猛獣使いと小さなライオン
1 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/11/27(木) 15:16
道重さんと鞘師さん中心で、アンリアルです。
2 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:18



猛獣使いと小さなライオン



3 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:20

さゆみには、欲しくてたまらないものがあった。

おねだりしたら、ようやく届いた。

旅の商人が届けてくれたのだ。

大きな荷馬車に、大きな荷物。

さゆみが、これなあに、と聞くと、商人はにやっと笑った。


「猛獣ですよ、きっと気に入ります」


4 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:21

荷物が地面にドサリと下ろされた。

覆われていた布が取り去られる。

鉄の中に、うごめく気配。



「ライオン!」


5 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:23
商人が檻を外した瞬間、さゆみは猛獣の元へ駆け寄ると、そのふさふさしたたてがみを撫ぜた。
金色の毛並みは光に当たり風に揺れ、波打ちながら模様を変える。

たてがみに顔をうずめたまま、さゆみは恍惚の表情を浮かべた。
百獣の王はまるで猫のように華奢で大人しく、しかしその体から発せられる確かな熱が、王者たる風格をさゆみに感じさせた。


「かわいい、かわいい!さゆみ、この子と一緒にショーに出られるなんて!夢みたい!」


その日から、さゆみはサーカスの猛獣使いになった。
6 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:25
ライオンの名前はリホといった。

さゆみは元々サーカスでは、ボールの上を歩いたり、綱渡りをしたりしていたが、どうにも全然上手く出来なかった。
意外とジャグリングが得意なことがわかって、そればかりやっていた時期もあったが、ジャグリングだけではどうにも目立たないなあと思っていた。
7 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:26

そんなときにリホがやってきた。

今までサーカスにいた猛獣使いはみんな辞めてしまっていたし、さゆみはリホが可愛くて仕方なかったから、当然のようにこの子とショーに出ようと考えた。
8 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:27

さゆみは猛獣使いのやることはよくわからなかったが、とにかくリホを可愛がっていると観客は沸いた。
リホもリホで、パフォーマンスの資質は物凄かった。
さゆみが何か言うだけで、リホはいつもその期待に応えた。
火の輪っかのくぐりかたなんて、さゆみ自身は教えたこともないのに、楽々こなしていた。
さゆみも、それが並大抵のことじゃないと知っていたから、ますますリホが誇らしかった。
9 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:27



それからあっという間に、さゆみとリホのコンビは、サーカスで一番の人気者になった。


10 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:28


やがて時が過ぎ、さゆみは故郷に帰らなくてはならなくなった。


11 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:29
「みっしげさんがいなくなったら、その子、どうするの」

桃子ちゃんは芝生に座って得意のボールジャグリングをしながら、ぽつりと言った。
その子っていうのはリホのことだ。
12 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:30
「どうって?どうもしないよ。ずっとリホはこのサーカスにいるよ」
「連れてかないんですね」
「うーん、連れて行きたいけど。リホ、こう見えても、ライオンさんだから。おうちでは、飼えないから」

リホは今では随分立派な体格をしている。
たてがみも以前よりふさふさで、とてもかっこいい。
だけど、さゆみにとっては、リホは初めて見たあの時の、猫のようなイメージのままなのだ。

13 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:32
「どう見てもライオンさんですよ、みっしげさん」

桃子ちゃんは立ち上がると、バンッバンッ、とお尻についた草を乱暴にたたき落とした。

「そりゃあ、みっしげさんはうちの花形で、しかも団長ですよ?いなくなったら困ります。でも、困るだけです。みっしげさんの次に続く子なんて、たぁくさんいますから」

例えばうちとかね。
桃子ちゃんは、にやっと笑う。

こんなことを言う時の桃子ちゃんは、自虐的にも自信過剰にも見える。
桃子ちゃんのそういうところが、さゆみは好きだったりする。
14 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:34
「だけど、リホちゃんは、リホちゃん一人で大丈夫なんですか。みっしげさんがいなくなったら、あの子」
「大丈夫だよ。リホは頑張り屋さんだもん」
「そんなこと知ってます。みんな知ってます。誰のためにリホちゃんが頑張ってると思って、」
「リホはリホのために頑張ってるんだよ。優しい桃子ちゃんにはわからないかもしれないけど」

桃子ちゃんは眉間にしわを寄せた。



「あの猛獣、手が付けられなくなりますよ」


15 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:35
日差しはぽかぽか暖かい。
この公園は私の大好きなあの公園に似ている。

私と桃子ちゃんは公園の隅っこのベンチに腰掛けた。
話してることは真剣だけど、側から見たら、二人が何をするでもなく、足を投げ出しているように見えるだろう。
16 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:36
「次の団長はあのお人好しの舞美ですよ。リホちゃんの面倒見る人がいないなんてこと、ちぃっとも気付かない」
「矢島ちゃんの悪口を言うなんてねえ。桃子ちゃんも捻くれ者だね」
「悪口じゃないですよ!舞美は昔っからそうなんです」

桃子ちゃんは唇をとがらせて、ブランコのあたりを睨んだ。
17 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:37

乗りたいのかもしれない。

そう思った途端、桃子ちゃんはブランコへと一目散に走り出した。

そしてものすごい勢いで立ちこぎをし始めた。

18 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:38

桃子ちゃんはサーカスで、小さい頃から空中ブランコをしていた。
桃子ちゃんはブランコが好きで、ずっとブランコに乗りたいのだと言っていた。

ジャグリングを覚えてからは、桃子ちゃんはジャグリングをしながらブランコに乗るようになった。
それはものすごい芸だった。みんなが驚いて、一目置いていた。
19 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:39

でも、もう空中ブランコの芸は出来ない。

うちのサーカスは、もうじきに空中ブランコの演目をやめてしまう。

それでも桃子ちゃんはブランコに乗りたくて、乗りたくて、乗るんだ。

桃子ちゃんの漕ぐブランコは、空まで届きそうな勢いだった。

20 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:40
「道重さんのとは、ちょっと違うけど」

生田はリホの首輪に繋がれた紐の先を握っていた。
普段はそんなもの付けていないから、リホは窮屈そうにむずむずしていた。


21 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:41
「リホはずっとこうやけん、道重さんの言うことしかきかんから」

