水辺のいきもの
1 名前:1-1 投稿日:2008/06/20(金) 00:43

2 名前:1-1 投稿日:2008/06/20(金) 00:43
おおきな目。まっくろな目。

とにもかくにも、それがあの人の第一印象だった。
3 名前:1-1 投稿日:2008/06/20(金) 00:44

4 名前:1-1 投稿日:2008/06/20(金) 00:44
青いビニールテントの下は、深海のようだ。
外からひとあし踏みいっただけで、テントの色に何もかもを染められて、
あわあわと青い空間が広がる。視線を動かすと、白い太陽の残像が走る。

絵本で見たチョウチンアンコウになった気がした。
深海をゆるゆる進むわたし。
白い光は、額から弓なりに伸びるアンテナの先の、光源がふりまく灯り。

「すいません、お願いします」

目いっぱい張り上げた菅谷梨沙子の声は、グラウンドの歓声にかき消されてしまう。
きっとまた、誰かがゴールしたんだろう。
聞こえなかったのか、忙しそうにたち働いている人、簡易ベッドに伸びている人、
テントのなかの人間は、誰も反応しない。
一瞬頬をふくらませたあと、梨沙子はさらに声を張り上げた。
5 名前:1-1 投稿日:2008/06/20(金) 00:44
「すいません、怪我人なんですけどぉ!」
「りーちゃん、オーバーだよ」

わたしは体を揺すって抗議した。
梨沙子に肩を借りているうえに、片足に力が入りにくい状態なものだから、
二人して軽くよろめく。

「ちょっと愛理」
「ごめん」
6 名前:1-1 投稿日:2008/06/20(金) 00:45
誰かが急ぎ足でこちらにやってきた。わたしと梨沙子の前に立つ。

「ごめんね。バタバタしてて」

低めの声。
太陽の残像がちかちかしてぼやける。やけに目が大きいのは、よくわかった。
あたりぜんたい青白い深海状態のなかで、その目の黒は、やけに鮮やかだった。
深海魚みたい、と失礼なことを思う。

「怪我人なんです」

梨沙子は繰り返した。

「あたしじゃなくて」
「うん」
「こけちゃったんです」
「うん」
「200メートル走です」
「うん」

生真面目にうなずきながら、その人はわたしの膝にかがみこんだ。
黒い眉をしかめる。
すっかりひと仕事終えた顔で、梨沙子は、わたしの腰にまわしていた腕をはなした。
べっちゃりくっついていた体がはなれて、寒さを感じる。
7 名前:1-1 投稿日:2008/06/20(金) 00:45
「とりあえずこれ、洗わないとだね」

深海魚はわたしの膝から顔をあげると、梨沙子に向きなおった。

「あと、こっちでするから大丈夫だよ。ありがとうね」
「はーい」
「りーちゃん、ありがと」
「ううん。ちゃんと手当てしてもらいなね。待ってるし」

梨沙子はひらひらと手をふると、テントの下を出ていった。

取り残されて、ちょっと不安な気分になる。
横を見ると、深海魚のひとは運動靴に足の先をつっこんでいる。
無造作に踵をおさめると、わたしを見た。

「ちょっとごめんね」

言うなり背中に手がまわる。腕の下を頭がくぐって、にゅっと顔が横にでた。
8 名前:1-1 投稿日:2008/06/20(金) 00:46
「さ、行こ」
「あ、い、いいですっ。歩けるんで!」
「いいからいいから」
「ほんと歩けますから」
「あの水道がいちばん近いな……行くよ」

やさしく背中をたたかれて、思わず足を踏み出してしまった。

海の底からいきなり浜辺へ出たみたいな。
外はふたたび、まぶしい陽光の世界。たちまち音があふれかえる。

歓声、音楽。そうだ、今日は運動会なのだった。
9 名前:1-1 投稿日:2008/06/20(金) 00:46

10 名前:1-1 投稿日:2008/06/20(金) 00:47

11 名前:1-1 投稿日:2008/06/20(金) 00:47

12 名前:1-2 投稿日:2008/06/23(月) 22:44
校庭の片隅の水場にたどりつくと、一番端の水道の前で、
深海魚の人は、わたしにまわしていた腕をといた。

並んでいるほかの蛇口とは違って、端の蛇口の水は、流し台でなく、
地面まで直接落ちるようになっていて、10センチくらいの高さで、
水が流れないよう囲いがしてある。
運動部の人が部活のあと、よく足を洗っている、あれだ。
13 名前:1-2 投稿日:2008/06/23(月) 22:44
その人は――その人とか深海魚ばかりでは失礼だけれど、
名前をしらないからしかたない――その人は蛇口に指をかけて、
わたしの膝をのぞきこむ。わたしもつられて、膝を見る。
が、すぐに目をそらしてしまった。

根っから文化系のわたしは血が苦手で、実はあんまり、患部を見てなかった。
見るとよけいに、痛くなる気がして。
一瞬だけど、目に入った膝は砂まみれ。砂と血が混じりあって、
早くも乾きかかっている。
さっきからつづいていた鈍い痛みが、増した気がした。やっぱりだ。
14 名前:1-2 投稿日:2008/06/23(月) 22:45
「ちょっと痛いかもしれないなあ」と、黒い瞳がわたしを見る。
「痛いの平気?」

痛いの平気な人なんていませんよ――口にだしてはいないものの、
わたしの眉が下がったのを見てとって、その人は真剣な顔になった。

「あのね、ばい菌が入るのが一番よくないんだよ。
 うちのクラブでも、誰か怪我したら、とにかく水でガーッと洗うの!
 痛くても、そうしないと破傷風とか怖いからさ」

耳なじみのない病名と、擬音の荒々しさが、わたしをすくみあがらせる。
とはいえ、ここまで来ては、どうしようもない。

わたしは弱々しくうなずいた。
よし、とその人は力強くうなずいた。

ごめんねというと、わたしの膝丈ジャージの裾をまくりあげると、
二回折って固定した。
太股がむきだしになったけど、これから行われる荒療治を思うと、
恥ずかしがってる場合ではない。
すこしでも作業がしやすいようにと、わたしは水道のタイルに手をついて、
怪我した片足を浮かした。
膝の裏側に手が添えられる。蛇口がひねられ、水の流れでる音。

わたしは歯を食いしばった。
15 名前:1-2 投稿日:2008/06/23(月) 22:45

16 名前:1-2 投稿日:2008/06/23(月) 22:45
「思ったより、痛くなかったです」

そういうと、深海魚の人は、ほんと?良かった、と笑顔を見せた。
肩を組んだ状態なのに、まるでそんなことを気にせず振りかえるから、
顔が近すぎて、どぎまぎする。と思ったら、すぐ前を向いてしまった。

ひょこたんひょこたん、擦りむいた足をかばうリズムで、
肩を借りて歩いている。まるで二人三脚。
もう大丈夫ですと主張したのに、ふたたび肩を貸されてしまった。

耳の下で二つに結わえられた黒髪が、リズムにあわせて、
さらさらとわたしの体操服のお腹をたたいた。
髪、長い。で、黒い。目も黒いけど、髪も黒い。真っ黒。
水をふくんで見えるくらいに。いや、これは汗だろうか。
17 名前:1-2 投稿日:2008/06/23(月) 22:46
傷口は、砂を流してみたら、見た目ほどたいしたことなかった。
怖がるわたしを気づかって、痛くないよう、細心の注意をはらって、
洗ってくれた気がする。
バイキンバイバイしたせいか、気持ちに余裕ができていた。
くっついて歩く深海魚の人を、それとなしに観察するくらいには。

さっき梨沙子に肩を借りたときとまったく同じ体勢で歩いてるのに、
段ちがいに安心感がある。
梨沙子に肩を借りて歩くのは、おもちに寄りかかってるみたいに、
ふにゃふにゃと頼りなかった。

この人は、りーちゃんよりずっと細いのに。

その細腕は、がっちり腰を抱えこみ、薄い肩は、わたしがバランスを
くずして変な力を入れても、びくともしない。たぶん、筋肉質なのだ。
どこもかしこも、かたい感じ。
18 名前:1-2 投稿日:2008/06/23(月) 22:46
運動会でおなじみの、気持ちを浮き立たせるような、
意味なく焦って駆けだしたくなるメロディが、あたりいったいに響いている。
放送部の生徒の、張り切ってるくせに、つたない実況の声。

「暑いねー」

いかにも暑そうに、その人は目を細めた。
19 名前:1-2 投稿日:2008/06/23(月) 22:47

20 名前:1-2 投稿日:2008/06/23(月) 22:47

21 名前:1-2 投稿日:2008/06/23(月) 22:47

22 名前:名無し飼育 投稿日:2008/06/26(木) 00:09
キッズ系で良作キターな予感…。
かなり期待しています。
あの子なのかアノコなのか、気になって眠れないw
23 名前:1-3 投稿日:2008/06/26(木) 21:38

24 名前:1-3 投稿日:2008/06/26(木) 21:39
ふたたび、テントの下の青い世界へ、舞いもどる。
深海魚の人が、怪我の手当てをしてくれた。
先生忙しいから、あたしでごめんね、といいながら。

わたしを丸椅子に座らせると、自分は、その前にかがみこむ。
水でふやけた傷口に、消毒液をこれでもかとふりかけ、ふうふう吹いて乾かす。
傷口をガーゼで押さえる。テープで固定して、念のためにと包帯まで巻かれた。

お母さん以外の人に、そんな風にしてもらうのは、はじめてで、
ちいさい子どもにもどったみたいな面はゆさと、
かしずかれてるお姫さまになったみたいな得意な感じと。
逆向きの二つの気分をもてあまして、わたしは椅子の上で、もぞもぞしていた。
25 名前:1-3 投稿日:2008/06/26(木) 21:39
「なんかあと、出る予定あった? 競技」

包帯の端を結ぶのにちょっぴり手間どりながら、その人は聞く。
そうやって、下からこちらを見あげられると、やっぱりちょっと、深海魚っぽい。
白い頬が、テントの透過光で、青みがかっている。

「ありません。運動音痴だから、一種目だけにしてもらったんです。
 その一種目でこけちゃうなんて、アララララーみたいな」
「でも。こけちゃうくらいがんばったんでしょ。えらいよ」
「がんばんなかったから、こけちゃったのかも」

わたしのつぶやきに、深海魚の人は、一瞬とまった。
問うような目で、わたしを見あげてくる。

なんつってー、なんておどけて、舌でもだそうと思ってたのに、
あんまりにも真っ正直な反応に、とまどってしまう。

「あ、と。がんばってたんですよ、途中までは。ビリとか嫌だったし、
 遅いのわかってるんだから、せめて目いっぱい走ろうって」

いいわけじみてる、そう思いながらも、なぜか止まらない。

「だけど……最後のほう、だんだんだんだん、体おもくなってきて、
 息も苦しくって、もう力抜いちゃおうかなあ、なんて。
 後ろに一人いて、そのこ、わたしよりずいぶん遅かったから、
 今、ちから抜いたってたぶんビリにはなんない、そんなこと考えてたら」
26 名前:1-3 投稿日:2008/06/26(木) 21:39

