Maybe
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/08/13(月) 01:01
- 鞘石とか。
短めのお話ばかりで更新のんびり。
- 2 名前:かわいいひと 投稿日:2012/08/13(月) 01:02
- 出番まで余裕を持って舞台袖まで来たとき、鞘師の立っている反対側の舞台袖に石田の姿が見えた。
あ、と思ったと同時に石田もこちらに気づいて表情を和らげた…気がする。
なんとなく小さく手を振ったら、相手はそれより少しだけ大きく振った。
それに返そうと今度は自分もさっきより大きく振ってみると、石田もまた更に大きく振り返してくる。
張り合いを繰り返しているうちにお互いにだんだんエスカレートして、
最終的には両手で振り始めてしまい、堪えきれなくなったように先に吹き出したのは石田だった。
その直後、何かに弾かれたように石田が振り返り、ちょっと深めに数回頭を下げた。
なんだろう、と思っていたら、こちらに向きなおった石田が苦笑いしながらわずかに舌を出し、人差し指を立てて自分の唇に押し当てる。
おそらく、控えていたスタッフに注意でもされたのだろう。
こちらが始めたことなのに石田だけが叱られたことが申し訳なくなる。
ごめん、と声にはしないで口元を動かすと、気にしてない、と言いたげに首を振る。
何気ないことなのに、そんな仕草もまた、こちらの気持ちを揺らすなんて思いもしないんだろう。
- 3 名前:かわいいひと 投稿日:2012/08/13(月) 01:02
- 先輩だけど年下。
後輩だけど年上。
少ししか変わらないと思う歳の差も、その「少し」が鞘師にとって時々大きなコンプレックスになる。
石田が気にしたり、万が一バカにされたりしても嫌なので、決して言葉にはしないけれど。
鞘師が何もアクションを起こさなくなったのを、注意を受けたせいで遠慮していると思ったのか、
石田がこちらを気遣うように穏やかな笑顔を浮かべて首を傾げたのが見える。
年上の余裕を見せられたみたいで悔しい、だなんて言う気もないし、言いたくない。
こんな情けない自分を知られるのも気づかれるのも嫌だ、なんて、そんなことを思う自体、自分が年下だからだろうか。
石田はまだ笑いながら鞘師を見つめている。
近くにいれば寄り添うこともできるのに、こんなに離れていては何も伝えられない。
だけど何か返したくて、でも咄嗟に気の利いたことなんて浮かばなくて、唇を開きかけたがそのまま視線を落とした。
床を見たあとで避けたような態度だったと気づいて慌てて顔を上げたが、そんな一瞬でも、石田の表情には残念さが浮かんでいて。
違う、そんな顔を見たいわけじゃなくて。
笑ってほしい。
そう思った瞬間、鞘師は自分の右手を唇に当て、その手をそのまま、石田のほうに向けていた。
- 4 名前:かわいいひと 投稿日:2012/08/13(月) 01:02
- 無自覚に自分が何をしでかしたか、鞘師自身が気づいたのは石田がその大きな目を更に大きく見開いてからだった。
誰がどう見ても、何をどう考えても、投げキッスだった。
ぶわっ、と鞘師の顔が熱くなる。
石田は石田で、困ったように笑って両手を添えるようにして自分の頬を隠す。
こんなの自分のキャラじゃない、と早速後悔が押し寄せてくるが、恥ずかしそうに頬を押さえている石田は鞘師から目を逸らしてはいない。
おそらく、それ以上のリアクションをどうするべきか困っているのだろう。
困ってはいるが嫌な顔をされなかったことが鞘師にほんの少しだけ余裕を生ませた。
思い切って、もう一度同じことをした。
今度は曖昧にでなく、はっきりと指先に自分の唇を押し付けて。
また投げてくることは予想外だったらしく、今度こそ、石田は両手で顔を覆い隠した。
遠目でも、恥ずかしさが上回ってのリアクションだとわかる。
鞘師がやらかしたことはともかく、石田のそのリアクションは端から見れば些細なことに見えただろう。
けれど鞘師には、何が起きても絶対に埋まることのない歳の差が心理的に縮まったように感じられた。
まだ顔を覆ったままの石田を見る。
少し待っただけで、こちらのようすを窺うように石田は両手をずらして顔を見せた。
眉尻の下がった石田の困り顔は、知らず知らずに鞘師の口角を上げる。
それを認めたらしい石田の唇が不本意そうにへの字に歪んで、それはますます、鞘師を嬉しい気持ちにさせた。
- 5 名前:かわいいひと 投稿日:2012/08/13(月) 01:03
- 鞘師の顔の熱が引いたと同時に石田が顔から手を離したので、
その腕が下ろされるのを待ってから、石田に向けて鞘師のほうから手招きで強請った。
最初は鞘師のジェスチャーの意味を理解出来ず不審そうに眉をひそめた石田も、
手のひらを上に向けた鞘師の手招きにその意図を把握したようで。
戸惑いと躊躇とをあからさまにしながら石田が顎を引く。
強要するつもりはなかったので、石田の表情に困惑が濃く見えたら鞘師も笑って舌を出してやろうと思っていた。
けれど石田は、顎を引いたあとでキョロキョロと周囲を見回し、
唇のカタチはわずかにへの字にしたまま、立てた人差し指に唇を押し当て、その先を鞘師に向けて息を吹きつけた。
- 6 名前:かわいいひと 投稿日:2012/08/13(月) 01:03
- その一連の動作をひとつも見逃すことのなかった鞘師は、
いっそこのまま倒れこんでゴロゴロ転がりたいのを必死に堪えて、石田が投げてきたキスを手で掴み取った。
え、と石田の顔つきが意外を表した驚きに変わる。
それを視界の端に入れながら、
鞘師は掴み取った石田のキスを大きく口を開けた中へと放り込み、わかりやすい動きで頭を上下させてゴクリと飲み込む。
そのあとで石田を見ると、今度こそ恥ずかしくてたまらないと全身で訴えながら、また両手で顔を覆っていた。
おかしくて、かわいくて、鞘師は自分の口元が緩んでいくのを止められない。
しかし、石田が次に返してくるリアクションをワクワクした気持ちで待とうとしたところで、背後にメンバーが近づいてきた。
ステージ上では曲も終盤で、もうすぐ自分たちの出番だ。
石田のいるほうの舞台袖にもメンバーが揃っていて、スタッフの指示を待っている。
顔を覆っていた石田も手を下ろしているが、その頬は心なしか赤く、鞘師のほうを見ないようにしているのもわかった。
- 7 名前:かわいいひと 投稿日:2012/08/13(月) 01:04
- 次の曲のイントロが始まって舞台袖からそれぞれの立ち位置に向かう。
すれ違う寸前まで鞘師は石田を見ていたが石田は一度も鞘師のほうは見ず、
ひょっとして冗談の度が過ぎて気分を害してしまっただろうかと焦りが鞘師の背中を滑ったとき、
鞘師の左横ですれ違うまさにそのタイミングで、石田の軽いパンチが脇腹に入った。
油断していたせいもあって石田のパンチは綺麗に鞘師の脇腹にヒットして、
思わず鞘師はカラダをくの字に曲げてしまう羽目になるが、なんとか平静を装って立ち位置にたどり着く。
斜め後ろにいるはずの石田の気配から不穏さは感じられない。
むしろ笑いを堪えているのが伝わってくる。
怒っていないことがわかってホッとしたと同時に嬉しい気持ちが膨らむ。
同じだけ、もっともっと、石田に構いたくなった。
さて。
ステージに立っているのに仕掛けてきた石田に、こちらからはどんな仕返しをしてやろうか。
そんなふうに考えながら、鞘師はマイクを持ち直した。
END
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/08/18(土) 22:09
- 更新します
- 9 名前:ほどく ほどける 投稿日:2012/08/18(土) 22:10
- 「あっ、」
「え? うわ…」
立ち上がろうとしてすぐ近くで聞こえた石田の慌てた声に振り向いて、
その目が映した光景に何が起きたのかを瞬時に把握する。
鞘師の衣装の、右胸の上あたりにある留め具の部分に、石田の髪先が絡まってしまったのだ。
なにがどうなってそんなところに髪先が絡まったかはわからないが、
石田の髪も長いので、振り向いた拍子に勢いづいた髪先がそのまま絡まってしまったようで。
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「ウチは平気。亜佑美ちゃんこそ、引っ張られて痛くなかった?」
「私も平気です。…でもあの、ごめんなさい…」
「謝んないでいいよ、こういうこともあるよ」
絡まった先が鞘師の胸元に近いせいだからだろう、
無闇に手を伸ばしてくることに石田が躊躇しているのが見えて、必然的に鞘師がほどくことになった。
しかし、絡まった髪は思うほど簡単にはほどけてくれない。
- 10 名前:ほどく ほどける 投稿日:2012/08/18(土) 22:10
- 「あの、引っ張って抜いちゃってくれていいですよ」
「ダメだよ、そんなんしたら痛いでしょ」
一、二本なら鞘師もその言葉に甘えるが、どう見ても五本以上はある。
抜くことは可能だが、それだけ痛みを与えてしまう気がした。
「それなら切っちゃってください」
「…それはもっとダメ」
「えっ、なんで」
「絡まったとこから切ったらここだけ変な長さになっちゃうじゃん」
「別に構わないですよ、ちょっとくらい」
「亜佑美ちゃんがよくてもウチが嫌なの」
真剣な声色に、石田は思わず自分の口元を押さえた。
ほどきながらで意識がそちらに向いていたせいか、鞘師はその言葉の威力がどれほどかに気づかなかったようだ。
無意識に出た言葉だとしたら、尚更。
「…鞘師さん、て、意外と…」
ぽつりと声に漏れたが、聞こえなかったのか、鞘師が気にしたようすはない。
こちらがどう感じたかを察してほしかったのに。
そして、絡まった髪はまだまだほどけそうになかった。
- 11 名前:ほどく ほどける 投稿日:2012/08/18(土) 22:10
- 跳ねた心音はすぐに落ち着き、石田は視線だけで周囲を見回した。
動かなくても少し手を伸ばせば届く範囲に目的の物を見つけ、
鞘師が自分の胸元に気を取られているうちにさっさとそれを手に取った。
「鞘師さん、ちょっとごめんなさい」
声を掛けてから鞘師の手首をそっと掴むと、不満そうに口元を歪めながら鞘師が顔を上げた。
しかし、顔を上げたそこに見たものに思わず目を見開く。
「あゆ…」
その唇が自分の名前を最後まで告げるより早く、石田は手にした文具用の鋏で、留め具に絡まっている自分の髪を切り落とした。
「ちょ、なんてこと!」
「大丈夫ですよ」
声を荒げた鞘師に石田は穏やかに返しながら、
さっきは伸ばすことに躊躇した、自分の髪が絡まった鞘師の胸元に手を伸ばす。
切ったことで抵抗がなくなったのか、鞘師が苦心してほどこうとしていた石田の髪先は、
元の持ち主である石田が引っ張っただけで、留め具に引っかかることもなくするりとほどけた。
- 12 名前:ほどく ほどける 投稿日:2012/08/18(土) 22:10
- 「あ、よかった、簡単にとれた」
「なんてことするんだ…」
切られてほどけた石田の髪はほんの数本だ。
自分のカラダから離れてしまった今、それはもうゴミでしかない。
「これぐらい平気ですってば」
「だから! 亜佑美ちゃんがよくてもウチが嫌なんだって!」
手に取ったそれをさっさと屑入れに捨てながら言うと、鞘師は少し怒ったように言った。
同じことを言われた石田の口元が知らずに緩む。
今なら、振り返るだけで、自分の発した言葉の威力を察してくれそうな気がした。
「…鞘師さん」
「なに」
「私、前から思ってたんですけど」
「話逸らさないでよ」
振り向かなくても唇を尖らせているのが容易に想像がつく。
単純、というより、素直すぎて石田のほうが恥ずかしくなってきた。
口元を隠しながら振り向くと、隠していても石田の口元が緩んでいることが伝わったのだろう、
尖っていた鞘師の唇はすぐにへの字に歪められた。
- 13 名前:ほどく ほどける 投稿日:2012/08/18(土) 22:11
- 思ったとおりの反応にますます石田の口元は緩むが、
それを堪えて口元を覆っていた手を下ろして鞘師に一歩近づく。
距離を詰められた鞘師が戸惑い気味に顎を引いたのはわかった。
それでも石田は顔を近づけて、上目遣いで鞘師を見つめる。
「…鞘師さんって意外とタラシですよね」
「はっ?」
「普段はわりと上から目線なのに、たまにものすごく相手のこと喜ばせるっていうか」
「そっ、そんなことは…」
発した言葉が言葉だっただけにあまり褒められている気がしないのか、
への字に歪んだまま言い返そうとしている口元はまだ不本意そうだ。
「……それとも、独占欲が強いのかな」
鞘師の表情が一瞬固まった。
ひょっとして、その言葉のほうは自覚があるのかも知れない。
どちらもあまり褒め言葉として使われることはないけれど。
「こ、子供っぽいって言いたいの?」
反論してくる鞘師の声からは、さっきは感じた苛立ちのような雰囲気が薄れている。
不本意そうなのは変わらないが、それに対しての石田の反応が気になるようだった。
- 14 名前:ほどく ほどける 投稿日:2012/08/18(土) 22:12
- 「じゃなくて。…そのうち切っちゃうような髪の先とかじゃなくて、変わらないようなとこ欲しがればいいのに、って思って」
「え、え? ほ、欲しいって、ウチ、別に…」
石田の台詞に含みを感じ取ったらしい鞘師の頬が僅かに赤くなる。
「う、ウチはただ、せっかく綺麗な髪なのに、そこだけ不自然な長さになるのが嫌ってだけで」
「でもそれ、鞘師さんには痛くも痒くもないことですよね?」
う、と、痛いところを突かれたらしい鞘師が言葉を詰まらせる。
「…そういうこと、他の人にも言ってるなら、私が自意識過剰なだけですけどね」
そのとき、石田の背後から少し焦ったような譜久村の声が聞こえた。
「里保ちゃーん、亜佑美ちゃんもー、何やってんのー」
既に他のメンバーは次の場所に移動している。
なかなかついて来ない自分たちを気にして呼びに来てくれたようだ。
「はーい、今行きまーす!」
振り返りながら笑顔で返事して、そのまま石田が足を進めようとしたところで腕を掴まれた。
おや、と思って振り向くと、思っていたよりも近くに鞘師の顔があって、石田は咄嗟に顎を引いた。
そんな石田に、鞘師はまだ反抗的な顔付きで唇のカタチを歪めたままで。
- 15 名前:ほどく ほどける 投稿日:2012/08/18(土) 22:12
- 「…言ってないし」
「へ?」
ぼそりと言われて、すぐには石田も理解できずとぼけた返事になったら、
鞘師は焦れったそうに肩を竦めて石田の髪を一房、その手に絡め取った。
「髪切るのが嫌とか、他の人には言わないって言ったの!」
怒鳴るように言って絡め取ったまま石田の髪を少し引っ張る。
それほど強いチカラではなかったが、
予想外のことをされたせいで引っ張られたままにカラダが少し傾き、鞘師の顔がさっきより近くなった。
「タラシとか、亜佑美ちゃんにだけは言われたくない」
不本意そうな音色の声が発した言葉は、石田にこそ不本意なものだったが。
「…けど、独占欲は強い…と、思う」
視線を外しながら鞘師は言って、絡め取った髪をほどいて石田から離れる。
そのまま石田を残してメンバーを追いかけようと歩き出す鞘師に、
発せられた言葉の持つ意味に考えを巡らせたせいで反応が少しだけ遅れた。
無言のまま歩き出した鞘師はどうやら石田からの返事を聞くつもりはないようで、
そのうしろを無意識に追いかけながらも、石田は石田で、鞘師の今の心情を推し測る。
怒らせたというより、拗ねられた感じを受けるのは、
鞘師がそれだけ石田に対して遠慮なく接してくれているようで、
そして同時に、自分のほうが少しだけ年上なのだということを思い出させてくれた。
- 16 名前:ほどく ほどける 投稿日:2012/08/18(土) 22:12
- 先を行く鞘師が細く溜め息をついたのがわかって、石田は少し小走りで追ってその隣に並んだ。
唐突に隣に並ばれて気まずそうに身を引いた鞘師だが、
不本意そうに尖らせている唇が拗ねているのを顕著にしていて、石田の口元は自然と綻ぶ。
するりと手を伸ばしてその手を取ったら、思ったとおり、びくりと肩を震わせて逃げられそうになったけれど、
石田はそれを阻むように先手を打って、鞘師の小指だけをとって自分のそれと絡ませた。
「ふふ」
「…な、なに? なんか、変な笑いかた…」
可愛げのない口調だったが、絡ませた指先から伝わる戸惑いがそれを本意ではないと教えてくれる。
「変って、ひどいなー」
「だって、ニヤニヤしてる…」
「ニヤニヤ、って、それもひどい。ニコニコって言ってくださいよ」
「でもホントにそんな感じだよ、なんか、なんか、裏があるみたいな」
「うわ、ますますひどい!」
「…実は腹黒とか」
「違いますよっ」
いつのまにか鞘師の口ぶりは抑揚の薄い普段の調子に戻っていて、けれど、繋がった小指の先だけは、なんだか少し熱があって。
- 17 名前:ほどく ほどける 投稿日:2012/08/18(土) 22:12
- 「……ていうか」
小指の先にそっとチカラを込めると、応えるみたいに、小さな反応があった。
鞘師のほうに顔を向けて内緒話をするように口元を隠すと、
石田の動きでそれを察したらしい鞘師が心なしか距離を詰めてきて、石田の視界に鞘師の耳が近付いた。
笑いを我慢できなくて石田の口角はこれ以上ないくらいに上がったが、鞘師はもちろんそれに気づくことはなく。
石田はその耳に息を吹き込むように、告げたあとの鞘師の反応を予測しながら囁いた。
「鞘師さんがかわいくて、ぎゅー、ってしたくなりました」
途端、石田の予測したとおりに鞘師の頬がパッと赤くなり、僅かに身を引いたあとで手を離すと、石田の肩先をぱしん、と叩いた。
もちろん、そんなに痛くない強さのそれは鞘師の照れ隠しが明らかで。
むくれたようにまた唇を尖らせて歩き出す鞘師を追いかけた石田の耳に悔しそうな鞘師の声が届く。
「…やっぱりタラシじゃん」
さっきも聞いた不本意な言葉に含まれた鞘師の気持ちが見えるようで、
うしろから手を伸ばして鞘師の手を掴んだら、振り向いたその頬は石田が思うより朱色に色づいていて。
「…やだ、ホントにかわいい」
思わず声に出た石田に鞘師は唇を尖らせたまま、石田が悲鳴を上げるまで、その手をきつく、強く、握り返した。
END
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/08/18(土) 22:13
-
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/08/18(土) 22:15
-
いろいろ捏造妄想三昧ですいません
こんな感じで、だらだらのんびり不定期に書いていきます
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/08/19(日) 23:57
- 鞘石好きです
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/08/20(月) 20:06
- 鞘師さんは独占欲強そうですよねw
更新楽しみにしてます
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/08/22(水) 14:40
- 二作品続けて読みましたとても良かったです
ガラパンのだーいし投げキッス思い出したー
これからも楽しみにしてます
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/03(月) 20:39
- 更新します
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/03(月) 20:39
-
- 25 名前:キザな王子のペナルティ 投稿日:2012/09/03(月) 20:40
- 「痛くない?」
「はい、全然」
ギプスのとれた左足首の部分に触れながら少しだけ浮かせた鞘師が不安そうに石田を見ている。
平気だと言ったにも関わらずまだ不安そうなのは、石田の言葉を完全には信じきれないのだろう。
信用を失った、というのはおおげさだが、
心配に対して、大丈夫、という言葉で安心させた結果がこれなのだから、不安そうにされるのは仕方のないことだ。
痛みがあっても我慢してやり過ごして招いた結果は動きたくても動けない現実だった。
異変に真っ先に気づいてくれた鞘師が肩を貸そうとしてくれたのを拒んだことを今更後悔しても遅い。
そして鞘師もまた、そのとき石田の意思を尊重したことを悔いているようだった。
石田の怪我が思うより重傷だったことか発覚してから、メンバーたちはいろいろ面倒をみてくれた。
しかし鞘師はそのメンバーたちに気を遣ってか、今までに比べてあまり自分に近づいてこなくなった。
それを淋しいと思うのは石田の勝手な感情だ。
大丈夫だから、もっと言いたいことを言ってほしい、なんて言葉を言えるような立場でもない。
ギプスを外した翌朝、早くメンバーに知らせたくて、待ちきれなくて、
朝一番に事務所に行ったら遅刻常習犯のはずの鞘師がいて、
苦笑い気味に「ギプスとれたの早く見たくて、寝られなかった」と言われて胸が鳴ったなんてことも、言えるわけがない。
- 26 名前:キザな王子のペナルティ 投稿日:2012/09/03(月) 20:40
- 「まだ勝手に歩いちゃダメですけどね」
「それでも自由度は違うでしょ?」
ギプスはとれたが松葉杖はまだ必要だ。
使い慣れてきたけれどまだ違和感があるせいで少し息を切らしながら到着した石田に、
鞘師は自分が座っていた椅子を勧めたあと、石田の前にまわって跪いた。
目線が低くなって見下ろすカタチになって少しだけ焦る。
ここしばらく車椅子での移動が多かったので、目線はいつも以上に上だった。
自分の身長を思えば、見上げられること自体が余りないことなのだが、
跪いた人を見下ろすというのはなかなかないことで、同時にあまり気分のいいものでもなかった。
「…さわって平気?」
「いいですよ」
そろりそろりと、鞘師が石田の左足に触れる。
包帯越しだったというのにその手が熱っぽく感じたのは、おそらく鞘師が緊張しているからだろう。
久しぶりに触られた、と気づいたら、石田のほうにもその緊張が伝わってきた。
- 27 名前:キザな王子のペナルティ 投稿日:2012/09/03(月) 20:40
- そうっとチカラが加わって、ゆっくりと持ち上げられて。
その動作はまるで、ガラスの靴を履かせてもらう、有名な童話のワンシーンを思い出させた。
「…なんか、鞘師さん、シンデレラに出てくる王子様みたい」
痛くないのに痛そうに思われるのがなんだか歯痒くて平気だと言ったのに、
不安気に自分を見つめる鞘師の目がいたたまれなくて、石田はわざと茶化してように言ってみた。
「…あっ、やっ、今のナシ、聞かなかったことにしてくださいっ」
しかし、言ってからさすがに恥ずかしい言葉だったと気づいて慌てて顔の前で手を振ってみたが、
鞘師は一瞬キョトンとしたあと、言葉の意味を理解したように照れくさそうに笑った。
「…じゃあ、亜佑美ちゃんはシンデレラ?」
「うわ、恥ずかしい…」
キザな言葉を吐いた鞘師に思わず両手で顔を覆うと、足首を支えるように踵に触れていた鞘師の手のチカラが強くなった。
- 28 名前:キザな王子のペナルティ 投稿日:2012/09/03(月) 20:41
- 「…ドキドキする」
「…え?」
「亜佑美ちゃんに触ってるから」
「…足ですよ?」
「手とか腕とか肩とかより、足ってなんか、神聖な気がしない?」
足首も踵も、普段ならあまり触られることのない部分なのは確かだ。
触れなれない場所だと自覚したら、今そこに触っている鞘師の手の熱を無駄に意識してしまってドキリとした。
「…キザな言葉知ってますね」
照れくささを隠すように言ったら、鞘師はなぜか乾いた声で笑った。
それからちらりと石田を見上げて、ゆっくり視線を外しながら僅かに上体を倒すと、こつん、と、石田の左膝に額を押し当てた。
「? 鞘師さん?」
「…急がせちゃダメってわかってるけど、早く、治ってね」
声色の弱弱しさにハッする。
おそるおそる手を伸ばして顔の見えない鞘師の頭に置くと、少しだけ身じろいだけれど、離れることはなくて。
気持ちの動くままに髪を撫で梳くと、僅かに頭を振った。
そのおかげで膝に当たっていた額が前髪と一緒に擦りつけられて、くすぐったかった。
- 29 名前:キザな王子のペナルティ 投稿日:2012/09/03(月) 20:41
- 「鞘師さん」
ただ口にして呼ぶだけの声色で呼んだら、髪を撫でていた手にそっと触れてくる。
指先だけを弱く掴んで、膝には少し強めに額を押しつけて。
同時に、左足首に触れていた手がゆっくり離れ、踵が床についた。
あ、と思ったときに膝に何かが触れた気がして思わずカラダが強張る。
額を押しつけてられてる今、そこに何が触れたかを知るのは容易で、
空いたほうの手で咄嗟に口元を隠したら、それを合図にしたみたいに顔を上げた鞘師が上体を起こして石田から離れた。
「…お茶、買ってくる。亜佑美ちゃんもいる?」
「えっ、あ…、はい、お願いします…」
- 30 名前:キザな王子のペナルティ 投稿日:2012/09/03(月) 20:41
- どういうつもりで、と聞きたくて聞けないまま、石田の答えを聞いた鞘師が財布を持ってあっというまに出て行く。
ちょうど入れ替わるようにやってきたのは鈴木で、ドアを開けたまま石田の顔を見て「おはよう」と言ったあと、
小さな会釈だけして出て行った鞘師の姿を不思議そうな顔で追っている。
「…なんかあった?」
「え、なんでですか?」
「だって今、里保ちゃん、顔真っ赤にして…て、亜佑美ちゃんまで…」
二人の間に何かあったらしいと察した鈴木が少し呆れ顔で肩を竦める。
両手を頬に添えて顔の火照りを誤魔化す石田をしばらく眺めたあと、
「…なんだ、ラブラブか」
と、少し投げやりに呟いたので、
「ちょ、誤解!」
石田は焦って抗議したが、鈴木は取り合ってはくれなかった。
- 31 名前:キザな王子のペナルティ 投稿日:2012/09/03(月) 20:42
-
石田の左膝にはまだ先程の余韻が残っていて、顔の熱も思うより長引いて引いていかない。
お茶を買うと言って出て行った鞘師もまた、どこの自動販売機を目指していたのかなかなか戻らず、
ようやく戻ってきたときには既にメンバーは全員揃っていて、
少しずつ減り始めていたはずの遅刻のペナルティは、また加算されることになった。
END
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/03(月) 20:42
-
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/03(月) 20:43
-
なんかよくわからん話になってしまって申し訳ないっす。
つーか、自分で考えたタイトルのくせに恥ずかしくて悶絶してます。
レスありがとうございます!
