初恋サイダー
1 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:23
みやもも。
タイトルはBuono!ですが、どちらかというとBerryz寄り。
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:23

3 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:24
ミュージックビデオの撮影後に、テレビ仕事の打ち合わせが入った。

思っていたより長引いた打ち合わせが終わって、少し疲れた気分で桃子が楽屋に戻ると、当然だけれどそこには誰の姿もなかった。

誰かと一緒に帰る約束をしていたわけではないので、それはわかっていたことなのだけれど、
誰かがいた形跡はあるのに、人の気配が薄れている楽屋は空調が効いていても不思議と寒く感じてしまう。

細く息を吐いて帰り支度をしていると、何の前触れもなくいきなり楽屋のドアが開いた。

びっくりして桃子が振り向くと、ドアを開けた本人も部屋の中には誰もいないと思っていたらしく、
桃子の姿を見て「えっ」と小さく、驚きの声を漏らした。

しかし、すぐに何かを思い出したように背後を振り返ると、中に入ってそっとドアを閉め、閉めた途端に慌てたようすで桃子のほうまで近づいてきた。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:24
「ごめん、かくまって」
「へっ?」
「あたしはここにいないって言って」

言うなり、ドアのあたりからは死角になるロッカーの陰へと身をひそめる。

呼吸すらひそめている雰囲気に桃子が困惑していると、数分ほど過ぎてからまたしてもいきなりドアが開かれた。

「えっ、あれ? もも? まだいたの?」

現れたのは佐紀だった。
思いがけない、と言いたそうに目を丸くする。

「うん、打ち合わせ、思ったより長引いて」
「あー、テレビの?」
「そう」
「ふーん…」

どうでもよさげな返事に思わず苦笑すると、佐紀はそれには気づかないでぐるっと室内を見回す。
誰かを探しているのは歴然だが、桃子はあえて不思議そうに尋ねた。

「どうしたの、忘れ物でもした?」
「あー、うん、まあね…」

言葉尻を濁しながら佐紀が桃子に視線を戻す。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:25
「ところでさ、なっちゃん、来なかった?」
「え? みや? ううん、見てないけど…」
「…そっか」

目に見えてがっかりして肩を落とした佐紀が小さく息を漏らした。

「みやと何か約束してたの?」
「約束ってほどじゃないけど、まあ、そんなとこ」
「もう帰ったとか…、電話してみた?」
「電源切ってるみたいで繋がんなくて」

佐紀の淋しそうな顔が、桃子の気持ちを少し揺らがせたけれど。

「充電切れてるのかな…。みやのことだから、履歴残ってたらかけ直してくれると思うけど」
「あたしもそう思うんだけど」
「急いでるの?」
「いや…、そういうわけでもないけど」
「もぉも一緒に探そうか?」

正直にいえば、桃子のその提案に佐紀が乗ってこないことは承知していた。
だからこそそう言ったのだけれど。

「あー…、ううん、いい、平気。もう帰るよ」
「いいの?」
「うん。ごめんね、もも。ありがと」
「ううん」
「じゃあね、またあした」
「うん、バイバイ」
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:25
桃子が帰り支度をしていたことに気付いているはずなのに、一緒に帰ろう、と言われないのは、今さらである。
無論、帰る方向が逆なのもあるけれど、誘われたところで桃子のほうも少し困る。

佐紀とは、浅いけれど、確かに溝のようなものがある。
もちろんそれはお互いが無意識のうちに理解した上での溝で、ふたりの間に亀裂を引き起こすようなものではない。

信頼しているし、好意だって持っている。
相談だってするし、されるし、たとえば部屋に二人きりになっても、会話がなくても苦痛には思わない。

ただ、お互いのことを認めあってはいても、どうしても相容れることのできない人間もいる、ということなのだろう。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:25
パタン、とドアが閉じて足音が遠ざかる。
しばらく佐紀のいなくなったドアを見つめていた桃子だったが、背後で長い溜め息が吐き出されてハッとした。

「…キャプテンから逃げてたの?」
「逃げてた、って、人聞きの悪い…」

バツの悪そうな顔をした雅が頭をかいた。

「だって、すごい探してたみたいじゃん。あんなに仲良いのに、どうしたの?」
「…さすがに、四六時中ベッタリっていうのも息が詰まるよ」

ぽつりと、いくらか唇を尖らせながら雅が愚痴る。
それには桃子も目を丸くした。

「…や、あの、別に変な意味じゃなくて」

桃子のようすに気づいた雅がハッとしたように両手を胸の前で振って見せる。

「…びっくりした」
「あの、だから、キャプテンのことが嫌いとかそういうんじゃなくて。
 なんか、あたしの時間が奪われて嫌っていうか、なんでもかんでも一緒っていうのがダメっていうか」

言葉にすればしただけ墓穴を掘りそうな勢いの雅に思わず口元が緩んだのは仕方がない。
それを見咎めるように雅の唇が少し尖る。

「……笑うな」
「ごめんごめん。…ま、ちょっと座れば?」
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:25
佐紀がいなくなったとは言え、今すぐ出ていけば鉢会うことも有り得るだろう、
そう思いつつ、桃子が自分のすぐ隣の椅子を指差すと、一瞬迷ったようすを見せたけれど、それでも静かに腰を落ち着けた。

雅が座ったのを見て桃子も座る。
巻いていたマフラーに雅が顔半分を埋めたのを横目で見ながら、桃子は何気なく携帯を開いた。

「……あとで、電話かメール、してあげてね」
「え?」
「キャプテンに。さすがに淋しそうだったしさ」
「あー、うん…」

返事と同時に肩に掛けていたバッグに手を突っ込んで携帯を取り出す。
しかし、取り出したまま開くこともせず、しばらくそれを見つめて何かを考えていたようだったが、
結局何もしないまま、またバッグの中に戻し、バッグも机の上に置いた。

「しないんかい」
「…だって、電話かかってきそうで」

確かに、弁解や謝罪のメールをしても返信は電話になりそうだと桃子も思う。

「そんなに…?」

何が、とはあえて言わなかったが、桃子の言いたいことを感じとったらしい雅はさっきより深くマフラーに顔を埋めた。
見えないはずの唇が拗ねたように小さく尖っているのが見えるようで、桃子は細く息をついたけれど、それ以上は追及することはしなかった。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:26
そのまましばらく無言でいたが、雅が溜め息をついたのを合図に、桃子は雅に振り向いた。

「…あのさ」

声を掛けられて雅が振り向く。
なんと言ったものかと思わず言い淀んだ桃子に、雅はマフラーを指で引き下げ、顔を出してから首を傾げた。

「なに?」
「…ちょっと、言いにくいんだけど」
「うん?」
「そんなふうになるくらいなら、もうやめたら?」
「へ?」
「キャプテンだよ。さすがにやりづらくなるかも知んないけど、そんなふうに自分自身に無理があるならやめたほうがいいと思う」
「…え、と…、なに? やめるってどういうこと? やりづらいって、何が?」
「だから、キャプテンとはもう別れたら?」
「は…? …はああああ?!」

雅の大きな目が驚きを見せて、素っ頓狂な声とともに更に大きく見開かれる。

「ちょ、ちょっと待って、別れるってなに? もしかして、あたしがキャプテンと付き合ってるって思ってるの?」
「えっ、違うの?」
「違うっ、付き合ってない!」
「うっそ」
「こんなときになんで嘘だよ!」

ばんっ、と机を叩いて立ちあがり、半ばキレ気味で雅が怒鳴る。
本気で怒ってるみたいな表情や声の大きさからも、間違った見解をしていたのだと桃子もわかった。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:26
「…ご、…ごめん…」

顎を引いて桃子が静かに謝罪すると、冷静さを欠いた自身を恥じるように雅も乗り出しかけたカラダを引いた。

「…いや…、あたしも…、大きな声出したりして、ごめん…」
「ううん…」
「でも、マジで、あたしとキャプテン、付き合ってるとかじゃないから」

そこは譲れないのか、念を押すように続けた雅を見上げた。

「…うん、わかった」

なんとなく気まずくて、そのまままた沈黙になる。
立ちあがった雅も居心地悪そうにしつつ、元のように椅子に腰を下ろした。

微妙な空気が流れて、それをお互いに感じとっている。
空気を変えたくてどちらも言葉を探しているのが伝わるのに、どちらも切りだすタイミングが計れない。

やがて、この空気に耐えきれなくなったように雅がまた溜め息をついた。

「…なんで付き合ってるなんて思うかな」
「えっ」

不意打ちのように雅がぽつりと声を漏らす。
雅のほうから何か言いだすだろうとは思っていたが、反応した桃子の声は上ずった。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:26
チラリと視線だけで桃子を見た雅は、隣で桃子が困惑顔で自分を見ていることに気づき、慌てたように身を起こした。

「…いや、べつに、怒ってるとかじゃなくて…」
「それはだって、キャプテン、みやのこと好きっていつも言ってるし、みやもキャプテンのこと可愛いってしょっちゅう言うし、
 いつもふたり、どこ行くにも一緒じゃん。あれで付き合ってないって思ってるほうが少ないと思う」
「……それは、まあ…そうだけどさ…」

雅の言葉尻を奪うように桃子が一気にそこまで言うと、身に覚えがあり過ぎるのだろう、
反論できないようすを顕著にした雅は唇をへの字にして背もたれに深く上体を預けた。

「…でも、違うから…」

はあっ、と肩を落としてまた溜め息をつく。

言葉にしたとおり怒っているわけではなさそうで、桃子はおそるおそるながらも、雅の顔を下から覗きこんでみた。
目があった雅は最初はすぐ目を逸らしたけれど、条件反射のようなそれを誤魔化すようにゆっくり視線を桃子に戻してくる。

雅と目が合うのを待って、桃子は軽く息を吸った。

「……突っ込んで聞いてもいい?」
「うん?」
「みやは違うって言うけどさ、でも、キャプテンはそう思ってないんじゃないの?」

核心に近いところを突いたのか、雅の表情が一瞬固まる。
目を逸らしたことが桃子の言葉を半ば肯定しているようなもので、けれど雅自身、特に隠すつもりもないようだった。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:27
「…たぶんそうだけど、たぶん違う」
「…どういうこと?」
「キャプテンにとって、あたしはたぶん、代わりなんだと思う」
「ごめん、よくわからない」

即答した桃子に雅の口元が一瞬緩む。

「彼氏の代わり、ってこと」
「えっ、キャプテンって彼氏いるの!?」
「ううん、いないと思う」
「ちょ…、…もっとわかりやすくお願い」

わざとかと思うくらいのもったいぶった言いまわしにさすがに桃子も苛立つ。
緩んでいる雅の口元からはさきほどまで感じられていた緊張や気まずさは含まれていないように見えた。

「あたしらってそういうのダメじゃん。まあ、隠れて付き合ってる子もいるかも知んないけど、表面上はさ、彼氏とか厳禁でしょ。
 でも、彼氏に甘えたり自慢したり、たぶんキャプテンってそういうの、好きなんだよ。そういうのがしたいんだと思う。
 だけど現実には彼氏とか無理で、だったら、ってことで身近にいるあたし、って感じなんじゃないかな」

まるで他人事のようにあっさりと説明する雅に桃子は咄嗟に返す言葉に詰まった。

雅の言うことはわかるし、実際、佐紀にはそういう一面があるだろうとも思える。
思えるけれど。

「ホントに彼氏できたらこういう甘え方するんだろうなってわかるんだよね。
 そういうの可愛いって思うし、好かれて嫌な気分になったりすることないけどさ、
 でもだから同じだけしんどくて、たまには代わりじゃない自分の時間欲しいって思っちゃうんだ」

大げさに肩を竦めた雅が小さく笑う。
自嘲気味の愛想笑いが桃子には痛々しく感じられて、言おうとした佐紀を咎める言葉は咄嗟に飲みこんだ。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:27
何も言わない、言えない桃子に気づいてか、雅が両腕を伸ばして背伸びする。
それから大きく息を吐き出して桃子を見た。

「…はー、言っちゃったーあ」
「みや…」
「なんか、サンキュね。ずっと誰にも言えなかったから、吐き出せてスッキリした」

かける言葉を見つけられずに黙りこむ桃子に雅はまた笑って見せる。

「そんな顔すんなよー。べつにもういいんだよ、ももがもうわかってくれたしさ」

つきん、と、桃子の胸が痛む。
らしくなく笑う雅は桃子の好きな雅の笑顔ではなかった。

でも、だからといってこんなときにどんなことを言えばいいのか、適切そうな言葉さえ浮かんでこない。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:27
少し逡巡して、桃子は雅に背中を向けるようにして椅子に横向きに座りなおした。

「もも?」
「……なんでもない」

言いながら、ゆっくりもたれるように上体を背後にいる雅のほうへと倒す。

「ちょ、危ないよ、なに、どした?」

桃子の背中を支えた雅が不思議そうに尋ねても何も答えない。
答えるかわりに起こされた上体をもう一度倒す。

「おいー」

苦笑いで雅が桃子の背中を叩く。
もちろん痛くはなかったけれど、肩越しに振り向くと視線がかちあった。

何も言わずに数秒見つめあって前に向きなおる。

しばらく無言のまま身動きせずにいたら、やがて、カタン、と椅子の動く音がして、雅の気配が少し桃子のほうに近づいた。
そしてそのまま身動きしなかった桃子の背中に、雅のほうからもたれかかってくる。

「…急に立ったら怒るよ」
「しないよ、そんなこと」
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:27
右肩に雅の後頭部が乗ってきて思わず桃子の口元が綻んだ。

「…みや、重い」
「うっさい」

少し乱暴に言ってますます押しつけるように乗せてくる。

嫌ならやめればいい。
そう言わなかったし言われなかったのは、この状況を楽しんでいる、というより、
こうすることでしか甘やかすことも甘えることもできないことをお互いが自覚しているからだろう。

右側から甘い香りがして、それが雅愛用の香水だと気づいたとき、雅が細く溜め息をついたのがわかった。

「……今日さ、ありがとね。ももがいてくれてよかった」
「なーんか、今日のみや、素直で逆に怖いんですけどー」
「うはは、明日は雪かもねー」
「自分で言っちゃったよ、この人」

背中や肩先から伝わる重みは信頼の表れだと桃子は思う。
そう思うとさっき感じた胸の痛みが少し晴れた。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:28
「……もぉね、」
「うんー?」
「ホントのこと言うと、愛とか恋とか、好きとか嫌いとか、よくわかんないのね」
「…そっか」
「ほら、もぉって、基本的には面倒くさがりじゃん?」
「そうだねえ」
「だからってわけじゃないけど、そういうことを考えたことないっていうか」
「…うん」
「笑ってもいいよ」
「え、なんで?」
「だって、この歳になって恋愛したことないとかさー」

雅が返答に困っているのが、たとえ背中でも触れ合っていることで顕著に伝わる。

「いいなー、好きだなー、って思う人はたくさんいたけど、恋愛感情かって聞かれると、違うなーって感じなんだよね」

ちゃんとした恋愛をしたことがない、と大学の友人に言ったら、職業柄そう言うしかないよね、と、暗にからかわれたことがある。
メンバー間ではそういう話題を無意識に避けていたせいもあるから自覚はなかったけれど、
年頃と言われる自分の年齢で誰も好きになったことがない、ということは、同年代には笑われるようなことなのだとそのとき身をもって知った。

だからといってそんな自分を恥ずかしいとは思わないが、今までメンバーにもあえて言わないでいたことを雅に話したのは、
話しても笑わないでいてくれると、雅ならこんな自分を少しはわかってくれるかも知れないと思ったせいだ。

そして実際、雅は笑わなかった。

「…でも、こんなもぉでもさ、憧れみたいなのはあるんだ」
「えっ、誰に?」
「や、誰に、っていうか、高橋さんと新垣さんみたいな、あんなふたり、いいなって」
「あー…」

雅の返事は桃子の言いたいことを理解したようだった。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:28
あれはまだ、高橋が卒業を発表する前のハローのコンサートだっただろうか。

舞台袖では誰もがコンサートの開始前の緊張を持て余すかのように気分を高揚させていた。

そんななか現れた高橋はなぜだか誰も寄せ付けない雰囲気を纏っていて、
普段とは違う彼女に誰もが戸惑い、周囲の緊張が更に増して気まずさも漂っていた。

「みやもいたっけ、あのとき」
「うん」

そこに遅れて現れたのは新垣で、ふと何かに気づいたように高橋に近づくと、無遠慮に高橋の頬を撫でるように叩いた。
驚いたように高橋が振り向き、そしてその目に新垣を映した途端、彼女が纏っていた雰囲気は一瞬にして解け、ふわりと、柔らかく笑って。

その場の空気はそれだけでいつもの賑やかな、それでいて心地よい緊張感のあるものに変わった。

新垣はただ、高橋の頬を撫でただけだった。
咎めるでなく励ますでなく、何も言葉は発しないまま。

けれどそれだけで高橋と新垣の間にある確固たる絆のような繋がりが見えた気がした。

「言わなくてもわかる、っていうのかなー。すごいいいな、って思った」
「…うん、いいよね。通じ合ってるって感じがした」

高橋と新垣が恋人と呼べる間柄かどうかは知らない。
それでも、誰にも割り込めないふたりなのだということは強く感じられたし、同じだけ、とても綺麗なものに見えた。

あのふたりを羨ましく思い、憧れだと言えるくらいには。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:28
そのままなんとなく沈黙になって、お互い適度にバランスを保って寄りかかっていたけれど、ふと時計を見て思わず桃子は笑った。
打ち合わせを終えて戻ってきてからずいぶん時間が過ぎている。

「…そろそろ帰らなきゃ」
「え? …あー、ホントだ」

言って、ひょい、と雅がカラダを起こす。
雅が離れたことで軽くなった背中が少し淋しく感じられて、桃子はそんな自身の感情を不思議に思ったが、
近くに感じていた体温や重みが薄れたからだろうと思うことにした。

「一緒に帰ろ」
「うん。…あ、ごめん、ちょっと待って。これ外すから」

まだ帰り仕度が途中だった桃子が自身の頭にあった髪留めを指差し、それを外してから櫛で適当に整える。
そんな桃子を横目に、雅はまた、巻きなおしたマフラーの中へ顔半分を埋めた。

髪を整えながら、鏡越しに雅が自分を見ていることに気づいた。

「みや?」
「え…、なに?」

ぼんやりしていたのか、声をかけるとハッとしたように肩を揺らし、鏡の中で目があった。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:28
「なんか、ぼーっとしてたから」
「…いや、べつになんでも」
「なーに? もぉに見とれてた?」

いつものように、茶化して言ってみた。
いつものように、呆れた顔をされると思っていた。

思っていたから、そのとき、マフラーでは隠れなかった頬骨の上の部分を赤くした雅に咄嗟に言葉を詰まらせた。

「…なにバカなこと言ってんの」

ふいっと顔だけでなくカラダごと背中を向けた雅がいつものように素っ気なく言い放つ。
しかし、それをいつも通りだと感じとるには違和感がありすぎた。

けれど問い質すことが良策ではないのは明らかで、桃子は何も言えないまま、雅の背中を見つめるしかできなくて。

「…てか、早くしないと帰るの遅くなるよ」
「あ…、うん、そうだね、ごめん」

桃子のほうには振り返らず、口調にほんの僅かに苛立ちを混ぜて雅が言う。

焦りながら髪の跳ねをなおし、忘れ物がないか身支度を整えながら確認してハンガーにかけてあったコートに手を伸ばす。
が、コートに届く前に、桃子の手は横から遮るように雅が捕まえた。

え、と短く驚きの声を出すより早く捕まえられた手を引っ張られ、引っ張られたことで前のめりになった上体は雅の肩が受け止める。
そして、自分の身に何が起きたのかを把握できないまま、桃子は雅に抱きしめられていた。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:29
唐突で、しかも予想外のことが起きて桃子のカラダは強張った。
声が出せないのは口元が雅の肩先に当たり、マフラーにも埋もれたせいだ。

こんなふうに抱きしめられる理由は見当たらず、だからといって、どうして、と問うこともできない。

当然だけれど、さっき背中合わせでいたときよりも雅の体温や息遣いを近くに感じた。
甘い香りはさっきよりも強く桃子の鼻先を掠め、抱きしめられたことで雅の鼓動がはっきり伝わって頭がクラクラする。

理由もわからず身動きを封じられているのに、今まで覚えたことのない感覚に包まれて戸惑うことしかできない。

でも、嫌だとは微塵も感じなかった。
その感情のまま、触れようと無意識に手が雅の背中へと伸びる。

しかし、桃子の手が雅の背中に触れる前に、雅はまるで自分から引き剥がすかのように桃子の両肩を掴んで離れた。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:29
「…ごめん」

俯いたまま、マフラーの中で雅がぽそりと告げる。

「…なんか、ちょっといま、どうかしてた」

突然抱きしめられた理由を知りたいとは思ったけれど、そんな答えなら何も言わないでいてくれたらよかった。

まるで責めるような言葉が口をついて出そうになって、咄嗟に桃子は自分の口を手で覆った。
そんな桃子のようすに雅が気づくことはもちろんなく、桃子から手を離すと、俯いたままで一歩うしろへ下がる。

「みや…」
「ごめん。なにも言わないで」

小さな声が震えていたことでますます何も言えなくなる。
思わず触れようと手を伸ばしたが、空気の流れでそれを悟ったのか、雅がまた一歩下がった。

「ごめん」

もう一度言って、桃子の手を掴んだ手でマフラーを引き上げて背を向けた。
そしてそのまま、桃子に何も言わせないまま、雅は楽屋を出て行ってしまった。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:30
パタン、と、佐紀が出て行ったときよりさらに静かにドアが閉まる。
足早に遠ざかっていく足音が突き放されたようで桃子の胸の奥を軋ませた。

雅はもうここにいないのに、カラダにはまだ雅の体温が残っていて、
口元を覆った手を下ろしても桃子を纏う空気は雅の残り香で、また更に胸が痛んだ。

さっきまで座っていた椅子に再び腰を下ろす。
正面で向かい合ったときより背中合わせでいたときのほうが心が近かったようで、そう思うと淋しさが押し寄せてきた。

雅のことだ。
気まずさから、明日から避けられそうで気持ちが下がる。

雅とは、いつまでたっても、近づいては離れ、離れてはまた近づいて、を繰り返している気がする。
お互いに好意的に思っていることはわかるのに、気持ちはうまく伝わらない。

深めの溜め息をつきながら時計を見た。
早く帰らないと遅くなるとは思ったが、今出ても駅で雅と鉢合わせしそうで、もう少し時間をつぶすことにした。

たっぷり20分は過ぎたころに、暗く沈む気持ちを振り払うように勢いづけて立ちあがった。
コートを手にとり、袖を通しながら手袋を忘れたことを思い出し、ツイてないなと思いながら苦笑した。

エアコンを切り、部屋の照明を落としてドアを閉め、
エレベーターではなく階段で階下へ降りた桃子は、入口のドアの前にいる人物を見て文字通り飛び上がった。
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:30
相手は桃子を見て、マフラーから顔を出しながら不満そうに肩を竦めて見せる。

「……おっそいよ、もう」
「な、なんで? なんでいるの?」

コートのポケットに手を突っ込んだまま、拗ねたように唇を尖らせた雅が出入口の少し手前で仁王立ちになる。

「一緒に帰ろって言ったじゃん」
「い、言ったけど…! でも先に帰ったと思うじゃん、あんなふうに出て行かれたら!」

もういないと思っていただけに驚きは激しく、そんなつもりはないのに雅を責める口調になってしまう。
おそらくそれは雅も想定内だったのだろう、小さな声で、ごめん、と言った。

「……あのまま帰ったら、明日から気まずくなるなー、と思って」

雅の返事に桃子は思わず目を丸くする。
避けられる、と思った自分の考えがこんなに早くに覆されるとは思いもしなかった。

そしてそんな桃子を見た雅が唇をへの字に曲げる。

「…なんでそんなに驚いてんだよ」
「だって…」
「だって、何さ」

問い詰める口調は拗ねた子供のようで、そしてそれは照れ隠しのようにしか見えなくて。

「……うれしくて」

思うより先にそう言葉が漏れた。
言葉にしてから、うれしい、という自身の感情に納得した。

そして、桃子自身がその言葉の意味を理解したら、今度は雅が目を丸くする番だった。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:30
「みやが、待っててくれて、うれしい」

