Elle.
- 1 名前:ラスト 投稿日:2011/09/27(火) 00:17
-
はじめまして。無謀と自覚した上でスレ立てます。
ずっと携帯サイトで小説を書いていたのですが、
先日はじめて此方を訪問し、作者の皆様方と自分のレベルの違いに愕然としました。
板汚しをあらかじめお詫びするとともに、少しでもその差を縮められるよう、修行のつもりで晒します。
感想や批評、アドバイス等、よろしければお願いします。
ちなみに、百合というか同性愛要素が普通に出てきます。
- 2 名前:ラスト 投稿日:2011/09/27(火) 00:17
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『Elle.』
亀とれいな。アンリアルです。
よろしくお願い致します。
- 3 名前:プロローグ 投稿日:2011/09/27(火) 00:18
-
きれいなメロディーが、頭のなかに流れていた。
曲名は分からんけど。透きとおりよって、うまく掴めんで。
聞こうとそればするほど、どんどん小さく、遠くなっていく。
あぁ、なんやったっけ。なんていったっけ、この曲。喉まで出かかっているのに、どうしても思い出せない。
『――……』
待って、いかないで。
叫ぶように思った。声は出んかったけど、何度も何度も繰り返し、強く思う。
なんていうか、今ここで耳を澄ますのをやめてしまったら、もう二度と聞けない気がするっちゃん。
もやのかかったようにハッキリしない頭の中で、ただそれだけを求めて必死にもがき、何かを掴もうと手を伸ばした。
"何か"がなんなのかも、分からないのに。
- 4 名前:プロローグ 投稿日:2011/09/27(火) 00:19
-
『れーな』
消えゆくメロディーにかぶさるように、誰かの声がした。
『れーなってばぁ』
音はさらに小さくなる。待って、いかないで。あとすこしなのに。
ここで、起きてしまったらもう……おきたら?
ぷつんと、音が途切れた。
- 5 名前:プロローグ 投稿日:2011/09/27(火) 00:19
-
「んん……」
うすく目を開けると、あたりは鮮やかなオレンジ一色に染まっていた。
視界の向こうに広がるのは、コンクリートの地面の上に描かれた白線どおりに、きちんと並ぶ数台の車。
そのなかで空車となっている一番端のスペースに、れーなはぽつんと寝ころんでいた。
やれやれ。どんくらい寝とったとかいな、れーなは?
ぽりぽり頭をかきながら体を起こし、ひとまず、ぼーっとあたりを見渡してみる。
小さな駐車場を囲む、ありふれた平凡なブロック塀。そのむこうに広がるのは、これまた平凡な町並み。
点々と並ぶ電柱と、すこし古びた街灯。古かったり新しかったりの家々…。
- 6 名前:プロローグ 投稿日:2011/09/27(火) 00:20
-
ふぁぁ……。夕焼け色に照らし出される世界を、あくび混じりに眺めつつ。
ふと視界に入った家を何気なく見上げた瞬間、夕日を反射した窓ガラスから、強烈なビーム光線が飛んできた。
うぎゃぁー!!と、声にならない叫び声が喉を締めつける。不意打ちを食らった半開きの目が痛い。
もともと寝起きが良い方ではないのに、そこに輪をかけて不機嫌になる。
思いっきり顔をしかめて、「なんこれサイアク!」とかなんとか。ブツブツ文句を言いながら、目をゴシゴシ。
どこへぶつけることも出来ない苛立ちをかき消そうと、頭をガシガシ。
そうして騒がしく、落ち着きのない寝起きを過ごしていたれーなの動きを止めたのは、ほんの小さな"音"だった。
遠くの方から聞こえた、耳に残る余韻と、空をつかむ指。
夕暮れの空気を震わせて鳴り響いた5時のチャイムに、れーなは全ての動きをピタリと止めた。
どっくん――。
ふいに、重たい振動が胸の奥を通り過ぎたあと、頭と体が切り離されたみたいに、パキパキ体中の感覚がなくなる。
頭の芯が熱くなって。呼吸が止まって。それで、それから……。
- 7 名前:プロローグ 投稿日:2011/09/27(火) 00:21
-
れーなはからっぽの手を握りしめ、オレンジ色の空を見上げた。
……あぁ、そうか。
これは、まだ、夢の中だ。
- 8 名前:プロローグ 投稿日:2011/09/27(火) 00:21
-
- 9 名前:ラスト 投稿日:2011/09/27(火) 00:22
-
とりあえずここまでです。
また更新しに来ます。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/27(火) 00:23
- 基本的に百合ばかりなので気にせず書けばよいと思います
更新楽しみです
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/27(火) 16:47
- これからどうなるのか気になります
- 12 名前:【 1 】 投稿日:2011/09/28(水) 01:31
-
なんていうか。
どうしてこうなって、なんで今こうしてるのか。
しょーじきなとこ、絵里にもよく分かんなくて。
絵里は、ただ。毎日テキトーな時間に学校に行って。
授業に出たり、たまにサボったりしながら、バイトとかサークル活動もそれなりにして。
空きコマができたら、カラオケで時間つぶしてみたり。
お金ないのをやりくりしつつ、付き合いで飲みに行ったり。
ひとしきり騒いだ帰りの電車で、ふと将来を不安に思ったり。
そうやって、人並みに平凡に。
でも毎日、絵里なりに楽しく生きてきた。
それで、十分だった。
十分だったのに。
- 13 名前:【 1 】 投稿日:2011/09/28(水) 01:32
-
「おーい、絵里ー」
「・・・・・・」
「聞いとーと?ねぇってば」
もう一度言うけど、なんでこうなったのか、絵里にもよく分からない。
「ちょっと、無視せんでよ」
「いや、だってさあ…」
だって。
その顔で、いきなりあんなこと言われたら、そりゃあ脳みそもストップするってもんだよ。
むしろ、こうして家に入れてあげただけで奇跡じゃない?
こんな、いかにも怪しい……
「ともかく今夜は泊めて?明日んなったら、ちゃんと出てくけん。お願いします!」
バリバリ博多弁で思いっきり人間の姿をした、"自称・ネコ"――なんて。
ていうか、開口一番でいきなり「ネコです」とか言われても。
どう反応していいのやら。
- 14 名前:【 1 】 投稿日:2011/09/28(水) 01:33
-
「にゃー」
「は?」
「って、鳴かないの?」
不審な目でじろっとニラんでやると、"自称ネコさん"はムッとしたらしく、不機嫌そうに顔をしかめた。
いやいや、その顔したいのは、どっちかっていうと絵里の方だし。
まぁ、でも。
こうして向こうから来た以上、避けて通るわけにいかなかったことには間違いない。
波立つ自分の心を落ち着かせるように、一度深く息をついてから、絵里は目の前の相手に改めて対峙する。
「あのさぁ、れいな」
「…れいなやなくて、れーな」
「いい加減、ふざけるのやめたら?」
平静を保とうと気を配ったわりには、色々な感情が乗っかってしまったと、声をだしてから気がついた。
- 15 名前:【 1 】 投稿日:2011/09/28(水) 01:33
-
「…はぁ?フザけてんのはそっちやろうが。さっきから、れーなの話マトモに聞かんで」
「当たり前じゃん。そんな、人を馬鹿にしてるとしか思えない話、素直に聞けると思う?」
「そりゃ、突然で信じれん気持は分かるけど。マジ困りよるんだけん、ちょっとくらい親身になってくれよっても…」
「親身になれって?それ本気で言ってんの?」
「はぁ?当たり前やん」
「…大体、そんな馬鹿な話よりもさきに、絵里に言うことあるでしょ」
「いや、だから、れーなは…」
「あーもーっ!どういうつもりなの?ホントに!!」
絵里が声を荒らげると、『れーな』は一瞬、ひるんだように口を閉じた。
いつかの誰かと重なる表情。
心の中が、ざらりと粟立つ。
「…何考えてるのか知らないけど、これだけは言っとく」
「なん?」
「絵里、れいなのこと、許してないから」
「だから、誰よ?その『れいな』って」
「そうやってシラを切るつもりなら、別に、それでもいいけどさ…」
- 16 名前:【 1 】 投稿日:2011/09/28(水) 01:34
-
あぁ、もう……。ほんとに、一体どういうつもりなんだ。
忘れられそうだったのに。
あとすこしで、前に進めそうな気がしていたのに。
いくら勇気をだして一歩踏み出そうとしても、そのたびに、足に絡みついた鎖が締め付けて。
鈍い痛みに耐えられず、絵里はその場に座り込む。
3年前のあの日に縛り付けられたまま、動くことも出来ない。
今までも……これからも?
考えれば考えるほど、今まで抑えていた怒りとか悲しみとか、いろんな感情がふつふつとわき上がってくる。
「絵里が、どんな気持ちでこの3年間過ごしてきたのか…考えたこと、ある?」
「・・・・・・」
「勝手にいなくなったくせに。いきなりヒョコっと現れて、『れーなネコやけん、泊めて』って…。
意味分かんない。っていうか、ほんと、バカにしてるとしか思えない」
「・・・・・・」
「帰って」
「・・・・・・」
「帰ってよ」
強い口調で繰り返し言うと、『れーな』は小さくため息をついた。
- 17 名前:【 1 】 投稿日:2011/09/28(水) 01:35
-
「わかった。出てく」
「・・・・・・」
「でも、れーなはホントに、絵里の知り合いの『れいな』じゃないけん」
まだ言うか、コイツ。
心の中で毒づきながら、もう顔も見たくないと、視線を床に落とす。
頭の上から、『れーな』の声がする。
「何度も言うけど、れーなはネコ。正真正銘、博多生まれの野良猫っちゃん。
信じてもらえんかもしれんけど、それは、ホントだけん」
こうなったら、出てくまで、徹底的に無視してやる。
そう心に決めて、絵里は床とのにらめっこを続ける。
視界の端っこに見える、だぼついた黒スウェットの裾さえ、今は意味なく憎たらしい。
こんな精神状態じゃ、まともな話なんて、とても出来ないし。
取り返しのつかない一言を言ってしまう前に、ひとまず時間を置いて、お互い冷静になるべきだと思う。
だから出てって。
早く出てって…。
- 18 名前:【 1 】 投稿日:2011/09/28(水) 01:35
-
「…なんか知らんけど、嫌なこと思い出させたみたいで、ごめん」
バイバイ――…。
そう言って、『れーな』は、すっと立ち上がった。
黒のスウェットが揺れる。
後味の悪い苦々しさを抱えたまま、絵里はその姿を、こっそり目で追いかける。
早く出てけ。二度と来るな。
苛立ちを込めた視線を背中にぶつけながら、繰り返し唱えて。
あれ?と思ったのは、その直後だった。
立ち上がった『れーな』は、何故かドアとは反対方向にむかって、真っすぐ歩いていく。
ちょっと待って、そっちにあるのは……。
ガラリと大きな音とともに、レースのカーテンが揺れた。
「え…」
ワンテンポ遅れて、ふわっと入りこむ外の空気。
まさか。
そんな思いが頭をよぎった次の瞬間。
小さな背中は、なんのためらいもなく、窓枠を蹴った。
- 19 名前:【 1 】 投稿日:2011/09/28(水) 01:36
-
「う、うそでしょ?」
ここ、2階…そう続けようとしたけど、言葉は上手く喉を通らなかった。
笑えない冗談やめてよ、何考えてんの?
