ミドルクリッピング
- 1 名前:宮木 投稿日:2012/11/30(金) 04:00
- 9、6、たまに85。ついでに10。
そんな短編をいろいろ。
前スレ
ジャストスターティング
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/grass/1322315759/
- 2 名前:宮木 投稿日:2012/11/30(金) 04:05
-
『×4の夏休み』
- 3 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:05
- 「暑い。だるい。もうヤダ」
古ぼけた扇風機が一生懸命首を振って稼動してくれているが、送られてくる風は生温く全然涼しくない。
机の上には溜まった夏休みの宿題。
机の向こう側には仰向けに寝転ぶ友人の姿。
先ほどからイライラと言葉を零している。
「どぅー、終わったの?」
「終わってると思う?」
問い掛けると不機嫌そうに問い返された。
何故キレ気味に返されるのかわからない。
最近父に教わったが、こういうのを逆ギレというらしい。
困った顔を浮かべてみるが、遥が起き上がる気配は無い。
なので、優樹のそんな表情に気づくわけもない。
気を取り直して宿題に向きなおる。
問題文の続きを読んでみるが、漢字がわからない。
飛ばそうかとページを捲るが、次の文もわからない。
遥に聞こうかと思ったが、依然、遥は不機嫌そうに寝転んだままだ。
優樹は悩む。
無言が続く。
蝉の声が聞こえる。
扇風機が回る。
遥に見習って、優樹もペンを放り投げた。
- 4 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:06
-
夏休みに入ってもうすぐ一ヶ月。
世間ではお盆休みである。
毎年祖母の家に帰省をするお盆休みは、今年は両親の都合で自宅で過ごすことになった。
とは言え、優樹が住んでる地域は傍から見れば充分田舎。
若者よりも老人が多いこの町では、帰る人よりも帰ってくる人が多い。
祖父母と暮らしている友人たちも少なくなく、現在、畳の上で大の字に寝ている遥もその一人だ。
親戚たちが帰ってくるのを待つ側の遥は、親戚たちがやってくるまで非常に退屈らしい。
他の友人たちは皆どこか旅行に行ったり田舎に帰省してたりと、遊ぶこともままならない。
というわけで珍しく残った優樹を家に呼んで二人は夏休みの宿題をしているのだった。
結果はまあ、案の定というか、まったく進んでいないのだが。
「まーちゃん、宿題終わったー?」
「終わってると思う?」
「マネしないでよ」
遥が苦笑を零してゆっくりと起き上がる。
机の端にあった麦茶を口に運ぶ遥に優樹はふと思ったことを聞く。
「どぅーさ、あの人来るの?」
「いきなり何」
「もうすぐしたらさ、いろんな人、いっぱい来るんでしょ?あの人も来るの?」
「どの人?」
「あの、あれだよ。背がさ、ちょっと高くて、なんかひょろっちい人」
- 5 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:06
- 何年か前に、遥の家に来ていた親戚の女の子と会ったことがある。
たまたま祖父母の家から帰るのが予定よりも早くなった年のことだ。
暇を持て余して遥の家に遊びに行くと、そこには綺麗な女の子がいた。
優樹たちより5つほど歳上だったそのお姉さん。
すごく優しくて、当時小学生だった優樹と一緒になって遊んでくれてものすごく嬉しかったのを覚えている。
確かあのとき、優樹とそのお姉さんが一緒に遊んでいる横で、遥はなんだか退屈そうな顔をしていた。
そう、まさに今。目の前にいる遥と同じように。
「なんかー、ちょっと黒くて髪が長くて、あっ髪も黒かった。あとはーどんなんだっけ。あ、おもしろい」
「んー?……あぁ!」
優樹が言っている人物がわかったのか、遥は合点が行った表情を浮かべた。
が、その表情はすぐに曇る。
「わかんない。あいつ受験生だから今年は帰ってこないかもってお母さんが言ってた」
相変わらず遥は不機嫌そうに呟く。
イライラしてるのは暑さのせいだろうか。
「寂しいの?」
「そんなわけないでしょ」
ムッとした表情で睨まれる。
どうも今日は機嫌が悪いらしい。
- 6 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:07
- 「まーちゃんがいるからいいじゃーん」
「だから寂しくなんかないんだってば」
蝉の声がうるさい。
家の前の木にでも止まったのだろうか。
先程より一層やかましくなっている。
「ねね、本当にこないの?」
「だから知らないってば」
ギギギと扇風機が音を立てながら回る。
生温い風が広げたままのプリントを音を立てながら捲りあげる。
「どぅー怒んないでよー」
「あぁーもう、うるさいなあ!」
「蝉?」
「まーちゃんだよ!」
遥が怒ると、何故か優樹は笑みを浮かべる。
イライラ。
ニコニコ。
それはもう、二人の間の決まりごとだ。
遥が不服そうな顔を見せれば、更に優樹の笑みは増し、そのあとで遥が呆れた表情を浮かべることも。
- 7 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:07
- 「もう宿題やめよっか!」
「うん!」
遥が仕切り直すように声を上げる。
こうやって、遥が仕切ることも決まりごと。
優樹がそれに倣うのも決まりごと。
先ほどまでとは打って変わってテキパキと机の上を片付けていく。
「でも何するの?」
「んー何しよっか。何がしたい?」
「まーちゃんね、おなかすいた」
「じゃお菓子買い行こ、お菓子」
「やったー!」
優樹の笑顔を見て、今度は素直に遥の顔が綻んだ。
「よし、行こ!」
「うん!」
勢い良く部屋を飛び出し浮かれながら階段をドタドタ下りていると、遥から「うるさいよ」と軽く注意されたが優樹は気にしない。
頭の中では既にお菓子の絵が広がっている。
「じっちゃーん!まーちゃんと駄菓子屋行って来るねー!」
玄関で遥がサンダルを履きながら声を張り上げる。
廊下の奥から遥の祖父と思しき返事があった。
便乗して優樹も声を張り上げる。
「行ってきまーちゃーん!」
「いや、意味わかんないから」
- 8 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:08
- ◇
流れていく景色に、緑が増えていることに気づく。
ぼんやりとした頭がゆっくりと覚めていき、亜佑美は自分が眠っていたことを知る。
んーと伸びをして隣を見ると、春菜が頬杖をついて窓の外を見ていた。
どこか寂しげにも見えるその顔が少し気になる。
「はるなん、どうしたの?」
「あ、起きた?」
ゆっくりと振り向いた顔に、先ほどまでの鬱屈とした表情はない。
いつも通りのおっとりとした笑顔を浮かべている。
流れていく景色を見ながら何を考えていたのだろうか。
- 9 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:09
-
亜佑美と春菜は今、田舎の祖父母の家へと向かうバスの中だ。
亜佑美と春菜はいとこである。
家も近所で、幼い頃から姉妹のように暮らしてきた二人はとても仲がいい。
高校生になった今では以前ほどの頻度では会えなくなっていたが、それでも仲がいいのは変わらない。
共に高校生になったということで今年は両親抜きで、二人だけの帰省。
電車の中ではしゃぎすぎたせいもあってか、少し眠ってしまったようだ。
バスはゆっくりと走る。
少しずつ見覚えのある景色が増えていく。
「もうすぐだね」
「なんかあゆみん、楽しそうだね」
「だってさーおばあちゃん家行くの久しぶりなんだもん」
「そっか。あゆみんは、去年受験生だったから行けなかったんだもんね」
亜佑美は現在高校一年生。つまり昨年、高校受験があった。
成績は悪くはないが、上の学校を目指すためにはそれなりに勉強が必要で。
昨年の夏休みは塾に通って勉強漬けの毎日だった。
そのため毎年の帰省も断念。
今年が二年ぶりの帰省となったのである。
- 10 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:09
- 「相変わらず生意気なんだろうなーあの子」
年上相手にタメ口を聞き、年下のくせに遠慮が無い子。
遥は亜佑美たちのもう一人のいとこである。
二人と違って遥は遠い祖父母の家で暮らしているため、なかなか会う機会はない。
「ほんと、あゆみんとハルちゃんはさ、仲いいよね」
春菜が羨ましそうに呟く。
らしくないその口調に、亜佑美は眉を寄せる。
「どうしたの?」
「なにが?」
「なんかはるなん、元気なくない?」
「そう?気のせいだよ」
その素振りが空元気であるということくらい長い付き合いである亜佑美にはわかったが、それを突っ込まれたくないのかすぐに春菜が話の転換をした。
「それよりさーあゆみん、身長越されてるかもね」
「いやーそれはないでしょ」
「だってあゆみん、身長止ま」
「それ以上言っちゃだめだよ」
二人の応酬にも似た会話はバスが終点に着くまで続いた。
- 11 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:10
- ◇
「へへへ、まーちゃんすごーい。当たり当てたんだよ?すごくない?」
「よかったねー。よかったよかった」
「棒読みだよー、どぅー」
「だってハル、他人事だもん」
駄菓子屋でお菓子を目一杯買い食いし、10円ガムの当たりを引いた優樹の上機嫌とは裏腹にハズレばかりを引きテンションの下がった遥。
家までの砂利道を戻る道中、二人の言い合いは収まらない。
「当たりが当たったんだからもっと喜んでよー!」
「だってハルが当たったんじゃないもん!喜べるわけないじゃん!」
「どぅーはまーちゃんと一心同体なんだよ」
「意味わかんない」
そんなくだらない言い合いをしながら遥の家に戻ると、玄関には見覚えのない靴があった。
ヒールのある可愛らしい靴が二足。
出掛けるときにはなかったはずだ。
- 12 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:10
- 「誰か来てるの?」
「さあ。………あ!」
何か心当たりがあるのか、遥が声を上げ靴を放るように脱ぎだす。
ドタドタと居間へと向かう遥の後ろ姿を見て慌てて優樹も靴を脱ぐ。
「ちょっと待ってよー」
優樹の情けない声が響く。
しかし、遥には聞こえていないのかそれどころではないのか、振り向いてはくれない。
「なんだよ、来てんじゃん!」
掠れた遥の声が響く。
優樹が居間に到着すると、背中を向けた遥が二人の女の子に向かって声を張り上げていた。
「何よーあたしが来ちゃいけないわけー?」
「違う。あゆみんじゃなくて、はるなんだよ」
「あたし?なんで?」
「だって…」
言葉を切った遥の横に並ぶ。
いつの間にか身長を抜かされた遥の横顔を見つめる。
「受験生だから今年は来ないって、お母さん言ってたし…」
口を尖らせ、遥がぽつりと呟いた。
その言葉にはさっきまでの威勢がない。
- 13 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:11
- 「もしかして寂しかったの?」
「違うってば!」
「おぉー怒った怒った」
二人の女の子がからかうように遥を笑っている。
「どぅー、どうしたの?」
状況がイマイチ掴めない優樹が遥に問う。
すると、それを聞いた茶色い髪の女の子がくすりと笑った。
「何『どぅー』って。あんたそんな風に呼ばれてたの?」
「っ、なんだよ悪い?くどぅーってのが学校でのあだ名なんだよ」
「で、略してどぅーなんだ」
「なんだよ笑うなよ」
「いいじゃん、どぅー。あたしたちも今度からそれで呼ぼっか。ね、はるなん」
「いいねいいね。どぅーってついつい呼びたくなるあだ名だね」
「うっさいなーもう!」
そう言う遥の表情は少し綻んでいるように見える。
本気で怒っている表情ではないことを優樹は知っていた。
- 14 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:11
- 「なんか嬉しそうだね、どぅー」
「嬉しいわけないじゃん」
「どぅーどぅー照れるなよどぅー」
「うっせーあゆみん」
「でもさ、あゆみんも学校では変わったあだ名だよね」
「ちょ、はるなん。今それは言わなくてもいいんじゃない?」
「え、なになに?教えてよ」
「あゆみんね、友達からは『だーいし』って呼ばれてるらしいよ」
「マジで?え、なに『だーいし』って。ウケるんだけど」
「ウソだね」
「石田を業界人っぽく呼んで『だーいし』なんだって」
「ウソだね」
「じゃあハルもだーいしって呼ぼー」
「ウソだ!絶対ウソだ!ウソだね!」
「いっつも呼ばれてんじゃん」
「そういう記憶ないわ。絶対違うから」
- 15 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:12
- あゆみんもといだーいしと呼ばれた女の子が怒りながら立ち上がる。
遥と女の子の言い争いが始まる。
やいやいワーキャー。言い争っているはずなのになんだか楽しそうだ。
「てかあゆみん。身長、やっぱ越されてるんじゃない?」
「あ…」
「いぇーいハルの勝ちー!」
「いぇーいまーちゃんも勝ちー!」
「ウソだね!絶対ウソだ!ウソだね!」
- 16 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:12
-
○8月11日 土曜日 はれた
どぅーと遊んでいたら、どぅーの親せきがきた。
前にあそんだことのある女の子と、あたらしい女の子だった。
おっきいほうがはるなんで、ちっちゃいほうがあゆみん。
2人とも、すごくやさしくておもしろいんだよー。
それまでなんだかつまんなそうにしてたどぅーがすこしだけうれしそうだったなぁ。
夜はどぅーのお母さんに呼ばれて、どぅーの家でみんなで夜ごはんを食べました。
- 17 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:13
-
○8月12日 日曜日 くもりのち晴れ!
ばあちゃんが畑からスイカを持ってきた。
スイカを見た瞬間、だーいしのテンションがやたらと上がってたのが面白かった。
ハルはあまりスイカが好きじゃないけど、それを言ったらだーいしに怒られた。理不尽だなぁ。
縁側で並んで種飛ばし大会をやった。
はるなんが「しゃきしゃきプッ」とか言ってふざけたときは腹抱えて笑ってしまった。
やっぱはるなんはツボだな。ちょー面白い。
ちなみに優勝はハル!だーいしが「ウソだ!絶対ウソだ!」を連呼してた。ほんと負けず嫌いだなあいつ。
- 18 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:13
-
○8月13日 月曜日 快晴
今日はあゆみん、くどぅー、くどぅーのお友達のまーちゃん、私の4人で近くの川へ遊びに行きました。
川の水はとてもキレイで、冷たくて、すっごく気持ちよかったです。
こういうのはやっぱり田舎じゃないと満喫できないですよね。
濡れないようにって足だけ浸かってたのに、くどぅーとまーちゃんが水掛けてくるもんだからお洋服がびちょびちょに濡れちゃった。
最終的に4人で水の掛け合いになっちゃいました。
帰ってる途中、まーちゃんがいなくなって大慌て。必死に探しました。
誰よりも必死になって駆け回っていたのはやっぱりくどぅーでした。
そのときのくどぅーの表情がすごく真剣で、こんな時だったけど、少しハッとしました。
あんなにちっちゃかったのに…。大人になったなー。
結局、まーちゃんは勝手に一人で帰ってたみたいです。
お家でのん気に麦茶を飲んでいたまーちゃんを見て、「心配かけて!」と怒ったあとに泣き笑いの顔をしたくどぅーが印象的でした。
- 19 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:14
-
○8月14日 火曜日 晴れ
すっかり仲良くなったまーちゃんも呼んで、みんなで花火をした。
花火を持って追いかけてくるどぅーはやっぱり子どもだな。まっ、逃げ切ったけどね。
まーちゃんは花火で空に絵を描いていた。どぅーの真似してかその火を容赦なくぶつけてこようとしてきたのは本当やめてほしい。
はるなんはろうそくの火が消えないように必死だった。さすが最年長。でも動きが変。
キモいキモいと3人ではるなんをバカにしてたら「火、あげない!」と拗ねられた。
せんこう花火で定番の誰が一番長いかっていう勝負をした。
年下2人が息吹きかけてきたり手を叩こうとしたりっていうズルいジャマもあったけど、結果はあたしの勝利!
こないだの種飛ばしは負けちゃったからね!
はるなんはよっぽど悔しかったのか泣いちゃってたな。大げさすぎるよはるなん。
- 20 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:14
-
○8月15日 水曜日 はれました
おぼんの最後の日。
ということははるなんとあゆみんが帰っちゃう日。
せっかく仲よくなったのにいなくなっちゃうのはすっごくさみしい。
でも、来年もまた来るって言ってたから会えるといいなー。
それを聞いたどぅーが一番うれしそうだった。
どぅーがうれしいとまーちゃんもうれしいんだよー。
- 21 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:15
-
○8月15日 水曜日 晴れ
5日間の帰省も今日で最後。
久しぶりのおばあちゃん家はすっごく楽しかった。
今年は初めてはるなんと2人だけで帰ってきてちょっとした冒険気分も味わえたし。
どぅーに身長を抜かされたのは悔しいけど、どぅーの友達のまーちゃんとも仲良くなれたし、いい思い出が出来たかな。
やっぱおばあちゃん家大好き!うん、楽しかった!
- 22 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:15
-
○8月15日 水曜日 快晴
いよいよ帰省、最終日。
帰らなくちゃいけない日が来ちゃいました。ということはどぅーとまーちゃんともお別れ。
進学はちょっと遠い大学に行くつもりだから一人暮らしとかしたりして、来年からは今までみたいに帰って来れないかもしれない。
ってことで行く前はすごく寂しかったんだけど、なんだかんだで楽しかったです。
2人には「また来年ね」って言ったけど…。
またいつか、みんなで会える日が来るといいなあ。
- 23 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:16
-
○8月15日 水曜日 晴れ!
お盆最終日。
8月ももう半分終わっちゃった。
そして今日でだーいしとはるなんが帰る。
なんか、いつもよりも楽しかった気がするなー。いっぱいケンカもしたけど、いっぱい笑ったし。
はるなんとはたぶん、しばらく会えない気がする。んーなんとなくだけど。
大学なのか就職なのかわかんないけど、大人になるんだもんね。
時間が止まればいいのにって思ったけど、ハルも大人にならなくちゃいけないんだ。
- 24 名前:×4の夏休み 投稿日:2012/11/30(金) 04:18
-
亜佑美が手を振る。
優樹が笑う。
春菜が泣く。
遥は我慢する。
こうして、4人の夏休みは終わりを告げた。
- 25 名前:宮木 投稿日:2012/11/30(金) 04:19
-
『×4の夏休み』 おわり
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/11/30(金) 16:56
- 新スレおめでとうございます。
ついでに10。なのに一発目に10期でありがとーございます!
10期でサーモンした自分は歳のせいか少し泣いてしまいました
これからも楽しみにしています。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/11/30(金) 19:39
- 新スレおめでとうございます。
宮木さんは会話の描写が素晴らしい、と思っていたのですが
つまりひとりひとりの語り口に違和感がなくとてもわかりやすいんですね。
10期の話も風景が目に浮かぶようで、眩しくて、かわいくて、とても面白かったです。
- 28 名前:宮木 投稿日:2012/12/07(金) 04:13
-
『花火の行方』
- 29 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:13
- 晩ご飯を食べ終え自室の机で宿題をしていたら、母親から声が掛かった。
「里保ーお友達が来てるわよー」
1階から聞こえたその声に開いていた教科書をパタンと閉じる。
時計を見ると短い針は9に近いところを指していた。
こんな時間に一体誰だろうか。
数人のクラスメートたちの顔がちらついたが、こんな時間に連絡もなしに会いに来るような人は思いつかない。
聞こえないだろうなと思いつつ「はーい」と返事をしながら自室のドアを開けた。
と、玄関にいると思っていたお友達がそこにいた。
「うわっ」
思わず体が仰け反る。
咄嗟のことで悪気はない。
そして彼女ならこんな時間に来てもおかしくないなと妙に冷静に答えを見つけている自分がいた。
そんな里保の挙動と冷静な思考を気にもせず、目の前のその人は里保の目をじっと見つめる。
「花火しよ、花火」
コンビニの袋を突き出して、彼女――衣梨奈は笑った。
- 30 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:14
- ◇
「なんで今更花火なの?」
公園へ行く道すがら、隣で誰も興味ない今日の出来事を話している衣梨奈の声をぶった切って問いかけた。
今は9月だ。それももう終わろうとしているし所謂、秋である。花火は少し季節外れだ。
そしてなんてことはない平日の今日。明日も通常通り学校があるというのに。
どうして突然に花火なんか。
そう思って問いかけると、一瞬、話を中断されたことに不満の表情を浮かべたが、すぐに変え、彼女は笑顔で答える。
「えー衣梨奈がしたいって思ったけん」
キラキラという形容がつきそうな笑顔から出たその言葉に、里保は溜息をつく。
それならせめて休みの日に誘ってよ、何もこんな平日に。
言おうとして、やめた。
「今したいって思ったっちゃもん」
そう返されることが目に見えていたからだ。
ここ数日秋晴れが続き、空気も乾燥している。
花火をすることに支障はないのだし、と結局里保は受け入れてしまう。
隣では、先程とは違う話を楽しそうに衣梨奈が話している。
相変わらず彼女の切り替えスイッチは腹が立つ程に早い。
- 31 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:14
-
住宅街にある小さな公園。
夕飯時を過ぎたこの時間、里保たち以外に人影はなかった。
あまり遅くなると中学生のこの身分では補導だのなんだの厄介なことになってしまう。
早くやろうと促すと、ジャジャーンという自作の効果音をつけながら衣梨奈は嬉しそうに袋の中からそれを取り出した。
「は?」
衣梨奈が取り出した花火を見て、里保の口からは思わず呆れた声が零れる。
彼女が得意げに出したそれは、線香花火だった。
「……それだけなの?」
「うん、そうよ」
ぽかんとする里保を見て、悪びれた様子もなく衣梨奈は言う。
大きい花火セットの残りとかそういうのではなく、本当にそれだけの線香花火。所謂単品物。
花火越しに衣梨奈を見ると、ニコォとかニカァとかニタァとかそういう形容が付きそうな笑顔を浮かべていた。
「何かダメやった?」
その口調があまりにも当たり前のようだったので、里保は思わず笑ってしまう。
そうだ、この子はズレてるんだった。
わざわざ秋に花火をすることも、花火が線香花火だけなことも。
彼女特有のズレだ。
改めて確信した衣梨奈の性格を里保は笑い、そんな里保を見て衣梨奈もまた笑顔を浮かべる。
- 32 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:14
- 「なんで線香花火なの?」
「これしかなかったけん」
まあこの時期だ。売れ残っていたのがそれしかなくても不思議ではない。
むしろそれだけでもゲットできたことが珍しい。
線香花火をパッケージから取り出しながら、衣梨奈はその場にしゃがみこむ。
束ねていたテープを外し、ビニールの上にそれらをばらけさせる。
里保は立ったままその様子を見ていた。
その次に衣梨奈はゴソゴソとコンビニの袋からライターを取り出した。
「ライターはあるんだね」
どこか変な彼女だから、こういうところで忘れてそうなのに。
案外しっかりしているようだ。
「うん、これ買ったから他の買えなかった。てか衣梨奈財布ん中、すっからかんでさー。もっといっぱいやりたかったっちゃけどねー」
残念そうな口ぶりなのに、全然残念そうじゃない笑顔で話す。
どうやら先程の話は正確に言うと、線香花火しかなかったのではなく、ライターを買ったら買えるものが線香花火しかなかった、ということらしい。
説明をショートカットするあたりもまた、彼女らしいと思った。
- 33 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:15
- 「花火がしたい!って思ってわざわざ買いに行ったの?」
「ううん。本当はお菓子買いに行ったっちゃけど、在庫処分コーナーにあった花火見たら、なんか急にしたくなったけん」
だからお菓子も買えなかったんだよね。
笑いながら言う衣梨奈に里保は呆れた笑いを返すことしか出来なかった。
当初の目的を変えてまでして、花火をしたいと思ったのか。こんな時期に。
やっぱり彼女は変わってる。
小さな苦笑、それと同時にふと疑問が湧き上がる。
どうしてそこまでしたかった花火に自分を誘ったんだろう。
里保と違って人見知りをしない社交的な衣梨奈には、他にも友人たちはいるだろうに。
里保の先輩であり衣梨奈の級友である聖だってその内の一人だ。
まあ聖の場合、門限に厳しくこの時間に誘っても来れないのだろうが。
他にも、と普段衣梨奈の周りにいる彼女の友人たちを思い浮かべてみる。
年齢を問わずいろんな人物の顔が浮かび上がる。
衣梨奈は誰といるときだって楽しそうだった。
ざわりと、胸の奥が音を立てる。
- 34 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:15
- 唐突に現れたその感情に里保は戸惑う。
なんだ、この気持ちは。
何を思おうとしているのだ、自分は。
その感情に戸惑い、焦り、そしてやめる。
考えたところで、掴めない彼女の思考をわかるはずもない、と里保は考えるのをやめた。
本当は胸の奥底がざわめいたからだと考えたくない里保は知らないふりをする。
考えるのをやめた代わりに、里保は口を開く。
リセットし、関係ないことを持ち出す。
「線香花火ってさ、普通最後にやるもんじゃないの」
彼女に振り回されてばかりなのが、悔しかったのだろうか。
ついくだらない憎まれ口の言葉が出てしまい、我ながら子供だなと思うも出た言葉は今更取り消せず、やはり子供だった。
「いきなりクライマックスって微妙じゃない?」
「まあーいいやん。楽しければいいとって」
ライターをカチカチと弄って衣梨奈は笑う。
衣梨奈だけがしゃがみ込んでいるせいで、里保に向けられるその視線は自然と上目遣いになっていた。
いつもは見上げるだけだったその顔は少し新鮮である。
ライターの頼りない灯りに照らされている衣梨奈の顔を見つめる。
- 35 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:16
- 「ほら、里保も座って」
差し出された一本の線香花火を受け取って衣梨奈の前にしゃがみこんだ。
従うくせに、口からはまだ抵抗の言葉が出る。
「宿題、終わってないんだけど」
「衣梨奈も終わってないけん大丈夫」
何を持って大丈夫というのか。
そもそも大丈夫ってなんだ。
突っ込みたい言葉はいろいろ浮かんだけれど、それらは声となって出ない。
だいたいそんなのは、誘われた時点で言うべき言葉だ。
ノコノコついてきたあとに言う言葉ではないことはわかっていた。
「じゃあ競争ね」
「なんの」
「最初に落ちたら負け」
線香花火には定番の勝負だった。
聞くまでも無かったな、と思いつつライターの火に花火を近づける。
- 36 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:16
- 先っぽを寄せ合い、仲良く同時に点火する。
ライターの炎が移りゆっくりと静かな火花へと変わる。
「きれい」
「ね」
パチパチと音を爆ぜながら、小さな線が不規則に弾ける。
空中であちこちに散らばる細く暖かい火花。
そのひかりを見て、里保は思う。
まるで、目の前にいる彼女のようだと。
予想もつかない行動を繰り出してくる彼女のような。
不規則で、攻撃的だ。
だとすると、衣梨奈もいつかは消えてしまうのだろうか。
線香花火の終わりのように、呆気ないほど簡単に。
里保の前からいなくなる日が。
いつか、そんな日が来るのだろうか。
- 37 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:16
- そう思うと、少し不安になる。
先ほどのざわつきが蘇り大きくなる。
手に持った線香花火の核が大きくなる。
ゆらゆら揺れている。
もうすぐで、落ちそうだった。
「里保の落ちそう」
花火越しに衣梨奈の顔が見える。
勝利を確信したのかニヤニヤとした顔は橙に照らされ、妙に色っぽい。
それがまた悔しい。
里保はムッとした顔をニタっとさせ、衣梨奈の手をぱちんと叩いてやった。
「あ!」
その衝撃のせいで衣梨奈の線香花火は呆気なく落ちる。
「ちょっ、なんするとよー!ひどーい!」
膨れっ面のその顔を見て里保は笑う。ケラケラと。
気に食わなかった衣梨奈はお返しとばかりに里保の手を叩き返した。
当たり前のように里保のそれも落ちる。
「あ…」
「やったー仕返しぃ」
勝ち誇ったかのように衣梨奈が笑う。ニタニタと。
- 38 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:17
- 「終わっちゃったじゃん」
「里保が最初にしたっちゃろ」
くだらない言い合いが始まる。
さっきまでの感傷はもうない。
「もっかいやろ」
「今度はズルはなしね」
そう言って対決は再度始まる。
二人の間で火花が散る。
数回やって、結果はすべて里保の勝ちだった。
笑う里保と悔しがる衣梨奈。二人の表情は対照的だ。
「あとでジュース奢ってね」
「そんなこと言ってないやんか」
「なんか罰ゲームがないと面白くないじゃん」
「やる前に決めとかないとそんなの無効ですぅ」
気がつけばビニールの上の線香花火は最後の一本になっていた。
一本では対決は出来ない。
「これ最後、衣梨奈がしていい?」
さっきまでの膨れっ面はどこへやら、衣梨奈はワクワクしながらこっちを見る。
いいよと微笑み、里保は立ち上がってグッと背伸びをした。
ずっとしゃがんでいたせいで心地よい。
- 39 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:17
- 衣梨奈が線香花火に火をつける。
暗い藍色の世界に、再び暖かなオレンジが灯る。
「里保やけん誘ったとよ」
唐突に彼女が口を開く。
それは先程、自分が疑問に思っていたことに対する答えだった。
驚いて衣梨奈に視線を移す。
偶然なのか、わかっていたのか。
「花火見て、里保が思い浮かんだけん、買ったと」
彼女はたまに、変に鋭い。
ただの勘なのか、すべてをわかってなのか、里保にはわからない。
線香花火の小さな灯りが衣梨奈の笑顔を照らす。
それが綺麗で、やはり悔しかった。
「いきなり何」
言ってもないことを言い当てられた。
それがひどく恥ずかしくて冷たくなってしまったのは、我ながら子供っぽいと思った。
それでも口から出る言葉は素っ気無くなってしまう。
どうにかならないものだろうか、この性格。
- 40 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:18
-
「んー聞かれた気がした、なんか」
衣梨奈は笑う。
それすらも、全てを見透かしたように。
衣梨奈の手から橙の光が落ちる。
「あ、終わっちゃった」
衣梨奈の笑顔が、寂しそうに終わる。
もし、私がいなければどうしていたのだろう。
そんな疑問が湧きあがる。
私のために買ったというその花火を、私がいない場合はどうしたのだろう。
私がいないからと私以外の誰かを誘ったのならば、それは寂しい。
- 41 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:18
-
彼女なら。
衣梨奈なら。
私がいなかったら、強情に見つけ出して、強引に連れてきそうだと思った。
そうなればいいと思った。
そうしてほしいと思った。
私以外の誰かに、興味を持たなければいいと思った。
それがどういう意味を持った考えなのか、里保にはまだわからない。
わかりたくなかった。
何かが始まってしまえば、何かは終わりを迎えると知っていたから。
「おるってわかったもん」
根拠も何もないその言葉が、酷く嬉かった。
根拠も何もないその笑顔で、胸の奥がゆっくりとあたたかくなる。
- 42 名前:花火の行方 投稿日:2012/12/07(金) 04:18
-
「帰ろ」
差し出した手を笑顔で受けた衣梨奈を見て、里保は微笑んだ。
今はまだ、この手のぬくもりだけでいいかもしれない。
何も考えず、このぬくもりだけを感じていたい。
里保に手を引かれ衣梨奈が立ち上がる。
左手には小さな花火の残骸たち。右手には衣梨奈の柔らかい手。
「今度は大きい花火を買おう」
「次は事前に連絡してね」
「そんときは絶対勝つけん」
「はいはい」
夏が終わり、秋が来て、もうすぐ冬が始まろうとしている。
心の中の何かが始まっていることに、里保は気づいていない。
- 43 名前:宮木 投稿日:2012/12/07(金) 04:19
-
『花火の行方』 おわり
- 44 名前:宮木 投稿日:2012/12/07(金) 04:22
-
言わない関係シリーズ。
季節を少しだけ巻き戻してください。
>>26 名無飼育さん
新スレありがとうございます。
ついでになのに初っ端に持ってきてどうかと思ったんですが喜んでいただけて何よりです。
サーモンさん、泣かないでサーモンさん。
>>27 名無飼育さん
新スレありがとうございます。
あまり名前で呼ばれるのに慣れてないので照れますがありがとうございます。
分析?評価されることにも慣れてないので照れますがありがとうございます。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/08(土) 20:29
- 引き続きこの空気感の生鞘が読めて嬉しいです
お互いわかってるから成り立ってる二人の会話がいいし「わかんない」具合も絶妙
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/10(月) 13:09
- 言わない関係シリーズ最高です・・・!