生田はそう言ってリホを見つめた。
リホもまた、生田の肩のあたりに目線を向けていた。
22 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:42
「リホはさゆみの言うことも聞かないよ」

さゆみがいつものようにたてがみを撫でると、リホは目を細めた。

「リホはさゆみに見せてくれてるだけなの。こんなにリホはすごいんだぞ、って。すごいのはリホで、全部一人で頑張ってて、私はそれを見せてもらってるだけなの」
23 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:43
生田は不思議そうな顔だった。

まくり上げたシャツの袖から、生田の筋肉質な腕が覗いていた。
さゆみの腕とは大違い。
本来の猛獣使いとしては、生田の方が向いているんだろうと思う。
24 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:44
さゆみは、ほら、と言って、生田にリホを撫でさせようとする。

生田はおずおずと、手を伸ばした。
かと思うと、その動きからは予想できないくらい、無遠慮にリホのたてがみを触った。

リホは一瞬驚いて目を開ける。
しかし、さゆみがにこっとすると、もう一度目をつぶり直した。
25 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:44

ぎこちない触れ合いだった。

さゆみとリホの関係とは全然違う。
これがショーとして形になるまで、どれだけの時間がかかるだろう。
26 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:45
だけど、生田のまっすぐさが、きっと、リホには心地いいだろうと思った。
リホはめんどうなことを嫌う。
分かりにくいことは分かってくれない。
それはリホがライオンで、さゆみたちが人間だからかもしれないし、リホ自身の性質かもしれない。
27 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:46
生田はそういう意味で、不躾で、まっすぐで、とてもわかりやすかった。
きっと良いコンビになる。
さゆみとリホとは違う、対等なコンビだ。
28 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:47
さゆみの心に、さみしい風が通ったような気がした。
さゆみとリホは、こうはなれないのだなという、気持ち。
どれかを選んで、選ばなかったどれかへの気持ち。

どうか、素直なリホを出すことをこわがらないで。
さゆみとは一緒にできなかったことを。

一人と一匹を見ながら、心の中で祈った。
29 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:48



30 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:49
「私には無理です……!」


フクちゃんは、涙を流して膝から崩折れていった。

さゆみはちょっと面白いなと思ってしまったけど、慌ててフクちゃんを側の椅子に座らせてあげた。
31 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:50
とある日のショーの後、さゆみはフクちゃんを部屋に呼び出した。
その時点で話の内容は大体察しがついていたようで、フクちゃんは最初からがちがちに緊張していた。
それで話し終えたら、フクちゃんは泣き出してしまったのだ。


32 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:51
「まあまあ。フクちゃんなら大丈夫だよ。さゆみは全然、何も心配してない。だってフクちゃんは、さゆみよりしっかりしてるもん」

フクちゃんは目にいっぱい涙をためていた。

「でも、私にリーダーなんて」
33 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:51
いつの間にかこのサーカスの内部も複雑化していて、グループがたくさん増えた。
さゆみが属するグループは、サーカスで一番の古株だった。
そのリーダーを引き継ぐのがフクちゃん。
全体の団長を引き継ぐのは矢島ちゃん。
34 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:53
「フクちゃんなら大丈夫。それに、みんなが助けてくれるよ。私が一人でリーダーやってきたわけじゃないの、一番知ってるのはフクちゃんでしょ。みんなにいつも支えられてたから、できたんだよ」

フクちゃんのすすり泣く声が部屋に響く。

「私、まだ寂しいんです。道重さんがいなくなっちゃうこと。だから、私がリーダーって、なんで、余計にもう、寂しくて」

35 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:54
言いたいことは痛いほど伝わる。
先輩がいなくなるのはものすごく不安で、寂しさとか、自分がやっていることは正しいのかとか、わからなくなってしまう。

「何度でも言うけどね。フクちゃんなら、大丈夫だよ」
36 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:55
ずっとフクちゃんの隣にいればわかる。

「このサーカスのことを愛してるフクちゃんなら、なんにも、心配することないんだよ」

フクちゃんも、さゆみと同じように、小さい頃からこのサーカスが好きだった。
だからきっと、さゆみの言う意味をわかってくれる。
37 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:55

フクちゃんはようやく泣くのをやめて、さゆみを見た。

「歴代で一番頼りないリーダーに、なってしまうと思います。……だけど、やります」

うん。フクちゃんなら大丈夫だよ。

もう一度、唱えたら、ようやく笑ってくれた。
38 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:56



39 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:56

最後の日だった。

最高の日だった。

今までも、最高、最高の瞬間は、山ほどあった。
だけど、今日のショーは最高になるってことが、始まる前からわかっていた。

40 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:56
何年も何年も見てきたこの景色。

客席とステージとが一体になる瞬間。

何かがはじけて止まらなくなるあの感覚。
41 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 15:58

ショーの間、眼に映る景色全てが愛おしくて、たまらなかった。
目の前のリホを思い切り抱きしめてキスをした。
リホは目をまん丸くしていた。
リホの熱さが私をさらに高揚させた。


寂しいことなんて何もない。
ショーはいつだってみんながいてくれるから、幸せだ。
42 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 16:01
リホがさゆみのところまで駆けて、体を寄せてきた。
素直なリホだ。可愛いリホ。
私も走り寄って抱きつきたかったけど、足が動かなかった。ショーの途中から、もうずっと。
リホはそれをわかってて、ほんの弱い力で私の体を押してきた。
43 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 16:02
「もっときていいんだよ」

私がそう言うと、リホは首をもたげた。
普段ならためらうのに、リホは、何か心に決めたようで、私のお腹のあたりにぐりぐりと頭を押しつけてきた。
44 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 16:03
「それでいいんだよ」

私はリホの頭を撫でた。

そして、満員の観客席と、サーカスのみんなと、出会ったすべての人に向けて、叫ぶ。

「どうもありがとうございました!」



私の、たぶん人生最後のショーは、そうやって幕を閉じた。


45 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 16:03



46 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 16:04
最後の朝は真っ青に晴れて、もう冬のように、風が冷たかった。

「ありがとーーー!」

馬車の中から振り向いて、思い切り叫ぶ。
まだ朝も早いのに、サーカスのみんなが外に出てきて、さゆみに手を振ってくれている。
さゆみも随分大きくなっちゃったな、と思った。
初めてサーカスに来た日には、さゆみ、こんなことになるなんて思いもしなかった。