言葉にしたことで、それが今の自分にとっての真実なのだとわかる。

マフラーから顔を出していた雅の顔が、見つめているうちにみるみるうちに赤くなった。
顎を引き、桃子の視線から逃げるようにわざとらしく顔を背け、そのあとでカラダごと桃子に背を向ける。

「…みや?」
「か、帰るよ…っ」

素っ気なく言って、桃子を待たずにさっさと出ていく雅。
照れているのは一目瞭然で、雅にそんな態度をとらせているのは自分のせいだと思うだけで、自分の口元が緩むのを隠せない。

「ちょ、待ってよー」

雅を追って外に出ると、屋内との気温差は思った以上でさすがに震えた。

「さむーぅ…」

やはり、手袋を忘れたのは痛い。
コートのポケットに手を入れると歩きにくくなるので、身を縮めて自分の吐く息で手のひらを温めていたら、
前を歩いていた雅が急に立ち止まって振り返った。

早足で歩いていたとはいえ、なかなか追いついてこない桃子に焦れたのだろう、
振り返った直後は唇はへの字のカタチをしていたのに、
桃子が自身の手をさすっているのを見て、眉間にしわを寄せながら首を傾げた。

雅が振り返ってくれたことにまたうれしくなって、桃子は小走りで追いかけ追いつく。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:31
「…手袋は?」
「忘れちゃった。昨日着てたコートのポケットの中」
「こんな寒いのに…」
「あはは」

呆れた口調で言われて誤魔化すように笑ったら、雅は視線を落としながら自分がつけていた手袋の片方を外して桃子に差し出した。

「…これ、使いな」
「えっ、でも」
「いいから」

押しつけるように渡されたのは左手の手袋。
雅らしい、シックで大人っぽいものだ。

「ありがと…」

言いながら、思わず受け取った手袋をまじまじと眺めてしまう。
手袋の片方だけを借りる、という考えが思いつかなかったからだ。

「…あ、でも、そしたらみやの左手が」

寒いよ、と言おうとする前に、押しつけた手袋を雅が取り返し、それを桃子の左手につける。

「ん、これでよし」

満足げに言って、手袋をしていない雅の左手が桃子の右手を掴まえた。

「…え」
「こっちの手は、こうしたらいいっしょ」
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:31
一瞬、何が起きたか桃子には理解できなかった。

雅が桃子の手を掴んだことももちろんだが、まさか、掴んだ桃子の手ごと、雅のコートのポケットに突っ込まれることになるなんて。

「ちょ、みや…?」
「……なに」

桃子の顔を見ないで前を向く雅の頬が赤い。
耳まで真っ赤だけれど、それが外気の冷たさのせいじゃないことぐらい桃子にだってわかる。

「……手、冷たい」
「文句言うな」
「それに、これだとちょっと歩きづらいし」
「うっさい」

嫌なら離せばいい、と言わない雅の心中を推測して、腹のほうからくすぐったい気持ちが湧きおこってくる。

突き放すような棘の感じる口調は照れ隠しと緊張の裏返しだ。
さっきまでポケットに手をいれていたはずの雅の手が冷たいことがその証拠である。

胸の内側からくすぐられるような感覚がまた湧きおこって、
半ば衝動的にポケットの中で繋がれた手にぎゅっとチカラを込めると、弾かれたように雅が振り向いた。
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:31
「…みやって、ほーんと、ツンデレだよね」
「な…! そ、そんなんじゃないし!」
「いやいや、相当だと思うけどなー」
「ちがっ、これはっ、ももが手袋忘れたから仕方なく…!」
「ほほー。…ま、そういうことにしといてあげてもいいけどーお?」
「うわ、ウザ…」

思わず立ち止まった雅が呆れたような溜め息を漏らした。

あんまり度が過ぎると機嫌を損ねかねない。
そこは桃子も心得ているから、今日は深追いせず、雅が溜め息をつくと同時にもう一度繋いだ手を強く握りしめた。

「でも、こういうのも、たまにはいいよね」

にっ、と笑うと、雅は僅かに顎を引いて、それからふいっと顔を逸らす。
しかし、繋いだ手はそのままだ。

「…し、仕方なくだから」
「うん」
「ももが手袋忘れたからなんだから」
「うんうん」

あまり気持ちは入っていないとわかる適当な相槌を打ちながら、一歩目を先に踏み出したのは桃子のほうだった。
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:31
「みやは優しいから、もぉにも親切にしてくれただけなんだよね」
「そ、そういうことだよ」

ワンテンポ遅れた雅だったが、すぐ桃子に追いついて並んで歩きだす。

雅がどういうつもりで桃子を抱きしめたのか、こんなふうにバレバレな言い訳をしてまで手を繋ごうとしてくれたのか、
今はまだ、その理由を尋ねる必要はないと桃子は思った。

尋ねたところで雅は答えないことが予測できたから、というのもあるが、
理由を知ることよりも、こんなふうに他愛ない遣り取りをしていられる時間のほうが今は大事に思えたからだ。

繋いだ手が少しずつ冷たさを消していく。
だんだん高くなる手のひらの熱が心地好くて逃がしたくなくて、また少しチカラを込めようとした桃子より早く、雅がぎゅっと握りしめた。

顔は前を向いたまま、でも耳はやっぱり赤くしたまま。

「……駅までだよ」
「はぁい」

素っ気なく言われても、鼻にかかる甘えた声で桃子は答えた。
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:32
駅に着き、改札を通るときにどちらからとなく離された手がホームに立ったときにもう一度掴まれる。

意外に思って見上げた先の雅は相変わらず前を向いたまま桃子と目を合わせようとしなくて、
そのくせ頬を僅かに染めた横顔はその心境をわかりやすく教えてくれていて、
緩みそうになる口元を堪えながら、桃子も応えるように掴まれた手にチカラを込める。

「ねー、みや」
「…なに」

抑揚の薄い声は逆にその心中を計れるほどで。

「明日も一緒に帰ろっか?」

言葉にしながら繋いだ手のチカラを強めてみる。
振り向くかと思ったけれど、少し肩先を揺らしただけで、そのあとでチラリと目線を寄越してまた前を向く。

けれど。

「……ももが、どーっしても、って言うなら、一緒に帰ってあげてもいいよ」

思った通りの返事が返ってきて、とうとう桃子は堪え切れずに吹き出した。
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:32

31 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:32
END
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/12(月) 21:32
一人称や呼び方がリアルと違っていても大目に見てやってください。
誤字脱字は、脳内変換でお願いいたします。
33 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/13(火) 04:14
2人とも可愛くて面白かったです。
次作もあるのでしょうか?楽しみにしてます。
34 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/14(水) 00:07
ストーリー展開が丁寧で引き込まれました!
桃もみやも(佐紀ちゃんも)いい味出てますね!
続きがあればぜひ読みたいです!
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/15(木) 08:37
すごくいいです!何度も読み返しました。
続きでも別の話でもよいのでまた読みたいです!
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/17(土) 05:07
なんというかかなり好みなストーリー&文章というか書き方(?)で
キュンキュンしました。すごく良いです。
次作もあることを期待してしまいます。
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:21
更新します。
前回の続きです。
38 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:21

39 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:22
コンサートのリハーサルがはじまった。

リハーサルそのものがまだ始まったばかりということもあり、新しく覚えなくてはならない振り付けに真剣な顔で取り組むメンバーたち。
それでも、食事休憩の時間は、それまでの緊張の糸がほぐれて和やかになる。

穏やかな空気の漂う中、それぞれがそれぞれのペースで一息つく。
さっさと食事を摂るメンバーもいれば、とりあえず先にカラダを休めるように横になるメンバーもいる。

身体的な休息より食欲を優先した桃子は、配られた弁当を受け取って、休憩室のテーブルの、隅のほうを陣取った。
そんな桃子のあとをついてきていた友理奈が、話しやすさを考慮してか桃子の前に座る。

友理奈が桃子のあとについて一緒に食事を摂ることは特に珍しいことではない。その逆もよくあることだ。
向かい合ったことで目が合って、桃子が笑ってみせると友理奈も笑った。

「覚えることいっぱいで大変」
「ねー、頭パンクしそう」
「もぉも。今日はきっとバタンキューだよ」
「だね」
40 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:22
喋りながら箸をすすめていると、すでに食べ始めていた桃子たちに少し遅れて雅と佐紀が休憩室に入ってきた。

いつもどおりの見慣れた光景で、気に留めずにいた桃子のうしろをふたりが通り過ぎる。
その擦れ違いざま、後ろ髪を上げていたことで露わになっていた桃子のうなじに何か冷たいものが触れた。

「うひゃわわっ」

唐突な感覚に自分でもびっくりするぐらい、情けなく裏返った悲鳴が出た。

「ぶはっ」

何事かと振り向いたら、水滴のついたペットボトルを片手に、もう一方の手で口を覆い隠して笑う雅がいて。

「今の声、超ウケるー」
「ちょ、みやっ?」

おそらく、ペットボトルを桃子のうなじに押しつけたのだろう。

「もうっ、びっくりしたじゃん!」
「あははっ、ごめんごめん。あーんまり無防備だったから、つい」
「つい、じゃなぁい!」

むぅ、と唇をへの字にして軽く睨むと、雅はあまり悪びれたようすも見せずに、ニヤニヤ笑いながら少しだけ肩を竦めた。

もう少し文句を言ってやろうかと思ったけれど、こんなことで目くじらたてて怒るのもバカらしくなって、
「おぼえてろー」なんて、捨て台詞と一緒に大げさに溜め息をついてその場を終わらせると、
そのタイミングを計っていたみたいに、佐紀が雅の服の袖を少し強めに引っ張った。

「なっちゃん」
「うん?」
「つづき。それでどうなったの?」
「あー、うん、それでさ…」

佐紀に促されて、意識を佐紀に戻した雅が歩きながら話し始める。
桃子にした小さな悪戯のことはもうどうでもいいようで、桃子は肩を竦めつつ、細く息を吐いた。
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:23
しかし、桃子が姿勢を戻そうとしたとき、チラリと桃子に目線を寄越した佐紀に、ほんの僅かに、ぎくりとした。
その目が、あまり居心地の良いものではなかったからだ。

まるで桃子を牽制するような、目に見えるほどの不快感。

しかしそれはほんの一瞬で、次の意識が働いたときにはもう、佐紀は雅の話に聞き入っているようだった。

さほど広くない休憩室で、それでも自分たちより少し距離をとるふたりを見ながら、
雅が、佐紀にとっての自分は彼氏の代わりのようなものだ、と話してくれたことを思いだす。

そのときは雅の言葉を信じて、佐紀を咎めるような気持ちになったけれど、
今の佐紀を見ていたら、それはやっぱり、雅だけが感じていることじゃないだろうかという気がした。

彼氏代わりとして見ている相手を、あんなふうに嬉しそうに見つめたりできるだろうか。
傍から見ているだけでも佐紀の雅への好意のベクトルははっきりしている。
それなのに、当事者の雅が気づいてないなんてありえるのだろうか。

佐紀の気持ちを疑似恋愛的なものとしてしか受け止めていないなんて、気づいていてわざと誤魔化していることだって考えられる。
だとしたら、ひどいのは佐紀ではなく、雅のほうではないだろうか。

そこまで考えて桃子はハッとする。

ふたりに立ち入る理由が、自分のほうには何もないことを思いだしたからだ。
42 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:23
食事の途中だったことも思いだして視線と姿勢とを元に戻したら、目の前にいた友理奈が頬杖をついて桃子を見つめていた。
無表情の友理奈にどきりとして思わず顎を引いたら、僅かにその口元が綻んだ。

「だいじょうぶ?」
「え?」

なんのことか咄嗟にわからずにいると、友理奈が自分の首筋を指差した。
それを見て、雅の悪戯を受けた桃子を心配してくれたのだとわかる。

「あー、うん、へーきへーき。ちょっとびっくりしたけど」
「そう?」
「みやってホント、こういうイタズラ好きだよね。されるほうの身になってよって思っちゃう」
「…そういうわりには、もも、なんか、うれしそうに見える」
「えっ」

意外なことを言われて思わず声がひっくり返る。
普段からわりと頻繁に突拍子のないことを話す友理奈だが、それは本当に予想外だった。

「…そうかなあ?」

うれしそう。
そう見えていることにも戸惑ったけれど、その言葉に動揺している自分に何故だか落ち着かなくなる。
実際、そう思ったことが数日前に起きたせいだ。

「うん。ていうか、最近、みやもなんとなく機嫌いいよね。ふたり、なんかあったの?」

何かあった、というほどのことではない、と桃子は思う。
たぶん、当事者以外にとっては。
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:23
『……ももが、どーっしても、って言うなら、一緒に帰ってあげてもいいよ』

素っ気なく言われたそれが素直に甘えてこない雅らしくて、桃子の言葉を雅がどう受け止めたかを知るにはわかりやす過ぎた。
あまりにも想像通りの返答に桃子も吹き出してしまって、
そのあと拗ねてしまった雅の機嫌をなだめるのに少し時間がかかってしまったけれど。

あの日以来。
どちらから言うでもなく、桃子と雅は一緒に帰るようになった。

とはいえ、あからさまにふたり揃って出ていくということはなく、たいていは、先に出ていくことの多い雅が駅で待っていてくれる。
どうして、と聞かれたら説明が面倒だから、なるべく他のメンバーに会わないように、
だけど雅に長い時間は待たせないように桃子も時間差で出て、駅で落ち合い、一緒に電車に乗る。

でも、特別な何かがふたりの間の起きている、という実感は桃子にはあまりなかった。
もちろん、メンバーの誰にも言わずにいることで秘密の共有をしているような感覚はあったが、
もともと帰る方向が同じだから今までも一緒に帰ることは何度もあったし、
これを機会に込み入った話をするだとか、相談事をしたりされたり、といったこともない。

手を繋いで帰ったのも、あの日一度きりだ。

たぶんきっと、雅も桃子も、誰にも話していないことで、僅かな後ろめたさのようなものを抱いていたとは思うけれど。
44 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:24
「ううん、べつに?」

けれど、それを誰かに話そうとは思わなかった。
むしろ、このまま、ふたりだけの秘密にしていてもいいとさえ、思っていた。

「そう?」
「うん。…てか、くまいちょーってば、そんなにももちのこと気にかけてくれたりして」
「うん?」

軽く握った手を自分の頬に当てて表情を作り、声音も替えて上目遣いで友理奈を見る。

「ももちのこと大好きなんだねっ」

きょとん、と言われた直後は目を丸くした友理奈も、状況を把握したとわかるように口元を緩める。

「うん、好きだよー」

自意識過剰なイタイ振る舞いをして、周囲に呆れられるというリアクションがパターン化していたので、
友理奈のこの反応は桃子には少々意外でもあったが、逆にそれが新鮮でもあった。

「うふふ。うれし。ももちもくまいちょーのこと、すきよー」
「えー? またまた適当なこと言っちゃって」
「ホントホント。ももち、くまいちょーのこと、だーいすき。だから両想いだねー」
「両想いかあ」

にこにこ笑って言いながら、友理奈が少し前かがみになる。
それを真似るように桃子も上半身を前に倒したら、当然だけれど顔の距離が近づいて。

「じゃ、うちら、恋人同士になるのかな?」

相変わらず、想像の斜め上あたりの単語が出て桃子はほんの少しだけ戸惑ったけれど、
無邪気ににこにこと笑う友理奈は特に何かを企んでいるようでもなくて。

「なるのかな?」

茶化すようにおどけて、疑問符も真似て返したら、口元だけで拗ねた友理奈がその長い指で桃子の額を小突いた。
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:24




46 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:25
今日の予定分を済ませ、疲れたカラダで帰り支度を済ませたメンバーがひとり、またひとりと帰宅の途につく。

いつもだったら佐紀と早々に出ていく雅だが、今日は佐紀の家族が迎えに来ていたらしく、
名残惜しそうに帰っていく佐紀を見送ってからも楽屋を出ていく気配はないまま、結局桃子と雅のふたりが最後まで楽屋に残っていた。

「…ねえ」

ふたりきりになってすぐ、雅のほうから声をかけてきた。
椅子に浅めに腰掛けながらも重心は背もたれにあるような格好で、手にしたiPhoneの画面を見たまま。

桃子が座っている椅子から一つ空けた斜め向かいの椅子に雅はいたけれど、
ふたりきりになって他に音がないぶん、さほど声を張らなくてもお互いの声は届く。

「うん?」
「…昼間、熊井ちゃんと何話してたの?」
「へ?」

咄嗟に何の話かわからなかった桃子の声が裏返り、その声に気づいた雅の視線があがる。

「ゴハン休憩のとき。なんか喋ってたじゃん」
「…ああ、あのときか。そんな、たいした話じゃないけど…どうして?」

切り返されると思わなかったのか、雅が僅かに顎を引いた。

「べつに。なんか楽しそうだったから、何話してたんだろって思っただけ」

手元に目を戻しながら素っ気なく言い放つ。
でも、うっすら赤らむ頬は隠せていない。
47 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:25
興味無さげな態度をとっているわりに気にしていることは明らかで、そういう雅を見せられると意地悪してみたくなる。
昼間の悪戯のこともあるし、仕返しのつもりで。

「なになに? みやってばヤキモチ?」

口元をこれでもかというくらいに綻ばせて可愛い子ぶった頬杖のポーズで尋ねたら、若干カラダを引きながら嫌そうな顔をした。

「バカなこと言うな」

突き放した口調のくせに、頬の赤みは薄れない。

「みやは素直じゃないからなー」
「いやいや、素直ですから。もうこれ以上ないってくらいマジ正直で素直ですから」
「正直になっていいんだよ、いまはふたりっきりなんだし」
「アホか」
「アホって言うな。ほらほら」
「ほらほらとか」

呆れたような声で雅が肩を竦める。
何も返さず黙って見つめていると、チラリと視線を寄越してきた雅と目が合って、どちらからとなく吹き出す。
48 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:25
一緒に帰ろう、と、言う必要もなく、お互いの意識がそこへ向いたときだった。

楽屋の外から、この部屋に近づいてくる足音が聞こえた。
騒がしさはなかったけれど、なんとなく急いでいるようすは足音からも感じとれて、桃子と雅が顔を見合わせる。

と同時に、楽屋のドアが数度のノックのあとで開かれた。

「あ、よかった、まだいた」

現れたのは友理奈だ。
さっき出て行ったのは千奈美だったが、その前に出て行った梨沙子よりも友理奈は先に出ていたはずだ。
走って戻ってきたのだろうか、息が乱れている。

「どうしたの、忘れ物?」
「うん、ももにね」
「え?」

首を傾げた桃子に、友理奈はにっこり微笑んで。

「一緒に帰ろう」

まるで、その言葉が、唐突に訪れたと思われるこの空間の流れに乗ることが当然であるかのように。
49 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:25
「へっ?」

あまりにも予想外のことで桃子の声も不審さを纏う。

友理奈の真意が見えず、戸惑って返事に詰まっているのに、友理奈は表情を崩さない。
にこにこと、桃子の返事を待っている。

「…で、でも、くまいちょー、逆方向じゃん」
「うん。だから、駅までだけど」

そう答えた友理奈の口元が僅かに淋しそうに曇る。

「ていうか、なんで? なんか、話があるとか?」
「なんで、って…、付き合ってる人と一緒に帰るのって普通のことでしょ?」
「ぶほっ」

その言葉に先に反応したのは桃子ではなく雅のほうだった。
飲みかけだった紙コップのお茶を飲みきろうと口をつけていたが、流しこめずに噎せてそのまま咳き込む。

「わ、みや? 大丈夫?」

苦しそうなそれに友理奈が心配気に声をかけて近づこうとしたが、咳き込みながらも手のひらを見せてこくこくと頷いた。

「へー、き、…ちょっと、ひっかかっただけ…」

ひきつった声で言って大きく息を吐き出す。
ホッとしたような友理奈が、そのまま桃子へと視線を戻すと桃子は目を見開き、呆然と友理奈を見ていた。
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:26
「もも?」

反応のない桃子に友理奈が顔の前で手を振って見せると、ハッとしたようにカラダを揺らした。

「聞いてた?」
「き、聞いてた聞いてたよ。でもあの、つ、付き合って、る、って…あの…、ももと、くまいちょーが?」
「そうだよ」
「ちょ、待って。待って待って」

動揺していることを隠せないまま、桃子の声が上ずる。
身に覚えがないことももちろんだが、すぐそばで聞いているだろう雅がどう思っているかも気がかりだった。

「…いつのまに、ももたち、そんなことになった、の…?」

どう聞き返したら正しいのかわからず思いつくままに尋ねたら、友理奈の表情がまた少し曇って焦る気持ちが生まれる。
下手なことを言えばそれだけで友理奈を傷つけてしまいそうで。

「いつ、っていうか、昼間、うち、ももに好きって言ったよ。ももも、好きって言ってくれたよね? うちら両想いだねって、ももが言ったんじゃん。
 恋人って意味かなって聞いたらなんか誤魔化されたけどさ、でも、両想いってももが言ったんだよ」

同じことを繰り返されたことで、それが友理奈にとっては重大な言葉だったのだとわかる。

「あ、あれは、そんな…そういう意味じゃ…」
「…じゃ、ホントはうちのこと、好きじゃないってことなの?」
「ちがっ、違うよ、そうじゃなくて、そういうんじゃなくて。…あれは、あのときの話の流れっていうか、ノリっていうか…」

本気で言ったわけじゃなく、単にその場の雰囲気で冗談混じりにおどけただけで、深い意味があって言ったわけじゃない。

「…いつもみたいにふざけて冗談っぽく言っただけで…、それにくまいちょーがノッてくれたって思ってたから…。
 今までだってそういうふうにしてきたし、まさか、今日は違う意味だったとか、そんなこと思わないじゃん…」
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:26
自然と落ちる視線。
友理奈が淋しそうな顔がするとわかっているから、余計にその顔を見るのが怖かった。

「…そっか……」

どんな顔をしたかが声でわかるほどで、ますます顔を上げられなくなる。
床まで落ちた視線の先には友理奈の靴先が見えて、ふと、そのつま先が何かを躊躇っているように小さく動いた。

「あー…、あのさ、あたし、もう出るね」

雅の困ったような声につられた桃子が頭を上げると、友理奈は桃子ではなく雅を見ていて、
友理奈のつま先が不自然に動いたのは雅に意識を向けたからだと察しがついた。

「ごめんね、空気読めなくて」

気まずそうに自分の荷物をまとめた雅が立ちあがり、ふたりの顔も見ないままドアに向かう。

「みや」

咄嗟に、桃子は雅を呼びとめていた。
それに弾かれたように背中を向けていた雅の肩が揺れる。
けれど、雅は前を向いたまま、桃子には振り向かない。

「……ひょっとして、みやたち、一緒に帰る約束とかしてた?」
52 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:26
友理奈が尋ねた言葉に動揺したのは、たぶん、雅よりも桃子のほうが先だっただろう。

おそらく友理奈のほうはなんとなく思いついたことを口にしただけで、他に意図など考えてなかったに違いない。
雅と桃子が使う路線が同じだということはメンバーなら周知の事実だし、
仲違いしてるわけじゃないなら一緒に帰るほうが自然だし、友理奈の言葉に動揺すること自体がおかしいといえる。

「そ、そんなことは、ないけど」

佐紀に対してほんの少しの罪悪感はあっても、やましさはないはずだった。
けれど桃子はそう言った。
隠しておかなきゃいけないことではないはずなのに。

呼んでも振り返らなかった雅が、桃子がそう言ってすぐに振り向いた。
目が合って、その大きな目が、さっき見た友理奈の淋しげな曇りを見せたことに桃子はぎくりとする。

何か言いかけて、けれどすぐに真一文字に引き結び、桃子から目を逸らす雅。

「…じゃあ、帰るね。…おつかれ、またあした」
「あ、うん…。おつかれ」

桃子には何も言わないで、雅は静かに出て行った。
そのドアを、桃子は半ば呆然と見つめた。

淋しそうに曇った瞳の色と、何か言いかけた口の動きが鮮明で、桃子の胸の奥をざわつかせる。
今すぐ追いかけて、どうしてそんな顔をしたのか聞き出したかった。

けれど。
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:27
「もも」

呼びかけられて、びくりと桃子の肩が揺れる。

自分がいま、どんな顔をしているかが確認できないのが怖くて、桃子はあえて表情をつくって友理奈に向きなおった。
さっきは見るのが怖かった友理奈の顔を見上げると、桃子の作り笑顔に気づいたのか、首を傾げた友理奈が桃子を見下ろしている。