>>20
私も鞘石大好きです!
>>21
独占欲そのものの本質を無自覚に実行してるとかだとなお萌える作者であります。
のんびり更新ですが、がんばります!
>>22
何かを思いだせるようなきっかけのある話になったのなら幸いです。
次も楽しみにしていただけるような話を書けるよう、精進します!
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/04(火) 22:15
- うわあああああ
読んでる私が照れた
良いぞもっとやれ
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/05(水) 11:04
- 読んでてすごくドキドキしました
石田さんの足が早くよくなりますように
- 36 名前:名無し飼育さん 投稿日:2012/09/25(火) 02:26
- やっぱり鞘石いいなあ…
楽しみに待ちます
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/29(土) 03:15
- 更新します
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/29(土) 03:15
-
- 39 名前:taste 投稿日:2012/09/29(土) 03:16
- ふたり並んでベッドに座ったのに、無言のまま、お互いに身動きできなかった。
もう少し一緒にいたい、と言ったのは自分なのだから、何か言わなければ、と思うのに、
顔を見たら、声を聞いたら、相手の気持ちを思いやれない行動に出てしまいそうで。
緊張だけが伝わる静かな空間では呼気さえひどく大きな音で相手に届く気がする。
そしてそれはそのまま、相手に不信感や疑惑といった不必要な感情を抱かせそうで気持ちばかりが焦っていく。
焦る気持ちは喉の渇きを訴えていたようで、無意識に唇を舐めたとき、視界の左側でゆるりと影が動いた。
どきりとしてそちらに振り向くと、持ち上げた手を目が合った一瞬だけ止めて、けれどぎこちなく笑ったあとでそっと頬に指先で触れてくる。
触れた瞬間、その部分だけが電気を放ったような錯覚がして思わず肩を揺らしてしまったけれど、
指先だけでは思うほど相手の熱は伝わってこないんだな、と感じたら、それを見透かしたみたいに、手のひらが頬を包みこんだ。
優しい熱だった。
ほんの数秒前まで持てあますだけだった昂った感情が、ゆっくり、落ち着いていくのがわかる。
- 40 名前:taste 投稿日:2012/09/29(土) 03:16
- 「…大丈夫ですか?」
「うん」
「落ちついた?」
「うん、ありがと」
伝わる体温に少しずつ感情は鎮められていくが、何故だか、頬を撫でている手の強さは不自然で。
何か言いたげな口元を見つめていると、もどかしそうに唇が開きかけて閉じられ、それと同時に眉尻が下がったのが見えた。
「…もう、私に触るの、嫌ですか?」
「えっ?」
不本意そうな顔で言ってすぐ、唇の形をへの字に歪めて手を引く。
聞こえた言葉の解釈に困って返答に詰まったら、唇のカタチはますます歪められて。
「聞こえなかったんならいいです」
突っぱねるような口調とともに、手だけでなくカラダまでも引かれた気がして慌ててその手首を掴まえた。
「…いいの?」
「嫌ならいいです」
「嫌なんて言ってない」
言葉とおなじぐらいに掴む手のチカラを強めたら、びくりとカラダが揺れて振動が伝わり、こちらの強気に怯んだのだとわかる。
- 41 名前:taste 投稿日:2012/09/29(土) 03:17
- 「そんなこと、言われると思ってなかった」
意外だったと遠回し気味に告げたのに、それはすぐに把握したようで頬骨の少し上に薄紅が浮かんだ。
「…ホントにわかんないんですか?」
不本意そうな口調のまま上目遣いで見つめられて、その瞳が潤んでいたことに今さら気づいて胸が鳴る。
そして更に気づく。
ぎこちなく笑いながら頬に触れた指先。
包み込むように撫でた手のひら。
伝わる熱の意味。
それらが自分に訴えていたもの。
「……もしかして、誘ってた?」
期待と願望と、ほんの少しの確信を持って尋ね返すと、不本意そうだった唇が拗ねたように尖った。
「…そうやっていちいち言葉にするとこ、ちょっと嫌いです」
聞こえた言葉に比べて、耳の奥へと届いた声色は甘く響くだけだったが、
それを紡いだ唇の味が知りたくてまだ不本意を顕著にしている口元に顔を近づけたら、ゆっくりと瞼が伏せられた。
END
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/29(土) 03:17
-
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/29(土) 03:18
-
短いわりにネチっこい感じの思わせぶりな内容ですいません。
呼称がない話、というのを書いてみたくなったもので。
名前がなくてもどちらがどちらかはわかっていただけてるといいんですが…
レスありがとうございます!
>>34
こっぱずかしい感じですいません…、て、えっ、もっとやっていいんですか!
>>35
ドキドキしたって言われるのは本当に嬉しいです!
>>36
いいですよねえ、鞘石って…(しみじみ)
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/30(日) 16:22
- 待ってましたー↑↑↑ニヤニヤきゃわきゃわ良かったッスー
セリフが始まるまでどっちか判らんくて???しながら読みましたがw
かみ合わない感じがもどかしくて恋の走りだしを感じさせてくれましたー!
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/04(木) 21:06
- なんとゆう充足感。素晴らしく良かったです。
昨日は鞘石さんは2人きりでダンスレッスンだったようで、
2人ともいつもより何かテンションが違うブログをあげてて、
そんなワクテカな気持ちでこの小説読んだら、
とんでもなく胸が熱くなりました(笑)
これからも楽しみにしてます。
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/09(火) 02:15
- 更新します
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/09(火) 02:15
-
- 48 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:16
- 地方のコンサートが連日のときは当然のことながら泊まりになる。
別にそれが義務というわけではないが、
コンサートが終わって食事も終えて、ホテルに戻って一息ついたところで石田は家族にメールを送ろうと思った。
本日の同室者は鞘師だ。
そしてその鞘師は今、入浴中である。
メールの文面はコンサートの感想も含んでいたので思ったより長文になり、作成にも時間がかかったようで、
背後でバスルームのドアが開く音がして、石田は時間の経過が自分の想像以上だったことに気がついた。
「…メール?」
「はい、お母さんに」
ちょうど作成し終えたところで静かな声で聞かれ、答えたと同時に送信ボタンを押した。
それから振り向こうとした石田の、向かい側のベッドに鞘師が座る。
「お風呂、どうぞ」
「あ、はい」
言われてすでに用意していた着替え類の入ったビニールパッグに手を伸ばし、
ベッドを降りてからもう一度鞘師を見ると、濡れた髪をぼんやりとタオルで拭いていた。
しかし、その手の動きは緩慢で、黙って放っておいたらそのまま横になって眠ってしまいそうだった。
- 49 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:16
- 「眠かったら、電気消しちゃって先に寝ちゃってかまわないですよ」
「やだ、寝ない」
「なんですか、その駄々っ子みたいなの」
思わず吹き出しそうになるのをこらえて聞くと、どう見ても眠そうな目が石田を見上げて。
「亜佑美ちゃんと、もーちょっと喋りたい」
少し鼻にかかった声で言われて胸が鳴った。
甘え方が直球過ぎて一瞬息を飲んだくらいだ。
これだけまっすぐ言葉にするということは、たぶんきっと、本当は眠くて眠くてたまらないはずだ。
できれば石田は甘えたいほうだが、だからといって甘えられるのが嫌なわけじゃない。
むしろ普段の鞘師はこういうキャラじゃないぶん、眠くなるとこんなふうに直球の甘え方を見せられるので、くすぐったい気持ちになる。
ただ、最近はどうもその頻度が自分といるときだけ高くなっている気がする。
そしてそれを嬉しくも思うと同時に、できれば、
自分以外が相手のときはこんな顔を見せないでいてくれたらいいのに、と思ったりもするようになった。
- 50 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:16
- 「あー…、じゃ、お風呂はあとにします」
「え、でも、早く入りたいでしょ? ただでさえウチが先だったし」
「まだそんなに眠くないですし…、あ、でも、汗臭かったら」
コンサート後に汗を拭いて着替えただけなので、さすがに少しぐらいは汗臭さも残っているかも知れない。
自分では気付けないが、入浴を済ませてさっぱりした今の鞘師の嗅覚になら気づかれてしまいそうでそう言うと、
石田を見た鞘師はほんの少し怒ったような顔をした。
「そういうこと言ったんじゃないよ」
「…ごめんなさい」
鞘師の声色が尖って聞こえたせいで条件反射で謝ると、今度はその口元が淋しそうに歪む。
「気を遣われてるみたいでヤダ」
鞘師の言いたいことがようやくわかって、石田は手にした着替えを持ち直した。
「じゃあ、ぱぱっと入ってきますね。でももし眠くなっちゃったら」
「寝ないもん」
何度も同じことを言わせるとさすがに機嫌を損ねそうで、石田はそれ以上は何も言わず、急いでバスルームに入った。
- 51 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:16
- ドアを閉じると同時にテレビの音が聞こえてきたが、それでも石田はいつもに比べると短い時間で入浴を済ませた。
なるべく早く戻ろうとは思うが髪が濡れたままなのは嫌なのでドライヤーを使って急いで乾かす。
Tシャツにハーフパンツという、レッスン着とたいして差のないラフな格好の自分を鏡で確認してからバスルームを出た石田は、
そこにいるはずの鞘師の姿が見えないことに一瞬ぎくりとした。
もちろんすぐに見つかった。
バスルームのドア付近からは死角になっているほうのベッドに横になっていたのだ。
どうやらやはり眠気に負けて眠ってしまったようなのだが、寝姿を眺めながらもほんの少しだけ困った気持ちになる。
何故なら、鞘師が横になっているのは石田のほうのベッドだったからだ。
バスルームに入る前、鞘師は確か向かい側のペッドに座っていたはずだったのに。
ベッドが入れ替わるくらいどうということもないが、こちらのベッドの何が気にいらなかったのかは気になった。
- 52 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:17
- そろりと近づいて寝顔を覗き込む。
姿勢は横向きで目も閉じられていたが、タオルで顔の半分を隠していて本当に眠っているのかどうかまでは確認できない。
「鞘師さん?」
おそるおそる呼んでみた。
返事はなかった。
もうちょっと喋りたい。
そう言ったのはそっちのくせに。
「寝ちゃったの…?」
せっかく早めに切り上げてきたのに、と、肩を落として溜め息をつき、ついていただけのテレビを消して、
石田はさっき鞘師が座っていたベッドのほうに腰を下ろした。
明日もコンサートがあるし、鞘師ももう寝てしまったのなら石田もこれ以上起きている理由はない。
ベッドが変わったからといって眠れなくなるわけではないし、このまま寝てしまおうかとも思ったが、
ただ横になっただけの、リラックスとは程遠い態勢で眠っている鞘師を放っておくことは少しばかり躊躇した。
空調も効いてる室温は適温を保ってるし、顔半分を隠しているタオルが喉の乾燥予防にもなっているだろう。
迂闊に起こして不機嫌になられても困る。
寝起きの鞘師は、眠いときに邪気無く甘えてくる姿など幻だったのではないかと思うくらいのギャップがあるのだ。
- 53 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:17
- しばらく逡巡していた石田だったが、明日にまで疲労を残しそうな寝姿を見てしまっては、やっぱり見過ごすわけにはいかない。
そっと立ち上がって鞘師の眠るベッドに近づき、肩を揺すって起こそうと手を伸ばしかけて、
閉じられている鞘師の瞼がほんの僅かに動いたのを見てしまった。
「うそ、寝たフリ?」
思わず声を出したら、閉じられていた鞘師の瞼が上がった。
タオルで顔半分は隠されていたが、その口元はニヤニヤ笑っているのが見えるようで。
「バレたか」
「ちょ、騙すなんてひどい」
「騙すとか、おおげさじゃない?」
タオルをどけて、肘で頭を支える態勢で鞘師は言ったが、その口元は笑いを噛み殺しているのが見え見えで。
「…さてはベッド代わったのもびっくりさせようとしてでしょ?」
「にひひ」
指摘すると、我慢しきれなかったように悪戯がバレたときの子供みたいな笑い方をした。
しかし石田は、鞘師のそんな行動を少なからず嬉しくも感じていた。
鞘師のしたことは些細な悪戯で、わりとどうでもいい嘘だ。
だけどそれを石田にしようと思うくらいには、鞘師は石田に対して遠慮がないということになる。
それだけ、自分に気持ちを許してくれているのだと。
そう思うと、石田は自分の胸の内がムズムズするような、ザワザワするような、くすぐったい気持ちになった。
決してイライラだとかでなく、ただ単に、鞘師に触って構いたくなるような、言葉にしがたい、好意的な感情だ。
- 54 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:17
- 「亜佑美ちゃん?」
黙ったまま鞘師を見つめる石田に対し、何かしら言い返してくると思っていただろう鞘師の声が不安そうな声色になった。
「あー、えーと…、ごめん、怒った?」
「…うん、怒った」
「えっ」
敬語じゃない石田の返事に鞘師の顔つきが強張る。
無言で無表情のまま鞘師を見つめると、
肘を下ろして横向きだったカラダをゆっくり起こし、上体を前のめりにして反対側のベッドに座っている石田の顔を覗き込んできた。
顔色を窺うような鞘師の不安そうな顔が石田の気持ちをまた更にくすぐる。
我慢しきれなくなった石田が勢いよく立ち上がると、
唐突なことに驚いた鞘師のカラダが目に見えて怯んでうしろにさがったのがわかった。
「…だから、仕返し!」
「えっ、…わあっ」
石田の顔色窺いに気を取られていたせいで無防備になっていた鞘師に飛びかかると、悲鳴とはちょっと違う声が聞こえた。
- 55 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:18
- 持っていたタオルを奪ってベッドの下に捨て、押し倒す勢いで警戒の薄かった彼女の脇腹に手を伸ばす。
「ちょ、うわ、だめ…、うははっ、やだやだ、…うはははっ、やめー!」
撫でる、というよりは強く、叩く、というよりは弱く、鞘師の脇腹をくすぐると、チカラの入らない両腕が抵抗をしめすように石田の腕を叩く。
「…やっ、まじ、ホントごめんって、ね、あゆ…っ」
「なになに、降参? します?」
「こっ…、…するする! まいった、まいりました! から、やめてーっ」
半ば無理やり言わせた言葉を聞いてから手を離す。
ベッドの上で横たわりながら、息も荒く肩を上下させる鞘師の目尻に滴のようなものを見つける。
やり過ぎだったかと僅かに怯んだら、起き上がった鞘師にその隙をつかれてしまった。
「…スキあり!」
言葉と一緒に鞘師が石田に手を伸ばしてきた。
何をされるかは想定内で、だけど一瞬つくってしまった隙に見事に入り込んだ鞘師に形勢逆転される。
逃げようとベッドの上で半転したらそれを追うように上から押さえつけられたが、石田も負けじと抵抗する。
「やったなー!」
「仕返しの仕返しだ!」
「じゃあその仕返し!」
- 56 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:18
- 売り言葉に買い言葉、ではないが。
きっかけはなんであれ、いつのまにやらお互いのカラダをくすぐることに夢中になって、
風呂上がりだとか明日もコンサートなのにとか、大事なことのはずなのにそんなことは忘却の彼方で、
気がついたときにはお互いの額に汗が滲んでいたし、ベッドの上のシーツはずいぶん乱れてしまっていた。
ふと、自分たちのしていることがずいぶん子供じみていることに思い至って我に返ったのは石田が先だった。
そしてその石田の一瞬の油断を、鞘師は今度も見逃さなかった。
隙のできた石田の手首を捕らえ、それに怯んで咄嗟に身構えると更にもう一方の手首も掴まえる。
そしてそのままべッドへと押し付け、勢いづいたまま、鞘師は仰向けになった石田のカラダに馬乗りになった。
「どーだ!」
勝ち誇った顔で笑った鞘師に見下ろされ、身動きを封じられた石田はさすがに降参するしかなくなる。
「ま、まいりました…」
負けを認める言葉を口にしたら鞘師はまた満足そうに笑ったけれど、
正直、自分たちの現状がどういったものかを先に把握してしまった石田は、
今の態勢が笑い飛ばせるようなものではないことに気づいた鞘師がどう感じ取るか、そのことにばかり意識を奪われていた。
鞘師はきっと、このあと正気になったとき、他愛ないことだと気にせずにいるような相手ではない。
だからと言って石田のほうからそれを指摘することは鞘師のプライドを傷つけそうで、それもためらわれた。
ここからどうやって鞘師に気づかれることなく、且つ、鞘師を傷つけることなく起き上がるか。
- 57 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:18
- しかし、そんな心情が顔に表れでもしたのか、
ニヤニヤ笑っていたはずの鞘師の口元が何かに気づいたように真一文字に結ばれ、
石田を見下ろす目の強さも、何か別の感情を孕んだのがわかった。
「え、と…」
このままではまずいほうへ進展しそうで思わず視線を逸らすと、押さえつけられていた手首にチカラが込められた気がしてギクリとする。
馬乗りになられている時点でほとんど身動きは出来ないのに更に動きに制限がかけられたことで、
逃げる、という選択肢を奪われたのだとわかる。
見下ろしてくる鞘師の目が何を見ているのかがわかかるだけに、
このあと自分の身に起こりそうな事態が容易に予測できて石田の胸が鳴る。
好奇心だけでは済まされない、何か別の感情も含んでいるような色艶のある鞘師の視線は、
拒絶するほうが適切な判断だとわかっているのに、石田の持つ限りある理性をあっさりと砕いてしまう。
やがて、上体を倒すように前屈みになって顔を近づけてきた鞘師に、石田はたまらなくなって、ぎゅっと目を閉じた。
- 58 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:18
- しかし。
石田がどれだけ待っても、鞘師の唇どころか吐息さえ石田の顔に触れることはなく、
かたく閉じた瞼をおそるおそる持ち上げると、その先で、ひどく申し訳なさそうに石田を見下ろす鞘師がいて。
「…さやしさん…?」
どうしたの、と問いかけそうになって石田は慌てて言葉を飲み込んだが、
咄嗟に出た声が掠れたことで、鞘師の表情がまた強張った気がした。
「…ごめん」
石田から目を逸らした鞘師が苦しそうに眉間にしわを作って小さく首を振る。
「こういうことってさ…、す…好きな人としないと、ダメだよね」
まるで自分自身にも言い聞かせるようなそれに、石田は何も返せなかった。
鞘師の言葉はそのとおりの当たり前のことなのに、少なくとも、石田の胸の奥では小さな痛みが起きたからだ。
- 59 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:18
- 「好きな人と、することだよね」
確認するようにもう一度言われてハッとする。
明らかに傷ついた声色は答えを欲しがっている。
そしてそれは、反論や石田の意見ではなく、ただ同意してほしいだけのようで。
「そう、ですね…」
上ずった声を漏らしながら、石田は、自分の胸の奥で起きた痛みの理由に思い至った。
何が起きるかなんて誰でも予測できるような、あれ以上はない雰囲気の中でも思い留まったのは、
鞘師が本当にしたかった相手が自分ではなかったからだ。
それでも一度は顔を近づけてきたということは、石田は鞘師が想っている誰かの『身代わり』にされた、ということにならないだろうか。
そう思い至ると同時に強張っていた自身のカラダからチカラが抜ける。
それは決して安堵からでなく、むしろ落胆に近い感情だった。
鞘師に誰か好きな人がいることよりも、自分を通して別の誰かを見ていたことのほうが石田の気持ちを揺さぶる。
普段、気を許すと唇を見られていた気がしたのも、誰かを重ねていただけなのだろうか。
ゆるゆると鞘師が上体を起こしたことで、石田の手首を押さえつけていた手のチカラもあわせて弱くなる。
離れられたことで封じられていた身動きは自由になったが、
