残照
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/05/09(日) 17:58
- やじまの
- 2 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:04
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- 3 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:04
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最近遊べないねえ、桃は大学生になっちゃったし、と矢島さんがストローで
ペットボトルの水を吸いながら、どこか遠くを見てつぶやいた。
そですね、と返して、目に入った、というか否応なく目につく矢島さんの衣装の端をつまむ。
すっごいピンクでしょ、と矢島さんが苦笑する。
似合ってますよ、というと、真野ちゃんも似合ってるよと、催促したわけでは
ないのさらっといわれて、思いがけず照れた。
舞美ちゃーん、と呼ばれて、手を振って矢島さんは行ってしまった。
メイクかあ、と仕方がないことなのにがっかりして、肩が落ちる。
「真野ちゃぁん」
えへらへらと笑って、矢島さんと入れかわりに鈴木さんがやってくる。
三つ年下の、高校生になったばかり。
若いなあ、と見上げながら思う。すとんっ、と矢島さんが座っていたところに
鈴木さんは腰を下ろし、あたしの顔をまじまじと見た。
「そんなに似てないよね」
なにがだろう。
首をかしげて見せると、「舞美ちゃんに似てるって。言ってる人がいて」と
鈴木さんも疑問そうに首をかしげた。
- 4 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:05
- 「舞美ちゃんが髪、切ったからかなあ」
一人で納得したようすで鈴木さんはうんうん頷く。
だいたいそんなに似てないと思う。とはいわずに、曖昧に笑って見せた。
「また真野ちゃん、うふふって笑ってるー」
「笑ってませんよぉ」
イベント開始までにはまだ時間がある。ゴールデンウィークのお台場。お客さんは多いのだろうか。
ブラインドを下ろした窓から、細く日差しが入り込んで白い壁をところどころ明るく照らす。
大人数の楽屋は慣れない。はやく戻ってこないかな、と思った。
いつもいない人が珍しいのか、鈴木さんはあたしに興味津々のようすで
いろいろと話をふってくれる。そうしている間にも、少し離れたところで
メイクをしている矢島さんにあたしの意識はいっていて、うわの空になっていた、と思う。
隣の楽屋からさわがしい声が聞こえてくる。
同じくらいのさわがしさはこちらの部屋にもあって、岡井さんと萩原さんが
やいのやいのとしゃべっていた。
携帯で写真を撮ろうとして、中島さんがそれにわりこんでいる。
グループというのはこういうものか、と妙な感慨を抱いた。
大人数の楽屋が初めてのわけでもないのに、不思議だ。
- 5 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:05
- 鈴木さんはマイペースなタイプだろう。
いつもだったら矢島さんと一緒にいるのかもしれない。
相づちを打ちながら、最近のおもしろエピソードを話しながら、頭ではそんなことを考えた。
矢島さんは年がはなれているのとリーダーというのもあって、
一歩ひいて見守っているような気がする。といっても、普段の矢島さんを
ゆっくり観察するチャンスもないし、これはあたしの想像だ。
実際は、メンバーにいじられているんだろう。
あれほどいじりがいのある人というのは、なかなかいないように思う。
まーのん、まーのん、と節をつけて、跳ねるように矢島さんが戻ってきた。
がたん、と椅子にぶつかって音がたつ。まいみちゃーん、と鈴木さんが甘えた声でいう。
そして矢島さんは照れ笑い。いつもこんな感じなんだろうな、と、なんとなくそう思わされた。
どうしようもなく距離を感じる。
あたしが知らないルールを目の当たりにした、とでもいうのだろうか。
違う言語で話されている、まではいかないけれど、はっきりと、断絶を、
大きな谷を見てしまった気になる。
キャスター付きの椅子に座って、会議ができそうな配置になっている机に
ひじをのせて、目を細め、矢島さんが笑う。鈴木さんたちにとっては
なんてことない風景なのだろう。
けれど、あたしはそれをどこか羨望のまなざしで見ている。
まぶしくて、とどかない、触れられないものだと思っていた。
- 6 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:06