手を振るみんなの一番先頭には、リホがいた。
47 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 16:05


リホ。


48 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 16:06
誰よりかっこよくて、誰より可愛いライオンのリホ。


さゆみはリホのことが好きで好きでたまらないよ。

だから絶対に連れて行きたくなんかない。
49 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 16:06
だってさゆみは、

ショーのときの輝いてるリホが、

ごはんをほんとに美味しそうに食べてるリホが、

風にたてがみをなびかせてるリホが、

すやすやお昼寝してるリホが、

素直なリホが、

大好きなんだよ。

50 名前:猛獣使いと小さなライオン 投稿日:2014/11/27(木) 16:07

リホは丘の向こうからずっと私を見ていた。

こんなにさゆみを見てくれたことあったかなって思うくらい、いつまでも見てた。

遠くに見えるリホは、初めて会ったときみたいな、ちっちゃいリホだった。

51 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/11/27(木) 16:08


52 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/11/27(木) 16:08

以上です。
道重さん、卒業おめでとうございました。
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/11(木) 01:44
素敵な作品、ありがとうございました
54 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/20(土) 19:16
>>53

もったいないお言葉です、嬉しいです。
ありがとうございます。
55 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/20(土) 19:21
次はみやももです。

8/2以前、ついでにいえば道重さんの卒業発表前に書き始めたものです。
そのため話を少し変えた部分もありますが、基本的には当初考えていた設定のまま書いていこうと思います。
56 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:33


ファースト・アンド




57 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/20(土) 19:35
お風呂から上がり、就寝前のひと時。
テレビの前のソファに横たわり、録画番組の一覧を開く。
映るのは、例の結び方の桃子だ。
雅はふっとため息をつきながら、リモコンの再生ボタンを押した。
58 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:38
桃子はすっかりバラエティ慣れしていた。
どんな番組のゲストにいても自然で、
呼ばれるべくして呼ばれたいつものメンバー、という感じだ。
ぶりっ子キャラも浸透し、出演者も視聴者も、
好き嫌いはともかくとして桃子のことを受け入れている。
59 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:39
雅は初めの頃こそ、「ももはすごい」と、
桃子が連日テレビに出演することを心から喜んでいた。
あんな顔して計算高くて、自分が傷付くのもまるで気にせず飛び込んでいく。
メンバーやハローの仲間にいじられるのと、司会やお笑い芸人にいじられるのとでは、
全く空気が違うだろうに、桃子は物怖じしない。
60 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:40
『みや、みや!ももの番組見てね。次は明後日だからね!
 録画した?してないの?じゃあ早く録画して!
 帰ったらすぐね。わかった?』
61 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:41
当時、桃子はしつこく雅に対してそのようなことを言ってきた。
言われなくたって、桃子がテレビに出演し始めた頃は、
いつも桃子が出てくるのをテレビの前に座って待っていた。
そんなことは恥ずかしいから、本人には言わなかったが。
62 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:42
「ももち」の名前はあっという間に広く知れ渡った。
雅が思うよりも、ずっとたくさんの番組に桃子は出るようになり、
また出続けるようになった。
63 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:42
こんなに長く人気が続くと思わなかった、というのが本音だ。
雅は桃子に言われてからというもの、番組の録画をずっと続けていた。
もはや一種の習慣のようなものだ。

毎週、桃子の出演番組をチェックした。
桃子本人から直々に「みてね」という旨のメールが来ることもあった。
雅はそんな桃子に、適当な返事をいつも返した。
言われなくても全てチェックしている自分が、恥ずかしくなってくるからだ。
そしてそのことが桃子にバレるのは(多分バレているけれど)もっと悔しかった。
とにかく、純粋に雅は桃子の活躍を喜んでいた。
64 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:43
ただ、最近は、桃子がテレビに出ているのを見ると、もやもやしてくる。
桃子のキャラは固まってきて、実は頭の良い子なのだということもなんとなく知られてきた。
こんなに長くテレビに出続けられるのだから、
要領の良い子なのだということも伝わっているだろう。
65 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:43
そうやって、桃子のことが少しずつ知られていくのが、何故か、すごく、もやもやする。
10年も一緒に過ごしてきて、桃子のことはほとんどわかったつもりでいた。
プライベートは知らないことだらけでも、
精神的な面での桃子のことは、わかっている自信がある。
66 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:44
比較的大人しくて、大勢の時はあまりうるさくしゃべる方ではないものの、
お遊びをするとみんなと一緒で馬鹿みたいに全力な桃子。
「もものこと可愛いと思ってるんでしょー」なんてふざけたことを言ってくるのは、
とてつもなくうざく感じるし、実際うざいと口にもするけど、
そう言われてもにやにや笑うだけの桃子。
67 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:44
手は子供みたいにぺたぺたしていて、普段はさわると暑苦しいなと思うのに、
ライブ前の冷えきった手が桃子の手に包み込まれると、とても心地よい熱に感じられて。
手を差し伸べれば、桃子は決まってそのまま握り返してくれる。
68 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:45
そういう桃子を、この画面の中の人達も、それを見ている人達も、全然知らない。
ただのぶりっ子キャラの子だと、それでいて立ち回りの上手い子だと、それだけで見ている。
桃子の手が温かいことなんてみんな知らない。
べたべた触ってもあんまり抵抗しないでそのまま触らせてくれることも知らない。
本当はすごく優しいのも知らない。
桃子がこんなに可愛いことを――
69 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:45
雅はそこまで考えてはっとした。
毎週、毎週、枠の中の桃子を見ていると、ついおかしな気分になる。
みんなわかってない。
桃子のほんとに気付かない。
自分では、そう思っていた。
70 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:46
教育実習の話をする桃子の番組を見た時。
やはりここでも、ももち、としてしゃべっていることに感心する反面、
言い様のない不安が押し寄せた。
こういう桃子を見るのは初めてだった。
真面目な桃子はもちろん見たことがある。
そもそも根が真面目なのだから、それも当前だ。
71 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:46
だけど、教育実習に行った時の桃子は、
アイドルであることも、「ももち」であることも隠していた。
「大学生」の「嗣永桃子」が、「先生」として過ごしていた。
ダンスレッスンなんかを真剣に取り組んでいる桃子を見るのとでは、わけが違った。
雅の知らない桃子が、そこにはいた。
72 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:46
今はこうして毎日会える。
だけどもいつか、卒業とか解散とか、
そういうことになったら、もう全然会わなくなってしまうだろう。
そうして桃子のことも、少しずつ、わからないことが増えていく。
テレビの前で彼女を見る人達と、雅とで、差がなくなっていく。
73 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:47
雅は居心地が悪かった。
こんな考え方、まるで、桃子のファンのようだ。
雅はファンではなく、桃子と同じグループのメンバーなのだ。
わざわざ、自分が『特権』を持っていることを考えて安心する必要も、
先のことを悲観する必要もない。
74 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:47
今日だって桃子の隣に座った。
明日だって隣に座ればいい。
今までそうしてきたように、付かず離れず。
先のことなんて考えなくていい。
これまでと同じように。
75 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:47
だけど、そういう考え方は、ここにきて限界を迎えつつあるらしい。
桃子を箱の中に見て、雅は再びため息をつく。


