神の純潔
- 1 名前:優胡麻 投稿日:2011/10/11(火) 22:31
- 短篇集になるかと思います。
時代錯誤するかもしれません。
仰々しいスレタイにしてしまったことを反省中
- 2 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:36
-
「プラトニックな恋愛って信じますか?」
読んでいる雑誌から顔をあげて、紺野は言った。
明日は蕎麦を食べに行きましょう、とあたしを誘うような、なんともないふうな口調で。
いつもの穏やかな視線のその奥に不思議な色を湛えながら。
* * * * * * * * * * * *
- 3 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:38
- 夏のうだるような暑さが落ち着いてきた頃、
読書の秋だの、スポーツの秋だの叫ばれるなか
あたしたちは毎年違わず食欲の秋を謳歌している。
昨日も、いつものように
この子の隙のない完璧なリサーチに引っ掛かった話題のお店で、
随分評判がよかった自家製のとろろをたっぷり堪能。
現役の頃からこの子の食欲はちっとも劣っていないらしい。
多分、あたしも。
だけど、それより、あたしは
美味しいものを食べたときに見せる幸せそうな顔を見るのが好きだった。
これ以上の幸せはないと言わんばかりの
至福の表情であたしを見て淡く微笑む
そのたおやかな佇まいが。
帰りの車のなか、
いつまでもどこが美味しかったとか次は何を食べに行きたいとか
ほんのりと頬を染めながら楽しそうに話すその姿が。
- 4 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:38
- そんな彼女を一番近くで見ていられるのがあたしだということが。
あたしをどうしようもなく幸せにする。
だから、あたしたちは毎週のように週末にはドライブデート。
- 5 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:40
- 夏の間は、暑さが苦手なあたしに合わせて
こうして部屋の中に閉じこもっていることも多かったけど
秋の気色に攣られるように、最近はまた遠くまでご飯を食べに行くのが多かったから
紺野の部屋に来るのも少し懐かしさを感じるほど久しぶりのことだった。
「じゃあ明日は久しぶりに、うちに来ます?」
「いいねぇ」
「ごとーさんの肉じゃが食べたいなぁー」
「じゃ、考えとくね」
なんて。
昨日の電話で冗談っぽく言われたときは気のない返事をしてみたけど、内心やっぱり嬉しくて。
- 6 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:41
- 「ごっちん特製肉じゃが出来上がりー!」
昨日のうちに肉じゃがの材料を完璧に揃えてみせたあたしは
なんだか張り切っちゃって、とっておき豪華な手料理を振る舞った。
そんなあたしに、紺野は少し驚いてから、とても嬉しそうに微笑んだ。とても嬉しそうに。
ドライブデートの帰りよりも、どこか幸せそうな表情で。
2人分には十分すぎるくらいの量の料理を目にしたせいなのか
久しぶりのごっちん特製料理が嬉しかったからなのかはわからなかったけど
あたしはすごく嬉しかった。
デザートはスウィートポテトだべ!
ってことでまた大量のスウィートポテトを焼きはじめたあたしに
紺野はまた驚いたけど、やっぱり嬉しそうに笑った。
明らかに作りすぎた料理をゆっくりと食べ終えたあたしたちは
ネイルをしたり雑誌を読んだり、久々に訪れたのんびりした2人の時間を楽しんでいた。
そろそろ紅葉の季節だし、とネイルを鮮やかなワインレッドに塗り替えることに決めて
ネイルを塗ることに没頭していたところ、唐突に聞き慣れない言葉が投げ掛けられた。
- 7 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:42
-
「プラトニックな恋愛って信じますか?」
プラトニックラブ―――肉体的欲望を伴わない精神的な恋愛
「んあー、あるんじゃん?」
最近研究しているらしく、よく読んでいるメイク雑誌から顔をあげて紺野は言った。
明日は蕎麦を食べに行きましょう、とあたしを誘うような、なんともないふうな口調で。
いつもの穏やかな視線のその奥に不思議な色を湛えながら。
いつもと違う気配に一瞬眉を顰めたけれど
紺野がなんともないふうに訊くから、あたしもなんともないふうに答える。
答えながらふと思った。
どっかで聞いたことある質問だったような…
「ってかあたしたちそうじゃん」
そうだ、あの時も同じことを言われた。
あの時―――――
あたしが紺野に気持ちを伝えたときにも。
- 8 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:42
-
* * * * * * * * * * * *
- 9 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:43
-
「あたし、紺野のこと、好きなんだ」
ハローのコンサートが終わった夜、
紺野を呼び出したあたしは
2人でご飯を食べて帰りの駅に向かう途中、紺野に告げた。
「あ、えっ…」
「だーかーら、好きだよ」
「………はい」
あたしからの思いがけない言葉に
紺野は一気に首元まで真っ赤にして、ひとしきり狼狽してから
ようやく視線がぶつかる。
「ありがとうございます」
そう呟いて恥ずかしそうに俯いた。
- 10 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:44
-
可愛い、な。
気持ちは伝えたけど、どうだろう。
紺野のあたしに対する気持ちが、単なる憧れなのか、それとも恋なのか
あたしは判断しかねていた。
でも、
あたしと2人でいるときの紺野は、時折顔を赤らめたり、はにかんだり、とても可愛くて。
恋、してくれてるのかな?
なんてちょっと自惚れていたりしたんだけど。
俯きながら隣を歩いている紺野が、何を考えてるのか全然わからなかった。
いつか、お互いのことをわかりあえるような日が来るといいな。
今は知らないことばかりだから、もっと知っていきたい。
まだ見たことのない色々な表情を見せてほしい。
新しい世界に飛び出すことで磨かれるだろう綺麗な心を一番そばで見ていたい。
これからもあなたの隣で微笑んでいたいんだ。
- 11 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:44
- もう少しで駅に着くという頃、
ずっと俯いていた紺野が顔をあげて、あたしを真っ直ぐに見つめた。
その表情は、柔らかく穏やかだったが、その瞳が隠しきれない真摯さを醸し出していた。
そして、見たことのないような微笑みを口許に浮かべて静かに言った。
「後藤さん、プラトニックな恋愛って信じますか?」
突然発っせられた言葉と表情に呆気に取られて何も言わないあたしに、紺野は言葉を続ける。
「プラトニック、純粋に精神的なって意味ですよ」
「へぇ…」
「私、後藤さんとプラトニックな恋愛がしたい」
そう言ってあたしを見つめた紺野の瞳を、あたしは一生忘れないと思う。
駅から洩れる明かりを受けて輝くその瞳は、今まで見たことのないような不思議な色。
あたしを真っ直ぐに見つめてくる大きな瞳、意志の強さを感じるような漆黒の奥。
王座に据えられ煌々と光を放つ深紅のルビーのような。
透き徹った水のなか、誰かに見つけられるのを待つエメラルドのような。
今まで見たことがないほど、切実で、静穏で、儚く、そして綺麗だった。
- 12 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:44
-
* * * * * * * * * * * *
- 13 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:45
-
今、あたしを見つめる瞳はやっぱり不思議な色。
この子が何を考えてるのかは相変わらず分からないまま。
あたしたち、結構長い間そばにいるのにね。
共有する時間が増える度、あたしは少しずつ紺野のことを知った。
やっぱり食べることが好きなこと。PASMOが売ってないだけでわざわざSuicaじゃなく切符を買うくらいピンクが
好きなこと。たまに甘えるとお姉さんっぽく笑うこと。遠くに沈む夕日で茜色に染まる空に見蕩れて佇む姿は
艷やかで凛々しい花のように美しいこと。言うべきことと言わなくてもいいことを自分の中できちんと判別してる
こと。これだと決めたことは決して曲げず、他人を入れない領域を持っていること。紺野と交わす何気ない会話の
一つ一つがあたしのなかに穏やかで幸せに包まれた温かい世界を創りだしてくれること。
それでも、あたしには分からない。
こんな時あなたの考えていることは何も見えない闇の彼方。
言ってくれないと分からない。
真実なのか嘘なのかでさえ。
紺野があたしに伝えてくれないといつまでも分からない。
だけど、
その瞳があたしを惹きつける。
- 14 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:46
-
あたしが答えると紺野は何もなかったように雑誌を読み始めた。
真面目な紺野の研究の成果は目に見えて分かった。
メイクの腕もメキメキ上がって、日々綺麗になっていっている気がする。
「私、神様の子供なんですよ」
紺野は相変わらず下を向いていて表情はよく見えない。
だけどその口許には淡い微笑み。
「愛する人とキスしたりエッチしたりすると駄目らしいんです」
「駄目ってなにが?」
「天空に帰らなきゃいけなくなっちゃう」
「…ふぅん」
だから、――――
- 15 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:46
-
紺野と目が合う。
静かに笑った。
口許には見覚えのある微笑みを浮かべ
その瞳に不思議な色を湛えながら。
「後藤さん愛してます」
綺麗だった。
あたしを真っ直ぐ見つめ、穏やかな表情で、切実な感情を隠しきれない表情で、
静かに言い放つ紺野が綺麗で、見たことがないくらい綺麗で、愛おしくて仕方がなかった。
「うん、あたしも」
紺野のこと、少しだけ分かった。
見たことのなかった表情もたくさん見た。
新しい世界で紺野は益々綺麗になった。
今でも、知らないことばかり。
紺野が伝えてくれないと、考えてることも分からない。
それでも、あたしはこれからもあなたの隣で微笑んでいたい。
綺麗で、不思議な心を持つあなたのそばにいたい。
喩え触れることができなくても、そばにいられるだけでいい。
それだけでいい。それだけで。
「紺野、愛してるよ」
あたしは、どうしようもなく幸せだった。