- 「写真撮っていい?」
急に思い出したように、矢島さんがあたしを見た。
「ブログ用ですか?」
「うん。着がえてるし、メイクしてるし……のせても大丈夫?」
「いいですよ」
私も私もー、と鈴木さんが身体をゆらす。大丈夫ですよ、と頷いて、三人して立ち上がる。
お願いします、と矢島さんがマネージャーさんに携帯を渡した。
「真野ちゃんまんなかね」
と、二人の先輩の間にはさまれる。
「え、いやいや」
「色合い的にもさ。いいのいいの」
センターを譲ろうとしても、やや強引に真ん中に据え置かれる。
ピンクにはさまれた白黒。背中を押されて、どうしようと思っている間に
身体の前に手がまわってきた。よりかかられている、気はしたけれどどういう姿勢に
なっているのかわからない。とにかく、矢島さんを支えるように手をつかんだ。
カシャ、とシャッター音がして、矢島さんはすぐに携帯を受けとりに行ってしまう。
ほっとしたけれど急に背中がさみしくなった。
- 7 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:07
- 真野ちょっと、と、どこかへ行っていたマネージャーさんが戻ってきて、手招きする。
返事をして、行きかけて、鈴木さんに向かって手を合わせる。
「すみません、写真」
「いいよいいよ」
いってらっしゃい、と肩をたたかれた。へにゃんとした笑顔で安心する。
ばいばい、と口を動かしながら矢島さんも手を振っている。
変更点の説明を聞きながら、頭を仕事モードに切りかえる。
目を閉じて、ステージに立っているところをイメージした。
日差し、空、太陽、野外でのイベントは久しぶりだ。また日焼けしてしまう。
矢島さんと二人の写真を見せてもらったとき、あたしの方が日に焼けていたことを思い出す。
どんな思考も記憶も、結びつけられてしまう。
仕事、仕事。目を開けて、また閉じた。大きく息を吐く。
緊張してる? とマネージャーさんに訊ねられ、いえ、と微笑んでみせる。
- 8 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:07
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- 9 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:09
-
同じグループなら、とたまに思う。
それなら、ライブやイベント以外でも会う機会は増える。
どうしようもないことまで考えるようになってしまって、よくない。
今に不満はない、はずなのに、もっともっと、と欲張りになっている。
あたしがそういうと、嗣永さんは「欲張っていいんじゃない?」とあっさり、
あたしが認めてこなかったことを肯定した。
「でも」
「だってもでももなし! 好きなら、それでいいじゃん」
「だから、別に好きってわけじゃ」
いっていて矛盾を感じる。けれど、ただ好きだ、とか、そういう気持ちとはどこかが違う。
矢島さんのことはよく考える。でも、それで胸が苦しくなったりはしない。
「舞美も呼ぶぅ?」
嗣永さんが携帯を開いて、いう。ぐっ、と声につまって、あたしは首を横に振る。
桃のことは呼ぶくせにー、と不満そうに口をとがらせて、嗣永さんはほおづえをついた。
テーブルの上のプラカップが汗をかいている。
それを指でぬぐって、嗣永さんに向けてつきだす。
苦笑気味にあたしの指を下ろさせて、思い出したようにストローに口をつけた。
キャップのひさしに半分隠れてしまって、嗣永さんの表情はうまく読めない。
つまんない話につきあわせてしまったかも、と反省した。
- 10 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:10
- 「舞美はやさしーから」
そういって嗣永さんは残りを飲み干そうとしているのか、必死なくらいの勢いでストローを吸った。
言葉の続きはない。目線で催促しても、こちらを見ていないから伝わらない。
優しいから、なんだろう。誰にでも優しいから調子にのるな、だろうか。
「嗣永さんも優しいですよ」
考えたこととは違うことをいって、深いところまでいってしまいそうになるのを防いだ。
「どっか似てるしなぁ。真野ちゃんと舞美」
またか、と思って、訊いてみる。
「どこが似てます? こないだもいわれたんです」
「んー、真面目なとこ? ちょっとベクトルは違うけど」
30度くらい違う方向にむけて、嗣永さんが人差し指を立てる。
真面目ですかぁ、というと、うん真面目、と嗣永さんは頷く。
- 11 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:11