「…昼間のこと。もっかい、言っていい?」

改めて言われなくても、と思うのに、確認をとるところがなんだか友理奈らしくて、無意識に張った肩のチカラが抜ける。

「うちね、ももが好きだよ」

桃子は意識しなかったそれを、一度は言葉にしたからだろうか。
友理奈の告白の声には緊張しているようすは感じられなかった。

「き、気持ちはうれしい、けど…」
「うん、わかってる。うちのこと、そんなふうに見たことないって言ったもんね」

内容のわりに声が明るくて逆にいたたまれなくなる。

「だから、これからさ、そういうふうに見てくれる?」
「え…っ」
「うちのこと、嫌いじゃないんだよね?」

邪気のない、まっすぐな感情は、曖昧に誤魔化そうとした桃子を追い込む。

「…うん、嫌いじゃ、ないよ…」

それ以外の返事ができないくらいに。
54 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:27
「それなら、考えてみてくれないかな?」

心なしか友理奈の声が弾んだ気がして、罪悪感に似た感情がまた桃子の気持ちを絡め取る。

「あ、でも、今すぐ返事が欲しいとかじゃないから。ももの気持ち、尊重するし、急ぐつもり、ないし。
 これからも、できればずっと仲良くしたいしさ」
「……うん」
「あと、これはお願いなんだけど」

自分の不用意さで招いた予想外の現実に戸惑っていたせいもあって、いきなりそんなふうに言われて思わず桃子は身構えてしまった。
そんな桃子に気づいた友理奈が笑った。

「そんな、ビビらないでよ」
「ご、ごめん」

条件反射であやまった桃子に友理奈がまた小さく笑う。
鼻先で笑われたようで恥ずかしさがこみ上げたが、それに続いた友理奈の言葉に、桃子は言葉をなくした。

「もしよかったら、これからは、うちと一緒に帰らない?」

まるで、お茶でも飲もうよ、と言いたげな気軽さで、友理奈はそう言った。
55 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:29




56 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:29
「じゃあ、うち、こっちだから、ここで」
「うん。おつかれさま。またあしたね」
「おやすみ。気をつけてね」
「くまいちょーもね」

改札前で友理奈と別れ、その後ろ姿を見送ったあとでホームに向かう。
なんとなく緊張して足早になったのは、雅が待っているかも知れないと思ったからだ。

帰宅ラッシュの波が一段落ついた時間帯のせいか、ホームに人影は少ない。
おかげでホームの隅にあるベンチにいる雅の姿も、容易く見つけられた。

そこは、いつも先に出て行ってしまう雅が、あとから追いかけてくる桃子を待っているベンチだ。

深く座り、上体を少し前かがみにしているその横顔が人待ち顔に見えるのは桃子の自惚れかも知れないが、
メールでもしていたのか、手にしているiPhoneも、今の雅の興味を向けられているようには見えなかった。

桃子がホームに降りたと同時に滑り込んできた電車。
まばらに乗客が降りて扉付近が広くなっても、雅はぼんやり見つめたまま動こうとしない。

思わず立ちどまって雅を見つめていた桃子だが、発車して動き出した車内を見つめていたその横顔が、
何かの気配に気づいたように振り向いて桃子をその目に捉えた。
57 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:29
桃子に気づいて、一瞬ホッとしたような顔をしたのに、
すぐに決まり悪そうに唇のカタチを歪めて目を逸らし、手元のiPhoneに視線を落とす。

少し小走りで雅に駆け寄ると、声をかける前にチラリと横目で見られた。

「…なんで、今のに乗らなかったの?」

待っててくれたの? とは言わなかった。
言っても素直に答えないことはわかっていたから。

「…べつに。まだ帰りたい気分じゃなかっただけ」

顔も上げず桃子のほうは見ないで素っ気なく告げる。
返す言葉が見つからずに黙りこんだ桃子に、雅は細く溜め息をついた。

「立ってないで座れば」
「あ、うん…」

言われるまま椅子には座ったが、なんとなく気後れして雅との間には人一人分座れるくらいのの距離を保った。

何か話すべきだろうとは思っても何を話していいか思い浮かばず、結局ふたりして黙りこむ。
58 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:30
少しの沈黙のあと、また雅が溜め息をついた。
呆れているような、怒っているような、そのどちらともとれる雰囲気に桃子は無意識に身構える。

「…たいしたことないって言ったくせに、全然たいしたことあったじゃん」

なんのことを言ったのかすぐにはわからなかったけれど、
友理奈と昼間、何を話していたか雅に聞かれた自分の答えがそれだったことを思い出した。

「そっ、そんなこと言われたって、まさかと思うじゃん、あんなこと…」

今だって正直信じられない。
友理奈は、自分なんかのどこがいいのだ。

「……で?」
「で、って?」
「熊井ちゃん。…あのあと、どうしたの」

さきほどのことを思って一瞬心臓が跳ねたけれど。

「どう、って…。一緒に、帰ってきた、けど」

なんでもないフリを装って言うと、そこでようやく雅が桃子の顔を見た。
くわしく聞こうとして、というより、桃子の答えに驚いて振り返ったようで、大きな目が怪訝そうに桃子を見つめる。
59 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:30
「…熊井ちゃんと、付き合うの?」
「な、なんでそうなるの。一緒に帰ろうって言われただけで、付き合うとか、そんなんじゃ」

桃子を見つめる雅の表情が淋しそうに感じられたのは気のせいだろうか。

「…一緒に? それって、これからもってこと?」
「え…」

雅の声色がそれまでとは違って聞こえてぎくりとした。
表情と比例したかぼそい声が普段の雅とはかけ離れていて戸惑う。

雅の指摘に言い返せなかったのは、友理奈が言ったそのままを雅が言ったせいでもある。

「一緒に帰るの? 熊井ちゃんと? これからずっと?」
「…だっ、て…、断る理由、ないし…」

桃子のその答えを聞いた雅の顔つきがまた更に淋しげに曇る。
何かを言いかけて、けれどそれを誤魔化すように唇を噛んで。

「…あたしは?」
「え?」
「あたしと一緒に帰るのは、断る理由になんないの?」

弱弱しくさえ感じられる雅の声と、その声が発した言葉が桃子の心音を跳ね上げる。

「それは…」
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:30
答えられる言葉を見つけられずに声が詰まる。
言葉を探すふりで、雅の視線から逃げるように俯いた。

それを合図にしたみたいに電車到着のアナウンスが聞こえ、突風と一緒に電車が入ってくる。

さきほど見送った電車よりはいくらか降りた乗客は多く、車内のシートに座っている乗客は少ない。
しかし、桃子も雅も、その電車に乗ろうとはしなかった。

発車して、また静かになったホームで雅は小さく息を吐く。

「…あのさ、ももは熊井ちゃんの気持ち、どう思ってるわけ?」
「どうって…。急に言われたってわかんないよ。そういうふうに意識してたわけじゃないし、そりゃ好きだけど、それは仲間としてで」
「それ、熊井ちゃんにもそう言った?」

こくり、と桃子は頷いた。

「それなのに一緒に帰ってきて、それでこれからも一緒に帰るって? そういうの、相手は期待するよ。わかってる?」

大きな声ではないのに、雅の咎める口調は桃子を委縮させた。
今日ばかりは反論しても言い負かされそうで、桃子は口を閉ざすしかできなくなる。

「…それにさあ」

黙ったままでいると、苛立ちが含まれているとわかる溜め息と一緒に吐き出すように。

さほど大きくない声だったのに、穏やかな声ではない。
それは桃子の肩を揺らせるのに充分で。
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:30
「ももはなんで、あたしと帰るの?」

どき、と、今までで一番心臓が跳ねた。

それは、いつも桃子が思っていたことだった。
雅に、どうして、と、桃子自身が聞いてみたいことだった。

「なんで、って…」

喉が渇く。
どうして答えることにこんなに緊張するのか。
どうして雅はそんなふうに、縋るように淋しい目で見るのか。

「みやとは、帰る方向が一緒だし…」
「それだけ?」

言っていいのだろうか。
それ以外の理由を。

けれど言葉にはならない。
そんな自己満足な理由など。
自分勝手で独りよがりな個人的理由など、雅には言えそうもない。
62 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:31
しばらく桃子からの返事を待って静かにしていた雅だったが、それ以上の返答は望めないと判断したのだろう、
何も続けられず黙りこんで俯くしかできない桃子の耳に、
たぶん、こんなふうに一緒に帰るようになって、一緒に過ごす他愛ない時間が増えてから、一番深くて重い、溜め息が届いた。

「……わかった、もういい」

突き放すような声にまたぎくりとして反射的に頭を上げたら、雅はもう桃子を見ていなかった。

「…聞いたあたしがバカだった」
「みや」
「明日からは熊井ちゃんと帰んな」

前を見据えたまま、桃子のほうは見ないで素っ気なく言い放つ。
その声の冷たさにゾッとして、思わず雅のコートの袖を掴もうとしたら、
ちょうどホームに電車が滑り込んできて、桃子の手をかわすように雅が立ち上がる。

「あたしももう待たないし」

待たない、ということは、今までは待っていてくれた。ということだ。
こんなふうに明確に言葉にされたのは初めてだったけれど、しかし今の言葉は桃子にとって、うれしい言葉でもなんでもなかった。
63 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:31
「みや…」
「乗らないの?」

扉が開いて乗客が降りてきてもまだベンチに座ったままの桃子に抑揚のない声が告げる。
桃子に振り向くこともせず歩きだす雅に慌てて桃子も立ちあがり、人気の少なくなった車内に乗り込む。

空いているシートに先に座ったのは雅で、一瞬ためらったけれど、その隣に少し距離を詰めて座る。
そうしても雅は離れなかったが、だからと言っていつものように話しかけてくることもなく、座ってすぐに目を閉じてしまった。
寝ているわけじゃないとわかるけれど、その雅の横顔からは、話しかける隙を見つけられなかった。

いつも会話が弾んでるわけじゃない。
仕事の疲れでうとうとしてしまうときもあるし、何も話さずお互い黙りこんだままでいるときだってある。
けれど、それでもいまみたいに相手の顔色を窺ったりなんてしたことはなかった。

一緒に乗り合わせているのはそれほど長くないけれど、昨日まではその僅かな時間は本当にあっという間だったのに、
たったの数十分がこれほどまでに長く感じたのは今日が初めてだった。
64 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:31
先に降りるのは雅で、車内アナウンスが雅が降りる駅名を告げて電車の速度が緩む。
ずっと目を閉じていた雅が目を開いたのは、駅に着く直前だった。

完全に停車する前にシートに深く座っていたカラダを起こした雅の服の袖を、桃子は咄嗟に掴まえた。
軽く引っ張ると、気づいた雅の視線が桃子に向く。

「なに?」

無表情すぎて雅が何を考えているのかわからない。

「…もしかして、怒ってる?」

どう聞くのか適切なのかわからずそう聞くと、桃子を見ていた雅の目の奥がまた少し曇った気がして、おもわず掴んだ手を離す。
しかし曇ったように見えたのはほんの一瞬で、雅は桃子から目を逸らしながら小さく息を吐いた。

「べつに。怒ってないよ」

停車した電車から乗客が降りていく。
その波に乗るように雅も立ち上がった。

「じゃあね、おつかれ」

桃子の返事は聞かないまま、振り向くこともしないで降りていく雅の後ろ姿を、桃子は黙って見ていた。
発車して、雅の姿が見えなくなるまで。

やがて加速した電車の中で、桃子はぽつりと、口の中だけでつぶやいた。

「…怒ってるじゃん……」

音にならない言葉にしたことで、ぎゅっと胸の奥が締め付けられた気がした。
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:32
『おやすみ、またあした』

いつもと違う挨拶だと気づけないほど桃子は鈍くない。

電車から降りるのはいつも一番最後だった。
降りてからも電車が発車するまではホームにいて、手を振るようなことはしなくても、車内の桃子を見送ってくれていたのに。

明日からはもう、雅はいままでみたいに笑って見送ってはくれない。

それを改めて思い知らされたようで、何故だかわからないけれど、鼻の奥がツンと痛くなった。

ざわつく胸の内を言葉で言い表すには不透明で、けれど見えない痛みが桃子の気持ちを寒くしていく。
空調の効いた車内でそう感じることがおかしなくらい、身震いが止まらなかった。

雅が怒っている理由はわからない。
その原因が自分にあるのはわかるけれど、何があれほどまでに雅を怒らせたのかまではわからない。

いや、わかっているのかも知れない。
ただそれを、そうだと決めつけるには、あまりにも自分に都合がよすぎる気がして。

ざわつく居心地の悪さが鼻の奥で感じた痛みを強くする。
その痛みを振り切るように、桃子はぎゅっと目を閉じた。
66 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:32



…to be continued


67 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:32

68 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/09(月) 23:33
なんだか思ったより長くなってしまったので続きます、すいません…。

捏造にも程があるという自覚もあります故…
前回同様、一人称や呼び方がリアルと違っていても大目に見てやってください。
誤字脱字は、脳内変換でお願いいたします。


>>33-36
レスありがとうございます!

ご期待に添えられているかどうか心配ですが、続きも頑張って書きます!
69 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/10(火) 01:40
うわー
リアルみやももキター!
雅ちゃんが不器用すぎて最高に可愛いです!
続き楽しみにしてます。
70 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/10(火) 04:37
おぉ!続きが来ましたか!
ちょっと意外な波乱(?)にどきどき、
つっぱっちゃうみやびちゃんと思い切れないももにやきもき。
続きが待ち遠しすぎです。
71 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/10(火) 08:09
続き来てたー!
この小説すごく大好きです!
この先どうなるのかすごく気になります。
続き楽しみにしてます。
72 名前:名無し飼育さん 投稿日:2012/04/10(火) 23:08
作者さんのこの世界観好きです。
恋心に自覚があるのかないのかあやふやなももちと
遠回し過ぎて分かりにくいみやびちゃんの2人が今後どうなって行くのか楽しみです。
続きを首を長〜くして待ってます。
73 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/11(水) 00:49
きゅんきゅんしすぎてどうしよう!って感じです。
何でもない風景の中にこんなにも切なさやドキドキ感を詰め込めるなんて!
素晴らしい作品に出会えました!
次回更新を楽しみにしています!
74 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/11(水) 10:58
続きものでしたか。
もどかしい距離感に引き込まれます。
75 名前:?1/4?3 投稿日:2012/04/11(水) 13:36
うーーわーーー
いい!まさに青春〜
甘酸っぱいッス!
どうするの、ももちー!
76 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/16(月) 21:04
熊井ちゃんに、なんでそうなるのって思わず突っ込んでしまった。
意外とありそうでなかった感じの話で新鮮です。
77 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/05(土) 08:57
続きが読みたい病です( ;´Д`)笑
78 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:34
更新します。
前回の続きです。
79 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:34

80 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:34
翌日も、前日とほぼ同じスケジュールでリハーサルが行われた。

昨夜の別れ際に雅から言われた言葉や態度、それに友理奈とのこともあって、
正直、今日ほどメンバーに会いたくないと思ったことはなかったが、仕事に穴を空けるわけにはいかない。

沈む気分のままいつもより少し早めにスタジオ入りしたのに、
雅も友理奈もすでに来ていて、動きやすいジャージでストレッチを始めていた。

桃子が来たことを認めて途端に笑顔になった友理奈とは対照的に、雅は挨拶をしただけで桃子のほうは見ようともしない。
それは桃子が考えていたとおりだったが、やがてやってきた佐紀と梨沙子が雅の近くでストレッチを始めても、
雅はほとんど表情を崩すことなく、黙々とストレッチや準備を続けていた。

雅のようすが普段と違うことは誰の目にも明白だったが、雅にそれを尋ねるメンバーはおらず、
雅自身も自分からは何も話そうとはしなかったので、そのまま、昼の食事休憩までは誰もそれを話題にはしなかった。
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:35
配られた弁当を、「いらない」と言って雅はスタジオを出て行った。
怪訝そうに眉をしかめた梨沙子と、心配そうにしていた佐紀が一緒に追いかけていくのを見て、
すでに食事を始めていた桃子と友理奈の近くに、不思議そうな顔をして千奈美と茉麻がやってきた。

「みや、調子悪いのかな?」

千奈美と茉麻が桃子たちの隣を陣取って同じように箸を動かし始めたのを合図にしてか、最初に切りだしたのは友理奈だった。

「ていうか、ちょっと機嫌悪いことない?」

続けたのは茉麻。
それにぎくりと桃子の心音が跳ねる。
今日の雅がいつもと違う原因は少なからず自分にあるのがわかっていたからだ。

「やー、そういうんじゃないんじゃないかなー」

わりと高めの声で千奈美が言ったことで、千奈美以外の3人の視線がそちらに向くことになって、
突然同時に3人から見つめられた千奈美がびっくりしたように目を丸くして顎を引いた。

「な、なに、あたし、なんか変なこと言った?」
「…そういうんじゃないってどういうこと?」

聞いたのは桃子だ。
機嫌が悪いわけでも体調が優れないわけでもないとするなら、他に何があるか見当がつかなかった。
82 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:35
「あー…。んー、なんとなくだけどね。たぶん、ヘコんでるって感じじゃないかなー」
「ヘコむ?」
「なんとなくね。なんとなく。機嫌が悪いっていうのとは違う気がするっていうか。集中できてない感じ」

言われて、さっきまでのレッスンで、いつもよりはるかに凡ミスが多かった雅が桃子たち3人にも思い起こされる。
ダンスの先生にも、もっと集中しろ、と何度も檄を飛ばされていた。

「なんでヘコんでるの?」
「さあ、そこまでは…」

友理奈の問いかけに千奈美も困ったような顔になる。
おそらく根拠はないのだろう、直感的にそう思っているだけで。

けれど、千奈美の見解はその場にいた全員の同意を得た。

「…佐紀ちゃんと梨沙子がついてったし、話聞いてあげてるだろうから、大丈夫かなあ」

ドアのほうに目をやった茉麻の言葉で、その話題はいったん途切れた。
83 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:35
20分ほどして佐紀だけが戻ってきた。
しかし、その表情からはなんだか元気のなさが窺えて、そんな佐紀に千奈美が声をかけると、苦笑いのまま近づいてきた。

「みやと梨沙子は?」
「いま、梨沙子がマッサージしてあげてる。ちゃんとみやもゴハン食べたよ」

佐紀の報告に全員がホッと胸を撫でおろす。
何も食べないままでリハーサルするなんて体力的にも精神的にも望ましいことじゃない。
それはきっと雅だってわかっていただろう、それでも一度は食事を拒否したことを思うと、さきほどの千奈美の見解が真実味を帯びた。

佐紀が戻ってきて10分ほどして梨沙子も戻ってきた。
しかし、その隣に雅はいない。

「みやは?」
「寝ちゃった。あんまり寝てないみたいだから、時間まで寝かせといてあげたほうがいいかも」

千奈美の問いかけに梨沙子が肩を竦めながら笑って答える。

あまり寝ていない、という言葉に、桃子はまたどきりとする。
桃子も、正直昨夜は熟睡できずに浅い眠りのままで今朝を迎えたからだ。
84 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:36
雅が眠れなかった理由は何だろう、と考えなくても、それはすぐに昨夜のことに結び付いた。

桃子のせいだと図らずも言われた気がして胸の奥が軋んだ音を起てる。
無意識に目線が泳いでしまった桃子だが、梨沙子がちらりと視線を寄越してきたことで更に落ち着かなくなった。

何か言いたげで、けれどきっと梨沙子からは何も言わない、そんな視線で。
なんだか全部を見透かしていて、そのうえで桃子のようすを窺っているようで、居心地の悪さに桃子は梨沙子から顔を背けた。

しかし、背けたそこに友理奈がいた。
きょとん、とした顔で桃子を見ている友理奈と目が合って思わず苦笑したら、それにつられたように笑い返される。

見てとれるほどの邪気の無さに、昨夜の雅の言葉が思い返されてチクリと胸が痛んだ。


『そういうの、相手は期待するよ』


その気がないなら優しくするな、というのはわかるけれど、だからと言って邪険に扱ったりもできない。

「ね、ちょっとストレッチしたいから、上から押さえてくれる?」

不意に言われてハッとしたが、友理奈の態度は昨日までと変わらない。
にこにこ笑いながらそう言われて、また断る理由が見つからなくて、桃子は苦笑いしながらも頷いた。
85 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:36
午後のリハーサル開始時間が近づいて、佐紀が雅を呼びに行こうと立ちあがりかけたが、それとほぼ同時に雅が戻ってきた。

顔でも洗ってきたのだろうか、休憩時間に入る直前のような疲れたものとは違ったスッキリした顔つきになっていて、なんとなく桃子もホッとする。

が、現れた雅はそのまま梨沙子に近づいて何やら耳打ちして意味ありげに微笑んだ。
声をかけられた梨沙子もテレたように笑い、軽く握った拳で雅の肩を押したのを見て、何故だか急に、胸のあたりがモヤモヤして落ち着かなくなった。

そこには確かに、雅と梨沙子ふたりだけに伝わるような空気感があって、不快感にも似たそれは次第に桃子の胸の内いっぱいに広がっていく。

それがなんなのかわからないまま休憩時間は終了し、早々に午後のレッスンが始まったが、
何か吹っ切れたようにレッスンに取り組む雅とは対照的に、
突然湧きあがった桃子自身ですらその本質がわからない感情は雑念を生むだけで、
そのあとはレッスンが終わるまで、今度は桃子のほうが注意力散漫だと何度も叱られることになった。
86 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:36




87 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:36
日が暮れるころに今日の予定分が終わり、明日まだ続くから、と、きりのいいところでレッスンは終了したが、
桃子は自主練のために居残りを希望した。

さすがに今日の出来では満足できない。
集中力が続かなかった原因はわかっているが、オンオフの切り替えができなかった自分が悔しくもあったからだ。

そんな桃子に同調したのは友理奈だけだった。

普段なら翌日もレッスンがあるとどのメンバーもあまり居残ることがないだけに、
他のメンバーも友理奈に対して怪訝そうな顔をしたし、
桃子自身も友理奈がどういうつもりで残ると言い出したか、
その本当のところに予想がつくだけに戸惑いもしたけれど、結局、ふたりで居残ることした。

帰り際、なんとなく雅のようすが気になってその背を追ってみたけれど、雅が桃子に振り返ることは、なかった。
88 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:37
「そろそろ帰ったほうがよくない?」

ふたりでフリ合わせをして1時間ほどが過ぎてから、桃子は壁に掛けられてある時計を見ながら友理奈に告げた。

まだ少し早い時間ではあるが、このスタジオから友理奈の自宅まではかなり距離がある。
帰宅時間や明朝の集合時間のことを思えばなるべく早くに帰り着いたほうがいい、と思ったのももちろんだが、
正直、友理奈とふたりきり、という時間が、たとえ練習中でも桃子の集中力を欠いたのもあった。

「ももは? まだ残る?」
「んー、もうちょっと」
「じゃあうちも」
「でも、くまいちょー、遠いじゃん。明日も早いしそろそろ切り上げたほうが」
「…うち、邪魔?」
「そーゆーんじゃなくて…」

友理奈の気持ちを知っているだけに、強く跳ね返したら傷つけてしまいそうで無闇に突き放せない。
雅に見られたら呆れられそうだとふと思って、知らずに苦笑いになる。

今日はもうずっと雅のことばかり考えている気がしたからだ。

「もも?」
「ていうか、ちょっと、ひとりにしてほしい」

言ってからハッとした。
強く言えば傷つけてしまいそうだと思っていても、つい本音が出てしまうくらいには桃子も余裕がなくなっていたようだ。
89 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:37
思わず口を押さえて友理奈を見ると、眉尻を下げて桃子を見下ろしている。
桃子の心ない一言に傷ついたのだと目に見えるほど、友理奈の顔つきは曇っていた。

「……わかった」

こくん、と頷きながら答えた友理奈が部屋の隅まで歩いて、そこに置いてあった給水用のペットボトルを持った。
しかし、桃子に背中を向けた状態のまま、友理奈は動きを止めてしまう。

