fancy free
1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/23(金) 01:55
前スレ
ttp://m-seek.on.arena.ne.jp/cgi-bin/test/read.cgi/wood/1112345338/l50
「考える葦」の続きからです。
2 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 01:58


「梨華ちゃん、あのさ…」
なぜだかきまりが悪く、伏し目になる吉澤が声を絞り出す

「ん?」

「あのね、あの…」

「どうしたの?」

「あたしね……パルを抱っこしたい」
目的なんて忘れた

3 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 01:58

だってパル、フワフワなんだもん
触ると気持ちいいんだもん
ワシワシ撫でたい
ガブガブ噛みつきたい
…噛みつくと叱られるから、それはやんない

敗北感を背負い肩を落とす姿は、梨華のどっかの本能をチクチク刺激する
「構ってあげないんじゃなかったの?」
パルを抱き上げ梨華は笑いをかみ殺す。勝者の余裕

くつろぐパルが吉澤を嘲笑うように、梨華を見上げて鳴いた
まるで共犯者の笑み

なに、その繋がってる感
なに、そのお互い分かり合ってる空気感


吉澤のどっかが崩壊した


4 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 01:59

もーーっ
雄叫び、ソファーに飛び乗った
もーーっ
そのままパルを抱いた梨華ごと強引に腕の中におさめてやった
もーーっ
ぎゅうぎゅう抱きしめた

梨華はおかしくておかしくて笑った

5 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 01:59

笑うなら笑え
嫌がるなら嫌がれ
あたしは、はなしてなんかやらないぞ
掴まえたもん
ここにいるんだもん
はなしてなんてやらないぞ

「よっすぃ。落ち着きなよ」
無理無理、そんなのは無理
ぶんぶん頭を振る

「分かったから、抱っこしたいんでしょ?」
どうも苛めきれない

「いい?」
「もともと私が禁止したんじゃないでしょ」
あーそうだった
問題ないじゃん、早く言ってよね

落ち着いて見下ろすと。右に梨華、左にパル
右、左、右、左
黒目がきょろきょろ、挙動不審の吉澤
やり過ぎたかなと梨華は不安になった

「よっすぃ…大丈夫?」

吉澤は突然、大笑いを始めた
ちょっと手遅れ感が漂っていた

近距離だろうとお構いなく、吉澤が叫んだ

「聞いてっ!!こっちにパル。こっちに梨華ちゃん」

ここで、実はもう一人いない?なんてオカルトな展開はごめんだと梨華は警戒した
6 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 02:00

「こっちパル、こっちには梨華ちゃん。なんかこれ、すっごい幸せ」
どうよ、このお得感
「幸せ、幸せ」
嫌なところは、それなりにあるはずなのに
なのに、結局。マイナス成長なし
「梨華ちゃんはずるい」

アナタにだけは言われたくないと梨華は心底思う
で、反撃したくなる

「私の事そんなに好きじゃないんでしょ?それなのに幸せなの?」
こんな場面で蒸し返す
そりゃもう空気なんて読まない
7 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 02:00

こんな呑気に幸せに浸ってる時に言うか?

梨華ちゃんて根に持つタイプだな
ネガティブじゃなくて、そっちだな


…幸せだ。ここに嘘はない

でも前言撤回は力関係に響く

8 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 02:00

「じゃあ、そんなに好きではないけど幸せ」

恋なんぞ駆け引きだとしたら
絶対に負けられない戦いが、そこにはある

梨華+パル。コラボ大成功
たまたま、上手い事いっちゃっただけよ

「パルに救われたね梨華ちゃん」

「もーなによ」
「まあまあ、いいじゃないの」

9 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 02:01

軽いよな、この人
幸せ感まで軽薄だよな

痛いほどの抱擁も甘い囁きも
偽物の時はある。場のノリとか
でも、不安は100回呟けば晴れるってものではない

「決めた」

「なんだい梨華ちゃん、言ってみなさい」
あくまでも上から姿勢

「よっすぃといて、楽しくなくなったら別れるね」

恋は楽しいだけじゃないよね、なんて悲しがりたい時に言えばいい

「おお、そうしろそうしろ」

基本を忘れずに


この人といる事が、楽しい

10 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 02:01
吉澤には、ただ幸せなこの恋

その時、一番欲しいものを掴まえる
何かは手に入らなくても、何かは無くしても
誰かとか何かのせいにしたくもないし

そこはどこかと問われたならば

『あたしが選んだ場所だ!』

どこに立ってても。うん、かっけーぞ、あたし

押し寄せる荒波も、あたしが大したこと無いって言ってやる

大船に乗ったつもりでいたまえ

沈んだら、沈んだで
諦めたまえ

あたしの幸せ地点にいれば幸せだぞ
幸せ地点だから幸せだぞ

あたしが描くんだ、乗っかれ

でも、そっちもそっちで。ちゃんと描け

この人いないと生きていけない。とか、絶対ない
哀しくたってそんなもんじゃん

この幸せには、この人が重なった

面倒だから
その時々、それっぽい言葉で適当に


愛してるぜ!!


うわー無し無し、これは無し
なんか胡散臭くなっちゃうもん

11 名前:考える葦 投稿日:2006/06/23(金) 02:03
パルは残念ながらネコなので選択権は限られている
だから仕方がなくでもこの家のコであり続けるしかない

パルは梨華の事は気に入っているようだから
梨華が気に入っている吉澤を無理してでも受け入れるしかない

でもやっぱり、梨華の腕の中から伸びるパルの小さな手は
吉澤の腕をペタペタ叩いて抗議の意を表明していた

「はははっパル、はなしてなんてやらないぞ」


     − 考える葦  オワリ −
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/23(金) 02:05
>511  名無飼育さん
好みに走っているので、各々無闇にかわいく思えます。

予定外に新スレに移行してしまいました。
なんだか疲労感に包まれておりますが、またよろしくお願いします。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/23(金) 06:22
新スレおめでとうございます。
これからも楽しみにしています。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/06/25(日) 14:47
楽しかった。新スレが出来てこれからも読めるのがうれしいです。頑張って下さい。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/20(木) 22:45
梨華ちゃんとパルとよっすぃーの物語りは「考える葦」編で終わりですか?
また作者さんのお話が読みたいです。頑張って!
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/09(水) 18:54
もう更新無いのかな?
作者さんの作品好きなんで待ってます。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/20(金) 22:34
同じく待ってます。
18 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:33


十二目、十三目と
二十五目まであと半分
十七段目ともなると、さすがにこなれてきた
表目はストレスなくさくさく進む
問題は、裏目
もう少しなんだけどな
つっかえつっかえでリズムがでないんだよな


「て、あたしは何やってんだ」

19 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:34
集中しすぎてけど、自分の立場を思い出した


「マフラー編んでるんだよ」

分かってるよ。そんなのは

出来ない事を出来ないと断らないで
無理矢理な努力は一度だってしてはいけない
一度は二度となり
二度は三度となり
無理が利かなくなって綻ぶ時に、こっちが自滅する
20 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:35
悲惨なこの状況で
自滅の道しか残っていないのなら、たぶん自爆した方がいい


不本意な作業にかり出されたベットの上
あたしの操るプラスチックの棒針の先を
いつからそんなに目が悪くなったんだよって至近距離から
左右上下、くまなく

瞬きも惜しんでいた真剣な目は
急に怒鳴られたもんで
きょとんとした方に変わって、芸のない犬みたいに見上げてる

「あーもう」
あたしは当然の権利として溜息を吐く

「もうちょっと」
「やーだ。リカちゃん、自分でやりなよ」
「もうちょっと。あと少しで掴めると思うの」
21 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:35


同じ形の建物が並んだ公団住宅の一棟
くすんだ青と赤で交互に塗られたドアが続く
あたしの家は五階の一番端。赤いドア
数歩通り過ぎて、隣の青いドアがリカちゃんの家
お隣さん。正真正銘の

リカちゃんは昔っからこうなんだ

説明書のついているオモチャに始まり
お菓子のオマケみたいな説明図が2つしかないやつまで
律儀に、あたしの所に持ってくる

もしかすると
あたしの名前を呼んで眉尻を思いっきり下げるのが
組み立てるただ一つの方法とでも思っているのかもしれない

お手本とするべき困った顔を惜しげもなく披露する彼女の前では
取り立てて賢いわけでも工作が得意でもないあたしだって
投げ出したいような高度な説明書にも
四苦八苦で、脳みそと手先を総動員で格闘するしかないんだ

分かった、ありがとう
笑顔を取り戻すまでがあたしの仕事


その結果、これだ

22 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:36
「なんであたしんとこ来るかな」
「だって、ね」

今、この場からでもいいから
習慣を消し去る方法を教えて欲しい

この人が、手芸屋で厳選してきた
一番挿絵が多くて易しそうな本は
一人で立ち向かう、とはならずに
あたしの膝が最初のページを押さえている

編み物だぞ
躓きそうだからって、あたしが浮かぶか?
生活ぶりに接しているんだから
手芸とあたしに親和性がないの分かるだろ?

リカちゃんはどうも
習慣と至上命令を混同している
23 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:36
最近では殆ど、力一杯に襖を開けて
怒濤の愚痴攻撃に捲き込むにばかり来ていたリカちゃんが
にこにこして入ってきた時に、嫌な感じがした
大きな茶色の紙袋なんか抱えていたし

「ひとみちゃん、これ」
寝転がっていたベットの上にぶちまけられた紙袋の中身
一つ一つ取り出すとかしないし、この人

「なに?」
見て分からないの?と書かれた顔のまま
一番下になったものを取り上げて、あたしにかざした

『初めての編み物』

「編み物、出来る?」
「そう見えた?」

詰め込まれていたのは
これから手を出します、の意志で買い揃えられた
片方が鋭利で片方が丸まった棒とか
目的不明のちょっと加工された棒の数々と
何人分のセーターになるんだろうって大量で
色とりどりのモサモサした毛玉

「見えないけど」
「けど何?何しにきた?」

「手編みのマフラー。作りたいの」

24 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:37

ベットの下にまで逃げ出した毛玉を足で集める
あたしは、どっちらかというと
これで蹴鞠を始めた方が優秀な成績を残すタイプ
家庭科実習はいつも
哀願の眼差しを使って隣の子を誑し込んで履修した

「自分の?」
「まさか」

選んでいるうちに、忠実に自分の好みに傾きだしただろ?
アースカラーよりもビビッドカラーが優勢の毛糸の群れ

想像の範囲の完成品は
お相手がサイケなファッションセンスでない限り
リカちゃんが責任を持って首に巻く以外、活用出来ないよ
25 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:37


それでも結局。あたしは、今回も

横で口だけ挟むリカちゃんを無視しながら
小一時間かけて柄でもない攻略に勤しんでいた
そうするしかなかった


26 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:37



27 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:38

「よくこの時期に思い付くよね」
可能な限り、発揮できる箇所では忘れずに嘲って
あたしを窮屈な場所に追い込む
非道い人間に対して精々の抵抗を

だってまだ、毎朝ニュースをチェックして
その日の予想最高気温にあわせて
羽織るシャツの厚さを見極めるような秋の入り口
凍える首を竦めるのには、まだ時間がある

「クリスマスまで間に合わせたいの」
効力のない行動は、悪あがきとしか呼ばれないんだっけ
「クリスマス?」
「めぼしいイベント、そこまでないでしょ?」

体育に文化、勤労に感謝をしながらとか
トリック・オア・トリートにとか。柚子湯に浸かりながらとか
確かにめぼしくはないか
あるにはあっても、演出効果の低いイベントは換算されない


小さな輪を作って毛糸を通す
「これを、こう」
手を動かす
「うん」
手応えが薄い
返事だけで、飲み込んでいない

28 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:38
「スゴイね、ひとみちゃんは」
誉めて乗せようって策戦かよ

リカちゃんてさ、たぶん
あたしの事
ちょっと口が悪いときもあるけど、心から頼めば叶えてくれる
心根は優しい子とかって評価してるんでしょ
暴力的要素感じたことないでしょ?
万が一、ご乱心を起こして、その眼を突く。なんて
想像もしないでしょ?

