ジャストスターティング
- 1 名前:宮木 投稿日:2011/11/26(土) 22:55
- フリースレでいくつか書いていました。
9、6、たまに85。
そんな短編をいろいろ。
- 2 名前:宮木 投稿日:2011/11/26(土) 22:56
-
『コーン論』
- 3 名前:コーン論 投稿日:2011/11/26(土) 22:56
- 「まだー?」
「あとちょっと!あとちょっと待って!」
「もうー」
溜息をつきながら教室にある時計を確認する。
ここに来て既に30分は経っていた。
「だいたいわからんっちゃもん、こんなのー」
衣梨奈がギブアップといった表情でぶすくれる。
「わからないから、わかるためにするんでしょ」
トントンと机の上にあるプリントを叩いて里保が呆れる。
テストの点数が悪かった者に配られる補習用のプリント。
まだまだ空白の部分が多いそれを見て、衣梨奈がまた溜息をついた。
- 4 名前:コーン論 投稿日:2011/11/26(土) 22:57
-
どうしてこんなことになってしまったのか。
放課後、一緒に帰ろうと今朝衣梨奈から言われてたことを思い出した里保は、1個上の教室までわざわざ迎えに来た。
なのに、言い出しっぺである衣梨奈はまだ帰る準備をしていなくて。
どうしたのかと覗けば、居残りをさせられていた。
そしてこうやって衣梨奈の居残りが終わるのを里保が待っているというわけである。
頭は悪くないはずなのに、本人の集中力が欠如したためだろう。
「早く終わらせないとえりぽんの好きなテレビ始まっちゃうよ」
「いやだー」
「じゃあ早くしてよ」
「んー」
ジタバタする暇があったら、ペンを動かしてほしい。
果たして帰れるのは何時になるのか。
学年が違うため教えてあげることもできない。
もどかしい時間は過ぎていく。
里保は衣梨奈に負けじと溜息をついた。
- 5 名前:コーン論 投稿日:2011/11/26(土) 22:57
- ◇
「ごめんね、付き合わせて」
「いいよ別に」
すっかり暗くなってしまった帰り道。
結局、衣梨奈の居残りは予想を遥かに越え、下校はたっぷりと遅くなってしまった。
当然、里保もそれに付き合い、こうやって暗くなった夜道を並んで歩いている。
冬が始まったばかりのこの時期。夜になれば当然冷えてくる。
いつもはゆっくり歩くこの帰り道も、早く暖かいところへと思っているのか心なしか少し早足だ。
それは、少し寂しかった。
ぽつりぽつりとある街灯と過ぎる家の窓から漏れる明かり。
その中を歩いていたら、それらとは違う少し強い明かりが2人を照らした。
「今日のお詫びってことでさ」
そう言って衣梨奈が足を止める。
何事かと見れば、自動販売機を指差していた。
- 6 名前:コーン論 投稿日:2011/11/26(土) 22:58
- 「なんか奢る」
「え、いいよ」
「お姉さんが言いよっちゃけん、こういう時は素直に甘えればいいとって」
彼女は妙に年上振りたがる。
普段は里保より子供っぽかったりするのに。
時々こうやって、お姉さんという部分を見せたがる。
そして頑固な性格であることも知っている里保は、もう無下に断らなかった。
どうせ言ったって聞かないだろうし。
だって、ほら。もうお金入れちゃってるし。
「じゃあお言葉に甘えて」
どれがいい?と聞かれコーンポタージュのボタンを押した。
サイダーは好きだけど、こういう寒い日にはやはり温かいものがほしくなるから。
ガコンと音がしてそれが出てくる。
- 7 名前:コーン論 投稿日:2011/11/26(土) 22:58
- 「はい」
「ありがと」
渡された缶は冷えた手には熱過ぎるほどだった。
その熱さに一人あたふたしていると、衣梨奈も里保と同じ物を買い、ヤケドしないように制服の袖で缶を包んだ。
なるほど、そういう手があったか。
真似して制服の袖を引っ張って熱い缶を持ち直す。
そうするとゆっくりと熱が伝わって、冷え切っていた手に感覚が戻ってきた。
熱さに慣れたところでプルタブを開け、あたたかいそれを喉に通す。
口から喉へ、そして腹部へと広がり体をあたためていく。
思わずハァとあたたかい息が零れた。
「あったかぁーい」
横にはとろけるように頬を緩める衣梨奈の顔。
目尻まで垂れている。
- 8 名前:コーン論 投稿日:2011/11/26(土) 22:59
- 「緩みすぎだよ」
「里保だって同じ顔しとーよ」
笑い合う2人は再びゆっくりと歩き出す。
あったまったおかげなのか、足取りは少し遅くなった。
それは、少し嬉しかった。
そしてまた他愛もない会話が始まる。
時折、缶の中身を飲んでは温かい息が白くなるのを見届けて。
「これいっつも飲み干せんっちゃんねー」
しばらくして衣梨奈がぽつりと呟いた。
悔しそうに片目を瞑って中を覗きこんでいる。
スープ自体は飲み終わったものの、底に溜まったコーンがなかなか出て来てくれないらしい。
それは里保も同じだった。
- 9 名前:コーン論 投稿日:2011/11/26(土) 22:59
- 口に当てたまま缶を立てて底をトントンと叩いてる衣梨奈。
それを隣で見ながら、里保はぼんやりと思う。
届きそうで届かない。
掴めそうで掴めない。
それはまさに、彼女のようなものだと。
わかりそうでわからない。
あと少しなのに。
そんな2人の距離みたい。
そしてそんなことを思ってしまう自分に笑う。
どれだけ衣梨奈のことを考えてんだっていう。
- 10 名前:コーン論 投稿日:2011/11/26(土) 22:59
- けれど、何故里保が笑っているのかわからない衣梨奈には不思議だったみたいで。
「なん?どうかしたと?」
「ううん。なんでもない」
「なんそれー教えてよー」
なんだか不服そうな顔で問い詰めてくる衣梨奈の手を、缶で充分にあったまった左手で掴んだ。
あったまったおかげで、衣梨奈の手の感触がよくわかる。
とても柔らかかった。
「寒いから早く帰ろー」
「ちょ、待ってって里保ー」
強引に走り出した里保の顔は、ほんの少し赤い。
寒さでかじかんだせいだと思うことにした。
照れ隠しだなんて、思わない。
今はまだ、絶対に言ってあげない。
- 11 名前:コーン論 投稿日:2011/11/26(土) 23:00
-
『コーン論』おわり
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/27(日) 00:17
- 生鞘…!
自分の中で最近注目度急上昇中のカプです
爽やかでいい感じです
これからも期待してまっす
- 13 名前:宮木 投稿日:2011/11/29(火) 01:37
-
『不器用バーガー』
- 14 名前:不器用バーガー 投稿日:2011/11/29(火) 01:38
-
言えない。
さゆみには言えない。
いくら最近仲良くなったとは言え。
隣に座って机に突っ伏してるれいなに「ハンバーガー1個くらい食えよ」なんて。
さゆみには言えない。
- 15 名前:不器用バーガー 投稿日:2011/11/29(火) 01:39
- ◇
今日は朝からツアー物販の撮影だった。
そして今はマネージャーさんが買ってきてくれた某ファーストフード店のハンバーガーで遅すぎる昼休みをとっている。
広い楽屋。
ワイワイと騒いでいる元気な子もいれば、ひたすらお腹を満たすことに集中するような子や既に次の打ち合わせをしている真面目な子もいる。
各々休憩している中、ポテトを食べながらちらりと横を見ると、盛大な溜め息をつきながられいながぐったりと机に突っ伏していた。
さゆみの記憶が確かなら、れいなは今日1日何も食べていないはず。
なのに、れいなはハンバーガーを食べようとしない。
合間合間にお菓子を食べていたさゆみでさえ、こんなにもお腹が空いているのに、何も食べていないれいなは平気なのだろうか。
少食の上に偏食の同期の小さな背中を見る。
最近、れいなは疲れ気味だとブログに零していた。
もちろん、そう書く前にさゆみは気づいていたし心配もしていた。
- 16 名前:不器用バーガー 投稿日:2011/11/29(火) 01:39
- が、さゆみはれいなに何も言えなかった。
同期だから何でも言える関係だけれど、口出しすることはまた別の話だった。
もしかしたら昔の苦手意識が潜在意識として残ってしまっているのかもしれない。
最近急激に仲良くなったとは言え、揉め事やゴタゴタが何よりも嫌いな自分は、生意気に注意して関係が変わることを避けているのかもしれない。
それが出来るのは―――
そう考えて、やめた。
今この場にその人はいない。
そしてさゆみは声をかけることが出来ない。
携帯をいじりながら、心配してあげることしか出来ない。
しばらくして机の上でブーブーと鈍い音が鳴る。
その発信元の持ち主は相変わらずぐったりとしたまま。
- 17 名前:不器用バーガー 投稿日:2011/11/29(火) 01:40
- 「れいな、携帯鳴ってるよ」
「…ぁー」
だるそうに手を伸ばし携帯を掴むれいな。
しかし途端、表示された名前を見て慌てたように体を起こした。
なんで、今、この人が?
驚き不思議そうに首を傾げるれいなの視線を受け、本当はわかっているのだけれど、曖昧に笑ってみせる。
さゆみがなぜ笑っているのかもわからないれいなは、再び首を傾げながらも携帯を耳にあてた。
「もしもし絵里?なんの用――」
『ハンバーガー1個くらい食えよ!』
突然れいなの電話越しから聞こえた大きな声。
ビクッと跳ねたれいなの体を見てさゆみから思わず小さな笑いが零れる。
「っ、はあ!?いきなりなんよ!」
『ていうかハンバーガー1個くらい食えよ!』
- 18 名前:不器用バーガー 投稿日:2011/11/29(火) 01:40
-
あぁそうだ、この感じだ
電話越しに聞こえた説教じみた声に懐かしむさゆみとは裏腹に、わけがわからないという表情をしたれいな。
そんなれいなに目の前にある手つかずのハンバーガーを指差しながらさゆみは持っていた携帯をひらひらと振ってみせる。
こっそりと絵里に送った『田中さんがハンバーガー食べないんです』というチクりメール。
意図がわかったれいなは呆れたように溜め息をつく。
「もう…」
口から出たのは怒ったような台詞だったが、その顔は笑っていた。
『今日まだ何も食べてないんでしょ?』
「うん。お腹空いとらんもん」
『お腹空いてなくても食べなきゃダメ』
「疲れとうし、食欲ないっちゃん」
『食べないから疲れちゃうんだよ』
絵里からのお説教をれいなは嫌々ながらもきちんと聞いている。
れいなは絵里には逆らえない。
それは昔からだ。
たぶんそのうちハンバーガーも食べるだろう。
- 19 名前:不器用バーガー 投稿日:2011/11/29(火) 01:40
- これなら、今日は大丈夫かもしれない。
れいなの体調不良も少しは改善されるだろう。
そしてさゆみは考える。
今度またこんな場面に遭遇したらどうしようかと。
れいなの体調のために日頃からさゆみが注意が出来るように変わるべきか。
絵里の専売特許であるれいなへのお説教キャラのためにも変わらないでいてあげるべきか。
同期のために変わるべきか、それとも変わらないべきか。
悩んだところでさゆみの答えは決まっているのだけれど。
2人とも不器用だから。
何かきっかけがないと自分から連絡出来ないような2人だから。
れいなの食生活の管理という名目だけは、2人のためにも残しといてあげよう。
それ以外で、さゆみは変わればいい。
れいなと絵里の会話を聞きながら、さゆみは再びハンバーガーにかぶりついた。
隣ではまだ、やいやいと2人が電話越しに騒いでる。
- 20 名前:不器用バーガー 投稿日:2011/11/29(火) 01:41
-
『不器用バーガー』おわり
- 21 名前:宮木 投稿日:2011/11/29(火) 01:42
- 生鞘期待してた方コーンめんなさい。ノノ*^ー^)
>>12 名無し飼育さん
レスありがとうございます。
9期で大注目のカプです。
目指せいくさや普及!
前回書き忘れてたので自分が書いたフリースレのやつを晒しときます。
もっと早くに自スレ立てとくべきでした…
意識はしてないですが、生鞘はこっちと通じてる部分があるのかも。
お暇な方はどうぞ。しかしなんだこの生田率。
『広島産と生ガキさん』
『オカン力!』
『GO back TO』
『家出少女』
『言わない関係』
『青春時代のバイセコー』
『スチューデントティーチャーって言うらしい』
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/29(火) 01:59
- あなたでしたか……!
楽しみすぎる。
生田かわいいよ生田
6期の関係性たのしいです
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/29(火) 06:48
- 面白いと思ってたのばっかだ
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/30(水) 02:55
- 最強6期…!
いいですねー
フリースレのも読んだ作品ばかりでした
どれも好きなんですけど強いて挙げるならということで
特に『家出少女』『青春時代のバイセコー』が好きです
- 25 名前:宮木 投稿日:2011/12/02(金) 20:48
-
『缶蹴りパラドックス』
- 26 名前:缶蹴りパラドックス 投稿日:2011/12/02(金) 20:49
- 缶蹴りをしようと言い出したのは衣梨奈だった。
えっという表情を向けたが、その隣に居た香音がやろうやろうと賛同していたのを見て私は嫌な予感がした。
やっちゃうんだろうな、これ。
今年入った新人特集とかなんとかで私たちは雑誌の撮影で都内の公園に来ていた。
しかしカメラトラブルが起き撮影は一時中断。
解決するにはまだまだ時間が掛かるらしく休憩を言い渡された。
突然与えられた待機時間。
9期と10期の私たち8人はぽっかり開いた時間をどうしようかと話していた。
そこへ冒頭の衣梨奈のセリフである。
- 27 名前:缶蹴りパラドックス 投稿日:2011/12/02(金) 20:50
- 「えぇー疲れるよ」
中学生で今時缶蹴りって。
小学生は2人いるが、高校生だっているのだ。
そう思って反対の意味を込めて言ってみたのだが衣梨奈も香音もやろうやろうとはしゃぐだけ。
こういうの冷めてそうな遥なら「バカみたい」と一蹴してくれるだろうと思いそちらを見ると、意外にも彼女は乗り気だった。
そう言えば学校では男子に混じって活発に遊んでいると言ってたっけ。
その隣にいる優樹は何が行われようとしているのかわかっているのだろうか。謎である。
微妙な表情でぼーっと見ていた。
「まあ楽しそうじゃん」
亜佑美が私の肩を叩きながら多数側の意見に回る。
この子は空気を読むのが上手いらしい。
なかなか侮れない。
もう一人の10期メンバーである春菜を見るといつの間にか空き缶をセットしていた。
さすが最年長。準備がいい。
気が付けば私以外の7人――まあ優樹は置いといて――は皆はしゃいでいて。
こうなったらもう諦めである。
結局、嫌な予感通り、私たちは缶蹴りをすることになってしまった。
- 28 名前:缶蹴りパラドックス 投稿日:2011/12/02(金) 20:51
-
缶のセッティングも終わり、さあ鬼を決めようとしたところで衣梨奈たちとキャッキャッしていた聖が口を挟んだ。
「ところで、缶蹴りってなに?」
その言葉に香音が大げさにずっこけてみせる。
わからないのに乗った聖がよくわからなかったが、どこか抜けているお嬢様だから仕方がないのかもしれない。
私は缶蹴りのルールを簡単に教えてあげた。
ほうほうと興味津々に聖が頷く。
「とりあえず蹴ればいいとって」
衣梨奈が色んなことを端折って教えた。
それで納得した聖もどうかと思ったがもういちいちつっこんでられなかった。
「じゃあ鬼決めよう。ジャンケンね。鬼は20秒数えてスタートってことで」
遥が仕切る。
最年少が仕切る。
でも誰も何も言わない。
「じゃーんけーん「ぽん!」
- 29 名前:缶蹴りパラドックス 投稿日:2011/12/02(金) 20:51
- ◇
「もらったー!」
遥の威勢の良い声と小気味良い缶を蹴る音が公園に響く。
遥に連れられ捕まっていた優樹も脱走した。
「おのれ、くどぅーめ…」
そこには寒空の下、上着を脱いで張り切る里保の姿があった。
「香音ちゃんみーっけ!」
「うわー見つかった…!」
「待っとって!衣梨奈が助けちゃーけん!」
すこーん。きゃーわーきゃー。みつけたー。
なんだかんだ、里保もこういうのが好きなのである。
そう、なんだかんだね。楽しいんだよ。
- 30 名前:缶蹴りパラドックス 投稿日:2011/12/02(金) 20:52
-
『缶蹴りパラドックス』おわり
- 31 名前:宮木 投稿日:2011/12/02(金) 20:53
- 短いけどこういうのもたまーに書きます。たぶん。
>>22 名無飼育さん
そうなんです、意外と書いてました。
周りを巻き込む生田が大好きなのでこれからもどうぞよろしくです。
6期も楽しんでいただけたようでなにより。
>>23 名無飼育さん
その一言がありがたいです。
これからも面白いと思っていただけるよう頑張ります。
>>24 名無飼育さん
6期最強!