作者さんの書く博多弁は不自然さがなくて嬉しい。
空気感がとてもよくて、読んでて心地よかったです。
- 47 名前:宮木 投稿日:2012/12/12(水) 01:35
-
『つんつんでれつん』
- 48 名前:つんつんでれつん 投稿日:2012/12/12(水) 01:36
- 学校が終わりやって来た事務所。
打ち合わせを済ませ次の取材までの待機時間。
椅子に座ってる遥はさっきから机の上に置いてある携帯を睨んでいる。
送ったメールの返事が来ない。
ただそれだけなのに何故こうも。
原因は昨晩送った亜佑美へのメールだ。
くだらないやり取りのメール。
内容なんてあってないようなもので、一方的に終わられても致し方ないのだけれど。
なんというか腹立たしい。
イライラ。
ムカムカ。
遥は表情に出やすい。
優樹から見ても素直だと思う。
「どぅーどぅー、どぅーしたの?」
「どぅーばっかだな」
「ねーねー」
「うっさいなぁ」
「まーちゃん何かした?」
「ちがう」
「じゃあなんで怒ってるの?」
「別に怒ってないってば」
- 49 名前:つんつんでれつん 投稿日:2012/12/12(水) 01:36
- 優樹が横からべったりくっつく。
しかしそれでは遥の機嫌は回復しない。
うだうだぐだぐだ
くだらない会話が続く。
しばらくして机の上の携帯がぶるぶると震えた。
「あ」
反応した遥が急いで携帯に手を伸ばす。
その俊敏さが可笑しくて優樹は一人で笑ってしまう。
「なんだよ」
その呟きは優樹に向けられたのかはたまた携帯に向けられたのか。
遥の機嫌は更に下降する。
優樹がひょいと手元を覗くと表示されてるのはつまらないメルマガだった。
「あぁーもう!」
遥が声をあげ、イライラが絶頂に達したとき、楽屋の扉が開いた。
- 50 名前:つんつんでれつん 投稿日:2012/12/12(水) 01:36
- 「いやー遅れちゃったー」
「電車乗り過ごしちゃったからね」
笑い合いながら春菜と亜佑美が入ってくる。
遥と優樹は勢いよく顔を向けた。
「はるなーん!あゆみーん!」
優樹が笑顔で二人に突撃する。
痛いよと言いながらも二人は笑顔で優樹を抱き止める。
「遅いよー」
「ごめんごめん」
最近、高校生組は中学生組とは別の仕事が入る。
以前みたいにいつも一緒とは限らないため会えた日は優樹はべったりだ。
「はるなんが電車勘違いしてて遅れちゃったんだよ」
「ちょっとー私だけのせいにしないでよ」
春菜と亜佑美が擦り付け合いを始める。
だが本気ではないのでへらへらとした笑みがこぼれている。
- 51 名前:つんつんでれつん 投稿日:2012/12/12(水) 01:37
- 「あのね、どぅーが寂しがってたよー」
そんな二人の言い争いに興味はない優樹が遥の告げ口をする。
二人がいない間の遥の態度。
優樹にイライラをぶつけてきた遥への小さな仕返しだ。
「ちょっ、勝手なこと言うなよ」
優樹の発言が聞き捨てならないと遥がやってきて否定の声をあげる。
遥の慌てる様子を見て春菜と亜佑美はにやにやと笑う。
「もー寂しがり屋なんだからぁー」
遥の腕をツンツンと突きながら亜佑美が調子に乗る。
こういう時の亜佑美は非常にうざったい。
遥は嫌そうな顔をしてその手を邪険に払う。
しかし尚、亜佑美は「このこのー」と嬉しそうな顔をして遥に構う。
「でも、そういうあゆみんもさ『くどぅーにメール返すの忘れちゃったんだよね』とか『怒ってるかなぁ』とか、今日一日くどぅーのことばっかり言ってたよね」
春菜がおっとりと暴露という名のツッコミをいれる。
遅刻の原因を春菜に擦り付けた亜佑美へのこれまた小さな仕返しだ。
- 52 名前:つんつんでれつん 投稿日:2012/12/12(水) 01:37
- 「ちょっ、それ言わなくてもよくない?」
春菜の反撃で、亜佑美は慌てふためく。
亜佑美も遥と同様、顔に出やすい。
なんなら誰よりも一番リアクションがいい。
そのおかげでよくからかわれる。
「なんだーあゆみんもどぅーが好きなんだね」
優樹は更にニコニコと笑顔を続ける。
「嘘だね!」
「おやおやー?石田さん、顔が赤くなってますよー?」
亜佑美が赤くなり、今度は遥が調子に乗る。
攻守交代だ。
調子に乗った遥は饒舌だ。
からかう言葉がポンポンと出てくる。
にやにやと笑い、さっきまでの退屈そうな表情は微塵もない。
「そうかーだーいしはそんなにハルたちに会いたかったのかー」
「違うから」
「だーいしも寂しかったんでしょ?」
「違うってば」
白熱してきた二人の言い争いを見守っていた春菜がそこで口を挟んだ。
「だーいし『も』ってことはやっぱりくどぅーも寂しかったんじゃん」
- 53 名前:つんつんでれつん 投稿日:2012/12/12(水) 01:38
- 「あ…」
遥が墓穴を掘った。
瞬間遥の顔が赤く染まる。
遥以外の三人は大笑いだ。
「二人とも素直じゃないなー」
「まーちゃんみたいに素直になりなよー」
春菜と優樹が笑顔で呆れる。
そんな二人に遥と亜佑美が仲良く声を上げた。
「「絶対に違うから!」」
やっぱり二人は似た者同士だ。
- 54 名前:宮木 投稿日:2012/12/12(水) 01:38
-
『つんつんでれつん』 おわり
- 55 名前:宮木 投稿日:2012/12/12(水) 01:40
-
トムジェリってみた。
どぅーいし増えればいいのにどぅーいし。
>>45 名無飼育さん
引き続き読んでくれて嬉しいです。
生田さんが超能力者かってくらいわかってくれてる気がします。
わかりたくない鞘師さんが自覚する日はくるんでしょうか。
>>46 名無飼育さん
言わない関係シリーズはいつまで続くのか・・・!
こういうとき出身同じでよかったなって思いますがあまり出過ぎないようにするのもそれはそれで難しいです。
心地よいだなんて…ほんとありがとうございます。
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/13(木) 00:03
- どぅーいし来てる!どこでもあんましお目にかかれないのに、
まさかのまさか宮木さんのスレで出会えるなんて、感どぅ→でテンションMAX!w
10期大好きな俺得SSありがとうございました。嬉しい。
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/13(木) 16:57
- どぅーいしキターーー!!!
ナイスなカップリングなのに小説少なくて悲しんでいたところに救世主が!
本当にどぅーいしもっと増えればいいのに…
これからも宮木さんのどぅーいし更新お待ちしております。
- 58 名前:宮木 投稿日:2012/12/19(水) 00:36
-
『お熱いのは』
- 59 名前:お熱いのは 投稿日:2012/12/19(水) 00:37
- 珍しく仕事が早く終わり、メンバーたちがワイワイと騒いでいる。
このあとどうしようかと考えながら里保は鞄に荷物を詰めていた。
「ねぇ、里保」
いつの間にか衣梨奈が目の前にいた。
びっくりして思わず仰け反る里保に衣梨奈が言う。
「ご飯食べに行かん?」
「えっ」
「寒いけんなんかあったかいやつとかさ」
鍋とかいいよねーと衣梨奈が一人で言っている。
突然のお誘いに里保は戸惑ってしまう。
えりぽんとご飯?
もしかして二人?
- 60 名前:お熱いのは 投稿日:2012/12/19(水) 00:37
- そんな里保の気持ちを知ってか知らずか、衣梨奈は続けた。
「久しぶりに里保とデートやね」
衣梨奈の笑顔が里保に向く。
思わず飛び跳ねてしまいそうになる気持ちを必死に抑える。
抑えすぎるあまり里保は冷たい言葉を吐いてしまう。
「えーえりぽんと二人なの?」
「イヤ?」
イヤなわけがない。
むしろ嬉しい。
だがそんなこと言えるわけがない。
「そ、そんなに言うなら…」
にやけそうになる顔を堪えるのに必死だった。
ちらりと衣梨奈を見ると「きーまり」とまた笑ったところだった。
- 61 名前:お熱いのは 投稿日:2012/12/19(水) 00:38
-
◇
「えりぽん、お肉ないんだけど」
「里保がはよ食べんけんやん」
二人の間でチゲ鍋がぐつぐつと煮えている。
体があったかくなるものということで鍋の中でも辛いものにしようということでやってきた。
どこで何を食べるのか、全て衣梨奈が段取り良くちゃっちゃと決めていってくれ優柔不断の里保としては感謝する。
こういう時、里保はいつも衣梨奈に合わせついていくだけだ。
「マロニーめっちゃ美味しいっちゃけど」
「さっきからそればっかりじゃん」
「お肉も食べよるよ」
「ちゃんと野菜も食べないとダメだよ」
里保は注意しながら衣梨奈の皿に野菜を投げ込む。
衣梨奈は「なんするとよー!」と怒ってみせたが、その膨れっ面を見て里保は更に楽しむ。
どうして衣梨奈といると黒鞘師が出てくるのだろう。
豆腐を口に入れながら思う。
- 62 名前:お熱いのは 投稿日:2012/12/19(水) 00:38
- 衣梨奈は唇を尖らせ、勝手に取り分けられてしまった野菜を見つめている。
「食べなダメ?」
「ダメ」
「ならちょっとでいい?」
「……しょうがないなぁー」
見つめてくるのは反則だとこっそり思う。
ドキッとしてついつい弱くなってしまうのは、惚れた弱みってやつかもしれない。
おそるおそる衣梨奈が箸を取る。
小皿の中から白菜を摘まみ、それをジッと見ている。
「………」
「早く食べなよ」
里保の言葉で意を決したのか、衣梨奈が白菜をパクリと口に運んだ。
目を瞑り、もぐもぐと咀嚼している。
「うぇー…やっぱ無理」
すぐに衣梨奈の顔がくしゃくしゃになった。
しばらくしてなんとか飲み込んだものの、野菜克服は到底無理のようだ。
即座に水を飲み白菜の味を流そうとする衣梨奈の姿が可笑しくて里保はつい笑ってしまう。
- 63 名前:お熱いのは 投稿日:2012/12/19(水) 00:39
- 「里保、食べて」
「もぉー」
衣梨奈のお願いにより、里保は野菜処理係に任命される。
苦笑いを浮かべる里保に衣梨奈はお箸を突き出した。
「はい」
「…え?」
「やけん、はい。食べて?」
「え?あ、うん。食べるよ。食べるけど…」
なぜ食べない衣梨奈が白菜を箸で持つ。
そしてなぜそれをこちらに向けるのだ。
目の前に突き出された白菜を見つめる。
湯気がたって美味しそうだ。
それ越しに衣梨奈を見る。
当たり前のような表情でこちらを見ていた。
もしかしてこれは。
非常に恥ずかしいあれじゃないのか。
考えた途端、体が熱くなった。
- 64 名前:お熱いのは 投稿日:2012/12/19(水) 00:40
- 「ほら、里保」
「い、いいよ。自分で食べるから」
「もう持ってしまったっちゃけん」
それでも衣梨奈は頑なに箸を口元に持ってくる。
「はい、あーん」
「………あーん」
降参した里保の口に白菜が運ばれる。
パクリと口に含むと衣梨奈が満足げに微笑んだ。
「やっぱ里保と来てよかった」
「え?!…んぐっ!」
思わぬ発言に食べ物が変なとこに入ってしまった。
喉につまらせ咳き込んだ里保にはそのあとに続いた「だって野菜食べてくれるもん」という言葉は聞こえない。
慌てて水を流し込む。
なんとか息を整えて衣梨奈を見つめる。
「里保どうしたと?顔赤いよ?」
衣梨奈が不思議そうに見つめ返してきた。
「な、鍋食べてたら熱くなっちゃったんだよ」
里保は目を逸らし、パタパタと手で顔を仰いだ。
はたして里保が素直になる日と、里保の気持ちに衣梨奈が気づく日はやってくるのだろうか。
- 65 名前:宮木 投稿日:2012/12/19(水) 00:41
-
『お熱いのは』 おわり
- 66 名前:宮木 投稿日:2012/12/19(水) 00:41
-
『at hand』
- 67 名前:at hand 投稿日:2012/12/19(水) 00:42
- 背が低いというのは、非常に不便だ。
本棚の上の方にある本。
それを取りたいのだけど、どうも高すぎる。
周りを見る。踏み台はない。
届くかな…
不安に思いつつ腕を伸ばす。
案の定、届きそうで届かない。
踵を浮かし、左手を手前の棚に乗せ、右手を思いっきり伸ばす。
本の角に掠りはしたものの、それでもやはり亜佑美には取れない。
勉強のためにやって来た図書館。
使えそうだと思った本を館内のパソコンで検索し探してみるとその収納場所は本棚の一番上。
よりによってこんなところになくてもいいじゃない。
どうにかして取ろうとするも、亜佑美の身長ではどうあがいても無理らしい。
- 68 名前:at hand 投稿日:2012/12/19(水) 00:42
-
諦めるしかないか
はぁ、と短い溜め息をついたときだった。
「しょーがないなぁー」
声がしたのと、背後から手が伸びたのは同時だった。
後ろから亜佑美を覆うような感覚。
伸びてきたその手がいとも簡単に亜佑美には届かなかった本を掴む。
「あっ…」
ひょいと抜かれた本を追って振り返ると、
「これ欲しかったんでしょ」
本を差し出しながら笑う遥と目が合った。
突然の遥の登場に亜佑美はぽかんとしてしまう。
遥は近くに住む幼馴染みだ。
と言っても、亜佑美が高校生になり、遥が中学生になった最近では時間のすれ違いであまり会う機会はない。
そんな遥と久々に会い、ましてやこんなところで会うなんてと亜佑美は戸惑う。
- 69 名前:at hand 投稿日:2012/12/19(水) 00:43
- 「あ、ありがと…。てか、なんで図書館なんかにいるの?」
礼を言い受け取りながら亜佑美は疑問を口にする。
「んー朝読書に読む本探そうと思って」
そう言う遥の手には不気味な女の子の人形が表紙の文庫本があった。
スプラッタホラーになんて興味があったのかと意外に感じていると遥は言葉を続けた。
「そしたらなんかちっちゃい人が一生懸命背伸びしてたからさー」
必死って感じで面白かったよと遥は人の気持ちも知らずに笑う。
バカにした口調を怒りたかったが、静かな図書館ということもあり背中を叩くことでその意を伝えた。
「しかしよくあんなとこ届いたね」
亜佑美の攻撃に「痛っ」と悶えた遥を笑いながら先程の遥の行動に改めて感心する。
いつの間に遥はこんなに大きくなってたんだろう。
去年までは背丈は同じくらいだったはずだ。
ちょっと見ない間にすっかり越されて今じゃ見上げてしまっている。
「そりゃあ、誰かさんと違って成長期だからねー」
遥がイヒヒと笑う。
亜佑美がムッとして遥を睨む。
小さいのは自覚しているが、他人にからかわれるのは心外だ。
- 70 名前:at hand 投稿日:2012/12/19(水) 00:43
- 「ごめんごめん、そう怒んないでよ」
宥めるように遥がポンポンと亜佑美の頭に手を乗せた。
その笑みとその素振りはまるで小さい子をあやすようだ。
もちろん亜佑美にとっては不服であるため抗議の声を上げる。
「ちょっとー子供扱いしないでよ」
「身長的には子供でしょ」
「あたしの方が年上なんだからね!」
「そうやってムキになるとこが子供じゃん」
遥と言い合いをしながら亜佑美はあることに気づく。
身長の成長と共に遥はその手まで少し大きくなっていたらしい。
頭に乗せられた手の温もりでそのことを知り、妙にどぎまぎしてる自分に気づく。気づいてしまう。
言い返してこなくなった亜佑美を不思議に思ったのか、遥が「どうしたの?」と亜佑美を見た。
遥が大きくなってドキドキしていた、なんてことを言えるはずもないので「なんでもないよ」とその目を見ながら誤魔化す。
- 71 名前:at hand 投稿日:2012/12/19(水) 00:44
-
「……あ、そう」
目を逸らしながら遥は素っ気なく呟き、頭に乗せていた手を離した。
ぽりぽりと頬を掻く遥の顔はなんだか赤い。
上目遣いは反則だろ
小さく漏れた遥の声は、亜佑美には届かなかったようだ。
「何か言った?」
言いながら亜佑美は遥の目を覗き込む。
うっ、と詰まって遥は声を荒らげた。
「な、何もないなら見るなよ!」
「はぁ?いきなりなんでキレるの?意味わかんないし!」
このあと、言い争いが白熱してしまった二人が図書館の人に怒られたことは言うまでもない。
- 72 名前:宮木 投稿日:2012/12/19(水) 00:45
-
『at hand』 おわり
- 73 名前:宮木 投稿日:2012/12/19(水) 00:47
-
某所で書いた生鞘鍋ネタの加筆修正と、とある兄妹画像をイメージしたどぅーいし。
そろそろ6を挟みたい。。。
>>56 名無飼育さん
読めないなら書いてしまえってことで書いてしまいました。
何故どぅーいしが増えないのかと考えテンションMIN!ですが。。。
ともあれ10期万歳!
>>57 名無飼育さん
飯子ならぬメシアとは恐れ多い。。。
同じくどぅーいしは注目すべきナイスカップリングだと思います。
しばらくはどぅーいし続くと思われますのでよろしくです。
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/19(水) 02:43
- どぅーいし来てる↑↑↑学園物萌える(*´д`)ホワワv
慎重差最高ですー!上目使いきゅんきゅん!!
やっぱりどぅーいしはツンデレが合う合うーっ!これからも期待してます!
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/20(木) 09:51
- 作者さんは生田さんと同郷でしたか。どうりで方言でも読みやすい。
頭の中では常に騒がしいのが非常に鞘師さんらしい。噛み合わないけどうまくいく生鞘いいですね。
どぅーいしのクソガキ感が好きです。ロッキーズ小説も待ってます!