- 16 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:47
-
神の純潔
God's Chastity
END
- 17 名前:God's Chastity 投稿日:2011/10/11(火) 22:48
-
- 18 名前:優胡麻 投稿日:2011/10/11(火) 22:52
- >>2-16
「God's Chastity」以上
- 19 名前:Boundless wild fancy 投稿日:2011/10/23(日) 15:48
-
水曜日の4限。
毎週1時間しかないこの時間の授業の前後は、学校中の生徒が入り乱れてどこも騒がしい。
生徒が学年の壁を越えて受けたい授業を選択する。所謂自由科目というやつだ。
隣の席に座る衣梨奈を盗み見る。
前を向いて真面目な顔で先生の話を聞いては、一心に板書をノートに書き写している。
みんなと同じ、至って普通のことをしているのに、どの動作をひとつとっても慌ただしくて
必死さが漂ってくる。
それがなんだか微笑ましくて、聖は口許が緩むのを抑えるのに必死になった。
本人は堪えているつもりでも、その表情はだらしなくにやけている。
相変わらず板書を書き写すのに必死な衣梨奈は、見るからに不器用そうだ。
かわいい。
- 20 名前:Boundless wild fancy 投稿日:2011/10/23(日) 15:48
-
昼休み、衣梨奈はいつも購買に昼食を買いにいく。
毎朝遅刻ギリギリなので、コンビニに寄る時間がないらしい。
朝食を食べながら登校、なんて時もしばしば。
パジャマで慌てて起きる衣梨奈。パンを啣えながら走る衣梨奈。赤信号で靴紐を結び直す衣梨奈。
急ぎすぎて校門で躓く衣梨奈。必死で階段を駆け上がる衣梨奈。
「みずきー、購買行く?」
寝坊した衣梨奈を妄想して萌えていたら、突然話し掛けられた。
聖は慌ててなんともない表情を作る。
衣梨奈はそれに気が付いてるのかもわからないがそれに突っ込むことはしない。
衣梨奈はよく聖を誘う。理由はわからない。
聖には特に購買に行くような用はない。だけど、答えはいつも決まっている。
「いいよ、行こ」
財布を持って教室を出ていく衣梨奈。聖は慌ててついていく。
隣を歩く衣梨奈はなんだか楽しそうに歌を口ずさんでいる。
誰の歌かは知らない。聞いたことのない歌だった。
またひとつ新しい事を知った。
歌いながら歩く衣梨奈はかわいい。
- 21 名前:Boundless wild fancy 投稿日:2011/10/23(日) 15:48
-
『サイダー!しゅわしゅわぽーん!ふふふっ』
『カレーは朝だよね、うん、やっぱ朝だよ』
『ねーねーみずきー、今日もチーズいっぱいあるよーっ』
『スープ春雨買ったらみずきも食べるー?えりなだけじゃ食べ切れないって感じでー』
『あ、緑!新垣さんだぁー!緑といったら新垣さん新垣さん!』
昼ご飯を選んでいる時も、購買からの帰り道も、昼休みが終わろうとしているときに
まだ昼ご飯を食べ終わっていないという危機的状況でも、衣梨奈は話し続けている。
最初はとにかくうるさいくて呆れていたけど
そばに居るうちに、本当は寂しがりやでいつも誰かに相手してほしくて堪らないのだとわかった。
それ以来はたまに文句を言いつつも、勝手に喋らせることにしている。
衣梨奈はそれで満足なのだ。
一人でマシンガントークを繰り広げている最中にふと思い立ったように振り向いて
聖の姿を確認したとき、衣梨奈が嬉しそうに笑うことを知っている。
- 22 名前:Boundless wild fancy 投稿日:2011/10/23(日) 15:49
-
「えりぽん今日部活は?」
「ちょっと遅れるー」
「え?なんで?」
「なんかぁ、先生に呼ばれちゃって」
「そっかぁ」
「…あーっ!どうしよ!忘れてたぁー!あーどーしよ」
「なにを忘れちゃったの?」
「あのー新垣さんに言うの忘れてたと…今からでも大丈夫かな」
「メールしてみなよ。大丈夫でしょ」
「えー大丈夫かなぁ」と繰り返す衣梨奈をあしらい、聖は先に立ち上がり教室を出る。
衣梨奈はたまに博多弁になる。
方言萌え。
「みずきー!あとでねー!」
聖は不意打ちに弱いのだ。
いきなり叫ばれたことに驚いて振り返ってみると、やたらテンションが高くて
やや引き攣った万遍の笑顔で手を振っている衣梨奈の姿。
やっぱり衣梨奈はかわいかった。
- 23 名前:Boundless wild fancy 投稿日:2011/10/23(日) 15:49
-
* * * * * * *
「すごいかわいいですよね」
「うーん、確かにかわいいときもあるよね。最近ちょっと行動がツボで、ふふ
もー見てるとほんとおかしい」
「結構何しててもかわいいですよ」
「あ、さゆみはそれは同意できないかも」
「えー何しててもかわいいですよー」
「だって生田寒いじゃん。さゆみ的には最近ツボなんだけど、でもやっぱ寒いよ」
「そこもちょっとかわいいんですよー
あと、今日なんてスープ春雨食べてたんですけど、そのときの食べ方がなんか
もうほんとにどうしようかと思っちゃうくらいで、すごいかわいかったんですよ」
「…末期だね、フクちゃん。てゆーか、えりぽんはさゆみの担当じゃないってゆーかさ」
だってあの子の担当は…
さゆみは稽古場に入ってきた里沙を見る。
- 24 名前:Boundless wild fancy 投稿日:2011/10/23(日) 15:50
-
さゆみと里沙はよく聖たち下級生の指導をしてくれる先輩だ。
縦の繋がりがしっかりしているのも大学の附属校のメリットである。
もっとも聖は、憧れの先輩に近付くためこの演劇部に入部することに決めたのだった。
衣梨奈は転入生だったが先輩によく懐き、誰からも可愛がられていた。
その中でも衣梨奈は特に里沙のことをよく慕い、里沙も満更でもない様子でよく気にかけていた。
「あれー?生田は?」
「生田は呼び出しだってさ」
「えりぽんから連絡来てませんか?」
「えー?来てないよぉ」
「新垣さんに連絡するって言ってたんですけど…」
「生田のことだからまたセグウェイに轢かれて忘れたんでしょ」
「まったくもー、ほんとしょーがないなぁ」
ドジっ子な衣梨奈。萌え。
「フクちゃんも大変だねぇ」
「え?」
「生田といると疲れるでしょ。アタシもちょー疲れるもん」
そう言ってわざとらしく溜め息をつく里沙。その顔はやっぱり少し楽しそうだった。
「さてと、練習始めよっか」
衣梨奈は部活に来るといつも里沙のそばに寄ってニコニコと甘えている。
毎日里沙に写真を撮ることをせがみ、たまに頭を撫でられるとデレデレとした顔で嬉しそうに笑う。
甘えたがりな衣梨奈。
かわいい。
- 25 名前:Boundless wild fancy 投稿日:2011/10/23(日) 15:50
-
* * * * * * *
フクちゃんは妄想癖があるに違いない、とさゆみは思う。
聖はなにかあるごとに衣梨奈を見ては、にやにやと破顔している。
さゆみは聖とはよく話が合うと思っていたが、衣梨奈のことに関しては別だった。
話していると、仕種だとかシチュエーションだとかなんだかディープな方向へ発展していくのだ。
普通のことだったらすごく落ち着いた子なのに、
えりぽんのことになるとなんであんなに妄想族みたいになっちゃうんだろ…
練習が終わり更衣室へ向かいながらそんなことを考えていると、張本人がやってきた。
「あっ道重さん!」
「お疲れー。あれ…フクちゃんまだ着替えてないの?」
「ちょっと片付けに手間取っちゃって、今から着替えようと思って…」
突然、更衣室の前で聖が立ち止まる。
「フクちゃん?」
「声が、聞こえたんですけど…」
「声?誰の?でも別に普通だよね、まだ人いてもおかしくないし」
「いや、でもあの、なんか…」
『ちょっと生田ってば』
『新垣さんちがいますよ』
『わーかったから!もうだからさー』
扉越しにくぐもった声が聞こえてきた。
「中にいるのガキさんと生田?入ろうよ」
さゆみはガチャッと扉を開ける。
- 26 名前:Boundless wild fancy 投稿日:2011/10/23(日) 15:50
-
何故か電気が付いていない、夕闇の中。
微かに差し込む仄かな明かりが放課後の更衣室を照らす。
少し開いた窓から風が入りカーテンが揺れる。
窓際には2人の影。
指先は繋がり、肩は触れ合っている。
その距離は、息が重なりそうなほど近い。
- 27 名前:Boundless wild fancy 投稿日:2011/10/23(日) 15:52
-
「あ、みずき?」
その状態のまま衣梨奈が立ち尽くすさゆみたちに顔を向ける。
「い、生田?ガキさん?」
我に返ったさゆみは電気のスイッチを入れる。ようやく表情が見えた。
衣梨奈は里沙の手をパッと離すと、なんともない顔でさゆみたちのところにやってくる。
衣梨奈は普段となにも変わらない。
里沙はなんともなくはないらしい。さゆみたちに顔を向けたまま固まっている。
「生田なにしてたの?」
「新垣さんと話してました!なんかぁ、そしたらすごい時間経っちゃって、わぁもうこんな時間!
もう道重さんたちも終わりですか?」
「あ、うん、終わったんだけど…ガキさん?」
里沙も、ようやく我に返ってさゆみたちの元へ駆けて来る。その顔は朱く染まっていた。
「ち、違うんだよ、さゆみん!本当に話してたらこんな時間になっちゃって
暗いのに電気付けないでいいとか言うから…ったくあんたはいつも近いんだって
何度も言ってるでしょーが!暗いと目も悪くなるんだからね!ったくもー」
里沙は衣梨奈に説教し始めた。衣梨奈はケロッとした表情で
いつものように里沙の話を聞いていた。
「まったく仲が良いんだかどうなんだか…それにしてもびっくりした…」
――――――キス、してたのかと思った。
「一瞬びっくりしちゃったよねー、フクちゃん……って、え?ち、ちょっと、フクちゃん?」
- 28 名前:Boundless wild fancy 投稿日:2011/10/23(日) 15:52
-
聖は、いまだ扉の前で立ち尽くしている。
その顔は、にやにやと破顔した見慣れた表情で
勿論、聖の脳内では果てしない妄想が広がっていた。
- 29 名前:Boundless wild fancy 投稿日:2011/10/23(日) 15:52
-
- 30 名前:Boundless wild fancy 投稿日:2011/10/23(日) 15:52
-
- 31 名前:優胡麻 投稿日:2011/10/23(日) 15:55
- >>19-28
「Boundless wild fancy」
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/23(日) 22:31
- まさか現メンくるとはw
ニヤニヤしちゃいましたよ
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/24(月) 23:35
- キュンキュンしました。
期待してます!
