funny pulin
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/25(金) 14:41
- it is very funny!
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/25(金) 14:46
- 「暑い時って塩分取った方がいいんだって。」
ここ最近暑い日が続いている。
矢島は楽屋で本を読んでいる中島に声をかけた。
今楽屋には島島コンビしかいない。
早く来た鈴木は今トイレに行っている、が廊下から有原の声が聞こえたからおそらくは一緒にトイレに行く流れになるのだろう。
そうすると少し長く時間がかかる。
矢島の頭にはそんなことはまったく関係ないが、結果的にこのことが被害を増幅させることになった。
今矢島の手には柿の種一袋が握られている。
コンビニで見つけてついつい手に取ってしまったものだ。
甘いものよりしょっぱいものがいいとテレビで中年の色黒のおっさんが言っていた。
じゃあちょうどいいじゃん、と、本当は小袋に分けられたものを買う予定だったが、メンバーで食べるならと大きい袋にした。
「食べようよ。」
有無を言わせず矢島は袋を開けて、まずは一口自分が食べた。
それから中島の方に差し出した。
ありがとう、と一つまみ掴んで口に入れる。
「もっと食べなよ。」
魅力的な爽やかな笑顔で言われてしまっては断れない、どころかむしろ遠慮なくがーっといってしまいたくなるが、他のメンバーのことも考えて、それでも先ほどより多めにつかんだ。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/25(金) 14:47
- 矢島の笑顔にあてられて少し鼻息荒く口に放った。
矢島はその様子を見て、やっぱりなっきぃは柿の種が好きだなあ、と微笑ましく見ていた。
きっと遠慮して我慢しているのだろう。
なんだかんだで遠慮深いメンバーが多い。
中島もそう思われていた。矢島はそんな中島のためにもう3袋買ってきたのであった。
「まだまだあるからなっきぃ食べて。」
遠慮すんなよ、とばかりに柿の種をカバンから取り出す。
その風景はどこかずれたコマーシャルのようで、その爽やかな笑顔は柿の種を輝かせて見せた。
きゅふ、と中島は、笑顔に対して幸せそうに笑ったのだが、矢島は柿の種が嬉しいのだと受け取った。
そういえば、がーっと流し込むのが好きなんだっけ、といつぞやの会話を思い出す。
矢島の少し大きめの手は袋の底を包みこみ、大きく開かれた袋の口は中島の口へ吸い込まれるようにあてがわれる。
え、と中島は思いつつも口をあけてしまった。
これは危ないという危機感はあったものの、中島の矢島信仰は恐ろしいもので、口を閉じようと体が動かなかった。
思い切り傾けられた袋の中身は重力に逆らわず、それどころか重力の方向に自ら進んでいくような勢いで中島ののど奥に突っ込んでいった。
舌を経由せず直球で喉に触れ思わずむせかえりそうになるもなぜかこらえてしまう。
これは何かの行為に似ていた。何とは言わないが。
うまく飲み込めず口の中に柿の種が溜まると舌全域に柿の種が広がり塩気と辛味でだんだん舌が痛くなってくる。
苦しさでやや白目気味になるが、矢島は見事な勘違いぶりを発揮し、相当幸せな顔だと思い込んだ。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/25(金) 14:52
- 一袋目がつきかけると左手で器用に2袋目を開け休む暇もなく口に詰め込んだ。
女の子は、苦しくてむせかえりそうになりながらも飲んでしまうものである、という間違った格言を中島は体現していた。
苦しさの限界を2袋目の途中で越え、中島の中に快感が芽生えていた。
苦しい、苦しい、やめてみーたん、あ、でも、え?なんか、気持ちよくなってきた。
人間の脳は限界を感じると麻薬のような物質を出す。
その例がランナーズ・ハイであり、中島は早々にその境地に達していた。
痛ければ痛いほど、苦しければ苦しいほど快感は増す。
最初はやめてほしいと願っていた中島は反対により多くの柿の種を欲した。
矢島の手から与えられる快感、もとい柿の種。
あなたなしでは生きてゆけないとすら感じていた。
矢島に対する、恋心に近い複雑な感情は普段はしっかりみんなを仕切る中島を快感に狂う一人の女に変えてしまった。
3袋目に突入すると中島は白目のままきゅふふふふふとけたたましく笑いはじめ、矢島もあはははははははと笑った。
どういうわけか二人とも汗だくであった。
やはりこの行為は何かに似ていた。そう、何かに。
快楽を求めて二人は堕ちていく。
中島の異袋には4袋分の柿の種が詰め込まれることとなった。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/25(金) 14:54
- おはよー!ちょっと今日さあ。」
梅田がテンション高めにドアを開けると目の前には思わずドアを閉じたくなる光景があったが、梅田はそれをうまく見逃せるほど二人と疎遠ではないし器用でもなかった。
固まったその手には、ハバネロの新商品が握られていた。
それに気づいた矢島は、全世界のマゾヒストが堕ちてしまうよな顔で、妖しく微笑んだのであった。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/25(金) 14:54
- 終わり
- 7 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/07/25(金) 18:45
- しましまコンビキター
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/26(土) 12:22
- >>7
つぎもしましまコンビです。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/26(土) 12:22
- とあるホテルの一室。
コンサートを終えてみんな疲れと満足感でいっぱいになり、各部屋では穏やかな空気が流れていた。
今日の部屋割はくじで決めることになっていた。
中島は今日はいいことがあるような予感がしていた。
その予感は当たり、大好きな矢島と相部屋になることになった。
コンサートの余韻もあり、矢島も中島も少し興奮しながら談笑を楽しんでいた。
隣の部屋からも声が聞こえる。きっと同じような感じなのだろう。
なにが、とは具体的に言えない。この空気全てが中島にとって幸せであった。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/26(土) 12:23
- どういう経緯だったのか小学校時代の話になった。
小学校の時の給食の話でさんざん盛り上がった後、流行った遊びで、あるあるとか、ないとかお互いに考えつかないような遊びが流行っていたことに笑い合う。
そんな中、矢島はそういえば、と思いついたような顔で言いだした。
「小さい頃、お兄ちゃんにやられたんだけど、微妙に流行ったなあ。」
「なになに?」
にゅ、と顔を突き出して尋ねた。
矢島は中島の額を見つめながら、やってみる?と返した。
なんだろう、とこれから起こることの楽しさに期待を持ちながら首を縦に振った。
その答えに矢島は嬉しそうに頬をゆるませた。
そして、ベッドの上の中島をいきなり押し倒した。
突然のことであったのと、体格差的にも中島は対応しきれずされるままにベッドに背中がついた。
ライトが矢島に影をつくり、整った顔立ちは中島の目にやや暗く映った。
薄く微笑んだまま中島を見据える目には神秘的なものがあるように見えた。
この状況、その表情に、中島は緊張つつ、どきどきしていた。
まさかの展開、なのかな、と乙女GOCOROがきゅんきゅんくる。
そんなつもりはなかったけれどみーたんならいいよとすら考えて、矢島の長い指を思い出す。
下腹部が熱くなるような気がした。新しい感覚に自分でも戸惑う。
矢島の手は中島の肩を離れて中島の足首を掴み、足を広げた。
いきなりそんなところから、と恥じらう瞬間、それは全くの勘違いであったことと股間への衝撃に驚くことになる。
矢島の長い脚は中島の股間を捕え容赦なく振動し始めた。
のっけからハイスピードである。矢島の鍛え抜かれた筋肉は他の人の1.5倍の速度の振動を生み出せる。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/26(土) 12:23
- 股間からお仲間で伝わる振動に膀胱が揺さぶられる。
矢島の土ふまずはやわらかく中島のクリっとしたお豆さんを服の上から捕えていた。
小刻みな振動は絶妙な刺激を与え、中島は初めての味わう種類の快感に身もだえていた。
さっきの下腹部の熱がぐんぐん上がってじわじわと不思議な感覚が広がっていく。
体中が敏感になっていくようだ。
次第に呼吸は荒くなり変な声が漏れるようになる。
その声に自分でも驚いてしまった。しかし止められない。
矢島は楽しそうに鼻歌を歌い始めた。
気持よさそうな中島に満足し、もっと気持ちよくさせたいと足の力を強めた。
しかし強すぎる刺激は痛みにしかならない。
敏感になった体は痛みを感じやすくなっていた。
ちょっと痛い、と思ううちにすごく痛いレベルまであっさりと到達したがそのことを伝えられなかった。
そのために容赦なく力は強められる。股間がちぎれそうな勢いである。
思わずのけぞるが矢島は足の力を強めることに夢中で気がつかなかった。
鼻歌はやや大きくなり中島の悲鳴をかき消した。
これはやばい、と柿の種事件の時よりも強い危機感を感じていた。
股間が埋没する恐れすらある。いたい。痛い。
そして振動が膀胱を刺激していたせいで尿が漏れそうでもあった。
色々と危ない状態の中、やはり中島は中島であり、尿が漏れそうな感覚と痛みとで今までにないほどの快感を味わっていた。
その波は次第に大きくなる。痛みよりも気持ちよさがうわまわってくる。
最終的には痛いことが気持ちよく感じていた。
体に力が入らず振動に体全身がふるえる。快感にも震える。
矢島は足の裏が次第に濡れてきているのを感じていたけれど自分の汗だと思っていた。
事実自分は汗だくであった。
中島も汗だくであった。
理由もわからない楽しさに目じりを下げた。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/26(土) 12:23
- 足の先の中島は柿の種の時よりも激しく気持ちよさそうにしている。
これはがーっといくしかない。矢島スイッチがオンになる。
1500m最後のラストスパートより激しく、速く、足が動き始める。
中島の快感はそれで一気に上昇し、天国への階段を駆け上がっていった。
あ、あ、とはしたない声は大きくなる。体も大きくガクガクする。
股間のあたりがびくびくと痙攣し始めると急激に波が大きくなった。
勝利のBIGWAVEかどうかはわからないが、あっさりと中島はその波にのまれた。
瞬間、最高に高い声が部屋に響き渡り、中島の体は大きく仰け反った。
隣の隣の部屋にまで聞こえるほどの声であった。
操り人形の糸が切れたように中島はぐったりと倒れこんだ。
矢島は手と足を離し、満足げに額の汗を拭く。
ネロの最期の時のような幸せな顔で中島は失神していた。
その股間は矢島の汗と中島の汗と、快感による体液と、聖水とが混ざりあい、ぐっしょりじゃねえかどころではすまないことになっていた。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/29(火) 01:29
- ワロタww
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/06(水) 01:29
- >>13
ありがとう
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/06(水) 01:29
- すべての始まりは、ベリキュー!撮影日の楽屋での出来事だった。
℃-uteがわいわい雑談している隣で、ばらばらとBerryz工房のメンバーは各自好き勝手やっていた。
本を読む者、メイクをする者、℃-uteに混じって雑談する者、携帯をいじる者。
桃子は眉毛を、桃子専用の眉毛ハサミで整え、夏焼雅と徳永千奈美は、くだらない会話をしていた。
詳しく聴いている者は誰もおらず、だからどんな些細な内容からこうなってしまったのか、知っている者はいない。
突然、千奈美の一言に雅の声が鋭くなる。
その異変に反応したのは℃-uteメンバーだけであった。
「なんだって?」
「聞こえなかった?」
Berryz工房名物、雅と千奈美のケンカが始まった。
「ふざけんな、えなり。」
「うっせえ。最近ケバいんだよ。」
「調子乗ってんなよ。干されメンのくせに。」
「あ?お前も最近干されてんじゃねえか。」
はははと千奈美が嘲笑う。
「路チュー撮られてんじゃねえよ、ミヤビッチ。お前のせいでこっちまで迷惑かかんだよ。」
「あんだと?お前なんか撮られるだけ顔知られてないじゃねえか。この一般人。」
千奈美の額に青筋が浮き上がりそうになる。
両者とも目じりがつりあがりぴくぴく痙攣していた。
見苦しい言いあいに℃-uteは顔をひきつらせて見ていた。
茉麻と友理奈は談笑し、佐紀は雑誌を読み、梨沙子は愛理と二人を見つめ、
桃子は、桃子専用の鼻毛切りばさみで鼻毛の処理をしていた。
「は?アゴ閉まってからもの言えや。」
「アゴは桃子でしょ。」
「ちょっとー、ももを巻き込まないで。」
鏡に映る鼻毛を切る間抜けな姿までかわいらしく映る。
桃子はプロであった。
けっ、と千奈美と雅は唾を吐きそうな勢いで桃子を睨む。
そんなことは通じない。
二人のケンカは再スタートする。
「調子乗ってんなよ。」
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/06(水) 01:30
- 雅は切れ長の目をぎりぎりつり上げて千奈美を睨み、千奈美は眉間に皺をよせ下から見上げるように雅をにらんだ。
リアルヤンキーモンキーである。しかしPVのように可愛らしさは微塵もない。
「調子乗ってんのはてめえだろ。」
あ?と雅がにらみながら顔を近づけると、負けじと千奈美も顔を近づけた。
「ブス。」
「アゴ。」
「えなり。」
「ビッチ。」
「お前なんか中出しだろ。」
「デマ信じてんじゃねえよ。路チュー野郎。」
数十秒その姿勢が続き、それを優等生感丸出しの℃-uteは頭の悪い不良を見るような目で見ていた。
「なぁに、見てんだよ!」
その様子に気がついた雅が怒鳴る。
桃子はかまわず脇毛のチェックをしていた。
「優等生ぶってんじゃねえよ。」
千奈美が続く。
「仲良く合コン会議ですかー?」
ケタケタと笑う。アイドルのふりをするよりずっと様になっていた。
「あんだと?」
舞が立ち上がりかける。千聖も舞とともに戦う用意をしていた。
「どっかの誰かさんはジャニと映画館デートだもんな。」
雅はちらりと栞菜を横目で見る。栞菜の顔は苛立ちで潰れた。
「℃-ute二人目の脱退かなぁ。」
千奈美はにやにやしている。楽屋の空気全体がぴりぴりと張り詰めている。
友理奈は今更ケンカに気がついたようだった。
佐紀は気が付いているが放置していた。
「CD売れなくて握手するくらいだもん、そろそろ終わりなんじゃね?」
「お触りとかどこの地下アイドル?つかキャバクラ?」
殴りかかりそうになる拳を抑え、舞はとても中1とは思えないような面構えで二人に食って掛かる。
「新人賞もらえなかったからって嫉妬してんじゃねえよ。」
殺戮ピエロ、というあだ名が似合うような笑い方で千奈美と雅を笑った。
「そもそもお前らやる気あんの?一生のんきに猿踊りでも踊ってろよカスが。」
えりかは舞の辛口批評に吹き出す。
今まで知らんふりをしていたBerryz工房のメンバーの顔が上がる。
「言ったな。」
「愛理のお荷物が何いってんの?」
「そもそも何?江戸の手毬歌Uって。あれこそ糞曲でしょ。つかただの握手券。」
初めてBerryz工房が一致団結した場面と言える。
次から次へとメンバーの口から℃-uteの悪口が飛び出す。
「今度からうちら触んなよ。汚いおっさんのザーメンで汚れてるんだから。」
そりゃ間違いない、と雅が笑い、他のメンバーも笑う。
「そっちも同じようなものでしょ。」
「路チューとかうちらしませんから。」
「ビッチ菌がうつるから楽屋から出て行けよ。全員ビッチ臭いんだよ。」
舞はBerryz工房のメンバーにむかって手を払った。
雅を筆頭に全員の顔が険しくなる。
「お前らも変わんねえだろ。ジャニと合コンばっかしやがって。」
「してねえし。」
「してんだろ。」
「証拠は。」
「栞菜。」
「は?お前ガチで頭悪いよな。そんなの証拠になんないだろ。頭悪いから早々に処女捨てたんでしょ?」
「なかにだしてぇ、なんて言ってんだろ。」
キャハハと笑う顔、声すべてに嫌悪感を覚え、雅は顔をゆがめた。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/06(水) 01:30
- とてもアイドル、偶像とは思えない光景である。
「今日び処女なんてはやんねえんだよ。だいたい、お前らだって処女じゃないくせに。」
苛立ち、声を荒げれば荒げるほど℃-uteのメンバーは笑った。
それにまた腹が立つ。
「てめえらなんて、うちらの余りもんだろうが。」
その一言に、びりりと電気が走るように、一斉に笑いが静まり、そして℃-uteのメンバーは一斉に雅を睨みつけた。
言ってやった、と雅は鼻を鳴らす。
「残りカスがうちらに勝てるわけないんだよ。そうやって浮かれてろ、バーカ。」
今まで舞が言い合っていたが、えりかがすっと立ち上がった。
「それは聞き捨てられない。」
舞美も立ち上がる。
「℃-ute馬鹿にしないで。」
身長が高い二人が立つと圧巻である。
「だいたい、勘違いしないで。余りものなんじゃなくて、残しておいたんだよ。あんたらはうちらの実験台。わかる?」
「木偶の坊とか、うどの大木とか、うちらにはいない。」
舞はちらりと千奈美や茉麻、友理奈を見た。
友理奈はむっとした顔をし、舞を睨んだが、直後にうどの大木って何、と茉麻に聞いた。
「誰が木偶の坊だって?」
千奈美がいう。
「自覚あるんじゃん?お前だよ、お、ま、え。」
舞は目を見開き、諭すように、近づいていく。
「ざけんな。お荷物風情が調子乗ってんなよ。」
「愛理がいなきゃ始まんないグループとか、ちょーうける。」
「エースの愛理も大したことないし。たかが知れてる。」
愛理の下がっている眉は珍しく釣りあがりつつあった。
「そんなやつがエースとか本当終わってるよね。」
封印されていた黒愛理のスイッチが入る。
かつかつ、と雅に近づく。
「ベリでセンター取れないからってひがんでんの?本当見苦しいなあ。」
「Buono!でセンターですけど?」
「可哀そうだからセンターもらってるだけでしょ。」
「なんだと?」
「あたしのほうが才能もあるし、若いもんね。そりゃ僻みたくなるわけだ。」
「なんで愛理にひがまなきゃなんないの?意味分かんない。」
「やる気もないんだし、早くやめなよ。」
ぷつ、と何かが切れたように雅が愛理の胸ぐらをつかむ。
その手をすばやく、汚いものを払うように、雅の手をたたいた。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/06(水) 01:30
- 「図星さされてキレるのは頭が悪い証拠だね。」
けっけっけ、と愛理は笑った。
いつもの、花が開くように笑う愛理はそこにはいなかった。
「今はまだベリーズより下でも、すぐに追い抜いてみせるよ。なんてことない。」
愛理はすたすたと歩いて雅の前から遠ざかり、後ろの椅子にどっかりと座った。
「無理でしょ。」
今まで鏡に夢中だった桃子がやっと口を開く。
「一番かわいいももがいる限り、それは無理。」
振り返って全員に向かってプロのアイドルの笑顔を見せる。
「それは違うでしょ。」
桃子以外の全員の声がそろった。
「ちょっとー!」
桃子はむきになる。よくあるパターンであった。
「それはともかく、℃-uteにベリは抜かせないよ。」
佐紀は冷静な口調だった。
「一番踊れるのも、歌えるのも、キャラが強いのもベリだもん。団体でしかやれないグループに負けるわけがない。」
それに舞美は反論する。
「一番歌えるのも、踊れるのも、℃-uteにいる。その上でまとまってる。だから℃-uteは負けない。」
「あたしより踊れるつもりでいるの?」
心外だと言わんばかりの顔で佐紀は舞美を見た。
「あたしじゃない。」
「何?」
「なっきぃがいる。歌は愛理が一番だし。」
「愛理ひとりでうちら3人に勝てるつもりなんだ?」
雅は、自分と桃子と梨沙子を示唆した。
「愛理ひとりじゃない。ちっさーも、舞ちゃんもいる。」
Berryz工房と℃-uteの間にちりちりと火花が散った。
「精々言ってなよ。うちらはあんたらには負けない。」
「あたしたちも、ベリには負けない。」
戦いの火蓋はこの日から切って落とされた。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/06(水) 01:31
- お互いがお互いに負けじと、今まで以上の緊張感でレッスンや撮影に臨む。
その努力で見違えるようにダンスも歌も、容貌も良くなっていき、だんだんテレビで注目されるようになっていった。
どちらも「Berryz工房には負けない」「℃-uteには負けない」というアピールがあったせいか、
人気が出ると国内でBerryz工房派と℃-ute派で分かれるようになった。
学校での派閥決めにも使われるほどである。
海外からも注目されるようになり、あっさりと全世界にBerryz工房と℃-uteの名は広まっていった。
ケンカの1年後には世界中がBerryz工房派と℃-ute派にわかれていた。
Berryz工房派は℃-ute派に暴行を加え、その反対も起き、紛争が起きるほどであった。
一種の宗教のように彼女たちは崇めたたえられていた。
全世界、その2種類の人種しかいないように思われる中、
梅田えりかだけが依然としてスンナ派であった。
- 20 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2008/08/06(水) 03:30
- おもしろいwww
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/07(木) 06:48
- 面白い上によくメンバーの研究をされてらっしゃる
熊井VS有原VS萩原のパンチ効いてる組も見たかった
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/09(土) 03:16
- 最後ふいたwwwwww
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/11(月) 01:53
- >>20
ありがとう
>>21
同じスレ見てますよねw
というわけでパンチの効いた3人を書いてみました。
>>22
最後の梅さんのためだけに書いたw
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/11(月) 01:54
- 月も出ない暗い夜に、ネオンも街灯も届かない真の闇を縫うようにして、ひたひたと一人萩原舞は歩いてきました。
ぐちゃぐちゃと人の蠢く音も遠い閑静な住宅地の狭い通りに、舞の期待の通りに、一人の少女が立っています。
立ちはだかっている、というほうが正しいのでしょう。
彼女、有原栞菜は、一滴の光も許さない黒い瞳でじいっと舞を捕えていました。
初めて罪を犯した日から栞菜の目は罪悪感に浸り、光を跳ね返さなくなりました。
暗い海に沈んでいくような静かで穏やかな沈殿を栞菜は苦しく思っていないはずはありませんが、それでも、やめるわけにはいかないという覚悟と使命感は彼女を突き動かしていました。
今日も血の匂いが染みついた小さな手をぎりりと握り締め、これからのことを恨めしく、苦く思い顔は一層険しくなります。
しかし栞菜の黒い瞳とは反対に、闇の中で舞の目は爛々と輝いてぎらついています。
これからのことが楽しみでしかないのでしょう。
期待がかなったことも、栞菜にとっては気分の悪いこれからの出来事も、舞にとっては心が躍ってしかたのないことなのです。
片方の唇だけが歪につり上りいます。
栞菜の顔も右側だけがゆがみました。
「よく、待ってたね。」
弾むような口調で舞は言いました。それはなんだか不気味な響きを含んでいて、栞菜には不愉快でたまりませんでした。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/11(月) 01:54
- 舞のことを「殺戮ピエロ」と呼んだのはだれが始まりだったのかは栞菜は知りませんが、しかし、言いえている、と思いました。
「今日来るような気がしたから。」
舞とは目を合わせず、暗く沈んだ瞳を舞の足もとに落しました。
愉快、と言わんばかりに舞はケタケタと笑いました。
「さすが。トップレベルの殺し屋は違うね。」
舞にあだ名があるように、栞菜にもその美しさと狩りのような殺し方から「魔性の狩人」というあだ名が付いていました。
栞菜は無駄に殺すようなことを忌み嫌っていました。
それどころか、人を殺すこと、人を殺さなければならない自分を悲しく、また、憎く感じていました。
それに対して舞は殺すことを生きがいとしていました。
この点で二人は一生分かち合えない立場にいました。
「舞と一緒にしないで。」
「何も変わんないよ。」
「私は無駄に、何の意味もなく人を殺したりしないし、そこに快楽なんかない。」
舞の存在を悪であるかのように栞菜は睨みつけました。
「たいして違わない。意味なんかあってもなくても、殺すことには変わりないんだから。それとも、自分は愛理お嬢様を守っているから違うとでも言いたいの?」
片側の頬がさらにつりあがります。
赤子のような頬を持ちながら、舞は狂気をまとい、笑うのでした。
愛理、という名前にわかりやすく栞菜は反応しました。
「愛理ちゃんも殺してあげる。」
舞の一言に栞菜の空気が変わっていくのを狂喜の笑顔で舞は見守りました。
これだからたまらないのだ、と舞は感動に浸りました。
「そうはさせない。」
「なら、止めてみなよ。」
どこからともなくひょろりと舞は体ほどの刃の長さの大きな鎌を取り出しました。
風を切る音は鋭く、美しく鳴り響きます。
舞には血がほしいと訴える鳴き声のように聞こえていました。
栞菜は袖元から2本の短剣を抜き、これから舞い始めるかのように構えました。
生ぬるい風が薄気味悪く二人の髪を撫で去っていきます。
殺戮ピエロと魔性の狩人の、本気の戦いが始まろうとしていました。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/11(月) 01:54
-
*****
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/11(月) 01:54
-
真っ白な病室の中に背の高い少女が小さな男の子を見下ろしています。
男の子は苦しそうに息をしており、喉からぜいぜいという音がしていました。
少女、熊井友理奈はこの男の子が余命幾許もないことを知っていました。
男の子が行く遠くの世界を、友理奈はじっと想っていました。
ここから行ってしまうことは寂しいと、友理奈は寂しげな笑みを浮かべます。
「もう苦しまなくていいんだよ。」
大丈夫、と一つ自分と男の子に言い聞かせて、友理奈は少年の頭を柔らかくなでました。
黒く、まだ子供らしい髪の毛がよく手に馴染みました。
友理奈が頭をなでると少年の呼吸は少しずつおさまっていき、次第に聞こえなくなりました。
上下していた胸も穏やかに停止をはじめ、少年は苦痛の表情から、優しい柔らかい顔になっていきました。
呼吸の音も、心臓の音も聞こえなくなり、病室は無音に包まれました。
すべてが終わった、と少年の顔を見て友理奈は菩薩のように微笑みました。
長いまっすぐな髪がさらさらと揺れています。
しばらく幼い顔を見つめていると廊下から看護師の見回る足音が聞こえてきたので友理奈はもう行かなければなりませんでした。
細長い指で窓を開け、窓の外の枠にかろうじて足場を見つけ、静かに窓を閉めると、来た時と反対に4階の窓から地面まで躊躇うことなくとび下りました。
長い脚は着地の衝撃を殺し、友理奈は何事もなかったようにゆらりと歩き始めます。
すると生ぬるいゆったりとした風が、友理奈の鼻をくすぐりました。
そのにおいというか、含む雰囲気に、友理奈は険しく表情をゆがめました。
この表情が「氷の皇帝」と呼ばれる由縁でありました。
風が流れてきた方向を睨みつけると、よくない風が吹いている、と一人つぶやき、友理奈はその方向に細長い手足を存分に伸ばして走っていくのでした。
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/11(月) 01:56
- To be continued...
