」
時計を見て、うえむーはバタバタ片づけ始める。
かなともは少しの間だけ動けなくなって、思考も停止してしまう。
「とも?行こう」
「あ、うん」
どうしよう。こっちも全然余裕がなくなってしまった。
午後のバイトはなんだか身が入らず、何度もうえむーのことを見てしまった。
今まで何でも余裕でこなしてきたつもりだった。
けれども、そうはいかないことも当然存在するのだ。
当たり前のように全て上手くいっていた、これまでがおかしかったのかもしれない。
- 45 名前:Three 投稿日:2015/10/07(水) 22:14
-
定期試験、初日。
今日から試験だからといって、特別なことはしない。
いつもの時間に起きて、いつもの朝食を食べ、いつもの支度をして、
いつものお弁当箱をお母様から受け取り、かりんちゃんはうえむーとの
いつもの待ち合わせ場所に向かって歩いていた。
いつもの時間にたどり着いて、腕時計を見て、ぴったりすぎて自画自賛する。
「おはよう!」
そこに、うえむーがばたばたと髪を振り乱しながら走ってきた。
「おはよう。うえむー」
「よかった。遅刻するかと思った」
「昨日はちゃんと寝た?」
「ううん、寝てない!」
めちゃくちゃハイテンションなうえむーに、かりんちゃんは苦笑い。
「徹夜ってやればできるもんだね!」
あははーと無邪気に笑って、うえむーは歩き出す。
かりんちゃんも、あははーと合わせて笑いながら、学校へと歩き出す。
「いやー、人間、できないことはないんだね!」
「なんかテンションおかしいよ、うえむー」
「大丈夫、ミンミンダハ飲んできたから!」
レッツゴーとかいいながら、こぶしを突き上げるうえむー。
まあ、やる気あるのはいいんだけども。かりんちゃんはちょっと心配になる。
土曜日のアレから、いまのコレ。ふり幅が大きすぎる。
- 46 名前:Three 投稿日:2015/10/07(水) 22:15
-
教室に着くと、みんな教科書やノートを広げて、そわそわしていた。
かりんちゃんとうえむーもチャイムが鳴るまで、最終チェックをする。
「過去問どおりに出ますように・・・」
うえむーが祈っている。最終的に運任せなのか。
時計の針は、どんどん進み、いよいよ先生が入ってくる。
キーンコーンカーンコーンと鐘が鳴り、ガラガラっと入り口が開く。
「って鞘師かよ!」
先生が入ってくるとみんな思っていたが、鞘師だった。
男子の誰かが素早く突っ込んで、クラスに笑いが起こる。
鞘師は「おう」と小さく手を挙げて挨拶して、一番前の、自分の席に着く。
と思いきや、ふと、廊下側の窓際にいたかりんちゃん達を見て、近づいてくる。
「おはよう」
「おっ、おはよう」
反射的に、かりんちゃんは答える。
いきなり挨拶されて、うえむーは目を丸くしている。
「おととい、差し入れ、ありがとう」
「あっ、うん。どういたしまして」
「もう先生くるよ」
そう言って、微笑まれる。
かりんちゃんは何か言おうと思ったが、本当に担任の先生が入ってくる。
鞘師はもう席に着いていて、かりんちゃんたちも慌てて席に座る。
かりんちゃんも、鞘師と会話をするのはこれが初めてだった。
大人しくて、物静かな印象だったから、
ああやって声をかけてきて、笑うなんてビックリした。
自分がこうだから、きっとうえむーはもっと驚いているだろう。
そう思って振り返ると、呆然としたうえむーがいて、
今からテスト、大丈夫かなと心配になった。
- 47 名前:Four 投稿日:2015/10/07(水) 22:16
-
さっきの、おかしくなかったかな。
いきなり話しかけて、変な奴だとか思われなかったかな。
数学の問題を早々に全て解き終えた鞘師は、頬杖ついて朝のできごとを振り返っていた。
野球部のためにわざわざ差し入れを持ってきてくれたクラスメイトたち。
『月曜会ったら二人にゼッタイお礼言っとけよ、いいか、絶対だぞ』
と野球部主将から念を押された。
それから何度もイメージトレーニングを繰り返して、教室に入った。
おはよう、ありがとう。その二言が言えたら、それでいい。
でも言えるのか。女子に話しかけるなんて、できるのか。
クラスメイトとか、野球部とか、周りにいるのは全部男ばかり。
普段は、お母さんと妹と食堂のおばちゃんぐらいとしか話さない。
ていうかお母さんとおばちゃんは女子じゃない。
あんなに可愛く、きゃぴきゃぴした女子、しかも二人組。
大丈夫か。高校生になって、まさに青春ど真ん中。
周りの奴らと同じように、女の子と楽しくおしゃべりもしてみたい。
そしてあわよくば、お付き合いとか、さらにはなんやかんやもしてみたい。
一言、二言会話をするだけなのに、頭の中は、なんやかんやでいっぱいだ。
物心ついたときから野球一筋で、そういうことには全く縁がなかった。
もちろん興味はないわけではないが、他の奴らのように上手くできなかった。
でも今、目の前にチャンスがやってきた。
竹内キャプテン、ありがとう。
これでようやく、大人への階段を一段、のぼることができます。
- 48 名前:Four 投稿日:2015/10/07(水) 22:17
-
クラスメイトの女の子に、ちょっと話しかけるだけ。
ちゃらちゃらしたモテ男にとっては、たとえば呼吸をするような、
ごく当たり前のことかもしれない。
しかし、普段、あまり女性と関わりのない鞘師にとっては、
ある意味人生において重要なターニングポイントであった。
お礼を言わなきゃ、竹内キャプテンに怒られるし、やるしかないのだ。
これをきっかけにあわよくば仲良くなって、なんやかんやなんて、別に。
教室に入るまで、なんだかぐちゃぐちゃと色々と考えてしまったけれども、
終わってしまえばほんの一瞬のことだった。
まあ、ちゃんと言えたから問題ない。
そして宮本かりんちゃんさんから返事がかえってきたから、十分だ。
ちょっと感激して、最後すこし顔がにやけてしまったが、キモくなかっただろうか。
一緒にいた、中学が同じだった植村さんは、全く無表情でこわかった。
こないだ差し入れを持ってきてくれたときも、ちょっとこわかった。
ああいうタイプは苦手だ。
とかぜいたくなことを言ってみる。
ぜいたくなんて言ってられない!だってモテないんだから!
いっそのこと誰でもいい!仲良くなってなんやかんやしたい!