「どっか誘ってみようかなあ」


76 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:50
無意識のままにつぶやいた言葉に、驚いたのは雅自身だった。
桃子とどこかに出かけるなんて、滅多にない。
しかもプライベートなんて。
それなのに、こうも自然に、口をついたことに驚いた。
77 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:50

『休み、いつ空いてる?』

スマホになんとなく打った文面がこれだ。
桃子と連絡することなんて普段はないから、体のいい言い訳が必要になる。
休みが空いてるかどうかを確認すれば、向こうから返信が来て、
その上でたまたま休みが合えば、どこかにでも遊びに行こうかという話題に繋がる。

我ながら名案だ。
雅は早速送信する。
78 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:51
送信。

送信して、しまった。
79 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:52
雅はソファの上で両足をばたつかせた。
顔が熱い。
何を送っているんだろう。
突然すぎる。
今日、何かそういう話をしたわけでもないのに。
桃子は驚くだろう。
驚いたら理由を探そうとするはずだ。
「そんなにもものこと好きなの?」なんてからかってくる姿が目に浮かぶ。
80 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:52
ああ、むかつく。
初めは慌てていたのに、むかつくという結論に至ったのは、きっと相手が桃子だからだ。
81 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:52
手の平に振動を感じた。
返信がきたのだろうか。
桃子にしては早い。
そのことに少し機嫌を良くしながらロックを開くと、
桃子ではなく、千奈美からだった。
82 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:53
文面は無く、ただ写真だけ。
千奈美はこういうことをよくする。
大抵は変顔だったり、ちょっと面白い風景だったりする。

写真の中の千奈美は、ラーメン屋にいるらしい。
食べる前のラーメンが写っており、湯気で画面が少々曇っている。
83 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:53

その千奈美の隣に、桃子がいた。

84 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:54
写真に続けて、再び千奈美が、

『超レア写真!!』

と送ってきた。
桃子はいつものピンクのコートを着ていて、
笑ってしまうほどにラーメン屋の粗雑な雰囲気と似合っていない。
いつもの雅なら爆笑していただろう。
千奈美もそこのところをわかっていて送ってきてくれたのだ。
85 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:56
だけど、タイミングが悪かった。
つまり桃子は雅が連絡したちょうどその時、千奈美と一緒にいたのだ。
たしか今日、千奈美と桃子は二人でラジオの収録だったはずだ。
収録の後に、二人でごはんを食べているのだろう。
86 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:57
色々と状況を理解するのと同時に、雅は自分の思いつきの行動が恥ずかしくなってきた。
先程の雅の連絡に、桃子が気付いているなら、面白がって千奈美に見せたかもしれない。
別に相手がキャプテンとかならいいのに、桃子に送った、というのが問題だ。
87 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:57
千奈美には、取りあえず適当なスタンプを送ってお茶を濁す。
桃子が気付いてないといい。
出来れば、千奈美とわかれて帰り道につくまで気付かなければいい。
もういっそ一連の流れを全部なかったことにしてほしい。
88 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:58



89 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:58
気付いたら、ソファで眠っていた。
うとうとしながら、時間を確認しようとスマホの画面を見た。

その途端、一瞬で目が覚める。
90 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/20(土) 19:59
『あした』


たった一言、それだけの返事がきていた。
91 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/20(土) 20:00

今日はここまでです。
なるべくはやく書こうと思います。
92 名前:名無し飼育さん 投稿日:2014/12/21(日) 10:34
うぉ! 続きが気になる〜
93 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/23(火) 13:02
>>92
ありがとうございます!
年内には書き終えなければと焦っております。
94 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:03
その日は、二人がいつも別れる駅で待ち合わせた。
桃子とは帰り道が途中まで一緒だ。
普段この駅で、雅は電車を降りて乗り換える。

95 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:10
別に現地集合でも良かったが、それでは普段の仕事と変わらない。
今日は仕事ではない、というところが雅にとっては重要だった。
96 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:10
「おはよー!」


改札の向こうから、桃子がぶんぶん手を振ってきた。
97 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:11
風で前髪がなびいて、眉が見えてしまっている。
その顔は幼い頃とほとんど変わらない。

眉を隠そうと、桃子は必死に手でおでこを押さえていた。
おかしくて思わず笑ったら、口の端がちくりとした。
98 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:11
唇がむけるのも、なんとなく切ないのも、風があんまり強いせいだ。

ポケットから手を出して、雅も小さく手を振り返した。
99 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:12
桃子の提案で、ベリーズでのクリスマスプレゼント交換のための買い物に行くことにした。
夕方からは撮影があるから、時間的にもちょうどいい。

雅は今日、何をするか特に決めていなかったので、桃子の提案に一も二もなく賛成した。
こうやって仕切ってくれるとき、桃子はお姉さんらしくしっかりしていると思う。
100 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:14
電車に二人並んで座る。
外は明るいのに、いつもと逆方向に向かって二人で電車に乗っている。
時間を巻き戻しているような気持ちになる。
101 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:16
ふと桃子の方を見る。
マスクの上からマフラーを幾重にも巻いていて、どこか涼しげな目元しか見えない。
雅も同じように、マスクの上からマフラーをしていた。
真っ昼間にこの二人連れは、ますます奇妙な感じがした。
102 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:17
一応中身がわかってはつまらないから、ということで、お互い同じビルの中の別の店を、一人で見て回って、別々にプレゼントを購入した。
二人で遊びにきたはずなのに、結局一緒にいる時間はかなり短かかった。