心臓がひっくりかえるのと同時に、背筋がぞわわっと寒くなる。
だけど、慌てて立ち上がり、窓から身を乗り出した絵里の目に飛び込んできたのは。
1、2メートル下にある、ブロック塀の上。
両手両足をついて器用に座る、『れーな』の姿だった。
「え、っと……」
ビックリしたのとホッとしたのとで、思わずそんな声をあげた絵里を、ちらりと振り返って。
そのまま何事もなかったように立ち上がり、再び、柔らかな足取りで塀を蹴る。
- 20 名前:【 1 】 投稿日:2011/09/28(水) 01:37
-
ゆっくり、ゆっくり。
スローモーションのように、ゆっくりと変わっていく画面の中で。
眩しい光の向こうを目指して、ふわりと宙を舞った体は、
まるで『ネコ』のように、きれいに四つ足で着地した。
- 21 名前:【 1 】 投稿日:2011/09/28(水) 01:37
-
- 22 名前:ラスト 投稿日:2011/09/28(水) 01:38
-
ここまでで一話目です。
まさかレスが頂けるとは思っていませんでした。
>>10さん、>>11さん本当にありがとうございます。
レベルが低くてすみません、精進します。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/01(土) 08:26
- サイトの方、観てますよ!
れなえり大好きです。
続き楽しみにしてます(^-^)/
- 24 名前:【 2 】 投稿日:2011/10/12(水) 01:20
-
「…待って」
無意識に、そんな言葉が出た。
夕暮れに染まる駐車場で、ひとり……いっぴき?
ぽつんと伸びる、れーなの影が、なんかすごく…すごく寂しげに見えて。
「もう少しだけ…話、聞いてもいいよ?」
「いいけん、気ぃつかわんでも」
「だけど、」
「いいけん。もう、れーなのことは忘れて」
絵里を見上げてちいさく笑うと、クルリと背を向け、すたすた歩き出す。
「なに…それ。困ってるんじゃ、なかったの」
「・・・・・・」
「ねぇ、どこ行くの?行くとこあるの?」
「・・・・・・・」
胸の奥が、ひやりと冷えた。
少しずつ離れていく背中から感じるのは、ついさっきまでの怒りや、強い否定とは違う。
もっと、何か別のもの。
吐き気がするほど、気持ち悪くて、
鳥肌が立つくらい、薄ら寒い感覚……。
「…待てって言ってんじゃん、バカ」
誰に言うでもなく呟いてから、絵里は部屋を飛び出した。
ついさっきまで、散々虚勢を張って、自分から追い出したくせに。
正面切って"終わり"を告げられた途端、今度は引き留めようと必死になってる。
何やってるんだろう。
どうしたいんだろう、絵里は。
あの顔を見た瞬間から、感情は、自分の手の届かない場所で、不規則に揺らぎ続けて。
ぐるぐるぐるぐる。頭のなかをかき回し、考えることを拒絶する。
追いかけたくないと叫ぶ自分がいたのは、確かだった。
でも、絶対に、追いかけなきゃいけない気がした。
夕暮れの町並みに消えていく背中が、たとえ『れーな』でも、『れいな』でも。
絵里は――……。
- 25 名前:【 2 】 投稿日:2011/10/12(水) 01:21
-
「…ねぇ。ほんとにネコなの?」
追いついたのは、駅へと続く十字路の手前。
「だけん、最初からそう言いよるやん」
長く長く伸びる、影の向こう。
ポケットに手を突っ込んだまま、振り返って、ちいさく笑う。
ほんの少し、きゅっと口角のあがる笑い方まで、
ほんとに、そっくりすぎて嫌んなる。
「絵里に、それを信じろって?」
「…べつに、どっちでもいいったい。どうせ何言っても、信じなさそうだし。
ただ、絵里の知っとー『れいな』とは、ネコ違いだけん。そこだけは誤解せんとって」
「ネコ違いって…れいなは人間だし」
「でも、れーなはネコっちゃもん」
目の前にいるのは、さっきと全く変わらない、自称ネコの『れーな』。
『れいな』にそっくりで。本当にそっくりで。
だけど、こいつは、『れいな』じゃない……?
いつの間にか絵里の中で、"同じ"は、"そっくり"に変わっていた。
わかんない。なんで?いつから?
頭の中がひどく混乱して、自分がここに立っている感覚すら、あやふやになってくる。
- 26 名前:【 2 】 投稿日:2011/10/12(水) 01:21
-
「……百歩譲って、あなたはネコだとしよう」
「譲らんでもネコやってば」
「じゃあ、ネコなのに人間の格好してるのは、なんで?」
『れーな』という存在を、自分の中に消化するため、
絵里は、とりあえず、手近な疑問を投げかけてみることにした。
誰が考えたのやら、ネコだなんだとふざけた話をぺらぺら喋っていたれーなも、
いくつか質問を重ねれば、そのうち上手く答えられなくなって、ボロも出るはず。
その隙を突っついて、本心を聞き出してやろうという作戦だ。
だけど、絵里の思惑とは裏腹に。
れーなは、困惑するどころか、口元に小さく笑みを浮かべてみせた。
「絵里はさ、"ネコの死に場所探し"って、知っとうと?」
しにばしょさがし……?
聞き慣れない単語に、一瞬首をひねるも、
そこに適当な漢字をあててみた瞬間、ハッと体が硬くなる。
「え?な、なにそれ…こわい系の話?」
「あぁ、違う違う」
「むりむりむり、絵里こわいのダメ。やめて、ぜったい無理だから」
「違うって。そーゆーんじゃなくて」
耳を塞ぐ勢いで怖がる絵里を見て、れーなの含み笑いが、苦笑いに変わる。
「んー、なんて言うとかいな……あ、ほら、都市伝説みたいな」
「都市伝説?」
「そう。ネコは自分の死期を悟ると、死に場所を探して姿を消す…ってやつ」
「ふーん、なんか聞いたことあるかも…」
「れーな、今、それったい」
「……ん?」
「ネコやけん」
「い、意味分かんないから!どう見ても人間じゃん」
「まぁ、今はね」
ごく軽い口調でそれだけ言って、れーなは一人、歩きだす。
放っておくわけにもいかず、絵里も慌てて、あとを追いかけた。
- 27 名前:【 2 】 投稿日:2011/10/12(水) 01:22
-
夕暮れの住宅街に、響く靴音は、二つだけ。
いつの間にどこで摘んだのか、緑色の猫じゃらしをクルクルと遊ばせながら、
とぎれとぎれ、かすかに鼻歌を奏でる横顔。
じっと、どこか遠くを見つめるその瞳からは、感情は読み取れない。
何かを考えているようでいて、何も考えていないような……。
なんとなく声をかけにくい雰囲気に、自然とすこし、距離があく。
突然訪ねてきた"昔の知り合い"が、いきなり真顔で、
「自分はネコだ、今晩泊めてくれ」とか言ってきた…なんて。
あまりにキテレツな出来事すぎて、笑い話にもならないし。
かるく笑いとばせるほど、絵里の心中も、穏やかじゃない。
大体からして、嘘をつくにしても、ネコって設定は無理がありすぎると思う。
こうして眺めてみたって、頭のてっぺんからつま先まで、誰がどう見ても人間じゃん。
二足歩行だし。耳も尻尾もはえてないし。茶髪だし。
まぁ、あえて、何かこじつけるとしたら、
身につけているのは、黒のダウンジャケットに、黒のマフラー。
それから、スウェットっぽい、これまた黒のだぼだぼズボン。
ネコなら、クロネコかな?とかいって。うへへへへ。
……ダメだ。絵里、ぜんぜんおもしろくない。
なぜか思いっきりへこんだところで、れーなが再び口を開いた。
「ある一部のネコは、死ぬ前の限られた時間だけ、人間になれるったい」
「え?」
「いわゆる、化け猫ってやつ?」
- 28 名前:【 2 】 投稿日:2011/10/12(水) 01:22
-
得意げな顔をするれーなに向かって、絵里は思いっきり、胡散臭そうな顔をしてみせた。
「…さすがの絵里でも、それは信じないよ?」
「べつに信じらんでもいーけど。マジよ?この話。
人間にならん、って方を選ぶこともできたっちゃけど。れーなは人間に興味あったけん」
「いやいやいや。だって、そんなこと言われてもさぁ…」
あーもう。作戦失敗、大失敗。
こいつが何を考えているんだか、余計に分からなくなった。
脱力感と苛立ちを吐き出すように、思いっきりため息をついてやると、
れーなは、何か言いたげな目でチラッとこっちを見て。
それから、小さく肩をすくめた。
「ま、細かいことはいいや。せっかく、今晩の宿が見つかったんだけん」
「え?」
「一応、泊めてもらう立場だけんね。そのへんは、ちゃんとわきまえるったい、れーなも」
「ちょ、ちょっと待って!絵里、泊めてあげるなんて一言も…」
「でも、そんために追いかけて来よったっちゃろ?」
「え、そ、それは…その……」
「違う」とも言えず、むぐぐ、と言葉に詰まる絵里の心を、見透かすように、
れーなは白い歯を見せて、にししっと無邪気に笑った。
- 29 名前:【 2 】 投稿日:2011/10/12(水) 01:23
-
きっと、冷静になって、客観的に見てみれば、こんなのすごく馬鹿げてる。
勝手に向こうのペースに乗せられて、好き勝手に振り回されて。
どう考えたって、絵里にメリットはひとつもないし。
何がどう転んでも、愉快な結末は待ってない。
今なら、まだ間に合う。
たったの一言で、終わりに出来るけど……。
「…わかった」
気づけば絵里は、そう言って、小さく頷いていた。
どうして突然、絵里の前に現れたのか、とか。
どこまでが嘘で、どこまでがホントなのか、とか。
なにもかも、ちっとも理解できなくて。本当のことなんて何一つ分からない。
だけど、どういうわけか。
ぐらぐら揺れていた気持ちは、その瞬間だけ、気まぐれに、ぴたりと動きを止めて。
それがもたらした結果が、なんともまた、キテレツなことに。
――この、わけわかんない『自称・ネコ』に、騙されてみるのもいいかもしれない。
って。
チラッとでも思っちゃったんだから。
どうかしてるよね、ほんとに。
- 30 名前:【 2 】 投稿日:2011/10/12(水) 01:24
-
* * * *
- 31 名前:【 2 】 投稿日:2011/10/12(水) 01:27
-
二話目は以上です。
>>23さん、レスありがとうございました。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/14(金) 03:49
- 読みやすいし展開も気になります。
頑張って下さい!