「…くまいちょー?」

傷ついていると語る背中が桃子を焦らせる。
声をかけながら一歩ずつ距離を詰めると、顔だけで振り向いた友理奈がふにゃりと表情を崩した。

「…ごめん、うち、ちょっと浮かれてた」
「え?」
「ももが何も言わないからって、甘えすぎてた。答え急がないって言ったのに、こんなんじゃ急がせてるのと一緒だよね」

言葉に詰まったのは、今までどおりの態度でいながらも、
今日は一日のほとんど桃子のそばにいた友理奈に対して、窮屈さを感じ始めていたせいだった。
90 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:37
「でも、でもね」

くるりと全身で振り返った友理奈がそっと手を伸ばして桃子の手を掴む。

思わず身構えた桃子に構わず、そのままチカラを強めて自分のほうへと引き寄せ、
その勢いで足元のバランスを崩した桃子を、友理奈は横向きに抱きしめた。

「…今日のもも、朝から元気なかった。すごい淋しそうだった。ずっと何か気にしてるみたいで…。
 うちが、ちょっとでもそういうの、紛らわせられたら、って、そう思って」

気づかれていて当然だとは思っていたけれど、友理奈がそんなつもりでいたとは思わずドキリとした。

けれど同時に、桃子の中でひとつの答えに到達する。

抱き寄せられた直後は確かに胸は鳴ったけれど、
少しずつ自身の体温が冷えていくようにいろんなことが桃子の頭では冷静に結論付けられて、
横向きで抱きしめられていることでより鮮明に伝わってくる友理奈の心臓の音をぼんやりと認識する。

少し早いけれど規則的な鼓動。
それを10回数えてから、桃子はそっと目を伏せて、やんわりと友理奈の腕を撫でた。
91 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:38
「…ごめんね」

たった一言、たったそれだけ口にしただけなのに、友理奈のカラダがびくりと大きく揺らいだ。
たぶんきっと、たった一言でも、何に対しての謝罪なのかを悟ったのだ。

「…ごめん、せっかく優しくしてくれてるのに、やっぱりもも、くまいちょーのこと、そんなふうに見れないや」

友理奈の腕のチカラが弱くなる。
それがわかって、桃子もその腕の中から身を起こした。

目線を上げて顔を見ると、いつもなら少し口角の上がっているその口元が真一文字に結ばれていた。
見下ろしてくるその目も、次の桃子の言葉を予想できているのか曇りがちに見えた。

「…もも、くまいちょーといても、くまいちょーみたいにドキドキしない。たぶんきっと、これからも。
 急がないって言ってくれたけど、でもきっと、これから先もずっと、ももにとってのくまいちょーは、仲間以上にはならない」

傷つける言葉だとわかっていて、それでも桃子はきっぱりと言った。

友理奈にとっては聞きたくない言葉を言っている自覚もあったし、できれば傷つけずにいたかったけれど、
応えられないのならば期待させるほうが結果的には残酷だ。

「だから、一緒に帰るって約束もできない。それが駅まででも」

申し訳なさがなかったわけではないが、そういう感情もなるべく抑えた。
友理奈の耳にできるだけ冷たく響くように声音も落とした。

一度は引き受けたのに身勝手だとなじられてしまうのならそれも仕方のないことだ。
それぐらいのひどい言葉を投げた自覚が桃子にはあった。
92 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:38
ゆっくりと俯いた友理奈が、俯いたまま桃子に背を向ける。
部屋から出て行こうとしているのが背後からでも動きでわかったが、
気持ちと行動が追いつかないのか、その所作には機敏さはなく、話しかけられそうな空気でもなかった。

着替えは楽屋にある。
レッスン室まで持ってきたのは給水ドリンクとタオルと携帯ぐらいで、それは手にしているはずなのに、友理奈は黙って立ち尽くしていた。

「あの…、だい、じょうぶ?」

いたたまれずにおそるおそる声を掛けると、友理奈の肩先が弾かれたように小さく揺れた。

「…うん、だいじょぶ。……ももの、気持ちも、わかった」

それでも振り向かないままでいるのが、友理奈がどれほど傷ついたのかを桃子にも予想させた。

「…えと、じゃ、うち、先に帰る、ね」
「うん…」

のろのろと歩きだした友理奈の背中を見つめていたら、ドアの前でその足がゆっくり止まった。

「あの、さ…」
「うん?」

何か言いたいことがあるのだろうが、言い淀む声で言いづらいことなのだと察しがついた。

どちらかと言うと争いごととは無縁そうな友理奈が罵ったりなじったりなんて想像もつかないが、
そうしてもおかしくない状況にしたことは桃子もわかっている。

どんな言葉も態度も、殴られるのだって甘受するつもりで、桃子は細く息を吐いた。
93 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:38
「いいよ、なんでも聞いて?」

平静を装って続きを誘導すると、背中を向けられたままでも、友理奈が深呼吸したのがわかった。

「…みやの、せい?」

思いがけない名前が出て、桃子は咄嗟に返事に詰まって息をのんだ。
そしてその一瞬の躊躇は友理奈の言いたい事や聞きたいことの答えになってしまったようで。

「今日のももが元気ないのも、淋しそうに見えたのも、今まで残ったのも、今ひとりになりたいのも、…うちのこと、仲間以上には思えないのも」

そこで言葉が切れたのは息が続かなかったからじゃない。
もう一度言葉にすることが躊躇われたからでもない。

その続きは、すでに言葉になっている。

唐突とも思える問いかけに、いつもみたいに誤魔化すことは特に難しいことじゃなかった。
だけど、友理奈に対してこれ以上曖昧な態度で接することのほうが不誠実で酷な気がした。

「…うん」

少しの沈黙のあと、短く、けれどきっぱりと桃子は答えた。

今日一日、ずっと雅のことばかり考えていた。

こちらを見ないことなんて特に珍しいことでもないのに、それを今日はひどく淋しく感じた。
梨沙子との独特な雰囲気を見て、見せつけられたような気分になって、佐紀といるときの雅を見るよりも気持ちは落ち着かなかった。

雅のことを考えてしまうこの気持ちにどんな意味があるかなんて桃子にもよくわからない。
だけど、友理奈が尋ねたいくつもの問いかけの答えは、ひとつしかなかった。
94 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:39
それを聞いた友理奈の肩がまた小さく揺れて、けれどゆっくり、桃子に振り返る。

泣きだしてしまいそうにも、ホッとしたようにも見える困り顔が桃子を見下ろす。
何も言わずに桃子も友理奈を見上げると、その口の端が見慣れた角度で僅かに上がった。

「…うん、わかった」
「ごめん…」
「ううん。ちゃんと、ももの口から聞けてよかった」

できるだけ傷つけないようにと、曖昧な言葉と態度でいた今日のことを思い返して、申し訳なさが今さら押し寄せてくる。
あからさまではなかったかも知れないが、本音で向き合っていないことは、きっと友理奈自身がいちばん強く感じとっていたに違いない。

傷ついてないわけがないのに笑ってくれる友理奈に対して、自分はこれからどうすればいいんだろう。

「…じゃあ、うち、ホントに帰るね」

言われてハッとしたときには友理奈はもうドアノブを掴んでいた。

知らずに俯き加減になっていた桃子が顔を上げると友理奈は何故だか小さく笑って、
携帯をジャージのポケットに入れたあと、持っていたタオルとペットボトルを脇に挟み、空いた手をそっと伸ばして桃子の頭を撫でてきた。

「あしたもあるし、あんまり遅くまで残ってちゃ駄目だよ」
「うん…、気をつける」
「じゃあね、またあした」
「……おつかれ」

桃子の頭を撫でた手を、ひょい、と挙げて見せる。
しかし、ドアを開ける直前、ほんの一瞬だけ見えたその口元は確かに何かを堪えるように歪んでいたことに気づいた。

「…っ、あ、ありがと…っ」

出ていく友理奈の背中に向かって、桃子はそれだけしか言えなかったけれど、ドアの向こうに消える寸前、友理奈はこくりと、頷いてくれた。
95 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:39
静かにドアが閉まり、聞き慣れた足音が遠くなっていく。
友理奈が出て行ったそのドアに手を添えながら、桃子は深く深く、溜め息をついた。

悪意などなくても人を傷つけることはある。
傷つけたくて傷つけたわけじゃないことは友理奈だってわかってくれるだろうけれど、それでも見えない痛みは残る。

そうやって罪のない友理奈を傷つけても、思うのは雅のことで。

足取りが重くなるのを自覚しながら、桃子は自分の給水用のペットボトルとタオルを手にとり、携帯に目をやった。

友理奈との約束はもう約束ではなくなった。
それを雅に伝えなくては、と思う。
明日もどうせ会うのだから急がなくてもいいかとも思ったが、早く伝えたほうがいい気もして、一度そう思うとその気持ちがどんどん膨らんだ。

ただ、その方法に迷った。
電話やメールは、正直あまり得意なほうじゃないのだ。
できるだけ早く相手に届く方法はそれ以外にはないが、相手の顔が見えない状態で伝えることがあまり好きじゃない。

それに、桃子は雅に聞いてみたいことがあった。
メールの文字や電話の声ではなく、ちゃんと雅の顔を見て。
96 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:39
しばらくメール作成画面を開いたまま思案に暮れていた桃子だったが、
面倒に思う気持ちが起き上がってくる前に、思いついた言葉を順序だてて入力した。




――― 話したいことがあるから、あした、終わってから時間つくってください




余所余所しい感じの文面にはなったが、話し口調の文面だと軽く思われそうで、
作成した内容を数回読み返してから送信ボタンを押す。

メールを送ったことで肩のチカラが少し抜けた。
緊張がほぐれたのが自分でもわかり、知らずに苦笑いになる。
安堵の溜め息が出て、もう少しだけ今日の復習をしようと立ちあがったときだった。

手にしていた携帯が小刻みな振動を伝えてきて、桃子は文字どおり飛び上がって危うく携帯を落としそうになったが、
ディスプレイに表示された名前を目にして、今度は心臓が飛び出そうなくらい驚いた。

いまメールを送信した相手、雅本人だったからだ。

心構えができないまま、応対に困ってしまっている間も手の中でゆるく震えるそれにドキドキと鼓動は早くなっていく。
メールしたばかりですぐ電話が鳴ったのに、それに出ないと機嫌を損ねてしまいそうで、早くなる鼓動を抑えつつも、桃子は通話ボタンを押した。
97 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:39
「もしもし…」
『もも?』
「…うん」
『あー…、メール、見た』
「うん」
『話ってなに? メールや電話じゃダメなの?』
「そういうわけじゃないけど…」
『じゃ、なに? あしたとか言われても逆に気になる』

普段の素っ気なさとは違う突き放すような口調が桃子の唇を凍らせる。

「あ、の…、昨日の、ことなんだけど」
『うん』
「…ホントに、怒ってない…?」

機嫌を窺うようなことを言ってしまって自分でも情けなくなる。
本当に聞きたいのはそんなことじゃないのに。

『は? …なにそれ、話ってそのこと? あたし怒ってないって言ったよね?』 

思ったとおり、返ってきた雅の声には更に棘が含まれていて。

『つーか、そんな話なら切るよ』
「ちが…、待って、切らないで、それだけじゃなくて…っ、…あの、くまいちょーとっ」

そこまで言ったら、小さな機械を通した向こう側で、ほんの少し、緊張が走ったような気がした。

『……熊井ちゃんと、なに? どうしたの』

促す声がまた少しひんやりしていたけれど、桃子はこくりと息を飲んだ。

「…くまいちょーと、一緒に帰るの、やめたから」
『は?』
「一緒には帰れない、って、言ったの」

すぐそばで聞こえていた息遣いが遠くなって、携帯を通した向こうで雅が口を閉じたのがなんとなくわかる。

続きの言葉をどう紡ごうか迷って桃子も黙り込んで、少しの間沈黙が流れた。
98 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:40
『…それで?』
「えっ?」
『熊井ちゃんと一緒に帰るのやめたのはわかったよ。…それで?』

沈黙を破ったのは雅だったが、その声はひんやりしたままで、その冷たさが桃子の背中を滑り落ちる。

そこで桃子は自分の思い上がりに気づく。

友理奈の気持ちに応えることはできない。
それを友理奈に伝えたからと言って、そしてそれを雅に伝えたからと言って、昨日までの自分たちに戻れるわけはないのだ。

「あ……」

友理奈と帰らないと言えば、雅はまた自分を待っていてくれると頭のどこかで思い込んでいた。

待っていてくれる。
また前みたいに、くだらないことや他愛ないことで笑って一緒の時間を過ごせる。
そう思っていたし、そうなるものだと疑わなかった。

そんな自分の独り善がりな思い込みに気づいて、一気に羞恥心が襲ってくる。

携帯で繋がっていることさえ恥ずかしくなってきて、勢いで通話を切ろうとしたとき、雅の不思議そうな息遣いが聞こえた。

『…つか、今どこ?』
「え…」
『…もしかしてまだ残ってんの?』
「あ、うん…。もうちょっと…」
『熊井ちゃんも?』
「ううん、くまいちょーは家遠いし、さっき帰った」
『…っ、バカ!』
「えっ」

突然の短い罵倒のあとすぐに通話が切れる。
99 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:40
通話終了のディスプレイを見ても、咄嗟に何が起きたかわからなかった。
しかし、雅のほうから切ったのだと理解したら、急に淋しさがこみ上げてきた。

何故切られたのかわからない。
ただ、また何か雅の気に障るようなことを言ったのだろう。

どうしていつも、いつもいつも最後にはこうなってしまうんだろう。
怒らせたいわけでも、困らせたいわけでもないのに、思っていることや言いたいことが、何故だか雅にはうまく伝えきれない。

雅とは他のメンバーより一緒にいる時間は長いはずなのに、
物理的に近づくことはできても、いつまでたっても心理的には縮まった気がしない。

先日のことがあって、ようやく少し歩み寄れたように感じたのは桃子だけだったのだろうか。
桃子が秘密にしておきたいと思った出来事も、雅にとってはたいしたことではないことなのかも知れない。

考えれば考えるだけ思考は暗くなり、それに倣って気持ちも沈んでいく。

誰もいなくなって静まり返るレッスン室の大鏡は、それだけで室内を広く感じさせた。
何気なく目を上げて鏡に映る自分を見て、そこにいる自分がひどく冴えない顔をしていることに気づいて思わず笑ってしまう。

もう少し練習しようと思ったけれど、乾いた笑いが室内に響いて沈んだ気持ちが加速づく。
それはそのままカラダをも重く感じさせてしまったようで、桃子の全身を気だるさが覆った。
100 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:40
結局今日はもう切り上げることにして、はあっ、と、自分でもわかるくらいに深く溜め息をついたときだった。

レッスン室の外の廊下を、慌ただしく駆けてくる足音がした。

桃子がドアのほうへ顔を向けると足音は次第にこちらへ近づいてきて、そしてその足音がなんだか聞き慣れたもので無意識に鼓動が跳ねる。

ドキドキしながらも動けないままでいると、帰り際に見た私服のままの雅が息を切らせながら現れた。

足音でまさかとは思ったけれど、本当に雅だったことに桃子は言葉をなくして立ち尽くした。

電話を切ってからは10分と過ぎていない。
電話をかけてきた雅がどこにいたのかはわからないが、短時間でここに辿りついたということは、意外に近くにいたのだとわかった。

そんな桃子を見て、桃子が何に驚いているかを察したらしい雅は一瞬躊躇したようすを見せたが、
すぐに表情を険しくして、大股で桃子に歩み寄ってきた。
101 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:41
「なんで…」
「バカ!」

桃子の言葉尻を奪うように雅が怒鳴る。
電話口でも言われた言葉をまた言われ、わけがわからなくなる。

「なん…なんで急にバカとか言うのさ!」
「バカだからじゃん! あしたもレッスンあるのに、こんな時間まで残って! 無理してあしたに響いたら意味ないじゃん!」

怒鳴られた理由がわかって言い返せず言葉が詰まる。

「だいたい、先生がいないなら一人で残るなっていつもマネージャーさんから言われてるでしょ」

いくらいつも利用しているリハーサルスタジオといっても、年頃の女の子が一人で夜遅くまで残ることはあまり好ましいことではない。
女性のスタッフがいないときはなるべく一人きりにならないように、というのは、日頃から注意されていることだ。

自分に落ち度があったことは認めるしかないが、呆れたような溜め息と一緒に言われてさすがにむっとなった。

今日一日、桃子の思考のほとんどを占めていた悩みを雅に気づいてほしいと思うのは身勝手だとわかっている。
しかし、それでも桃子の心情にちらりとも気づかない雅の素っ気なさは、そのぶん、桃子に反抗心を生ませた。

「…もうちょっとしたら帰るつもりだったもん…」
「じゃあさっさと支度しろ」

ぶっきらぼうに言った雅が桃子の手首を掴んで引っ張る。

しかし、その手の冷たさに桃子はギョッとなった。

戸惑う桃子に気づいているのかいないのか、
思わずカラダを硬くした桃子に少し不機嫌そうな顔つきのまま、雅はもう一度強く桃子の手を引っ張る。

生まれた反抗心はすぐに消えて、手を引かれるその強さに逆らえなくなる。
102 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:41
「ほら」

引っ張られる態勢で楽屋まで戻り、ドアを開けた雅に背中を押されて中へと誘導される。
振り向いたら雅も中に入っていて、ゆっくりドアを閉じるところだった。

思わず見つめてしまった桃子に気づいた雅の眉間に、不機嫌を強くしたとわかる深い皺ができた。

「何してんの、早く着替えな」
「う、ん…」

言われるまま身支度を始めた桃子だが、さっきまで自分の手首を掴んでいた雅の手の冷たさを思い出して、
ガラにもなくカッとなった気持ちが少しずつ冷えていく。

だんだん思考が落ち着いて冷静になったとき、何気なく振り向いたら、ドアのそばの壁にもたれるようにして雅が立っていた。

着替えている間は見ないでいてくれたのだろう、目線は下を向いていて、桃子が動きを止めたことで視線が上がった。

「できた?」
「…ごめん、もうちょっと」

雅が細く溜め息をついて腕組みをする。
さっきは落ちていた視線は、桃子が着替えを済ませたことを知ってか下がることがない。

雅がこちらを見たことにどきりと心臓が跳ねて、何故だか気まずくて顔を逸らした。

お互いに向きあってるわけじゃないのに、相手がこちらの反応を窺っているのが伝わる。
自惚れでなく、意識し合っていることが何も言わなくても肌で感じ取れるようだった。
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:42
雅に背を向けたまま、帰り仕度の続きをしながら桃子はそっと深呼吸する。
聞きたくて、だけどずっと聞けなかったことを口にできるのは、今しかない気がした。

「「あのさ…」」

予想外にも声がハモって、弾かれるようにして振り向いた桃子の目に、目を丸くした雅が映る。

「な、なに?」
「なにって、こっちのセリフだし」
「みやも何か言いかけたじゃん」
「ももが先に言いなよ、話あるってそっちから言ったんだし」

正論で切り返されて咄嗟に反論できず顎を引く。
桃子の出方を待っているのはあきらかで、雅が折れる気配はない。
覚悟を決めて、細く息を吐き出しながら、桃子は雅に向きなおった。

「…じゃあ、ももから言うね」
「うん」

無駄に緊張してしまったのが相手にも伝染したのか、聞く態勢になった雅の肩先がほんの少し強張っているように見えた。

「昨夜の、ことだけど」
「うん」
「なんで、ももはみやと一緒に帰るのか、って、聞いたじゃん?」
「…うん」
「じゃあみやは、なんで、ももと一緒に帰ってたの?」
「えっ」

まさか逆に質問されるとは思わなかったのだろう、雅の声が引っ繰り返った。

「な、なんで、って…」

こうなることは予想してなかっただろう雅の顔に焦りのような戸惑いが見えて、それに変わるように桃子のほうに少しずつ余裕ができてくる。
とはいえ、喉が渇くような緊張が薄れることはないけれど。
104 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:42
「…ちょっと待ってよ。なんであたしが聞かれる立場なわけ? それ聞いたのあたしじゃん」
「みやが答えてくんなきゃ、もぉも言わない」
「はあ?」

雅の顔つきが険しくなる。
せっかく穏やかに接してくれようとしたのに、その気持ちを逆撫でていることはわかっていた。

「なんなの、それ…」

顔つきだけでなく声色にも不機嫌ないろが混じる。

素っ気ない態度をとられることは普段から頻繁にあるから慣れてはいるし、
昨夜の態度からも雅の機嫌を損ねたことに対しての耐性はあるつもりだったが、
怒らせた、と目で見てわかるほどまで雅の不機嫌を目の当たりすることは数少ない。

睨まれるように見つめられてさすがに怯んで口を閉ざしてしまった桃子だが、目は逸らさなかった。

「…ももが言わないんなら話なんて出来ないじゃん」
「みやが教えてくれたらちゃんと言うもん」
「だから! なんであたしが!」

大きな声で言われて桃子の肩が竦む。
雅のほうも、自分がらしくなく声を荒げてしまったことを恥じるように顎を引き、桃子から視線を外すように俯いた。
105 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:42
「……なんでこうなっちゃうかな…」

疲れたように溜め息まじりにこぼす。

「話があるって言ったのそっちじゃん。なのになんであたしのほうが責められてるみたいになってんの?」

怒っているようにも呆れているようにも聞こえる声で言って、雅は顔を上げた。

落ちていた視線は桃子に戻るが、そこにさっきまでの苛立ちが見えるような不機嫌ないろはなく、
逆に淋しそうにもせつなそうにも見えるものに変わっていて、桃子の気持ちが大きく揺らいだ。

「…だって」

緊張と不安、今まで感じたことのない感情にも揺さぶられて桃子の声も掠れる。

「だって、みやがもぉと同じ理由じゃなかったら」

慣れない感情がカラダを震わせる。
みっともなく、声も震えてるのがわかる。

「もぉだけがこんなふうに思ってるんなら、みやと一緒に帰る意味、ないもん」

桃子の言葉の意味を理解したのだろう、雅の大きな目が驚いたように丸くなる。
咄嗟に顔ごと逸らされて胸は痛んだが、取り繕うように手で口元を覆った仕草を見て、予想外の言葉で戸惑わせたのだとわかった。
106 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:43
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんなの急に、それってどういう…」
「もぉだって、よくわかんないよっ。でも、みやがいいのっ、他の誰かじゃダメなの!」

語尾はなぜか強くなって、少し怒鳴るように言ってしまった。

しかし、それを聞いた雅は言葉を失ったみたいに半ば呆然と桃子を見た。
口元を覆っていた手は雅の顔半分をかろうじて隠していただけで、
桃子の言葉を把握してか、だんだんとその頬が朱色に染まっていくのがはっきり見て取れた。

「ちょっと…待ってよ…」

両手で顔を覆った雅が壁に背を預けたままずるずるとしゃがみこむ。

「……こんなの、不意打ちだよ…」

掠れた雅の声は小さくて、だけどそこに窺える雅の心境に桃子の心臓がドキドキと早鐘を打った。

「みや」

しゃがみこんで、小さくうずくまる雅にゆっくり話しかける。
返事はなかったが、聞こえてないわけではなさそうで、その肩が小さく揺れる。

「…なんで、って言われてもうまく答えられないし、自分でも正直、テンパッてるけど、
 でも、みやがいいって思ってる。一緒に帰りたいって思うの、みやだけだよ、それだけははっきり言えるよ」

桃子は自分の中にある感情をひとつずつ取り出しながら、自分自身にも言い聞かせるように言葉を選んだ。

「…それじゃ、ダメかな? これじゃ答えにならない?」

ふたり以外誰もいない楽屋は、ふたりともが黙ればひどく静かな空間だった。
少し動くだけで、その空気の流れが伝わるくらいに。
107 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:43
うずくまったまま黙り込んでいた雅が沈黙を嫌うようにカラダを起こした。
しかし、その顔半分は手で覆い隠されていて、桃子のほうは見ようとしない。