- 76 名前:宮木 投稿日:2013/01/22(火) 04:00
-
『初めてを始めよう』
- 77 名前:初めてを始めよう 投稿日:2013/01/22(火) 04:00
- 日付が変わるだけなのに、大晦日というのはどうしてこうも浮かれてしまうのだろう。
リビングの机の上には散らかったお酒やジュースの缶たち。
カウントダウンと共に開けられたそれらはあっという間になくなってしまった。
親たちは酔いつぶれたのか早々に寝てしまい、現在この家で起きているのは里保だけだ。
もちろん、中学生である里保はお酒ではなくサイダーのため、酔うわけもなくいたって平常通りである。
時刻は現在丑三つ時。
普段の里保ならとっくに寝ている時間であるが、やはり知らず内に高揚しているのだろうか。
全然眠気がこない。
昼間、大掃除のあとに少し眠ってしまったせいもあるのかもしれない。
付けっぱなしになっているテレビをなんともなしに見ていたが、早くも飽きてきた。
年明け気分を共有する家族は寝てしまったし、特にすることもない。
- 78 名前:初めてを始めよう 投稿日:2013/01/22(火) 04:01
- ベッドに入っていたらその内眠くなるだろうか。
机の上にあるごみたちをそのままに、自室のある二階に向かおうとリビングを出たときだった。
ガチャン、と怪しげな音が耳に届いた。
不意の音に体がビクンと強張る。
なんだろう、今のは。
家の中からではなかったような気がする。
ということは外だろうか。
立ち止まり、耳を澄ます。
もう一度、今度はガタンと音が鳴る。
暗闇の中聞こえたそれはかなり不気味だ。
怖いのだから、知らぬ振りをしてもよかった。
それでも里保はまだ中学生。
子供というのは、好奇心というものには勝てない。
恐る恐る玄関の扉へと近づく。
スリッパを引っ掛けそっと覗き穴から外を見た。
「―――あっ」
思わず声が出てしまった。
- 79 名前:初めてを始めよう 投稿日:2013/01/22(火) 04:01
- 里保の視界に映ったのは、見覚えのある原色だった。
黄緑色の見慣れた鞄。
自転車を止める姿。
なんだ…
安堵の息を吐き、里保は鍵を開け扉を開ける。
「なにやってんの、えりぽん」
里保の声に反応し顔を上げたのは衣梨奈だった。
先程の物音は自転車を止める音だったらしい。
「あ、里保」
里保を視認した衣梨奈の顔が途端ににっこりと微笑む。
「あけましておめでとう」
「あ、おめでとう。…いや、そうじゃなくて」
後ろ手でそっと扉を閉めながら里保は突っ込む。
- 80 名前:初めてを始めよう 投稿日:2013/01/22(火) 04:01
- 部屋着をモコモコと着込んではいるものの外は寒い。
吐く息は白く、今にも雪が降り出しそうだった。
そんな寒い中、一体衣梨奈は家の前で何をしていたんだ。
「こんな時間に何してんの?」
当然の疑問をぶつけると衣梨奈はゆっくりと近づいてきて手に持っていたそれを差し出した。
「はい、これ」
衣梨奈が差し出したのは白い紙。
「なにこれ」
受け取り見ると、『あけましておめでとう』という新年を祝う言葉が書かれていた。
『A HAPPY NEW YEAR』『謹賀新年』などの言葉やへびのイラスト。
ありきたりな年賀状の言葉や絵たちがここぞとばかりに詰め込まれている。
- 81 名前:初めてを始めよう 投稿日:2013/01/22(火) 04:02
- 「年賀状?」
「そう。年明けたけん」
「いやいや手渡しで渡すものじゃないでしょ」
「違うよ、本当は郵便受けに入れとくだけのつもりやったし」
「いや、そういう問題でもなくて」
「年賀状書いてないって思い出したのが25日過ぎとってさー。慌てて出しても1日には届かんやろ?
それなら自分で届けた方が早いかなーって」
衣梨奈の考えは滅茶苦茶だ。
それを実行してしまうのも無茶苦茶だ。
里保は苦笑する。
呆れるほか無い。
「わざわざ、ありがとう」
「いえいえ」
里保の礼に満足げに笑う衣梨奈を見て、まぁいいかと受け入れた。
そこまでして届けてくれた手元の年賀状を再び見つめる。
- 82 名前:初めてを始めよう 投稿日:2013/01/22(火) 04:02
- 「あれ?」
裏返し、表を見たところでふと里保は違和感を感じた。
『鞘師里保様』と宛名である里保の名が書かれている。
その隅には差出人として『生田衣梨奈』と書かれている。
住所が書かれていないが、直で郵便受けに投函するのなら無くても問題はない。
そう、そこまではいい。
ただ、郵便番号を書く赤い枠がない。
さらには印刷された切手もない。
やけに真っ白だ。
「もしかしてこれ、はがきを自分で作ったの?」
「そう。画用紙切って作ってみた」
よく見れば確かにはさみで切ったような雑な形をしている。
親指でゆっくりと縁をなぞる。
ぼこぼことした感触。
わざわざ一から作ったのか。
「いいやん。手作り感溢れるやろ?」
何故か衣梨奈は得意げに笑う。
- 83 名前:初めてを始めよう 投稿日:2013/01/22(火) 04:03
- それを受け、里保はやはり笑う。
「こんな風な年賀状も、こんな風にもらったのも初めてだよ」
今度は苦笑ではなく微笑だった。
穏やかな笑顔。
衣梨奈とは長い付き合いだが、こんなことは初めてだ。
衣梨奈の全てをわかったつもりでいたわけではないのだけど、まだまだ知らないことがたくさんあるのだと里保は笑う。
そんな里保を見て、衣梨奈は微笑む。
そして何かを思いついたかのように衣梨奈は「あっ」と声を上げた。
「もしかしてさ、2013年になって里保に会ったのって衣梨奈が一番?」
「あぁーそうだね、えりぽんが初めてだよ」
家族を除けば、ではあるけれど年が明けて最初に会ったのは衣梨奈だ。
第一こんな時間に人に会うことなんて滅多にない。
里保の答えに、衣梨奈はにこりと笑った。
「へへ、里保の初めてもーらいっ」
あまりにも意味深な言い方に里保は「えっ…」と固まる。
- 84 名前:初めてを始めよう 投稿日:2013/01/22(火) 04:03
- 「ん?」
「その言い方、なんか…」
「なん?合っとーやろ?」
「合ってるけどさー」
「ならいいやん」
変な風に捉えてしまったのは、意識してしまっているからなのだろうか。
そう思ったところで「意識」とはなんのことだと里保は自問する。
思考が迷い込みそうになった里保を遮るように衣梨奈は言葉を続けた。
「なんにせよ、新年早々一番に里保に会えたのは偶然にしても嬉しいってこと」
そんなことでいちいち喜べる衣梨奈が羨ましい。
そして、自分が同じことを思っていることが嬉しい。
同時に、彼女みたいに素直になれない自分が馬鹿馬鹿しい。
「初めてってなんかいいよね」
「んーわからなくもないけど」
「『今年最初の』っていうのを大事にしていきたいっちゃん」
「……てか、この時間なんだから、ほとんどそうでしょ」
年が明けてまだ数時間。
大抵のことは今年初になるだろうに。
- 85 名前:初めてを始めよう 投稿日:2013/01/22(火) 04:04
- 呆れた里保の顔を無視し、衣梨奈は何かを思いついたのかニヤリと笑った。
「初詣行こっか」
「え、今から?」
言いながら既に衣梨奈は自転車の方へ歩き出している。
衣梨奈は頑固だ。
それは年を越そうが変わらないらしい。
そしてそれに里保が従うのもきっと変わらないのだろう。
「『初めて』をさ、一緒にやろうよ」
自転車に跨り、衣梨奈が笑う。
「だから、言い方」
里保が苦笑する。
「ほら、乗って」
衣梨奈がポンポンと自転車の荷台を叩いた。
- 86 名前:初めてを始めよう 投稿日:2013/01/22(火) 04:04
- 「上着取ってくるからちょっと待ってよ」
言いながら里保は既に玄関の扉に手を掛けていた。
行く気満々だなと自嘲する。
「早くせんと置いてくよー」
衣梨奈が里保の後ろ姿に声を掛けた。
「10数える間に戻ってきてね。じゃないと先行くけん」
「もうー」
文句を言いながら、緩んだ頬をそのままに里保はその扉を開いた。
衣梨奈はきっと先に行かない。
里保を置いてどこかに行ってしまわない。
何があっても、絶対に里保を待ってくれていると確信して。
背後から雪が降ってきたことを喜ぶ衣梨奈の声が聞こえた。
- 87 名前:宮木 投稿日:2013/01/22(火) 04:04
-
『初めてを始めよう』 おわり
- 88 名前:宮木 投稿日:2013/01/22(火) 04:05
-
『nobody know』
- 89 名前:nobody know 投稿日:2013/01/22(火) 04:06
- お風呂から上がると、遥がベッドで本を読んでいた。
先にお風呂に入った遥は随分とくつろぎモードで、うつ伏せに寝転びながら「んふふー」と楽しげになにやら読んでいる。
バタバタと動いてる足が非常に子供っぽい。
そこ、あたしのベッドじゃん
遥が寝転ぶベッドは、このホテルに入ったときに亜佑美に振り分けられた方だ。
窓側は朝日が差し込むからイヤだと駄々をこね先にベッドを陣取ったくせに。
しかしここで怒るのも大人気ないと亜佑美は言い聞かせる。
自分は高校一年生で、相手は中学一年生だ。
年下のワガママくらい、聞いてあげなくちゃ
気を取り直し髪を拭きながら近づいていく。
「何読んでんの?」
「んー漫画ー」
手元を覗くと、遥が手にしているそれが亜佑美が春菜から借りた漫画だと判明する。
メンバー内で回される春菜のその漫画は、今回は亜佑美が先に借りたものだ。
遥の順番は聖を挟んで三番目のはず。
しかも亜佑美の鞄に入っていたそれを今遥が手にしているということは、亜佑美がいない間に勝手に鞄を開けたということになる。
気軽に貸し借りをし合う関係ではあるけれど、勝手にというのはいただけない。
- 90 名前:nobody know 投稿日:2013/01/22(火) 04:06
- 一度は我慢したものの、二度目はさすがにちょっと。
咎めるように亜佑美は抗議する。
「ちょっとー先に読まないでよー」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
悪びれた様子もなく、遥は口答えをする。
漫画から顔を上げることもなく読み続ける遥。
ムッとしたけれど「相手は子供なんだから」とやはり言い聞かせる。
そんな亜佑美の心の葛藤なんか露知らず、遥はサイドテーブルのペットボトルに手を伸ばし呑気にジュースを飲んでいる。
ゴクゴク飲んでテーブルに戻したところで亜佑美は気がついた。
それがホテルに来る前に亜佑美がコンビニで買った物だと。
三度目の正直。
さすがに亜佑美は怒る。
「勝手に飲まないでよ」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
「この悪ガキめ!」
- 91 名前:nobody know 投稿日:2013/01/22(火) 04:07
- 寝転ぶ遥の背中に目掛け亜佑美はダイブした。
うえっ、と潰れた遥の華奢な体の上に乗り、漫画を奪い返そうと手を伸ばす。
が、遥も強情なもので、潰されながらも手を遠ざけたりして必死にかわそうとする。
「返してよー」
「ハルのものはハルのもの。あゆみんのものはハルのものなんだよ」
「なにそれ、ジャイアンかよ」
「でた、ドラえもん好きめ。高一のくせに」
「好きなものに年齢は関係ないでしょ」
「いつもハルの物貸してあげてんじゃん」
「それとこれとは別」
言い合いながら遥を押さえ込みその手から漫画を取り上げた。
また盗られないようにさっさと亜佑美はそれを鞄にしまいこむ。
「え、今読まないの?ならハルに読ましてよ」
「ダメ。これはお家帰ってじっくり読むの」
「つまんねーなー」
暇つぶし道具を取り上げられ、遥は退屈そうに体を起こした。
- 92 名前:nobody know 投稿日:2013/01/22(火) 04:07
- 「私はドライヤーで髪乾かしてくるけど、くどぅーはどうする?」
「タオルがしがししたら乾くからいい」
ショートカットの遥は首に掛けていたタオルで乱暴に頭を拭く。
少年にしか見えないその動作に、亜佑美は微笑む。
以前、春菜の祖母の家に泊まりに行ったときに同じような光景を見て、妙にドキドキしたことを思い出した。
思い出したせいで、さらに表情が緩んでいたのだろう。
「何ニタニタ笑ってんの。しかもなんか顔赤いし」
そう遥に指摘されてしまった。
「な、なんでもないよ。お風呂上りだからだよ、きっと」
気を取り直し、亜佑美は遥に忠告する。
「私が髪乾かしてる間に先に寝ちゃったりしないでね」
「なんで?」
「だってまだしゃべりたいじゃん」
「うーんどうだろ。暇だからなぁ、寝ちゃうかも」
「ダメ、起きてて。あとまた勝手に漫画読んでたら今度こそ怒るからね」
「それはしろってことですか?」
「違うから」
- 93 名前:nobody know 投稿日:2013/01/22(火) 04:08
-
◇
髪を乾かし、再び戻ると遥は携帯を弄りながらテレビを見ていた。
約束通り起きててくれたことに亜佑美は嬉しくなる。
遥が座っているのは依然、亜佑美のベッドの上であるがそれはまぁよしとしよう。
「テレビおもしろい?」
「んーどうだろ」
生返事で答える遥の隣に座り、テレビに視線を移す。
が、見える世界はぼんやりとしている。
あ、そうだ忘れてた
ポンと手を叩き鞄をゴソゴソと漁り出した亜佑美を見て、遥から「昭和なリアクションだな」とツッコミが入る。
「うるさいなー」と言い返しながら亜佑美は鞄からメガネを取り出した。
視力が弱い亜佑美は普段はコンタクトをしている。
お風呂に入るときに外したため、現在の亜佑美の視界は良好とは言えない。
掛けようとしたそのメガネを、隣にいた遥がひょいと奪った。
「あ、なにすんの」
「ちょっと掛けさせてよ」
- 94 名前:nobody know 投稿日:2013/01/22(火) 04:08
- 亜佑美の許可を得ぬまま遥はそれを掛けた。
が、途端にしかめっ面になった遥の顔を見て、亜佑美は吹き出す。
「やっぱハルには無理だ」
視力のいい遥には度の入ったメガネはきついらしい。
すぐに外し、目をキュッと瞑っている。
「なら掛けないでよ」
「子供の好奇心だよ」
なんでも口答えする遥は子供だからなのだろうか。
それならば許容してあげてもよいが、にしても口達者である。
「でもくどぅー、伊達なら似合ってたよ」
メガネを返してもらい、それを掛けながら亜佑美は思い出したかのように告げた。
最近あまり見ないが遥は一時期、里保からもらったという伊達メガネを掛けていた。
「そう言えば最近見ないかも。なんで掛けないの?」
「だって邪魔くさいじゃん」
遥らしい理由に亜佑美は笑い出す。
先程よりクリアになった視界に亜佑美を見つめる遥が映る。
- 95 名前:nobody know 投稿日:2013/01/22(火) 04:09
- 「あゆみんさーメガネ似合うのになんで掛けないの?」
「掛けてるじゃん」
「違うよ、テレビとかブログとかさーなんていうの、公の場?でってことだよ」
仕事をしているときはコンタクトだ。
例えそれがファンの前に出ないようなラジオなどの仕事でも。
メガネを掛けるのは所謂オフのときだけだ。
亜佑美は自分をさらけ出すことがあまり得意ではない。
プライベートはプライベートとして割り切るタイプでもある。
「こないだ誕生日にブログに載せたよ?」
「でもあれっきりじゃん。てかなんであのときだけ載せたの?」
遥が不思議そうな顔で亜佑美を見る。
「普段は絶対いやだって言うくせに」
「あれは…」
「ん?」
「……くどぅーが載せろ載せろってうるさいから…」
ぼそぼそと小さくなっていく亜佑美の言葉。
遥は度々、亜佑美のメガネ姿について話していた。
誕生日当日の遥のブログでまで言及されたから、つい。
観念した結果、と言っても良かった。
- 96 名前:nobody know 投稿日:2013/01/22(火) 04:09
- 「これからももっとメガネ姿推していけばいいのに」
「やだよーなんか恥ずかしいじゃん」
「なんで?」
「なんかー普段の姿って、気を許した人じゃないと恥ずかしくない?」
一言で言えば照れくさい。
自分の違った一面を見せるというのは勇気のいることだし。
亜佑美がそう言うと遥は「ふーん。なら、それでいいや」と満足そうに微笑んだ。
「え?」
遥が納得する理由がわからず亜佑美は首を傾げる。
「本当のあゆみんを知ってるのは、ハルだけでいいや」
そう言って遥は微笑んだ。
- 97 名前:nobody know 投稿日:2013/01/22(火) 04:10
- その言葉に亜佑美の胸の奥がくすぐったくなる。
ゆっくりと体温が上昇し、顔が赤くなっていくのがわかる。
「えっと、あの…」
「まぁ、そういうわけで寝よう」
「は?え、いきなり?」
おやすみーと声を上げ遥は勢い良く布団を引っ張り上げる。
びっくりしている亜佑美をそっちのけに遥は背中を向け布団を被ってしまった。
「ちょ、くどぅー?」
「………」
「いきなりすぎでしょ」
「………」
「え、何。本当に寝ちゃったの…?」
「………」
亜佑美の言葉に遥は反応しない。
どうやら本当に寝てしまったようだ。
- 98 名前:nobody know 投稿日:2013/01/22(火) 04:10
-
「なんだよ、もー」
取り残された亜佑美は呆れるのを通り越して笑うしかなかった。
本当に子供なんだから
年下相手に振り回されてばかりだと亜佑美は苦笑する。
遥が急に話を中断し寝始めたのは、自分の言葉に照れくさくなって顔が赤くなったところを見られたくなかったからだということを亜佑美
は知らない。
ついでに言うと、勝手にベッドを占領され亜佑美がしばらく悩んでいたことを遥は知らない。
はたして、このあと。
亜佑美がどっちのベッドで寝たのか。
それは、誰も知らない。
- 99 名前:宮木 投稿日:2013/01/22(火) 04:11
-
『nobody know』 おわり
- 100 名前:宮木 投稿日:2013/01/22(火) 04:11
-
『片恋ジャンクション』
- 101 名前:片恋ジャンクション 投稿日:2013/01/22(火) 04:12
- 間もなく2番電車が参ります――
午前8時。
ホームに響く声。
ざわつく周囲。
速度を緩め、近づいてくる電車。
高校に通い始めてのいつもの光景。
都心部へと向かう電車は満員だが、私が通う高校はその真逆。
よって電車は満員というほど混まない。
このときばかりは、田舎の高校を選んでよかったと思う。
降りる人を待って乗り込む。
向かいのドアの前、いつもの立ち位置。
そして扉が閉まる直前、ギリギリで電車に駆け込んで来る女子高生2人組。
「はぁ、はぁ…」
「あーよかった間に合ったぁ」
これもいつもの光景だ。
黒髪ロングの背の高い女の子と、ちょっと間抜けそうな舌足らずの女の子。
両者共にハァハァと肩で息をし、朝から何だか疲れ気味である。
- 102 名前:片恋ジャンクション 投稿日:2013/01/22(火) 04:12
- 「絵里、今日も遅い」
「ごめんさゆぅ」
「もー何で待ち合わせに遅刻したの?」
「だって靴下探してたんだけど全然見つかんなくて。で、あれぇー?どこやったっけなぁって思ってたら。なんと絵里、履いてたの」
「……聞いたさゆみがバカだった」
そして片方の子が遅刻の言い訳をしだすのも、もう片方の子がそれを聞きながら鞄から取り出した鏡で髪の毛を整えるのもいつもの光景。
しかしよくもまあ、毎度遅刻をするものだ。
せっかちな私にとって遅刻というものはとても理解できない。
呆れながらまだまだしゃべり続ける言い訳少女から目を移すと、自然と鏡少女と目が合った。
あ、と思うのも束の間。
ニコッて微笑まれて、ドキッとする。
- 103 名前:片恋ジャンクション 投稿日:2013/01/22(火) 04:13
- 名前も正確に知らなければ学年だってどういう人なのかとか彼女のことなんか何も知らない。
わかるのは、さゆと呼ばれていること。
制服から判断するに隣の高校だということ。
私がそのさゆという子が気になっているということ。
ただ、それだけ。
目が合ったのはほんの一瞬だけ。
顔を逸らして頬を赤らめた私のせい。
「ガキさん、あの子んこと好きやろ?」
「愛ちゃん、その下品な含み笑いやめてもらえます?」
いつの間にか隣に来たこの同級生に小声でからかわれるのも、いつものことだった。
「なぁなぁ、ガキさんてばぁ」
「あぁーもううっさいなぁ、いい加減にしてよ」
いつもの光景に、いつもの感情。
いつもの日常に変化が起きるのは果たしていつになるのやら。
- 104 名前:片恋ジャンクション 投稿日:2013/01/22(火) 04:13
-
◇
午前の授業が終わり、昼休み。
教室の中はのんびりと仲良しグループに分かれ、まったりとした時間が教室全体に流れていた。
「あっ、そうそう」
れいなの前に座って母親が作ってくれたというかわいらしいお弁当を食べていたさゆみが何かを思い出したのか、顔を上げた。
「絵里が、『最近のれいなは冷たい』って愚痴ってたよ」
さゆみの方にチラッと視線を向け、売店で買ってきたパンをちぎる。
「そんなことはない。………はず」
「なにかあったの?」
さゆみが興味津々といった表情で問いかけてくる。
「てか別に絵里から聞けばいいやん」
「聞いてるけど両方から聞かないと平等じゃないでしょ」
- 105 名前:片恋ジャンクション 投稿日:2013/01/22(火) 04:13
- 隣のクラスの絵里とさゆみは仲がいい。
それは羨ましいことでもあるが非常に厄介なことでもある。
なぜならばれいなと絵里の間で起こったことが全て筒抜けだからだ。
「ケンカでもしたの?」
「別にそういうわけじゃないっちゃけど…」
れいなは唇を尖らせながら紙パックの野菜ジュースを啜る。
「なんかさ、絵里と一緒におるとさ」
「ん?」
「照れる」
「…は?」
「照れくさい」
「………」
「だって絵里かわいいし」
- 106 名前:片恋ジャンクション 投稿日:2013/01/22(火) 04:14
- 拍子抜けしたように固まるさゆみを見てれいなは「さゆ?」と問いかける。
しばらくして固まっていたさゆみの表情が変わる。
「なんだ、ただのノロケか」
呆れたように溜息をついて食事を再開し出した薄情な友人にれいなは食い下がる。
「ちょ、聞いてって。だって絵里がね」
「あーはいはい」
「聞いてきたのはさゆやんか」
「だってそんなくだらないこととは思ってなかったんだもん」
彼女達の昼休みはのんびりと、今日も平和に過ぎていく。
- 107 名前:片恋ジャンクション 投稿日:2013/01/22(火) 04:14
-
◇
駅前にあるとあるファーストフード店。
学校終わりの夕方。
冬のこの時期、日が沈むのは早く、辺りを見渡せばもう既に夕焼けのオレンジはすっかり消え、澄んだ紺色へと変わっていた。
学校帰り、制服のまま友人を連れて仲良くしゃべりながらそのファーストフード店へと向かう。
表向きの理由は「お腹が空いた」ということにして。
ドアを開け一歩店内に入れば、ハンバーガーとポテトの混じった独特の匂いと暖房が体を包んだ。
入口から迷わず真っ直ぐと歩を進める。
向かうはレジカウンターのところでとても接客業をしているとは思えないアルバイト店員のもと。
欠伸をかみ殺し「いらっしゃいませー」と妙に鼻にかかった間延びした声で迎えてくれる一人のアルバイト店員。
迎えてくれるといっても、あくまでもお客と店員としてだけど。
- 108 名前:片恋ジャンクション 投稿日:2013/01/22(火) 04:15
- そして、現在の片想いの相手でもあるそのアルバイト店員。
名前は「藤本さん」というらしい
店員同士で呼び合う声を聞き、密かに得た情報。
そう、本当の目的はこの人に会うため。
この人を一目見るため。
「チーズバーガーと、オレンジジュース下さい」
メニューを見ずに注文。
毎日通い、毎日同じ注文。
少しでも覚えてもらうため。
少しでも印象付けたくてささやかなアピール。
もしかしたらチーズとオレンジの人と覚えてもらえてるかもしれない。
そんなささやかな期待。
「さゆぅ、また同じやつ頼むのぉ?」
「だってこれが一番おいしいんだもん」
「んじゃあ絵里はこれぇー」
「はぁーい、かしこまりましたぁー」
- 109 名前:片恋ジャンクション 投稿日:2013/01/22(火) 04:15
- 会話なんてない。
でも。それでも。
会えるだけで
見れるだけで
見られるだけで
声を聞けるだけで
ただ、それだけで幸せ。
小さな嬉しいの積み重ね。
片想いというのは、そういうものだとさゆみは思う。
「あ、でねでねさゆ。今日もれいなが授業中にメール――」
「あぁーもうノロケはイヤなの」
両想いの友人の話をあしらいながら少女の片想いはまだしばらく続きそうだった。
- 110 名前:宮木 投稿日:2013/01/22(火) 04:16
-
『片恋ジャンクション』 おわり
- 111 名前:宮木 投稿日:2013/01/22(火) 04:18
-
年明け、だーいし生誕、6期10周年記念とことごとく逃した。。。
ので一気に3つで申し訳。
>>74 名無飼育さん
学園物どぅーいしは年の差がまたいいですよね。
年の差といい身長差といい萌えポイントが多いどぅーいしはぜひツンデレてほしい。
>>75 名無飼育さん
6お待たせしました。
考えてしまう鞘師と考えない生田の生鞘、似ているからこそ張り合ってしまうどぅーいしが好きすぎてバカみたいです。
あくまでも勝手なイメージなんですけどね。
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/25(金) 01:45
- 自問りほりほも照れだーも素敵だけど
ここにきてのプチさゆみきに頬がぽっぽしました
3作ともご馳走さまです
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/27(日) 05:24
- いっぱいキテル!