- 49 名前:Four 投稿日:2015/10/07(水) 22:17
-
試験終了のチャイムの音で我に返る。
テストが終わると、モテる奴はすぐ女子のところに行って、
「チョー余裕だぜー」とか言ってアピールする。
モテない自分は、ひとり静かに居眠りタイム。
時々、同じくモテないクラスメイトたちが
「やばい。全然解けなかった」と切羽詰まった声でやってくる。
やはり、奴らと自分らは違う人種であり、住む世界が違うのだ。
今朝、上ったはずのあの一段は、こっちの世界での一段。
女子となんやかんやの関係になるには、ちっちゃすぎる一歩だったのだ。
- 50 名前:Four 投稿日:2015/10/07(水) 22:18
-
「やっさん!」
試験の日程が全て終わり、開放感あふれる2年1組の教室に突然やってきたのは一年坊。
のそのそと帰り支度をしていた鞘師のところに一直線に走ってくる。
「ま、まーちゃん、どうしたの」
「キャッチボールやりましょう!」
ほら、早く!と急かされて、返事をする暇もなく教室の外に押し出される。
「いや、わしもう家帰りたいんやけど」
「いいからいいから!」
野球部の後輩・まーちゃんの勢いに負け、鞘師はグラウンドに連れてこられる。
一応、グラブも持ってきてたし、試験明けの久々のグラウンドも悪くない。
今日は天気も良いし、気分もちょっと晴れやかだし。
「まーちゃん試験どうだったの?」
鞘師は、まーちゃんにボールを投げるついでに聞いてみる。
「全然ダメでしたー!」あっけらかんとした言葉がかえってくる。
「ええー」
「追試がんばるからオッケーすよー!」
まーちゃんは人懐こくて、誰のところにもこうやって思い切りやってくる。
上下関係に厳しい野球部では、この態度をあまりよく思わない上級生もいるが、
鞘師はまーちゃんの強烈な個性を受け入れていた。
先輩にはいちおう敬語を使っているし、その性格は他人が直せるものではない。
まーちゃんはおそらく、秋からレギュラーでセンターを守る。
足も速いし、バッティングにもセンスがある。
練習もがんばるし、あとは勉強ができれば問題ない。
って、この様子じゃあ心配だ。
「まーちゃん腹へってない?」
「へってます!」
「じゃあ、なんか食べて帰ろう」
「やっさんのおごりで!」
「まーちゃんが試験で全部”優”とれたらな」
「えーケチー」
- 51 名前:Four 投稿日:2015/10/07(水) 22:19
-
鞘師とまーちゃんが並んで歩いていると、向こうの方にカップルの姿。
あーやだやだ。試験が終わってそっこーデートとか。
あれは俗にいうリア充ってやつですね。うらやましいですね。
なんてカッコ悪いジェラシーを感じているのは鞘師だけで、
まーちゃんは今から食べたいものを思いつくまま呟いていた。
「ん、あれは、、、」
カップルの後ろ姿をよく見ると、なんか知ってる人だった。
鞘師は目を細め、隣のまーちゃんを小突く。
「まーちゃん、あれって、どぅーじゃない?」
「どぅー?ほんまや」
どぅーはまーちゃんの同い年の幼なじみだった。
まーちゃんから何度も話に聞いていて、ちょっとだけ話したこともあった。
「一緒にいるの誰だろう」
「新しいカノジョじゃないっすか」
「あ、新しい、カノジョ、、、」
新しいってことは、古いのもいるってことか。
全くそういう経験のない鞘師は唖然とする。あれが、違う世界の人間か。
「どぅーは、まさたち野球部と違って帰宅部のプー太郎なんすよ。
ヒマだからいっつも女子と遊んでるんすよ」
女子とぴったりくっついて、なんか会話が盛り上がっている。
まさに青春ど真ん中。女子といちゃいちゃ、楽しそう。
何を話しているんだろう。ていうか女子と何を話すんだろう。
「やっさんはカノジョとかいないんすか」
「へっ」
「いなさそうっすね」
「ちょ、おま、、、おらんけど。そういうまーちゃんはどうなのさ」
「まさは野球がカノジョっす」
「、、、わ、わしもや」
「気ぃ合いますね!」
「お、おう」
「あー腹へりましたね。早くハンバーガー食いいきましょうよ!」
- 52 名前:Five 投稿日:2015/10/07(水) 22:20
-
学校の近くのラーメン屋。
学割で安いしうまいから、ひんぱんに通ってる生徒も多いらしい。
タケちゃんも部活帰りによく食べに来ていた。
味はもちろんだが、とにかくお財布に優しいところが気に入っていた。
「もう、なんでラーメンなの」
でも、向かいの席に座っているフクちゃんは、
スマホをいじりながら、不満げな表情を浮かべていた。
- 53 名前:Five 投稿日:2015/10/07(水) 22:21
-
「なんでって、安いからでしょ?」
フクちゃんの隣のあゆみんが答える。
ポケットの中でスマホが震えて、タケちゃんはびくっとなる。
「タケはお小遣い月500円だもんね」
あゆみんの隣の勝田がにやっと笑う。
タケちゃんがスマホを取り出してみると、フクちゃんからメッセージが。
『なんで二人じゃないの』と句読点なし。なんか怖い。
「えっ、じゃあ今ラーメン食べたら、小遣いが半分以上、
無くなっちゃうじゃないですか。あと三週間くらい、どうやって生きていくんですか」
タケちゃんの隣のズッキが驚く。
「う、うるせー!おれにはお年玉っていう潤沢な蓄えがあんだよ!なめんなこら」
「あっ、じゃあ竹内先輩、ごちになりまーす」
「勝田おいこら!調子のんな!」
がやがや騒いでいると、タケちゃんたちのテーブルにラーメンが運ばれてくる。
フクちゃんはまだちょっとムスッとしている。
やばい、返事するタイミングを完全に逃した。
「みずきちゃん、ほら」タケちゃんは割り箸をとって、フクちゃんに渡す。
「早く食べないとのびちゃうよ」
フクちゃんはタケちゃんを一度ちらっと睨んで、割り箸をぱちん、と割る。
タケちゃんはその睨み顔を見なかったふりして、一気に麺をすすった。
- 54 名前:Five 投稿日:2015/10/07(水) 22:22
-
「ねえ、今日、何の日か覚えてる?」
ラーメンを食べ終えて店を出て、いったん解散した後、
タケちゃんはフクちゃんとまたこっそり合流した。
なぜこっそりとこんな面倒くさいことをしているかというと、
あの連中は2人の関係をまだ知らなくて、できれば知られたくないと思っていたからである。
こういうことでまた、フクちゃんが不満を積み重ねているのかもしれない。
だけど知られるのが恥ずかしいし、できれば外でこうやって二人で歩きたくもない。
どっちかの家で、二人きりでいたほうが気が楽だった。
「どうせ覚えてないんでしょ」
「お、覚えてるよ。付き合い始めて・・・約、1年」
「11か月」
即訂正されて、タケちゃんはごめんなさいと素早く謝る。
フクちゃんはいまだにムスッとしていて、鞄でタケちゃんのお尻を軽く叩く。
「来月で一年だよ?」
「うん」
「うんってなに、うんって」
「そうだねっていうことだよ」
ちょっと冷たい言い方になってしまって、タケちゃんはしまった、と思う。
「そりゃあさ、あかりちゃんが部活で忙しいのはわかるよ?