石田と距離をとるようにベッドの端のほうまで下がった鞘師が俯いたのが見えて、
今の自分がどうするのが一番適切か、咄嗟の判断に迷って、起き上がることが遅れた。
- 60 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:19
- 「あの…」
「ごめん…」
俯いているせいで声は籠もって聞こえたが、そのまま泣き出してしまいそうで石田も思わず身構える。
「あやまって済むことじゃないけど…」
「あ…、あの、平気です、だって未遂だったんだし」
そう言葉にしてから、思うより自分がショックを受けていることに気づく。
ここ最近、自分には心を開いてくれていると勝手に思い込んでいたことが恥ずかしくもさえあった。
ベッドの端まで下がっていた鞘師が正座する。
そのまま土下座でもされそうな雰囲気にぎょっとして、石田はあわてて起き上がって鞘師のほうにカラダを寄せた。
「大丈夫ですから」
手を伸ばして肩先を撫でると、弾かれたようにカラダを揺らした鞘師がそろりと目線を上げた。
「大丈夫です」
目が合ってから言うと、鞘師の表情がホッとしたようにふにゃりと崩れた。
しかしすぐまた石田から目を逸らして床へ視線を落とす。
こんなとき、どんな言葉が適切かなんて、石田にはわからない。
自分に置き換えてもみるが、鞘師の起こした言動を自分がすることはない気がして、やっぱり言葉は出てこなかった。
- 61 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:19
- ふたりして黙り込んだまま、どれくらいそうしていただろう。
沈黙に堪え切れなくなったのか、鞘師がそろりと立ち上がる。
おそらくもともと座っていたベッドに戻るだけだったのだろうが、
何故だか縮まっていた距離が遠のく気がして、石田は咄嗟に、鞘師の腕を掴んだ。
びくっ、とカラダを揺らした鞘師が振り向き、見上げる石田を困ったように見下ろす。
そんなふうに見られてから、石田も自分の咄嗟の行動を自覚した。
「あ、ごめんなさい」
「…ううん」
ホッとしたような、困ったような音色の返答が、言葉にできない石田の感情の襞を撫で上げる。
「あの、えっと…、す、座ってください」
情けない声が出てしまったが、鞘師の顔付きに安堵のいろが見えたことが石田を少なからず安心させた。
ついさっきまで鞘師が座っていた場所をぽんぽんと叩くと、僅かに口角を上げた鞘師がゆっくり腰を下ろす。
- 62 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:19
- 「あの、えーと…」
「うん」
「こ、こういうとき、なんて言えばいいか、経験ないんでちょっとわかんないんですけど」
「…まあ、普通はないよね」
「いや、そんな自虐的になられても…」
「……ごめん」
しゅん、と鞘師の肩先が落ちた気がして、自分の足元を見ていた石田は顔を上げた。
自分と同じように、ベッドに腰掛けながらも伸ばした足の先を見ている鞘師の横顔が淋しそうで。
「でもあの、思い留まってくれてよかったです」
下を向いたままだった鞘師の口元が僅かに上がる。
けれどそれは「ホッとして」というにはあまりにも懸け離れていて、石田の言葉は鞘師を少し追い込んだのだと悟る。
「やっ、あの、悪い意味じゃなくてね、やっぱ、女の子だし、こういうことって大事なことだと思うんですよ。
だからこそ、最初は好きな人とがいいと思うし、好奇心とか、ないって言ったら嘘になっちゃうけど、
でも、その場の雰囲気とかノリでやっちゃうとか、そういうの、女の子なら尚更ダメだと思うし、
ていうか、誰かの代わりとか、ぜったい、あとでどっちも悲しくなると思うから」
勢いで早口にまくしたてながらも、石田は自分が思うよりも緊張していることに気づいてそこで言葉を切った。
何となく気恥ずかしくて、隣に座っている鞘師の顔を見ることにも躊躇して俯いたままでいると、
そろりと動いた空気で視界が僅かに変化を見せたことで、鞘師が上体を倒すように屈めたのだとわかった。
- 63 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:20
- 「鞘師さん?」
「……きっつー…」
「え?」
「…なんていうか、体験談的なリアルさが」
屈んだせいで籠もった声だったが、鞘師の言いたいことを悟ってギョッとした。
「ちが、違いますよっ」
「だって、最初は好きな人とがいいとか、そうじゃなきゃどっちも悲しくなるとか言うから…。前に、そういうこと、あったのかと」
「そうじゃなくて! 私のことじゃなくて鞘師さんが…!」
自分の名前が出たことで、俯き加減で上体を倒していた鞘師が不思議そうに振り返る。
「? なんでウチが?」
「なんで、って、鞘師さんが言ったんじゃないですか、こ、こういうことは、好きな人とすることだって」
「や、だからそれは亜佑美ちゃんが…」
「え?」
自分を不思議そうに見ている鞘師の表情を見て、今度もまた、石田のほうが先に事態の本質に気がついた。
鞘師の言う好きな人とは、石田にとっての好きな人を指していること。
思い留まった理由も、石田自身にだけでなく、石田の好きな人(現状は存在しないけれど)に対して向けられていること。
鞘師は石田を『鞘師が想っている誰か』の身代わりにしたわけではないこと。
つまり、先ほどの鞘師の行動はすべて、石田自身に向けられたものであること。
気づいた瞬間、石田の顔に熱が集まって、咄嗟に両手で口元を覆い隠した。
それを見ていた鞘師も少し遅れはしたが何かに気づいたらしく、ハッとしたように目を見開くと気まずそうに目を逸らして俯く。
- 64 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:20
- そのまま、しばらく沈黙が続く。
何を言っていいか、どうやってこの空気を変えればいいか、最善と思われる方法はまったく思いつかなかった。
そんな石田の心中を読み取ったかのように鞘師が僅かに離れる。
そのまま勢いよく立ち上がられて、石田は弾かれたように鞘師を見上げた。
「…隣の部屋って、確か、香音ちゃんとはるなんだったよね」
「へっ? …あ、はい、そう、ですけど」
「部屋、代わってもらうよ」
「ええっ?」
言いながら反対側のベッドの下にまとめられてあった荷物に鞘師が手を伸ばす。
「ちょ、ちょ、待ってください。そんないきなり代わるって言ったって、もう遅いし、きっともうふたりとも寝てますよ」
「……起こす」
「そんなの、ホントに寝てたら迷惑になりますって」
荷物を持って立ち上がった鞘師の腕を慌てて捕まえると、びくりとカラダが揺らいだ。
その反応はそのまま鞘師の心情を思わせて、同じだけ石田にも緊張が伝わる。
「…それに、もし代わってもらえたとしても理由聞かれるし、それにそれに、このままだと、私も鞘師さんも、眠れない」
- 65 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:20
- 石田の言葉に、半ば諦めたように鞘師は俯いた。
荷物を離し、細い息を吐き出し、石田が掴まなかったほうの手で頭を抱える。
「…じゃあ、どうしたらいいの。どうしたらウチも亜佑美ちゃんも眠れるの」
怒っているようにも聞こえて石田も一瞬怯んだが、突き放すようでいながら泣き出しそうにも見えた口元の歪みに石田の胸が鳴った。
それは、普段の飄々としている鞘師からはあまり想像できないものだった。
思わせぶりにこちらを煽るくせに、さらりとかわして何でもないような顔をする。
そのたび口惜しく感じていたのに、今の鞘師からはいつもみたいな余裕が窺えない。
ずっと感じていた口惜しさがどんな意味を持つのか判断しかねながらも、そんな鞘師のことを石田は確実に意識していて、
そして今、普段とは違う鞘師を見せられて胸が鳴ったその理由を、もう少し詳しく、知りたくなった。
「……さっきと言ってること違うって、言われそうですけど」
鞘師の腕を掴んだ手に少しチカラをこめる。
気づいているのかいないのか、鞘師からの返答はない。
「最初って女の子にとって大事なことだと思ってますけど、でも、鞘師さんならいいかなあ、とも思ってます」
大きくカラダを震わせて鞘師が振り返る。
少し見上げた先で、眉間に皺を寄せた鞘師が怪訝そうに石田を見た。
- 66 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:21
- 「…な、に、言ってんの…」
「いや、これ、わりとマジで」
鞘師の頬に一瞬朱色が見えたが、それは掴んでいた手を振り払われたあとで顔を背けられて、はっきり見えなかった。
「なにそれ。バカにしてんの?」
「まさか」
「…雰囲気に流されてんじゃないの? ウチがかわいそうに見えてさ」
「それは、ちょっとあるかも知れないですね。好奇心が全然ないって言ったら嘘ですし」
「全然マジじゃないじゃん」
「マジですって」
僅かに肩を揺らして目線だけを寄越した鞘師に首を傾げて見せる。
唇を噛んでいた鞘師はそこで息を飲んだように喉を鳴らして、それから深く深く溜め息をつくと、項垂れながらベッドに腰を下ろした。
その隣に並んでいいものか石田は迷ったが、
普段なら難なく許してもらえそうな気やすさも、苛立ちを見せている今の鞘師には逆効果になりそうだと感じて、
そのまま座った鞘師の旋毛を見つめた。
頭を抱えるように俯いている鞘師がまた息を吐く。
「……あのさ、ウチ、さっき、こういうことは好きな人とすることだって言ったら、亜佑美ちゃんもそうだって言ったよね?」
「言いましたね」
「なのにそういうこと言うのってなんなの? やっぱりウチのことからかっ」
- 67 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:21
- 鞘師の声が中途で切れたのは、石田が鞘師の肩を強く掴んだからだ。
掴んだだけでなく、石田が手を伸ばしてきたことで顔を上げた鞘師に、
上体を屈めて顔を近づけ、目を開けたまま鞘師の唇の端に自分のそれを押しつけたからでもある。
触れたものと触れた場所を理解した鞘師が大きく仰け反る。
その勢いを利用して、石田は更に鞘師の肩を強く押し、重力に逆らえずに倒れこんでしまった鞘師にここぞとばかりに馬乗りになった。
咄嗟に目を丸くしただけだった鞘師もすぐに状況を把握したらしく、
しかし言葉は出ないのか、うろたえたようすで口をぱくぱくさせて石田を見上げている。
「からかってなんかないです。バカにしたりしてない」
「…うそだ」
「嘘じゃないですよ。ていうか、こういうことができちゃうくらいには、鞘師さんのこと、好きだと思うんですけど」
「ばっ、なっ、なに…っ」
さっきと同じ態勢のはずなのに、どちらもさっきとはまるで違う気持ちでお互いを見ている。
「……ただ、ここから先ってなると、自分でもどこまで許せるのかわからないっていうか」
「さ、先って、ゆる、許せるって…」
石田の言いたいことを理解しているようすの鞘師の口調はひどく焦っていて、その顔も普段の穏やかさが見られない。
そのぶん、口調と同じくらいの焦りと戸惑いが窺い知れて、石田は何故だか申し訳ない気持ちになった。
「こういうこと言うとまた怒られそうですけど」
声のトーンを落としたら眉根が寄せられた。
「…鞘師さんのしたいようにしてもらえたらなあって。それで、私が嫌だって思うかどうか、確かめられるかと思うんです」
- 68 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:21
- 今度こそ、不機嫌というより怒りを露わにした鞘師が石田の腕を掴んで引き寄せる。
横になっていた鞘師に腕を引かれたことで石田のカラダは鞘師の腕の中に抱きとめられることになるが、
それはほんの一瞬だけで、
すぐに態勢を変えられ、さっきと同じように、今度は鞘師が石田に馬乗りになった。
少し違うのは、鞘師は上体を倒し気味なので顔の距離がさっきよりずっと近いことと、
石田の両手を広げてベッドへと押しつけ、その動きを封じていることだ。
「…ウチの好きにしていいって?」
「はい」
「よくそんなこと言えるね。ウチがどんなヒドイことしてもいいって言うの?」
「よくはないけど…、しないですよ、ヒドイことなんて」
「は?」
「鞘師さんは、ヒドいことなんてしない。絶対しない」
上から押さえられていたので動かせないと思っていた手が、ほんの少しチカラを込めただけですぐに解放された。
- 69 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:22
- 自由になったその手を鞘師に向けて伸ばすと、視界に入った石田の手に、鞘師は一瞬だけビクリと肩を揺らした。
石田はその肩にそっと撫でるように手を置き、そのまま二の腕を上下に撫でてから、ゆっくりと鞘師の頬に伸ばす。
指先が鞘師の頬に触れた瞬間、そこだけ電流が走ったように感じたのは気のせいだろう。
けれど、自分を見下ろす鞘師の表情は、石田の胸の奥に言葉にならない感情を生ませた。
「…だって、今だって私のこと、傷つけないようにしようとしてる」
鞘師の目が見開き、しばらく石田を見つめたあと、何かを諦めたみたいにそっと目を伏せた。
押さえつけていたもう一方の石田の手首も解放して手からチカラを抜き、ゆっくりと倒れこむように石田のカラダに覆いかぶさる。
石田は、自由になった両手をそっと自分にカラダを預けている鞘師の背に回した。
肩甲骨を撫でると鞘師が身じろいだので、それを阻むように更に強く抱きしめるように腕を回すと、
より近づいた鞘師の体温が、Tシャツ越しに石田に伝わってきた。
耳のすぐうしろで鞘師の息遣いがする。
困惑も期待も混じっているとわかる吐息が、このあと起こるであろう事態を予測した石田の胸を鳴らす。
「……いいの?」
「鞘師さんが嫌じゃないなら」
く、と喉が鳴ったような気がした。
「…ほ、ホントに嫌ってなったら、そう言って」
耳元に届いた鞘師の掠れた声はそのまま、石田の肌の熱を上げた。
- 70 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:22
-
◇◇◇
- 71 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:22
- あらかじめセットしていたアラームより30分ほど早く目が覚めたのはもちろん石田のほうだった。
が、目を開けたときに目の前にあった鞘師の寝顔が穏やかで見とれてしまって、しばらくはもったいなくて起き上がれなかった。
ぐっすり眠っているから多少のことでは起きない気はしたが、それでもそっとベッドを抜け出し、
そのまま顔を洗うためにバスルームに入った。
適当に身支度を整えて時計を見る。
集合時間にはまだまだ早いが、鞘師を起こすことに時間をとられると予測して、その肩をゆするように声を掛ける。
「鞘師さん、そろそろ起きてください」
優しめの声ではダメだと知ってはいたが、最初はやはり弱い声になる。
当然起きる気配のない鞘師に苦笑いしながら、今度は強めに肩を叩いて揺さぶった。
- 72 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:22
- 「さーやーしーさーん」
もぞ、とベッドの中で鞘師のカラダが動く。
「起きてくださーい。起きろー」
わりと声高に言っているつもりだが、ベッド上の塊はもぞもぞ動くだけで起きてくる気配がない。
「しょうがないなあ」
腰に手を当てて、溜め息をひとつ吐き出してからベッドに腰掛けて塊の上から覆いかぶさる。
「起きてくださいってば」
全体重をかけるように塊に乗り上げると、さすがに苦しそうなうめき声が聞こえた。
「起きて起きて。遅刻しちゃう」
遅刻、という言葉がキーワードだったのか、石田がわざと焦った口調で言うと、
もぞもぞ動いていただけの塊が勢いよく上掛けを投げて中からまだ眠そうな鞘師が出てきた。
「お? 起きました?」
石田の声に反応して鞘師が振り返る。
ぼんやりした寝起きそのままの顔で見上げられて、石田は大きく吹き出した。
「…ほんっと、寝起きの鞘師さんおもしろいなー」
寝起きでも笑われたことは理解したらしく、その口元が不本意そうに歪む。
笑いながらも上から鞘師の頭を撫でてやると、歪んだ口元がゆっくり綻んだ。
幼さの感じられる表情の移り変わりに石田はくすぐったく感じる気持ちを隠しきれずに笑ったが、
そんな石田を見上げていただけの鞘師もだんだん覚醒してきたのか、
ぼんやり見上げていただけだったその目がはっきりと石田を映して、ハッとしたように見開かれた。
- 73 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:23
- 「おはようございます」
「お、おは、よ…」
距離の近さに戸惑ったように、膝を抱えて身を引く。
それがなんだか拒絶のように感じて、それまでどこか浮かれ気味だった石田の気持ちが幾らか冷える。
「…あ、ごめんなさい、なんか、馴れ馴れしかったですね」
作り笑いで手を引くと、慌てたように手が伸びてきて指先だけを掴まれたが、
その行動自体に戸惑ったように、鞘師はきょろきょろと視線を泳がせた。
「…あの、えっと、ウチ、ひょっとして、ゆ、夢とか見てた?」
夢と現実の境界が曖昧なのは目覚めの直後だからだろうか。
そうだとしても、昨夜の出来事を夢だと勘違いする選択肢があったことに少しばかり傷ついた。
「…昨夜の鞘師さん、可愛かったですね」
意地悪な声を意識してわざとそう言うと、石田の言葉の意図を把握したらしい鞘師の頬が一瞬で朱色に染まる。
掴んでいた石田の手を離すと、顔を隠すようにしてまた膝を抱えた。
「……はず、恥ずかしすぎて、ちょっと、なんか」
「なんか?」
「…そのへんはちょっと、思い出したくないというか」
「あー……。じゃあ、夢のままにしときます?」
「え…」
- 74 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:23
- 俯き加減だった頭が僅かに上がり、上目遣いの鞘師が困惑したように石田を見た。
その視線から石田は敢えて目を逸らし、声のトーンも低くする。
「鞘師さんが、そっちのほうがいいって言うんなら、夢だったってことにして、昨夜のことは最初からなかったことに」
「そんなん言ってない」
ムッとしたような声に振り向くと同時に肩を掴まれた。
「いっぱいちゅーしたのに、夢とかありえない」
先に言いだしたのはそちらのくせに。
そう思いながら苦笑いすると、石田の笑い方が不服そうに鞘師の唇が尖る。
「もっと亜佑美ちゃんとちゅーしたい」
「…昨夜みたいに? 遅刻しちゃいますよ」
「……まだ時間あるじゃん」
子供みたいな我儘な口調は、それだけ心を許されているようで、特別になった気がする。
黙ったまま鞘師を見つめると、駄々をこねた子供みたいだと自覚したらしい鞘師が微かに顎を引いた。
居心地悪そうに目まで逸らすからますます叱られた子供みたいで、思わず石田も噴き出してしまった。
しかし、声に出して笑ってしまったことが鞘師を気分を逆撫でたようで。
- 75 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:23
- 「わ、笑うことないじゃんか」
「だ、だって、鞘師さん……、ふふっ」
「もーっ」
拗ねた口ぶりの反論が聞こえたと思ったら手首を掴まれ、油断していたぶん、容易に引っ張られてベッドへと倒される。
自分のカラダがベッドに沈んだとわかったときには、さっきまで膝を抱えて丸くなっていたはずの鞘師が石田に覆いかぶさるように抱きついていた。
「鞘師さん?」
「ちゅーしていい?」
「…聞くんだ?」
「だって、遅刻するって亜佑美ちゃんが言った」
「まだ時間あるって鞘師さんが言いましたけど?」
「……むぅ」
肩先に頭を乗せて喋るから、そのたびに吐息が首筋にかかる。
くすぐったさを堪え切れずに身をよじると、拒絶と受け取ったのか鞘師のカラダが僅かに離れた。
「…じゃあ、そのアラームが鳴るまで、ってことで」
ベッドサイドのデジタル時刻表示が見えるように態勢を変えてからそれを指差し、
どこか企み顔で言った石田に鞘師の眉尻が下がったが、石田は口元をゆるめながら、目を閉じて鞘師が近づいてくるのを待った。
- 76 名前:ゆっくり恋しよう 投稿日:2012/10/09(火) 02:24
-
−−− 数分後。
アラームが鳴って、お互い一度は離れたが、
名残惜しそうに見下ろす鞘師に最後のつもりで石田から唇を寄せたらそれの仕返しがやってきて、
石田も負けじとそれに返したら同じだけ反撃されて。
結局、その日はふたりとも、集合時間に少しだけ遅刻した。
END
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/09(火) 02:24
-
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/09(火) 02:25
-
無駄に長くてごめんなさい。
時期的にいうと夏ハロコンぐらいのイメージで。
遅筆なのもあって書きあげるまでに3ヶ月もかかるという難産でしたが、鞘石にハマってから、これが一番書きたい話でした。
書きあげられて良かった。
あと、基本的には今まで書いてきた話はどれも繋がりがあるわけじゃないです。
ついでに、今回のを朝チュンにしたのは、その部分を別個に書く予定があるからですが、
いつになるかは神のみぞ知る、って感じです、すいません。
レスありがとうございます!