こけちゃいました。
27 名前:1-3 投稿日:2008/06/26(木) 21:40
わたしは笑った。

あんまりいい笑顔じゃないだろう。自覚して、下をむく。
膝の痛みでごまかして、さっきまで意識の外にほうりだしていた、
ホントの痛みが、じわじわと胸に広がってくる。

なにいっちゃってんだろう。よく知らない人に。
怪我の手当てをしてもらっただけで、心安く話しすぎだと思う。迷惑な。

「結局、ビリでした。思いっきり転んで、大恥かいちゃって。
 最後までがんばんなかったから、神さまにバチあてられたのかも」

気分を引き立てるように、わざとおどけた口調でいった。
なのに、やばい、鼻の奥がつんとする。
ぜったい気づかれたくない。つばを飲みこむ。
焦っていると、あたたかい手が、腕をたたいた。
やさしく、二回。ぎゅっとつかむ。

見ると、黒い瞳が、静かにわたしを見かえしていた。
28 名前:1-3 投稿日:2008/06/26(木) 21:40
「神さまは、そんなことで、バチあてないよ」
 
ぎこちない、だけど、心のこもった声だった。

「走るの、好きじゃないんだよね?」
「……あんまり」
「なにが好き?」
「……絵。絵、描くことです」
「すごく?」
「はい」
「絵、一生懸命描く? 夢中になっちゃう?」
「なっちゃいます。ごはん食べるの忘れるくらい」
「ほら、いいじゃないか。好きなことはがんばれるんでしょ、だったら」

深海魚の人は、大きく笑った。
黒い黒い瞳が、笑顔に飲みこまれて見えなくなる。

「苦手なことは、がんばらなくてもいいんだよ」
29 名前:1-3 投稿日:2008/06/26(木) 21:41
瞬間。どうして自分が、このひとに話したのかを理解した。
許してもらえる。その直感は大正解で、そんな自分が情けなくて。
わたしは本気で泣きそうになった。一生懸命ごまかそうとした。

なのにその人は、包帯きつかった?ごめんね?
なんて的はずれなことをいっては、しきりに頭をかいていた。
30 名前:1-3 投稿日:2008/06/26(木) 21:41

31 名前:1-3 投稿日:2008/06/26(木) 21:41
黒い瞳に恋をしたのか、そのやさしさに、惹かれたのか。

きっと、どっちもで、けっきょく、全部だったんだと思う。
32 名前:1-3 投稿日:2008/06/26(木) 21:42
1 - 水底に浮かぶ fin
33 名前:- 投稿日:2008/06/26(木) 21:44
少ない量で早い更新をめざします。
34 名前:- 投稿日:2008/06/26(木) 21:45
>>22
レスキター。ありがとうございます。
あの子とアノコがどの子とどの子か気にかかります。
書いてる側としては、正体割れまくりのつもりなんですけどね。
35 名前:- 投稿日:2008/06/26(木) 21:46

36 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/26(木) 22:58
独特の世界観ですねー、何か心地良い感じです
次回も楽しみにしてます
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/26(木) 22:59

すいません、sage忘れてました
38 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/06/27(金) 03:37
優しい雰囲気の作品ですね。
とても好きな二人なのでこれからが楽しみです。
39 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/06/27(金) 17:34
なるほどそうきたかっ
自分の好きなカプに当てはめたりしてたんで
結局誰だか確信打てなかった訳ですが
いや、それもまた面白いのかもと。
かなり好きな文章です、今後を楽しみに見に来ます。
40 名前:2-1 投稿日:2008/06/30(月) 23:11

41 名前:2-1 投稿日:2008/06/30(月) 23:11
白い画用紙の上を走る、鉛筆の黒。
ここは太く、確実に。すべった先は、大胆に。色濃く重ねて、指先でにじませて。
ただの線描にすぎなかったものが、密度を増し、しだいに像をむすぶ。

紙から何かが生まれるだす、この瞬間がたまらない。

わたしは鉛筆を置くと、ひと息ついた。
パック牛乳のストローをくわえて、膝の上の画用紙に目をやる。

苦い顔になってしまった。

描いてるときの陶酔感と、手をとめたときに感じる失望の落差ったら、ない。
42 名前:2-1 投稿日:2008/06/30(月) 23:11

43 名前:2-1 投稿日:2008/06/30(月) 23:11
放課後の美術室。

部員たちはみな、熱心に自分の絵に手を入れている。
筆や鉛筆が紙の上をすべる音ばかりが、ひそやかに響いていた。
窓ぎわの定位置にすえたイーゼル。
不本意な出来の絵をその上に置くと、わたしはだらんと、椅子にもたれた。

「真剣だったね」

並んで描いていた梨沙子が、横あいからのぞきこむ。
このタイミングからして、手を止めるのを待ちかまえていたにちがいない。
わたしはそれとなく、梨沙子の視線から、肩で絵をかばった。

「りーちゃん、展覧会にだすぶん、下描きも終わってないんじゃない?」
「へーきへーき。あたし描きだしたら早いもん」

それは本当。
ふだんの梨沙子は、まるで集中力がないけど、いったん波に乗ると、
まわりの声が聞こえないくらい、絵に入りこんでしまう。
ちょっとした天才肌だ。
44 名前:2-1 投稿日:2008/06/30(月) 23:12
「あれ、なにこれ」

首を伸ばしてわたしの絵をのぞきこんだ梨沙子は、目をまるくした。

「愛理のだって、展覧会、関係ないじゃん。人物画めずらしいね。誰これ」

わからなくて当然だ。
さあ誰でしょう?なんてとぼけた顔して、牛乳を吸いこみかけたら、

「あ、わかった」

梨沙子が手をたたいた。
わたしは思わず、白いシャワーを画用紙に吹きつけそうになった。
あわてて手で口を押さえる。

「わ、わかったって」
「誰かわかった」
「うそ。誰」
「あれでしょ? あの上級生。運動会のとき、救護テントにいた人。
 愛理ひきとってくれた、髪の長い」

わたしは、あいた口がふさがらなかった。
45 名前:2-1 投稿日:2008/06/30(月) 23:13
正直、うまい絵ではないと思う。
似せようとか、きれいに描こうとか、そういう気持ちはいっさいなくて、
勢いと感覚にまかせて、心のなかを描き殴っただけ。
人に何かを伝えるような代物じゃないのは、自分がいちばんわかってた。
なのに。

「さすが、りーちゃん」

わたしは思わず、ため息をついた。
梨沙子は、むずかしいことを考えるのは苦手なくせに(いや、だからこそか)、
妙に勘がさえるのだ。
にしたって、一度も話題にだしてないのに。霊感少女レベルじゃないか。
46 名前:2-1 投稿日:2008/06/30(月) 23:14
梨沙子は立ち上がった。

わたしの肩にあごを乗せて、じっくり絵をのぞきこむ。
ふわふわの髪が頬にあたってくすぐったいけど、もう隠す意味はないから、
放っておく。

「ふうん」

ちいさな呟きが耳にかかる。

「なによ」

あたりをはばかって、わたしも小声になる。

「美人だったよね、やたらと」
「それ、あとから思った。あのときわたし、動揺してたから」
「そっか。で」

梨沙子は体を起こした。

「愛理は、このひと気になるの?」
「そんなんじゃない――と思う」
47 名前:2-1 投稿日:2008/06/30(月) 23:14
わたしは絵の中の、ものいわぬ人を見つめた。

「よくわかんない」
「じゃ、なんで、絵」
「無意識に描いてた」
「それってさ」
「ね、どうしてわかったの。この絵があの人だって」
「ここ」

梨沙子は白い紙の真ん中よりすこし上のあたりを、鉛筆でぐるりとさした。
大きく描かれた、ふたつの黒い深淵。

「印象的な目、してたよね」

梨沙子は無邪気に核心をつく。
48 名前:2-1 投稿日:2008/06/30(月) 23:15

49 名前:2-1 投稿日:2008/06/30(月) 23:15
梨沙子とは、中学一年生のときからの付き合いだ。
クラスでもクラブでも、いつもいつでも、いっしょにいる。
彼女が菅谷でわたしが鈴木で、出席番号が隣同士だったのをきっかけに
仲良くなり、最近では、運命だったと確信してる。相性がいいのだ。

梨沙子は、なんでもわたしに話す。
だからわたしも、なるべくなんでも話したい。
梨沙子なら、きっとなんでも、わかってくれる。

だけど、どうしてだろう。

深海魚みたいな黒い目。
光をふくんで揺れていた長い髪。
汗じみた細い肩の頼もしさ。
腕にふれた手のひらの熱。

あのときの気持ちは、どうしても、ちゃんと説明できる気がしなかった。
言葉にすると、変わる気がした。

だから、とりあえず、黙っていようとわたしは思う。
50 名前:2-1 投稿日:2008/06/30(月) 23:15

51 名前:2-1 投稿日:2008/06/30(月) 23:16

52 名前:- 投稿日:2008/06/30(月) 23:17
ありがとうございます。

>>36
そう言っていただけると。雰囲気重視な感じで進めていこうかと思ってます。

>>38
ほかの子との組み合わせが多い二人なんですけど、私もこの二人が大好きです。

>>39
当てはめていた組み合わせ、なんとなくわかります(w
今後とも、よしなにお願いいたします。
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 23:28
今一番楽しみにしている小説です
ほんとに心から惹きつけられます
54 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/05(土) 14:47
かなりの文章力で嬉しいです。
レベルの高い人が℃‐ute界にキター!!とゆう感じでたまらんです。
55 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/07(月) 13:06
世界観がとても綺麗でキラキラしていてすごいです
楽しみに待ってます
56 名前:2-2 投稿日:2008/07/07(月) 22:10

57 名前:2-2 投稿日:2008/07/07(月) 22:11
「高校生だよね?」

部活が終わり、画材をかたづけているとき、唐突に梨沙子がいった。

「あいりさこ、バハハーイ」
「バハハーイ」

ニコイチ扱いで二人に手を振って出ていく部員に挨拶を返してから、
急だね、とわたしは振りかえった。

「あの絵の人?」

二人分の道具を、教室後ろの所定の棚にしまいこむと、
「ほかに誰がいる」と梨沙子は肩をすくめる。

「高校生だよ」

窓のカーテンを引っぱって歩きながら、答えた。
端までたどりつくと、軽く力を入れてぴったり閉じる。
ひとつ窓がおおわれるごとに、ひとつぶん、部屋ぜんたいが暗くなる。