読んでくださってどうも。
そうやって具体的に挙げられると照れます。でもすごく嬉しい。
家出少女、好きになってもらってよかった。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/03(土) 06:40
- クジュッキ可愛いですね〜
こういう爽やかなお話も読めて嬉しいです
- 33 名前:宮木 投稿日:2011/12/04(日) 18:56
-
『強情と強行』
- 34 名前:宮木 投稿日:2011/12/04(日) 18:57
- チャイムを鳴らす。
しかし、出ない。
もう一度鳴らす。
1回。2回。3回。
やはり、反応がない。
家にいないのだろうか。
いや、そんなことはない。
なんとなくではあるが、確信があった。そう、勘だ。
ポケットから携帯を取り出し、この家の人物に掛けてみる。
1回。2回。3回。
今度は3コール目で出た。
『……もしもし』
「あのーそろそろ開けてもらえませんかねー」
『んあ、よっすぃーだったんだ』
だるそうな声のあと、足音がして玄関のドアがようやく開いた。
- 35 名前:宮木 投稿日:2011/12/04(日) 18:57
- 「『いらっしゃい』」
携帯からの声と目の前の口から出た声がシンクロして聞こえる。
相変わらずどこか眠そうな表情の後藤が迎えてくれた。
お邪魔しますと声を掛けながら上がると誰もいないよとのんびりとした声が答えた。
「寝てたの?」
「ううん、別に。普通に起きてた」
「じゃあ、居留守しないでよ」
「居留守じゃないよ。隠れてるわけじゃないし。ただ出る気がなかっただけだもん」
頭をぽりぽりと掻いてリビングへと歩いていく後ろ姿を見て、吉澤は呆れるしかなかった。
まったく、この人は。
中身はなんにも変わっていない。
- 36 名前:強情と強行 投稿日:2011/12/04(日) 18:59
- リビングに通されそこにあったソファーに座らされる。
向かいにあるテレビはなにやら二次元の世界を映していた。
「何してたの?」
「ん、ゲーム」
見れば後藤が嵌っているらしい、狩りをするゲームだった。
今はポーズ画面になっている。
冷蔵庫からお茶を注いできた後藤が吉澤の前にコップを置く。
その隣に自分の分のコップを置いたのでそのまま隣に座るかと思いきや、ソファーには座らず地べたに胡坐をかいて座りコントローラーを手に取った。
「まだやんの?」
「いいとこなんだよ」
呆れている吉澤をよそに、後藤はポーズを解いてゲームを再開した。
器用にキーボードを操作して、チャットとやらもこなしていく。
残念ながら吉澤はあまり興味がない。
後藤が集中してるせいか、無言が続く。
こっちは一応客なのに。
- 37 名前:強情と強行 投稿日:2011/12/04(日) 18:59
- だが、吉澤はこういう無言が苦手なわけでもない。
もう随分前に慣れたことだ。
そんな状態がしばらく続いてから、ようやく後藤が口を開いた。
「珍しいね、よっすぃーが来るなんて」
テレビ画面を見ながらコントローラーとキーボードを動かしさらには吉澤と会話をしようと後藤が話し出す。
どうしようもなく、器用なやつだ。
「んーちょっと話しときたいことあったし」
吉澤が意味ありげに呟いたのにもかかわらず、後藤はふーん、と素っ気無い。
こっちを見る気もない後藤の横顔をちらりと一瞥して吉澤は話を切り出した。
「梨華ちゃん、結婚するんだって」
- 38 名前:強情と強行 投稿日:2011/12/04(日) 19:00
- さりげなく、さらっと。
そこに感情を込めないで。
あくまでも情報としてだけ、伝えた。
「………へえ」
しかし吉澤のその言葉も、感心なさそうに後藤はテレビを見つめたまま。
後藤はいつもポーカーフェイスだ。
それは、10年以上も前から変わっていない。
だが、それを見抜く吉澤も変わっていない。
吉澤は見逃さなかった。
後藤の眉がぴくりと動いたのを。
後藤は今、間違いなく動揺している。
それは梨華ちゃんという名前が出てきたから。
そして、結婚という単語が続いたから。
なんでもないような顔を装う後藤が面白い。
でも可哀想だったので吉澤はその続きを話した。
- 39 名前:強情と強行 投稿日:2011/12/04(日) 19:00
-
「……なーんてね。冗談だよ。驚いた?」
石川が結婚するというのは吉澤の冗談だ。
これっぽっちもそんな噂はない。
ただ、後藤をからかいたかっただけだ。
「…つまんないよ、その冗談」
呆れたような声色と、相変わらずテレビの画面を見つめたままの横顔。
だけどやはり吉澤は気づいている。
ほんの少し口角が上がった後藤の口元に。
嘘だとわかって、安心したのだろう。
「でもいつかはするんだろうね」
「ん?」
「結婚。ミキティもやぐっつぁんもしたわけだしさ」
「あぁ」
「次は誰かって。みんな言ってる」
- 40 名前:強情と強行 投稿日:2011/12/04(日) 19:01
- 後藤の生返事が続く。
カチャカチャ。カタカタ。
ゲームの音だけは途切れない。
その流れで吉澤が、今日ここに来た理由、聞きたかったことを口にする。
「ごっちんさ、最近早く結婚したいって言ってるじゃん」
「あぁ、あと1年くらいの内にね」
「相手いるの?」
「んーん、いないよ」
相手がいないのに結婚がしたいと言う後藤。
それは何故か。
吉澤はうすうす気づいてる。
「忘れたいの?」
何をかは言わない。
だが後藤は気づいてる。
吉澤が何を言いたいのか。
何を聞きたいのか。
- 41 名前:強情と強行 投稿日:2011/12/04(日) 19:01
- その問いに後藤が過去を振り返る。
その間、沈黙が続く。
「………わかんない」
しばらくして、ぽつりと後藤が呟いた。
あの時のことを忘れたいから、恋がしたいと思うのではないか。結婚したいと思うのではないか。
吉澤が言いたいことは、そういうことだ。
だが、正直、後藤自身わからなかった。
忘れたいと思っているのか。
だから恋がしたいと思っているのか。
自分のことなのに、わからなかった。
- 42 名前:強情と強行 投稿日:2011/12/04(日) 19:01
- そんな後藤を見て、再度吉澤が問う。
「結局、言ってないの?」
あの子に、好きだということを。
いや、時が経った今だと「好きだった」ということになるのかもしれない。
でも、今もたぶん、まだ。
後藤が胸に秘め続けている想い。
それを後藤は―――
「言わないよ。たぶん、これからも」
相変わらず、無表情で後藤がそう言う。
どうやら、その感情はあの時と変わらず封印すると決めているらしい。
2人だけが知っている後藤の気持ち。
- 43 名前:強情と強行 投稿日:2011/12/04(日) 19:02
- 「つーかさー、あのとき約束したじゃん」
後藤が少しだけ声を大きくした。
うるさかったゲームの音が止まる。
ゲーム画面は一時停止になっている。
「梨華ちゃんのことよろしくねって」
初めて後藤が吉澤を向いた。
真っ直ぐと吉澤の目を見つめている。
「よっすぃーに任せたじゃん」
後藤の言葉にほんの微量の怒気が含まれている。
これ以上、思い出させないでくれと。
まるでそう言っているかのような言葉だった。
- 44 名前:強情と強行 投稿日:2011/12/04(日) 19:02
- 言葉が詰まった吉澤を見て、後藤は溜息をついた。
「もういいんだって…」
「ダメだよ、言わなきゃわかんないよ」
「……わかんなくてもいいんだよ」
「梨華ちゃん鈍感だし、一生知らないままで終わる」
「今更梨華ちゃんが好きって言ったって、どうにかなるわけでもないし」
「それでもちゃんと伝えないと、ごっちんが前に進めないよ」
吉澤の言葉に、後藤の顔が曇ってゆく。
結果がどうであれ、気持ちを清算しないと新しい恋だって出来ない。
吉澤が言いたいことはわかってる。
わかるけれど―――
「梨華ちゃんの隣にはちゃんとよっすぃーがいるじゃん」
小さな声。諦めの言葉。歪んだ後藤の顔。
後藤の苦しそうな姿は、吉澤をも苦しめる。
だが、吉澤はどうすることも出来なかった。
励ますことも慰めることも。
だって吉澤は、その役ではないから。
それをすべき人は、自分ではないから。
2人の間にまた沈黙が訪れた。
- 45 名前:強情と強行 投稿日:2011/12/04(日) 19:03
- ◇
「ごめん、なんか余計なこと言いに来て」
玄関まで見送りに来てくれた後藤に吉澤は小さく頭を下げた。
後藤は「別にいいよ」と気にしてない風に答える。
「…また来てよ」
「……うん」
後藤の誘いに吉澤は頷く。
そして続けた。
「……次はさ、」
「…なに?」
「梨華ちゃん連れてきてもいい?」
吉澤の言葉に、後藤は苦笑いを浮かべながらこくりと頷いた。
「諦め悪いよね、よっすぃーも、あたしも」
苦笑する後藤の声を背に吉澤は歩き出した。
- 46 名前:強情と強行 投稿日:2011/12/04(日) 19:03
-
『強情と強行』おわり
- 47 名前:宮木 投稿日:2011/12/04(日) 19:05
- こんな日だからこそ85年組。
なのに最初タイトル欄入れ忘れたorz
>>32 名無飼育さん
910期はこれからですからね。爽やかさも無限の広がり。
嬉しいとかこっちが嬉しいです、はい。
ありがとうございます。
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/05(月) 01:25
- 大好物な85年組キター
今日はステージで2人を見てきましたよ
そんでもってこの3人の関係性もとても良い感じです
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/09(金) 22:49
- 泣けた
いいね
- 50 名前:宮木 投稿日:2011/12/19(月) 23:05
-
『さぼり』
- 51 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:06
- 「れいな見すぎ」
「美貴姉だって見よーやん」
「しょうがないよ、あんだけかわいかったから見ちゃうでしょ?」
ある晴れた日の屋上。
時刻はお昼を過ぎる前。
フェンス越しにグラウンドに視線を送る2人の影。
似たような雰囲気の後ろ姿。
同じように着崩した制服。
違うのは上履きの色とほんの少しの身長差。
視線の先のグラウンドでは、とあるクラスが体育中。
現在50m走のタイムが計られていた。
「てかほとんど見えねえし。お前さー、あの中に行ってこいよ。れいなのクラスでしょ、あれ」
言われた方――れいなは、美貴の言葉にちらりと視線を横に向け、興味なさげに言葉を吐いた。
「いやだ。体育嫌いやもん」
運動が苦手なのに、誰が好き好んでするもんか。
わーわー言ってるあの中に混じるのも、集団が苦手な自分には拒否する理由としては充分。
だからこうやって、サボっているのに。
- 52 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:08
- …でもまあ、多少未練がないと言ったら嘘になる。
好きな人と一緒の時間を過ごしたいと思うのは、恋する心としては当然だから。
だけど、好きな人にカッコ悪い所を見せたくないと思うのも恋する心のひとつ。
運動神経のない自身のダメっぷりに溜息をついてもう一度グラウンドに視線を戻した。
「はぁ…やっぱりかわいいなあの子」
そう言って美貴が指差したのは一人の女の子。
1年の中でも飛びっきりかわいいと噂の道重さゆみだ。
綺麗な長い黒髪、すらっとした身長とほどよい肉つき。
天然なのか計算なのかこれぞ女の子な性格。
自分のことをかわいいと言う相当なナルシストだが、誰もが頷かないわけにはいかないその容姿。
きっと同じようなことをれいなが言っても、隣にいる美貴に蹴飛ばされるだけだ。
それが許されるのは、きっと彼女だから。
大きい瞳に見つめられたら恋に堕ちないやつはいないとまで言われている。
所謂学年のマドンナ的な存在。
- 53 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:08
- 美貴の指した通りそっちを見る。
が、れいなの視線はその隣。
同じ黒髪でもどこか印象の薄い女の子。
れいなのその視線に気づいた美貴が呆れたように声を出す。
「あの子のどこがいいのさ」
地味なのに、と続けたその言葉に顔をしかめた。
確かに、華はないのかもしれない。
どちらかと言えば薄幸タイプだ。
でも時折見せるふにゃりとした笑顔が、れいなは好きだった。
道重さゆみのその隣、亀井絵里のことが。
- 54 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:09
- 「まあ確かにかわいいけどさ、れいなと真逆すぎでしょ」
そんなこと、美貴に言われなくてもわかってる。
わかってるから、声かけられないんじゃん。
ただの一目惚れ。
同じクラスにいても一度も言葉を交わしたこともない。
優等生タイプと不良タイプ。
接点なんてあるはずもない。
またひとつ溜息をついて、自分には向けられることはないその笑顔をこっそり見つめた。
- 55 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:09
- ◇
つまらない。
体育の授業が終わり昼食前の最後の授業。
美貴が授業に出るというので、一緒にサボる相手がいなくなったれいなも出ることにした。
だけど、久しぶりに出た英語の授業は、やっぱりさっぱりわからない。
教室の一番前、左側の窓際の席。
どうせなら後方がよかったのだが、先生の目が届きやすく、なおかつこっそり抜け出せないようにとこんな席にさせられている。
好きな人がいるのに、一緒にいれる貴重な時間である授業をどうして頻繁にサボるのか。
それは、好きな人をこっそり盗み見ることもままならないこんな席だからだ。
これが後方の席ならば、れいなの出席率は上がっていたかもしれない。
仕方なく頬杖ついて黒板を眺めてみるも、それはまったく不可解なもので。
こうなったらやっぱり、サボるしかない。
れいなの思考回路は至極単純に出来ている。
- 56 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:10
- 「せんせーちょっと具合悪いんで保健室行ってきまーす」
黒板に何やら一生懸命書いている後姿に声をかけながらガタリと音を立て椅子から立ち上がった。
サボるときの常套文句。
一斉に集まる教室中の視線。
振り向いた教師は、困った顔をしていた。
「大丈夫?えっとー、どうしたらいいんだろ…」
いつもなら、れいながこう言うと大抵の先生は呆れ顔で頷くだけなのだが、産休に入った先生の代理のこの新米教師にそれは真っ直ぐ通用しなかったらしい。
あたふた挙句、こんなことを言い出した。
「あ、そうだ!保健委員、連れてってあげて」
「えっ…」
思ってもみなかった展開に、思わず声が漏れてしまった。
心配してくれてるのはありがたい。
でもこっちはただサボるだけであって、本当に体調が悪いわけじゃない。
なのに、なんてことを。
保健委員?冗談じゃない。
保健室も確かにサボりスポットではあるが、そこの先生とは気が合わないのだ。
だがら屋上に行こうとしたのに。
これじゃまともにサボれやしない。
- 57 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:10
- まったく。
誰だよ保健委員。
心の中で文句を唱える。
しかし、ガタンと立ち上がった姿を見て、思考がストップした。
「あ、はい。私、行ってきます」