>>44
やっぱりわかりづらかったですよね、精進します。
もどかしい感じ、というのは私にとっては最上級の褒め言葉です、ありがとうございます!
>>45
あのブログは確かにふたりして(というか特に石田さんが)いつもよりちょっとテンション高くて微笑ましかったですよね。
どんだけ嬉しかったんだよ!みたいなw
今後も楽しんでもらえるようなものを書けるよう頑張りたいと思います。
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/11(木) 15:46
- 作者さんの小説の、熱っぽさや色気のある文章がとても好きです。
今回の話も読めてよかった!
書かれなかった部分も、いつか読めることを楽しみにしてます。
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/15(月) 20:35
- 素敵過ぎるお話でした。
神のみぞ知る部分が早く見たいですw
ゆっくりじっとりまってますw
- 81 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/20(土) 19:31
- キュン死にするかと思いましたーいやマジな話 久しぶりにときめいたw
長いと読み応えあってよかったですよ!というか、何回も読み返してますがw
◇◇◇←ここの部分もいつか読める事を期待して待ってます。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/21(日) 18:42
- 更新します
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/21(日) 18:42
-
- 84 名前:to touch 投稿日:2012/10/21(日) 18:43
- 衣装に着替えてあとはコンサート本番を待つだけ、となったときに舞台袖でぼんやりしていると、
視界の端からヌッと腕が伸びてきて、石田は反射的に身を引いて構えながら、そちらに振り向いた。
振り向いたらそこに鞘師が目を丸くして、手を伸ばしたままの体勢で立っていて。
「な、なんですか急に」
「ああ、ごめん、ちょっと見えてたから気になって」
言いながら、浮かせていた手を再び伸ばして石田の肩に触れてくる。
しかしその指先は、着ていた袖のない衣装の隙間から直に石田の肌に触れてきた。
「ちょ、鞘師さんっ、どこ触ってるんですか」
「や、だから見えてるんだってば」
「見え…、えっ?」
と間抜けな声が出たあとで、肩に擦れた感覚がして、鞘師がなにを気にしていたかに気づく。
- 85 名前:to touch 投稿日:2012/10/21(日) 18:43
- 「……それ?」
拍子抜けした石田の声に鞘師の口元が不本意そうに歪む。
「…これです」
むくれた口調に石田は思わず吹き出した。
鞘師が気にしたのはブラ紐だ。
しかしその紐はクリアストラップのいわゆる「見られてもいい」もので、
すでに衣装の一部であり、見えているからと言っても今さら、特別に気にするほどのことではない。
そもそも、もっと露出の多い衣装だってあるのに。
押し込むような指の動きがくすぐったくて身をよじったら、パッと手が引かれた。
「ごめん、痛かった?」
「いえ、平気です」
気まずそうに口元を歪めた鞘師が目線を泳がせる。
何か言いたそうな、何か言って欲しそうな所作を無言のまま見守っていたら、拗ねてるみたいにチラリと視線だけ寄越してきた。
- 86 名前:to touch 投稿日:2012/10/21(日) 18:43
- 「…どうせ、そんなことで、って思ってるんでしょ」
「あ、バレました?」
ゆるみそうになる口元を手で覆うと、への字に歪んでいた唇を隠そうともせずに鞘師は石田を睨んだ。
「……口は見えなくても目が笑ってる」
「おっと、これは失礼」
言いながらわざとらしくぱちぱちと大げさに瞬きして、指先で唇の端を押し伸ばす。
しかしそこまでして見せても、鞘師の口元の歪みは変わらなかった。
「どうせウチは子供っぽいですよ。しょーもないこと気にしますよ」
「そんなこと一言も言ってないじゃないですか」
「言われなくてもわかるもん」
「ていうか、こんなの今さら…」
「今さらでも気になっちゃったの。見られて平気なものだってわかってても、そこを見る人がいるかもって思っちゃったの!」
完全に拗ねモードになってしまったようで、そんな鞘師の横顔を見ながら石田は笑いを噛み殺すしかなくて。
本人がますます不機嫌になるから決して言わないけれど、石田は拗ねる鞘師がわりと好きだった。
表情にはあまり濃く感情が出ないほうなので、こうやってムキになって自分に向かってこられると、それだけ心理的な距離が近い気がするからだ。
- 87 名前:to touch 投稿日:2012/10/21(日) 18:44
- 「…呆れてるでしょ」
「まさか」
「でも、気にしすぎとかは思ってるでしょ」
「ていうか、よく見てるなあ、と」
「そりゃ……、見てるよ、亜佑美ちゃんのことは」
照れ隠しか、拗ねていた反動か、直球に近い言葉が投げられた石田は一瞬詰まったが、
自分を見つめる鞘師の口のカタチがへの字のままだったことで、やっぱり口元は綻んでしまった。
「わ、笑われたし…」
「ちが、これは笑ったんじゃなくて微笑んだんですって」
「同じじゃん」
「違いますっ」
今度は石田が唇を尖らせる番だった。
石田の反応に気づいた鞘師が僅かに表情を崩したので、わざと上目遣いで鞘師を見上げると、予想どおりに顎を引いた。
「……いまのは、嬉しい、の顔のはずなんだけどな」
「えっ? …それってどういう」
思わせぶりに言ったせいで逆に真意が理解できなかったとわかる鞘師の声色。
本番直前のせいで周囲は騒がしく、スタッフたちも準備などで慌ただしく駆けまわっていて、
おかげで鞘師のその声は最後まできちんと石田の耳には届かなかったけれど。
- 88 名前:to touch 投稿日:2012/10/21(日) 18:44
- 「亜佑美ちゃん?」
「……鞘師さんに、いいこと教えてあげます」
「ぅえ? いいこと?」
唐突な切りだしに話の流れが変わったと勘違いしたように鞘師が首を傾げる。
石田は石田で、自分から言い出したのに恥ずかしくなって、早く聞きたそうな顔をした鞘師から逃げるように目を逸らし、あたりを窺う。
周囲は相変わらず騒がしい。
なのに、自分たちのまわりだけ、妙に静かだった。
「…さっきみたいなことできるのも、していいのも、鞘師さんだけですからね」
「え?」
言ってる意味がわからないと言いたげに首を傾げられてちょっとだけ苛立った。
わざとだろうか。
普段はもっと敏いくせに、どうしてこういうときだけ。
焦れったくなって、石田は唇を尖らせながら手を伸ばして鞘師の肩先を掴んだ。
急に掴んだせいで鞘師のカラダが大きく揺らいだが、それに構わず、石田はさきほどの鞘師と同じように、袖のない鞘師の衣装の肩先に指を滑らせた。
隙間を縫うように肌に触れ、その指先が触れたものを敢えて強く押す。
- 89 名前:to touch 投稿日:2012/10/21(日) 18:44
- 「…っ」
息をのんだ鞘師が肩を竦ませる。
石田の行為の意味に気づいてか、僅かに見えていた耳が赤くなったように見えた。
「…他の人は気づかないよ、こんなこと。だからって、鞘師さんばっかりそんなふうに思ってるって思わないでくださいね」
指先に残ってる感触を撫でつけるように鞘師の二の腕で指を強めに滑らせたら、
思うことが言葉にならないのか、顔を赤くしたまま口をぱくぱくさせている。
その反応に満足して石田が笑うと、ハッとしたように口元を引き締めてから、鞘師は周囲を見回した。
それから幾らか声をひそめて。
「なん、なんてことするんだ…っ」
「最初にしたのは鞘師さんですぅ」
べ、と舌を出したら、悔しそうに唇を噛んだ。
「い、今から本番なのに」
「…? それが何か?」
「触りたくなっちゃったじゃんっ」
小声で文句を言う鞘師の顔が少しだけ赤い。
感情が隠しきれてないようすのそれは石田の目に微笑ましくも嬉しいものとして映り、そして同時に、少々いじめてみたい気持ちを膨らませた。
「いいですよー、どうぞー」
声の調子を上げながら両手を広げて見せたら、石田の行動に面喰ったように目を丸くした鞘師が一歩後ずさる。
悔しそうな口元に、ちょっとからかいすぎたか、と手を引っこめようとしたら、一瞬早く手首を掴まれて、そのまま引き寄せるようにして抱きしめられた。
- 90 名前:to touch 投稿日:2012/10/21(日) 18:45
- 「えっ、うそっ」
突然のことで咄嗟に身をよじったら、ますます腕のチカラが強くなって石田の頭に焦りが浮かぶ。
正直、本番直前の今なら、石田が煽っても鞘師は乗ってこないとタカを括っていたのだ。
こんなところ、もしメンバーやスタッフに見られでもしたら。
「あー、あゆみんと鞘師さんがイチャイチャしてるー」
焦る石田の心中が聞こえたように、飯窪がニヤニヤ笑いながらやってきた。
ぎょっとなって声がしたほうに石田が振り返るのと、鞘師が離れたのはほぼ同時で。
きょとんした飯窪を見上げた鞘師は、飯窪が首を傾げるより先に両手を広げて前から抱きついた。
「ぅひゃあっ!?」
「ちょっ!」
石田と飯窪の悲鳴に似た声が周囲に響いて、気づいた他のメンバーたちも何事かとやってきた。
「なにやってるとー?」
「あー、はるなんだけずるーぃ、まーちゃんもー!」
呑気な声色で近づいてきた佐藤がさっきの石田のように両手を広げると、鞘師は無表情のまま、けれど当たり前のように抱き返す。
「えっ、じゃあ、衣梨も衣梨も」
そこは拒否するかと思いきや、佐藤に続いて生田にも抱きついたので、状況に気づいたメンバーが面白がって次々と鞘師とハグをする。
- 91 名前:to touch 投稿日:2012/10/21(日) 18:45
- 「てゆっか、なんでこんなことになってんの?」
だんだん調子づいてか激しさが増してきた鞘師からのハグを笑って拒否した鈴木が石田に尋ねる。
「えー? …なんででしょう…?」
答えられずに濁して笑うと、鈴木に拒否されたのが不服そうに唇を尖らせた鞘師が割って入ってきた。
「ちょっと緊張が半端なかったからさー、みんなのパワーをもらってたのだよ」
「へえ、里保ちゃんでもそんなことあるんだ」
「そりゃあるよ!」
「じゃ、道重さんと田中さんとこにも行かないと」
「…それは余計緊張するから無理」
同期で同い年で、言葉数は少ないのにわかりあえてる鞘師と鈴木のやりとりをなんとなく複雑な気持ちで眺めていると、
周囲の慌ただしさがいっそう増して、スタッフからの「スタンバイお願いしまーす!」という声が響いてきた。
「ぅおし、行きますかー!」
鈴木の掛け声のようなもので、集まっていたメンバーはそれぞれ自分たちのいるべき場所へ向かう。
石田が僅かに出遅れたのは、鞘師がメンバーに続けて移動するより前に、チラリと石田を見たからだった。
- 92 名前:to touch 投稿日:2012/10/21(日) 18:45
- 「さ、鞘師さん」
「ん?」
思わず呼びとめて、けれど振り向いた鞘師がいつもどおりで何故か不安になった。
「あ、いや…」
気のせいか表情が薄くてギクリとする。
平気そうにメンバーとハグをしていたけれど、ひょっとしてさっきのことを、鞘師は怒ってるんじゃないだろうか。
不意にそんな考えが過ぎって言葉を詰まらせたら、真一文字だった唇の口角がゆるりと持ちあがった。
「…今日も頑張ろうね」
軽く手を握られただけの拳を突き出され、意味がわかった石田も同様に拳を向けて押し合わせる。
怒ってなさそうでホッとしたのも束の間で、手を下ろした鞘師がぽつりとつぶやいた。
「…あとでいっぱい触るからそのつもりで」
「はっ?」
「覚悟しといて」
「ええっ? うそ…」
にやり、と不敵に笑った鞘師が石田の返事を最後まで聞かずに行ってしまい、
油断していたとはいえ、言い訳も言い逃れも反論すら浮かばなかった石田はその後ろ姿をただ見送るしかなくて。
- 93 名前:to touch 投稿日:2012/10/21(日) 18:46
- 鞘師はある意味、有言実行派だ。
する、と言ったからには、必ず行動を起こすだろう。
そして煽った石田のほうにはそれを拒否できる正当な理由が(今は)見つからない。
鞘師が行動を起こすそのときを想像したら、緊張と興奮と不安と羞恥で石田の感情が綯い交ぜになる。
コンサート直前に感じるいつもの高揚感もそれの相乗効果になった。
鏡で見なくても顔が赤いのがわかるが、不審そうに自分を見たスタッフには作り笑いで返す。
気を引き締め、直前に迫ったコンサートに気持ちを切り替えてはみたが、
慌てたせいと、ほぼ無理やり感情や表情を取り繕った代償として、
その日のコンサートの一番最初の歌いだし、自身の見せ場の一つでもあるソロパートで石田の音程が僅かに外れた。
そしてその理由を知るのは、のちの鞘師だけである。
END
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/21(日) 18:46
-
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/21(日) 18:46
-
おかしい…。
先日のコンサートに参戦して、石田さんのクリアストラップが見えたときに思い浮かんだネタなのに、こんな話になるはずでは…orz
変態作者ですいません、でもって相変わらず着地点の甘い話ですいません。
あと、今回の話が前回書いた話のカット部分だと期待された方がいらっしゃったら、重ね重ね申し訳ありません。
レスありがとうございます!
>>79
うひゃー、色っぽいとか、身に余るお言葉恐れ入ります。
恥ずかしかったですけど、文章が好きって言ってもらえるのはやっぱりとても嬉しかったです、ありがとうございます…!
>>80
す、素敵すぎるとか、あわわわ…もったいないお言葉ありがとうございます…!
ゆっくりじっとり、のあとに、脳内で「ねっとり」て言葉が浮かんだのはどうかご内密に…。
>>81
キュン死!? と、ときめき…!? ぅひゃおわわわ…
私はどうも短く簡潔にまとめられない癖があって、結果、蛇足的な話になりがちで、
読み応えあると言っていただけてとても嬉しかったです、ありがとうございます!
