Dream blue
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/07(金) 23:52
- べりきゅーの話を書いていきたいと思います。
うめさん・みやびを中心に徒然なるままに。
やじうめだったり、りしゃみやだったり、それ以外だったり。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/07(金) 23:57
- まずはスレタイにもなっている話から。
- 3 名前:Dream blue 投稿日:2008/03/07(金) 23:58
-
光を追いかけて暗闇から抜け出す
うまく笑えればそれでよかった
- 4 名前:Dream blue 投稿日:2008/03/07(金) 23:59
-
********************
- 5 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:00
-
ばたばたと走る誰かの振動と軋む床の音で目が覚めたえりかの機嫌はあまりよくなかった
それは遠くから聞こえるものではあったけど、人的なものなのにあまりに音が大きかった
なんといっても今日は土曜日である
学生である自分にとって学校は休みだし、少なくとも昼くらいまでは寝ていたいところだ
頭はうまく回転してくれない
音と、カーテンの隙間から漏れる光に薄く眼を開けて反応すると思い切り顔が歪んだ
それなのに耳に届く音は次第に大きくなり、推定えりかの部屋の前で止まる
だって、まだすずめが鳴く時間なのだ。カーテンから漏れる光がどれほど輝くからといえども、まだ外には出たくない
布団が自分を呼んでいる
えりかはそう確信し、知らないふりを決め込んで頭まで布団にもぐりこんだ
薄く開けた目をもう一度閉じて、体を丸める
うつらうつら暖かさに脳が溶けていく。意識をこのままうまく手放したい
瞬間、
- 6 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:00
-
「えりー!ねぇ、えり!すごいよえり!やったね!」
壊れるのではないかというくらいに力一杯開けられたドアに、勢いよく駆け込んできた人物
そして、連呼される自分の名前と思しきあだ名
この侵入方法の場合、えりかから拒否権という権利は剥奪される
なんだ、じゃあ仕方ないかな
仕方がないといえども毎度毎度――でも軽く溜息をつき、布団から小さく顔を出した
ドアから思い切り入ってくる朝の光に目がくらむ
えりかの部屋に入ってきたのは意外でも何でもない、いつも通りの人物だった
- 7 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:01
-
えりかの部屋に入り込んできたのは、当然の如く隣に住む幼馴染の舞美だった
普通の友人関係ならいきなり部屋に突入してくるということもないだろうが、えりかと舞美は幼馴染である
幼い頃から常に行動を共にしてきた舞美のこういった性格は自分も親もすでに把握していた
家族ぐるみで仲がよくて、本当に良かったとえりかは思っている
なぜなら、この舞美の勢いに補正を効かせるのは自分しかいないと重くも把握しているからである
いい意味で捉えればそれまでだが、悪い意味で捉えればそれまで
そんな舞美をえりかは少し後ろでいつも正していた
あえてとてもわかりづらいように。舞美には分からないようにと
天然なくせにまっすぐ一本筋が通っている舞美が笑っていることが、えりかにとっての幸せだった
見ているだけで幸せ。一緒にいることができればもっと幸せ
えりかにそんな考えを持たせるほどに、舞美は魅力的な人間である
- 8 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:02
-
戸惑いを隠せないえりかの溜息などお構いなしにずかずかと部屋に入り、ベッドの前に立つ舞美
何かいいことでもあったのだろうか、今日はやけに機嫌がいい
元々笑顔でいることの多い舞美だが、朝からのこのテンションを不思議に思う
「舞美…なんかあったの?」
「だからね、やったよえり!やったー!」
「だからなに?わかんないよ、やったばっかじゃ」
「愛理がね、帰ってくるんだって!やった!」
「えっ…」
「愛理だよ、愛理。一年ぶりだよ!」
「う、っそぉ…」
「本当だよ。朝ね、メール来てたんだもん」
時間が止まった気がした
まだ早いけれど、嬉しいよりも強い感情がもやもやとえりかの胸元を支配する
それはいつもの状態とはまた違うものだった
- 9 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:02
-
舞美はジーパンのポケットから落ちそうになっていた携帯を取り出すと、受信画面を勢いよく見せつけてくる
後ろにある舞美の顔は、えりかが普段見慣れないほどの大きな笑顔だった
きっと、居ても立ってもいられなくなるくらいに嬉しかったのだろう
その様子が嫌でも伝わってきて、えりかは布団の中でパジャマ代わりに着ていたTシャツを握りしめる
胸が苦しくて、痛い。けど暖かくて、幸せで
でもその複雑怪奇な気持ちに浸っているほどの時間もないことを、えりかはよく知っていた
舞美から携帯を受け取ると、逆光が眩しくてよく見えないため、携帯を覆うように隠してえりかはメールを黙読する
舞美はそんなえりかを嬉しそうに見つめるとベッドに勢いよく腰かけた
ベッドのスプリングが跳ねたような気がする、この音もなく上下移動をするベッド
この感じが好きだといった舞美と、その時にこれを即決して購入した自分を思い出し、緩く揺れるベッドに身を委ねた
- 10 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:03
-
受信画面には近況を伝える文章が、たくさんの絵文字とともに詰まっていた
その画面の一番最後にささやかな一文
『来週から一か月、そっちに帰ることになったよ』
- 11 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:03
-
ぱたん、と携帯を折りたたみ、えりかは肘で起き上がると舞美にそれを渡した
そのえりかの動作に合わせるように舞美は腕を伸ばしてえりかの背中を支える
二人にとってはあまりにいつものことすぎて、お礼を言うことも忘れるような行為である
その、優しく伸びてきてさも当たり前かのようにえりかを支える腕にどのくらい自分が助けられたのか
舞美は知らないだろう。知らなくてもいいことだろうとえりかは思う
…それを思うと
えりかはふわりと、自分でも驚くほど優しく笑うことができていると確信した
「やったね、舞美。また遊べるじゃん」
「うん!また三人で遊ぼうよ、あーどこいこう。ねぇえり、どこ行きたい?」
目の前で嬉々として愛理が帰ってくることに想いをはせる舞美を視界に入れながら、えりかは今年の夏を思う
もうすぐ始まる夏に、きっと暑くなる夏に。運命の決まる夏に
自分にとっても喜ばしい愛理の帰省を、舞美と同じく素直に喜べるように
えりかは握りしめていたTシャツを手でゆっくりと撫で、伸ばす
もう一度笑った。舞美と同じく、喜びに満ちあふれた笑顔を携える
- 12 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:03
-
「うちは…どこでもいいかな」
「え、それ困る。えりも一緒に考えて」
「まずは愛理の行きたい所にいけばよくない?」
「あ、そっか。そうだね、愛理に決めてもらお」
カーテンも開けていない部屋で、えりかと同様に今年の夏に思いをはせているのであろう舞美
でもきっと、自分よりは深いところまで舞美は何も考えていない
えりかにはそう言い切れる自信があった
それが舞美らしさだから。舞美はそれでいいのだ
えりかが考えていればそれで充分だということをよく熟知していた
それはえりかだけではなく、舞美もそう思っていた
二人の間のルール、とまではいかないけれど
それが二人の中での普通であることには間違いなかった
- 13 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:04
-
「んー!なんか楽しくなりそう」
「うん、きっと楽しいよ」
「だよねー、早くこないかな。夏休み」
「もうすぐ来ちゃうよ」
「待ってられなーい」
「せっかちだなぁ、舞美は」
「えりだって。早く愛理に会いたいでしょ?」
「…うん」
「早くこいこい夏休みー!」
座ったかと思えば勢いよく立ちあがる舞美に、ベッドは大きく揺れた
えりかはまたいつものことだとその行為を流し、すっかり覚めてしまった目で舞美を見る
薄暗い中でもしっかり捉えることができる
それは舞美が舞美だからだろうか
それとも、今この状況に自分の目が慣れてきただけなのだろうか
えりかにはよくわからなかった
- 14 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:04
-
しゃあっと勢いよくカーテンが開けられ、あまりの光に目を細めた
突然襲ってきた光は網膜を激しく威嚇してくる
明るさに目が慣れてきたとはいえ、寝起きのえりかにとっては少し刺激的すぎた
「舞美、眩しいよ…」
「あ、ごめん。でも今日いい天気だからさ」