今年が最後だし、練習に集中したいっていうのもわかる。
わかるけどさ、もうちょっとさ、みずきのこと考えてくれたっていいんじゃないかな」
フクちゃんも冷たい口調で、訴えてくる。
「今日だってさ、せっかく2人でどっか行けると思ってたのに、
あゆみちゃんとか、りなぷーとか、かのんちゃんとか、みんな誘っちゃってさ」
これはいかん。フクちゃんの文句は止まらない。止められない。
彼女に対してびしっと言えない、言われっぱなしの自分も情けない。
- 55 名前:Five 投稿日:2015/10/07(水) 22:22
-
嫌な雰囲気のまま、フクちゃんの家の前にたどり着く。
テストでどっと疲れ、ラーメンを食べて少し回復したが、再びどっと疲れる。
フクちゃんとこうやって付き合うまでは、こんなに大変だとは思わなかった。
楽しいことも多いけれど、疲れることもまた多い。
しかも、野球をした後とは全く違うタイプの疲れだ。
「なんで何にも言ってくれないの?」
フクちゃんは別れ際まで彼氏を責めてくる。
なんでも何も、何を言えばいいのか、言って欲しいのかがわからない。
本当にわからない。タケちゃんは気まずくて地面を見つめる。
「もういい」
何も言わない彼氏に、フクちゃんはまた怒る。
バイバイも無く、玄関に入ってしまう。
ばたん、と強くドアが閉められる。
わけがわからない。タケちゃんは頭を抱えるしかなかった。
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/10/18(日) 03:01
- なんか色々絡み合って視点も変わって面白いですね
続き待ってます
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/10/24(土) 23:55
- スワスワ〜の方なんか見覚えがあると思ったら・・・懐かしい
同じ方ですかね。こっちも読みたいです><
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/11/17(火) 19:40
- >>56さん
ありがとうございます。できれば全部絡ませたいです
>>57さん
ありがとうございます。私も懐かしい気分です
少しずつリハビリ的に書いていきます
- 59 名前:Six 投稿日:2015/11/17(火) 19:41
-
「あー、しんどい」
夜、寝る時間だけどなんだか眠くなくて、タケちゃんは近所を走っていた。
「もう?早くない?」
並んで走っている、田村が突っ込んでくる。
田村は近所に住む友人で、一個下の後輩。
だけどもずっと一緒に育ってきたから、兄弟のような仲だった。
「いや、体力的にっていうか、精神的に?」
「精神的?テストの結果?」
「いやいや、そっち系じゃなくて」
「ああ、あっち系?」
「そう、あっち系」
同じペースで走りながら、会話をする。
実は、田村だけは知っている。タケちゃんの恋愛話。
こいつは口が堅く、信用できる奴なのだ。
他の友達には言えないような話をいつもしている。
- 60 名前:Six 投稿日:2015/11/17(火) 19:41
- 「なんかあったの」
「んあー、女心はわからん」
「それ、週イチで言ってないすか?」
「うるせー。マジもうやだー」
静かな夜道をひたすら走る2人。
田村は高校の合唱部に所属しているが、
野球部のタケちゃんにも劣らない体力を持っていた。
歌にも必要らしい。筋トレもしているし、こうやってランニングもする。
だから、タケちゃんは、走りたくなった時はいつも田村を誘っていた。
普段みんなの前で口にできない弱音とかグチとか、
恥ずかしくて打ち明けられない恋バナとか、
将来の夢とか、色々と語り合っていた。
- 61 名前:Six 投稿日:2015/11/17(火) 19:41
- 「わからないものはわからないってことでさ、
少しそーっとしとくってのは、どう」
「そっとしておけたらいいんだけどさあ」
タケちゃんはポケットからスマホを取り出して、画面を見せる。
うわっ。田村は、不在着信の表示を見て、思わず声が出る。
着信の相手はうわさのカノジョ、フクちゃんだった。
タケちゃんはスマホをまたポケットに入れて、黙々と走った。
田村もそれ以上特に何も言うことなく、一緒に走った。
これまでは、着信に気づいたらすぐに折り返していた。
でも、今すぐ電話しようが、このまま放っておこうが、
たぶんどうせ怒られるのだ。こっちは謝るしか選択肢が無かった。
でも、何を謝らなきゃいけないのか、わからなかった。
いったい、彼女が何に怒っていて、自分は何が悪いのか。
走っていると頭が冴えてきて、冷静になれた。
女心ってなんだ。まったく、わけがわからなかった。
- 62 名前:Seven 投稿日:2015/11/17(火) 19:42
-
次の日の放課後、田村は図書室にいた。
それは読書をしようとかいう真面目な理由ではなく、
音楽室に向かう途中の廊下で、小さな後ろ姿を見つけたからだった。
窓際の席に静かに近寄って、そのへんの本を見るフリをして、
その後ろ姿を、ちら、ちら、と何度も見る。
十分に怪しいが、怪しまれないように、自然な感じで声をかける。
そう、自然な感じ。できる。自分ならできる。
- 63 名前:Seven 投稿日:2015/11/17(火) 19:42
-
「かりんちゃん?」
声をかけると、かりんちゃんは驚いて振り返る。
「めいめいか、びっくりした」
「ごめん。驚かせて」
かりんちゃんと田村は同じ学年で、隣のクラス。
昨年は同じクラスで、ほんのちょっとだけ、仲良くなれた。
お互い、ニックネームで呼び合うくらい。でも、ただ、それだけだった。
「部活じゃないの?」
「うん、今から。かりんちゃんが図書室に入るのが見えたから、
何してるのかなあって」
「ちょっと、読みたい本があって」
かりんちゃんの手元には、文庫本。
ブックカバーがついていて、それがまた何とも可愛い。
「面白いの?」「うん、すっごく、面白いよ」
微笑むかりんちゃんにつられて、田村も笑う。
かりんちゃんは優しくて、とても可愛かった。
小さな恋は何度も経験したが、こんな気持ちは初めてだった。
胸がぐっと締め付けられる。もっと話していたいと思う。
- 64 名前:Seven 投稿日:2015/11/17(火) 19:42
- 「もし、よかったらその本」
「うん」
「かりんちゃんが読み終わった後、読みたいなーなんて」
田村は思い切って、かりんちゃんに言ってみる。
せっかく彼女の背中を追いかけて来たのだ。
このチャンスを無駄にするのはもったいない。
「うん。じゃあ、読み終わったら、メールするね」
「ありがとう。楽しみにしてる」
「あっ、でもちょっと時間かかるかもしれないよ?まだ、半分も読んでないし」
「うん。いいよ、ゆっくりで」
「めいめい、本、好きなの?」
「まあ」とか言いながら、本当はあまり興味がない。
興味があるのは、かりんちゃんのこと。
何でもいいから接点を持てれば、それでよかった。
- 65 名前:Seven 投稿日:2015/11/17(火) 19:43
-
「それじゃあ、おれ、部活いくね」
「うん。いってらっしゃい」
笑顔で手を振られ、田村はちょっと顔がにやけてしまう。
図書室を出ると、自然と体が弾んでしまう。
メールが今から待ち遠しい。っていうか。
田村は気づいてしまう。かりんちゃんの連絡先、知らないや。
そして、また話しかけるきっかけができたことに気づく。
カノジョにぶんぶん振り回されて、
苦労しているタケちゃんには申し訳ないが、
田村は幸せな気持ちで胸いっぱいだった。