「みや…」

はあっ、と深く溜め息をつき、チラリと桃子を見て、目が合ったあとでもう一度溜め息をつく。

「……いいよ」
「えっ?」
「いいよ、それで。……いいと、思う」

素っ気ない返事だった。
でも、冷たさは感じない。
いつものぶっきらぼうな、だけど温度のある、雅らしい答え方だった。

「みや」

思わず駆け寄りそうになるのを雅は立ちあがることで制したが、まだ頬に朱色を残した雅の困り顔が桃子の口元を自然と緩めさせた。

「……ニヤニヤすんな」
「してないもん」

口元はまだ手で隠されたままだが、への字になっていることは想像に難くない。

「…てか、帰る準備できたの?」
「あ、うん、できた」
「あっそ。なら行くよ」

言って、さっさと踵を返した雅。
桃子はその雅が着ていた服の裾を、背後から掴んで動きを止めさせた。

「待ってよ、みや」
「…なに」
「さっきの、もぉの質問にまだ答えてもらってないんだけど」
「な…っ」

前を向いたままだった雅が弾かれたように振り返る。
その頬はまた朱色を濃くして、綻んでしまう口元を桃子も隠せなくなった。
108 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:44
「…わ、わかってて聞いてんの?」
「なにが?」
「…テメー」
「じゃあ、質問変える」
「…今度はなんだよもう」

返事は投げやりだったが、不本意そうに歪む口元は恥ずかしさを隠すためのものだということはもう明らかだった。

「…さっき電話くれたとき、どこにいたの?」

声のトーンは自然と落ちた。
からかい口調でないことに気づいた雅が目を見開く。
聞かれた内容が何を差したかすぐに理解したらしく、気まずそうに目を逸らされたことで推測が確信へと変わった。

「…べつに、どこだっていいじゃん」
「外にいたよね? それも結構長く」
「…さあね」
「さっき、みやの手、すっごく冷たかった。どっかで買い物してたとか、それだけじゃあんなに冷たくならないよ」

反論してこないのは、雅が何をしていたか、桃子が気づいていることを悟ったからだろう。

「……なんで、待っててくれたの?」

今まで、一度もそんなふうに尋ねたことはなかった。
誰の目から見ても待っていたのがわかったとしても、そう尋ねることを雅が望んでない気がしたからだ。
109 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:44
まっすぐ雅を見たら、一度視線が絡んで、けれどすぐに目を逸らされた。
何か言おうと口を開きかけて、迷ったように唇を噛んで、細く溜め息をつく。
それから、くるりと桃子に背中を向けた。

「みや?」

逃げるつもりも誤魔化すつもりもないのはわかるが、背中を向けられるとやっぱり少しさびしく感じた。
けれど、次に続いた雅の掠れて上ずった声に、マイナスへと働く思考や感情が一気に萎れた。

「……ももが言ったからだよ」
「え?」
「待っててくれて、うれしい、って」

背中を向けられていても、今は髪が短いおかげで耳の赤さが見える。
たったそれだけを紡ぐだけでも、きっと雅はひどく恥かしくて、ひどく緊張したはずだった。

「…も、もういいでしょ、帰るよ」

そしてそれらをすぐに目に見える態度にしてしまうのが雅らしいといえば雅らしい。
一方的に会話を終わらせると、桃子が何か言いだすのを避けるみたいに、さっさと楽屋を出て行ってしまった。
110 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:44
雅が出て行ったドアを、桃子はぼんやりと見つめた。

どんな答えが返ってくるか、桃子も少しは自分に都合よく想像はしていた。
しかし、想像以上の変化球に似た直球で、咄嗟に黙り込んでしまって、いつものように茶化した口調で返せなかった。

雅の言葉をそのまま信じるとするなら、雅は、桃子がうれしいと言ったから待っていてくれたことになる。
もちろん、それだけではない別の理由もあるかも知れないけれど、
少なくとも、雅が待っていてくれたことに対して、桃子がうれしいと言ったことがきっかけになっているということだ。

こんな甘やかされ方があるだろうか。
確かにあのときはそう感じて、それがあの日の桃子の真実の気持ちではあったけれど、そんな些細な一言を覚えていてくれたなんて。

考えるだけで顔が熱くなった。
手で触れるとやっぱり熱くて、触れた手先もなんだか震えていた。

自分で思うよりも、雅は自分に対して好意的なのだとわかった。
そしてその好意のカタチがどうであれ、友理奈からの好意よりも嬉しい気持ちで受け止めている自分に少なからず動揺してもいた。

友理奈に抱きしめられてもこんなに動揺はしなかった。
なのに、目に見えない好意を示されただけなのに、桃子の感情は大きく揺れている。

昼間、梨沙子と雅の親密そうな姿を見たときに感じたものとはまるで対極的な動揺だった。

しかし、それらの感情に桃子は名前を見つけられない。
知らない感情だから名前も知らない。

深く息を吸って、同じだけ吐き出す。
早まる鼓動をそれで落ち着かせてから、桃子は荷物を持って、雅を追いかけるためにドアを開けた。
111 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:45
廊下に出ると、雅はいくらか先を歩いていた。
出て行ってからそれほど時間は過ぎていないはずだから、桃子が出てきたことはドアの音で気づいたはずだ。
しかし、振り返る気配はない。

追いかけようと一歩踏み出しかけて、桃子は立ちどまって雅の背中を見つめた。
名前を呼ぼうとして、けれど何も言わなかった。

そのまま黙って雅の背中を見つめていたら、その歩調は次第にゆるくなって、廊下の端まで行ったところで足が止まる。

ゆっくりした動きで雅が振り返り、桃子の姿を認めて、桃子に向けてゆっくり手を差し出す。
首を傾げながら、だけどほんの少し、不本意そうな顔をして。

「…なにやってんの? 一緒に帰るんでしょ?」

雅の声が桃子の耳に全部届くより早く、桃子は駆け出していた。
112 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:45
駆け寄り、差し出された手を掴む。
自分でも必死過ぎる気がしてみっともなく感じていたら、雅が小さく笑った。

いつもみたいに素っ気なくされるかと思ったのに笑ってくれたことでうれしい気持ちが倍増する。
その気持ちのままにいくらか強く掴み返したら、ほんの少し雅の口元が意地悪く歪んで、桃子のチカラよりさらに強く握り返された。

「いたぁいっ」
「じゃ、離せば?」
「…っ、それはやだっ」
「ふはっ」

声を起てて雅が笑う。
それは、今日、桃子が初めて見る、桃子が好きな雅の笑顔だった。

そうだと認識したとき、何故だか桃子の鼓動が跳ねた。

「…バーカ」

笑ったまま、茶化した口調で雅は言った。

いつのまにか雅のほうに余裕が生まれているようで、
いつもみたいに軽口で返せない自分に少なからず苛立ちながらも、桃子は雅の手をチカラまかせに掴み返した。
113 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:45
「痛いよ、バカ」

軽くいなされたと思ったら、雅の手のチカラがふっとゆるんだ。
それに倣って桃子も手のチカラをゆるめると、それが合図だったみたいに、当たり前のように指を絡められた。

思わず雅の顔を見たが、その頬はさきほど取り戻した余裕のせいか思うほどには赤らんでいなくて、
簡単に離せなくなったこと、そしてその繋ぎ方の意味を知っているだけに、桃子のほうに恥ずかしさが押し寄せてくる。

はっきり言葉にされたわけじゃないのに、ちゃんとした言葉にされるよりも直接的で、
そこから伝わる雅の熱が桃子の体温をあげていく。

絡み合った指や、手のチカラを思うだけで、そしてそれがどういう意味を持つのかと考えるだけで、より強く体温を感じてまた胸が鳴る。

「……約束、って、思っていいよね?」
「え?」
「あしたも、あさっても…。これからずっと、ももと一緒に帰るのはあたしだ、って」

自分を見つめる雅の目がまっすぐで思わず桃子は俯いたが、それは拒絶と思われそうだと感じて慌てて顔を上げる。
目が合うと、雅の口元がホッとしたように緩んだ。

「…うん」

手のチカラを強め、声にも出して答える。

桃子のその返事に、雅は掴んだ手ごと、桃子を手前の自分のほうに引き寄せた。
不意に引かれてバランスを崩しかけた桃子を、その肩で抱きとめる。
114 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:45
「え、あの…」
「…ごめん、ちょっと、こうしてていい?」

抱きしめられる態勢に困惑した桃子のカラダが強張る。
けれど、耳元に届いた雅の息遣いと、抱きしめられて密着したせいで聞こえてきた雅の鼓動に、
困惑とはまったく違う反対の感情が生まれ、いきなりのことで強張ったカラダも、伝わる体温でほぐれていく。

いま、桃子を包む感覚は、友理奈に抱きしめられたときとはまるで違うと感じて、
友理奈に対しての気持ちと、雅に持っている感情は別物なんだと改めて思い知らされたようで、
申し訳なさと一緒に桃子の口元に苦笑が浮かぶ。

前にも、こんなふうに唐突に抱きしめられた。
あのとき感じた決して嫌悪ではない戸惑いと、雅が言った言葉に少なからず傷ついた自分を思い出す。

そろりと、あのときは触れることができなかった背中に腕を回す。
撫でるように背中に手を添えると、桃子の顔の横で雅がほんの少し身じろいだ。

「…また、あやまるの?」
「え?」
「どうかしてた、って、言うの?」

未練がましく根に持っているような口調になってしまって、そんな桃子を見ようとしてか、雅が離れようとする。
しかし、桃子は強くしがみつくことでそれを阻んだ。
115 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:46
「もも?」
「…あれ、結構、ショックだったんだけど」

雅のカラダが揺らぐ。
桃子が何の話をしているか悟ったのだろう、おそるおそる、雅の腕が桃子を抱きしめてくる。

遠慮がちなそれをもどかしくも好ましくも思うのは、きっと雅だけだろうと桃子は思う。
たぶんきっと、これから先も。

雅の肩先に額を押しつけながら、あのとき言えなかった言葉を、桃子は声に乗せた。

「……あやまるなら、こういうこと、しないで」

語尾は少し掠れたけれど、聞こえない距離ではない。
密着していることで雅の鼓動が早くなったことが確かめなくても伝わってくる。

「…わかった、言わない」

言いきる強さと一緒に、桃子の腰にまわっていた雅の腕のチカラも強くなる。

「言わないから…、ももも、他の誰にも、こういうこと、させないで」

強くなったと感じても息苦しくならないのは同性ならではの頼りなさだったけれど、
その、少し頼りない腕のチカラを心地好く思いながら、雅の肩先に頬を擦り寄せ、桃子はうっとりと目を閉じた。
116 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:46

117 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:46

END
118 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 22:47


長らくお待たせしてしまったのに、このようなていたらくでごめんなさい…。
そのうえ捏造しすぎにも程があり、申し訳なさで息が苦しいです。
熊井ちゃんスキーな方々には土下座してまわりたい…。
今回も、一人称や呼び方がリアルと違っていても大目に見てやってください。
誤字脱字は、脳内変換でお願いいたします。


>>69-77
たくさんの、本当にたくさんのレスありがとうございます!
ひとまとめにしてしまってごめんなさい。
でも、どなたからももったいないお言葉ばかりいただけて本当に嬉しかったです。
書き貯めている間の励みにもなりました!
少しでも、気に入っていただけていれば幸いです。



もうちょっと、もうちょっとだけ、このふたりのお話は続くんですが、ひとまず、ここで区切りにさせてください。
もともと遅筆なので、カタチにするまでに、いつも時間がかかってしまいます。
次はいつ、とお約束できないので…。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。

ではまた、いつか
119 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 23:30
このお話、好き好き大好きです!
書いてくださってありがとうございます。
更新がある度に嬉しくて、とても幸せでした。
120 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/07(月) 00:19


ご馳走様です。
ドキドキして今夜は寝付けそうにありません。
素敵なお話ありがとうございます!
121 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/07(月) 23:16
作者様の小説すごく大好きです。
続きがあるのが嬉しいです。
楽しみに待ってます。
122 名前:名無し飼育さん 投稿日:2012/05/08(火) 01:21
すごく良かったです。
二人の心が動く様子が丁寧に描かれていて、読んでいてドキドキしました。
二人の心の中に宿ったキモチが、恋だと認識したら、二人はどうなっていくのかちょっと想像したり。
すばらしい小説ありがとうございました。
123 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/09(水) 05:04
一人PCの前でハラハラドキドキしたり悶えたりニヤニヤしちゃったり、
そんなお話でした。素晴らしい。素敵なお話を本当にありがとうございます。
いつの日か、もうちょっとだけあるという続きが読める日を願ってます。
124 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/09(水) 22:23
話に熱を込めすぎないと言いますか。落ち着いたトーンが好きです。
125 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/12(土) 08:56
>>109で発した夏焼さんの答えにこちらまではっとさせられた。
丁寧な描写で2人の気持ちの揺れ動きが伝わってくる。
実際に見ているわけじゃないけど、どの瞬間も見逃せない、と思いながら読み進めている自分がいました。
とても面白かったです。みんなが非常に人間的で魅力的で、リアルでした。
126 名前:名無し飼育さん 投稿日:2012/06/05(火) 17:16
周期的にそろそろかな。
期待大。
ここのみやももは好み過ぎてやばい。
127 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/09(土) 01:12
続きが読みたい病、再発中です( ;´Д`)笑
128 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:15
更新します。
前回までのお話から、少しあと、という感じで。
129 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:15

130 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:15
「今日はももと帰るから」

その日のレッスンを終えて、帰り仕度をしていたときだ。

まるで、昨夜の晩御飯のメニューを答えるような気軽さで、さらりとした口調で佐紀に言ったのは雅だった。
それより少し離れたところでまだ着替えの途中だった桃子は、突然出た自分の名前に思わず目を丸くして振り返る。

「えっ?」

思わず疑問の声を投げてしまったが、それはわかっていたのか、桃子に振り向いた雅が呆れたように肩を竦めた。

「ちょっと、リーダー、しっかりしてよ」

リーダー、と言われて、用件に見当がつく。
しかし、それでもおそるおそる雅を見上げて聞いてみた。

「……打ち、合わせ…?」
「コメント撮りも。…忘れてたな?」
「え、あー…、えーと…、ハイ」

しゅん、と頷いて見せると、小さく笑われた。

「…て、ことだから、ごめんね、キャプテン」
「あ、ううん、それなら仕方ないね」

苦笑いの佐紀が桃子に振り向いて「お疲れ」と声をかける。
慌てて桃子もそれに返すと、忘れ物がないかをもう一度チェックしてから、雅にも手を振って、佐紀は楽屋を出て行った。

友理奈と茉麻はすでに楽屋を出ていたので、佐紀を追うように千奈美と梨沙子も出て行くのを雅とふたりで見送る。

そして自分たち以外は誰もいなくなって少し静かになってから、桃子はちらりと横目で雅を見た。
ばちりと目が合うと、ニヤリと雅は笑って、とことこと桃子のほうへ近づいてくる。
131 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:16
「…みや」
「ん?」
「今日、Buono!での打ち合わせなんて、あったっけ?」
「ないよ」

しれっ、とした声で答えた雅に、桃子は安堵の溜め息と一緒に脱力して自分の鞄の上に上半身を倒した。

「…びっくりしたあ…」
「ごめんごめん。…Buono!のことだったら疑われないかと思って」

誰に何を疑われるのか、と問う必要はなかった。

悪気がないとわかるだけに、その言葉に桃子はなんとなく居心地が悪くなる。
ちらりと雅を見上げると、不思議そうに見つめ返された。

「…そういう嘘、今回だけにしてね」
「え?」
「確かに疑われないだろうけど、メンバーには、そういう嘘、あんまり言いたくないから…」

桃子の言葉に雅の顔つきが曇る。
たぶん、こんなふうに言われるとは思っていなかったのだろう、ほんの少し傷ついた顔で桃子を見つめるその目が、
悪いことをしたわけじゃないのに、ますます居心地の悪い気分にさせた。

「……怒った?」
「へっ?」
「だって、なんか、ちょっと怖い顔…」
「ちが、怒ってないよ、怒ったんじゃないから。…ていうか、怖い顔、って、キミ失礼だな!」

最後のほうを軽く怒って突っ込んだら、雅の顔つきもホッとしたように緩んだ。

「なんか…、嘘つかなきゃダメな関係、ってのが、イヤなの」

笑っていうと、一瞬きょとんとしたあとで、すごく真面目な顔をした雅がこくりと大きく頷いた。

「わかった」
132 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:16
雅の返事に桃子もホッとして、まだ途中だった帰り支度を進めていると、数度のノックのあとで楽屋のドアが開き、マネージャーが現れた。

「あ、お疲れさまです」
「お疲れさまです、どうかしましたか?」

仕事は終わったのにマネージャーが楽屋までやってくるのはあまりない。
おそらく誰かに用なのはすぐ察しがついて、雅が促した。

「おう。嗣永」
「はい、あたしですか?」
「こないだ渡した物販写真のコメント書き、嗣永だけまだ出てないぞ」
「あっ」
「一応、今日中だけど…持ってきてるか?」
「はい、持ってます、でもあの、まだ全部書いてないです…」
「あー…、明日の朝までなら待ってもらえるけど」
「や、書いて帰ります。帰ったら忘れそうだし」
「そっか、じゃあ、頼むな。書いたらそこに置いといてくれていいから」
「はい」
「遅くなる前に帰れよー」
「はーい」
133 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:16
「…そーゆーことなので」
「なに?」
「ちょっと、遅くなります」
「いや、それ、ももの家族に言うことでしょ」

小さく笑った雅が、桃子の荷物が置かれた隣の椅子を引いて腰を下ろす。
何も言わずにiPhoneを取りだした雅をぼんやり見ていた桃子だったが、不審そうに見上げられてハッとした。

「あ、あの、みや…?」
「時間、かかりそう?」
「う…。たぶん…。1枚しか書けてないから…」
「…手伝えないけど、いい?」

言い方は違うが、待っててもいいか、と言われたのがわかって桃子の顔が熱くなった。

雅が自分に対してどんな感情を持っているかは、漠然とだけれど感づいてはいる。
しかし桃子のほうはまだ、雅を特別に思うこの感情を、恋かも知れないと気づいたばかりなのだ。
そんなふうに自分でも戸惑っているのに、目に見えて優しくされると、雅の言葉をどれも都合よく解釈してしまう。

それでなくても、最近の雅は桃子に対して素直に気持ちを言葉にするようになった気がする。
素直すぎて、そしてまたそれがわりと直球で、ときどき桃子のほうが言葉に詰まるほどで。

「なるべく早く終わらせるようにします…」

アンケートや写真に入るコメントのイラストを書くのは、それほど嫌いな作業ではない。
ただ、桃子の場合、書き込みに凝りすぎて時間がかかってしまうので、ほとんど終わっていない現状ではかなり待たせてしまうことになるだろう。

かしこまって言いながら雅の隣に座ると、おかしそうに笑った雅が桃子の頭を撫でる。
その手のチカラが優しくてまた顔が熱くなったが、ふるふると雑念を払うように頭を振った。
134 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:19
机の上のペン立て並んでいたたくさんのカラーペンを駆使して、コメントを書きこんでいく。
場合によって日付だけ書けばいいときもあるが、今回は何かしらアクセントがあるほうがいいようなので、お決まりのキャラクターを描いて色を塗る。
そのぶん手間がかかるが、ファンには好評なので手は抜けない。

書いているうちにだんだん夢中になっていたようで、ふと、隣の気配が自分に近づいたような気がして頭を上げると、
iPhoneを触っていたはずの雅が隣から桃子の手元を興味深そうに覗きこんでいた。

桃子が顔を上げたことに気づいた雅が首を傾げる。

「あとどれくらい?」
「えーと…、あと2…、じゃない、3枚」

時計を見ると、書き始めてから軽く30分は過ぎている。

「みやはこれ、いつ出したの?」
「もらってすぐかなー。時間かかりそうだったから梨沙子とキャプテンと一緒に書いた」
「…ふうん」

他意はないとわかっていても、雅の口から出る梨沙子の名前にはどうも過敏になっていて、そんな自分がなんだか情けない。
佐紀といるほうが時間的には長いはずなのに、佐紀といるときより梨沙子といるときの雅のほうがずっとのびのびしているようにも感じられるし、
何より、誰といるときより笑顔を見る回数が多いのだ。

これがいわゆる嫉妬やヤキモチだという感情だと気づくのにそれほど時間はかからなかったが、
慣れないせいで自分が自分じゃないようで、気づくたびに自己嫌悪してしまう。

そんな桃子の気持ちに気づいたようすのない雅が自分の鞄からペットボトルのお茶を取りだした。
お茶の銘柄は、朝、事務所に入る前にコンビニで買ったものと同じだとぼんやり思う。
喉を鳴らして飲む雅を横目で眺めながら、ふと、嫉妬心から生まれて思いついた悪戯心が膨らんだ。
135 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:19
「ねー、みや」
「んー?」
「もぉも喉乾いちゃった」
「あー、じゃなんか買ってこよっか?」
「ううん、それちょーだい」

そう言って、ちょい、と雅の持っていたペットボトルを指差す。

「えっ、あっ、ごめん、全部飲んじゃった」

ちょうど飲み干したらしく、空になったペットボトルを軽く振って雅が苦笑いする。

「買ってくるから待ってて」
「ううん、もういい」

立ち上がりかけた雅を少し拗ねた口ぶりで制すると、声色に気づいた雅が少し戸惑ったように桃子の顔を覗きこんできた。

「なに? どした? そんなにこのお茶が良かったの?」
「違うよ。……間接キスだったのになーと思っただけ」
「なっ」

想像していたとおりの反応で、桃子は雅のその反応をくすぐったく思った。

以前よりは素直に気持ちを言葉にしてくれるようにはなったが、こういうところは軽く流せず恥ずかしがる雅になんとなくホッとする。
自分ばっかり、雅の一挙手一投足に戸惑ったりうろたえたりしているわけじゃないのだとわかるからだ。
136 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:20
「なーんてね、冗談だよ」

そもそも、同じペットボトルやコップの回し飲みを雅があまり好まないことは知っている。
中身が残っていたところで、紙コップなどでなくそのまま口をつけることを許すとも思えなかった。

「…あと1枚だから、もうちょっと待ってね」

待たせているくせにからかうなんて、さすがに悪ふざけが過ぎた気がして、それ以降の雅の反応を見ることなく、桃子は少し焦りながらペンを走らせた。

顔は見えなかったが、すぐ隣にある雅の気配は明らかにまだ戸惑いを孕んでいて、せっかくいい雰囲気だったのにつまらないことをしたと反省する。

無言が続いたが、しばらくしてから隣にあった気配がゆっくりと動いてドキリとする。
まさか怒らせただろうかとはらはらしていると、うしろのほうで、がこん、という音がして、空になったペットボトルを捨てたのだとわかった。

なんとなくホッとして、残り少なくなった色塗りを急ぐ。

ほんの数秒でも手元に集中したせいで、背後に近付いた気配に気づいたのは色を塗り終えて一息ついたときだった。

あとで回収にくるだろうマネージャーが見つけやすいようにと、用紙をまとめた上にペン立てを置き、
その勢いで上体を起こしたら、いつのまに来たのか、桃子のすぐうしろに雅が立っていた。

「…できた?」
「あ、うん、終わっ…」

思っていたより雅の距離が近いことに気づいたのは、振り向こうとしたときに椅子の背凭れに手をかけていた雅の手が桃子の背中に当たったからだ。
そして、桃子の声が途切れたのは、それまで照明の真下にいたせいで明るかった視界が不意に翳ったから。
137 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:21
なにが起きたか、把握する前に桃子の視界に明るさが戻る。
しかし、明るさは戻っても雅の困ったような顔は桃子の目の前にあって。

鼻先に触れた息と唇に触れた感触に事態を把握した桃子の顔に一気に熱が集まる。
思わず両手で口元を覆い隠すと、それを見た雅はますます困った顔をした。

「…ごめん、…イヤだった?」

ほんの一瞬だったのにまだ残る感触が桃子の心音を跳ねあげていくが、
心配そうに覗きこんでくる雅の顔がなんだか傷ついているようにも見えて、そしてその言葉の意味を理解して、慌てて桃子は首を振った。

桃子の反応にホッとしたのか、雅の眉尻が下がる。
けれど自身のしたことに今さら恥ずかしくなったようで、手のひらで口元を隠しながら気まずそうに上体を起こして桃子から離れた。
138 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:21
「…書けたみたいだし、そろそろ、帰ろっか」
「ちょ…、待って、待って待って…っ」

背中を向けてしまった雅がそれ以上何も言わないことで桃子の気持ちが違うほうへと揺らぐ。
慌てて雅を追いかけ、待って、と言ったことで立ちどまった雅の背中に飛びついた。

「…待ってよ…」

背中から腕を掴んで肩先に額を押しつけると、雅のカラダが大きく揺らいだ。
待ってと言ったのに、こうやって抱きつきまでしたのに、桃子はそのあと続ける言葉を見つけられなかった。