背後から聞こえた特徴的な甘い声。
振り返った先にいたのは、紛れもなく、亀井さんだった。
「行きましょうか、田中さん」
真っ直ぐと見つめられ、心臓がひとつ、ドクンと強く打った。
- 58 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:11
- ◇
静かな廊下。
キュッと上靴の擦れる音だけが耳に入る。
わざとらしくゆっくりと歩くれいなの前を歩くその後ろ姿は、いつもこっそり見ていた姿。
こんなに近くで見ることがあるなんて、予想もしていなかった。
ましてやいきなり2人きり。
突然の展開に、緊張しないわけがない。
何か話そう。
そうは思うものの、なかなか口が開いてくれない。
ヘタレだなんだと散々美貴にからかわれていたが、今回ばかりは頷かないわけにもいかなかった。
だが、意外にもこの沈黙を先に破ったのは向こうからだった。
5組の教室を通り過ぎたとき、あの舌足らずな甘い声が耳に届いた。
「どこか具合でも悪いの?」
振り向くことなく発せられたその言葉。
それは自身を心配してくれた言葉であり、なんだか無性に嬉しい。
思わず緩みそうになった頬を右手で押さえ答える。
- 59 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:11
- 「べ、別に…どこも悪くないけど…」
嬉しさを隠そうと意識して低い声を出したのだが、思った以上にぶっきらぼうになってしまった。
返す言葉もつまらない上に、たった一言返すだけであがってしまう不器用な自分が情けないと同時に嫌いになる。
せっかく話しかけてくれたのに、会話を広げることも出来ないなんて。
これじゃあ嫌われたかもしれない。
…いや、元より好意なんて抱かれてるわけないのだから嫌われるも何もないか。
なんて自虐的な思考が頭に浮かぶ。
しかし、返ってきた言葉は予想してたものとは違うものだった。
「なーんだ、やっぱりサボるんだぁー」
語尾を伸ばしたどこか楽しそうな声。
その意外な反応にちょっとびっくりした。
こんな自分といても怖がる素振りがないこと。
気のせいかもしれないけれど嬉しくて。
なんだが緊張がほぐれた気がする。
おかげで、さっきから言おうと思ってた言葉がすんなりと出てきた。
- 60 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:12
- 「あのさ…別にいいよ、先教室戻ってて」
どうせサボるだけだから。
どこも体調なんて悪くないんだから、彼女は授業に戻ったほうがいい。
一緒にいれるこの時間は惜しいけれど、優等生の彼女のためにそう言ったのに。
「ダメ、まだ早いもん。一旦保健室まで行ってから戻んないと時間的に不自然でしょ?」
先を行く亀井さんに当たり前のようにそう返された。
どこか説得力のあるその言葉に妙に納得してしまう。
なるほどと呟くと、でしょ?と得意げな声が聞こえた。
「それに、絵里もちょっとサボれるから」
楽しそうに小さく呟く姿はまたもや予想外なもの。
思ったより、話しやすい人なのかもしれない。
少しずつ彼女のイメージが変わっていく。
そんな会話をしながらも歩は進み、段々と保健室へと近づいていく。
それは、亀井さんとの2人きりの時間が終わるということも意味していて。
- 61 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:12
- 湧いてきた焦燥感。
何か、少しでも話したい。
何か、少しでも楽しいことを。
そう思って、前を行く後姿に声をかけてみた。
「じゃあ、このまま2人でサボろっか」
そう、それは冗談のつもりだった。
「だめだよ」なんて窘められると思っていた。
彼女が振り向くまでは。
振り返った顔は、いつもこっそり見ていたあの笑顔で。
ふにゃりと笑ったその顔に、またときめいた。
「いいね。行こっか」
案外、ノリのいい人なのかもしれない。
- 62 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:12
- ◇
屋上の扉を開けると、既に先着がいた。
見慣れた後ろ姿。
珍しく授業に出たと思ったらこの人も結局れいなと同様サボったらしい。
「結局サボってんじゃないっすかー」
「そういうれいなこそサボってんじゃん」
気だるそうな、でもどこか楽しそうな声で振り返った美貴は、れいなの隣にいる人物を見て驚いた顔をした。
だが、それも一瞬。
にやにやした顔になったと思ったらスタスタと扉の方―――こちらへと歩き出した。
「そーいや美貴、用あるんだった」
すれ違い様、れいなの肩をポンと叩いた美貴が耳元で一言囁く。
「よかったじゃん」
カーッと赤くなったれいなを見て楽しげに笑ったあと、「がんばれよ」と一言。
後ろ手でひらひらと手を振る美貴はどこか様になっててかっこよくて、ちょっと悔しい。
- 63 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:13
- 階段へと消えていく美貴の後ろ姿を見ながら、隣にいた亀井さんが口を開いた。
「あの人、藤本先輩だよね?」
「うん。知っとーと?」
「だって藤本先輩、有名だし。田中さん仲いいんだね」
「あぁー、まあ…」
美貴がいなくなった方を見つめる彼女はなんだか楽しそうで、それがなんとなく、面白くなかった。
れいなとなんかよりももっと接点なんてないはずの美貴を知ってることが。
片思いの自分が、嫉妬する資格なんてないのに。
それに2人きりの時間を壊されたみたいな。
なんだか少し悔しくて。
複雑な表情を隠せなかった。
- 64 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:13
- 「どうしたの?」
「いや、別に…」
「そっか」
そんな一人モヤモヤしているれいなを余所に、亀井さんはフェンスに駆け寄って行く。
れいなとは反対に、はしゃぐその目はきらきらしていて、楽しそうに屋上からの風景を眺めてる。
「屋上初めてなんだよねぇ」
眼下に広がる景色にはしゃぐ後姿を見てさっきまでのもやっとした気持ちが晴れていくのを感じた。
好きな人の楽しそうな姿を見ると楽しい。
さっきまでテンション下がっていたのに、恋って単純なもんだ。
思わず笑みが零れる。
「いつもこうしてサボってるの?」
金網に指を掛け、グラウンドを見つめながら亀井さんが言う。
一応立ち入り禁止である屋上。
とは言っても鍵はかかっていないから、自由に出入りできる。
まあ用がない限り、真面目な人は来ないのだろう。
真面目じゃない自分には関係ない話だが。
そう言うと「わーるいんだー」と亀井さんが子供みたく笑った。
- 65 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:13
- 「でもそれなら、結構人くるんじゃない?」
「美貴姉みたいにサボる人か、昼休みにたまーにいちゃつくカップルが来るぐらいでほとんど来ないよ」
答えながら美貴の名を出したことに後悔したが、亀井さんが気になったのはそっちではないらしい。
「カップル、か。いいなあ…」
目を細めて羨ましそうに呟く亀井さん。
その姿を見て一つの疑問が頭に浮ぶ。
ひんやりとしたコンクリートの地面に胡坐を掻きながらその疑問を口にした。
「亀井さんってさ…付き合ってる人、おらんと?」
こんなにかわいいのに。
そういえば、そんな影を聞いたことも見たこともない。
「そんな人、いないよ?」
何故か疑問系で返された答え。
その言い方に思わず笑ってしまって「もぉ」と怒られたけれど、その笑顔には安堵も込められていた。
いるって答えられたらそれこそしばらくは立ち直れなかったかもしれない。
- 66 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:14
- しかしそれと同時に、好きな人なのにこの人のことを全然知らないことが寂しくて。
相変わらずフェンス越しの世界に夢中の亀井さんの背に言葉を掛けた。
「じゃあ、好きな人……は?」
一番気になるこの疑問。
でも口に出したあとで後悔した。
なんで聞いてしまったんだろう。
知ってしまったら、自分の片思いも終わってしまうかもしれないのに。
それでも知りたかったんだと思う。
亀井さんのことが。
好きな人の、好きな人が。
返事が怖い。
それでも知りたい。
ドキドキと妙な緊張感に手に汗が滲む。
「んぅー」としばらく考えたあと、亀井さんは答えた。
- 67 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:14
-
「いるけど…いない、かな」
予想外の答え。
そして意味ありげな言い回しに頭が混乱する。
好きな人が『いる』
そのことは確かにショックだったけれど、逆にその言い方のおかげでショックが和らいだのかもしれない。
相手がどうこうよりも、「いない」の謎を解く方に頭が回ったから。
「は?なんそれ…」
イルケドイナイ?
どんななぞなぞだろう
好きかどうかわからない、とか?
ただの強がり、とか?
照れ隠し、とか?
いるけど、いない?
ぐるぐる回る亀井さんの言葉。
それを止めたのは、やっぱり亀井さんの言葉だった。
- 68 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:15
-
「好きな人はいるけど―――
振り返った亀井さんは、無邪気に笑っていた。
思わず息が詰まる。
目が逸らせない。
ゆっくりと近づいてくるその姿。
しっかりと見つめられて、れいなは動けない。
―――いつも教室には、いない」
にやりと上がった口元。白い八重歯が光る。
笑った言葉にドクンと胸を叩かれた。
「えっ…」
「じゃあ、そろそろ授業に戻るから」
呆然とするれいなをよそに彼女は颯爽と去って行く。
「待ってるね」という一言を残して。
- 69 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:15
-
「何それ…」
一人取り残されたれいな。
両手で顔を覆って項垂れてみる。
たぶん、
きっと、
真っ赤だろう。
彼女の好きな人が誰を指しているのか。
教室にいない人。
待ってるという言葉。
自惚れてもいいのだろうか。
- 70 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:16
-
あの笑顔を思い出す。
誰だ。
彼女は地味だとか言ったやつは。
あんなにも妖しげに笑うじゃないか。
知らなかった彼女の一面。
もっと、知りたくなった。
そして、彼女に知って欲しくなった。
れいなの気持ちを。
4時限目の終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
昼休み、もう一度この屋上に誘ってみよう。
サボりではない、もう一組として。
きっと彼女はあの笑顔で頷いてくれるはず。
隠し切れない笑顔のまま、れいなは勢いよく駆け出した。
- 71 名前:さぼり 投稿日:2011/12/19(月) 23:17
-
『さぼり』おわり
- 72 名前:宮木 投稿日:2011/12/19(月) 23:18
- 亀井さんのイメージは2003〜2004年頃で。
>>48 名無飼育さん
生で見れて羨ましい…!
85年組の関係性はいろんな物語があるので見ても読んでも書いても楽しいです。
まあつまり85年組最高ってことです。
>>49 名無飼育さん
泣けたなんて…
ありがとう。
- 73 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/19(月) 23:28
- みきれなかと思ったらいい意味で裏切られました。
6期の関係が本当に面白いし、『さぼり』も同じぐらい面白いです!
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/20(火) 19:31
- 爽やかな気持ちになりました。
幸薄い時代が懐かしいです。
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/22(木) 01:20
- あーやばい。懐かしいあたたかい気持ちになりました。
みきれなもれなえりも最高です。
- 76 名前:宮木 投稿日:2011/12/24(土) 23:48
-
『T・I・E』
- 77 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:49
-
「マフラーちょうだい」
「いや」
「ケチ」
「里保が忘れたのが悪いっちゃんか」
「しょうがないじゃん。寝坊したんだもん」
拗ねた表情をしながら隣を見上げると、衣梨奈がクスクスと笑っていた。
冬のある朝。
並んで歩く静かな通学路。
寒そうに首をすぼめて歩く里保とあったかそうなマフラーを巻いた衣梨奈。
2人の姿は対照的だった。
- 78 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:49
- 「里保ってさー、意外とだらしないよね」
白い息を吐きながら、衣梨奈が言う。
「忘れ物とか、案外多いし」
「……それは…まあ」
里保は渋々といった表情で肯定する。
衣梨奈に言われるのは心外だったが、そのことは多少認めざるを得なかった。
周りからは「しっかりしている」とよく言われるが、部屋だって散らかってるし、寝坊だってするし、衣梨奈が言ったように忘れ物だってするし。
今日だって、寝坊してしまいバタバタしてここ最近欠かせなかったマフラーを忘れてしまったのである。
まったく、寒いったらない。
しかも衣梨奈にはあり、里保にはない。
それが、なんだか妙に悔しい。
- 79 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:50
- 「半分ちょうだい」
「無理言わんでよ。千切れんし」
里保の要求に途端に困り顔になる衣梨奈。
あまりにも眉が下がってるもんだから里保は思わず笑ってしまった。
そんな里保を見て、一瞬不服そうに頬を膨らませたが、つられて衣梨奈も笑った。
些細なことで笑い合える年齢なのだ、2人は。
「まぁでも、今日くらいは」
そう言って唐突に衣梨奈が立ち止まる。
自分の首に巻かれた白いマフラーに手をかけた。
何をするのかと足を止めた里保を振り向かせ、衣梨奈はマフラーを解くとそれを里保の首に回す。
晒された里保の首。くるくるとマフラーが巻かれる。
- 80 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:50
- 「な、なに?」
ポカンと見つめた先には僅かに緩んだ衣梨奈の口元。里保はされるがまま。
巻き終えた最後、ほんの少し力を入れてギュッと結ばれ、思わず「うえっ」というあまりかわいくない声が漏れてしまった。
それをまた嬉しそうな顔で衣梨奈が笑う。
「マフラー、貸す」
「え…いや、いいよ」
貸してと言ったのは確かに自分自身だが、いざそう言われると戸惑って遠慮してしまう。
あくまでも冗談で、本気で言ったつもりはないのだ。
だって里保は、マフラーがないとすごく寒いということを知っているから。
貸したら今度は衣梨奈が寒くなる。
そう思い、マフラーを解こうとした里保の手を衣梨奈の手が阻止する。
重なった手は冷たい。
- 81 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:51