- 66 名前:Eight 投稿日:2015/11/17(火) 19:43
-
塾が始まるまでの、気分転換。
ひとりで静かに読書タイム。
とかいうと、良い感じに聞こえるが、
かりんちゃんは本なんて読んじゃいなかった。
ここは秘密の特等席。
野球部が練習しているグラウンドがちょうど見える最高の場所。
時間が許すまで、かりんちゃんはそこにいる。
読書好きの真面目な生徒に見せかけて、ちょっと軽めのストーカー。
大好きな野球に没頭しているタケちゃんを、じっと眺めている。
- 67 名前:Eight 投稿日:2015/11/17(火) 19:44
-
この席は、親友のうえむーにも教えているけれど、
うえむーは放課後毎日バイトをしている。
よく頑張るなあと思うけど、うえむーの場合はお小遣いがかかっている。
何不自由なく全て与えられているかりんちゃん家とは、また事情が違うのだ。
たぶん、本当はうえむーも毎日ここに来て、好きな人を見つめていたいだろう。
野球をしているタケちゃんは、とても真剣で、かっこいい。
野球部の主将になって、また一段と。
表向きには、ずっと三枚目だ。小さな頃から変わらない。
周りにはいつも必ず、いわゆる、モテる人がいて、
女の子はみんな大体、そういう人をかっこいいと言って、恋をする。
みんな二枚目に惹かれるのだ。江戸時代から続く伝統には敵わない。
確かに、モテる人はかっこいい。どこからどう見ても。
それは間違いない。そして、それはどうでもいい。
- 68 名前:Eight 投稿日:2015/11/17(火) 19:44
-
タケちゃんが、みんなにかっこいいと言われなくてもいい。
いやむしろ、そちらの方が都合が良い。
ライバルがいると燃えるとは思うが、いないに越したことはない。
独り占めしたい。でも、したいと思っても、なかなか行動には移せない。
気持ちを打ち明けて、もし受け入れてもらえなかったら。
大胆でも、臆病でもある。複雑な感情はずっと絡まったままだ。
こうやって、眺めているだけで満足な現状が一番幸せなのかもしれない。
- 69 名前:Nine 投稿日:2015/11/17(火) 19:44
-
「おいキャプテン、試験どうだったんだよ」
練習終わり、賑やかな野球部の部室。
着替えているタケちゃんの背中を叩き、高木が近づいてくる。
「どうって、こっちが聞きてーよ」
「なんだよ機嫌悪いな。おれはちゃんと80点以上取ってるよ」
「当然だろ」
短く答えたタケちゃんのつれない態度に、高木は肩をすくめる。
すぐそばに、小さな一年坊がいて、ばちっと目が合う。
「森戸ちーは、試験、どうだったの」
「えっ?試験ですか?」
いやあ、そのー、と歯切れの悪い返事が聞こえて、高木はにやりとする。
森戸は野球はできる方だが、勉強の方はあまり得意じゃなさそうだ。
「あー、あやしいぞコレは」
「・・・すいません。ギリギリです」
「ほら」高木はタケちゃんと肩を組む。
森戸ちーは耳を真っ赤にして、居心地が悪そうだった。
- 70 名前:Nine 投稿日:2015/11/17(火) 19:45
-
「みなさま、おつかれさまでーす」
ちょっと気まずい雰囲気になったところを割って入ってきたのは、
野球部の敏腕女子マネージャー・稲場まなかんだった。
「あ、まなかん、ちょっと聞いてよ。森戸ちー、ギリギリらしいよ」
「えっウソだ。あれだけまなかが必死に、手取り足取り教えたのに?」
「ごめんなさい」
手取り足取りという言葉に、森戸は何を思い出したのか、
さらに赤くなってタオルで流れる汗をぬぐった。
高木は2人の関係が気になって仕方が無かったが、
タケちゃんが一向にのってこないので、諦める。
「うん。次、がんばれ」と森戸を励まして、その場を去る。
森戸はそれから、まなかんにテストの答案を要求され、慌てている。
部員の健康管理と同様、成績管理に厳しいまなかんは、
出てきた答案を見て目を丸くする。
「これは、ペナルティの対象ですよキャプテン」
まなかんは竹内キャプテンにそれを差し出す。
「おめえ、マジでギリじゃんかよ!」
見たこともない点数を目の当たりにして、タケちゃんは思わず叫ぶ。
- 71 名前:Nine 投稿日:2015/11/17(火) 19:45
-
「あと、非常に申しあげにくいんですけども」
まなかんが渋い顔で言う。
「どうやら、佐藤まーちゃんも、似たような状況のようでして」
「マジか!」
タケちゃんは部室を見渡すが、まーちゃんの姿は見当たらない。
逃げられたか。
「あー、カントクになんて言えばいいんだよー」
次から次へと悩ましい問題がやってくる。
タケちゃんは頭を抱えて、色々と言い訳を考え始めた。
- 72 名前:Ten 投稿日:2015/11/17(火) 19:46
-
野球部の部室を後にした稲場まなかんは、
そのままダッシュして、ある場所に向かっていた。
「あ、まなかん、おつかれ」
「お疲れ様です」
「なんか、本当に疲れてるね」
息の荒いまなかんを見て、苦笑いの宮崎さん。
宮崎さんはまなかんの先輩で、3年前の野球部マネージャー。
入れ替わりだったが、今も野球部を応援してくれていて、
まなかんはいつも相談にのってもらっている。
- 73 名前:Ten 投稿日:2015/11/17(火) 19:46
-
「はい、お水」「ありがとうございます」
カウンター越しに、宮崎さんがまなかなんの前にグラスを出す。
女子大生になった宮崎さんは、おしゃれなレストランでアルバイトをしている。
冷たい水を飲んで一息ついたまなかんの前に、宮崎さんは続けて封筒を差し出す。
「これ、例の」
「ありがとうございます!」
封筒の中身は、他校の試合が収録されたDVDだった。
情報収集もマネージャーの重要な役割だ。
どんな小さなつてであってもガッツリ頼って、力に変えている。
- 74 名前:Ten 投稿日:2015/11/17(火) 19:47
-
「何か頼む?」
「ええっと、そうですねえ・・・」
高校の制服姿は、店内ではものすごく浮いていた。
カウンター席の端っこで、まなかんは少しそわそわしながら、
分厚いメニューを眺める。
財布と相談するまでもない。ここはやっぱり、高校生が来る場所じゃない。
「すいません、失礼します」
宮崎さんは困った顔で笑って、「オッケー」と答える。
「これ、ありがとうございました。また連絡します」
「うん、また」
本当はもう少し話をして、問題児対策について聞きたかったが、
目的は達成できたのでよしとしよう。
何度も頭を下げてお礼を言って、まなかんは店を出た。
- 75 名前:Eleven 投稿日:2015/11/18(水) 20:09
-
まなかんを見送って、宮崎さんはグラスを片付けていた。
「ゆかちゃん」
宮崎さんは名前を呼ばれて、首だけ振り返る。
そこには、バイト仲間のかなともがいた。
周りに誰もいないのを確認して、宮崎さんの横に並ぶ。
「今日、このあと、ちょっと時間ある?」
目の前にあるナプキンを整えながら、小さな声で言う。
宮崎さんは少し驚いて、かなともを見る。
「あるけど、どうかした?」
「あ、いや、ちょっと聞きたいことがあってさ」
「今じゃだめなの?」
「今はほら、その、勤務中だし」
「うん」
「ホント、ちょっとでいいから」
「わかった」
- 76 名前:Eleven 投稿日:2015/11/18(水) 20:10
- 突然、聞きたいことがあるなんて、なんだろう。
宮崎さんにはまったく心当たりが無かった。
かなともは、バイト仲間の内の一人であって、
友達と呼べるほど親しくはない。
だいいち、勤勉な男子高校生と、女子大生の自分との間に、