- 34 名前:優胡麻 投稿日:2011/11/07(月) 00:26
- >>32 名無飼育さん
現メン書いちゃいましたw
新旧娘。+αが登場する短編集というスレでいきたいと思ってます
>>33 名無飼育さん
キュンキュンしてもらえたなら嬉しいです
亀更新ですがご期待に添えるよう頑張ります
温かいレスありがとうございました
では、一作いきます
- 35 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:26
-
社会でうまくやっていくために必要なこと。
先輩にはいい顔をしておく
時間の使い方は慎重に決める
大人の社会とは理不尽な世界だと知っておく
自分らしさを常に心がける
大っぴらに人を睨まない
愛想笑いを忘れない……etc
大人の世界って言うのは、平凡で平和で、つまんない毎日だ。
- 36 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:27
-
* * * *
また、あいつか。
「ねえねえよっすぃ〜」
「ん?」
「お昼ごはんもう食べた?」
「あー、まだ。どこ行く?」
美男美女。
この学校に配属されてからもう耳にタコができるくらい聞いたフレーズ。
ゆるく巻かれた艶やかなミディアムヘアの黒髪と、鮮やかに輝く短い金髪。バカ真面目とひょうきん者。黒と白。
画に描いたような正反対の2人の姿はお似合いだと思う、確かに。
…よっちゃんは男じゃないんだけどね。
「これ、あげる」
「え?なんだっけこれ…ミサンガ?」
「そうそう。梨華ちゃんに似合うかなって思って」
「ありがと〜!かわいいね」
「ホントは自分の分だけ買うつもりだったんだけどね」
オソロで買っちゃったYO!って…
この2人は気がつくとしょっちゅう一緒にいる。
昼休みにご飯を食べたり、飲み会でも常に隣にいたり。周りなんて見えない2人の世界って感じ。
もはや見慣れた光景になった飲み会の帰り道、男どもが送りたいですって下心が見え見えの表情で彼女たちの陰を目で追っている姿。
本当はみんな羨ましいと思ってる。
どれだけの人に好意を寄せられているのか、本人達はまるで気付く気配がないけれど。
お互いに気を許したように笑いあう姿は眩しいくらいに華やかで。きっと、どんな風景の中にいても周りの目を惹きつける。
- 37 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:28
-
よっちゃんは馬鹿だけど、不真面目に見られがちだけど、やると決めたことにはストイックに真摯に取り組む、仲間想いで熱いイイヤツだ。
だから、悪いけど今日はよっちゃんを独り占めさせとくわけにはいかない。
「あ、ミキティ。なんだよぉ」
「よっちゃんさん今日の昼休みは大事な戦いでーすよー」
「あー、そっか。ごめん梨華ちゃん。今日は体育館のシフト決める会議があって…」
そんな、あからさまに残念な顔しなくても。
今日くらいいいじゃん。石川先生。ずっと、独り占めしてるんだからさ。
「今日はケメコハウスの気分だったのにぃ〜!!!」
「今度連れていってあげるよ、明日とか。つか梨華ちゃんも行き方くらい覚えればいいじゃんかよぉ」
「道とか覚えるのが一番苦手なの!じゃあ、明日行こうね?ね? 久しぶりのケメコハウス楽しみっ」
…そっちかい。
明日行くと決まったら、ご機嫌に鼻歌まで歌い出した。すごく細いのに意外と食べることが好きらしい。
- 38 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:28
-
「あ!ちょっと小春!あなた最近ちゃんと部活行ってるの?」
「石川さんには関係ないじゃないですか〜」
「先生がぼやいてたのよ」
「だって小春が居たところで特に変わりないじゃないですかぁ。だから行かないようにしようかなって」
「行かないようにしようかなじゃないわよ!やる気ないわけ?」
「石川さんひどーい!小春だってやる気ありますよ!
でも小春にはもっとやらなきゃいけないことがあるんです。何かが呼ぶんですよ小春を!」
「ハァ?……もう…あとで2時間説教ね。ちゃんと来なさいよ!」
離れていても耳につくキンキン声。どこからあんな声がでるんだか。
ていうかよっちゃんはいつもこの声と会話してんの?超音波で頭がパーになっちゃいそうなんだけど。
- 39 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:29
-
「ミキティ、行こーぜ」
よっちゃんと美貴の間で彼女の話題が出ることはほとんどない。
彼女とは世間話もろくにしたことがない。
今のところの情報源は、教師や生徒の間で流れる風の噂と、美貴が一方的に見ていて得た印象だけ。
うるさい。キショイ。うざい。バカ真面目。面倒臭い。
この人、やっぱり苦手なタイプ。
- 40 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:29
-
* * * *
最高に気まずい。
斜め前を歩く彼女は、バカ真面目に全ての部屋を見て回っている。それにしても気まずい。
大体、新任の女2人で夜の校舎を見回りなんて、意味が分からない。
不審者がいたところで襲われて終わりじゃんか。ホント、意味分かんない。
この人は会話する気はないんだろうか。気まずいとか思ってるのかな?
…美貴は、気まずくて仕方がないんだけど。
「ねえ」
「…はい?」
そんな、あからさまに困った顔しなくても。笑おうとはしてるみたいだけど隠し切れてないハの字眉毛。
いい大人なんだから、もうちょっとうまく立ち回ればいいのに。
面識の薄い人に対してはいつもそうなの? …それとも、相手が美貴だから?
- 41 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:30
-
「石川先生って、よっちゃんの事が好きなんですか?」
「え?」
「だからー、よっちゃんと付き合ってるのかなーって」
「…そういうのじゃないです」
ふいっと前に向き直ってまた歩き始めた彼女。
怒っちゃったかな。ちょっと好奇心で訊いただけなんだけど。
ますます気まずくなっちゃった。
「いえ、全然気にしてないです」
もう慣れてますから…
再び斜め前を歩く彼女は、薄く微笑むような表情で言った。
そんなに、気を遣わなくてもいいのに。
いや、そうさせてるのは美貴のせいか…。
なんとなく面白くない気持ちになって話し掛けるのをやめた美貴に素知らぬふりで、彼女は淡々と校舎を進む。
相変わらずの冴えない表情を見ていると溜息をつきたくなる。
ねえ、なんでそんなに気を遣うの?
- 42 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:30
-
誰もいない校舎。静かに響く2人分の足音。
窓の外には綺麗な三日月が見える。
今残ってるのは美貴たちだけなのに電灯は学校中を爛々と照らすから、
今日の月がこんなに綺麗なこと、今まで気が付かなかった。
それでもやっぱり明かりのせいで周りの星までは見えない。
きっと、同じように輝いてるに違いない。
この場所からは、見えないけれど。
ここから出て、あの真っ暗な校庭から見たらちゃんと輝いて見えるかな。
じゃあ帰りにでも校庭まで行ってくるかな…と思っていると、突然、沈黙が破られた。
「藤本先生はよっすぃ〜の先輩だったんでしたっけ」
「…ええ、そうです、大学の」
彼女はやっぱり斜め前を歩いている。表情も…やっぱり微笑もうとしているハの字眉毛の困り顔。
チラチラとこっちを気遣うように伺って話し続ける。
- 43 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:31
-
「よっすぃ〜とあたしは幼なじみなんです。
小学校と中学校まで一緒で、それで高校からは違うところに通ったんですけど」
へぇ…よっちゃんってあんまり話してくれないから初めて知った。だから、あんなに仲が良いんだ。
美貴はよっちゃんと大学で知り合った。
真っ白なカラダで、腕なんて折れそうなくらい細いのに、フットサルやる姿は逞しくて。太陽を背負って立ってるみたいに。
1コ下の癖に生意気な目をして食らいついてくるから、なんか気に入っちゃって。
そこから心を開いてくれるまでがまた大変だったんだよねー。懐かしい。
「大学でのよっすぃ〜ってどんな感じでした?」
「どんなって…たまに死んだ目してたかな〜。あはは。
でも普通に友達もたくさんいたし、今とあんまり変わってないと思いますよ」
「そうですか…」
夜の学校にいるせいなのか声も低めだし、なんか話しやすくなったかも。
話題があって良かった…助かったよ、よっちゃん。
あれ、ていうか大学の間会ってなかったの?
「ほとんど。たまにあっても全然大学の話とかしてくれなかったし」
「へー、そんな感じなんだ」
「よっすぃ〜高校で家出ちゃったから、久々にちゃんと会ったのはこの学校に赴任してからなんですよ」
それで、あんな雰囲気が出せるわけ…。
- 44 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:32
-
ん…?段々と暗くなっている気が……待って。どこに向かってんのよ、ちょっと…っ
「こっちって大学の敷地じゃないですか」
「この先に演劇部の部室があるんです。更衣室もあるし。あそこには中等部の生徒もいるから見に行かないと…」
………バカ真面目。
夜の大学ってこんなに暗いんだ。きちんと見回りをしながら斜め前を歩く彼女の表情は見えない。
ああ、懐中電灯持ってくればよかった。
石川先生、こんな所まで来るつもりならなんで持ってこなかったんですか、なんて言っても無駄か。
そもそもこんなところまで見回ること自体が無駄だと思うわけ、美貴は。
だって絶対誰もいないと思う。こんな学校に忍び込んで何すんのって話。
矢口さん(この学校創設した直後からずっとここにいる大先輩)も赴任以来一度も侵入者なんて見たことないって言ってたし。
ああ、ほんと馬鹿らしい。
言っても無駄だから、なにも言わないけど。
- 45 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:32
-
――――――ほら、誰もいない。
彼女を見ると、一生懸命目を懲らして更衣室の隅々まで見回している。
そんなに真面目に…たまにはサボらないと、疲れちゃうでしょ?思わず問い掛けたくなる。
なんにでもまっすぐ取り組むことは、必ずしも正確じゃない。正しいことが正確だとは限らない。
大人の世界は、そんなに綺麗じゃないこと、あなたはまだ知らないの?
- 46 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:33
-
「誰もいなかったですね。帰りましょうか」
ようやく満足したらしい。
これでやっと一通り見回りを終えた。多分この人もこれで気が済んだはず。
あー、やっと帰れる…ん………いま、誰かいた…?
「いま、なんか動きませんでした?」
いま絶対誰かいた。その部屋の中、曇りガラスの向こうに人影が見えた。
足音を忍ばせながら、ゆっくりと細く開いていた扉を開ける。
そこは、暗くてよく見えなかったけど、小さめの実験室みたいだった。
整理された戸棚には薬瓶らしきものが並んで、机には色々な器具が置いてある。
でも…誰もいない。机の下にもいない。奥の部屋にもいない。椅子の間にも、戸棚の中にも、もちろん天井に張り付いていたりもしない。
おかしいな。絶対にいると思ったのに。
「藤本先生…?誰か、いたんですか?」
おどおどとした動作でゆっくりと入ってくる、バカ真面目な人。
怖いなら外にいればいいのに。そんなビビりながらこっち見なくても。
見慣れない薬瓶を眺めながら彼女の視線を感じていると面白くない気分になってくる。
- 47 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:33
-
カチャン。
- 48 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:34
-
……………ん?