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/13(水) 01:01
- 「お姉さん、タン塩3人前追加。」
ギャル系の容姿の少女が清楚な女性店員に手を挙げて注文する。
注文を受け取る少女は華やかにほほ笑み、それを見て注文した少女えりかは頬を赤らめる。
「よく食べますね。」
テーブルには食べ終わったタン塩5人前の皿が積み重なっており、店員はそれを回収した。
「この店のお肉美味しいから、ついつい、止まらなくなっちゃう。」
せっかく3kgも痩せたのに、とおどけて見せると店員は、店員と客の間柄というより友達に見せるような笑顔で笑った。
えりかは、少女を可愛いとも綺麗だとも思った。
かわいい女の子はついつい街中でも店内でもチェックしてしまうものだ。
彼女のネームプレートを見ると「矢島」と書いてあった。
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/13(水) 01:02
- こんな風に可愛い店員さんが、愛想よく接してくれるとえりかは申し訳なく思う。
これから行うことを考えると恩をあだで返すような気持ちになるのだ。
それならいっそ態度が悪いほうが思い切りよくできるってものだ。
えりかは、焼き肉店では有名な食い逃げ犯であった。
好物はタン塩で、タン塩をたらふく食べた後颯爽と軽やかに逃げていくことで知られている。
当然、この店でもチェックされており、犯人の特徴が店内に張られている。
がしかし、このテーブルは矢島が担当であるために全く気付かれていないのであった。
矢島はこの店どころか、町内1の天然ボケで、えりか以上に有名だった。
この店でバイトを始めてからも相当な武勇伝を作り続けている。
おしぼりと間違えて大根おろしをつかむ、氷とあんみつの寒天を間違える、砂糖と塩を間違える、肉の見分けがつかない、注文を盛大に聞き間違える、などなど。
また、その美貌のために武勇伝ならぬ美勇伝をも更新し続けている。
えりかはタン塩を食べながら矢島のネームプレートの彼女を見つめていた。
綺麗で、スタイルもいい。そのさわやかな笑顔も輝いている。春の笑顔きらきらという感じだ。
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/13(水) 01:02
- 傍から見るとえりかも相当な美人であるが、えりか自身は気が付いていないのであった。
せっかくのタン塩もなんだか味がわからなくなりながら、それでも腹いっぱい食べる。
そうでないと、金も払わないくせに、もったいないとえりかは思った。
結局さっきの3人前にプラスして2人前をたいらげたのであった。
「ごちそうさまでした。」
せめて愛想よく笑ってみせると、矢島も笑い返した。
矢島がテーブルの会計の紙をとり、レジに立つ。
レジは入口のすぐそばであった。
「タン塩が11人前で、お会計。」
とまで言ったところで、えりかは不用心な入口をがらりと大きな音をたてて軽やかに走り出す。
食べた直後でおなかが痛くなるのは百も承知で、その痛みにも悲しいかな慣れてしまった。
来る前に調べ上げていた逃げ道に沿ってぐんぐん速度を上げる。
後ろから待てー、とおそらくはあのべっぴんな店員さんの声がするも、待つはずがない。
景色が、人が、えりかの横を勢い良く通り過ぎて行った。
あと少し走れば大丈夫であろう、と油断したいところだが、恐ろしいことに、足音はだんだん近づいてくるのであった。
えりかの敗因は、矢島舞美がこの町で一番1500m走が速いことを知らなかったことだ。
さらにいうなら、えりかの足が異常に遅すぎたことだ。
ハンディキャップは充分であったのに、後ろから、獲物を駆るチーターのように柔軟でしなやかな筋肉体が追いかけて、恋よりも速いペースでこみあげてくる、というか距離を縮めてくる。
マダムってこんな風に走ったりなんかしないんだよ!と言いたいが言う余裕もないのだった。
桜チラリとえりかが後ろを見ると、矢島自慢の黒い髪がそよ風ではなく走る風圧でなびいていた。
ていうか、近い。手をのばされては捕まえられる距離だ、と思ううちにあっさりと捕まった。
「捕まえた。」
えりかが過呼吸になりそうなほど息切れしているのに対し矢島は平気な顔をしていた。
捕まるだなんて、この先終わりだと思ってえりかが落ち込んでいる矢先に
「楽しかった。こんなに走るの久しぶり。」
と矢島はのんきに言うのだった。
矢島の脳細胞からはすでに追いかけた理由は抜け落ちていた。
「って、なんで追いかけてたんだっけ。」
ここまで爽やかに言われては、なんだか嘘をつくチャンスも逃さざるを得ない。
えりかは自主的に店に戻り、家に電話するのであった。
「もしもし あ、お母さん あのね・・・」
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/13(水) 01:05
- 州*‘ -‘リ<・・・グループ違いだもん
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/13(水) 06:15
- 萩原有原熊井キター!!!
作者さんもあのスレ読んでいたとはw
いやはやあのスレの興奮と感動がこみ上げてきました
ピンポイントにキャラをおさえてる作者さん最高!!
そして微妙に愛栞!w
あれがまだ存在してたらこの小説を是非ともうpして欲しかった!
続きを待ち望んでおります
焼き肉もとても面白かったです
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/17(日) 15:52
- >>33
あのスレが落ちてしまったのは悲しかったです。
というわけで書いてみましたがあまり続き考えてないので、
「To be continue」とか書いたくせに、続きを書くかは不明です。
格闘系は書くのが下手なので自信ないですねー。
書けたら書きます(`・ω・´)
といいつつ若干格闘系の話をば。
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/17(日) 15:52
- 「じゃあ京都、本当に行こうか。」
舞美と話している時、なんとなく言ってみた一言がきっかけであった。
雑誌のインタビューでも、早貴は舞美と京都に旅行に行きたいと答えた。
実際にそう思っているからそう答えたのだが、まさか叶うことになるとは思わなかった。
早貴は幸せいっぱいでその日を待ちわびた。
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/17(日) 15:52
- 京都に着くまでにいろいろなハプニングがあった。
舞美が旅行の日をうっかり忘れていて早貴ががっかりしたり、
舞美が寝坊して待ち合わせの電車に乗り遅れたり、
その他、神がかり的なボケを舞美は繰り広げた。
前日に早貴が不安になり確認して思い出し、新幹線には舞美の驚異的な脚力によって間に合った。
なんだかんだで二人は京都に着いたのであった。
「着いたねえ。」
ずっと新幹線で座りっぱなしだった体をうんと伸ばす。
東京とはまた違う暑さが二人を包む。
それでも、二人で来た旅行だった。
仕事のことも学校のこともここでは忘れてもいい。
舞美的に言うなら、パーっと、ガーっと行こうよという感じだ。
早貴はあらかじめて決めていた計画どおりに舞美と京都の街を歩いた。
有名どころはもちろんだが、少しマイナーどころの縁結びの神社を早貴は選んだ。
そもそも旅行のことを忘れていた舞美は京都については無知だったために早貴の言うことを素直に信じてついてまわった。
合間に休憩を挟み、雑誌で見つけた店に入って甘いものを食べた。
早貴が一口食べ、そのおいしさに喜んで声を上げると、舞美もにこにこと幸せそうな顔で笑う。
早貴はデザートみたいな笑顔をみることが生きがいであるように思った。
今日は忘れたくない夏になる、と確信していた。
胸がうきうきドキドキしすぎて、普段どおりに食べられない。
わざとではないけれど古典的なドジっ子のように早貴は口の端にあんをつけていた。
それをみた舞美はふふ、と微笑んで、細く滑らかな親指であんをとり自分の口に持っていった。
「ついてるよ。」
まるで少女マンガの世界であるが、舞美は照れもしないでやってのける。
無自覚だから困る、と嬉しいため息を早貴はつくのだった。
店を出て街の中を歩く。
早貴が顔を見ようと見上げて話しかけると舞美は肩に手を回す。
その妙なたくましさに早貴はまた胸をときめかせる。
清水寺でいきなり本当に飛び降りようとした時にははらはらしたが、
やはり舞美はかっこいいのだ。
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/17(日) 15:53
- 急に舞美が早貴の顔をまじまじと見る。
「なっきぃメイク変えた?なんか、今日可愛い。」
や、いつも可愛いんだけど、誤解されないように付け加えた言葉も、その前の言葉もすべて早貴には嬉しかった。
今日は舞美と二人きりであるから、少し気合を入れてきた。
雑誌で見たりメイクの人に教えてもらった新しい技を試してみて、
気が付かれるとは思わなかった分、気づいてもらえたことが早貴にはとてもうれしいことだった。
「うん、メイクさんに教えてもらったの試してみたんだ。」
ぎこちなく笑ってみせる。
「すごくいいと思う。可愛い。」
ちょっと興奮した口調で舞美が言う。
嘘偽りのない態度で接してくれる舞美を早貴は好きだった。
肩に回った手はそのままで、メイクのことだとか、化粧水のことだとか、最近学校はどうとか、何気ない会話に、見つけた珍しいもののことを挟んで二人は街を歩く。
その後、念願だった舞妓のメイクと衣装で、二人だけの記念撮影をした。
ホテルに帰る頃には、若い二人もくたくたになっていた。
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/17(日) 15:53
- お風呂に入って眠ろうということになった。
急遽決まった旅行だったために、そのための貯金はしていなくて、さらにできるだけ観光にお金を使いたかった。
そんな理由をつけて早貴は勝手にダブルベッドのホテルを頼んだのだが、当然本当の狙いは違う。
同じ部屋で、同じベッドで眠る。これこそが、旅行の醍醐味というものだ。
と思いつつも、こんなにうまく計画が進むとは早貴も思っていなかった。
あの河童女にも、石油産油国の女にも、ガチレズ丸出しだった女にも、これで決定的な差をつけられる。
本物のレズビアンは私なのだよ。
早貴は内心、同じグループのメンバーを見下した。
計画は完璧だった。
そうして一緒に大浴場に入り、同じ浴衣を着て、同じベッドに入った。
ちょっと甘えてみせると舞美はしかたないなあと目をとろんとさせながら早貴を腕の中に入れた。
身長差がちょうどよい。
すっぽりと舞美の体温とにおいに包まれる。
舞美はよほど疲れたのであろう。すぐにぐっすりと眠りに入った。
それでも柔らかく包んだままの腕を、早貴は愛しく思った。
暖かさと心地よい疲れと、早貴も、本当は寝顔をずっと見ているつもりであったが、次第に眠りについてしまった。
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/17(日) 15:53
- 数時間後、肌寒さに早貴は目が覚めた。
舞美が布団を蹴り飛ばしたらしく、ベッドの下のほうに掛け布団が固まっていた。
舞美らしい、と笑う。
よく見ると、否、よく見なくても舞美の浴衣は寝相のせいでほとんどはだけていた。
虫に刺されたらしい腹が見えている。
赤い跡が、妙なエロティズムをそそる。
なめらかなお腹のライン。すべすべと指がよく滑るだろう。
筋肉の生み出す角ばった、けれど女性らしい柔らかさをもった輪郭線をなぞりたい、と早貴は、無意識に思った。
触れたら、起きるだろうか。
どくりどくりと心臓の音が大きくなるのがわかる。
好奇心、ついでに、美に触れたい欲求は、意識を支配する。
五感全体的に鈍い舞美なら大丈夫じゃないか、と、早貴の手は舞美の横腹に伸びる。
触る前に感触を想像する。
次第に近づく手も、その先の体も、この上なく性的で、そのことに本人たちは気が付いていない。
そろりと、指が触れた。数mm右にずらすとその感触がよくわかった。
吸い込まれる。そのことだけに意識が集中する。
無音の世界に入り、視覚なんかよりも触覚で、探る。
手のひら全体をそうっと添えた。
白い肌がぼんやりと暗い世界に浮き上がっていた。
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/17(日) 15:54
-
親指付け根のふくらみが当たる瞬間に、舞美が、ん、と顔をしかめて寝返りを打った。
今まで動きがなかった分早貴は驚いた。
意識がまっとうに戻り、自分のしたことに自分でびっくりした。
触れた手をじっと見つめる。
変哲もない自分の手が、いつもより特別に思えた。
そう思ううちに、舞美の長い脚が勢いよく飛んできたのが視界に入る。
反射的に左手で受け止めたがその破壊力はとてつもなく、早貴の左手を簡単にしびれさせた。
使い物にならない左手ではなく、右手で舞美の足を下におろす。
んーとうなって舞美はもぞもそと動く。
苦く笑っているとまた足が飛んでくる。
また左手で受けると、今度は受け切れずに、足は胸にまで届く。
上体が衝撃に負けてベッドにたたきつけられる。
左手は、全体がジンジンと痛んだ。
なんとか足をどけてまた起き上がると、舞美はベッドの端に体を寄せた。
落ちるのではないかと不安に思い覗き込むと、舞美は体勢を変えて、両足を自由にさせて、
両足で目にも止まらぬ蹴りを繰り出し、早貴は右手だけで止めようとしたが、
一発一発のダメージが大きく、かつ、速い。
千手観音ならぬ千脚観音である。
はじいた右足が左頬を捕え、倒れかけるところに稲妻踵割が容赦なく降る。
「ごふぉっ。」
ただならない咳に舞美は起きることはなかった。
さらに降りかかる足技を、飛びかける意識を取り戻して防ごうとするものの、
普通の状態で止められないものは、今のぼろぼろの状態で止められるわけはないのだった。
青あざが次々と体に浮かぶ。
天国への階段をのぼりかけたとき、舞美は疾風迅雷脚を繰り出し、早貴をベッドから吹き飛ばした。
次の朝、壁に寄り掛かって意識を飛ばしている早貴を見て、舞美はほほ笑むのだった。
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/17(日) 15:54
-
「なっきぃ寝相すごい。」
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/17(日) 15:54
-
いつもなっきぃがカワイソスですいません(´・ω・`)
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 10:58
- 書いたはいいけど投下する場所がなかった…orz
のでここに置いておきますね。
あいかんです。
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 10:58
- 本日晴天なり。
理科の授業では太陽が真上にくるのは赤道だけだと習ったけれど、実際のところほとんど真上にあるといってもいい、と思う。
頭上の太陽はじりじりと腕と髪を焦がす。
夏休みも半ばに入った、いわゆるお盆の今日に、こんな腹が立つくらい暑い日に、今日一日付きあって、と愛理は私を誘った。
具体的にどこへ行くかは一言も言わなかった。
ただ、できるだけラフな格好で来るようにだけ頼んだ。
わがままを言わない彼女からの珍しい誘いを私は断るわけにはいかない。
Tシャツにショートパンツにサンダル。
前髪はなんとなく上にあげて留めた。
日陰に入って愛理を待っていると、全く似たような恰好で愛理が歩いてきた。
違うのは、愛理は大きなショップ袋を抱えていた。
目を細めて、太陽を睨む。
たった何日会わないうちになんとなくか弱くなったような気がした。
顔色が優れない。
近づいて同じ日陰に入ったとたん、太陽の色が消えて余計青くなったように見えた。
おはよ、と笑った顔が、少し痛かった。
Tシャツの袖から伸びた腕は、触らなくても、けれど触ったらもっとわかるだろう。
確実に細くなった。
いつもならなんの躊躇いもなく組める腕を横目で見た。
外に出ていなくて日に当たらなかっただけではない肌の色あい。
一段尖った顎のライン。
目が合うと所在なさげに笑う。
不安定な視線に気がつかないふりをして、私は普段のように明るく腕をとった。
「どこ行くの?」
「先に3階寄っていい?」
待ち合わせ横のビルの3階の雑貨屋で私たちはお揃いの、ちょっと安っぽいビーチサンダルを買った。私たちがお揃いが好きだ。
その場で履き替えて、より一層ラフになる。
組んだ腕の反対の手で私たちはもともと履いていた繊細なデザインのサンダルを持って歩いた。
愛理は珍しく私の手を引いてずんずんと進んでいく。
あまり会話は弾まなかった。
それでも私は普通に話し続けた。
話をやめてはいけない気がした。
見慣れた通りを、正しい順序で歩く。
勘違いでなければこの道を行くと母校の小学校につく。
今通っている中学校ではない。
愛理は何をするつもりなんだろう。
何も聞けないまま、あっさりと目的地らしい小学校についた。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 10:58
- お盆休みということで、学校には誰もいないようだった。
玄関はすべて鍵がかかっているだろう。
そう愛理に言う前に、愛理はプールのほうへ向かっていった。
フェンスに囲まれて25mはひっそりと息をひそめている。
今日でなければ解放されていただろう。
私たちはフェンスにしがみついて水面を見つめていた。
愛理は遠い目をしてフェンスから手を放す、と持ってきていた袋を、力いっぱい投げてフェンスの中に放り込んだ。
そんなに高くないフェンスだったから、力の弱い愛理でも投げ入れることができたし、愛理が登って中に入ることもできた。
何のためらいもなく、愛理はサンダルも放り投げて中に入って行った。
私は突拍子もない行動に驚きつつ、真似てフェンスを越えた。
主を失った学校も、プールも、静かなものだ。
風が吹いて近くの木がさらさら鳴いた。
涼しい音は気持ちいいけれど相変わらず暑い。
肌を刺す日光も空気も、うざったくてしょうがなかった。
誰かを探すわけでもなく周囲を見渡すうちに、愛理はそのまま、その服のまま、プールに体を沈めていった。
私はしばらくそのことに気がつかなかったから水の音に驚いて振り返る。
「愛理?」
プールサイドを走りかけ寄ると、愛理は鈍い笑顔を見せた。
そして、何も言わないのだ。
声を失ったように。言葉を失くしたように。
何も言えない愛理に、私は何も言えない。
なんとなく予想はついていた。
まだ何か言える時は、先輩と上手くいっていないと、少しだけ、手から砂を零すように少しだけ、私に漏らした。
少しずつ漏らした砂は、零した分だけ積み重なった。
確実に砂の山は大きくなっていった。
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 10:59
-
愛理は水で遊んでいる。
手で掬って、保てずにぼたぼたと水が落ちて、元の一つになる。
それが波を作って光を弾く。
掬い上げられた水も、零れる水も、愛理を囲む水面も全て太陽と同じ強さできらきらと瞬いた。
水面の光が水底を隠してしまう。
青いプールは愛理が作った波の光でいっぱいになる。
規則的でありながら不規則に波や形を作り、ちゃぷちゃぷ鳴いた。
音だけが冷たそうに思えて、私は足をプールに浸けた。
真上から覗き込むと水色の底が見える。
意外と、水温は低い。
爪先からしんとした冷たさがしみる。
浸かった足先を見ていると、愛理は何度か頭まで水に入っていた。
頭が水に吸い込まれるとその上に水の王冠ができる。
最初の2、3回はすぐに顔を出した。
黒い髪が顔と首にまとわりつくのを細い手が掃う。
顔の水をぬぐい落とした、その表情は、今にも、水底以上に沈んでしまいそうだった。
いつもなら黒い瞳は輝くのに、光を通さない、深海のようだった。
瞬間、なにか怖くなった。
背筋に水とは違う冷たさが走る。
愛理は音もなく目を閉じた。
瞼の線、眉毛、青くなりかけた唇。
穏やかとは違う、殺風景な表情のまま、愛理はもう一度ちゃぷん、と水に沈んで、今度は、なかなか浮き上がってこなかった。
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 10:59
-
呼吸するのも忘れて私は水に飛び込み愛理のもとまで急いだ。
水中で目を開くと鈍い痛みが走る。
独特の感覚は気持ちが悪いけれど、水中で丸まった愛理を捕まえるために目を開いていた。
腕を掴んで引っ張り上げる、その刹那見えた顔は、さっきよりも死を連想させる。
心臓が止まりそうになった。
力づくで引き上げて、愛理が目を開く前に、抱き寄せた。
水と同じ温度だった。
疑いようもなくやせ細った体は骨ばっており腕に当たると痛かった。
「大丈夫、死なないよ。」
弱い声で耳元で、かすれかけて、囁いた。
その顔を私は見たくなかった。
けれど、愛理は私のみぞおちの上の骨を押して距離をあけたから、どうしても見ざるを得なくなる。
太陽の光に透けてしまいそうな青白い頬と、寒さで紫になりかけた唇、と私を映さない瞳が、その全部が、どうしようもなく痛かった。
怖くなって私は、愛理の頬に触れた。
自分の体温が奪われることが悲しかった。
泣きたくてたまらない。
私がこうであるのに、愛理が泣かないことも、何も言わないことも、余計泣きたくなる。
冷たい唇にキスをした。
短いキスで、体を離して愛理の反応をうかがうと、愛理は今にも泣き出しそうな顔で笑う。
困ったような、どうしたらいいのか自分でもわからないみたいに、行き場をなくしてしまったみたいに、眉をよせて、笑った。
その笑顔は一瞬で崩れて、愛理は、ようやっと苦しさを外に出して、私にかみつくようなキスをした。
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 10:59
-
唇が、特徴的な八重歯が当たる。
柔らかいのに痛く、荒い。
ほしがるわけではなくてぶつけるように。
そこに恋愛感情がたったの1mmもなくたって構わない。
行為は二の次で、愛理の吐き出すものをすべて受け止めたかった。
額がぶつかりあう。
プールの匂い。水が滴る感触。
それよりずっと全神経で探りたい愛理の感触、と気持ち。
目を閉じて、けれど晴天のせいで闇は訪れない。
目を開いたらきっと塩素の混じらない水が愛理から流れているだろう。
目の奥がじわりと熱くなる。
愛理は私を抱き寄せてしゃがみこんだ。
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 11:00
- キスしたまま水に沈んで、それでもお互いやめたくはなかった。
世界が少し暗く、何となく青くなったような気がする。
たゆたう感じが私たちみたいだった。
水の中でつながって、口の中だけ水中ではなく、このまま沈んで、沈みきってどこまでも堕ちていけたらいい。
抱きしめられた体は温度を感じられなかった。
ただそこにいるという皮膚の感触だけが存在した。
呼吸なんかしたくはない。
水面上に上がらず、永遠にこうしていたかった。
生理的にそうできない私たちは、人間なんだと、実感した。
愛理が先に口から大きな泡を吐いた。
つられて私も吐いた。
仕方なく抱き合ったまま上にあがって酸素を取り込む。
しがみつくように、お互いの手の力を込めた。
二人ともうつむいて私は愛理の肩に頭を押しつけ、愛理は私の肩と頭の隙間をなくす。
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 11:00
- おそらくは、何もうまくいかないことを、悟っていた。
それでもいいと思った。
私にしがみつく腕を、ひどいことに、嬉しく感じていた。
救うより一緒に沈みたい。
この手を引いて、さっきみたいに水中に堕ちて、溺れて、愛理が私に夢中になってくれたらと、思った。
長い片想いはいけない。
私の心は悪魔のようになってしまったのに、咎める心は残っていない。
失恋でぼろぼろになった愛理が今どんな状態かよく分かっていて、私は言う。
本物の悪魔になった気分だった。
- 51 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 11:00
-
「付き合おう。愛理。」
首が縦に振られるのを肩に感じた。
力を込めた腕を少しだけほどいて顔を見合わせる。
真っ赤になった目が悲しかった。
唇を寄せるともう1滴涙を落とすように、静かに、瞼を閉じた。
触れ合って、切ない。
このキスが何も救わないようにこれから先きっと私も愛理も救われない。
それでもいい。
どこにも行きたくないと、私と愛理は、二人のプールに閉じこもることにした。
- 52 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 11:02
-
なんとなくすみません(´・ω・`)
次からネタに戻ります。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 23:05
- ぬけさくちゃんかわいいよぬけさくちゃん
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/20(水) 00:20
- あいかん!!!