えりも早起きしようよ、と舞美に笑顔で首を傾げられるとえりかは何も言えなくなってしまう
目が慣れるまでの我慢だと険しい顔を作ったまま、開けられたカーテンの先にある風景を眺めた
浮かぶ青と、揺れる蒼が眩しい
どっちかというと、えりかは揺れる蒼の方が好きだった
- 15 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:05
-
「今日もいい色してるね。風も良さそう」
「そうかもね…いくの?」
「うん。なんか今日はテンションあがってるから行こうかな」
「そっか」
「えりはいかない?気分悪かったら無理しなくていいけど…」
考えた時間はコンマ数秒。だが、言葉を発するまでしばらくかかった
喉に引っかかったように、言葉がうまく出なくなる時がえりかにはよくある
答えは決まってるのに言葉が出ないことは、とても苦しいことだった
「ううん、大丈夫。行く」
「本当に?」
「うん、舞美のこと見たいし」
胸元を握りしめていた手を解いて、手のひらをいっぱいに広げ、ベッドにつく
自分の体重を支えるように、体の反動を利用してえりかは起き上がった
- 16 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:05
-
その時舞美の瞳が心配そうに動いたのを見逃しはしなかったが、見逃したふりをした
起き上がった瞬間にえりかに降り注ぐ太陽と、舞美と、ここにはいない愛理と
全部を内にしまいこみ、
「今日はいけそう?」
「調子は絶対いいと思う。だっていいこと聞いたしさ」
同じことをもう一度言う舞美と予想以上の至近距離で笑い合い、えりかはTシャツの上から薄手のパーカーを羽織る
途中それだけでは寒いと舞美に渋い顔をされたが、ちょっとそこまで行くぐらいなら問題はないと笑い飛ばした
空の色と同じ、青色のパーカーはえりかのお気に入りだった
青を、少しだけ近く感じる。それだけでえりかは少しだけ強くなれる気がするのだ
何に、ということはない
何かに
見据えることのできない未来を思い浮かべながら、未だ渋い顔を続ける舞美に用意を促した
広がる青と蒼が、舞美を待っている。そう思うだけでえりかの気持ちは前向きになる
- 17 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:06
-
「舞美、早くしなよー。うち、もう用意終わっちゃったよ?」
「…むー」
「もう、舞美?」
「…わかったよ。先行ってるから」
「うん、うちもすぐ行くね?」
「ゆっくりでいいから」
「わかってるってば」
「いつものとこ。シート引いとくね」
えりかに笑顔をもう一度見せると、舞美は弾丸のように勢いよくえりかの部屋から飛び出していった
そんな舞美の様子を見送り、えりかはつばの広い帽子をかぶる
一連の流れはいつも通り
違うのはざわついた心だけだ。それ以外はいつも通り。調子なんていいくらい
それでも出るため息は、その心が案外自分の足を引っ張るように全ての機能の邪魔をしているのか
そんなの、夏休みが来てみないとえりかにもわからなかった
何が起きるかなんて、えりかは知りたくなかった
窓から見える景色は今日も綺麗でえりかをそこに縛り付ける
今頃用意を終えてえりかを待っているであろう舞美を思って、えりかは部屋を出た
- 18 名前:00.始まりの合図 投稿日:2008/03/08(土) 00:06
-
家を出た瞬間に感じる、潮の香りと波の音
運命の夏が、すぐそこにあった
- 19 名前:Dream blue 投稿日:2008/03/08(土) 00:07
-
********************
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/08(土) 00:10
- 本日の更新は以上です。
書き忘れましたが、やじうめすず中心の話になる予定です。
あまり明るい話ではないと思われます。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/08(土) 00:11
- ということで落としておきます。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/09(日) 23:55
- あ
- 23 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/03/10(月) 21:35
- 物凄く面白そうですね!
今後の展開が楽しみです。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/26(土) 09:24
- 物凄く面白そうですね!
今後の展開が楽しみです!
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/13(日) 19:26
- 随分間隔があいてしまいましたが続きです。
- 26 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:31
-
風と地面は知っていた
ここに立っていてもいいってこと
- 27 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:32
-
お決まりの電車が閉まる音に急かされ降り立ったホームは、愛理がここにいた一年前と何も変わりがなかった
広がる空は都会よりも確実に近く、太陽は愛理をじりじりと照りつけ虐める
そして何より、ふんわりと香るこの地独特の潮の香りが愛理をノスタルジックな気持ちにさせた
ここに帰ってきたという実感がそこにはあった
ふつふつと愛理の中から湧きあがり、にやける口元を押さえた
故郷と呼ぶにふさわしい雰囲気が懐かしい
たった一年しか離れていなかったのに、随分都会に染まってしまったような考え方をしている自分もどうかと思う
でも、それほどに帰ってきたかった場所だった
とん、とつま先だけで最初は降り立った地元に足の裏をすべてつけ、立つ
花柄のボストンバッグを置いて、大きく伸びをして。大好きな風を体いっぱいに吸い込んだ
夏の匂いがする。思い出の世界ではなく、目の前に確かに存在する世界
- 28 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:33
-
ちょうど一年前、父親の転勤で引っ越した愛理はずっとこの土地に帰りたくて仕方がなかった
決して引っ越したここよりも都会である都市での生活についていけなかったり、苦しかった訳ではない
向こうの生活は向こうの生活として気にいっていた
友達もできたし、みんな優しくしてくれる
勉強もそれなりには、というより人よりもできる方だとは思う
ただ、愛理の中にはいつでも忘れられないここの風景があった
手を伸ばせば届きそうな青、目の前でゆらめく蒼
都会のビル街のスケールは驚くべきものであったが、雄大な自然のスケールのように愛理の心を動かすことはできなかった
向こうにいっても忘れることはできないのだ
そして何よりもその背景にいつでもある、愛理の忘れられない人たちの存在が大きかった
- 29 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:34
-
愛理の記憶の中で青と蒼の狭間で笑う二人は、姉であり親友である
一人は満面の笑みで蒼に乗る舞美だ
爽やかな笑顔と、風貌から見てもわかるはきはきとした性格で誰からも愛される人
もちろん、愛理自身も舞美のことが大好きだった
それはもう、いろんな意味で
もう一人はそんな舞美の横でそっと笑うえりかである
そっと笑うと言ったが、愛理はえりかほどおもしろい人を見たことがなかった
愛理の表情を巧みに読んでその場に応じた対応や反応を見せてくれる、ムードメーカー
愛理は、舞美が誰にでも好かれているのはえりかのお陰だと思っていた
えりかが舞美の横にいるから、舞美は舞美でいられるのだ
そっと緊張した糸を緩めるように、えりかは舞美を調節していた
愛理はえりかのことも大好きだった
- 30 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:35
-
愛理の記憶の中で青と蒼の狭間で笑う二人は、姉であり親友である
一人は満面の笑みで蒼に乗る舞美だ
爽やかな笑顔と、風貌から見てもわかるはきはきとした性格で誰からも愛される人
もちろん、愛理自身も舞美のことが大好きだった
それはもう、いろんな意味で
もう一人はそんな舞美の横でそっと笑うえりかである
そっと笑うと言ったが、愛理はえりかほどおもしろい人を見たことがなかった
愛理の表情を巧みに読んでその場に応じた対応や反応を見せてくれる、ムードメーカー
愛理は、舞美が誰にでも好かれているのはえりかのお陰だと思っていた
えりかが舞美の横にいるから、舞美は舞美でいられるのだ
そっと緊張した糸を緩めるように、えりかは舞美を調節していた
愛理はえりかのことも大好きだった
- 31 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:35
-
引っ越しのときに愛理が一番辛かったことはこの自分が慕う二人と離れることだった
いつの間にかここに自分の居場所がなくなっているのではないかという危機感を確かに感じて泣いた日もあった
その度、二人に最良の言葉をかけてもらっていたのだけれど