そう簡単に友情なんて生まれやしない。
では、それが友情ではないとしたら、何だ。
宮崎さんの頭の中にはある言葉が浮かぶ。
いやいや、そんなわけないよ。ないない。
「ゆか、帰ろう」
バイトが終わって、更衣室で着替えていると、
すでに高校の制服姿に着替え終えたうえむーが待っていた。
「ごめん、この後、ちょっと用事あってさ」
「買い物?付き合うよ?」
宮崎さんはロッカーの扉にある小さな鏡を見て、
なんとなく、顔と髪型をチェックする。
ばたん、と扉を閉めて振り返る。
- 77 名前:Eleven 投稿日:2015/11/18(水) 20:10
- 「買い物じゃなくて、ちょっと」
「えー、なに?彼氏?」
なかなか離れてくれないうえむーと一緒に更衣室を出る。
すると出口のすぐ側に、うえむーと同じ高校の制服を着た
かなともが立っていて、2人で驚く。
「・・・あっ、そういうこと?」
うえむーが宮崎さんに囁いて、パッと笑顔になる。
否定するより先にうえむーが「ばいばーい」と言って、
小走りで去っていく。
違うんだけどな。宮崎さんはため息をついて、かなともを見る。
かなともはうえむーの後ろ姿を見送って、一息つく。
「ごめん、行こうか」
まさか、年下の高校生とこうやって並んで歩く日が来るなんて。
自分も数年前まで同じ制服を着ていたはずなのに、
大学生になった今、こうやっていると、なんだか恥ずかしい。
- 78 名前:Eleven 投稿日:2015/11/18(水) 20:11
- 「ゆかちゃんは、電車だっけ」
「うん」
「じゃあ、駅まで行きながら、ちょっといいですか」
「なんでしょう」
「ホント、いきなりで申し訳ないんだけどさ」
宮崎さんは、かなともの方を見る。
なんか微妙にはにかんだ顔して、なんだ。
「ゆかちゃんさ、うえむーと仲良いじゃない?」
「うん」
「うえむーの好きな人って、知ってたりしない?」
「はっ?」
予想もしていなかった質問に、宮崎さんは思わず可愛くない声を出してしまう。
たぶん、びっくりしすぎて、顔も可愛くないはずだ。
でも、かなともはきっとそういうのには興味が無さそうだ。
さっきまでの、なんか変なドキドキしていた時間を返してほしい。
- 79 名前:Eleven 投稿日:2015/11/18(水) 20:11
- 「うえむーのこと、好きなの?」
「うん」
「えっ、だって、その、うえむーだよ?」
別に悪口を言うつもりはないが、宮崎さんはうえむーのダメな所を
よく知っている。言えと言われれば、永遠に言えそうなくらい。
おそらく、かなともはそういう所を全然知らなくて、
知ったらきっと呆れ果ててしまうだろうと思う。
「意外だった?」かなともはニヤリと笑う。
「うん、すごく、意外」
「そっか」
- 80 名前:Eleven 投稿日:2015/11/18(水) 20:11
- 「うえむーの好きな人、知ってるけど」
「マジすか」
「知ってどうするの?」
「どうするか。うーん、とりあえず嫉妬するかな。おれの知ってる人?」
「どうだろう。私は知ってたけど」
「うわー誰だ」
「うえむーと同じクラスの、野球部の」
「野球部?なるほどね」
「わかった?」
「いいや。野球部、めっちゃ多いし」
「エースだよ、野球部の」
「あーもういいや。なんか聞きたくなくなってきた」
「なにそれ」さっそく嫉妬か。宮崎さんは笑う。
- 81 名前:Eleven 投稿日:2015/11/18(水) 20:12
- そうこうしていると、駅にたどり着いた。
かなともは丁寧に頭を下げて、お礼を言った。
「十分ヒントいただいたんで、後は自分でなんとかします」
「うん。じゃあ」
「あと、うえむーには絶対言わないでね」
「わかってますよ」
宮崎さんは手を振って、改札を抜ける。
電車はすぐ来る。空いている席に座り、スマホを取り出す。
うえむーからメッセージがきていて、
先ほどの更衣室の前での微妙な雰囲気を思い出す。
宮崎さんはまず、うえむーの誤解をとくための理由を考え始めた。
- 82 名前:Twelve 投稿日:2015/11/18(水) 20:13
-
翌日。
昼休みになって、さっさと弁当を食べたかなともは、
野球部の部室にやってきた。
空いている入口のドアをコンコン、と叩く。
「お、かなともじゃん」高木が気づいてくれる。
「ちょっといい?」
「おう、入れよ」
「お邪魔しまーす」
- 83 名前:Twelve 投稿日:2015/11/18(水) 20:13
- 部室には同じクラスの高木の他、3年生が数名。
かなともは、壁にかけられている集合写真を見つける。
「どうした、いきなり」
「あ、いや、今、野球部って何人いんの?」
「35人」
「すげーな」かなともはその写真をじっと見つめて、
3年生と、それ以外の生徒を見分ける。
1年生はだいたい、見た目でわかる。
「甲子園、行けそう?」
「ああ。ぜってえ行くよ」高木が力強く答える。
「なんてったって、うちにはプロ注目のエースがいるからさ」
エース、という単語に、かなともは振り返る。
「誰」
「ええっと・・・こいつ。鞘師」
かなともは、写真の中のエースをじっと見つめる。
- 84 名前:Twelve 投稿日:2015/11/18(水) 20:13
- 「すごいの?」
「すげーよ。球、めっちゃ速いし、コントロールも抜群だし、
バッティングもそこそこだし」
「ふーん」
「監督が、あいつは絶対プロに行くって言ってたし」
正直、野球にはあまり興味が無いが、
野球部でレギュラーの高木がそう言うなら本当だろう。
「で、何か用なの?」
「うん、でももう済んだ。ありがとう」
「おう。そうだ、おまえコレ見た?」
高木がテーブルの上の雑誌を差し出してくる。
むさくるしい野球部の部室には似合わない、ファッション雑誌。
- 85 名前:Twelve 投稿日:2015/11/18(水) 20:13
- 「1年の工藤って、おれの近所に住んでる奴が載ってるんだよ」
「へえ、すごいじゃん」
「ついこないだまではさ、チビのクソガキだったのに、
あっという間にでかくなって、こんな、芸能人みたいになってんだ」
「おお、イケメンじゃん」
「むかつくよなあ。こんなの、ぜってーモテるじゃん」
「おまえも甲子園出れば、全国のテレビに映るんじゃん?」
「そっか。そういえばそうだな」
「そうだよ」単純な高木を見て、かなともは微笑んだ。
- 86 名前:_ 投稿日:2015/12/01(火) 20:55
-
*****
- 87 名前:Aluminium 投稿日:2015/12/01(火) 20:57
- ごくごく普通の、ありふれた一軒家。
大きくもなく、小さくもなく。
派手でもなく、地味でもない。普通の家。
学校から帰ってくると、夕飯の良い匂いがして、
エプロン姿の母親がせっせと準備してくれている。
手洗い、うがい、と口うるさい母親をうざがる年頃の息子。
普通の高校生の、普通の日常風景だ。
普通が一番、幸せだ。高校生になって数か月、
今日もこの平凡な毎日を過ごしていた。
- 88 名前:Aluminium 投稿日:2015/12/01(火) 20:58
- 「ハルちゃん、ちょっとお皿だしてくれる?」
「えー」
「えーじゃない、早く」
「しょうがねーなー」
ハルちゃんなんてママに呼ばれた、この普通の高校生は、
学校ではくどぅーというあだ名がついている。
名字の工藤がいつの間にか変化して、くどぅー、になった。
変な呼び方だが、ハルちゃん、よりは大分マシだ。
嫌々ながら、食器棚から家族5人分のお皿を出すと、
テーブルの上に、雑誌が置いてあった。
それは、若者向けのメンズファッション雑誌の最新号で、