- 33 名前:【 3 】 投稿日:2011/10/17(月) 01:04
-
ウソつき――。
思えば、それが『れいな』に言った、最後の言葉だった。
忘れもしない、3年前の冬。
街中がクリスマス一色に染まった、12月24日の寒空の下で、
絵里は一人きり、れいなを待っていた。
冷えてきた指先に、息を吹きかけたり。
真っ白のコートについた、小さな埃をはらったり。
それから時折、ポーチから取り出した手鏡とにらめっこして。
前髪は大丈夫かな、メイクは崩れてないかな……。
気になる部分を一通りチェックしたところで、ちらりと時計に目をやると、
さっき見た時から、たったの5分しか経ってなかったりする。
根本的に、待たされることに慣れていないせいか、
絵里にとって誰かを待つという時間は、いつも気が遠くなるほど長くて、退屈だ。
(おそいなぁ、れいなのやつ……)
時間は、わざとかと思うくらいゆっくりと。でも、一秒一秒、確実に刻まれていく。
約束の時間からは、既に三十分が過ぎた。
周りで同じように待ち合わせをしている人たちは、一人増えては一人減り、を繰り返し。
気づけば絵里が到着した時と、全く違う顔ぶれになっている。
だけど、それでも絵里は、イライラそわそわしながら、
目の前を行き交う人混みのなかに、見慣れた姿を探し続けた。
あと数分もすれば、向こうから、れいなが慌てて駆けてくる。
そんな、ごく現実的な未来が訪れるということに、
そのときは、なんの疑いも抱いていなかったから。
- 34 名前:【 3 】 投稿日:2011/10/17(月) 01:05
-
さすがにおかしいと思いはじめたのは、待ち合わせ時間から、1時間がすぎた頃だった。
最初は、電車でも遅れてるのかなぁって、気軽にしか考えていなくて。
ずっと前から、二人で何度も相談していたし、
前の日に確認のメールもしたんだから、場所も時間も、間違うはずがない。
だけど、いくら待っても、れいなは姿を現わさない。
それどころか、何度メールを送っても返事が無いし。電話をかけても繋がらない。
積み重なった苛立ちは、少しずつ不安へと変わっていく。
もしかして、何かあったんじゃ……。
ほんの一瞬、そんな思いが過った途端、
「まさかね」と呟いた口元が、変にひきつって。
おまけに、なんとなく気分の悪い、嫌な感覚が体にまとわりつきはじめて。
それを振り払うように、絵里は待ち合わせ場所を離れ、れいなの家へ走った。
決して鳴ることのない携帯を、じっと、片手に握りしめたまま。
- 35 名前:【 3 】 投稿日:2011/10/17(月) 01:05
-
――あの時の、世界が足元から崩れて行くような感覚は、今でも忘れられない。
とにかく、見ること聞くこと、すべてが信じられなかった。
れいなの家には、まるっきり誰もいなくなってて。
近所の人は、『今朝はやくに、引越しのトラックが来てた』とか言って。
れいなの友達も、学校も……。
知り合いの誰もが、行き先どころか、引っ越すことすら知らなくて。
そして、数日後。
最後の頼みの綱だった携帯も解約され、れいなとの連絡手段は、完全に断たれた。
『これから先も、ずっと一緒にいようね』
お互い柄にもなく、そんな恥ずかしい約束を交わした、
絵里の誕生日――12月23日。
その、すぐ次の日のことだった。
「ウソつき……」
れいなに言った、最後の言葉。
正確には、直接、本人に言ったわけじゃない。言うことすらできなかった。
何も言わず、何も残さず。
たったひとつの、嘘だけを置いて。
れいなは絵里の前から、姿を消した。
- 36 名前:【 3 】 投稿日:2011/10/17(月) 01:06
-
- 37 名前:【 3 】 投稿日:2011/10/17(月) 01:07
-
「ほんとに、そこでいーの?」
訝しげにたずねる絵里の声に、『れーな』は笑顔で頷いてみせた。
「なんか、ここが一番落ちつく。夜もここで寝ていいと?」
「えっ……いや、まぁ、絵里は別にいいけど」
なんだかんだで、とりあえず一晩泊まっていくことになった自称ネコは、
しばらくあちこちをウロウロした後、部屋の西側にある、小さな出窓に落ちついた。
幅の狭い台の上に、器用にちょこんと収まる姿は、
まぁ、どことなくネコに見えないこともない。
さっきの"四つ足着地"もそうだけど、
本人の口から「わたしはネコです」と聞いてからというもの、
なんだか、本当にネコのような気がしてくるんだから。先入観と言うのは、怖いもので。
まぁ、『れいな』自体が、もともと少しネコっぽいやつではあったんだけど……。
「ごはんとかは?どうするの?」
「いらん」
「食べないってこと?」
「必要ないけん」
「ふーん。お腹すかないんだ?」
「うん」
れーなは、絵里が何か問いかければ、短く答えるくらいで、
特に、自分から何か喋るような感じではなかった。
ただ、窓のむこうに広がる空を、じっと眺めて。
そのうち、絵里から話しかけることもなくなり、気づけば部屋は、しんと静まり返っていた。
- 38 名前:【 3 】 投稿日:2011/10/17(月) 01:08
-
ネコがどうたらとか、死に場所がなんだとか。
れーながさっき、当たり前みたいな顔でしてきた話なんて、当然、絵里は信じてないし。
一体ぜんたい、どういうつもりでここに来て、
何を思ってそこに座っているのかも、全く読めずにいる。
だけど……。
絵里は小さく、ためいきをついた。
たぶん、絵里の中じゃ、トラウマみたいになってるんだと思う。
何がなんだか分からないまま、一方的に関係を断ち切られて。
ただ、自然消滅していくのを自覚しながら時を過ごす…だなんて。
ある意味、仲違して絶交するよりも、最悪の別れ方だし。
当たり前にそこに居た大切な人が、ある日突然、自分の前から姿を消すということ。
心の中に焼きついた恐怖が、れーなの顔を見た瞬間、フラッシュバックして。
気付いたら、遠ざかる背中を追いかけていた。
あれから、本能的に、反射的に。
誰かとの"別れ"に対して、強い拒絶反応が出るようになった気がする。
高校の卒業式で、自分でも引くくらいボロボロに泣いたり。
進路が別々になった友達と、出来るだけマメに連絡とるようにしたり……。
ただでさえ、自分でも腫れ物に触るような、そんな状態なのに。
相手が、このトラウマの原因である『れいな』と姿形がソックリときては、
こうして再び部屋に招き入れてしまったのも、仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれない。
まぁ、少なからず、後悔はしているけれど。
- 39 名前:【 3 】 投稿日:2011/10/17(月) 01:09
-
暮れなずむ町並みに溶け込むように、部屋は次第に、かすかな暗さを帯びはじめていた。
薄暗がりに浮かび上がる横顔からは、どうしても、
強い痛みをはらんだ、懐かしさばかりを受け取ってしまう。
思いっきり殴ってやりたい気もするし、気の済むまで、泣き叫びたいような気もする。
3年前から、ずっと。
どこへもぶつけることが出来ずに、不完全燃焼でくすぶり続けた感情が、
当時とはまた違った形で蘇ってきたような苦々しさは、確実にあって。
だけど、心の奥底には、ほんのすこしだけ嬉しい気持ちも……。
――もしかして、絵里は何かを期待している?
いやいや、まさか。そんなはずない。
それだけは、絶対に、ない。
「電気つけるね」
「んー」
人の気も知らないで、のんきに欠伸なんかして。
逆光に浮かび上がる黒いシルエットから、無理矢理目を逸らすと、
絵里は部屋の明かりをつけて、そのまま、出窓とは反対側にある勉強机に向かった。
いきなり転がり込んできた非常識なお客なんて、構わず放っておけばいい。
どうせ、今晩だけ。一晩泊めてあげるだけなんだし。
いくら考えたところで、きっと何一つ、理解出来やしないし。
だったらもう、いっそ、考えるのは全部やめにして、
やり残してた学校の課題でもやろうかなって、思って……。
だけど。
いざパソコンをたちあげてみたはいいものの、手は全く動かないし。
自分の部屋なのに、妙に、居心地が悪い。
課題なんて出来ない。集中なんて、出来っこない。
- 40 名前:【 3 】 投稿日:2011/10/17(月) 01:09
-
だって後ろには、れーながいる。
れいなではなく、れーなが。
- 41 名前:【 3 】 投稿日:2011/10/17(月) 01:09
-
* * * *
- 42 名前:ラスト 投稿日:2011/10/17(月) 01:11
-
以上です。
>>32さん、レスありがとうございます。
最後までお付き合い頂けると幸いです。
- 43 名前:【 4 】 投稿日:2011/10/23(日) 00:44
-
すごく、たまに。
頭の奥深くの方から、声が聞こえることがある。
誰の声かは分からないし、何を言ってるのかもよく聞き取れない。
だけど絵里は、その声が、すごく嫌いだった。
わけもなく、不安に駆られる。冷や汗が出て、呼吸が荒くなって……。
そして、突然訪れる激しい頭痛で、飛び起きる。
目が覚めた時には、決まって、何も覚えていない。
何も分からないし、何も思い出せない。
はっきりと絵里に残された事実は、たったの一つ。
それが、"悪夢"だったということだけ――。
- 44 名前:【 4 】 投稿日:2011/10/23(日) 00:45
-
* *
- 45 名前:【 4 】 投稿日:2011/10/23(日) 00:45
-
翌日。
カラリと晴れた太陽が、空のてっぺんを過ぎた頃。
ふいに大きく伸びをしたれーなが、ひょいと身軽に立ちあがった。
「そんじゃ」
それだけ言って軽く手をあげると、くるりと絵里に背を向ける。
まるで、毎日飽きるほど同じ時間を過ごし、
明日も当たり前に会える、学校の友達でもあるかのように。
しごく、アッサリと。
れーなは、勝手だ。
お昼前にようやく目を覚ました上に、しばらくベッドでゴロゴロして。
なんだか、一向に出ていく気配も無かったくせに。
れーなは勝手で、気まぐれで。
れーなは……。
「れーな、ちょっとそこで止まってて」
「え?」
振り向こうとした小さな背中へ。何も言わずに、腕をまわした。
あなたは、ホントは誰?
れーな?それとも、れいな?
確かめるように、ぎゅっと、つよくつよく。
- 46 名前:【 4 】 投稿日:2011/10/23(日) 00:46
-
あれから、夜通し考えた。
『れいな』のことも『れーな』のことも。かなり、いろいろ。
だけど、冷静な判断なんて出来るわけもなくて。
考えれば考えるほど頭は強く痛み、いつの間にか、出口のない迷路に迷いこんでいる。
だったら……いっそ。
「…なん、急に」
目の前に居るのは、きょとんと絵里を見つめる『れーな』。
昨日と何も変わらない。変わっていない、はずだけど。
どこか挑戦的なその瞳を数秒見つめ返すだけで、
胸の奥に、なにか重たいものが、じわりと沈み込む。
あぁ、やっぱり。ちがう……。
ちがうね。
「やっぱり、『れーな』は、『れいな』じゃないんだ」
「は、今さら?」
「うん……今、やっと分かった気がする」
顔もソックリで、声もソックリ。それだけじゃなく、性格や仕草だって。
なにもかも、全部同じように見えるけど。
だけど『れーな』は、『れいな』じゃない。
それは、事実とか理屈とかそういうのは、全部関係のない。
ただ、華奢な体に触れた手の感覚がそう言っていた、というだけのことだけど。
それだけでも、今の絵里には、十分だった。
- 47 名前:【 4 】 投稿日:2011/10/23(日) 00:46
-
「あの、れーな、そろそろ行くけん」
「・・・・・・」
「んーと……なんていうか。今さらやけど、色々ありがとう。助かった」
様子のおかしい絵里に気を遣ったのか、慣れない口調でお礼の言葉を述べたあと、
れーなは窓の方向に向かって、半歩、足を動かした。
その背中にむかって、絵里は再び、手をのばす。
「…行かないで」
「え?」
「絵里、れーなと一緒に居たい」
とっさに掴んだ手と、虚をついて出た言葉に、
れーなは一瞬、驚いたように目を丸くして、まじまじと絵里の顔を見た。
だけど、次の瞬間には、
なんだかとても幼く見えたその表情を、ふっと引き締めて。
とても、静かな声で言った。
「やめた方がいいと思う」
「……なんで?」
「絵里は、その知り合いの『れいな』に、れーなを重ねとうだけやろ?」
「ちがう、そういうんじゃ……」
「昨日も言ったっちゃけど、れーな、近いうちに死ぬけん」
- 48 名前:【 4 】 投稿日:2011/10/23(日) 00:47
-
――心臓が、ひやりとした。
れーなの言葉には、なんの温度もなかった。
なんの感情も乗っかっていない、のっぺらぼうの声。
あぁ、この人はやっぱり、『れいな』ではない。
それは、何か得体の知れぬものを目の前にした時のような、
無意識に身体機能を全て止めてしまうほどの、恐怖で。
でも、だからと言って。
拒絶とか逃避とか、そういう全否定の感情でもなかった。
そうじゃなくて。ただ、ひたすらに……。
- 49 名前:【 4 】 投稿日:2011/10/23(日) 00:47
-
「どんな相手でも、一緒に居れば情も移りようし。その分、別れも辛くなる」
声を失う絵里に構わず、れーなは淡々と言葉を続ける。
「昨日たまたま知りあっただけの、何の義理もない野良ネコのために、
絵里がわざわざ辛い思いする必要なんて、ないっちゃん」
「・・・・・・」
「大丈夫。れーなのことなんて、一週間もすれば忘れられるけん」
「ちがう……」
「それに、れーなと一緒におったって、『れいな』が戻ってくるわけでもないったい」
「ちがうってば。絵里は、『れいな』じゃなくて、『れーな』に言ってるの」
もう、なにもかも、よく分からなくなっていた。
れーなの言ってることはもちろん、自分が今、何を感じているのかさえ。
後悔?未練?それとも、同情?