生鞘は言わない関係シリーズでしょうか?凄く好きです。
今年も楽しみにしております。
どぅーいしも、もっとおねだりしたいです。
- 114 名前:宮木 投稿日:2013/01/28(月) 18:18
-
『雪に願いを』
- 115 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:18
- 吐く息が白い。
見上げた空も白い。
冬の寒さにも慣れ始めた頃の野外ロケ。
朝から始まった雑誌の撮影もなんとかロケ分を撮り終え、今は残りの撮影とインタビューのために近くのスタジオへと移動中だ。
コートのポケットに手を突っ込み、前を行くスタッフの後に続く。
聖たちの少し後ろでは、里保と香音が10期の年少コンビと勉強の話をしているようだった。
「ねーねー」
「なに?」
隣で聖と同じようにポケットに手を入れていた衣梨奈が何かを思い出したように話しかけてきた。
「今日、雪降るかもしれんって。知っとった?」
「あぁーそう言えば朝言ってたねー」
家を出る前にちらりと見た天気予報では今日、東京では雪が降るかもしれないと告げていた気がする。
言われてみれば今にも降り出しそうで、肌に触れる空気は確かに冷たかった。
ポケットに入れていたカイロを握る。
- 116 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:19
- 「降るのかなー」
「衣梨奈的には降ってほしいっちゃけど」
「えぇーでも寒いじゃん」
「雪が降っても降らんでもどうせ寒いっちゃけん、それなら雪降った方が楽しいやん」
「んー確かに」
衣梨奈の言うとおり、どうせ寒いのだから少しでも楽しい方がいいのかもしれない。
寒いから冬だもん。
そう言えばそんな歌もあったなと聖は口ずさむ。
対抗してか衣梨奈は同じアルバムに入っている別の歌を歌い始めた。
「寒いーかーらー出たくーなーいー」
「あーいぶんの雪ーかけるーあーなたーの問いー」
「ちょっとー邪魔して歌わないでよ」
「どうもこうもないっすよみずぽん」
「それこっちの歌じゃん」
グダグダとそんな会話をしていたときだった。
視界に白いものが映る。
小さくてふわりとしていた。
露出していた頬に触れるとそれは確かに冷たい。
「あ」
「雪だー」
- 117 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:20
- 空を仰ぐ。
ゆっくりとふわふわ雪が舞っていた。
同時に後ろから浮ついた声が聞こえる。
振り返ると優樹と遥がはしゃいでいた。
「雪だ雪ー」
「積もれー」
他のメンバーたちも次々に歓声をあげる。
積もって困るのは交通やらなにやらを心配する大人たちだけなのかもしれない。
中学生はまだ子供なのか、後ろで無邪気にはしゃいでいる。
「はーいスタジオ入ってー」
いつの間にか目的地に着いていたらしい。
マネージャーが声を上げ、降り始めた雪を惜しむように屋内に入ることになった。
- 118 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:20
-
◇
「お疲れ様でーす」
「お疲れー」
メンバーやスタッフたちに声を掛け、楽屋を出る。
エレベーターを待っていると衣梨奈がやってきた。
「今日の撮影、案外早く終わったね」
「衣梨奈のコンディション良かったけんかも」
「んーそれはどうかな」
やってきたエレベーターに乗り込みながら聖は続ける。
エレベーターのボタンマニアとしてはここのはイマイチだなと内心で思いながらボタンを押す。
「でも今日の衣装のえりぽん、かわいかったよ。似合ってた」
「やろ?やっぱ衣梨奈の――」
「でも道重さんの方がかわいかったけどね」
「えぇー」
一階に到着したところで「そう言えば雪」と衣梨奈が思い出した。
降り始めたときは外は明るかったが、今ではすっかり暗くなっている時間だ。
- 119 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:20
- 一体どうなっているのだろう。
衣梨奈とワクワクしながら建物を出ると、そこには期待していた通りの白い世界が待っていた。
歩道、植木、車。あらゆるところが白く染まっている。
「積もったんだ」
衣梨奈が嬉しそうに呟く。
目を細めくしゃっと笑う姿を見て、聖はふと疑問に思ったことを口にした。
「そう言えばさ、福岡って雪降るの?」
「え?」
振り返った衣梨奈は、心底不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「いや、だって福岡って九州でしょ?」
「そうやけど…福岡だって雪くらい降るよ」
いくら九州だとはいえ、当たり前に雪は降る。
積雪する日はそう多くはないが、気温も東京の方が少しばかり寒いと感じる程度でそんなには変わらない。
生まれも育ちも東京の聖に、福岡出身の衣梨奈はそう説明してくれた。
「へー雪降るんだー」
聖が呟くと、衣梨奈は「バカにせんでよ」と笑った。
- 120 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:21
- 「バカにしたわけじゃないよ」
「聖は福岡にどんなイメージ持っとったとよ」
「んーなんかもっと暖かいっていうか、雪とは無縁な感じ」
「それもっと南の沖縄とかやろ」
そう言って衣梨奈がまた笑った時だった。
「あっ」
衣梨奈の間抜けな声が響いたのと、背中にボフッと何かが当たる感覚があったのはほぼ同時だった。
続けざまに無防備に晒されていた首元に何かが当たる。
冷たい。
きゃっと声を上げ振り向くとそこにはニヤニヤした顔とケタケタ笑う顔が二つずつあった。
里保と遥、そして香音と優樹だ。
隣を見れば、衣梨奈も同様の被害を被ったらしい。
「なんするとよー!」
衣梨奈が声を張り上げ怒ったところで聖は気づく。
里保の手に握られている白い玉に。
雪玉だ。
そう思ったのも束の間、里保の手から放たれたそれが今度は衣梨奈の顔に当たった。
- 121 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:21
- 雪玉が弾け、衣梨奈の顔が白く染まる。
「ナイスヒットー!」
遥の掠れた声が朗らかに聞こえる。
あまりにも見事な直撃に、聖は笑い出してしまい衣梨奈から「聖まで」と顰蹙を買ってしまった。
「もう怒ったー!」
「いちいち言わなくてもその顔と態度見たらわかるよ」
里保が逃げながら衣梨奈に突っ込む。
それがまた腹立たしいらしく、雪を払いながら衣梨奈は更に怒っている。
「仕返ししちゃーけんねー!」
しかし、そう言う衣梨奈はどこか楽しそうだ。
怒っているのか浮かれているのか。イマイチ彼女はわからない。
衣梨奈がせっせと傍らに止めてあった車に積もっている雪をかき集めている間にも、優樹が容赦なく雪を投げている。
「聖もするー!」
楽しそうな姿に便乗することにし、衣梨奈に倣ってボンネットに積もった雪を集める。
手のひらの熱が一気に奪われ、その冷たさに、あぁ雪だと当たり前のことを実感する。
- 122 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:22
- 「みんな元気だねー」
笑いながら傍観している香音に逃げ回っていた里保が雪玉を渡しながら誘い始めた。
「香音ちゃんはどっちにつく?中1コンビがいるからこっちが有利だよ」
「えぇーあたしもするの?」
「もちろん衣梨奈よね?なには友あれやもんね!」
いつの間にかチーム戦になっていたらしい。
「くどぅーと優樹ちゃんはあっちにいるけどね」
「もう!聖はどっちの味方とよ」
衣梨奈が抗議の声を上げている間にまた里保が雪玉をぶつけ走り出す。
里保の姿は好きな子にちょっかいを出す小学生みたいだと内心で思いつつ、聖は衣梨奈にエールを送る。
そこに春菜と亜佑美がやってきた。
「何やってるんですかー?」
「なんかすごい騒いでるみたいですけど」
遅れてやってきた二人に現在の状況を説明する。
みるみる内に顔がキラキラしていく亜佑美を見て春菜が「負けず嫌いのスイッチ入っちゃったみたいです」と冷静に解説してくれた。
聖があげた雪玉片手に元気良く走り出していく亜佑美の姿はとても同い年とは思えない。
この中で一番背が小さいのもまた幼く見える。
衣梨奈側についたらしい亜佑美は早速遥からの攻撃にやられていた。
- 123 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:23
- 「佐藤さーん!かばーん!」
かわいらしい声が聞こえ振り向くと、さくらが優樹の鞄を手に困った顔をしていた。
「さくらちゃん、どうしたの?」
「佐藤さん、終わったら『雪だー!』って一目散に駆け出しちゃって自分の荷物忘れてったんです」
そう言えば仕事が終わって真っ先に楽屋を飛び出していったのは優樹だった。
後輩が出来ても優樹の無邪気さは変わらないらしい。
「北海道出身だから雪でテンション上がったのかな」
「そういう問題ですかね?」
春菜と聖が話している間にさくらがもう一度声を掛け、ようやく雪まみれの優樹がこちらにやってきた。
「どうしたの小田ちゃん」
「どうしたもこうしたも、鞄忘れてましたよ」
「あぁ、忘れてた!そこ置いといてー」
「雪の上に置いてたら濡れちゃいますよ」
年上の後輩の言葉を右から左へと聞き流し、年下の先輩である優樹がさくらの手を掴んだ。
せっかく持ってきてくれた鞄をポイと下に置き、さくらの親切心は早々に無駄になる。
「ほら、小田ちゃんも早くしないと」
「何をですか」
- 124 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:23
- 戸惑うさくらを無視し、優樹は繋いだ手をそのままに駆け出していく。
強制的に連れて行かれてしまったさくらも始めこそは呆れていたものの、いつの間にか笑いながら雪玉を作っている。
しっかり者っぽく見えるさくらも、本当は甘えたがりではしゃぎたい子なのかもしれない。
みるみるうちに人が増えた雪合戦はさらにヒートアップしていった。
里保を筆頭に特攻隊長の遥が攻め優樹が走り回り掻き乱すAチーム。
衣梨奈が騒ぎ、やる気だけが空回りし戦力になっていない亜佑美とそれを補助するさくらのBチーム。
春菜は永世中立国的な立場なのか審判みたいな立ち位置だった。
とは言っても勝ち負けがあるのかは定かではない。
平和主義の香音と聖は傍らでこっそりと雪だるまを作っている。
寒さを忘れ、はしゃぎ、夢中になっていたらしい。
すぐ近くに人が来ていたことに気づかなかった。
パシャリと音が聞こえ振り向き、ようやく気づく。
「うわー、ほんとみんな若いね」
「それおばさんが言うセリフやん」
そこにいたのは、さゆみとれいなだった。
最後にやってきた先輩二人ははしゃぐ後輩たちを見て楽しそうに笑っている。
写真を撮ることが大好きなさゆみは早速一枚収めたようだった。
他のメンバーたちはそんな風に撮られていることにも気づかず相変わらずはしゃぎまわっている。
- 125 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:24
-
「見て見て。かわいくない?」
香音が自慢げに雪だるまを持ち上げる。
木の枝と小石で作られたその顔は少し間抜けな顔をしていた。
「なんかすーずきさんぽくて香音ちゃんらしいね」
そう言った聖の前をふいに白い玉が横切った。
誰かが投げた雪玉なのだろう。
あれ?でもその先は――と考える前にボフッと衝突する音が聞こえた。
続いてさゆみらしき人物の息を飲む音。
みんなが動きを止めた。
恐る恐る見ると、白い雪の痕がれいなの黒いダウンにしっかりと残っていた。
雪合戦の流れ玉がれいなに当たったのだ。
ヤバイ。
怒られる。
最悪だ。
- 126 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:24
- 誰もがそう思ったときだった。
「ヒヒ」
れいなは笑った。声を出して。
それも何かを我慢しているような怖い笑顔ではなく、楽しそうにだ。
その笑い声は徐々に大きくなっていく。
予想外の表情に後輩たちは呆気にとられる。
「10年経つと変わるもんだね」
さゆみが感慨深げに呟く。
誰よりも安心してたのは恐らくさゆみだろう。
言いながら写真を収める姿に聖は感心する。
「ちょっと、れいなに当てたの誰ー?」
しゃがみこみ雪を掻き集めるれいなは雪合戦に参戦する気満々だった。
その顔からは自然な笑みが零れている。
「たなさたーん、DOどぅーが当てましたー」
「ちがっ!まーちゃんですって!」
ニヤニヤしながら雪玉を持つれいなからワーワー声を上げ年少コンビが逃げ回る。
- 127 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:25
- 「待てこら!」
れいなの一投が再戦の合図だった。
ワーワーキャーキャーと再び騒がしくなる。
チーム戦なってあったもんじゃない。
入り乱れてとにかく雪の投げ合いをしている。無秩序だ。
傍観していたはずの春菜と香音もいつの間にかその中にいた。
「あのー」
「んー?」
「リーダーなんですから、どうにかしなくてもいいんですか?」
こっそりとさゆみの横に来たさくらが不安そうな顔で問いかける。
が、「楽しそうだからいいじゃん」と写真を撮りまくるリーダーに流される。
「小田ちゃんも一緒にやろうよ」
やってきた優樹に腕を掴まれやはり今回も問答無用でさくらも参戦させられる。
「譜久村さんもですよー」
遥がやってきて聖の手に雪玉を乗せた。
新雪で作られた白いその塊は無垢できれいだった。
- 128 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:26
-
顔を上げ、はしゃぐメンバーたちを見つめる。
性格も、年齢も、入った時期も、育った環境もバラバラだ。
考えていることや夢もきっとバラバラだ。
でも、今、一つだ。
小さな雪が寄せ合って出来た雪玉を、聖は両手で強く握る。
雪はいつか溶けてしまう。
みんなもいつかいなくなってしまうかもしれない。
でも、今、ここにいる。
手のひらの熱で早くも雪はゆっくりと溶け始めていた。
時間は戻らない。
- 129 名前:雪に願いを 投稿日:2013/01/28(月) 18:26
-
「道重さん」
「なあに?」
リーダーは目の前の光景を眺め、笑っていた。
優しい目をしているその姿に聖は呟く。
「モーニング娘。っていいですね」
ふわふわと雪が舞っている空を仰ぐ。
見上げ、聖は夜空に向かってそれを投げた。
「当たり前じゃん」
リーダーは笑う。
この雪が、明日に届けばいい。
- 130 名前:宮木 投稿日:2013/01/28(月) 18:27
-
『雪に願いを』 おわり
- 131 名前:宮木 投稿日:2013/01/28(月) 18:27
-
メジャーデビュー15周年おめ
>>112 名無飼育さん
今時さゆみきってとも思いましたが気にしてたらキリないと気づきました。
3作ともいただいてくれてありがとうございました。
>>113 名無飼育さん
生鞘は言わない関係シリーズのつもりです。今年もこんな感じだと思います。
おねだりされるとここ最近のどぅーいし並みにデレデレしちゃいます。のでがんばります。
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/29(火) 02:29
- 今日こんなん読んだら泣けちゃうじゃん
どうもこうもないっすよ宮ティ
どうせならまー鞄持ってきたおださくちゃんにも「どうもこうも…」って言わせたくなる
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/04(月) 21:50
- 何気ない日常の会話(ぽんぽん)の脳内再生率が凄い。
鞘師のツッコミもまさに彼女が言いそうなセリフで思わず微笑んでしまいました。
たなさたんも本当に変わったもんだね???
時間にしたら短いであろうこのシーンだけで、心がじんわり温まりました。宮木さんの小説が好きです。これからも楽しみにしてます。
- 134 名前:宮木 投稿日:2013/02/14(木) 23:38
-
『Bitter Better』
- 135 名前:Bitter Better 投稿日:2013/02/14(木) 23:39
- 2月14日、バレンタイン。
どちらかと言えば想いを伝える日というよりも、チョコを交換する日として盛り上がるこの日。
例年よりも多めにもらったのはリーダーご祝儀なのだろうか。
仕事の合間の待ち時間。
楽屋には生田とさゆみだけ。
「渡そうと思ってたんですけど、チョコ忘れちゃったんですよー」
隣に座るなり生田に言われた。
生田の困っているのかどうかわからない笑顔。
呆れながらも、つい許してしまうのは生田の人柄のせいだろう。
そもそも別に義務なわけではないのだから、許さないわけがない。
「じゃあこれ、さゆみいっぱいもらったから一緒に食べよ」
メンバーだけでなく様々なスタッフからもらったチョコレートたち。
いくらチョコが好きとは言え、大量にあるチョコレートはとても一人で食べきれる量ではない。
「えぇーいいんですかー?」
「とか言いながらもう手に持ってんじゃん」
えへへと笑いながら生田は早速ラッピングを解いている。
- 136 名前:Bitter Better 投稿日:2013/02/14(木) 23:39
- 「なんかこれ高そうじゃないですか?」
「ね。なんか包装からして高級そう」
スタッフからもらったそのチョコは見た感じ少し高そうだ。
現れたチョコも小粒ながらに高級感を出している。
チョコを摘むと、生田は嬉しそうにそれを口へ放り込んだ。
「うわ、苦っ…」
途端にその顔が歪みだす。
どうやらよりによって苦いやつだったらしい。
「よかった、さゆみビターって苦手なんだよね」
「うぅー最悪なんですけど…」
「ありがとー代わりに食べてくれて。やっぱチョコは甘くないとね」
とびっきり甘いチョコを口に入れながら隣を見る。
どんどん生田の眉尻が下がっていく。
吐き出すわけにもいかず口の中で溶かしているが、よっぽど口に合わないのだろう。
顔が歪んでいる生田の表情にさゆみは笑い出してしまう。
「笑わないでくださいよー」
へなへなした声でさゆみに言う生田があまりにも情けなく、面白い。
そしてつい悪戯をしたくなってしまった。
- 137 名前:Bitter Better 投稿日:2013/02/14(木) 23:39
- 「そう言えば」と切り出し生田を見つめる。
「苦いチョコを食べたときの対処法っていうのかな。甘くする方法ならさゆみ知ってるよ」
上がってしまいそうになる口角を抑えさゆみは話し出す。
「え、何ですかそれ。教えてください」
ぱっと明るくなった単純な生田。
「それはね」と言ってさゆみは近づいた。
「え?」
きょとんとしている顔。
その目を見つめたままさゆみはさらに顔を近づける。
「―――キスするの」
口元で囁く。
今にも触れてしまいそうな距離。
至近距離で見つめ合った瞳。
チョコレートの甘い匂い。
動かなくなった生田。
妙な沈黙が二人を包む。
- 138 名前:Bitter Better 投稿日:2013/02/14(木) 23:40
-
だが、それも一瞬。
「とか言って。冗談だよ」
そう言ってさゆみはパッと離れた。
きょとんとしたままの生田の表情に、堪えきれずまたしてもさゆみは笑い出してしまう。
もう少しからかってもよかったけれど、それが出来なかったのは予想外にドキドキしている自分に戸惑ったからだ。
「ほんと生田って単純だねー」
おかげでついつい意地悪をしたくなってしまう。
ひとしきり笑ったあと、さゆみはある異変に気づいた。
「……生田?」
さっきから生田が全くの無反応だ。
俯いて何も言わない。
悪戯に腹を立てたのだろうか。
さすがにちょっとたちが悪かったのかもしれない。
- 139 名前:Bitter Better 投稿日:2013/02/14(木) 23:41
- 「ごめんごめん」
「………」
「生田ー?」
「―――…」
「え?」
ぼそりと何かを言った生田の声が聞き取れず、さゆみは顔を寄せ聞き返す。
生田は顔を上げ、見つめ、そしてにこりと笑った。
「道重さん、これあげます」
そう言って生田が差し出したのは先程生田が食べた、苦いと言っていたチョコだ。
「衣梨奈からのバレンタインってことで」
「え?これ苦いやつでしょ?さゆみいらないよ」
チョコは甘くないと。
さっきそう言ったばかりだ。
「衣梨奈、そのチョコを甘くする方法知ってますよ」
にやりと生田は不敵に笑う。
- 140 名前:Bitter Better 投稿日:2013/02/14(木) 23:41
- 「は?何言ってんの?」
「とある人についさっき教えてもらったんですけど」
「いや、さっきの冗談だって言ったじゃん」
笑い飛ばしながらも自身の顔が引きつっていることは自覚していた。
「でも道重さん、やったわけじゃないんですよね?」
「え…」
「やってみないとわからないことってたくさんあると思うんです」
生田がチョコの包み紙を開けていく。
丁寧に剥がされていく銀色の包み紙。
「衣梨奈と一緒にチョコ食べましょうよ」
生田の手元を見つめる。
包み紙が剥がされ現れた茶色いチョコレート。
苦いはずのそれが美味しそうに見えたのは何故だろう。
- 141 名前:Bitter Better 投稿日:2013/02/14(木) 23:42
- さゆみはそのチョコから目が離せない。
生田の顔を見れなかったからだ。
彼女が一体どういう顔をしてさゆみを見ているのか、それが怖かったからだ。
怖かったのは、その顔を見たら戻れなくなりそうだったからだ。
「きっと美味しいと思いますよ」
チョコがゆっくりとさゆみの口元に近づいてくる。
喉がごくりと動く。
きっと逃げられないんだろう。
そして、逃げる気なんてないんだろう。
チョコレート越しに微笑む生田が見えた。
あぁ、たぶん。
さゆみはこのチョコがきっと嫌いじゃない。
そして、きっと好きになる。
さゆみは口を開けると、ゆっくりと目を閉じた。
- 142 名前:宮木 投稿日:2013/02/14(木) 23:42
-
『Bitter Better』 おわり
- 143 名前:宮木 投稿日:2013/02/14(木) 23:44
-
バレンタインってことで新しいカプを。
>>132 名無飼育さん
15周年とか1位とか重なってめでたい日でした。
宮ティはさすがに照れますがありがとうございます。
いつか小田ちゃんにもこの曲を真似てもらいたい。
>>133 名無飼育さん
そう言っていただけて光栄です。
頭の中でメンバーたちが会話してます。楽しいです。
短いですが温まってくれてどうも。更新できてよかった。
みなさんのレスが好きです。ありがとうございます。
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/15(金) 01:22
- ドツボなコンビがついに…!
「え?」とか「は?」の瞬間の表情想像するだけでポッポします
次作も読みたくなってしまった「言わない関係」ヲタとしての罪悪感
- 145 名前:宮木 投稿日:2013/02/18(月) 02:23
-
『きみみみみとん』
- 146 名前:きみみみみとん 投稿日:2013/02/18(月) 02:24
- 撮影の合間の一コマだった。
雑誌グラビアの撮影はロケ。
冬空の下、10期メンバーは寒さに耐えながら撮影を行っていた。
冬ということで衣装もモコモコとした可愛らしい服。
メンバーごとに小物であるマフラーや手袋も違い、休憩中はそのことで盛り上がっていた。
途中、春菜と優樹がスタッフに呼ばれ輪を離れたときのことである。
遥は自分の手にはめられたオレンジ色の手袋をえらく気に入っていた。
親指だけが分かれている二股の手袋、いわゆるミトンと呼ばれるものだ。
「みてみて、これチョキできないんだけど」
モゴモゴと動く自身の手の動きを見て遥がケタケタと笑っている。
そんな子供っぽい言動に亜佑美はつい笑ってしまう。
「そりゃそうでしょー」
「いや、でもなんか面白いじゃん。ほら見てよ」
「見てるから」
遥は大人っぽくて、変にガキっぽい。
子供っぽい遥の姿は亜佑美を安心させる。
- 147 名前:きみみみみとん 投稿日:2013/02/18(月) 02:24
- 「ジャンケンしたらグーかパーしか出せねー」
「よしなら、ジャンケンしよっか。負けたらおごりね」
「絶対やだ」
「ケチー」
「あゆみんに言われたくないんだけど」
亜佑美の提案を遥が断り、亜佑美が文句を言う。
ぶーぶーといじけてみせる亜佑美を遥が笑う。
「こういう手袋ってさー普段使ってたらちょっと不便だけどたまにはいいよね」
遥がそう言ったときだった。
冷たい北風が二人の間を通り抜けた。
「さむっ」
あまりの冷たさに堪えきれず亜佑美が声を漏らす。
首に巻いていたマフラーを口元まで上げ寒さを凌ごうとする。
が、髪の毛を結んでいるために晒された耳だけはどうにも無防備でそこだけ冷たい。
遥はニット帽を耳まですっぽりと被っているため温かそうだ。
「そのニットずるーい」
「へへへ、いいだろー」
「耳、痛いくらいなんだけど」
- 148 名前:きみみみみとん 投稿日:2013/02/18(月) 02:25
- 亜佑美が自身の体を抱きながら不満を零すと、「じゃあさ」と遥はひとつの提案をした。
「こうすればいいじゃん」
言いながら遥が亜佑美に一歩近づく。
おもむろに手を伸ばし、両手を亜佑美の両耳に当てた。
モコモコとした手袋が亜佑美の耳を優しく包む。
「どう?あったかいでしょ?」
遥がニヒヒと無邪気に笑い、問いかける。
冷たい風を遮断されただけでも充分だったが、遥の手のひらの熱が毛糸を通して伝わるようで温かく、心地よい。
礼を言おうと亜佑美は遥を見つめ返す。
が、そこで亜佑美は黙り込んでしまった。
目を逸らすように亜佑美は俯く。
「あゆみん?」
不思議に思った遥が亜佑美の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「…あ、あのさーくどぅー?」
「何?」
亜佑美がもじもじする。
遥がきょとんとする。
「………顔、近くない?」
ぼそりと言い亜佑美は顔を上げた。
その顔は赤く、熱をもっている。
さっきまで寒い寒いと言っていたのにだ。
- 149 名前:きみみみみとん 投稿日:2013/02/18(月) 02:25
- 言われた遥は改めて今の状況を確認する。
目の前に亜佑美がいて、自分はその顔を両手で包み込むようなポーズだ。
最近遥の身長がぐんと伸びしっかりと身長差が出来ているため、亜佑美が遥を見るその目は上目遣いだ。
そして自分はその顔を覗き込むようにしていて、向き合った二人の顔の距離は普段よりも近い。
ドラマや漫画なんかでよく見るシーンを思い出す。
このあと主人公たちは目を瞑り、そして顔を近づけて―――
「あっ、ご、ごめん!」
慌てて手を離し遥は一歩下がった。
その顔は亜佑美と同様赤い。
体の熱が一気に上がる。
不自然なほどにあいてしまった距離。
二人の間に沈黙が訪れる。
気恥ずかしい。
気まずい。
何ともいえない空気が二人を包む。
- 150 名前:きみみみみとん 投稿日:2013/02/18(月) 02:26
- しばらくして切り出したのは亜佑美だった。
「…なんかさっきの態度、あからさま過ぎて傷つくんですけどー」
遥の態度はまるで拒絶するような反応だったと亜佑美は少し不服そうに訴える。
でもそれはただの照れ隠しだ。
「え、別に…。ていうか、あゆみんが変なこと言うからいけないんだよ!」
そんなこと言われてもどうしたらいいのかわからない遥は反論する。
でもそれもただの照れ隠しだ。
「だ、だいたい顔が近いって言っても、いっつも写真撮るときは近いじゃんか」
「で、でもそれは横でしょ?こんな真正面から見つめ合うこととかないし」
お互いにどもり合いつつ言い争いが始まってしまう。
それがきっかけで二人の間に漂っていた空気が変わってしまう。
「そもそもあゆみんが寒がるからいけない」
「寒いのは寒いんだからしょうがないじゃん」
「仙台出身なんだから我慢しろよー」
「わけわかんないし」
さっきまでの甘酸っぱい空間はもうない。
晒されていた亜佑美の耳は真っ赤で、それは手袋のおかげなのか、はたまた遥の態度のせいなのか。
「はるなん、何ニヤニヤしてるの?」
「まーちゃんも大人になったらわかるよ」
言い合っている遥と亜佑美にはそんな春菜と優樹のやり取りは聞こえなかった。
- 151 名前:宮木 投稿日:2013/02/18(月) 02:26
-
『きみみみみとん』 おわり
- 152 名前:宮木 投稿日:2013/02/18(月) 02:27
-
ブログでのどぅーいしネタが多すぎてHelp me!!状態。
>>144 名無飼育さん
近頃話題の生さゆってないなと思い手を出してしまいました。
生鞘ヲタなのに増えたらいいなってこっそり思ってしまいます。。。
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/19(火) 02:44
- どぅーいしキタ━━━川c ’∀´)o´ 。`ル━━━!!!!