そのかわり、腕を掴んだ手を離し、そのまま前へとまわしてうしろから雅を抱きしめた。
すぐに言葉にならなかったぶん、無駄にチカラが入ってしまったかも知れないが、その手に、雅はそっと手を重ねてくれた。

「…なんで、って聞いてもいい?」

声が震える。
桃子の手に重ねられた手が熱い。

たぶんきっと、雅は答えてくれない気がした。
桃子から言ってしまったほうが雅も言葉にしてくれるだろうか。
139 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:22
「…ももは?」

掠れた声と一緒に雅が桃子の手をほどく。

「……さっきの、イヤじゃないって、なんで?」

掠れて、ほんの少し上ずって聞こえた雅の声に桃子の胸がまた早鐘を打つ。

ずるいと思った。
自分からは言ってくれないくせに、こちらに言わせようとするなんて。

そのくせ、ほどいた手に指を絡めてくるなんて。

「………みやが…、好き、だから…」

絡められた指先にチカラを込めて、喉から飛びそうなくらい早く打っている心臓を抑えるように、桃子は初めて、その言葉を他人に向けた。

するとそれを知っていたみたいに、雅は掴んでいた桃子の手を引っ張ってくるりとカラダを半回転させると、
戸惑う桃子が雅の顔を見るより早く、両腕で桃子のカラダをきつくきつく、抱きしめた。

「みや…?」
「…うん」
「聞こえ、た?」
「うん…」
「…お願い、みやも、同じ気持ちだったら、…言って?」

顔のすぐそばにある熱い吐息のような息遣いと、正面から抱きしめられたことでさっきは聞こえなかった雅の早く脈打つ心音が桃子の耳に届く。

しかし、雅はそれでもまだ何も言ってくれなくて。
140 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:22
恥ずかしがっているのは歴然だったけれど、いつまでもこうしているわけにもいかない。

「みーや?」

焦れったくなった桃子が諭すように呼んで少しカラダを揺らすと、桃子を抱きしめていた雅の腕のチカラが弱まった。
それを合図に雅からカラダを離し、顔を見られまいと俯こうとする雅の頬に両手を添える。

「……ニヤニヤすんな、バカ」
「ふふ、真っ赤、かわいい」
「うっさい」

上目遣いで見上げると視線を合わさないように目を逸らす。
その隙をつくように軽く背伸びして頬に唇を押しつけたら、びくりとカラダを揺らしたあとで、チカラが抜けたように桃子の肩に頭を乗せた。

「……ずるい」
「どっちがだよー」

そろりそろりと顔を上げた雅がへの字に歪んだ口で桃子を見る。
目を逸らし、何度も何度も開きかけては閉ざされていた唇が、やがて何かを決意したように、ぽつりと小さな声を漏らした。

「……好きだよ、バカ」

あとの言葉に文句を言いたい気持ちは生まれたが、今だけはそれは聞かなかったことにしよう。

目を逸らしていた雅が何も言わない桃子に気づいて不安そうな視線を戻してくる。

赤くなった頬や不本意そうに歪んだ唇さえも桃子には愛しく映って、緩む口元を隠すこともなく目を閉じると、言葉よりも熱く饒舌な唇が、桃子の唇を塞いだ。
141 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:22

142 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:23


END

143 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:23
訂正です。
>>133
一行目に


ドアが閉じるのを待ってからチラリと雅を見ると、雅は少し、呆れたように桃子を見ていた。



が入ります。
コピペをミスりました、申し訳ありません。
144 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 23:25


お待たせしてしまったのに、相変わらず捏造三昧でごめんなさい…。
しかも途中、コピペミスをやらかしてしまって、読みづらくなってしまったと思います、すいませんでした。
いままでと同様、一人称や呼び方がリアルと違っていても大目に見てくださると幸いです。
誤字脱字は、脳内変換でお願いいたします。


>119-127
本当にたくさんのレスありがとうございます!
いつもひとまとめにしてしまってごめんなさい。
どなたからも、もったいないお言葉ばかりで恐縮しきりでしたが、好きなお話、と言っていただけるだけで嬉しかったです。

最後の最後で「好き」と言う夏焼さんが書きたくてここまで引っ張ってしまいましたが、ようやく書ききれてホッとしています。
何カ月かかってんだよ!って感じですよね、すいません。
スレの容量はまだ残ってますが、書きたかったふたりを全部詰め込んだ感じもあり、
今のところ脳内妄想や脳内構築はなにひとつない状態でして(苦笑)
次はもう、ホントにお約束できないので、ひとまずここで終了、とさせてくださいませ。

至らぬ点など多々あったと思いますが、ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました!
145 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/24(日) 20:35
甘酸っぱい…というよりベタベタに甘いお話ご馳走様でした。
些細なきっかけで簡単に不安になってしまう2人がリアルで良かったです。
こんなに1つのシーンにのめり込むことが出来るのも作者さんのとても細やかな描写の賜物です。
本当に面白かったです。
146 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/27(水) 21:29
とても好きです大好きです
147 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/07/02(月) 21:28
なるほどタイトルとそう絡んでいく訳ですか。
いやー、良かったです。ニヤニヤが止まらない。
148 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/07/12(木) 19:37
早く続きが読みたいけど終わりが近づいてくるのが寂しい…
そんな作品でした。大好きな作品です。ありがとうございました。
149 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/08/25(土) 02:29
更新します
150 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/08/25(土) 02:29

151 名前:HAPPY BIRTHDAY 投稿日:2012/08/25(土) 02:29
「じゃあねー、おやすみー」

ドアノブを持ったと同時に雅の背後で桃子がヒラヒラ手を振って歩いていく。

翌日のライブを控えて会場近くのホテルに前入りすることになって、
リハーサルや打ち合わせも終えて、食事も終えて、あとは明日に備えてカラダを休めるだけだ。

いつもだったら雅も桃子のそんな挨拶に適当に返してさっさと割り振られた部屋の中へと入っていただろう。

だけど、今日はさすがにそれはできなかった。

何故って。
だって明日は。
152 名前:HAPPY BIRTHDAY 投稿日:2012/08/25(土) 02:30
ドアの前で立ちつくしたまま、歩いていこうとする桃子を名残惜しそうに見つめていたら、
それに気づいたらしい桃子が足を止めて首を傾げた。

「どしたの?」
「いや…、あの、えーと…」
「なに?」
「……もうちょっと、喋らない?」
「へ?」

言葉にしてから脈絡のなさに気づく。
改めて「喋ろう」なんて唐突すぎるし、ここに来るまでだって、先に部屋に入った愛理とばかり喋っていたくせに。

「あっ、いやっ、べつに、なんでもない、おやすみ!」

恥ずかしくなって慌ててそう言い残して部屋の中に入る。

後ろ手にドアを閉めてから、雅は深く深く溜め息をついてそのまましゃがみこんだ。

だって明日は誕生日。
お互いの気持ちが重なってから初めての、そして記念すべきハタチの。

日付の変わる瞬間は一緒にいたい、なんて、それこそ桃子が妄想してそうな少女マンガみたいなシチュエーション。

そんなことを考えてて、そんなことをしてほしい、なんて、どうしてか桃子には言えなくて。

桃子のことだから、きっと誕生日のプレゼントも持ってきてないだろう。
荷物になると思って、なんて言い訳する姿まで目に浮かぶ。
153 名前:HAPPY BIRTHDAY 投稿日:2012/08/25(土) 02:30
しばらくそのまま動けなかった雅だが、もう一度溜め息を吐き出してからのろのろと立ち上がって奥へ進むと、
荷物の片付けや着替えさえ億劫になって、ゆっくりベッドにダイブした。

雅のカラダと一緒に跳ねたiPhoneの画面が現在時刻をデジタルで表示する。

日付が変わるまであと3分。

あともうちょっとなんだから、恋人の誕生日を迎える瞬間くらい一緒にいたいって思ってくれてもいいじゃないか。
どうせメールだって寄越すつもりもないくせに。

桃子からのメールより佐紀や梨沙子や、千聖からのメールが早いことが予測できて、
それはそれでもちろん嬉しいけれど、やっぱり気持ちのどこかで物足りなさはあって。

意外と素っ気ないし面倒くさがりで、外に出かけたい雅とできれば家でゆっくりしていたい桃子とではまるきり性格も正反対。

それなのに、雅はやっぱり、桃子が、好きで。
154 名前:HAPPY BIRTHDAY 投稿日:2012/08/25(土) 02:30
あーあ、と自分でも情けない声を出したとき、不意に、部屋のドアを外から叩く音がした。

音に驚いて飛び起きると、控えめだったノックの音は少し大きくなって。

「みやー、起きてるー?」

周囲を気にしてか、呼びかけるその声は少し小さい。

飛び起きたままの勢いでドアのほうへ走った雅は、スコープで外を確認もしないでドアを開けた。

いきなり開いたドアに、ノックした相手、桃子のほうが驚いたように少し仰け反った。

「うわ、びっくりした」
「…なんで」
「ん?」
「なんで?」

それだけしか言葉にしない雅に、一瞬きょとんとしたあと、桃子はわかりやすく、その口元を綻ばせた。
それから手にしていたiPhoneを見て、それをそのまま、雅に見せる。

「0時だよ、みや」

どき、と雅の心音が跳ねる。

「ハタチになった瞬間、一番に恋人の顔見る、って、どんな気持ち?」

気づいていたのか。
さっき雅が呼びとめたその理由に。
155 名前:HAPPY BIRTHDAY 投稿日:2012/08/25(土) 02:30
「いいねー、みやのその顔」

満足そうにニヤニヤ笑われて悔しくなかったわけじゃない。

だけど。
だけどそれより。

「…もも」
「ん?」

小さく呼びかけると、嬉しそうな顔のまま、桃子が半歩、雅のほうへとカラダを寄せてくる。
そのカラダを更に引き寄せるように、雅は両方の腕を伸ばして桃子を抱きしめた。

「えっ、ちょっ、みや?」
「…バカ」

素直に嬉しいと言葉にできない雅の声が桃子の耳に届いたと同時に扉が閉まる。

部屋の中へと引き込み、誰も見ていないとわかった瞬間、雅のほうから、少し強引に桃子の唇を奪った。

触れた瞬間は驚いてか顎を引いた桃子だったが、
上唇をそっと挟み込んだら、応えるように桃子からも唇を押しつけてきた。
156 名前:HAPPY BIRTHDAY 投稿日:2012/08/25(土) 02:31
唇を離して、でも顔を見るのは恥ずかしくてそのまままた抱きしめたら、肩先で桃子がくすぐったそうに笑う。

「…ほーんと、みやってぱツンデレなんだから」
「う、うるさい」
「嬉しいなら嬉しいって言ってよぉ」
「…催促されると言いたくなくなる」
「意地っ張り―」

くすくす笑う桃子が雅の背中をぽんぽん叩く。
その手が優しくて、嬉しくて、くすぐったくて。
でもなんとなく、熱くて。

「……部屋、帰る?」
「ん?」
「このあと」
「んー、どうしよっか?」

耳元に聞こえる桃子の声色がなんだか誘っているようでドキリとする。

桃子を抱きしめながら、そろりと、その頬に自分の頬を摺り寄せたら、耳のすぐ下に吐息を感じた。
157 名前:HAPPY BIRTHDAY 投稿日:2012/08/25(土) 02:31
「……どうしてほしい?」

言葉と一緒に耳の下に唇が触れた気がして、雅の胸の奥に熱が灯る。

「もうちょっと、ここにいて」

囁くような小さな声で、少し掠れながらも告げると、雅の背中に回っていた桃子の手の熱とチカラが増した気がした。

「ちょっとでいいんだ?」

意地悪な声が聞こえたけれど、桃子の耳を噛むことで仕返しに変える。
背中にある桃子の指が、服の上から雅の背骨を数えるように撫でているのがわかる。

「……じゃあ、朝まで」

耳を噛んだそのままの唇で耳の輪郭を辿りながら強請ると、カラダを捩るように揺らしてから桃子が雅から離れた。

そして雅の顔を見て、意地悪そうに微笑む口元を隠さないまま。

「いいよ、ずっと、いてあげる」
158 名前:HAPPY BIRTHDAY 投稿日:2012/08/25(土) 02:31
 
159 名前:HAPPY BIRTHDAY 投稿日:2012/08/25(土) 02:31


END
160 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/08/25(土) 02:36



そんなわけで。
夏焼さん生誕、ハタチおめ! ってことで。

書いてすぐの投稿なので、いつも以上に誤字脱字が目立つと思いますが、脳内変換と補完でなにとぞご容赦ください。


>>145-148
レスありがとうございます!
ひとまとめにしてしまってごめんなさい。
感想をいただけるだけで本当に本当に嬉しかったし、とても励みになりました!
今後ものんびり書いていけたらなあ、と思いますので、たまーに覗きにきてやってくださいませ
161 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/08/25(土) 20:46
面白かったです!
>>157 レス目の一行目には息を飲みました。
素敵なみやももをありがとうございます。
162 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/08/28(火) 16:00
可愛い…
まさに初恋ですね。短編でもこんなに面白いなんて…
今後も楽しみにしてます。
163 名前:名無し飼育さん 投稿日:2012/09/22(土) 02:16
みやももめっちゃ好きです!
また何かあれば更新してほしいです。
楽しみに待ってます!!
164 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/23(日) 15:29
あなたのみやももがすごく好きです。
素敵なみやももをありがとうございます。
癒されました!
165 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/24(水) 06:55
作者様のみやもも、素晴らしいです!
フィクションの中にリアリティが溢れてますね。だから、読んでてすごくドキドキするし、早く次が読みたくなる。
できれば、また更新してもらえれば、嬉しいです。
166 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:03
更新します。
前々回までのお話の少しあと、ぐらいの感じで。
167 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:03

168 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:03
ソロでの仕事と大学の講義や実習が重なり、擦れ違ってばかりで会えない日がしばらく続いた。

やっと会えたと思ってもろくに話せず次へ移動、なんてことも少なくなくて、
電話はあまり得意なほうじゃないのに、声が聞きたくなって桃子のほうから電話したことも何度かあった。
『バーカ』なんて笑いながらも、雅は桃子のいない間のメンバーの話やどうでもいいような世間話で笑わせてくれた。

だから、久々に朝からずっと仕事で一緒だとわかったとき、雅の顔を見た途端に嬉しい気持ちと緊張が綯い交ぜになってドキドキした。

明日は大学も講義がなく、仕事も夕方からという、ようやくの半日オフだから一緒に帰れる可能性も高く思えて、
終了間際、それを雅にこっそり告げたら少しだけ驚いたような顔をして、そのあとでなんだか複雑そうな顔をして笑った。

『じゃあ、明日は仕事の前にどっか遊びに行く?』なんて言葉を期待したわけではないし、
たとえそんなふうに誘われても、仕事の時間を気にして遊ぶことはしたくない桃子はおそらく断っただろうが、
気遣うように曖昧に笑われたことで、さっきまでドキドキしていた桃子の心は一瞬で不安に騒いだ。

仕事を終えたメンバーたちが次々と帰っていく中、雅も桃子もその流れに逆らうように残っていて、
お互いもう帰り支度は済んでいたのに、それでもまだふたりして残っている理由は、たぶん、ふたりとも同じだった。

何をするでもなく座ってぼんやりしている雅に、一緒に帰ろう、と誘ってきた佐紀や梨沙子にも、
今日は桃子と帰るから、と、聞き返すことを許さない声色で雅が告げたことで、その考えは確信に近づく。
169 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:04
「じゃ、おつかれー」

家族が迎えに来るから、と、桃子たちと一緒に残って最後になった茉麻が出て行き、楽屋が静かになる。

しん、となった室内で、頬杖をついていた雅がちらりと桃子に視線を寄越す。
向かい合ったテーブルの向かい合わせに座っていた桃子は、その視線を合図と受けて椅子を立ち、雅の隣に移動する。

曖昧に笑った雅が心のどこかで引っ掛かっているせいで、横顔を盗み見るような態度になってしまったけれど、
そっと見上げたら頬杖をついていた手は雅の口元を隠してはいたが、桃子を見る目の色は優しかった。

「みや」

たまらず呼ぶと、空いていたほうの手が伸びてきて桃子の頬に指先だけで触れてきた。
予想外にもその指は冷たくて、雅も少し緊張しているのだとわかって桃子の胸が鳴る。

「……遅くなるし、帰ろっか」

しかし雅は苦笑いを浮かべてゆっくり手を引き、桃子から目をそらして立ちあがった。

作り笑いの口元を見せられて急に置いていかれるような気持ちになって、桃子は咄嗟に雅の腕を掴む。
振り向いた雅が困ったように桃子を見るので、ますます心が騒いだけれど。

「…もうちょっと、ここにいちゃだめ?」

桃子の言葉は予想外すぎただろうか。
それでも一瞬目を丸くしたあとで、雅の口元が僅かに綻んだ。

「いいよ」

声色が優しくて、桃子も思わず立ち上がる。

ちょっとテレたように雅は笑って、それからゆっくり桃子のほうへ両腕を伸ばすと、
おそるおそる桃子の肩に手を置き、そのまま抱き寄せるようにして雅のほうへ引き寄せた。
170 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:04
抱きしめられた、とわかったときには、桃子の耳のそばで雅が深く息を吐き、
溜め息というよりはほっとしたようなそれに、桃子がまだ知らない雅の熱を教えられたみたいで心臓が跳ねた。

「…みや…?」

突然近くなった物理的な距離に戸惑ってしまった桃子の声が上ずる。
おそらくそれには気づいたはずだけれど、雅は抱きしめる腕のチカラを少し強くした。

「……こういうの、イヤ?」

弱弱しい声が桃子の胸を更に鳴らす。

「…ううん、イヤじゃない」

言いながら桃子も雅の背中へ腕をまわして応える。

すり寄せるように雅の肩に額を押しつけたら、桃子の耳には熱い息と一緒に何か柔らかいものが当たった。
もちろん、それが何かを知るのは容易くて。

「…う、わ…」
「もも…」

縋るような甘い声色が桃子の脳に直接響いてくる。

「……もも…っ」

囁く声と熱い吐息が桃子のカラダを震わせる。
耳朶に触れるのが吐息でなく唇のほうが多くなったと感じたら、耳の縁を軽く挟みこまれて大きくカラダが揺れた。
171 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:04
「…もも」

繰り返し呼ばれているのは自分の名前だけで、それは雅の想いを伝えてくるようで熱が上がる。

耳を挟んでいた唇はいつしか頬へと滑っていて、
雅のカラダに知らずにしがみついていた桃子は、雅の息遣いが更に近くなったことに気づいておそるおそる目を開けた。

「…キス、していい?」

うん、と答えるより先に、雅は桃子の口を塞いだ。

ただ押し付けるだけのキスを、角度を変えて何度も降らせる。
目を閉じながらそれを甘受していた桃子は、押しつけるだけのはずのその間隔が次第に長くなっていることに気づかされる。

そして気づいたと同時に、雅の舌が桃子の唇を割ってぺろりと上唇を舐めた。

急なことで桃子のカラダは一瞬で硬くなったが、雅はそれに気づいているのかいないのか、更に深く入り込もうと舌先で桃子の歯列を辿る。

呼吸ができないわけではない。
雅がこのあとどうしたいのかもわかっているつもりだった。

けれど、経験が乏しい桃子をリードしているはずの雅のほうに余裕のなさが窺えて、桃子は咄嗟にその肩を押してしまった。
押したチカラはそれほど強くなかったはずだが、叩くように押したことで雅はハッとしたように顔を上げる。
そして桃子と目があったことで、自分自身の行動の唐突さに気づいたようだった。
172 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:04
「…あ、…ごめん…。…大丈夫?」
「ん…、へーき…」

ほー、と細く息を吐いてから、さきほどと同じように雅の肩に額を押しつけた。

「あの…、イヤだった?」
「…ううん。ちょっと、びっくりしただけ」

行動とは裏腹な不安気な声。
それに答えてから、桃子はゆっくり雅の背中に腕をまわして、上目遣いで雅の顔を見た。

「……もっと、してみたい」

声にしたあとで言葉の大胆さに気づいた桃子は、かあっと自身の顔に熱が集まるのを感じた。
一度目線を落として、反応のない雅をそろそろと見上げると、目が合うのを待っていたみたいに、ぐっと強く、二の腕を掴まれた。

「み」

や、と続く声は雅の唇が奪う。

桃子の腕を掴む手のチカラは強く、唇の熱もそれに比例するように熱いけれど、
嫌悪も恐怖も、マイナスにつながる感情は微塵も起きなかった。
173 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:05
雅の重心が少しずつ自分のほうに傾いていることに気づいた桃子が一歩後ろに引くと、更に重心を寄せられ、普通に立っていることが困難になった。

雅の服を少し強く掴んだら、唇を離した雅が桃子を見ながら器用に態勢を変えて、
足が浮いたと思ったときにはもう、桃子のカラダはテーブルの上に乗っていた。

「え?」

いつもは見上げる身長差が、テーブルに腰かけたことで見下ろす態勢に変わる。
スカートだったので足を開くことにはさすがに抵抗はあったが、
その膝を割るように更に距離を詰めた雅が桃子を見上げながら桃子の腰を抱いた。

足を開いた自分をはしたなくも感じたけれど、自分を見上げる雅の目が桃子の羞恥心を萎れさせる。
腰を抱かれたことでまた近づいた距離をもっと縮めるように桃子も雅の肩から後ろへと腕を伸ばして抱きついた。

「みや…」

湧きあがる感情のまま、桃子のほうから唇を寄せた。
我ながらぎこちないそれを、雅は優しく受け止める。

触れた唇をそっと吸われて、すぐに舌先で舐められる。
唇の端で音を起てるように弱く吸ってから、桃子の腰に回っていたはずの雅の手が桃子の頬を撫でた。
一番短いはずなのにそれでも長く感じる雅の親指が桃子の唇に触れ、その指先が促すように桃子の唇と歯列を同時に割らせた。
174 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:05
「…へーき? 気持ち悪く、ない?」

薄く口を開いた中へ入り込んできた指をカラダを強張らせながらも受け止めたら、不安そうに雅が囁いた。

「うん…」

歯を割らせた指が桃子の唇の輪郭を辿る。
閉じていた目をそっと開いたら雅がゆっくり唇を寄せてきて、触れてすぐ、温かな感触が桃子の口の中へ入ってきた。
上唇を食み、歯の裏側を舐めたあとで、無意識に奥へ逃げようとした桃子を追ってくる。

「ん…」

吐息に混じって漏れた自分の声の色に自分で恥ずかしくなる。
無意識に顎を引きそうになるけれど、桃子の頬を撫でていた雅の手がいつのまにか頭の後ろに添えられていて、
そしてその手のチカラは思うより強く、桃子の小さな抵抗を飲みこむ。

口内でも難なく捕まり、知らない熱と感触に全身が痺れたような感覚を覚えた。

溺れる、という表現は違うかも知れない。
しかし、桃子は今、確かに、溺れる感覚をその身で味わっていた。
175 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:05
桃子の口の中を探っていた舌がゆっくり引かれる。
やっと新鮮な空気が桃子の口の中に入ってきて、桃子はそれを深く吐き出してから、ぐったりと雅の肩にもたれかかった。

「もも? 大丈夫?」
「…だい、じょぶ、ちょっと、苦しかったけど」
「う…、ごめん…」

申し訳なさそうに言いながらも、桃子を抱きしめる腕のチカラは弱まらない。
もう一度長めの息を吐いてから、桃子も抱きつく腕のチカラを強めた。

「…でも、なんか、ちょっとホッとした」
「え?」
「もしかして、一緒に帰るの、イヤなのかと思ったから」
「そんなわけ…っ」

雅のカラダが揺れたから離れるのかと思ったが、思い留まったように更にぎゅっときつく抱きしめられる。

「…そんなわけ、ないでしょ」
「でも、さっきも、もぉが言わなかったら、帰るつもりだったじゃん」
「あ、あれは…、その…、ワガママ、言いそうになったから…」
「ワガママ?」

態勢のおかげで、いつもだったらきっと見れない、拗ねたような口元が見えた。

「……帰りたくない、って…」

ぼそぼそと、桃子の服に吸いこまれそうなほど小さな声で言い訳する雅の頬が不本意そうに赤くなっている。

拗ねながらも甘えられているのは歴然で、くすぐったく思いながら桃子も抱き返した。
176 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:05
「…うん、もぉも」