「ジャージ、ちがってたもんね」

梨沙子はうなずいた。
58 名前:2-2 投稿日:2008/07/07(月) 22:12
そうなのだ。

深海魚の人は、高校生――つまり、わたしの通う私立校の、
高等部の生徒なのだった。
高等部は、中等部と門をくっつけてはいるものの、同じ敷地ではない。
しっかりと、二つの学校の間には、塀がある。

高校生の深海魚さんが、中等部の運動会にいた理由は簡単だ。

お手伝いである。

うちの学校は、中高の行き来が盛んで、クラブ活動はもちろん、
季節の行事ごとに、それぞれの学校に、生徒が貸しだされる。
学生に世代を越えた交流の場をもたせ、成長をうながす、
というのが目的らしい。

そういうわけで、運動会には、高等部の体育委員と保険委員が何名か、
お手伝いとして、きてくれていた。
彼女は、そのなかの一人だったというわけだ。
59 名前:2-2 投稿日:2008/07/07(月) 22:13
カーテンをすべてひくと、わたしは室内に向きなおった。
梨沙子は、教室後ろのドアを施錠している。

片づけが遅いわたしのせいで、コンビの梨沙子も道連れに、
美術室の戸締まりは、二人の役割みたいになっていた。
二年生になった頃からだ。
一月たった今では、もう慣れたものである。

生真面目に鍵を指さし確認する梨沙子を眺めるうちに、
トレーシングペーパーを重ねたみたいに、梨沙子のうえに、
深海魚の人の姿が浮かんだ。

意識して、上から下まで見たわけじゃない。
だから、像はあくまであいまいだ。
印象的なところだけがシャープに、そうでないところは、
かすむようにぼやける。
60 名前:2-2 投稿日:2008/07/07(月) 22:14
梨沙子と似ているのは、色白なとこだけ。
あとは、あらゆる部分が正反対だと思う。

体つき、髪の色――梨沙子がふりかえった。
あいまいな幻影は、現実の存在感に、すぐさま追いやられてしまう。

「なんて名前?」
「わかんない」
「聞かなかったの?」
「変でしょ、いきなり名前とか聞くの」
「名札とか、してなかった?」

わたしは首を振った。

「してない。保険委員の腕章してたけど」
「高等部で保険委員――情報それだけ? そんなん、あたしでもわかるよ」

梨沙子は渋い顔をする。
61 名前:2-2 投稿日:2008/07/07(月) 22:16
わたしは教卓に並べてあった鞄を二つとも手にとった。
梨沙子を待って、二人で美術室をでる。

出たとたん、柿いろの夕日が目にまぶしい。
梨沙子が鍵をかけてから、わたしが扉をひいて施錠を確認する。
重い手ごたえ。
オッケーといって、梨沙子に鞄をかえした。

「見た目も大人っぽかったもんね。高校何年生だろ」
「わかんない」
「そういう話も、しなかったの」
「しない」

そっけない返事ばかりのわたしに飽きたのか、
梨沙子は、ふんと鼻を鳴らすと、先にたって歩きだしてしまった。

申し訳なさと、黙りとおしたことの、ちいさな満足感を胸に、
わたしはそのあとをついていく。

五月の夕日が、梨沙子の影を、廊下に長く伸ばしている。
62 名前:2-2 投稿日:2008/07/07(月) 22:16

63 名前:2-2 投稿日:2008/07/07(月) 22:17

64 名前:- 投稿日:2008/07/07(月) 22:19
>>53
ありがとうございます。すごい嬉しいです。がんばって書きます。

>>54
ありがとうございます。℃-ute界……素敵な世界ですね(w

>>55
ありがとうございます。色や匂いや空気を感じられる文章が書けるようがんばります
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/10(木) 19:42
更新お疲れ様です。
この後二人がどんな風に進展していくかがとても気になります。
次回も楽しみに待ってます。
66 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:20

67 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:21
あえて探すようなことをしなくても、会える気がしていた。

だから、一週間たって、ひざの傷が、かさぶたになって、
もう絆創膏をしないほうがよくなったときは、ちょっと焦った。

ふたたび偶然であったとき、もしも深海魚の人が、
わたしに気づいてくれなかったら(嫌な想像だけど)、
ここを指さして、あの時はありがとうございました、
そう、言うつもりだったからだ。

きっとあの人は、ああという顔をして、そのあと笑ってくれる。
たとえあの日、何十人もの中学生の手当てをしたとしても、
包帯を巻かれながら泣いた子なんて、わたしだけに違いない。
恥ずかしい確信だけど、これはぜったい間違いない。
忘れたくても忘れられない、そのはずだ。

そう思ってたのに。
68 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:22
静かな部屋のなかで、読みかけの本に指をはさんだまま、
わたしは、ひざを見つめて考える。

――会いにいった方が、いいんだろうか。

見つめていると、かさぶたをはがしたくなっちゃって、困った。
69 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:22

70 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:22
「鈴木愛理さんと菅谷梨沙子さんを、創立祭応援委員に推薦します」

自分の心のなかがもれだして、そとの人に伝わってしまった――。

そう感じる瞬間が、たまにある。
このあいだ、梨沙子に、絵のぬしをぴたりと当てられたときなんか、
まさにそう。そして今も。

右手をぴんとあげて、直立している岡井千聖に、
わたしは、動揺を隠しきれずにいた。

しんとした教室。
後ろの席からは、梨沙子のすこやかな寝息が聞こえている。
71 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:23
帰り会のあと、生徒だけで行う、ロングホームルームの時のことだった。
今日の議題は、球技大会の参加種目と、実行委員の選定。
球技大会の関連事項がつつがなく決定したあと、実行委員を決める段になった。

『創立祭応援委員』と委員長が、黒板に大きく書く。
中学一年のとき、学級委員をつとめてたから、だいたいの年間行事は
把握してるはずなのに、この役職は、ぴんとこなかった。
そもそも、『創立祭』なんてもの、うちの学校にあったっけ。
二週間後の創立記念日は、たしか、学校がお休みになるだけじゃ。

「『創立祭応援委員会』ですが」

かたい面持ちで、学級委員長が話しだす。
わたしは、頬杖をついて聞いていた。

「六月の創立記念日は、中学校はお休みなのですが、
 高等部では、例年、創立祭が開催されます」

高等部――その言葉に、思わず背筋が伸びた。委員長はつづける。

「創立祭というのは、文化祭の縮小版みたいな――体育館で、
 学年ごとに、劇や合唱を行うというイベントです。
 で、この『応援委員』ですが」

委員長は、黒板を指さした。

「高等部の創立祭のお手伝いをします。中等部から、各クラス1、2名。
 自薦他薦は問いません」

委員長の説明に、わたしはひそかに胸を高鳴らせていた。

「では、やりたい人」
72 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:24
机の下で、手を握ったり、開いたり。
どうしても、勇気がでない。なんでなんでなんで。

わたしは、自分で、自分にあせる。

授業で手をあげて質問するのも平気だし、図書委員にだって、
学級委員にだって、立候補したことがあるのだ。
ぜんぜん平気なことのはず。なのにだめ。なんで。

握ったり開いたりの手は、しだいに汗ばんでくる。

「立候補いませんねー。じゃあ推薦は――」
「あ、あの」
「はいいっ」

わたしの消え入りそうな声は、元気いっぱいの大声にかき消された。
クラスメイトで、わたしが何か言おうとしたのに気づいた人は、
いなかったろう。

斜め前の席。
すでに立ち上がっているのは、岡井千聖だった。
千聖はなぜか、わたしと、後ろの席で寝こけているりーちゃんを、
ちらりと見た。そして。

「鈴木愛理さんと菅谷梨沙子さんを、創立祭応援委員に推薦します!」

そう、叫んだのだった。
73 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:24

74 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:25
きっしっし、という感じで笑いながら、千聖が、机の間をぬってくる。
寝起きの梨沙子は、不機嫌な猫みたいな目で、千聖を見た。

「やあやあ、きみたちおめでとう。コングラッチレーション」
「意味がわからない」

ふだんはふわふわ、誰に対しても、あたりの柔らかい梨沙子なのに、
この、元気印のクラスメイト、ちっさーこと岡井千聖と話すときだけ、
毛を逆立てた猫みたいになる。

千聖は、絡みづらいと評判の、わたしと梨沙子のコンビに積極的に
話しかけてくる、物好きな子である。

あまり自覚はないのだけど、わたしと梨沙子の二人には、どうも、
近づきがたい雰囲気があるらしく、
よく、愛理と梨沙子は二人の世界だから、なんて、からかわれる。
だけど千聖は、二人の世界をものともせず――むしろ、
破壊神にでもなろうとしているかのごとく、わたしたちに
ちょっかいをかけてくるのだった。
「わたしたちに」というのは、語弊があるかもしれない。
おもに、梨沙子に。
75 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:25
「千聖が推薦してあげたんだかんね。ありがたく思いたまえ」
「てか、なんで? なんで、あたしと愛理、委員なんかなってんの?
 クラブ忙しくて、委員とか、ほんとムリなんだけど」

梨沙子は、黒板に燦然とかがやく『菅谷梨沙子』と『鈴木愛理』の文字、
そしてそのうえの、赤チョークの花丸をにらんでいる。

ごめん、りーちゃん。
あえて梨沙子を起こさなかったわたしは、心のなかで梨沙子に謝った。
千聖が腰に手をあてる。

「いまさら何いっちゃってんの? 寝てたのが悪いんでしょうが。
 愛理オッケーしてたし、問題ないない」
「ね、ちっさー。なんで、わたしたち推薦したの」

「愛理オッケーしてたし」に突っこまれたくないわたしが口をはさむと、
千聖は、ああ、とうなずいた。

「それはだね――」
「そんなにやりたきゃ、千聖がやればいいじゃん」

説明しかかった千聖を、梨沙子がさえぎる。
76 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:26
「千聖は、去年やったんだよ。で、いろいろ楽しかったからぁ、
 りーちゃんにも、味あやせてあげたいなって」
「『味あわせる』でしょ。いえてないし。
 去年やったんなら、慣れてるでしょ。今年もやんな?」
「イヤだよ、あんなパシりみたいなの、二年もつづけてさー」
「あ、聞きました。聞きましたよ。やっぱ嫌なんじゃん」
「いやいやいや。ノープロブレム。だって、愛理と二人だよ?
 楽しそうじゃん。ナルシストな二人でさ」
「それカンケーないし。ナルシストとかいわれてんだけど、
 愛理どうする?」

ぼんやりしているあいだに、ぽんぽんぽんぽん、二人の会話は、
目にもとまらない早さで、行き帰りする。
わたしと二人のときは、おんなじように、のんびりぼんやりの
くせして、千聖と話すと、梨沙子は豹変する。
それこそ、虎がライオンになった、ってほどに。
あんま変わんないか。猫が虎になった、ってくらいにしておこう。