切ないけどよかったです
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/20(水) 01:13
- ヤジケロで笑いを噛み殺し、
あいかんでは涙をこらえる羽目に。
作者さん!何者!?すごすぎる!
あいかんて痛みが酷く似合うことを初めて知りました。
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/23(土) 11:23
- >>53
ぬけさくちゃんは一途でかわいいですよね。
>>54
あいかんは切なくしてしまうくせがあります。
>>55
ギャップ萌えに朝鮮してみました☆
作者はただのキモヲタです。
次の話を何をかこうか迷っています。
1:矢島vs須藤のガチンコバトル
2:℃-uteのまくら投げ
3:なっきぃのまくらオナニー
読みたい番号に投票してください。
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/23(土) 20:45
- 全部読みたいw
けど我慢して2に1票
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/23(土) 23:10
- 怖い物見たさで1に一票
スピードスター矢島vs力こそパワーな須藤w
- 59 名前:名無し 投稿日:2008/08/25(月) 00:24
- あいかん切ないけど読み応えがありました
2に一票
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 16:29
- 投票ありがとうございます。
2が多かったので℃-uteのまくら投げを書きました。
まくら投げ動画を見てから読むともう少し面白くなるかもしれません。
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 16:29
- 中学1年生から高校2年生まで、それが今現在の℃-uteのメンバーの年齢層である。
つまりは、はしゃぎたい盛りのお年頃。
だから修学旅行で大部屋に泊まると恋のお話やらまくら投げやらで夜眠らないように、
はめをはずしすぎてしまってもそりゃあ仕方がないのである。
リーダーの愛する「全力投球」という言葉そのとおりに℃-uteは常に全力投球。
やりすぎて、カメラの存在を忘れて、とても公には見せられない状態になっても仕方がない。
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 16:29
- それぞれカメラに向かってやる気を見せたり、ピースをしたり、普通の撮影が始まるテンションであった。
開始のカーンという、間抜けな音からメンバー全員の顔つきががらりと変わる。
五輪選手が試合に集中したときの鋭い目つき、姿勢、
そこから漂うオーラに、スタッフはやばい、と危機感を感じつつ、それでもカメラを止めたくはない。
これから起きる奇跡を、予感していた。
二段ベッド2つが並ぶ部屋に、左上は中島がひとり、その下には矢島有原の運動神経が良い二人組、
右上には萩原岡井の限界を知らないプロレスコンビ、その下には握力7kgという枝豆しかつぶせないのおという梅田と、運動よりは読書と美術と音楽が似合う鈴木のペアが枕を握っていた。
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 16:30
- 最初に仕掛けたのは、策士、中島だった。
投げた枕は岡井のほうに飛ぶ。それを岡井は難なくキャッチした。
中島は全力では投げなかった。ぶつけることが目的ではなかったからだ。
まともにやって体力バカの岡井矢島に勝てるはずがない。
ましてや、今は一人なのだ。
萩原岡井ならその一つ増えた枕を何も考えずに矢島有原のほうへ投げるだろう。
上のベッドにいるということは、体力を温存したい中島にとっては最高のポジションであった。
中島にとって問題は、戦闘民族ではなく、草食動物二人であった。
逃げ回られるほど戦いにくいものはないのだ。
鈴木と梅田は布団を楯に被害を最小にしようとしている。
鳴かぬなら、鳴かせてみせようほととぎす。
この策士の手からは逃さない。
不敵に中島は、キュフ、と笑った。
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 16:30
- 岡井の手に渡った枕も、岡井自身の分の枕もすでに岡井の手にはなく、矢島の足もとに転がっていた。
うおおりゃあ、と投げつけられた2発の枕は重力も手伝ってそこそこの威力であったが、矢島の腕力で枕を楯に簡単にねじ伏せられてしまった。
防いでやった、と笑顔で顔を出す矢島の顔面に舞の枕が華麗にヒットする。
矢島の顔と矢島の手から枕が落ちた。
舞美ちゃんはバカだなあ、と見ていた全員が笑う。
と同時に、やはり舞は侮れない、と内心思うのであった。
「やったなあ。」
衝撃で上体が後ろに傾くものの完全に倒れこまないのが矢島である。
手当たり次第にそばにあるものを投げようとつかんだ。
普通なら、枕を掴むはずであるが
「舞美ちゃんそれ布団だから!!」
有原が慌ててストップをかけるが時すでに遅く、掛け布団が宙に舞う。
座ったままの上半身の力だけで掛け布団を投げるだけでも十分すごいことだが、
その布団は布団とは思えない勢いで飛び、下に降りてくる途中の岡井にあたった。
油断していたせいで全く受け身も取れず、階段にべちゃりと潰れる。
萩原は容赦なくその無様な姿を嘲笑い、中島有原梅田は噴き出した。
矢島はさわやかに笑い、鈴木はけっけっけと悪魔のように笑った。
階段の跡が赤く額と顎についており、振り返った瞬間に矢島有原中島は大爆笑し、
岡井はそのことをわかっておらず萩原を、疑問符を浮かべたまま見上げた。
ぶははははと萩原も腹を抱えた。
その様子に梅田鈴木、スタッフ一同が笑った。
とりあえずその悲惨な顔の状態を考慮し、熱冷シートが張られた。
ミイラみたいに顔をぐるぐる包帯で巻かれた岡井は、番組的にはおもしろいということで、撮影はそのまま続行された。
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 16:30
-
枕を元の場所に戻して仕切りなおした。
再び間抜けな開始音とともに中島が岡井にパスをする。
岡井はさっきと同じように矢島に投げつけようとしたが、思い直してとどまった。
そして枕をかかえたまま、ひょい、とベッドから飛び降りる。
自分の身の丈くらいならなんてことはない、と、軽やかでなめらかであった。
猿みたい、と鈴木と中島は思ったが口にはしなかった。
難なく着地して、その勢いで枕を投げる。
至近距離で投げられた枕はさっきよりも勢いがあったが、矢島は枕を前に出して防ぐ。
右手左手、と連続で投げられた枕は落下した。
矢島は2度目は食らうまいと萩原に注意してから枕を顔の前から降ろした。
そしてその枕は、円盤投げのようなフォームで矢島から放られた。
軽く放ったようにみえる枕は、ひゅんひゅんと横の回転が加わり、全く軽くはなかった。
岡井は俊敏にその枕を避けた。
その後ろに油断してぼーっと見ていた梅田がいたのだが、突然視界に現れた枕を避けることは不可能であった。
「えっ!?」
ということほぼ同時に梅田の顎の下にクリーンヒットする。
普通に矢島の枕が梅田に当たるだけでも致命傷なのに、顎下からの衝撃は危険である。
脳のてっぺんまで衝撃が伝わり、枕に引きずられて梅田の後頭部は壁に激突した。
ぴよぴよヒヨコが頭の上を飛びまわる。
梅田は走馬灯を見ていた。
砂糖の振りかけられたご飯に気がつかない矢島、バームクーヘンを食べて走りたいと言い出す矢島、1500mで空気を読まずに紺野に勝ち紺野ヲタに嫌われた矢島、
焼き肉の好みを研究し始める矢島、電話に出てくれない矢島。
寂しいんです…という呟きは意識とともに失われていった。
「えり!」
あーあ、と岡井は白目をむいた梅田を残念そうに見つめた。
身を乗り出して矢島は心配した、かと思ったが。
「骨は拾うからね!」
と完全に梅田を亡きものにし、まくら投げは再開した。
隣で見ていた鈴木はその球威ならぬ枕威にも、他のメンバーの対応にも恐怖を感じていた。
もしかして自分はそうとう危ない所にいるのではないか、とサバンナにぽつり残されたウサギのような心細さを感じた。
布団なんかじゃ抑えられないっすよミキティ、と上にいる萩原のセリフを真似てみても恐怖感は薄れない。
少しは衝撃を抑えられるように布団にもぐる。
神様仏様。私を救ってください、と暗闇の中から祈るばかりであった。
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 16:30
-
矢島はさわやかな笑顔で次弾を繰り出す。
岡井は華麗な身のこなしで至近距離で放られる大砲を避けた。
が、それを狙っていた有原にぶつけられる。
矢島ほどの重みはなく、普通のまくら投げの衝撃に、むしろテンションが上がる。
テンション上げ子はノックダウンして倒れている中、残ったメンバーは白熱していった。
上にいた萩原は岡井よりさらにふわりと軽く跳び下りた。
手に持った枕は早々に投げてしまえ、と、岡井も萩原も有原も矢島も、次々に放る。
高速ドッヂボールならぬドッヂ枕が繰り広げられるが、カメラは追いつかず、遠目からその様子を撮影するしかなかった。
本人たちは何の苦もなさそうに枕を受け、投げしているから恐ろしい。
これ五輪競技にどうでしょうね、とADが言ったとか言わなかったとか。
おそらくは℃-uteが優勝してしまうだろう。
至近距離の大戦の決着は遠そうであった。
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 16:31
-
ふ、と岡井が後ろを向く。
布団から聞こえる南無妙法蓮華経に気が付き、鈴木の布団をべろんとはがした。
体育座りでがたがた震えているが岡井は気にしなかった。
「愛理も参加しようよ。」
「なっきぃもー。」
誘われては逃げるわけにはいかず、しぶしぶ二人は出てきた。
枕の勢いは先ほどよりは弱まっていて、鈴木はこれなら大丈夫かも、と安心した。
さすがに疲れたのかな、と鈴木は推測したけれど、実際は鈴木に投げる勢いだけみな少し柔らかくしているという、℃-uteらしい気遣いであった。
梅田に投げるつもりならあんな勢いでは矢島も投げない。
普通のまくら投げの雰囲気で、ぎゃーぎゃー騒ぎながら投げる。
「このやろー!」
「喰らえ、元気玉!」
「かめかめ波!」
「霊丸!」
「なんかちっさくなった!!」
「アバンストラッシュ!」
「バーンは誰だよ!」
「っていうかなんか違うよね?」
会話はまさにキュート、ではないが、ぎゃいぎゃい騒ぐ姿はまだ子供らしく、微笑ましい。
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 16:31
-
声を出しながら投げるのはなかなか疲れるもので、さすがの矢島も、岡井も、その他普通の人類はつかれていた。
そろそろ、締めようか、とスタッフは時計を見て、後ろの是永に合図をしようとした時だった。
気を抜いてしまった矢島の渾身の一撃は、岡井ではなく、萩原でもなく、中島に直撃した。
「ぎゅふう。」
セルが殴られた時のような声が漏れる。
そのまま中島は梅田のように倒れる。
いつもの輝かしい瞳はまぶたの裏に潜り込み、白目だけが見えていた。
「ボスも、子分もやるとは、何事だぁっ。」
萩原が開眼する。
ちなみにボスは梅田で、子分は中島である。
「これは、中島の分。」
普段の萩原の身体能力では考えられないパワーである。
矢島の一発分くらいの力を発揮した。
「これはボスの分!」
さらに強い力で、今なら車一台を持ち上げられそうな力で、投げた。
さすがの矢島も2連発には耐えられなかった。
後ろに吹き飛び、体が壁にたたきつけられる。
その大きな音に愛理はぎゅうと目をつむった。
この流れは危ない。
そう察して、河童ダンスのような妙な動きで上のベッドに隠れた。
うつ伏せの体勢をとるということがどれだけ危険かを示していた。
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 16:31
-
矢島は、しばらく俯いていた。
かろうじて手を出して受け止められたらしい、が、動かない。
唖然として誰も何も発することができない。
スタッフも矢島の様子を遠くからうかがっていた。
急に矢島の口からふふ、という笑い声が漏れる。
顔をあげると、そこには心底うれしそうな笑顔があった。
「舞ちゃんがこんなに強くなってるとは思わなかった。」
その言葉に、岡井も、萩原も、有原も、にい、と笑った。
強ければ強いほど、戦いは楽しい。
死線を超えるような戦いをしようじゃないか。
4人の笑みはそんな笑みだった。
それから、その部屋は台風が来たように、枕が高速に飛び交う。
人間の限界を超えた能力が発揮され最初のスピードなんかは目ではない。
枕がベッドに掠る度にベッドの木片が削れて飛んで行った。
壁に枕が当たる度にめきめきと音をたててひびが入る。
スタッフが止めに入ろうとするが、目にもとまらぬ速度の枕が次々とスタッフを片づけていった。
1人が生き残るまで止まらない。
侠気からリスタートした試合は、狂気に狂喜し、凶器を投げつけるだけの、死合いになっていた。
誰かが正気になるのを、上で鈴木はじっと恐怖に耐えて待っているが、誰も気がつかない。
誰より綺麗なフォームで投げる運動神経抜群な有原も、
誰より狂犬のような戦いを得意とする萩原も、
誰より機敏に動き、投げる岡井も、
絶対的なパワーには叶わなかった。
運動神経、筋力、俊敏性、体力はもちろんのこと、矢島のブレーキが壊れて、萩原もかなわなくなった。
最終的に、矢島だけが鬼のように、そこに立っていた。
君臨、していた。
解けない異様な雰囲気を纏っている。
鈴木は息を殺して気配をなくす。
しんとした空気の中、下から、んん、と声がした。
梅田が起きたのだ。
ちょ、今は危ない、と鈴木は思うのだが声が出ない。体は動かない。
「舞美、またやったのお?」
最高に空気を読まないのんきな声が響く。
その途端、びりびりとしていた矢島の空気が、ぷつんと糸が切れるように、ほどけた。
「えっ?あ、あー。またやっちゃった。」
梅田が下のベッドから出てきて倒れている全員にそっと布団をかける。
その温かさに、鈴木はほっとした。
「舞ちゃんとちっさー相手だと手加減できなくなるんだよねえ。」
「わかるけどさあ。」
「今度から気をつけます。」
「そうして。」
「さすがに疲れたなあ。楽しかったけど。」
「寝よっか、もう遅いし。」
二人は下のベッドに入っていき、もぞもぞという音は最初だけ聞こえ、すぐに寝息に変わった。
一人だけ眠りにつけない鈴木は、また撮影しなおすことを考えて、一人へこむのであった。
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 16:32
-
見事落とし所を見失いました。
こういうのは難しいですね。
- 71 名前:名無し飼育 投稿日:2008/08/27(水) 22:27
- あ〜最高に笑った〜www
落とし所がないところまで笑えました。
ボスをやるとは何事だあ!は
個人的にも好きなシーンでしたので嬉しかったです(笑)
ほんと作者さん天才やわ〜!
選ばれなかった他のも書いて欲しいくらいです。
- 72 名前:名無し飼育 投稿日:2008/10/01(水) 19:31
- 更新楽しみに待ってますよ〜。
ここが一番好きな場所です。
- 73 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 13:33
- >>71
ありがとうございます。
体力がもちませんでほかのは書けませんでした。すみません。
>>72
ありがとうございます。
遅くなってしまってすみませんでした。
- 74 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 13:34
- 筆者は栞菜ちゃんが大好きなので復帰祈願します。
- 75 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 13:35
- 「よっ。」
「おはよ。」
白い戸をあけてえりかはその向こうにいた相手に手を挙げる。
そうして帰ってきた相手の声のトーンがあまりに低くて笑った。
「テンション低いなあ。」
「下げ子だからね。」
栞菜は窓の外から視線を戻し、えりかの顔を見ると少し疲れたような顔で笑った。
「リハビリは終わったの?」
「今日の分は済んだよ。まだまだ動かないかな。」
布団から足を出して見せた。
ぐるぐるの包帯は白く、巻いたばかりなのか綺麗に巻かれていた。
栞菜があまりに普通な顔をするから包帯をしても痛くないように見えた。
「痛くないの?」
「んー、夜ちょっと痛むくらいかな。今は全然痛くないよ。」
足首を動かして見せたが怪我はそこじゃないよとえりかが笑う。
栞菜は落ち着いたようにほほを緩ませた。
しかしどこかそわそわしているような、窓の外を気にする様子を見せる。
「どしたの?」
「あのさ、カーテン閉めてもらっていい?」
「はいよ。」
えりかは頼まれたとおりにカーテンを閉じた。
窓から太陽の光が入らなくなり部屋が蛍光灯の光だけになる。
どことなく無機質な光は、とりわけおかしなところはないはずなのに、えりかにはすこし気味が悪く思えた。
それに気を取られるとなんとなく会話が途切れ、なんとなく居心地の悪い空気になった。
それは、今の現状が、あまりによくないからだろう。
ふとした瞬間に魔がさすようにこのような瞬間に二人とも同じことを考える。
触れたくない話題は避けて通ることもできるけれどいつかぶつからなければならない。
栞菜はえりかに気を許しているからこそのため息をついた。
えりかは、栞菜との仲だから、話題にしたくないことを尋ねた。
「ね、他に誰かお見舞い来た?」
「まいちゃんとちさとが昨日来て、一昨日なっきぃきたよ。」
嬉しそうな顔で手紙貰った、とテレビの横にある手紙を指差した。
直後に栞菜の黒目が下にゆるやかに落ち、えりかは顔をしかめた。
「あとは?」
「舞美ちゃんが明後日に来るかな、ってメール来た。」
眉尻を下げてこたえるのと対照にえりかの顔は険しくなる。
「えりかちゃん、顔、険しいよ。」
苦く笑う今が一番痛々しく思えて、えりかは悔しくてたまらなくなり、泣きたくなる。
「だって、さ。だって。」
「仕方ないじゃん。たぶん忙しいし。仕事2倍くらいあるから。」
「だけど、だって、友達だよ。同じメンバーだよ。同じこと乗り越えてきた仲間だよ。」
「メールは毎日くるよ。」
「普通はくるよ。メールじゃなくて。だって一番なかいいんじゃないの?」
白い布団がえりかに握られてくしゃくしゃになる。
「栞菜は、なんで笑ってられんの!」
強い口調で、それでも栞菜を責めるのではなく、もっと先のただ一人に向けた声は本人ではなくて、向かい合う栞菜にしか届かない。
「好きだから。好きだからあきらめちゃってんの。そうだろうな、って想像してたよ。わかってたから大丈夫。」
その微笑みに力はなかった。
「うちは、うちは、そういうところ大嫌い。」
「うん。えりかちゃんが栞菜の代わりに嫌っておいて。」
ぽんぽんと力のこめられた拳を叩いたらえりかの目からぽろりと一粒こぼれた。
「栞菜ぁ。」
栞菜の小さな手をえりかは両手で包んで握った。
「あのさ、えりかちゃん。」
諭すような声にえりかは栞菜の顔を見上げる。
「あまりお見舞い来ないほうがいいかも。栞菜といると悪くいわれちゃうから、さ。」
「何いってんの?」
- 76 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 13:35
- 理解できないという空気を全身から出すえりかに栞菜は、言えないけれど嬉しくなった。
少しも自分のことを疎く思ったり、偏見を持ってはいないのだ。
そんな人が自分の居場所に一人でもいてくれた。
栞菜は泣きたくなるほど嬉しかった。
「ちょっと窓の外見てくれる?」
今日は一段と天気がいい。
太陽や草木がきらきら太陽を反射し眩しかった。
その光の中に一つ、おかしなものがある。
正確にいうと、おかしなところからちらちらと反射している。
「あれ、何?」
えりかが指を指すのを栞菜が止める。
「多分ストーカー。気づいてるのバレるから指指さないで。」
栞菜は無表情に放った。
えりかは慌てて手を下げ、素知らぬ顔でカーテンを閉める。
「う、そ。」
窓の淵に手をかけてそのままえりかはそこにしゃがみこんだ。
「栞菜も最近気づいた。天気がいいとあんな風に反射するの。向こうはたぶん気づいてないけど。」
愕然と、呆然とする。
自分たちの立場を今やっとえりかは意識できたような気がした。
全く何の意識もしていなかった、否、正確にはある程度事務所からいわれて意識はしていたけれどあそこまでだとは思っていなかった。
そうして振り返った自分の私生活に、手が震えた。
何も悪いことやおかしなこと、彼らにとってよくないことがなくても、恐ろしいことだ。
「本当、」
かすかに震える唇はうまく動かなかった。
声も震えた。
頭が機能しなくなる、からこその純粋な感情は、うまく体が動かなくて言葉にならない。
「気持ち悪いよね。」
無機質な声で、顔で、口調で、栞菜がすべて代弁する。
気持ちがこもっていないように見えて、うすら気味が悪くも思える。
たったそれだけのことが思うことすべてを表しているように、えりかには見えた。
「栞菜は、多分、いらないんだろうね。」
その言葉の重みにえりかは耐えきれそうになかった。
言葉を失いかけて、それでも我に返り自分の口から自分の思ったことを言う。
「うちは栞菜にいてくれなきゃ嫌だ、そんなの℃‐uteじゃない。」
一番最初は7人だった。一人増えて8人になった。
ずっとその8人で走っていくのだと思った。思っていた。
現実はそんなうまくいかない。
大切なメンバーを失って、それでも前を向いて行くしかなかった。
そうしてまた一つ団結できた仲間たちの一人をまた同じように失うのは、
えりかにとって一番仲がよく、似ている感覚をもった栞菜が抜けるのは。
「嫌だ。いてよ。」
呼吸も惜しいくらいに気持ちがわきあがる。
「でも、みんないらないって思ってるんだよ。ずっとそうやって扱われてきたんだよ。
栞菜は、もう、そんな場所にいたくない。」
ぎゅうとこぶしを握った。
小さな手だとえりかは思った。
プロとしてステージに立って笑顔を振りまいても、それができない日はもちろん人間だからあるのだし、なによりまだ中学生なのだ。
同じ年でも、あるいは年下でも、やってのける人はいる。
だが自分たちは、少なくともえりかと栞菜はそういう人たちより一般人に感性が近かった。
境界線の上をうろうろしている自分と、そうではなく完全に入りきれる彼女たちとの間に埋められない差を感じていた。
もし自分だけが取り残されていたら、きっと耐えきれなかったとえりかは思う。
お互いの言動が、ではなくて、存在がすでに支えだった。
「みんななんて知らない。うちは、自分勝手かもしれないけど、栞菜にいてほしいよ。
一緒にステージ立ちたい。一緒にこれからの活動やっていきたい。
そう思ってるのが一人でもいるんだよ。それでもだめかな。」
泣いてしまいたいと思った。
栞菜はまつ毛を伏せようとして、こらえて、えりかの目を見た。
この人と一緒にやれて、ここまできてよかった、と心から思う。
それでも即答はできない。
安易に答えは出せない。
胸にぎゅうと締め付けるような痛みを抱えながら栞菜は、曖昧にほほ笑んだ。
続かない
- 77 名前:名無し飼育 投稿日:2009/03/15(日) 12:28
- 作者様の人間分析に感服します(>_<)
素晴らしいです!!