その言葉達のお陰で緩和されていた愛理の危機感は、心の奥底でずっと燻ったまま向こうの土地で眠り続けていた
生まれ育ったこの街を思い出すたびに大きくなる危機感。勝る不安
遠くに行ったのは自分だけど、二人が自分から離れてしまうこと望んだことは一度もなかった
ただ、行きたくて、会いたくて、また言って欲しかった
ここが、愛理の居場所だと
まず、第一関門を突破したと愛理は大きく青に――空に向かって伸びをする
この土地は変わっていなかった。自分がいたあの頃と何も変わらない
くすむこともなく、相変わらずの穏やかな色合いを保って愛理を受け入れてくれた
大きな空に一筋伸びた入道雲
仕事の関係で夜に来るという親を家に残し、一人電車に揺られてここにきて正解だと思った
ここはこんなに暖かくて、優しい
そして次の関門は一番緩く、一番難関だ
舞美ちゃんとえりかちゃんに会いに行こう
この気持ちが、二人に会いたくて仕方ないと疼いていた気持ちが独りよがりではないことを確かめに
よしと小さく意気込むと愛理は両手でボストンバックを掴み、よろよろと古ぼけたコンクリートの階段を下りた
ハイビスカスのような花をモチーフにしたサンダルで地面を蹴ると、また夏の匂いがした
- 32 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:36
-
********************
- 33 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:37
-
歩きだして十分。愛理の心は重たいカバンとは正反対に天使の羽が弾むように軽かった
目に映るものすべてが懐かしく、愛しい
そんなに離れていないつもりだったのに、気づけば一年という月日が過ぎ去っていたことをようやく体が実感してくれたようだ
右側には大きな蒼――海がある
青と蒼の結合部にある水平線はいつ見ても綺麗、というよりは美しいと愛理は思った
あの時何気なく愛理の隣にあった景色はこんなにも雄大で、一口に言えばすごいものだったなんて
やっぱりすごいなぁ、ここは
こんなにも心を安らげる
こんなにも当たり前ではない当たり前
大好きな蒼に向けて、愛理はただいまと笑いかけた
- 34 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:37
-
海岸沿いをゆっくり歩くのは愛理のお気に入りであり、えりかのお気に入りでもあった
舞美はゆっくりというよりは、走るようにさっさと歩いていた覚えがある
それをえりかと二人で眺めながら、ゆっくりと歩く
さざ波の音を聞きながら過ごすその時間と雰囲気を含め、愛理のお気に入りだったのをえりかは気付いていただろうか
常に左でほほ笑んでいたえりかの笑顔は暖かかった
――あ、
今更愛理は思い出す
そういえば、いつもえりかは自分の左側にいてくれた
右にはいつも海があって、片側にはいつもえりかで、半歩前には舞美で
この方面から帰るときはいつも、えりかは左側だ
それの意味することは遠回しの優しさか、はたまた単なる偶然なのか
「偶然、だよねー…えりかちゃんだし」
一人思う
でも、えりかならやりかねないと考えてる自分も心の端にいるのだ
小さい頃から、物心がついた頃からのことだから今更すぎて気にしたこともなかった
そういえば、愛理は車道側を歩いたことがないのだ
大きな波の音がした。さざ波とは違ったけれど、それはそれで心地よかった
- 35 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:38
-
********************
- 36 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:39
-
先ほどの穏やかな風景とはまた違い、少し活気あふれる場所に出た
田舎の、小さな商店街。ここも未だに健在のようだ
この商店街にもいろいろな思い出がある
お母さんと二人でよく買い物に来て、魚屋のおばさんにサービスだからとお菓子をもらった記憶
八百屋のおじさんがぎっくり腰になったときは三人で仕事を手伝いに行ったりした
石ころのように転がっている記憶は、そこらじゅうで愛理を待ち構えている
この街ではどこにでも自分の思い出があるんだと思うと、愛理はまたにやけた
そこに、自分が存在している証が嬉しくて
思い出とといえば――
せっかくだから商店街を抜けようと歩いていると、錆びれた軒先の駄菓子屋があった
ここはよく三人で通い詰めた、いわゆるたまり場だ
ここで買ったお菓子をよく海まで持って行って、防波堤で食べたりした
自分が小学生の時。舞美やえりかはもう中学生になっていた頃
都会では考えられないような、ささやかな放課後の過ごし方
でもそれは都会の人は知らないであろう、優しい時間だった
この駄菓子屋に来るときはいつも舞美の自転車の後ろに乗っていた
えりかのでもよかったが、あまり自転車を漕ぐことがというか運動神経がよくないえりか
後ろに乗ると必ずと言っていいほど電柱と正面衝突しそうになるから、たいてい舞美の後ろだった
舞美の黒くて長い髪が風になびいて愛理の頬を撫でるのがすごくくすぐったかったのをよく覚えている
でもその感触が、大好きだった
流れる絹のような感触
- 37 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:40
-
「懐かしいな」
愛理がぼそっと道の真ん中でつぶやいた言葉を聞く人はいなかった
それでも愛理の懐古の情は弛むことはない。ずっとずっと、流れつづける
周りを行きかう買い物帰りの人々でさえ、愛理には知っているような気がしてならなかった
ここならすべてを知っている。そう断言できる気がして
「…ねぇ」
不意に背後からした声に、愛理は咄嗟に振りかえる
ねぇ、という主語のない言葉だったから愛理のことを呼んだ訳ではないのかもしれないが
その心配はなかった
声の主は愛理が振り返ってもなお、こちらを見据えていた
歳は愛理と同じくらいだろうか、背は愛理よりも低い
海のそばにある街に住むに値する、ほんのりと焼けた肌が眩しい
愛らしくくりっとした目はじっと愛理のことを見ていた。それはまるで睨みつけるかのように
ちょっと、怖い。でも可愛い子である、さあっとなびく肩につくかつかないかの艶めいた黒髪が印象的だ
…な、なんなんだよぉ…
愛理は、蛇に睨まれた蛙が如く固まるしかなかった
- 38 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:40
-
「あの、なん…でしょう?」
「そこ。止まってたら邪魔だよ」
「あ――」
じっと愛理を見てた女の子は、予想よりもくせのある高い声をしていた。そこに少し驚く
愛理の想像ではもう少し低くて迫力があるのかと思った
そのギャップという作用が愛理を目の前の女の子に釘づけにさせる
女の子が野菜が見え隠れする重そうなビニール袋を持ち直したとき、愛理は我に返ったように道の端によけた
愛理の後ろから来た原付のおじさんがこちらには目もくれずに通過していく
自分のカバンが重かったことなど、忘れていた
「す、すいません!ありがとうございました」
「いやいや、あたし何もしてないじゃん」
「でも教えてくれたので…」
「それじゃ、何もしてないけどどういたしまして」
- 39 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:41
-
女の子がにっこりと、太陽と重なるように笑う
それは愛理の思い出にはない笑顔だった
そこにいたのは今、初めて出会った名前も知らない女の子
愛理の思い出にいるのは、えりかと舞美
昔の優しい思い出の上にゆっくりと新しい刺激的な思い出が重なっていくのを感じた
それは、今愛理がここにいることを証明してくれた。そんな気がした
「あたし、有原栞菜。栞菜でいいよ。あなたは?」
「え、あ、愛理!鈴木愛理っていいます」
「そんな固くならなくていいのに。敬語はなしでリラックス。オッケー?」
「が、頑張り…るよ」
「あはは、それじゃあたし買い物の途中だから愛理、またね」
元気を惜しみなく配り散らし頭の上で大きく手を振る栞菜に、愛理は腰の前あたりで小さく振り返すのが精一杯だった
夏の匂いと、夏の空気と、またねの意味と
白い絵の具をまき散らしたような細切れの雲の下で、愛理が動き出したのはそれから三分後のことだった
- 40 名前:01.I'm home! 投稿日:2008/07/13(日) 19:43
-
何かいいことがあるかもしれない
直感でそう思い描けた夏の入り口
- 41 名前:Dream blue 投稿日:2008/07/13(日) 19:43
-
********************
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/13(日) 19:47
- 本日の更新は以上です。
>>23
>>24
長く空いてしまいすいませんでした。
今後も長い目で見守っていただければと思います。
あと>>30はミスなのでお気になさらずお願いします。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/15(火) 01:09
- おぉ!それ以外に好きなCPがきたかも!?