ともあれ、

「やります」

わたしは、右手をあげて、宣言していた。
立候補できなかったのに、推薦してもらえた。
神さまがオマケしてくれたんだ、そんな風に思った。
やるしかない。
77 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:27
「ほら、やるってさ。愛理は」
「ちょっと愛理」
「しんどいけど、高校の先輩と仲良くなれて、けっこう楽しいんだぜ。
 りーちゃんなんか、超かわいがられると思うよ」
「いらないよ、そんな」

顔をしかめかけた梨沙子だけど、ふっとその表情が、変化した。
あ、というように口が開く。わたしの思惑に、気がついたのだろう。

梨沙子も右手をあげた。

「はい。やります、菅谷もやります」
「なんだよいきなり」
「ごめんね、りーちゃん」
「ううん」

うなずきあう。
勝手に通じ合ってるわたしたちを交互に見て、
千聖は、わけがわからない、という顔をしている。
78 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:28

79 名前:2-3 投稿日:2008/07/10(木) 23:28

80 名前:- 投稿日:2008/07/10(木) 23:29
>>65
ありがとうございます。なかなか進展しませんが、ゆるゆるお付き合いください
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/11(金) 04:05
千聖とりさこのやり取り。
中1トリオのラジオを思い出しましたよw
まさにこの3人って感じですね、本当によくメンバーを見てらっしゃる。
82 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 21:59

83 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 21:59
水曜日。

わたしと梨沙子は、手をつないで高等部の門をくぐった。
正面に大きな桜の木。
その向こうには、道なりに桜並木がつづいている。
すっかり新緑のみどりになっている桜の下を歩いていると、
すれちがう高校生が、みんな自分を見ているような気がしてくる。
なんにも悪いことしてないのに、体が一回り小さくなったみたいな感じ。
84 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 21:59
「何回目だろ、高等部くるの」

たっぷりと茂った木に、毛虫がいそう、と顔を曇らせた梨沙子は、
きょろきょろと下を向いて、用心ぶかく歩いている。
慣れない校舎や高校生の視線より、
毛虫が気になるマイペースぶりが、うらやましい。

わたしは、指を三本立てた。

「3回だよ。3回ともぜんぶ、二人いっしょ」
「そうだっけ」
「高等部の美術部に、特別講師の先生が来たときと、
 トンカチ見つからなくて、借りたとき。
 もう一回は、りーちゃんが日直で、
 白地図もってこいっていわれたとき。
 二人で取りに来たでしょ」

指を順々に折りながら、すらすらと答えた。
85 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 22:00
『創立祭応援委員』に任命されてから、何度も思いかえしていた。
高等部に行った、数すくない機会のこと、
どこがどんな風だったか、どんな匂いがしたかを、くりかえし。

薄暗くて埃っぽい下駄箱の前、踊り場を曲がって見上げた廊下、
運動場の横にある藤棚の下。
非現実の世界で、深海魚の人とわたしは、何度も何度も、
偶然の再会を果たした。

そんな空想で厚塗りされた校舎に、やっと今、現実に乗りこんでゆく。

わたしは踏みだす足を見た。
ひざの傷はもう、かさぶたすら、薄れかかっている。
これでわかってもらえるかどうか。
それ以前に、ほんとに会うこと、できるんだろうか。
86 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 22:01
顔を上げた。

木漏れ日が、梨沙子の手足にまだら模様をつくっていて、
画集で見た、ルノワールの絵みたいだと思う。
鮮やかな光と影。
ぼんやりと灰色だった想像の世界には、存在しなかったものだ。

現実の高等部は、頭の中の高等部と、
同じようでいて、まるでちがう。
わたしは、深海魚の人も、頭の中の彼女と、
まるでちがってしまっていることを、おそれる。
87 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 22:01

88 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 22:02
「いらっしゃあい」

視聴覚室のドアを開けた瞬間、満面の笑みで出迎えられた。
ぎくしゃくとお辞儀をすると、遅れて梨沙子も、それに習う。

「はいはーい。こっち入ってきて」

出迎えてくれた人の、高校生にしては低い背中について、
おそるおそる室内に入った。梨沙子はわざとゆっくり歩いて、
わたしと一列になってついてくる。
そのくせ「声、たかいね」なんて、目の前の高校生をしめして、
よけいなことをささやくものだから、わたしは、しー、とたしなめた。
聞こえちゃう。

教室には、すでに何人かの生徒が座っていた。
固まって談笑する人たち、一人でぽつんとしてる子。
わたしたちと同じ中等部のブレザー姿もちらほら見えて、
ほっとする。
89 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 22:02
教卓の前に据えられたパイプ椅子で、
ショートカットの高校生が、携帯をいじっていた。

「おーい、キャプテン。新メンバーだよ」

キャプテンと呼ばれた高校生は、携帯からじろりと目を上げた。

「実行委員長。勝手に役職かえないで」
「キャプテンのほうがよくない?」
「委員長」
「キャプテンこまかいー。それよりホラ」

女子高生その1が、くるりとこちらをふりかえる。

「クラスと名前」
「あ、2年C組の菅谷と鈴木です」

梨沙子のぶんも、わたしが答えた。
90 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 22:03
「2のC。菅谷さんと鈴木さん」と、高い声の人が名簿を指さす。
「はいよ」と、携帯の人――キャプテン? 実行委員長?――が、
 教卓の上の名簿に、蛍光ピンクのマーカーを引く。

自分と梨沙子の名前を確認したついでに、首を伸ばして、
名簿に目を走らせる。
ほとんどの名前が、ピンク色に染められていた。
深海魚の人の名前を探そうとして、知らないことを思いだした。
ちょっと、お腹が押さえられたみたいな気分になる。
91 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 22:04
「梨沙子ちゃんと、愛理ちゃん」

名字で告げたにもかかわらず、わざわざ名前を読み上げられて、
思わず顔をあげる。
声が高い人とキャプテンの人、二人の高校生が、
好奇心を隠そうともしない目つきで、わたしと梨沙子を見ていた。
声の高い人は特にあからさまで、つぶらな瞳がきらきらしている。

「レベル高いわ」

ため息のような声。
何をいわれているのかは、すぐわかったものの、
反応のしようがない。
わたしは、よくわからない、という顔で、笑って見せた。

梨沙子は、どこ産のビスク・ドールかというくらい整った顔を
しているし、わたしも、愛嬌では負けてない(つもり)。
うぬぼれ抜きで、容姿をほめられることは珍しくないのだけど、
こんなにあからさまなことをいわれるのは、さすがに居心地が悪い。

梨沙子を見ると、室内を物珍しそうに見渡していて、
こっちの話など、どこ吹く風だ。
92 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 22:04
キャプテンの人が、高音の人を、ひじでつついた。

「ちょっと、ひいてるから」
「だってだってだって。超かわいいんだけど」
「やめなさい。『この人キショイ』って目で見てるよ」
「言ってないじゃん、そんな」
「心の声が聞こえた」
「ぶー」

肩をすくめる仕草が、わざとらしいけど、かわいらしい。
ていうか、いちいち、かわいらしい。
かわいいのは、そっちじゃないか。

なんとなく、わたしは憮然とした。
93 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 22:05

94 名前:2-4 投稿日:2008/07/23(水) 22:05

95 名前:- 投稿日:2008/07/23(水) 22:07
>>81
ありがとうございます。中一ラジオよかったですよね。すごく影響されてます
96 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 21:50

97 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 21:50
委員会がはじまった。

司会進行は、さっきのショートカットの女子高生、
キャプテン改め、創立祭実行委員長の清水佐紀さん。
高校二年生。
はきはきと自己紹介を済ませると、
配布したプリントの内容に沿って、説明をはじめる。

黒板の前には、あと、書記の高校生が一人。
梨沙子とわたしを、強引に窓際の一列に座らせた声の高い人は、
べつに役職だったわけじゃないらしい。
斜め前の席で、のんきそうに頬杖をついている。
と、こっちを見た。
あごをひくわたしに、共犯者めいた笑みをもらすと、
すぐ前を向いてしまう。
なつっこいのに、無遠慮な感じは受けない。
不思議なひとだ。
98 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 21:51
生徒の数は、ぜんぶで30人といったところだろうか。
高校生のほうが、若干、多く思える。

深海魚の人の姿は、ない。
もちろん、ない。

あの人も委員になってるだなんて、そんな甘い想像は、
さすがにしていない。
というか、夢みすぎ、ありえないよと、浮かべるたびに
打ち消した。世の中そんなに甘くないよ、と。
そうやって、ずっといいきかせてたのに、
いない現実を目の当たりにしたら、まんまと落ちこんでる自分がいる。
ばかだ。わたしって、こんな、ばかだったんだ。
99 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 21:51
わたしは筆箱から、シャープペンシルを取りだした。
カチカチとノックして、芯をだす。
なんとなく、ノックしつづけてしまう。

カチカチカチカチ。

自分だけに聞こえるひそやかな音は、
あの日から胸の奥に息づく鼓動のようだ。

会えるような気がするのは、
深海魚の人が、わたしにとって、特別だからだ。

わたしの特別と同じように、あの人の特別はわたし。

希望でしかないのに。
気持ちがあまりにも、ほかのとちがってて、
こんな気持ちこれまでになくって、
だからきっと、あの人もそうなんじゃないかって、
わたしばっかり、こんなこと思ってるわけないなんて、
めまいがするくらい、頭の悪い、確信。
100 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 21:52
彼女はわたしを知らない。
わたしをいらない。
そもそも、わたしは、いもしない。

ぽとり。

出きった芯が、机の上に落ちた。
そうだよっていわれた気がして、涙がでそうになる。

わたしは、ぎゅっと目をつぶった。

ばか、しゃんとしろ自分。落ちこむのは、家に帰ってから。
委員としての役割は、きちんと果たさないと。

わたしは、つばをのみこんだ。
落ちた芯をつまみ上げて、ケースに入れる。
委員長の顔を見つめて、耳をすます。

ひとまず、ぐるぐるまわる思考から離れること。
目の前のお話に集中すること。

話にうなずく、熱心にメモをとる、
言葉の意味を考える、疑問点を書きとめる。
だんだん意識が澄んできて、集中できているのがわかった。
101 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 21:52

102 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 21:53
清水さんの委員長ぶりは、堂にはいったもので、
説明もわかりやすかった。
へたな先生の授業より、ずっと聞きやすい。

プリント2枚分の説明と補足を終えて、質問タイムとなった。
積極的に発言するのは、やはり高校生の子。
慣れない場に萎縮しているのか、中学生の質問は、
なかなかでない。
いくつか確認したいことがあったので、手をあげて聞いてみた。
清水さんは、ときどきフォローをもらいつつも、
たいていのことにすらすらと答えてくれて、
この先の委員会活動は、安泰だと思う。