何か本当っぽく思えちゃう。
愛栞コンビの復活愛を願うばかり…
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 02:25
- >>77
ありがとうございます。
本当っぽい嘘を書いていきたいです。
栞菜早く復活してほしいですね。
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 02:26
- 自分にプレッシャーを与える意味で更新します。
「れでぃぱんさぁ」
- 80 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/04/17(金) 02:27
- 愛理、回して。」
もう一音くらい音階をあげたならうざい、と言ってしまいたくなる種の声を合図にルーレットは回される。
大人、というよりは小学生のような手はダーツを握り、小指は立っている。
文字がわからなくなるスピードでルーレットはぐるぐる回っている。
えい、と、典型的に運動がへたくそなぶりっ子が投げるように、
さらにいうなら、完璧に作られたアイドルが投げるまさしくそのフォームで、
自称Buono!リーダー、プリケツ(プリッとしたお尻のことではない)、嗣永・プロフェッショナル・桃子はダーツを投げた。
悲惨なフォームだった割に鋭く的に突き刺さる。
もちろん刺さった瞬間に片足を上げて、ぶりっ子ポーズで喜ぶのを忘れない。
おー、と的を回したままそばにいた、先ほど愛理と呼ばれた少女が刺さった場所の文字を読もうとしていた。
彼女は、鈴木愛理。
河童大好きであり、先日購入した河童の合羽を着衣していた。
桃子が完璧なアイドルの動きであるなら、愛理は無意識の、一歩間違えれば気持ち悪い腐女子にすら思える運動音痴の動きをする。
ルーレットを回した時もしかり、今「たわし」の字に針が刺さっているのを見たときもしかり、
面白奇妙な動きで感情を表現する。
普通なら突っ込みを入れたくなるものだが、桃子は愛理には甘く、可愛いといって抱きつく。
素直でストレートな言葉に愛理は照れて耳を赤くする。
それがまた可愛い、と桃子はぎゅうぎゅう愛理を抱きしめた。
薄暗い地下室なのに、そこは薄桃色の空気すら見える。
夏焼雅はその様子を、掴まされたジョーカーをくしゃくしゃにしようか迷いながら眺めていた。
ちなみに彼女の定期乗車券は「なちゅ姫」で登録されている。
「つぐさん、それにたわしいれるのやめなって言ったじゃん。」
あきれ顔でため息をついてみせるが、本気ではない。
本気になるだけ疲れる。
雅は桃子相手にはそう思っていた。
「たわしがないとおもしろくないでしょ。」
「たわし」の面積は実はとても狭く、他の的よりも小さい。
しかし桃子が投げると吸い込まれるようにたわしに突き刺さるのだ。
これで連続12回目。1ダース分である。
狙っているのか、狙わない偶然なのか、どちらにしても桃子の能力は計り知れない
- 81 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/04/17(金) 02:27
-
ババ抜きで勝った人がダーツを投げることになっており、本来であれば今日もダントツ1位だった愛理が投げるはずなのだが、
愛理が投げると的に刺さらないためにいつも2位の桃子が投げた。
この流れは、怪盗Buono!すなわちれでぃぱんさぁが結束されてから毎度繰り返されている。
桃子が投げるとたわしにあたるために、結局は雅が投げることになるのもいつものルーティンワークである。
「愛理、それ買ったの?」
雅が尋ねると愛理の黒い目がぱぁっと輝いた。
「うん。一目ぼれして買っちゃった。」
全身緑で体型が隠れる、もしゃもしゃした感じは可愛らしかった。
可愛いね、と言ってみると、桃子の時より嬉しそうに照れた。
- 82 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/04/17(金) 02:27
-
れでぃぱんさぁは怪盗のくせに店の物は盗まない。
雅曰く、店に迷惑がかかる。
桃子曰く、面白くない。
愛理曰く、店にあるものであれば大体は買える、という理由からであった。
そんなわけでルーレットに書かれた次回のターゲットたちは一風変わったものである。
過去には特別展に展示される有名画家の絵画、非売品の宝石など、怪盗らしいものであったが、最近はそうではない。
ある芸人の海パン、ある有名作曲家のかつら、通天閣の電光掲示板、上野動物園のきりんだとか、
ときには、梨沙子の携帯ストラップ、くまいちょーの身長など友人にまつわるもの。
つまりそれを盗んでどうするのかというようなものばかり。
決して利益は求めていない。
- 83 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/04/17(金) 02:28
-
「それにしても、そろそろこれもネタがないよね。」
つまらなさそうに雅が呟く。
アンティークとして一級品の丸いテーブルに肘を掛けてアイスティーに口をつける。
「確かに。ネタが思いつかないよ。」
愛理が雅に向かい合うように肘をついた。
3人寄れば文殊の知恵というがさすがに限界がある。
薄暗い部屋にいると一層行き詰まり感が濃くなる。
桃子が口をむにむにと動かしながらいい案はないかと考え、雅はそれを放置してテレビをつけた。
42型薄型ハイビジョン、ブルーレイレコーダー付きのテレビは当然愛理の私物である。
怒りん坊将軍をスルーしてチャンネルを回すと5時のニュースがやっていた。
ちらりとうつったスイーツを見逃すことなく雅はリモコンを動かす手を止めた。
どうやらケーキで有名な洋菓子屋「テラダヤ」、通称「テヤッ」が何かケーキのイベントをやるらしく、
店長の寺田光男は熱心にケーキの説明をしている。
「今回のケーキは過去最大級。クリームもスポンジもこだわっとる。中のフルーツも素晴らしい。」
頼むから日本のお米は入れるなよ、と桃子と雅は思う。
画面は寺田の、これで金もうけや、という下卑た笑いから、ケーキの完成予想CGに切り替わっていた。
実際に相当大きいようだった。
商品は非売品で、今日から一週間後に展示されるらしい。
そのケーキの名は「My Boy」。
材料にこだわった割に食べる人がいないのはどうなのと3人は心の中で突っ込みを入れる。
「一週間後だって。今日は。」
「4月の5だよね。」
「一週間後って。」
そこまで言って3人が同時にピコーン、となる。
このタイミングで、しかもおいしそうなケーキだ。
コンセプトも時期もばっちりだ。
3人は無言でにやりとアイコンタクトをとる。
「桃、一週間しか、実質一週間もないけど大丈夫?」
「桃を誰だと思ってんの。」
プロフェッショナルな回答に愛理も雅も目を合わせる。
この返事で桃子ができなかったことはない。
すなわち、このミッションはもう完遂できたも同然だった。
「じゃあ予告状だしちゃうね。」
いつもの棚から黒い封筒とピンクのシール、黒地の便せんを取り出し、雅が予告状を書く。
- 84 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/04/17(金) 02:28
- 『4月12日、
「My Boy」を盗みに行きます。
経盗れでぃぱんさぁ』
- 85 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/04/17(金) 02:28
-
「みや、字間違ってる。」
「あ。」
- 86 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/04/17(金) 02:31
- 州´・ v ・)<生まれてきてオメデトーって言われたいじゃない
書き始めたのは昨年の8月なので若干ネタが古くてすいません
- 87 名前:名無し読者 投稿日:2009/04/17(金) 02:54
- そんなオチですかそうですかw
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 09:20
- >>87
書き忘れましたがまだ続きますw
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/18(土) 14:08
- いっぱい期待
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/18(土) 19:42
- いっぱい期待
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 01:38
- >>89
>>90
そーよかーぜに寄り添って!!
- 92 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/05/25(月) 01:39
-
4月12日、午前0時、「テラダヤ」と書かれた看板を見据えながら
3人は暗闇の中にそびえたつ独特のデザインの建物の向かいの歩道にいた。
ここ最近の中で一番制服を着た人間が多く周囲をうろついている。
完全な臨戦態勢にはむしろやる気が出る。
「じゃあ作戦は昨日伝えたとおりね。いつもの通り愛理が先に入ってセキュリティ解除、みーやんが窓から、桃が裏口から。」
「りょーかい。」
「らじゃ。」
す、と雅と愛理が敬礼する。
1週間という短い期間で、調査担当の桃子はしっかりと仕事をした。
予告状をおくってからすぐ警察や警備が増えた。
その方が調査は進めやすい。
新規で警備を増やすということは新規の警備員にここのセキュリティや非常時の対応を説明しなければならない。
そこにうまく潜り込めば施設の地図も、セキュリティシステム、お宝のありか、すべて把握できる。
時には警察に、時には警備員に、ときには従業員に変装し桃子はあらゆる情報を集めた。
寺田の裏の顔やお偉い人のセクハラがうざい話のような、怪盗には関係ない情報も調べつくした。
必要な情報をピックアップし作戦を立てるまでが桃子の仕事だった。
だいたいが雑な作戦ではあったがそれでもこなしきる能力がある。
耳にかけるタイプの無線機をつけ、三人は手を下に向け手を合わせる。
「やるならいましかない」
「我慢はできない。」
ふ、と呼吸を合わせる。何度も繰り返したこの行為は完璧に揃う。
「ガチンコでいこう!」
ぐっと下まで手を押し込んで気持ちを込める。
その瞳にはやる気と本気が込められている。
お互いにそれを確認して、所定の場所に散り散りになった。
- 93 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/05/25(月) 01:39
-
「さて。」
愛理はセキュリティシステムが一番近い入口まで来たが、そこにも当然警備が配置されていた。
桃子が言うには中に入ってから1分はセキュリティは作動しないとのことだった。
できれば引っかからないのがベストだが、万一引っかかっても簡単に解除できそうだ。
これよりもひどい修羅場は何度でもくぐってきている。
問題はその前の警備をいかにしてくぐるのか、だ。
基本的に催涙ガスのようなものは使いたくない。
使ってしまえば簡単すぎる。
れでぃぱんさぁを名乗る以上は楽な道を選ぶべきではない。
かといって雅ほど運動神経がいいわけでもない。
警備は二人だ。
愛理は木に隠れながら策を練った。
「桃、こっちの入口って鍵必要だよね。」
「たぶん警備の片方が持ってると思う。」
「おっけー!」
愛理は自前の無線機を取り出し、目の前の警備たちの無線に周波数を合わせた。
「セキュリティに異常あり。中で確かめてくれ。」
「了解。」
変声機を使い男性の声に変えると警備はあっさり騙されポケットから鍵を取り出した。
よし、と愛理はその鍵に照準を定め、ラジコンのリモコンを操作する。
高性能のラジコンは高速で警備のカギを奪い取り、ひとまず高い高い上空まで逃げた。
ラジコンを見失い二人はおろおろしている。
それを陰から見ながらタイミングよく無線に声をかける。
「どうした。」
「鍵を何者かに盗られて見失いました。」
「とりあえず正面玄関に状況を伝えに来てくれ。」
嘘に気付かずまんまと警備はあわてて走って行った。
ラジコンを引き戻し愛理はさっそく鍵をあけ、赤外線が見えるサングラスを装着する。
「あー・・・。」
予想していたよりも細かく線が通っている。
最悪、1分以内に解除するか、と思いきや、よく見ると穴があった。
まさか10代のスタイルのよい女の子が怪盗をするとは考えられなかったのだろうか。
ふふ、と愛理は鼻を鳴らす。
これなら高い運動能力は必要がない。
愛理は嬉しげにほふく前進で細い廊下をわたり、その先にあったセキュリティシステムを解除した。
「第一ミッション成功!」
「お疲れ。」
無線の向こうから雅がねぎらいの言葉をかける。
「次はみーやんだよ。」
「わかってるって。」
- 94 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/05/25(月) 01:40
-
雅は待機していた場所から窓に向い、慣れた手つきでカギを開けた。
スコープを除くと先ほどまで張り巡らされていた赤外線センサーが解除されていた。
さすがは愛理、と乗り込む。
愛理が忍び込んだのは1階、ここは2階だ。
ターゲットはおそらく早朝に1階の一番広いホールに移される。
それまでは厳重に地下1階に保管されているらしい。
まだ作られたばかりのケーキが楽しみでほほが緩む。
「2階って何があるの。」
昨日の作戦会議で雅は桃子に尋ねた。
大事な要件は1階と地下で足りるはずだ。
「2階は一般販売用のケーキが保管されてるの。超大型冷蔵庫があるんだよ。」
こんな、と桃子はお世辞にも長いとはいえない腕を目いっぱい広げた。
実際の大きさは全く把握できなかったがとりあえず大きいらしいことは伝わってきた。
「普通のケーキ、どうすんの?」
「My Boy」以外のケーキには用がないはずだ。
全部のケーキを食べきるのはさすがに不可能である。
そもそも「My Boy」を食べきることも無理だろう。
「あのね、今回予告状を出して、今テラダヤがすごく売れ行きいいんだって。」
「うん。」
「なんか、悔しくない?」
「や、別に。」
「え、愛理は?」
「いやー、あたしもどうでもいいかも。」
桃子は同意を得られずうなだれる、ということはなく、今の話を全くなかったことにして話を進めた。
「とにかくさあ、普通のケーキのほうも細工しようかなと思って。
で、これ桃とか愛理だと時間かかると思うんだ。
手際のいいみーやんにやってもらおうと思って。」
そういって具体的な策を書いた図面を桃子はテーブルに広げる。
するとさっきまで乗り気でなかった雅が目を輝かせた。
それも桃子の作戦だったのだが、意外なやる気に気圧された。
「やる!」
いつもキラキラしている目がいつも以上に輝きを増している。
「あたしもやりたい。」
愛理も遠慮がちに呟いた。
「じゃあ、準備は3人でやろうか。当日はみーやん頼むよ。」
雅は力強く親指を立てた。
面白いことはとことんやる。
それがれでぃぱんさぁの信念だった。
- 95 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/05/25(月) 01:40
-
2階の大型冷蔵庫までは警備が薄い、とは言え、
逃走経路にもなるために厳重に警官が配置されていた。
窓から冷蔵庫までは1階からの吹き抜けを通り反対側の保管庫にいかなければならない。
ただしそこは吹き抜けがあるために廊下はせまくなっており、当然警官が立っている。
1階から2階を見るのも見通しが良いためセキュリティ云々があってもなくても簡単に見つかってしまう。
が、桃子はそれを見越して作戦を立てている。
見越した上でわざと難しく仕組んでくるから厄介なのだ。
それでこそやる気が出る自分もどうかしている、と雅は笑った。
愛理が侵入したのがばれたのだろう、警官たちの無線から音声が聞こえ、建物の中がざわつく。
早めに動かなければ、と雅は胸元からビニールを取り出し手持ちのガスで空気を入れた。
自分は黒い服で、ビニール人形には重りをつけた水色の水玉ワンピースを着せ、
音もなく吹き抜け上から人形を落とした。
警官たちは一瞬派手な水色に気を取られる。
その隙を見逃さず雅は天井の豪華なシャンデリアに銃を向けて発射する。
弾の先はフックとロープが付いており、シャンデリアに引っかかった感触があった瞬間に
雅は助走をつけて吹き抜けを飛び越えた。
ターザンよりも軽やかな大ジャンプは速く、警官が気付いた時にはもう着地し終えて保管庫への廊下をかけていた。
廊下を何人かの警官がうろついてはいたが雅の相手にはならない。
走る最中に靴底のスパイクを立ち上げ左足で地面を蹴る。
右足の向う先は壁であり、右足の靴底は壁をしっかりと噛んでいた。
右足で強く蹴りだす。
左足の着地はやはり壁であり、右足も壁であり、反応遅く振り返った警官の頭上をあっさりと飛び越える。
これは3人の中でも雅しかできない。
自慢げな笑みを浮かべてそこにいる警官全員をあざ笑い風のように保管庫へ消える。
何が起きたかを理解するのに青い制服は時間を要し、ようやっと理解できて追いかけたときには
保管庫は鍵がかけられ立ち入れない状態になっていた。
「侵入成功。ってももはなにしてんの。」
「え、もう中にいるよ。ケーキ美味しそう。」
「ちょっと、いつの間に。」
「へへ。いいでしょ。2人とも早く来てよ。」
- 96 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/05/25(月) 01:41
-
桃子は、怪盗には必要な条件があると考えている。
ひとつは斬新なアイディアを考え付く能力、ひとつはそれを実行しきる能力。
そしてもうひとつ、万が一に備える能力である。
今回の怪盗はうまくいくように作戦が立てられてある。
しかし成功率は100%ではない。
ぎりぎりを楽しむように作戦を立てているのだからなおさらだ。
それでもこれを続けていくためには、世間で普通の顔をしてアイドルを続けるためには決して捕まってはいけない。
だから逃げ道は一つではなくいくつも用意してある。
普通に出入り口となるようなところでは警察も用心する。
その裏をかくために桃子は必ず調査のついでに逃げ道をいくつも作っておくのだ。
調査をしながらだれにも見つからないように逃げ道を作るというのは容易なことではない。
しかしそれを平然と、迅速にやってのけるのが桃子であった。
今回使った通り道は逃げ道のひとつである。
仕込んでおいた盗聴器を頼りにそこに人がいないのを確かめて、箱の蓋を押し上げる。
誰もアンティークの宝箱から怪盗が出てくるとは思わない。
全くノーチェックで桃子は建物に忍び込んだ。
ここは地下一階で一番ケーキに近い。その分警備も固い。
開いているドアからかつかつと足音が聞こえ、どうやら近づいてきているようだった。
桃子はドアの裏に潜み外の様子をうかがう。
右手の銃を胸元に抱え息を殺す。
おそらくは、気づいているわけではない、と感じた。
だからこそうっかり覗き込むかもしれない。
そのときは油断しているだろうからその隙を狙う、とシュミレーションする。
目を閉じて神経をとがらせ、しかし頭は冷静に動くように、すべてを整えながら足音の位置を探る。
次第に大きくなる足音はリズムを崩すことなくドアの前まで来て、
あっさりと通り過ぎた。
ほっとしたとたんに力が抜けて、うっかり引き金を引いてしまった。
銃口からは間抜けなぽひゅ、という音と赤と緑の羽が飛び出す。
あ、という顔で桃子は驚くと、通り過ぎた足音が急ぎ足で戻ってきた。
桃子はあわてて隠れようと出てきたばかりの箱に身を隠す。
が、隠れ終わる頃には懐中電灯の光がちらりと見えた、ということは、相手に見られている。
このまま出るか、それともなんとかここを通るか。
戻ると作戦を変更しなければならなくなる。
それは、面倒だった。
成功率も下がる。
桃子は気乗りしないながらもポケットに手を入れ、秘密兵器に指をかける。
固い地面の音は箱の中にいても聞こえた。
やがて足音がとまり、箱がぎぎぎ、と開く、と思いきや、
おそらく警官のものと思われるわあ、という声が聞こえた。
その直後に転ぶような音がして、ひょいと箱が開かれた。
「愛理。」
「どじ。」
「どじじゃない。ほら普通に入ったら面白くないじゃん?」
桃子は手をひかれ箱から抜け出る。
警官は昔の騎士がつけていたような甲冑を頭だけ装着し、手は後ろで手錠につながれていた。
「これどうしたの?」
「そこにあったからもってきてみた。」
愛理は廊下を指差した。
出てみると頭部のない立派な甲冑が勇ましくたたずんでいた。
「あーなるほど。ところで早くない?びっくりした。」
桃子はぺたぺたと手袋をした手で脇腹をなでる。
騎士は何も言わない。
代わりに愛理が答えた。
「桃が早くって言ったんじゃん。みやも多分すぐ来るよ。」
二人で階段のそばの広場へ向かう。
今回の目的のすぐ近くであるのに警備が全くいない。
桃子の事前調査によるとここには4、5人警官がいるはずであった。
「愛理、やるじゃん。」
「もちのろんだよ。」
ふふん、と鼻を鳴らして見せるその台詞が古臭いことにはあえて触れずにいると階段上から足音もなく人影が下りてくる。
二人は同時に素早く一瞬警戒したものの、そのしなやかな歩き方に警戒を解く。
まさに、れでぃぱんさぁ、だ。
「早いじゃん。」
「誰かさんが早くってせかすから、ね。」
煽られたら乗るしかないでしょう。そういう不敵な笑みを交わす。
「さて、入りますか。準備はいい?」
桃子が愛理の方を見る。
愛理は下手なウィンク付きで親指を立てた。
「グッ。」
- 97 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/05/25(月) 01:41
-
桃子は慎重にターゲットののある部屋のドアを開く。
音をたてないように、という配慮はこの際あまり意味がないのだが、そっと中をのぞいた。
見事なことに、警備は一人もいなかった。
桃子を中に押し込み続いて雅が中へ乗り込む。
「ちょっとみーやん。」
「え、すごーい。どうやったの?」
桃子の事前調査によるとここの警備が一番厚いはずであった。
そっとやちょっとでは動かしようがないはずである。
愛理は得意げに無線機を見せた。
「internet cupidっていうじゃない。」
「なんか違う気がするけどま、いいか。」
つまりは愛理お得意の情報撹乱作戦である。
「でもそれだけでうまくいく?」
毎回こうやって見事にだまされるというのもおかしいと雅が声を上げる。
「みや、こっちくるの大変じゃなかった?」
「そういえば、かなり警備が…って、ことは。」
「そゆこと。嘘つくなら本当も混ぜないとね。」
警備にはっきりと姿を見せたのは雅だけである。
それも、個室にこもったとなればそれほど捕まえやすい状態はない。
「あーいーりー。捕まったらどうしてくれんの!」
何度もくぐった修羅場とは言えできれば安全策を取りたい雅は愛理をにらむ、が、対して愛理は微笑んだ。
「大丈夫。」
自信満々という顔でない胸を張る。
「みやが捕まるはずないから。」
音を立てずにドアを閉めながら、すんなりとそう言われては返す言葉もなかった。
「もう。」
「二人とも、時間ないから行くよ。」
会話においてけぼりの桃子がわってはいる。
愛理が締めた扉の鍵を閉めた。
「閉めるの?」
「念には念をね。」
警官が入れなくなる、ということは、自分たちも出にくくなるということだ。
そんな状況にわざわざすることに愛理と雅は首をかしげる。
「これで警官の人は入ってこれなくなる、から、一安心ってことなんだけど、なんかそれだけじゃ終わらない気がするんだよね。」
桃子の計画では、これからあとケーキを奪って逃走、でミッション終了となる。
だが桃子はうまく終わる気がしないでいた。
というのもここが「テラダヤ」だからだ。
店主は一筋縄ではいかない商売人である。
その予想は、三人が部屋のど真ん中に堂々と設置されているケーキを囲んだ時に、見事に当たった。
雅が本当に大きいね、と呟いた瞬間に、上から格子が下りてくる。
これは警官しか使えない、と桃子が二人に説明したものだ。
しかしここには警官はいない。
「え、うそ。」
慌てふためく三人に、薄気味悪い笑い声が届く。
かつん、かつん、と部屋の隅の暗闇からゆったりと登場したのは、
テラダヤの店主、寺田光男である。
「やっぱりね。そんな気がした。」
桃子は寺田を睨みつける。
「れでぃぱんさぁの正体が、まさか、国民的アイドルBuono!だとは思わんかったわぁ。」
愛理はケーキに隠れようとし、雅がそれを止める。
桃子の背中から負けん気が伝わるうちは勝機はあるのだ。
「それはどうかな。わざわざ素顔で怪盗すると、思う?」
桃子の声はみるみる違う女の子の声に変化する。
そして一度掌で顔を隠し、手をどけると、この店のバイトの声に特徴のある女の子、前田に変わる。
「た、前田やないか!」
に、と笑いもう一度顔を隠すと次は和田に変わった。
「和田!!」
「本当の顔はどれでしょうねぇ。」
にやにやと、不敵な笑みを浮かべる福田になり、最後は佐保に変わる。
「くっ。まあええ、捕まえればわかるやろ。」
寺田は扉の鍵をあけ警官を呼び出した。
格子の周りがあっという間に警官で囲まれる。
「もも、どうすんの?」
雅が耳打ちする。
格子を開けるスイッチは寺田の手にある。
「こういうときはねー。」
へらへらと桃子は笑った。
「ケーキを食べればいいんだよ。」
自分の背丈ほどあるケーキのてっぺんを胸元からスプーンを取り出してざくり、とえぐり取って口に放った。
こんなときでも背伸びをした片足をあげて見せるのを忘れない。
白い生クリームに囲まれていた肌色のスポンジが顔を出す。
「ふざけるな!」
そう叫んで寺田は手元の格子を開くスイッチを押した。
- 98 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/05/25(月) 01:41
-
ごごご、と音を立てるだろう、雅と愛理は目をギュッとつむった。
が、しかし、いつまで経っても格子は開く気配がない。
「なんやと。」
「寺田さん、それね、細工させてもらってあるんだ。」
ふふ、と微笑む左手には寺田の握るものとよく似たリモコンがあった。
「そこで指くわえて見てて。愛理、みや、逃走経路はG4で、手筈通りよろしく。」
「まさかこの経路使うとはね。おっけー。」
「じゃあちゃっちゃとやっちゃいますか。」
桃子はボタンを押す。
すると上から巨大な透明アクリル板の箱が落下し、格子ごと覆った。
次は雅がポケットから手榴弾のような形のものを取り出した。
栓を引きぬくと白い煙がもわもわと溢れ、アクリル板の中身はすぐに真っ白になり、3人の姿は文字通り煙に巻かれる。
「ちょ、まて!!」
「ばーいばーい。」
小さな手のひらが格子の外に出てひらひらと動いたのは確認できたが、煙がすべてをかき消した。
次に箱の中が見えるようになったときには3人はもう消えていた。
残されているものは何もない。
「いったいどこに!?」
アクリルは割ることができたが、格子は簡単にどけることはできず警官たちは外から中を覗き込む。
3人のいた場所にはぽっかり穴があいている。
「まさかケーキを隠すための穴を利用されるとはな。」
寺田は完全敗北、と言わんばかりに笑った。
怪盗予告が届いてから急遽万が一のためにケーキを隠す穴をあけておいたのだった。
れでぃぱんさぁは見事にそこから逃げて行った。