続き楽しみに待ってます
これからも作者さんのペースで頑張ってください
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/27(日) 04:04
- あいかんに引き寄せられやってきました、
何だか素敵な文章ですね〜。
更新が待ち遠しい小説ができて嬉しいです。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 00:20
- 一か月あいてしまいましたが更新です。
夏が終わるまでに終わりたかったな。
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 00:21
-
ざわつく胸と蒼と青
今年の夏は好きなものしか残らないような気がする
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 00:21
-
********************
- 48 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:24
-
舞美は何度見ても、今自分の目の前で繰り広げられている景色の往来が現実のものとは思えなかった
ひたすら蒼がせめぎ合う世界。近くにあるのにその存在を主張しない青
舞美は今太陽の下に間違いなくいるはずなのに、見えるのはひたすらに蒼
決して柔らかくはない、自然の猛者が舞美を指揮していた
それは誘うように、舞美を先へ先へと速度を上げて進ませる
その誘いに乗り、時には花の蜜に誘われる蝶のように。海が誘う方角へ舞美は進んでいく
テイクオフしてから随分と時間がたつが、舞美はまだ波と戯れ続けることができるようだ
それは舞美の技量からなのか、それとも蒼が選んでくれたからなのか
細かいところはよくわからない。しかし、今日の舞美は乗っていた
体と蒼。相対する色だが今日の波とは相性がいい。体が吸いつくようである
ボトムターンを自分でも納得がいくほど絶妙なタイミングで決め、終わろうとする波との戯れを止めない
白み始めた波が、先ほどまでとの蒼とは様子を変える
舞美の目の前で一つとして同じ蒼は存在しない。それこそころころ表情を変え、舞美に教えてくれるのだ
雄大で驚異で、それでいて優しい。海との接し方を
今日の舞美は、言うまでもなく絶好調だった
蒼の奥で笑っている彼女の顔がちらつく。舞美は誰も見ていないことをいいことに、思い切りにやけた
- 49 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:24
-
岸辺に近づくぎりぎりまで乗っていた波はスープになり、終わる
とっくに足の届く位置になっていたので、ボードを抱え舞美は浜に戻った
その足は自然といつもよりも速まる。それは上機嫌に波を捉える足元と同じくらい軽やかだった
なんといっても今日は愛理が帰ってくるのだ。舞美は嬉しいを隠すことができない
先週届いた突然の知らせに、舞美は今日までうずうずと駆け出したい子供のような衝動に駆られたままだった
早く早く、愛理に会いたい
遠く、ここではない都会に行ってしまった妹のような親友に久々に会えるのだ
これの気持ちを押さえつけて我慢しろという方が不躾だと舞美は思う
小さな頃から何をするのも一緒だった。それはもう一人の親友、えりかも含め青の下でこの蒼に触れて、笑顔を作った
離れてしまうことは当然寂しかったが、その想いはきっと愛理の方が強かったはずだ
舞美にはえりかがいた。ずっと三人でいたのだ。一人もかけることなく、三人で綺麗な三角形を作っていた
愛理はその三角形が崩れることをひどく恐れていた
三人の関係が終わって、自分一人がのけ者にされることを
一人で新天地に向かっていくに伴う気持ちの変動は舞美には計り知れぬものだったが、当時から今まで大きな確信はあった
愛理がここを離れても、三人は変わらない
愛理はずっと、舞美にとっての大切な人なのだ
えりかと愛理と舞美。三人の三角形は綺麗なまま、保たれ続ける
もう一度思い切りよく一歩を踏み出すと、そこにはもうまとわりつく波は存在せず、変わりに熱く焼けた砂浜があった
- 50 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:25
-
「おかえり、舞美」
「ん、ただいま。えり」
浜に出ると、当たり前のようにさしてあるパラソルの下に当たり前のようにえりかが座っていた
よく目立つ鮮やかなオレンジのキャップに白いタオル地の長袖パーカー
ちらりと見えるパーカーの奥のタンクトップにもセンスの良さが窺える
今年流行りのロールアップしたジーンズをすらりと着こなすえりかはとても綺麗で、舞美の自慢の幼なじみである
外国風を感じるような印象を受けるほど華やかな顔立ちは、閑散とした浜辺とはミスマッチで少しだけいつも笑ってしまう
舞美はえりかの座っているレジャーシートの横に腰掛け、ボードはすぐ後ろにあったテトラポッドに立てかけた
さっきまでぽたぽたと滴り落ちてきた海水は、浜を歩くうちにウェットスーツから蒸発してしまったようだ
さらさらとした砂の感触が舞美の白い肌を楽しませる
先ほどまで舞美と時間を共有していた波の感触はまたどこか消えてしまった。そしてすぐに欲しくなる
舞美は昔からサーフィンに入れ込んでいた
沿岸に面したこの土地に生まれたものとしては当然の流れのように、蒼い海を友達にした
趣味というより、生活の一部として波を受け入れている
えりかや愛理とはまた別のジャンルの友達と遊んでいるような感覚で、舞美は波に乗っていた
「今日は長かったね。一本の波に乗ってる時間」
「んー、なんかね。パドってる時は微妙かなって思ったんだけど…テイクオフしたら波が味方になったの」
「…ふーん」
「ボトムまでいってターンもうまいこと決まっちゃって…気づいたらスープまで行っちゃってた」
「あのね、舞美。何回も言うけどうちに専門用語使われてもわかんないよ」
舞美の横で肩をすくめ、仕方ないとばかりに笑顔を浮かべるえりかに舞美も同じような笑顔を浮かべた
何回説明してもえりかはサーフィンのことを覚えてくれなかった
- 51 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:25
-
「パドリングはボードを手で漕いでるとき。テイクオフはボードに立つこと。ボトムは波の下の方。スープは弱くなった白い波」
「あー、聞いたことある…舞美から」
「もう、えりー。いい加減覚えてよ、何回もいってるじゃん」
「だってうちにはサーフィン向かないもん」
おどけたように言うえりかの瞳は完全にからかいまがいだということをよく知っていたので、舞美は笑い返すことしかしなかった
舞美がサーフィンを始める時、えりかも一応挑戦したのだ
しかし、あまり運動が得意ではないえりかには波をうまくとらえることができず、断念
それ以降はこんな風に海で波に乗る舞美を、パラソルの下で見ているというポジションに落ち着いたのだ
舞美は実際に波に乗ることの方が楽しいのに、波に乗る姿を浜辺で見ているだけというえりかの行為が面白いのかが疑問だった
あの波をとらえる感覚を、戯れるときの高揚を、出来ればえりかに知ってほしかった
知れば絶対に自分もやった方が楽しいという結論にたどり着くのに
幼い頃は何度ももう一度やってみようとえりかを波乗りに誘った
絶対に自分がうまく教えて、そしてえりかと波に乗りたいという思いがあったのだ
しかし、えりかはいくら舞美が波に乗ることの楽しさを話しても、見てるの一点張り
見てるのも案外楽しいもんだよ、そういってえりかは笑うだけだった
まぁ、えりかが楽しいならばいい。自分もそういって無理に引っ張るようなことはしなかった
- 52 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:26
-
えりかは青に照らされ舞美を見ている
舞美は蒼と戯れ遊ぶ
そこに見出される面白さは未だに舞美にはわからなかった
出来ることならもう一度、一緒に波に乗ろうと誘いたい
しかし、今の舞美はそれを口にするほど無知ではなかった
「おつかれ、舞美」
おどけた笑顔を向けた後、吸い込まれるかと思うほどの優しい笑顔を浮かべるえりか
あの時の、笑顔そのままだった
いろんな現実を知った時の、呆然とした舞美の横で携えていた笑顔と
「うん」
短く一言そう答えて、回想に入り始めた頭を引き戻す
優しすぎて、それが背筋に走り、何か歯がゆくて舞美は視線を海に送った
舞美はえりかのことが大切だ
だからもう、波に乗ろうとは誘えない。本当は、舞美を見になんて炎天下の浜辺に出てきてほしくない
でも、えりかがそれを望むなら断りたくはない
舞美は、えりかのことが大切なのだ
- 53 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:27
-
数分の休憩後、舞美はぱっとパラソルとシートを片付け、ボードと共に担いだ
えりかは申し訳なさそうにごめんを繰り返し、舞美を見つめるだけ