……とりあえず、書きものの神様、早く降臨してw
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/27(土) 22:18
- 更新します。
>>70 の部分を。
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/27(土) 22:19
-
- 98 名前:Good night ―ゆっくり恋しよう― 投稿日:2012/10/27(土) 22:19
- 一番最初に触れたのは、予想通りに唇だった。
けれどそれはほんの一瞬で離れてしまい、続けて顔のどこかに触れてくるかと思ったのに、しばらく次は来なかった。
目を閉じていた石田がそっと目を開けると、鞘師は眉尻を下げながら石田を見下ろしていた。
「……鞘師さん?」
呼びかけたら、目を開けたまま近づいてこられて鼻先にキスをされる。
え、と思うより早く、続けて目と目の間に触れてきて、咄嗟に瞼を下ろすとそのまま額に押しつけるように触れてきた。
押しつけられた唇はゆっくりと石田の左瞼に触れ、目尻に落ち、頬を滑るように撫で、再び唇に辿りつく。
触れ方が優しくて、大事にされているようで胸のあたりがギュッとなる。
もっと強くしてもいいのに、と思ったとき、唇に触れたそれが顎へとずれた。
思わず喉を反らしたら、顔の輪郭を辿るように顎の下に触れる。
ふ、と、小さく息が漏れたとき、鞘師の唇が再び石田の唇に戻ってきて吐息を塞がれる。
呼吸を奪われるほどの激しさではなかったけれど、無意識に鞘師の背中に回していた手にチカラが入り、
押しつけ合うだけだったくちづけが石田の唇を割らせた。
鞘師の手がそろりそろりと石田の肩から腕を撫でている。
Tシャツの袖から覗く二の腕を滑る手を少し冷たく感じるのは、石田のカラダが熱を持っているからだろう。
上体を起こすように腰を浮かせると、二の腕を撫でていた鞘師の手がベッドと石田のカラダの間に入り込んだ。
背中を撫でるぎこちない鞘師の手の動きが、それでも優しく感じられる。
- 99 名前:Good night ―ゆっくり恋しよう― 投稿日:2012/10/27(土) 22:19
- 鞘師のキスが強くなる。
しかしそのキスは決して深くはならず、石田の唇やその端を啄むように軽く吸い上げるだけで。
焦らされているようで石田のほうから舌を出して鞘師の上唇を食むと、びくりと大きく鞘師のカラダが震えた。
密着していたせいでその振動は大きく、困惑を孕んだ空気を肌で感じ取って、石田は不安になって再び目を開けた。
目が合うと、鞘師は気まずそうに唇を噛む。
それからぎゅっと目を閉じて、石田が何か言葉を発するより前に石田の肩先に額を押し当ててきた。
「…ごめん」
「え?」
「やっぱ、無理…」
かぼそい鞘師の声とその声が発した言葉の意味を一瞬理解できなかった。
しかし、無理という言葉が脳裏で反芻されていくうち、石田のカラダからさあっと血の気が引いた。
無理ということは駄目という意味だ。
つまり、これ以上は進めない、ということだ。
そもそもこの事態は、石田が「誘った」から起きたということを、おそらく鞘師は気づいていないだろう。
いつでも拒絶してもいいようにと、石田の気持ちを優先するつもりでいる鞘師の気持ちを利用しているのは石田であることも。
だから石田が拒否を口にしない限り、行為はどこまでも、行き着くところまで続けられるものだと思っていた。
鞘師が自分に好意を持っている以上、そして、最初に仕掛けてきたのが鞘師であったことから、
誘導したのは石田でも、鞘師のほうから拒絶される選択肢もあることを、石田は考えもしなかったのだ。
- 100 名前:Good night ―ゆっくり恋しよう― 投稿日:2012/10/27(土) 22:20
- 「あ…、そう…、うん、そうですよね…、鞘師さん、冷静になれたんですね…」
鞘師の唇を、声を、視線を、体温を、愛しく心地よく感じ始めていたぶん、平静を保とうとする石田の声が上ずる。
「…え?」
「うん、やっぱ、こういうことは、本当に好きな人としたほうが」
答えながら手にチカラが入らなくなって、鞘師の背中に回していた腕がぱたりと自身のカラダの横に落ちた。
それに戸惑ったように、鞘師の少し冷えた手が石田の両頬を包むように触れてくる。
「ちょ、待って、冷静とかやっぱりとか、亜佑美ちゃん? またなんか誤解してない? 早とちりしてない?」
「え、だっていま、無理って」
石田の言葉尻を奪うようにまたくちづけが落とされる。
さっき石田がしたように、上唇を挟んだり、唇の端を吸い上げたり、角度を変えては優しく、やがて強く。
今度こそ吐息ごと奪われそうで無意識に鞘師のTシャツを掴んだら、ゆっくり、名残惜しそうに鞘師は離れた。
「鞘師さん? なんで」
「…亜佑美ちゃんと、もっと、いっぱいちゅーしたい。したいんだけど…」
言い辛そうにまた唇を噛む鞘師。
言いたいことは決まっているようなのに、続けることにためらっているのが感じ取れる。
- 101 名前:Good night ―ゆっくり恋しよう― 投稿日:2012/10/27(土) 22:20
- 「…あの、言いたいことあったら、言って下さい。もしかして私、汗臭いとかですか?」
「ばっ、違うよ、そんなんじゃない」
「だったら」
きょろきょろと目線を泳がせ、何度か口を開きかけては閉じる。
それを繰り返していた鞘師だったが、やがて細く息を吐き出しながら、また石田の肩先に額を置いた。
「鞘師さん」
「……笑わないでね」
「? …はい」
鞘師の頭は石田の左肩にあるので、喋ると息が石田の首筋にかかる。
いくらか熱を孕んだ吐息は石田を軽く震わせたが、鞘師の真意を聞くほうが先決でくすぐったさを堪えたとき、予想外の言葉が耳に届いた。
「……やり方、わかんない」
「…え?」
この至近距離で聞こえないなんてことはあり得ない。
聞き返すのも、おそらく恥を承知で打ち明けてくれた鞘師に対して好ましいことではない。
それでも、聞き返さずにはいられなかった。
- 102 名前:Good night ―ゆっくり恋しよう― 投稿日:2012/10/27(土) 22:20
- 「…知らないん、です、か?」
「いや、あの、ち、知識としてはあるけど、じ、実際ってなると、その」
「具体的にはわからない、と」
鞘師の言葉を石田が続けると、誤魔化すみたいにぎゅぅっと強くしがみ付かれた。
「だって、だって…、さすがにキス以上はダメって言われると思ってたんだもん」
「さすがにって」
「そ、それに、それに、明日だってコンサートだし、遅くまで起きてるのとかダメだし」
確かめなくても後半は後付けの言い訳だろう。
石田の顔の横でぶつぶつ文句なんだか言い訳なんだかわからないことを繰り返す鞘師の声を聞いていたら、
それまで緊張のせいでどこか強張っていた石田のカラダからチカラが抜けていき、
そしてそれに気づいたらしい鞘師の腕のチカラも僅かに弱まる。
張っていた気持ちの糸が切れたのが自分でもわかって、石田は咄嗟に自分の口元を隠すように、しがみついてきた鞘師の背中に腕を回した。
笑うな、と言われたので笑いたくはないが、石田の笑いのツボは人より浅い。
笑いたくなるのを堪えているのがバレるのは時間の問題で、
それでも隠そうとしたら肩先が震えてしまい、そこに額を押し当てていた鞘師は当然事態に気づいて上体を起こした。
そして、不本意そうに唇のカタチをへの字にした鞘師を目の当たりにして、石田はとうとう、堪えきれずに噴き出してしまった。
- 103 名前:Good night ―ゆっくり恋しよう― 投稿日:2012/10/27(土) 22:21
- 「…笑わないでって言ったのに」
「ご、ごめんなさい、だって鞘師さんが」
「どうせ子供って言いたいんでしょ」
「違いますよ」
笑ってしまう口元を隠しもしないで、石田は起き上がってしまった鞘師に向けて両腕を広げてみせる。
「鞘師さんが可愛いこと言うから」
石田の言葉を聞いた鞘師の頬に、つい数秒前に見せた不本意そうな顔色とは違う朱色が浮かぶ。
「可愛いなあって、思ったんですよ」
『おいで』
石田のジェスチャーの意味を理解した鞘師が少しだけ石田のほうに身を倒す。
その鞘師の背中に腕を回して、石田はまだどこか戸惑っているそのカラダを強めに引っ張って引き寄せた。
倒れこむように腕の中に落ちてきた鞘師を抱きしめながら、再び密着したことで伝わる鞘師の体温を、石田は心の底から愛しく感じた。
「…ホントに?」
「ホントです。…あ、あと」
「……なんかあるの」
「ホント言うと、ちょっとだけ、ホッとしました」
顔だけ上げた鞘師が石田を見つめる。
至近距離でまっすぐ見つめられてちょっとだけ照れくさくて、鞘師の前髪を撫で上げて現れた額に唇を押し付けた。
「…どういうこと?」
「手馴れてても、それはそれでちょっと複雑だったんで」
拗ねた口ぶりになったことに声にしてから気づく。
聞いた鞘師もそれは意外だったのか少しだけ肩先が揺れたが、離れたりはせず、顔を伏せてから抱きつく腕のチカラだけが強くなった。
- 104 名前:Good night ―ゆっくり恋しよう― 投稿日:2012/10/27(土) 22:21
- 「…亜佑美ちゃん」
「はい?」
「亜佑美ちゃーん」
「なーんですかぁ?」
「呼んでみただけ」
「なんだとー」
「にひひ」
甘え声が耳に心地よい。
鞘師の髪に指を差し込み、撫で梳くように耳にかけるとくすぐったそうに身をよじられたが、見えた口元は嬉しそうに綻んでいて。
「…ねえねえ鞘師さん」
「んー?」
猫が甘えるような仕草で額を石田の手に押し付けてくる鞘師の頬を撫でながら、石田の中に小さな征服欲が湧いてきた。
「ちょっとだけ、私がリードしても、いいですかね」
「ぅえ?」
意味がわからないと言いたそうに首を傾げた鞘師の不意をつくように石田はカラダを起こした。
急に起き上がられたことで鞘師もカラダを起こすことにはなったが、
石田はその肩を掴んで重心を変え、鞘師が事態を把握するより早く、お互いの体勢を反転させた。
見下ろす側から見上げる側に立場が逆転した鞘師の顔が戸惑いを見せたあと赤くなる。
「えっ、え? 亜佑美ちゃん?」
「…ちょっとだけ、ですから」
戸惑う声が逆に石田の感情を煽る。
不安気に自分を見上げる鞘師にそっと顔を近づけると、困惑を確かに見せながらも、瞼は伏せられた。
- 105 名前:Good night ―ゆっくり恋しよう― 投稿日:2012/10/27(土) 22:22
- 許しをもらった石田が鞘師の唇を塞ぐと、二の腕を撫でられた。
もっと、と強請られたようで、堪えきれずに上唇を食むように挟んで舌先で舐める。
当然、鞘師のカラダは揺れたがそれ以上の拒絶はなくて、嬉しい気持ちを抑えきれず、唇の端をすこしだけ強く吸い上げた。
「亜佑美ちゃん…」
呼吸の合間に名前を呼ばれてますます感情が昂ぶる。
さっきの鞘師が自分にそうしたように、石田もまた、鞘師の顔の至る所にくちづけを落とした。
浅く短い間隔で吐き出される鞘師の息が熱を孕んでいる。
耳に甘く届くその吐息は石田が思うより石田の感情を煽っていて、鞘師の顔で触れなかったところはないほどくちづけたあとで、石田は静かに上体を起こした。
自分の二の腕を撫でていた鞘師の手を掴んで握り締める。
手をつないだことが嬉しかったのか、鞘師は頬を染めながら照れくさそうに笑ったが、
石田はその手を、つないだそのまま、自分の口元へと引き寄せてキスをする。
意外な場所へのキスだったのか鞘師は目を丸くしたが、つないだ手を離して鞘師の太腿を撫でたときには、明らかに怯えた顔をした。
「あ、あの、亜佑美ちゃん…」
「…だいじょうぶ、変なことはしませんから」
言ったあとで、その言葉こそ変態的な響きだったと気づいて鞘師を見たら、気まずそうに石田を見つめていて。
「や、えーと、今のは言葉のあやっていうか…」
「な、なに、すんの?」
石田の行動の真意が見えないのか、尋ねる声は心なしか上ずっている。
- 106 名前:Good night ―ゆっくり恋しよう― 投稿日:2012/10/27(土) 22:22
- 「……ごめんなさい、やっぱりちょっと、変態っぽいかも知れないです」
「えっ」
「でも、怖くしませんから」
「え? あの、あゆ…」
困惑しているのが見てとれる鞘師の目から逃げるようにカラダを起こし、太腿を撫でながら横たわっている鞘師の足元のほうへ移動する。
ハーフパンツの自分とは違い、ジャージを履いていた鞘師の足は足首からしか露出していない。
その踝を指先で撫でたら、思いがけない場所への感触だったせいか、驚いたようにカラダを震わせてから膝を曲げて逃げられた。
石田の真意をまだ計りかねている鞘師が不安そうに上体を起こしたが、構わずもう一度踝を撫でる。
そして、不安そうに自分を見下ろす鞘師の視線を感じながらも、ゆっくり上体を倒し、頭を下げて、鞘師の足の甲へと唇を押しつけた。
「ちょっ、亜佑美ちゃんっ?」
悲鳴に近い声だったが、石田は頭を上げなかった。
更に身を引いてしまった鞘師の足首を掴まえて、甲からつま先へと唇を滑らせる。
「ま、待って、ちょ、やだ…」
「嫌ですか?」
「だって、足、足とか」
「気持ち悪い?」
顔を上げずに親指にキスを落とす。
と、足の指が揃って内側に曲がって、石田の口元が自然と緩む。
「き…、そ、そういうのは、ない、けど、でも」
「でも?」
そこで顔を上げると、鞘師はホッとしたように、けれどやっぱり怯えは薄く見せながら。
「……そういうのより、もっと、ぎゅって、してて欲しい…」
- 107 名前:Good night ―ゆっくり恋しよう― 投稿日:2012/10/27(土) 22:22
- 涙目で手を伸ばしてきた鞘師に、石田は慌ててカラダを起こし、伸ばされていた手を掴んで鞘師のカラダを引っ張り上げた。
起き上がった鞘師のカラダをそっと抱きしめると、それに応えるように鞘師も石田の背中に腕をまわして、石田の左肩に顎を乗せて細く息を吐く。
「ごめんなさい、嫌でしたよね」
「…ううん、…嫌じゃ、なかった。ちょっとびっくりしたけど」
「すいません。…なんか、鞘師さんのいろんなとこにキスしたくなって」
自分でも、誰かに「触れたい」と思う欲求がこんなに強く起こるなんて思わなかった。
そう思って正直に告げると、石田の肩先で鞘師がいやいやするように頭を振った。
「う、ウチだって、もっと、いっぱい亜佑美ちゃんにちゅーしたいのに」
先ほどから何度も強請られている言葉と可愛らしくも幼い仕草が石田の胸を鳴らす。
普段の凛々しさとは違うギャップは、愛しいと思う気持ちに想像していた以上の加速度をつける。
鞘師の頬を撫でるように鼻で触れたら石田の頬には唇が押しつけられて、
お互いに抱き合った体勢のまま重心を移し、そのまま一緒にベッドに沈む。
横向きで見つめ合いながら、目のついた場所にかわるがわるキスをする。
それらはどれも深くも強くもなく、ただ触れ合うだけの行為だったが、満たされている感覚はお互いが感じていた。
- 108 名前:Good night ―ゆっくり恋しよう― 投稿日:2012/10/27(土) 22:23
- 数えきれないくらいの、文字通りキスの嵐はやがて、鞘師のほうに睡魔が訪れたことで終わりに近づく。
欠伸を噛み殺す口元を石田が親指でなぞるとがぶりと噛まれた。
もちろん痛くはなかったし、それも眠さからくる行動だと思うと愛しさが増した。
「…眠い?」
「んー」
「そろそろ寝ましょうか。私、あっちのベッドに」
「やーだ、このまま一緒に寝る」
「……しょーがないなあ」
答えを知っていて聞き、思った通りの答えに用意していた言葉を返す。
どちらが甘えているかわからなくなって、石田は小さく吹き出した。
「なんで笑うかー」
「鞘師さんが可愛いからですぅ」
「うーそーつーきー」
「うそじゃありませんー」
次第に口数が減り、先に目を閉じた鞘師からいつしか寝息が聞こえ始め、石田の口元も自然と綻ぶ。
寝苦しくないようにと少しだけカラダを離し、そっと瞼に唇を寄せる。
「……おやすみなさい」
―――今夜もしも夢を見るなら、夢の中でも、幸せな自分たちでいられますように。
返事が返ってこないことを承知で告げて、石田も静かに瞼を下ろした。
END
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/27(土) 22:24
-
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/27(土) 22:25
-
おそらく、読んでくださってる方の大多数の期待を裏切った自信があります。
胸張って言える、自分がヘタレであることを!(威張ることじゃない)
これが、いまの、せいいっぱい(ルパンか)
言い訳しだしたらキリないし泥沼ですが、そういう描写はまだ、今の私には無理でした。
苦情など多数おありでしょうが、なにとぞ、なにとぞ勘弁してやってください。
- 111 名前:名無し飼育さん 投稿日:2012/10/28(日) 03:23
- ちょうど、いいです。二人にはちょうどいい、気がします
可愛過ぎて悶えましたw
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/28(日) 07:19
- ありがとう( *´Д`)
今の二人はこういうのがいいよ( *´Д`)( *´Д`)( *´Д`)
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/28(日) 08:00
- to touch のあぬみんがさやしすーんに振り回される感とかたまらなく好きです
だーちゃんの事だと歯止めが効かないりほりほに巻き添え喰らうはるなんはさぞテンパった事でしょうw
そして◇◇◇ のトコきたー!ニヤニヤが止まりませんーw
もたついてる感じが逆にこの2人らしくて良かったです。萌の極意すな
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/11/01(木) 01:14
- 更新きてるー!うわああん、良かったあああ
鞘石の素晴らしい距離感に高まりまくりです
石田さんには弱い鞘師さんかわいいなあ
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/02(日) 21:41
- 更新します。
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/02(日) 21:41
-
- 117 名前:こいびとつなぎ 投稿日:2012/12/02(日) 21:42
- 「最近、里保が冷たいっちゃん」
コンサートが始まる前に行うストレッチを終えたとき、ちょっと拗ねたような口ぶりで唐突に生田が言った。
生田と一緒にストレッチの輪に加わっていたのは鞘師と鈴木、そして工藤と石田だったが、
いつもながらの唐突な話の振り方に苦笑いを浮かべた鈴木たちとは対照的に、
話題の的である鞘師だけはひどく心外そうな顔つきで生田に振り返った。
「なっ、なんなのそれっ」
「だって最近、ぜんぜん手繋いでくれんやん」
「う、ウチがっ、いつっ、えりぽんとっ、手をっ、繋いだことがっ、ありましたかっ」
動揺の表れか、不自然に区切って聞き返すようすが見ている側の目には余計に焦っているように見えた。
「えー、毎回さー、ぎゅーって握り返してくれとったやん」
「はあっ? 毎回? 何の毎回よ?」
乱暴な口調の鞘師が冷静を欠いているのは石田や工藤の目にも明らかで、
ケンカを売られた側となる生田もちょっとムッとしているようすで鞘師を見ていて、目には見えない火花のようなものが見えた気がした。
「まあまあ、里保ちゃん、そんな一方的に怒鳴るんじゃなくてさ、衣梨ちゃんの言い分を聞いてみようよ」
そんなふたりを仲裁するように割って入ったのは当然、同期である鈴木だった。
- 118 名前:こいびとつなぎ 投稿日:2012/12/02(日) 21:42
- 「とにかく、衣梨ちゃん、もちょっと具体的に説明してみてよ」
鈴木に促された生田がぽつぽつと話して聞かせたのはこうだ。
コンサートのとある曲で、メンバーが横並びで一列になるところがある。
そこでは隣のメンバーと手を繋ぐ、という指示が出ていて、そしてそのときの生田の隣は鞘師だというのだ。
「前は里保も握り返してくれとったのに、最近、なんか冷たいっていうか」
「…衣梨ちゃんが気持ち悪い繋ぎ方したとかじゃないの?」
「そんなことしちょらんっ」
「じゃあ、どんなふうにしてんの、いつも」
鈴木の質問に生田が鈴木の手を取った。
3人のやりとりを黙って見ていた石田と工藤だったが、
生田が状況説明を始めたころから微妙に居心地悪そうに目線を泳がせていた鞘師に気づいていたのは、石田だけだろう。
鈴木の手をとった生田が指を絡めるように鈴木と手を繋いだのを見て、
鈴木が言葉を発するより早く、石田は鞘師の居心地悪そうな態度の理由と、生田の手を握り返さなくなったというその理由に思い至った。
- 119 名前:こいびとつなぎ 投稿日:2012/12/02(日) 21:42
- 「…衣梨ちゃん、いつもこういうふうに手繋ぐの?」
「え、うん」
頷いた生田に、さりげなく手を離した鈴木が呆れ顔で溜め息をついた。
「……こりゃ気持ち悪いわ」
「っ、香音ちゃんひどいっ」
「だってこれ、いわゆる『恋人繋ぎ』じゃん。知ってる?」
「うん、知っとう」
「うわ、知っててやってるとか最悪」
「なんでっ、いいやんか、仲良く見えて!」
「で、里保ちゃんは、やっぱ気持ち悪くて?」
何回も気持ち悪いって言わんでいいっちゃろ! という生田の意見は無視した鈴木が鞘師に向きなおると、