穴をよく覗き込むとどうやら巨大なケーキは運べなかったらしくどんと残されていた。
「怪盗失敗…?」
しかしよく見ると桃子が食べた跡が消えている。
警官と寺田が上からよく見ると、てっぺんのハート形のケーキは丸顔のキャラクターケーキに変わっていた。
「はは、うまそうな顔やな。」
己の商売のためのケーキとは違う、心から楽しんで作られたケーキを目にして、
小学生の図画工作を見ているような気持ちになる。
決して美味しそうな見た目ではない。色のバランスや飾り付けもばらばらだ。
それでも、黄色で色づけされたケーキは、色のせいだけではない理由で眩しく見えた。
- 99 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/05/25(月) 01:41
-
「だーいせーいこーう!!」
いぇい、と雅が二人のコップに勢いよく自分のコップをぶつけ、小気味よい音が鳴る。
いつも使用しているテーブルではなくビリヤード台くらいの3人で使うには広いテーブルに、
たくさんの種類のケーキがずらりと並ぶ。しかも、ホールで。
「これ、もものせいで記念になんないじゃんか。」
愛理が不満げに口をとがらせる。
桃子がミッションのときに食べてしまったためにハートは欠けてしまっている。
「あー、これじゃちょっと可愛くないね。ごめんね、愛理。」
キスしそうなくらいに顔を近づけて会話するのをまったく無視して雅はデジカメで一つ一つ写真を撮った。
「これもおいしそー!あ、これも、これも。これかわいい。」
凝ったデザインとチョコレート細工、生クリームのデコレーションに目をきらきらと輝かせる。
「ちょっと、桃も撮ってよ!。」
桃子がケーキに割り込んで写ろうとするのを、別に嫌なわけではないがなんとなくむきになって防ぐ。
桃子にはそうさせたくなるなにかがあるのだ。
雅と桃子の戯れを眺めながら愛理はテレビをつけた。
ちょうど、昨日のことがニュースになっていた。
「昨日、テラダヤに怪盗れでぃぱんさぁが現れました。」
ニュースキャスターは淡々とニュースを読む。
わいわいしながらも3人はその内容に耳を傾ける。
被害総額は何百万で、怪我人はいないとか。
「思ったより額でかくない?」
「だってMy Boy以外のケーキも全部盗んだじゃん。」
そう、ここに広げられているケーキはすべて雅が保管庫から盗み出したものの一部だ。
遊び心で3人が作ったケーキを同じ数だけ入れてきた。
それも、全部違う種類で。
「そっか、ま、でも材料費のこと考えるとうちらもマイナスだよね。」
とほほ、と肩を落としていると、テレビからは予想外の内容が飛び込む。
「寺田氏は、れでぃぱんさぁの残して行ったケーキからヒントを得、本日昼からボーノマンクッキーを限定で販売することとしました。
またれでぃぱんさぁが残して行った数十種類のケーキをテラダヤでは本日から2日間展示します。
見学料は大人800円、小人300円です。」
「ちょっと、これって。」
「さすが商売人だよね。」
なんだか自分たちの方が損したような、と3人の顔が引きつる。
場面が切り替わりインタビューを受ける寺田と、テラダヤの様子が42型ハイビジョンいっぱいに映る。
どうやらテラダヤはいつもの数倍盛況であるようだった。
「いやーれでぃぱんさぁが来てくれたおかげで大盛況やわ。あんがとなー。」
にやにやと小汚い笑顔でカメラに手を振る。
その様子に、桃子の手がわなわなとふるえる。
出し抜かれるのは嫌いなのだ。
「リ、リベンジしてみせる。」
- 100 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/05/25(月) 01:42
-
時同じく、同じニュースを見ている4人がいた。
「また捕まえられなかったんだって。日本の警察は無能だね。そう思わない?ハート。」
「今更。あたしたちならもう捕まえてるかも。ね、ダイヤ。」
「うん、早く捕まえちゃいたいね、スペード。」
「あたしたちの顔と名前も使われちゃったし、クローバー、もう、さ。」
「次、捕まえちゃお。」
幼い少女たちの顔は冷たく、しかし野心に溢れている。
「あたしたちしゅごキャラエッグの名にかけて、負けないんだから。」
それぞれの小さな拳は決意固くきゅっと握られている。
そのことをまだれでぃぱんさぁは知らない。
- 101 名前:れでぃぱんさぁ 投稿日:2009/05/25(月) 01:42
- 続きません
梅さんおめ!!!!!
- 102 名前:年長二人 投稿日:2009/07/24(金) 19:13
- 音は振動になって頭上から頭を打つ。
踏切の警告音は頭蓋骨を媒体として、目の奥にかんかんと、一音に余韻を持って響いた。
ぼんやりと、微かに熱をもった頭は音と振動に感化される。
隣に立つ舞美の手を外で握るのはいつもなら躊躇った末にやめるのに警告音を無視するように、否、従うようにそっと握った。
珍しいものだから、ただでさえ主張の強い目を、眼球がこぼれるのではないかと思う程目を見開いた。
黒い瞳はつやつやと赤いランプを反射する。
変わらずにこの目は魅力的なのとその黒さは芯の強さを窺わせる。
直後に、納得したように目を細める、舞美の目にも同じ憂いがある。
沈黙の上に沈黙を重ねるといやに空気に湿り気を帯びているのに気がつく。
空気中の水分は近づく水分を引き寄せる、と何番目かの感覚が訴えた。
舞美の掌は汗で湿って、うちの目は、それより熱い水分で満ちて、こぼれそうだ。
かん、また一つ、かん、となる度に殴られたように涙が押し出されそうになる。
その様子に気づいて舞美の目は険しく、痛みを含んだように細められていった。
がたんがたん、と遠くから巨大な蛇のような電車が唸り、地面を揺らしながら走ってくる。
その音と踏切音はお互い自己主張を譲らない。
あまりのけたたましさに耳をふさぎたくなるくらいなのに、周辺の人たちはもう慣れてしまって、呆れた顔すら浮かべない。
そんな中、うちらは異質だった。
表面張力が限界に近づく。
視界は強くゆがみ、ぼやけ、眼球の表面が水で包まれているのがよくわかった。
はら、と大きな一粒が落ちた時、警告音は止んだ。
止まっていた周りの空気が一斉に流れる。
塞き止められていた分速度と力を持っている。
こうなっては同じように流れるしかない。
立ち止まるうちの手を、そっと握ったまま舞美は前に進んだ。
この手を強く握ろうとは思わなかった。
強く握らなくったって舞美は遠くにはいかない。
勝手に前に進むわけでも、立ち止まるわけでもない。
おそらくは同じ速度で一緒に歩いていくだろう。
そう思うのは今までそうだったからだ。
一度涙が落ちるとその軌跡をなぞるように何度も落ちた。
止めようとは思わなかったけれど、止まりそうにもなく、
ただ黙ってそっと引かれるまま歩いた。
いつもの駅に行く道からはいつの間にか外れて、灯りも人気も少ない路地裏に出ていた。
ぐんとそびえたつマンションの窓は明るかったり、暗かったり、騒がしかったり、静かだったりした。
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/24(金) 19:14
-
うちらは静かだった。
駅は近いのだろう、がたんがたんと音が響く、けれど、さっきよりはずっと遠かった。
街の喧騒も遠くの出来事になった。
今ここにあるのは、うちと、舞美の二人だけで、二人だけの出来事のように思えた。
固まった顔の筋肉が自分の意志とは関係なくゆがんでいくのがわかった。
閉じた瞼からぼろぼろ涙が落ちて、睫毛がそれを吸いこんでいく。
舞美の細長い腕が肩に回る。
うちは猫背をさらに丸めてその中に納まった。
納まってわんわん泣いた。
泣けば泣くほど舞美の腕の力が強くなった。
それでも舞美は泣かない。
うちが泣いてるからだ。
悲しい時は二人とも一緒に泣かない暗黙の了解ができていたと思う。
舞美が泣くときはうちは泣かない。
うちが泣くときは舞美が泣かない。
二人とも泣いてしまったら年下のメンバーを引っ張っていけないから。
言葉にしなかったけれど共通の意識にあった。
メンバーのだれも見ていないのに舞美は泣かないんだなあ、と苦しい心の中で思った。
泣く代わりに今こうして抱きしめてるんだろう。
申し訳なくて余計泣いたんだけれど、それは舞美の分の涙ということにしてしまいたい。
額の少し上に舞美の顔がある。
きっと目を閉じている。
その顔が美しいことも、きっと痛い顔なのも、想像に難くなかった。
もうこんな風に泣きたくなかったのに、とは、お互い思って口に出さない。
明日には笑わなければいけないのだ。
きっと笑っている。
舞美は目を腫らしながら笑うだろうか。
泣き疲れて体を離すと、痛々しい顔で笑う舞美がいた。
目が重たい、と言うと舞美はうちの頭を撫でた。
そしてまた手を引いた。
もう遅い時間だから帰らなくてはいけない。
駅への道を辿るとわいわいがやがや喧騒が戻る。
何かが起きても、どうあがいても日常に戻るんだろう、と思ってみた。
置いていかなければいけない。
どんなに引きずっていたくてもうちらは許されていない。
せめて表面上はそうふるまわなければならない。
そうするうちにきっといつの間にか置いていくことになるんだ、と、もう二回目だから想像がついて、それがどういうことか考えて、辛くなる。
駅の改札をくぐるとめまぐるしいほど人が行き交い流されそうになる。
舞美とは帰る路線が違うから、ここで別れることになる。
泣いたのがなんだか照れくさくて苦く笑った。
舞美もおんなじように笑った。
「じゃあ、明日ね。」
「うん、ばいきゅー。」
お互いに流れにうまく乗る。
それでも、気になったから振り返ったら、舞美もこっちを向いた。
素の顔から笑顔になる。
その温かさに無性に胸が熱く痛くなって緩んだ涙腺から涙が滲む。
下りエスカレーターに体が完全に隠れた頃には、またうちは泣いていた。
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/24(金) 19:15
- 乱筆ですいません。
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/24(金) 23:25
- 上手く言えないけど、何かが伝わってきた気がします。
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 04:30
- 足りないものを埋めるのが、言葉の役目と思います
深夜のラブレターみたくなりそうなのでもう続けませんw
心から読めてよかった
とりあえず、ありがとう
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/22(火) 09:31
- >>105
ありがとうございます。ここ最近のいろいろにいろいろ考えてしまいますね。
>>106
ありがとうございます。1行目に同意です。
ラブレターは年中無休24時間体制で受け付けておりますw
こちらこそ感謝です。
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/22(火) 09:32
- 正直未完成なのですが、私の気持ちがさめきらないうちに上げておきます。
私自身まだ心の整理ができてません。
こうだったらいいな、なんて妄想です。
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/22(火) 09:33
- 重要な報せがあるから集合が30分ほど早まった。
こういうとき良い報せと悪い報せの割合は4対6位だと舞は今までの経験から割り出した。
悪い報せになる要素は、正直なところあった。
大ありだと言ってしまってもいいほどだ。
ずっと心にかかっていながらもメンバーの間ではなかなか話題にし難い。
喉に小骨よりずっと黒く重い塊だ。
胸に鉛というほどはっきりさせたくない予想は、しかしながら十分な重みをもってため息をつかせた。
電車の中で手持無沙汰に携帯を開いた。
待ち受け画面は、2月から変えられずにいる。
良い報せならいいんだけどな、と目を閉じた。
次に開くドア側に寄り掛かると車掌の特徴ある声が「次は赤羽橋」と告げた。
舞の予想は半分ほど当たり、半分は外れた。
外れたというよりは想定外だった。
マネージャーがあえて淡々と説明する言葉に顔面から血の気が引いていく。
指先の感覚がわからなくなった。
自分が立っている自信も失いそうだ。
マネージャーが何を言ってるのかもよくわからなくなりそうになったが、
わからないのではなく、わかりたくないのだということも自覚していた。
冗談だと思う気持ちと冗談にしてしまいたい気持ちの拮抗に思考が停止する。
すがる気持ちで周りを見た。
早貴はその事実を理解し、痛みをこらえるように眉を寄せていた。
愛理は険しい表情であったがとうに決心をしているようにも見えた。
えりかはどこを見ているかわからなかった。
舞美は、もうすべて聞かされていたのだろう。受け入れて前に進む顔であった。
舞は、これは冗談ではないと悟った。
千聖だけが場違いにやけに明るい声で、マネージャーさん変な冗談言わないで下さいよ、と笑い、カメラを探した。
きっとDVDマガジンにでもなるのだろう。
そんな考えはあっさりと砕かれる。
「岡井、本当だから。」
舞と千聖以外の全員がうつむき、沈黙が場を支配した。
呆然と二人だけがマネージャーを見ていた。
「7月前半に有原のことは公式ホームページに出す。イベントでも話してもらうから。梅田のことはハローのコンサートで梅田から発表する。」
な、とマネージャーはえりかに目線をやった。
返事をする声にも顔にも表情が全く見えず、舞は何も反応できなかった。
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/22(火) 09:33
-
マネージャーは別の打ち合わせに急遽呼ばれ部屋から出ていった。
ひとまずみな椅子に座ったが、重苦しい空気が言葉を奪う。
何も書かれていないテーブルを全員がじっと見つめていた。
いつもはがやがやしている。中学生高校生の女の子が集まれば必然的に五月蠅くなる。
千聖がぼけて、えりかが突っ込んでさらにボケる、それに対して舞がまた突っ込み、恐る恐る愛理が混じって理解不能な発言をし、空気が微妙になったところで栞菜が切れ味鋭く返す。
そんなところに早貴が割り込み半ば口論のような遊びのやり取りにそっと舞美が一言入れ、全員から突っ込まれる。
こんなやりとりを出来なくなっていた。
これからもできないと断言されてしまった。
7人になったことで結束してデビューを目指し、色々なことを乗り越えて、たくさんのものを掴んだと思う。
それなのに一つのきっかけをもとにぼろぼろと築いたものが崩れた。
まだ事実を受け入れられないものの、この先のことを考えたら視界がゆがんだ。
混乱して感情がはっきりしなくても涙は出るのだと知った。
「ちょっと、トイレ。」
椅子を動かす音が煩わしい。
舞美とえりかが心配そうに舞を見ているのが視界に入った。
目を合わせたら、きっと涙が落ちてしまう。
舞は早足で部屋を飛び出した。
廊下を走った。
誰にも顔を見られたくなかった。見られてもごまかせるように涙をこらえた。
ドアを突き破りそうな勢いで個室に入った瞬間にぼろりと大粒の水滴が落ちた。
頬を伝わないようにうつむき目を見開いたおかげで化粧にも大きな影響は出ずに済んだだろう。
ほっとしたが、そのせいで余計に涙があふれてきた。
真っ直ぐ立っているのが苦しくなり壁に頭をつけた。
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/22(火) 09:34
-
「有原は芸能界を辞めて、梅田はハロープロジェクトから出てモデルを目指す。」
無機質な声が耳に残っている。
その時は意味を理解できなくても、見事なほど鮮明に再生できた。
嘘だ、なんで、と、叫びたかった。
壁を叩いて壊してしまいたいくらい、やりきれなかった。
強い衝動を舞は必死に抑えていた。
えりかと栞菜に問い詰めたい気持ちをぐしゃぐしゃに潰した。
同じようにぎゅうと目を閉じて声をあげて泣きたかったけれど、誰が来るかわからない。
舞の予想では一人だけくるかもしれなかった。
顔を合わせたときにあまりひどい顔を見せたくはない。
ティッシュを丁寧に折りたたんで目元を拭いた。
拭いても拭いてもきりがなく涙が出てきたが、入口の戸が開く音がして、
舞は息を殺して気持ちを落ち着かせた。
「舞ちゃん。」
特徴のある声は、全く予想した通りで思わず苦笑してしまった。
「何、千聖。」
「もうちょっとで打ち合わせ始まるってさ。」
いつもは底抜けに明るい声が暗く落ち込んでいた。
個室から出て手を洗う。ちさとは不満そうに口を結んでいたが、結び目はあっさ
りほどけた。
「まだ信じらんないよう。」
「舞もまだ、信じらんない。」
何かの番組のときのようにえりかが嘘なんだよと言ってくれたらと願うもののそ
んなことが有り得ないこともわかっていた。
できることは受け止めることしかない。
「正直、ちさと無理。そりゃパートは問題ないかもしれないけどさぁ。こんなの
おかしいよ。」
ちさとの顔がぎゅっとしかめられる。小さな手もまた握られた。
骨格も肉付きも大人とかけ離れている。
舞は背も他の体のパーツもそれなりに伸び、だからちさとが一層小さく、幼く見
えた。
「そんなこと言ったって仕方ないじゃん。」
「じゃあ舞ちゃんはいいの?」
「舞がどうこうじゃない。二人の意志なんだよ。」
「そんなので舞ちゃんは納得するの?」
「納得してもしなくても変わらないでしょ。舞達は納得するしかないんだよ。」
だだをこねてどうにかなることではないと痛い程に知っている。
与えられた情報以上のことを知ることができないこともだ。
舞もちさとも今はその中にいる。
自分の意志で居る以上は何も口出しできない。
舞はもう自分が無力なのを理解していた。
ちさとは舞に言い返されて、ぐっと体に力が入る。
顔に怒りが浮かんだのがはっきり見てとれた。
「舞ちゃんはさ、どうでもいいんだ!だからそんな冷静なんだよ。」
これを聞き逃せるほど冷静でも大人でもない。
ちさとの八つ当たりとわかっていても、こらえられなかった。
「いいわけないじゃん。舞だって嫌だよ辛いよ。ちさとだけじゃない。舞美ちゃ
んも愛理もなっきぃも。だけどえりかちゃんと栞菜だって辛いんだよ。そんなの
誰も言えるわけないんだよ。なんでわかんないの。」
「わかんないよ!」
ちさとの目には涙が溜まっていた。
いつも笑顔なのに笑っていなかった。
だから今この現状が恨めしかった。
「わかんないよだってちさと子供だもん。言っていいとか悪いとか、なんだよ。
こらえられないよ。」
知ってる、と黙っていた。
綺麗に落ちる涙が純粋で羨ましくなる。
こんなときまで、ちさとの無邪気さが眩しかった。
意地を張って人前で素直に泣けない自分とこうやって気持ちを表せるちさとを比
べて、苦しくなる。
かと言って他のみんなのように沈黙を通すこともできない幼さが疎ましかった。
「もういいよ、いこ。」
手を拭き損ねたハンカチをちさとに差し出した。
お互い無言で目も合わせずに部屋にもどる、途中、ちさとがごめん舞ちゃんと呟
いた。
「いいよ。」
目が真っ赤なちさとは黒いくせにうさぎみたいだった。
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/22(火) 09:35
-
*********
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/22(火) 09:35
-
えりかは最近楽屋に来るのが早くなった。
たまたま舞も早く着いて二人きりになる。
お互いのなんでもないような近況を話して笑い合う。
最初は向かい合って話していたが、舞の表情を読んでえりかが膝を叩いた。
舞は照れくさそうにその膝に座った。
「舞ちゃん本当大きくなったね。」
舞を包む腕は細長くて優しかった。
舞美も細くて優しいのだが、腕の力や雰囲気がえりかの方が柔らかかった。
「昔はこんなだったのに。」
しみじみと言いながら昔の舞の背を、手で水平に切って表した。
「重い?」
「重くないよ、むしろ軽い。千聖より。」
「千聖ちょっと太ったよね。」
「あ、やっぱり?」
はは、と二人で笑うとくっついてる分揺れが大きくなった。
舞の太ももの上で組まれてる手はまるで少女漫画に出てくるような線をしていた。
大きくなったとはいえまだまだ背は低い方だ。
舞はえりかがうらやましかった。
もっと背が高くなりたかった。
そうすれば大人に近づけるようにも思っていた。
「あのときさ。」
キリンの首のようなゆったりした動きでえりかの指が組まれる。
舞の前では舞美もえりかも、舞しか気づかないくらいだが、穏やかだった。
「千聖とケンカしたでしょ。」
あのとき、がいつを指すのか見当がつき、同時にえりかの鋭さに驚かされる。
「なんでわかるの?」
あのあと楽屋に入って確かにまだ気持ちは引きずっていたが普通にしていたつもりだった。
それに、普通の状態じゃないのは、みんな同じだったのだ。
「二人の顔見ればわかるよ。」
「みんな気づいてた?」
「そこまではわかんない。」
発表の直後、他のメンバーを気にかける余裕は、おそらく誰も持てなかっただろう。
だがえりかはもともとの性分のせいか自分が当事者の所為かしっかりと見ていた。
どこまで、人のこと見てるんだろう。
舞は泣きたくなった。
えりかの温度を、そしてこれからそれを失っていくことを惜しく思った。
それでも泣くわけにはいかなかったし何より泣きたくはなかった。
もうえりかの前で、いや、誰の前でも泣きたくなかった。
急に黙った舞の頭をえりかが撫でる。
舞は子供扱いされるのが嫌いなのを絵里かは知っており、今までそう扱ったことなんかなかった。
そう気遣われているのも舞は気づいていた。
それがどういうことを表しているのかも、よく知っていた。
だから、今撫でられて余計泣きたくなるのだ。
「舞ちゃんは大人だよね。」
たくさんの人から言われる言葉であったがえりかに言われるのは重みが違った。
「子供だよ。」
「いや、大人だよ。考えてることがうちなんかよりずっと大人。」
えりかはしみじみと言った。
「大人だったら千聖とケンカしないよ。」
あのときえりかや舞美や愛理だったら喧嘩にはならなかっただろう。
何も言わないか、穏やかに収めるか、どちらかだ。
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/22(火) 09:35
-
「舞ちゃんはしっかりしてるからぶつかるだけだよ。黙ってるのが大人ってわけじゃないと思う。すごい色んなこと考えてちゃんと言葉にできるって必要だと思うんだ。」
うちは、できない。そうえりかは言った。
この一言だけがやけに重く、たくさんの後悔が詰まっているようだった。
舞はえりかに憧れていたからその重さに驚いた。
自分の目指したものを持っている人が、満足してないどころか苦しんでいる。
えりかの悩みにはじめてきちんと触れたような気がした。
「えりかちゃんはやさしいからだよ。」
「気が弱いだけだよ。」
「違う。絶対違う。」
気が弱いだけではあんなに優しい目でメンバーを見守ることはできない。
気が弱いだけでは他のメンバーの些細な変化に気づかない。
気が弱いだけでは人の気持ちを考えられない。
何より、気が弱いだけでは、こんな風に舞と接しない。
そう叫びたかった。
もう一緒にいる時間が限られて、残されていないことに胸が焼ける。
失うことを考えて初めて、えりかのことをこんなに大事だと気がついた。
知っていた、つもりだったのだ。
ああ、と気がついた時には遅く、舞の目から涙が落ちた。
運悪くえりかの左手に落ちてしまった。
えりかは撫でるのをやめて両腕で舞を抱きしめた。
えりかの方が体が大きく小さな舞を包み込む形となった。
「泣かないって決めたのに。」
トイレにこもった時のようには泣けなかった。
水の筋が一つできるとどんどん涙が流れて行った。
泣くのをこらえたせいか止まらなかった。
「舞ちゃんはさ、まだ子供でいていいと思うよ。」
そう言ったってそうできないとは思うけど。
誰も言わないけれど、どこかでみんな思っていた。
「うちはいなくなるけど、みんないる。大丈夫。みんなで泣いて笑って進んでいってよ。」
そしてさ、舞美を支えてあげて、結構弱いから、さ。
えりかの言葉に目の周りがもっと熱くなる。熱を逃がすために涙が出るんだろうか、と舞は思った。
舞美が日に日にしっかりしていくのを舞は気づいていた。
それがどうしてかもわかっている。
しゃんとした背筋も、結構泣き虫のくせに涙をこらえていることも、
天然だとからかう裏では本当に尊敬している。
ああなりたいと、強くなりたいと、思った。
もし自分がその役目だったら泣いていたかもしれない。
舞美は泣かなくなった。表情が変わってきた。
背負うものは重くなっているのにどんどん弱さを見せなくなった。
どういうことかわからないわけがない。
「舞ちゃんならできる、っていうか、舞ちゃんにしかできない。うちはもうできないから。」
「えりかちゃんっ。」
舞はえりかの腕にしがみつき、えりかの名前を何度も呼んで泣いた。
そのたびにえりかはうんと答えて舞の頭を撫でた。
舞が泣きやむまでずっとずっと撫で続けた。
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/22(火) 09:36
-
しばらくして落ち着くと少し気恥ずかしくて、舞はえりかの顔を見れなかった。
見えないけれどきっと微笑んでいるんだろう。
穏やかに、穏やかに、遠くを見ている顔を舞は思い浮かべた。
「えりかちゃんの頼みだから聞いてあげる。」
偉そうな口調で言ってみるとえりかはくっくっと笑った。
震動が舞にも伝わる。
「頼むね。」
「うん。」
二人でふふ、と笑い合う。
泣いたせいかすごくすっきりとした気分だ。
「喉乾いたね。飲み物買ってくる。」
回していた腕を解いたので舞が立ち上がると、えりかは長時間舞を乗せて座っていたためによれよれと立ち上がる。
「ちょっと、だいじょーぶー?」
「おお、歳でのう。」
いつぞややったおばあさん役のように見えないつえをつきながらよたよたと歩く。
舞はその後ろ姿をげらげらとお腹を押さえて笑った。
財布を腰を曲げたまま取りその格好のままでていった。
さすがに帰ってくるときには普通に戻っていたが。
「はい。」
冷たい缶のジュースを手渡し、今度は舞とは違う椅子に座った。
「ありがと。」
「目、冷やしなよ。」
えりかはプシュ、と缶を開けて口をつけ、舞に手渡した。
「ごめん、ありがとう。」
「いえいえ。」
泣いて喉が渇いていた。自分の分は冷やすためだけに買ってきたのだろう。
ああ、こういうところからもう甘いのだ。舞は優しくされたのに地団太を踏みたくなる。
この優しさを、いつか、舞美に返そう。
わざと大量に飲んでからえりかに返すと、受け取った量の少なさにえりかは文句をつけた。
「ほとんどないじゃん!」
「んー。」
舞はそっぽを向いて目を冷やす。
返した時盗み見たえりかの目が少し赤いのは、見なかったふりをしよう。
舞美に優しさを返す前にえりかに缶ジュースを買って返そうと思った。
とびきり冷たいといい、と思考を目の熱と一緒に缶に流した。
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/22(火) 09:37
- 終わりです
- 117 名前:三拍子 投稿日:2009/09/22(火) 11:32
- 更新お疲れ様です!!