いつかの遊園地のことを思い出した。
同じ目的のために、違う道のりを行く、そういうのが自分たちらしい、のかもしれない。
103 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:17
仕事に行くまであと一時間もなかったが、二人で駅前のカフェに入った。
別に、長く一緒にいたかったわけでもない。
ただ、せっかく誘ったのに、遊んだ感じがしないというのは嫌だった。
104 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:18
「みやさ、今日どうして誘ったの?」

窓際のソファ席に座ると、開口一番、桃子はこう言った。

「プレゼント買うためでしょ?」
「いやそれ言ったのうちだよ。みやいきなり昨日連絡してきたじゃん、びっくりした」
105 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:18
雅はマグカップを手に取る。
シナモンの香りとジンジャーのせいか、体が内側からぽかぽかしてきた。

「もものテレビ見てたら、なんかさみしくなっちゃって」
「……え」
106 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:19
言葉にしたら、すとん、と気持ちは軽くなる。
そうか、さみしかったんだと、ようやくわかった。
107 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:19
「うちら全然遊んだことないしね」
「ほとんど毎日会ってるよ?」
「でもそのうち会わなくなるよ」
「それは…それは、そうかもだけど」

桃子は珍しく口ごもった。

この仕事をしてきて、たくさんの人と出会った。
もう二度と出会わないだろう人たちも大勢いた。

きっといつか、雅にとって桃子は、その「大勢の人」の中に入る。
離れたくないと思っていたとしても、そういうのは嫌でもやってくることを、雅は知っていた。
108 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:20
「だからね、こうやってさ、あの日プレゼント買いに行ったなあ、風すごかったなあ、
 って思い出せたらさ、いいかなって」
109 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:21
桃子は拗ねたように口をとがらせた。

「もっと良い思い出、あるよいっぱい」
「そうだね」

雅はそれだけ言った。
不機嫌そうな気配を無視して、窓の外に目を向ける。
110 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:22
「雪降りそうだね、もも」
「それも覚えとくよ」
「どうだか」

雅が澄まし顔でからかう。
桃子は苛立たしげに「全部覚えててやる」と、つぶやいてカップの残りを一気に飲み干した。
111 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:22



112 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:23

「あれ、みや」

まだいたの、とでも言うように桃子が楽屋に入ってきた。
113 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:23
今日の撮影は桃子が最後だった。
その前の雅の撮影が、思ったより押してしまい、他のメンバーは既に帰っていた。
時計はもう23時を回っている。
どうせ遅くなるなら、桃子と一緒に帰ろうと思っていた。
114 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:24
「待ってた。今日寒いから」
「寒いからぁ?」
「一人で寒い夜にさ、帰るのさみしくない?」
「あーわかる。さみしい。さみしい」

桃子は、うー、と顔をくしゃくしゃにしてみせた。
変な顔。
115 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:24
「早くしてね。電車で帰りたいし」
「うんっ」

るんるんと弾むような感じで桃子は着替え始めた。

行きも帰りも二人で、なんて何年ぶりだろうと雅は思った。
もしかしたら初めてかもしれない。
116 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:25
「今度さ」

着替えながら、桃子は雅に話しかけてきた。
半分衣装半分私服のあべこべな格好で、やけに神妙な顔をした桃子が鏡に映っている。

「ドラマに出ることに、なったの」
117 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:25
「マジで?すごいじゃん!」
「うん、それはいいんだけどね」
「なに、ももち結びNGとか?」

その似合わない顔は、面白いことを言う準備なのかと思って、ふざけてそう言ってみた。

「それは当然なんだけど。もう一個ね、あのお、条件があってね」
118 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:26
桃子がめずらしく口を濁す。
嫌な感じがした。
119 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:26

「……キスシーン、あるんだって」

120 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:27
直感は、桃子のその言葉で正解だったとわかる。

「もも」
「うん」

桃子は、ごまかしが利かないくらいに真顔になっていた。
緊張してる、とか、何も考えていないんだな、とか、
顔を見ればいつもはなんとなく、どんな気持ちなのかわかった。
だけど今は、桃子の表情から、何も読み取れない。
121 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:27
「もも、ってさあ」
「……うん、みやの考えてることで、多分あってる」

雅は黙り込んだ。
122 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:28
「ももだって乙女なわけよ。そういうところ。どうなのかなって、ちょっと考えたりしちゃってさ」
「断らないんでしょ?でも」
「断れないよ、せっかくベリーズ売り込むチャンスだもん」
「……うん」
123 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:28
「で、さ。考えたの、ももなりに」
「うん」
「もらってくれないかな、みやが」
「……え?」
124 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:28
言葉の意味が、意図が、いろんな疑問が、ぐるぐると頭の中を一瞬で駆け巡る。
ぐるぐるの、その一番真ん中を質問にして投げかけた。

「……なんで、みや?」
125 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:29
「えー、だって一番いいかなって」

桃子は至って当たり前のことを言うかのように答える。
126 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:29
「男の子でいいじゃん」
「相手がいないよ」
「……私にそんなこと言われても」
「やっぱダメかな」
「ダメってかさ、そういうの、ちがくない?
 家族とか友達とか、ファーストキスにはならないって。好きな人とするものでしょ」
「……だからみやなんじゃん」
「はぁ?だからそういう好きじゃなくって、」
127 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:30
あ。

言い返しながら、直前の桃子の声色と表情を思い出して気付く。
いつもの雅なら、この桃子の異変を見過ごさなかった。
そしてもっと慎重に話したはずだった。
だけど気が動転してしまって、桃子の、一瞬を掴みそこねた。
128 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:30
「ももちはぁ、みやが一番好きだからぁ、みやにお願いしたの。
 でもだめならしょうがないなぁ、無理言っちゃってごめんね?」

さっきまでとは打って変わって、あっけらかんとした調子で桃子は言った。
129 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:30

『……だからみやなんじゃん』


素直になるのが難しいのは、一番よく知ってるのに。
一瞬の桃子の本音を捕まえ損なった。
そこから後は普段通りだった。
ごまかして、笑いあって、会話を終わらせた。
130 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:31