いま、音がしたような。
扉の方に目をやると、彼女も驚いたのか思い切り振り向いている。
そして、ゆっくりと、ゆっくりと、扉に近付いた。
「…・・・・・・・・・・・・オートロックかも…」
おーと、ろっく…?
開かないってこと?鍵掛かっちゃったの?しかもオートロック?じゃあ、美貴、ここから出られないの?マジ?
てか大学なのにオートロックって。ホテルでもあるまいし。ホント、馬鹿じゃないの。
「えーっ…嘘ぉ…」
絶望の色を滲ませて彼女が呟く。
それでもまた望みを捨てていないのか、ガチャガチャと扉を押したり引いたりを繰り返している。
「えいっ!」
しまいには蹴りだした。意外とパワフルな女の子なのかもしれない。
でももう、諦めなよ。
あんたがそれだけやってるのを見てきたから美貴はもう諦めた。
もう無理だよ。開かないよ。
あー、でも美貴のせいか。やっちゃったなー。でもさ、もうしょうがないじゃん。
- 49 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:34
-
「あの…どうしましょうか…」
眉間にシワを寄せて扉を睨む彼女に問い掛ける。
「どうしましょうねぇ……」
美貴を見つめる顔は困るを通り越して悲しそう。
うーん…困った。どうしよう。
「とりあえず電気つけたいんですけどスイッチが見つからないんですよ」
「あ、じゃああたしも探しますね」
「はい、じゃあ…」
そこから10分くらい探したけど一向に見付からない。
「やっぱりないですね」
「…そうですねぇ」
「鍵もないし、出られませんね」
「そう、ですよねぇ…」
またきっとあの冴えない顔をしているんだろう。
実際、長い間暗い廊下を歩いてきたから目は慣れていて、なんとなく表情はわかる。
気まず…何か会話しようにも話題が見付からずに、長い沈黙が続く。
- 50 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:35
-
窓際に腰掛けて困った顔で部屋のあちこちに目を泳がせている彼女は、月明かりに照らされてぼぅっと光っているようだった。
くっきりとした顔立ちで艶やかな髪、背筋をすっと伸ばして佇む姿は、同性の美貴から見ても十分魅力的で。
相変わらずハの字眉毛だったけど。やっぱり遠くから見ていた時と同じように綺麗だった。
この姿が色々な人を惹きつけるんだろうなあ…
「彼氏とかいるんですか?」
「え〜、いないですよぉ」
「先生モテそうなのに」
「いやいや、全然そんなことないです。ホントに」
「人気あるじゃないですか。生徒がしょっちゅう話してるし」
「藤本先生こそ、生徒たちが話してるのよく聞きますよ。それに先生方の中でも」
それはあんたの方でしょ
言いかけてやめた。
こういう話題は苦手なのか、気が乗らないのか、さっきよりも眉間にシワが寄っている。
まったく、わかりやすい。そんなんで大丈夫なのかな…社会人なのに。
気まぐれで話し掛けたから会話も続かなくて、再び気まずい時間が流れる。
彼女の奥の窓から星が見える。
さっきは見えなかったけど、ここなら暗いから綺麗に見える。
ここから見るとこんなに輝いているのに煌々と電気が灯る場所からはこれが見えないなんて、ホント勿体ない。
- 51 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:35
-
朝まであと何時間あるんだろ、10時間くらいかな…
話し掛けたいけどどんな話題にしようかと考えていると、
窓際に座る彼女はガザゴソと携帯を取り出して誰かに電話をしはじめた。
「……………出ないかぁ」
「あのー、誰に電話?」
「よっすぃ〜。でも走りに行ってるのかなぁ…う〜ん…………………あ、もしもし!」
よかったぁ、うん。ごめんね、いま大丈夫?
うん。今日、日直でね、そう、見回り。それで、いま大学の研究室棟の方にいて、そう、今よ。
オートロックが掛かっちゃう部屋?みたいなところで…え、そうなの?
…うん、ほんとに?ごめんね、うん、ありがと〜。じゃあ、いるね。うん。はぁ〜い
迎えに来てくれるのかな。…待ってるね、なんて随分甘い声で。
「すぐに来れるらしいです」
ほっとした顔で彼女が言う。
そっか。じゃあそろそろ出れるんだね。よかったよかった。一件落着だ。
- 52 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:36
-
それからすぐに、小走りで近付いてくる足音。
王子様のお迎えかな…と思ったけど、どうやら違う人らしい。
「梨華ちゃん」
現れた人は、美貴を見ると一瞬驚いたように目を見開き、軽く頭を下げた。
暗くて顔はよく見えないけど髪の長い女の人。めちゃくちゃ細い。
「ごっちんごめんね〜」
「別にいいよ。今日はちょうど残ってたし。てかなんで梨華ちゃんこんな所にいるのさ。帰り道分かる?」
「帰り道くらい分かるわよ!大体なんで大学なのにオートロックなわけ!?高級ホテルでもあるまいし。もぉ〜
うちなんてエレベーターもないから階段で4階まで上がらないといけないのよ?付属なのに。
大学のくせに生意気なのよ、最近の学校ってほんとにっ」
「はいはい、じゃあ行くよ〜」
……誰。
校舎では一度も見たことない。
でも全然見付けられなかった電気のスイッチをパチッと点けてるのを見ると、大学の関係者なのかな。
この人もすごく綺麗な顔立ちをしている。
すっと通った鼻筋。柔らかく弛められた涼しげな口元。彼女を見つめる温かい瞳。
その雰囲気はどこまでも穏やかで柔らかくて、たまにのんびりとした相槌をうちながら、彼女の話を聞いている。
- 53 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:36
-
「ごっちんがいてよかったぁ。よっすぃ〜にも電話繋がらないし、どうしようかと思っちゃった」
この人が来た途端に顔を輝かせて、うるさいくらいに話し出した、たった今まで斜め前にいた彼女。
清々しいくらいの笑顔で、ぶつぶつと文句を言いながら、楽しそうに美貴の前を歩いている。
ああ、そうそう。この人。キショイ。うざい。バカ真面目。うるさい。面倒臭い。美貴の苦手なタイプだと思ってた人。
さっきまで、美貴といたときはそんな顔、全然しなかったくせに。
面白くない気持ちがふつふつと湧き上がってくるのを感じる。
もう大人なんだから、そんなの慣れているはずなのに。
「ねえねえ、オートロックじゃなきゃいけない理由とかあるのぉ?」
「んあ、なんか去年泥棒が入ったことがあるらしくて〜」
「泥棒!?そんなことホントにあるの?えー、実際そういう話聞くと怖いね。よかったぁ。今日は誰もいなくて…」
「そうだね〜」
「そうそう、あのね、今日も小春が部活に行かないとか言うのよ。ごっちんも知ってるよね?あの子、元バレー部の。
合同発表会の時の代表メンバーで一緒だったよ、ごっちんも。その子が部活に来ないんですぅ〜って先生に泣きつかれちゃってね。
今日も注意したのに全然反省する気がないのっ。いくつになっても子供っぽくて、もう困っちゃうよねえ」
前を歩く2人をぼーっと見ていると、ふと顔を向けた”ごっちん”と一瞬目があった気がした。
だけど、それは本当に一瞬で、もうなんでもない顔で彼女と話し続けている。
相変わらず、彼女は楽しそうに嫣然と笑う。
ま、いっか……美貴は焼き肉のことでも考えてよ…
- 54 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:37
-
その時、
「――――――」
”ごっちん”が彼女の耳元で何か呟いた。
その瞬間に、弾かれたように振り向いた彼女。
この人、よっちゃん並みに気を遣う人なのかな。ううん、よっちゃんよりも気が利くのかもしれない。
今みたいにさり気なく、多分後ろにいる美貴を気遣って。
鈍感な人だったら全く気付かれないくらい自然な動きだった。
よっちゃんはそういうのヘタだからね。
美貴に目をやる彼女は、ある意味、よっちゃん以上にヘタな人。
明らかにやっちゃったって顔で眉を思い切りハの字にして美貴を見ている。
そんな、困った顔しなくても。
別に、美貴はなんにも気にしてないのにね。
こんな時間まで残ることになったのは美貴のせいだし、文句なら美貴に言えばいいのに、この人はそれもしなかったわけだし。
“ごっちん”はまたさり気なく先に行き、彼女が美貴の隣に並ぶ。
- 55 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:37
-
「・・・・・・先生、やっと帰れそうですね」
「ですねー。・・・あたしのせいですいません」
「いや、いいですよぉ。結局出られたし貴重な体験もできましたし」
どうしてそんなに気を遣うんだろ。誰にでもそうなの? …それとも、やっぱり美貴だから?
自分でも気付かないうちに睨んでたりしたのかな。美貴ってそんなに恐い?目つきが悪いのは生まれつきなんだよ。
だから愛想笑いを心がけてるんだけど、気が緩んでたりしてたかな。
確かに、苦手なタイプだし、うざってーなーと思ってた。遠くから見ながらいつも思ってた。
だけど多分、もう苦手じゃない。全然苦手なんかじゃない。嫌いだなんて思ってない。
ねえ、だから、そんな顔しないで。
そんな、困った顔で笑わないでよ。
………藤本先生?
そんなふうに勝手に距離を置かないで。
- 56 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:38
-
「…美貴」
「え…?」
「名前、美貴で、あとタメ口でいいです」
「……………………」
ああ、黙っちゃった。
ていうか美貴、なんでこんなこと言ってんだろ。全然キャラじゃないよ。こんなの、全然違う。
どんな顔してるんだろうか。もう、なんか恥ずかしくなってきて真っ直ぐ見れない。
いま自分がどんな顔してるのかも想像したくない。ホントに、こんなのキャラじゃない。
「あの、同い年だし、なんか堅苦しいし、タメ口に呼び捨てでいいんでー」
「あ、…はい。同い年なんだよね」
「うん、まあ」
「じゃあ、えっと…美貴ちゃん?」
名前を呼ばれることがこんなに新鮮だった日って今までなかったかも。
ただそれだけのことがなんでかすごく嬉しく感じてる自分がいて、面白くなかった気持ちがどっかに行っていたことを知る。
首を傾けて覗き込んできた彼女は、今日一番のハの字眉毛だったけど。
そんなことも今の美貴には全然気にならない。
- 57 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:38
-
「・・・・・・あのさ、美貴も名前で呼んでも…」
――――――いいですよ。…美貴ちゃん、これから、よろしくね?