近況としては同じくな感じです‥‥(>_<)
私はもうすぐ今書いているのが完結するので、それまでは頑張ろうと思います。
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2016/01/03(日) 22:13
- スレ容量が増えたと言うことなので、投げどころの失った書下ろしを落としていきます。
全員男になってますので苦手な方はご注意ください。
勝田君と中西君の話です。
- 119 名前:おとなのとちゅう 投稿日:2016/01/03(日) 22:15
- 大人になった時、里奈は僕を思い出すかな。
高校時代にぽつりと言われた言葉を里奈は時々思い出す。
大人になったわけでも、言った本人が遠くに行ったわけでもない。
駅のホームでひとり、ベンチに腰かけて、里奈は足をぶらぶらさせながら、
改札を抜けるカップルを眺めていた。
カップルを見ると最近はすぐに香菜が浮かんでくるようになっていた。
さっきの言葉は香菜の言葉だ。香菜には最近彼女ができた。
彼女がいる男友達なんてたくさんいる。自分もそうだし、街にも溢れている。
香菜に彼女ができることも当然ふつうのことである、と、
里奈は自分を納得させようと何度も試みているが、うまくいった試しはない。
自分の中のもう一人の自分、おそらくは高校時代の自分が、だって香菜は、といつも反論する。
3年程前、里奈と香菜は身体を重ねた。
- 120 名前:おとなのとちゅう 投稿日:2016/01/03(日) 22:16
-
香菜は実家の大阪から離れ、一人でアパートに暮らしていた。
里奈はよく香菜の家に遊びに行っては泊まっていた。
もちろん、普通の友人として接していたし、普通の友人として泊まっていた。
その日もいつものように香菜の家でテレビを見ながら他愛もない話をして、
いつものように寝ようということになった。
里奈は、大学生になってこのころのことを考えると、なんて健全なのだろうと思う。
はしゃいで夜更かしをしたのなんて最初の何回かであり、その後は夜になるとちゃんと眠っていた。
電気を消して敷かれた客用布団に潜り込むと、香菜が突入してくる。
お腹のあたりくすぐられたりして、やめろなんて笑いあった。
香菜は夜が苦手だった。
ひとりで寝るのは寂しいとよく漏らしていた。
そのせいか変な噂をささやかれていた。
里奈は疑わしいことも目にしている。
たとえばおそらく相手と思われる人からのなんともいえない視線を受けたり、香菜の頬が上気しているところを見たり。
それでいて里奈は判断を放棄していた。
香菜は香菜だ。
そうやって目の前の彼を受け入れていた。
何が悪かったのだろう。
何がきっかけだったのだろう。
里奈にはわからないが、香菜には何か、その日特別なことがあったのかもしれない。
だから少し違う道を、二人は進んでしまった。
里奈をくすぐった後に香菜は里奈を抱きしめた。
一瞬静寂があり、里奈が違和感を覚える前に、香菜は里奈の上に乗る。
里奈は、飼っているペットのようだと少し思った。
寝転がっていると上に乗ってじゃれてくる。
異なる点といえば、目。
暗い世界、目が慣れるまでに時間がかかる、それでも香菜の目によく研いだ刃物みたいな光を感じる。
現場は認識まで。理解はできない。
情報が足りない。いや足りている。
読み損なってしまっただけだった。
里奈の頭の中はエラーを起こしていて、だから香菜の口が動いたのはわかったけれど、何を言ったのか読み取ることはできなかった。
華奢な香菜からは信じられないような力と素早さで里奈のズボンと下着が脱がされる。
抵抗して動いたものの手伝っただけになってしまった。
半分だけ脱がされたせいで大事な部分が現れ、足は暴れられないように固定されている。
十分とは言えない隙間に香菜は頭をねじ込み、足を押さえつけて、咥えた。
里奈は、殴ろうと思えば殴れたものの、友達を殴るなんてできない。
戸惑っているうちに抵抗する機会も失ってしまった。
暗闇の中に水の音と、慣れない感触が点在して、なぜか背筋のあたりがざわざわする。
手で顔を覆っていた。
何がどうなってんだ。理解はできても受け入れられない現実を目の当たりにする気力はなかった。
自身の変化に伴って香菜の動きは変わっていった。
慣れない刺激と、手慣れた香菜の動きに、心と体は分離して、里奈はあっけなく果てた。
- 121 名前:おとなのとちゅう 投稿日:2016/01/03(日) 22:16
-
里奈がぼんやりとしている間にも香菜は手を休めない。
もはや無抵抗で刺激を受け入れると再び硬度を取り戻し、目も暗闇に慣れてきていた。
香菜は何か準備しており、それが何かわかって
いながら里奈は動こうとしなかった。
それは越えてはいけない一線でも、もういいのだと、諦めていた。
香菜が上に乗ってコトは始まる。
どんな風に動いているか見える感じる。
長めの前髪が顔を隠している。
白い肌が上下する。暗くても動いていてもそれが綺麗なのはわかったし、頬の皮膚の感じを考えれば見なくてもわかる。
女の子との差異は感じていたけれどどうでもよいことだと思った。
香菜が、声を噛み殺していたから。
香菜は香菜なのだから、声を出したって里奈は大きく変わりはしない。
気を遣っている。気の遣い方を心得ているほうが、少しショックだ。
そんな気持ちとはうらはらに動いているから乱れているのではない呼吸に、里奈はくらくらする。
冷静な部分で香菜を見て、理性の崩壊した部分が反応する。
触りたい気持ちを抑えてただ香菜が揺れるのを見ていた。
香菜の動きが大きくなり、里奈は抑えきれなくなった。
そうして二人はほぼ同時に果てた。
- 122 名前:おとなのとちゅう 投稿日:2016/01/03(日) 22:16
-
崩れた関係のまま、里奈は相変わらず友達として香菜の家に泊まり、友達でない営みを行った。
だからといって学校では何も変わらない。
ふたりで遊ぶ回数が増えたわけでもない。
香菜の噂は相変わらずであった。
そうしてあっという間に受験を迎えた。
香菜と里奈の学力はそこそこに異なっていて、お互いが進路を縛るようなこともなかった。
だからいま、同じ県内の別の大学に通っている。
以前より会う回数は減った、とはいえ、月に3、4回は遊ぶ仲である。
今日もこうして駅のホームにいるのは、待ち合わせに遅れてくる香菜を待っているためである。
香菜はサークルに入った、バイトもしている。
里奈はアルバイトと、時々は学科の友人と遊んだり、飲みに行っている。
違う環境にいれば知らないことも増えた。
2年生になって、いつものように香菜とただぶらぶらしていると、急に、香菜が言った。
「彼女できた。」
里奈は、咄嗟におめでとう、と答えた。
後で考えるとファインプレイだった。
それから、少し照れた香菜に、きもっ、と投げた。
香菜が反論するのも、里奈は話半分に流す。というよりか、それ以上の反応ができなかった。
香菜の隣に知らない女の子を勝手に浮かべて、言葉がなくなりそうになる自分を飲み込んで、あれこれ聞いてみた。
同じサークルの後輩、歌がうまいんだ、向こうから告白された、エトセトラエトセトラ。
良い映画に出会った時みたいに香菜はよく喋った。
寂しいと嘆いていたあの日の影が薄れていくことに、里奈は素直に喜んで、同時に少し寂しくなる。
悲しいわけではなかった。ただ、やっぱり寂しかった。
- 123 名前:おとなのとちゅう 投稿日:2016/01/03(日) 22:17
-
何度目のことだろう、最初よりはより自然なかたちで行為をするようになった頃、
香菜はベランダのカーテンを少し開けて月の光を浴びていた。
冷えるよ、と里奈がタオルをかけると、ふいに香菜は、大人になった時、里奈は僕を思い出すかな、と呟いた。
ぽつんと宙に浮いたような台詞だったけれど、それがいつも考えていることなのだと里奈はすぐわかったし、
おそらく正解と思われる答えもすぐに浮かんだ。
だけど、それが二人の関係に対しては正解でないこともすぐに察して、わざとふざけたように、何言ってんだよ、と笑った。
「大人になっても変わんないから、忘れるとかないよ。」
香菜は、なんだか難しい顔になる。
「そうかな。」
「そうだよ。」
香菜は、肩のタオルが落ちそうな勢いで里奈に飛び込む。
大人になっても友達でいて、みたいな、そんなことを言った、ような気がする。
そこにはもうふざけた空気が混じっていたから、里奈は安心してきもいきもいと香菜を押しやった。
嘘じゃない。きっと、同じような距離感でいるんだろう。
こうやって肌を重ねていることだけが二人の関係の異物なのだ。
香菜が里奈に好きということはなかった。
里奈が香菜に好きということもなかった。
お互い、恋愛関係ではないのだ。
香菜が寂しいのも、こうして満たされないのも、里奈がどうにかできる問題ではない。
香菜は、わかっているのだろうか。おそらく気づいている。
だから矛先が自分に向いているのを、里奈は知っている。
- 124 名前:おとなのとちゅう 投稿日:2016/01/03(日) 22:17
-
ベンチで自分の靴を眺める。
気に入って買った靴だ。結構高かった。
よく見るとちょっと汚れているから家に帰ったらおとさなければ。
里奈がそんなことを考えていると
運動神経の悪そうな足音が迫ってくる。
「ごめん、遅くなった。」
運動による呼吸の乱れはこういう感じ、そうそう。
「おせーよ。」
笑って言うと香菜もへらりと笑う。
「出る直前になってお腹痛くなっちゃって。」
「牛乳?」
「そう!あたり!なんでわかったの?」
「前もあったよね。」
「あったあった。」
もう、忘れてよ、と苦笑いするうちに電車が到着する。
どこに行くかも決めずにとりあえず乗り込む。都心にむかえば間違いがない。
「夏休み実家帰るの?」
「帰る。里奈もくる?」
「なんでだよ。」
「里奈君こないのって催促されてるんだけど。」
「ほんと?」
「ほんとほんと。待ちわびてるよ。」
「じゃあお邪魔しようかな。」
「ついでにたけにも会おう。」
たけ、というのは高校の頃里奈と香菜とつるんでいた竹内朱莉のことだ。
だいたいいつも3人でいたが、朱莉だけは野球部で忙しかった。
朱莉は高校卒業後、急に大阪に行くとして飛び出していった。
里奈と香菜でたこやきが地元戻るのかよとからかったことがある。
丸っこくて小さくて、明るくて女子に人気であったが、本命の彼女に夢中で他の女子には目もくれなかった。
たけ、元気かな。元気でしょゼッタイ。
ふと会話が途切れた瞬間、香菜は電車の外を見ながらぼんやりとしていて、
里奈はその目の上で移り変わる外の景色を見ていた。
香菜、たけのこと好きだったよね。
電車と同じ速度で流れる景色に、言えない言葉を流した。
- 125 名前:おとなのとちゅう 投稿日:2016/01/03(日) 22:18
-
正直言うなら、もしかして俺のことを好きなのかと思った。
違うとわかっていながら万が一の可能性のことをいつも考えていた。
香菜の記憶の中に一番にいるのは俺じゃない。
だから、もしかして大人になって俺を忘れるのは香菜のほうかもしれない。
俺の方から忘れることって、色々衝撃的すぎて無理だけど、
そんなことはうっかり言えば喜びそうだし、謝ってもきそうだから、言ってやらない。
「里奈?」
「ぼーっとしてた。」
「起きてる?」
「起きとるわ。」
里奈が横っ腹を軽くどつくと大げさに痛がるところに大阪人の血を感じる。
こういうの、高校の頃から変わらない。
朱莉と久しぶりに会っても、きっとあの頃と同じような空気が流れるのだろう。
それでいて少しずつ関係は変わっていくのだ
気付いているのかな、気づかないかな。
香菜、どんな顔で朱莉に会うのだろう。
里奈の想像する中では、あの頃と同じような甘酸っぱい気持ちを浮かべて笑いあっている。
同じで違う。
違って同じ。
もっと大人になっても、それは変わらないよ。
忘れるような距離にはいない。
里奈は、あの頃の香菜にそっと答えを返した。
- 126 名前:おとなのとちゅう 投稿日:2016/01/03(日) 22:18
-
おわり
- 127 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:44
- おにごっこするひと、このゆびとーまれっ
昔はよくみんなで公園に集まって遊んでいた。
ジャンケンの弱い子がよく鬼になっては
足の早い子を捕まえられなくて遅い時間まで遊んでいたことを思い出す。
よく転んだ子。すぐに捕まえられる子。足が早くてすぐに逃げちゃう子。
いろんな子がいて、ほぼ毎日みんなと一緒にいた気がする。
小さいことでのケンカはよくあったけど、仲が悪くなるようなことは無かった。
みんな笑顔で、毎日が楽しくて。
時間になると少しだけ寂しくなることがいつもだった。
そう、決まっていつもこんな夕暮れ時。
時間がきては、また明日ねと言い合っていた。
- 128 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:44
- 運動が苦手なはるなんを助けるのが彩の役目だった。
反対に、色んなことを知っているはるなんは彩にたくさん、例えば漫画の読み方だとか、おしゃれだとか、教えてくれた。
身長と体重はほとんど同じで、二人で帰る時にできる影なんかよく似ていて双子みたいだね、と笑った。
美術も好きで遊びに行く時はよく美術館に行った。
彩が話すのをうんうんと頷き、そうだね、ここの色素敵だね、と指をさして話すのが楽しい。
3軒向こうの飯窪春菜ちゃん、はるなんと、彩は小さい頃からずっと仲が良くて、高校生になった今も一緒に学校に通ってる。
- 129 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:45
- 基本的には二人で、でもはるなんは人気者だから他の人と一緒の時もある。
彩も出席番号が近かった憂佳ちゃんと仲良くなった。
憂佳ちゃんははるなんとは違う綺麗さを持っていてどれだけ見ていても飽きない。
たまに、見過ぎだよ、って照れて笑うのが可愛い。
憂佳ちゃんにはるなんのことを話す。
小さい頃からずっと一緒、買い物も一緒でお互いに服を合わせあって、美術館もそう。
憂佳ちゃんは、そんな気の合う幼なじみがいていいなぁ、と言ってから、
憂佳ちゃんの幼なじみの花音ちゃん(どうやら隣のクラスらしい)のことを教えてくれた。
二人が仲良くなったのは小学校、今みたいに席が近かったらしい。
前後ではなかったけれど隣の席で小さな花音ちゃんが可愛くてたまらないこと、
それが今もそのまま続いていることを、きれいな顔をくしゃっとさせながら話した。
学年の最初って名前順になってしまうから、同じクラスになれてもはるなんとは絶対に近くならない。
はるなんの「い」、彩の「わ」。
出席番号が「た」から始まったっていいと思う。
そんなことを考えているとはるなんは後ろの席の、憂佳ちゃんとちょっと似てる子と楽しそうに話していた。
はるなんは、彩とは対照的で社交的。
どんな人とも打ち解けて楽しそうにしゃべってる。
小さい頃からずっとそう。
人見知りの彩が話せないから、最初ははるなんが話しかけて、それで彩とも仲良くなる。
彩もはるなんと話したいな。帰り道までのお楽しみにとっておこう。
「あゆみんっていうんだよ。」
ふふ、とはるなんが笑う。笑い方が上品。
同じくらいの背丈の影が二つならんで歩く。細さもほとんど一緒。
あゆみちゃんは、はるなんと比べるとずいぶん背が低い。
二人の影を並べるのを想像したら、目の前の影の方がきっと綺麗。
あゆみちゃんはダンス部に入ったとか、彩も仲良くなった憂佳ちゃんの話をした。
でもそれより、今度の日曜日の美術館の話をしたかった。
今までは西洋絵画ばかり見てきたけど最近は仏像も綺麗だって気が付いて、次は仏像を見に行く。
「はるなん、日曜日どうする?」
「11時くらいに出て美術館近くでご飯食べよっか。」
「うん。楽しみだね!」
「そうだね。」
はるなんの声はやわらかい。上質なクラシック音楽のヴァイオリンのような。
ちょっと甲高いところもぴったり。そんな発見に胸が躍る。
はるなんのことこんな風にたとえられるなんて他の人にはできない。
あゆみちゃんの知らないこともたくさん知ってる。
だから、美術館の約束だって本当はもどかしい。
約束なんかしなくても一緒に足を向けたいし、食べるものも着るものも一緒がいいの。
まるで鏡のように。言葉を交わさなくても意思疎通ができたら素敵。
一つになれたら簡単なのかな。はるなんとならそんなこともできてしまいそうな気がするし、
そうなりたいと小さな頃から思ってる。
最近は前より強く願うようになった。
一つになるにはどうしたらいいんだろう。
きっと憂佳ちゃんは知らない。学校の先生も知らない。お母さんもお父さんも、はるなんも。
神と人間となら融合は可能かもしれないけど彩とはるなんは人間なのだ。
別の個体に生まれてしまったからこんなことになってる。
はるなんと十字路でバイバイしてから一人で考えながら、
いつまでも前にある自分の影を踏んで歩いた。
彩の一部なのにどれだけ近づいても一緒になることはない。
夕暮れの影はひょろんと伸びて頭はずっと先。
- 130 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:47
- 元はきっと一つだったのに二つに分けられてしまうのはまるで人間の雌雄みたい。
欠けてしまったものを埋めるようにお互いを求めると聞いたことがあるけど、彩とはるなんは違う。
欠けてしまったんじゃない。だからそれを求めるんじゃない。
鏡あわせの世界が同時に存在してしまっただけ。
お互いに手を差し出して重ねあえば一つになれそうなのに、鏡越しだから結局できない。
元が一つなら、一つになるのが自然だと思う。
どうしたらいいのだろう、そう考えていたらテレビでは過去の犯罪特集が流れて、
恋人を食べてしまう人の話を非道だと出演者みんなで罵っていた。
ご飯時には相応しくない内容だったからお母さんは顔を顰めている。
以前の彩だったら同じようにしていたんだろうけど、天啓が落ちてきたような、
すとんとくるアイディアに思わず箸を止めた。
「彼は『恋人と一つになりたい』と供述した。」
ざわざわどよめくはこの中は滑稽に見える。
一つになりたいなら一つになればいいの。
とても質素で美しい答え。
- 131 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:48
- 彼女が彩の血となり肉となれば体は一つに重なり、自然と思考も重なっていく。
いや最初から思考は一つなんだ。
ベッドの中で目を閉じて、鏡の中の彼女と手を合わせたら掌から境目が溶けて混じり合う。
2が1になる。
鏡を使ってもきっとそんなことは起きやしない。現実には現実の方法があり、彩はもうそれを知ってる。
眠れないくらい幸せになって、それでも明日ははるなんと美術館に行くから弾む心を静かにさせて眠った。
- 132 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:48
- 嬉しい気持ちは一晩では収まらずに一緒に絵画を見てる間はしゃぎすぎちゃった。
はるなんは、今日はいつもよりテンション高いねと微笑んでいる。
嬉しいよ。ずっと悩んでいたこと叶う方法が見つかって。
早くはるなんに伝えたいけど、こんなに人がいるところじゃいけない。
ふふ、と笑うと、なーに?教えてよ。って。
仕方ないなあ。美術館をするりと抜け出て、小さなカフェに入った。
全てを伝え終える頃にははるなんの顔は真っ青になっていた。
突然こんな提案をされたなら当たり前かもしれない。
でもよく理解してもらえればはるなんも喜ぶと思った。
閉口して沈黙にはならず、あやはわかってもらいたくて話し続けたけど、ますます血の気が引いていくだけだった。
こんなはるなんを見るのは初めて。貧血を起こしたみたいに余裕のない色。
震える唇から漏れるのはヴィオラの音色。
「あのね、あやちゃん。私を食べても一つにはならないと思、う。」
「どうして?」
「例えばね…。」
私たちは日々お肉や野菜食べて生きていて、それなのに豚や牛とは同じ思考にはならない。
だいたいそんなことを、はるなんは、桃を剥くときのような丁寧さで話した。
「動物と人間は違うよ。人間は言葉で考えたり感じたりできるもの。」
「そうだね。だけど、私を食べるまでに、私は死ななきゃ、死ぬことになる。
そしたらもうスーパーで売られてる精肉と同じだと思うの。」
「そんなこと。」
「あやちゃんが重ねたいのが私との思考や感性なら、それを残したまま食べるのがいいけど、
そうすると私は痛みに苦しみながら食べられることになるよ。痛い苦しいしかきっと残らない。」
半分以上納得いかないけれど、はるなんが言うのならそうなのかもしれない。
負の感情が膨らんだまま重なることは彩も避けたいところ。
ならどうすればいいの。
せっかく掴みかけたものが手の中からするする抜けていくのは惜しい。
はるなんは、一息ついて、紅茶を一口背筋を張ったまま含んだ。
「人間だから重なることは、多分できないと思う。でも思考を近づけることはできる、と、思う。」
「どうやって?」
同じものを食べて同じものを見て、だけど彩とはるなんは別の個体だから全く同じなんて不可能。
異なる世界が増えてきたから余計、焦りもある。
はるなんは筆を手にキャンバスに向う画家のような厳重な空気を背負った。
「秘密を作るの。二人だけの秘密。できるだけ重いものを。」
- 133 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:49
-
*************
- 134 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:50
- 帰り道、彩は憂佳ちゃんをおんぶして歩いている。
ちょっと揺すったくらいでは起きない。
意識がない人間はこんなにも重たいんだっけ。
幼い頃に背負った妹が、寝付いた途端急に重くなったことを思い出した。
憂佳ちゃんは、今の妹より少し重たいくらいで、接してるところから肉付きの薄さを感じる。
しっかりついてるところもあって、今はその部分が少し疎ましいけれど、
そういうところも含めて憂佳ちゃんは綺麗。
背中が温かい、それどころか暑いくらい。