桃子の声を聞いた雅が少し顔を動かして上目遣いに桃子を見た。
いつのまにか伸びた前髪で隠れそうになる目を見たくて払うように髪を払いよけ、ちゅ、と額に軽く唇を当てる。

「もうちょっと、こうしてたいな」

言いながら雅の髪の中へ指を差しこむと、雅は唇のカタチをへの字にしたまま、再び桃子を抱きしめた。

「…みや?」

雅が桃子の言葉をどう受け止め、どう感じたか、それをわざわざ聞き返すのは野暮な気がした。
緩む口元を隠すことはせず、雅の頭のてっぺんに頬ずりする。

さきほどみたいなキスをもう一度するかと思われたけれど、雅は黙ったまま、桃子の背中にまわした腕のチカラだけを強くした。

「……ごめん」
「え?」
「…ももに、ずっと触ってなかったなって思ったら、なんか、我慢効かなくなった」

そんなとこかな、と予想はしていたけれど、まさか言葉にされるとは思わなかったので、直球がきて返事に詰まる。
何も答えなかったせいで雅は顔を上げたが、答えに詰まっている桃子を見て何かを察したようで。

そっと桃子から離れると、戸惑っている桃子の両腕を掴んで引っ張りテーブルから降ろし、
しばらく無言で見つめたあとで、もう一度、ゆっくり桃子の背中へと腕をまわして抱きしめた。
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:06
「…みや?」
「んー?」

少し鼻にかかった返事をしたあとで桃子の頬に自身の頬を擦り寄せる。
そのままキスされるのかと思ったけれど、雅の唇が触れたのは桃子の髪だった。

「どした?」

息遣いが近くて鎮まっていた鼓動が跳ねる。
さっき雅が言ってくれたように桃子にも言うべき言葉があることに思い至って、小さく息を吸った。

「あ…、あの、あのね…」
「うん」
「もぉもね、あの、みやと会えなくて、淋しかった、よ?」

最後はらしくなく声が裏返った。
するとそれに気づいたように雅の肩が揺れて。

「…そこ、疑問形で言うとこ?」
「…っ、さ、淋しかった!」

慌てて訂正して強く言い直したら、桃子を抱きしめたまま雅は堪え切れなかったように吹き出した。
けれど桃子から離れることも離すこともしないで、腕のチカラをすこしだけ緩めて。

「…うん、あたしも」

身長差があるので雅は少し俯き気味だったが、自然とそうなるように顔を上げた桃子の額に自分のそれを押しあてる。
嬉しそうに綻ぶ雅の口元を見て、桃子の胸の奥がじんとあたたかくなった気がした。
178 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:06
「…みや、ずるい」
「は?」

嬉しそうだった口元が桃子の言葉で不本意そうに尖る。

「なに、急に」

困ったように眉尻が下がったのを見てから、桃子はぎゅうっとしがみついた。

「…ももね、みやの顔、好きなの」
「へっ? か、顔? 顔って」
「好きな顔にそういう顔されると、弱いの」
「え、え? なに、どういうこと? そういうって、どんな」

意味を理解しかねた雅が声を上ずらせて桃子の顔を覗きこもうとするが、桃子はそれを阻むようにまた腕のチカラを強める。
雅も、そんな桃子の腕を振りほどいてまで自由を取り戻すことは考えていないのか、
困惑した雰囲気を纏いながらも、桃子の次のアクションを待つことにしたようだった。

少しのあいだ、抱きついた雅から伝わってくる心臓の音に耳を澄ましていた桃子だったが、
困ったようすを漂わせながらも桃子の背中を撫でる雅の手の優しさと熱に胸の高鳴りは抑えられなくて。

そろりと顔をあげると、目があったことにホッとしたのか、雅の口元が綻ぶ。
179 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:06
「……そういうね」
「うん?」
「そういう、みやのうれしそうな顔見ちゃうと、イヤって言えなくなっちゃうの」

言った直後はまだ桃子の言葉の意味を把握しきれないようすで不思議そうに見下ろしていた雅も、
少しずつ理解したのか、不思議そうに見下ろしていた頬が朱色に染まったのを確認して、桃子は再び雅の肩に額を押しつけた。

「…あ、あのさ。それって、さ…」
「うん…」

何か言いかけて、それでも躊躇したのか、口を閉ざしたのが雰囲気でわかる。
焦れったく思いもしたけれど、そんな桃子の気持ちを包み込むように、雅はそっとそっと桃子を抱き返す。

「……もっと、触ってもいい?」

掠れた、けれど熱い吐息を含んだ声が桃子の耳に届く。
耳に触れた吐息は桃子のカラダを震わせ、それに続くように全身から熱を発したのが自分でもわかった。

雅の背中にまわした手で、ぎゅっと服を握りしめる。
顔が熱くなるのを自覚しながらも、吐く息にさえ熱があることを雅に知らせるように、桃子は深く息を吸い込んだ。

「…『うん』以外の返事の言葉、忘れた」

桃子の声は小さくてかぼそいものだったけれど、聞き届けたことを伝えるように雅の腕のチカラが一瞬だけ強くなる。
そしてそれを理解して反射的に顔を上げた桃子は、近づいてくる雅の顔にまた胸を鳴らしながらも、思う以上に熱いくちびるを想って、そっと目を閉じた。
180 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:07

181 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:07

END
182 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/18(金) 01:08



夏焼さん生誕のお話を飛ばすと、実に7カ月ぶりの更新となるのに、相変わらずの捏造三昧で恐縮です。
一歩進んだふたり、という感じで書き始めたつもりが、なんだかただのベタ甘いだけの話になってしまいました…。
お気づきとは思いますが、前回の夏焼さん生誕記念話(>>151-159)は、前々回までとは別個のお話です。

ギリギリだった容量が増えたようなので、またそのうち、何か書ければなー、と思います。


>>161-165
レスありがとうございます!
いつもいつもひとまとめにしてしまってごめんなさい。
次の更新のお約束はやっぱりできませんので、ゆる〜い感じで見守っていただけると幸いです。
183 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/19(土) 12:17
ひゃー!いやー!更新うれしいです!
読んでて身もだえしてしまいました……
184 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/21(月) 19:43
更新来たぁぁぁ!!
みやもも最高

また来てくれると嬉しいです!
185 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/22(火) 00:47
うわあー!
ヤバイ素敵みやももだー!
甘すぎるくらい甘いラブラブなお話ありがとうございます。
テンション上がりまくりです*\(^o^)/*
また更新して下さるのを楽しみにしています。
186 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/22(火) 22:55
さ、最高です!!
今まで読んだみやももの中でもトップクラスにきゅんきゅんしました!!
ほんとにほんとに作者様のみやももが大好きです!!
187 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/10(日) 00:15
今更ですが、ヒサブリの更新に心踊ったので感想レスさせてください。
恐らく時間にしたら僅かであろう帰る前の楽屋でのヒトコマだけでこんなにドキドキできるのも、作者さんの小説のリアル感と、細かい描写の賜物です。読んでいてぞくぞくします。
またの更新を楽しみに待っております。
188 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:49
更新します。
前回の続きになります。
189 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:49

190 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:49
「……帰ろっか」

微笑んだまま、けれど名残惜しそうな声色で雅が促す。

離れがたいのはおそらくどちらも感じていただろうが、
壁に掛けられた時計は終電までさほど時間がないことを知らせていて、いつまでもここにいられないことを嫌でもつきつけてくる。

溜め息と一緒にカラダを離し、とうに済んでいた身支度を再確認する。

先にドアノブを握っていた雅を追って、差しだされた手を掴むと雅は照れくさそうに笑った。

駅までの道のりを手を繋いで歩いたのはいつ以来だろう。
いつもだったら人目のつきそうなところで目立つ行動はしないというのはふたりの間での暗黙のルールで、
一緒に帰ることすら、駅での時間差の待ち合わせで誤魔化していたのに。

前を向いたままで、繋いだ手のチカラを緩めて指を絡めてくる。

夜も深く沈んだこんな時間帯では駅へと向かう人も少なく、
いつも以上に身を寄せ合って歩いていても気に留める人間など誰もいない。

ぎゅっと強くチカラがこもった手を桃子も握り返し、けれど何も言葉にしないまま並んで歩く。
言葉などなくても、繋いだ手からお互いの気持ちが伝わっている気がした。
191 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:50
駅のホームについたとき、タイミング良く最終電車が滑りこんできた。

乗客は少なくなかったが満員というほどでもなく、雅の最寄り駅で開くほうのドアの近くに並んで立つ。
繋いだ手を離したくなくて、そしてそれはどちらも望んでいるのがわかるから、視線を合わせながらふたりして笑いあった。

雅の降りる駅に着き、ドアが開く直前、また強く握りしめて、それからするりと解いて雅は電車から降りた。

振り返り、ひょい、と手を挙げて手のひらを見せる。

「じゃあ、またね」
「うん…」

名残惜しい。
離れがたい。

もっと一緒にいたい。

けれど今乗っているこの電車は最終で、ここで降りてしまっては帰れない。

どうしてか『またあした』が言えなくて、桃子は俯く。
雅からも、いつもだったら続けて言ってくれるはずの『おやすみ』が聞けなかった。

発車を知らせるアナウンスがホームに響く。


――― そして桃子は、自分のうしろで、扉の閉まる音を聞いた。
192 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:50
我に返った桃子が顔を上げると、その大きな目を更に大きく見開いた雅が半ば呆然と桃子を見ていた。

ハッとして振り返ると、自分が乗っていたはずの電車はすでに動き出して加速をつけたところだ。

「う、わ…、やっちゃった…」
「ちょ、嘘でしょ…」

呆れた、というよりは驚きのほうが強い声色で、雅はそれ以上は何も言えなくなったようだった。
手で口を覆い、桃子を見つめている。

「…あはは、もぉってば何やってんだろ。今の終電だったのにね」

愛想笑いでそれだけ言っても、雅はまだ何も言わない。

「……ごめん…、呆れた、よね…?」

知らずに視線は下向きになるが、雅からの反応はなく、ただただ悲しくなってくる。
せめて、小馬鹿にしたような溜め息だけでも欲しいとすら思うくらいに。

「……タクシーで、帰るから…」

雅の反応が薄かったことで、自分のしたことが酷くはしたなくてみっともない身勝手なことに感じて、
俯きながら言い訳を探していたら、不意に腕を掴んで引っ張られた。

何かと思うより早く、桃子のカラダは雅が抱きとめていて。

「みや…?」
「…なにやってんの」

口調は呆れているのに、桃子を抱きしめる腕は強く、そして優しかった。

「……ごめん…、…でも、だって、もう少しみやと、いたかったんだよ…」

そう言った桃子を雅は更に強く抱きしめて。

「…バカ」

息苦しく感じるほど強く抱きしめられたのに、桃子にはその腕のチカラがとてもうれしかった。
応えるために、桃子も雅に強く強く、しがみつく。
193 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:50
「ごめん…、でも、ちゃんと、帰るからさ」
「…帰るってどうやって?」
「駅の外、タクシー、ない?」
「あるけど、こんな夜中にこっからタクシーで帰ったらいくらかかると思ってんの」
「で、でももう電車ないし」
「帰らなくてもいいじゃん」
「へっ?」

裏返った桃子の声を合図に、桃子から離れた雅が桃子の顔を見ないまま腕を掴んだ。
そしてそのまま桃子の腕を引っ張るようにして歩きだす雅に、桃子も逆らわずについて歩くことになって。

「…うちに来ればいい」
「えっ? え、でも」

まさか誘われると思わなくて、声を上ずらせた桃子に歩きだしていた雅の足が止まる。
顔だけで振り返ったことで咄嗟に顎を引いた桃子だったが、見えた雅の顔は怒っているというよりはむしろ、拗ねているようにも見えた。

「……帰りたい?」
「え…」
「あたしといるより、帰るほうがいい?」

思わず息を飲んだのは、そう尋ねるくせに、その問いかけの答えを一つしか許さない目で見つめられたからだ。
そしてその答えは、桃子自身が、そう願ったことで。

「みやといるほうがいい」

首を振りながらもはっきり告げると、桃子の腕を掴んでいた雅の手が桃子の手を握り締めた。

その手はさっきまで電車内にいたはずなのに酷く冷たくなっていて、雅がいま、緊張していることを教えた。
強気に桃子を見つめるくせに、それは強がりを言って見せかけているのだとわかって、また桃子の胸が鳴った。
194 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:51
駅を出たところで母親に電話した。
終電を逃してしまったので雅の家に泊まらせてもらう、と言ったら、案の定、こんな夜分に失礼だからタクシーで帰ってこい、と言われた。

手持ちが少ない、と食い下がったら、帰って来たときにこっちで払う、とまで言われてうまく言い返せずにいると、
遣り取りをそばで窺っていた雅が桃子の手を突っつき、戸惑っている桃子の手から携帯を奪った。

「あ、こんばんは、雅です、いつもお世話になってます、……いえいえ、とんでもないです、
 あの、すいません、あたしがもものこと引きとめちゃって。……そんな、あたしこそいつもももに相談乗ってもらってて……、
 ハイ、そしたら遅くなっちゃって、ももはタクシーで帰るって言ったんですけど、
 やっぱり遅いとタクシーも料金高くなっちゃうし、うちは全然構わないんで……、
 ハイ、明日の仕事とかは全然大丈夫です、……あはは、そうなんですよー、気づいたらもうこんな時間で。
 ……ハイ、…ハイ、わかりました、大丈夫です、あ、ももに変わりますね」

呆気にとられて見守っていた桃子の手元に携帯が返される。
戸惑っていると、雅の口元がニヤリと綻んだ。

もしもし、とおそるおそる呼びかけると、渋々といった感じではあったが、さっきまでの頭ごなしの反対はなく、
失礼のないように、と重ねて言われただけで通話は切れた。

ほー、と長く溜め息を吐き出すと、得意げに笑った雅が桃子の顔を覗きこんできた。

「……みやのオトナ向け接待ってホントにすごいよね…」
「人聞き悪いな、人当たりがいいと言ってよ」
「でも、助かった、ありがと。うちのママ、みやのことお気に入りだしね」
「お役に立ててなにより。……行こ?」

照れたように笑いながら雅が手を差しだす。
迷わずその手を取って握りしめたら、雅の口元はまたうれしそうに綻んだ。
195 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:51
そのまま、雅の家までは手をつないで無言で歩いた。

帰りつくころには既に日付は変わっていて、雅の家族ももう寝てしまっているのか、家の中もシンとしている。

「弟くんは?」

なるべく音を起てないように部屋まで歩きながらひそりと尋ねると、雅は呆れたように肩をすくめて見せた。

「靴なかったし、彼女のとこにでも行ってるんじゃないかな」
「あ、彼女いるんだ」
「まあね。ナマイキに年上みたいよ」

溜め息と一緒に部屋の扉が開かれ中へ促される。
数年ぶりに訪れた雅の部屋は、桃子の記憶のそれとはやはり様変わりしていた。

「ごめん、ちょっと散らかってるけど、適当に座って」

確かに、脱いだままのスカートなどがベッドの上にいくつかあったが、桃子の部屋に比べると片付いている。

「…懐かしいな、みやの部屋に入るの、何年ぶりだろ」

デビューしてからしばらくは同じ路線を使うし他のメンバーと比べて家も近いからと、
何度か訪れたこともあるけれど、いつからかプライベートでは会わなくなっていた。

「3…、いや、4年くらい? Buono!が決まったあとも何回か来たことあったよね」
「やっぱちょっと雰囲気変わってるね」
「…あんまりじろじろ見ないでよ、恥ずかしいじゃん」

ベッドの上に脱いだままだった服を片づけながら恥ずかしそうに桃子の肩を軽く押す。
そのチカラはさほど強くなかったけれど、照れたように唇を尖らせる雅が可愛くて桃子は笑った。
196 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:51
「そうだ、着替え、ある?」
「あ、うん。それはいつも予備で持ってきてる」
「じゃ、お風呂先に入っておいでよ。その間に布団敷いとくからさ。あたし、パジャマって持ってないからTシャツとハーパンになるけど、いい?」
「うん」

テキパキと指示されるまま、忍び足で浴室に向かう。
口頭で聞いていた場所からタオルなどを出し、なるべく音を起てないように、シャワーだけで手早く済ませた。

部屋に戻ると、ちょうどベッドの下に客用の布団を敷き終えたところだった。
あまり時間をかけずに戻ってきたせいか、ドライヤーで乾かしはしたもののまだ少し湿った髪の桃子を見て雅がきょとんとする。

「早いね」
「そうかな」
「ちゃんとあったまった?」
「シャワーだけだったから…」
「湯船にも入んないとダメじゃん」
「平気だもん」

まだ文句を言いたそうだったが、細く息を吐いてから用意していたらしいペットボトルのお茶を差しだす。

「一応、さっきママに、ももが泊まってくこと言っといたから」
「えっ、ひょっとして起こしちゃった?」
「起きてたみたい。ももがお風呂入ったと同時に誰か来てるのって聞きに来たから」
「ほんと?」
「うん、だから気にしないでいいよ。…あたしも入ってくるから、テレビでもDVDでも好きに見てて」
「うん」

ペットボトルを受け取ったのを見てから、雅は部屋を出て行った。
197 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:52
敷かれた布団の上で正座を崩した座り方のまま、桃子はゆっくり室内を見回す。

雅はいないが、雅の匂いがする部屋だ。
全身を雅に包まれているようでなんだかくすぐったく感じるのに居心地がいい。

室内の雅の持ち物に興味がないわけではなかったが、
雅のいないときに部屋を探るのはさすがにプライバシーの侵害だと怒られるので、おとなしくテレビのリモコンを取った。

一番手近に、世間には流通していない、関係者にのみ渡される記録用のDVDがあった。
コンサートなどを家庭用のビデオで撮影したもので、メンバーにとっては練習と確認を兼ねたDVDである。

特に何も考えずそれを再生すると、映し出されたのは昨春のコンサートのものだった。
1年ほどしかたっていないのに、映っているメンバーの雰囲気がどことなく今とは違っていて、時間の経過とともに成長も感じられる。
何より、雅と梨沙子の髪型と髪色が目に見えて違っていて、それほど昔のことでもないのになんだか懐かしくて桃子の口元がゆるんだ。

しかし、不意に映し出された雅にドキリと心音が跳ねる。
普段、楽屋などで見せる賑やかで明るいイメージとは違う、歌に対して真摯な目をした雅だった。

このころはまだ、雅のことを、今のようには意識していなかった。
もちろん好意的には見ていたが、顔を見ただけで、声を聞いただけで、そしてその目が自分に向けられただけで、
自分でも戸惑うほど心臓が高鳴ったことなんてなかった。

交わしたキスの記憶が蘇る。
口の中まで入り込んで来た雅の唇や舌の熱を思い出して体温が上がる。
熱い吐息混じりで桃子の名前を呼んだ、艶のある声までもが耳の奥に残っていて、体温の上昇に拍車をかける。
198 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:52
顔に熱が集まるのを感じて手のひらで冷やそうと両手で頬を撫でたとき、
自室なのだから当然と言えば当然だけれど、ノックもなく部屋の扉が開いて、文字通り、桃子は飛び上がった。

「あ、ごめん、つい」

飛び上がったのが見えたのか、雅がすまなさそうにゆっくり扉を閉める。

「う、ううん…」

タイミングが悪かったとはいえ、動揺している自分を取り繕うように見ていたDVDを咄嗟に消したら、
その動作を見ていたらしい雅がリモコンを持つ桃子の手の上から再生ボタンを押した。

「何見てたの?」

不意に手を重ねられて桃子のカラダが強張る。
風呂上がりのシャンプーの匂いが鼻先をくすぐるが、いつもほどに感じないのは自分もそのシャンプーを使ったからだろう。

「…あー、これかー」

懐かしそうに言って桃子から離れ、そのままベッドに腰を下ろす。
ベッドの下に敷かれた布団の上に座っていた桃子は、そのまま雅を背にした状態でテレビを見た。

「去年のだけど、なんかもう懐かしいよね」
「うん。…あ、いまの梨沙子、チョー可愛い」

何気なく出たとしても少しも不自然ではない名前だった。
それに「可愛い」は雅の常套句でもある。
でもそれが梨沙子の名前と梨沙子に対しての言葉だったことで、桃子の中に表には出したくない感情が芽生える。
199 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:52
「…もも? どうかした?」

不穏な空気が無意識のうちに出てしまったんだろうか、雅が不思議そうに声を掛けた。

「…ううん、べつに? てか、もう遅いし、寝るね。…明日の朝には、帰ろうと思うから」
「えっ」

言いながら敷かれた布団の上掛けを上げると雅は慌てたように声を上げた。

高い声に桃子が振り向くと、自分でもそんな声が出たことに戸惑ったように雅が口元を隠している。
桃子が首を傾げたのを見て、苦笑いを浮かべながら口元を隠した手でベッドを叩いて見せた。

「こっちこっち。ももはベッドで寝て。あたしがそっちで寝るからさ」
「えっ、い、いいよ、そんな」
「遠慮しなくていいよ、ほら」
「ホントにこっちでいいってば」
「えー、なんでよ?」

かたくなに拒絶する桃子に雅は不服そうに口を尖らせた。

「……だって、みやのベッドなんて絶対眠れないもん」
「は?」
「部屋にいるだけでもドキドキしちゃうのにさ、ベッドとかみやの匂いしかしないじゃん。そんなの眠れるわけ…」

抑えたつもりで、やっぱり苛立っていたのかも知れない。
言葉にしてしまってからハッと我に返った。

ベッドに座っている雅にそろりそろりと振り向くと、上体を倒して頭を抱えている雅がいた。
200 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:52
「みや?」

桃子の声にぴくりとその肩が揺れる。
それからゆっくりカラダを起こすと、深く深く息を吐き出してから口元を手で隠した。

その仕草とうっすら朱に染まった頬のいろに、雅が照れていることを察する。

「……そんなこと言うなバカ」
「え…」

風呂上がりだけではない別の理由もあるとわかる赤い頬をしたまま雅が立ち上がる。
思わず身構えた桃子の手を掴み、少し乱暴に引っ張って立たせたあと、その勢いのままベッドに突き飛ばした。

ベッドの上なので怪我をする心配はもちろんなかったが、
態勢を整えて振り向いたら唇のカタチをへの字にした雅が桃子を見下ろしていて、
それがなんだか拗ねているようにも、怒っているようにも見えて引き腰になった。

そうして少しカラダを引いた桃子に、膝からベッドに乗り上げてきた雅が手を伸ばしてくる。
ベッドの上では逃げ場もなく、すぐに両方とも手首が捕まえられ、重力に逆らえないまま押し倒された。

「みや…」

物言いたげで、けれど何も言わないまま、雅が顔を近づけてくる。
何をされるかは歴然で、そしてそれは桃子も心のどこかで望んでいるから、無意識に瞼は下りた。

唇に、今日何度目かわからないほど感じた熱。
そこで覚えた感触。

桃子の上唇を辿る雅の舌先に応えたくて、おそるおそる口を開いて舌を差しだすと、
まるでそれを待っていたみたいに、弱く、けれど痺れるような甘さでその舌先に雅は噛みついてきた。

「ふ…」

呼吸の仕方がわからず口の端から息が漏れたら、それを合図にしたようにゆっくり雅が桃子から離れた。
201 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:53
小刻みになっていた呼吸を大きく深呼吸することで整えている間に、桃子の手首を捕らえていた手が外され、桃子の上にあった気配も薄れる。

ベッドの軋む音で雅がベッドを下りたと気づいて桃子が目を開けると、それとほぼ同時に顔の前に上掛けが被せられた。

「…いいから、そっちで寝な」

みや、と呼びかけて上体を起こそうとしたが、なんとなく振り返ってはもらえない気がして桃子は言葉を飲み込む。
それに、振り向いてもらったところで、気の利いたことが言える気もしなかった。

カラダの緊張を解くように頭まで上掛けを被ってベッドに身を沈めると、桃子の予想通り、雅の匂いが桃子の全身を包んだ。

カチカチ、と機械的な音がしてDVDとテレビが消され、部屋の照明も落とされる。
薄暗い、オレンジ色の照明のもと、桃子が横になったベッドの下で雅が深く深く溜め息をついたのが聞こえた。