分かんない。分かんないけど……。
「れーなの『死に場所』って……絵里じゃ、ダメかな?」
この手だけは、離しちゃいけない、気がした。
- 50 名前:【 4 】 投稿日:2011/10/23(日) 00:48
-
* * * *
- 51 名前:ラスト 投稿日:2011/10/23(日) 00:49
-
4話目は以上です。
- 52 名前:【 5 】 投稿日:2011/10/26(水) 22:59
-
日当たりのいい出窓が、いつの間にか、れーなの特等席になった。
なんだかんだで、一緒に暮らし始めて数日が経ったけど。
れーな(自称・ネコ)は、
「テキトーにのんびりやるけん、気ぃつかわんで」
というその言葉の通り、特別なことは何ひとつしなかった。
ただ、昼頃起きて、気まぐれにふらっと散歩に出かけ、夕方帰ってくる。
そんな、規則正しいんだか正しくないんだか分かんないような……。
そう。それこそ、ネコみたいな。羨ましいほど気ままな生活を、飽きることなく過ごし。
そして、ふと気付くと。
たいてい、窓辺に座って、じっと空を眺めていた。
絵里が寝てる時も、遊んでる時も。
まるで、そこに居るのが当たり前のように。ずっと前から、そこに居たように。
れーなは、いつも出窓にちょこんと腰かけて、
ただ何をするでもなく、そこで過ごすことが多かった。
- 53 名前:【 5 】 投稿日:2011/10/26(水) 22:59
-
ほんと、ヘンなやつ……そう、改めて思いながらも、
絵里はたぶん、こいつを心の底から憎んだりすることは出来ない。そんな気もしている。
姿形が、『れいな』に似てるからなのか。
それとも、『れーな』の本来の性格がそうさせているのか……。
ひとまず、『れいなによく似た、ネコっぽい変な子』という認識で落ち着くことにしたはいいものの、
多分、矛盾点なんて、考えだしたらきっと山ほどあるし。
未だに、腑に落ちない部分、不可解な部分はたくさんあるけど。
それでも、たしかに。
絵里は、『れーな』の居るこの空間を、ひそかに、心地よいとさえ感じるようになっていた。
- 54 名前:【 5 】 投稿日:2011/10/26(水) 23:00
-
「これ、聴きたい」
ふいに、後ろから楽しげな声が聞こえた。
とある、土曜の昼下がり。
パソコンに向かってポチポチ遊んでいた手を止めて振り返ると、
そこには、好奇心の塊のような笑顔を浮かべたれーなが立っている。
怪訝な顔をする絵里に向かって差し出しされたのは、少し古びた一枚のCDジャケット。
今の12cm×12cmの真四角なジャケットとは違う、細長いやつだ。
「…いいけど。どうしたの、急に?」
聞いたところで、どうせ特に理由もない、ちょっとした気まぐれなんだろうけど。
そういえば、さっきから後ろでガサゴソ音がしてたし。
また勝手に、人の棚をあさっていたに違いない。
ちょっと不満を感じながらも、
とりあえずCDを受け取って、ラックの上にあるコンポの電源を入れる。
あー、でもこれ、昔の小さいCDに対応してたっけ?
流行りの曲ばかり追いかけていた中学の頃は、すごくお世話になったけど、
パソコン買ってからはめっきり使わなくなったから、忘れちゃったなぁ……。
- 55 名前:【 5 】 投稿日:2011/10/26(水) 23:01
-
「…あれ?でも、ネコって音楽わかるの?」
コンポの操作を続けながら、ふと浮かんだ疑問をそのまま口にすると、
れーなは、不本意とばかりに顔をしかめ、唇をとがらせた。
「バカにせんで!悪いけど、れーな、めっちゃ歌うまいけんね」
「ネコなのに?」
「スーパーネコやけん」
「あははっ。なにそれー、うけるー」
「あー、信じてないやろ?じゃあ、証拠にこの曲ソッコー覚えて歌うけん!覚悟しときぃよ」
再生ボタンに伸ばしかけた手を、ぴたりと止める。
「ダメ……」
「え?」
「歌うのは、ダメ」
「なんで?」
「特別な、曲だから。これ」
「……どーゆうこと?」
不思議そうに首をひねるねーなに、小さく微笑みかけると、
質問に答える前に、とりあえず再生ボタンを押した。
一瞬の、沈黙のあと。
部屋を包み込むのは、体に馴染んだ、心地よいメロディー。
それこそ、物心がつく前から、ずっと子守唄のように聴いていた。
絵里にとって、すごくすごく特別な曲……。
- 56 名前:【 5 】 投稿日:2011/10/26(水) 23:01
-
ちょうど、曲の中ほどに差しかかったところで、
絵里は、れーなに向かって、ジャケットの隅っこを指でさしてみせた。
れーなは、キョトンとした顔のまま、首を伸ばして覗き込む。
そこには、細いマジックで書かれた、小さな文字が並んでいる。
わずかな数列と、漢字2文字。
"1988,12,23 絵里"
「なん、これ?」
「絵里の誕生日」
「え?」
「パパが書いたの。絵里の名前ってね、この曲…『いとしのエリー』が由来なんだって」
「エリー……で、絵里?」
「そう。だから、絵里にとっては、すっごく大切で、特別な曲っていうか……。
いつかこの歌を、世界で一番好きな人に歌ってもらいたいなーって。
なんか、自分で言ってて恥ずかしいんだけど、それが、小さい頃からの夢みたいな感じで」
言ってる途中で、あまりにも照れくさくなって、
かーっと熱くなる顔を、誤魔化すように笑ってみた。
笑われるかな、と思ったけど。
れーなは、いつもと違って、笑うでも茶化すでもなく、やけに神妙な面持ちで頷いた。
「そっか…じゃあ、れーなは歌わん」
「あ、うん……」
「でも、聞くだけならいいっちゃろ?もっかい聞かせて」
- 57 名前:【 5 】 投稿日:2011/10/26(水) 23:02
-
れーなは、『エリー』をすごく気に入ったらしい。
何度も「もっかい、もっかい」とせがむから、コンポの操作法を教えてあげたら、
それからずっと、繰り返し繰り返し、飽きることなく聴き続けていた。
自分の大切な曲を、好きになってもらえるのは、素直に嬉しい。
だけど……。
楽しげに音楽に聴き入り、時折笑顔を見せるその姿に、微笑ましさを感じて。
部屋の中に、穏やかな空気が満ちれば、満ちるほど。
目を逸らそうとしていた違和感が、くっきりと輪郭を持って、浮かび上がってくる。
- 58 名前:【 5 】 投稿日:2011/10/26(水) 23:02
-
「ねぇ、れーな」
「んー」
「れーな、ほんとに死ぬの?」
一瞬、空気がとまる。
「…だけん、そう言いよるやん。れーなは、死に場所探しのネコやって」
「でも、元気じゃん」
「そりゃそうよ。これは仮の姿で、最後にぱーっと楽しく過ごしたいけん、人間になるっちゃもん。
ほんとのれーなは、ヨボヨボのおばーちゃんネコったい」
おばーちゃんネコ、か……。
それにしては、外見も中身も、ずいぶんガキっぽい気がするんだけど。
これでもか、ってくらい不信感たっぷりの視線を送ってみるけど、
エリーに夢中の背中には、どうやら全く届かないようだった。
よくもまぁ、そんな絵空事を次から次へと……って、思う。
れーなの話すことには、全部、現実味がない。
ふわふわして、実体がなくて。それこそ、夢とか、おとぎ話の世界だ。
それを、そのまま信じてしまえるほど、絵里は純粋な子供じゃないし。
かと言って、全てを「非科学的だ」とかってバッサリ切り捨ててしまえるほど、大人にもなりきれない。
ものすごーく中途半端な、19歳と、11カ月……。
あと1カ月したら、絵里も、夢なんて見なくなるのかな。
20という数字で区切って、いきなり大人になれるとは、とても思えないけど。
- 59 名前:【 5 】 投稿日:2011/10/26(水) 23:04
-
この違和感は、いずれ全て解ける、という確信がある。
でも、あまり深入りしてはいけない、という第六感のようなものも働いている。
「……死ぬの、怖くないの?」
「案外ぽっくりいくったい、ネコは」
「うそだぁ」
「へーきへーき。それよりどっか遊びいこう、絵里」
れーなが絵里に差し出して、ふと繋いだ手は、とても、あたたかかった。
もしかしたら、絵里は無意識のうちに、
れーなの言葉の中に、"ホント"を探しているのかもしれない。
全部本当のことだと、信じてしまいたいのかもしれない。
だけど、そこにある"ホント"は、たぶん、真実ではなくて。
それは、嘘よりも、嘘なんだろう。
- 60 名前:【 5 】 投稿日:2011/10/26(水) 23:04
-
* * * *
- 61 名前:ラスト 投稿日:2011/10/26(水) 23:05
-
以上で、5話目です。
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/27(木) 20:36
- れなえり好きですー
ちょっと若いときの設定なんですね
爽やかで可愛い雰囲気がれなえりの真骨頂って感じで非常によいと思います
- 63 名前:【 6 】 投稿日:2011/11/02(水) 00:02
-
「えりー、えりー」
ふと、外から声が聞こえて、窓を開けると、
散歩に出かけていたれーなが、駐車場からこっちを見上げていた。
「見て、ともだちできた!」
やけに嬉しそうに言うれーなのそばに、それらしき人影はない。
一瞬、何のことかと首をひねったけど。
よくよく見てみると、その細っこい腕の中には、小さな三毛猫が抱かれている。
「野良やって。家族みんなで、むこうのアパートの軒下に住みよるらしい」
「話したの?」
「うん。そっち連れてっていい?」
「え、べつにいいけど……」
「じゃあ、ちょっと横によけとって」
れーなは、子猫をダウンジャケットのフードにそっと入れると、
一度深くしゃがんでから、軽く地面を蹴って、ブロック塀の上へ。
それから、もう一度、ひょいっと跳んで、絵里の部屋……2階の出窓に着地した。
ネコみたい、ほんとに……ネコなんだっけ?
まぁ、どっちでもいいけど。
れーなの、こういうちょっと"人間離れした"行動1つ1つに、
すっかり慣れつつある自分がこわい。
- 64 名前:【 6 】 投稿日:2011/11/02(水) 00:02
-
「ちゃんと靴脱いでね」
「わかっとー。あ、絵里、この子出してあげて」
「えっ、絵里が?」
「寝てるけん、そーっとね」
少しためらってから、出窓に腰かけて靴を脱ぐれーなの背中に、恐る恐る手を伸ばす。
フードの隙間からのぞく、ちっちゃな寝顔。
間違いなくこの世で一番可愛い、その、ふわふわで柔らかい生き物を、
絵里は、細心の注意を払いながら、そーっと抱き上げた。
「……ヤバイ、超かわいいーっ!」
起こさないように、出来る限りボリュームを下げたまま叫んだら、超音波みたいな声が出た。
「可愛いやろー?まだチビやけん、すぐ、おねむになるったい」
「なにこれ、超ふわふわ!超あったかい!