鞘師はバツが悪そうに目線を落として、ぼそぼそと呟くように言った。
「…そ、う、いうんじゃ、なくて…、あんまり、意識、してなかったっていうか…、たまたま、握り返さなかっただけで…」
さっきのケンカ腰だった強気口調とは打って変わった弱弱しい声の説明を聞いて、ふむ、と石田は内心で頷いた。
同時に、鞘師の言い訳が半分は嘘であることにも気付く。
- 120 名前:こいびとつなぎ 投稿日:2012/12/02(日) 21:43
- 「…じゃあ、衣梨ちゃんの思いこみってことだね?」
覇気がなく言い訳する鞘師の態度に鈴木も何かしら感じとったのか、少し強引に結論付けてから生田に向きなおった。
「里保ちゃんもこう言ってるしさ、衣梨ちゃんの考えすぎだって。
さっきだって急に言うからムキになっただけでしょ。…ね、どぅーたちもそう思うでしょ?」
黙って遣り取りを見ていた石田と工藤に急に振ってはきたが、ふたりとも同時に大きく頷いて見せた。
そうすることがもっとも最短の解決方法だとわかったからだ。
結論がついて落ちついたところで、ちらりと視線を上げた鞘師と石田の目が合う。
見られているとは思わなかったのか、鞘師は気まずそうに目を逸らしたあと、勢いよく立ちあがった。
「…ウチ、手、洗ってくる」
「あ、私も行きます」
続けた石田が立ち上がる。
他にも誰かがついてきたら困るところだったが、幸い立ち上がったのは石田だけだ。
石田がついてくることに鞘師は困ったような顔をしたが、
石田は気づかないフリで鞘師のあとに続いてストレッチ場所になっていた控室を出た。
- 121 名前:こいびとつなぎ 投稿日:2012/12/02(日) 21:43
- 手洗い場に向かう途中、鞘師はなにも喋らなかった。
石田のほうに振り返ることもなかったし、早足な歩調が弱まることもない。
なんとなくそんな態度に出ることは石田の予想の範囲内だったので、
周囲をくるりと見回したあとで、先を歩く鞘師の手首を後ろから捕まえた。
びくっ、と大きくカラダを揺らすのも、振り返った鞘師が戸惑い顔で石田を見つめてくるのも、想定内だった。
「ちょっと、こっち来てください」
困惑顔の鞘師に構わず掴んだ手首を引っ張って通用口に向かう廊下を抜ける。
人の気配が少なくなったところで足を止めて振り向くと、
嫌がるふうもなく石田に手を引かれるまま黙ってついてきた鞘師が僅かに顎を引いてから目線を落とした。
「鞘師さん?」
「……怒ってる?」
「えっ、何をですか?」
意外なことを言われて石田のほうが驚いてそう返すと、落とした目線を上げた鞘師が眉尻を下げながら口元をへの字に歪めた。
「…え、まさか、生田さんとの手繋ぎのことでですか?」
うんうん、と頭を上下に振って見せる。
その仕草が親に叱られて泣きだす直前の子供のそれで、石田は自分の行動が鞘師を不安がらせただけだったことに気づいた。
- 122 名前:こいびとつなぎ 投稿日:2012/12/02(日) 21:43
- 「…ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんですけど」
手首を掴んでいた手で、ゆっくり鞘師の手を握る。
「で、でも、あの、えりぽんと」
「…これ、私の勝手な想像ですけど、鞘師さん、最近まで知らなかったんじゃないですか? こういう繋ぎ方が」
鞘師の声を遮るように握った手を開いて、先ほどの生田が鈴木にしたように指を絡めてそっとチカラを込める。
「恋人繋ぎ、っていうこと」
わかりやす過ぎるくらい鞘師の肩先が揺れて、石田の見解が間違ってなかったことが証明される。
「…やっぱり。それで、意味がわかっちゃったから、生田さんの手を握り返さなくなったんですか?」
「だ、だって、そこはやっぱさ…」
もごもごと言葉を濁すようすに石田は口元が緩みそうになるのを必死に耐える。
「意味知らなかったときはともかく、知っちゃったからさ」
「…私のこと、気にして?」
「気にして、ていうか…、ウチの、こ、恋人は、亜佑美ちゃん、だし」
恋人、と言葉にするときほんの少し声が震えた気がした。
俯き加減で、頬を少し赤くしている鞘師を見ていると、今すぐ抱きつきたい気持ちが石田を包んだけれど、
そんな気持ちを抑えながら、石田はそっと、手のチカラを強めた。
- 123 名前:こいびとつなぎ 投稿日:2012/12/02(日) 21:44
- 「…でも、手の繋ぎ方で恋人認定しちゃうんなら、私、10期のみんなともこういう繋ぎ方したことありますよ?」
「えっ」
俯き気味だった頭が石田のその言葉で弾かれたように持ち上がる。
そのタイミングで、石田のほうから鞘師に顔を近づけた。
いきなり石田の顔が近づいてきたことでほぼ条件反射で顎を引いて身構えた鞘師だったが、
鞘師がそんなふうに自分と距離をとろうとしてしまうのは決して自分を苦手に思っているからではなく、
むしろ意識しすぎているからだ、ということを石田は知っている。
だから、迷いなく、更に間を詰めた。
鞘師が目を閉じるのを待って唇の端に自分のそれを押しつけ、すぐに離れる。
「…でも、本当の恋人じゃないから、こんなことまではしませんけど」
息が届く距離で付け加えたら、鞘師は、軽く2秒ほど固まったあとでパッと顔を赤らめた。
「どういうことか、わかりますよね?」
「…うん」
絡めた指にチカラが入る。
どちらからとなく強くなったチカラにお互いが気づいて、目が合ってからふたりして笑った。
- 124 名前:こいびとつなぎ 投稿日:2012/12/02(日) 21:44
- 照れたように笑ったあと、鞘師が下を向く。
嬉しそうに綻ぶ口元を見ながら、石田は鞘師が見た目ほどクールではないことを改めて感じていた。
「…私はあんまり気にならなかったけど」
もしかしたら、鞘師より自分のほうが冷たいのかもしれない。
ぼんやりそんなことを思って思いついた疑問を口にした。
「鞘師さんは、イヤに思ったりします?」
「? 何が?」
「他の人と、こういうこと」
繋いだままだった手を軽く前後に振るように揺らすと鞘師の目がそちらに向いて、
それから何かに気づいたように石田を見た。
黒目がちの瞳が僅かに揺れて、だけど口元は緩めたまま、ゆっくり視線を落とす。
「…まあ、ちょっとは」
指を絡めて手を繋ぐ意味が恋人同士のそれだと知って、生田と手を繋ぐことをためらうくらいには。
そう言われたようで、途端に申し訳なさが湧いた。
「ごめんなさい、無神経でしたね、私」
「いや、いいんだよ。ウチが気にしすぎなだけで」
「でも」
「いいの」
鞘師が繋いだ手をちょっとだけ強く握る。
「亜佑美ちゃんの口からも恋人って聞けて、嬉しかったから」
- 125 名前:こいびとつなぎ 投稿日:2012/12/02(日) 21:44
- 言葉どおりに笑った鞘師を見て、石田はますます自分の至らなさに気づいた。
気持ち、態度、言葉。
それらが揃ってても安心なんてできないことのほうが多い。
まして誰にでも言えるようなことじゃないほど、些細なことが安心につながることだってあるのに。
知らない間に不安にさせていたことがわかって、けれどそれを謝ることはきっと鞘師の本意じゃない。
言われたから言った、なんて思われるのも、石田の本意ではなかった。
確かめるみたいに繋いだ手を開いたり閉じたり。
嬉しそうに繰り返している鞘師の動きを封じるように、ぎゅっと強く握ったら、きょとん、とした顔が石田を見た。
「…そろそろ、戻ったほうが」
「あ、そうだね…」
残念そうに小さく微笑んだ鞘師が手をほどこうとする。
しかしそれはまた更にチカラを込めて阻んだ。
「いいと、思うんですけど…」
「うん…?」
不思議顔で石田を見つめる鞘師にゆっくり身を寄せると、その肩先が僅かに揺れたのが石田の目に留まった。
- 126 名前:こいびとつなぎ 投稿日:2012/12/02(日) 21:44
- 「亜佑美ちゃん?」
「……なんか、離れがたくて」
戻ればまた、鞘師の不安は増えるんじゃないだろうか。
自分の知らないところで、淋しい思いをさせないだろうか。
どうにもならないことを考えて咄嗟に空いたほうの手で鞘師の服を掴んだら、その手にそっと重ねるように鞘師が石田の手を撫でた。
「…じゃあ、もうちょっと、こうしてようよ。…ウチも、そうしたいしさ」
気遣うような優しい声色に不謹慎にも石田はホッとする。
離れがたい、と言ったのは本当だし、本気でそう思った。
答えた鞘師も、きっとその言葉どおりの気持ちだろう。
だけど、自分はこんなふうにしか、甘えられないこともわかっているから。
寄り添うようにカラダを近づけたら、鞘師は石田との距離を詰めるように抱きしめてきた。
近くになった顎先に頬ずりすると、鞘師も石田を真似るように石田の耳元に頬を寄せてくる。
離れているときはどうしようもないのなら、せめてこんなふうに近くにいるときは不安も淋しさも紛れたらいい。
そしてそれはいつでも、自分であってほしいし、自分でありたい。
そう思いながら石田は絡めた指先にチカラを込め、そのチカラに負けない強さで握り返されるのを待った。
END
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/02(日) 21:45
-
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/02(日) 21:45
-
私は鞘師さんを幼く見過ぎている気がします。
イマドキ、小学生でも知ってるよね、恋人繋ぎの意味なんて…orz
諸般の事情でしばらく更新止まります。
慌てず急がず、のんびりやっていきたいと思います。
レスありがとうございます!
>>111
読んでくださった方を悶えさせるようなものが書けたのかと思うと、ちょっとガッツポーズですw
>>112
まだまだ、大人になる階段を昇ることにためらうふたりでいてほしい私の願望が如実すぎましたw
>>113
振り回され系の話を書くとき、一方的な感じにならないよう心がけてるんですが(心がけてるだけ、かも知れません…)、
ちょっとくらいは幼稚で稚拙なほうがリアルかな、という気持ちもあるので、気に入ってもらえたならよかったです!
>>114
物理的にも心理的にも近づいていく過程、は書いてる私にとっては永遠のテーマで、
そんなところが読んでくださった方に伝わったってことでしょうか、気に入ってもらえたなら嬉しいです。
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/06(木) 01:44
- 胸がキュンキュンする鞘石をいつもありがとうございます
何度も読み返してしまいます
更新のんびりでもいいので、待ってます!
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/08(土) 04:43
- 某スレで大阪夜コンの鞘師と生田が、今回の話と似たようなやり取りだったと言う
報告レスを読んだので、より話がリアルに感じられてドキドキしましたー!!!
やっぱし鞘石は良い!期が違うから繋がりの弱さを、お互いを想う気持ちで
必死に心を紡いでる危うさとか、もーたまらなくツボです。
自分もまったりと更新されるのを楽しみに待ちたいと思います。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/10(日) 17:21
- 更新します。
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/10(日) 17:21
-
- 133 名前:うれしいヤキモチ 投稿日:2013/02/10(日) 17:22
- リハーサルが終わり、ケータリングでとってきた食事をトレーに乗せて、
さてどこか空いてる場所はあるかな、と、きょろきょろと周囲を見回したとき、
目線を向けた先で、ひょい、と右手を挙げた鞘師が見えた。
石田が気づいたのを見て、挙げた手の指先を小さく動かし、鞘師の座っている隣の席を示す。
普段の鞘師はどちらかと言うと誰かと一緒に、というよりはひとりで黙々と食べているところを見かけることが多い。
ひょっとして大人数での食事は苦手なのかな、と思っていたので、
今までは鞘師の隣や前が空いてても敢えてそちらに近づかないようにもしていたぶん、
誘われたことで途端にうれしくなって、密かに浮かれながらそちらへ爪先を向けた瞬間だった。
「あー、しゃやししゃんのとなりあいてるー」
ぜんぶ平仮名で変換されるような聞き慣れ過ぎた声が石田の背後でしたかと思ったら、
年下の同期がトレーを持ったまま危なっかしく石田の横を走り抜け、目を丸くして引き腰になった鞘師の隣の席に座った。
つまり、鞘師が石田に指し示した席に、である。
年下のマイペースな同期、佐藤に悪気はもちろんない。
まして、石田と鞘師の間柄が特別なものに進展していることなど知るはずもない。
ないとわかっているからこそ、急に予定外の後輩が隣に座っても、鞘師は責めるどころかにこやかに応対している。
その顔には、落胆のような戸惑いが色濃く浮かんではいるけれど。
む、となってしまったのはむしろ石田のほうだった。
鞘師の隣で食事など、別に今さら改まってまですることではないかも知れないが、
仕事などが絡まないときに、不自然でない状況で彼女の隣にいられることは、期が違ったりするだけで意外と少なかったりする。
そのぶん、たまに巡ってくるチャンスは本当に貴重なのだ。
隣に座れなかった、ただそれだけのことだとしても、石田は自分のくちびるが不満そうに歪むのを隠せなかった。
- 134 名前:うれしいヤキモチ 投稿日:2013/02/10(日) 17:22
- 一旦目的の方向へ向けた爪先を転換することなく、トレーを持ったまま、石田も鞘師のほうへ向かった。
近づいてくる石田に先に気づいたのは鞘師で、石田と目が合うと小さく微笑んでくれたけれど、
それに何の反応も見せることなく、石田は佐藤に視線を向けた。
「まーちゃん」
呼びかけた声に感情が乗らなかったことにちょっとだけホッとする。
石田の心中など知りもしない佐藤は、石田の呼びかけに素早く振り向いた。
「なあに、あゆみん」
「…さっき、田中さんが、まーちゃんにマッサージしてほしいって言ってたよ」
「へっ? たなさたんが? まーに?」
「うん」
するすると自分でも驚くぐらいの嘘が出たが、佐藤は石田の言葉にさほど疑問を持たなかったようで。
「まー、行ってくるっ」
少し呆気にとられている鞘師に笑顔でぺこ、と会釈してから立ち上がると、
佐藤は置いたばかりのトレーを再び持って、石田の横をさっきと同じ速さで走りぬけて行った。
- 135 名前:うれしいヤキモチ 投稿日:2013/02/10(日) 17:22
- その後ろ姿をちらりと目線だけで見送って、石田はゆっくり、佐藤が座っていた場所に腰を下ろす。
それからトレーに乗せた野菜類が多めの食事に「いただきます」と手を合わせて箸を割った。
隣からの視線に気づきながらも、石田はそちらには振り向かなかった。
鞘師が半ば呆然と自分を見ているとわかっていても、だ。
「…え、と」
「はい?」
戸惑い気味の声を合図に頭を上げて振り向くと、目があった鞘師は僅かに顎を引いてから目線を落とした。
「…た、田中さん、優樹ちゃんのこと呼んでたんだ?」
「いいえ?」
しれっ、と言うと、目を丸くして石田を見つめた。
その黒目がちの目が自分を映していることを確認したら、自然と口元が緩んだ。
「え、え? でも今…」
「嘘です。ああ言えばまーちゃん、どけてくれると思って」
箸を動かしていた石田の手がそこで止まったのは、隣で食べているはずの鞘師の動きが止まったのがわかったからだ。
我ながら子供じみた独占欲を晒してしまったと今更感じて自己嫌悪が生まれる。
鞘師に呆れられた気がしてトレーに向けたままの顔を上げられなかった。
- 136 名前:うれしいヤキモチ 投稿日:2013/02/10(日) 17:22
- 「……意外」
言葉どおりの声が石田の耳に届き、それにつられるように鞘師を見ると、鞘師は少し目を見開いた状態で石田を見つめていた。
「…何がですか?」
思っていたとおりの言葉のわりに表情は想像のそれと違っていて、少し肩すかしを喰らった気分で聞き返すと、鞘師は何故か小さく笑った。
「いや、亜佑美ちゃんでも、そういうことするんだと思って」
「……自分でもびっくりしてますけどね」
らしくない、なんてことは自分が一番よくわかっている。
あんなふうにすらすら嘘をつけたことに今さらながら自己嫌悪が押し寄せてきた。
「…なんか、みっともないですね、私」
「みっともない?」
「まーちゃんにヤキモチとか、みっともないでしょ?」
溜め息まじりに苦笑いで言うと、途端に鞘師の頬が赤くなった。
「ヤキモチ…?」
鞘師の反応で、鞘師は石田の言動をそんなふうには捉えなかったのだと察した。
「…だから、えーと…」
説明することに躊躇がなかったわけではないが、
言わないとずっと見つめ続けられることに気づいて、石田は自嘲気味に言葉を選んだ。
- 137 名前:うれしいヤキモチ 投稿日:2013/02/10(日) 17:23
- 「…鞘師さんの隣、座りたかったのにまーちゃんに先越されちゃって、おもしろくないな、って、思ったんです。
まーちゃんは何も悪くないのに……だから、みっともないな、って。…嫌ですよね、こういうの」
「えっ、いやっ、嫌っていうか。…嫌っていうのとは違くて…」
「…違くて…?」
「あの…、…亜佑美ちゃん、ヤキモチやくんだと思って、そっちにびっくりした」
目線を落としながら話す鞘師の頬が少し赤い。
そう見えるのは自惚れではないだろうか。
「……強くはないと思うけど、独占欲みたいなのだって、…ちょっとくらい、ありますよ」
石田がそう言うと勢いよく鞘師は顔を上げた。
その目は大きく見開かれていて、石田の言葉に驚いたのだと教えている。
何に驚いたのかは問わなくても石田自身が自覚している。
自分でも、そんな言葉が出たことに驚いたくらいなのだから。
「そ、そうなん、だ…?」
「…そうみたい、です」
そのままお互い言葉が出なくなって沈黙になる。
悪い雰囲気ではないのは伝わっているはずだが、気恥ずかしさが先立って顔が熱くなった。
- 138 名前:うれしいヤキモチ 投稿日:2013/02/10(日) 17:23
- 「……え、と…、その、うれ、うれしい、っていうのは、やっぱちょっと、優樹ちゃんには悪い気もするけど、
でも、あの、そう思ってもらえて、うれしい、です」
うれしい、という言葉だけが石田の耳に残る。
鞘師を見ると、テレたように笑いながら、けれど言葉どおりに、うれしそうに石田を見ていて。
「ヤキモチ、って、結構うれしいもんなんだね」
「……本人は、あんまりうれしい気持ちになれないですけどね」
「え? ……あ、そっか、そうだね、ごめん。ウチが曖昧なことしたから」
言ってから恨みごとみたいでしまったと思ったが、逆に鞘師は申し訳なさそうに眉尻を下げながら石田の顔を覗きこんで来た。
「…亜佑美ちゃん、って、呼べばよかったんだよね」
もとはといえば、佐藤の勢いに押されたからもあるとはいえ、鞘師がもっとはっきり、石田を誘ってくれればこんなことにはならなかった。
しかし、そんなことを気にする自分が今になって心の狭い人間に思えて恥ずかしい気持ちが押し寄せてくる。
「これからは気をつけます」
顔の近くでひそりと囁かれ、どう返すのが最善かわからず石田は小さく頷くことで応えたが、
そんな石田の心中には気づいたようすもなく、鞘師は箸を持ったまま止まっていた石田の右手を突っつく。
食べよう、と、鞘師の口が動き、それとほぼ同時に石田たちの背後で賑やかな声が響いた。
- 139 名前:うれしいヤキモチ 投稿日:2013/02/10(日) 17:23
- 誰の声かは歴然だったが、
反射的に振り向くと佐藤だけでなく田中もいて、石田の心臓がぎくりと跳ねた。
石田と鞘師を見た佐藤が迷わずこちらに駆け寄ってくる。
満面の笑顔で戻ってきた佐藤の背後で、こちらを見ている田中に石田は思わず背筋を伸ばした。
石田と目があった途端、田中がニヤニヤと口元を緩ませる。
その笑顔の意味を読みとるのは容易かった。
咄嗟の嘘はすぐにバレる。
もともと石田自身、嘘をつくのは得意ではないし、思いつきに近い嘘で確実に隠し通せた例は皆無といっていい。
佐藤は騙せたようでも、田中まで騙すのはやはり無理だったようだ。
右手の親指と人差し指で輪を作り、それ越しに石田と鞘師を覗いて口元を緩ませる田中を見て、
事態のすべてを把握されたのだと理解して、叱られることも覚悟した石田だが、そのときの田中はそれ以上は何も言わなかった。
とはいえ、
後日にはしっかり弁解のような釈明を強いられることになり、鞘師もまた同罪だという田中の言葉に逆らえないまま、
石田だけでなく鞘師も一緒に、【田中れいなへの無償マッサージ】という指令が、暗黙の了解のもとで下された。
END
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/10(日) 17:24
-
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/10(日) 17:25
-
2ヶ月ぶりなのになんだか薄っぺらい話ですいません。
カップルならでは、なイベント絡みの話をすべてスルーしていますが(クリスマスとか誕生日とか)、
あんまりその辺にこだわって書くのは得意ではなくて(単にネタが思いつかないだけです)。
基本的に熱しやすく冷めやすいので、飛ばすと息切れもしやすいです。
のんびり書いていければいいなと思います。
ではまたいつか。
レスありがとうございます!