- 今度は三人で、とにやにや顔でいう嗣永さんと別れて、電車を待っていた。
携帯が震える。かばんの中にしまっていたから、取り出すのが面倒だと思った。
メールだし。電車は来ない。
仕事のことかもしれない。そう思い直して、携帯を確認する。
案の定、メールはマネージャーさんからで、どこかで期待していたその浅はかさが面白かった。
そう都合よく、欲しい人から欲しいものがもらえるわけはない。
欲しいながら欲しがりなよ、と別れ際に嗣永さんがもらした言葉を思い出した。
- 12 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:11
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- 13 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:11
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- 14 名前:_ 投稿日:2010/05/09(日) 18:11
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- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/05/10(月) 00:43
- いいね
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/05/10(月) 08:29
- まーのんまーのん><
- 17 名前:_ 投稿日:2010/05/16(日) 17:54
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- 18 名前:_ 投稿日:2010/05/16(日) 17:54
-
嗣永さんと矢島さんと会うんですよ、というとマネージャーさんが表情を曇らせた。
「ただでさえ午後は真野警報なのに……」
「矢島さん警報ですよ、それ」
雨女。
非科学的だと思う、けれど、今までの矢島さんの業績の数々を聞くと、
「それは確かに」と半分くらいは頷いてしまいそうになる。
まあ風邪ひかないように気をつけて、とマネージャーさんはいい、
いつくしむような、そんな目であたしを見た。
「なんですか?」
「いや、真野に友達ができてよかったなと思って」
友達いないみたいにいわないで下さいよ、と頬をふくらませると、
ごめんそういう意味じゃないんだよ、と笑われた。
あたしがわかっていることをわかっているのだろう、それでこの話題は打ち切りになった。
明日のスケジュールを確認してから、「楽しんでおいで」と送り出される。
- 19 名前:_ 投稿日:2010/05/16(日) 17:55
-
駅構内を待ち合わせ場所にしたのは失敗だったかもしれない。
昼間とはいえ、それなりに人が多い。遠くまで見渡して、目をこらす。
キャップをかぶった人が正面から歩いてきて、あ、と思わず声がもれた。
「桃、来られなくなったみたい」
手を振りながら近づいてきたときの表情とはうらはらに、残念そうに矢島さんがいう。
聞かされていなかったから、驚いた。
顔をしかめそうになるのを理性で抑える。
そこまでしてくれなくていいのに、と、この場にいない嗣永さんに向けて思う。
「どうします?」
あたしがいうと、不思議そうに矢島さんは首をかしげて、なにか合点がいったように苦笑した。
「二人であそぼっか。真野ちゃんがよければ、だけど」
「もちろん」
いいに決まってます、とまではいわなかったけれど、こくこくと頷く。
とりあえず出よっか、出口をさがして矢島さんが視線を上に向ける。
横顔のラインがきれいだ。案内が見当たらなくて、んー、と目をすがめるのもさまになる。
- 20 名前:_ 投稿日:2010/05/16(日) 17:55
- なんとか出口を見つけて、地上に出た。
あっついね、とキャップのひさしの上にさらに手でひさしをつくって矢島さんが笑う。
前に会ったのはゴールデンウィークで、そのときも暑かったのを思い出す。
歩き出すと、すぐに人が多くなる。
まっすぐ歩けず、あたしが半歩遅れると、汗かいちゃったらごめんね、と
いって、矢島さんはあたしの右手をとった。
手のひらに汗がにじんでも、それが矢島さんのものなのか、あたしのものなのか
わからなくなる。下がれ体温、と念じた。
服や雑貨を見てまわって、あれいいね、いやそれは、と今までにないくらい
言葉をかわした、かもしれない。
そういえば、と途中で気がつく。二人で会うのは初めてだった。
- 21 名前:_ 投稿日:2010/05/16(日) 17:55
-