131 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:31
「帰んないの?」

鏡の前に座っていると、コートを着込みマフラーを巻いて、すっかり支度を整えた桃子が顔を覗き込んできた。
132 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:32
「あー、書き物、今日中に終わらせたくて」
「でも…」
「すぐ帰るから。気にしないで」

雅は桃子の顔も見ずに言った。
待つと言ったのは雅の方だった。
それを断るのが、どう考えてもおかしくて、上手い言い訳もできない。
133 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:32
桃子はじっと雅を見ていた。
雅は目を合わせられなかった。
やがて桃子はドアに向かうと、振り向きざまに「ごめんね」と言って、部屋から出ていった。
134 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:32
桃子が去って大分時間が経ってから、雅も部屋を出た。

帰りの電車は人もまばらだった。
がらがらの座席に座って揺られていると、急に涙が出てきた。
135 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:33
昔にくらべて、ずいぶん涙もろくなってしまった。
あまりにすぐ泣いてしまうから、最近は雅自身でも泣く理由がわからなくなる。
涙はずっと止まらなかった。
136 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:33


137 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:34
桃子からその話を聞いた数日後、ドラマの制作発表がされた。
桃子は主役ではなく、役柄的には準レギュラーといったところだ。
よくある恋愛ドラマで、登場人物それぞれが恋の悩みを抱えているという設定らしい。
桃子の相手役は特に発表されていなかった。
キスシーンの存在は放送まで伏せられるのかもしれない。
138 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:34
自分のキスシーンがテレビに流れるのはどんな気持ちだろう。
雅は想像した。

目を瞑る桃子は、背の高い誰かを見つめている。

『どうなのかなって、ちょっとかんがえたりしちゃってさ』

『断われないよ、ベリーズ売り込むチャンスだもん』

桃子がそう話してくれた時の横顔と、想像上の桃子のキスシーンが重なり合う。
どんなことを考えながら、桃子はキスシーンを撮るのだろうか。
139 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/23(火) 13:36
ベッドの上で、雅は布団を頭まで勢いよくかぶった。
どうしてこんなに嫌な気持ちになるんだろう。
心がざわつく理由を知りたかった。
この気持ちに名前を付けたい。
そして安心したかった。
140 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/23(火) 13:37
今日はここまでです。
141 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/24(水) 10:10
めちゃくちゃに引き込まれています...!
更新楽しみにしています。
142 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/24(水) 15:04
あああ二人が切ない
どうなるんだろう…気になります
143 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/26(金) 22:35
>>141
ありがとうございます。
ご期待に添えるようがんばります!
144 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/26(金) 22:39
>>142
一応最後まで考えてあるのですが、
これでいいのかと少し不安もあります…
なるべく早めに更新します!
145 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/26(金) 22:40



146 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/26(金) 22:40
クリスマスを何年連続地下で過ごした人、とか、そういうギネス記録はないだろうか。
地上ではクリスマスだが、地下ではハロコンのリハーサルの真っ最中だった。


今年のリハーサルは、新しい顔ぶれが多く増えて、新鮮な感覚だった。
もう先輩は一人もいない。
もっとも、6期とBerryz工房はほとんど同期のようなものだったから、今更、一番上になった、という気もあまりしなかった。
147 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/26(金) 22:41
雅もかつては、後輩たちのように、ダンスが出来ずに先生の前でおどおどしたり、休憩のたびに遊んで走り回ったりしていたのだ。
今ではそんな気力も体力もなく、はしゃぐ周りをぼんやり眺めていた。

あの子は内心こう思ってそうで、その子は意外と気が強そうだ。
この子は我慢ぐせがありそう、ちょっと心配になる。

本人たちはこれから大変だろうなと、雅は自分の昔を思い出していた。
あの頃辛かったのも泣いたのも、なんだかまるで他人事のようだった。
今となってはそれらも全て、たいしたことはなかったように思う。
むしろ大人になってからの方が、いつまでもまとわりついて離れない、うじうじした悩みは増えている気がする。
148 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/26(金) 22:42
「メリー、クリスマス」

雅が壁に背を向けて座っていると、頭の上の方から声がした。
見上げると、佐紀がペットボトルを二本持って立っていた。
佐紀はそのうちの片方を雅に手渡すと、雅の隣にちょこんと座った。

「ありがと」
「いえいえ。…若いね、みんな」
「ね」

二人の目の前を、誰かが風の子みたいに走り去っていく。
雅は蓋を開けて、佐紀にもらったジュースを一口飲む。
つめたくて甘い。
疲れているからか、それは余計に甘ったるく感じた。
149 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/26(金) 22:42
「もも偉いね、あそんであげてんだ」

佐紀の視線を追うと、後輩たちが一目散に桃子の元へ駆け寄っていた。
どうやら鬼ごっこでも始めたらしい。

「幼稚園じゃないんだから…」

雅がぼそりとつぶやくと、佐紀は笑った。

「あはは。ま、ももさん最近疲れてるみたいだから、息抜きにいいんじゃない」
「疲れてる?ももが?」
「ドラマの撮影が大変なんだってさ。年末進行に脚本トラブルに、色々重なったらしくて。
 私にまで愚痴るんだから相当だよ、あれは」
150 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/26(金) 22:43
雅は桃子とあの日以来、ほとんど会話をしていなかった。
メンバーとは桃子のドラマ出演のことを話して一通り盛り上がったが、キスシーンの話題は一度も出てこなかった。

みんな、雅のようにそれを知っていて言わないのかもしれない。
でも、今の佐紀の言うことを聞くと、桃子は雅にしかそのことを話していないように思う。
151 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/26(金) 22:43
よくない感情が首をもたげたのに気付いて、雅は汗をかいたペットボトルを自分の頬にピタッとあてた。

「どしたの?」

佐紀が口をぽかんと開けて雅を見た。

「ごちゃっとしちゃって困るなぁ」
「……思わずびっくりしてマイクオン?」
「うん。そういう気分」
152 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/26(金) 22:44
佐紀はまだ不思議そうな顔をしていた。
その時、休憩おわりー、の声がして、二人ともほとんど同時に立ち上がる。