座るとき、体をひねって、後ろの梨沙子をうかがった。
さすがに寝てはいなかったものの、
窓の外に投げられたまなざしのとろりとした光から、
梨沙子の心が、雲も空も突き抜けて、
遠く大気圏あたりまで、飛んでいることをしる。
103 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 21:54
まったく。

椅子に腰をおろしながら、つられて、窓の外に視線をやった。
曇り空の下、見下ろす先には、茶色のグラウンドが広がっている。
クラブ活動してる高校生が――。

わたしは、胸をつかれた。
どうして、今まで思いつかなかったんだろう。

深海魚の人は、運動部だ。
細いのに筋肉質な体つき、そして、あのときの言葉。

『うちのクラブでも、誰か怪我したら、とにかく水でガーッと――』

ケガをしたら水で洗わなければいけない部活動――、
つまり、グラウンドで活動する、運動クラブ。
104 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 21:55
にわかに胸がとどろいて、わたしは思わず、
自分のシャツの襟元をつかんだ。
椅子の端にお尻をずらす。
吸い寄せられるように、窓に顔を寄せる。
目に、全神経を集中する。

グラウンドに散らばる、色とりどりのジャージ。
ハンドボール部、ソフトボール部、陸上部。
今、活動しているのは、その三つだけだ。
あのなかのどこかに、深海魚のひとがいる。
きっと、いる。

ハンド、ソフト、陸上……どれが一番イメージ近い?
って、そんなの関係ない。遠くて、顔は見えない。
だけど、髪の長さ、肌の色、体つき、きっとわかる。
わたしには、わかる。
105 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 21:56
窓の桟にのせた手首のうえに、薄い影が落ちた。

完全に外の世界に飛んでいた意識が、教室に戻る。
わたしは、われにかえった。

影だけじゃない。
椅子の背もたれをつかんでいる手、そこから伸びる腕、
ふれてないのに、肩や背中に感じる、あたたかい、ひとの気配。
背中によりそうようにして、わたしの頭越しに、
グラウンドを見ている気配。

わたしは見上げた。

黒い髪が、わたしの髪にふれる。
正面を向いていた視線が、わたしに落ちる。
黒い瞳が、落ちてきそうに大きい。
106 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 21:58
「なに見てるの?」

記憶とおんなじやさしい声は、記憶のものより、うわずって響く。

「まいみ、おそーい」

横から飛んできたのは、さっきの高校生の、高い声。

「あは、ごめんごめん」

勢いよくふりかえったから、
黒髪が、わたしのほっぺたをかすめる。

「思ったより、クラブ長引いちゃった」
「ほら、座って座って。キャプテン、にらんでるから」
「おお」
「まいみの席、そこね。もも、とっといたげた」
107 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 21:59
――まいみ。

わたしはその言葉を、思いきり、つかまえた。
深く深く、しまいこむ。
のみこんでしまうみたいに、心のなかでとなえる。

まいみ、まみじゃない、まいでもない、まいみ。
まいみさん、まいみちゃん。

深海魚の人――まいみちゃんが、わたしを見た。
また笑う。まぶしそうな笑顔がまぶしい。
わたしは、つられて笑えない。
見つめるばかりで精一杯。

「ひさしぶり」

記憶のなかより、ずっとずっとあざやかな笑顔。
膝のかさぶたを見せるヒマなんて、ないくらいに。
108 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 22:00
2 - 浅瀬でおぼれる fin
109 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 22:01

110 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 22:01

111 名前:2-5 投稿日:2008/07/31(木) 22:01

112 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/31(木) 22:44
すてきな再会ですね
胸がきゅっと鳴りました
続きが楽しみです
113 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/02(土) 00:20
このCPで初めて萌えました
心の表現方法がいちいち素敵でたまんないです
114 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/20(水) 13:19
今日見つけて一気に読ませていただきました
文章が綺麗で凄く面白いです

どうでもいいですけど>>76
正しくは「味わわせる」ですよねw
115 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/25(月) 12:16
>>114
キャラクター的にwわざとだと思ったです自分は
間違えて覚えてそうな…
116 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/27(水) 22:29
味わわせるとか知らんがな!!
作者さん更新待ってますよ〜。
117 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/14(日) 00:45
すごい大好きなお話!
続き楽しみに待ってますw
118 名前:名無し飼育 投稿日:2008/09/15(月) 22:42
大好きなこのCPなのも嬉しいのですが、
それ以上に文体や空気が幸せにしてくれます。
今一番更新を楽しみにしている作品です。
119 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/20(土) 00:48
この雰囲気大好きです
次の更新が楽しみです。
120 名前:3-1 投稿日:2008/09/21(日) 22:00

121 名前:3-1 投稿日:2008/09/21(日) 22:00
わたしのすぐ隣で、深海魚の人が、息をしている。
そのことが、わたしの呼吸を、苦しくしてる。
斜め前なら、よかったのに。
隣はあまりに近すぎて、気づかれるのが怖くって、
ちらりとも見ることができない。

委員会は、進行している。

つけっぱなしのテレビみたいに、委員長の声が、
音にしか聞こえない。
ちっとも集中できないくせに、目だけは黒板に釘づけ。
顔も、視線も、ぴくりとも動かせない。
視界の右がわには、黒髪や、シャツから伸びる白い腕が
確かにあるのに、そんなもの、見えてないみたいに。
122 名前:3-1 投稿日:2008/09/21(日) 22:01
前の席の人が(あの、声の高い人だ)、からだ半分振り向いて、
ひそひそと、深海魚の人に話しかけた。
深海魚の人の顔は見えないけど、
高音の人の瞳は、愉快そうにかがやいていて、
二人の親しみが、わたしまで伝わってくる。

「うそ!」

意外な言葉を聞いたのか、深海魚の人が、声を上げた。
低いけどよく通る声は教室中に響いて、みんなが彼女を見た。
わたしも流れで、目をやることができた。
だけど横顔は、髪にかくれて、鼻しか見えない。
123 名前:3-1 投稿日:2008/09/21(日) 22:01
「まいみさーん」

委員長の清水さんが、チョークで教卓をコツコツたたいた。

「あのさ、遅刻してきて、しゃべんないでくれる」
「ごめんごめん」
謝りながらも、「佐紀、実行委員長だったんだね」などと、
司会進行してる相手に、お構いなしに話しかける。
そういえば、さっきもこの人は、委員会の真っ最中なのに、
窓際のわたしに、まっすぐ向かってきたのだった。

「今さらすぎです」

清水さんは渋い顔をする。
声の高い人がささやいた。

「まいみまいみ。委員長じゃなく、キャプテンだから。
 清水キャプテン」
「え、キャプテン? 佐紀、キャプテンなの?」
「もう!」

清水さんはうなった。

「まいみはすぐに真に受けない! モモはうそ教えない!
 そんで二人とも、私語は厳禁!!」

迫力いっぱいに叱る清水さんに、二人は、ごめんなさい、
と声をそろえた。みんながどっと笑う。
124 名前:3-1 投稿日:2008/09/21(日) 22:02
それまであった、どことなく遠慮がちな空気が、
針を刺したみたいに、すうっと抜けたのを感じた。
委員会が始まってはじめて、教室がひとつになった気がする。

場の雰囲気を変えたうちの一人が、他ならぬ、まいみちゃん
――心の中でだけ、こう呼んじゃおう――だということが、
わたしは、自分のことみたいに、嬉しい。

「まったくもう……」

清水さんは腕時計をちらりと見ると、室内に視線を投げた。

「あとは、係を決めるだけなんですけど……いいや。
 いいタイミングだから、10分間休憩にします。
 各自、その間に、プリントに書いてある係のなかで、
 第二希望まで決めておいてください。
 全員、何か分担しないといけないので、よろしく」
125 名前:3-1 投稿日:2008/09/21(日) 22:03

126 名前:3-1 投稿日:2008/09/21(日) 22:03
椅子に座ったまま、体をぐるりと後ろに向けると、
目があうより先に、梨沙子が笑っていた。

「なぁによ」
「べつに?」

こういうとき、からかったりしない梨沙子が好きだ。
だけど、その目配せや、ふくみ笑いだけで、
わたしは十分くすぐったい。
ふにゃふにゃ笑いながら、照れかくしに、
梨沙子の肩を、むやみにつついてみたりする。

隣に深海魚の人がいる。
そのことを、意識しないでは、いられない。
梨沙子はちらちら、横を見てるし、わたしの耳は、
深海魚の人の低めの声を、話す言葉の意味を、
すこしでも聞きわけようと、ぴんと立てられている。

また、声の高い人と話してる。仲良しだ。
何を話してるかまではわからないけど、音は届く。
相づち。疑問符。笑い声。見たい。顔、見たい。
127 名前:3-1 投稿日:2008/09/21(日) 22:04
ふと、指先がつかまれた。
梨沙子が、小首をかしげて、わたしを見ている。
話しかけないの?という無言の問いかけ。
わたしは、うなずいた。きっかけなら、十二分にある。

彼女は、わたしを、覚えていた。

お久しぶりですとか、
あの時はありがとうございましたとか、
見てください膝もう治りかけでとか、
会いたかったとか会いたかったとか、
どんなにあなたに会いたかったか、とか。

言えるわけはない。でも。なにか。好意を。
何を言えばいいんだろう。
どんなで言えば、伝えられるんだろう。
128 名前:3-1 投稿日:2008/09/21(日) 22:04
「もしもしー」

頭の上から、声が降ってきた。
見上げると、にこにこの笑顔と、視線がぶつかった。
例の、声の高い女子高生、と――。

並んでこちらを見下ろしている、黒い瞳。

まるでお腹を鳴らしたみたいな妙な声が喉からでて、
思わず口を押さえた。
深海魚の人が、ん?という顔をしている。

「なん、でしょうか」

こんなシチュエーションだと、普段なら100パー黙りこむ
梨沙子が、わたしの代わりに、小さな声で聞く。

「二人は係、もう決めたの?」と、高音の人。
わたしたちは首を振った。それどころじゃなかった。

「そっか。じゃあさ――」

高音の人は、笑った。
にこっとか、ふふっとか、じゃなくて、にやあ、て感じの、
満面の笑み。

「ももたちといっしょに、パンフレット係、しない?」
129 名前:3-1 投稿日:2008/09/21(日) 22:05

130 名前:- 投稿日:2008/09/21(日) 22:06
間あいちゃいましたね。ごめんなさい
131 名前:- 投稿日:2008/09/21(日) 22:06
>>112
胸が℃-ute鳴ったとのこと、嬉しいです。ありがとうございます