正直、今
思い余って、やってしまっても
仕方がないんじゃないかとあたしは思うんだけど

膝にかけられた彼女の掌の温もりにいたたまれなくなるのは
沈んでいくのを知っていて藻掻くあたしの指先ばかり
冷たくなるからだ

「マフラー出来ちゃうね」
感心して頻りに繰り返される瞬き
揺れる睫毛に見取れたりしないように
29 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:38

「こんな感じ。取りあえず自分でやってみなよ」
この棒、巨人がたこ焼きを食べる時に重宝しそう

詰まったら訊けと言った側から
あーだこーだと進まない
そのうち。レクチャーの仕方が下手くそだとか
言い出すだろうな、この人

「難しい」
「さっき返事してたとこじゃん」

30 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:39

糸を操ろうとする棒は、もどかしそうに大きく上下してる
不器用なくせに
無理して、取り繕って
どんな風に思われたいわけ?

「もーやだ」
投げ出すの早過ぎる

「リカちゃんてさ、初対面で可愛いって言われる割合が
モテさに反映されないでしょ?」
「どういう意味よ」
「可愛くないはずないのにモテないなって思ってない?」
「私、貶されてる?」
「モテる事に主眼を置いているなら貶してるけど
可愛いさに主眼を置いているなら誉めてる」

31 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:39

恋人いないはずないよと周りは言っていたけれど
近くで見てきたあたしには言い切れる
今まで、特定の相手の影なし
チヤホヤはされるけど、そこで終わり

重いもん、リカちゃん
3回デートを重ねたら、結婚がちらつきだしそうな
醸し出される、そこはかとない生真面目さ
腰が引けるでしょ?
嫌でしょ、お試し期間なし

いきなり、手編み
めちゃくちゃ重たいもんを携えて愛を告白なんて台本
相手もそれ相応の覚悟が要求される

驚きはするけれど、喜んで
雪の降る街角で思わず抱きしめる
なんて。少女漫画の世界じゃん
それだって三百年くらい前に絶滅しているべき
32 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:40
緩やかながらも止まろうとはしない手
真剣勝負だもんね
眉間にシワ、思いっきり寄ってるよ

リカちゃんの頭の中、今誰がいるの?

恨みがましいこの思い、サンタクロースに届け
クリスマスのプレゼントは全部
あんたが揃える決まりにしておけば良かったんだよ
年一度くらいきっちり仕事して

どうせ今頃は、どこで長期休暇を満喫してるんでしょ?
12月までには色落ちするよとワイフに言い訳しながら
メタボリックな出っ張った腹で
だっせー海パン姿で日光浴してるんでしょ

今年はそのまま、著しくイメージから懸け離れていって
クリスマス続行不能の審判を下されちゃえ
33 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:40


「もー誉めるなら分かり易く誉めて。うまくいくか不安なんだから」
マフラーが?告白が?
知るか、そんなの。この野暮女

「いかないんじゃん。すでにボコボコだし」
あたしが編み上げた部分も台無しにする大胆さ
強気だけども、手元は立ち往生
「大丈夫。毛糸いっぱいあるし、時間あるもん」

失敗したなら、もう一度
解き直して、もう一度

これがダメでも。いつかは、完成にこぎ着ける

34 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:40

「頑張ってるんだから応援してよ」
「嫌だ。他人にまで願掛けさせないと叶わないなら止めちゃえ」
「また、すぐ意地悪言う」

親切心をねじ曲げるだけねじ曲げて
よく言えるよな
これから毎日これ持って家に来るつもりでしょ?

「意地悪な人は助けてくれません」

クリスマスを迎える晩に
あたしの手元に届けられるなんて
幻想の余地を一秒でいいから授かりたい

予定変更でも何でも良い
きっと半分以上あたしが編むんだ

あらゆる意味で、世界で一番驚ける

35 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:41

「これさ、綺麗に出来上がらないとツライと思うよ」
「分かってるよ」
「リカちゃん見た目的に、家庭科得意じゃないと駄目なんだよ」
「私の女の子らしさの期待、そんなに高いかな」
「高いでしょ。あたしみたいのがこういうので
ギャップを演出してこそ吊れんだから」
「やーな言い方」

すっかり止まった手
会話に費やす時間

逃げ出す一歩を躊躇った時点で
どんどん落ちていく感覚しかなくなっているんだけど
瀬戸際とか、片足を突っ込んだとか
その辺を漂泊中

36 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:41


「それで。そんなの渡して、あんたは誰のモノになるの?」

ずっと、結末はこんなもんだとは思っていた
欲しいモノは手に入れたり、失ったり
努力が報われたり、そうでもなかったり

散々特別扱いしてもリカちゃんはちっとも気付かなかった
リカちゃんに根付いた観念を毟り取って
新たに植え付ける気があたしにはなかった

言葉にして楽になる事よりも
言葉にして、後々苦くなるのが嫌だっただけだから
リカちゃんの為を思って。なんて、ズルは言えない

それに。この感情を大切にしていこうと思っていない
リカちゃんが誰かのモノになったら
それを理由に移ろうような気持ちでいい
その程度の。何年か経って
今なら笑って話せる気の迷い、にしたい
そうなっている自信はないけれど、それくらいがいい

「モノじゃないもん。古いよ、そういう考え方」

はいはい、そうですか
はっきりした
リカちゃんは絶対に、あたしのモノにならない


37 名前:unknit 投稿日:2006/11/09(木) 03:42
「全然進んでないじゃん。貸してよ」
お留守になってる手から 奪い取る

このマフラー
あたしは情熱の限りの負を編み上げる
後で、何段かこっそり解いて。リカちゃんの手を一切加えさせない
閉鎖的な決断も、最も低くなると見事じゃない?

酷なことを平然とやってのけるリカちゃんは
そういう冗談が通じない人だから

ここは、サンタクロース
彼女の代わりに
あたしの一度くらいの可愛い悪戯心を許して

「ひとみちゃん、上手」
快調に走り出したあたしの指先に賞賛が捧げられる

「ありがとう」
「編み物の先生になれるよ」
「なれないし、ならないよ」
他人に渡る編み物教室の講師なんか
大金積まれたって、二度とやるか

「目指せばいいのに」
「嫌です」
「良いと思うのになぁ。ひとみちゃんはなりたいものあるんだっけ?」

「あるよ。あたしは、あんたの望むモノになりたい」

知らなかった?


     − unknit  オワリ −
38 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/09(木) 03:42
>13  名無飼育さん
これからも出来るだけ頑張りたいと思います。
>14  名無飼育さん
楽しんでいただけると嬉しいです。
>15  名無飼育さん
終わりの予定でした。移行したのできっとまた書きます。
>16  名無飼育さん
また読んでいただけるよう努力します。
>17  名無飼育さん
ありがとうございます
39 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/18(土) 20:32
吉澤さんの気持ちが行間から伝わってきます
語り口も淡々としててすごく面白いです!
40 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/06(水) 16:31
作者さんの作り出すお話文章が大好きです。いい作品をありがとうございます。
41 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:36

見慣れた天井は当然ながら面白みが一つもない
上階を支える役目を立派に果たしている天井に
さらにアミューズメントを求めるなんて行き過ぎだとは分かっている

じっとしているベットの上
やり過ごす時間は、退屈そのものだった

42 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:37



43 名前:WHITE 投稿日:2007/01/07(日) 11:38

体力の落ちている時
ただ側にいてくれるだけで心細さが消えていく

でも今日は一緒にいれないかな
きっと、来ないだろうな
一人になったとき寂しさに襲われないよう張り巡らす予防線

予防は不要だったと、予想を裏切り
その人は『ただいま』と同じドアをくぐった

44 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:39

「おうち帰らないでいいの?」
「どして?」

そんなことより、急いで靴を脱ぎ捨てて
「パルーただいま」
家主を玄関に残しケージに走っていた

「ちょっとよっすぃ!聞いてる?」
「なに?」
戻ってきた吉澤の腕の中で
逃げられない黒ネコが梨華の腕を熱望し暴れている

「だから、おうち行かなくていいの?」
「別にいい」
お腹周りに片腕、お尻を支える片腕
がっつり確保し余計な動きを封じた吉澤は
でも、と確認を繰り返す恋人に
「遠いし」
素気ない言葉でここにいる理由を明かす
45 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:39

「パルおなか空いたって」

追い返したいのではない
心配してくれているのも気付いている
一緒にいて欲しいと、いつもよりも思っていた

「うん、ごはん作る」
諄くなるのは止め

46 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:40

早寝して、一足先に目が覚め見つめていたら
ふやっと瞼を開けた吉澤とばっちり目があった今日の朝

「お出かけでもする?」
手を伸ばして前髪を払いながら、ついつい甘くなる声

「しない。寝てろ」
返事は、きっぱり。あっさり
出していた腕も温かい布団の中に連れ戻された

吉澤はちゃっちゃとベットを抜け、ケージを開けに行った

47 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:41

それで、休日にじっと天井を眺め続けている
ベットを出るのを許されたのは朝食時だけ

寝室とリビングの間のドアは開け放たれたまま
様子見に頭を横に倒すと、四角く切り抜かれたリビングの世界
逃げ惑ってるらしいパルが何度も横切る

梨華は退屈している
起きたばかりだから、瞼を閉じたところで
睡魔は都合良く味方についてくれない

退屈。すごく

「よっすぃ」
「どした」
寝転がってる高さの所に、にゅっと首が伸びてきた

「つまんない」
「面白い寝付き方なんか知らないよ」
別の文句を並び立てようとしたのに咳に阻まれた

「ほらぁ、寝ろ寝ろ」
もう少し話をしていたかったのに
吉澤はすぐに四角い世界から消えた

48 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:42

少しして

梨華が退屈と戦っている寝室に
リビングに置いている加湿器を手にした吉澤が入ってきた

「どうしたの?」
「いや、ダブル加湿」
セッティングをすませて
寝室で活躍中だった加湿器を確かめると、タンクを取り出して、出ていった

具合はもうそんなに悪くない
でも用心して体力温存に努めよう
大人しく、そうしていよう
気にしてくれてるし

49 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:43

戻ってきた手には給水されたタンクと
飲んだらいいじゃんと、無言で枕元に投げられたペットボトル

この辺のスマートさが梨華は恨めしい
梨華限定でないのも知っているから、恨めしい

優しくされている最中でも
嬉しいパーセントのみでは占められない
他人もぐっときそうなポイントだから雑念が誘き出される

別に優しくしてくれなくても私は大丈夫なんだから
勝者なのか敗者なのか悩む言葉で想像上の競争相手を蹴散らした

今日は病人でいよう
その気分で梨華は可愛い我が侭を口にする

「よっすぃ」
「ん?」
「カラアゲ食べたい」

50 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:44

「ねえよ」

消化の悪そうなリクエストをするな
「自己管理がなってないんだよ、梨華ちゃん」
「違うよ。ちゃんとしてるもん」
「出来てないから体調崩すんだろーが、アホ」

不器用な優しさが繋ぐ言葉は
耳にすると、割と愛みたいのは感じにくい
隙間隙間に、読み取る読解力がいる

心配で心配で
だから一緒にいるね。とは言わなかった相手だ

そもそも、この二人
吉澤が好かれ度数に物言わせる自由な交際
片時の妥協も許さずに披露される余計な一言

そんなのはイヤだけど、それでもいいと続いてきた

51 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:45
「病人だと思うならもっと優しく接して」
梨華はその主義とさっきの自己確認を翻す