「あ、みや。言い忘れてた」

佐紀が雅の背中をぽん、と叩く。

「早めにももと仲直りしてね。これキャプテン命令」
153 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/26(金) 22:45
表情一つ変えず、何事もなかったかのように、佐紀は鏡の前へと歩いていく。

こんなことを直接言われるのも、何年振りだか。
佐紀がじきじきに動くほどだから、余程、雅と桃子の確執は目に余ったのだろう。

自覚はなかった、と言ったら嘘になる。
もし、桃子と何かあったのかと問い質されたら、なんと話せばいいのか。
そればかり気にして、何もないような振りをしていた。

だからこそ、佐紀は何も聞いてこないのだ。
雅が何かを隠そうとするのも、素知らぬ風を装っているのも、きっと佐紀には全部ばれている。
それを承知の上で、一切深追いしてこないのが、雅にはありがたかった。
ただ、どこまで見透かされているのか、末恐ろしくもある。

雅はふうっ、と長くため息をついて、とぼけた顔で手招きをするキャプテンの後ろに続いた。
154 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/26(金) 22:52
ちょっと短いですが、今日はここまでで。
155 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/29(月) 12:43
みやの行動に期待。引き込まれます。更新楽しみにまってます
156 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/29(月) 17:47
まだまだ続くのかしら。楽しみです。
157 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 21:54
佐紀に指摘を受けたものの、雅は桃子と話す機会を見つけられずにいた。
他のグループと一緒にいることも多かったから、桃子と会話せずとも不審がられることもなかったのだ。
なんとなく桃子を避けていても、どうにかなってしまった。

桃子から何か言ってくる様子もない。
きっとこのまま、年が明ければ何もなかったことになるのだろう。
それがいいことなのかは、わからないけれど。
そんなことを思っているうちに、リハーサルの最終日を迎えた。
158 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 21:55
全グループが集まる都合上、リハーサルでは休憩時間も長くなる。
雅が休憩に入った時、ちょうどベリキューのほとんどのメンバーは外に食事に出ていた。

誰もいない楽屋には、カラフルなリュックや脱ぎ捨てられたジャージや、大量の荷物たちが雑然と置かれていた。
あまり一人で部屋にいたくなかった。
人の気配はするのに、この部屋はなぜか取り残されて忘れられてしまったように思える。
特にリハのこの時期は、何人かで一緒にいるのが普通だから、無性にさみしくなってきてしまうのだ。

みんなはもう食べ終わる頃らしく、今から合流しても時間的に微妙だった。
財布とスマホだけ持って、ジャージのままで廊下に出た。
159 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 21:56
雅が廊下に出ると、桃子が自販機の前に立っていた。
運がいいような、悪いような。

少し迷ったものの、仕方なしに、桃子の肩に手を置く。
桃子はびくっとして振り向いた。
だが、雅の姿をみとめると、安心したようにほっと息をついた。
160 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 21:56

「あの子たち、隙あらばももち結びさわろうとしてくるんだもん」

雅を後輩の誰かかと思ったらしい。

「もう体力もたないよ」
「さわらせてあげればいいじゃん」

つん、と指でつついて髪を揺らす。
「やだよ」と、桃子は首をぶんぶん振った。
普通の会話が出来たことに、雅は内心ほっとしていた。
161 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 21:57
「みやとしゃべるの久々だね」
「毎日リハしてるでしょ」
「『そこ位置違う』とか事務的なことしか話してないじゃん」

桃子は苦笑交じりだ。
それから、小銭を自販機に入れた。

「あの日、もも、寒かったよ」

不意にそう言って、桃子は「あたたかい」の表示のミルクティーのボタンを押した。
162 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 21:58
「みやが変なこと言うからさ?
いつもよりすっごい寒くて、帰り道、凍えそうだったよ」

雅は、自分もそうだった、と言いかける。
だが、一緒に帰らないと言ったのは雅の方だった。
そう思い出して、雅が口をつぐむと、桃子がちらっと雅を見やった。

「……ごめんね、みや」
「なんでももが謝るの」

桃子は目を伏せた。

「わかんない。けど、うちも変なこと言っちゃったから」
163 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 21:59
風がつよくて、唇が切れて、二人で遊んで、撮影して、楽屋で話をして。
おかしな感じになって、すごく寒くて、泣いた日。

「ね、もものこときらい?」

雅は桃子の頭を見ていた。
この中で桃子は普段何を一生懸命考えているのか、雅には想像つかなかった。

今だってそうだ。
そういう大事なことを、こんなうすら寒い廊下で聞いてくる理由。
こっちは適当な返事をするかもしれない。誰かに聞かれるかもしれない。
それとも、桃子にとってこんなのは、世間話に過ぎないのだろうか。
164 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:00
「好きとか嫌いとか、わかんない」

反射的に出てきた言葉は、きっと正しいのだと雅は思った。

出来ることなら、全部を問い詰めてやりたい。

何を思ってるの。
あの時どうして話したの。
どうして、今まで話さなかったの。

雅にはわからないことが多すぎた。
その心の内を、さりげなく引き出すような技量もなかった。

だけどまっすぐ聞いたところで、桃子が答えてくれるはずもないのだ。
そのことだけは、嫌になるくらい知っている。
また胸の奥から何かが溢れそうになった。
俯いて、雅はぐっとそれをこらえた。
165 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:03
「そっか。そうだね」
「そうだね、って」
「もももね、わかんなくなっちゃったよ」

桃子の横顔は黒髪で隠れていた。

「いつからうち、こんなになっちゃったんだろ。おかしいね。おかしい」
「……おかしくないよ」

そう言って、雅は桃子の髪をすくいとり、その耳にかけた。
横顔があらわになった桃子は、目を見開いていた。

思いのほか、低い声が出たのに雅も驚いた。
言ってから、今のは、面白い、って意味だったのかもしれない、と思った。
どちらにしろ、雅にはちっとも面白くなかったし、おかしくもない話だ。
166 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:03
「この前はごめん。みやが、逃げた。でも、ももだって。もう逃げないでよ」

声は震えた。
啖呵を切ったくせに、逃げ出したかった。
怒っているつもりでも、胸のあたりが苦しくて、涙が出そうだった。
今とても、変な顔をしていると思った。見られたくなかった。
167 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:06
桃子は少し、呆れたような表情をしていた。
雅に、というよりは、自分に対して。