やばいやばい、どうしよう絵里、ど、どうしたらいい?」
「あははっ、何で絵里がテンパると?ほら、とりあえずベッドに寝かしてやりぃよ」
「そっか、そうだよね。ベ、ベッドね、ベッド……」
「てかマジうけるっちゃけど!絵里、動きカックカク」
今の絵里には、人を指さして爆笑するような失礼なやつに、構ってる余裕すらない。
壊れ物を扱うように、全身の神経を手のひらに集中させながら、
それこそカックカクの動きで、絵里は子猫ちゃんをベッドの上に寝かせてやる。
- 65 名前:【 6 】 投稿日:2011/11/02(水) 00:02
-
一連の騒ぎにもビクともせずに、すやすや、気持ちよさそうに眠る寝顔。
見てるだけで、なんだか優しい気持ちに包まれて。
れーなと2人で顔を見合わせたら、お互い、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「よし、れーなも昼寝しよっと」
「またー?」
「また、って。今日はまだしてないっちゃん」
「えー、じゃあ絵里も寝よっかなぁ。猫ちゃんの寝顔見てたら、なんか眠くなってきた」
先に横になったれーなに負けじと、ごろりと寝ころんだら、
小学生の頃から使ってる狭いベッドは、未だかつてない程、ぎゅうぎゅう詰めになった。
体は3分の1くらいはみ出てるし、寝返りも自由に出来ない窮屈さだけど。
でも、その不便な感じが、今はむしろ楽しい。
子猫を挟んで川の字に寝るなんてこと、もちろん人生で初めてだし。
今後も滅多にないと思う、たぶん。
- 66 名前:【 6 】 投稿日:2011/11/02(水) 00:03
-
「あのさ、絵里」
至近距離で見る子猫の寝顔に癒されながら、絵里は、「んー」と軽く返事をする。
そこから、一瞬、間があいた。
微妙な沈黙を不思議に思って、子猫にロックオンしてたピントを少しずらすと、
向こう側に、ぼんやり天井を見上げる横顔が見える。
「なに?」
子猫に視線を戻しつつ、改めて返事をすると、
れーなは再び微妙な間をあけてから、心もち、小さめの声で言った。
「どんな奴やったと?『れいな』って」
ピクリと、自分のまゆげが動いたのが分かった。
「……あ、いや。言いたくないなら別にいいっちゃん。
れーなに似とう人間ってどんな奴かいなって、ちょっと気になっただけやけん」
黙りこんだ絵里に何かを感じたのか、
れーな、はちょっと慌てたように、そう付け加える。
れいな……。
れいな、か。
- 67 名前:【 6 】 投稿日:2011/11/02(水) 00:03
-
「べつに、言いたくないわけじゃないけど」
「けど?」
「急に、どんなって聞かれても…うーん、あえて言うなら……。
バカで意気地なしで自分勝手で、おまけに大嘘つきのサイテー野郎、かなぁ」
「あははっ。へー、そうったい?」
なにが面白かったんだか。
楽しそうに、けらけら笑うれーなの声を聞きながら。
絵里の口元には、ふっと、苦笑いめいた微笑みが浮かびあがる。
「……ウソ」
「え?」
「半分はホントだけど、半分は、ウソ」
「なんそれ。ややこしい」
「だーってさぁ……ややこしい気持ちになるんだってば。れいなのこと、思い出すと」
ため息交じりにそう言うと、
絵里は体を小さく捩り、天井を見上げるように寝がえりをうった。
この"ややこしい気持ち"と向きあうには、今でもほんのちょっと、勇気がいる。
ただひたすらに優しい思い出と、その海に浸かる、過去の自分。
一人で直視するには、なんだか、心許なくて。
絵里は、横目でちらりとれーなを見やってから、ゆっくり、大きく息を吸った。
- 68 名前:【 6 】 投稿日:2011/11/02(水) 00:03
-
「れいなと出会ったのは、高校の時」
出会いは平平凡凡。ちょーフツウだった。
「ただ、高1のクラスが一緒になったってだけ。
でも、グループ違ったし、出席番号もたいして近くなかったから、話す機会は全然なくて。
きっと、卒業まで深く関わることはない相手だろうなーって、なんとなく思ってた」
入学式や新年度での、通過儀礼。
1人ずつ順番に立たされ、趣味やらあだ名やらを短く喋る自己紹介で、
絵里の10人くらい後に立ち上がったのが、『田中れいな』だった。
確か、福岡の中学出身だとか、そんな話をしていたような気がするけど。
その、ぱっと見の第一印象の時点で、絵里は既に、れいなを苦手なタイプだと認識した。
ていうか、単純に「合わないだろうな」って感じ。
ちょっとヤンキーはいってるような、ギャルっぽい、派手な見た目で。
同じような系統の子と集まって、いつもワイワイ騒いでて。
その上、納得いかないことがあれば、
相手が誰であろうと噛みついていくもんだから、周囲との摩擦は日常茶飯事……。
そんな、良くも悪くも、ものすごーく目立つ生徒だった、れいなに対して。
絵里は、目立ち過ぎず地味過ぎず。ごくごく普通の一般生徒。
きっと、そのまま普通に過ごしていれば。
たまたま同い年で。
たまたま同じ学校の、同じクラスになっただけの縁で。
偶然席が近くなったり、何度か掃除当番が重なったりしたときに、ちょこっと喋るくらい。
そのくらいの、薄っぺらな関係で終わるはずだったんだと思う。
- 69 名前:【 6 】 投稿日:2011/11/02(水) 00:04
-
「それなのにさ。ある日突然、『亀井さん以外考えられんけん!』とか言ってくるんだよ?
先輩に呼び出されようが、先生に怒鳴られようが、
全くひるまないで、思いっきり睨み返すようなヤツのくせして。
もう顔とか、こっちが恥ずかしくなるくらい、ちょー真っ赤にしちゃってさ……」
ぺらぺらな2人の関係が、何の前触れもなくぶつかった日。
絵里は、その時、初めて。
『田中れいな』という1人の女の子の存在を、真正面から見た。
ヤンキーでギャルの、田中さん。
昼休み、いつもうるさい田中さん。
絵里を、好きな、田中さん……?
「正直言うと、その場から逃げだしたくて仕方なかった。
なんて返せばいいか分かんないし。普通に、そんなこと言われても、って感じじゃん。
自分の人生の中で、れいなが居る未来なんて、その時は考えられなかったし」
「・・・・・・」
「でもね。ものすごい真剣な表情で言ったあと……れいな、笑ったんだよね。
なんとなく決まり悪そうな、でも、すごく不安そうな顔で、ニヤッて。
その時、『あ、こういう顔もするんだ』って。なーんか、やられちゃったんだよなぁ」
まさか、自分が女の子……それも、ほとんど喋ったことのない苦手なタイプの子に、
いきなり「好きだ」とか告白されて。
おまけに、付き合うことになるなんて。
まさに当日の放課後まで、想像すらしていなかったけど。
不思議とその顔を見た瞬間、すんなり納得した自分がいた。
苦手は全て、新鮮に変わり。
不自然は次第に、自然となる。
悩んだこともあるし、ケンカもしょっちゅうだったけど。
ふと気づけば、そこに、れいなが居て。
いつしか隣で笑う自分が、当たり前になっていた。
- 70 名前:【 6 】 投稿日:2011/11/02(水) 00:04
-
「……ほんと、どこ行ったんだろうなぁ、アイツ」
ぽつりと零れた自分の声に、一瞬、じわりと何かこみあげてくる。
だけど、泣くのも、なんか違う気がして。
深く息を吸い、笑ってみた。
「まー、そんな感じのヤツだよ。れいなは」
「・・・・・・」
「大変だったけどね、こうやって笑い話に出来るようになるまで。
なんか、上手く言葉に出来ないような……ややこしい気持ちが、ずっと続いてさ。
全部、忘れちゃいたいって思ったこともあったけど。でも、そんな単純なことでもなくて……」
「・・・・・・」
「れーな?」
「・・・・・・」
「うそ、もしかして、寝てんの?」
子猫の向こう側から聞こえてくる、すやすや気持ちよさそうな寝息に、
絵里はその時、はじめて気がついた。
なにこれ、いつから?
質問なげっぱなしで寝るとか、どんだけマイペースだよ、このネコは。
長々と独り言を呟いていたらしい自分に、思わず苦笑いが漏れた。
……はぁ。
絵里、ばかみたい。
ばかみたいだなぁ。
- 71 名前:【 6 】 投稿日:2011/11/02(水) 00:04
-
まだ、心に深く残る傷痕は、こうして時折しずかに疼く。
ちょうど薄れてきた頃に、きまって。
じわり、じわり。
自らの存在を、決して忘れさせまいと。
あれから。
『田中れいな』なんて人間は、最初から居なかったかのように、
全ては、ただ、淡々と。
薄気味悪いくらいに、変わらぬ日常を重ねていった。
たったひとり、絵里をのこして。
ぐるぐる、早送りで歪んでいく世界。
そうして、ふと気付いたときには、あたりはもう、全く違う景色で。
まるで、玉手箱を開けてしまった浦島太郎のように。
ひとり、ただ呆然と、世界の狭間で立ち尽くしていた。
『れいな』が居ない世界。
『れいな』が笑いかけてくれない世界。
そして、毎日幸せに笑っていたあの日の絵里も。
昨日の絵里も、一昨日の絵里も…10秒前の絵里だって。
どんなに探したって。
なにもかも、もう、どこにもなかった。
- 72 名前:【 6 】 投稿日:2011/11/02(水) 00:05
-
だから……。
だから絵里は、思い出という名の"過去"を、全て。
たぶん、夢と同じようなものだと思った。思うことにしたんだ。
そこに、確かにあったものも。
そこに、確かに居た人も。
目を閉じなければ、姿を写し取ることさえ出来ないのなら。
それは、水面にふわふわ漂う泡と同じ。
出来すぎた、おとぎ話だ。
だから絵里は、そのすべてを。
"夢"のなかに、閉じ込めた――。
- 73 名前:【 6 】 投稿日:2011/11/02(水) 00:05
-
3年、経った。
絵里は、もうすぐ20歳になる。
何もかもが変わるのには、十分すぎる時間が過ぎてしまったのかもしれない。
だけど、それでも……。
「ネコでも、忘れられない失恋とか、あるのかなぁ?」
なーんの悩みもなさそうな、やすらかな寝顔を見つめたまま。
絵里は、ぽつりと呟いた。
- 74 名前:【 6 】 投稿日:2011/11/02(水) 00:05
-
* * * *
- 75 名前:ラスト 投稿日:2011/11/02(水) 00:06
-
6話目は以上です。
>>62さん、レスありがとうございます。
稚拙な文で恐縮ですが、れなえり書かせて頂いてます。
- 76 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:11
-
ゆめをみた。れいなのゆめ。
れいながわらってる。えりもわらってる。
ふたりはてをつなぐ。ふたりはきすをする。
あたりまえのように。
しあわせなかおをして。たのしそうにわらって。
れいなのこえが「すきだよ」っていえば、えりのこえも「すきだよ」っていう。
れいなはわらってる。えりも……
えり、は……?
――絵里は、どうして泣くと?