そんな顔はしないでほしい。これは、別にえりかが悪い訳じゃない。自分がやりたいからこうしてるのだ
作ったような蒼と青の狭間で鳥が鳴く。実に爽やかだ
舞美はえりかの言葉には気づかないふりをして、いつも一歩前を歩く
そうでもしないと、きっと優しいえりかは何か持つとか言いだすだろうから
かたんかたんと、ボードとパラソルのぶつかる音がいつもと同じだと舞美は思った
「ね、舞美?」
「ん?」
音の切れ間を見つけることなく入った会話
このタイミングでえりかが話しかけてくるのは珍しいことだ
ここからそう遠く離れていない、いつもの目的地まではいつもの二人ならば無言だから
小さな変化だった。舞美は、えりかの声のトーンがいつもと違うのに気付かない
「愛理さ、もうついたかな?」
「あー、どうだろうね?もう来てるかな」
「そしたらうちらを探してるかもね」
「あはは、愛理ならそうするかも」
そうだ、今日は愛理が帰ってくるのだ
波の隙間にまで見た、あの目尻を垂らした愛くるしい笑顔を思い出すと舞美の表情もだらしなくなっていく
えりかの表情はわからない
けれど、舞美はえりかも自分と同じく笑っているはずだと思った
それを疑うようなことはしなかった。三人は常に三角形なのだから
偏ることなんて、ないのだ
- 54 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:27
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「う、ちらもさ」
「うん?」
ちょうど、夏休みの子どもが起きる時間になっただろうか
空にはいい具合に太陽が昇ってきた。オレンジではない、夏の日差しだ
ゆらゆらと砂浜は蜃気楼を作り始める
早く浜から上がらないと
えりかの言葉を耳には入れながら、舞美の脳は違う方向へ気を張り出す
早くしないとえりかが貧血で倒れそうな天候になってしまう
蜃気楼の中にえりかを置くわけにはいかないのだ
それが、舞美自身が決めた務めなのだから
えりかに無理は絶対にさせない
このとき舞美が振り返っていれば、えりかの想いは全部伝わったのだろうか?
「愛理のこと、探そっか?」
「え?」
「愛理、きっと舞美のこと探してるだろうから」
「あー、それもいいかもね!早く愛理にも会えるし」
「…うん」
「それじゃ、早く上がろ。もうすぐ暑くなる時間だから」
「…うん」
それは、蒼にも青にもわからないことだった
- 55 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:27
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- 56 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:28
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砂のこびりついたコンクリートの急な階段を上がった先に見えたのは、花柄のサンダルを履いた足元
ふんわりとした真っ白いスカートが入道雲のようだ
二つに結われた黒髪はゆるくウェーブし、胸の上ほどで落ち着いている
スカートと色のあったつばの広い帽子と大きなボストンバッグ
少し大人になった?
垢抜けただけかもしれないけど、そう感じる
胸の高鳴りが教えてくれたのは間違いなく、あの子だった
ずっと会いたくて仕方なかった、何も変わってなかった
大好きな笑顔があった
待ちわびた、その子だった
- 57 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:29
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- 58 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:29
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「あっ!」
最初に出た声はたったそれだけだったが、舞美の体は重力を忘れたかのように早く回り出す
がたんと、大きな音をたててボードとパラソルがぶつかった
それは舞美の心の動揺の音だ
ドキドキと忙しなく体を駆け巡るそれは、決して苦しいものではなくてむしろ心地よい
かき氷を一気に食べた時のような、ガツンとした衝撃が頭に走る
いつの間にか、体だけは目的地についていた
そういうものを全部受け入れる準備は、舞美には出来ていなかった
舞美の視界に入った女の子は険しい顔で目を細めて、帽子のつばをいじくっている
きっと舞美が背中に太陽を背負っているから眩しいのだ
それは舞美が昔、海から上がった時に見ていた笑顔と何も変わらない
目を細めると、なぜかたれ目になるのだ。笑った時と同じ顔
周りの音や景色が一瞬消えて、五感全部が目の前の女の子に集中する
波の音も、鳥の声も。遠くに消えてしまった
「まいっ、み…っ。はやっ…」
はるか後方で聞こえたえりかの息を切らした声ではっとして、虚像が消えて現実ができた
そして、時間は動き出す
「…あい、り?」
「…うん!」
「ほ、本当に愛理?」
「そうだってばぁ。舞美ちゃん相変わらずだよぉ」
「わぁ愛理!会いたかったよー!」
- 59 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:30
-
出てきた言葉はありきたりだったかもしれない
でも舞美はその言葉しか知らなかったから、真っ直ぐにそれを伝えた
愛理に会いたかったのだ。引っ越した、三角形の一辺が離れたその日からずっと
メールでも電話でも埋まらない関係をもう一度、夢に見ていたのだ
顔がほころんで仕方ない。嬉しくて仕方がない、その気持ちを止めることが出来ない
愛理は相変わらず、ふわふわとした空気を纏って舞美に吹き抜ける優しい風のよう
砂浜で感じた蜃気楼をアスファルトでも感じた
でも目の前にいる愛理が幻想ではないことを舞美は未だに信じることができなかった
この愛理は舞美が見ている夢の一部ではないのか
会いたいという気持ちが無理矢理作り出した幻覚というオチではないのか
それを確かめるために、離れた距離を埋めるために。今すぐ昔みたいに頭を撫でたりしたかった
その衝動を抑えきれない舞美は走り出そうと固まった体を動かしてみる
瞬間、また大きな音を立てるボートとパラソルの接触部
そしてまた、現実を思い出した
「…あ、えり…」
はっとして振り返ると、先ほどと位置を変えないところでえりかが膝に手をついて肩で息をしている
しまった、えりかのことが見えなくなっていた
久しぶりの愛理との再会
その事実を受け入れる事ばかりに目を向けていて、置いてしまったもう一人の大切な人
舞美は唇を噛むとまた走り出そうと、今度は手荷物全てを構えた
- 60 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:30
-
「舞美ちゃん、いいよ」
でもそれを制したのは、細くて運動をしたことがあるのかと問いたくなるような腕だった
「え?」
今度は愛理の方に振りかえろうとするが、その時すでに愛理は舞美の真横にいた
そして重そうなボストンバッグを両手で掴み、よろよろと歩きだす
不安定に。でも一歩一歩、確実に
愛理はまっすぐえりかのところに歩いていった
――あぁ
こんなところまで懐かしいと舞美は思ってしまう
いつも舞美が先走りすぎて周りが見えなくなって、一人で走って前に行ってしまった時に
えりかと愛理はお互いに周りを見てくれていたではないか
どちらかが置いてきぼりを食らっていた時に、舞美に一言言ってその速度を落として
その後、今のように迎えに行っていたではないか
「久しぶりだね、えりかちゃん」
「あい、り…」
優しい愛理の声と少し息切れしたえりかの声が舞美のいる位置よりも少し遠くで聞こえた
その声の続きを聞く前に、三人の関係の意味を再確認する
二人がいるから、舞美がいる。二人もきっと、そう思ってくれているはずだ
そう、舞美は確信していた
誰に聞いた訳ではないのに
- 61 名前:02.夏風、浅はか 投稿日:2008/08/19(火) 00:31
-
思い出と今を重ね合わせて
大きな音をたてて始まる、大切な日々
- 62 名前:Dream blue 投稿日:2008/08/19(火) 00:32
-
********************
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 00:39
- 本日の更新は以上です。
>>43 名無飼育さん
こんな感じで続きです。
カプとかまだはっきりしてませんが後々という感じでお楽しみに←
今後とも頑張りますのでよろしくお付き合い願います。
>>44 名無飼育さん
あいかん私も好きです、個人的には。
そこのところにも注目していただければと思います。
更新が待ち遠しいとか!