モデルのような姿の、くどぅーの写真が掲載されているものだ。
報告するのが恥ずかしくて、母親には黙っていたけれど、
事務所の人がご丁寧に毎回毎回、届けに来てくれているらしい。
勝手に見られて、すぐにバレてしまった。
部屋にエッチな雑誌やDVDを隠していても、すぐにバレてしまう。
そういうところも、普通の親子っぽくて良い。
- 89 名前:Aluminium 投稿日:2015/12/01(火) 20:58
- くどぅーのページに、派手な蛍光色の付箋がはってある。
「まったくもう」嫌がるふりして、くどぅーは雑誌を片付ける。
「ハルちゃん、若いころのパパに本当そっくり。
今月の写真、これ、これが特にそっくり」
せっかく片付けた雑誌を、ママはまた取り出して、
付箋のページを開く。
あんまり、じっくり見たくないんだけどな。
くどぅーはその写真を強引に見せられて、苦笑する。
「うーん、いい男・・・って」
ピーっとキッチンからアラームが聞こえて、
ママは慌てて戻っていく。
くどぅーはその姿を眺めながら、あははと笑う。
それから、ママにあれこれ指示を出されて従っていると、
習いごと帰りの弟たち、そしてパパが次々と帰宅してくる。
食卓に家族全員そろって、いただきますと手を合わせる。
ママの料理は本当に美味しい。
メニューは特に凝ったものじゃない、普通の料理だけど、
みんなで美味しい美味しいと言いながら食べると、より美味しい。
- 90 名前:Aluminium 投稿日:2015/12/01(火) 20:58
- 「あ、そうだ、ハル」思い出したようにママが手を叩く。
エプロンのポケットに入っていた封筒を、くどぅーに渡す。
「なに、これ」
「雑誌と一緒に入ってたよ」
箸を置いて、中身を見てみる。書類が二、三枚、入っている。
「あー、そういえばなんか毛利さんが言ってたっけ」
「毛利、小五郎?」「蘭じゃねーの」
弟たちがくだらないことを言ってくる。
「毛利さんは、おじさん、いや、お兄さんだから」
「なんだ」「そっちか」
「やっぱり、ハルの名前、新一にすればよかったかもね、パパ」
「ああ。芸名、新一にすればいいんじゃないか」
「ちょっと、人の名前で遊ぶなよ。それにおれ、芸能人にはならねーよ」
「じゃあ、なんでモデルなんかやってるんだ?」
「それはちょっと、コレにつられて」
くどぅーは親指と人差し指で丸をつくって、パパに見せる。
「なんだ、欲しいもんでもあるのか?」
「まーね。イロイロあってね」
「女か」
「ちょーっと、もうちょい、オブラートに包んで言ってよ」
「女?!」わざとらしく、大げさにママが反応する。
まったく、この家では本当に隠し事ができないなー。
くどぅーは両親の言葉が聞こえないフリをして、ご飯をかきこむ。
- 91 名前:Aluminium 投稿日:2015/12/01(火) 20:58
- 「でも、ママたち、ハルちゃんの年のころから結婚しようって言ってたよね」
「うん。懐かしいなあ。ママ、超もてもてでさあ」
「いやん、パパだってもてもてだったでしょ?」
「いやいや、ママの方がもててたよ」
「パパだよ」
「いや、ママだよ」
昔の話になると、必ずこの話になる。
子供たちはもう何度も聞き飽きるくらい聞いている。
また始まったよ。あーめんどくせー。
でも、微笑ましい、工藤家の普通の光景だった。
くどぅーはさっさとご飯を食べ終えて、二階の部屋に上がった。
- 92 名前:Aluminium 投稿日:2015/12/01(火) 20:59
- その書類を片手に、くどぅーは毛利さんに電話をかける。
小さな芸能事務所を営んでいる毛利さんから、街で突然、
スカウトというものをされたのは、高校生になる前の春休み。
ちょっと写真を撮るだけで、ちょっとお金がもらえる。
割の良いバイト感覚で、モデルを始めた。
名刺をもらったときは、本当にこんなことがあるのかと、
半信半疑だったが、毛利さんは信頼できる、ちゃんとした人だった。
「こないだ言ってたヤツ、届きました。ありがとうございました」
『いえいえ、わざわざ連絡ありがとう。で、どうかなあ?』
「まー、たぶん大丈夫っすよ」
『よかった。じゃあ、今度、履歴書の書き方、教えるから』
「はい。よろしくお願いします」
- 93 名前:Aluminium 投稿日:2015/12/01(火) 20:59
- 毛利さんが今日持ってきてくれたのは、オーディションの応募書類。
モデルの次は、俳優、だそうだ。
芸能人になる気はないと言ったけれど、頼まれたら断れない、
流されやすい、人がよすぎる、と自分でも思っている。
でも、勉強して、息抜きに漫画を読む以外、どうせ他にすることもない。
漫画代をちょっと稼げるのなら、ま、いっか、っていう。
くどぅーの心の中は、いつの間にか冷えていた。
たとえ、全身で寄りかかる、大きな柱がなくなっても、
普通の人間はこの二本足で立っていられるのだ。
ただそれだけで十分だと、そう思っていた。
- 94 名前:Silicon 投稿日:2015/12/01(火) 21:00
- 「工藤くん」
昼休み、くどぅーが友達とおしゃべりをしているところに、
2年生の先輩・小田さくらが現れた。
さくらの手には漫画。女子の間で流行っている、
ファンタジー系の少女マンガだ。
くどぅーは手を上げて、さくらを歓迎する。
「はい、これ」さくらがくどぅーの机に、その漫画を置く。
「ありがとうオダベチカ」
くどぅーは、鞄の中から、別の漫画を取り出す。
それは男子の間で流行っている少年漫画。
いつもこうやって、さくらと漫画を貸し借りしていた。
くどぅーもさくらも、流行の漫画を楽しめる。しかも2倍。
いわゆるWin-Winってやつだ。
「ありがと」
「あー、マジ楽しみ」
「私も」
軽く会話をして、さくらは教室を出ていく。
友達たちはくどぅーたちの良い雰囲気をうらやましがる。
「小田先輩、やっぱ可愛いよなあ」
「そう?」
「そうだよ、なあ」「ああ」
くどぅーは、さくらが持ってきてくれた漫画の表紙を一度眺めて、
大事に鞄に仕舞う。
- 95 名前:Silicon 投稿日:2015/12/01(火) 21:00
- 「もしかして、付き合ってんの?」
友達の一人、小嶋くんが、くどぅーに顔を近づけて尋ねる。
「まさか。塾が一緒なだけだよ」
「うそだ。試験が終わった日、2人で遊びに行ってただろ」
「それは、たまたまだよ。本屋に行きたかっただけ」
「うそだうそだ」
いくら言われても、ないものはない。
くどぅーが否定し続けると、小嶋くんはやっとあきらめたようだ。
そうすると、友達のもう一人、円谷くんが今度は口を開く。
「じゃあ、好きな人は?」
「えっ?」くどぅーは間抜けな声を出す。
「ははーん」勘の鋭い円谷くんに、ニヤリと微笑まれる。
でも、小嶋くんほどデリカシーに欠けてないので、
それ以上、追及されるされることはなかった。
好きな人と言われて、頭に浮かぶのは一人だけ。
今までも、これからも、こっちの一方的な片思いだ。
この気持ちは誰も知らないし、誰にも言うつもりもなかった。
- 96 名前:Phosphorus 投稿日:2015/12/01(火) 21:01
- 塾が休み日の放課後。
くどぅーは芸能事務所”ダウンバックプロモーション”のある
小さなビルに立ち寄った。
「工藤くん、待ってたよ」
芸能界には、なんとなく派手で、華やかなイメージがあったが
この事務所はとても地味で、雑然としていた。
「ちょっと待って、今日は渡したいモノがあるんだ」
色んな物が積み上げられている机の上から、ファイルを2冊、
器用に引っこ抜いて、毛利さんが立ち上がる。