>>113
ありがとうございます
これを機会に、この組み合わせに目覚めてくださったら幸いです
あんまりチェックされてないけど、仲良いんですよね、ほんと

>>114
「一気読みしました」っていうレスって、すごく嬉しいですね
ありがとうございます

>>117
大好きと言っていただいて、ありがとうございます

>>118
ありがとうございます
目に見えないものがうまく伝わるよう、がんばります

>>119
ありがとうございます
場面場面、登場人物によって雰囲気が変わってしまうのを、
うまいこと同じ色味でまとめてゆけるようにしたいです
132 名前:- 投稿日:2008/09/21(日) 22:07
>>114さん、115さん、116さん

「味わわせる」問題(wなんですけど

ええ、もちろん知っていて「味わわせる」って書きました
梨沙子だったら、自信満々にそういうボケ方するかなあって

なんて言えたら良かったんですけど、嘘です
完全なる凡ミスです。ごめんなさい
もしわざと間違えさせたなら、ここの部分、四行目の下に、
「ていうか、どっちも間違ってるような。そう思いつつ、
 二人のテンポに圧倒されて、わたしは口を挟めない」
て感じの愛理ちゃんのぼやきを地の文に入れて、
もうひとつコミカルな味を足すことができましたね
すっかりしくった。ご指摘、ありがとうございました
133 名前:118 投稿日:2008/09/23(火) 19:54
皆そういうことを、しそう、言いそうで、ものすごく微笑ましくて好きです。
そして作者さんは↑こういうレスまで素敵ですねw
134 名前:3-2 投稿日:2008/09/26(金) 21:37

135 名前:3-2 投稿日:2008/09/26(金) 21:38
ほかに立候補者がいなかったから、パンフレット係は、
あっさり、わたしたちに決定した。

そろって挙げられた四本の手を見て、
最初、清水委員長は渋い顔をした。

「無理強いされてない?」

わたしと梨沙子の顔を、気づかわしげに見る。

「ちょっとキャプテン、なんでそうゆう――」
「嫌ならいいんだよ、断って」
「ひどーい。ひどいよキャップー」
「モモ、うるさい」

小型犬みたいに騒ぐ高音の人をあしらって、
わざわざ聞いてくれた清水さんだけど、
わたしと梨沙子が、そんなことないと声をそろえたら、
納得してくれた。
136 名前:3-2 投稿日:2008/09/26(金) 21:38
あらかじめ時間をとって相談させたのが良かったのか、
ほかの係も、ほとんど立候補でスムーズに決まり、
わたしたち四人は、晴れて向かいあった。

周りもみな、係ごとに集まって、自己紹介が始まっている。
あとは、係ごとになりゆきで帰ってよい、とのことだ。

窓際の一列に、梨沙子とわたし。
その隣の列に、声の高い人と深海魚の人。
みんなして横向きになって、ひざをつきあわせている。

正面に、深海魚の人。

とてもまともに見られない。
わたしの目線は、さっきから斜め下を――肘のあたりで
折りかえしたシャツの袖をいじっている、
彼女の指先ばかりを、さまよっている。
みんな制服のブレザーを着ているなか、まだ五月なのに、
白いシャツ一枚だ。
寒くないのかな、とちらりと思う。
梨沙子の前には、声の高い人。
まずは自己紹介からっ、と叫んで、立ち上がった。
137 名前:3-2 投稿日:2008/09/26(金) 21:39
「ハイ、まいみ」
「え? あたし?」
「どうぞー」

いきなり振られて、深海魚の人は、目をまるくしながらも、
立ち上がる。

「あ、うん。えと、やじま、まいみです。
 字は、普通に矢に島、舞うに美しいで、舞美。
 高校二年生です。あ、B組」

矢島舞美。矢島。舞美。矢島、舞美。
心に刻んだ名前を、何度も何度も、なぞるようにとなえる。
覚えた。ぜったい忘れない。

「よろしく」

照れたような顔は、わざと視界の真ん中からはずしてるのに、
ほかがみんな消えちゃうくらい、まばゆい。
梨沙子とわたしが拍手をすると、頭を手で押さえて、
どうもどうも、とつぶやきながら座るのが、かわいらしい。
笑ったまま、梨沙子とわたしを、交互に見た。

ぎゅっと吸いつけられる気がして、あわてて目をそらした。
138 名前:3-2 投稿日:2008/09/26(金) 21:40
「ぱちぱちぱちー」

声の高い人の口拍手。
わたしは、なにげなくそちらに目をやる。息を整える。
ちゃんとしなくちゃ。
目が合うだけでこんなんじゃ、いっしょの係なんてできない。

「はい、あたしはこれね」

声の高い人が、お待たせ、とでも言いたげに、身を乗りだした。
ブレザーの胸ポケットに、指先を突っこむ。
くるりと出てきたクリップ式の名札には、
(ひっくり返して収めていたらしい)
『嗣永』という文字が、刻印されている。

「ツグナガって読むんだ。名前は桃子。
 フルーツの桃に、子どもの子。舞美と同じ高校二年生。
 B組もいっしょ。よろしくね」

ちょっと過剰なくらい、にっこりと笑う。
139 名前:3-2 投稿日:2008/09/26(金) 21:41
「あ、呼び方なんだけど、『ツグナガさん』とか、
『ツグナガ先輩』とか、長いじゃん、呼びにくいじゃん?
 でも、『桃子先輩』てのも、なんかねー、昭和っぽくない?
 だから、桃ちゃんて呼んで。モモでもいいよ。んで――」
「ツグナガ先輩」

切れ目のない流ちょうな言葉、その息つぎのタイミングに、
わたしはむりやり割りこんだ。

「だーかーらー。モモって」
「呼べません」

中学の先輩ですら、せいぜいあだ名に先輩付けなのに、
いきなり高校生を、そんな親しげに呼んでいいわけがない。
140 名前:3-2 投稿日:2008/09/26(金) 21:42
「いいの。クラブじゃないから、そのへんはアバウトで。
 そっちの方が、仲良くなれると思うんだよねー。
 去年の子なんて、はじまった次の日には、
 桃ちゃん呼ばわりだったんだよ。ね、舞美」

深海魚の人が、うなずいた。

「あたしのクラブも、うるさいんだ、敬語とか。
 運動部だからあたりまえなんだけど、この、これって、
 クラブともクラスとも、ちがうじゃん。
 せっかくだから、ちがう風にしようよ」

どうしても嫌なら、しょうがないけど――と、
深海魚の人までが、言う。
ダメダメしょうがなくない、先輩命令なんだから、と
なんだか矛盾したことを平然と言い放ったあと、
ツグナガ先輩は、人さし指を立てた。

「かわりと言っちゃ、なんなんだけどさ――」
141 名前:3-2 投稿日:2008/09/26(金) 21:42
桃ちゃん、舞美ちゃん、梨沙子ちゃん。
そして、愛理ちゃん。

全員、名前に「ちゃん」付けで呼び合うようにと、
「桃ちゃん」に、決定されてしまった。
唯一の味方になるはずだった梨沙子が、いいじゃん、と
あっさり提案を受けいれたことで、結論が出たのだ。

建前上、そんなのダメですと言い張ってたわたしだけど、
ホントのところ、とても嬉しかった。
深海魚の人を――舞美ちゃんを、舞美ちゃんと呼べる。

舞美ちゃんなんて呼ぶには、年も関係も離れすぎてる
ことは知ってる。
だけど、矢島さんや矢島先輩、舞美先輩、どれも、
自分の心をのせるには、遠すぎる気がした。
142 名前:3-2 投稿日:2008/09/26(金) 21:44

143 名前:3-2 投稿日:2008/09/26(金) 21:44

144 名前:- 投稿日:2008/09/26(金) 21:47
>>133
ありがとうございます。素敵だなんてとんでもない。お恥ずかしい限りです
出てくる子みんなをそれらしく描けるよう、がんばります
145 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/26(金) 23:55
甘酸っぱすぎて胸がキュンキュンどころじゃないですw
146 名前:118 投稿日:2008/09/27(土) 21:36
あぁもう!愛理が可愛い!
なんだか読んでる方まで胸がドキドキしてきましたw
147 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/28(日) 23:41
久しぶりに来てみたら更新されててびっくり!ここに出てくる皆はキラキラで透き通ってて、可愛いくて大好きです!
148 名前:3-3 投稿日:2008/10/02(木) 23:20
○ 
149 名前:3-3 投稿日:2008/10/02(木) 23:21
「そういえば、千聖とはクラスが同じなんだっけ」

清水委員長が持ってきてくれた去年のパンフレットを
手渡しながら、ツグナガ先輩――あらため桃ちゃんが、
そんなことを言いだしたとき、わたしも梨沙子も、
とっさに反応できなかった。

無反応のわたしたちに、桃ちゃんは怪訝そうな顔をする。
パンフをめくる手を止めて、
「なんで二人、きょとんとしてんの」
と、舞美ちゃんが口をはさんだ。

「千聖だよ? 岡井ちっさー」
「あ、ああ、すいません、なんか今、下りてこなくて。
 え、で、ちさと? え、ええっと――」

なんで、この二人の口から、千聖の名前が。
わたしが聞き返すより早く、「千聖が、どうしたんですか?」と、
眉をひそめたのは、梨沙子。
ちょっぴり険しい表情に、桃ちゃんは、目をまるくした。

「あれ、何なに? ひょっとして話、通ってないの?」
「愛理、なんか聞いてる?」
「いいや。梨沙子こそ」
「なんも、しんない」
「げげげ」

桃ちゃんは、思いきり唇の両端をさげた。
ギャグ漫画のキャラクターみたいな顔になっている。
150 名前:3-3 投稿日:2008/10/02(木) 23:22

151 名前:3-3 投稿日:2008/10/02(木) 23:23
話は、いきなり過去にさかのぼる。

去年の今ごろ――つまり、高校一年生のときも、
桃ちゃんと舞美ちゃんは、創立祭実行委員になった。
二人とも、絵を描いたり細かい作業をするのが
大好きだったものだから、パンフレット係に立候補。
同じくパンフレット係になったのは、
中等部の一年生ひとりと、高校二年生がひとり。
(ちなみに創立祭実行委員および応援委員は、
中学高校ともに受験生の三年生は参加しない)

高校生になったばかりで、初めての創立祭に
胸おどらせていた桃ちゃんと舞美ちゃんは、
四人でがんばるのだ、と張りきった。

が、しかし。

高校二年生の人は、いわゆる幽霊委員で、
委員会じたいにきてくれなかった。

で、さらに。

もうひとりのパンフレット係が、ほかでもない――
中等部、ピカピカの一年生の、岡井千聖であった。

やる気はあるけど絵心がない。
しゃれにならないおっちょこちょい。
おまけに無類のイタズラ好き。
152 名前:3-3 投稿日:2008/10/02(木) 23:23
「思いだしただけで、ぞっとするね」