>>129
キュンキュンしていただけてとても嬉しいです!
何度も読み返していただいて、めちやくちゃ嬉しいです、おんなじくらい照れくさいです!
今後も相変わらずマイペース更新になると思いますが、頑張ります!
>>130
私もその大阪コンに行ったのでこの話を思いついた感じでしてw
鞘石は、縮まってるようでそうでもないようででもわりと縮まってる…?みたいな距離感がたまらんといいますか…
ちょっとずつでも縮まっていふたりを書いていければいいなと。頑張ります。
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/11(月) 06:01
- ぬはー!来てたー!!!
だーちゃんのやきもちきゃわきゃわ(*´д`*)萌。
れいなが空気読んでたりお姉さんしてて良いですー。まったり待ってます。
- 143 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/20(水) 00:30
- 更新します。
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/20(水) 00:30
-
- 145 名前:あかいしるし 投稿日:2013/02/20(水) 00:30
- 「もうちょっとごろごろしてようよー」
なんて甘えた声で言う年下の先輩の手をやんわりほどいてベッドを降り、脱ぎ散らかしてある衣服を手に取る。
「だーめ。いくら今日の集合が遅めでも、いつまでもベッドの中ってのはダメですよ」
「ちぇー」
ぶー、と聞こえそうな唇のカタチを横目で見ながら、石田は意識してゆっくり衣服を身につける。
本当は自分もゆっくりしていたいのだと、相手にも伝わるように。
ベッドの端に腰を降ろし、下着を身につけ、ブラをつけようとしたところで背後からの視線に気づいて振り向くと、
枕を抱えながらニヤニヤ笑ってこちらを見ている鞘師と目が合った。
「? なんで笑ってるんです?」
「なんでだろーねえ?」
思わせぶりな口調と綻ぶ口元が何やら意味ありげだ。
「え、なに? 私、なんか変なことしてます?」
「さあ?」
ニヤニヤ笑う口元の緩みは少しも変わらない。
何かある、というのはわかるが、自分の衣類や手足を確認しても、おかしなところは見当たらない。
- 146 名前:あかいしるし 投稿日:2013/02/20(水) 00:30
- なんとなく面白くなくて唇の形を歪めながら再度顔だけで鞘師に向きなおると、手を伸ばしてきた鞘師が石田の背骨を腰から上になぞった。
「ちょ…っ」
石田が身を捩ると、その指は肩甲骨の少し下辺りでぴたりと止まって。
「……ここに、ウチのいろ、あるよ」
ツ、と、指先が石田の背中を撫で、軽く押す。
痛くない程度の強さだったが、それで事態を悟る。
「……さては、跡、つけましたね?」
「いひひ」
「もう!」
ベッドから飛び降り、鏡の前に背中を向けて立ってから肩越しに見ると、
鞘師が示した場所に、鮮やかな朱色がその存在を誇示していた。
「うーわぁ…」
「いひひひ」
悪戯っぽく笑った声が聞こえて、石田はくるりと振り返った。
その勢いに、石田が怒ったと思ったのだろう、それまでうつ伏せで寝転んでいた鞘師が抱えていた枕と一緒に上体を起こす。
「もうっ、ダメじゃないですか!」
「だ、だいじょーぶだよう、ちゃんと隠れるとこだよう」
言い訳する声が弱弱しい。
唇をへの字にしたまま、石田は手早く下着をつけ、ふたりでベッドに入る前に着ていた衣服を身に付けた。
そのあとで鞘師のもとへ歩幅も広く歩み寄ると、鞘師はまた少し姿勢を正し、ベッドの上で正座になる。
- 147 名前:あかいしるし 投稿日:2013/02/20(水) 00:31
- 「……わざとですね?」
「う…」
「ダメってわかってて、つけましたね?」
叱られる子供のように、鞘師の肩と頭が下がる。
「……そういう悪い子にはお仕置きです」
「ふぇっ?」
油断していたらしいその肩を強く押し、重力に逆らえずにベッドに倒れた鞘師に膝からベッドに上がって馬乗りになる。
「あ、あ、亜佑美ちゃん…っ?」
「はーい、そのまま背中向いてくださーい」
石田が言うと、拒むことは得策ではないと感じたか、それともそうすることも嫌ではなかったか、
さほど大きな反抗も強い反論もないままに、鞘師は枕を抱えたままくるりとカラダ半回転させて石田に背中を向けた。
さらりと、黒髪が鞘師の肩先で揺れる。
その肩越しに顔だけで振り向いた鞘師が困ったような顔で石田を見つめた。
「…つ、つけるの?」
「ダメってわかってて、鞘師さんもつけたでしょ?」
言い訳できないことを悟ってか、目線を落とした鞘師が観念したようにカラダからチカラを抜いたのがわかった。
その鞘師の背中に、石田はゆっくり顔を近づける。
息がかかるほど近づいて、肩甲骨の少し下、自分と同じ場所にそっと唇を押しつけると、僅かに鞘師のカラダが震えた。
「…痛くても、我慢してくださいね」
こく、と僅かに頭が動いたのを視界の端に見届けて、
石田は啄むようなキスを何度か繰り返したあと、わざと噛みつくように強く吸い上げた。
- 148 名前:あかいしるし 投稿日:2013/02/20(水) 00:31
- 「ん…っ」
短くて、けれど熱い吐息が石田の耳に届く。
冷えた自分の指先が体温の高い鞘師の腰に触れたとき、びくりと全身が震えてベッドの上で跳ねた。
見つかるか見つからないか、ギリギリの場所を探して、跡をつける。
それは朱色の所有印だ。
カラダに跡を残す行為は、自分たちの立場上、許されることではない。
そうと知っていて、それでも残したくなるし、残してほしいと願うのだから、恋ってやつは面倒だ。
それでも、その面倒なことすら、受け入れてしまう自分がいる。
「…見つかりそうなとこ?」
「ちゃんと、ブラで隠れるとこにしました」
唾液で艶めく場所を指先でなぞる。
そのすぐ隣にも、鞘師の知らない、石田が残した跡がある。
「確認しますか?」
見つけたときに鞘師は自分を責めるだろうか。
跡を残したのは鞘師だけでなく、石田もだったと知ったなら。
「……ううん、いい。亜佑美ちゃんがヘマするとも思えないし」
鞘師がどういう反応を見せるか期待半分でいた石田だったが、細く息を吐き出した鞘師を見て、
なんとなく肩すかしを喰らったような気持ちになったけれど、そのままゆっくり鞘師から離れてベッドを降りた。
- 149 名前:あかいしるし 投稿日:2013/02/20(水) 00:31
- 「…ていうか、お揃いだね、これで」
いひひ、と、顔を赤くしながら笑う鞘師に石田は言葉を見失う。
もしも自分たち以外の誰か(たとえばスタッフとか)に見つかったらきっと叱られるだけでは済まないのに、
そんな杞憂すら吹き飛ぶ程の、魔法の呪文をもらった気がして。
「…こ、こんなこと、今回だけですからね」
「はぁーい」
反省の色が見えない軽い返事を聞いてから石田は鞘師に背を向けた。
好きなのは自分のほうだ。
きっときっと、自分のほうが鞘師のことが好きだ。
そしてたぶんきっと、これからもっと鞘師のことを好きになる。
背後で動く気配がして、鞘師も服を着始めたことがわかる。
そっと振り向き、こちらを向いていないことを確認して、石田はその背中から抱きついた。
「ど、どした?」
「…やっぱり、もうちょっとだけ、ごろごろしません?」
石田の言葉の意味をほんの数秒考えたあと、鞘師はにこりと笑って、石田の腕を引き寄せた。
END
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/20(水) 00:31
-
- 151 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/20(水) 00:32
-
思いつきで書いたらやっぱ着地点弱くて駄目ですね…。
えっちぃ雰囲気出したかったのに、私にはやはり無理のようです。
ヘタレですいません。
レスありがとうございます!
>>142
ヤキモチ焼くのは鞘師さん、というイメージはちょっとありがちかなー、と思ってて、
意外と石田さんのヤキモチもすごいんじゃないかしら…という妄想からこんな話になりましたw
とか言って実はれいなのニヤニヤするとこが書きたかっただけ、っていうのは、どうかご内密に…w
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/20(水) 22:54
- いつ感想を書こうかと迷っていたのですが、やはりいてもたってもいられず書き込ませて頂きました。
素敵な雰囲気にこちらの脳が転がされっぱなしですw
空気感と距離感がたまりません!
鞘石の不思議な距離感をうまいこと書き上げてらっしゃるというか…w
これからも楽しみにしてます!
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/03/09(土) 01:51
- 萌キュン(*´Д`)ニヤニヤ
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/03/21(木) 21:56
- 更新します
- 155 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/03/21(木) 21:56
-
- 156 名前:深爪 投稿日:2013/03/21(木) 21:56
- 「…った…」
ぱちん、ぱちん、と、ちょっとしたリズムになっていた音が不意に耳障りの良くない音に変わって、その直後に呻くような不満声。
何か起きたらしいことがわかった石田が振り向くと、
Tシャツにハーフパンツというラフな格好をして床に座っていた鞘師が、広げられていたティッシュの上で足の爪を撫でているところだった。
「どうしました?」
「うー、ちょっと失敗した」
「え、もしかして、深爪しちゃった?」
「うん…」
風呂上がりだと爪も柔らかくなってて切りやすいから、と鞘師がティッシュを数枚広げたのは数分前。
鞘師は笑っていたけれど、石田自身は、入浴後の爪切りはあまり好きではなかった。
何故って、切りやすさに気を取られてしまうことがあるからだ。
今日のレッスンの復習がてらもらっていた資料に目を通していた石田は、そのファイルを閉じてから鞘師に近づいて同じように床に手をつく。
撫でている箇所を見ると、確かに、他よりも少し爪の形が違っていた。
「ちょっと見せてください」
「へっ?」
鞘師からの返答を待たずに手を伸ばして爪先に触れる。
「…思ったよりは深くないかな、大丈夫そう」
「平気だよー」
ほんの少し、答える声に戸惑いを含みながらも鞘師が笑う。
- 157 名前:深爪 投稿日:2013/03/21(木) 21:56
- 「亜佑美ちゃん、ちょっとオーバーだよ」
「だってもし傷になってたらって思うじゃないですか」
「たかが爪じゃん」
こちらとしては心配しての言葉だったのに、それを茶化す彼女が憎らしくなって、石田の中に少し困った感情が湧き起こる。
「…そうですね」
むっとしたことを隠すように呟いて、無造作に、無防備に投げ出されている鞘師の足首を掴む。
そのチカラに不穏さを感じ取ったらしい鞘師のカラダがびくりと大きく震えた。
「え、なに」
怯えの窺えた声に曖昧に笑って見せてから、石田はゆっくり上体を屈めて鞘師の足先に顔を近づける。
足の甲に届く直前、吐息が漏れたからか、掴んだ足が僅かに跳ねた。
「ちょ…っ」
悲鳴のような声が聞こえても無視して、足を掴む手のチカラを強くして、石田はそのまま深く削がれた爪に唇を落とした。
軽く触れ、啄ばむように口づける。
けれど決して足の指には触れない。
それを数度繰り返したあとで目だけを鞘師に向けると、手が口元を覆い隠していて、赤らんでいるはずの彼女の顔は半分しか確認できなかった。
- 158 名前:深爪 投稿日:2013/03/21(木) 21:57
- 「どうしました? 顔、赤いですよ?」
ふふっ、と鼻先で小さく笑って上体を起こすと、鞘師は唇をへの字に歪めながら、そばにあった風呂上がりに使っていたタオルを投げて寄こした。
難なくそれを避けてかわして、掴んでいた足首から手を離し、膝で歩いて鞘師の顔がよく見える隣まで近づく。
「…な、なんてことするんだよぅ…」
目が合うのを嫌うように顔ごと背けた鞘師の耳が、まだ半乾きの髪の隙間から見えた。
それが赤くなっていることに石田は満足する。
「たかが爪、なんでしょ?」
さっきの彼女の言葉を真似てみる。
すぐに気付いた鞘師の肩がぴくりと揺れて、それから口惜しそうに石田に振り向いた。
「…亜佑美ちゃん、最近ちょっと、意地悪じゃない?」
「ありがとうございます」
「ほ、褒めたんじゃないよ…」
尖らせた唇が可愛くて自然と口元が緩む。
「…ね、もっかいしてあげましょうか?」
「な、なに言って…」
強気で迫る石田の雰囲気に引き腰になって距離を取ろうとする鞘師の声が上ずった。
「じゃあ、こっちにならいいですか?」
どこ、と、眉根を寄せた鞘師に、石田は笑いながら顔を近づける。
また近づいた物理的な距離に僅かに身じろいだ鞘師のカラダをゆっくりと抱きしめて、反射的に顎を引いたせいで見えた額に、石田はそっと唇を押しつけた。
END
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/03/21(木) 21:57
-
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/03/21(木) 21:58
-
短くってスイマセン。
ここんとこちょっとイケイケな石田さんに対して押され気味な鞘師さんですがw
鞘石でも石鞘でも、作者はどちらも大好物でありますっ!
レスありがとうございます!
>>152
フィジカル面やメンタル面、仲間にしろ恋人にしろ、関係性の距離感については永遠のテーマなので、
そう言っていただけると本当に嬉しいです。ありがとうございます! 頑張ります!
>>153
(´∀`*)ウフフ
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/08(月) 08:07
- (*´Д`) にやにやハァーン
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/05/06(月) 21:32
- 更新します
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/05/06(月) 21:33
-
- 164 名前:kissing you 投稿日:2013/05/06(月) 21:33
- ――― 明日休みだしさ、よかったら、うち、こない?
ちょっと俯きながら言った鞘師に、断る理由のなかった石田はふたつ返事で頷いた。
改まって誘ってくるってことは、つまり、そういうことなのかな、なんて期待なんかもしつつ、
お先にどうぞ、と言われた入浴も済ませて鞘師の部屋に戻ると、学校の宿題だろうか、勉強机に向かって何やらノートに書きこんでいて。
「お風呂、いただきましたー」
「はーい」
答えはしてくれたけど、こちらに振り向かないのがなんだか淋しくなって。
「宿題ですか?」
背後から覗きこむようにノートの中身を見たら英単語がびっしり並んでいた。
「…わお」
「ちょ、覗かないでよー」
腕でノートを隠し、ちょっと唇を尖らせる。
「ダイジョブ、ちんぷんかんぷんデース」
カタコトの日本語を話す外国人のように告げてホールドアップして見せると、石田の仕草にきょとんとしたあと、小さく吹き出した。
「ウケルー」
「英語はホント、ダメなんですよぅ」
「ごめんね、もうちょっとで終わるからさ、そしたらパパッとお風呂も入ってくるから」
「いやいや、ゆっくりでいいですって。明日おやすみだから、朝寝坊したって平気ですし」
「ホントにあとちょっとだから」
- 165 名前:kissing you 投稿日:2013/05/06(月) 21:34
- 石田の気遣いを遠慮と捉えたか、ちょっとムキになったように真一文字に結ばれた唇のカタチを見て石田はそっと息を吐く。
宿題に向きなおったその横顔をこっそり眺めているのも実は楽しい、だなんて言ってしまうのは簡単だったが、
気になることを終えて、気兼ねなく過ごす自分との時間をなるべく早く作ろうとしていることもわかるだけに、鞘師の言動をそれ以上強く制限することは憚られた。
テレビをつけようとして、音が宿題に邪魔になるかも、と思い留まり、
なんとなく手持無沙汰になって首に巻いたままだったタオルを外してくるくる腕に巻いてみる。
そのまま鞘師の横顔を盗み見て、左腕で頬杖をつくようにしている姿勢を眺めて、その腕のすぐそばにあるマグカップが目に留まる。
運んで来たときは熱いコーヒーだったはずだが、湯気が見えないことで中身はもうぬるくなってしまっているんだろう。
何かの拍子でそれに当たって倒して中身を零してしまいそうな構図が思い浮かんで、
そのマグカップの場所を変えようと石田が手を伸ばしたのと、
一段落ついたらしい鞘師がホッとしたように上半身を軽く起こして曲げていた左腕を下ろしたのが同時になった。
石田が伸ばした右手がマグカップを掴んで浮かしたら、鞘師が下ろした左腕がそれに直撃して中身が波打つ。
「ぅわ」
石田の短い悲鳴と腕に当たった小さな衝撃に気づいて鞘師は反射的に腕を戻したが、
思うよりぶつかった衝撃は強かったようで、中身が石田の腕に巻かれていたタオルの上と、床と、鞘師が着ていたパーカーの袖へと零れた。
淡いピンク色のパーカーに、コーヒーの独特な色がじわりと滲む。
- 166 名前:kissing you 投稿日:2013/05/06(月) 21:34
- 「鞘師さんっ」
事態を悟った鞘師より、カップを持った石田のほうが反応は早かった。
持ったカップを置き、腕に巻いたタオルをほどき、零れたほうの鞘師の腕を掴んで持ち上げる。
「大丈夫ですかっ?」
「あ、ぅん、もうぬるくなってたから、へーき…、でも、あゆ」
「ちょっとすいません、脱いでください」
「ふぇっ?」
「コーヒー、染みになっちゃいますから、早く脱いで」
「えっ、いや、だ、だいじょうぶ、すぐお風呂入るから、そのとき洗濯に」
「ダメです、早くしないと」
「ちょ、ま…っ」
戸惑う鞘師に焦れったくなって、鞘師が制そうとするのを遮るように、石田は膝立ちで鞘師の首元に手を伸ばす。
鞘師が着ていたのはフルジップのパーカーだったので、少し強引だとは思ったが、それを下ろしてしまえば渋々でも脱いで渡してくれると思ったからだ。
しかし。
鞘師が石田のその行動を予測できなかったのをいいことに、勢い込んでファスナーを下ろした瞬間、目にした光景に石田は硬直する。
首元ギリギリまであげてあったとはいえ、てっきり中にもTシャツかタンクトップを着ていると思っていたのに、
石田の目が捉えたのは、パーカーの色と似た薄いピンクの下着だったからだ。
動きが止まったその一瞬、鞘師が石田の手を強く払って開かれた胸元を両手で引き寄せる。
その一連の動きにハッとして、石田は慌てて鞘師から手を引いて顔を逸らした。
- 167 名前:kissing you 投稿日:2013/05/06(月) 21:34
- 「ご、ごめんなさいっ」
別に、下着姿など今初めて見たわけではない。
舞台衣装なんかはもっと肌の露出もあるし、下着よりキワドいタイプのものもある。
それは鞘師に限らず他の先輩メンバーのものも飽きるほど見てきている。
プライベートにしたって、深い意味で「抱き合った」ことはまだ数えるほどしかなくても、
手で、唇で、互いの肌に触れたり触れられたりしたことは何度もある。
それでも。
無防備なそれを、こんな経緯で目にすることに酷く罪悪感が生まれた。
鞘師にしても、不本意だからこそ隠したのだろう。
「ごめ、ごめんなさい。あの、ホントに、あの…、ごめんなさい、私…」
「……いいよ、わざとじゃないのは、わかるし」
顔を逸らしていたので動作は見えなかったが、ファスナーの音がしたのでそろりと目線を戻すと、
椅子に座ったままの鞘師は衣服を先ほどと変わらない程度に整えていて、石田と目が合ってから、石田の傍らにあるタオルを指差した。
「それももらっとく。一緒に洗濯するよ」
「あ、はい…」
「…お風呂、入ってくるね」
タオルを受け取ってから鞘師が立ち上がる。
何を言えばいいか思い浮かばず、ただ見上げることしか出来ない石田に、
鞘師は苦笑いを浮かべながらも、何も言わずにマグカップも一緒に持って部屋を出て行った。
- 168 名前:kissing you 投稿日:2013/05/06(月) 21:35
- 室内が静かになって、石田はそのままテーブルに突っ伏した。
自分の失態が恥ずかしくて、申し訳なくて。
だけど、ほんの一瞬見えただけの、見慣れたはずの鞘師の肌と下着に、あっという間に高ぶる自分が情けなくて。
触れたいだとか触れてほしいだとか、自分にもこんな感情があったんだと、鞘師といるときはいつも思い知らされる。
触りたがるのはいつも鞘師のほうで、石田はそんな鞘師を甘やかす立場でも充分満たされていたのだけれど。
たぶんきっと、鞘師は石田の考えたことがわかったんだろう。
でなければもっと強く石田に文句を言ったはずだ。
部屋を出ていくときの曖昧な笑い方がそれと確信させる。