なんだ、ちゃんと笑えるじゃん。
今まで美貴の前では見せることのなかった表情で、彼女は言った。
心なしか嬉しそうに、よっちゃんや”ごっちん”に向けていた笑顔と同じ、
ぱっと花が咲くような、思わず見蕩れてしまいそうな華やかさを漂わせて。
「今まで話したことなかったもんねー」
「あはは。そーだねぇ」
「ずっとね、話したいなって思ってたのっ」
あー、やっぱりうるさいな。それに、キショイし、うざい。
嫌いじゃ…ないけど。
- 58 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:39
-
パタリ、
前を歩いていた”ごっちん”が立ち止まった。
「どうしたのぉ?」
「いや〜、電気がね、点いてんの」
ちょっと先にある部屋を指差す。
「おかしいなぁ。今日残ってるのはごとーだけだったと思うんだけど…」
ごとーさんは、いまだに神妙な面持ちで立ち尽くしている。
そんなに不思議がることなんだろうか。
この人は何考えてるのか分からない。掴み所がない人だな、と思った。
- 59 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:39
-
「あのさー、梨華ちゃんたちはどうやって実験室に入ったの?」
あ、そういえば。
オートロックがかかったのに美貴はなんで入れたんだ?あれー?おかしい。
・・・…ああ、確かちょっと開いてたんだった。そんで、そんで…
「人が、いた」
そう、中に人影が見えて、美貴はあの部屋に入ったんだ。
結局誰もいないと思ったんだけど、ホントはいたってことかな。
待って。だとしたらちょー怖くない?美貴たちと同じ部屋にいたってこと?嘘でしょ。侵入者じゃん。ちょっと、矢口さん。
「でも結局いなかったのよ」
「ふぅーん」
梨華ちゃんは眉間にシワを寄せて眉をハの字にさせて不安そうな顔で。
ごとーさんはそんな彼女を横目にその部屋の前まで歩き、なんの変哲もない動作で扉に手をかけた。
「ちょっとごっちん…!ほんとに泥棒だったらどうするの…!!!」
- 60 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:40
-
大丈夫だよ、とでも言わんとする表情で彼女を見て、小さくへらっと笑う。
どこか緊張しているような、彼女を安心させるような、小さい子がイタズラを仕掛ける時のような、不思議な表情。
それでも、それはのんびりした動きで、なんだか時間の流れが遅くなったような、そんな錯覚をさせる。
やっぱり、よく分かんない人だ。
そして、ガチャッと扉を開ける。
そこには、目が大きくてまんまるで、まだ可愛いという言葉が似合うような女の人がいた。
「おお、まっつーじゃないか」
「あ、ごっちんも残ってたの」
「誰もいないと思ってたから電気消しちゃったよ、ごめんね〜」
「残るつもりはなかったんだけど実験がなかなか終わらなくってねー。さっきやっと結果がでたとこ」
この人の知り合いらしい。侵入者じゃなくてよかったぁ。
隣の彼女も安心したらしい。わかりやすく胸を撫で下ろしていた。
「あ、この人、うちの研究室に入ってきたまっつー」
「ちょっと、それじゃ分かんないでしょ。松浦亜弥です、よろしく」
挨拶も淀みなくて、押し付けがましい感じもしない、やけに大人っぽい雰囲気の子。なんとなく、器用そう。
隣にいる不器用な人はというと…あれ、こちらも綺麗に微笑んでいる。
ちぇっ。やっぱり美貴だけかよ。
- 61 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:40
-
そうそう、一応訊いとかないと。
「実験室にいたのってあなたですか?」
「あ、いましたけど」
「あたしたちが入ってきたの気が付きました?」
「いやー、全然」
あれ?おかしい。じゃあ美貴が見たのは別人ってわけ?
血がサーッと引いていくのを感じる。いやいやいや、有り得ないから。そんなの。
「じゃあすれ違ったのかもしれないですねぇ。あの部屋、出入り口奥にもあるんで」
……………え?
「あれ?ていうか入口の扉鍵掛かってなかったですか?もしかしてまつーら、やっちゃった感じ?」
「まっつー、扉開いてたらしいよ」
「あっちゃー。やっちゃったね。にゃはは」
じゃあ、普通に出れたんじゃん…なんで気付かなかったんだろ…
あー、馬鹿らしー。あんなに焦って。あ…なんか始まる予感が…
- 62 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:41
-
「うっそぉーーーーー!!!」
予想通り、隣で特大のキンキン声があがる。ホントにうるさい。
苦手なタイプど真ん中だった彼女が、口をへの字にして文句を言いはじめた。
「じゃあ出られたってこと!?もうほんとにほんとにほんとに怖かったんだから!
あんなに怖かったのに。もう、あんなに怖がってたあたしを返してよぉー!」
「はいはい、僕には分かる。なんつって〜、はは」
ごとーさんはのんびりとした口調でさらっと受け流している。
その姿が、いかにも慣れた姿って感じで、なんとなく…なんとなく、なんだろうね。
彼女を見るごとーさんの目は、どこまでも温かい。
- 63 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:41
-
「ねぇ、名前なんて言うんですか?」
松浦さんに話し掛けられた。
美貴をまっすぐ見つめてくる目が大きくて可愛らしい。
「藤本ですけど」
「えーっと、下の名前は?」
「美貴」
ごとーさんが美貴たちを見て驚いている。彼女は相変わらずぶつぶつと文句を言っている。
なにがそんなに意外なんだろう。至って普通の会話だと思うんだけど。
「藤本先生、美貴先生、藤本さん、美貴ちゃん、ミキスケ…うーん…」
「………………?」
しばらくなにかを呟いたあと、その大きい目を細め、美貴を見ながら言った。
「よろしくね、みきたん」
- 64 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:41
-
* * * *
「ねー、梨華ちゃーん」
「なぁに?美貴ちゃん」
「今日って放課後なんかあるの?」
「ううん、ないよ」
「へー、そっかー」
「うん」
「………………」
「みきたーん」
「…呼ばれてるよ?」
「あ、ほんとだ。じゃー」
これで5回目。
鈍感にも程があると思う。そろそろ美貴の意思を汲んでくれてもいいんじゃないかと思うんだけど。
まあ、はじめからそんなに期待はしてなかったけどさ。
- 65 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:42
-
「みきたーん」
「…なによ」
この子が美貴のもとに来るようになって2週間くらい。たまに美貴に会いに来ては、おしゃべりして帰って行く。
別に毎日ってわけじゃない、思い立ったらふらっと立ち寄るらしい。
彼女曰く、「みきたんが寂しがってるんじゃないかと思って」だそうだ。
こっちも休み時間とか放課後は暇だし、この子が来ると楽しいし、何も不満はない。
勝手に来るから拒否しないだけで……決して寂しいわけではない。
「ねえ、亜弥ちゃんってそんなに暇なの」
「あたしー?ちょー忙しいよ。天才科学者だもん」
「ふーん」
美貴も休み時間とか、放課後とかは結構時間があるし、なんだかんだでこの子といるのは楽しい。
何度も会っているけど印象は変わらない。器用な子。多分すごく賢くて大人なんだと思う。だから、とても居心地が良い。
- 66 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:42
-
「梨華ちゃんのことまだ誘えないの?」
いきなり突拍子のないことを言われて驚いた。美貴の中の亜弥ちゃんはこういう行動をするイメージじゃなかった。
もっと、こう、なんていうか、セオリー通りの行動をする人だと思ってたし、今まではそうだったと思うんだけど。
美貴はこの子にそんなことを教えた覚えはない。ちょっと、なんで。なんで分かったの。
「まつーら天才だから」
あ、そっか。
でもね、別になにもやましいことなんかないよ。いやいや、やましいってなんだよ。
なんていうか、交流を深めたいと思ったわけよ、美貴は。だって、折角ちょっとは仲良くなったんだから…ねえ。
意外と誘うのって苦手なの。別に意外じゃないんだけどさ。誘うのに慣れてないわけですよ、美貴は。
- 67 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:43
-
頭の中で言い訳をつらつらと並べていると、梨華ちゃんがなんだか懐かしい顔で近付いてきた。
ハの字眉毛でとびきり困った顔をしているくせに微笑もうとしている表情。
「あのさぁ、美貴ちゃん今日の夜暇?」
「うん、暇だけど……?」
「一緒にごはん食べに行かない?」
え、マジ…?