じんわり汗をかきながら初夏に差し掛かる夕暮れの道を歩いた。
この体温がなくなったならどうなるんだろう。
絵画にも仏像にも体温はない。
血液の巡り、体温、呼吸、そういったものは、嫌いではないけれど、
きっと「美」には必要なくて、これらを取り除いたなら理想に近づくのでないだろうか。
言い出したのははるなんで、やっぱりはるなんは彩のことをよくわかっている。
「美」の保存、そして秘密の共有、一度に二つ手に入る。
秘密を作ることがどうして重なることになるのか、はるなんが言うにはこう。
共有の秘密を持つこと、それが重ければ重いほど関係は深くなる。
悪いことなら罪悪感で常に秘密に心を寄せるし、秘密がばれないように一緒に考えるようになる。
同じ目的に向かっていれば思考が重なり、行動も自然と似てくる。
なるほど、と思った。
「二人きりで、ね。お母さんにもお父さんにも内緒。」
「わかった。それで、どうする?」
「どうしようか。」
はるなんは特に考えていたわけではなかったらしい。
でもすぐに閃いたように目を開いた。
仏陀が悟った時ってこんな風なのかな。
「あの、前田さん。」
「憂佳ちゃん?」
「そう。前田さん好きだよね。」
「うん!」
「前田さんのどこが好き?」
憂佳ちゃんの顔や空気、指先と、すらりとした長い足を思い出した。
「綺麗なところ。」
「それを永遠にできたら、って思わない?」
永遠。それは例えば彫刻や仏像のようなものだろうか。
1000年以上昔のものが今でも美しいまま保存されている。
「すごいね。」
「そうするのはどうかな。」
冷凍保存、ホルマリン漬け、ミイラ化、琥珀にしてしまう、などなど。
いろいろあるよ、と言った。
「美しいまま残しておくの。」
「それは。」
「私と秘密も持てる。美しいものを私たちだけで共有できる。どうかな。」
「それ、すごく素敵。」
さすがのはるなんだ。
いつでも的確に彩の望みを差し出してくれる。
憂佳ちゃんが今のままずっと。
美しさが永遠に続く。
酔ってしまいそうなお話に胸が踊った。
そうして次の日から彩とはるなんの秘密の作戦会議を重ねた。
- 135 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:51
- 憂佳ちゃんを眠らせて廃屋になった工場に連れて行く、これは彩のすること。
工場に人がいないこと、使われてないこと、冷凍室があるか使えるかを調べること、
眠らせる薬の調達、これらははるなんのすること。
眠らせたまま凍らせてしまえば安らかな顔のまま、とはるなんが言った。
低温で遺体を保管すると、蝋化してきれいなま保存できる、
あるいは、氷の中に閉じ込めてしまうのがいいのではないか。
そんなことをはるなんは言った。
処理の詳細は自分が調べて、それからあやちゃんが選べばいい、とも付け加えた。
下準備ははるなんが全てやってくれた。
何日か挙げた候補日は、近所の夏祭りの日。
みんなそっちに行けば工場あたりには人がいなくなるだろうことと、
憂佳ちゃんの帰りが遅くても不審じゃないという理由かららしい。
大事な薬を飲ませるのは彩の役割。
憂佳ちゃんが頭痛持ちなのは知っている。
この日に都合よく頭痛が起こるかわからなかったものの、幸いにして計画通りになった。
頭が痛いと言う憂佳ちゃんに、これ効くらしいよ、と渡すのは簡単なことだったし、
憂佳ちゃんはなんの疑いもなくそれを飲んだ。
30分くらいしてから憂佳ちゃんは倒れるようにして眠った。
憂佳ちゃんが軽い方とはいえ力が抜けた人間を運ぶのはなかなか難しい。
ちょっと揺すったくらいじゃ目覚める気配もなく、きっとこの作戦はうまくいく。
だってはるなんが考えた作戦だもの。
汗だくになって、なんとかして町外れの工場まできた。もうあたりは暗く、人気もない。
街灯だけが彩と憂佳ちゃんを照らしている。
はるなんにはもう連絡をとっていた。
先に冷凍室の電源を入れて、彩達が中に入ったら外で見張りをしてくれると言っていた。
埃をかぶったドアノブを捻り、錆びたドアを慎重にあける。
真っ暗な中を小さな懐中電灯の灯りを頼りに進む。
下調べの時とはずっと違う空気は喉にかかり、呼吸しにくい。
普通に歩くよりずっと負担がかかっているからなおさら疎ましく思った。
ざりざりと埃と砂を踏みながら進む。
背中にあるものが重たくて、足をとられるととても歩きにくかった。
奥の冷凍室は、うう、と唸るように鎮座していた。
不快な空気、耳障りな音。暗闇が彩達を拒否するのが不愉快でも仕方が無い。
すぐに終えてしまおう、そして、森の奥に埋める。凍らせてしまう。
どれにしよう、どれでもいい、闇の中で目を閉じて想像をする。
どれくらいか待てば完成する。イメージすれば早送りでそれが出来上がって行く。
今この時は一瞬。完成したなら永遠。
そう考えたらこの空気も耐えられる気がした。
目を開けるとだいぶ暗闇に慣れたみたいで明かりがなくても世界の輪郭がわかる。
扉を、じわりと汗ばんだ手で開けた。
- 136 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:51
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- 137 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:52
- この薬は強いから簡単には目が覚めないと思う。
だけど、どのくらいの効果かは試せないから、目が覚めてしまうことも覚悟してね。
目が覚めてしまったらわたしに連絡をして。
はるなんは、薬をくれたときにそう言っていた。
どこからどうやって手に入れたかもわからない、よくわからない薬。
予備のもう1錠は3cm角くらいの小さなビニール袋に入っている。
暗い世界に透かしてみたら、月のように白い円が浮かぶ。
この小さな1錠でそんなにうまくいくのかな、と思ったけど、
いざ使ってみるとびっくりするくらいしっかり効いた。
とはいえ、なにもかもがすんなりいくわけではないみたい。
冷凍室に憂佳ちゃんを横たえて、彩は冷凍室の扉の前で座っている。
ううう、と一定のノイズで機器は唸り続けている。
憂佳ちゃんを中に入れたとき、ひどいカビのにおいと、それを抑えつける冷たい空気とを感じた。
おんぼろでもちゃんと動くんだ、と、にわかに感心して、慌てずに急いで、ゆっくり静かに憂佳ちゃんを置いた。
そのときに触れた床の冷たさで憂佳ちゃんは起きてしまうかと思ったけれど、大丈夫だった。
起きてしまったときのために多少拘束しておいたほうがいいよ、と、はるなんが言っていたから、
はるなんが準備してくれていた小さな明かりを頼りに、
暴れても食い込みにくいような布を手首と足首に巻いておいた。
変な姿勢で固まると困るが仕方がない。
ある程度のところで妥協することにした。
この中にちょっとでも長く居れば、肌の表面から冷たさが染みてきそうで、
それと、冷凍室は外側から開けられるけど内側からは開けられないから、
早く外に出て扉を閉めなければ冷気が逃げてしまうので、
少しの間憂佳ちゃんの様子を観察した後はすぐに外に出た。
このままちゃんと眠っていてくれるだろうか。
起きてしまってはいけない。眠ったままの、安らかな顔でなきゃいけない。
彩は中で物音がしてしまわないか、ずうっと扉の前で聞き耳を立てていた。
暗い汚い中でじっとしているのは苦痛だったけど、それ以上にこの計画の失敗が嫌だった。
眠くなったりすることはなく、なんとなくギラギラした目で、
隙間から入り込んだ街灯の光に照らされた埃の塊を見つめていた。
どれくらいの時間が経ったのかわからない。
携帯を見る気分にもならない。
少しの強い光が研ぎ澄まされた感覚を破壊してしまう気がしたから。
外が暗くなってしまえば、周りの環境から時間の経過を把握することは困難だった。
遠くの、更に遠くの道路を幾つか車が走っていく音を数えたりしてみたけど、数える道具がなく、ただただ他は静かな状況では、何か数えることも難しいものだった。
ただ、すこしだけお腹が空いて、こんなときでもお腹は減るんだ、という感想を持った。
集中が反れたとき、背中から物音がした、気がした。
耳を澄ます。蝉の声が邪魔。遠くの方で車がまた一台走りさる音がする。
そうじゃないの、そこじゃなくて、目を閉じて、心の目で冷凍庫の中を覗き込むように。
そうしたらやっぱり中から音がするので、ポケットから携帯電話を取り出して、
目を細く細くして、はるなんに連絡をした。
返事はすぐに来た。予備で再度眠らせようとのことだった。
それなら冷凍室に入るね、と返して、その後の返事を待つことなく、彩はつんと尖った空気を覚悟して扉を開けた。
- 138 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:54
- 憂佳ちゃんは、縛られたまま起き上がり、状況を把握できない様子で、
寝ぼけ眼できょろきょろと周りを見渡している。
薬が強くてくらくらするんだろうか、頭が揺れている。
固定された手で何度か顔をこすり、肌寒さに身震いをしている。
彩と憂佳ちゃんの間にある小さな明かりに照らされている範囲がここでのすべてのように思えた。
彩から憂佳ちゃんの顔が微かに照らされているように、
憂佳ちゃんから彩の顔も微かに照らされているんでしょう。
暗いからなのか、寒いからなのか、血色の悪い唇が、意図しない震えを混じらせながら動く。
「彩花ちゃん?」
声が擦れている。息が白い。夏なのに冬だ、と、少し思った。
「起きちゃったの?」
彩の声も、久しぶりに声を出したせいで擦れていた。
「起きちゃった、って、どういうこと。ここ、どこ。」
困惑、怒り、疑惑、恐怖。その声はどれを含んでいるの。それともすべてなの。
聞いたことがないような強さの声だった。でも、なんだかすごく弱い。
起きてしまったらどうするの?という相談をしたとき、はるなんは、適当に誤魔化して予備の薬を飲ませたらよいと言っていた。
誤魔化すといっても、彩、そういうことは得意ではないし、と言ったら、無理やりにでも飲ませる方法を教えてくれた。
ではそれをいざできるかと言ったら、薬が手のひらに載って、目の前に憂佳ちゃんがいて、とてもできそうになかった。
無理やりに押し込むということが嫌なのか、失敗する可能性を考えて嫌なのか、わからないけれど。
憂佳ちゃんが何も知らない方がきっと色々とうまくいくだろうことはわかっているが、
できれば理解してほしいと思った。
「憂佳ちゃんの時間を止めたいの。」
彩が口を開くと、しばらく沈黙が流れた。
動かなければ、話さなければ、温度ばかりが気になってしまう。
ああ冷たいな。閉じた唇の表面まで冷たい。
「どういうこと?」
憂佳ちゃんは、メモリ不足のパソコンみたいにタイムラグのある返事をした。
「憂佳ちゃんには今のままでいてほしい。今の、綺麗なままでいてほしい。」
「それって、さ。」
憂佳ちゃんは細くて長い呼吸をする。白い息が、精神状態を表現している。
睫毛の影が顔色を悪くする。
彩は、憂佳ちゃんの表情がわからない。
「ゆうか、死ぬってこと?」
碁石が弾けるような音が聞こえて、憂佳ちゃんの歯が鳴っているのだとわかった。
真っ黒な黒目が真っ直ぐ彩を捕えていた。
「そう。」
同じように真っ直ぐな目で応じたら、憂佳ちゃんの目からつるりと涙が落ちた。
よほど乾燥するのだろうか、顎の下まで落ちる頃には水の粒が肌に溶けていた。
ぼんやりと、綺麗だなと感心した
時が止まったなら笑うことも泣くこともなく、同じ美が永遠に続く。
少しだけ惜しいような気もする。
「死にたくない。」
「死ぬのとは違うよ。」
「同じだよ!」
「違うよ、違う。」
ビリビリとした空気、彩と憂佳ちゃんの声だけが響くから、全く関係のない音がすると、間の悪い訪問者みたいに注目を浴びる。
彩が外に出るために少し開けていた扉がしまってしまったようだった。
「何今の。」
「扉がしまったみたい。」
「内側から開かないの?」
「うん。」
憂佳ちゃんの口から、小さく絶望の声が漏れた。
「彩花ちゃんは、どうやって出るの。」
「ナイショ。」
はるなんに連絡を取れば出られるけれど、はるなんが関わっていることを知られるのは良くないと思った。
憂佳ちゃんが寝てくれたら、意識を失ってくれれば全て解決するけれど、あまり良い方法がなさそうだ。
倉庫の中と違って冷凍室の中は周りの音が遮られる。
ちょっと動いたら砂の音がざりっと鳴ったり、お互いの呼吸の音が聞こえたり、それくらいだった。
「こんなところで死にたくないよぉ。」
憂佳ちゃんは半分泣いた声で言う。
辛うじて動く膝を頭の方に引き寄せて丸くなる。
団子虫みたい。彩もそれをしよう。
腰を下ろすと床は冷たくて息が止まりそうになった。
扉が閉まったことで冷気が満ちていき、さっきより冷えていく。
体が冷え切っている憂佳ちゃんは震えが止まらないみたいでずっとがたがた揺れている。
暖めてあげたいけどそうしたら元も子もない。
相反する気持ちがあるなんて人というのは難しい。
- 139 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:56
- しくしく泣く声やら鼻をすする音やら、彩と憂佳ちゃんの間にはそんな微かな音と、微かな明かりだけがあった。
何か声をかけるべきなのかもわからない。
しばらく憂佳ちゃんのことを観察していたら、小さい声で、かのん、かのん、と呟くのが聞こえる。
「かのん?」
「花音に会いたい。」
憂佳ちゃんは、堰を切ったように、花音に会いたい、ママに、パパに会いたい、せめて最後の挨拶くらいしたい、と零した。
「花音に好きって言いたかった。」
ぼとぼとと涙が落ちていく。
たくさんの後悔が落ちていくのを見て、初めて自分がしたことに気がつく。
携帯を開いて、はるなんに、開けて、とメールをして、
憂佳ちゃんを縛っている布を解いて、冷え切った体を抱きしめた。
とはいえ、彩も冷たくて、体を動かすと節々が軋む。
二人とも全然温まらないし、扉は一向に開かれない。
電話をかけてみようとして、圏外だと気がつく。
これまであった余裕が崩れ落ちていくと、血の気が引いていく。
焦りは憂佳ちゃんにも伝わる。
「どうしたの?」
「圏外だ。」
「ウソ。」
慌てて扉に走り、力一杯押してみるもビクともしない。
続けて叩いてみても、叩いた分の音が立つわけでもない。
それでもはるなんがいるなら聞こえているはず。
早く開けてはるなん。開けて。開けて。
憂佳ちゃんも、ふらふらしながら扉を押したり叩いたり手伝ってくれたけど、何も変わらない。
どうしよう、どうしよう、焦りと体力の低下で息が切れる。
こんなはずじゃ、こんなつもりじゃなかったのに。
扉を叩く力もなくなって、扉にもたれかかったままへたり込んだ、そのときだった。
- 140 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:57
- 呆気なく扉が開いて、携帯の弱々しい光で照らされる。
向こうも恐る恐るという動きだった。
「え、誰、ですか?」
一言言ってから、後ろにいる憂佳ちゃんに気がついたみたいだった。
「ゆうか?」
小動物みたいな声。
「花音?花音!」
憂佳ちゃんはよろよろしながら、花音と呼ばれた女の子に抱きついた。
「何してんのこんなところで。ってか冷たっ。」
「花音、花音。」
「大丈夫?」
めそめそと憂佳ちゃんは泣き、花音ちゃんは困惑しながらもそれを受け入れ、慰めていた。
しばらくして落ち着いた頃、三人で歩いて帰った。
花音ちゃんが言うには、憂佳ちゃんと祭りに行く約束をしていたのになかなか来ないから、憂佳ちゃんのクラスメートに話を聞くと、彩におんぶされていたよ、と言われ、色んな人に話を聞いてまわった結果、この倉庫付近に着いたらしい。
今は使われていないのに電気の音がするから中に入ってみたら二人がいたとのことだった。
周りに誰かいたかと聞くと誰もいなかったと答えた。
花音ちゃんは、憂佳ちゃんに何してたのと尋ねられ、ものすごく慌てた挙句に、肝試し一緒に来てもらって、冷凍室に入ったら扉が閉まっちゃって、と答えた。
ゆうかお化け屋敷苦手じゃん、と花音ちゃんは怪しんだ目で見る。
憂佳ちゃんは苦手克服、とか笑った。
おんぶの理由については足を捻ったと言った。
言ってから足を捻ったふりをして、小さな花音ちゃんに寄りかかった。
花音ちゃんは重い、と言うものの拒んだりしなかった。
憂佳ちゃんは、このことを内緒にしようとしているみたい。
ボロが出ないように言葉少なかった。
花音ちゃんは知らない人がいるせいなのか、もともとあまり話さないのか、やっぱり言葉少なかった。
だけど何か、なんというか、二人だけの特別な空気があるように思った。
目線だけで会話するような、そんな関係。
いくらか歩くと二人とは方向が別になる。
花音ちゃんはゆうかがお世話になりました、と言った。
なんとなく疑うような色があった気がするけど、結局何も言わなかった。
憂佳ちゃんは、怒るわけでもなく、疲れたように笑って、また明日、と言った。
彩もそれにならった。
- 141 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:58
- 一人で帰る。
憂佳ちゃんの色んな表情を思い出す。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、絶望したり。
それは生きているからこそ。
生という美、か。
今まで彩が愛した概念とは全く反対であるけれど、これも正解のような気がしたし、
憂佳ちゃんと花音ちゃんとの関係というのも、彩が求めていたものと違うかもしれないけど、正解のような気がした。
長い道のりを歩いて家の玄関を開ける。
リビングから、おかえり、ずいぶん遅かったね、と声がしたから、色々あったの、とだけ返した。
ほんと、色々。
ふと思い出して携帯を確認した。
はるなんから連絡はなかった。
- 142 名前:breach 投稿日:2017/01/02(月) 12:59
- おわり
区切りどころを間違えたり齟齬があったりして読みにくいかと思います。
ごめんなさい。
- 143 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:31
- りなかな
- 144 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:32
- お気に入りを選ぶより、お気に入りから少し外れたものを選ぶ方が難しい。これまでの人生でそんな選び方をしたことがないから。
テスターの口紅を手の甲に出してはしまいを繰り返す。
流行から外れすぎない、自分らしくない一本をどうにか見つけ出して手に取った。
肌の色、髪の色、目の色、出したい雰囲気等、様々な条件に照らして、自分に合うものを見つけなければならないから、何気なくてもすごく難しい。
- 145 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:33
- とはいえ、自分の慣れ親しんだ顔であるから、そんなに難しいわけではない。
これが他人のものを選ぶのであれば、なかなかに大変だと思う。
そういう理解があるくせに、私は人からもらった口紅を使わずに、今新しいものを買おうとしている。
おかしいのかな、そう考えても誰かに相談できるわけでもなくて、手にした口紅をレジに持っていく勇気も出せず、しばらくそこに経っていた。
「口紅、買うの?」
ぼんやりしていたら香菜が横から覗き込む。
「こないだ先輩からもらったんじゃなかったっけ。」
悪気はなくて、茶化すようにニヤニヤしながら私の肘を指でつつく。
「そうだよ。でもさぁ、いつも同じになっちゃうからさ。」
気分でメイクをかえたいこともあるし、というのは建前。
買うまでもなく、割と気に入ったものが家にある。
だけどそれも使いたくない。その理由を香菜に説明するのもできず、ただ建前を言う。
ふうん、と香菜は平坦な声で応じた。
「買う?」
「買う。」
うまく声が出ない。
香菜は選んだ口紅をじっと見て、普段選ばない感じだね、と言って、気遣うように笑った。
- 146 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:34
- 大学の帰り、香菜が2つ向こうの駅で買い物をするというから、私も丁度口紅を買いたかったからついていくことにした。
大学にいる間は大丈夫だったのに、口紅を選ぼうとした途端に気分が滅入ってきていた。
どうにも調子が上がらない私を、小腹がすいた、という理由を作り上げて、香菜は私を改札前のカフェに連れ込んだ。
私たちと同じような学生がたくさんいて、店内は混んで賑やかなのに対し、私と香菜はどことなくいつもより静かにしていた。
私はホットのストレートティーを、香菜はミルクティーを頼んだ。
香菜は、いつもと変わらないような、バイトがどうだの、レポートがどうだのというような話をした。
私もいつもと変わらないように、今日は休みとか、明日一緒の人が苦手とか、レポートがヤバいとか、そんな風に応じて、そうするうちにいつもの調子に戻れたような気がしていた。
口に含んだお茶が少し渋くてやっぱりレモンティーにすればよかった、と思った。
「里奈と仲良い先輩、こないだサークルの人?と一緒に歩いてた。」
「多分彼氏。サークル内で付き合うことになったみたい。」
なんてことない話題のように扱う裏で、私の頭の中には先輩が幸せそうな表情でキャンパス内を二人で歩く姿が浮かんでいる。
今どんな顔をしているだろう。お茶が渋いで誤魔化せないくらいだろうか。
とても顔を上げられない。
うつむくわけにもいかないからカップに口をつけた。
- 147 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:35
- 先輩は綺麗な人だ。初めて見たときに、形容でなく本当に息を飲んだ。
この人がいるサークルに入れたことをラッキーだと思った。
男性でも女性でも、きっとみんなそう思う、そのくらい綺麗な人だった。
学年は一つ上、いつでもオシャレ、気さくで、後輩に話しかけられたときはニコニコ応じている。話がうまくて、よく気がついて、センスが良くて、サークルの中心にいる。時々抜けてて、そういうギャップが可愛いなと思った。