目が覚めた。
絵里は、泣いていた。
- 77 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:12
-
* *
- 78 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:12
-
ぴゅーぴゅー。
乾燥した風が、容赦なく吹きつけるメインストリート。
カラフルなストッキングとすれ違うたび、
「まだ、もうちょっと生足で頑張ろう」なんて思ってしまった、今朝の自分を恨んだりしながら。
厚手のコートを選んだのがせめてもの救いと、寒さに身を縮こめて、
足早に校門を目指す、花の女子大生、亀井絵里。
いよいよ冬本番の気候に合わせるように、世間の暦は、はやくも12月中旬に突入した。
クリスマスを来週に控えているせいもあってか、
街中は、すっかり浮かれた空気に満ち溢れていて。
それが大学生ともなれば、そりゃあもう。きたる冬休み。
サークルとかバイトとか遊びとか。
もう体がいくつあっても足りないくらい、予定ぱんぱん、夢いっぱい。
本当のところなら、絵里だって。
そういう学生らしい普通のことで、忙しく過ごしているはずだった。
でも。
残念なことに、現実はというと。
謎のネコ少女『れーな』のこととか。
大嘘つきの馬鹿やろう、『れいな』のこととか。
絵里の頭の中は、あまりフツウじゃないことに占拠されていた。
まったくもう。なんで絵里が、こんな目にあわなきゃいけないんだ……。
寒さへの忍耐から始まった怒りの感情が、
ごく自然の流れで、アイツにむかい始めた。
ちょうど、その時だった。
「あー、絵里!」
斜め前方で、絵里の名前を呼ぶ声がした。
- 79 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:14
-
すれ違って行くたくさんの女の子たちの中に、ひとり。
よく知った顔が、こちらに向かってまっすぐ歩いてくるのが見える。
「おー、愛ちゃーん」
愛ちゃんだった。
「つーか、この気温で生足とか、元気やのー」
「あ、そこには触れないでください、マジで」
「えぇ、なんでじゃ」
上京して約3年が経つというのに、なかなか福井訛りの抜けないその声は、
ぴりっとつめたい風にのって、とてもクリアにひびく。
冷え切った体と心にしみわたるような、なんだかとても、ほっとする声。
「どーしたん?」
「どうしたって、なにがですか?」
「いや、だって、なんかムズカシイ顔してたやん」
「むつかしいかお?絵里?」
「うん。なんか悩みごと?」
「んーー……まぁ、悩みって言ったら、悩みなのかなぁ?」
悩みというか。苛立ちというか、ね。
- 80 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:15
-
「……ま、なんもないならいいけどさ。あんま、ためこまんようにな?」
「ほーい」
「えー、返事テキトー」
「いやいや、そんなことないっすよぃー」
「あっひゃひゃっ。だからそういうんがテキトーなんだってば」
愛ちゃんの口元から時折もれる、白い息。
テケテケ早口になる声が、モールス信号みたいで面白い。
「じゃー、次の教室遠いから、そろそろ行くわ。絵里、このあと授業は?」
「今日はもう終わりでーす。ちょっきー」
「えー。いいなぁ、ちくしょー」
「うへへー、すいませんねぇ」
「はいはい。んじゃ、また明日ね」
言いながら、愛ちゃんは、ひょいっと軽く手をあげて歩き出した。
「また」って絵里の返事に軽く微笑み返して。すっと、横を通り過ぎる。
なんとなく、無意識に目で追いかけた。
ゆっくり遠ざかる、小柄な背中……。
「……愛ちゃん!」
とっさに、呼びとめた。
- 81 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:16
-
どこかの誰かと違って、愛ちゃんはすぐに、「ん?」と笑顔で振り返ってくれる。
その優しい表情に、一瞬、泣きそうになる。
愛ちゃんいると、いつも感じる。
あったかくて、あったかくて。
ちょっとだけ、せつない気持ち。
「えっと……授業、がんばってください」
呼びとめたわりに、全然大したこと言わなかった絵里のことを、
愛ちゃんは不思議そうな顔で、しばらく、ぼんやりと見つめていた。
と、思ったら。
ふと、何か閃いたように、ぱっと笑い、
バッグから何かを取り出して、おもむろに、放り投げた。
- 82 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:17
-
「えっ…?」
驚く間もなく、投げられた側の絵里は
慌てて両手をあげて、アタフタ空中をうろつかせる。
とりあえず、なにがなんだか、わけも分からないけど。
きれいな放物線を描いて空を飛ぶ、その謎の物体を、
絵里は、なんとか地面に落とすことなく、キャッチすることに成功した。
手元で、ガサリ。
ビニール包みの音。
「気ぃつけて帰るんやでー」
ぱっと、咲くような笑顔。
ふたたび遠くなりはじめる背中。
手の中に残された、コンビニ限定、いちごクリームパン……。
心のどこかが、きゅんと跳ねるのと同時に。
心のどこかが、鈍く疼く。
通り過ぎたのは、かすかな痛みと、もどかしさ。
この気持ちに名前をつけるのは、きっと、すごく簡単なことだ。
ふつうなら多分、そこに大きな躊躇いはない。
ありふれた日常が小さく変わり、なにかが始まる。始めることができる。
だけど――……。
- 83 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:18
-
「今の、絵里のコイビト?」
「えっ……」
超。びっくりした。
「れ、れーなっっ!!?えぇぇ?なんでいんの?なんでいんの?」
なぜか、いきなり現れたれーなを前に、思わず叫ぶ。
通りすがりの人々が、不審そうにチラチラ振り返る。
ほんのすこし、微妙な間があいた後。
れーなは何でもないような顔で、しれっと口を開いた。
「なんで、って。べつに、ただ見に来ただけったい。
大学ってどんなとこかいな、って前から気になっとったけん。散歩のついでに」
「さんぽ…いや、さんぽって……電車は?れーな電車乗ったの?」
「うん」
「おかねは?切符は?自分で買ったの?ネコなのに?」
「もー、絵里、質問ばっかでウルサイ。どうでもいいやん、そんなん」
「いや、どうでもよくは…って、ちょっとちょっと、どこ行くの?」
「帰る」
「ま、待ってよ、絵里も一緒に帰るから」
混乱する頭を整理する暇もなく、すたすた先を歩く背中を早足で追いかける。
まったく、ほんとに、このネコは……。
ちょっと目を離したスキに突拍子もないことをしでかしたりするから、油断出来ない。
- 84 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:18
-
「……ねぇ」
「んー」
「なんで、恋人だと思ったの?」
「なにが?」
「さっき。れーな言ったじゃん、『今の恋人?』って」
「あぁ……だって、なんとなくそういう顔しとったけん、2人とも」
「・・・・・・」
「ま、違うんならべつにいいけど」
別にいいなら、最初から聞くな。
掴みどころのないその横顔に、訳もなく苛立ちを覚える。
- 85 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:19
-
「……愛ちゃん」
「え?」
「さっきの人。高橋愛ちゃんっていうの。サークルの先輩」
ぽつりと、呟くような絵里の声に、
れーなは、顔を思い浮かべるように斜め上を見つめながら、ちいさく「ふーん」と言った。
「どんな人?」
「……すごく優しくて、あったかい人だよ。責任感あるし、真面目だし。
たぶん、愛ちゃんを嫌いな人なんて、この世にいないと思う。そのくらい、いい人」
「あはは。『れいな』ん時と違って、めっちゃ素直に褒めよる」
「それは、だって……愛ちゃんは誰かさんと違って、ウソとか、絶対つかないし」
「あぁ、たしかにね。そんな感じする」
「うん、まぁ……」
「付き合っとーと?」
「……まだ」
ちょうど信号が赤になり、2人同時に足をとめる。
- 86 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:19
-
「まだって、なんそれ。どういうこと?」
「いや、なんていうか……告白されたけど、答え、待ってもらってる」
「ハァ!?なんで?もったいな!」
「・・・・・・」
「ん?」
「お前のせいだぁーーー!!」
「ちょ、な、なんしよーと!!」
むつかしくて。フクザツで。
やり場のない思いをこめた絵里の拳は、ちょうど、れーなの肩あたりにヒットした。
そんな絵里の不意打ちに、れーなは、びっくりしたような、あせったような。
ものすごく不満そうな顔をして、すぐに抗議の声をあげる。
「だけん、『れいな』への恨みをれーなで晴らすんやめりぃよ!」
「だってムカついてくるんだもん、その顔見てると」
「かっ、顔!?」
勢いで言ってすぐ。
何かあるたび、すぐ不貞腐れた『れいな』と同じように、
けっこう、本気でキレられるんじゃないかとも思ったけど。
『れーな』はべつに、たいして怒りはしなかった。
それが、なんか、物足りないというか。
妙に、寂しかった。
- 87 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:20
-
青に変わった横断歩道を、ゆっくり歩きだす。
気のせいかもしれないけど、さっきより少し、お互いの距離をあけて。
「絵里はさ……」
ふいに、前を行くれーなが、振り返らないまま小さな声で言う。
「好いとうと?あの人のこと」
……ねぇ、れーな。いま、どんな顔してるの?
斜め前の背中を見つめつつ。
絵里も、そっと小さな声で答える。
「うん……好いとうと」
れーなは、ぱっと振り返って、
「そっか。よかった」って、やけに嬉しそうに笑った。
つられるように、絵里も、わずかに微笑み返した。
「まぁ。あんなキレイなひと、絵里にはもったいない気もするけど」
やっぱりムカっときて。
もう一発。殴ってやった。
- 88 名前:【 7 】 投稿日:2011/11/06(日) 00:20
-
* * * *
- 89 名前:ラスト 投稿日:2011/11/06(日) 00:21
-
7話は以上です。
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/07(月) 01:32
- ちょっと切ない部分もありつつ
二人の掛け合いが微笑ましいです
登場人物も増えてこれからどうなるのか楽しみにしてます
- 91 名前:【 8 】 投稿日:2011/11/09(水) 00:02
-
『elle』――3人称単数の代名詞。
英語の『she』にあたる言葉で、意味は『彼女』。
だけど、このばあい間接目的だから『lui』を……。
いや、まてよ、もしかしたら直接モクテキという可能性も……?
「あー、ダメだぁ。むずかしいぃぃ…」
ギブアップの声をあげて、テーブルに突っ伏すと、
腕の下で、ノートが、くしゃっと折れ曲がった。
ざわざわ、声の波がさざめく食堂のラウンジにて。
飲みかけの紙パック入りオレンジジュースを、一気に飲み干して、絵里は大きくため息をつく。
あーあー、もう。べんきょうきらーい……。
「絵里って、ほんと、語学苦手やのー」
テキストをにらみつけて不貞腐れる絵里を見て、愛ちゃんは、可笑しそうに笑った。
「もう、笑ってないで教えてくださいよぉ」
「んなこと言ったって、あーしフランス語わからんもん。ボンジュールとかメルシー?くらい」
「でも愛ちゃん、英語得意じゃん!英語もフランス語も似たようなもんでしょ?」
「いやいや、全然ちげーし」
方言のせいか元からか、見た目にそぐわぬ粗雑な言葉が飛んでくる。
最新のファッション雑誌を、ぺらぺらめくりながら、
紙面を飾るモデルに引けを取らないくらい、センスの良い服を着こなしてるのに。
言葉遣いが荒いのが玉に瑕と言うか、ギャップ萌えというか……。
- 92 名前:【 8 】 投稿日:2011/11/09(水) 00:03
-
「へー、その例文の主語はエリーちゃんか」
福井訛りのオシャレさんが、アップルティーを片手にテキストをのぞきこむ。
「おぉっ!やっぱり愛ちゃん、フラ語わかるんじゃーん!