みとんで急接近きゃわきゃわ萌た(*´д`*)
最近当人達はますますべったりですが、
やっぱりツンデレベースの方がニヤニヤしてしまいます。
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/20(水) 21:43
- はるなんの立ち位置が好きですw
- 155 名前:宮木 投稿日:2013/04/30(火) 05:06
-
『サカサマジック』
- 156 名前:サカサマジック 投稿日:2013/04/30(火) 05:06
- 数日後に差し迫った期末テスト。
勉強が苦手というわけでもないが、かといって得意というわけでもない里保にはテスト勉強は必須だ。
そんな切羽詰っている里保とは対照的に今回のテストが進路に影響ない衣梨奈はのんびりとしたものである。
さっきから開いたノートに落書きばかりをしている衣梨奈。
向かいに座っているのんきな幼なじみを里保は恨めしげに見る。
「勉強しなよ」
「だって衣梨奈、どんな点数取っても関係ないもん」
既に推薦で進路の決まった中学三年生の余裕。
笑って言い切る衣梨奈は、一生懸命勉強している里保にとって邪魔でしかない。
「じゃあとっとと家に帰ればいいじゃん」
何も里保の家にやってきてまで一緒に勉強しなくてもいいじゃないか。
見る限り、衣梨奈は勉強を放棄しているのだし。
「やだ。暇やもん。それに外寒いし」
二月末の夕暮れ時は確かにまだまだ寒い。
里保の提案を即座に断り、唇を尖らせた衣梨奈は「それにさ」と続けた。
「里保といたいし」
さらりと言ってのけたその言葉を里保は「…あ、そ」と軽く受け流す。
衣梨奈の言葉を真に受けることを、一体いつから放棄してるのだろう。
- 157 名前:サカサマジック 投稿日:2013/04/30(火) 05:07
- 衣梨奈に構っていたら勉強が捗らない。
里保は気を取り直してテスト勉強を再開する。
まとめていたノートに自分用の問題を作っていく。
すらすらと問題集を書き写し、答えの部分を赤マジックで書く。
こうすると赤い下敷きで文字が消える仕組みだ。
「こういうのってさーどうして消えると?」
里保のノートを覗き込んだ衣梨奈がふと疑問を口にした。
赤ペンが何故下敷きを翳すだけで消えてしまうのか。
「なんか、こう…いろいろあるんだよ」
すらすらと原理を答えられるほど里保もそう頭がいいわけではない。
「よくわかんないけど、光の加減とかじゃないの」
「これってさ、手に書いても消えるのかな」
いつもの通り、衣梨奈は里保の答えを気にしない。
衣梨奈は思ったことはすぐに口にするタイプだ。
「やってみよっか」
そしてすぐに行動するタイプだ。
衣梨奈が笑う。
中学三年生とは思えない無邪気さだった。
- 158 名前:サカサマジック 投稿日:2013/04/30(火) 05:08
- 「果たして赤ペンは、手に書いた文字も消えるのか!」
テレビのナレーターみたいに衣梨奈が仰々しく言う。
どうなるんだろう。
里保まで疑問を抱いてしまったのがいけなかったようだ。
「じゃ、手貸して」
衣梨奈は里保の手から赤ペンを奪うと同時に、反対の手で里保の手を掴んだ。
くいっと引っ張られ、強引に開かれる里保の左手。
「え?ちょ、ちょっと!」
戸惑い、抗議の声を上げる里保を無視し、衣梨奈は里保の手のひらにそのペン先を置いた。
赤いインクが里保の白い手に滲む。
「ちょ!何してんの!」
「書いてる」
当たり前のことを衣梨奈は言う。
力のある衣梨奈に抵抗は出来ない。
里保の小さな手のひらの上で、赤ペンがすらすらと動いていく。
されるがままだった。
「…くすぐったいんだけど」
「がまん、がまん」
衣梨奈の勝手すぎる行動に里保は憤慨する。
が、なんだかんだで受け入れてしまう自分が情けない。
- 159 名前:サカサマジック 投稿日:2013/04/30(火) 05:08
- 「でーきた」
書き終えた衣梨奈が満足げに笑う。
「なんでうちの手に書くの…」
不満を口にしながら里保は解放された手を見た。
そこに記された文字を見て里保は驚く。
思わず口がぽかんと開いてしまった。
『衣梨奈』
赤い文字でしっかりとそう書かれていた。
堂々としたその文字。
手のひらいっぱいに書かれた彼女の名。
何故、里保の手に、衣梨奈の名前を。
「…なんでえりぽんの名前書くのさ」
呆れ脱力する里保に衣梨奈はやはり笑顔で言い切った。
「自分の持ち物には名前を書きましょうって習わんかった?」
衣梨奈は悪戯っ子のような笑顔をまっすぐ里保に向ける。
「……えりぽんのじゃないし」
里保は項垂れながらそう言うのが精一杯だった。
- 160 名前:サカサマジック 投稿日:2013/04/30(火) 05:09
- 「えぇー」
衣梨奈が不服そうな声を上げるが、その顔はまたもや笑顔だ。
彼女は感情と言葉と表情があべこべで一致していないと思う。
「てか名前逆さまになってるし」
「え?あ、ほんとだ」
向かいにいる衣梨奈が書いた字は里保からしたら上下が反対だ。
そんな当たり前のことを、衣梨奈はどうやら今気づいたらしい。
逆さまで不恰好に書かれた彼女の名前。
勝手に書かれ、里保は怒って当然だったはずだ。
なのに思わず里保はくすりと笑ってしまったのである。
まるで、魔法にでも掛けられたかのようにその文字がいとおしく見えたのだ。
胸の奥がくすぐったく感じる、そんな魔法を。
笑っている里保を見た衣梨奈も嬉しそうに微笑んだ。
「まーそんなとこも衣梨奈らしいやろ?」
「意味わかんないんだけど」
彼女はどこまで行ってもポジティブだ。
わけがわからないほどに。
そしてそれが里保には羨ましい。
- 161 名前:サカサマジック 投稿日:2013/04/30(火) 05:10
- 「里保もさ、衣梨奈の手に書いていいけんさ」
「書かないよ」
「照れ屋やね」
「そういう問題じゃないから」
言いながら里保はこっそりとその文字をなぞる。
どうやらこの魔法はすぐには消えないようだった。
こうして、里保のテスト勉強は衣梨奈に邪魔をされ散々な結果になってしまったのであった。
ちなみに、赤ペンは手のひらでも下敷きを翳すと消えることが判明したが、油性マジックというのはなかなか消えないということ。
そして翌日香音にこの文字が見つかりからかわれてしまったことも付け加えておこう。
- 162 名前:宮木 投稿日:2013/04/30(火) 05:10
-
『サカサマジック』 おわり
- 163 名前:宮木 投稿日:2013/04/30(火) 05:12
-
今頃2月頃の言わない関係で申し訳。。。
>>153 名無飼育さん
さらにべったりが加速しすぎてて戸惑い萌える日々です。
トムジェリやツンデレは一体どこへやら…!
>>154 名無飼育さん
飯窪氏にはこっそりにやにや見守ってて欲しいしそんな立場が似合うと勝手に思ってます。
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/05/02(木) 02:59
- ゆっくり進んでるのかな?言わない関係の二人。
いつも楽しみにしてます。
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/05/05(日) 02:41
- 「ちちんぷいぷい」より強力な魔法キタコレ
実際の二人は一つの歳の差により大人組と子供組に分かれている今年度ですが
現実も小説もこの歳の差によるむず痒さがまた生鞘の味のひとつですかね
- 166 名前:宮木 投稿日:2013/08/11(日) 19:56
-
『Provocative』
- 167 名前:Provocative 投稿日:2013/08/11(日) 19:57
-
「鞘師さんって、嫉妬深いですよね」
さくらにそう言われたのは事務所の楽屋で書き物をしていたときだった。
唐突のその言葉に、里保は思わず聞き返す。
「え?なんて言ったの?」
「だから、鞘師さんって嫉妬深いですよねって」
同じことを繰り返される。
どうやら先ほどの言葉は里保の聞き間違いではないらしい。
里保はまじまじとさくらを見つめる。
さくらはにこりと笑って、里保を見ていた。
雑誌取材の合間の平和な時間。
楽屋には同じく空き時間だった中3トリオ。
和気藹々と会話していた中での冒頭のさくらの発言だった。
何を根拠にこんなことを言うのだろう。
しかも「深そう」というイメージでなく「嫉妬深い」と断言している。
その言い様にさすがに里保は少しむっときた。
隣に座っていた香音は何やらニヤニヤしている。
里保はそれも気に食わない。
- 168 名前:Provocative 投稿日:2013/08/11(日) 19:57
- 「いきなり何?どうしたの?」
あくまでも冗談話であるという雰囲気を崩さないように里保は笑いながら聞く。
同い年ではあるが先輩であるし、余裕を持っているように見せたかった。
だがその顔は少し引きつっていたかもしれない。
「さっき楽屋にみんないたじゃないですか。
で、譜久村さんと生田さんが話してて。そのときに思ったんですよ」
さくらは表情を変えずに続けた。
衣梨奈の名前を出したところで、さくらの表情が少し変化したことに気づく。
「あ、鞘師さん見てるなって」
確かに先ほど聖と衣梨奈が仲良く話している姿を目の端で追っていたのは事実だ。
だがそれは二人が話している内容が面白そうだったからで、別にそこに何か特別な感情があったわけではない。断じてない。
しかし、まさか見られていたとは。
よりによって後輩であるさくらに。
自身の不注意を反省しながら目の前にいるさくらを見る。
里保の視線に臆することなく、さくらは楽しそうに言った。
「あぁー鞘師さん、嫉妬してるのかなって」
さくらは笑顔だった。
笑顔で、可愛らしい声で、さくらは言った。
さくらの真意がわからず、里保は黙り込む。
彼女は一体何を考えているのだろう。
- 169 名前:Provocative 投稿日:2013/08/11(日) 19:58
- 去年の秋ツアーの時だった。
さくらがまだ正式に合流する前、リハ終わりの会場の廊下でメンバーたちと血液型の話になった時も「AB型って空気読めないんですよね」とさくらに言われたことがある。
さらりと言ったさくらのその言葉は、その場を盛り上げることにはなったが、里保は内心傷ついていた。
どうも彼女は分析するくせがあるらしい。
そして、彼女はそれを事も無げに言う。
恐らく他意、悪意はないのかもしれない。
…と、そう思っているが、やはり本心はわからない。
「何を根拠にそんな考えになるのかわかんないんだけど」
「んーでもなんかわかるかも。里保ちゃんって負けず嫌いだし」
それまで二人のやり取りを見ていた香音が話に加わる。
しかもあろうことかさくらに同調しているではないか。
里保は隣に座っている香音を睨む。
「負けず嫌いは認めるけど、だからってどうしてそんなことになるの」
「視線に込められた想いとか、むすっとした口元とか」
「…気のせいだと思うよ」
言い返した里保の声は自分が思っている以上にぶっきらぼうになっていたかもしれない。
- 170 名前:Provocative 投稿日:2013/08/11(日) 19:58
- 自分自身で嫉妬深いと感じたことはない。
ましてや何故聖と衣梨奈相手への態度でそんなことを言われなくてはならないのだ。
一体誰に嫉妬しているというのだ。
里保は憤慨する。
「だって里保ちゃん、ビジネスぽんぽんとか言ってるじゃん」
香音が思い出したかのように笑う。
「あ、あれは…」
里保は思わず口ごもる。
聖と衣梨奈はPONPONコンビとしてたびたび活動している。
今まで何度か揶揄したそのビジネスという言葉は単に響きを気に入っているだけだ。
決して二人の仲睦まじい姿に妬んでいたとか、そういうわけではない。ないはずだ。
そう弁明しようとしたところで「鈴木ーちょっと来てー」と扉の向こうからスタッフの声が聞こえた。
「はーい」
香音が返事をしながら立ち上がる。
まだ話の途中であるとか、この空気のままさくらと二人きりになるのかという里保の小さな焦りは届かない。
香音が出て行き、扉が閉まる。
楽屋にはさくらと里保の二人きりになってしまった。
- 171 名前:Provocative 投稿日:2013/08/11(日) 19:59
- 妙な沈黙が二人を包む。
このまま先程までの会話の続きをするのは躊躇われた。
嫌な思いがぐるぐるめぐるのはご免だ。
里保は気を取り直し、書き物の続きをしようとペンを取る。
提出期限は明日までで、変なことに構っている暇はないのだ。
しかし、自分のペースに戻ろうとした里保を、さくらはまた引き止めた。
「私はいいんです、一方通行でも」
一人語りのようにさくらは話し出した。
静かなその物言いは、里保に警戒心を与える。
「想いを伝えて、断られても。傍に居れれば別に」
顔を上げ、再びさくらを見つめる。
さくらは口元をにやりと上げ笑っていた。
「でも鞘師さんはそれでいいんですか?」
何かを試しているようなその口調は、苛立っている神経を逆撫でされてるようで気持ちよくはない。
- 172 名前:Provocative 投稿日:2013/08/11(日) 19:59
- 「なんのこと…?」
何が言いたいのだ。
イライラするのは彼女の断定口調のせいだろうか。
それとも、それらが遠からず当たっているからなのだろうか。
「私が言わなくてもわかってますよね?鞘師さんなら」
挑発的なその言葉はやはり里保を苛立たせる。
わかってしまう自分が悔しい。
モヤモヤしてしまうのはさくらのせいなのだろうか。
それとも―――
「わからないと言うのなら、教えてあげますよ」
さくらは依然、笑顔だ。
不敵という言葉が思い浮かび、こんな感じなのだろうと、どこか冷静に思っている自分がいた。
でもそれは次に続けられる言葉から逃げるためだったのかもしれない。
思考を逸らそうという。突きつけられる現実からの逃避。
「―――生田さんですよ」
なんで衣梨奈が出てくるのだという疑問と、やっぱりかと納得してしている矛盾した思いがあった。
- 173 名前:Provocative 投稿日:2013/08/11(日) 20:00
- 「だから、なんでうちがえりぽんのことで…」
辟易としていた。
どうしてこうもやいやい言われなくてはならないのだろう。
そして、かわせばいいだけのその言葉をどうして自分はかわしきれないのだろう。
なんでこんなに悩まないといけないのだ。
「生田さんは渡しませんよ」
「別にえりぽんは小田ちゃんの物じゃないでしょ」
「でも鞘師さんの物でもありませんよね」
言葉に詰まる。
さくらは笑っている。
「鞘師さんには負けませんよ」
さくらの宣戦布告。
それが冗談ではないということは、今までのさくらの言動を見れば明らかだった。
負けるものかと思ってしまったのは、単に負けず嫌いの火がついたからなのか、衣梨奈を渡してなるものかと思ったからなのか。
こんな状況になってしまった今でもまだわからなかった。
里保とさくらの静かな火花は、メンバーが入ってきたことにより一時休戦となった。
- 174 名前:Provocative 投稿日:2013/08/11(日) 20:00
-
◇
ようやく終わった仕事の打ち合わせ。
解放されたことに安堵の息を吐きながら、帰り支度をするメンバーたち。
「生田さん、一緒に帰りましょ」
鞄に荷物を詰めていた里保の耳に届いたさくらの声。
横目でちらりとそちらを向くとさくらが衣梨奈に抱きついていた。
衣梨奈は笑いながらそれを受け止めている。
モヤモヤする胸の中。
先程さくらに言われた言葉を思い出す。
―――鞘師さんって嫉妬深いですよね
モヤモヤからムカムカへ。
苛立っている自分に里保は戸惑う。
どうやらさくらの言葉を認めないといけないようだ。
- 175 名前:Provocative 投稿日:2013/08/11(日) 20:01
- 里保の視線に気づいたのか、さくらがこちらを向いた。
にやりと上がるさくらの口元。
挑発的なさくらの視線。
ぶつかる二人の視線。
逸らしたら負けのような気がして、里保はさくらを見つめる。
「里保ちゃん、顔怖いよ」
隣にいた香音に突っ込まれる。
どうも「見つめる」というより「睨む」という表現が嵌るようだったらしい。
後輩相手に何やってんだと自己突っ込みを入れつつ視線を逸らす。
逸らしたはずなのに、さくらの笑顔が浮かんでくるようでまた腹立たしい。
行き場をなくした里保の視線は手元の鞄へと注がれる。
ぐちゃぐちゃと整頓されていない鞄の中は、まるで今の里保の心の中のようだった。
「じゃあ帰ろっか」
頭を下げた里保の耳に衣梨奈の優しい声が聞こえる。
「はい」と答えるさくらの嬉しそうな声が聞こえる。
- 176 名前:Provocative 投稿日:2013/08/11(日) 20:01
- 目を瞑り、モヤモヤとした感情を抑えるように溜息を吐いたときだった。
「里保」
誰かが里保の名前を呼んだ。
だが考えなくとも里保のことを呼び捨てにするのは一人だけだ。
しかし何故。
幻聴かと思い、反応が遅れる。
もう一度「里保」と聞こえパッと顔を上げると、衣梨奈がきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「何しよーとー?帰るよ」
いつの間にか目の前にいた衣梨奈が「ほら」と手を差し出している。
里保は一瞬呆気に取られる。
「それとも何?帰らんと?」
衣梨奈がニヤニヤとしている。
里保は思わずムッとする。
ムカつく。
ムカつくムカつく。
でもさっきとは違う、どこか心地よい苛立ちだった。
- 177 名前:Provocative 投稿日:2013/08/11(日) 20:02
- 「か、帰るよ!」
衣梨奈の手を受け取らず、立ち上がる。
その隣へと歩きながら里保は反対側にいたさくらを見る。
さくらの顔は寂しげにもムッとしているようにも見えた。
「ほら、さくらちゃんも」
そんなさくらの表情に気づいていないのか、はたまた気にしていないのか。
衣梨奈がさくらの手を引く。
突然繋がれた衣梨奈との手を見てさくらが笑う。
それは里保に向けられたあの不敵な笑みではなく、純粋なかわいらしい笑顔だった。
さくらは素直だ。
自分の気持ちを素直に相手に伝えて。
それが里保には羨ましい。
だからたぶん、むかついてしまうのだ。
素直すぎるさくらと反対に、天邪鬼で不器用な自分に。
- 178 名前:Provocative 投稿日:2013/08/11(日) 20:03
- そして衣梨奈はズルい。
わかっているのかいないのか、飄々とすべてを受け入れる。
でも、そんなところが衣梨奈らしくて―――
思わず浮かんできたその言葉の続きに里保は驚く。
何を思っていたんだ、自分は。
途端に恥ずかしくなる。
そんな里保の思考に気づいたのかさくらがこちらを見て薄っすらと微笑んでいた。
どうやら里保とさくらの闘いはまだしばらく続きそうである。
でもまずは、
「帰ろ、えりぽん」
「なん、里保から手繋いでくるの珍しいやん」
「小田ちゃんの真似しただけー」
「鞘師さんずるいですよ」
さくらを見習って素直になるところから始めてみよう。
- 179 名前:宮木 投稿日:2013/08/11(日) 20:04
-
『Provocative』 おわり
- 180 名前:宮木 投稿日:2013/08/11(日) 20:05
-
生田さんのモテモテっぷり
>>164 名無飼育さん
ゆっくりじっくり進んでいる二人をゆっくりまったり見守っていただければ幸いです。
>>165 名無飼育さん
この年代の年の差一つって大きいんですよね。
そういうむず痒さを楽しんでいきたいと思います。
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/08/12(月) 21:28
- 「心地よい苛立ち」っていいですね
ズル生田が憎いです
大好きです
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/08/22(木) 01:13
- らっきょちゃんは魔性な感じが似合いますね
- 183 名前:宮木 投稿日:2013/11/10(日) 23:24
-
『鈍行アクセプト』
- 184 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:24
-
渡されたノートの山を抱えて聖は放課後の廊下を一人寂しく歩いていた。
「あぁーもう。さっさと帰るんだった…」
ホームルームが終わり、さあ帰ろうとのんびり準備をしていたのが悪かった。
引き戻してきた担任に見つかった聖はちょっとついて来いと呼ばれ職員室へ。
何事かと思えば、配り忘れたノートを忘れない内に教卓に持っていってくれという。
そんなの明日の朝でもいいじゃないかと思ったが、担任に頼まれて断るわけにもいかない。
教師をあだ名で呼んだり、馴れ馴れしく話したりするような子もいるが、聖はそういうタイプではなかった。
机の上に置いておくだけでいいからということで、特別急ぐわけでもない。
静かな廊下をのんびりと歩いていた。
穏やかな夕日が差し込む。
今日の晩ご飯なんだろうとぼんやりと考えていたときだった。
「ねーねーそこのノート持っとー人ー」
廊下に響く妙な訛りのその言葉。
聖の周りに人はいない。ましてやノートを持っている人なんて。
ということはつまり。
考えるまでもなく自分に掛けられたのだろう。
背後から聞こえたその声に振り返ると、鞄を手に持った女の子が立っていた。
- 185 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:25
- その顔に、見覚えはない。
ちらりと上履きを確認すると、色は緑。どうやら後輩らしい。
ますます心当たりはない。
とりあえず聞いてみる。
「…なにか用ですか?」
「あのさー、職員室ってどこあると?」
その言葉もほんの少し、妙なイントネーションだった。
先ほども思ったが、やはりどこか地方の出身なのだろう。
先輩である聖に馴れ馴れしくタメ口で聞いてくることに違和感を覚えなかったわけではないが、そういう上下関係とかなんとか聖は細かいことは気にしないタイプだ。
訝しげな表情を解き、聖はその問いに答えた。
「そこの階段で一階に下りて、左側の廊下を行けばそこが職員室だよ」
いくら一年と言えど、入学式からはそれなりに時は経っている。
職員室ぐらいわかるだろうに。
もしかして相当な方向音痴なのだろうか。
だがいちいちそんなこと聞かない。
余計なことに首を突っ込みたくは無い。
「なんだ、近いやん」
安心したように笑ってその後輩はくるりと方向転換。
聖が指差した方へとすたすたと歩き出した。
…と思いきや唐突にその子が立ち止まる。
「あっ、ねえねえ」
ぱっとこちらを向きなおしたその子。
聞き忘れたことでもあるのか。
はたまた聖の態度が気に食わなかったのだろうか。
知らず内に身構える。
- 186 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:25
- 「…なに?」
戸惑う聖に、その子は笑顔だった。
「ありがと」
爽やかにそう言ってパタパタと駆けていき、今度こそその姿は階段を下りていった。
呆気に取られた聖だったが、見えなくなったところでこちらも方向転換。
気を取り直し教室へと向かう。
…なんだか、変な人だったなあ。
肩を竦めて、聖は再び歩き出した。
でも、まあもう関わることなんてないだろう。
部活もやってないから後輩たちとはあまり関わる機会がないし。
―――そう思っていたのに。
「よっ、また会ったね」
翌日。
聖が学校へ行くと、昇降口に彼女がいた。
昨日のあの迷子の後輩が。
妙に親しげに笑顔を向けてくるその子に聖は戸惑う。
- 187 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:26
- 「…あ、おはよう」
聖は基本的に人見知りである。
見ず知らずの人――と言っても昨日会ったは会ったが――と会話を弾ませれるほど、器用ではない。
だから、失礼にならない程度の軽い挨拶をして通りすぎようとしたのだけど。
「ちょ、待ってって」
「…なに?」
それなのに、彼女は離してくれない。
すれ違い、教室へと向かおうとした聖の腕を掴まえて。
「あのさー衣梨奈ね、聖のこと気に入ったっちゃん」
そう言って、彼女が笑った。
昨日見た、あの爽やかな笑顔で。
「………は?」
「あー衣梨奈ね、衣梨奈って言うっちゃけど」
いや、そこじゃない。
気になったのはそこじゃない。
「今、なんて…?」
訝しげに見つめる聖にもう一度。
「うん、だけんね。衣梨奈、聖のこと気に入ったっちゃん」
今度もまた、笑顔で彼女――衣梨奈が言い切った。
- 188 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:26
-
なんで自分のことを知ってるのだろう、とか。
なんでいきなり呼び捨てなのだろう、とか。
なんで気に入られてしまったのだろう、とか。
思うことは多々あった。
でも、直感で聖はわかってしまった。
たぶん、この人から逃げられないだろうなってことを。
こうして、聖の奮闘――衣梨奈に付きまとわれる日々が始まったのである。
- 189 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:27
-
◇
「聖ーいっしょに遊ぼー」
「いやだ」
「ねーねー聖ってばー」
「………」
昼休み。ガヤガヤとした喧騒に包まれる教室。
その中で廊下からしきりに聖の名を呼ぶ声。
そしてそれを無視して亜佑美の隣で読書に勤しむ聖の姿があった。
声の主は見なくてもわかる。
――衣梨奈だ。
わかっていて、聖は無視をしている。
「一緒に遊ぼうよー」
「今本読んでるもん」
「そんなんあとでもいいやんかー」
「今読みたいから読んでるの」
「けちー」
むすっとした表情で廊下から聖に話しかける衣梨奈。
聖の席は廊下側にあるため、窓から身を乗り出す衣梨奈にちょっかいを出されては鬱陶しいったらありゃしない。
彼女が教室に入らないのには理由がある。
出会って二日目、昼休みにズカズカと聖の教室に入ってきた衣梨奈は自由気ままに振舞っているところを教師に見つかってこっぴどく怒られた過去があるのだ。
基本的に他の学年の生徒が教室に入ることはトラブルの原因になるため許されてない。
それを後輩であるのに堂々と破った衣梨奈。
怒られて当然である。
それ以来、衣梨奈は他の生徒がいる間の入室はしていない。
- 190 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:27
- そして今日も。
いくら話しかけてもつれない聖。
懲りることなく話しかけていた衣梨奈だったが、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴りあえなく今日もタイムアップ。
「今日は帰るけど、また明日も来るけんね」
「いつ来ても一緒だって」
相変わらず聖は冷たい。
そして衣梨奈はめげない。
聖が横目でちらりと廊下を見ると、パタパタと衣梨奈が帰っていくところだった。
その様子を見て今まで黙っていた隣の席の亜佑美が聖に話しかけた。
「いいの?」
「……いいの」
ほんの少し罪悪感というか良心の呵責というか。
無視という行為にそういう感情を抱かないこともなかったが、そもそも付き合う義理なんてこれっぽちもない。
聖は気を取り直して本を鞄の中に戻した。
次の授業のために教科書を机の上に出していく。
「ねー気になってたんだけどさー、あの子誰なの?」
しかし、やはり隣にいる亜佑美は気になる様子。
数日前から聖の周りをうろつきだしたあの後輩のことを。
それに素っ気無い聖の態度も。
亜佑美は気になってしょうがないらしい。
- 191 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:28
- 「…知らない」
「知らないことないでしょー譜久村さん最近ずっと一緒にいるじゃん」
そう言われても。
知らないことは知らないのだ。
彼女――衣梨奈のことなんて、聖はこれっぽっちも知らない。
生田衣梨奈という名であること。
一つ下の一年生であること。
最近越してきた中途半端な時期の転校生であること。
そして、衣梨奈がおそらく自分を気に入ってくれているであろうこと。
それくらいだ。
聖が知っている情報なんて。
そう伝えるも、隣に座る亜佑美は納得していないような表情をしている。
「あんなに親しげに話してるのに?」
「あれはあの子が一方的に…
それに、一緒にいるんじゃないよ。向こうが勝手についてくるだけだよ」
「えぇーなんで?」
「…知らない」
「もうーまたそうやって逃げるー」
教えてほしいのは、こっちの方だ。
聖は溜息をつく。
- 192 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:28
- 「でもさーならなんで避けるの?」
「え?」
「仲良くすればいいじゃん」
亜佑美が頬杖をつきながら聖を見つめる。
「せっかくそうやって仲良くしたいって来てくれてるのに」
亜佑美の言うことはもっともだった。
どうして自分は衣梨奈を邪険に扱っているのか。
聖は考える。
「それは…」
「ん?」
「…あの子と聖はタイプが違うから」