だからと言って、女の人に惹かれる理由にはならない、と思う。この全てが揃わなくても、魅力的な人と関わったことがあって、そのときだって何か思うことはなかった。
これまで女の人を好きになったことがない、そういうタイプの人間ではないと自覚していたのに、私は。
私は、どういうわけか先輩のことを好きになってしまったらしかった。
- 148 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:35
- 先輩は私のことをよく可愛がってくださって、こないだも、誕生日でもないのに突然口紅をくれた。
お店見てたらあって、里奈に似合うと思って、と屈託も邪気もない笑顔で渡された。
私も、買い物の途中で先輩が自分のことを思い出してくれたのが嬉しかった。
贔屓目を抜いても、先輩がくれた口紅は私によく似合っていた。
今流行りので、安っぽいものでなく、上手くは言えないけれどセンスの良さを感じる。
こういうプレゼントは、他の後輩がもらっているのを見たことがあり、おそらく先輩からすると特別なことでない。
でも私にとっては特別で、毎日その口紅をつける度に嬉しい気持ちになっていた。
浮かれた気持ちに冷や水をかけられたような気分になってのは先々週のことだった。
サークルの同期から、先輩に彼氏ができたことを知らされた。
あんなに綺麗な人なのだから何もおかしいことはない。
むしろ今まで浮いた話がなかったことがおかしいくらいだし、先輩に限らずサークルの中で付き合ったり別れたりなんて日常茶飯事で、自分だってその一人だったこともある。
だから、普通のこと。なぜか私が普通に受け止められなかったこと。
小学生や中学生の頃みたいに、変化が起きてようやく自分の気持ちに気がついて、自分があまりに子どもみたいで、その日の帰り道、一人で電車の中でひっそり涙を落とした。
- 149 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:36
-
「里奈が元気ないのはそのせいかぁ。」
香菜のふざけたふりの声が耳に飛び込む。
図星すぎて顔を上げるしかなかった。
だけど、この気持ちは他の人に簡単に言うわけにはいかないから、悪あがきであれこれハリボテを作らなきゃいけない。
さて、どんなハリボテを作りますか。考える時間はありません。ミッションスタート。
「元気なくないよ。」
「そう?」
「そう。」
「いつも通り?」
「いつも通り。」
この程度の嘘なら簡単。
香菜は少し考えている。
「口紅、前の方が似合うよ。」
余計なお世話、とか、うっさい、とか、投げつけるみたいに言えたなら良かったけれど、口から出るときにあまりに勢いがよく出てしまいそうだったから、飛び出す前に自分で受け止めて、その結果妙に黙ってしまうこととなった。
似合うのは当たり前だ。先輩が選んだものに間違いはないし、そうでない、家で眠っているお気に入りたちだってかなり厳選していて、先輩は見抜いたように褒めたから、それらだってもう使うことはできない。
だから私にできるのは、先輩が褒めない、自分でもさして気に入らないものを買うことくらいで、それ以外どうしたらいいのだろう。
メイクをする度に落ち込んでしまうなら、カバンに入ったややくすみがかったそれを塗ってる方がまだマシだ。
「たまには違う感じのもいいかなって。」
嘘つくの、こんなに下手だったっけ。
そもそも嘘にもなっていない。
素っ気なく放つと、香菜はまた少し考えて、諦めたように笑った。
「そっか。」
割となんだってしつこく聞くくせに今日はさらりとひいていく。
内心安心して、焦りがすうっと体から抜けていく。流れきらない灰色のもやもやだけが胸の奥の方に残った。
この話、続けたいのだろうか。言えたら楽になるのだろうか。
言えるはずもないから今日このときまでここにしまってあるのに、と自分で自分に呆れる。
「そういうこともあるかなって、思ったから。」
「そう。」
肯定も否定もしきれないまま、適当な相槌を置く。
するとふわふわとまた話題は移ろって、他愛もない日常に戻っていく。
どうでもいいような友人の話をひとしきりして、私たちは席を立った。
帰り道で、そういえば香菜は食べるものを何も頼まなかったな、と思った。
- 150 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:37
- 経験上、恋は一過性のもので、放っておけば熱は冷めていくものと知っている。
それは今回も外れることはなく、バイトやレポートに追われるうちに落ち着いてきた。
どうにかなる恋愛ならまだしも、そうでないことにいつまでも悩むのは疲れるから、これでよかったと思う。
先輩が良いと言った服、メイクを避けるのをやめて、これまでと変わらない生活をして、穏やかに過ごす。
まだサークルで会うたびに胸は痛むけれど、ちゃんと笑えるし、ちゃんと怒れるし、大した問題ではなかった。
が、しかし、熱と反比例して、今度は別のことが気になり始めた。
- 151 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:38
- 「そういうこともあるかなって、思ったから。」
あの日香菜はこんなことを呟いた。
自分は自分のことで手一杯であったから流してしまったけど、そういうこと、は何を意味していたのか。
同じサークルの人を好きになること、恋人がいる人を好きになること、無理な恋に落ちて落ち込むこと。
そのどれでもなく、女の人を好きになること、が私の中では一番濃厚な説である。まる。
- 152 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:39
- 花の女子大学生たるもの恋愛話は鉄板で、入学式で隣同士になった子とだって、みんなそんな話をしていた。
私も大きく外れることなく、香菜に話を振ったことがある。
今までの恋愛経験とか、彼氏は作らないのか、とか、根掘り葉掘り聞くと言うよりは、雑談の一つみたいに。
あのとき、具体的にどう答えたかは忘れてしまったけれど、香菜は、そういうのあまり得意でない、遠方から進学させてもらったから今は勉強に集中したい、と、そんなことを関西弁が抜けきらぬままに話したと思う。
嘘ではないが本当でもない、という印象を受けた。
恋愛を敬遠しているというにはどうにも艶めかしい瞬間があるから。
でも、こういう話を避けたい人もいるし、避けるしかない恋愛をしている人もいるし、変に問いつめる仲でもないのでそれ以降私も深く聞くことはなく今日まできている。
香菜も、私が話せば聞くけれど、自分からこの手の話題に触れることはなかった。
この数週間、香菜と過ごした時間のことを思い返して整理すると、先に挙げたような説に辿り着いてしまった。
こんなに毎日のように顔を合わせ、休み時間には一緒に昼食をとり、ときには家に遊びに行ったりしているのに、意外と根本的なことは知らない。
大阪出身、姉と弟がいる、実家は自営業(多分医者)、家業は優秀な弟君に任せ上京、アルバイトは週3でファミレス、好きなものはゴリラと映画、おちゃらけているが根は真面目であり授業のことを聞くとだいたい答えてくれる、意外と人見知り。
ここに「恋愛対象は女の人かもしれない」、追加すべきか否か。
私にとってはすごく異質な内容で持て余してしまう。
- 153 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:40
- 同性愛という単語を浮かべれば、渋谷区では同性婚が認められました、アメリカでは同性カップルの養子が認められました、と、ニュースの無機質な音声が頭をよぎっていく。
朝、パンをかじりながら眺めたテレビは遠い世界のもので、自分がそこに関わる可能性など微塵も考えていなかったこと、最近になって身に染みて感じている。
トンネルの向こうは雪国とどちらが異世界なのだろう。
香菜は異世界の住人なのだろうか。
そうだとしたら、これまでどんな風に、何を感じて生きてきたのか。
誰にとっても当たり前のような恋愛の話を、いつも、あんないたたまれない感じで聞いていたのだろうか。
想像したら妙に悲しい気持ちが胸いっぱいに広がった。
- 154 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:40
- 「なぁに。見惚れた?なぁ、見惚れた?」
香菜の顔をじっと見たらすぐこれである。
「違います。」
ずいずいっとお昼の定食を差し置いて前に出てくる。
「本当のところは?」
サラダが服に今にもついてしまいそう。
過去にやらかしたことがあるので、全然違うわ、と言いながらサラダを避けた。
バカ、と言われると関西人は傷つくらしいので言わないことにしている。
尚、関西人は滑ると死ぬとも述べていたが、香菜は今のところぴんぴんしている。
「ちょっとぼうっとしてただけ。冷めるから食べよ。」
いけずぅ、と悲鳴が聞こえる。
いけず、というのは、おばあちゃんちで見たちび◯子ちゃん以外で見たことがないのだが、一般的な言葉なのだろうか。
「また課題出したね西口。」
「毎週よく出すなぁ。ちゃんと見てると思う?」
「どうせ見てないでしょ。」
「里奈ならそういうと思った。」
「でも当たってると思うでしょ。」
「思う。」
こういう普通の会話にほっとするのはなぜだろう。
へらへらと笑う香菜の顔をまたぼんやり眺めては、目の前で手を振られる。
「元気になったかと思ったら今度はぼーっとしてる。」
「なんか今日ぼーっとしてるね。」
「そうかも。」
「体調悪い?」
「そういうわけでもない。」
じゃあなんなんだ、って話だ。
持て余している気持ち、憶測、油断をすれば顔を出す。
それを言えるかというと、やはり言えない。
「レポート疲れだよ〜。あーもう。西口め。働かせすぎ。」
「結構負担大きいよねぇ。」
「今回のは来週提出じゃないからまだよかったぁ。」
「あ、そうだ、土曜日空いてる?里奈が見たいって言ってた映画借りてこようかなって。」
「え、見たい。」
「見よ。」
土曜日は、スケジュール帳を見るまでもなく空いている。
ほんの少し躊躇いが生じたのは、例のことが頭をよぎったからで、でも一瞬で否定する。
こんなに頻繁に遊びに行き、時には泊まったりもしている中で、今更。
私が気にしているだけで、互いの関係に何か変わったことなんかあるものか。
「お菓子と飲み物買ってく。」
「やった。」
屈託無く目を細めて笑う。
このわだかまりだって、放っておけばきっと消えて行く。
- 155 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:41
- パステルカラーのカーテン、カーペット、高価そうなテーブル、肌触りの良いソファ。
自分の家の次に見慣れた香菜の家。
初めて来た時は、何をどこにしまえば良いかわからずいろんなものがあちらこちらに落ちていたけれど、一緒に整理整頓してからはそれを守っているみたい。
リビングは広く、テレビは大きい。
実家から奪ってきたらしい、年季も入っているけれどシンプルで上品な箪笥。
オートロック付きの3階、清潔感のある住み心地が良さそうな部屋。
良いとこの家の子だなといつも思うし、いつ来ても人が来る準備がされてるとも思う。
だけど他の友人を呼ぶことはほとんどなく、心配性な母親が突撃してくるだけらしい。
あんまり知らん人が来ると緊張する、と、抜けかけの関西弁で話していたことがあった。
私がきたときも、と問うと、多少は、と言った後に、部屋があんなだったから尚更ね、と茶化した。
ピカピカのグラスに互いに好きなものを入れて、テーブルに乱雑にお菓子を広げて、私はソファ、香菜はカーペットに腰掛けて画面上の物語を受け入れる。
楽しみにしていたのにあまり物語が入ってこなくて、かろうじて字幕の文字を目で追っている。
まるで、持久走の最後尾のグループにしがみついているときみたいな。
真剣に走ればもっと前に行けるのに、かといって走るのをやめる勇気もない、そんな感じで。
気になるのは香菜の旋毛。
セリフと交互に眺めている。
知ってか知らずか香菜は集中しているようだった。
飲み物にもお菓子にもあまり手をつけずに、場面が変わる時に少しもぞりと動く程度で。
手持ち無沙汰の私は、落ち着きなく飲み物を口に運ぶ。
喉が渇いてるわけでないのに、あっという間にグラスの中身は空になって、仕方がないからそっとテーブルに置いた。
それが視界に入り、香菜が振り向いた。
「まだあるけど、飲む?」
「んー…。」
せっかく香菜が集中しているのに悪いなって思う。
でも香菜の目に迷惑とか嫌だとかそういう色はなくて、そういうやつだって知ってるのに再確認した。
いつもの自分ならどうしていただろう。
軽いトーンでお代わりを頼んだだろうか。
それとも自分で取りに行っただろうか。
小石が挟まって歪に回る歯車のよう。
大した空白でもなかった沈黙が、香菜の手を取り、映画を止めさせる。
主人公の手が行き先なく宙に浮いている。
移りゆく表情が切り取られて画面に貼り付けられて、そのまま。
「この映画好きじゃない?」
いやそういうわけじゃない、多分。普段なら集中して、主人公の手の置き場を、感情の行き先を見守っていただろう。
「そういうわけじゃないんだけど。」
今展開を見守られているのは自分だ。
映画を止めたら、二人きりだから沈黙は殊更強く、何のBGMも周囲の人の喧騒も助けてはくれない。
選ぶ言葉も見つからず、そもそも私が何をどうしたいかわかってるわけでもなく、結局は目の前の人がどうにかしてくれた。
「飲み物同じでいい?」
「うん。」
ひょい、と立ち上がり、軽やかな背中はキッチンに移る。
コップに注ぐ横顔、白い肌に赤い唇。
どう表現したらいいのか、わからないけれど、香菜にはちゃんと色がある。華も。
見惚れるのとは違う。絵画を鑑賞するように、心がフラットになって、ただその横顔を眺めていた。
言葉は不思議なもので、何か抑え込めば反対に何か飛び出していく。
口に出てしまった言葉は自分でもあまり予想していなかった。
- 156 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:42
- 「香菜さ、本当に好きな人とか、いないの?」
突然で、動揺して、指の先までぞわぞわした感覚が走る。
話の流れとかさ、あるじゃん。そりゃいつも気にしてるわけでもないけど。
後ろめたいから気にしてしまってるだけかもしれないけど。
香菜は手を止め驚いた顔してこちらを見る。
それから、へら、と目尻を下げて笑い、冷蔵庫に飲み物を戻した。
「いるよぉ。」
ゆったりとした足取りで私の方に歩いて、そっとコップをテーブルに置いた。
「誰?」
「もお、里奈そんなこと考えてたの?」
せっかく里奈の見たいの借りてきたのに、とか、なんとか言った。
ごめんを言う前に、香菜がソファに座って、じいっと私の顔を見た。
「ナイショ。」
にやにやしやがってコイツ。
「じゃどんな人。」
流してしまえばよかったのに、まんまとまた変な質問が飛び出して、また指先にどろっとした液体が満ちるような妙な感覚が起きる。
「んー。」
香菜は自分のコップに口をつけてから、ぽつ、ぽつ、と話した。
傘の骨から雨粒が落ちるみたいに。
「とても優しい人、かなぁ。素っ気なく見えるけど、人のことを実はよく見てて、面倒見がいい?本人は自覚ないと思う。」
「ふうん。」
「誰にでも優しいんだろうけどさ。」
溢れた水滴を受け止めて、香菜が好きそうだなと思いつつ、頭の端では誰なのだろうと思い巡らす。
あれこれ考えてもバイト先の人だったらわからない。
そもそも男性でないのかもしれない。
「告白しないの?」
「脈がないから。」
話す速さも、強さも同じなのに、その言葉は重たく、まるでギロチンが下されたように、空気をぶつりと刈りとる。
「自分が全く対象から外れてることってわかるでしょう。」
さみしいひとりごとは私の胸に突き刺さる。
「里奈もわかる、でしょ。」
香菜の黒い目が、私の目を侵食する。
胸の中を覗かれているような気持ちになった。
先輩が楽しそうに笑う顔や、明るい声が頭の中で再現されてぎゅっと胸が痛くなる。
私はよく知っている。自分がなんてことのない後輩の一人でしかないといことを。
直視できない現実を捻り潰して、その黒い目を覗き返す。
- 157 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:43
- 「相手が女の子だから?」
真夜中の森に迷い込んだような気持ちだった。
ひっそりとして、ひんやりとして、自分の立てる足音に怯えてしまう。
進んだ道が正解か不正解か、どこに出られるのかもわからない。
「そうかもね。」
きゅ、と目が細められた。笑うのに失敗したみたいな顔だった。
「里奈やったら嫌?香菜に好かれてたら。」
見えない手が伸びてきて私に触れている。
なんと答えたら正解なのだろう。多分こんなの答えなんかあってないようなものだ。
「びっくりする。」
「そうだろうね。」
「でも真剣に考えてはみると思う。」
先輩にそうであってほしいという願望なんだろうか、無碍にはしたくなかった。
香菜は、ふわっと笑った。
「じゃあ考えてみて。」
「え。」
「里奈だよ。香菜の好きな人。」
いたずらっぽいいつもの表情に、なんだかしてやられたような気になる。
本当か嘘かわかりにくいから少し腹が立つ。
「冗談かよ。」
「ほんとほんと。」
真夜中を抜けたら霧だった、みたいな話があってたまるか。
狸か狐に化かされる絶好の環境である。
「胡散臭。」
「ほんとだって。」
ちょっと困った顔してるの、演技なのか本心なのか。
嘘だったならそもそもどこからどこまでがそうなのかもよくわからない。
なんなんだ、とか、考えていたら、いつのまにか香菜はものすごく近づいていて、油断していた体には力が入っていなかったから、肩を軽く押されたら、簡単に背中は床につく。
思わず目を閉じたら、ふわふわもちもちした感触が唇にあった。
驚いて目を開ければ目の焦点が合わない距離。
揺れた髪の毛から香菜のシャンプーの匂い。
それは私の頬を撫でて遠ざかる。
いつも隠れてて見えない耳が真っ赤に染まっていて、普段見えないにしてもそんな色してないことくらいはわかる。
私に覆いかぶさったその人の顔から感情が流れ込んで、受け止めたらこっちが恥ずかしくなるくらい。
顔が、熱い。
「信じた?」
耳の裏から、自分の血が巡るような、さぁさぁとした音が聞こえる。
信じるしかなくない?そんな顔、されちゃったら。
そう返すことも出来ずに困って目を細めてるのを見上げていたら、もう一度香菜が近づいて、抵抗する暇はないから慌てて目を閉じた。
さっきの感触が降りたら心臓の裏のあたりが痛い。
バクバク、ズキズキ悲鳴をあげてるのを冷静な自分が感じている。
香菜がゆっくり離れたところで、ようやく声になる。
「信じるから。」
香菜の顔を見られない。視界の端でにんまり笑う赤い頬。
香菜はそのまま私の横に座り、私も起き上がって座る。
せっかく入れてくれた飲み物は、氷が溶けて上の部分が薄くなっている。
手持ち無沙汰の沈黙の中でも口をつける気にはなれなくて、その理由が、唇に残った感触のせいだなんて意地でも言いたくなかった。
テレビには一時停止した映画が映っている。
しんとして、時間が止まってるみたいだった。
- 158 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:44
- 「ごめん。」
香菜が呟く。
「嫌だったらごめん。」
「別に。」
嫌じゃなかった、という素直な言葉を返せばそれ以上の期待を持たせてしまうかもしれないし、それ以外の理由からも言いたくなかった。
「ねえ。」
「何。」
「もしだめでも友達でいてくれる。」
強請る声があんまり自己中で、香菜だと思った。
「何それ。」
「たまにはうちで映画見てくれる?」
バイトの面接に途中までついて来てくれと頼んだときと同じ口調だった。
「たまには一緒にご飯してくれる?」
要求の内容が他愛もなくて面白い。
「いいよ別に。」
素っ気なく返したのに嬉しそうに声をあげていた。
「じゃあじゃあ、たまにはキスしてもええか!?」
油断も隙もない。返事を待たず近づく顔をバスケ持ちする。
「それはダメ。」
「ええ〜。」
私、まだなんの答えも出してないのに、香菜は楽しそうに笑っている。
考えるって言っただけだし。考えた先がどうなるかわかんないし。
そんな簡単にキスされてたら心臓が、もたない、し。とは言わない。
「そういえば映画、続き見る?」
香菜はひょいと話題を変える。変わり身が早い。
「んー、いいや。また今度見る。」
「うん。」
「あ、やっぱりしばらくこの映画は見ない。」
「なんで。」
「いいから。お腹減ったしご飯でも行こ。」
「うん。」
- 159 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:45
- しばらく経ったある日、香菜は口紅をプレゼントしてくれた。
先輩からもらったものと全く一緒だった。
ムカつく、とか言いながら私はそれをつける。
香菜は、先輩センスいいなぁ、と笑う。
手口が悪質である。こうやって結構たらしこんできたのではないかと勘ぐったり、しなかったり。
考えて時間をとられることも悔しいから腹いせに友達を続けている。
普通に一緒に買い物に行く、普通にご飯に行く、普通に一緒に映画を見る。
その合間にキスをしてくるのは本当に憎たらしい。
私の香菜阻止率は50%程度。
何回もしているのに、香菜はいつも少し赤くなる。
私からしたら、どんなになってしまうんだろう。
まあそんな簡単にはしてやらないけど。
軽いキスで私の口紅が香菜に移る。
肌の色とか雰囲気とかファッションだとか、違うから香菜にはあまり合ってない。
こんなことなら、二人に合った口紅にしてみようかな。
選ぶのはそんなに難しいことじゃない気がした。
- 160 名前:くちべに 投稿日:2018/08/14(火) 08:45
- おわり
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2018/10/09(火) 20:13
- 素晴らしいりなかなをありがとう
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