- 「年上の言うことはちゃんと聞きかんといかんとって」
いつかのようにまた、彼女がお姉さんぶった。
「でも…」
「でも、じゃない。じゃあ貸すけん、放課後には返してね」
「は?え、ちょっと!」
ポンポンと里保の頭を叩いて、衣梨奈が笑いながら駆けて行く。
里保はそれを見つめることしかできなかった。
遠ざかる靴の音とともに衣梨奈の姿が小さくなる。
彼女はいつも唐突で、私を置いてけぼりにする。
「……なにも置いてかなくてもいいじゃん」
残されたマフラーにはまだ衣梨奈の熱が残っていて、少し照れくさかった。
- 82 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:51
- ◇
「おはよー」
「あ、香音ちゃん。おはよう」
衣梨奈に置いていかれつつ、学校に着くと昇降口で香音とばったり会った。
朝から元気な香音は既におしゃべりモードである。
「今日宿題忘れちゃったんだよねー」
「また?いい加減にしないと、こないだみたいに居残りさせられるよ」
「そうなんだよねーあぁもうどうしよう」
「簡単だよ。諦めればいい」
「もー里保ちゃん他人事だと思ってー」
「だって他人事だもん」
他愛もない会話をしながら靴を履き替え、教室へ向かう。
嘆く香音を慰めながら階段を上がり始めたときだった。
- 83 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:51
- 「あれ?そう言えば、里保ちゃんそんなマフラー持ってたっけ」
里保の首に巻かれたマフラーを目に留めて香音が聞いてきた。
見覚えのない、白いマフラー。
里保がいつもしているマフラーは、紺色の地味なマフラーだ。
もちろん今首に巻いているこれは、里保のものではない。
聞かれた里保は、少し考えて答える。
「……あぁ、まーちょっとね」
思わず曖昧に答えてしまった。
衣梨奈から借りた、と説明できなかったのは、たぶん。照れくさかったからだ。
余計なことは詮索されたくない。
だが、どうやらそれも全てお見通しらしい。
「それ、えりちゃんのでしょ」
ニヤニヤとした顔がこちらを向いている。
里保はそれに対し気まずそうな顔を浮かべる。
- 84 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:52
- 香音の顔はいつも笑っていて里保もその顔が好きなのだが、それはあくまでもニコニコであってニヤニヤではない。
つまり、この顔はあまり好きではない。
「………まぁ、そうだけど…」
「照れちゃってー」
「そんなんじゃないよ」
「だいたいいつも一緒なのになんで今日一緒じゃないの?」
「別にいつも一緒ってわけじゃないし」
「えりちゃんのだって、隠すのも怪しいしなー」
「隠したつもりじゃ…」
香音からの質問攻撃に口元を隠すようにマフラーを上げた。
衣梨奈に関することはシャットアウトとでもいうように。
だがしかし、このマフラーは衣梨奈の物。
そんなことをすると、衣梨奈の匂いが広がってさらに彼女のことを意識してしまった。
……失敗した。
どうにも、衣梨奈は里保の周りから離れてくれないらしい。
- 85 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:52
- 「ふーん、まあいいや。じゃ、またね」
「あ、うん。ばいばい」
階段を上りきり、隣のクラスの香音と別れ教室に入る。
強制的に質問攻めは終了となって里保はホッと息をついた。
机に鞄を置いてマフラーを取る。
椅子に座りながら衣梨奈に借りたそのマフラーを見つめ、先程の香音とのやり取りを思い出した。
からかわれるのは恥ずかしい。
でも、なんか照れくさくて。
そして何故だか、嬉しい。
- 86 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:53
- 矛盾するようなその感情。
それが一体なんなのか、里保にはよくわからない。
なんでそもそも、嬉しいと感じるのか。
優越感に似たなにかなのか。それとももっと別の――
考えたところでやめた。
わからないから、もう考えない。
「放課後また迎えに行かなきゃいけないのかな」
里保は小さく呟いてマフラーを丁寧に畳むと鞄の中にしまった。
溜息とともに出た微笑に、里保は気づかない。
- 87 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:53
- ◇
衣梨奈が教室に行くと、クラスメートの聖は既に来ていた。
「おはよー」
机に座っている聖に声をかけながら、衣梨奈もその隣の席に着く。
そしてそのまま机に突っ伏した。
「はぁー疲れたー」
「どうかしたの?」
「さっき走ってきたっちゃん」
里保にマフラーを渡して、そのまま学校まで駆けてきた。
自分でも、何故走ったのかよくわからないまま。
隣を向いた聖が朝から元気だねと笑う。
しばらくして元気を取り戻した衣梨奈が起き上がると、聖があっと声をあげた。
- 88 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:54
- 「なん?どうかした?」
「何か違うなって思ったんだけどさ」
「ん?」
「今日マフラーしてないの?」
衣梨奈の寂しい首元を見て、聖が疑問に思ったこと。
いつもしている白いマフラー。
確か最近買ったばかりで毎日着けていたのに、今日はそれがない。
「うん。里保に貸したけん」
「へぇーあれ、えりぽんすごい気に入ってたのに」
それを簡単に貸すなんて。
聖にとってそれは少し意外だったらしい。
「里保忘れたらしくてさ、寒そうにしとったしねー」
「優しいね、えりぽんは」
ふんわりと笑って、聖が褒める。
その笑顔に、衣梨奈が照れる。
- 89 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:54
-
でも、聖は知らない。
たぶん、里保も気づいてない。
何故、衣梨奈がマフラーを貸したのか。
里保にマフラーを巻いてあげたのか。
その本当の理由を。
―――繋がってたいから、って言ったら里保はなんて言うかな
私のものというマーキング。
繋がっていたいというチェーン。
小さな独占欲と周りへのささやかな抵抗。
離れないし、放さない。
衣梨奈なりの小さな小さな意思表示。
衣梨奈の気持ちに、里保はまだ気づかない。
だからまだ、言わない。
- 90 名前:T・I・E 投稿日:2011/12/24(土) 23:55
-
『T・I・E』おわり
- 91 名前:宮木 投稿日:2011/12/24(土) 23:56
- これもまたある種『言わない関係』
>>73 名無飼育さん
裏切っちゃいましたかー。
6期もいろんな組み合わせがあって色が違うので面白いですよね。
>>74 名無飼育さん
思えば亀井さんの幸薄時代は初期だけでしたね。
学園物は爽やかさが大事なのでありがたいです。
>>75 名無飼育さん
懐かしんでいただけて何より。
みきれなの師弟っぽい感じが個人的に好きです。
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/25(日) 00:43
- きゅんきゅんすると言いますか微笑ましいと言いますか
青春っていいですね。9期いいですね。
作者さんのお陰で完全にいくさやに目覚めました。
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/01/02(月) 00:23
- 続きキテター
- 94 名前:宮木 投稿日:2012/01/06(金) 23:33
-
『サイレント×スペース』
- 95 名前:サイレント×スペース 投稿日:2012/01/06(金) 23:33
- 「失恋した人ってどうやって慰めたらいいと?」
ちらりと横に目をやると、れいなはこちらを見るわけでもなく当たり前のようにテレビを見ている。
言葉を発する前と、なんら変わりはないその態度。
ソファに座る二人。
突然すぎるその言葉。
失恋した人というのが自分を指していることは、自分が一番わかっていた。
心当たりがありすぎる。
そしてそれは、れいなもわかってるはず。
失恋した本人に聞くってのが、れいならしくて思わず笑ってしまう。
「そばにいてくれるだけでいいんじゃない?」
あくまでも他人事のように。
第三者的な意見であるように。
れいなの真似をして答えた。
- 96 名前:サイレント×スペース 投稿日:2012/01/06(金) 23:34
- 「ふーん」
自分で聞いたくせに興味なさそうに呟くれいなはやっぱり普段と変わらない。
そんなれいなに頼りたくなる自分がいた。
誰でもよかったのか、はたまたれいながよかったのか。
それは自分でもわからない。
「あとは、ちょっと肩貸してあげるとか」
そう言って、さゆみより低い位置にあるその左肩に頭を乗っけても、れいなは変わらない。
れいなは何も言わない。
何も言わないでいてくれる。
その優しさが、つらいほど伝わるから。
もっと頼ってしまう。
弱い自分が酷く情けない。
- 97 名前:サイレント×スペース 投稿日:2012/01/06(金) 23:34
-
「あと、…ちょっと抱きしめてくれるとか」
零れた涙がれいなの肩口に染みていく。
優しく背中に回ったれいなの腕は、さゆみのに比べて段違いに細かったけれど、段違いに力強かった。
華奢な肩に顔を埋めても、何も言わないれいな。
全部見透かされてるようで恥ずかしかったから、ついふざけてしまう自分が子供だと思えた。
「ちょっとくらい…何か、頭撫でてくれてもいいんじゃないかなー」
「出た上から目線。大人しく泣いとけよ」
ふざけた口調で言えば笑って返してくれるその言葉はやっぱり優しくて。
その器用な不器用さに存分に甘えることにした。
場違いなテレビのノイズがかき消してくれると思うから。
れいなはきっと知らんふりをしてくれると思うから。
小さくて細い、
でも大きなれいなの背中にそっと腕を回した。
- 98 名前:サイレント×スペース 投稿日:2012/01/06(金) 23:35
-
『サイレント×スペース』おわり
- 99 名前:宮木 投稿日:2012/01/06(金) 23:36
-
『さんのーがーはい!』
- 100 名前:さんのーがーはい! 投稿日:2012/01/06(金) 23:36
- 「準備いい?」
衣梨奈が聖の顔を見る。
「う、うん…でも…ちょっと待って」
聖の方はまだ、決心がつかないようだった。
「早くしないと」
見張り役の香音がとことことやって来て注意を促す。
「時間ないって」
時計を確認した里保が更に煽る。
「わ、わかってるよ……よ、よしっ、やろう!」
ようやく聖が決意を固める。
仕切りたがりの衣梨奈が全員の顔を見る。
- 101 名前:さんのーがーはい! 投稿日:2012/01/06(金) 23:37
- 「じゃあいい?」
3人はこくりと頷いて衣梨奈を見る。
そして掛け声を――
「よし、さんのーがー…―――」
「「「え?」」」
「ちょ、ちょっと待って」
「…なん?」
中断された衣梨奈が不服そうな顔で里保を見る。
「さんのーがー…?なにそれ」
「『さんはい』とか『せーの』って意味やんか」
当たり前のような口調でそう言われても3人ともわからない。
「方言だよ、それ」
「わかるわけないじゃん」
「博多弁かわいいー」
香音、里保、聖の順でそれぞれ衣梨奈に突っ込む。
…約一名妙な者もいたが。
- 102 名前:さんのーがーはい! 投稿日:2012/01/06(金) 23:37
- 「さんのーがーはい!って逆にタイミング取りづらいよ」
「『のーがー』ってなに」
「いいやん衣梨奈はそれで育ってきたっちゃけん」
「まーまーもういいから。ほら、早くしないと」
誰よりも早く気を取り直した意外としっかり者の香音が急かす。
「じゃあもっかいね」
「なんだっけ、『さんのーがーはい!』?」
「うん」
「じゃあそれでいこう」
もう一度、意を決心して。
「「「「さんのーがーはい!」」」」
4人はバッドを振り下ろして職員室の窓を叩き割った。
少女たちの革命が、今、始まる。
- 103 名前:さんのーがーはい! 投稿日:2012/01/06(金) 23:38
-
『さんのーがーはい!』おわり
- 104 名前:宮木 投稿日:2012/01/06(金) 23:38
-
『三羽烏の賭け事』
- 105 名前:三羽烏の賭け事 投稿日:2012/01/06(金) 23:39
- 「おいおいまた来てるよあの子」
「毎日毎日ほんと飽きないよなー」
「ところで誰目当てなんだろうね」
3人の視線の先にはフェンス越しにフットサル部であるこちらを見つめる1人の女の子。
どうもその視線は熱っぽい。
「美貴でしょ」
「あたしでしょ」
「いーや、私だね」
三者三様に魅力的なこの3人。
モテる3人は女の子の目当ては自分だ自分だと譲らない。
- 106 名前:三羽烏の賭け事 投稿日:2012/01/06(金) 23:39
- 「それならば、賭けをしようじゃないか」
あの子が好きなのは、誰なのか。
1人の口から出たその提案に、残る2人も賛成の意を表す。
ルールは、単純。
あの子の目当てが誰なのか、それを当てること。
もちろん3人は自分に賭ける。
そしてもう一つのルール。
自分からは決して声を掛けない。
向こうが動くまで待つ。
直接口説くのは反則というわけだ。
そしてその日から始まった3人のアピールタイム。
もし仮に自分じゃなかったとしても、それを奪う勢いだ。
好きになってもらえばいいのだから、最終的には。
そんなわけで3人の練習にはいっそう熱が入る。
10番吉澤は部長らしくチームを仕切ってみせ、
14番後藤が普段はあまり見せない爽やかな笑顔を振りまけば、
6番藤本がユニフォームの襟を立てて周りとは違う姿でオシャレっぷりを主張。
そしたらまた負けじと吉澤が華麗なドリブルを見せ、後藤が巧みなリフティングを、藤本が力強いシュートを放ってはアピールする。
- 107 名前:三羽烏の賭け事 投稿日:2012/01/06(金) 23:40
- そんな日々がしばらく続き、とうとう終わりの日がやってきた。
いつもは見ているだけだった女の子が何かを決心したような顔つきで3人のところへやってきたのだ。
「おっ、きたきた」
3人が固唾を呑んでその子の動向を見つめる。
立ち止まったのは、―――吉澤の前。
ちっなんだ結局吉澤かよという藤本と後藤の溜息が聞こえてくるが吉澤はニタニタしていて耳に入らない。
よし、べーグル一週間分ゲットと内心ほくそえんだ吉澤に、女の子が口を開いた。
「あの、フットサル部に入りたいんですけど」
女の子は9番の背番号をもらい吉澤はべーグルまみれの夢を逃した。
- 108 名前:三羽烏の賭け事 投稿日:2012/01/06(金) 23:40
-
『三羽烏の賭け事』おわり
- 109 名前:宮木 投稿日:2012/01/06(金) 23:41
- 新年一発目ということでSS×3
こんな感じですが、今年もどうぞよろしくお願いします。
>>92 名無飼育さん
なんてったってキュン期ですから。
大人になり始める前の中学時代の青春はキラッキラしてますよね。
いくさや普及を目指している自分としては嬉しいことこの上ないです。
>>93 名無飼育さん
そんなつもりはなかったのにいつの間にかシリーズ物になってました。
このシリーズの2人はいつになったら思いを伝えてくれるのでしょう。
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/01/07(土) 16:24
- 背番号が懐かしい…!