聖はどちらかと言えば大人しい部類だ。
休み時間は教室でおしゃべりをしているようなタイプである。
反対に、衣梨奈は活発的な子だ。
社交的で行動力もある。
現にわざわざ他学年の教室にまで出向いたりしている。
「だから合わないんじゃないかな、って」
聖が衣梨奈を避ける理由。
今までに会ったことのないようなタイプだから、聖は戸惑っているのだ。
- 193 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:28
- 亜佑美は納得したのかしてないのか「ふーん」と相槌を打つと机の上に広げていた雑誌を片付け始めた。
「ならなんであの子は譜久村さん選んだのかな」
「それは……知らないよ」
溜息混じりに出た言葉は聖の気持ちを更にもやもやさせる。
ほんと、教えてほしい。
何故聖なのか。
何故こんな生活が始まったのか。
何故こんなにも悩まされなければならないのか。
もう一度チャイムが鳴り、机を戻しながら聖は思う。
昼休みは終わり、また退屈な授業が再開する。
それらが終わったら放課後になるのだけど、それはそれでまた憂鬱だった。
終わったら、いつの間にかまた衣梨奈がいるんだろうなってことはわかっていたからだ。
そしてまた自分は悩んでしまうのだろうということも。
聖の溜息は、教師が扉を開いた音にかき消された。
- 194 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:29
-
◇
気に入ったと言われたあの日から、衣梨奈は毎日毎日聖のもとへとやってきた。
そう、出会った翌日から。
いつの間にか、どこで仕入れたのかわからないが衣梨奈は何故か聖の名前を知っていた。
それが聖には疑問だった。
「あのさ、前から聞きたかったこと聞いてもいい?」
とある日の昼休み。
付きまとう衣梨奈に諦めた頃。
気が付けば昼休み、こうやって屋上に出て来て他愛もない話を聞くのが当たり前になりつつあった。
どれくらいの日々が続いたのか。
慣れというのは怖いものだと改めて思う。
あんなに無視してたのに、いつの間にか受け入れてしまっているんだから。
そんな関係になってしばらくした日のことだった。
聖は前々から疑問に思ってたことを聞いてみることにしたのだ。
何故すぐに聞かなかったのか。
それは衣梨奈から逃げるのに必死だったことと、衣梨奈が一方的に話してばかりだったことが原因である。
- 195 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:29
- 「なに?聖が衣梨奈のことに興味持ったのって初めてやん」
こちらを向いた衣梨奈の顔は口角が上がって目を細めて頬は緩み……まあ、わかりやすく言えばつまり、喜んでいた。
いちいちこんなことで、そんな嬉しそうな顔をしないでもらいたい。
「なんで……えっと…生田さんは聖のこと知ってたの?」
初めて会った日の翌日。
既に衣梨奈は聖の名前を知っていた。
あのときからずっと疑問だったこと。
聞いてみたのだけど、さすがに彼女の名前は呼べなかった。
いつもは「あの」だの「ねえ」だのと呼んでいたせいで、改めて彼女をなんて呼んだらいいのかわからなかったからだ。
そしたらそのどもりはバレてたらしく衣梨奈に笑われた。
「えぇーその名字呼びはやめようよ。仲良くなったっちゃけん」
へらへらとした笑顔でそう言われた。
仲良くなったつもりなんて微塵もないのだけれど、反論するとどうせなにか言われるだろうとわかっていたので言わなかった。
基本的に聖の言い分は聞かないということはもう既に学んでいたからだ。
なんだかんだ言いながら、ほんの少し、衣梨奈のことがわかってきてるのかもしれない。
「じゃあなんて呼べばいいの?」
「んーそうやねー」
衣梨奈が顎に人差し指を当てて考えるポーズを取る。
漫画っぽいその仕草が妙に様になってるな、とぼんやり見ていた。
茶色く染めた衣梨奈の短い髪が、暖かい日差しに照らされいつもより明るく見える。
- 196 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:30
- しばらくして閃いたのかパッと表情を明るくさせた彼女がこちらを勢いよく振り向いた。
やけに顔が近い衣梨奈に、聖は反射的に仰け反る。
「えりぽん、ってどう?なんかアイドルっぽくない?」
自信満々の顔で言い放った。
それはキラキラという形容がぴったし当てはまるような笑顔だった。
何を言うかと思いきや。
聖は思わず嘆息してしまう。
「別にアイドルっぽくなくていいじゃん」
「だって聖ってアイドル好きっちゃろ?」
聖は口ごもる。
なんでそんなことまで知っているのだろう。
そもそもぽんってなんだ、ぽんって。
高校生にもなって、恥ずかしくないのだろうか。
「衣梨奈ちゃんとかじゃダメなの?」
「えりぽんがいい」
「言いづらいよ、恥ずかしくて」
「いいけん言ってみてよ」
こっちの意見は聞く気がないらしい。
- 197 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:30
- 催促するかのようにじっと見つめてくる衣梨奈に、聖は詰まる。
しばしの見つめ合い。
太陽がじりじりと二人を照らす。
そして、聖は観念する。
言うしかないんだろうな、これは。
視線を逸らし、消え入りそうな声で呟いた。
「………えり、ぽん」
「へへへ」
きーまりっ、なんて笑わないでほしい。
そんな嬉しそうな顔で。
たかが、名前を呼んだくらいで。
なんでそんなに笑顔になれるのだろう。
顔が赤くなったのは恥ずかしいあだ名のせいだ。
体が熱いのは屋上にいるせいだ。
ほんと、調子狂う。
でもきっと。
聖はわかっていた。
これもまた、慣れちゃうんだろうな、って。
- 198 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:30
-
「ていうかそんなことどうでもいいよ。なんで聖のこと知ってたかって話じゃん」
「あ。そうだそうだ」
ポンと手を打って衣梨奈はまた漫画っぽい仕草をする。
「先生にね、聞いたっちゃん」
「…先生?」
「そう、道重先生」
聞いたことのない名前だった。
そもそも彼女の周りのことに関しては未だ謎だらけである。
一方的に始まった衣梨奈の話を聞けば、どうやら衣梨奈のクラスの新任の副担任で、かわいがってもらっているらしい。
「なんかねー道重先生って、この学校のかわいい子のことはだいたい知っとるみたいよー」
「………え?」
今なんて言った。かわいい子?
なんだそれ。
なんだその怪しい先生は。
ぺらぺらとしゃべる衣梨奈の説明によると、なにやらその先生は「美少女図鑑」なるものを作っているらしい。
「ん?どうかした?」
「………なんでもない」
聖の頭に「道重さゆみ」という教師の名前がインプットされた。
今度機会があったらその先生と話してみよう。
聖は心の中でこっそり決める。
「だけん聖のこと、先生に聞いて知った。あのかわいい子は誰ですか、って」
衣梨奈は笑顔だ。ヘラヘラとした笑顔で聖を見つめてくる。
- 199 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:31
- 聖は脱力感に見舞われ、背後に手をついて空を仰ぐ。
絵に描いたような青い空が広がっていた。
「てかさ、そもそもかわいくないし…」
「ん?」
「聖なんて、かわいくなんかないよ全然」
「えーかわいいよ聖は」
聖が卑下する言葉を即座に否定する衣梨奈。
あぁ、もう、だから。
真っ直ぐそんなことを。
なんでこの子はこんなに素直なんだろう。
聖は羨ましくなる。
ちらりと視線を移すと、衣梨奈は笑顔でこっちを見ていた。
「聖、顔真っ赤」
聖の顔を指差し、ふにゃりと笑った衣梨奈の顔を見ることが出来ず顔を背ける。
これだけはどうも、慣れそうにない。
- 200 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:31
-
◇
四時間目の授業が終わり昼休みを知らせるチャイムが鳴る。
いつものようにチャイムが鳴って数分もしないうちに聖のクラスへと衣梨奈がやってきた。
廊下にその姿を見かけた聖はいつものように鞄に手を掛ける。
衣梨奈と屋上で一緒にご飯を食べるのが日課になったのは、果たしていつからなのだろう。
廊下から衣梨奈が「聖」と呼ぶ。
鞄からお弁当を出した聖が立ち上がろうとしたところで衣梨奈の「ごめん」という声が聞こえた。
「え?」
予想外の言葉に聖はきょとんとする。
衣梨奈の顔は、申し訳なさそうに眉尻が垂れていた。
「ごめん、今日一緒に食べれん」
そう言えば、衣梨奈の手にはいつもあるお弁当がない。
「どうしたの?」
「ちょっと呼び出されてさ」
衣梨奈がつまらなそうに言う。
「一日の楽しみなのに、聖とご飯食べれんとか最悪」
よっぽど残念がっているのかその口が尖っていて、聖はくすりと笑う。
- 201 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:32
- 「しょうがないよ、えりぽん悪いことしたんでしょ?」
「違うよ、そんなんじゃない」
むすっとした顔の衣梨奈。
素直に感情を面に出す衣梨奈は見ていて楽しくなる。
「いいよ、別に。ていうか聖、別にえりぽんと一緒じゃなくても全然いいし」
「むぅー聖冷たーい」
「はいはい。用があるなら早く行かないとでしょ?」
尚もごめんと謝る衣梨奈を苦笑しながら見送る。
解放的な昼休み、わいわいとした教室。
自分の席に再び座り、聖はお弁当を食べ始める。
隣の席の亜佑美は食堂へと行っているのかいつの間にかいなくなっていた。
お弁当の中に入っていた野菜炒めを食べながら、えりぽん野菜嫌いだからなーと衣梨奈を思い浮かべる。
そういえばさっきわざわざ教室に来なくてもメールで伝えてくれればよかったのにと衣梨奈を思い出す。
妙に寂しく感じたのは、衣梨奈だけでなく亜佑美もいないからだ。
妙に退屈に感じたのは、おしゃべりもしないからだ。
心のもやもやを聖は誤魔化す。
- 202 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:32
- 早々に昼ごはんを食べ終え弁当箱を鞄に戻そうとしたところで、聞きなれた友人の声が聞こえた。
「あれ?今日は教室?」
帰ってきた亜佑美が、聖を見て意外そうに言った。
「あの子一緒じゃないんだ」
「なんか用があるって、さっきそれだけ言って帰っちゃった」
「そうなんだ。なら食堂行かないでなにか買ってきて一緒に食べればよかったね」
衣梨奈と出会う前は昼ごはんはいつも亜佑美と食べていた。
最近は衣梨奈が来るといつも亜佑美はどこかへ行く。
それは気を利かせているからだということを聖は知らない。
- 203 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:33
-
五時限目は体育だった。
昼休みが終わる前に移動しておかなくてはならない。
手に体操服を持ち亜佑美と教室を出る。
他愛もない話をしながら体育館の近くを歩いているときだった。
「あ、えりぽん」
「え、どこ」
「ほら、あそこ」
聖が指差す先、体育館の裏にある中庭に衣梨奈の姿があった。
しかし彼女は一人ではなかった。
「誰だろあの子」
聖が呟く。
衣梨奈と一緒にいたのは見たこともない女の子だった。
「中等部の子じゃない?」
亜佑美が答える。
よく見ればその子が着ているのは隣接してある中等部の制服だ。
- 204 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:33
- エスカレーター式のこの学校は部活動や学校行事で高等部と中等部の交流も多く、生徒間の行き来もそれなりにある。
二人の距離感を見る限り、それなりに仲はいいのだろうということが伺える。
チクリ。小さな針で突かれたような痛みがあった。
その穴からじわりじわりと何かが侵食していく。
「すいません、忙しいのに呼び出したりして」
「ううん、さくらちゃんが困っとーけんさ」
静かな中庭での会話はこちらまで聞こえてきた。
衣梨奈が昼休み一緒にいれないと言ったのはこの子との約束があったからだろう。
仕方ないことだと思う反面、あの子との約束を選んだのかと思ってしまった自分がいたことに驚く。
話が終わったのか、衣梨奈が軽く手をあげ立ち去ろうとした。
「生田先輩」
衣梨奈を呼ぶ女の子のかわいらしい声が聞こえた。
柔らかいその声。衣梨奈へ向けた女の子の笑顔。
何故だか聖は焦燥に駆られる。
「え、ちょっと!譜久村さん?」
亜佑美が慌てる。
その声でこちらに気づいた衣梨奈が「聖?」と声を上げ振り返った。
だが聖は振り返らなかった。
気がつけば、聖は足早にその場をあとにしていた。
- 205 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:34
-
逃げるようにしてやってきた体育館。
着替えをしようと準備室へと入る。
さっき思ってしまったことはなんだったのだろう。
何から逃げようとしたのだろう。
何故自分は逃げてきたのだろう。
ぐるぐる自問してみても聖には答えが浮かばない。
追いかけてやってきた亜佑美が「どうしたの?」と心配そうに声を掛けてくる。
「わかんない」と答えたがそれがどうしようもない本音だった。
なんだか晴れない自身の心。
それがなんなのかも、何故なのかも、どうしたらいいのかもわからない聖はそれを吐露する。
「なんか、えりぽんといたら自分がコントロール出来ないっていうか…」
「ん?」
「んー、自分がわからなくなるんだよね」
聖がそう言うと、亜佑美はふふっと笑った。
「なんで笑うの?」
亜佑美が笑う理由がわからず、聖は不思議そうに見つめる。
「だってそれって――」
亜佑美が言いかけたところで次の授業の予鈴が鳴る。
「まぁいっか、急ご」
亜佑美が体操服に手を掛ける。
答えを知りたかったけれど、知りたくなかった聖はうんと頷き制服のボタンを外した。
- 206 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:34
-
□
放課後、校舎に人がいなくなり始めて二年生の教室へ向かう。
最近ではそれが衣梨奈の日課になっていた。
「あっ、えりぽん」
「こんにちはー」
「またフクちゃんのとこ?」
「当たり前じゃないですかー」
時たますれ違う一個上の先輩たちとも、毎日通うため仲良くなった。
目的地である教室へと到着する。
勢いよく教室のドアを開けると自分の席に座りきちんと日誌を書いてる女子生徒の姿があった。
他の生徒はもう既に帰ってしまったのだろう、教室には彼女一人だけだった。
「ごめん、待ったー?」
「別に待ってないよ」
「聖ー」
「………」
「もうー素っ気無いー」
「…今仕事中」
日誌からちらりと顔を上げ、すぐにまた自分の仕事を再開する女子生徒、このクラスの学級委員である譜久村聖。
すたすたと近づいて上から覗いてみると聖は鬱陶しそうに手を払う仕草をしてみせた。
衣梨奈はそんな聖の動作を無視して当たり前のように前の子の椅子を勝手に借り、聖の方を向いて座る。
とりあえず無言で見つめてみる。
聖は見向きもしない。
- 207 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:35
- 「構ってよー」
「……忙しいの」
「聖ー」
「………」
「むー」
膨れっ面をしてみせても反応なし。そもそも聖は見てもくれない。
でも、まあいつものことだ。
そんなことでくじける衣梨奈ではない。
日誌に集中している聖に一方的に今日の出来事を話す。
今日あった小テストのこと。
昨日見たドラマのこと。
道重先生が言っていた可愛い子のこと。
後輩のさくらちゃんから聞いたペットのこと。
いつもは適当に相槌を打つ聖が、「ほんとさくらちゃんと仲いいよね」と呟いた。
ぽつりと呟いたその言葉を意外に思っているとふいに聖が顔を上げた。
「ねえ」
「ん?」
話を中断されたのは多少気にくわないが、聖から話しかけてくれるのは嬉しい。
ニコニコしてしまう顔を引き締めることもなく「なん?」と促す。
「なんでいつもここに来るの?」
毎日毎日。飽きもせず。
そう続けて聖は聞く。
- 208 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:35
- そんなの、答えは一つだ。
「なんでってそりゃ、聖のこと好きやけん」
じゃなかったら、毎日毎日来ない。
優しい微笑みも加えて大真面目に衣梨奈は言う。
「はいはい」
しかし、聖はつれない。
また日誌に向きなおしてしまった。
「ちょっとぉ、信じてないやろ」
「…冗談でそんなこと言わないで」
「いやいや、冗談じゃないってば」
「はぁー、またえりぽんはそうやって…」
「いやいやいやいや」
どうも聖は信じてくれない。
笑顔で言ったのがいけなかったのだろうか。
ふざけてると捉えられてしまったのだろうか。
でもこうやって他愛も無いやり取りをすることも楽しいからいいんだけど。
だって、ほら。
なんだかんだで、聖の口元は笑ってるようだし。
それに気づけないほど、衣梨奈は馬鹿じゃない。
- 209 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:36
-
二年生の優等生である聖と一年生のちょっとした問題児で有名になってしまった転校生の衣梨奈がどうして出会ったのか。
それは些細なきっかけだった。
転校初日の放課後、校内で迷子になっていた衣梨奈の目に一人の生徒が映った。
ノートを抱えて、のんびりと歩いている、可愛らしい女の子が。
そう、それが聖だった。
声を掛けると、戸惑いながらも職員室までの道のりを親切に教えてくれた。
それがまた好印象で。
その瞬間、衣梨奈は聖のことが好きになった。
名前なんてもちろん知らない。
初めて見るその子に一目惚れしたのに理由なんてない。
気がついたらその子のことが頭から離れなかった。
そして決めたのだ。
彼女と仲良くなる、と。
職員室での用事を済ませた衣梨奈は即行で色々な人を伝って情報を得た。
ほとんど道重先生からの情報だったけど。
そして次の日の朝には聖に接近した。
と言っても一方的に押しかけただけだけど。
最初は当然のように戸惑っていた聖だったが、あまりにもしつこく毎日行くものだからいつの間にか慣れてくれたらしく、気が付けば気を許していてくれた。
そして毎日こうやって衣梨奈が会いに来ることが日課となったのである。
許すことは罪だ。
聖にはもう衣梨奈を拒否する権利はない。
と、衣梨奈は勝手に思っている。
- 210 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:36
-
しかし楽しい時間が過ぎるのは早いもので、今日もその時がやってきた。
「あっ」
ふいに顔を上げ、衣梨奈を通り越して黒板の上の時計を見た聖が言葉を発する。
「もう帰らなきゃ」
「えぇーもう?」
「この後ちょっと待ち合わせがあるんだよね」
どこか楽しそうな聖のその言葉に、衣梨奈は自分自身のテンションが下がっていくのがわかる。
「ふーん…また、亜佑美ちゃん?」
「うん。多分もう部活終わって門のところにいるんじゃないかな」
嬉しそうに話す聖のこの笑顔に未だ慣れない。
他の笑顔は大好きなのに。
「だからえりぽんももう帰った方が…」
いつもは聖のこの言葉で帰っていた。
だけど今日は、なんだか素直に帰りたくなかった。
「あーでもさ、もうちょっとここにおらんと。家帰っても鍵忘れたけん入れんし」
そんなのは嘘で、口実に過ぎない。
本当はもっと聖といたいから。
引き止めたいという気持ちに鈍感なこの子はなかなか気づかない。気づいてくれない。
- 211 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:36
- 「それならどこかで時間潰せば?」
「それは嫌だ。こうやって学校にいる方が楽」
聖ともっといたい。
その一言が、今はどうしても言えなかった。
いつもなら簡単に言えるのに。
言ってしまえば早いことはわかっていたけれど。
どうしてもこの笑顔を目の前にすると言えなかった。
衣梨奈じゃない誰かのことを思うときの笑顔は、どうしても好きになれない。
このときだけは、素直になれない。
しかし遠まわしに伝えても聖は気づかない。
そして困るだけだった。
「えーでもここは鍵が…」
あまりにも気づいてくれないこの子に、この手は無理だと悟り思わず苦笑する。
衣梨奈のことをわけのわからない人とよく言うが、聖こそ変わってる。
呆れるほどに鈍感なのだ。
今日は手を引いて、また次頑張ろう。
でもこのまま一緒に門まで行ってあの子に会ってしまうのも嫌だった。
だから。
「なんなら、衣梨奈が鍵返しておこっか?」
もう少し、残っていたかったから。
聖はいなくても余韻に浸りたい。
なんとなく、そんな気分だったから。
- 212 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:37
- 「えっ。いいよ、そんな」
「でもさ聖はほら、待ち合わせあるっちゃろ?」
「…ちゃんと鍵、職員室に戻しといてよ?」
「はいはぁーい」
「……大丈夫かなぁ」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
不安そうな聖を作り笑いで見送り、衣梨奈は一人教室に残った。
本当は違う学年の生徒がこうやって残ってちゃいけないんだろう。
事実、前に怒られたこともあるけれど、まあそこはあまり真面目じゃないから気にしない。
怒られたこともすぐに忘れてしまうのだ、衣梨奈は。
教室を見渡すと見慣れない掲示物が溢れている。
一学年上の教室。
それを見て聖との年の差を感じ、思わず感傷的な気持ちになる。
そういや聖が先に卒業してしまうんだ
ふとそんな当たり前のことを思った。
年齢が違うということは、こういうとき非常に厄介なものである。
一緒にいたくても、一緒にいれない環境に、その内なってしまう。
きっとそうなったとしても、衣梨奈は付きまとっていそうではあるけれど。
下校のチャイムが鳴る。
窓から夕日が差し込む。
しばらく浸っていたら、何かしたくなった。
真面目で鈍感な聖に対して。
とびっきりのイタズラを。
なにか。聖が驚くなにかを。
聖の中に残るようななにかを。
――――そうだ。
- 213 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:37
-
◇
次の日の朝。
クラス一番のりでの登校。
学級委員の仕事がある日は登校が早い。
聖は寝ぼけ眼をこすりながら、職員室で鍵をもらって教室へ向かう。
「えりぽん返してくれたんだ」
衣梨奈のことだから、てっきり忘れて返してないと思ってたが、きちんと返してあってびっくりした。
そんなこと言ったら衣梨奈に怒られるかもしれない。
膨れっ面になる衣梨奈の顔が浮かび小さな笑みが零れる。
くるくると鍵を回しながら自身の教室へ。
ガチャガチャと古くて錆付いた鍵を開け、そのドアを開けた。
「―――――え?」
- 214 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:38
- 教室に入った瞬間、言葉を失う。
ドサリと音がして手にしていた鞄が落ちたことを知る。
黒板にでかでかと書かれた文字。
聖が好き
言っとくけど、本気やけん
下には丁寧な字で【1年2組 生田衣梨奈】と書いてあった。
「なにこれ…」
聖以外誰もいない教室。
朝の光で照らされた黒板。
白いチョークで書かれたその言葉。
いつも衣梨奈は笑いながらそんなことを言っていたけれど。
そして聖は毎回それを笑い飛ばしていたけれど。
どうしてだかこれは笑い飛ばせなかった。
いつもとは違う雰囲気のように感じたこの言葉。
それは、聖に対する、衣梨奈なりの本気の宣戦布告、告白だった。
- 215 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:38
-
立ちつくすしかできなかった。
その言葉を見つめることしかできなかった。
どうして衣梨奈はこんなことをしたのだろう。
聖じゃない誰かが先に教室に入っていたらどうなっていただろう。
きっと大騒ぎになる。
聖だって知っている。
転校生で一年生の衣梨奈がこの学校で人気者だってことくらい。
人懐っこいから同級生や上級生、教師にも人気があることくらい。
その衣梨奈が、先輩の教室で堂々と告白宣言したとなったら。
「バカじゃないの…」
そんなリスクを犯してまでも、冗談を言うだろうか。
聖は頭がいいわけではない。
人よりも鈍感だと思う。
けれど、ここまでされて衣梨奈が本気だとわからないわけではない。
- 216 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:39
-
がやがやとした声が届いて、聖はハッとする。
そうだ、もうすぐ他の生徒もやってくる。
消さないと。
そう思っているのに、足が動かない。
どうしてか、動けない。
やらないと。
聖は足を動かす。
―――教室の外へと。
- 217 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:40
-
衣梨奈を探さなきゃ。
やってくるクラスメートとすれ違いに進んでいく。
次第にその足は早くなる。
気が付けば、走り出していた。
衣梨奈はもう来てるだろうか。
まだ、来ていないかもしれない。
でも、彼女はいる。
なんとなく予感があった。
聖は駆けながら衣梨奈と出会ってからのことを思い出していた。
あの日、ノートを持って歩いていた聖に声を掛けてきた後輩。
その翌日、聖を待ち伏せし宣言した衣梨奈。
思えばあのときから衣梨奈は変わっていない。
いつだってまっすぐで、呆れるくらい強引で強情で。
それから何日もの時を過ごした。
聖が楽しいと感じる時、衣梨奈は必ず傍にいた。
いつだって衣梨奈はそこにいた。
くしゃりと笑って「聖」と親しげに呼んだ。
果たして自分は、どんな顔をして衣梨奈を見ていたのだろう。
- 218 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:40
- 屋上へと続く階段。
その前で立ち止まる。
息を整えながら一歩一歩ゆっくりと上がる。
心拍数が上がっている。
きっと、走ったせいだ。
ノブを回し扉を開くと、そこには思ったとおりの人物が背を向けて立っていた。
バタンと扉が閉まる音がしてその姿が反応する。
「あ、聖」
衣梨奈が笑顔で振り向いた。
「おはよう」
いつも通りの笑顔。
朝の光に照らされたその顔は、何故か悔しくなるほど綺麗だった。
いつもと変わらないはずなのに、どうして自分は目が離せないのだろう。
- 219 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:41
- 「なんで…」
「ん?」
「なんであんなこと書いたの?」
教室に。黒板に。
でかでかと告白なんて。
あんな馬鹿げてることを。
「だけん、言いよーやん」
衣梨奈の目は、まっすぐと聖を見ていた。
彼女はいつだってまっすぐだった。
自分自身の気持ちに対しても。聖に対しても。
「聖が好きって」
今まではなんとも思わなかったのに。
その言葉が聖の胸を強く叩く。
その笑顔がひどく苦しい。
「やけんさ、いい加減聖の気持ち聞かせてよ」
笑顔の裏の寂しそうな顔が見えて、聖はもう逃げられないと知る。
衣梨奈に対しても。自分自身の気持ちに対しても。
そして、逃げる気なんてないことも。
- 220 名前:鈍行アクセプト 投稿日:2013/11/10(日) 23:41
-
「聖はっ…」
自分の口から出ようとした言葉がブレーキを掛けたように詰まる。
無意識のうちに飛び出しそうになった自分の中の本音。
今までにない緊張をしていた。
だが、出てくる言葉はもうわかっていた。
黒板に書かれたあの言葉を消さなかった時点で。
どこかで思っていたのかもしれない。
あの言葉をみんなに知ってほしいと思う気持ちが。
衣梨奈が自分を好いてくれているという事実を。
そしてあの言葉を自分自身の一歩を踏み出す勇気として刻みたいと。
「―――好きだよ、えりぽんのこと」
そしてそれを受け入れているという自身の気持ちを。
目の前で、くしゃりと笑った衣梨奈が愛しいと思った。
- 221 名前:宮木 投稿日:2013/11/10(日) 23:41
-
『鈍行アクセプト』 おわり
- 222 名前:宮木 投稿日:2013/11/10(日) 23:42
-
ぽんぽん書いてしまったよぽんぽん
>>181 名無飼育さん
ありがとうございます。
モテてることを自覚しても成立しちゃうズル生田が好きです。
>>182 名無飼育さん
小田ちゃんの純情策士感が好きです。
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/11/11(月) 02:27
- 書いてしまわれたのですね、ありがとうございます
色んな「笑」にいちいちキュンときた
なんとなく素晴らしき前途多難な未来が見えるような気がして…聖ちゃんファイト!