「ごめんごめん、ソコ、座って」
すぐそばのソファを指さされて、くどぅーは腰かける。
目の前の低いテーブルに、そのファイルが置かれる。
「なんすか、これ」
「工藤くんにちょっと、お願いしたいことがあるんだ」
片方のファイルを手に取って、中身を見てみる。
知らない女の人の写真が挟まっていて、くどぅーは首をかしげる。
「誰すか、この人」
「単刀直入に言うと、その人とお見合いをしてほしいんだ」
「お、お見合い?」
いきなり変なことを言われて、言葉に詰まるくどぅー。
- 97 名前:Phosphorus 投稿日:2015/12/01(火) 21:01
- 「つまり、その人と会って欲しいんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。この人、誰すか」
「それはこっちに書いてあって」
毛利さんはもう片方のファイルを開いて見せてくる。
その人の生年月日とか、プロフィール的な情報が書かれてあった。
血液型、出身地、家族構成、趣味、特技、エトセトラ。
本当に誰だこの人。そして、なんだこの展開。
毛利さんがあまりに平然と話を進めて行くから、余計混乱する。
「ボク、その女性のおじいさんに、結構、いやかなり、
経済的に援助されてるんだ。このソファもテーブルも、
あとあのデスクもパソコンも棚も絵も全部、
そのおじいさんに買ってもらったものなんだ。
ボクがこうやってここで働いていられるのも全部、
そのおじいさんのおかげなんだ」
「はあ」くどぅーは毛利さんが指さすまま、部屋の中を見渡す。
「ちなみにこのスーツもね。高いんだ、これがまた」
そういえば毛利さんは、いつも同じような綺麗なスーツ姿だ。
シャツもネクタイも、靴もおしゃれで、大人の男って感じ。
顔もそこそこイケメンだし、これで独身でカノジョがいないなんて
世の中の女性たちは男のいったい何を見ているっていうんだ。
- 98 名前:Phosphorus 投稿日:2015/12/01(火) 21:01
- 「おじいさんは、お孫さんであるその女の子の将来を
とても心配していてね。変な虫が寄り付かないように
気をつかったり、良い奴がいたら、必ず彼女に紹介しろ
って言われてるんだ」
「はあ」
「ボクは工藤くんのことを、すごい”良い奴”だと思ってる」
「・・・ありがとうございます」
大人の人から、ストレートに褒められて、少しうれしい。
けれどもくどぅーは、お見合い、という言葉が引っかかっていた。
それは、もっと年上の、結婚適齢期の人が求めているものであって、
一般的な普通の高校生にはとても似合わない言葉だと思う。
「あ、もしかして工藤くん、今、カノジョいたりする?」
「いやっ、カノジョはいませんけど」
「けど?」
「好きな人は、います」
友達にも、パパやママにも話したことがないことを、
くどぅーはぽろっと自然に告白してしまう。
絶対に誰にも言わないようにしていたのに、なぜ今。
- 99 名前:Phosphorus 投稿日:2015/12/01(火) 21:01
- 「そうか。そりゃ、そうだよな」
残念そうな毛利さんが、腕を組む。
「参ったな」
困った様子を見て、くどぅーの良心がじわじわ痛んでくる。
この重たい沈黙も、ちょっと耐えられない。
「お見合いって、実際、何するんですか?」
とうとう、くどぅーは質問してしまった。
本当に自分は押しに弱い。頼まれたら、断れない。
その2冊のファイルを受け取ってしまったくどぅーは、
一体、どうなるんだろう。想像しても、サッパリわからなかった。
- 100 名前:Phosphorus 投稿日:2015/12/01(火) 21:02
- 帰宅して、ご飯を食べて、風呂に入って、
くどぅーは部屋でひとりベッドに寝転ぶ。
さくらから借りた漫画の表紙を開くが、
また閉じて、起き上がる。
携帯電話を手に取って、アドレス帳を見る。
何度この操作を繰り返してきただろう。
好きな人は、いる。それは一方的な片思い。
だって、向こうにはカレシがいる。
告白したって、100%、フラれる。
でも、やっぱり好きなのだ。どうしようもない。
この恋心は、誰にもコントロールできない。
自分自身でさえも、止めることはできなかった。
- 101 名前:Sulfur 投稿日:2015/12/01(火) 21:02
- 「ようプー太郎の工藤!サッカーしようぜ!」
昼休み、いつものメンツでおしゃべりしている
くどぅーの前に現れたのは、同級生の幼なじみだった。
「まーちゃん、いきなりなんだよ」
「人数足りないんだよ!」
「なんで野球部がサッカーしてんだよ」
「プー太郎に言われたくないねー。早く早くー」
まーちゃんの勢いに押されて、くどぅーはサッカーグラウンドに出た。
参加者はすでに整列している。相手は同じく野球部のメンバーたち。
みんな、あたかもまるでサッカー部みたいな恰好をして、にらみあっている。
「おう、くどぅー。来たか」
「鞘師さん、これなんなんすか」
一番端っこにぽつんといた野球部エース・鞘師の横に並び、くどぅーが尋ねる。
「これはのう、全面戦争や」
何弁かわからない方言で、鞘師が呟く。
「せ、戦争?」
そんな、大げさな。くどぅーは苦笑いを浮かべる。
- 102 名前:Sulfur 投稿日:2015/12/01(火) 21:03
- 「さーて、人数が揃ったところで、始めるかオラ!」
くどぅー側にいる野球部主将・タケちゃんが声を張り上げる。
みんな、「オー」といって、こぶしを上げる。
「おいおまえらー、ゼッテー負けねーかんなー!」
「うるせーぞ竹内ー、悔しかったらカノジョの一人や二人、
つくってみろー!」反対側にいる高木が挑発してくる。
そうだそうだー、相手側がガヤガヤ煽ってくる。
一触即発のような空気が流れているようにも、見えてくる。
「それでは両キャプテン、一歩前に」
サッカーボールを持って中央に立っているのは、
野球部の紅一点・マネージャーの稲場まなかん。
タケちゃんと高木は、仰々しくコイントスで陣地を決めている。
「はーい、試合開始でーす」
まなかんが右手を挙げて、ピーと笛を吹く。
- 103 名前:Sulfur 投稿日:2015/12/01(火) 21:03
- 「くどぅー、前いけ、前!」
ゴールキーパーのズッキが、後ろから指示を出してくる。
ひとり、制服姿のくどぅーは、仕方なく前線へと走り出す。
同じく、ものすごいスピードで走り出したまーちゃんに、
「なんなんだよコレ」と聞く。
「まーちゃんたちは野球が恋人なんだよー!」
まーちゃんはそう叫びながら、ボールに向かってまっしぐら。
だから、意味わかんないって。くどぅーは首をかしげながら、
とりあえずパスを受けたり、出したりする。
「あー、もう無理!」
さすが、野球部の体力には、ついていてない。
昼休みのお遊びとはとても思えないハードな試合に
早々にバテたくどぅーは、こっそりそこから抜けて、
試合を見学している生徒たちに紛れることにする。
- 104 名前:Sulfur 投稿日:2015/12/01(火) 21:03
- 「工藤くん、おつかれ」
「マジ疲れたー」
そこには、さくらの他に、女子生徒たちがいっぱいいた。
くどぅーは、さくらの隣に座り込んで、汗を拭う。
「野球部って、馬鹿だよねー」
「あ。あゆみん」
幼なじみの3年生・あゆみんが試合を眺めながら言う。
あゆみんは、くどぅーの横にきて、ニヤニヤしている。
「くどぅーってカノジョいなかったの?」
「はあっ?」
「だってあんた、タケちゃんのいる方にいたでしょ?」
「え?」
まさか、このチーム分けって・・・彼女がいる奴vsいない奴?