「…みや」
「……なに」
「怒った?」
「…怒ってないよ」
「ホント?」
「ホント。…いいから寝なよ。明日の朝には帰りたいんでしょ?」

素っ気なく言われて胸が痛くなる。
すぐそこに雅がいるのに、雅の匂いに包まれているのに、雅を遠く感じて途端に淋しさが押し寄せてきた。

「……怒ってるじゃんかあ…」
「怒ってないって、ホントに」

呆れたような溜め息と一緒に起き上がる気配がして、桃子も起き上がる。
202 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:53
「…怒ってないから、早く寝な?」
「眠れない…」
「横になったらそのうち眠れるよ、疲れてんのは確かなんだし」
「みやは?」
「あたしも寝る」

言うが早いか、起こしたカラダを倒して桃子のほうに背中を向ける。

「…おやすみ」

反論することを拒むみたいな声に、淋しい気持ちを抑えながらも、桃子も横になった。

こちらに背を向けている雅の背中をそっと見つめる。
こんなふうに雅の匂いに包まれているのに安心出来ないのは、そばにいるのに、そこに見えているのに、雅のぬくもりを感じとれないからだ。

さっきの乱暴なくちづけは確かに熱く感じたのに。
背中を向けられただけで遠くに感じてしまうなんて。

「…みやぁ……」

ひそりと、向こうを向いたままの背中に呟いた。
音の消えた暗い室内だったので思うより響いたけれど、
これで振り返らなかったら、いや、何の反応もなかったら、桃子もそのまま目を閉じるつもりだった。

けれど。
203 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:54
「……そんな声で呼ばないでよ、もう…」

呆れたような、困ったような、そのどちらともとれる溜め息と一緒に雅は起き上がった。

そしてゆっくり桃子のほうに振り返る。
視界の悪い薄暗さの中でも目が合ったのがわかって桃子が顎を引くと、また溜め息をつく。
しかしそのあとゆっくり態勢を変えて布団から抜け出し、桃子が寝ているベッド脇まで膝立ちで歩いて近づいてきた。

「みや…?」
「…ももが悪いんだからね」

言ってすぐ、桃子の唇をキスで塞ぐ。
手のひらで桃子の顔を包んで撫でたあと、離れると同時に雅は桃子の隣に滑り込むように潜り込んできた。

「…朝には帰りたいって、言ったくせに」

そう言いながら桃子を抱きしめる。

「あんな声で呼ばれたら、帰したくなくなるじゃん…」

ぎゅ、と強く抱きしめられて、桃子を包む雅の匂いに頭がクラクラする。
もっともっと強く抱きしめて欲しくて、もっともっと雅に近づきたくて、桃子もしがみつくように雅に抱きついた。

「…だって早く帰らなきゃ、帰りたくなくなるもん……」
「え?」
「誰にも邪魔されないで、みやのこと独り占め出来て、こうやってぎゅってしたり、ぎゅってしてもらったり、
 そんなの知っちゃったら、帰れなく、なる…」

桃子の声は小さかったけれど、音のない空間にそれは響くようにはっきりと雅の耳に届く。

「…独り占め、って…、もも、そんなふうに考えてたの?」
204 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:54
雅の意外そうな響きをした声色に、自分の発した言葉がらしくないものだと言われた気がして桃子は自分の顔が熱くなるのを感じた。
しかし、幾らか慣れたと言ってもまだ薄暗い室内で、そのうえ抱き合っている今はお互いの顔までは見えないので、
赤くなっているであろう顔色まで気取られる心配もないことに、桃子はひそかにホッとする。

「……もものバカ」

抱きしめてくる雅の腕のチカラが強くなったと感じてすぐ、耳元で、言葉とは裏腹な甘い声で囁かれてカラダが震えた。

「……そういうことは、ちゃんと言ってよ…、帰るとか言うから、あたしのしたこと、重すぎたかと思っちゃったじゃん」
「重い…?」
「…うちまで、連れてきたこと」
「そ、それは、もぉが帰りたくないって言ったから…」
「そうだよ、そう言ったくせに帰るって言ったじゃんか。なのにあんなふうに呼ぶとか、ずるいよ」

雅の拗ねた口振りに、不謹慎にも桃子は胸を鳴らした。

自分がどんなふうに雅を呼んだか、そしてそれが雅をどんな気持ちにさせたのか、桃子にはよくわからない。
それでも、今はこうすることが最善な気がしてしがみつく腕のチカラを強めると、それに気づいたらしい雅の腕のチカラがまた強まった。

「…まだ、帰る、って言う?」

雅に抱きしめられながら、桃子は頭を振った。
そうした桃子を確認してか、耳元に届いていた雅の吐息が安堵に似た溜め息に変わる。

そっと離れた雅が桃子の顔を見る。
表情を窺われているようで咄嗟に目線を外したが、雅の指がなぞるように桃子の顎の輪郭を辿ったことで反射的に身を捩って顔を上げると、
目があったことで満足そうに笑った雅がゆっくりとそのカラダを下方にずらすようにベッドの中へと潜りこんだ。
205 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:54
雅が何をしようとしているかが読めずにその行動を見守っていた桃子だったが、
桃子の胸元あたりまで潜ったかと思ったら、雅はそのまま桃子の腰に腕をまわして抱きついてきた。

体勢的にも、必然と雅は桃子の胸に顔を埋める。

身長差もあって、こうでもしないと雅を『抱きしめる』ことが出来ないことに思い至って、
桃子はおそるおそる、腕を伸ばして雅の頭を胸に抱え込むように抱きしめた。

どきどきと心臓は高鳴っていて、そこに押しあてられている耳がその音に気づいていないわけがないとわかっても、
桃子はそのまま雅の柔らかな髪に指を差し入れ、緊張して小刻みに震えながらも、そっと撫で梳いた。

「…もっと撫でて」

強請る声にまたドキリとするが、甘えるように顔を擦り寄せてくる雅にうれしい気持ちが勝った。

言われるままに撫で続けていると雅の頭がゆっくり動き、寝返りを打つように顔の向きを変えた。

そのとき、Tシャツ越しでもわかるほど、熱を孕んだ雅の吐息が桃子の肌に伝わった。
それまで黙って胸元に顔を埋めていた雅の口元が動いたのがわかって、桃子のカラダは一気に強張る。

「みや…?」

戸惑う声に気づいてないわけがないのに、雅は答えなかった。

桃子の胸の膨らみの上を雅の口がそのカタチを確認するみたいにゆっくり滑る。
Tシャツを着ていても、たかが布切れ一枚では何をしているのかなんてわかり過ぎるくらいで、桃子はただ、雅にされるがままで。

胸に雅の頭を抱き込んだとき、こんなふうになることを考えなかったわけじゃないけれど、
だからといって雅のほうから積極的に自分に触れてくることは予想外だった。
206 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:54
桃子の背中に回っていた雅の手が、桃子の背骨を上から下へと数えるように柔らかく撫でる。

「……ももは、しないんだ」
「え…」

桃子の腕の中で少しだけ顔を上げた雅の言葉に桃子は僅かに首をかしげて見せた。

「寝るとき、ブラしないの?」
「あ…うん…、寝苦しくなっちゃうから…。みやはするの?」

雅の頭を抱きしめている腕をそっと背中のほうへずらすと、指先が難なくそれを探り当てた。

「カタチ、悪くなっちゃうって聞いたから、あたしは寝るときもするかな」

答えたと同時に、桃子の背骨を撫でていた手がTシャツの裾から中へと入り込んできた。

「ちょ…っ」
「しー」

黙れ、という意味合いの言葉だとわかっても、いきなり桃子の素肌に触れた雅の指の感触には身を捩るしかなくて。

「待って、ちょっと待って」
「だめ、待たない」
「でも、触られたら、声、出ちゃう…」
「我慢して」

少し強く言われて桃子は唇を噛んで目を閉じる。
桃子の腰のあたりをなぞるように滑る雅の指を思い浮かべたら、それだけでも熱が上がるようだった。
207 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:55
「みや…おねがいだから、ホントにやめて…」

桃子の声色に何かを感じとったように雅の手が止まる。

「…そんなにイヤ?」

縋るような声でそっと目を開けると、上体を起こして桃子を見下ろしている雅の目が淋しそうに揺れていて、
雅のしたいことがわかっているのに拒むことがひどく申し訳ない気持ちにさせる。

「……イヤじゃないから、イヤなの…」
「え…」

桃子の答えの意味をすぐには理解できなかったとわかる返事を聞いてから桃子もカラダを起こすと、そのまま腕を伸ばして雅に抱きついた。

「イヤじゃない。イヤじゃないよ。…するのがイヤなんじゃないの。こ、こういうことするとき、みや以外のこと、考えたくないの」
「…どういう、意味?」

抱きついてきた桃子を抱きとめながらも、雅の声はどこか不安気で。

「…となり…、みやのママもパパも…、いるんでしょ?」
「うん。でももう寝てるよ?」
「……寝てても、その…、声とか音とか、聞かれちゃうかも、とか、考えちゃいそうで…」

雅の肩先に半分ほど顔を埋めた体勢でぼそぼそと喋るせいで桃子の声は雅の服に吸収されるけれど、
それを伝えたい本人には、僅かな声だけでも充分で。

桃子を抱きとめていた雅の腕のチカラが少しずつ緩んでいく。

不安定な体勢では雅への負担が大きくなると察知した桃子のほうから離れ、
おそるおそる雅の顔は見ないままでその二の腕を撫でたら、雅は何故か深く深く溜め息をつき、桃子の肩に額を押しつけてきた。
208 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:55
「みや?」
「……負けた」
「え?」
「もうなんにも言えない」

そう言って、ゆっくり桃子を抱きしめる。

「……ごめん」

何を言うべきか、どんな言葉が適切なのかがわからず黙り込むしかない桃子の耳に届く雅の優しい声。

「ごめんね」
「み、みやは悪くないよ、もぉこそ、なんか、ごめんね、変なこと言って」
「ううん。…てかさ、あたし、ももと朝まで一緒にいられるってことに浮かれてたんだなあって思った」
「浮かれてた?」
「うん。こんなに長くふたりっきりで一緒にいるの、仕事以外では初めてじゃん?」

厳密には初めてではない気もしたが、雅の言わんとするのは、付き合い始めて、という意味だろう。

こくり、と頷いて見せると、雅はまた、はあっ、と息を吐いた。
けれどそれは、さきほどまでの熱を孕んだものではなくて。

「だいじょうぶ。もう何もしないよ。……でも、その…、…一緒に寝るのは、いい?」

甘えるような、強請るような、控えめな口調に桃子の胸がじんわり温かくなる。

「…それは、もぉが、いま、言おうと思ってた」

桃子の答えに雅は一瞬目を丸くしたけれど、すぐにくすぐったそうに笑って自身のカラダを横たえた。

それから、まだ上体を起こしたまま雅を見下ろしている桃子に両腕を向けて広げて見せる。

「……ここ、くる?」

呼ばれる甘い声に誘われるように、桃子はひどく胸を高鳴らせながら、ゆっくりその腕の中に身を預け、
雅もまた、言葉にするより饒舌に、その少し頼りなくてもどかしい心地好い腕の強さで、桃子を抱きとめた。
209 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:55
「……やっぱ、眠れそうにないや」

ぽつりとつぶやいた桃子の頭上で雅が笑う。

「いいじゃん、眠れるまで起きてようよ」
「このまま?」
「うん。だから、もも、なんか喋って」
「えー、もぉが喋るの?」

反射的にカラダが揺れたが、それを阻むように雅の腕のチカラが強くなった。

「あのね、実習のときの話とか聞きたい」
「えー? うーん…」
「えー、って。イヤなの?」
「イヤっていうか…、…ぅー……、そういうのは、ちょっと恥ずかしいんだけどな…」
「ますます聞きたくなります、ももちセンセー」
「…こんなときだけそう呼ぶんだから」

密着しているから相手の体温はわかるが、顔は見えないので表情はわからない。
それでも、聞きたがる声色から雅が適当に言ったわけではないともわかるから、
桃子も渋々ながら、終わったばかりの実習のことを、心に残っていることから順番に話して聞かせることにした。

話しているうちに当時のことが思い出されて感慨深くなっていたらしく、思うより喋り続けていたことに気づいたのは、
さっきまで聞こえていた相槌や質問が次第に少なくなってきたと感じたからだった。

「……みや?」

もしかして喋りすぎて呆れさせてしまっただろうか、とおそるおそる呼んでみたが返事はない。
代わりに、聞いたことのある規則正しい寝息が聞こえてきた。

「え、寝ちゃったの?」

桃子を抱きとめていた腕のチカラもそのせいか弱くなっていて、桃子が少しカラダを起こしただけでその腕はするりと離れて落ちる。
210 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:56
雅の寝顔は何度も見たことがある。
それは雅に限らず、メンバーのものなら飽きるほどだ。

それでも、今の桃子にとって雅の寝顔は特別だ。
薄く開いた唇が無防備で、無意識に桃子に身を寄せようと上体を傾けてこられて胸が鳴る。

「みや?」

ちょん、と指先で頬を撫でても反応がない。
見るより深く眠っていて呼んでも声は届いてないとわかって、再度桃子は雅の名を呼んだ。

「みや…」

囁くように、けれど今、とてつもなく愛しく感じているその名を。

気のせいか、その口元が緩んだ気がしてギクリとした。
まさか今、この状況で狸寝入りなんてことはないだろうが、悪戯に関しては雅の右に出られる誰かは思いつかない。

もう一度、そろりと頬に触れるとやっぱりその口元は綻ぶが、聞こえてくる寝息は乱れることがなくて、
咄嗟に桃子の脳裏にある考えが浮かぶ。

雅は今、きっと夢を見ている。
そしてその夢は、桃子の夢なのでは?

かあっ、と桃子の顔が熱くなる。
自惚れだとしても、思いこみだと言われても、いま、何気なく呼んだ桃子の声に雅の口元が緩んで見えたのは夢ではない。

『想われている』ということを、こんなカタチで知らされるなんて。
211 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:56
ベッドに落ちていた雅の手の先が僅かに動く。
やっぱり起こしてしまったのかと、桃子が身構えてしまったとき、閉じられていた雅の瞼がゆるりと、だけどすこしだけ持ち上がる。

「…ごめん、起こしちゃった」
「……ももぉ…?」

眠そうに甘えた声で呼んで、その口元が目に見えて綻ぶ。
落ちていた手を持ち上げ、さっきと同じように桃子を抱きしめる。

「…もも…、眠れ…そ…?」
「……うん、みや見てたら、眠くなってきた」

咄嗟に出た嘘だったが、桃子の声を聞いた雅はホッとしたようにカラダからチカラを抜いて目を閉じ、
そのまま、眠りに誘いに来た睡魔に負けて、ゆっくりと夢の中へと落ちて行く。

すぐに聞こえてきた寝息に耳を澄ます。
同時に、抱きしめられたことで近くなった鼓動にも気持ちを向けた。

長い時間、一緒に過ごせる嬉しさと、恥ずかしさと、想われていることに対する高揚感で気持ちは揺れていたけれど、
規則正しい音は無意識に安心をつれてくる。

目を閉じると、カラダの疲れがそれを待っていたように顕著に桃子を眠りへと誘い、
幸せな気持ちと、雅の匂いと、心地好い腕のチカラに包まれながら、やがて桃子も眠りの縁へと落ちついた。
212 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:56

213 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:56

END
214 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 21:57




毎度毎度、捏造三昧で恐縮です。
実は今回更新分は2月の終わりには書き終えていたのですが、
抑揚の薄い、起伏の弱い内容に感じてしまい、投稿することを今まで躊躇しておりました。
あまり動きのない更新内容ではありますが、読んでくださった方に少しでも楽しんでいただけていると嬉しいです。



>>183-187
レスありがとうございます!
毎回まとめてしまって申し訳ありません。
でも、いただいたレスは何度も何度も読み返すほど本当に励みになっています、ありがとうございます。
今後も、ゆる〜い気持ちで見守っていただけると幸いです。
215 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/14(日) 23:04
作者様の書くみやももが本当に大好きでこの小説をしょっちゅう読み返してます。
今日も読もうと思ったら来てたーーー!!!有難うございます!!!
もう本当に良かったです。ドキドキしてます。
また更新して下さるのを楽しみにしています!!!
216 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/04/15(月) 01:08
何でもないような一日なのにこんなにドキドキできる文章を書けるだなんて!!
はぁ…!今回も最高でした!!
大好きです!!
217 名前:名無し飼育 投稿日:2013/04/16(火) 23:55
続きがあったなんて思っていなかったので想定外のうれしい更新でした
暖かくなってきた春の夜にふさわしいほんわかでも少しドキドキさせられる内容でした
また読み返しつつ、次の更新をゆる〜くお待ちしています。
218 名前:名無し飼育さん 投稿日:2013/04/23(火) 17:51
久々にチェックしたら来てたー
更新分を2度読み、1から読み直し、さらに(ry
ニヤニヤが止まりませんね
ゆっくりでもまた続きを書いていただきたいです
219 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/06/02(日) 05:02
雰囲気が丁寧で落ち着いていて読みやすいです! 
出来れば気長に更新待たせていただきます
220 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/07/27(土) 07:23
ここから進展したふたりが読みたいですなぁ
作者さんの丁寧な描写、素晴らしいです
221 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/08/26(月) 14:37
みや生誕記念小説きてるかなって期待したけど_| ̄|○
気長に待ってます。
222 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/09/23(月) 16:52
ここのみやももが恋しいなぁ。
続編、実は待ってますよ!!
223 名前:名無し飼育さん 投稿日:2013/09/28(土) 16:01
続編を切に願います!!
もう何回読み返したか分からないくらい読みました。
2人は一線超えるのか超えないのか、手の早そうなみやびちゃんがどれだけ我慢の子を強いられるのか、
次回の更新を期待せずにはいられません。
作者さんの負担になる事は承知ですが続編を待たせて下さい。
楽しみにしてます!!
224 名前:名無し飼育 投稿日:2014/05/30(金) 12:23
完結してから一年以上経ってる…

作者様のももちとみやびちゃん、読みたいなあ。
なんてワガママをすみません。
225 名前:名無し飼育さん 投稿日:2014/08/21(木) 20:35
久しぶりに読み返しても相変わらずイイ!!
できれば続きが読みたいです。
このレスが作者さんの目に留まりますように。
226 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/08/25(月) 00:02
更新します。
今までのお話とは特に繋がりはありません。
227 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/08/25(月) 00:02

228 名前:another happy birthday 投稿日:2014/08/25(月) 00:02
屋外に出ると、すぐに額や首筋に汗が伝うくらいには残暑厳しい夏の午後。

幸いにも屋内でのスチール撮影だったおかげで外気温に体力が奪われるようなことはなかったけれど、
夜になっても続く連日の蒸し暑さは、最低限必要とする睡眠時間を思うよりも削っているようで。

食事休憩を含んだ、一時間程度のそれほど長くない自由時間。
いつもはたいがい一緒にいるメンバーたちも、今日は自分たちなりに有意義に過ごそうと、
食事を済ませたあとは、あてがわれた控室や休憩室、もっと涼しい会議室など、個々に別れてしまっている。

雅は佐紀と梨沙子と一緒に休憩室にいたのだけれど、
ふたりが眠ってしまったのを確認して、そっと休憩室を抜け出した。

すぐ隣の会議室には千奈美が、廊下を挟んだ反対側の休憩室兼控室には茉麻と友理奈が、それぞれ無防備に寝転んで眠っていた。

そのどちらにも桃子がいなかったことに、雅はほんの少しホッとした。
別に、誰かと居たって構わない。
そこは自分だって好き勝手しているのだから文句を言うつもりなんてない。

でも、ひとりでいるなら、誰かの目を気にする必要もない。
229 名前:another happy birthday 投稿日:2014/08/25(月) 00:03
会議室の向かい側の衣装室をそっと開けると、
突然扉が開いたことに驚いたのか、弾かれたように壁に凭れていた桃子がカラダを起こした。

「…なんだ、みやか」

雅の顔を見た桃子がホッとしたように息をつく。
素っ気ない口調にムッとなったのも事実だが、雅を見る桃子に迷惑そうな雰囲気はなく、
自身の隣に雅が座れるほどの空間を作って奥へ詰めてくれたので気にしないことにした。

桃子の隣に、桃子と同じように壁に凭れる態勢で座る。
いきなり現れたというのに用件を聞かないあたりが、無条件に隣にいることを許されているようで嬉しくなる。

とはいえ、それを言葉にしたりはしないけれど。

「…もも」
「んー?」

眠いのだろうか、どことなく気のない返事。
230 名前:another happy birthday 投稿日:2014/08/25(月) 00:03
隣に座ったことで肩先と二の腕が僅かに触れ合っている。

その触れてる部分からしか伝わってこない体温がもどかしくて、
雅はゆっくり上体の重心を桃子のほうへと傾け、桃子の肩に自身の頭を預けるように乗せてみた。
カラダを揺らすか振り向くか、何かしらアクションがあると思ったのに、
雅の行動は読まれていたのか、何の反応もなくて、少しだけがっかりする。

「……なんでもない」
「なんだそりゃ」

肩に凭れていたので顔は見えなかったけれど、桃子が呆れたように息を吐いたのがわかる。

「…ていうか、その態勢、つらくない?」

体格差で言うと、桃子より背の高い雅が桃子の肩に凭れるのは首筋が反って少々厳しい。
だからと言って逆の態勢を求めるのはなんだか気恥ずかしくて黙ったままでいたら、
微かに鼻先で笑ったあと、桃子がゆっくり肩を引き、そのせいで浮いた雅の頭をそのまま自身の膝へと誘導する。
重力に逆らえない雅のカラダは横になって仰向けになり、意図せず桃子を見上げる態勢になった。

いきなり膝枕される態勢になって咄嗟に言葉を詰まらせてしまったが、
そんな雅を見下ろしてくる桃子は含み笑いを浮かべていて。
231 名前:another happy birthday 投稿日:2014/08/25(月) 00:03
「この距離で顔が見えないのってなんかイヤじゃない?」

気持ちを見透かされた気がした。
それは雅も思ったことだから。

答えに詰まったせいで唇が尖る。
それを目にした桃子の口角が満足そうに上がった。

「もぉね、甘えんぼなみやも好きだよ?」
「…っ、さらっと言うな、バカ」

不意の告白と、雅の切りたての前髪を撫で上げる桃子の手の熱にどきどきする。
上がったままの口角が、雅の言葉をそのとおりに受けとめていないのもわかる。

湧き上がってくる衝動の勢いに任せて雅はその手首に唇を押し付けた。
さすがにそれは予想外だったのだろう、桃子のカラダが、ほんのすこし揺らいだ。

「……そこでいいの?」

普段触れない場所へのキスに戸惑ったはずなのに、それを隠すように含み笑いを浮かべたまま桃子が言う。
悔しいけれど、それに反論する気持ちにはどうしたってなれず、カラダを起こした勢いのまま、雅は桃子の唇を塞いだ。
232 名前:another happy birthday 投稿日:2014/08/25(月) 00:03

233 名前:another happy birthday 投稿日:2014/08/25(月) 00:03
END
234 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/08/25(月) 00:04


そんなわけで。
あんまりお誕生日ネタっぽくないですし、短いですし、実のところ大昔に書いた別のお話の焼き直しではありますが、
夏焼さん生誕、22歳おめ! ということで。


>>215-225
たくさんのレスありがとうございます。
いつもまとめてしまって申し訳ありません。
前回更新時から1年以上たってても、また読み返してくださってたりと、とても嬉しく、そして恐縮です。

今回は昔書いたものの加筆修正という形だったのですが、
正直なところ、今後も書けるか、というとなんとも言えない感じです。
書きたい気持ちはあっても、前回の続き、というものは何も考えてないのが現状でして…。
次、というお約束はできないので、過剰な期待はなさらず、気が向いたときにでも覗いてやってください。

ではまたいつか。

235 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/08/25(月) 23:29
まってました……!
この空気感と距離感が大好きです。
続きを確かに読みたい気持ちもありますが、作者様の書きたいものを、書きたい
ペースで書いてくださったらうれしいです。
更新、ありがとうございました
236 名前:名無し飼育さん 投稿日:2015/03/18(水) 21:18
久々に読み返しました。
やっぱ作者さんのお話大好きです。
続きをお願いしますと言えば負担になるのも分かっていますがどうしても期待せざるを得ません。
無理を承知で言わせて下さい。更新期待してます。
237 名前:名無飼育さん 投稿日:2017/05/11(木) 17:23
セクハラスレから来たんですが
最高ですね〜

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