「人間は弱ったときに優しくされるところっとくる
あたしはそんな狡いことしないの」
弱った相手を優しさで懐柔するのも
その隙に徹底的に叩くのも、どっちもフェアじゃない

付け入る隙でも付け込まない
小細工なんて吉澤に有り得ない
スポーツに関わる人間たるや、常に真っ向勝負

行動がいくら甲斐甲斐しくても
「もういい」
弱ってると思うのなら、その時くらい
回り道なしの優しさで勝負して欲しい
どうして素直に出来ないのだろう

思わずにいれなかった梨華は吉澤に背中を向けた
52 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:46
梨華は寝たふりの薄目で寝返った
リビングへのドアはやはり開いたままだけど
そこにはソファーの端が見えるだけ
加湿器の水が蒸気に変わる音が届くほど静かだった


梨華ちゃんは病み上がりだから大人しくしてるんだよ
病まれて困ったでしょ?お前も
また病みになんないようにいい子にしてるんだよ
仕方がないから、あたしは存分に遊んでやるから

冴えた耳にリビングの会話が聞こえた

言い聞かされた聡いパルは
しゃあないなと納得して
これは納得いってないんだけど、な顔しても遊ばされるのだ
見えなくても分かるから、少し可笑しかった

53 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:46
控え目なドタバタが始まって
その音がしなくなるまでの長い時間
梨華はさっきの言動の苦さにも引きずられ
さっぱり眠ることが出来なかった

薄目でドアを見据え続けているのに
視覚に変化をもたらすのは
逃げ込もうと寝室の前に姿を出しては
いけないんだった、と自主的にターンしていく黒ネコくらいだ
54 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:47

やっとそこに
パルを抱いた吉澤が立ち現れた

アクビをフワフワ繰り返す黒ネコちゃんは
ソファーから取ったクッションにそっと置かれた

腹ばいで寝そべった吉澤の横顔は
髪の毛が邪魔をしていて覗えない

それでも、今朝していたように
梨華はしばらく、見つめ続けていた

声をかけたい
だけど、何を言えばいいのかが分からない

ベットサイドの半分に減ったスポーツドリンク
自分の方こそ。素直に
ありがとうを言わないと
優しさ敬遠球の恋人の横顔に、そう思った

肝心の横顔は実際には殆ど隠されているけれど
隙間から唇だけははっきり見えた

その唇が、小さく動いていた
55 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:48

いつのまにか
吉澤の両手は大きく掌を開かせパルの上でかざされていた
水晶を前にした占い師さながらに

囁きを拾うことに集中する

一人と一匹が眠りについていると思っている音声は、とても小さい
梨華は頭が痛くなるほどの集中力で聴力のボリュームを上げる

努力の甲斐あって、聞き取りに成功した

56 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:48


「白くなれ、白くなれ」

57 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:49


はっきりと届くと
梨華の体は、ひとりでに。ベットを抜け出ていた
リビングまでの短い距離は抜き足だった

「白くなれ、白くなれ」
真剣な吉澤は寝室から忍び寄る影に気付いていない

リビングの一歩前で梨華は立ち止まる

「白くなれ、白くなれ」

「どうして?」
集中力に水を差さない極めて優しい声

容易く術中にはめられた吉澤は
「黒いだけより、たまには白い方がいいじゃん」

ひたひた近づいていた脅威も分かっていないまま、ぼんやり返してしまった

58 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:49

あら?
今、会話したな
後から押し寄せた疑問に、ゆっくりと声の方を見上げた

怒りで固めた微笑みの石川梨華
見上げ角度も混みで、生きた心地のない凄味を放っていた

吉澤は、網膜から早急に消し去りたくて高速瞬き
瞼はワイパーだったかのように、すればするほどに
映像がくっきりと、心に焼き付いていく

ど、どうしよう

「……何、言ってるの?よっすぃ」

うわ、超こえ
ヤバイ。完全にヤバイ
なんだか分からないけれど
どこかで重大なミスを犯した、らしい

59 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:50

ここは、パルだ
パルをこの場の救世主に仕立て上げよう

「いや、あの」

心の底から救いを求めているのに
わざと大きめな声にして起こそうとしたのに
黒ネコはただの毛玉のように、丸まったままピクリともしない

コイツ、わざとだ
分かってて、寝たふりだ
薄情猫だ
60 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:52

横に聳える梨華も微動だにしない

お願いだから、どっちか動いてくれ
出来たら、どっちも動いて
出来たら、状況とあたしが柔らかくなるように

「いや、あ、あの。なんだろ?えーちょっと時間があったから」
「あったから?」

「あのー暇だし…」
「暇だから、なに?」

「なんていうか、試しに?……」
他意はなかった
疚しさゼロです。本当です
吉澤の切なる祈りは続いていた

61 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:52

梨華はただ
寝てる間におかしな呪文を唱えられている
パルの身になって注意しているだけだ
含まれる余念が笑顔に凄味を持たせたまでだ

ちょっとそれが圧倒的すぎたのと
急に立ち上がったせいで目眩がきて、ついでに咳き込んだ

それをきっかけに、パルの毛玉魔法が解かれた
心配そうに梨華を見ている

「ほら、寝てなって。ね?」
チャンス。そう踏んで
吉澤は姿勢をあぐらに変え、次の手に打って出る

「ベットに戻りなさいってパルも勧めてる」
眠そうなのはお構いなし。黒ネコを抱き込んだ
あぐらの中に座らせて前足をしっかり掴む

ほら、ベットベット
安静を促す格好のモーションが浮かばない吉澤に
操り人形にされているパルの動きが
交通整理にしか見えなくて、梨華を脱力させた

62 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:53

トボトボ舞い戻ったベットに入る前
スポーツドリンクの残りを飲み干した
朝から蓄えた温もりが消えて冷たい布団

ありがとうって言わなきゃと思ったのに
あの人はいつだって
読めない行動で、私の決意を揺るがす

リビングでは、安堵の吉澤とジタバタのパル
睨みたくもなった
63 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:54
「よっすぃ」
「ん?」
「つまんない」
いろんな理由でむくれている梨華

「仕方ないなぁ。一緒に寝てやろうか?」
これからまた始まるはずだったパルとの遊技タイム
わざわざ削って、そうしてやってもいいよ。みたいな
この期に及んで、恩着せがましい言い方を選ぶ吉澤

どっちもどっちで
ストレートにいけないから、いかない

「うん。お昼寝しよ」
「おう。お昼寝お昼寝」

隣に落ち着くと、取りあえずは安心の塊と化す

「寝なよ」
「よっすぃは?」
「眠たくなったら寝る」

子守歌のニュアンスではない吉澤の気まぐれな鼻歌
梨華にはその隙間に睡魔の足音が聞こえてくるから
目を閉じた
64 名前:WHITE OUT 投稿日:2007/01/07(日) 11:54

「まだ、起きてる?」
梨華はうつつにいたけど、なんとか頷いた

「今昼でしょ?」
頷きの力は一度目よりも弱まっている

「だからね。パル呼んでもいい?」
屁理屈の掟破りを窘める余裕がなくて、惰性の頷き

「いいってよ。パル、おいで」

元気な呼び込み
布団に飛び込んできたモコモコは
二人の間にモゾモゾ割り入った

邪魔したる
そんなモコモコの意向を肌で感じた

「起きたら、ちゃんと掃除機かけるね」

夢に乗っ取られる一瞬前
梨華にはちゃんと、白い声が届いた


     − WHITE OUT オワリ −
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 11:55
>39  名無飼育さん
説明不足の文章で行間の空きが多いと思います。
直せそうもないのですが、そう言って頂けると心強いです。
>40  名無飼育さん
ありがとうございます。
自分が楽しんでいるので、読んでくださる方にも届くといいなと思っています。
66 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/07(日) 14:30
更新お疲れさまでした
今回はリアリティがありましたね
しかしホント、行間を読ませてくれますね作者さんは
いつもじっくりと噛みしめるように読ませていただける事がとても嬉しいです
次回も楽しみにしていますね
67 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/08(月) 06:02
更新お疲れさまです。
あんな呪文(?)よっすぃなら本当に言いそうw
なんとも言えない空気感がすごく良かったです。
68 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:36

吉澤はテレビの野生動物ドキュメントに釘付けになっている
梨華は梨華で、膝の上でグルグル喉を鳴らすパルのブラッシングで忙しい

「あ、梨華ちゃんみたいのが出てる」
名前が聞こえて黒い背中からテレビに視線を移すと
ライオンの親子が映っていた
気の利いたコメントが思い付かないから、毛繕いを優先した

69 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:36


番組は続いている
パルはブラッシングが終わっても余程心地よいのか
膝上を死守した寝返りをしながらグダグダしている
微笑み見守っていたけれど、近づいてきた気配に顔を上げた
「どうしたの?」

梨華が差し出した指に耳を擦りつけて甘えてるパルを
覗き込んで無言の吉澤がソファーの前でしゃがんだ
その親指がテレビに注目しろと催促している

指先を辿っていくように目線を動かすと
赤ちゃんライオンが親ライオンに首根っこをくわえられて移動中だった
されるがまま大人しくしているその姿は愛らしい

『すごくかわいいね』 『そうでしょ?』
口にしたくなる言葉はそれだけだったとしても
そんな会話で済まされる様な相手ではない
従って、要注意人物の接近に警戒心を持った

70 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:37


「あたしはパルの親みたいなもんだよね」
吉澤、ウオーミングアップ開始
思惑を果たすには鉄壁の守備をくぐり抜けなくてはならない
徐々に徐々にだ
怒られたくない。丸め込みたい