「前から誘おうかなって思ってたの
なんとなく美貴ちゃんも誘おうとしてくれてたのかなぁとか思ってたんだけど…」
「…あー、うん、美貴も誘おうと思ってた」
いやいや、こんなの美貴のキャラじゃない。全然違う。
今まで誘えなかったんですぅーなんてておかしい。美貴はそんなキャラじゃない。
- 68 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:43
-
「えっと、じゃあ亜弥ちゃんとかみんなも一緒に…」
…………………ですよね。
だって彼女と話してる美貴の隣には亜弥ちゃん。まあ普通はこうなるよね。
隣を見ると、亜弥ちゃんが可愛い顔でにやにやと笑っている。
まさか…こいつ美貴の気持ちを知っててわざと…っ
「梨華ちゃんとごはん行くの初めてだよねっ」
「そうだねぇー」
どこに行くぅー?なんてひとしきり楽しそうに話して亜弥ちゃんは研究室に帰っていった。
いつもは穏やかで平和な時間を楽しんでたのに、今日はなんだか台風が来たみたいだった。
あの子は意外と破天荒なところがあるのかもしれない。
- 69 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:44
-
「あ、小春!ちゃんと部活行くようになったらしいじゃない」
「行ってますぅー」
「もうっ、あなたはやればできるんだからー」
彼女は相変わらずバカ真面目。
「よっすぃ〜またケメコハウス行きたぁい」
相変わらずうるさい、キショイ、うざい、バカ真面目、面倒臭い。
でも、あの日以来変わったことは…
「…美貴ちゃん?」
こんなふうに美貴の前でも綺麗な顔で笑うようになったこと。
- 70 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:44
-
* * * *
定時、帰る準備をしていたらよっちゃんがにやにやしながら近付いてきた。嫌な予感。
「今日はミキティも行くんだってー?てか美貴が誘うとか珍しいじゃん」
うん、美貴もびっくりだよ。こんなの美貴のキャラじゃない。
ん?てかちょっと待ってよ。
「美貴から誘ったわけじゃないよ」
「えー?梨華ちゃんが『美貴ちゃんが誘ってくれたー』って嬉しそうに言ってたよ」
「違うんだって」
「そうなの?あいつチョー嬉しそうにしてたし」
「…まあ、いいけど」
- 71 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:44
-
よっちゃんと話してるといつの間にかみんな集まっていた。
「ごっちんあたしのロッカーの鍵知らない?」
「んあ、なんでごとーが梨華ちゃんの鍵なんて知ってるのさ」
「これでしょ?いつも梨華ちゃんここに置いてるじゃん。マジ適当すぎんだよー」
「あ、ほんとだぁ!ありがとよっすぃ〜」
「まっつー寒くないの」
「うん、寒いよ。でも平気ー」
「ケメコハウス楽しみぃ〜!」
「梨華ちゃんキショイよ」
「えー、ひどーい」
「梨華ちゃんキモイよ」
「えー、そんな美貴ちゃんまで〜」
「あはっ、梨華ちゃんキモイってさ」
「繰り返さなくても聞こえてるよっ」
「よかったね、みきたん」
そうだね。なんかすごく楽しい。
今までは、大学を出て一人で社会に放り出されて、なんでこんなにつまんない世界なんだろうと思ってたけど。
大人になりきれてないみたいな、この人たちといるのもいいかもしれない。
- 72 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:45
-
社会でうまくやっていくために必要なこと。
たまには馬鹿みたいに自分の殻を破ってみる
- 73 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:45
-
彼女が笑う。太陽の下で揺蕩う花のように。綺麗に微笑む。
夕暮れていた心に一筋の光が差し込む。
やがて光は、ゆっくりと温かく、その奥まで充ちた。
- 74 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:45
-
- 75 名前:プレコーシャス 投稿日:2011/11/07(月) 00:46
-
- 76 名前:優胡麻 投稿日:2011/11/07(月) 00:47
- >>35-73
「プレコーシャス」
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/07(月) 22:24
- 前のと世界感は繋がってるのかな・・・
じわじわきました!
更新ありがとうございます
- 78 名前:優胡麻 投稿日:2011/11/14(月) 17:59
-
>>77 名無飼育さん
レスありがとうございます
なんとなーく同じような設定で書いてみました
矛盾等々があるかもしれないのですが、
そこには短篇集ということで目を瞑っていただいて…w
では、更新します
- 79 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:00
-
-----------------------------------------
Q.100年後の日本はどうなっていると思いますか?
A.変な生き物がいる世界!人類はほろびる。
-----------------------------------------
- 80 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:00
-
うう、寒い。昨日まではまだ暖かかったのに。
剥き出しの足を突き刺すように冷たい風が吹き付ける渡り廊下を歩きながら、
衣梨奈は思わず首を竦めた。
大好きな秋が少しずつ遠ざかっていく音が聞こえる。
今年の冬は激寒だって、今朝のテレビで言ってた。
福岡から上京してこの学校に通うようになって、
毎日とにかく人生が楽しいけど、部活のない日はちょっとだけつまらない。
だから、こうして定休日にも中等部の校舎から足繁く部室に通う日々だ。
そうするとたまに自主稽古している先輩たちにも会えたりするから嬉しい。
- 81 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:01
-
ガラガラと巧く咬み合っていない扉を開けると、そこには誰もいなかった。
小さな窓から差し込む光はどこか心許なくて、余計に閑散とした空気を際だたせている。
今日は本当に衣梨奈だけみたい。
最近は休みが少なかったから、他の部員たちはたまの休みを満喫しているのかもしれない。
「つまんないな…」
一人だと特にすることもなくて、ふらふらと稽古場を歩いてみる。
小さいけれど演劇部の歴史が詰まったこの稽古場。
きっと、何人もの先輩たちがここで虹色に煌めく青春の日々を過ごしたのだろう。
みんなの熱気で鏡が曇るような、溶けちゃうくらいに熱い夏の日も、
今日みたいに、無性に淋しさを掻き立てる、冬の気配で溢れているような日も。
- 82 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:02
-
端まで歩いてみてもう今日は帰ろうかと思ったところで、見慣れない扉を見つけた。
いつもはそこにあったホワイトボードが移動させられている。
それで、今まで見たことがなかったのかな…
衣梨奈は迷わずそのドアノブに手を掛ける。
ガチャ。
…開いた。
見回してみるとなんだか見覚えのある部屋の情景。
埃の厚く被った小道具。本棚には黄ばんだ台本らしきものがびっしりと詰まっている。
衣梨奈は一度この部屋に入ったことを思い出す。
入部した次の日、先輩たちがやってくれた歓迎会で一通り説明してくれた時だ。
「これはあの伝説の少年、チルチルの帽子じゃないかぁぁぁ!!!」
やけに新垣さんのテンションが高かったのを覚えている。
この資料室は、演劇部の栄光の歴史が詰まっている偉大なる場所らしい。
- 83 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:02
-
雑然とした空間の中、ふと目に留まった冊子を手に取る。
なんだろう、これ。
“ダンシング シンギング エキサイティング”
古い演劇部の会報だった。
誰かが適当に放っておいたのだろう。
あちこちページが抜け落ちていて、ぱらぱらと捲っていても読める部分は少ない。
当時の部長さんの写真と、有り難いお話が載っていた。
長ったらしい上に難しい言葉ばかりで何を書いているのかよく分からない。
ふーん…キレイな人。それになんか、宇宙と交信できそう。
でも、この人より今の部長の方が絶対良い。新垣さんの方が。
最後のページに、部員へのアンケートページがあった。
好きな本は?得意な授業は?一番楽しかった役は?自分を動物に喩えると?
毎日寝る前に必ずやることは?明日世界が終わるなら何をする?100年後の日本はどうなっている?
昔からこの部活は変わってる人が多かったんだ…。
今でも同じクラスの子からは「演劇部は個性的過ぎる」なんて言われているけど。
独特の回答が面白くて、自分だったらどう答えるか考えながら読み耽っていた。
- 84 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:02
-
寝る前は…目をつぶる。
世界が終わるなら、どうしよう。とりあえず笑う。
100年後なんて想像つかないな…
「変な生き物がいる世界!人類はほろびる。」
誰かも知らない先輩の回答に目を奪われた。
この人は、何を思ってこんな事を書いたのだろうか。
人類はほろびる。滅びる。絶滅する。
衣梨奈は14年間生きてきたなかで、一度もそんな事を考えた事はなかった。
人類はほろびる。
どうして、こんなことを思ったんだろう。
- 85 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:03
-
◇◇◇
- 86 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:03
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今日も寒い。小鳥が優雅に囀る音がする。静かな朝だ。
もぞもぞとベットから這い出しながら、昨日のことを思い出した。
「人類はほろびる。」
ゆっくりと深呼吸をする。
スー、ハー、スー、ハー、スー、ハー。
衣梨奈は息を吸って、吐いている。
酸素を吸い込み、二酸化炭素を吐き出している。
深く、深く。
窓から見えるその鳥はミュン、と啼いた。妙な鳴き声だ。
この鳥も衣梨奈と同じように呼吸をしているのだろうか。
同じように、吸収と放出を繰り返しているのだろうか。その、小さいカラダも。
- 87 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:03
-
- 88 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:04
-
ガラガラガラ……
今日の稽古場には先客がいた。
机に突っ伏して眠る新垣さん。その隣には、亀井さん。
すぐそこまで迫ってきた発表会の準備とその稽古で、最近は本当に休みがない。
部長の新垣さんは、多分誰よりも忙しい。疲れているんだろう。
きっと毎日睡眠もろくに取れなくて、目の下に酷いクマが出来ているのに、
後輩にまで気合いの籠もった指導をしてくれる、格好いい新垣さん。
そんな新垣さんのことを、衣梨奈は尊敬していたし、大好きだった。
亀井さんは、久しぶりに見た。
休部したのか退部したのか分からないけど、
全然稽古には顔を出さなかったし、当然発表会での配役もない。
それが、どうして今日はここにいるのかも分からない。
流石の衣梨奈も大学生のことはそんなに把握できていない。
亀井さんは新垣さんの隣に座って台本を捲っている。
その捲るスピードが信じられないほど速い。この人は絶対に読む気がないんだと思った。
こんなことなら、早く聖も連れてくれば良かった。
委員会なんて適当に終わらせて、早く来ちゃいなよ。聖の大好きな、亀井さんがいるよ。
- 89 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:04
-
「こんにちはぁ〜」
静かに挨拶をして、2人の目の前を通り過ぎる。
細心の注意を払って足音を忍ばせながら、資料室まで辿り着く。
衣梨奈だって、人並みに空気は読める。
元々の性格は、馴染みの薄い年上の人に気安く話し掛けられる程、根っからの社交的な人間じゃない。
それに、衣梨奈だって、空気が読めるのだ。
資料室は、昨日と全く変わらない姿で衣梨奈を迎えた。
相変わらず窓のない埃まみれのその部屋は、なぜか昨日よりも居心地が良く感じた。
黄ばんだ台本も、開きっぱなしの会報も、埃を被った帽子も、
新垣さんが誇らしげに語った演劇部の輝かしい歴史も、
何ひとつ変わっていないのに、
心が、昨日よりも淋しいことを犇々と訴えていた。
- 90 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:04
-
人類はほろびる。
これを書いた人の気持ちが、衣梨奈は少しだけ分かったような気がした。
- 91 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:04
-
今日は昨日よりも気温が高い。
季節の変わり目のお天道様は気紛れだ。凍えるほど寒くなったり、暖かくなったり。
心なしか去年の今日よりも暖かい気がする。
今日も、地球温暖化は進行しているに違いない。
その原因は、二酸化炭素。
それを、衣梨奈は今こうしている間にも排出し続けている。
息を吐くのを堪えてみても、2分しか我慢していられなかった。
綿埃が溜まっている本棚の縁に沿ってツーッと指を走らせる。
指先に、灰色の埃が付いた。
この埃には、沢山のちっちゃな生物の死骸が入ってる。
多分、目に見えないくらいに、ちっちゃな生き物の。
それがこんなふうに少しずつ積もって、少しずつ少しずつ降り積もって。
何ヶ月も、何年も、人間の見えないところで塵重なり、塊を作っている。
この薄汚れた紙だって、いつかは大きな樹だったんだ。
この地球を緑に彩る、壮麗な森を構成する、ひとつだったのだ。
- 92 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:05
-
ふぅ…
手をはたいて、溜息を吐く。
もうそろそろ、みんなが集まり出す頃かな。
新垣さんは、まだ寝てるかな。
そーっと扉を開けて外を覗くと、そこにはまだ眠っている新垣さんがいた。
- 93 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:05
-
昏々と眠り続ける新垣さん。
亀井さんは、ジーッと横を向いて眠る新垣さんの顔を見詰めている。
聖が大好きな亀井さん。
いつでもどこでも可愛いって聖がうるさく言ってくる亀井さん。
衣梨奈から見える亀井さんの俯き気味の横顔は、すごく綺麗だった。
誰よりも近い距離にいるのに、切なそうに、少し困ったように眉を寄せて、
それでもその目は優しく細められていて、綺麗な茶色の髪を一筋、その頬にはらりと垂らして。
そっと新垣さんの頬に触れて、ゆっくりと、ゆっくりと、顔を近づける。
静寂のなか、その幽玄な行為は、厳かな誓いの儀式のようで…
その姿は、美しかった。
新垣さんは、まだ眠っている。
静かに顔を上げた亀井さんと目が合った。
亀井さんは、一瞬、バツが悪そうに目を泳がせたが、すぐにへらっと笑った。
多分、それは聖の大好きな亀井さんの笑顔だ。
それを見て、衣梨奈も笑った。
やっぱり、早く聖が来ればいいのに、と思った。
- 94 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:05
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- 95 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:06
-
今日の部活は長かった。いよいよ発表会へ向けて大詰めだ。
「えりぽん、亀井さん可愛かったね〜。あのとき見た?