桃ちゃんは、ほんとに嫌そうな顔で、首をすくめた。

委員会が終わっての帰り道。
一度終わったかに思えた去年の創立祭の話――というか、
千聖の話を、桃ちゃんはまた、蒸しかえした。

前後に固まって、わたしたち四人は、廊下を歩いてる。
舞美ちゃんと桃ちゃんの二人が前を行き、そのあとを、
わたしと梨沙子が、並んで歩く。

帰り支度を整えたわたしと梨沙子に、当たり前みたいに、
じゃあ帰ろ、と誘いかけた深海魚の人の――舞美ちゃんだ。
気をつけないと、本人に向かって言っちゃいそう――
舞美ちゃんの、自然なふるまいを、また、いいなと思った。
何を見ても「いい」と思っちゃってる気がする。
153 名前:3-3 投稿日:2008/10/02(木) 23:24
「千聖、ちゃんと手伝いには来るんだよ? 来るんだけど――」

さっきから、桃ちゃんの独壇場。

両手を振る、舞美ちゃんの肩をたたく、指をさす、手をたたく。
ジェスチャー特盛りで、去年の創立祭のことを話してる。
と、後ろ向きで歩いてるから、前から来た先生にぶつかりそうになった。
舞美ちゃんに腕を引かれて、ひゃあ、と大げさによける。
さようなら、とそろって挨拶すると、先生は、はい、さようなら、
嗣永お前まっすぐ歩け、とにやにやしてる。
すいませんーと逆に怒ったみたいに語尾を下げる桃ちゃんに、
わたしと梨沙子は、笑ってしまった。
この人、おもしろい。
梨沙子の瞳がそう言ってるけど、まったく同感。
154 名前:3-3 投稿日:2008/10/02(木) 23:25
「でさでさ、手伝っちゃあ汚し、手伝っちゃあ破り。
 ちゃんと謝るんだけど、すぐ飽きて嫌になっちゃって、
 イタズラしてくんの。そんでまた、なんか壊すの。
 去年のパンフ、ほとんど、舞美と桃の二人で作った
 ようなもんなんだよ。印刷屋さんにだす前の日まで、
 半泣きで直してた」

話しているうちに、昇降口までたどり着いていた。
下駄箱から靴を出しながら、舞美ちゃんが、とりなすように笑う。

「でも、千聖はいるだけで良かったよ。なごんだ」
「そりゃそうだけどー。
 パンフはやっぱ、納得いかないデキだったじゃん。
 ホントなら四人でするとこ、二人でしたんだもん。
 二分の一だよ二分の一。そりゃそうだ。
 でね、今年はあたしと舞美、二人でリベンジするから、
 責任もって絵のうまい中学生ひっぱってくるようにって、
 命令したの、桃が」

えへん、と桃ちゃんは、わたしたちに向かって胸をはる。
155 名前:3-3 投稿日:2008/10/02(木) 23:26
校舎を出ると、空はもう暮れかかっている。
薄青い空気のなか、練習を終えた運動部のジャージの色が、
めだって鮮やかだ。

「お好み焼き、おごってあげたんだよね」

ぐんと伸びをしながら、舞美ちゃんが言う。
それでなくても背が高いから、すごく大きく見える。

「そう! 桃の貴重なバイト代で!
 贅沢にモダン焼なんて頼んじゃってたくせに、
 ちゃんと説明してないなんて――」
「じゃあ桃ちゃん、最初っから、わたしたちのこと……」

わたしの問いかけに、桃ちゃんは、きっ、とこっちを見た。

「聞いてたさー。鈴木愛理ちゃんと菅谷梨沙子ちゃん。
 美術部で、二人とも、絵がすっごい上手。
 超かわいいけど、ナルシストな二人。
 桃ちゃんと気ぃ合うんじゃない、ぎゃはは――バイ岡井千聖」
156 名前:3-3 投稿日:2008/10/02(木) 23:26
「ひどーい」

梨沙子が抗議の声を上げた。
胸に抱いた通学鞄を、ぎゅっと握って、頬をふくらませる。

「ナルシストとか、いっつもそうやってあたしと愛理に
 言ってくるんです、千聖。そんな余計なことばっか言って、
 肝心の話、あたしたちにしてないとか、さいあく」
「そうだよ、まったく。いきなり話しかけた桃が、
 あやしい人みたいじゃん」
「ボケてるんです、千聖」
「千聖のは、あれだね、ボケっていうよりドジ?」
「あ、ドジ、ドジですね。ほんとそう。ドジぴったり」

二人は、妙な盛り上がりを見せている。
どうやら梨沙子は、桃ちゃんをかなり気に入ったようだ。
押せ押せタイプが苦手な梨沙子にしたら、めずらしいことだ。
157 名前:3-3 投稿日:2008/10/02(木) 23:27

158 名前:3-3 投稿日:2008/10/02(木) 23:28

159 名前:- 投稿日:2008/10/02(木) 23:29
>>145
ありがとうございます
この話、胸キュンが足りないと思ってたので、とても嬉しいです

>>146
ありがとうございます。嬉しいですねえ、ドキドキするとか

>>147
間ずいぶんあいちゃって、ごめんなさい
素敵な感想ありがとうございます。がんばります
160 名前:118 投稿日:2008/10/05(日) 15:24
桃の様子でなにかあるんだろうな、とは思っていたんですが、
こういうことだったんですね。
続きがとてもとても楽しみです。
161 名前:3-4 投稿日:2008/10/09(木) 21:00

162 名前:3-4 投稿日:2008/10/09(木) 21:01
千聖ばなしにエキサイトする桃ちゃんと梨沙子を見守りながら、
わたしは、ぼんやりとしてしまっていた。

なるほどね、といろんなことが、腑に落ちていた。

千聖がいきなり、わたしたちを応援委員に推薦したのは、
こういうことだったのか、とか。
桃ちゃんが、いきなりわたしたちをパンフレット係に誘ったのは、
こういうことだったのか、とか。

さっきの桃ちゃんの言葉を思いだす。

『去年の子なんて、はじまった次の日には、
 桃ちゃん呼ばわりだったんだよ』

去年も舞美ちゃんと桃ちゃん、実行委員したんだ――
程度で聞き流してたけど、そうか、これって、千聖のことか。

創立祭応援委員にわたしたちを推薦したあと、
なにか言いたそうだった千聖。
あのあと、りーちゃんとのバトルに突入しちゃって、
言うの忘れてたんだな、きっと。

にしても、桃ちゃんだって、最初っから
『千聖の紹介なんだよね?』
って、話しかけてくれたらよかったのに。
実際、やたらとかまってくるもんだから、ちょっぴり
あやしい人だと思いかけてた。
163 名前:3-4 投稿日:2008/10/09(木) 21:02
「どしたの、黙っちゃって。疲れた?」

桃ちゃんと並んだ梨沙子と交代したみたいに、
舞美ちゃんが、いつのまにか、わたしの隣を歩いていた。

気抜けしているのが、かえって良かったのかもしれない。
冷静な気持ちで、見返すことができた。

「なんていうか……偶然てすごいなって、思ってたんですけど」
「偶然?」

クセなのだろうか。
舞美ちゃんはまた、シャツの左袖を右手でいじっている。

「その……体育祭で、知り合ってたじゃないですか」
「ああ。うん。そうだね」
「あのときは、ありがとうございました」
「足、大丈夫だった?」

すっかり、とスカートを上げて膝小僧を見せようと思ったけど、
あたりは薄暗かったから、よく見えないだろうと、やめた。

はい、おかげさまで、と頭を下げる。
よかったよかった、と舞美ちゃん。
164 名前:3-4 投稿日:2008/10/09(木) 21:03
「それで、そう。体育祭で手当てしてもらって。
 そのうえ、こうやって……」口から出す前に、一回、止めた。

「舞美ちゃんと、同じ委員になったこと」

だけど、驚くほどすんなりと、その呼び方は、音になった。
わたしにも彼女にも、なにひとつ引っかからない。
まるで昔からの幼なじみを呼ぶように、自然に。

「同じパンフレット係になったことも、すごい偶然だなって。
 こんなことあるんだなって思ってて。
 だけど、どっちも、偶然でもなんでもなくって、
 ちゃんとした理由があったんだなあって思うと、
 拍子抜けしちゃったっていうか」

『偶然』

そんな言葉を使ったけれど、本当は『運命』と言いたかった。
意志とは別のところで、おたがい引きあう魔法の力。
そんな力が、二人に働いてる――なんて考えが、
ほんのちょっぴり、頭のなかに生まれかけていたのだ。
ばからしいけど、わりと本気で。
165 名前:3-4 投稿日:2008/10/09(木) 21:04
舞美ちゃんは、軽やかに笑った。

「偶然の方がよかった?」
「……なんとなく」
「これがもっとさ――」
「はい?」

舞美ちゃんは、口ごもった。
ちょっと考えるように宙を見たあと、

「なんでもない。でもまあ、そっかそっか。残念だったね」
「はあ」

軽い。自分の気持ちと引き比べて、そのあんまりな軽さに、
思わず拗ねたみたいな声がでると、舞美ちゃんは、ますます笑った。
横顔の目が、三日月みたいになっている。
斜めがけにしたスポーツバッグの肩紐を楽しそうに引っ張ると、
ところで、と言った。

「はい」
「ごめん。あたし、自転車なんだ」

足を止める。
舞美ちゃんの指さした先を見ると、自転車置き場へ続く道は、
とっくに通り過ぎていた。
166 名前:3-4 投稿日:2008/10/09(木) 21:06
わたしはあわてる。

「やだ、ごめんなさい」
「ぜんぜん」

舞美ちゃんはきさくに首を振ると、声を張り上げた。

「おーい。桃ー」

大きな声に、前を歩いていた桃ちゃんと梨沙子が振りかえった。
もう正門の手前あたりまで進んでる。
暗くて顔がぼやっとしか見えない二人は、梨沙子の方が大柄で、
どっちが上級生か、わからないシルエット。
ずいぶん歩くのが速いと思ったけど、すぐに気がついた。

この人が、わたしの言葉を、すこしでも多く聞こうと、
ゆっくり歩いてくれてたことに。
167 名前:3-4 投稿日:2008/10/09(木) 21:06
「桃、ばいばーい」
「あ、舞美チャーリーか。ばいばーい」
「梨沙子ちゃんも、またねー」
「はーい。さよならー」

手を振る二人にぶんぶんと手を振りかえして、
舞美ちゃんは、わたしに向き直った。
不思議そうな顔をする。

「なに笑ってるの」
「いえ」

ふつふつと泡みたいにのぼってくる気持ちを悟られないよう、
わたしはかえって、思いきり笑ってみた。
えへへへへへ、とだらしない声がでてしまう。
へんなの、と言いながら、舞美ちゃんもにっこりする。