こんなことで自分たちの関係が変わるとは思ってはいないが、
このあと、入浴を済ませて戻ってくる鞘師をどんな顔で迎え入れるべきかに悩まされる。
ほー、と長く溜め息をついて、床に残っている、先ほど零したコーヒーの染みを見つける。
幸いにもカーペットの上には落ちなかったようで、ざっとみても他に目立つ染みは見られない。
机の上の教材などにも零れなかったようで、石田はホッとしながら、とりあえず、テーブル周辺を片付けた。
- 169 名前:kissing you 投稿日:2013/05/06(月) 21:35
-
鞘師が部屋に戻ってきたとき、その髪がまだ濡れていたのは石田には意外だった。
やはり気まずさは鞘師も感じていたようで神妙そうな顔つきはしていたが、
地方公演などでホテルの部屋が一緒になったりしたときでも、髪を乾かさずにいたことはない。
不思議に思った石田が首を傾げると、鞘師の手にはドライヤーがあった。
「……亜佑美ちゃん、やってくれる?」
言いながら鞘師は持っていたドライヤーを石田に差しだす。
ほんの少し上目遣いで強請られ、先ほどの罪悪感もあった石田は、声もなく首を縦に振るしか出来なかった。
椅子に座らせ、背後に立つ。
「…熱かったら言ってくださいね」
「うん」
ドライヤーの音はそれほどうるさくはなかったが、温風を当てている間、鞘師からはなにも言葉を発しなかった。
- 170 名前:kissing you 投稿日:2013/05/06(月) 21:35
- 櫛は使わず指で梳いて乾かす。
何度かこの髪に指を絡めたり撫で梳いたことはあったが、濡れている髪を乾かすのはもちろん初めてだ。
「…なんか、緊張します」
「? なんで?」
「だって、鞘師さんの髪乾かすのとか、初めてだし」
わざと軽い口調で言った石田だったが、背後からでも、鞘師の肩先が僅かに緊張したのが伝わる。
「……ウチも」
「へ?」
「…ウチも初めて。…誰かに、乾かしてもらうの」
とん、と、胸の奥のほうを押された感覚がして、一瞬石田の手が止まった。
「あ…、え、そ、そうなん、だ?」
「うん」
「そ、そんなこと聞いちゃったら、ますます緊張しちゃいますよぉ」
なんでもないフリを装ったが、鞘師は石田の動揺に気づいただろう。
そっと振り向いて石田を見たあと、照れくさそうに笑った口元にまた石田の胸が鳴る。
「ちょ…、反則…」
思わず漏れた声は鞘師の耳には届かなかったようだけれど。
- 171 名前:kissing you 投稿日:2013/05/06(月) 21:35
- 平常心でいなければ、と思うのに、触れている髪の柔らかさに気持ちが揺らぐ。
時折石田の指が当たってしまう肩先や、撫で梳いているせいで見えるうなじを直視することも難しくなってくる。
それでもなんとか堪えていたけれど、
撫で梳く髪に湿った部分が感じられなくなり、そろそろ終わらせてもいいかと思った直後、
まるでそれを待っていたみたいに、鞘師はぽつりと、つぶやいた。
「……そういうウチの初めては、全部、亜佑美ちゃんだといいなあ…」
聞かせる気だったのか、それともそんなつもりはなかったのか。
まだ温風を吐き出す音にまぎれた鞘師の言葉は、もう少し離れた場所にいたらきっと聞きとれなかっただろう。
石田はまだ作動しているドライヤーを右手に持ったまま、たまらなくなって左手で自身の顔を覆った。
鞘師の発した言葉は、石田にしかその威力がない。
その威力は他を寄せ付けないほど絶大なのに、それを鞘師は理解しているのだろうか。
無言のまま離れてしまった石田に少し不安になったのか、鞘師がそっと振り向く。
そして、顔を赤らめている石田を見たあと少しだけ目を丸くして、悟ったようにまた前を向いた。
「……聞こえました、から」
スイッチを切ったドライヤーを机に置いて、椅子に座ったままの鞘師の髪を後ろから撫でる。
指に絡め、その毛先を口元に運ぶ。
鞘師がどこまで感じとれているかは不明だけれど、まだ少し温風の熱が残る後ろ髪をひとまとめにして肩越しに顔の横に流したら、
このあと石田の起こす行動を予測出来たらしい鞘師の肩先がぴくりと揺れた。
- 172 名前:kissing you 投稿日:2013/05/06(月) 21:36
- 「……私で、いいんですか?」
見えているうなじに顔を近づける。
吐息がかかったのか、また少しカラダが震えたのがわかった。
否定の返事はされないとわかってて質問をするのは卑怯な気もしたけれど、目の前で首を小さく縦に振ったのを見てから、ゆっくりうなじに唇を寄せる。
触れた瞬間、弾かれたように揺れたカラダを背後から二の腕を掴んで身動きを制限する。
もちろん、本気で嫌がれば離すつもりではいたが、強い抵抗などと言うには不似合いなまでの小さな反発にすら遭うことはなくて。
ちゅ、とわざと音を起てて吸いあげる。
跡を残すわけにはいかないので舌先で付け根まで辿ったら、二の腕を掴んでいた手をそっと撫でられた。
「……鞘師さん?」
顔を上げると、鞘師が頬の色を少し赤くして振り向いた。
石田と目が合い、一瞬だけ目を逸らしたけれどすぐにまた見つめて、それから静かに椅子から立ち上がる。
戸惑う石田の手を引き、そのままベッドまで歩いて引き寄せるように石田を抱きしめてから、一緒にベッドに沈んだ。
- 173 名前:kissing you 投稿日:2013/05/06(月) 21:36
- 「鞘師さん」
正面から抱きしめられたことで近い距離になった鞘師の耳に呼びかける。
返事の代わりに、ぎゅっと強くしがみつかれた。
「…私にできることで、鞘師さんがしてほしいこと、ありますか?」
恥ずかしさもあるんだろう、見えている顔はどんどん赤くなっていくのに、石田の背中にまわされている腕のチカラは弱まるどころか強くなるだけで。
「……い、いっぱい、…ちゅー、して、くれる?」
甘えたような鼻にかかる声が石田の胸を鳴らす。
堪えていた感情に火をつける。
抱きつかれていることで感じている少しの息苦しさも、沸き上がる愛情と熱で気にならなくなる。
「…かしこまりました」
わざとそんなふうに言ったら一瞬きょとんとしたあとで鞘師は吹き出して、緊張気味に歪んでいた唇が綻んだ。
それを見て、石田はどこよりも一番最初に、そこに触れた。
END
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/05/06(月) 21:37
-
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/05/06(月) 21:37
-
えーとえーと。
なんかすいません、としか言葉が出ません。
この先は期待されてもありません今の私にはとても書けません…。
レスありがとうございます!
>>163
(*´д`)イヤァ-ン!!
- 176 名前:おるぷち 投稿日:2013/05/07(火) 20:54
- か、かわいい!!!!
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/06/18(火) 06:02
- (*´Д`)きゃわー
チューSSが大好物だからもっとチューしてくれw
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/02/28(金) 00:30
- 更新します
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/02/28(金) 00:30
-
- 180 名前:all over 投稿日:2014/02/28(金) 00:31
- 髪を乾かし終えたタイミングを待っていたように、
ドライヤーを片付け、ベッドの端に座ってホッと息をついた途端、背中からゆっくり抱きしめられてドキリとした。
近くにいることはわかっていたし、さっきから視線も感じてはいた。
こちらの手が空くのを待ってることもわかってたので、出来得る限り、手早く済ませたつもりだった。
それでも戸惑ったのは、自分が思うより、抱きしめてきた腕のチカラが強く、どこか切なげだったからだ。
「さやしさん?」
ひそりと肩越しに呼びかけたら、また更に腕のチカラが強くなった気がした。
息苦しさや痛さはなかったけれど、縋るようでいながら、それを言うつもりはないのが感じとれて石田の気持ちを揺らす。
「どうかしました?」
答えないだろうと思いつつ、まずは聞いてみる。
石田が思ったとおり、鞘師は答えず、ただぎゅっと石田を抱きしめるだけで。
ふ、と小さく息を吐き、石田はそっと、自分の胸辺りにある鞘師の腕を叩いた。
「…ちょっと、離してくれます?」
軽く撫でるように叩いただけなのに、石田の言葉が拒絶だったことにギクリとしたように鞘師のカラダが揺れる。
「離してください」
少し口調を強くすると、拒まれるとは思いもしなかったという雰囲気を纏って、鞘師はそろりそろりと石田から離れた。
- 181 名前:all over 投稿日:2014/02/28(金) 00:31
- 拘束のようだった一方的な抱擁から解放されて石田はまた細く息を吐き出し、それからくるりと背後に振り向く。
気まずそうに反射的に顎を引いた鞘師が上目遣いで見つめている。
その瞳に傷ついたいろが見えて、石田は結んでいた口元を緩めて口角を上げてから、
まだ石田の心中を読み切れていない鞘師に向けて両腕を広げた。
「どうぞ」
「え…?」
「…こっちのがいいでしょ?」
僅かに首を傾げて見せたら、鞘師はハッとしたように目を見開いた。
石田の言おうとしたことをようやく理解して、けれどまた少し顎を引いて、おそるおそる、正面から抱きしめた。
「…ほら、やっぱりこっちのがいい」
近くになった鞘師の耳元で囁くと、掠れるような声で、うん、と返事が返ってきた。
「ね?」
耳元で笑ったせいか、くすぐったそうに身を捩られる。
抱きしめてくる腕のチカラがまた強くなって、その強さを心地好く思う心を読んだように、鞘師の重心がゆっくり石田のほうへ移る。
抵抗する気などなかったぶん、石田のカラダは何の躊躇も障害もなく鞘師と一緒にベッドへと沈んだ。
- 182 名前:all over 投稿日:2014/02/28(金) 00:32
- 鞘師のカラダの重みを自身のカラダで感じながら、うっとりと目を閉じて肩先に頬ずりをしたら、
石田を抱きしめていた鞘師が溜め息をついたのが伝わった。
それがなんだか自分の思う熱と違うように感じられて、少しだけカラダを離して鞘師の顔を見ると、何故だか苦笑いを浮かべていて。
「? どうしました?」
「……やっぱ、亜佑美ちゃんには敵わないなって」
「え?」
「ウチばっかり、好きみたい」
「はぃ?」
「…亜佑美ちゃんがウチのこと想ってくれてるのより、絶対、ウチのほうが亜佑美ちゃんのこと好きだと思う」
それまで特に遮ることなく黙って聞いていた石田だったが、
見るからに不服だとわかるほど唇のカタチを歪めると、鞘師の肩を押し返すようにしながら勢いづけて起き上がった。
抱きしめていた鞘師の腕を解くように自分から離し、じっと、上目遣いで鞘師の顔を見つめる。
不機嫌、というほど機嫌が悪いようではないが、それでも数秒前とは違う雰囲気を纏っている石田に見つめられ、
自分の気づかないところで、何か石田の気分を害するようなことをしてしまったということは察した。
「違いますよ」
「…え、と…、なにが?」
「鞘師さんが、じゃなくて、あたしが、です」
「…ぅん?」
「あたしのほうが、鞘師さんのこと、好きなんですよ」
「ふぇっ?」
鞘師の反応に満足したように、肩を竦め、石田が愉快気に笑う。
- 183 名前:all over 投稿日:2014/02/28(金) 00:32
- 「鞘師さんがあたしのこと想ってくれてる以上に、あたしのほうが鞘師さんのこと好きってことです」
「な、なに、何言って…、そんなの、そんなわけ…」
「そんなわけあるんですって」
「違うよ、ウチだよ、ウチのほうが亜佑美ちゃんのこと好きなんだよ」
「違いますぅ」
普段、年下扱いされても少しも気にもならないのに、今は何故だか軽く見られている気がして、鞘師の中で反抗心が強くなる。
「違わないよ、ウチだよ。ウチのほうが先に好きになったんだから」
そう言うと、それまで少し強気だった石田が僅かに怯んだのがわかった。
「…順番は、関係ないですよ」
「ある」
声を強くしたら、石田はさりげなく鞘師から目を逸らした。
怯んでいるのは明白で、そしてそれは鞘師の言葉に間違いがないことを認めたことにもなる。
やはり自分のほうが気持ちは強いという自信に後押しされて、追い打ちをかけることにも躊躇はなかった。
「ウチが先に亜佑美ちゃんのこと好きになったんだよ」
しかし、繰り返されて逆に開き直ったのか、不本意そうに口元を歪めながらも、石田の視線が戻ってくる。
- 184 名前:all over 投稿日:2014/02/28(金) 00:33
- 「……先に好きになったほうが気持ちが強いっていうのは根拠として弱いと思いますけど」
「あと、好きって言ったのもウチからだった」
「…っ、そ、れは、そうですけど…」
「ほら! ウチのほうが亜佑美ちゃんのこと好きじゃん!」
「や、だから、それが基準っておかしいでしょ。そもそも鞘師さん、あたしがいつから鞘師さんのこと好きだったか知らないじゃないですか」
言われて、確かにそのあたりの確認はしたことがなかったと思い至る。
「でも、ウチよりあとでしょ」
「なんなんですか、その根拠のない自信…」
「根拠ならあるよ。だって今、亜佑美ちゃん、ウチに言い返すことで言い訳探してるもん。それってウチの言うことが正しいからでしょ」
また図星を指されたのだろう、今度こそはっきりわかるほど表情に困惑を滲ませて息を飲んだ石田に、鞘師は得意満面に胸を反らして見せた。
「ほら、ウチのほうが亜佑美ちゃんのこと好きってことじゃん」
言い返す言葉が見つからないのが本当に悔しいのか、唇を噛んで上目遣いで見つめられて、それがますます鞘師の気分を高揚させた。
「……順番は、関係ないって、言ってるじゃないですか」
「あるね」
「ないですよ」
「あるって」
「ないです」
「ある」
- 185 名前:all over 投稿日:2014/02/28(金) 00:33
- 次第にお互いがムキになっているのも気づいていたけれど、どうにも引き際がうまく見つけられない。
出口のない押し問答になってきて、同じ言葉を繰り返しているうちに、苛立ったように石田が眉をしかめた。
「…っ、気持ちなんて見えないんだからどっちが強いとかわかんないでしょ!」
そしてとうとう、語気を荒げて石田が怒鳴った。
その勢いに顎を引いてしまった鞘師に、ハッとしたように口を覆って気まずそうに首を振る。
お互いのこういった言い合いに関して、石田のほうが食い下がるのは珍しいことだと少し冷静になってからふと思う。
それは石田のほうにも自覚があるのだろう、ちいさく、ごめんなさい、と呟かれて、鞘師も石田と同じように首を振った。
「…珍しいね、亜佑美ちゃんが怒鳴るの」
「すいません…」
口元を押さえたまま目を合わそうとしない石田の視界に入ろうと覗きこむと、僅かに身を引いた石田が鞘師から逃げるように顔ごと逸らす。
「…ていうか、ウチら、なんでこんな言い合いしてんだろね?」
鞘師の声色に柔らかさを感じとった石田がゆるゆると視線を戻す。
竦ませるように張っていた肩からもチカラが抜けていくのが鞘師の目にも見て取れた。
「…だって、鞘師さんが」
「うん、言いだしたウチから言うのもあれだけど」
気まずくなりそうな雰囲気にならないようにか、石田の言葉尻を鞘師は静かに奪う。
「…どっちも同じ、じゃ、ダメ?」
鞘師から投げられた提案に石田は一瞬息を飲んだあと、細い息を吐き出しながらゆるりと首を振った。
「ダメ? なんでダメ?」
「……どうしても譲れないこと、って、あるんです」
- 186 名前:all over 投稿日:2014/02/28(金) 00:33
- 鞘師から微妙に目を逸らしてはいたが、石田の纏う空気と声の強さから、
石田自身の持つ負けず嫌いの性格が高じての意地からくる反論や反抗心ではない、ということがわかる。
同時に、今まで感じていたものより更に強く、石田から想われている、という自信が膨らんだ。
なんとなく、拒まれそうな気もしたけれど、鞘師はゆっくり、石田に手を伸ばした。
視界に入った鞘師の手に気づいた石田が反射的に顔を上げるのを待って、
もう一方の手も伸ばして、そっとそっと、石田の細いカラダを抱きしめる。
「さやしさん?」
耳元に届く不安気な声すら愛おしく感じて、抱きしめる腕のチカラを少し強める。
石田のいう「譲れないこと」は他の誰でもなく鞘師のことだ。
石田は石田なりに、鞘師のことを強く意識して、想ってくれているのだろう。
「…あのね」
「はぃ…」
鞘師の声が自信に満ちていたからだろうか、応える石田の声が僅かに怯んだように感じられて、
逸る気持ちを抑えながら、鞘師はゆっくり息を吸い込んだ。
「どっちの気持ちが強いとかはっきりさせるより、どれだけ相手を想ってるかを伝える、ってのは、どうでしょう」
- 187 名前:all over 投稿日:2014/02/28(金) 00:34
- 鞘師の言おうとしたことがすぐには理解できなかったのか、鞘師の腕の中で石田が考え込んだのが空気で伝わる。
綻びそうになる口元を堪えつつ、少し上体を離して石田の顔を覗きこむと、噛み砕いた説明を求める視線が向けられた。
「伝える方法はなんでもいいからさ」
「…方法?」
「そう。…たとえば、こんなふうに」
言いながら、僅かに首を傾げている石田の額に口づけを落とす。
ほんの一瞬触れただけだったが、再び石田の顔を覗きこんだら、鞘師の意図を理解したのか、頬を微かに染めていて。
「言い合ったり張りあったりするより、こっちのほうが、お互い、有意義な気がしない?」
正直、鞘師にも気障ったらしい言い回しをした自覚はある。
見つめてくる石田の口元が次第に笑いを堪えるように震え出して、
吹き出される前にその唇を自らのそれで塞いで見せたら、僅かにカラダを揺らしたあとで、石田の手が鞘師の服の裾を掴んだ。
唇の端をぺろりと舐めて離れると、上目遣いの石田が意味ありげに微笑んでいるのが鞘師の目に映る。
「…なんで笑ってるの?」
「えー? 鞘師さんのむっつりさが可笑しくて」
「ちょ、むっつりって、ひどいな!」
「違いましたっけ?」
「……悔しいことに否定できない」
への字に唇を歪ませた鞘師に堪え切れず、石田が盛大に吹き出す。
先ほどまでのどこか気まずい空気は既になく、笑っている石田を見て鞘師もホッとする。
- 188 名前:all over 投稿日:2014/02/28(金) 00:34
- 笑いのツボの浅い石田がばしばしと鞘師の肩を叩く。
痛みはないけれど、笑われ続けるのはさすがに面白くない。
石田の手を捕まえると笑いが止んで、でもやはりどこか可笑しそうに鞘師を見上げる少し色素の薄い瞳と唇に目だけでなく気持ちごと奪われる。
「…じゃあ、今から、やってみます?」
誘うように笑った石田に導かれるように。
さっきよりまた少しだけチカラを込めて、鞘師は石田のカラダを抱きしめた。
「…結構、激しいかもよ?」
「受けて立ちましょう?」
自信ありげな石田の声は、鞘師のカラダに甘い痺れを呼び起こして。
急激に湧きあがってきた感情に心ごと身を任せるように、鞘師は石田の耳の奥へと、囁いた。
「…覚悟してね」
時間をかけてゆっくりと、だけど誰よりも何よりも誠実に。
どれほどキミを好きか、思い知らせてあげる。
END
- 189 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/02/28(金) 00:34
-
- 190 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/02/28(金) 00:35
-
久しぶり過ぎて書きこむのになんだか時間がかかってしまいました。
着地点が相変わらず弱くてすいません。
今回更新分にて、このスレでの更新は終了とさせていただきます。
読んでくださった皆さま、レスを下さった方々、たくさくたくさん、ありがとうございました。
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/02/28(金) 23:31
- 言い争う姿すらもイチャついてるとしか思えないw
作者さんお疲れ様でした
素敵な鞘石をありがとう
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/03/01(土) 16:28
- お疲れ様でした。
作者さんの小説でより鞘石が好きになった身としては、終わるのは寂しく思いますが久々に読めて嬉しかったです。
今回の作品を読んで改めて好きだなと実感しました。ありがとうございました。
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/11/02(月) 22:58
- >>195
あれもアンチがヲタクに私信してるとは言ってたが
あんな高価なマフラーだったら自分で買わないだろうし私信だろうが道重だろってなってただろ
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