短いお話もそれぞれ面白いです
キュン期かわいいよキュン期
- 111 名前:宮木 投稿日:2012/01/15(日) 01:46
-
『distant past』
- 112 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:47
-
周囲を見渡して人影がないのを確認すると、目の前にあるフェンスに手を掛けた。
フェンスの軋む音が侘しく響く。
低いフェンスを乗り越え侵入した4年振りの学校は夜の静寂に包まれてひっそりとしている。
あの頃と変わらない校舎を見上げ、れいなは当時のことを思い出していた。
- 113 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:48
- ◇
先輩と出会ったのは食堂横の売店だった。
高校に入学して割と間もない頃だったと思う。
昼食は毎朝学校に来る途中のコンビニで買っていたれいなはその日、寝坊してコンビニに寄る暇がなかった。
昼休みに突入してすぐに売店に来ないと比較的マシなパンは売切れてしまうというのは、そのとき初めて知ったことである。
れいなが売店に着いた頃には既にほとんどのパンは売り切れていた。
「美貴あんこ嫌いだからあんぱん食べれないんだって」
声が聞こえたのはれいなが唯一残っていた具がほとんど入っていないと噂の焼きそばパンを手に持っていたときだった。
背後から聞こえたその声は、少し鼻にかかったような独特な声質で喧騒の中でもよく響いた。
聞き覚えのないその声がおそらく隣にいる友人か誰かに言った言葉であろうと思ったれいなは、特に気にすることもなくパンの代金をおばちゃんに差し出しておつりを受け取ろうとしていた。
「あ、ねえねえ交換してよ。ていうかしろ」
問答無用だった。
気が付いたられいなの手にはいつの間にかあんぱんが握られていて、目の前には満足そうにれいなのものだった焼きそばパンを持って笑っている人がいた。
呆気にとられる。
その人の口が「どうも」と動く。
綺麗でどこか怖い笑顔だった。
それが藤本先輩との出会いだった。
- 114 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:48
- グラウンドを突っ切って校舎の横、建物に沿うようにある非常階段を上がる。
昔からここの扉の鍵は壊れていて、自由に出入り出来た。
それを教えてくれたのは藤本先輩だった。
あの売店での出来事から先輩とどうやって仲良くなったのかはあまり覚えていない。
梅雨が明けた頃には一緒にいるのが当たり前になっていた気がする。
辿りついた屋上への扉。
錆び付いたドアノブをゆっくり回す。
持ち上げるようにして回すと開きやすいとコツを教えてくれたのもやっぱり先輩だった。
「田中ちゃんもさ、サボるときはここを使うといいよ」
- 115 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:49
- ◇
先輩はれいなのことを基本的に「田中ちゃん」と呼んでいたけれど、たまに下の名で「れいな」と呼び捨てにすることもあったし、時には「田中」と素っ気無く呼ぶこともあった。
つまりその日の気分次第で呼び名が変わるのである。
それは先輩にとって非常に珍しいことだと気づいたのは、出会ってしばらく行動を共にするようになってからだった。
先輩の友人たちの呼び名は「よっちゃん」「梨華ちゃん」「ごっちん」と固定していたし、れいなの友人たちの名前ですら「亀ちゃん」「重さん」と固定していたのだ。
なのに、れいなの呼び方だけ曖昧だった。
いつまで経っても。それは結局、最後の最後まで。
ただの名字で素っ気無く感じる日もあれば、下の名前を呼び捨てに呼ばれ親近感を感じる日もある。
それがすごく不思議で、同時に少し不安でもあった。
割合に先輩からは可愛がられていたと思うし、れいなは先輩を慕っていたと思う。
だからその分、不安だった。
近いようで、遠いよう。
そんな距離感を感じたまま。
たぶん、先輩にとってもよくわからない感じだったのだと思う。
れいなとの距離感をどう扱うか。
先輩の友人である吉澤さんによると、先輩のことを慕ってきた後輩はれいなが初めてだったと言うから。
どう接したらいいのかわからなかったのだと思う。
今ではぼんやりとそう思うことが出来るけれど、結局のところはよくわからない。
あれから時は流れ、高校を卒業したと同時に先輩とは疎遠になっていたから。
- 116 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:49
- 4時間前のことである。
バイトをしているコンビニに偶然、高校時代の友人がやってきた。
絵里が店に入ってきた時、れいなは初め彼女が誰だかわからなかった。
少女から女に成長していた絵里にどこか余所余所しさを感じてしまったのはその所為だ。
向こうから声を掛けてもらわなければ、仮に気づいたとしても声を掛けることは出来なかっただろう。
店が暇な時間帯ということもあり、随分話し込んでしまった気がする。
絵里との懐かし話が、高校時代の思い出話に移ったときだった。
「そういえばさ、藤本先輩結婚するんだってね」
唐突だった。
あまりにも不意打ちだった。
「えっ」
呆然としてしまったのは、仕方のないことだろう。
そんな大事なことをれいなは何一つ知らなかったのだから。
- 117 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:50
- 「あれ?れいな知らなかったの?」
「あ…うん…」
どこかで思っていたのかもしれない。
先輩は結婚しないかもなって。
そんなわけはないのに。
大抵の女は結婚し、子を産む。そうして世界は創られてきたのだから。
先輩だって女だ。
恋をするだろうし、結婚だってそう。
ただ、酷く寂しかった。
先輩が結婚することも。
それを知らなかったことも。
たぶん、後者の理由の方が、れいなに衝撃を与えていたのかもしれない。
- 118 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:51
- やっぱりどこかで思っていたのかもしれない。
先輩が真っ先にそういったことを教えてくれるのは、れいなかもしれないと。
先輩と一番仲良くしていた後輩は自分だと思っていたから。
だから、れいなが知らない先輩のことを絵里が知っているということは酷く寂しく、そして悲しかった。
その後、れいなは絵里に先輩の結婚のことをどこで聞いたのか聞けずに別れた。
――もしそれが、先輩から直接聞いたのだとしたら。
先輩と一番仲が良かったわけではなく、あくまでも一番「最初に」仲良くなっただけということを考えるのが怖かったのかもしれない。
- 119 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:51
- 扉を開き、目の前に現れた殺風景な屋上。
見上げた空には薄雲の合間にぽっかりと浮かぶ月の姿。
胡坐を掻いて座り込んだコンクリートはひんやりと冷たい。
ポケットから、バイト終わりに買ってきた缶コーヒーを取り出した。
- 120 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:51
- ◇
文化祭の日だった。
模擬店の係をサボって屋上に行くと、先輩はいつものようにれいなより先にいて同じようにサボっていた。
「こんなときまでまたサボるのかよ」
れいなを見てそう笑った先輩に「そっちこそ」と言い返すと、先輩はポケットからおもむろに食券を取り出した。
見ればそれは先輩のクラスが出している喫茶店のコーヒーの引換券だった。
「水飲んだ方がマシ」
そう言ってれいなにその券を押し付けた先輩はムスッとした表情を隠さずこう言った。
「美貴が喫茶店開いたらこんなもんより数倍美味しいコーヒー出すよ」
冗談だったかもしれないし、もしかしたらそれは先輩の夢だったのかもしれない。
れいなといる時、先輩はカッコつけでも何でもなくコーヒーを愛飲していたから。
「だったら毎日通います」と言ったれいなに「コーヒーの味がわかるようになってから言え」と笑われたことを思い出す。
結局、先輩が喫茶店を開いたかどうか、れいなは知らない。
- 121 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:52
- 缶コーヒーを開ける。
コーヒーの良さは未だにわからない。
久しぶりに飲んだこれも、やっぱり苦いと感じる。
置いてけぼりというのは、こういうことを言うのだろうか。
今まさにそんな感じだなと苦いコーヒーを喉に通し思う。
- 122 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:52
- ◇
卒業式の日。
先輩は屋上にいた。
いつもは空を仰いでいた先輩が、その日はフェンス越しの世界を見下ろしていたことを覚えている。
近づいていくと洟を啜る音が聞こえた。
「花粉症なんだよ」
言い訳がましく聞こえたのは先輩の背中が小さく見えたからかもしれない。
振り返った先輩はいつも通りだった。
いつも通り、不機嫌そうだった。
だから、れいなは何も言えなくなってしまった。
言いたいことも聞きたいことも、たくさんあったはずなのに。
「卒業しなきゃね、花粉症からも」
握られていたポケットティッシュをれいなに押し付けた先輩は「れいなにあげる」と一言言って出て行ってしまった。
駅前で配られているような広告写真の入った可愛げのないポケットティッシュ。
呆気に取られ顔を上げると、先輩は気だるそうに階段を下りるところだった。
れいなが見た先輩の姿は、それが最後だ。
れいなと呼んだ先輩の声も、それが最後だ。
- 123 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:53
-
あの時もらったポケットティッシュは今でも取ってある。
……というのは嘘である。
3日と経たないうちに無神経な絵里によって使われてしまった。
「花粉症から“も”」と言った先輩の顔を思い出す。
あの時、先輩は何を卒業したかったのだろうか。
単純に「学校を」と考えるには、あの表情は寂しすぎた。
それもまた、結局わからず仕舞いだ。
- 124 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:53
- ポケットから携帯電話を取り出す。
アドレス帳から先輩の名前を引っ張り出す。
ディスプレイに表示された名前。
久しぶりに見てそう言えば先輩の名前は美貴だったと思い出した。
れいなの中での先輩はあくまでも先輩だったからすっかり忘れていた。
それだけ、時が経ってるということなのかもしれない。
- 125 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:54
- ◇
れいなが高校に入って初めての夏休みを迎える頃に携帯の番号を教えてもらった。
というより勝手に登録されていた。
1年の夏休み、補習がない日はほとんど先輩に呼び出されていたような気がする。
うだるような暑さの中、先輩の友人たちと一緒にいろんなところへ遊びに行った。
買い物とかカラオケとか海とか。
お金が掛からないからと公園やお互いの自宅でただひたすらグダグダしている日も多かった。
先輩が卒業してから、つまり2年や3年の時にも当たり前に夏休みはあったはずなのに、1年の時のことをより色濃く覚えているのは何故だろう。
たった1年間だけの付き合いなのに、どうしてこうも先輩のことを思い出すのだろう。
- 126 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:54
- 090から始まる11桁の数字。
通話ボタンを押そうとした指が躊躇う。
電話を掛けたところで、何を言うか決めていなかった。
上手く話せるのかもわからなかった。
久しぶりです
元気ですか
結婚するって本当ですか
なんで教えてくれなかったんですか
逡巡した結果、諦める。
聞いたところで何が生まれるわけでもない。
- 127 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:55
- その下にあるメールアドレスを押して短い文を打った。
慣れた手つきで今度は送信ボタンを押す。
『美貴姉、おめでとうございます』
押してから気が付いた。
そう言えば、先輩は美貴姉だった、と。
先輩がれいなの呼び名を迷っていたように、
れいなだって先輩の呼び名を迷っていた時期があった。
結局、不器用だった故にその距離感を測りかねていたのはお互い様だったのだ。
- 128 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:55
- 送信しましたの文字が浮かぶ。
空を仰ぐ。
月明かりが照らす。
目を瞑って息を吸った。
酷く、懐かしくなった。
程なくして震えた携帯。
先輩からの着信だった。
きっと、あの頃と変わらぬ声なんだろう。
田中ちゃんか
れいなか
田中か
どれでもいい。
ただ、声が聞きたいと思った。
一つ息を吐いて、れいなは通話ボタンを押した。
- 129 名前:distant past 投稿日:2012/01/15(日) 01:56
-
『distant past』おわり
- 130 名前:宮木 投稿日:2012/01/15(日) 01:58
- 絶滅危惧種の組み合わせ万歳
>>110 名無飼育さん
後藤さんのガッタス時代の背番号なんだっけって一瞬考えてしまいました。
キュンキュン話を少しでもお届けできたらなと思います。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/01/17(火) 18:56
- 田中さんは実際の見た目は派手だけど、
こういう健気でいじらしい役が似合うと思います。
それと学パロ好きなので嬉しいです。
これからも楽しみにしてます。
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/01/25(水) 02:13
- 時間は経ったけど、れいなは後輩が似合うね
- 133 名前:宮木 投稿日:2012/03/28(水) 23:12
-
『幸福宣言』
- 134 名前:幸福宣言 投稿日:2012/03/28(水) 23:13
- 「あ、重さん。来てくれたんだ」
「………」
「忙しいのにごめんね。そういや重さん赤ちゃんとか好きだったよね、抱っこする?」
「………」
「……どしたの?」
「………」
「…………おーい、重さーん」
「なんで…」
「ん?」
「なんで女の子じゃないんですか」
「は?」
「女の子だったらさゆみものすごく可愛がったのに、なんで男の子産むんですか!」
「突然なに?てか男の子でも可愛がってよ」
「女の子だったらいっぱいお洋服買ってさゆみ好みにオシャレさせていっぱい遊んでいっぱい写真撮って…」
「いや、美貴の子供だから。勝手に重さん色に染めないで」
「さゆみの計画台無しじゃないですか」
「重さんの計画とか知らないし」
「ゆくゆくはモーニング娘。に入れてさゆみがリーダーになって教育係になってって考えてたんですよ」
「それまでいないでしょ」
「いるかもしれないじゃないですか」
- 135 名前:幸福宣言 投稿日:2012/03/28(水) 23:14
- 「そんなに女の子が欲しいなら重さんさ、自分で産みなよ」
「さゆみは藤本さんじゃないです」
「……はあ?」
「さゆみは誰かみたいに好きな人出来たからって勝手に脱退したり、秋ツアー直前に妊娠したりしません」
「そ、それは…」
「誰かみたいに突然さゆみの前からいなくなるような、そんな身勝手すぎる自由すぎる人なんて、さゆみはっ……さゆみは…」
「重さん…」
「だからさゆみ、この子と結婚します」
「はあ?どうしてそうなんの?」
「そしたらもう藤本さんと離れることもないじゃないですか」
「いやいやいや意味わかんないし。やだよ絶対」
「あっ、あともう一人産んでください。今度こそはぜひ女の子で」
「………」
「それなら義理だけどさゆみお姉ちゃんになれますよね。ずっと夢だったんですよ、お姉ちゃんになるの。
昔から妹が欲しくてお母さんにねだったんですけど、さすがに今となっては無理だなーって諦めてたんですけど」
「………」
「安心してください、冗談ですから」
「…知ってる」
- 136 名前:幸福宣言 投稿日:2012/03/28(水) 23:15
- 「じゃあ、そういうことで。さゆみ行きますね」
「え、もう?」
「このあと仕事あるんです」
「そっか。落ち着いたらまたおいでよ」
「…結婚しようが子供産もうがいつまで経っても藤本さんは藤本さんなんですよね。悔しいくらいに」
「なにが言いたいの?」
「さゆみたちと一緒に娘。やってた期間よりも脱退してからの方が長いって知ってました?」
「そう言えば、そうか…でも、それがなに?」
「こうやってどんどん昔のことになってくんですよね。あの頃が遠くなるごとにこの子は大きくなるんですよね」
「重さん…」
「そしてあっという間にさゆみたちと一緒にいた期間なんか越しちゃって、ずっとずっと長い間この子と過ごしていくんですよね。それっ
てちょっと寂しいって知ってます?」
「………」
「さゆみ、結構可愛がられてた方だったと思ってます。でもこれからはその愛情も全部この子に行くんですよね」
「……うん、そうだね」
「でも、藤本さん自身はなんにも変わらないんですよね」
「……うん、そうかな」
「本当は重さんってあだ名好きじゃないんです」
「……うん、知ってる」
「でも藤本さんだから許したんです」
「ご出産おめでとうございます、藤本さん」
「……うん、ありがと」
「さゆみ、藤本さんよりもっともっと幸せになりますから」
- 137 名前:宮木 投稿日:2012/03/28(水) 23:15
-
『幸福宣言』おわり
- 138 名前:宮木 投稿日:2012/03/28(水) 23:16
-
『炭酸の甘酸』
- 139 名前:宮木 投稿日:2012/03/28(水) 23:16
-
恋は炭酸みたいだと、あの人は言った。
訳がわからず、そしてその表情を隠さずそちらを向くと柔らかい笑顔であの人は続けた。
「でも時間が経つとあまり美味しくないんだよ」
- 140 名前:宮木 投稿日:2012/03/28(水) 23:18
- ◇
ダンスレッスンが予定より早く終わり、スタジオ内は開放感からかどこか浮かれたお疲れ様という声が飛び交っていた。
さっさと帰ってしまうメンバーやこれからどこかご飯でも行こうと相談しているメンバーを横目に、里保は鞄の中に入れていた携帯と一緒に硬貨を数枚取り出した。
今日はこのあと、母親とご飯を食べに行く予定となっている。
迎えに来てくれる母親に終わったことを告げるメールを手早く送って携帯をポケットに突っ込む。
スタジオの扉を開け廊下に出ると、すぐに後ろから来た誰かに腕をとられた。
「自販機行くっちゃろ?」
絡まれた右腕を辿り顔を上げれば、嬉しそうに目を細めている衣梨奈がいた。
なんで彼女は気づいたのだろう。
そう思ったけれどどうせ「勘」とか短い言葉で返されることは目に見えていたので何も言わなかった。
「うん」と返すと「じゃあ一緒行こ」と衣梨奈はそのままついてくる。
周りを見ない性格だと思っていたけれど、こういうときだけ無駄に気づく彼女。
それに気づいたのは、いつだっただろう。
廊下の突き当たりにある自動販売機に着くまで、衣梨奈の腕は里保の腕に絡んでいた。
それを拒まないのはきっと里保の中にある諦めという感情のせいだと思う。
自動販売機の前に着いて腕が離れても、何も思わなかったのはそのためだ。
寂しいなんて、思わない。
- 141 名前:宮木 投稿日:2012/03/28(水) 23:19
- どれにしようか悩んでいる衣梨奈の隣で、何を買うか決めていた里保は迷うことなくボタンを押す。
大好きなサイダーを手にした里保の姿を見て、隣に居た衣梨奈は「またぁ?」と呆れた声を出した。
「だって好きなんだもん」
喉を通るときの炭酸の弾ける感じとほどよい甘さ。
その爽快感が里保は大好きだった。
それが火照っているときなら、なおさら美味しく感じるから。
小銭を入れている衣梨奈を横目に見ながら、キャップを捻り冷たいそれを喉に流し込む。
ゴクリと飲み込むと炭酸が痛いほどに弾けていく。
幸せの瞬間だ。