こんな亀更新ですいません。お付き合いください。
作中にちょっとしたサーフィン用語が出てきますが特に気にせず読み進めてください。
私の知識内での内容なので細かいことは正直わかりません←
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/02(火) 19:45
-
続きが読みたいです!!!
お願いしますm(__)m
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/10(土) 23:18
- 続き読みたいです
出来たらキャプもかいてください
お願いします
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/11(日) 00:49
- お願いします!!
この小説大好きなんです!!!
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/05(日) 12:15
- もう更新されないんでしょうか‥‥。
それでも待ってます!!
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/20(月) 17:53
- 見てる方がいらっしゃればお久しぶりです。
とりあえず生きてます。
だいぶあいてしまいましたが更新します。
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/20(月) 17:54
-
近くで見る虚像
遠目で見る実像
- 70 名前:Dream blue 投稿日:2009/07/20(月) 17:55
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- 71 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:00
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「…よし、午前はこんなもんかな。休憩しよう」
「はーい」
店長の一言に待っていましたとばかり、大きな声で答える栞菜
空調はきいていたが八月の上旬、まさに夏真っ盛りといった中での仕事は堪える
栞菜は飲食スペースの丸太を適当に切っただけような、海では珍しい木の椅子に腰かけて、同じく木でできたテーブルに突っ伏した
椅子は不安定だし、テーブルは間違いなく平行ではない
でも不格好ながら存在を自己主張するこの二つは栞菜のさりげないお気に入りだった
かたんかたんと不安定な椅子を左右に揺らしながら栞菜は徐々に体の力を抜いていく
今日はなんか午前中、人が多かったな
ここはサーフショップ、catch the wave
この海に波乗りに来るサーファーなら一度は訪れたことのある店である
ボードやワックス、ウエットスーツなどのサーフィンにおいての必需品からTシャツやサンダルなどのちょっとした着替え
栞菜が今いる飲食スペースでは食事を取ることも可能な、たまり場だ
そこまで派手な外装ではないが、店内は広く、その中に忙しないほど所狭しと物が陳列してある
リーシュコードなんて何メーカー分あるのか把握しきれないほど種類豊富だし、サーフィン上達のためなどといってスケートボードまで売っている
この店の店主は適当だから、基本的には買いだめ状態で商品を仕入れてくる
それでも不思議と赤字にならないこの店は、頻繁にやってくる常連の客で持っているようなものだろう
- 72 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:01
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栞菜はこの店でバイトを始めて半年になる
それは栞菜が親の都合でこの土地に引っ越してきたのと同じ日数だった
引っ越してきたその日に決めたバイト。ここにバイトを決めたのは別にサーフィンが好きだからとか、そんな輝かしい理由ではない
しかし時給がいいとか、そんな短絡的なことでもなかった
ここの海に惚れたっていうのはあながち間違いではないけれど
もっと、陰険で。もっと、魅力的な理由
もうすぐお昼になる
そうしたらきっと今日もやってくる
栞菜にとってこの休憩が一日の中で一番待ち遠しい時間なのだ
店長が麦茶を持ってきてくれた。同時に漂うこの匂い、今日の昼食はカレーだろう
店長が趣味でやっているような店だから、バイトは栞菜しかいないし従業員は店長しかいなかった
二人の空間にカレーのスパイスの利いた、身が引き締まり汗が出るような、食欲を誘う香りが充満する
店長のカレーは、とてもおいしいのだ。みんなが大好きな味だ
店長にきちんとお礼を言ってから、栞菜の喉は麦茶によって潤される。お腹は減っていた
目の前にはカレーが四人分。麦茶も同数、用意されている
四人分を見ると、栞菜はそわそわと落ち着かなくなる
それはいつものことだった。ここにきてからずっと、そうだった
「おじさーん!こんにちはー!」
「お邪魔しまーす」
「あ、えっと…こんにちは」
ばっと、それは飼い主を見つけたような犬の如く。栞菜はテーブルから顔をあげる
ただ、いつもと同じようでいて、今日はなんだかワンフレーズ多いことに怪訝な顔を作りながら
- 73 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:02
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「あ…」
「…え?」
そのワンフレーズを発した人物と、かちりとはまり合った歯車のようにしっかりと視線が絡む
それはどこかで見たことあるような、ないような。栞菜の思考の中をふわふわと漂うような不思議な感覚
要するに栞菜は忘れていた
きっと言葉を発したのは向こうなのだから目の前にいる彼女は栞菜のことを覚えているのだろう
勢いよく開け放たれたドアから入り込んでくる夏の熱気が冷房に打ち勝ち、栞菜の額にはうっすらと汗が滲んだ
眩しい光。バックグラウンドには雄大な蒼
この土地に来て感じた、青と蒼の素晴らしさ
今は三人の来客に阻まれて見ることができないが、それでもいいのだ
感じる潮の香りはいつでも栞菜のぎすぎすした心を溶かしてくれた
きっと、今回も
潮の香りが教えてくれる、汗が頬を伝う前にそんなことを思った
栞菜は特に必死に考えようともせずに身を構えた
気安く天真爛漫で人懐こいのが栞菜の良いところだった
「え?愛理、栞菜のこと知ってるの?」
「うん。帰ってきたときにね、商店街で…」
「あー、愛理だ!愛理!」
- 74 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:02
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商店街というキーワードを得て、栞菜はぽんと手のひらを叩いた
そういえば一週間ほど前、ふらふらと商店街を歩いていた女の子に声をかけた覚えがある
こんなところでまた会うことになるとは思わなかったから、すっかり記憶の淵に落としていた
栞菜はいつものようにひまわりのような笑顔を浮かべると愛理に近づき、久し振りと気安く肩を叩いた
「栞菜、忘れてたでしょー?」
「んーん、ひどいなぁえりかちゃん。あたしが愛理のこと忘れるわけないじゃん、ねぇ?」
「あ、あたしに聞かれても…」
「おー、今日カレーだぁ!おじさんのカレーおいしいから大好きなんだよね」
舞美のマイペースな声が響いたところで、店長が奥からひょっこり顔を出して笑ってカレーをもう一皿用意した
- 75 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:03
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- 76 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:04
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「へー、愛理は舞美ちゃんたちと幼なじみなんだ?」
「うん。引っ越したんだけどね。今は夏休みだから帰ってきたの」
「そうなんだ、あたしは半年くらい前にこっちに引っ越してきたから愛理とは入れ違いかな」