なんとなく足がつかれてきたところで休憩になだれこむ。
向かいに矢島さんがいて、それが仕事ではなく、二人きりだというのにまだ慣れない。
「それ、甘いの?」
あたしが注文したホワイトカフェラテを見て矢島さんがいう。
「飲んでみます?」
差し出すと、入れかわりに、手元にはタピオカミルクティーがやってきた。
ストローの先を見つめる。けっこう甘い、という矢島さんの声を聞いて、
なにくわぬ顔であたしもストローをくわえた。ずるずると、タピオカはやってこない。
ありがとうございました、と返して、はいどうも、と矢島さんからも受けとる。
暑いのか、矢島さんは一度キャップをぬいで、またかぶった。
汗のせいか髪がぺったんこになっていて、思わずふきだす。
不思議そうに、「どうしたの?」というから説明すると、照れたように笑った。
イベントのこと、ライブのこと、舞台の稽古、いろいろなことを知る。
私の話はもういいから、と話を置いたあとで、真野ちゃんは最近どう、と
保護者の目で矢島さんがいう。
- 22 名前:_ 投稿日:2010/05/16(日) 17:55
- 最近は、どうだろう。
目の前の矢島さんから意識がそらせず、最近、ではなく前から思っていたことをいう。
「矢島さんて、優しいですよね」
あたしの言葉に困ったように、矢島さんは、「そんなことないよ」とひかえめに断言した。
けっして強いいい方ではなかったのに、ずしん、と心に響く。
「ほめてますよ」
「うん。ありがとう」
顔は笑っているけれど、話を流したがっているような気がした。
恥ずかしがっているのとは、どこか違う反応。引くか押すか、なやんで、押した。
「優しいっていわれるの、もしかして嫌ですか?」
「んー、……嫌ってわけじゃないけど」
言葉をにごして、矢島さんは指でストローをいじる。
からからと、プラカップの中の氷が鳴った。
どうして、と、訊きたかった、けれど、矢島さんが話し始めるのを待つ。
- 23 名前:_ 投稿日:2010/05/16(日) 17:56
- 「そんなに私、優しくないし」
過大評価過ぎて、と、あたしの方は見ずに、ぐるぐるまわされている氷を見ながらいう。
つられて視線をおとすと、白い手の甲がテーブルの上にある。
やっぱりあたしより白い、と思った。
- 24 名前:_ 投稿日:2010/05/16(日) 17:56
- ちょっとやなこというかもしれないけど、と矢島さんが前置きしていう。
「優しいっていわれても、どうしていいかわかんない」
それから困った顔でストローをくわえ、少しだけプラカップの中の水面が下がる。
いわれたからといって、なにかをする必要はない。
言葉そのままの意味ではなくて、なにか思うところがあるのだろう。
「たとえば、矢島さんが今より優しくなかったとして」
少し失礼かもしれない、と思ったけど、矢島さんの表情は変わらなかった。
あたしはかわいてしまった唇をなめる。
「優しさレベルがちょっと下がったとしても。あたしは矢島さんのこと好きです」
どさくさにまぎれて、なにをいってるんだ。
でも、いってしまったものは口の中にもどせない。
- 25 名前:_ 投稿日:2010/05/16(日) 17:57
- 「ありがと」
ふわりと笑って、矢島さんが目を細める。一瞬、時が止まったかと思う。
今の表情をカメラにおさめることができていれば、と、ちょっと悔しかった。
言葉で表現するのも難しい。
見ていたのがあたしだけだったということが、誇らしくもあり申し訳なくもある。
矢島さん。名前を呼ぶと、ちょこんと首をかしげる。
好きですよ、というと、もー、と照れる。
どうしようもない想いが、出口を求めて心の中でざわついた。
とつぜん、ざあ、と音がした。
雨だと気づくのに時間はかからなかった。あんなに晴れていたのに、と思う。
気まずそうに矢島さんが口を開こうとしたのを、さえぎっていう。
「あたし、雨女らしいんです」
そうは思わないんですけどね、と肩をすくめてみせると、「私もよくいわれる」と
真似のつもりか、矢島さんもおおげさに肩をすくめた。
- 26 名前:_ 投稿日:2010/05/16(日) 17:57
-
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/05/16(日) 17:59
- 読んでくださった方、レスくださった方、みなさんありがとうございます
>>15
ありがとうございますー
>>16
まーのん! まーのん!!
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/05/16(日) 18:00
- いちおうながします
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