だからまーちゃんはさっき、『野球が恋人』とか何とか、
あんなワケわかんないことを言っていたのか。くどぅーは納得する。
そして、あゆみんのそのまた隣にいる、フクちゃんの顔をうかがう。
その横顔は少し元気が無く見えて、彼女の視線の先をたどる。
- 105 名前:Sulfur 投稿日:2015/12/01(火) 21:04
- 「うおー!負けるかー!」
やっぱり、そこにはタケちゃんがいて、くどぅーは唇をかむ。
なぜ、あの人が彼女がいないチームにいるのか。
考えられる理由は二つあって、本当のことを知るには、
直接聞くしか方法がない。
さくらに借りている、今読んでいる漫画の中には、
触れるだけで他人の心を読める、特殊な能力を持つ人間がいる。
もし本当に、たったそれだけで人の心を知ることができたら、
どんなに簡単だろう。でも、自分は普通の人間だ。
体力も才能も何もない、平凡すぎる、一般的な高校生なのだ。
くどぅーは、汗と砂にまみれた手のひらを見つめる。
ぐっと握りしめて立ち上がり、お尻についている砂をはらう。
「工藤くん、もうサッカーしないの?」さくらが尋ねる。
「あー。ちょっと顔洗ってくる」
- 106 名前:Sulfur 投稿日:2015/12/01(火) 21:04
- 体育館の近くにある水道で、くどぅーはバシャバシャと、顔を洗う。
でも、タオルも何も無いし、顔を手のひらで拭って、振って水を飛ばす。
そんなくどぅーの後ろから「はい、これ」という声。
「譜久村さん」
振り返ると、白いハンカチを差し出す、フクちゃんの姿。
「・・・いいんですか?」「うん」
「ありがとうございます」
それを受け取って、濡れた顔と手を拭く。
良い匂いのするハンカチは、結構びちゃびちゃになってしまって、
くどぅーは「あ、洗って返します」と、なんとか口にする。
フクちゃんは、あゆみんと同級生だった。
初めて出会ったのは、中学生の時。
それから、ずっと片思いをしている。
でも、フクちゃんはずっとタケちゃんに片思いしていて、
くどぅーは、ひたすら一方通行の道を歩いていた。
そして、いつからかとうとう2人が付き合い始めたと、
さくらから聞いて、人知れずショックを受けながらも、
それでも彼女を想い続けてきた。
- 107 名前:Sulfur 投稿日:2015/12/01(火) 21:04
- 「くどぅーって、カノジョ、いないの?」
「えっ」
フクちゃんが、体育館の壁に寄りかかる。
こうやって直接会話したのは、いつ以来だろう。
くどぅーの記憶にあるのは、いつも、あゆみんの
隣で微笑んでいる姿しかないような気がしてくる。
「譜久村さんは、カレシ、いたんじゃないんですか」
「質問に、質問で返すの?」
柔らかく微笑まれて、くどぅーは顔が熱くなってくる。
「あっ、いや、その。おれは、カノジョはいません」
「みずきもいないよ」
さらっと言われて、くどぅーはフクちゃんを見つめる。
「・・・竹内さんとは?」
「別れちゃった」
マジすか。くどぅーは、フクちゃんの言葉を聞いて、
心臓がばくばくしてくる。
予告なしで、突然訪れる、とんでもない急展開。
現実は、漫画よりもずっと、予想もしないことが起きる。
一般的な、とか、普通の、とか、そういうものに覆われている
つもりの自分でさえも、こういうことになる。
- 108 名前:Sulfur 投稿日:2015/12/01(火) 21:05
- 「なんで、別れちゃったんですか?」
くどぅーは、フクちゃんの横に並んで、壁に背中をつける。
「なんでだと思う?」
「あはっ」質問に質問で返されて、くどぅーは吹き出す。
「今は、野球のことしか考えらんない、って言われちゃった。
みずきのこと、一番に考えらんない、って、さ」
鼻をすする音が聞こえてきて、くどぅーはフクちゃんの方を見る。
フクちゃんは涙を流していて、慌てて何か拭くものを、と
思ったけれども、自分の手には、びちゃびちゃのハンカチしかない。
「もう、疲れた、って言われて、別れたいって、言われた」
涙声でフクちゃんが続ける。
くどぅーは、周りの視線が気になってくる。
フクちゃんの腕をとって、体育館の裏の方に、2人で隠れる。
- 109 名前:Sulfur 投稿日:2015/12/01(火) 21:05
- 「ごめん。ちょっと、思い出しちゃって」
くどぅーに背を向けて、シャツの袖で涙を拭うフクちゃん。
彼女の後ろ姿を見つめて、くどぅーの胸はぎゅっと締め付けられる。
今まで誰にも言わずに、秘めていたこの恋心。
一方通行の片思いだと思っていたけれど、
彼女は行き止まりにぶち当たって、立ち往生している。
手を伸ばせばすぐそこにある距離にまで、今、
くどぅーは彼女に近づいている。
- 110 名前:Sulfur 投稿日:2015/12/01(火) 21:05
- 「ずっと、好きでした」
フクちゃんを後ろから抱きしめて、くどぅーは告白する。
こんなタイミングで言うのは本当にずるいと、自分でも思うけど、
このタイミングしかないんだと、言い聞かせる。
「おれ、絶対に、譜久村さんを泣かせるようなこと、しません。
譜久村さんのこと一番に考えて、ずっと、好きでいますから」
くどぅーは腕にぐっと力を込めて、フクちゃんを抱きしめる。
フクちゃんがくどぅーの腕をほどいて、2人は向かい合う。
彼女の濡れた頬を、やさしく指で拭って、正面からもう一度抱きしめる。
「好きです。譜久村さん」
「みずき、って言って」
フクちゃんも、くどぅーを抱きしめてくる。
それがとても嬉しくて、くどぅーは彼女の名前を呼んだ。
チャイムが鳴るまで、2人はずっと抱き合っていた。
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