お願いします、どうかここの空欄の答えを……」
「いやいや、だからまったく分からんてば……あ、しかもそれエリーじゃないやん。『i』がない」
「え、なに、どれのはなし?」
「ほら、そこのまん中らへんの。『elle』ってあるやん、それが『ellie』に見えた」
そう言って指さしたのは、さっき絵里をギブアップさせた、例の文だった。
「あぁ、これね!これは『エル』って読むんですよ。
先生が大事だって言ってて、最初の頃にノートに書いた気がする」
「へー。なんだ、結構分かってるやん、絵里」
「ちがうんですって。むしろ、それしか分かんないから困ってるんだよぉ……」
「あらら」
- 93 名前:【 8 】 投稿日:2011/11/09(水) 00:03
-
四角1、問いの3。
短い一文の空欄部分を埋めるという、語学系のテキストでは定番の形式。
ただ、定番とは言え、これがなかなか厄介で。
自慢じゃないけど、絵里はこういう穴埋め系の問題が、ちょー苦手だ。
せっかく、元は綺麗な文章がつるりと並んでたはずなんだから。
わざわざ、そこに穴ぼこあけるような意地悪な真似しないで、
そっとしといてあげればいいのにって、いつも思う。
「あー、もういいやー。当たったら『分かりません』で乗り切ろう…ヤバイかな?いけると思いますか?」
「いや、知らんけど。先生怖いん?」
「うーん……怒る時はぶわーっと早口のフランス語で怒るから、ほとんど何言ってるかわかんない」
「あっひゃー。それは怖いのぉ」
「怖いよー。いつもは陽気なフランス人なんですけどねぇ」
ためいきまじりに言いながら、
絵里はフランス語との格闘をひとまず諦めて、テキストを閉じた。
こうなったら、授業で隣の席の頼れる友達・ガキさんを頼るしかない。
今から会えないかなぁ。メールしてみよーっと……。
- 94 名前:【 8 】 投稿日:2011/11/09(水) 00:05
-
「そういや絵里、来週どうすんの?」
ケータイを手に、早速ぽちぽちメールを作り始めると、
ふいに愛ちゃんが、思い出したような口調で言った。
「え、来週……って、なんでしたっけ?」
「ほら、クリスマスに、サークル内の恋人いない女子で集まって、飲み会やろうって話あったやん」
「あー、はいはい。ありましたねぇ」
「なんか、あれ、麻琴がやたらと張り切っててさぁ。
あーしはもう逃げられそうにないんやけど……絵里は、どうすんのかなと思って」
「あぁ、えっと……」
「あ、予定あんのやったら、パスして全然大丈夫やと思うで。
どうせいつもみたく、麻琴んちで飲むだけだろうし」
「んーと、予定はないんですけど……何と言いますか。
あの、実を言うと…絵里、クリスマスってどうも苦手で」
「苦手?」
小首をかしげる愛ちゃんに、絵里は少し苦笑いを浮かべながら、言葉を選ぶ。
- 95 名前:【 8 】 投稿日:2011/11/09(水) 00:05
-
「うーん。ちょっと、嫌な思い出があってですね」
「・・・・・・」
「だから、クリスマスには、どうしても人と会う気になれないっていうか。
クリスマスを、あんまり意識しないで、普通に過ごしたいというか……」
「……そっか。じゃあ、麻琴にはあーしから言っとくわ。ちょうど次の授業一緒やし」
「なんか、ごめんなさい。いつも迷惑かけちゃって」
「ええてば、謝らんでよ」
愛ちゃんは、すこし困ったように笑って、ひらひら手を振った。
こうやって。
何事もなかったように過ごせるのは、絵里にとっては、ありがたいけど。
何事もなかったように過ごすために、
愛ちゃんは、どれだけ気を遣ってるのかなって思うと、少し苦しい。
- 96 名前:【 8 】 投稿日:2011/11/09(水) 00:06
-
時々、愛ちゃんのこと、まっすぐ見られなくなる。
愛ちゃんのむこうには、いつだって"未来"があるから。
きらきらと光り輝く、きっと、とても素敵な未来が。
"過去"なら、夢に出来るけど。
"未来"は、いつか現実になる。
そこに向かって手を伸ばすだけの勇気が、なかった。
『れいな』とのことは、もう終わったことなんだって、分かっていても。
頭で、どんなに分かろうとしても。
絵里はまだ、"ここ"を離れることが出来ずにいる。
もう、3年も経つのに……。
それとも。まだ、3年なのかな?
あの日から、時の流れをつかむのが、すこしヘタクソになった気がする。
- 97 名前:【 8 】 投稿日:2011/11/09(水) 00:08
-
「そういえば、まこっちゃん、最近ちょっと元気ないですよね」
話を逸らすように、絵里は、新たな話題を口にした。
ひとまず、『れいな』から離れたくて。
だけど、愛ちゃんは想定外に、深刻な表情を浮かべた。
「あぁ、麻琴はのー……」
声のトーンを、重たく落とす。
「最近、大事にしとった飼い猫が死んでしまったらしくて」
「えっ……」
「それが、またなんというか、さみしい話でのー。
その猫ちゃん、亡くなる数日前に、ふっと家出してしまったんやて。
そんで、どこ行ったんやろうって思ってたら、何日か経ってから、庭の隅っこで丸まって……」
「それって……"ネコの死に場所探し"っていうやつですか?」
「そうそう。猫って、自分が弱ってるとこ飼い主に見せたくないから、死期を悟ると姿を消すんやって。
せめて最期はそばにいてあげたかったって、麻琴、すっかり落ち込んでてさぁ……」
『れいな』から離れるつもりが、思わぬところでぐるりと一周して。
今度は、『れーな』に戻ってきてしまった。
死に場所探しのネコ……。
あまり気分のいい言葉じゃないなって、今さら思った。
本当に、今さらだけど。
- 98 名前:【 8 】 投稿日:2011/11/09(水) 00:09
-
「ただいまー」
不規則に揺らぐ気持ちを抱えたまま。
授業にバイト、いつも通りのスケジュールをこなして。
すっかり日も落ちた、夜の7時過ぎ。
絵里は、いつもように、自分の部屋のドアを開けた。
――ドキッ、とした。
れーなが、いない。
この時間には、いつも必ず帰ってるはずなのに。
「おかえりー」って。
いつもの出窓の指定席に、当たり前のような顔して……。
「…れーな?」
声がふるえた。嫌な予感がした。
そういえば、このごろ。
絵里はちょっと、当たり前のように思い始めていた気がする。
学校から帰ると、部屋には居候のれーながいて。
窓のとこに座って。笑ってて。
明日も、そこにいることが、当たり前だって……。
「れーな……っ!」
- 99 名前:【 8 】 投稿日:2011/11/09(水) 00:10
-
――カンッ。
半ば叫ぶように再び名前を呼んだ、そのとき。
ふいに窓の方から、何か軽いものがぶつかったような、衝突音がした。
瞬間、弾かれたように駆け寄る。
思いっきり窓を開け放して、身を乗り出すと。
すっかり暗くなった駐車場の、ぼんやりともった街灯の下。
そこに、れーなは立っていた。
「えりー、ちょっと来てぇ」
安堵から、本気で泣きそうになってる絵里を見上げて。
れーなは、にししっと、楽しげに笑った。
- 100 名前:【 8 】 投稿日:2011/11/09(水) 00:10
-
* * * *
- 101 名前:【 8 】 投稿日:2011/11/09(水) 00:12
-
8話目は以上です。
>>90さん、レスありがとうございました。
- 102 名前:【 9 】 投稿日:2011/11/15(火) 00:34
-
てっきり、どこか別の場所へ連れていかれるのかと思いきや。
玄関から出てきた絵里にむかって、
れーなは駐車場の片隅に座ったまま、「こっち」と手招きした。
人の気も知らないで、楽しそうに笑ってるれーなにも。
勝手に勘違いしてパニックになった自分にも、なんだかすごく腹が立って。
絵里は黙って俯いたまま、2つならんだ車止めのブロックに、そっと腰をおろした。
「なんか怒っとらん?」
「べつにぃ」
「ウソだー、絶対怒っとうやろ、その顔」
「おこってないってば!……で、なに、なんの用?」
「用ってほどの用もないけど。たまには、れーなの気分でも味わってもらおうかと思って」
「……れーなの?」
「そ。ネコの気分ってやつ」
言うなり、れーなはその場にゴロリと寝そべった。
「は?」と目を丸くする絵里などお構いなしに、ふぁーっと欠伸なんてして。
駐車場のコンクリートの上で、すっかりくつろぎモードに突入。
- 103 名前:【 9 】 投稿日:2011/11/15(火) 00:34
-
「ほら、絵里も」
腹が立つを通り越して、呆れてる絵里の袖を、
れーなは、チョイチョイと、しつこく引っ張ってくる。
「ねー、絵里」
「……」
「絵里、聞いとうと?」
「あー、もう、わかったよ!寝ればいいんでしょ、寝ればっ」
なんかもう、どうにでもなれ!
ごちゃごちゃ、こんがらがった頭の中を吹き飛ばすように、
絵里はコンクリートの地面に体を投げ出した。
触れた地面は、思ったより、ひやりとつめたい。
後頭部のすわりがわるくて、ごそごそしてると、れーなが肩あたりを指さす。
「フード、敷いたらいいやん」
「あぁ、まぁ、そっか……」
今年買ったばかりの、お気に入りのコートなんだけどなぁ、これ……。
と、ちょっと思ったけど。
そんな細かいことは、すぐに、どうでもよくなった。
「空……きれいだね」
「やろ?」
「なにその、れーなの手柄みたいな言い方」
「だってこの景色、れーなが誘わんかったら、ぜったい見れんかったったい」
「まぁ、そりゃ、そうだけど……。
ていうか、お酒でも入ってないかぎり、夜の道端に寝っ転がるような人なんて、まずいないでしょ」
「いいやん、今はネコの気分体験中なんだけん」
「ネコの気分ねぇ…」
- 104 名前:【 9 】 投稿日:2011/11/15(火) 00:34
-
つめたい地面から、じっと見上げる、12月の夜空。
この辺りじゃ、満天の星とまではいかないけど。
冷たく冴えわたる深い藍色は、どこまでも澄みきって。
やけに、大きく。目の前に迫ってくるように見えた。
いつか、遠い遠い昔にも。
こうして地面に寝ころんで、空を見上げたことがあったっけ。
あのときは、昼間の青い空で。場所は学校の屋上で。
隣にいるのは、『れーな』じゃなくて、『れいな』だったけど。
今とおなじように、視界いっぱいを覆いつくす空を。
絵里は、すごく綺麗だと思うと同時に、なぜか少し、怖く感じた。
そして、その怖さをごまかすように、れいなの手を……。
- 105 名前:【 9 】 投稿日:2011/11/15(火) 00:35
-
「絵里は、どうして泣くと?」
ぼんやりと空に意識を委ねているところへ、ふいに、れーなの声がした。
「え、泣いてないじゃん、べつに」
「いや、今じゃなくて…」
「今じゃなくて?」
「朝」
遠くの街灯の光に照らし出されるれーなの瞳が、
きらきらと静かに輝きながら、じっと絵里を見つめている。
「なんで絵里は、朝起きるたび、泣いとうと?」
かわいた絵里の目では、そこにいるれーなを、うまく写し取ることができなかった。
不確かな存在をたしかめるように、絵里はれーなの手を握る。
小さくて柔らかい感触は、やっぱり、あの日の手によく似ていた。
似てるけど……でも、『れいな』じゃないんだ。
今になって、それが不思議で仕方ない。
- 106 名前:【 9 】 投稿日:2011/11/15(火) 00:35
-
そういえば、前に一度だけ、考えたことがある。
もし、『れいな』がもう一度、絵里の前に現れたら、
絵里はやっぱり、れいなのことを、好きだと思うのかな?
ウソをつかれて、ほっぽりだされた挙げ句、自然消滅。
そんな傷つけられ方をして、時には恨んだりもした相手でも。
いざ再び目の前にしてみたら、やっぱり愛しいと思うのかな、って。
その時は結局、うまく答えを出すことが出来なかった。
"もしも"の話は難しいし。
今の自分が『れいな』と並んでる姿は、どうしても想像できなくて。
でも、じゃあ仮に。
もしそれが、『れいなにソックリだけど、れいなじゃないひと』だったら?