「親とは違うよ」
前髪が邪魔して梨華からは覗えないけれど
吉澤がパルに向ける瞳の輝きは想像に容易い
「そうかなー」
すでに、成功を信じる余り心が次に移りだしていた
フワフワした気の抜けた声になっていた

天敵の接近に耳をピクピクさせているパル
それでも梨華がいるから大人しくしている
天敵は黒ネコの頭を撫でる手を
さり気なく首に移動して、さり気なくつまみ上げ
皮膚の強度確認を始めていた
71 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:37


「ねえねえ」
そして真面目腐った声色で梨華に過剰な熱視線。上目遣い

負けないわ
グッと腹に力を入れた梨華もはねのける体勢は万全だった

「試していい?」
「ダメ」
何を?なんて挟むのは野暮だ
間髪入れず、パルの悲劇を阻止

「なんで?」
「なんででも。ダメ」
パルが大人しくしているはずない
せっせと後ろ足キックを繰り出すに決まってる
顔に傷なんてダメ
「…ちょっとだけ」
「ちょっともダメ」

抑圧されケチーと捨て台詞を吐いた吉澤は
そのまま後ろに倒れ込み、気が済むまでふて腐れていた

72 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:37





73 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:38
いるのなら開けろ
合鍵?
ありますよ、鞄の中に
誰かさんと違って整理整頓は得意だ
出そうと思えばすぐ出る
出るけど、そのちょっとの手間が面倒くさかったりするんだって


そんなわけで、梨華の先立った帰宅をキャッチすると
吉澤はマンションの下で電話をかけることにしている
『あなたお帰りなさい』みたいなどうしょもない
おままごと新婚編を希望してではない
74 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:38
その日も電話を入れていた
変わらぬ調子で前触れなんか無かった
拳が叩く一歩先に
はいはい、今開けますよの梨華がドアを開いた

「おう、ただいま」
いつも通りの梨華の微笑みがあった
通常は穏やかに受け止める

でも、それよりも
吉澤は目敏かった
黒ネコがとっとこ玄関に足を向けている
パルが、パルがこっちに

ついに、この日がきた
出迎えだ
とうとう親の有り難みに気付いたか
「パールー」
未経験の喜びは
仕事の疲れを一気に吹き飛ばした
75 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:39

肝心の黒ネコちゃんは
玄関先の梨華の足下を擦り抜け、陽気な呼びかけも物ともせず
そのままフラリと部屋から脱出を図った

「あ、コラッ。パール」
なんだよあたし目的じゃないのかよ
ぬか喜びだ
「裸足なんだから出ちゃダメだろう」
飼い主らしく親らしく一言ぴしゃっと

抜け出るのには成功したくせに
外の世界に腰が引け遁走を放棄してごろんと横たわっているパル
いつもなら逃げ回るのにめずらしく
近寄る吉澤の腕にあっさり確保された

こいつもまだまだ子供だな
ダメだろうお前さんと吉澤は苦笑いした


梨華はドアにもたれて見守っていた

76 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:39


「ただいま」

仕切り直し
いつもはすぐにチェーンをかける梨華が何もしないから
左腕にパルをひっかけて吉澤が代わった

「寒くなってきたね」
玄関先で身動きしない梨華を置いて部屋に上がった
気にしていなかった

キッチンでキッチンペーパーを丸めて蛇口を捻る
濡らしてから我が愛しの黒ネコちゃんの足を拭く

「夜ご飯食べた?」
でも家主に話しかけるのも忘れてなかった

「なんか温かいの食べたくない?」

77 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:39
さっきからどうも、一方通行だ
肉球を磨き上げパルを床に放つ
どうも様子がおかしい

予感なんかではなくて
現実だと気付いたのは、本物の動物の勘を持っているパルだった

一人と一匹の後をノロノロついてきて
ようやく追いついたみたいな梨華の足下へ
パルは一直線ですり寄りに行った

振り返った吉澤は目の当たりにする
これ以上ない完全さで肩を落とし、がっつり鬱ぎ込んでいる梨華
…おいおい、なにがあった
腑に落ちない状況ではあるが
きりっと頼りになる恋人の顔で正面に回った

「どしたの?暗い顔して」
黒い顔して
なんて面白おかしいセリフに走るのは以ての外

78 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:40


「パル…が……に、…」
梨華の聞き取れない囁き
パルも心配そうに成り行きを見守っている

「ん?ごめん、もっかい言って?」
スペシャルに優しい声色を駆使して、耳を寄せた

すーっと静かに空気を呑み込んで
梨華はゆっくりと言葉を紡ぎ直した

「……パルがぁ」
「ん」
「逃げようと、したよ……」
「うん」
「…逃げようとしたよ」

繰り返した
吉澤は胸の中で『逃げる』に強調線を引く
次はどうくる
柔らかい表情を保ったまま眉毛を上げて先を促した
79 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:40


「……大事にしてるのに。ご飯もあげるのに
さっきまでグルグルしてたのに…」
「うん」
で、どうした
「パルは…逃げたんだよ」

そろそろ言葉を挟んでいいタイミングだろう

「うん。でも逃げてないよ。
外がちょっと気になってたんじゃないの?」

開け放たれた広い世界
ちょっとした興味に負けて踏み出そうとして
もちょっと強力な恐れが勝って足が竦んでたじゃん

誰にだってあるよ
猫にだってある

80 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:41


「…ちょっと気になったら出て行くんだ……」

なんだそれ
ちょっと気になったら、ちょっと出てみるだろ
矛盾ないだろ
この人はこんな事になんで突っかかる?

「大丈夫だって。もしもあのままパルが走ってても
あたしが超スピードでとっ捕まえたって」

だから問題ないよ
安心させたくて言葉を重ねているのに
吉澤の鼻先には俯くばかりの梨華の旋毛

どしたんでしょうかね
思案に暮れて、取りあえずその頭を撫でていた

81 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:41

「…よっすぃとパル。似てるよね」
「はあ?」
急展開だ
吉澤は二つのことで驚いている
今、なんでそれ出てきた?
あとは色覚的にパルは梨華似のはずだ

「似てる。よっすぃはイヌっぽいって思ってたけど
ネコの方が似てるよ」
「そーか?」
他者の主観に対して同意をしかねる場合
結構返事に困る
「ネコっていうか、家ネコ」
細分化されても、ますます置いてけぼり

家猫ってペットでしょ?
この自由の化身に向かってペットだと?
どうせネコ科なら、強そうなヤツで例えて欲しい

吉澤が要望を伝えようとするのを、梨華が遮った

「ちょっとドアが開いてたら、出てっちゃうんだよ!」
ヒステリックに甲高く叫んで
もう立ってもいられないと崩れ落ちる中、吉澤の両肩にぐっと掴まった
不意をつかれ、二人してへたり込んだ

82 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:42


「訳わかんねー」
いきなり泣いてるし

けど。けど、吉澤は
梨華がしんどくない姿勢になるよう
よっこらしょっと座り直して腕の中に抱えた

何なんだよ。なんで?
訳わかんねーんだよな、この人
いつまで経ってもタイミングが謎

頭を巡る言葉は乱暴でも
梨華が激しくおでこを押し付けているのが
ファスナーの上だから痛いだろうなと
それとない動作で頑張ってダウンを脱いだりする

梨華の背中にウジャウジャ手をかけて
心配と謝罪を表しているパルには
こっちは大丈夫だからもう寝なさいと合図を送った

83 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:43

二人きりになったキッチン
胸の辺りに涙が染みこんできたのを感じるくらいだから
全然、大丈夫の兆候なし

久しぶりのこの感じ
だからって懐かしがる余裕なんか今だってない

お風呂上がりだったのか鼻先を擽る髪が少し湿っている
ちゃんと乾かさないと風邪引くな
すごく脱色した後って、髪を洗うとき変な感触になるんだよな
ゴムみたいに伸びていきそうな
役目がわからず繰り返し梳いていた手で
合間に軽く引っぱってみたのだけれど、そうでもなかった
そうか。あたしは再三にわたる髪色改変でダメージが深いのか

とか、自分まで一緒になって苦い気分にならないよう
出来るだけ別の考えに精を出す
84 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:43

何も出来ない
小刻みな上下を繰り返す背中を撫でられても
止められるような有効な一言は出せない

『泣かないで』
コントロール不能の感情の塊に
自分の希望を優先するのは違うと思う

『思う存分泣いたらいいよ』
それはそれで無理
大事な人が泣いてるのにそんな余裕を持てない
今かなり、こっちだってしんどい

ことごとく言葉をなくした


梨華ちゃんはきっと言いたいことあるんだろうな
涙なんかで固めて詰まってしまうぐらいなら
こんな風になるちょっと前でいいから。ちゃんと伝えてよ

85 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:43
希望します
ぎゅーと腕に込める。力だけで伝わるといいのに

そんなの勝手だとも弁えていて
抱き返す余裕もなく、されるがままの体に
届ける力はすぐに優しさを復活させた

上手く出来ないときってあるからね
かける言葉次第で致命傷を負う言い争いだって
この先するかもしれない

そしたらきっと、あたしはその言葉を呑み込む
ぐっと腹の奥の奥に

腹の奥ってどこだろう
頭の奥とか、胸の奥とか
背面側だったら、そのうち突き抜ける
それはなんか終わりな感じがする

そうだ。ジャンプして足下に落っことそう
足先から詰め込もう
86 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:44


苦しげな息づかいに窒息しそう
なんだろこの圧迫感

壊れた呼吸音が部屋中の空気をメタメタに裂く
切れ切れにされた空気を吸い込む吉澤にもジワジワ感染は拡大して
肺を押しつぶすし、中側がイガイガした塊に毟られる
長引けば、このまま
切なさに取り入られるかもしれない

良くない力に二人揃って攫われないように

出たな、妖怪カマイタチ!みたいな特撮映画の新作主演に思いを巡らしたり
大事な人の涙に慣れてしまうようなろくでなしじゃないんだ
ろくでなしじゃないどころか、結構良い方の人間のはずだと
自己評価を高めるのに集中してみたり

いろいろ無理をしてでも、こんな寂しい音から耳を塞ぎたかった

87 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:44





時間が経つと、多少落ちつき出す呼吸
唸るようなウグウグした声も戻りつつある
経過観察を続けてつつ、眠たいのだと見做す
今は最善の判断のはずだ

腕力頼りに梨華の体を浮かせてベットに運んだ
暖かくして顔を拭いたりしてやるうちに寝かしつけることに成功した



正直、ほっとした

88 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:45






89 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:45

先に目覚めたのは吉澤だった
体を横にして隣を確認する
昨晩の取り乱しはこのまま引きずることになるのか
憂鬱な朝だ

寝入りに役目をもらえなかった腕も
夜の間にきっちり枕に替わっていた

無意識の間に必要とされたのが嬉しいけど
互いの体がいつもより心持ち離れていたせいか
ベストポジションに梨華の頭が乗っていない
不慣れな箇所が長時間潰されて血流を妨げていた

頭ごしに見える吉澤自身の手
グーパー開いて閉じて。まるで他人事、感覚がない
痺れている
今朝は、痛痒さにまで耐えなくてはならない
90 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:46
まあ、こんなのはいい
自由な左手でそっと梨華の瞼に触れた