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/11/11(月) 02:34
- ぽんぽんたまらないです。
まっすぐなえりぽんにすごくときめきました。
またぽんぽん書いてほしいです。
- 225 名前:宮木 投稿日:2014/06/06(金) 17:23
-
『オキナグサ』
- 226 名前:オキナグサ 投稿日:2014/06/06(金) 17:24
-
「ハル、モテ期かもしれない」
隣の遥がそう呟いたのは、亜佑美がスマホのゲームをしていたときだった。
空き時間の長い楽屋での一コマ。
「は?いきなり何?」
「ほら、見てよ和田さんのブログ」
そう言って遥が見せてきたのは先輩であるスマイレージの和田さんのブログだった。
渡されたスマホを手に取り、読んでみる。
要約すると『くどぅーがかっこいい』『恥ずかしくてしゃべれない』
そういったまるで恋する乙女のような内容が書かれている。
「あと、ツイッタ―も」
遥が操作をしその画面を出す。
こちらにも『くどぅーが夢に出てきた』『くどぅーとラブラブです』など遥に関することが書かれていた。
現在、亜佑美たちは今度行われる舞台の稽古で、スマイレージのメンバーと過ごすことが多い。
その舞台で遥は男役を演じており、これがなかなかメンバーたちから好評なのである。
特に和田さんは遥と一緒の場面が多く、ここ最近遥に熱を上げている。
「いやー他のメンバーもさ、なんかハルのことかっこいいって言ってくれるじゃん」
そう言えば、香音もブログに遥のことを書いていた。
壁ドンをされたいとかなんとか。
ブログのネタ用にと再現写真を撮ったとき、やたらとノリノリだったのを思い出す。
- 227 名前:オキナグサ 投稿日:2014/06/06(金) 17:24
-
「やっぱハル、モテ期なのかな」
かっこいいと言われ、チヤホヤされていることに気を良くしている遥。
遥の少年キャラとしては成功と言えよう。
だが何故だか、非常にイライラする。
そのせいで、あと少しでクリア出来そうだったゲームを失敗してしまう。
少し落ち着こうと亜佑美はジュースを買ってくることにした。
「ちょっと飲み物買ってくるね」
「あぁーうん」
「なんかいる?」
「あぁーうん」
こちらを見ず、適当に返事をする遥。
ニヤニヤとスマホを見つめたままだ。
ガタリと音を立てて、亜佑美は立ち上がる。
「痛っ」
「あ、ごめん」
立ち上がろうとした亜佑美の足が隣にいた遥の足を踏んでしまった。
というか、踏んだ。
「ちょっ、何怒ってんの?」
「は?怒ってないし」
「いやいや怒ってんじゃん」
機嫌が悪いのは、スマホゲームの新たな面がクリア出来ないからだ。
決して遥とは関係ない。
ただ遥が亜佑美に話しかけてきてモテ自慢をしたことによりゲームの操作を誤ってしまったからであって、遥の話す内容については関係がない。
遥を無視し、亜佑美は楽屋の外へと向かう。
「ほんとあゆみん、わっかんねえ」
後ろからそんな遥の声が聞こえたが、本当に遥はわかっていない。
亜佑美の受難は、鈍感な遥のせいで、もう少し続きそうだった。
- 228 名前:オキナグサ 投稿日:2014/06/06(金) 17:25
-
◇
「もう、くどぅーがかっこよくてかっこよくて」
隣の彩花がそう語ったのは、花音がお弁当を食べていたときだった。
舞台稽古の合間の休憩時間。
「キャストパレードのあれ、正面で見てみたいなーほんとかっこいいもん」
「確かにくどぅーかっこいいけどさ」
「花音ちゃんもそう思うよね?ね?」
二期メンバーたちは、同世代の娘。メンバーたちと集まってご飯を食べている。
花音と彩花は他のメンバーたちより少しお姉さんということもあって、その輪から少し離れたところで食べていた。
「ファルスがね、もうほんとかっこいいの」
彩花の言うファルスというのは、今回の劇で遥が演じている役だ。
男の子なのだが、遥の見た目と声と相まってこれがまたかっこいい。
なんだか危ない役というのも影がある感じでさらにかっこよく見えるのかもしれない。
「はぁ…ほんとかっこいい」
溜め息混じりに出たその言葉を聞くのは何度目だろう。
呟き、彩花が顔を上げる。
彩花の視線の先には香菜や朱莉たちと楽しげにご飯を食べている遥。
役のときとは違いその姿は無邪気である。
- 229 名前:オキナグサ 投稿日:2014/06/06(金) 17:25
- 「あんまり見惚れてると、休憩時間終わっちゃうよ」
一足先に食べ終えた花音がお弁当のゴミを袋に入れようとしたときだった。
「あれ?どうしたんだろう」
二期メンバーたちと話していた遥が立ち上がり、トコトコと歩き出す。
「なんかこっちに来てない?」
「え?ちょ、どうしようどうしよう花音ちゃん」
「どうもしなくていいよ」
慌てふためく隣の彩花を花音が宥めていると二人の傍で立ち止った遥が「あの」と声を掛けてきた。
「よかったらこれ食べませんか?」
そう言って遥が差し出したのは丸い缶だった。
覗くとかわいらしい形のクッキーが入っている。
「差し入れです」
八重歯を覗かせながら、にこりと遥が笑う。
花音ですら不覚にもドキっとしてしまったのだから、隣を見れば案の定。
頬を赤らめて何故だか口をパクパクとさせている彩花がいた。
ほんと、この人は重症だ。
そんな彩花を横目に、花音は遥が差し出している缶の中からクッキーを一つ取った。
クッキーの美味しそうないい匂いが鼻孔をくすぐる。
- 230 名前:オキナグサ 投稿日:2014/06/06(金) 17:25
- 「ほら、和田さんも」
「ふぇ?」
遥が名前を呼ぶだけで、この反応だ。
まったく、困ったものである。
「あの、おいしいんで、ぜひ」
「あ、うん」
遠慮がちに彩花の手が伸びる。
遥越しに後ろを見れば、こちらの様子を窺ってニヤニヤと笑っている二期メンバーたちの姿。
たぶん、あの子らが遥に行くように指示したに違いない。
こんな反応をする彩花をからかっているのだろう。
確かに、これだけわかりやすい彩花はかわいい。
「あ、ありがと」
「いえいえ」
遥を見上げ、はにかむ彩花の横顔を見つめそう思う。
- 231 名前:オキナグサ 投稿日:2014/06/06(金) 17:26
- 遥が去っていき、再び二人きりになる。
彩花は相変わらずぽーっと熱に浮かされたような眼差しで遥を追っている。
「あやちょ」
「んー?なあに、花音ちゃん」
キラキラした瞳をそのままに、花音の方を見る彩花に教えてあげる。
たぶんきっと本人にはまだ自覚がない。
「それ、恋だよ」
ぽかんとしたのち、みるみる内に赤くなっていく彩花の顔を見て花音はやっぱりなと確信した。
きっと彩花はしばらくこんな感じだろう。
もしかしたらもっと酷くなるかもしれない。
一人であたふたしてる彩花を余所に、遥からもらったクッキーを齧る。
そしてきっと私の恋は今回も叶わない。
パキンと真っ二つに割れてしまったクッキーを食べながら、花音はそう思う。
- 232 名前:宮木 投稿日:2014/06/06(金) 17:26
-
『オキナグサ』 おわり
- 233 名前:宮木 投稿日:2014/06/06(金) 17:27
-
『Going』
- 234 名前:Going 投稿日:2014/06/06(金) 17:28
-
寂しかった。
一言で言えば、それは寂しいという感情で片付けられるものだった。
他のメンバーは現在、舞台をしている。
衣梨奈と春菜、そしてさゆみはその輪の中にいない。
毎週末のコンサートも終わり、メンバーと会えない日が続く。
だけどそれを正直に吐露するのは、自分のキャラではないと思った。
『花火またみんなでしたいなー』
そうブログに書いたのは、それでもやはり寂しさを抑えきれなかったからかもしれない。
『歌いたいなぅ。。。』
みんなで楽しく歌い合いたい。
あの空間が、もう恋しい。
- 235 名前:Going 投稿日:2014/06/06(金) 17:28
- 寝るにはまだ早い時間。
やらないといけないこともやりたいこともあるのにベッドに横になりグルグルと回る思考を放置していた。
―――ピンポーン
静かな部屋に響いた来客を知らせるチャイム。
インターホンは下のオートロックではなく、すぐそこの玄関から鳴らされたものだった。
こんな時間に誰だろうか。
無視しようと思ったが再度鳴らされ衣梨奈は起き上がる。
足音を立てないようにゆっくりと玄関に近づく。
なにやら外は騒がしい。
息を潜め、覗き穴からそこを覗く。
「……はぁ?」
思わず驚きと呆れが混ざった声がこぼれた。
そこにいたのは、ワイワイと笑っているメンバーたちだった。
- 236 名前:Going 投稿日:2014/06/06(金) 17:29
-
戸惑いつつ鍵を開け扉を開く。
「あっえりぽん」
久しぶりに会った里保が衣梨奈を見つける。
衣梨奈以外のメンバーが我が家の前に集まっている光景に呆気にとられる。
「なんこれ…」
てっきり撮影とかドッキリか何かの類いかと思い、周りを見渡してみたがカメラらしきものも、スタッフはおろかマネージャーすらいない。
「みんなどうしたと?」
「花火しましょ、花火」
そう言ってビニール袋を突きだしたのは遥だ。
その袋からは花火の詰め合わせセットが溢れている。
「は?」
「生田さん、したいって書いてたじゃないですか」
亜佑美がニヤニヤと笑う。
確かにブログには書いた。
だけど、それは別に今すぐというわけではない。
「いやいやいや」
「ほら、行こ」
戸惑っている衣梨奈の手を聖が掴む。
優しく、でも強く握られたその手が少し懐かしくて、それだけで何故か泣きそうになった。
- 237 名前:Going 投稿日:2014/06/06(金) 17:30
- 「急すぎるやろ」
衣梨奈は笑うことしか出来ない。
「いっつもえりちゃんに振り回されてるんだから、たまにはいいじゃん」
香音が衣梨奈の肩を叩く。
「強引すぎるし」
「私もさっき連れ出されて。生田さんも諦めましょう」
春菜が笑っている。
たぶん今の衣梨奈も春菜と同じ顔で笑っているのだろう。
しょうがないなぁと呆れつつ、嬉しさを隠しきれない表情で。
「しゅっぱーつ!」
「佐藤さん、エレベーターこっちです」
優樹が声を上げ、さくらが突っ込み、そのあとを続くようにメンバーが動き出す。
いつの間にか横にいたさゆみと顔を見合わせ、静かに笑い合った。
「さゆみたちが思っているより、私たちは愛されてるよ」
さゆみが衣梨奈の横で優しく囁いた。
夏が始まる前に、また一つ思い出を作ろう。
- 238 名前:宮木 投稿日:2014/06/06(金) 17:30
-
『Going』 おわり
- 239 名前:宮木 投稿日:2014/06/06(金) 17:31
-
舞台絡みからどぅーちょと生田さんで
>>223 名無飼育さん
感想をいただけ、書いてしまってよかったと思います。
振り回され笑う譜久村さん大好きですのでがんばってほしいですね。
>>224 名無飼育さん
まっすぐえりぽんにトキメクトキメケ。
またぽんぽん書いてしまっていいのかなと思いますがそう言っていただけて光栄です。
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/06/19(木) 02:18
- どぅーちょに見せかけたどぅーいしとあやかのん、 素敵ですね
好みドンピシャの大好物でした。ごちそうさまです。
- 241 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/06/19(木) 02:19
- どぅーちょに見せかけたどぅーいしとあやかのん、 素敵ですね
好みドンピシャの大好物でした。ごちそうさまです。
- 242 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/06/20(金) 02:26
- 大事大事
- 243 名前:宮木 投稿日:2014/08/04(月) 22:10
-
『夏空ペダル』
- 244 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:11
- 駅前の駐輪場。
皆が雑に停めたせいで奥の方に停めた遥の自転車は出すのに時間がかかってしまった。
ガタンガタンと電車が通り過ぎる音と、近くの木に止まったらしい蝉がうるさい。
なんとか周りの自転車を倒さずに自身の自転車を引っ張りだした頃にはうっすらと汗ばんでいた。
終業式が終わり、明日からいよいよ夏休みが始まる。
見上げると青い空が広がり、ジリジリと照らしてくる太陽がこちらを見ていた。
遥は、学校終わりで友達数人とご飯を食べてきた帰りだった。
夏休みはどこへ行きたい。あんなことやこんなことをしよう。
今年は受験生。無責任にどんどんと広がった話が実現することはあるのだろうか。
ぼんやりと思いながら押していた自転車。
駅前のロータリーを過ぎようとしたところで、遥の足が止まった。
なにやら掲示板を見ていた女の人。
生温かい風が吹き、彼女の黒い綺麗な髪が靡く。
遥の記憶の中の彼女より、数段も大人っぽくなっていた。
思わず息を飲む。
引き寄せられるように近づいていく。
遥はそっと声を掛けた。
「和田さん」
振り返った彼女の澄んだ瞳が遥を捉えた。
- 245 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:11
-
◇
大学からの帰りだった。
いつもより少し早い帰宅になったのは、もうすぐ始まるテストのことでゼミの教授が用事があるらしくすることがなくなっ
たからだ。
地元の駅に到着し電車を降りると、むわっとした不快な空気が肌に触れる。
昼下がりの中途半端な時間だからか人は少ない。
まばらな人の合間を抜け改札を出る。
バス停へと向かおうとしたところで、気になっていた美術館のポスターを発見し、思わず彩花の足が止まった。
頭の中でスケジュールを開き、日程を確認する。
よし、大丈夫。どうやら行けそうだ。
にっこりと微笑み、その場を立ち去ろうとしたときだった。
「和田さん」
少し低めの声で名前を呼ばれた。
振り返るとそこには少女が立っていた。
短い髪に見覚えのある制服。
彩花が数年前に通っていた中学校の制服だ。
「あれ?覚えてないですか?」
残念そうに、苦笑いをこぼす彼女。
その顔を見て、彩花の記憶の中の映像と繋がる。
「あ、はるなんの妹の――」
「遥です」
久しぶりですね、と遥が微笑む。
- 246 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:11
- はるなん――春菜は中学校からの彩花の友人だ。
気が合い、二人はよく一緒に遊んだ。
今でも小まめに連絡を取り合って、時間があれば二人で遊んでいる。
その妹の、遥。
確か彩花や春菜とは5歳離れている。
春菜の家へと遊びに行き、何度か遥とも遊んだこともある。
遥がまだ小学生の頃の話だ。
数年ぶりに会った遥は、あの頃より随分と背が伸び、ショートカットになった髪の毛のせいもあるのだろうか、しゅっとし
ていてそれがまた似合っていた。
「和田さん、帰るとこですか?」
「うん、もう大学終わったから」
彩花の答えに、遥はそうなんですねと呟いたかと思うと何かを閃いたらしく「なら」と声を上げた。
「ハル、送っていきますよ」
「えっ、いいよ」
「駅からならどうせ家までの通り道ですから」
「え…」
「あれ?和田さん家って違いました?」
「ううん、合ってるよ」
一度だけ、春菜についてきた遥が家に来たことがある。
でもそれも、もうずいぶんと昔の話だ。
遥が覚えていてくれたことが嬉しかった。
「じゃあ座ってください」
遥が自転車の荷台をぽんぽんと叩く。
スカートを履いていた彩花がどう座ろうか悩んでいると「横向いて座るといいですよ」と教えてくれた。
手にしていた鞄を左肩に掛け、腰かけるように座る。
「じゃあしゅっぱーつ」
遥が声を上げ、自転車はゆっくりと動き出した。
- 247 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:11
-
◇
「じゃあしゅっぱーつ」
ペダルに力を込め、ゆっくりと自転車は動き出す。
が、漕ぎ始めの一歩で自転車が大きく揺れてしまった。
「わっ」
「ごめんなさい」
「彩、降りよっか?」
「大丈夫ですから」
二歩目、三歩目と漕ぐうちにすぐ自転車は安定した。
遥の背中のシャツを、ちょこんと遠慮がちに掴む彩花の右手。
いじらしくてかわいい。
小さい頃、姉と一緒に遊んでくれた彩花は無邪気で、ふわふわとした女の子という印象だった。
だが今、久々に再会した彼女はどこか知的な雰囲気すら感じる大人の女性になっていた。
それが少し遥に妙な緊張感を与える。
自身の神経がシャツ越しの彼女の手の感触に集中していくような気がして、遥は話題を探した。
「そう言えば、何見てたんですか?」
「ん?」
「さっき駅で。ポスターかなんか見てたみたいですけど」
「ああ、あれ。今度やる絵画展のやつでね」
嬉しそうに彩花が語り出す。
以前、春菜から聞いた話によれば彩花は美大に通っているらしい。
遥とは真逆の、遠い、綺麗な世界のように思える。
絵画の話は遥には少し難しくちんぷんかんぷんだったけれど、饒舌に喋っている楽しそうな彩花の声を聞くのは心地よかっ
た。
- 248 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:12
- 「ちょっと遠いんだけどね、でも行きたい。ていうか行く」
「姉ちゃんと行くんですか?」
春菜とは何度か美術館に遊びに行っていると聞いた。
二人は本当に趣味が合う。
「どうだろ、大学は夏休みだけど、はるなんはお仕事あるし…」
春菜は高校を卒業して、そのまま就職し一足先に社会人となった。
学生と社会人では自由な時間に差がある。
寂しそうな彩花の声を聞いて、遥は自然と提案していた。
「じゃあハルと行きましょうよ」
「え?でも…」
彩花の戸惑う声が聞こえる。
遥が詳しくないこと、さほど興味がないことに気づいているのだろう。
でも、彼女となら。
「和田さんとなら、どこへでもついていきますよ」
たぶんそれは、楽しい。
- 249 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:12
-
◇
「和田さんとなら、どこへでもついていきますよ」
美術館へ行きたいと言った彩花に答えた遥の言葉。
社交辞令なのかもしれない。
でも、それでもそうやって気を遣ってくれる彼女のやさしさと、そういうことを言えるような年齢になったという成長が嬉
しかった。
ありがとう。そう言おうとした彩花をふいに遥が遮った。
「あ、ちゃんと掴まっててくださいね」
そう言って、遥がハンドルから右手を離し遥のシャツを掴んでいた彩花の手を掴む。
掴んだ彩花の手をそのまま自身の腹部へと回した。
「反対も」
言われた通り、彩花はそのまま左手も前に回す。
後ろから抱きつくような体勢になる。
華奢な体だった。
でも大きいと感じたのは、遥の優しさを感じたからかもしれない。
「この先、ガタンって揺れますから」
遥の忠告のすぐあと自転車が段差を乗り越える。
その衝撃で自転車が揺れ「キャッ」と声が出た。
遥は楽しそうに笑っている。
ガタン、ガタンと数度揺れた。
- 250 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:12
- 「でもジェットコースターみたいで楽しい」
「和田さん、意外とこういうの好きなんですね」
遥が嬉しそうに言う。
自分は、遥にはどういう風に見えているのだろう。
「彩ね、こう見えて元陸上部だったし運動とか得意なんだよ」
中学時代は陸上部だった。
運動で汗を流し、日にだって焼けていた。
少し自慢げに言う彩花に、遥は意外な言葉を返した。
「知ってますよ」
続いた遥の言葉が、風に乗って彩花のもとへ届く。
「だって、姉ちゃんにくっついていつも見てましたもん、和田さんのこと」
それは、街路樹に止まった蝉に掻き消されることなくすっと届いた。
しかし、彩花はなんと返していいかわからず黙り込んでしまった。
一言で言えば、嬉しかった。
でもそれを素直に言えなかった。
照れてしまったのだ。
どうしようもなく、嬉しかったから。
沈黙になる。
でも優しい、心地の良い沈黙だった。
回した腕に少し力を入れる。
遥が今、何を思っているかはわからない。
でも、同じようにこの時間を心地よく思ってくれていたらいい。
- 251 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:12
-
◇
自転車はゆっくりと進んで行く。
普段ならもう駅から自分の家まで着いてる時間なのだけれど、後ろに彩花を乗せているということで安全運転だった。
これがもし、後ろに乗っているのが姉の春菜だったらお構いなくぶっ飛ばしていたに違いない。
夏の日差しがジリジリと二人を照らす。
汗が遥の短い髪の毛を伝う。
小さい頃よく遊んでもらった公園を曲がったところだった。
前方に見覚えのある後ろ姿を見かけた。
黒いストレートの長い髪。
噂をすればなんとやら、だ。
「あ、姉ちゃんだ」
遥がそう呟くと、「え、どこどこ」と後ろが揺れる気配がした。
身を捩りその姿を見つけたらしい彩花が大きな声で呼びかけた。
「はるなーん!」
彩花の声に振り返ったのは、遥の姉、春菜だ。
ペダルを漕ぐのをやめ、徐行しゆっくりと春菜の傍でブレーキを掛けた。
「彩ちゃん!」
春菜が嬉しそうに声を上げる。
- 252 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:13
- しかし、春菜が視線を向けるのは彩花だけ。遥はムッとした。
「ちょっ、ハルは無視かよ」
「あぁ、おかえり」
「なんだよ、そのついでみたいな感じ」
「だってあんたとは家で毎日会うじゃん」
二人の仲の良いやり取りをみて彩花が微笑む。
「はるなんお仕事は?」
「今日お休みなの」
ショップ店員をしている春菜は、土日が休みというわけではない。
きっとまた本屋にでも行ったのだろう。その手には買い物袋を下げていた。
「ところで二人で何してるの?」
春菜は改めて二人をジロジロと見て、珍しい組み合わせに不思議に思ったようだ。
「駅でたまたま会ってね。そしたら声掛けてくれて」
「んで、ハルが家まで送ってあげてるわけ」
遥が続けると「そう」と納得したようだった。
- 253 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:13
- 「あ、そうだ。それなら私も一緒に行くよ」
春菜が嬉しそうに提案した。
それを受け、彩花までも乗り気になりそうだった。
「ダメ」
咄嗟に出た言葉だった。
焦りなのか。冗談なのか。悪戯心なのか。
遥は自分でもわからない。
「今日は和田さん、ハルのものだから」
そう宣言すると、遥は再び自転車を漕ぎだした。
「えっ、ちょっと」
「ばいばーい」
戸惑う春菜を置いて、遥はペダルに力を込めていく。
みるみる内に加速した自転車は、あっという間に春菜のもとを離れていった。
先程よりもスピードの出た自転車。
彩花は何も言わない。
遥も何も言えない。
風が頬を切る。
照れて、熱くなった頬を冷やすにはちょうどよかった。
- 254 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:13
-
◇
懐かしい公園の近くで春菜に会った。
つい最近も会ったとは言え、仲が良いから話は弾む。
春菜が私も一緒に行くと言ったときだった。
「ダメ。今日は和田さん、ハルのものだから」
遥がそう言って、突然自転車を漕ぎだした。
戸惑う春菜を置いてけぼりに自転車はどんどん加速する。
落とされないように彩花は遥の腰に回した手に力を込めた。
春菜が見えなくなった頃、信号が赤に変わり、ようやく自転車のスピードが落ちた。
ゆっくりと止まる自転車。
遥は何も言おうとしない。
だから、彩花は気になったことをそのまま聞いてみることにした。
「さっきのってさ…」
「はい?」
「はるなんに言ってたやつ。ハルのものだからって…」
「あ、もしかして迷惑でした?」
遥が少し心配そうに問いかける。
「ううん」と一言返すと、遥は安心したように「そっか」と笑った。
- 255 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:14
- 全然、迷惑ではなかった。
普通、友人との会話を突然切られたら少しはムッときそうなものなのに、不思議とそうは思わなかった。
むしろ、少し嬉しかった。
それが何故かはわからない。
信号が青に変わる。
自転車が走り出す。
遥がゆっくりと言葉を続けた。
「だって、こんな綺麗な人、独り占めしてみたいじゃないですか」
遥が無邪気に笑う。
彩花はまた、何も言えなくなってしまった。
さっきからずっとこの調子だ。
遥の言葉に簡単に心臓が跳ねてしまっている。
一体、どうしてしまったのだろう。
- 256 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:14
-
「和田さんの家ってここでしたよね」
遥の言葉に我に返る。
前方に我が家が見えていた。
「…あ、うん。そう、彩ん家」
家に着いてしまったことを、残念に思った。
自転車がゆっくりと家の前に止まる。
彩花は荷台から降り、遥に向き直す。
「送ってくれて、ありがとう」
彩花が礼を言うと、遥は「いえいえ」と爽やかに笑った。
数年振りにあった彼女。
それは偶然の再会だった。
次に会えるのはいつだろう。
そもそも次の確証なんてない。
それが、すごく寂しい。
- 257 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:14
-
「じゃあ、気をつけて帰ってね」
「はい」
遥に手を振り、彩花が家へと歩き出す。
門を越え、玄関の扉を開けようとしたときだった。
「彩花!」
唐突に下の名前を呼ばれる。
わかりやすいほどに心臓が跳ねた。
驚いて、振り返る。
遥の大きな瞳が、彩花をまっすぐと見ていた。
「え…」
声が掠れ、自分でも狼狽しているのがわかる。
- 258 名前:夏空ペダル 投稿日:2014/08/04(月) 22:15
- そんな彩花の様子を知ってか知らずか、遥はもう一度「彩花」と呼んだ。
「――でしたよね、名前」
「えっ…あぁ、うん」
そういうことかと納得し、そして落胆していることに気づいてしまった。
「和田さんは自分のこと彩って呼ぶし、姉ちゃんは彩ちゃんって呼ぶから」
遥が微笑む。
中学生らしい、無邪気な顔だった。
「じゃあまた」
遥が手を上げ、自転車を漕ぎだした。
つられるように彩花も片手を上げ、手を振る。
もう一度会いたい。
美術館じゃなくてもいい。
どこかでまた会いたい。
そして、願わくばもう一度呼んでほしい。
あの声で。あの目で見つめられながら。
そう思いながら、彩花は小さくなっていく遥の後ろ姿を見送った。
ジリジリと焼き付ける太陽が肌を焦がす。
ジワジワと遥を思い胸を焦がす。
夏はもう、始まっていた。
- 259 名前:宮木 投稿日:2014/08/04(月) 22:15
-
『夏空ペダル』 おわり
- 260 名前:宮木 投稿日:2014/08/04(月) 22:17
-
ここ最近のどぅーちょすごいやばい。ロマンスですね
>>240-242 名無飼育さん
大事なことで二度も感想いただいて感謝です
どぅーちょとその周辺の人物模様が大変好きです
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/08/10(日) 04:13
- 久しぶりに拝見したら激キャワなお話がいっぱい!