「里保はもう帰ると?」
ガコンと落ちてきたペットボトルを自動販売機から取り出しながら衣梨奈が聞く。
衣梨奈が選んだのは青いラベルの無難なスポーツ飲料だった。
「うん。さっきお母さんにメールしたし」
「なんだつまらーん。遊べるかと思ったのに」
「さすがに今からえりぽんと遊ぶ気力はない」
「ちょっとそれどういう意味ー」
「深い意味はないよ」
- 142 名前:宮木 投稿日:2012/03/28(水) 23:19
- そう衣梨奈に返したところでタイミングよくポケットの携帯が震えた。
振動を止めながら携帯を開き、メールを確認する。
「あ…」
「ん?お母さんから?」
「あー、うん」
そのメールは迎えに来てくれるはずの母親からだった。
内容は「少し遅れる」というもの。
「なんて?」
「迎え、遅れるってさ」
まあ無理もない。
元々はこんなに早く終わる予定ではなかったから。
向こうの都合もあるし、それはしょうがないことだ。
- 143 名前:宮木 投稿日:2012/03/28(水) 23:20
- さて、ぽっかりと出来たこの待ち時間をどうしよう。
そう、それが問題である。
そんな悩んでいる里保を見て、衣梨奈は笑顔でこう言った。
「じゃあゲームしよ」
「ゲーム?」
うん、と頷いた衣梨奈は手に持っていたペットボトルを地面に置き、ポケットから硬貨を一枚取り出した。
人差し指の腹に親指の爪を引っ掛け、その上に銀色の硬貨を乗せる。
「数字の方が裏で、花の方が表」
親指を弾いて、100円玉がくるくると回りながら上がる。
放物線を描いて、そして落ちる。
落ちてきたそれは、ぱちんという音とともに衣梨奈の左手の甲と右手のひらの間に収まった。
「どーっちだ?」
表か裏か、当てろということだろう。
里保の視線が無邪気に笑う衣梨奈の顔から衣梨奈の手へと移る。
- 144 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:20
- 「賭けをしようよ」
衣梨奈が笑う。
「賭け?」
里保は問う。
「表か裏か、ただそれだけ。単純なゲーム」
衣梨奈は微笑んだまま続ける。
「外れたら自分の秘密をひとつ言う」
「秘密?例えば?」
「―――好きな人、とか」
その笑顔は邪気か無邪気か。里保にはわからない。
気づかれないように静かに息を呑んだ。
- 145 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:21
- 「いないよ、そんなの…」
「だめ。絶対誰か言わなきゃだめ」
衣梨奈は強引というか頑固である。
ワガママと言っていいレベルで。
こうなったら、もうそれに従うしかないことを里保は悟っている。
はたして、好きな人って誰だろう
自分自身の。
そして、彼女の。
- 146 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:21
- 再び視線を衣梨奈の手に戻す。
挟まれた手の中、コインはどっちの面だろうか。
単純な2分の1の確立。
こういうのは、考えたところでどうにかなるものではない。
もはや運だ。
「…んー裏で」
口から出た言葉は、先ほどサイダーで潤したばかりのはずなのに掠れていたような気がした。
妙に緊張したのは答えが浮かばない罰ゲームのお題のせいだと思う。
「じゃあ、衣梨奈は表ってことか」
表ならば里保が好きな人を言う。
裏ならば衣梨奈が好きな人を言う。
「結果発表ー!」
静かな廊下に衣梨奈の声が響く。
自作の効果音と共に無邪気に笑って衣梨奈が右手を退けた。
「あぁーこうなっちゃうかー」
―――コインは裏だった
- 147 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:22
- 「えりぽんの負け、ってことは」
彼女の好きな人を知る、ということだ。
その瞬間だった。
里保の中の何かが動いたのは。
胸の奥の、さらにずっと奥。
黒くて苦い何かが顔を覗かせたのは。
「んとねー衣梨奈の好きな人やろ?衣梨奈は―――」
「どうせ新垣さんとか言うんでしょ」
衣梨奈の言葉を遮って咄嗟に声が出た。
ムッとした衣梨奈が里保を見つめる。
その視線が痛くて思わず目を逸らした。
彼女が先輩であるリーダーのことを尊敬し、大好きだということくらいわかってる。
グッズだって買い漁る上に、携帯に大きなキーホルダーまでつけているのだ。
写真集だって持ち歩くし、毎日会うたびに写真を撮ってもらっている。
いつもいつもその人のところにいるんだから。
いつもいつもその人の側では笑顔なんだから。
衣梨奈の好きな人くらい、言わなくたってわかる。
それは、もう。嫌なくらいに。
- 148 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:22
- 「………違うよ」
衣梨奈には不自然の低い声が耳に届く。
顔を上げると、怒ってるのかほんの少し頬を膨らませた衣梨奈が真っ直ぐに里保を見ていた。
「じゃあ、道重さん?」
「違う」
「田中さん?」
「違うって」
「じゃあ――」
「もういいよ!」
里保の声を遮るように発せられた衣梨奈の声はやっぱり怒っていた。
「…なに怒ってんの?」
「怒ってない!」
「怒ってんじゃん」
「帰る」
「え?」
床に置いていたペットボトルを乱暴に手にとって、衣梨奈が足早に去っていく。
呆気にとられた里保は、動けない。
いきなり、なんだ。
なんなんだ、一体。
- 149 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:23
- 小さくなる背中。
角を曲がろうとしたところで、唐突に衣梨奈が立ち止まった。
振り返った衣梨奈の目が、真っ直ぐに里保を射抜く。
「里保って意外と鈍感やね」
「は?」
何を言うかと思えば。
思わず低い声が反射的に出てしまったが、そのあとの言葉が続かない。
彼女が、真剣な顔をしていたから。
そしてその顔が、どこか悲しそうな顔をしていたから。
彼女はよく、こういう顔をする。
眉尻を下げるような、悲しいような困った表情。
それが自分にだけ向けられることを、里保はまだ気づいていない。
「里保のバカ」
「っ…いきなりバカとか意味わかんな――」
「意味わからんのは、里保やんか」
そう言い残し、衣梨奈はいなくなってしまった。
「何それ…」
呟いた言葉は衣梨奈には届かない。
- 150 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:23
-
何がどうなって。だからどうなんだ。
衣梨奈の言葉や表情、行動。
ぐるぐる回るそれらを整理しようと頭が働く。
けれど、全部がわからなかった。
自分の中にあるこのもやもやも。
ゆっくりと目を瞑る。
瞼の裏には何も映らない。
彼女の笑顔も困り顔も泣き顔すらも。
「意味わかんない…」
俯いて嘆いて。
項垂れるようにして冷たい壁に背中を預けそのままズルズルと座り込む。
背中と床から伝わる冷たさがつらい。
- 151 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:24
- どれくらいそうしていたのだろうか。
長かったかもしれないし、割かしすぐだったかもしれない。
「なーに悩んでんの?」
柔らかい声とともにふんわりとした何かが頭にかかった。
びっくりしてそれを手に取り顔を上げる。
「悩み事なら、リーダーに話してごらん」
そこには、腰に手を当て笑っている新垣さんがいた。
思わぬ人物の登場である。
柔らかい感触の正体は、スタジオに置きっぱなしにしていた里保のタオルだった。
「鞄の上にあったから勝手に持ってきちゃった。風邪引くから、汗ちゃんと拭きな」
「あ、はい…ありがとうございます」
渡されたタオルで顔を拭き、首にかける。
新垣さんは、隣に来ると何も言わずに里保と同じ体勢をとった。
しかし新垣さんは特に何を言うわけでもなく、無言のままだ。
沈黙が続く。
しばらくしてそれは彼女なりの促しなんだと気づいた。
ゆっくりと里保の口が開く。
「あの……」
「んー?」
「…なんか、わけわかんないんですよね」
なにもかもが。
衣梨奈の言動も。
なんでこんなにモヤモヤするのかも。
わからないから、どうしていいかなんてわからない。
- 152 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:25
- 小さく吐き出された里保の言葉に、新垣さんが優しい笑みを浮かべる。
「もしかして生田のこと?」
「え、なんでわかったんですか」
「さっきこっちから走ってきたから」
どうやらこのリーダー、勘はいいらしい。
「怒らせるようなことしたの?」
「いや。……別に、そういうわけじゃないんですけど」
自分が彼女に何をしたのか、怒らせるような何かをした覚えはない。
彼女から話しかけてきて、彼女の提案でゲームをして、彼女が罰ゲームをすることになって。
「鞘師自身は何かしたって覚えがなさそうだけど、生田が傷ついたってことは確かだろうね」
衣梨奈の中でどういう思考が巡らされていたのか、里保には到底わからない。
でもどうやら、新垣さんにはわかるようだ。
新垣さんはすべてをわかったような顔をしている。
―――それが、なんだか少し悔しい
また何も言えなくなってしまった。
- 153 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:25
- 「鞘師、またそれ飲んでるんだ」
俯いてしまった私を気遣ってか新垣さんは別の話題を出した。
新垣さんの視線は私の手元のペットボトルに注がれている。
「はぁ、まあ好きなんで」
「ほんと、好きだよねサイダー」
何を今更。
思わず言いそうになった口をつぐむ。
「昔さ、言われたんだよね」
「え?」
「恋はサイダーみたいなもんだって」
- 154 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:25
- いきなり何を言い出すんだろうと隣のそう大きくはない体を見上げる。
その目は何かを思い出しているような、優しい色をしていた。
「鞘師はさ、サイダーのどこが好きなの?」
「え?…っと、しゅわしゅわする感じとかちょうどいい甘さとか」
「そうだね。恋も一緒なんだよ、きっと。好きな人がいるだけで弾けるみたいに楽しくて」
「は、はぁ…そう、なんですかね」
「でも炭酸ってさ、気が抜けると美味しくないじゃん」
「……」
訝しげな視線に気づいたのか、新垣さんはゆっくりと振り向いた。
「恋も炭酸も、時間が経つとダメなんだってこと」
- 155 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:26
- 「まっ、これはとあるリーダーからの受け売りなんだけど」
新垣さんは笑っていた。
しかしその笑顔の中にどこか寂しさも混じっているように感じたのは、気のせいだろうか。
その笑顔を見てられなくて思わず目を逸らしてしまった。
とあるリーダーとは誰のことを言っているのだろう。
里保にとってリーダーと言えば今目の前にいるこの人か前任の高橋さんくらいだ。
しかしこの人は里保より遥に長い期間、このグループにいる。
つまり、高橋さんより前のリーダーの可能性もある。
吉澤さんあたりだろうか。意外とロマンチストだと言っていたからありえる話ではある。
そのもっと前、飯田さんかもしれない。
以前飯田さんはよくわからない例えをすると先輩方が言っていたからこれまた可能性としては高い。
でも、この「恋はサイダー」ってのはそれほどよくわからない例えというわけではない。
結局、誰なんだろう。そしてあの寂しさは一体。
里保がいくら考えたところでわかりはしないのかもしれない。
- 156 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:27
- 「まあ、あたしが口出せるのはここまでかな」
新垣さんが立ち上がる。
つられて里保も立ち上がったが、掛ける言葉が出てこない。
そんな様子を見て、新垣さんが里保の肩をトントンと叩いた。
「がんばれ、若者よー」
ちょっとおどけた口調。
消えていくリーダーの後ろ姿。
それを見届けて里保は手の中にあるサイダーを見つめた。
白と緑の爽やかな色のラベル。透明の液体。
ペットボトルの残りを勢いよく口の中に流し込む。
サイダーは手のひらの熱を奪うようにしてぬるくなっていた。
ぬるく、そして気の抜けた炭酸は、妙に甘ったるさだけを残してる。
それは、決して爽やかじゃなかった。
里保の好きな炭酸は、こんなんじゃない。
里保の好きな衣梨奈は、あんなんじゃない。
事は成すべき時に成さねば後悔する
いつかどこかで読んだ一節が頭に浮かぶ。
それはきっと、新垣さんが言った「恋は炭酸みたい」だという言葉にも繋がるのかもしれない。
大事な時を逃したらダメだという、それは至極単純で大切なこと。
- 157 名前:炭酸の甘酸 投稿日:2012/03/28(水) 23:27
-
衣梨奈はまだ、いるだろうか。
いたら何て言おう。
ごめんとこちらから謝るべきか。
いや、それはなんだか悔しい。
そうだ、思いっきり抱きついてやれ
たまには、年相応に弾けてみてもいいじゃないか。
それよりも、まず。
―――衣梨奈に会いたい。
自販機横のゴミ箱にペットボトルを投げ入れる。
カコンと上手く入ったそれを見送って、里保は駆け出した。
サイダーは、炭酸があるから美味しいのだ。
- 158 名前:宮木 投稿日:2012/03/28(水) 23:28
-
『炭酸の甘酸』おわり
- 159 名前:宮木 投稿日:2012/03/28(水) 23:30
- 出産記念と328で三ツ矢しゅわしゅわ記念
なのにいろいろしくじった…
>>131 名無飼育さん
強そうに装ってるけど実は弱いとかね、そういう田中さんが好きです。
楽しみにしていただいたのに学パロじゃなくてごめんなさい。
でもまたいつか学パロを。自分も好きなんで。
>>132 名無飼育さん
今ではれいなもすっかり先輩で周りは後輩ばかりだけど、
たまにはこっちの世界だけでも後輩キャラ復活ということで。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/30(金) 20:04
- このふたりのなんともいえない距離感が思春期しててたまりません。炭酸みたいにいつ弾けるのかな?
あとリーダーがお姉さんしてて素敵です!リーダーの相手は誰なんだろうか…
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/31(土) 23:03
- 『幸福宣言』では胸がくっと詰まるような、
『炭酸の甘酸』では純朴な2人の眩しさに目を細めたくなるような、
素敵なお話をありがとうございました。
160さんと同じくリーダーの相手がちょっと気になる。
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/23(土) 11:42
- リアル生鞘の関係を知ってからこのスレを読んだら、めちゃハマリしました。
言わない関係のシリーズ化はありませんか?
- 163 名前:宮木 投稿日:2012/10/20(土) 19:31
-
『風相応』
- 164 名前:風相応 投稿日:2012/10/20(土) 19:31
- 相応という言葉がある。
程よくつりあうこと。ふさわしいこと。相応とはそういう意味だ。
つまり、年相応とは、年齢的にふさわしいこと。
それはきっとデートというものにもあるのだろう。
お互いを意識しすぎて距離感を図りかねている初々しい学生時代のデート
金銭的にも余裕が出て来て相手を思いやる一方、惰性的なものが含まれる大人のデート
そう考えると、私たちのデートは年相応ではないように思う。
まず始まりから違う。
二人の間にデートの約束という概念はない。
気まぐれに、ふらふらーっと彼女はやってくる。
朝早くだったり、寝過ごした昼だったり、仕事終わりの真夜中なんてことも間々ある。
もちろん、私から会いに行くことだってあるけれど。
- 165 名前:風相応 投稿日:2012/10/20(土) 19:32
- そして彼女は愛車に乗って私を訪ねてくる。
愛車と言っても車ではない。
彼女の愛車は自転車である。
「梨華ちゃーん」
彼女の趣味は自転車だ。
私はイマイチよくわからないけれど、ロードバイクという最近流行のモノらしい。
空気圧だとかビンディングだとか私にはよくわからない。
何台も所有しカスタマイズして彼女は楽しんでいる。
20万近くするらしいそれは彼女の自慢の愛車だ。
風きり音が最高に気持ちいいんだよ。
彼女は自転車のことになると、笑顔が増える。
- 166 名前:風相応 投稿日:2012/10/20(土) 19:32
- しかし、私の家へ来るときは至って普通のママチャリだ。
用途で変えるあたりがさすが自転車好きだと思う。
一度だけ、ロードバイクで来てみてよと頼んだことがある。
だけど彼女はやんわりと断った。
「これだったらさ、梨華ちゃん後ろに乗っけれるじゃん」
ポンポンと荷台を叩いた彼女の笑顔は爽やかだった。
ロードバイクに荷台はない。
だから私を迎えに来るときは乗ってこない。
彼女の説明に、私は素直に納得してしまう。
しかし、そのママチャリは少し壊れている。
チェーンがおかしいのか、ペダルを漕ぐ度にカコーンと間抜けな音がするのだ。
自転車に詳しくない私には無理だけど、自転車に詳しい彼女なら直せそうなのに。
だけど彼女はそうしない。
「この音だったらすぐわかるでしょ」
彼女のお気に入りは、私のお気に入りでもある。
- 167 名前:風相応 投稿日:2012/10/20(土) 19:33
-
カコーン、カコーン
今日も彼女がやってきた。
「今日はどこに行くの?」私は尋ねる。
「川沿いの銀杏が綺麗だから、そこ」彼女は笑う。
カコーン、カコーン。
ぽかぽかする秋晴れの空の下を、漕いでいく。
のんびり、たまにふらふらと。
彼女の背中はあたたかい。
私より細身の彼女は軽快に漕いでいく。
カコーン、カコーン。
見えてきた銀杏並木は綺麗に黄葉していた。
橋を渡って並木道を走る。
「季節はあっという間に変わるもんだね」
寂しげに見上げて彼女が言う。
「よし、花見しよっか」
「花は咲いてないけどね」
- 168 名前:風相応 投稿日:2012/10/20(土) 19:33
- 自転車が止まる。
ポケットに突っ込んでいた缶ビールが現れる。
「飲酒運転になっちゃうよ」
「大丈夫。押して帰るから」
それだとカコーンが聞けない。
私は不服を唱える。
「酔っ払うと迷惑かけちゃうでしょ」
「出た、小姑」
からかう言葉で私はますます意地になる。
「お家で飲もうよ」
「しょうがないなあ」
私の要求を彼女が受け入れる。
一度降りた荷台に再び腰掛ける。
彼女がペダルを踏み込んだ。
「無駄足になっちゃったね」
「ドライブだよ、ドライブ」
彼女の肩に乗っかった銀杏の葉を摘む。鮮やかな色だ。
自転車は銀杏並木をゆるやかに走る。爽やかな風だ。
- 169 名前:風相応 投稿日:2012/10/20(土) 19:34
- 彼女の後ろで私は理想のデート像を思い浮かべる。
フランス料理でフルコース。
そんなデートは似合わない。
近所の居酒屋でわいわい。
そっちの方が彼女は好きだ。
だから私も好きだ。
私たちに合ったデートをする。
年齢はもう気にしない。
彼女は私にふさわしい。
たぶん彼女に私はふさわしい。
「帰ろっか」
カコーン、カコーン。
次に聞けるのはいつだろう。
- 170 名前:宮木 投稿日:2012/10/20(土) 19:34
-
『風相応』おわり
- 171 名前:宮木 投稿日:2012/10/20(土) 19:34
-
『シンデレラの忘れ物』
- 172 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:35
- バットに球が当たるカキンという小気味のいい音がグラウンドの方から聞こえる。
ソフト部と思われる生徒たちの威勢のいい声が沸いている。
放課後の教室には、特に用事があるわけではないので暇を持て余している遥と、一つ上の先輩である里保とその友人の香音しかいない。
「辻褄合わないですよね、これ」
「なにがだよー」
「慌ててすっぽ抜けるくらいならさ、そもそもサイズ合ってないわけじゃないすか。
なのに持ち主探しのときにはピッタリ合ってて『あなたしかいません』とか言うんですよ?