熱いのか冷たいのかよく分からない
親指で優しくなぞってみても腫れているかは分からない
昨日は起こしたくなくて、冷やすのを後回しにした
薄暗い中でいくら目を凝らしても
そもそも閉じた瞼から判別できない

なんで泣いていたのだろう
太陽は回答と一緒に昇った訳じゃない

隣で目を覚ますのは特別ではなくなって
共に、夜を何度も越えて。何度も朝を迎えてきたけれど
同じベットで吐息が重なる距離で。いつだって別々の夢を見ている

91 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:46

別に朝一番、見た夢を語り合ったことないけど
そうだけど、そうなんだけど

今までだってずっとそうだったし
これからどれだけ側に居続けたとしてもそうなんだけど

今朝はそれがやけに物悲しく思えた

早く起きて欲しい気持ち半分のまま
涙目になってたら情けないからもう少し閉じていてと
もう一度瞼に触れた指先を、眠る梨華の手が鬱陶しそうに払った

吉澤のバッドモーニング感が最高潮に達した

あたしに不安をもたらす全て
この時間の端々まで全て
急いで通り過ぎなさい

頼むから

92 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:46





ドラマの場面転換じゃない
無かったことに、とはいかず
デリケートな空気で満たされていた

親孝行のパルが気を遣って
二人の間を分け隔てなく奔走した
よい子に育っていることに感極まりそうだった

「じゃーいってくんね」
「うん」
応答を祝うべきか、小さな声に挫けるべきか
93 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/04(金) 01:47

ドアは閉まった途端にカシャンと施錠される
いつもの音。素晴らしき防犯システム
オートロックは今日もしっかり仕事をしている

でもさ何かあれだ、味気ない
パタンカシャン
どーよこれ
パタンカシャン
出たらお終い
後ろ髪引かれたい。侘び寂感じたい
粋じゃない。パタンカシャン

とか適当に雑念を塗り替えて
ピンチさを覚えるには出来過ぎな冬の風に気付いていない振りをした
冷たさに震えるなんて真っ平だ

さあ、仕事仕事
吉澤は意識して胸を張り、歩き出した

94 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/04(金) 01:47
>66  名無飼育さん
言葉足らずを埋めてくださる読者様に感謝しています。
リアリティに自信がないので自由にやらせてもらってます。
>67  名無飼育さん
吉澤さんの振り幅に魅了されています。
ゆるい空気感でしか書けないのを時々反省します。
95 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:03
空き時間の楽屋
本来なら音楽でも聴いてリラックスしたい
でも今日の吉澤は安穏と寛げる心境ではない
良策が一つも閃かないのに時は刻々と過ぎている

顰めっ面で楽屋の空気を重たくしないように
誰かが置いていった雑誌に手を伸ばし
内容に興味はないからペラペラ捲っていく

どう切り出したらいいんだろ
許されるのなら時間に解決を丸投げしたい。逃げたい
正面切って向き合うのが全てにおいて最善とは限らない
きっとそんな時もある

逃避行に思いを馳せていると
適当に流していた雑誌の記事が目に飛び込んでくる
冬から逃げ出す海外旅行特集

いいね、海外
96 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:04

逃避行先のピックアップを始める
あの部屋に比べたら今はどこでもパラダイスだけど
じっくり紹介記事を読み進める

それで、一つの国に目がとまった

ライトアップされている厳めしい面構え
口から水を吐き出してる意味不明なギャップがよい
年中三十度越えか、暑いだろうな
でも行きたい。今行きたい


シンガポール

97 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:04

ふと、あの人行ったことあったよなと思い出す
なんかお土産もらったような
あれはどこいったんだろう
きっとイケてなかったんだろうな、覚えてないし

あたしもマーライオンと対面したい
やつが行く前にネットで下調べをしてやって
マーライオンが世界三大がっかりらしいよと教えてあげた
逆に楽しみ、みたいに嬉しそうで
この人もしかして底意地悪いんじゃないかって
ちょっと心配になったんだ

マーライオン。マーライオン
そのページに食い入る余り、無意識に大口が開いていた
気分はシンガポールでマーライオン
ハーッとパルを威嚇対決をするときみたく、ちっちゃく吠えた
98 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:05


ここは楽屋

普通じゃないリーダーの様子に近くにいたメンバーの顔が曇る
溜息って感じではなかったから、幅広い心配が募る
誰か声かけなよみたいな譲り合いの空気で
「吉澤さん、大丈夫ですか?」
勇気を奮い立たせた一人に
「大丈夫だから。今その幸の薄い目であたしを見ないでくれ」
失礼に返す。冗談で受け取るように配慮はした

99 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:05

マーライオン。マーライオン
会ってみたいけどなりたくない
そういや昨日パルに似てるって言われた
ネコ科でもマーライオンは無しだな

やつはとんでもなく不自由だ
ライオンなのに水揚げされたら手も足もでなくって
エラがないから海の中では生きられない
見てくれが立派なだけで
脚鰭も牙も上手く機能しなければナンセンス

このように吉澤が詰めて考えるのは
夢想に埋め尽くされて現実問題を先延ばしたいからではない
それも結構あるけど、それだけではない
ウサギ人間の経験がある以上
再び何かと混ざり合う危険性への心の準備

100 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:06

鳥人間になったときだけは来ないでくれと梨華に釘を刺されている
翼が生えただけの場合は渋々許してくれるそうだ
可能な限り梨華の目に映らないよう羽根を畳む条件付きだ
だから低い鳥度を切願している

『If I were a bird, I would fly to your home』
『If I had wings, I would fly to your home』
どれほどかっこよく囁いても二人の間では甘い響きを持たない

吉澤はもしそうなったら毎晩カラアゲでも運んで
アンパンマン的犠牲心を表すことで乗りきろうと思っている
恩返しを志した鶴の気持ちが誰よりも痛いほど分かる


「吉澤さん、撮影始まりますよ」


深く深く頷きながら雑誌を閉じた

101 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:06






102 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:07

本日は合鍵気分

別件に終始して結局手筈は整っていない
朝出たときと全く同じ。ツワモノ吉澤
Going my way
そうだ。なるようになる

ドアの前で深呼吸
いざ、決戦へ

103 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:07


「…帰りましたよ」
決意の割に落とした声でアピール
ブーツは玄関に脱ぎ捨てられていた
キッチンに姿無し。通り過ぎてリビングに

「パルーただいま」
そこにいるのも黒ネコだけ
ボールにまとわりついて遊んでいたパルは
吉澤を一瞬見ただけ
前足でいっぱいに抱えたボールを
後ろ足で蹴り上げて、逃げられて追いかけて

楽しそうでいいな、お前は
こりゃもう、今朝の協力体制は期待薄

104 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:08

どこいるんだろう
恍けようにも視線は寝室のドアへ
防音もばっちり行き届いている良いマンション
幸いであり災いだ
きっちり閉ざされているそのドア

そこから漏れてくる音楽
流されている大音量を察するに余りある
うなる旋律
幻覚をかきたてる。催眠に誘う
脳内感覚をトランス状態にしてしまいましょう
壁を隔てて、そんな即席クラブ
盛り上がりは最高潮かもしれない
極めて儀式的に響いてくるから吉澤はビクビクする

パル、お前はスゴイな
怯えもせず遊んでるもんな
あたしはこの状況何回か体験してるんだよ
一度目の時はうっかり扉を開いて目撃しちゃったよ
踊り狂う梨華ちゃんを
仕事場のが百パーセントだと思いこんでいたけど
それを超越した舞いがこの世界には確かに存在しているんだよ

そんなわけだからあたしは
ソファーに大人しく座って、踊り疲れるのを待つよ

105 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:09




長かった
そろそろ一時間になる
全く構いに来ない異例の展開に、一人遊びにも飽きたパルが
ジーンズの裾をちょこちょこ引っ掻いたりちょっかいを出す
とても嬉しいけれど、今は我慢


ダンスの意味合いは、ストレス発散
初めの時に愕然としていたら照れ笑いで教えてくれた

話してくれたらいいじゃんて
ちょっとした疎外感を抱いた吉澤だって
梨華に全部吐き出してる訳ではない
これは梨華で、これは別の人
分けるのは信用とかとは別次元で
なぜと尋ねられると困るような、何となくの感じ
106 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:09
なんとなくで、いろいろある
時々梨華が見せる困ったように俯く仕草とか
どうしたのと質せない吉澤がいる

大切に思っているのに
大切に思う人に我慢を強いているのかもしれない

悔やむけど
離れたら涙の量を減らせるのかもしれないけれど
それでも、側にいてって我が儘に吉澤の支持は傾く

ただじっと。居住まいを正したまま待ち続けた


そして、音楽は鳴り止んだ

107 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:09


「あ、よっすぃお帰り」

「た、ただいま」
ドアが開いて
肩にかけたタオルで汗を拭いながら梨華が現れた

「大丈夫?」
「大丈夫?うん、大丈夫」
大丈夫って何が?くらいの調子で頷かれた
見るからにすっきりとした吹っ切れ顔
無理しているとは感じられない
「そう。なら良いんだけど」
本当は結構良くないのだけれど

「うん。シャワー浴びてくるね」
「はい、いってらっしゃい」

治っちゃっていた

108 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:10



109 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:10


ベットの上
腕の慣れ親しんだポジションが預かっている重み
なんだったんだろう
自己解決済みの梨華
良かったけれど、逆に気持ちが静まらない吉澤

なんだったんだろう
安眠を妨げるに決まっているから、探りを入れる
「…ホントはなんかあった?」
「昨日?ビックリしたよね、ごめんね」
「ごめんじゃなくてさ。なんかあったんでしょ」
「大したことじゃないから」

小さな事であんなに泣くか?
大人だぞ、あたしら

「嘘だ」
「嘘じゃないよ」
「嘘だ。嘘は良くない
いや嘘の全部が全部悪いとは思わないけど、なんか良くない」
強情なやつだと吉澤も必死になった

110 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:11

「ダルイなぁ元気でないなって思って、よっすぃの出てるビデオ見てたら
またいろんな人とベタベタしてるなーって」
「んなこと!?」
つい零してしまった本心で
梨華が睨み付けているのを察知して
天井の模様から目を離せなくなった

昨日も気まずかったけど
気まずさの原因に名前が出てくると、もっと気まずい

「ヤんなちゃうねってパルと話してたら、グルグル言って慰めてくれたのね」
「はあ」
「なのに、パルまで出てこうとするなんてヒドイでしょ?」

ここで吉澤は。昨夜の涙の原因はパル
そうそうに結論付ける

「そういうのって、どうにかなりますかね吉澤さん」
「どうなんでしょうね石川さん」


111 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:11

あーそうだ
この機会にもう一つ聞いてしまおう

「梨華ちゃんはさ…」
「なに?」
「……あたしのために
何か我慢したり、無理したりしてる?」
砂を吐き出すように苦しげに
どんな答えが返ってくるのか恐かった

「うん、いっぱいしてる」
事も無げに肯定された

動転して天井を見ていようと誓っていた視線が
ものすごいスピードで梨華を捕らえた
半開きの口で固まっている吉澤に梨華は少し笑った

ただ思うままには生きていけないから
我慢なんかしたくないときにだってする
大事な人相手に選んでしていることは
悲しいとかツライとか。そんなのには当たらない
まあ、時々
闇雲な我が侭に突き当たるときは別として