絵里はその人に、新しく、恋をするんだろうか。
れいなとは違うと言いながら、れいなを重ねて……。
- 107 名前:【 9 】 投稿日:2011/11/15(火) 00:36
-
「れいなのこと、自分の中で、ちゃんと区切りは付いてると思ってた」
ぽつりと零れたのは、自分のじゃないみたいな、遠い声。
「思い出すのは今でも少し辛いけど、それはもう、恋ではなくなってて。
でも、別にれいなが嫌いになったわけじゃないし。忘れたいとか、思ってるわけでもなくて…。
今はね。絵里、愛ちゃんのこと、好きなんだと思う。
多分これから、もっともっと好きになる。そうなるといいなって、思ってる。
思ってる、はずなのに……絵里、今でもたまに、れいなの夢みるの」
そこまでいっぺんに言って、ふと、自分が泣いていることに気づいた。
どうして涙が出てくるのかは分からなかった。
悲しくはない。辛いわけでも、苦しいわけでもない。
ただ……。
ただ、"夢"を見た、だけなのに。
「れいなと……普通に遊んだり、学校でしゃべってたりしてるの。
夢の中の絵里は、あの頃の絵里のままで。
れいなに恋して、れいなしか見えてなくて。ドキドキして、幸せで……。
でも、頭のどこかでは、夢だって分かってて。
早く醒めればいいと思ってる……ヘンなのかな?絵里」
- 108 名前:【 9 】 投稿日:2011/11/15(火) 00:37
-
絵里は、『れいな』が好きだった。大好きだった。
今でも夢に見るくらい。
幻の世界で会うだけで、涙が出るくらい。
でもそれは、もう"過去"で。ただの"夢"で。
なのに……なのに、どうしても割り切れない。
思い出を綺麗なままとっておくことも、過去を過去として小さく忘れていくことも出来ずに。
絵里は、今もあの日の上で、足踏みをしている。
『れいな』が好きだから? まだ、誰よりも大好きだから?
ちがう、そうじゃなくて。
……そうじゃ、なくて?
すべてに、"何か"が足りない気がする。
"何か"がなんなのかも、分からないけど。
絵里は、忘れたいのかな。
それとも、もう何か忘れているんだろうか。
手を伸ばす。届かない。
透き通って、つかめなくて……。
何か足りないんだ。決定的に。
絵里は何か……なにか、ワスレテル?
- 109 名前:【 9 】 投稿日:2011/11/15(火) 00:37
-
「れーなにはさ、御主人がおったったい」
ふいに、れーなの声が聞こえた。
「御主人?」
「うん。今は野良やけど、昔はれーなも飼われ猫やったと」
「・・・・・・」
「あの人も……いつも、夢を見とった。とても哀しい夢を。繰り返し、繰り返し……」
れーなはそう言って、遠くを見るように目を細める。
「それでも、あの人は、夢の中に"幸せ"もあるけん。だけん、いいんだよって笑ってた。
れーなはネコやけん、そういう人間の気持ちって、よく分からんけど。
でも、意味はなんとなく、分かるったい。
夢って、記憶の引き出しを整理するために見るらしいけん。
だけん、たまに忘れてしまってる大事なものも、ひょっこり出てくるのかもしれん、って。
涙が出るくらい哀しい夢でも、人それぞれ、そこに大切なことが隠れよって。
耐えきれん嫌な思い出も、いい思い出で、ちょっとずつ薄めて。
きっと、生きてくために、人は毎日、夢を見るったいねーって……」
ふと、れーながこっちを向く。
口元に、やさしい微笑みを浮かべて。
- 110 名前:【 9 】 投稿日:2011/11/15(火) 00:37
-
「れーな、人間のそういうとこ、けっこう好きっちゃん」
ほんの少し、強く握られる、手。
「心にできた傷ってなかなか消えんし、痕も残るけど。それでも人は、生きていけるっちゃん」
遠くで聞こえる声が、耳もとで響く。
やさしく目を細める『れーな』は、手を繋いでいても、遠すぎて。透きとおって。
つかむことも、ふれることも、できなかった。
まるで……夢のなかの、『れいな』のように。
「傷ごと愛してくれる人やと思う。高橋さんは」
「……うん」
「幸せになりぃよ、絵里」
「れーななんかに言われなくたって、なりますよーだ」
- 111 名前:【 9 】 投稿日:2011/11/15(火) 00:37
-
エリー。彼女と、私。
エリー。あなたと、私。
エリー。
それは、きっと。
世界で一番かなしい響き。
- 112 名前:【 9 】 投稿日:2011/11/15(火) 00:38
-
* * * *
- 113 名前:ラスト 投稿日:2011/11/15(火) 00:39
-
9話目は以上になります。
次が最終回です。
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/15(火) 12:20
- うわぁ切ない…
次で最終回ですか
正座して待ってます
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/19(土) 21:44
- 次回最終回なんて寂しすぎる
ネコれーなはどうなってしまうのか
れーなとれいなと絵里の関係は。。。
絵里は愛ちゃんと幸せになってしまうのか
それとも。。。
気になることだらけです
最終回楽しみにしています
- 116 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:29
-
まどろむ意識の中、ふいに、窓を開く音が聞こえた。
「どこ行くの?」
「……なん、起きとったとかいな」
絵里が、ゆっくり体を起こすと、
れーなは、悪戯が見つかった子どものような顔をした。
三時過ぎにおやつを食べたあと、昼寝をしようって、2人で寝ころんで。
そういう、ただの、何もない。
今日も、平和に過ぎて行くはずの……。
「れーなも黙って出てくんだ?」
「・・・・・・」
「そんなとこまで、『れいな』と同じじゃなくていいのに」
責めるような絵里の言葉に、れーなは決まり悪そうに目をそらした。
ちょこんと出窓に座るれーなの向こうから、
いつの間にか西に傾いた太陽の光が、まっすぐ射し込んでいる。
「だって、フツーに考えて、死ぬとこなんて見せれんやん」
「でも絵里は、一緒に居るって言ったじゃん」
「・・・・・・」
「絵里はちゃんと、最後まで一緒に居るって言ったじゃん」
無意識に語気が強くなった。声が震える。
いくら怒ったって、駄々をこねて泣いたって。
どうなることでもないっていうのは、嫌というほど、よく分かってるのに。
それでも、こうやって子供みたいに、
ただ必死になって、もがくことしか出来ない。
そんな自分が、すごく惨めで恨めしかった。
- 117 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:30
-
「絵里」
れーなが、絵里を呼ぶ。
「絵里、ここ来て」
「……なんで?」
「いいけん、はやく」
「やだ。言うとおりにしたって、行くのやめるわけじゃないんでしょ?」
「・・・・・・」
「どうせ、れーなも絵里を置いて、行っちゃうくせに」
頑としてベッドの上から動こうとしない絵里を、じっと見つめるれーな。
数秒の、対峙の後。
れーなは、ふーっと軽く息をついて出窓から下りると、
てくてく、こっちに向かって歩いてくる。
「……れーな?」
身構えているところに、不意をついて、抱きしめられた。
突然のこと過ぎて、ビックリしたっていうのもあるけど。
いつもとは明らかに違う雰囲気に飲まれて、
絵里は抵抗どころか、身動きを取ることさえ出来なかった。
なんか……なんか、ヘンな感じ。
何か言おうにも、何も思いつかず。
れーなの肩越しに見る西陽が眩しくて、ちょこっと、目を細める。
夕日に染められた空は、少し変わった色をしていた。
雲が煌々と光っていて、オレンジ色というよりは、金色に近い。
まるで、この世の時間が止まってしまったような、そんな気持ちにさせる色……。
- 118 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:30
-
ふと、思い出したことがある。
いつだったか、今と同じ色の空を、まっすぐ見つめたことがあった。
あぁ、いつだったっけ……。
遠い昔の気もするし、つい、最近のような気もする。
絵里は、どこかの道路に立っていた。
目の前にいるのは、たしか高校のクラスメート。
名前も顔もよく思いだせないけど、偶然の再会に、少し話しこんだ記憶がある。
(そうそう、地方の大学だから一人暮らしで……。
えー、気楽だけど大変だよー。遠くて全然帰って来られないもん、飛行機代とか高いし……)
(周りは地元出身の子が多くて……そうそう、みんな方言だからさ……)
(そういえば、この前、……の知り合いに会ったんだー、ほら、急に転校して……。
それが、超びっくりしたんだけど……あの子……)
- 119 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:31
-
思いだせない。
あの時、彼女は、なんて言ってた?
空白を埋めるのは、誰かの名前。
誰かの、だれか……。
――だれ?
突然、割れるような頭痛に襲われる。
遠くで響いた何かの音。
ピタリと動かなくなる体。
思いだせない、思い出せない――本当に忘れているのかさえ、分からない。
ずきん、ずきん。徐々に痛みが増していく。
あぁ、ダメだ。気持ち悪い。
あと少しで触れられそうなのに、どうしても届かない。
あの時、絵里は泣いていた。
だけど、どうして泣いたのか。その理由がわからない。
悲しいから?嬉しいから?それとも……。
――あれも全部、夢だった?
- 120 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:31
-
「――……」
その時、不意に。
耳元で、きれいなメロディーが聴こえはじめた。
透き通ったその音は、体の中に流れこんで、
激しく頭を刺していた痛みを、すぅっと溶かしていく。
ゆったりとしたリズムに、もう何百回と聴いた旋律が重なって。
Aメロ、サビ……一音ずつ紡がれていく、たったひとつの曲。
やさしくて、せつなくて。
絵里にとって、特別な……。
- 121 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:32
-
「それ……いちばん好きな人に歌ってもらいたい、って…言ったじゃん」
「・・・・・・」
「なんで、れーなが、うたうの?」
どうしてだろう、声が上手く出せない。
ぼやけだす視界で、金色の光が、ゆっくりと歪んでいく。
「……ごめん」
「ごめんじゃ、なくて…」
なにこれ…絵里、泣いてるの?
声にならない叫びを探して、呼吸を止めた瞬間。
そっと、肩を押しやられて、距離があく。
「……あのさ、絵里」
れーなの声が、遠くなる。
遠く遠く。遥か彼方から聞こえているような。
「れー、な?」
「絵里、あのね……」
メリー・クリスマス――。
- 122 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:33
-
「え?」
聞き間違いだと思って。
もう一度、言ってほしくて。
だけど、れーなに向かって伸ばそうとした手は、そっと無言で制された。
れーなが遠い。
ぼやけた世界の向こう側が、どんどん、遠くなっていく。
「意味わかんない……クリスマス、来週だし」
絵里の声は、独り言みたいに響いて。
「ねぇ、れーな。れーな……?」
その声が、聞こえなくなる前に。
この声が、届かなくなる前に。
絵里は、最後の疑問を口にした。
「あなたは、誰なの?」
- 123 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:33
-
――絵里。
――えり。
――エリー。
- 124 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:34
-
「れーなは……」
声が。
「れーなは、ネコやけん」
声が、遠ざかる。
「どこんでもおる、ただの、野良ネコったい」
にししっ、と笑ったあとの、ふっと優しい微笑みの気配が、
夕焼け色の光の中に、ゆっくり溶け込んで。
刹那。
どこか遠くで、窓の縁を、蹴る音がした。
- 125 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:34
-
- 126 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:35
-
遠い輝きは……。
永遠の輝きは、どこにあるのでしょうか。
目の前の光を探しても、夢の中を泳いでも、
それは、見つけられそうにありません。
エリー。あなたは、幸せですか。
エリー。わたしは、幸せでしたか。
遥か遠く。あの空の下に置き忘れた、いつかの声が聞こえる。
くるくる、きまぐれに色を変え。
きまぐれに、余韻を残し。
まるで夢のように、しずかに消えていく。この世界の片隅で……。
絵里は、そっと微笑みを浮かべ、
ぼんやりと歪んだ、オレンジ色の空を見上げた。
「……うそつき」
5時の鐘が鳴り響く駐車場で、小さな三毛猫が一匹。
遠い空に向かって、「にゃーん」とないた。
- 127 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:35
-
おわり。
- 128 名前:【 10 】 投稿日:2011/11/20(日) 00:36
-
- 129 名前:ラスト 投稿日:2011/11/20(日) 00:37
-
以上です。
お目汚し大変失礼致しました。
また、修行しなおしていつか。
>>114さん、>>115さん、レスありがとうございました。
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/21(月) 12:28
- 脱稿お疲れ様です
最後までなんだか不思議なお話…
不思議だけど綺麗で爽やかなれなえりが読めて良かったです!
ありがとうございました
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/01/06(金) 01:42
- 長さも展開も良い感じで読みやすかったです。
次回作に期待します。
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