「…半年前ならそうかな。そうだよね、舞美ちゃん?」
「え?どうだっけ、えり?」
「もう、愛理が引っ越したのは去年の冬でしょ。なんで愛理も舞美も覚えてないのー」
「ご、ごめんえりかちゃん」
「あはは、ごめんえり」
暑苦しい日差しとは無縁の午後二時ちょっとすぎ、栞菜はだらだらと舞美、えりか、愛理と話していた
仕事は相変わらずたまにくるお客さんの接客だから、まだ出番はなさそうである
ゆっくりとした時間、三人の関係を図るように栞菜は観察を繰り返した
それはただの興味本位と少しの嫉妬
栞菜はただ、バイトを始めた理由がなくなることが嫌なだけなのだ
三人の関係はとても優しくて穏やかに見えて脆くもあることを敏感に感じ取っていた
空気だけは昔から読むのがうまいと自負している
きっとこの三人といればうまく――いや、とても楽しく今年の夏が過ごせることだろう
脆くある三人は互いに支えにしているのがわかったから
思い合いというやつをこの三人はいとも簡単に、誰も気づかないくらいささやかにやってのけていた
それは本当にすごいことだということは栞菜もしっかりとわかっていた
- 77 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:04
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しかし、何か自分が除け者かのような疎外感を感じずにはいられない
三人には三人の独特の何か、他者を近付けないものがあって
部外者である自分はそのすぐそばでただ眺めているだけになりそうな、そんな予感
ここに引っ越してきて、舞美ちゃんとえりかちゃんと過ごしていた日々とは少しだけ質の違う空気
愛理は悪い子ではない
そんなことはたった数時間しか一緒の時間を過ごしていない栞菜にも容易にわかることだった
でも胸の真ん中に居座るもやもやとした不満を拭い去ることはできない
その理由は直結して、栞菜のバイト理由にも繋がってくる
だから気づきたくないのだ。遠回りをしてわざと避けて、誰も嫌いにならないようにしている
栞菜が彼女をちらりと盗み見る癖は初めて会ったときから変わらない
さらさらと流れる漆黒の黒髪と元気の塊のような笑顔もなにも、変わっていなかった
あんな顔して笑うから苦しくて
要するに栞菜は、舞美のことが好きなのだ
- 78 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:05
-
それはある種の一目惚れという名の直感に等しかった
忘れもしないここに引っ越してきた日
栞菜は海を眺めていた
今までは街にいたから海とは無縁、むしろ海の果てともいえる水平線を眺めたのは初めてで
一目で気に入った蒼、そして青とのツートンカラー
二つが混ざり合い、協調し合う世界に紛れこんで、まず風景に一目惚れ
そして、栞菜はそこで見てしまったのだ
風景の中に動く、人影
それは決して波の動きを邪魔していたり、風景を阻害しているという訳ではない
だって、栞菜は思わず息を飲んだのだから
あまりに美しく、まるで絵画のように風景に収まっている、彼女が波と戯れる姿
そして遊び終わりに見せた爽やかすぎる、青と蒼にぴったりとはまりこむ笑顔
それは栞菜にとっての直感で、目に見えるものすべてが正しくて、それが世界だった
すぐにそばに駆け寄って話しかけた
また太陽の笑顔をした
そして直感がどんどん現実味あふれるものになっていく
隣にいたえりかの優しい笑顔も魅力的だったが、栞菜の心には火傷しそうなほどに煌めく太陽の笑顔しかときめかなかった
それを恋だと言わずとして何というか
知らないから、栞菜はそれを恋だと呼んだ
その日に決めたcatch the waveでのバイトは舞美が紹介してくれたものだ
友達の印と、また会えますようにという思いを込めて
自分の行きつけだからすぐ馴染むことができるだろうと勧めてくれた
そこで頷かなかったら今の関係なんてなかった
これを恋って言わないでなんて言う?
- 79 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:06
-
「…栞菜、栞菜」
「…へい?」
「もう何その声ー、話聞いてた?」
「ごめん、あんまし」
少しおちゃらけて話せば笑顔の舞美が隣にいる
別に今の関係に不服はない。先に進みたいって思いも確かにあるけれど
それよりも今は、もっと多くの時間を舞美と重ねたかった
その場に誰がいたとしても
栞菜は舞美ともっとたくさん、笑い合いたい
それが建前だった
「お水、もらっていいかな?」
「…あー」
「お願い。たぶん忘れてるから」
それは当たり前という定義にくくりつけて行われてきた、非日常的な行為
栞菜は黙って頷いて席を立つ。わざとらしくがたんと椅子が大きな音をたてた
舞美が申し訳なさそうな顔をする
人の変化に敏感なえりかの表情がゆるゆると険しいものになっていく
愛理は何も知らない無垢なる表情でえりかに話しかける
栞菜は舞美とえりかとこれまで同じ空間で同じ時を過ごしてきて、分かったことがある
それは空気にも似た関係性
お互いがお互いを労わり合う優しさ。さりげない行為すぎて、本人たちですらわかっていない
- 80 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:07
-
栞菜にはわかった
しかし、わからなかった
その行為の意図と、本人達の気持ち
「はい、お水」
コップの半分程度に注いだ水を舞美の前ではなくえりかの前に置いた
揺れる水面の奥で波打つえりかの眉間にしわが寄っているのはいつもと同じ
客観的に見ているからわかることはたくさんあった
それでも歩み寄らない気持ちはわからなかった
それに喜ぶ自分がいるというのが栞菜の本音なのだけれど
今の関係に満足しているけど
確かに笑い合いたいけど。誰が居てもいいけど
一番にこしたことはないのだ
それが本音だった
まぁぶっちゃけると――えりかちゃんにだって負けたくないんだ
- 81 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:07
-
願わくば、えりかのように舞美のすぐの隣にいきたい
いつでも気にかけてもらえて、いつでも気にかける。そんな存在になりたかった
まぁまだ年月は伴っていないけれど、栞菜は能天気な振りをしていつでも狙っていた
舞美の隣、を
「…栞菜、ありがと」
「いいえー」
えりかがいつも通りの表情で栞菜にお礼を言う
いつもながら、困っているようなその表情
それに栞菜ですら困っていることにそろそろ気付いてほしかった
愛理が怪訝な表情で一部始終を見守る中、舞美は努めてそんな愛理に話しかけた
まるで、えりかを日常生活の一部分にしようとしているような、そんな光景
気にしないで、そういう思いをなんとか感じ取った
だから栞菜も舞美のそれに便乗することにする
「愛理ー、ちっちゃい頃の舞美ちゃんの話してよ。きっとこのまんまだと思うけど」
「え、えぇ?」
「えー!失礼だなぁ。今の方が大人でしょ、たぶん。ね、愛理?」
「んー、どうだろ。舞美ちゃんはとりあえず外で遊ぶの好きだったかな」
「サーフィンは昔から?」
「ちっちゃい頃からやってるねぇ。えりかちゃんを無理矢理誘ってやってたよね」
- 82 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:08
-
こくん、と隣で喉が小さくなる。その音が聞こえてから数秒後にえりかの声がした
「うち運動神経ほんとないからさ。サーフィンとかできないのに舞美が無理矢理…」
「だって気持ちいいんだもん!えりにもあの感覚知ってほしかったんだけどなー」
お手上げだというようにふらふらと手を左右に動かすえりかに笑いかける舞美の顔は努めて優しい
愛理は、この空気に気づいているのだろうか
表情からその心理を読むことは、栞菜でも出来なかった
気付いているのだったら放置してほしい。できる限り
触れてはいけない内容ってものが世の中にあることを知ってる子だと、いいのだけれど
無垢過ぎるのは罪になるから。栞菜はそう思っておくしかなかった
うだるほどに暑苦しい陽気が今だけ、すべてをぼかしてくれたらいいのに
確かに栞菜は舞美のことが好きだけれどえりかのことが嫌いとか、そういうことはなかった
どちらかというとえりかには大好きなお姉ちゃん、といった感じ
好きのベクトルが、まったく違うのだ