田中さんに『三十路になったら焼き鳥を食べに行こう』って言った後の、髪をこうやる時の表情!
あー、可愛かったあ。可愛いよね。ほんとーに何してても可愛い。」
聖は予想通り、亀井さんの来訪に興奮して、
普段よりも五割り増しくらいの勢いで亀井さんの魅力を熱弁している。
新垣さんは疲れているはずなのに、それを感じさせないくらいにパワフルで、
いつもと同じように、色々なことを教えてくれた。
部活後には、時々大学生が差し入れを買ってきてくれる。
「はーい、今日の差し入れはサンドイッチなの」
「ちょっとー、さゆみん、このじゃがりこなんなのよー」
「ガキさんが食べたいかなって思って。
あ、りほりほの分はキムチだよ。好きなんだもんねー?」
- 96 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:07
-
手元にあるサンドイッチをまじまじと見詰める。
生クリーム、いちご、パイン、チョコ。
衣梨奈の分は、いたって普通のフルーツサンドイッチだった。
このパンは、人間が機械で育てた小麦で作ってる。
このクリームは、酪農の牛から搾ってる。
このいちごだって、パインだって、カカオだって、ほんの少し前までは生きてたんだ。
それが、今は人間に食べられるためだけにこの手の中にある。
人類はほろびた方が良いのかもしれない。
そう思ったら途端に悲しくなって、泣きたいような気持ちになった。
やるせない想いは熱い涙となって零れた。ぽろぽろと、涙が溢れて止まらない。
- 97 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:07
-
「はぁー?生田どーしたのー?」
新垣さんが、ピューンと寄ってきてくれた。嬉しい。
聖は気が付くと亀井さんばかり見ている。今だって、新垣さんの後ろにいる亀井さんに見蕩れてる。
衣梨奈は泣き虫だ。
人よりも感受性が強いことは否定できないし、感情が昂ぶるとすぐに涙が零れる。
でもね、いつでもちゃんと泣く理由があって、泣くんだよ。
「ううっ、あのぉ、人がっ、めっめ…滅亡した、ほうがぁ
だって、ズッ、だって、いいことっ、なにも、ないしぃー、うぅ…」
必死で伝えようとしていたら、他の部員たちも集まってきた。
衣梨奈を中心に曖昧な輪ができる。
- 98 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:08
-
熱い熱い涙と一緒に、温暖化の原因の二酸化炭素を排出し続けるこのカラダ。
衣梨奈を心配そうに見る香音ちゃんの手元にはとんかつが挟まったサンドイッチが見える。
それじゃあ、ただのカツサンドだよ。
その豚さんだって生きてたんだ。
でも香音ちゃんはもう半分以上食べていて、余計に泣きたくなった。
「全然分かんないよぉー」
新垣さんは困った顔でオロオロと動き回っている。
思ってることを伝えたいのに、込み上げる嗚咽が邪魔をして伝えられない。
人類はほろびた方がいいんだって思ってしまったこと。
100年後のことを思うとやるせない気持ちになること。
ほろびた方がいい人類が、なんだか悲しいんだってこと。
何ひとつ伝えられなかった。
- 99 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:09
-
隣に座っていた聖がやっと衣梨奈を見た。遅いよ、ばか。
衣梨奈を囲む輪から少し離れたところに亀井さんがいる。
心配そうに見詰めるその表情は、部活前に見てしまったそれと似ている気がした。
でも、それは間違えなく似て非なるもの。
はっきりと異なる部分があることが、衣梨奈にはなんとなく分かっていた。
どうしてこんなに涙が止まらないんだろう。
どうしてえりはこんなに悲しいんだろう。
浮かび上がる疑問は何ひとつ解消されないまま、時間だけが過ぎ去る。
「大丈夫だよ、生田。だいじょーぶ。」
「えりぽん…」
新垣さんに、背中を撫ででもらっていたら、少しずつ落ち着いた。
聖も至極心配そうな目で衣梨奈を見ていた。
一息吐くと、どうしてさっきまであんなに泣いていたのかもう分からなかった。
輪のなかにいた人たちは、鼻を啜りながらもケロッとしている衣梨奈に、
「生田は相変わらずKYだ」とか好き勝手言って散っていった。
後輩の工藤遥が、冷めたような、呆れたような目で衣梨奈を見ている。
もう今後は、出来るだけ泣くのは我慢しようと心に誓った。
- 100 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:10
-
「絵里には分かるよ、うん。
いやー、絵里もねぇ、鳥インフルの時には色々考えた時期もありましたよー」
亀井さんは、顎に指を置きながら、うんうん、とひとりで頷いている。
亀井さん、衣梨奈はあなたなら分かってくれると信じてました…!
ガシッと手を取りあってふたりで頷き合う。
何かが伝わった気がした。
聖は、やっぱり見る目があるね。
「それじゃ生田、気をつけて帰るんだよ」
「はいっ!」
新垣さんは今日も格好良かった。
100年後の日本には、こんなに格好いい人がいるんだろうか。
- 101 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:10
-
◇◇◇
- 102 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:10
-
放課後、今日こそは一番だろうと思って稽古場の扉を開けると、いつか見たようなシルエット。
昨日、別の人が突っ伏して寝ていた全く同じところに、聖はいた。
衣梨奈は、隣の椅子に腰掛ける。亀井さんが座っていた場所だ。
この場所から、衣梨奈の方に顔を向けて眠る聖の寝顔を眺めてみる。
たった1年しか学年が違わないのに、妙に艶やかな雰囲気を持つ彼女。
すごく整った顔をしている。
面識ある人にも、衣梨奈の方が一方的に破天荒をしているように思われることが多いけど、
一緒にいると、意外と聖の方がぼーっとしている時が多い。
衣梨奈の話を聞いていないこともしばしば。
まあ、だからそこ衣梨奈と長い時間一緒にいられるのかもしれないけれど。
- 103 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:11
-
「みずき…?」
瞼がぴくりと動いた気がするけど、まったく起きる気配がない。
深い眠りの森のなかを揺蕩う。
その姿は、そう、昨日の新垣さんのよう。
隣で暖かく見守る亀井さんに、
きっとあの無防備な寝顔をこんなふうに曝け出しながら。
- 104 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:11
-
聖は、眠り続けている。
衣梨奈は、そっと手を伸ばす。聖を起こさないよう慎重に、慎重に。
ゆっくりとその頬を撫でる。
繊細に織り込まれた絹のように白くてふっくらとした肌。
口許は緩く弧を描いている。
幸せな夢を見ているのかな…
そして、惹き付けられるようにその距離を縮めていく。少しずつ、少しずつ。
近すぎる距離で聖の顔を見ることは、今まで何度かしたお泊まり会で慣れているはずなのに、
いつもと違う場所から見るその寝顔は、全然見たことがないような感じがする。
心臓がトクトクと早鐘を打つように脈打つのを感じる。
もう少しで触れる…聖の…
聖の大好きな、亀井さんが、新垣さんに、したように。
その刹那、罪悪感で胸の奥がちりっと痛むのを感じた。
近距離で聖を見詰めたまま、1ミリも動けなくなる。
相変わらず、聖は肩をゆっくりと上下させて眠り続けている。
- 105 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:12
-
そのまま、頬に置いていた手を静かに離した。
聖はなにも気がつかない。
衣梨奈は大きく息を吐く。
スーーーー、ハーーーー。
このカラダは、やっぱり今日も二酸化炭素を排出する。
またなんだかやるせない気持ちになって、聖を見る。
未遂に終わった誓いの儀式は、衣梨奈の心を少しだけ晴らしてくれた。
聖は幸せそうな顔で眠り続けている。
いつか、その薄く開いた唇に触れたとき、人類はほろびればいいのに、と思った。
- 106 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:12
-
- 107 名前:OATH 投稿日:2011/11/14(月) 18:12
-
ガラガラガラ…
後ろで稽古場の扉が開かれる音がする。
きっといま振り返ったら、
極限までやつれてへろへろだけど、誰よりも格好いい人が立っているはずだ。
「新垣さんっ」
そろそろ、聖を起こさないといけない。
今日も、新垣さんは格好良かった。
- 108 名前:優胡麻 投稿日:2011/11/14(月) 18:14
- >>79-107
「OATH」
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/15(火) 00:15
- 古いものから最新の小ネタまで凄いです
一貫したテンションがとても好きです
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/23(水) 16:36
- ここのぽんぽんを読んでぽんぽんが気になるようになりました
あと、さりげないガキカメにドキドキ
- 111 名前:優胡麻 投稿日:2011/11/24(木) 01:24
-
>>109 名無飼育さん
温かいレスをありがとうございます
小ネタは、パッと思いついたら使っちゃう感じなのである意味ノリですねw
ちなみにアンケートは若かりし頃の後藤さんの回答なのです
いつかこのネタで書いてみたいと思っていたので個人的には満足しました
お気に召すテンションならば嬉しい限りです
>>110 名無飼育さん
嬉しいお言葉をありがとうございます
PONPONはですね、何はさておき、あのルックスがドストライクでございまして
えりぽんの美少女ゆえのイケメン度合いとフクちゃんのウェットな(w)色気が相俟って
2人で並んだ時に醸し出されるえも言はぬエロス!!!