おかしいじゃないですか」
「合っちゃったんだよ。ね、里保ちゃん」
「そうそう、合っちゃったんだよ」
「いーや、ないない」
「はぁ…夢がない。本当に夢がないよ、どぅー」
香音がわざとらしく溜息をつく。
それに合わせ隣にいた里保も溜息をついた。
香音はキャラに似合わず案外ロマンチストだ。
普段は遥と変わらないくらいマジレッサーの里保もこういう時だけノリのよいキャラに変わったりする。
そして、遥は超がつくほどの現実主義者である。
二対一の構図。ツッコミまくりの遥とそれに反論する先輩二人。
三人ともなかなか頑固で、議論はなかなか終息が見えない。
- 173 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:36
- さて、さっきから遥たちが何を論争しているのか。
それは童話『シンデレラ』についてである。
別名を灰かぶり小娘というそれ。
継母や姉たちにいじめられる少女が、魔女の助けを得て舞踏会へ行き、帰りに脱げたガラスの靴で王子に見つけられ結婚するというグリム童話のあれである。
部活が休みの放課後の退屈な時間。
仲の良い先輩の教室に遊びに行くと里保と香音がいた。
そしてどこから持ってきたのか香音の手にはシンデレラの絵本があり、童心を取り戻してよくどぅー!ってことで半ば強引に読まされたのである。
だが狂犬やら軍用チワワとして名を馳せてる遥にとって、おとぎ話というのは気になるところが多々あり、さっきからこうしてやいやい言っているわけだった。
「リアリストすぎるんだよ、くどぅーは」
「夢見すぎなんですよ、鞘師さんたちが」
「もうちょっとさー希望を持とうよ」
「だいたい鈴木さんはジャージ姿でロマンを語らないでくださいよ」
部活サボってこんなの持ってきて。
芋臭い袖の絞ってあるジャージがさらにふざけてるとしか思えない。
- 174 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:36
- 「そもそも一目惚れってのがありえないですよ」
「なんでよ、いいじゃん」
「要は見た目だけってことじゃないですか。
シンデレラの良さはいじめにも耐える強い心ってとこなのに。
それなのに見てくれだけで婚約申し込むとか王子様は何見てんだって話ですよ」
「おぉー、どぅー熱いねー」
「ふぅー!」
「………」
せっかく二人に乗って語ってやったのに、茶化しやがって。遥は憤慨する。
憤慨した遥はひゅーひゅー言い出した二人を置いて教室を出る。
もう語る気はない。
というわけで二人に付き合う気はない。
そういうわけで、帰る。
「じゃ」
「ちょっ、待ってよ」
「ちょっとちょっと」
スタスタと教室を出た遥を追ってすぐにバタバタと後ろから二人が駆けてくる。
右には薄っぺらい鞄を持った里保と左にはシンデレラの本を持った香音。
二人の空いた手が遥の肩に回る。
- 175 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:37
- 「まーまーシンデレラ論についてもっと語ってよ、どぅー」
「もう言うことなんてないですってば。それより鈴木さん、部活」
「いいのいいのサボりタイムだから」
「意味わかんないですってば」
「たまには休息も必要なのだよ」
「他のソフト部はみんな頑張ってるっていうのに」
遠くの方でまたバッドに球の当たる音が鳴る。
そんな仲間たちの音は聞こえないのか、香音は華麗に話を転換した。
「それより里保ちゃんはいいの?」
「なにが?」
「えりちゃん」
「あぁー、あの人は放っておいても大丈夫だから」
唐突に出てきた「えりちゃん」という知らない名前。
遥は首を傾げる。
「誰ですか、えりちゃんって」
「生田衣梨奈。うちらの一個上だよ」
「その人と鞘師さんは、どういう関係なんですか?」
- 176 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:37
- そう突っ込むと里保が少し考えるような素振りをした。
言いたくないのか。言えないような関係なのか。
疑問に思い口にしようとした時、その横の香音がさらっと答えを言った。
「里保ちゃんの幼なじみ。ね?」
「…あぁー、そう。幼なじみ」
「なんだ、ただの幼なじみですか」
遥がそう言うと里保はなんとも言えないような表情をした。
浮かないというかなんというか。
その表情から心情を読み取れるほど、遥は賢くない。
「里保ちゃんとえりちゃんはねーいっつも一緒にいるの」
「いつもじゃないから」
「だって毎朝一緒に来るじゃん」
「幼なじみだからだよ」
「家、そんな近くないじゃん」
- 177 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:37
- 里保と香音がうだうだとそんな会話をしながら階段を下りていく。
間に挟まれた遥がどのタイミングで逃げようかと思案し始めたそのときだった。
「あれ?なんか落ちてない?」
遥が肩に回った二人の手を払っていると、里保が何かを見つけたのか声を上げる。
里保の視線の先を追うと、そこには――
「……上履き?」
階段の踊り場。そのど真ん中。
ガラスの靴とは到底程遠い、履き慣らしたくたびれた上履きが片方だけ落ちてあった。
- 178 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:38
- ◇
「で、拾ったはいいけども。どうするの?」
「名前書いてないっぽいですよねー」
発見した上履きを、そのまま見過ごすわけにもいかなかった遥たちはとりあえず拾ってみた。
やっぱり、さっきまでシンデレラを読んでいて、なんていうかタイミングが良すぎたからだ。
しかし、その靴には名前が書いていない。
よって、持ち主がわからない。
落ちている(というのかはわからないが)ということはやっぱり落とした人がいるわけだ。
誰かが困っているのは間違いないわけである。
「やっぱり探してあげるべきなんじゃない?」
「あたしもそう思う」
「職員室持ってっても捨てられるだけですよねー」
落し物ですと持っていったところで、忙しい教師はそのまま放置し、めんどくさがってしっかりと探してはくれないだろう。
それならば、やっぱり拾った遥たちが探してあげるべきだと思う。
どうせ暇を持て余している。隣を見れば香音は既に探す気満々だ。
それに、こう見えて遥と里保は学級委員なのだ。
困っている生徒がいたら助けるのが筋である。
というわけで、遥たちの『王子様よろしくシンデレラを探せ作戦』が始まったのだった。
このネーミングは香音のセンスである。苦情は受け付けない。
- 179 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:38
- ◇
「上履きの色が青ってことは、ハルと同じ学年ってことですよね」
この学校では、学年によって上履きの色が変わる。
里保たちが赤で、遥の学年は青。
そしてこの落ちていた上履きも青であった。
つまり、持ち主は遥と同学年。
「てことは、どぅーの知ってる人じゃない?」
「心当たりないの?」
「名前の書いてない上履きなんてわかるわけないじゃないっすか」
「落としそうな人とかさ」
「そんなドジな奴知らないですよ」
アホはいるけど。目の前に。
…とはさすがの遥でも言えない。
生徒数が多く、いくら同学年と言っても全員を把握しているわけではないので見当がつかない。
- 180 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:39
- 「しかも右足だよ、これ」
いいこと気づいたぜなんて表情でこっちを見る香音を一先ず無視し、遥は一番最初、この上履きを見つけて即座に思ったことを口にする。
「ていうかさ、落とします?普通」
上履きを。
しかも片方だけなんて。
「脱げた時点で気づけよって話ですよね」
シンデレラじゃあるまいし、そんなに急を要す用事なんて早々ないだろうに。
そう思って遥は至極当たり前のツッコミをする。
「まあ、落としちゃったもんはしょうがないんだ。そう責めてやるな」
香音はまだ見ぬ持ち主に同情する。
確かにここで知りもしない持ち主の悪口を言ったところで何も始まらない。
- 181 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:39
- 「しかし、どういう状況だったんだろね」と香音。
「バタバタしてて脱げたのか、手に持ってて落としたのか、はたまた捨てたのか」と里保。
「捨てるわけないでしょ」と遥。
「しかも片方だけってねぇ…」と香音。
「やっぱ脱げた線が濃厚?」と里保。
「んー…」と遥。
考えたところで、常人には想像もつくわけがなく、三人は黙りこくってしまった。
どうやったら片方だけの上履きが落ちるのか。
そんなもの、わかるわけがない。
「とりあえずさ、持ち主見つけるのが先決でしょ」
里保が仕切り直す。
理由はともかく、ここに片方だけの上履きがあるという事実。
その持ち主を探す、ということだけが今自分たちにできることなのは間違いないのだ。
- 182 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:39
- 一先ず、捜査の基本はやっぱり聞き込みだろう、ということで遥たちは今現在教室に残っている生徒を回っていった。
だがほとんどの生徒は部活に行っているか既に帰宅済み。
該当者はおろか目撃者やこれといった情報も掴めなかった。
どうやらドラマみたいにそう都合よく捜査は進まないらしい。
しかも片方だけの上履きを持ってるからちょっと変な目で見られるし。
ほんと、いいことなんてなかった。
ふらふらと校舎内を歩きながら、再度作戦会議を開く。
「なんかいい方法ないかなー」
「下駄箱一個一個確認してまわるとか?」
「……それ、めんどくさくないっすか?」
だが、そう頭が回るわけでもない先輩方の口から案が出るわけもなく、遥は至極簡単な方法を挙げた。
- 183 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:40
- 「張り紙に『落し物です』って書いて、昇降口付近に置いておけば明日登校してその人も気づくかもしれないですよね」
紙書くだけで手間も掛からないし一番手っ取り早い。
なんて名案だろうと思って二人を見ると、その顔はどこか浮かない顔をしていた。
「んーなんかヤダ」
「うちもー」
「えぇーなんでですか。一番効率いいでしょ」
「ここまで乗った舟じゃん。持ち主が誰か気になんない?」
「そうそう。誰が落としたのか知りたいじゃん」
「……まあ、それは…確かに気には、なる」
確かに。靴が片方脱げても気づかないアホな子を見てみたいと思う。
面倒なことは嫌いだけど、好奇心はそれなりにあるんだ、遥だって。
「でも、じゃあどうするんですか?」
「というわけで提案なんだけど」
- 184 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:40
- ◇
翌日。
遥たちは普段じゃありえないほど朝早く学校に来ていた。
目的はもちろん、靴の持ち主を探すためである。
上履きがないということは朝登校してきた時点で気づく。そして必ず困るはずだ。
そんな困った表情をしている人に、手当たり次第に聞いていけばいいという、すごく単純な作戦になったのである。
朝早いし、疲れるし、面倒だし。もっと他にいい案はなかったのだろうか。
そんな恨めしげな遥の視線に気づかない提案者の香音はにこにことしている。
隣の里保は眠たそうに瞼を擦っていた。
というわけで遥たちは朝も早くから登校してきた生徒の群れを観察していたのだが、それらしき人はなかなか現れてはくれない。
いない。いない。
顔を見ては足元を見るという繰り返し。
時間が経てばやってくる生徒も多くなる。
そんな観察に、ちょっとずつ飽きてきたときだった。
- 185 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:41
-
「あれ?里保やん」
声のした方を見ると、何故か頬を膨らませた女の子がいた。
女の子の視線は里保にのみ注がれている。
そしてその里保は何故か表情が強張っているようにも見える。
さっきまで開ききっていない目で眠たそうだったのにだ。
目の前の女の子が何者かわからない遥は、隣の香音に小声で問いかける。
「…誰ですか?」
「あれが噂の生田だよ」
どうやらこの人物が昨日話題に上がっていた里保の幼なじみらしい。
- 186 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:41
- 「里保、こんなとこで何しようと?」
「いやいやえりちゃん。あたしたちもいるから」
「なんか用事あるって言いよったのってこれ?」
「って無視か」
完全に無視されてしまっている香音を哀れに思っていると、生田さんとやらに捕まった里保も哀れに思えてきた。
「里保さー『今日一緒に行けない』ってメールしたやん」
「したね」
「結構ショックやったとよ」
「別に一緒に行くのが義務ってわけじゃないじゃん」
「そうやけど」
「ならいいじゃん」
「これを俗に痴話喧嘩って言うんだよ」
「そうですね」
遥と香音のひそひそ話は二人には届かない。
- 187 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:41
- 「てかなんしよーとよ?」
「今聞くのか」
そんな香音の突っ込みはまたもやスルーされる。哀れだ。
それに対して里保のフォローがないのも悲しい。揃って無視だ。
「ボランティアだよ」
「ボランティア?」
「落し物を拾ってさ。今持ち主を探してあげてるの」
「なんそれ。いいことしようやん。偉いね」
さっきまでのイライラとした表情はなんだったのか。
今度はニコニコと里保を見つめている。
そんな様子を見て香音が呟く。
「本当、えりちゃんってコロコロ表情変わるよね」
「ありがとう」
「いやあまり褒めてないから」
「そこは聞こえるんですね」
- 188 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:42
- 頑張ってねと去っていった衣梨奈に手を振り、再度持ち主探し再開。
しかし、やはり相手はなかなか見つからない。
マイペースな里保と香音も時間を気にし始める。
「もうすぐでチャイム鳴っちゃうよ」
「せっかく朝早く来たのに遅刻扱いはやだなー」
そんなことをぶつぶつ言いながら時計を見て焦っていたときだった。
予鈴が鳴り駆け込んでくる生徒の中で、何故か楽しげに駆けてきた女の子。
「あぁー!それまーちゃんの!」
キーンと高い大きな声。
何故かとびっきりの笑顔。
その子が遥を見つめた。
彼女が指差すのは、遥が持っているあの上履き。
タイムリミット寸前。
シンデレラ、発見。
- 189 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:42
-
「おぉー見つけたシンデレラ!」
「ん?」
テンションが上がったらしい香音に、その子はキョトンとした表情を向ける。
「これ、キミのなの?」
「うん。あ、はい」
里保の質問に女の子はこくりと頷く。
足元を見て先輩とわかったのか訂正しているが、敬語になれていないような態度だ。
女の子の足元を見ると、職員用のスリッパを履いていた。
片方失くして履けなくなっていたのだろう。
持ち主はこの女の子で間違いないらしい。
「じゃあ、これ」
「ありがとー」
遥から手渡して、無事上履きは持ち主のもとへと渡った。
これにて一件落着である。
- 190 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:43
- 「いやーよかったよかった」
「ね。ギリギリ見つかってホントよかったよ」
安心したように笑い合う香音と里保に「それじゃあ」と告げる。
先輩たちとは校舎が違うためここでお別れだ。
一旦下駄箱へと戻った女の子はもう片方の靴と合わせて履き替えてきた。
やたらと早足で戻ってきた女の子と教室へ向かうタイミングが一緒になってしまったので、ついでに気になってたことを聞いてみた。
「なんで上履き失くしたの?」
「んー?」
「しかも片方だけ」
一番気になってたそれ。
この靴を発見したときから気になってたことである。
「手に持ってて落としたとか誰かに隠されたとか…」
「あぁーそんなんじゃないよ。ただ歩いてたら脱げてー」
どうやら本当にシンデレラみたいに履いていた靴が脱げたらしい。
女の子の足元を見ると、踵を踏んできちんと履いていない。
これなら、脱げてもしょうがないのかもしれないと思う。
- 191 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:43
- 「脱げたとき気づいたんなら、戻ろうよ」
「だって眠くてね。途中で気づいたんだけど、まあいいかなって」
その答えを女の子はまたも楽しげな口調で答えた。
何が楽しいのか遥にはわからない。
「いや、よくないでしょ」
「でも眠かったもん」
どうにも、この子は変らしい。
ほんの少ししか会話していないが、それだけは充分に伝わった。
あまり関わらない方がいいかもしれないという直感が働く。
それと同時に湧いてきた好奇心には知らないふりをした。
「じゃあハル、教室ここだから」