「よっすぃにだってあるでしょ?」
「あたし?…分かんね」



112 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:13

「もう寝ようよ」
同意しかけて、思い出す
あーまた。別々の夢の中にいかなきゃならない
「夢見るのヤダな」
暗闇に打ち明けた

「どうして?夢の中だと私に会えないから?」
ウキウキしてんじゃねーよ
「ね、そうでしょ、そうなんでしょ?」
弾む声は、暗闇でも鬱陶しさが隠れない
「どーせ夢には出てくる気がする」
何しろ今までだって相当な出演実績を誇っている

「ねえ、どうして私が出てくるんだ?
どうしてだ?さあ考えて、すぐに考えて」
梨華のウザさは加速する
甘い言葉に飢えている。お膳立ては整っている
さあ言え。言いなさい


「なんでって…無駄なインパクト?」

「…よっしぃさ、私のこと好きだよね?」

「知んね」


113 名前:クラウドクラスター 投稿日:2007/05/05(土) 02:14
梨華が諦めて口を噤むと夜は静かだった

「同じ夢は見られないんだって思ったの」
弱音と受け取られるのは嫌だ
途轍もなくロマンチストな一面も兼備
とでもしておいて欲しい

「同じ夢、見てると思うよ」
「適当なこと言って」
割と真剣なのに、軽やかな思いつきで応酬かよ
吉澤はへそを曲げるけど

「だって思うもん」
梨華の本心だ
だって、隣にいるんだもん
夢なら覚めないで。強く願う幸せの中でも
早くこの悪い夢が終わりますように。祈った悪戯なときでも

吉澤ではどうにも出来ない事と
吉澤でなければどうにも出来ない事があるから
苛立ち任せに抱き竦めてくる温もりが強硬だったとしても
素直じゃないくせに安心する匂いで梨華の瞼はくっついた

「勝手に寝んな!」
もう寝てる。こいつ絶対寝てる
もうヤだ。分かってない。分かってない

連夜、置いてけぼり


     − クラウドクラスター  オワリ −
114 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/05(土) 05:52
作者さまぁ〜〜お待ちしていました。
本当に素敵なお話有難うございます。
そして、お疲れ様でした。(作者さま 愛してる!)
115 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/05(土) 22:08
更新お疲れ様です。
梨華ちゃんへのよっすぃーの愛をたくさん感じました。
116 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:48


梨華は吉澤のことが分からない

往々にして分からないし、時々すさまじく分からない


117 名前:white 投稿日:2007/05/06(日) 02:48



プロローグ

乙女心と秋の空
晴れたり雨が降ったり
移り気な空合いが続いている

スポーツの秋。読書の秋。食欲の秋
だったとしても、毎食美食家は気取れない
その日も全力投球で仕事をこなした梨華に
帰ってキッチンに立つ気力は残っていなかった

空腹で眠るよりはと煌々と輝くコンビニに立ち寄る
適当にさっさと買い込み、帰宅を急いだ

118 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:49

カギを回している間送られてくる
ドアに邪魔されたうっすらな鳴き声
梨華を待ち侘びている存在に喜びが込み上げる
ノブを回すの動作すらもどかしかった

「おかえり」
「あ、ただいま」
お出向かいはパルだとばかり思っていたのに
にっこり微笑んでいる吉澤がいた

「なんかがっかりしてない?」
「してないよ、嬉しいよ。パルは?」
にゃーにゃー聞こえている
鳴き声はすれど姿が見えない

「パルは玄関まで迎えにくるようなコじゃない」
いやーまったくあいつも冷たいよ。誰に似たんでしょうね
ま、ま、何でもいいから早くあがれよと誘導され
解せないながらブーツを脱いだ

119 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:50

壁を背にして見守っている吉澤
両腕を後ろに回したやすめ姿勢
そのくせ時々びっくと不自然に揺れる
何だろうと顔を見ても、わざとらしい笑顔を続けている

キッチンに向かう梨華に足並みを揃え
ぎこちない横歩きの吉澤も動く
不自然な振る舞いとパルの声の方向で
いよいよ感づいたのだけど
吉澤が言わないから尋ねないことにした

コンビニの袋を持って冷蔵庫の前へ
梨華が背中を向けた瞬間
吉澤は素早くリビングに駆け込んだ
120 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:51

あの子は何がしたいのだろう

絶対、背中にパルを隠していた
そりゃ吉澤が一人で帰ってくるときパルは出迎えない
たまに『パル、行ってあげて』とお願いはしている
でも、パルなりの区別はしょうがないから放っていた
いよいよ不満が募っているのかな

冷蔵庫に詰め込みながらも梨華はあれこれ思っていた

折り返し、パルは元気にやってきて
梨華にお帰りの挨拶をした

121 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:51

そして、いつも通り
リビングでは仲良くケンカ中の吉澤とパル
パルがジェリーにしか見えないから少し複雑だ
「ごはん終わったんでしょ?」
「食べましたよ」
追いかけるのに懸命な吉澤の邪魔をしないよう
話しかけるのは止めにして、遅い食事の準備を始めた

全て出来合。そのままでは余計に味気ない
パックから取り出し皿に移す
順番に温めてテーブルに載せていく
サラダとお茶。小分け売りのおかず数品
温まったご飯茶碗
最後に寂し目のメーン料理をレンジに入れた

122 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:52

オレンジの光の中
いい匂いを漂わせ回る回る

完了を知らされて
ヤケドに気を付けながら主役をテーブルに運んだ
その間ほとんどレンジを覗いていたけど
後ろで何かが始まっているのも承知していた

好物の匂いに引き寄せられた一匹
分かる。しょうがない
テーブル横で大人しくちょこんと座って
ミャーミャーとアピールしている
それは予想の範疇だった

その隣。黒ネコの真似をして同じ姿勢
「にゃーにゃー」騒いでいる恋人の姿

123 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:52
配膳しながら睨んだけど、一向に気にする風もない
こうなったら構わずに、淡々と食事につこう
そう決めて梨華はイスを引いた

「いただきます」
止めろといって止めるはずはないから
「聞いてよ、今日ね――」
乗っからないで自分の話を始めた
返事を求められる会話を差し向けると
なりきりネコはしばらく「にゃー」としつこかった

気にしない
気にしないで一方的に続ける
梨華はそういうのが結構得意だ

124 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:53

「よしっ」
一時浸ってみたかったネコ魂は味わえた
相手にされなくて飽きたし潮時がある
突如、仮装劇の幕切れ
お隣のパルを抱えた吉澤は二足で立ち上がる

「パル、子供はもう寝る時間です」
おいしいものに有り付いていない
心残りだと藻掻くパル
それでも、何事もなかったかのように
飼い主の仮面をつけた吉澤によってケージの扉は閉ざされた

125 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:53


「なんも食べないでやってたの?」
戻ってきて向かい着席した吉澤が気遣う視線をよこす
「タイミング悪くてちゃんとは食べられなかったの」
梨華の話は再開され
今日の出来事。今日会った人。お昼ご飯のことは忘れずに

耳を傾け分別ある大人の顔で静かに相づちを打つ吉澤は
ついさっきまでトムだったと思わせない

「おいしい?」
「うん、おいしいよ」
良かったねと
食べていない吉澤の方が嬉しそうに顔を綻ばせた

126 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:54


真っ直ぐな視線に射抜かれるとき
梨華はいつも思う

この目が好き

「どした?冷めるよ」
「…あ。うん」
浸っていたい幸福感が箸を止めた
いい加減、いちいちそんな事にまで
高鳴るのはどうにかしたい
頬を染めたりしていないか心配だった
127 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:54


この目が好き

そうなんだけど、それは事実なんだけど
でも、ほら
ただのよくある表現だ

あなたの鼻が好きなの、とか言わないでしょ
何だか響きがマヌケ。スウィートさに欠ける
言われた方だって、はぁ〜みたいに曖昧にしか受け取れない

「お腹いっぱいなの?」
「え?違う違う。食べるよ」

だからOK。ギリギリ大丈夫

128 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:55

「何の開き?」
半身が梨華のお腹に消えていった脂ののった魚
テーブルの上でメーンを張っている
コンビニに卸されても旬がいつなのか分からなくても
美味しい物は美味しい
「ホッケ。食べたいの?」

別に。首を振る割に
授乳期は終わったけど、まだ自分でお箸は使えません
の子供のような目が箸先を見つめる
黒目が箸の上げ下ろしに操られている
ぱかーと締まりない口元

食べたいんでしょ、絶対
一口ちょうだいと言えばいいのに

オマエのモノはオレのモノ
ジャイアン志向を発揮するとき
妙な遠慮とかプライドの高さが出るとき
異なるものが混合している吉澤の揺れに
ついて行くのに難儀する
129 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:56

頼まれていないのだから
お腹とお箸に集中して、食べよう
梨華は集中しようとする

でも、そんなのは無理
時間と忍耐力の浪費でしかない

こういうときに吉澤の纏う屈強なイノセンスには
速やかに屈服するに限る
身を切り離した箸は従順だった
下に左手も添えられて
ホッケの欠片が慎重にテーブルの上を移動
こぼれ落ちそうな目の持ち主の唇に吸い込まれていった

「うん、うめ」
「…でしょ?」
もぐもぐ満足そうに味わう顔を見ると
負けず嫌いの血は騒いだりしない

130 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:57

梨華は左手で頬杖を付く
右手は忙しくホッケの残りを交互に口に運ぶ
雛鳥を育てている気分
鳥を飼うつもりは全くもってないので、ただの例え

「ホッケって可愛いね」
最後の一口を届けようとしていた口が
唐突に、また訳の分からないことを言い放った
ぽかんとする梨華は、予定外に自分で平らげてしまった

皿の上に残っているのは皮と骨
きつね色にされる前は皮の模様が可愛かったりするのかな
可愛い所を探してみようと裏返す

「ごちそうさま」
さっさと重ねた食器を手に吉澤が席を立った
「あ、ごちそうさまでした」
慌てて付け足した

「ね、梨華ちゃん」
「なに?」
「肘ついて食べるの行儀悪いから止めな」

秋宵
大人の時間は深けていった


131 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:57






      I saw a pink elephant.