では、ガキカメで一作更新致します
ちょうどのタイミングでレスを頂いたので驚きました
>>79-107「OATH」のガキカメsideです
- 112 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:25
-
散り始めている枯葉を踏みつけながら、
中庭を歩いていた。
あーあ、終わっちゃった。
絵里の学生生活。
楽しかったなぁ…
あとで、教授に挨拶しに行かなくちゃ。
それで本当におしまい。
この学校とはサヨウナラ。
- 113 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:25
-
昨日はさゆとれいなにお別れ会をしてもらって
たった3人だけなのに、
まるで夏祭りの雑踏の中にいるみたいなドンチャン騒ぎ。
「今日くらい絵里も呑むったい!」
なーんて。れいな、ほとんど呑めないクセに。
でも、楽しかったなぁ。
慣れないお酒ばっかり呑んで、
結局潰れてさゆに介抱してもらうくらいに無理しちゃって。
絵里のために明るく振る舞ってくれた。
れいなが時々鼻を啜ってたこと、
気付かないふりしてたけど、本当は気付いてた。
さゆだって、分かりやすく目を真っ赤にしちゃってさ。
最後まで3人で馬鹿みたいにはしゃいで
そうだな…、
中学生の時に戻ったみたいで、すごく楽しかった。
- 114 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:26
-
ただ無邪気に笑ってたあの頃から
絵里たちは少しずつ大人に近づいて。
段々と色々なことが分かっちゃうようになった。
例えば、さゆが時々切なげに目を伏せる回数が増えたこと。
たぶん、もう、気が付いている。
3人とも、ずっと今のままではいられない。
絶妙なバランスがゆっくりと、ゆっくりと、傾いてしまったこと。
今でも鮮明に甦るあの2人の馬鹿みたいな笑顔。
きっと、あと少しであっと驚く未来がやってくる。
- 115 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:26
-
くしゃり。
茶色い枯葉を踏みつけながらまた一歩進む。
- 116 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:27
-
カメ。
呟くように呼ぶ声が聞こえた気がして足を止めた。
まさか………
沸き立つような胸のざわめきを
必死で押さえつけて振り返る。
「カメ、来るの遅いからもう行ったかと思っちゃったじゃん。」
いま一番会いたくなかった人が、そこにいた。
ガキさん、どうしてその場所に立っているの?
覚えてるのは絵里だけかもしれない。
だけど、そこは…そこは……
- 117 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:27
-
「いやー、アタシだってなんか…さぁ、」
カメと話したかったし。
大体アンタ教室出んの早すぎでしょーが。
確かに忙しいのかもしれないけどさぁ…
拗ねたように話す声。
ごめんね、ガキさん。絵里はこのまま帰るつもりでした。
お別れの挨拶なんて、真面目にしないほうが絵里らしい。
そのほうが、絵里とガキさんらしい、でしょ?
「なんで、こんな時までテキトーなのよ…」
ちょっと責めるように見てくるガキさん。
うへ、今日も、怒られちゃったかな。
いつものようにへらへらと笑ってみたけど、
絵里は少し困惑していた。
それでも、絵里はいつものように笑いながら言った。
- 118 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:28
-
「ガキさんなら来てくれると思ってましたよ。」
これは、嘘。
絶対に来ないと思ってた。
大切なこの場所。
絵里が何年間も、そっとココロの奥に閉じこめていた大切な宝物。
ガキさんが来るわけない、と思ってた。
「来てくれて、嬉しかった。」
これは、半分だけ本当。
でも、もう話すこともなく去ってしまいたかった。
このまま、静かに、出来ればガキさんに気付かれないうちに。
出て行くことにも、絵里の気持ちにも、なにも。
- 119 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:28
-
「楽しかったよねぇ。」
遠い日々を懐かしむような口調と、柔らかく緩められた口許。
やめよう、ガキさん。
思い出話なんて、淋しくなるだけ。
今だって、ほら。
もうこんなにも胸の奥が痛い。
ああ、昨日で終わらせたつもりだったのに…
部室で疲れ切って眠るガキさんにそっと触れた瞬間の、
突き刺す後悔と、確かな興奮、感動。
でも不思議と水面を漂うように穏やかな気持ちだった。
いつまでも消えない、柔らかい唇に触れた感覚。
ずっと燻り続けていた気持ちには、確かにサヨナラを告げたつもりだったのに。
こんな時でも、絵里はもう一度触れたいなんて思ってる。
他愛ない思い出を笑いながら話しているガキさんは、
たぶん、何も気付かない。
- 120 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:28
-
「そーいえば、発表会がそろそろあるんだよね〜」
絵里が辞めた演劇部。
その部長を務めるガキさん。
ガキさん格好良かったし、きっと大丈夫ですよ。
普段の情けない姿が嘘みたい、なんてね。
そう言ったらガキさんはまた「コラー!」なんて怒るだろうけど。
格好良かったですよ、本当に。
惚れ直しちゃいましたよ、なんてね。
絵里に似てるとか言われてたから知ってる、最近入部したらしい女の子。
よくガキさんの傍にいる後輩の子がたまに見せる大人びた視線。潤んだ瞳。
それに、気付かないガキさんと、気付いてしまった絵里。
絵里たちは、もう違う道に立っている。
- 121 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:28
-
ガキさんが寄りかかっているその場所、覚えてますか?
部室と校舎を繋ぐ渡り廊下の陰にひっそりあるこの校門。
一ヶ月だけしか使われなかった
秘密の待ち合わせ場所。
友達と恋人の境界線に悩んで、
一度はその温もりを手放したけれど。
絵里は22歳。十分年相応な大人の女性ですよ。
高校生とは違う。あの頃の絵里とは違う。
自分の気持ちくらい、もう分かる。
- 122 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:29
-
昨日、絵里の隣で安心しきって眠るガキさんを見た時。
こんこんと流れる湧き水のように日々込み上げてくる想いを
誤魔化して、慎重に、どうか壊さないように慎重に
築き上げた親友という立ち位置。
それを壊してしまおうかと思ってしまった。
ガキさんを見つめる憧憬の眼差しを目にした時、
誰にも渡したくないと思ってしまった。
深い眠りの森を彷徨い続けていたガキさんが
絵里のキスで目覚めてしまえばいい、と思ってしまった。
今でも、触れたくて堪らないその柔らかさ。
だから、ここに来て欲しくなかったのに。
- 123 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:29
-
「ここ、覚えてる?」
唐突に、ガキさんが言った。
懐かしそうに門を撫でる指先。柔らかく緩められた口許。
「…ガキさんは、覚えてるの?」
「ふふ、まぁね」
覚えてるよ、大事な場所だから。
もごもごとそう言って、
恥ずかしそうにさっと目を逸らした。
格好つけちゃって、そんなセリフ。全然、ガラじゃないくせに。
誤魔化しようがないほど朱く染まった頬。
キュッと結ばれた唇。
所在なげに弄んでいる指先。
テキトーと言われ続けてきた絵里の頭は、
都合の良いように解釈したがる。
ねぇ、ガキさん、期待しちゃうよ?
- 124 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:30
-
「あの頃は、まだ子供だったからねー」
色々よく分かんなかったし…。
そうですね、絵里も子供でした。
でも、でもね、ガキさん。
「今は、ちょっとは大人になったかなぁって思うんだ。」
絵里も、そう思います。
だから、もう分かってる。
- 125 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:30
-
「それで、今日は話したいことがあってここに来たんだけど。」
「…………ガキさん」
「カメとは、」
カメとは、もう同じ場所には立てないかもしれないけど、
今までとは違う関係で、隣に立ちたいなって。
茹でダコみたいに真っ赤になった首筋。
小さな声で呟くように言われた、新しい未来を作るその言葉。
信じられないようなことが起きて、思考停止した絵里を見つめる
今にも想いが零れ落ちそうな瞳。
そして、夢にまで見ていた言葉を、囁かれた。
「アタシたち、また、やり直せないかな。」
- 126 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:30
-
気が付いたら、いつもよりも小さく
頼りなさげに見えるそのカラダに腕を伸ばしていた。
これ以上ないくらい早鐘を打つ心臓。
うおっなんて、ガキさん色気ないですね。
腕の中にガキさんを閉じこめて、ぎゅーぎゅー抱きしめた。
「うっさい、アホカメ。」
ポツリと放たれた言葉は、キャラメルよりも甘く蕩ける。
どうして昨日、あんなに恬淡でいられたのかが分からない。
体中の血が沸騰してるみたいに熱い。
目の前にあるガキさんの耳も真っ赤に染まっている。
ガキさん…
そっと、頬に手を添えて唇に触れた。昨日のように。
驚くほど柔らかで不思議と甘い。
超近距離でガキさんの目の奥を覗くと、見たことのない澄んだ色。
もっと奥には、揺らぐ絵里の姿が見えた。
- 127 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:31
-
この腕の中にいることを確かめるように抱きしめる。
何度も、何度も。
ああ、どうしよ…、
やば…、ちょっと絵里、ガキさん好きすぎる……。
時々泣き虫なガキさんが
鼻を啜る音が聞こえるけど何も言わない。
絵里も同じはずだから。
滲む視界をゴシゴシと拭って、
見える風景をココロに刻み込む。
- 128 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:31
-
「ちょっと、カメ、苦しい。」
「知ってますよ、カメは年相応ですから。」
「はぁー?アンタそれおかしいって。」
「それくらい分かりますって〜」
「もぅ…」
くぐもった声で会話をする絵里たちは、
いま確かに新しい道に立っている。
やっと掴んだ温もりをもう離したくはない。
ココロが震えるほど愛しいこのヒト、
これからも絵里が隣を歩きたい。
かさり、と散った木の葉が音を立てる。
教授への挨拶は明日行こう。
終わらせるのは、今じゃなくていい。
- 129 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:31
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- 130 名前:パラドクスの消失点 投稿日:2011/11/24(木) 01:31
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- 131 名前:優胡麻 投稿日:2011/11/24(木) 01:33
- >>112-128
「パラドクスの消失点」
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/25(金) 22:05
- また色が違う話ですね…
好物のガキカメにびっくりしつつドキドキしつつにやにやしてます
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/02/16(木) 23:05
- ガキカメいいなぁ。
ここの世界観大好きっす。
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