だからこそ、そう何度も聞きたくはない
そのとき可哀想としか思えない自分が、悔しいから
- 83 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:08
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「ねぇ、えりかちゃん」
「…んー?」
無垢な心が、誰かを思って。一心に動いてしまった
舞美が小さく息をのむが、それを止めることは、できない
「さっきの薬、どうしたの?体調悪いの?」
「ん、んー…あーあれはねぇ…」
からん、とさっき淹れた麦茶の中で氷が溶けて、ガラスとぶつかる
夏の音に夏の味。近くに聞こえる波の音。上にある青、そばにある蒼
全てが綺麗だなって思う。栞菜はこの場所が大好きだった
この場所だけではない。店長だって、舞美だって、えりかだって、さっき会ったばかりの愛理だって栞菜のお気に入り
明らかに言いよどむえりかのために何か言ってあげたい
頭をフル回転させてもその答えは出なくて
おんなじ眉毛の形で困っている愛理とえりかを見守ることしか、出来なかった
「愛理も知ってるじゃん、うちが運動出来ないって」
「うん。小さい頃からだもん」
「なんかね、あれ心臓が弱いからだったっぽい」
「…え?」
- 84 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:09
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愛理の目がすうっと大きくなる
それを見届けるかのように、横に座っていた舞美がぐっと栞菜の手を掴んだ
きりきりと筋肉やら骨やらが圧迫されて、少しだけ痛い
それでも栞菜は何も言わなかった。ただ、少しだけ目を細めて黙っていた
だって、えりかちゃん。笑ってるんだもん
一生懸命、大丈夫って。笑ってるんだもん
だから栞菜は黙って舞美に手を握られていることにする
これはこれで栞菜からしたら役得だ。相変わらず舞美の手は暖かくて、汗ばんでいた
舞美ちゃんは一生懸命、舞美ちゃんらしかった
あーもう、これがこんな場じゃなければ肩でも一発抱くのにな
「だからそれの薬、かな。心臓の動きちょっとなおしまーすみたいな」
「ぇ、あ…」
「一日三回飲まなきゃいけないからさ。愛理もこれから見かけることになるけど、気にしないでね?」
「え、えりかちゃん…大丈夫、なの?」
「ん?…あー、大丈夫だよ。運動苦手なのは前からだし。そんなに何も変わらないし。元気元気!」
にかっと口角をあげて笑うえりかの笑顔はあまりにもいつも通りで
その細い二の腕に作った力こぶしに感じた弱さには口を出さないことにした
愛理も何を察したのか、何も言わなかった
舞美も思い切り手を握った後、ごめんと小さくつぶやいて少し黙った
あたしに、何ができるんだろう
この状況を、どうしたらいいんだろう――
- 85 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:10
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打開案も何も生まれずに、一人の思考はオーバーヒートしそうなくらいに早く稼働していた
第三者だからできることを何か考えなければいけない。何か、何か
「おーい、栞菜ちゃーん」
「、え、あ、はい!」
「そろそろ仕事…ってまだみんないたのか」
「あ、はは…お邪魔ですかね?」
面目なさそうにそう答えるえりかに、店長が邪魔だと言うはずもなく、ちょっと薄くなった頭をゆっくりと撫でて笑った
「いや、全然!ゆっくりしていきなさい…お、そうだ」
catch the waveと印刷されたお世辞にもセンスがいいとはいえないエプロン
これは栞菜も着用しているがあまり好きにはなれない
そこについている前ポケットをがさごそと、思いっきりゴミをまき散らしながら漁る店長に、栞菜は呆れるしかなかった
それは、掃除のやり直しを命じられたも同然だった
「あった、これこれ。これあげるよ」
「…店長、なんですかこれ?」
「何って、来週のお祭りのタダ券数枚」
「おまつり?」
「あー、愛理も行ったことあるじゃん。神社のそばから海岸沿いにずらーっと屋台並ぶお祭り」
「あー!わかった!懐かしいなぁ」
若干端が折れていたり紙がよれていたりするが、そこに記載されている内容に間違いはなかった
舞美からの説明を受けて思い出したのか、愛理の目は昔を懐古するものになっていた
先ほどの、何とも言い難い空気ではない
栞菜はほっと息をつき、いつもの調子に戻ることにする
- 86 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:10
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「店長、これくれるんですか?」
「おう、いいよ。みんなでいってきな」
「やったー!お祭りさ、4人で一緒に行こうよ」
「お、いいねぇ。わいわいやろう!」
「いえーい!」
意味なくえりかとハイタッチを交わす
こっちがテンションをあげればえりかは基本、乗ってきてくれた
えりかだって暗い空気を打開したかったはずだから
姉妹のような関係を築いている栞菜とえりかにとっては、このくらい飛ばしていった方が心地よかった
大きく打たれる波の音。来週のお祭りは絶対、楽しくなる
否、楽しくさせなければならないと思う
栞菜は一人でぐっと心に決めた言葉を飲み込んだ
「舞美も愛理も、いいよね?」
「あ、え、っと…」
「…うん!賛成!浴衣きたいなぁ」
「あ、いいねぇ!愛理にはあたしの貸してあげるよ」
「……うん、ありがとう。えりかちゃん」
空元気だと知っていても
それを優しさだというのなら、ここの青と蒼は優しく包んでくれる
優しさは時に人を傷つけるというのなら、それは真の優しさではないと栞菜はこの空間を見て、思った
だって、こんなにもあったかい空気ができるなら
思いやりと思いやりは合わさって優しさができてる
潮の匂いがした。栞菜は麦茶を一口、飲む
…ぬるい、そして薄い
でも、夏の味がした
- 87 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:11
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「花火もしたいね!」
「あーいいね花火!」
「私線香花火やりたい!」
「愛理相変わらず好きだねぇ」
「とかいって、えりはどうせ縁側に枝豆とかいうんでしょ?」
「だって夏に外で食べる枝豆おいしいんだもん!」
思い切り楽しそうな笑顔を浮かべる3人の輪に飛び込んで
一緒に笑って、一緒に過ごして
今年の夏を、特別な夏にしよう
「あたしも花火やるー!」
飛び込んだ人の背中は、日焼け知らずで真っ白で
ひんやりしてるのかと思いきや、やっぱり汗ばんでいて、それが彼女らしかった
だから栞菜は思い切り、笑う
今はあやふやな立場だけれど
いつか自信を持ってその隣にいることができるように
- 88 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:12
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持ちつ持たれつ、近づきすぎず近づいて
そしていつかは隣にいたい
- 89 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:13
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- 90 名前:03.暖かくて不完全なもの 投稿日:2009/07/20(月) 18:15
- 以上で更新終わりです。
ぐだぐだと長くてすいません。
>>64->>67
みなさんありがとうございます。
今更ではありますが読んで頂ければ幸いです。
それではまた時間があれば更新します。
次はもう少し早くできる…はず。
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/21(火) 20:53
- 待ってましたよー!!!!
栞菜良いですね。かなり良い役所そうで楽しみです(^O^)/
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