132 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:58


梨華はドアをくぐった瞬間から
いつもとは違うイヤな空気を感じ取っていた

パルが迎えに来ない
いつもと違う

「よ、よっすぃ?」
靴を確認して、小さな声で呼びかけた
忍び足でキッチンに辿り着き、不安はますます膨らむ
大抵開けっ放しにしているリビングのドア

今日は閉まっている
いつもと違う

133 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:58

ガラス越しに映る影
「よっすぃてば」
吉澤だと確信を持てる梨華は再び呼びかける

「梨華ちゃん?帰ったの?」
てんで緊迫感のないその声
吉澤の声だけがいつも通りだった

でも、とにかく。いつもと全然違う
落ち着こう
梨華は自分に言いくるめる

梨華の直感は正しかった

そのドアを開けたとき、悪夢は幕を上げる

134 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 02:59





「どうよ」
吉澤は会心の笑みを浮かべている

「どうよ。ねえーって、何か言ってよ」

それは無理だと梨華は首を振った
帰宅した瞬間から怯えていた
悪夢の根拠を嗅ぎ取って身震いした

「すげーでしょ」

くつろぎの我が家から自分の家の香りが
綺麗さっぱり塗り消されていた
まるで、大自然で立ち尽くしているような
草原のど真ん中の匂いがしていた
アロマテラピーなんて可愛らしい香りと一線を画す
そのものが放つ香りだった

「嬉しくない?ねえ」

硬直が解けない梨華は立ち尽くしていた
自宅のリビング


想像を超えていた


飛び込んできた光景

135 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:00




「可愛いでしょ、コゾウ」




136 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:00





137 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:00


職場では否応なく
頼り甲斐を身につけていく恋人の後ろ姿に惚れ惚れしていた

精一杯セーブした無邪気さと好奇心を
プライベートで発揮する方法が取られていた

爛々とした目で梨華に途方もない話をする
子犬のような無垢な目が
捨て犬のような目、であるのだとしたら
じゃんじゃん拾って愛犬家になっている

しかしながら、途方もないのだ
自由すぎる
梨華は吉澤の気持ちがほとほと分からない

困ったときの対処法は編み出した
気分の良い日
なんてイマジネーションの豊かな人だろう
盛り立てて、恋の継続に必要な養分を蓄える
そうではない日
また世迷い言が始まったわ。流す

人間語を操るのは二人しかいない空間
片方がどれだけ言葉を発しても
返りががない限り、それは独り言として処理された


138 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:01


「ゾウ飼いたくね?」

近頃、梨華を困らせている言葉がそれだった
「ゾウ。ねえゾウ」
ねえねえ、聞いてんの?な繰り返し
仕事絡みで本物と触れあってから
とんでもない熱を上げていた
しつこかった

何言ってるの、子供じゃあるまい
飼いたくないわよ、ゾウなんか
飼えないもの、ゾウなんか
日本の住宅事情を直視しなさいよ

あのとき、そう言ったら良かった

惚れた弱みが楽しそうな笑顔を守りたくて
そうなるといいね、と受け取れなくもない
曖昧で控え目にだけど梨華を頷かせていた

139 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:01


「ゾウ。家にいたら生活にゆとりが出ると思うよ」

梨華はあらん限りのゆとりを心の中で挙げた
吉澤の気持ちに歩み寄ろうと努力した
でもどう努力をしても
ゾウが生活に密接に絡んできたら
ゆとりらしいゆとりは根刮ぎ奪われるとしか思えなかった


「干し草の確保だよね、問題は」
悩みが広がり方が詳細で
あーこの人、本気だな。うすうすは分かっていた


でも、まさか
ないよね。出来ない、よね


梨華は吉澤を甘く見ていた

140 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:02





141 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:02
「ざらざらしてるから撫でてみ。毛、固いよ」

最近で一番嬉々としている吉澤
並ぶコゾウの体長は四足状態で吉澤より若干小さい程度
コゾウと言われても、日本の居住環境に押し込まれると
小さアピールに失敗している

「乗る?まだ小さいから鼻は可哀想だから背中ね」

リビングの境目で立ちつくす梨華
手を引きに吉澤が近づいてくる

明確に拒否しないと、あの背中に
飼育員もゾウ使いもいない状況下で乗せられる
結構です、間に合っています

「だ、だ大丈夫。あ、あ、あのーーほら。さっきタクシー乗ったから」
やっと取り戻せた声はしどろもどろで
自分で言っている意味が分からなかった

「そ?遠慮しないでね」
無理強いはせず、吉澤はコゾウの元に戻る

142 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:03

大人しいコゾウ
フラフラ揺らしている長い鼻を
愛おしそうに撫でる吉澤
「鼻。この鼻がいいよね」

そのフレーズ、やっぱり全然スイートじゃない
梨華にはそれだけが分かった

どうしてこんなことに
どうして、どうして
頭の中の混乱を治めたい
現実を現実として認めなくてはと努力している

143 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:04

「ホッケ、ご飯食べる?」
部屋の角に積まれた干し草ブロックを吉澤が叩いた
草原の香りの発生源だ


……ホッケ?

コゾウの他に魚まで仕入れてきたのだろうか
恐る恐る梨華は尋ねた
「…よっすぃ、ホッケって?」
「ん?こいつの名前。可愛いでしょ」

ホッケの可愛い理由がついに分かった
今回もまた相談なしに命名権を振りかざすゴッドファーザー
経験は重ねておくもの。いつ役に立つか分からない

144 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:04




あなたは今、深い森にいます
一人静かに湖畔を歩いていると
突然目の前にエラそうな人が現れました

『お前が落としたのはどのコだい?』

またしても突然気付きます
エラそうな人の後ろには
白いゾウ。ピンクのゾウ。普通のゾウ
三頭が控えているのです

『ど、どれって。私はゾウなんて落としていません』
正直に答えます
落としようもないので偽れません

『お前はなんて正直者だろう』
エラそうな人は感心しきりで
三頭とも押し付けられて消えてしまいました

「せっかく三頭も揃ったんだからさ、サッカーでもしね?」
「いいけど、チームわけどうすんの?」
「そんなのゲームの流れの中でどうにでもなるだろ」
「なるわけないじゃん」
白桃灰の三つ巴の争いが始まっています

どうしろと、こいつらどうしろと

問い詰めたくてもエラそうな人はもういません

145 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:06

上記のような心象風景の広がりを感じた際は
心神耗弱を疑ってください
正常な判断能力が鈍っているはずです
信頼できる誰かに相談しましょう

でないと
受け入れがたい事実に身を任せ
「よっすぃ、ホッケよりホットケーキの方が可愛い」
共に呑み込まれてしまう可能性も考えられます
用心しましょう

名付けに一生懸命になっててはいけない
音は近いからいいよねとか、リアルに気を回さない

目を反らしたって確かにゾウはいる
最大の問題はもっと別のことだ

「いいよ。じゃあこいつホットケーキ。略してホッケで」
譲り合いの精神で、妥協はなし
146 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:07

結局私の意見なんて聞いてくれないんだから
いつもそうだよね、よっすぃは

……あっ

「パル!パルは!?」

吉澤が冷静に名付けを推し進めたおかげで
現実との接点を見付けた梨華は戻ってきた

可愛い黒ネコちゃんがいない
イヤな心当たりとして
いつぞや愛しき人にウサギ耳を与えたエラそうな人の存在がある

そう、あの時は
その後、耳に関してどうこう言えない立場になるとは思っていなかった
ウサギのシッポを断言できる知識もなかった
いや、それはどうでもいいんだけど

147 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:07

パルがもしや
理不尽な魔法の餌食になったのでは
ホットケーキこそ姿を変えられたパルなのでは


「ベットの下。一緒に遊ぼうと思ったのに
入ったきり出てこねーの。失礼だよなあ、ホッケ」
略し忘れずに、コゾウに同意を促している

パルの無事にほっと胸を撫で下ろし
パルの気持ちが十二分に分かる梨華は
壁に沿ってベットルームに救出に向かった

148 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:08


寝室が狭い
リビングの家具が一切合切詰め込まれている

「パル、パル。おいで」
梨華が覗き込むと
ベットの一番奥で目が光っていた
懸命に手を伸ばす
出てきて。お願い一人にしないで

呼びかけに少しずつ近づいてくる
その足取りはおそるおそる慎重だ

大丈夫だよ。私たち味方同士だよ

「大丈夫。おいで」
決意して飛び込んできたパルは梨華の腕に包まれた

149 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:09


これはダメだ
これはもう、きっちり話を付けるしかない

素早くリビングを通り過ぎキッチンから
「よっすぃ、こっち来て」
呼び出しをかけた


「ホッケのゴハンほぐすからちょっと待って」

150 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:10




キッチンで膝を突き合わせる
梨華には堅実な未来を手に入れる使命がある

「相談もなく、どうゆうこと」
本心は相談の有無は関係ない
「ビックリさせようと思って」
それだけは非常に成功を収めている

「ホッケはどこから来たのよ」
正式名称ホットケーキ。そんな拘っている場合じゃない
「動物園の人と取りあえずレンタルで話付けた」

「なんで貸し出しなんてしてるのよ。ゾウだよ?ゾウ!」
「良い人だったんじゃない?動物園の人」
承諾したそやつは千秋万歳
梨華とパルに良い人でカテゴライズされない
151 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:10

「だいたいどうやって家に入れたの」
当然ながら梨華のマンションは
ゾウさんウェルカムなほどオープンな入り口ではない

「バルコニー。ガラス外した」
何階に住んでいるのかを思い出したくなかった
レオと沈んでいく船はないし
トムとミッションを受けた話もない
それなのに
どう考えても梨華が帰宅する前
ハリウッド映画さながらの度肝を抜くシーンが繰り広げられていた

「ちょっとかかったけどやってくれた」
吉澤にしてみたら無駄遣いを控えて貯めていたのを称えられたい
ここぞって時の出費にもなんなく対応したんだぞ
大人だな、あたしって。みたいな感じ

152 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:11


ふーっと深呼吸
小憩
膝に張り付いているパルを優しく撫でる
パル、大丈夫

この人だいぶ本気だけど
用意周到だったみたいだけど
私が住まいの安全を取り戻すからね


153 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:11


「世話どうするの?パルだけでいっぱいいっぱいだよ」
「そりゃあたしもパルに付きっきりじゃいられなくなるけど」

「そうだよ、無理だよ」
無理だよ。2匹の共存なんて
ゾウとネコだもん。無理だよ
ゾウだけだとしても無理だもの

「だってホッケの鼻のすげー可愛いじゃん」
パルは黒ネコだから黒い鼻は目立たないけど
「でもよっすぃ、パルの肉球好きでしょ」
コゾウって言っても足の裏しっかりしてるよ
むぎゅむぎゅ出来ないよ

吉澤は文字通り頭を抱えた
どっちも欲しい。どっちとも遊びたい
それに、それに

「ホッケと遊んでたら、パルだって寂しくなって
あたしの大事さ身に滲みるじゃん」

154 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:12


「……なに、それ」

吉澤の耳に届いた梨華の乾ききった声
…あ、また。やっちゃった?
何か、まずい事言った?