「……馬鹿みたいと思うだろうけどさ。やっぱりうちは、みやのこと、」

桃子が言いかけたとき、がこん、と自販機が音を立てた。

すると桃子は、それを合図にして顔を上げ、にかっと笑った。
まるで愛理がつまらないダジャレを言うときみたいな、やけに自信満々な顔をしていた。
168 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:06
突然雅の両肩に手を置いて、その勢いで桃子が背伸びをする。

「もも…?」
「覚えておいてね。これがももの」

同じ高さで目と目が合う。
急に顔が近づいてきて、雅の目蓋は勝手に閉じる。
169 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:07
「特別なやつ。ライブとかでするやつじゃなくて」


桃子はそれだけ言うと、自販機から先ほど買ったミルクティーを取り出した。
さっさと雅に背を向けて、一人で廊下の向こうへずんずん歩いていく。
170 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:07
追いかけることはしなかった。
ただじんわりと、雅の体はあたたかくなっていった。
特別。
これが、桃子にとっての特別、なんだろうか。
171 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:08



唇の感触は溶けていくように一瞬だった。



172 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:08





173 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:09





174 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:10
「雅ちゃん!」

会社に入ったところで、懐かしい声がした。

「重さん。お久しぶりですー」

呼ばれ方に軽くムッとしたような、久しぶりの再会を喜ぶような。
そんな複雑な表情を、モーニング娘。元リーダーは眉の動き一つで軽々やってみせた。

卒業後も細々とした用事でさゆみは会社に出入りしていた。
いわく「後片付けのようなもの」で、表には出てこない分、余計にめんどくさそうな仕事だ。
それもようやく年内には済んで、年明けは久しぶりに故郷で迎えるつもりらしい。
175 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:11
「朝から大変ですねー、お互い」

雅は壁にかけられた時計を見やる。
今日は夜にも収録が入っているのに、雅は朝から一人仕事だった。


「眠いよねー。昨日桃子ちゃんのドラマのスペシャル見てさ、夜更かししちゃったから余計に。見た?」
「ああ、はい」


桃子のドラマはハローのメンバーの中でも話題になっていた。
タイトルが長ったらしくて覚えにくく、おまけに横文字なものだから、みんな単に『桃子のドラマ』と呼んでいる。
そのドラマの放送直前記念特番、というものが昨日の夜にやっていたのだ。
176 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:11
「そうそう桃子ちゃんさ、ひどいんだよ。この間、初めてメールしてきたの。なんでだと思う?」
「卒業おめでとうございます、とか?」
「そんなの全然なかったよね。一言もなかったね」

当時の怒りが蘇ってきたのか、さゆみは一旦押し黙る。
雅も卒業コンサートには行ったものの、そういった連絡をした覚えはなかったので、少し肩身が狭い。
177 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:12
「そうじゃなくてね、『ドラマのキスシーンが嫌なんですけど、どうすればしなくて済むんですか?』って」


ずっと気にしていたことを不意に突かれ、雅の体が硬くなった。
自分以外にも相談していたのか、と思うと、少しとげとげしい気持ちがこみ上げる。
きっとこの気持ちはアレだ。
雅はそう気付いていたが、認めたくはなかった。
178 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:13
「桃子ちゃんすごく真剣だったしね、気持ちもわかるし、さゆみからマネージャーさんに話しておくよって言ったの。
 それでまあしなくて済んだらしいの、結局。でもさぁ、」


「えっ?今なんて?」
「ん?しなくて済んだんだって、キスシーン。あ、ってかこの話桃子ちゃんに聞いてなかった?」
「……言ってました」


だが、しなくて済んだとは聞いてない。


「そうそう、でね、桃子ちゃん大丈夫みたいだよって、さゆみ、別のスタッフさんから聞いたの。
 でもさ、普通桃子ちゃんが自分で伝えるべきでしょ?お礼のメールくらいあっていいじゃん?
 なのになーんにも言ってこないの!雅ちゃんからも言っておいて。さゆみに感謝して、って!」
「あー……多分、忘れてるんだと思います。キツく言っておきますね」
「うん、ありがと!よろしく!」

るんるんとスキップでもしそうな勢いで、さゆみはくるんと背を向けて去っていった。
休養生活はどうやら順調らしい。
179 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:14





180 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:15





181 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:15
いつものように、録画した番組を見る。
桃子はここ最近、出演するドラマの番宣で、生放送やらバラエティやらに引っ張りだこだった。


「やっぱりみんなのアイドルももちは、恋愛NGだよね?
じゃ、ファーストキスもまだだったり…?」


司会の芸人にそう話を振られると、桃子は飛びっ切りの笑顔で首を横に振る。


「実は、ファーストキス、もう済ませてるんですよー!」


テレビから聞こえるエーイング。
雅の中の悪い予感が最高潮に高まる。
いや、いくら桃子でも、そんなまさか。


「お相手はですねー、同じBerryz工房のメンバーの、夏焼みや……」


そこまで聞こえたところで、雅はテレビの電源を消した。

桃子のいやらしいほどにやにやした笑顔が目に浮かぶ。

明日の仕事が、ひたすら憂鬱だった。
182 名前:ファースト・アンド 投稿日:2014/12/29(月) 22:16





183 名前:ファースト・アンド・ラストキス 投稿日:2014/12/29(月) 22:23
以上になります。

最初に話を書き出したのは今年の2月頃だったかと思います。
それからベリーズは色々あって、自分の書いたものながら、なんだか冒頭のみやびちゃんがベリーズの先行きを暗示していたように思えて仕方なくなりました。
8/2からしばらく放置してしまい、当初の気持ちではもう書けないな、とは思ったのですが、ベリーズの冬は今年で最後なんだ、と思い、なんとか形にした次第です。
お読みくださりありがとうございました。
184 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/29(月) 22:26
>>155
ありがとうございます。このオチで許してもらえるか少し不安です。許してにゃん。
185 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/29(月) 22:27
>>156
ありがとうございます。
これにて終了となります、楽しんでいただけたなら何よりです。
186 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/12/29(月) 23:57
いやー良かったです!良かったです!
個人的に好きなみやももです
お話がそこまで、なのも
タイトルもにくい!
こんな時ですから色々考えられたと思います
こういうお話にしてくださってありがとうごさいました
グッときました!

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