会話を切り上げようとそう言うと、「うん!」と無駄に元気よい返事をしてその子が手を振った。
それがまた全力でぶんぶんと振るもんだから可笑しくて遥はつい笑ってしまう。
- 192 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:43
- 上の階のクラスなのだろう。
女の子が跳ねるような足取りで、踵を踏んだ上履きをパタパタと音を立てながら階段を上がっていく。
見送り、立ち去ろうとした遥を女の子が呼び止めた。
足を止め振り返る。
踊り場に到達した女の子がこちらを見ていた。
「まーちゃんね、まーちゃんって言うの!」
自己紹介のつもりなのだろうか、大声で叫ばれた。
「いや、意味わかんないし」
「サトウマサキこと佐藤優樹!」
「それもまた意味わかんないから」
遥が突っ込むと、優樹という女の子はえへへと笑って去っていってしまった。
取り残された遥は、優樹の変哲さに笑う。
「なんだ、あの子」
まあどうせクラスも違うし。
ほんの少し興味は湧いたけど、もう関わることはないだろうなと遥はすぐにその情報を頭から排除し教室へと向かった。
なのに。
放課後。
再会は早くもやってきた。
- 193 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:44
-
「あ、今朝の子だ」
「え?」
廊下でばったり会った里保と職員室へ向かった遥は偶然にもそこに今朝出会った女の子、優樹を見つけた。
先生と話しているようだが、どうも先生が苦笑を零しているのが気になる。
直感を思い出し関わらないようにと顔を背けようとしたところで、キョロキョロとしていた優樹と不運にも目が合ってしまった。
「あっ!」
優樹が嬉しそうに声を上げる。これがまた大きい。
先ほどまで話していた先生を放置してこちらへ駆けてくる。全速力だ。
軽く会釈をし逃げようとした遥に、優樹は予想外の言葉を口にした。
「王子様だー!」
しっかりと遥を指差して、そう言ったのである。
- 194 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:44
- もちろん、そんなことを言われるだなんて思ってなかった遥は焦る。戸惑う。
「は、はぁ?」
いきなりなんてことを言うんだ。この子は。
隣の里保は堪えきれず笑い出してしまってる。
目の前にある優樹の顔はやはり楽しそうだ。
そんな優樹を遥はポカンと見つめる。
「ん?どうかした?」
「どうかしたもなにも……王子様ってなに?」
「上履き拾ってくれたのって君だったよね。あれ違った?」
「いや、そうだけど…」
「なんだ合ってるじゃん。だから王子様でしょ?」
「だから、なんで?」
「シンデレラの靴を拾ってくれるのは王子様じゃん。だから、キミ、王子様」
さも当然といった表情で、優樹は言う。
ニコニコ笑顔が眩しい。
- 195 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:44
- ハルが王子様って。
まったくもって、そんなガラじゃない。
しかし、よくもまあ。
そんな恥ずかしいことをさらりと言ってくれるもんだ。
遥は呆然とする。
「…拾ったのハルだけじゃないし」
そう言いながら隣にいる里保を指差す。
突然指された里保は「え、うち?」と驚いていたが、こうなったら道連れだ。
「王子様二人もいらないもん」
「だ、だよね。やっぱくどぅーのがいいよね」
道連れ失敗。
何故かノリノリで里保までもが遥を王子様に仕立てようとしている。
気がつけば、キャッキャッキャッキャッと目の前で二人が楽しげに話していた。
遥は置いてけぼりをくらった気分を味わう。
「これからくどぅーが、まーちゃんの王子様ね」
笑顔で優樹が宣告する。
遥は絶望する。
- 196 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:45
-
しかし思う。
こんな陽気なシンデレラなんているのだろうか、と。
とてもいじめられメソメソするような玉には見えない。
結局、先生に呼び止められるまで、優樹は遥にまとわりついてきた。
「じゃーねー」
「ばいばーい」
もちろんこんなやり取りをしたのは里保と優樹である。
遥は未だついていけていない。
先生に連れられ優樹が去っていく。
後ろ姿を見届けて、遥が溜息をついた。
「何仲良くなっちゃってんすか」
「おっ、嫉妬ってやつですか?」
「バカじゃないですか」
そんなやり取りをしながら用事を済ませ、部室へと向かった。
金輪際、優樹に関わりませんようにと願いながら。
- 197 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:45
- ◇
それからだった。
優樹が遥を見つけると、楽しそうに声を掛け、引っ付いてくるようになったのは。
そう、遥の願いは叶わなかったのである。
登下校、昼休み、移動教室、いろんな場面で狙われる。
放課後。今日もまた、捕獲されてしまった。
「ちょっと王子様ーいっしょに帰ろうよー」
「あぁーもう!ハルは王子様じゃない!」
「だよね。どっちかっていうとただの少年だもんね」
「鞘師さんは黙っててください!」
変に口を挟まないでほしい。
そしてそれに対してキミも笑うな。
そんな遥の抗議は意味を成さない。
- 198 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:45
- 「あーわかります、なんかくどぅーってイケメンですよね」
「キャップとか被ったら本当ただのイケメンだよね」
「二人ともいい加減にしてください!」
「きゃー少年が怒ったー」
すっかり仲良くなってる里保と優樹を見て、遥はこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。
だけど、そうもいかないんだな、これが。遥は悟る。
「ちょっと、シンデレラ置いてどこ行くのー」
こっそりその場を立ち去ろうとした遥の腕を優樹が掴む。
「離してよ」
「ヤダ」
「…だいたいさ、前も言ったけどハルじゃなくて鞘師さんでもいいじゃん、王子様」
「うーん…なーんか違うんだよねえ」
腕を掴んだまま、優樹が唸る。
「鞘師さんとの方が仲いいじゃん」
「それはね、そうなんだけど」
- 199 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:46
- 頷きながら、不思議そうな顔で優樹が続けた。
「あ、この人だなって。思っちゃった。直感?」
「いや、聞かれても…」
そこを疑問系にする意味がわからない。
腕を掴まれているから、逃げることも出来ない。
「なんか、こう目が覚めたっていうか」
「は?」
「くどぅーに起こされた感じ?」
わかったような、わからないようなことをこれまた疑問系で言われた。
でも、なんとなくわかった。
これだけはわかった。
自分がきっと、なにか地雷を踏んでしまったのだろうということは。
押してはいけない彼女の中のスイッチを不本意ながら押してしまったのだろうってことは。
それがどのタイミングなのか、全くわからないけれど。
「ま、そういうわけでさ。くどぅーはまーちゃんのものなの」
当然というような、有無も言わせないような言葉とその笑顔。
どうしてか、遥は振りほどくことができない。
- 200 名前:シンデレラの忘れ物 投稿日:2012/10/20(土) 19:46
- 考えたくもない答えが遥の頭に浮かぶ。
必死にかき消そうとするも、目の前の顔を見る限りその答えは間違っていないのだろう。
項垂れる遥を見て、里保が楽しそうにケタケタと笑った。
「くどぅーが王子様なら、まーちゃんは気まぐれな王女様だ。気まぐれプリンセス」
「やったぁー!気まプリ!気まプリ!」
「だぁーもう!鞘師さんもまーちゃんもうるさい!」
「あっ、今初めてまーちゃんの名前呼んだ!」
嬉しいなあなんて笑う優樹を見て、遥は顔が熱くなるのを感じた。
どうやら、遥の苦悩はまだしばらく続くらしい。
- 201 名前:宮木 投稿日:2012/10/20(土) 19:47
-
『シンデレラの忘れ物』おわり
- 202 名前:宮木 投稿日:2012/10/20(土) 19:47
- 久々の更新ってことで2つ。
シンデレラだけどにょんさんじゃないよ。
ついでに言うと9でも6でも85でもないよ。
>>160 :名無飼育さん
個人的に微妙な距離感が一番キュンとくると思ってます。
リーダーのお相手、一体誰なんでしょうね。本人のみ知るということで。
>>161 :名無飼育さん
こちらこそ感想ありがとうございましたとゆいたいです。
まさかそんなにリーダーの相手がフィーチャーされるとは思わなかった。
>>162 :名無飼育さん
生鞘ハマっていただきどうもありがとうございます。れっつ拡散。
意識せずに言わない関係が続いてます。今後も知らず知らずで続いてくでしょう。
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/23(火) 01:40
- 昇降口で生田に見つかったとこの会話がすごくリアルに脳内映像化された
わたしも生鞘のこれからに期待するひとりです
そして巻き込まれDOどぅーも、頑張っていくた
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/31(水) 11:14
- 率直に面白かったです。
文体が好みなので高校生メンバーのお話も
どんな感じになるのか読んでみたいなと少し思いました。
- 205 名前:宮木 投稿日:2012/11/30(金) 03:47
-
『回想バス』
- 206 名前:回想バス 投稿日:2012/11/30(金) 03:47
- 周りはよく、衣梨奈のことをわからないと言う。
KYだとか変人だとか。
でも、衣梨奈からしたら里保の方がよっぽどわからないと思う。
◇
会場から事務所へ帰る途中のバス車内。
ここ最近朝が早かったせいか、普段はどれほど注意しても静かにならない車内が今日は少しだけシンとしている。
さっきまではしゃいでいた後ろの席の優樹も、しゃべり声が聞こえずどうやら眠ってしまったようだ。
衣梨奈の隣にいる里保も、さっきからウトウトと船をこいでいる。
その様子を見て、思わず衣梨奈の表情が緩む。
衣梨奈は、里保と出会ったときのことを思い出していた。
- 207 名前:回想バス 投稿日:2012/11/30(金) 03:48
-
同じオーディションを受けたのは、今から二年前のことである。
もう二年、というべきなのか。まだ二年、というべきなのか。
そのときに出会った鞘師里保という一個下の存在。
第一印象はクールだと思っていた。
あまり自分から関わってこようとしなかったし、衣梨奈が「里保」と親しげに呼んだときも「なんだこいつ」とでも言いたげであまりいい顔はしていなかった。
なんでも出来て、俗に言う優等生タイプの澄ましたやつとも思っていた。
そして衣梨奈はそれを壊してみたいと思った。
壁があるのなら、壊してしまえばいい。
でも、実際に同じ時間を過ごすと第一印象のそれらは違うのだと知った。
そう。例えば、意外と甘えたがりなところとか。
- 208 名前:回想バス 投稿日:2012/11/30(金) 03:49
- 肩にコトンと小さな重みがかかる。
右を見ると、里保が居眠りをしていた。
どうやら睡魔との闘いは里保の負けということで決着がついたらしい。
その重みを感じて、更に衣梨奈の頬が緩む。
甘えたがりだと知ったのは、里保と出会ってしばらく経ってからだった。
確かに里保は第一印象通りクールでもあった。
しかし、それはただの人見知りなだけだということ。気を許した人が相手だと崩れる。
それを知ったのは、いつだっただろうか。
衣梨奈も大概だが、里保も意外と引っ付きたがる性質なのである。
10期の影響もあってか9期もよく手を繋いだり、抱きついたり、頬を寄せ合ったり、写真を撮るときなんかはよくくっついている。
里保も例外ではなく、隣にいるとその腕は自然と衣梨奈と繋がることがある。
指摘するとすぐに離す癖はいつになったら直るのだろう。
- 209 名前:回想バス 投稿日:2012/11/30(金) 03:49
- 「もうすぐホテル着きまーす」
マネージャーが声を張り上げる。
それを聞いて衣梨奈は意識を戻した。
周りのメンバーがもぞもぞと起き出し一様に準備を始める中、隣にいる里保はまだ夢の中だ。
そう。里保が寝起きが悪いのも、意外な一面であった。
これは一緒にホテルに泊まるようになってから知ったことだ。
「里保ー起きてー」
「…………」
「もうすぐ着くよー」
「…………」
そしてなかなか起きてくれない。
あれは確か初めてのハワイの時だったか。
同じ部屋になったときもこうやって里保はなかなか起きてくれなかった。
衣梨奈が起こすことに諦めて自分の準備をし始めた頃にようやく「起きたよー」と報告付きで起きてくれたっけ。
- 210 名前:回想バス 投稿日:2012/11/30(金) 03:50
- 「あれ?里保ちゃんまだ寝てるの?」
前の座席から香音が身を捩りこちらを見ていることに気づき、再び回想から意識を隣に戻す。
やはり里保はすやすやと心地よさそうに眠ったままだ。
「里保ちゃんってほんと起きないよね」
「もうほんと迷惑っちゃけどー」
「笑顔で言われても説得力ないんですけどー」
香音に笑われながら指摘される。
確かに、内心ではあまり迷惑だと思っていないのかもしれない。
「ほら、早く起こさないと」
「そうやね」
再度里保を見やる。
車内は徐々にうるさくなり始めているのに、一向に目を覚ます気配が無い。
- 211 名前:回想バス 投稿日:2012/11/30(金) 03:50
- 「里保ってばー」
今度は声だけではなく、手を使う。
トントンと叩いてみる。しかし、起きない。
揺すって起こしてみる。しかし、起きない。
その手に力を込めてみても変わりはなかった。
「ねえ、起きてってば」
「………」
「もう着くっちゃけん、起きろー!」
「んぅ…」
耳元で声を張り上げみても里保は小さく唸るだけで起きてはくれない。
可愛らしい寝顔ではあるけれど、今はそれが憎らしい。
衣梨奈の眉が下がり、困ったように表情が曇る。
- 212 名前:回想バス 投稿日:2012/11/30(金) 03:51
- 「起きんといたずらするぞー」
「………」
「携帯盗むぞー」
「………」
「おでこにラクガキするぞー」
「………」
「ちゅーするぞー」
「……それはいやだ…」
妙な部分で反応するものだ。
今までなんの反応もなかった里保がもぞもぞと体を捩り起きだす。
ようやく起きてくれた里保を見ると、開けきっていない細い目でこちらを見ていた。
「………ちゅーはしないでね」
寝ぼけ眼のくせに、釘を刺される。
そんなにイヤだったのか。
少しばかりショックを受ける。
- 213 名前:回想バス 投稿日:2012/11/30(金) 03:51
- 「寝とーときにはせんよー」
「じゃあ起きてるときにはするの?」
「してほしいと?」
「イヤ」
即答だった。
緩んでいたはずの衣梨奈の頬が膨らむ。
そんな衣梨奈の表情を見てか、里保の顔が少し和らいだような気がした。
「あっ」
「なに?」
「里保、ほっぺに痕ついとるよ」
「うそ」
「ここ」
衣梨奈の手が里保の頬に伸びる。
左頬についた、衣梨奈の服を形取ったような線。
なぞるように痕に触れると、里保が顔をしかめた。
「くすぐったいよ」
- 214 名前:回想バス 投稿日:2012/11/30(金) 03:52
- 細めた里保の目が抗議の意を込めている。
けれど衣梨奈はその目には気づかない。
衣梨奈の視線は里保の口元に向かっていたから。
少しだけ緩んでいるそこに。
里保は照れ屋だとつくづく思う。
「えりぽん、何笑ってんの」
「なんでもなーい」
「…へんなの」
衣梨奈には里保が何故素直にならないのかわからない。
わからないけれど、わかるからいいのだ。
「ほんと、えりぽんってわかんない」
やっぱり里保は、照れ屋だと思う。
- 215 名前:回想バス 投稿日:2012/11/30(金) 03:53
-
『回想バス』 おわり
- 216 名前:宮木 投稿日:2012/11/30(金) 04:03
- 生鞘で始まったので生鞘で終わってみた。
>>203 名無飼育さん
生鞘はホープ。生鞘普及も頑張っていくたー
巻き込まれ振り回される人が多いような気がしなくもない。
>>161 名無飼育さん
率直にありがとうございます。
高校生メンバーが高校生のうちに高校生らしいことも書いてみたいですね。
容量があれなのでこれにてジャストスターティングは終わりです。
読んでくださった方々、どうもありがとうございました。
レスくださった方々、さらにありがとうございました。
お引越ししますのでよろしければ引き続きお付き合いください。
草板 ミドルクリッピング
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/grass/1354215649/
- 217 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/02(日) 02:33
- こちらの生鞘好きでした
言わない関係だったり「わからないけどわかる」だったり
いやー好きですわ
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