「じゃあね」
「はい」
「またね」
「また」
「これからよろしく」
「お願いします」
168 名前:3-4 投稿日:2008/10/09(木) 21:08
舞美ちゃんは、大きくうなずくと、身をひるがえした。
元気な足どりで、自転車置き場に向かってゆく。
白いシャツの後ろ姿は、夕暮れの薄青い空気のなかで、
発光してるみたいに輪郭がにじんでる。

また、魚みたいだと思った。

白い背中を見送ったあと、急に心細くなった。
黒い影になっている木立。見なれない校舎の角。
急いで、梨沙子と桃ちゃんを追いかける。
早足から、しだいに小走りになる。

――シャツ一枚で自転車なんて、風邪ひかないのかな。

わざとそんな、どうでもいいことを考えながら。
熱い頬に、夜のはじまりの風が、冷たかった。
169 名前:3-4 投稿日:2008/10/09(木) 21:08
3 - 夕凪 fin
170 名前:3-4 投稿日:2008/10/09(木) 21:11

171 名前:- 投稿日:2008/10/09(木) 21:13
>>160
ありがとうございます。桃子あやしかったですもんねw
ここであんまり間を開けないようがんばりますので、
引きつづき読んでくださると嬉しいです
172 名前:118 投稿日:2008/10/09(木) 23:11
そろそろ慣れてもいい頃なのに、ずっとずっと胸をドキドキさせっぱなしの作者さんの力量には脱帽です。
163・164の愛理の可愛いコトといったら!
そして165の舞美は何を・・・?ってのがとてもとても気になります。
173 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/25(土) 03:45
なんだか懐かしいような切ないような気持ちになります
言い表せないのがもどかしい……
続き楽しみに待ってます
174 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/26(水) 22:58
続き待ってます
175 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/12/14(日) 13:48
待ってま〜す
176 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/03/19(木) 13:18
続き待ってます
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/24(火) 15:57
綺麗な文章ですごく好きです
待ってます
178 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/05/05(火) 17:26
この作品すごく好きです
生存確認だけでもお願いします
179 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:14
○ 
180 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:15
愛理、という声。

舞美ちゃんが、わたしを呼ぶ声。低いのにやさしい声。
いつでもこの耳に響きだす。


舞美ちゃん、という言葉。

呼びかけるための名前。
わたしには、それ以上の意味をもつ、
世界でいちばん、大切な単語。

いつだって、口をついて出そうになる。
181 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:16
好きな人ができたら、いつもその人のことを考えて、
他のことはなんにも手につかなくて、
頭も体も、その人でいっぱいになって。
歌や漫画はそういうけれど、それはきっと、ちょっとちがう。

たとえば、歯医者さんの診察台の上で。
器具が歯にあたった瞬間、身をすくめて嫌な感覚にそなえる刹那。
わたしはなぜか頭のなかで、舞美ちゃんと唱えはじめる。

舞美ちゃん舞美ちゃん舞美ちゃん舞美ちゃん。

小学生のときに流行った、10回ゲームをしてるみたいに、
まるで意味がない、だけれどよく効く呪文のように、
勝手に名前がわいてくるのだ。

舞美ちゃん舞美ちゃん舞美ちゃん舞美ちゃんうわそこ凍みる舞美ちゃん。

気がつけば処置は終わってて、名前に効果があったかなんて、
まるでわからない。たぶんない。
ただただわたしは心の声が、歯医者さんの診察室じゅうに
響いてやしなかったかと、ひやひやしながら、診察台を降りる。
182 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:16
退屈な授業のさなか、友だちと話しこむ夕べ、
大好きなドラマのラブシーンの向こう。

窓の外の雲、一瞬の沈黙、流れだす音楽。

日常のなかの、ちいさな力が、その人を呼ぶ。
名前が、顔が、声が、したことが、したいことが、
ふれられた手のささやかな記憶が。
その場の意識にしのびこんで、みるみるうちにあふれだして、
わたしの体をいっぱいにする。
183 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:17
だから、たぶん、いつもじゃないのだ。

好きって気持ちは、隙間にいるのだ。

……「すき」だけに。

なんちて。
184 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:17

185 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:17
「なに笑ってんの」

梨沙子が下からのぞきこんだ。

机の上でやわらかくたわむ、茶色い髪。
瞳は髪よりずっと深い、コーヒー味のあめ玉みたいな、まるい茶色だ。

昼休みの教室。

次の授業の準備にいそしむ私に飽きて、梨沙子は席に戻ってたんじゃあ。
なんてことを考えながらも。

わたしはその目をのぞきかえして、ますます笑ってしまっていた。

「べつに」

うふ、うふうふ、とだらしないとしか形容しようのない笑い声がでる。
妄想の幸福感が、現実にはみだしてる。
やばい、そう思いつつ、にやにや笑いが止まらない。
186 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:19
梨沙子が身をひいた。

「え、ちょっとホントあやしい」
「あ、ノンノンノンノン。ちがうの。いいギャグ思いついちゃって」
「へえ」
「りーちゃん教えたげよう」
「いらない」

さっくりわたしの提案を切って捨てると、
梨沙子は、ん、といって右手を机の上に差しだした。
置かれたまんま、なんの役目も果たしてなかった、
次の授業の教科書のうえに、影が落ちる。
開いたままの、真珠みたいな色した、携帯電話。
くるりとまわして、こちらに向ける。
わたしは思わず声をひそめた。

「りーちゃん露骨」

校則違反の物体にひるんで、たしなめる口調になる。
取り上げられるよ、と。
教室なんて、いつ先生が入ってくるか、わかったもんじゃない。
うちの学校は、携帯電話の持ち込みは可、使用は禁止。
ほとんど黙認状態とはいえ、現行犯は、さすがに没収だ。
187 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:20
なんて心配したとおり。

「ピーピーピー。校則違反者! 発見!」

先生よりも恐ろしい――恐ろしくはないか、
でも、面倒くさいって意味では恐ろしい――元気な声がひびいた。

「覚悟しろ!」

特撮ヒーローみたいなポーズで、梨沙子の机の前に躍りでたのは、
もちろん、クラスメイトの、ちっさーこと岡井千聖だ。

いーけないんだ、いけないんだーと、小学校以来なんじゃないかと
いう懐かしい文句を唱えながら、千聖はぶんぶん、梨沙子を指さす。
わたしは、人さし指を唇にあてた。

「ちっさー、騒がないで。ホントに見つかっちゃうでしょ」
「いーけないんだいけないんだ。ケータイいけないんだ。
 ゆーたろゆーたろ。セーンセに、ゆーたろー」
「なんで関西弁」

思わずわたしは吹きだしたけど、
当の梨沙子は、椅子をがたんと鳴らして、
千聖に背中を向けてしまう。
188 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:20
「コラー。無視すんなあ。ス、ガヤー」

何かの物真似じみた、千聖の咆吼。
梨沙子は答えない。
愛理これ、と手招きして、まだわたしに、携帯の画面を見せようとする。
千聖の存在は、完全無視。
千聖が、うううう、と子供みたいなうなり声をあげた。

「ムーシすんなよう。りーさーこー」
「ね、愛理。これ見てみなって」
「ちょっとしつこくない? 愛理、この人しつこいよね?」
「ほら愛理」
「ねー、あいりーん。お願い千聖のはなし聞いて」

日焼けした両手をわさわさ動かして、間にねじこんでこようとする千聖、
千聖をよけて、携帯をわたしの顔に押しつけてくる梨沙子。
わたしは辟易してしまって、じりじりと椅子ごと下がる。
巻きこむんじゃない。
189 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:21
梨沙子が、勢いよく立ち上がった。
ぎん、と千聖をにらみつける。

「いったよね? は・な・し・か・け・な・い・で」

一文字一文字、区切るように。
千聖の目を見つめながら、梨沙子が噛みつく。

「あ、愛理に話しかけたんだもん。りーちゃんには、千聖
 なんもいってないし」
「愛理にもあたしにも、話しかけるの禁止! ストップ!」

梨沙子の逆襲に、さっきまでの挑戦的な態度はどこへやら、
千聖は、しおしおとしなだれた。

「りーちゃん、何回も謝ったじゃん。あれは……」

いきなり、梨沙子は両手を上から下に、勢いよくおろした。
まるで何かを引っ張りおろすみたいな手つきだ。

「ガラガラガラー。シャッター閉ーめた。
 はい、もう話しかけられません」

おろした梨沙子の手のあたりから、千聖が勢いよく両手を上げる。
190 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:21
「ガラガラガラー。開ーけた。ね、りーちゃん」
「ガラガラガラー。また閉まりましたー」
「ガラガラー。はい開けた。ね、りーちゃんそろそろさ」
「ガラガラガラー」
「ガラ。ね、りーちゃん仲直り」
「なに今の。あいてない。あいてないよ」
「あ、ハイハイハイハイ。ほらここ。ガタガタガタ。ざんねーん。
 棒でこうやったから、もう閉まりませーん。
 で、で、仲直りしようっていってんですけど、菅谷さん」
「愛理!」

二人の息のあったシャッター芸に感心していたわたしは、
突然よびつけられて、目をぱちくりさせた。

「え、なに」
「行くよ」

梨沙子が、教科書を持っていたわたしの手を、勢いよく引っ張った。
強い力。
ちょ、ととと、待って待ってといいながら、わたしはガタンと
椅子を鳴らして、その勢いに従ってしまう。
とっさに教科書に挟んだシャープペンシルが、机の上を転がっていく。
お気に入りの緑色を、目の端で追う。

こらー逃げんなー、と両手を振り回す千聖をおいて、
わたしと梨沙子は、教室を飛びだした。
191 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:21

192 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:22

193 名前:4-1 投稿日:2009/07/25(土) 22:23
>>172
ドキドキありがとうございます。今後とも妄想乙女愛理ちゃんの応援お願いします

>>173
懐かしいって嬉しいです。なかった記憶を呼び覚まして書いてるものでw

>>174〜 178
ごめんなさい。もう間あけないなんて言いません
気長にお待ちいただけると幸いです。生存確認だけとか申し訳なくて
194 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/26(日) 21:20
本当に待ってた…ありがとう。
195 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/27(月) 00:19
待っててよかったホント良かった。
梨沙子と千聖のやりとりが可愛いです。
作者さんの納得のいくモノを作ってください。気長に待ってます。
196 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/05(木) 02:29
空気感が大好きです
続き楽しみにしてます
197 名前:名無し飼育 投稿日:2010/02/18(木) 00:17
ここの登場人物たちを中心とした写真集が出るらしい
ぜひそれを見て作者さんの筆が進むといいなと思います
198 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/05/06(木) 00:49
待ってます。

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