ありがとうございます><
- 262 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/08/12(火) 14:10
- 初恋感たっぷりで読みながらドキドキしました
よい作品ありがとうございます
- 263 名前:宮木 投稿日:2014/10/29(水) 01:32
-
『スクレ』
- 264 名前:スクレ 投稿日:2014/10/29(水) 01:32
-
どうしてそのことを知ってしまったのか。
知らなかったら、意識することなんてなかったかもしれないのに。
「聖って、こっそり『亜佑美ちゃん』って呼びよるとよ」
悪戯っ子のような笑顔で衣梨奈から聞いたこと。
隣のクラスの譜久村さんは、普段は私のことを『石田さん』と呼ぶ。
なのに私がいないところでは『亜佑美ちゃん』と呼ぶらしい。
何故、私のいないところで下の名前で呼ぶのか。
衣梨奈から聞かされた彼女の秘密。
あの日から、亜佑美はそれが気になってしょうがない。
- 265 名前:スクレ 投稿日:2014/10/29(水) 01:32
-
◇
HRが終わり放課後。
いつもはダラダラと帰りの準備をするクラスメートたちが今日はさっさと教室を出ていく。
不思議そうな顔をした衣梨奈が亜佑美のもとへやってきた。
「なんか今日、みんな帰るの早くない?なんかあると?」
「委員会でこの教室使うから。って、せんせーさっき言ってましたー」
委員会でこの教室を使うからだというのは先程のHRで担任が言ってたばかりだ。
亜佑美はふざけた口調で衣梨奈に答える。
「あぁー寝とったけん知らんもん」
衣梨奈が爽やかに笑う
亜佑美は呆れながらも「ほら早く出ないと」と促す。
衣梨奈も亜佑美も部活がある。
鞄を手に取り、さあ教室を出ようとしたところで衣梨奈が思い出したように呟いた。
「あ、そう言えば」
「ん?」
「委員会やったら聖来るよ」
「えっ」
「噂の『亜佑美ちゃん』呼びの」
衣梨奈があの時と同じように悪戯っ子のように笑う。
それを思い出して、亜佑美の顔が赤くなる。
聖は衣梨奈の友達で、つまり亜佑美とは友達の友達という関係になる。
「譜久村さんか…」
「あれ?なんで亜佑美ちゃん顔赤いと?」
「ち、違う!」
- 266 名前:スクレ 投稿日:2014/10/29(水) 01:33
- からかうように話しかけてくる衣梨奈から逃げようと亜佑美が教室の外へ出ようとした時だった。
「きゃっ」
「あ、すいません」
出ようとした亜佑美と入ってこようとした誰かがぶつかりそうになった。
咄嗟に避ける亜佑美に謝る声が掛かる。
あれこの声はと思った亜佑美に背後から衣梨奈の声が聞こえた。
「お、聖」
ぶつかりそうになって避けた相手、視線の先にいたのは今まさに噂していた隣のクラスの譜久村さん、聖だった。
「あ、えりぽん」
聖が衣梨奈に対し、親しげに手をあげる。
至近距離で見ることになってしまった聖の柔らかい笑顔。
そのまま聖が視線を亜佑美に向けたものだから、妙にどぎまぎしてしまった。
「どうも」
「ど、どうも…」
衣梨奈を通して何度か話したことはあるが、それほど親しいわけでもない。
そんな関係なのに何故。
―――「聖、こっそり『亜佑美ちゃん』って呼びよるとよ」
数日前、衣梨奈が教えてくれたことを思い出す。
聖だって、亜佑美に対しては少し壁があるように思う。
別に下の名前で呼ばれることがいやなわけではない。
むしろ仲良くなりたいと思う。
けれど何故、陰でだけそう呼ぶのか。
いくら考えてもわからない。
わからないから、気になってしょうがない。
- 267 名前:スクレ 投稿日:2014/10/29(水) 01:33
- 「えりぽんたちは今から部活?」
「そう。今からゴールいっぱい決めてくるけん」
バスケ部の衣梨奈がボールを投げるポーズを取ってみせる。
聖が「なんか変だよ、それ」と笑う。
「石田さんもバスケ部だったよね」
聖が衣梨奈から視線を亜佑美に向けた。
やはり名字呼びだ。
「うん、そう」
「かっこいいよね」
「そ、そうかな」
照れくさくて少しどもってしまう自分が恥ずかしい。
そんな亜佑美の様子を衣梨奈がニヤニヤと見ている。
にやけている衣梨奈に気づいた聖が不思議そうな顔をして衣梨奈を見る。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。ね、亜佑美ちゃん」
楽しんでいる衣梨奈が少し腹立たしい。
- 268 名前:スクレ 投稿日:2014/10/29(水) 01:33
- そう、と呟いて聖が亜佑美へと向き直す。
彼女の大きい瞳が亜佑美を捉える。
「頑張ってね」
柔らかい笑顔で応援された。
たった一言、それだけなのに何故かドキッとしてしまった。
うんという一言すら返せなかった自分に戸惑う。
そんな空気を壊すように衣梨奈が割って入ってきた。
「ちょっとーえりにもそれ言ってよ」
「え?あぁ、えりぽんも頑張って」
「ちょ、雑すぎるやろ」
衣梨奈が突っ込み、それを二人で笑う。
隣を見ると、聖が楽しそうに笑っていて、それだけで亜佑美も楽しくなった。
教室の入り口で話していた三人の脇を他の生徒たちが通っていく。
クラスメートたちは出ていき、入れ替わるよう委員会にやってきた生徒たちが入って行く。
「委員会もうすぐっちゃない?」
衣梨奈が教室の中を覗いて促す。
「そうみたい。じゃあね、えりぽんと石田さん」
聖が教室の中へと入って行く。
その姿を見送って、亜佑美は教室から離れた。
やはり、今日も彼女は亜佑美のことを名字で呼んだ。
衣梨奈から教えてもらったあの秘密は信じられない。
「なんで本人に言わんとかいなー」
衣梨奈がのんきに部室へと歩いて行く。
そのあとを続きながら、亜佑美は「こっちこそ知りたいよ…」と呟いた。
- 269 名前:スクレ 投稿日:2014/10/29(水) 01:34
-
◇
部活が早めに終わり、亜佑美は一人教室へと向かっていた。
帰宅準備をしていたときに明日提出の課題プリントを机の中に忘れてきてしまったからだ。
放課後の緩い空気に包まれる校舎内。
外からは他の部活動生たちの威勢のいい声が聞こえていた。
見慣れた教室の扉を開ける。
見慣れた景色があるはずだった。
「え…」
みんな帰ったと思っていた。
だからそこに人がいたことがびっくりだった。
さらにそれが自分の席にいたのだから、尚更だった。
教室の真ん中にある自分の席。
窓からの夕陽が逆光になって、よくわからなかった。
その影が動く気配はない。
どうしたのだろうとゆっくりと近づいていく。
その人はうつ伏せになっていて、どうやら眠っているらしかった。
見覚えのあるうっすらと染められた茶色い髪。
先程までこの教室で行われていた委員会活動。
そこにいたのは聖だった。
- 270 名前:スクレ 投稿日:2014/10/29(水) 01:34
-
ここ最近、亜佑美をもやもやさせる張本人。
うつ伏せになっている聖の背中が呼吸に合わせゆっくりと上下している。
放課後の教室に二人きり。
そう思うと、妙に緊張してきてしまった。
亜佑美は自分が何をしに教室に戻ってきたかを思い出す。
机の中に忘れたプリントを取りに来たのだ。
そしてその席には今、聖が寝ている。
つまり、聖を起こさなければならない。
「譜久村さん」
「………」
呼びかけてみても反応なし。
「起きてください」
「………」
やはり聖が起きる様子はない。
ふと亜佑美はあることを思いつく。
聖が亜佑美のことをこっそりと呼ぶのなら、私だって。
「……みずき、ちゃん…」
口に出しただけなのに、まるで魔法にでも掛けられたように熱くなってしまう。
寝ているから本人には伝わらないとわかっているのにだ。
恥ずかしさでむず痒い。でも心地いい。
- 271 名前:スクレ 投稿日:2014/10/29(水) 01:34
- もう一度呼んでみようかと口を開きかけたそのときだった。
亜佑美が持っていた鞄が机の脚に当たった。
ガタンと音が鳴る。
「ん…」と聖が反応した。
もぞもぞと体が動き、顔が上がる。
開けきっていない寝ぼけ眼が亜佑美を見る。
「―――あゆみちゃん…?」
ふいに呼ばれた名前。
寝起きの呂律の回っていない甘い声。
「えっ…」
不意打ちをくらって、亜佑美は固まってしまう。
今、確かに彼女は下の名前で自分を呼んだ。
衣梨奈に聞いた通りだった。
亜佑美が反応しきれない間に、聖は起ききってしまったらしい。
「…あ…石田さん」
目が覚め亜佑美のことを認識した聖がいつもの呼び方に戻る。
やっぱり聖は陰で亜佑美のことを下の名前で呼んでいたらしい。
- 272 名前:スクレ 投稿日:2014/10/29(水) 01:35
- 「聖、寝ちゃってたんだ…」
聖がゆっくりと体を起こす。
目を擦るその姿は幼くてかわいらしかった。
「あ、ごめん。ここ石田さんの席だよね」
「え…うん、そう」
戻ったことが寂しかった。
いつも通りのはずの距離に戻ることが悔しかった。
「あ、あのさ」
「ん?」
真意が知りたかった。
何故こっそり下の名前で呼ぶのか。
何故面と向かって下の名前で呼んでくれないのか。
「もしかして譜久村さんって、私のこと―――」
彼女は一体、私のことをどう思っているのか。
「あれ?二人ともこんなとこでなんしよーと?」
突然声が聞こえ、二人で一斉に振り向く。
教室の入り口に立ってこちらを不思議そうな顔で見ているのは衣梨奈だった。
いきなりの登場に、二人して固まる。
「あ、もしかして二人で帰るとこ?えり邪魔やった?」
衣梨奈がわざとらしく声を上げにやける。
「え?」
「いや、別にそういうんじゃ…」
「じゃあお二人さん、仲良くね!」
「ちょ、ちょっと!」
「えりぽん!」
急にやってきたと思ったら、衣梨奈は手を振りながらまたしても唐突に帰って行ってしまった。
やけににやけた笑顔と、妙に気まずい雰囲気を残して。
- 273 名前:スクレ 投稿日:2014/10/29(水) 01:35
-
「ほんと、えりぽんってKY」
しばしの沈黙の後、聖が頬を膨らませ笑う。
だねと同調するように亜佑美も笑った。
「あ、そうだ。さっき言いかけたことってなんだったの?」
「え…あぁ、ううん」
今さら聞くのも恥ずかしかった。
それに、もう理由なんてどうでもよかった。
「せっかくだし…」
「ん?」
聖がきょとんとした目でまっすぐ亜佑美を見つめる。
あまりにも無垢なその瞳に、詰まりそうになった言葉を亜佑美は頑張って声にしてみた。
「…一緒に帰らない?」
二人の間にはいつもは衣梨奈がいた。
だから。せっかくだから、この機会に。
衣梨奈がいないと一緒にいれない関係を、壊したくなった。
「そうだね」
亜佑美の誘いを、聖は柔らかい笑顔で受けてくれた。
聖が席を立ち、帰り支度をする。
- 274 名前:スクレ 投稿日:2014/10/29(水) 01:35
-
「あ、その前に宿題」
「へ?」
「忘れちゃって。それ取りに戻ってきたんだった」
亜佑美がポンと手を叩くと、聖が「意外とおっちょこちょいなんだね」と笑った。
自然な会話をしながら、二人で昇降口へと向かう。
靴を履きながら、そう言えばと亜佑美はふと気が付いた。
衣梨奈が教室に入ってきたとき、足音は聞こえなかった。
一体、いつから衣梨奈はいたのだろう。
KYと呼ばれるけれど、たぶん衣梨奈は気が利く。
明日、あのクラスメートにジュースの一つくらい奢ってあげよう。
そしてそのときに「ありがとう」の言葉も付け足そう。
気になる彼女と、仲良くなれるきっかけをくれたのだから。
そう思いながら亜佑美は笑顔で聖のあとを追った。
「聖ちゃん、待って!」
- 275 名前:宮木 投稿日:2014/10/29(水) 01:36
-
『スクレ』 おわり
- 276 名前:宮木 投稿日:2014/10/29(水) 01:36
-
初々しいあゆみずきが見たかっただけ感
>>261 名無飼育さん
こちらこそありがとうございます
かわいいピュアな子たちのかわいいピュアなお話がたくさん溢れればいいなと思います
>>262 名無飼育さん
初恋のドキドキ感って忘れたくないですね
ありがとうございます
- 277 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/11/10(月) 01:07
- たまらん
呼び方って大事よな
- 278 名前:宮木 投稿日:2014/12/24(水) 00:51
-
『ふたりぼっち』
- 279 名前:ふたりぼっち 投稿日:2014/12/24(水) 00:52
-
夜になってぐんと冷え込んだ外の空気を遮断するように家の扉をすぐに閉めた。
「ただいまー」と力なく呟いた声に返答する声はない。
終業式が終わり、冬休みに入った弟と一緒に母親は実家へと帰省してしまった。
衣梨奈はパチパチと家の明かりを付けていき、リビングにいくとテレビとストーブを付け、ソファにだらりと寝ころんだ。
何をするともなく、スマホを弄る。
ただ、それもすぐに飽きてしまう。
「クリスマスイブ、ねぇ」
12月24日。世間がクリスマスイブで浮かれるこの日。
学校の友人たちはそれぞれ相手がいたり、いない子はいない子で集まってワイワイと過ごしているはずだ。
衣梨奈は先程まで仕事があって、それが何時頃に終わるのかもわからなかったので、その集まりには不参加。
結果、ひとりぼっちだ。
先程まで一緒に仕事をしていたメンバーたちも、兄弟が多く、家族でクリスマスパーティーをする子がほとんどだった。
さすがに邪魔は出来ない。
付けてみたはいいものの、特に気を引かれるような番組はテレビから流れてこない。
ご飯は食べてきたし、することもない。
「なんしよっかな…」
呟いた言葉がようやく暖かくなってきた部屋の空気に溶けて、消えた。
- 280 名前:ふたりぼっち 投稿日:2014/12/24(水) 00:52
-
――――
―――
――
―
ピンポーン。
ふいに聞こえた音で目が覚め、そこでようやく自分が寝てしまっていたことに気がついた。
壁に掛けられた時計を見る。
衣梨奈が帰ってきてから、そんなに時間は経っていないようだ。
起き上がり、うーんと伸びをする。
はて、こんな時間に誰だろう。
疑問に思いながらインターホンに出た。
「…はい」
「あ、鞘師ですけど、えりぽ…衣梨奈ちゃんいますか?」
「里保?」
予想外の人物に戸惑いながら、衣梨奈は里保を家に上げた。
リビングに通された里保は家の中の暖かい空気にほっと息をついている。
「ごめんね、こんな時間に」
「いいけど…どうしたと?」
今日の仕事は、里保だけ別件が入っていたはずだ。
わざわざ衣梨奈の家に寄るような用事なんてあるのだろうか。
- 281 名前:ふたりぼっち 投稿日:2014/12/24(水) 00:53
-
「ん。一緒にケーキ食べようと思って」
里保が手にしていた箱を突き出す。
白いその箱は、よく見るケーキ屋さんの箱だった。
「えっ、わざわざ?」
衣梨奈が驚いて里保を見ると、里保は即座に違うと否定して早口で捲し立てた。
「もらったんだよ、スタッフさんから。差し入れで。
でもさ、ほら、うちすぐポニョっちゃうし、こんなに食べちゃいかんじゃろって思って。だから」
言い訳めいたようなその言葉に、衣梨奈は思わず微笑んだ。
衣梨奈の笑顔に気づかない里保は、まだ捲し立てる。
「ショートケーキとかチョコとかモンブランとかいろいろもらって。
今日のスタジオがえりぽん家に近かったし。えりぽんのママとか弟くんも食べるかなって思ってさ」
「ママたち福岡帰ったよ」
「あ、そうなんだ」
衣梨奈が口を挟み、ようやく里保の勢いが収まる。
それならどうしたものかと戸惑っている里保の手からとりあえず箱を受けとる。
「ありがと。じゃ、二人で食べよっか」
「結構、いっぱいあるよ?」
心配そうな里保の声を聞きながらその箱をテーブルに置き、開く。
確かに二人で食べるには多い、様々な種類のケーキが入っていた。
「…多いね」
「言ったじゃん」
- 282 名前:ふたりぼっち 投稿日:2014/12/24(水) 00:54
-
お皿とフォークを用意し、各々好きなものを取る。
衣梨奈はショートケーキ、里保はチョコレートケーキだった。
「えりぽんがチョコ取らなくてよかった」
「なんで?」
「うち、チョコが食べたかったから」
「またそうやって自分のことばっかり」
「えりぽんに言われたくないよ」
お互い、お互いを自分勝手だと思ってる。
顔を見合わせて二人で笑った。
「でも別にえりじゃなくてもいいよね?」
ケーキを口に入れながら、衣梨奈はふと思ったことを口にする。
差し入れのケーキが多くて、それを分けたいのならば別に他のメンバーでもよかったはずだ。
「それはぁ」
里保がクツクツと笑う。
ハテナ顔で里保を見つめると、里保は意地悪そうな顔で言ってのけた。
「えりぽんひとりぼっちだろうなって」
「はぁ?」
「こないだイベントで言ってたじゃん。クリスマスはいつもひとりぼっちだーって。クリぼっち」
ニヤニヤと里保が衣梨奈を見る。
バカにしてるのか。
ムッと睨んでみたものの、里保は何食わぬ顔でケーキを頬張る。
「でもそういう里保もひとりやろ」
「う、うちはいつもぼっちだから」
言い訳になっていない言い訳を里保が言う。
自虐にもほどがあるそのセリフと、口の端にチョコを付けたまま慌てる里保の姿に、怒ってみせるのもバカらしくなって衣梨奈は笑った。
その笑顔を見て、里保もふにゃりと笑った。
- 283 名前:ふたりぼっち 投稿日:2014/12/24(水) 00:54
-
◇
「結構遅くまで居ちゃった」
ケーキなんてとっくに食べ終わったというのに、なんだかんだ話し込み、気がつけば時間は過ぎていた。
時計を見ると、それなりに遅い時間。
思いの外、ダラダラと過ごしてしまったらしい。
「明日、何時集合やったっけ」
言いながら衣梨奈はスケジュール帳を開く。
明日はメンバー全員での仕事だったはず。
向かいにいた里保が、ひょいと衣梨奈の手元を覗き込んだ。
「あ、集合早いんだ…」
翌日のスケジュールに目を留めた里保の顔が曇る。
早起きが苦手な里保にとって、明日はなかなかの試練だ。
その顔を見て、衣梨奈はふと思いつく。
「どうせなら泊まってけば?」
今から里保が帰宅していろいろしていたら、もっと遅くなってしまう。
着替えなら、衣梨奈のを使えばいい。新品のものだってあるし。
衣梨奈がそう提案すると、変な声を上げ里保がわかりやすく慌てた。
- 284 名前:ふたりぼっち 投稿日:2014/12/24(水) 00:55
- 「えっ、いや、いいよ」
「でも今から家帰ってお風呂入って寝る準備してーってしよったら遅くならん?」
「そうだけど…」
「明日里保起きれんやろ?」
「お、起きれるかもしれないじゃん!」
「どうせ家族おらんっちゃけん、遠慮せんでさ」
「…それが、あれなんだよ…」
里保が小さな声で溜め息と一緒に呟く。
「でもさ、ほら、またファンの人に…」
「ん?」
「えりぽんとクリスマスイブ一緒に過ごしたなんて言ったら…」
「あぁー。またドラマティックにされちゃうかもって?」
ラジオでの里保の発言を思い出して、衣梨奈はからかった。
どうも里保は、ファンの間でやいやい言われていることを気にしているようだ。
「言わんどけばいいやん」
口外しなければ、何も言われることはない。
メンバーの一部も、少しからかってる節がある。
でも、知らなければ、弄られることもないのだから。
「クリスマス、一緒に過ごしたのは、えりと里保だけの秘密ってことでさ」
衣梨奈がそう言うと、里保は恥ずかしそうに、でも、嬉しそうに「うん」と頷いた。
二人が翌日時間通りに起きれたのか、それは衣梨奈と里保しか知らない。
- 285 名前:宮木 投稿日:2014/12/24(水) 00:55
-
『ふたりぼっち』 おわり
- 286 名前:宮木 投稿日:2014/12/24(水) 00:56
-
ドラマティックボマー生鞘だっていいじゃないメリークリスマス
>>277 名無飼育さん
特別な呼び方ってワクワクしますよね
- 287 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/01/18(日) 00:26
- 生鞘を読めてうれしいです。ありがとうございます。
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/11/09(月) 02:30
- 今年のクリスマスはどうなるか
と考えてたらここ思い出した
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