「あーなるほどね。そうだよね」
今度は、必要以上に陽気になった

「うん。そうだよねー
分からないよね。比べてみないとね
こっちとこっちどっちが大事なんだろうってね」
捲し立てる
薄っぺらくて気持ちを一欠片もこもっていない

「そうそう、ねーそうしないとねー
なんでも比べようね、そうしようねー」

ヤバイ
梨華ちゃんが変になってる
空回りの乗りツッコミみたいな感じがやばい
そうとう頂けない空気が漂っている

これはきっと
金切り声、無言の恐喝に次ぐ
怒りを表す新バリエーションに違いない


155 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:13

頭を抱えたままの吉澤は
太陽を直接見てはいけませんと書かれた双眼鏡で
かんかん照りの空を仰ぐときの覚悟で上目で梨華の様子を探った

笑っている
腹から笑っていないときの笑顔が張り付いている
目線がとても遠いところを漂っている

ヤバイ。もう見ない
こわいよーこわいよー助けてよー
新入りのホッケじゃ分からない
パル、助けてくれ

「ねー。よっすぃそう思ってるんでしょ
私もよっすぃが大事か誰かと比べないとな」

「ダメだ!そんなのはダメだ」
意外とそういうとこは
吉澤の方がダメージを受けやすく出来ている

156 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:14


「…そうでしょ?
分かるよね、私の言いたいこと」
打って変わって厳粛に。梨華が問う

「分かる。分かります。比べません」

比べるなんてダメ
パルだってきっと、どっちも大事だけど表現が違うだけ
たぶんそのはず

たまったもんじゃない
梨華は無意識に重ねた
人ごとと思えないし、パルの立場で猫ごとと思えない
競争を強要される方の身になりなさい

「パルがいてくれたらいいね?」
吉澤は寂しそうにリビングを振り返っている
「ホッケだって自由に遊びたいはずだよ
よっすぃだって狭い所に閉じこめられたらイヤでしょ?」

「あー……うん。あたしも今そんな風に思ってたとこ」
向き直り、若干項垂れたまま合意した

ごめんね、ホッケ
さようなら、ホッケ
大好きなお前の自由を奪おうなんて間違いだった
そんなつもりはなかったけど
動物園でも、柵があっても、ここよりは自由になれるよね

157 名前:white elephant? pink elephant? 投稿日:2007/05/06(日) 03:14


気落ちした肩を優しくなった梨華に抱かれて
吉澤は良い人に電話をしてホッケの保護を要請した

ホッケは大人しいので一晩だけ泊まるのを梨華は許した
一晩だけでも吉澤の夢を叶えてくれたホッケは
夢の残骸を残して遊び回れる動物園に帰って行った





反省の吉澤は
リビングの家具の再配置に一人従事した
梨華は取り戻した圧迫感のない空間で
パルが動物園へ帯同できるのか考えていた



     − white elephant? pink elephant? オワリ −


158 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/06(日) 03:15
>114  名無飼育さん
書けて良かったです。ありがとうございます
>115  名無飼育さん
その辺りを悟っていただけると嬉しいです。ありがとうございます
159 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/06(日) 06:19
作者様続けての更新本当に有難うございます。
ただ今、フニャ梨 まった梨 しております。
作者様の書くどの作品も私の宝物です。
160 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 21:39
最高っす
よっちゃんと梨華ちゃんのキャラがいとおしいです
そしてパルも、おまけにやや被害者ぎみなホッケもなぜかいとおしい
いつも素敵な作品をありがとうといいたいです
161 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:28
代わり映えのない朝

静かにベットを抜け出た梨華は
お腹が空いたとケージを引っ掻いて主張する
パルのゴハンの準備を始める

缶詰の蓋が開けられるまでの
少しの時間、梨華の足下でパルは朝の運動をする
調子に乗りすぎると叱られるのは心得ていて
エサ皿に分ける音を察知すると駆け回るのを停止して
お行儀良く所定の位置に付く

好待遇に甘んじてすくすく賢いコに成長している
しつこい人間をあしらうのも上手だし
リビングでうたた寝なんて隙を見せた人間のお腹を
踏切板にして高飛びに興じる活発な面も持っている

162 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:29


「邪魔しに来ないね」

食らい付いているパルのシッポがパタパタ忙しない
これは自律神経だろうか
全く別のことに気を取られながら
いつもなら大体これくらいの時差で現れる吉澤が
未だに起きてこない心配もしていた

「今日はお休みだからいいか」

パルはゴハンに熱心で
梨華の独り言に反応しているのは黒いシッポだけだった

163 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:30




枕を抱いた真っ白い背中は戦っていた

「どうしたの?」

「別に」
俯せで顔が埋まっている
声がくぐもっているのをそのせいだけにしている

「よっすぃ、調子悪いでしょ」
スピードとかトーンとか経験則で導き出し
梨華はあっさりと見破る

許可なく首の後ろに置かれた手が冷たくて
吉澤の肩胛骨が一瞬はっきり浮き上がった

164 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:30


戦うんだ
負けるな吉澤
気持ちの問題だ。病は気からと申します
あたしは大丈夫なんだ

「全然いつも通り」
「嘘だよ、元気ないでしょ」
うるさいな。そして、しつこいな

「じゃープリンやれプリン」
我ながら安い
迫力のない恫喝をしたのに
「だからちゃんと着て寝なさいって言ったんだよ」
流されて
頭の上に昨日脱ぎ散らかした服が降ってきた

165 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:30

微熱はありそうだけど喉もやられてない
疲労の蓄積に伴う発熱。そんなとこだと思う

「こんなのいらない」
額にピタリと貼り付けた冷却シートがお気に召さない
必要なのは薬ではない
一息つく時間
平気な顔を続けながら張りつめて
久しぶりの休みにピークを持ってくる
つくづく扱いにくい

「早く仕事行きなよ」
「お昼からだもん」
仕方がないので秘密兵器を投入する
「パルーおいで」

166 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:31



あーパルぬくい

吉澤はうつらうつらしてきた

「いいコにしててねパル」
ぎこちない体は自分のじゃないみたいな浮遊感
梨華の声もぼんやり聞こえる

吉澤はゆっくりと
柔らかい夢に引き摺られた


167 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:31




168 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:31
目を開けるとき
いつも同じだと思う

今はスペシャルゲスト、パルまでいた

「起きた?」
「うん」
「お水飲む?」
「あー」

梨華がいてパルがいて

こうゆうの困るんですよね
こうゆうときはホント困るんですよね

今、それは言わないでねのタイミングで
今、その言い方は避けてねの言葉を選ぶやつ相手だからさ
あたしが思うにね『空気を読めない』んじゃないんだよ、ホントは
『空気を読まない』が相応しい

ペットボトルを渡してから
寝返りして背中を向けた

169 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:32


「パル今のうちにいっぱい優しくしようね」

稀なる弱り目に付け込む気だな
不逞やつだ
負けるな吉澤。戦え吉澤

優しいねなんて言われたりしないように
あたしは絶対口にしない言葉を大安売りで注がれて
背中にくっつく体温も容赦ない
強敵だ

骨抜きにされるなよ
カルシウムで補える骨密度の心配ぐらいに留めるんだぞ
流されるな
あたしはありたい自分で居続けるんだ

「よっすぃ。辛いこととか、もっといっぱい話してね」
「ヤダ」
170 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:32
喜びも苦しみも共に分かち合いましょう
喜びは二倍で悲しみは半分
その計算、都合良すぎ

嬉しいのを半分でもあげれるなら嬉しいけど
ダメな方まで、わざわざ分割なんて無し
そういうのいらない

あんた恋人なんだから半分持ってよ、なんて嫌だ
梨華ちゃんに持ってくれと言われたら
めんどくさそうな顔してから持ち上げるだろうけど

梨華ちゃんだって同じ感じに思ってるかもしれないけど
でも譲れない、これは

ミステリアス、かっけー。みたいな
そういう事だけでもない。みたいな
171 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:32


「もーせっかく優しくしてるのに全然効かないんだから」
ちっちゃい溜息が耳の横を過ぎてった

「効く訳ねーじゃん。なんでもないんだもん」
「わかった。ないのね」

だって疲れてるだけ
でも、それが通常だと思うから
だから、なんともないし
負けないぜ

「にゃー」
人の頭を乗り越えて
真打ち登場。目の前にやってきたパル
物珍しそうに小首を傾げて、ちっこい黒い手を伸ばす

「今日は引っ掻かないであげてね」


172 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:35

なんだか訳の分からない目眩が視界を歪ませにかかる
もうやだ、あたしは全然大丈夫だってのに
こんなのヤダ


「あーパルがよっすぃ泣かせたぁ」

そんなはずない
大丈夫なんだからそんなはずない

もし、万が一泣いているのだとしたら
お前が嬉しそうにしている意味が分からない

ペトンとほっぺたに引っ付いた肉球が
爪収納バージョンでいつもの攻撃性がないとか
押し寄せて、押し寄せて
揃いも揃って優しくしたりするから
お疲れにつけいるから

「どうすんのよパル」

173 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:36

横隔膜の反乱が鎮まるのを待て
この辺は日頃使いこなしていないから
まだ筋力がちゃんと付いていないんだ
突然の活性化が
息を吸うことにチャレンジ精神を要求しているだけだ

「大丈夫?」

あんた心配してるんだろ?
だったら、のしかかったりしない
お迎えは出来ないのに
超サービス中のパルとの間に割り込まない

174 名前:照り降り傘 投稿日:2007/05/07(月) 23:36


「ねーホントに大丈夫?」

別になんともねーもん
ビブラートビブラート
練習中で鍛錬中

そうだ、あたしは何だってものしてやる
端っこをどんどん広げてどんどん自由になってやる
新しくして、楽しく生きて

目を開けるときは
いつも同じだって思う




     − 照り降り傘  オワリ −


175 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/07(月) 23:37
>159  名無飼育さん
宝物だなんて勿体ないお言葉です。
読んでくださる方がいることに助けられました。深く感謝します。
>160  名無飼育さん
こちらの方こそありがとうございます。
石川さんと吉澤さんの素敵さにやられた脳みそで
好き勝手に楽しんで書いていました。



容量を残し勝手ながら、今作を最後にさせて頂きます。
今後更新はありません。
長い間ありがとうございました。


176 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/08(火) 20:36
作者様も飼育を卒業してしまうのですね。
これでまた、素敵ないしよし作品を書く作者が減ってしまうのは本当に
残念に思いまた、名残惜しいです。「何時の日かまた君帰る」?のを
願っています。
作者様どうかお体に気を付けて頑張って下さい。そして有難うございました。
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/09(水) 00:34
今の今までレスもつけずに作品を読ませていただいてました
作者さまの何とも言えない雰囲気のいしよしが大好きだったので
(我侭なことを言いますが)今回最後というのは非常に残念です
いつか戻ってきてくださることを密かに願いつつ・・

素敵な作品を提供してくれたことに心からの感謝を
そして、お疲れさまでした
178 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/09(水) 05:34
ふえ〜ん!!またひとつ楽しみがなくなるんですね・・。
今まで本当に有難う。そして、お疲れ様でした。
いつかまた(いしよし+パル)に逢える日を心からお待ちしています。
179 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/09(水) 20:10
もう読めないのですね‥とても寂しいです。
わからないと言い合いながら 別離の気配すら感じさせない2人が大好きで楽しませていただきました。ありがとうございました。
いつかまた‥作品にお会いできればと願っています。
180 名前:USA 投稿日:2007/05/31(木) 22:54
Very nice site!
181 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/29(土) 04:13
寂しいです…作者さんの小説にまた巡り合いたいです。

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